これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが開きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
常に薄暗い闇に覆われた陰気な部屋に、氷河期も斯くやあらん冷たい空気が満ちていた。
天井に描かれたセフィロトの見下ろす下で、シンジとゲンドウが向かい合っている。
完璧な愛想笑いと鉄壁の無表情。どちらも顔の表情だけならば他者に内心を気取らせない完全なポーカーフェイス。リツコに案内され司令室に通されてから早十数分。冷え冷えとした雰囲気の中で互いに無言で見詰め合う。そこに友好的な空気など微塵も存在していなかった。
シンジと共に呼ばれたシオンとゲンドウの横に立っているリツコと冬月の冷や汗の量だけが時間と共に増加し続ける。張り詰めた雰囲気に口を挟むことも出来ず無言の対立を傍観するしかない三人。
何か切欠の一つも投げ込んだほうが無難だろうか、とシオンとリツコが身じろいだ瞬間。やっとゲンドウが口を開いた。
「・・・・何だ。」
「ご挨拶ですね。昨日の依頼の報酬を受け取りに来たんですよ。
この時間を指定されたのは貴方のほうでしょう?
それとも御年のせいで失念しておられる?」
口を開きはしたが、会話をする気が全く無いことを窺わせる単語のみ。その言葉に軽く眉を上げて答えるシンジ。笑顔を浮かべてはいるがその種類が変わる。あからさまな嘲笑と侮蔑の言葉。真っ向から喧嘩を売るシンジに傍らのシオンが慌てて袖を引っ張る。ゲンドウの横にいる冬月も余りに子ども染みた態度に呆れて小声で咎める。
「(シンジ?お、落ち着いて。ね?)」
「(おい、碇。気に食わんのは解らんでもないが此処で喧嘩を売ってどうする。あまりみっともない真似はするな。)」
シンジが昨日すぐに面会を強行しなかったのは、時間を置いて冷静さを取り戻すためだったのだがあまり意味が無かったようだ。対するゲンドウもシンジの姿を直接目にした瞬間、昨日の屈辱をありありと思い出し怒りを抑えて平静さを保つことが出来なくなったらしい。顔を合わせた瞬間、互いへの負の感情が噴出し緊迫した空気を生み出したのだ。
放って置けば何時までも話が進まないことを悟る三人。ゲンドウに任せては昨日の二の舞になりかねない為冬月が代わって話し始める。
「あー、依頼の報酬の話、だったね。」
「ええ、昨日は時間が無いことを考慮して戦闘後相談に応じる、ということだったのですが。
・・・・・事前に交渉もしませんでしたし、不可抗力という面があったのも事実ですからね。
今回に限りサービスということで・・・・そうですね、十億程度で構いませんよ。」
「じ、十億?!それは・・・」
にこやかに告げられた法外な金額に汗を浮かべて反論しようとする冬月。シンジはそれを遮って続ける。
「突然無礼な手紙で呼び出された挙句、訳の解らない因縁を突きつけられたり、暴力を振るわれたり、 丸腰で戦場に放り出されたことに対する慰謝料を含めれば安すぎるくらいだと思います、よね?」
全く目が笑っていない笑顔で見詰められて口を噤む冬月。無言で何時ものポーズを崩さないゲンドウを睨んでからシンジの言葉を了承する。
「わ、わかった。すぐに用意させよう。
それでだね、これからの事についてなんだが。・・・・シンジ君、エヴァに乗ってくれないかね?」
単刀直入に本題に入る。回りくどい言い方をしていては何時までも話が終わらない。
「それは、どういった意味で?
戦闘代行を依頼するということですか?チルドレンとしてネルフに所属しろ、ということですか?」
冬月の要請に淡々と返すシンジ。聞き返された冬月は慎重に答える。
「できれば、チルドレンとして所属してもらえるとありがたいんだが・・・」
穏やかに笑いかけてシンジの表情を確かめる冬月。対するシンジは
「お断りします。」
にべも無く撥ね付けた。シンジに断られる事は解りきっていた為話を続ける。
「では、依頼としてなら受けてくれるのかね?」
「内容によりますね。」
「内容、とは?」
シンジの返答に怪訝な顔をする冬月。シンジは構わず静かに続ける。
「まず確認したいのですが、ネルフの目的は使徒を倒すこと、で宜しいんですよね?」
「ああ、その通りだよ。ネルフはその為に存在するのだからな。」
冬月の返答に肯きながら続ける。
「その場合、僕がエヴァに乗るとしても依頼の条件が幾つか存在します。
まず、貴方方が望むのは、昨日と同じ様に戦闘の代行者としてエヴァに乗れということですか?
エヴァのパイロットの一人としてネルフの行う作戦に参加しろ、ということなんですか?
それとも、数の足りないチルドレンの代わりを務めろ、ということでしょうか。」
「それは・・・・」
「”レイン”として受ける依頼に原則的には制限はありません。内容と報酬に納得できれば何でもします。
ですが、昨日のような対応をする組織に、自分の命を預ける気にはなりません。
・・・・・それは理解していただけますね?」
真直ぐに見据えられて肯く冬月。ネルフ側に反論の余地は無い。何も知らない少年を武装した男達に襲わせて無理やり戦場に出そうとしたのは事実だからだ。もし、シンジが普通の中学生であったなら本当に大怪我、もしくは死んでいた可能性もあるのだ。ゲンドウらには勝算があったのは確かだが、(シンジの命に危険が
迫れば初号機に眠るユイが目覚めて息子を護るためにエヴァを暴走させるだろう、という確実な根拠の存在しない推測だらけの計画を勝算と言うのもおこがましいが)それを告げるわけにもいかない。先程までとは違う硬い空気が司令室を支配する。
「ですから、依頼の内容を確認しているのですよ。
まあ、最もチルドレンの代わりなんて死んでも御免被りますが。・・で、どうなんです?」
問いかけられて逡巡する冬月。シンジを初号機に乗せることが第一目的ではあるが、使徒戦に彼の戦力が有効なのは実証済みである。彼を戦力に加えないのは愚の骨頂だ。だからといって、余り好き勝手されるわけにもいかない。どうしたものかとゲンドウとリツコに目配せする。
そこで今まで黙っていたゲンドウが口を開いた。
「エヴァのパイロットとしてネルフの作戦に協力してもらいたい。」
「へえ?」
「ネルフの存在意義は使徒の撃退とサードインパクトの阻止だ。その為にエヴァンゲリオンとチルドレンがいる。
使徒はまだ来る。稼動するエヴァを遊ばせておく余裕などない。 だが、エヴァを動かす為には特定の資質が必要だ。そして、初号機を動かせるのはお前しかいない。 同時に、組織としての体面もある。余り自由に動かれても困る。ならば、協力者辺りが妥当だろう。」
冬月とリツコが注視するなか焦らすように間を置いたシンジが口を開く。
「-------- いいでしょう。
幾つか条件を整えさせて頂けるのなら、その依頼を受諾いたします。宜しいですね?」
「わかった。・・・・・条件とやらは冬月と赤木博士に任せる。」
「承知いたしました。では---- 」
「もう一つ。・・・・ネルフは”クラウド”にチルドレンの護衛を依頼したい。」
答えるシンジの声を遮ってゲンドウが言葉を挟んだ。
その瞬間穏やかさを取り戻しつつあった空気が再び凍りつく。笑顔を固まらせて冷たい光を瞳に宿すシンジ。シオンを同伴させた目的を悟って歯噛みする。ネルフと直接関わらせる事は避けようと思っていたのに、先手を取られた。恐らく自分に対する人質にする積りだろう。更にチルドレンと共に行動させる事で危険人物でもあるシオンの監視と行動の規制を兼ねるということか。 彼女の実力なら簡単に危害を加えられることは無いと思うが、安心は出来ない。彼女の弱点はその優しさと甘さだ。今は良いが、それに気付かれれば躊躇無くつけこもうとするのは目に見えている。
ゲンドウへの忌々しさにこめかみを引きつらせるが、シオンがこの依頼を断らないことも理解していた。護衛を引き受ければ綾波レイや渚カヲルとの接点が容易に出来るのだ。
ゲンドウの傍らに立っていた冬月とリツコも予想外の台詞に驚愕している。
まさか、警戒対象にネルフの機密でもあるチルドレンの護衛を依頼するなど思っても見なかったのだ。
周りの心情など気にも留めず同じ台詞を繰り返す。
「”クラウド”にチルドレンの護衛を依頼したい。・・・・・受けるか?受けないか?」
「・・・了解しました。 ですが私一人で全員を護るのは不可能です。
ですから、任務の範囲には条件をつけさせて頂きます。それでも宜しければ依頼を受諾致します。」
「いいだろう。それも冬月達に任せる。」
シオンの返答に重々しく肯いたゲンドウは冬月とリツコに後を任せる。ゲンドウに真意を質したいがシンジ達の前で問い詰めるわけにはいかない。仕方なく了承するとシンジ達を促して退室する。これから副司令執務室で細かい条件を整えて契約を結ぶのだろう。俄かに騒がしかった部屋に再び静けさが戻る。その中で一人残ったゲンドウは、ただ暗がりを見詰めて歪んだ笑みを溢し続けた。
もうすぐ日付が変わる夜更け。ジオフロント内に在るネルフ職員用の宿舎の一室でシンジとシオンはくつろいでいた。今日交わした契約で臨時の協力者としてネルフに所属することになった為、対外的には正規のチルドレンに準じる扱いを受ける事になる。その一環として住居が提供されることになっているが、まだ荷物の手配も出来ていないためもう一晩此処に泊まることになったのだ。
昨日今日と精神的な消耗が激しく疲れきっていたが、何と無く寝付けず二人で備え付けのソファに並んで窓の外を眺める。此処で見られる空はすべて人口的な映像ではあるが、それでも美しい星空に心が癒される。
穏やかな沈黙が続くなかシオンがそっと口を開いた。
「シンジ。・・・ありがと」
静かな声で言われた言葉にシオンの顔を覗きこむ。
シオンはふわりと微笑んでシンジの瞳を見返した。
「私が、今ここに立っていられるのは、シンジが居てくれたからだよ。だから、ありがとう。」
ネルフもゼーレも強大な手強い敵だ。
それでも世界の終末を変えるためにはこの戦いに勝利しなければならない。
必死に走り続けてやっと此処まで来たのだ。あらゆるカードを駆使して勝ち抜いて見せる。
そしてきっと皆の未来を護る。 護ってみせる。 そうしたら・・・・
穏やかに言うシオンの笑顔に儚さが重なる。
どうしようもない不安に駆られたシンジは、少女が確かにここにいることを確かめたくて強く抱きしめる。
彼女はいつもそうだ。これ程近くにいるのに目を離せばすぐに消えてしまいそうになる。
その度に自分の傍に繋ぎ止めたくて必死になるのに、まるで水のようにするりとこの手の中から逃げ出す。
彼女が傍にいることこそが望みなのだ、と告げてしまえばずっと共に生きてくれるのだろうか?
激情が溢れ出すのを止めるために殊更軽い口調で返事を返した。
「何言ってんだか。これからが本番だろ?」
「わかってるよ。
ただ一人だったら此処に着く前に起きれなくなってたかもな、っ思って。
そしたらお礼が言いたくなったの!」
抱きしめられたまま額を軽く弾かれて頬を膨らませるシオン。
先程までの消えてしまいそうな空気が無くなっている事に密かに安堵するシンジ。
静かな夜更けに少年と少女の明るい笑い声が響いた。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが開きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
技術部長執務室でリツコとシンジが向かい合っている。
エヴァに関する事は高レベルの機密情報も含まれるためシオンに聞かせられない事も有る、と言われ彼女を近くの休憩所に待たせて話をしているのだ。シンジ個人としても、話の展開しだいで彼女には見せたくない面も晒す可能性を考慮して好都合だと思い了承した。まずは差しさわりの無い質疑応答を幾つか繰り返して互いの腹を探り合う二人。まさしく狐と狸の化かしあい。見ているだけで胃に穴が空きそうな光景である。
エヴァに乗った感想、シンクロ中に感じたこと、動作についての違和感など、細かく質問を重ねるリツコ。特に理論限界値を叩き出した高いシンクロ率についてをしつこく聞かれたが小揺るぎもしない笑顔でするりとかわすシンジ。リツコの方も納得しきれる答えではなかったが、エヴァのシンクロシステムについての真実を説明するわけにはいかない以上深く突っ込む事が出来ない。シンジの笑顔の下に隠された真意を探ろうと一挙一動に目を光らせ、答えから得られる考察と推測をファイルに書き綴る。取り合えず質問が一段落ついて、執務机の上のディスプレイに表示されるデータと抱えているファイルを見比べて勢い良くペンを走らせていたリツコがいよいよ本題に入ろうと再び顔を上げた。
「--- さて、それじゃあATフィールドについて聞きたいわね。そうね・・まずどうやって展開したのかしら?」
「どうやって、ですか?-- そうですねぇ。 取り合えず様子を見ようとして一撃入れてみたら使徒がATフィールドで防御して。」
「それで?」
「あれがそうかと思ってですね。 確か・・接触した感じでは攻撃を防がれた、というよりも弾かれた、という感じで・・」
「弾かれた?」
真偽を交えて淡々と話すシンジの言葉に身を乗り出して相槌を打つリツコ。
既にシンジの言葉の内容だけが思考を占領しているのだろう。抱えているファイルが力の入れすぎで歪んでいることにも気づいていない。
「ええ、それでですね。 なんというか・・あれは、自分の領域を護る・・他者を拒絶、でしょうか・・するようなものかな、と。」
「拒絶?」
「そうですね・・普通の壁、というのは境界を示し、中と外を区切る物。
人が壁を造るのは中にあるものを護る為、ですよね?物理的なもの心理的なもの問わず。
その壁の主が受け入れなければ中に入ることは許されない。つまり他者を拒絶するためのもの。
・・・ですから、ATフィールドはそれをもっと感覚的にしたもの、という感じかな、と思って。」
「壁・・拒絶、境界を示す?」
事前に見知っていたことを悟らせないように説明していく。対するリツコは戸惑い気味だった目に理解の光が浮かび始める。その様子を確認しつつ話を続けるシンジ。この先他のチルドレンと複数で迎撃にあたる場合もある。ATフィールドの展開も出来ないようでは只の足手纏いにしかならない。全ての使徒相手に一人で勝ち続けられると思うほど自惚れてもいない。さっさと戦力を整えてもらわなければ、使徒に負けてサードインパクト、という可能性が無いわけではないのだ。その為に必要な情報を不自然にならない程度に提供しておくことは、最初の計画の内でも決めて置いたことだった。これ程基本的なデータすら揃っていないとは思ってもいなかったが。
「ええ、それで自分・・というかエヴァの、ですけど。周りに他との境界を強くイメージしてみたら・・」
「ATフィールドを展開できていた、と?」
「そうです。一度展開してしまえば後は応用ですから。
攻撃に使用したのは、展開したフィールドを右手に収束させて掌を刃に見立てて。」
「で、使徒の身体を真っ二つ・・・・・凄まじいわね。初めてで其処まで・・・」
好奇心を満たされて満足げな吐息を溢すリツコ。恐らくその脳裏ではこれから行われる実験のスケジュールが組まれているのだろう。どこか恍惚とした表情でデータに書き込んでいる。予定通りに話を運べたが、目の前のリツコの雰囲気に僅かに怯むシンジ。殺気や威圧になら対応する術を心得ていても、こういう些か危うい熱気には苦手意識が払拭しきれないようだ。
嬉々としてペンを走らせていたリツコだがシンジの視線に今の状況を思い出すと気まずそうに咳払いをする。
「あ、えーコホン。 ありがとう、参考になったわ。これで他のエヴァでもフィールドを展開できる目処が立ったわね。」
「それはよかったですね。こちらとしても助かりますよ。」
冷静になったリツコの様子に内心で安堵して調子を取り戻すシンジ。愛想良く微笑み告げる。その笑顔に先程まで忘れていた疑念が再び蘇る。
「シンジく --- 」
「では、もうよろしいでしょうか?他に話が無いのでしたら休ませて頂きたいのですが。」
リツコの言葉を遮るようにシンジが席を立ちながら告げる。その瞳の色を見て、もう何を聞いたところで答えが無いことを悟るリツコ。強制が出来ない以上受け入れるしかない。諦めの溜息を吐いて許可をだす。
「ええ、疲れているところを悪かったわね。もういいわ。
職員用の宿舎に部屋を用意したから今日はゆっくり休んで頂戴。
食堂なんかの施設は自由に使ってもらって構わないわ。何かあったら部屋についている電話で聞いてくれればある程度の便宜も図れるわ。」
「どうも。お気遣いありがとうございます。・・・ああ、明日は何時頃伺えばよろしいですか?」
「そうね・・多分昼頃までは空かないと思うわ。だから、一時位にこの部屋に来てもらえるかしら?」
「一時ですね、了解しました。では、失礼します。」
シンジが部屋を出るのを見送って脱力したように椅子に背を預けるリツコ。
充実したデータを得ることが出来たのは喜ばしいが、最後の短い会話だけで数倍の気力を使い果たした気分に陥る。
「碇シンジ・・ユイ博士と司令の息子。
・・”レイン”・・・並外れた戦闘能力・・・イレギュラーな存在・・
サードチルドレン・・依り代の第一候補・・・・・・・・無理ね。今のままでは計画通りに動かすことなんて。」
好奇心に裏打ちされた熱狂が去ってしまえば容易く蘇る恐怖。
ある程度時間が経っているため、ケージで感じたほどの強い感情ではないが完全に無視できる物でもなかった。
それでも、ゲンドウの命令に逆らうことは出来ないのだ。
人類補完計画の遂行者としての役目と技術部長としての役目。
それぞれに課せられた職責に思いを巡らせながら、少しだけ目を閉じて体と心を休ませた。
「-------- コ?」
「-------ツコ」
「リツコ!!」
「は、はい!!って、何よミサト。そんなに大きな声で怒鳴らないで頂戴」
昨日の顛末を思い起こしている間に思考に没頭しすぎたようだ。目の前ではミサトが面白そうにこちらを見ている。普段冷静すぎる程に理性的な友人の滅多にない取り乱した姿が可笑しかったのだろう。気恥ずかしさを誤魔化すために素気なく言い放ったが、ミサトの視線は変わらなかった。
「なーによ。ぼ~っとしてるから起こして上げたんじゃないのよ。難しい顔して何考えてたの?」
ミサトの言葉に回想前の事も思い出して溜息を吐いた。
「・・・・昨日の事よ。貴方、本気で考える気があるのかしら?
シンジ君と司令の交渉の内容次第では初号機が貴方の指揮下から外れる可能性も在る事を理解しているの?」
「なっ!!・・・・・・わかってるわよ。
だけど昨日のはしょうがないじゃないの。あんまり邪険にするから思わずむきになったというか・・・」
相も変らぬミサトの言葉に頭痛すら伴う眩暈を抑えることが出来ない。最早司令の交渉能力に期待するしかないかと考え、ミサトの暴走を抑える役目だけに徹することを決める。シンジが訪問する前に、ミサトが落ち着いているようなら交渉の場に同席させることも考えて来てみたが止めた方がよさそうだ。適当に話を終えて執務室に戻ることにする。
「もういいわ。取り合えずその書類を確実に片付けることを考えなさい。じゃあ、私は部屋に戻るから。」
「ちょっと、リツコ~~?」
背中にかけられた声は無視して執務室を出る。未だに昼前だというのに激しい疲労が全身を支配している。
悠然とした足取りは変わらないが、その背中には哀愁が漂っていた。
常に薄暗い闇に覆われている広い部屋。人類補完委員会の会議を終えたゲンドウが冬月からの報告を聞いていた。
「昨日のうちに命じておいたシンジ君のDNA調査の結果だが、間違いなく彼は碇シンジ本人だ。
まあこれは初号機にシンクロ出来た以上ほぼ確信できていたことだがな。
次に行方が知れなくなってからの足取りを洗いなおさせているがこちらの報告はまだだ。
昨日の今日だからこれは仕方がないな。時間を掛けたからと言って実際に収穫があるとは限らんが。
それと、一緒にいたあの少女のことなんだが--- 」
「どうした。」
途中で言いよどむ冬月を促す。
「--- MAGIに情報が無いんだ。
念のために死亡者含めて過去20年ばかり情報を洗ってみたが該当者がいない。
セカンドインパクトの混乱期にデータを消失したのかもしれんが、全く何の痕跡もないとなると。
可能性としては、生まれた時から裏の世界で生きて最初から公的なデータに接触したことがないか ・・・それでもMAGIのネットワークから逃れるなど至難の技だろう。特に今の社会では。 自ら全てのデータを消したか・・・これも考え難いがな。赤木博士に気付かれずMAGIに侵入・操作しているなどと。
後は、そう・・レイのように人工的に生み出されて存在を秘匿されていたか・・ネルフよりも上位の組織に 」
「・・・・ゼーレ、か?」
ゲンドウの答えに黙って肯く。最も避けたいが最も可能性が高く思える。
ネルフが誇る第七世代コンピューターMAGIは東洋の三賢者の一人赤木ナオコの最高傑作である。ナオコの技術が全て注ぎ込まれ、娘であり後任を務めるリツコが全ての力を持って改良を繰り返してきたMAGIは既に世界中の情報を網羅していると言っても過言ではない。特に今の社会はあらゆる物をコンピューターが管理する。買い物一つとってもカードのように情報端末を使用するのだ。生まれた瞬間からその全てのコンピューターを避け続けて生活してきたなど考え難い。裏の世界に関わる人間が素性を隠すために、戸籍上は死んだ事にしたり他人の戸籍を乗っ取ることは珍しくも無い。それならそれで死亡もしくは出生のデータの痕跡くらいはありそうなものである。にも関わらず見つけることが出来ないという事は、ネルフの権限が及ばない上位者によって秘匿されていた、というのが最も自然な答えだ。
実際には、シオンのデータが全く無いわけではなかった。確かにMAGIに何度か侵入してある程度の情報を削除したが、それもリツコに見つからないようにほんの少し痕跡を誤魔化す程度のことだ。MAGIの操作方法をマスターしているといっても、情報を読むだけなら兎も角リツコに全く気取られないように情報の書き換えを行うのは至難の技である。最終戦が終わるまでにはなんとかしたいと思ってはいるが、今すぐには無理だ。
だから”蒼山シオン”としての戸籍まで自ら消したわけではない。ただ、今のシオンのデータと残されているデータが一致しなかっただけである。冬月は今のシオンのデータを入力してMAGIに検索させたのだろうが、MAGIに残されているシオンのデータは彼女が出生してから誘拐されるまでの間のものだ。研究所に連れ込まれアダム細胞の移植や投薬などの実験、果てには消滅から逃れるためにリリスとの融合を果たした過程でシオンの身体は遺伝子レベルで変化させられた。さすがに使徒の力を持っていることを知られるわけにはいかないため人間の身体に擬態しているが、それでも元のデータとはかなりの差異が生まれている筈である。その為にMAGIはデータの中に該当者無しと判断したのだ。
そうとは知らない冬月は難しい顔でゲンドウに相談する。
「どうする。もし彼女がゼーレの手の者なら、シンジ君をネルフに入れるのは危険ではないか?」
「・・・・・・・・・初号機を目覚めさせられるのはシンジだけだ。」
「それはそうだが・・・・今のシンジ君では計画の依り代にはならんだろう。あれ程強靭な精神を砕くのは容易ではないぞ。」
冬月は渋面を崩せない。武力行使が出来ず、ゼーレの関わりも疑える相手ともなればそれも仕方が無い。だが、ゲンドウは表情すら変えず続ける。
「シンジはあの娘に執着している。・・ならば、あの娘を利用すれば良い。
それはあの娘自身にも言える。互いが互いに対する鎖になるだろう。」
「なっ!・・・確かにあの少女は彼のアキレス腱だろうな。だが、そう上手くいくか?」
「初号機を目覚めさせることが出来さえすれば良い。
いざとなったら計画の依り代にはセカンドも居る。それまでは精々役にたって貰うさ」
ゲンドウの非情な言葉に驚いて見せたが、同時にシナリオを遂行する事を優先するならばそれが妥当かと考えていた。ほんの少しだけ擡げた罪悪感に形ばかりの反意を示してみただけだ。所詮は同じ穴の狢かと自嘲するように首を振り、持っていた報告書に印を押すと書類箱に放り込む。そして具体的な指示を出すために上げられた資料を手に取りこれからの予定を考え始めた。
ネルフの通路を凄まじい形相で突き進む少女がいた。後ろには三人の少女と二人の少年が追いかけている。早朝の病院で、逸る心のままにマナに会いにいって寝起きの彼女に折檻されたムサシとケイタ。その騒ぎに目を覚ましたアスカが、昨日の戦闘の経緯を知ろうとネルフに行く為病室を出たところで行き会ったヒカリとマユミを引き連れて歩いているのだ。
アスカの心を支配しているのは不様に敗北した自身への怒りと自分が得るはずだった勝利の栄光を横取りした誰かに対する嫉妬。一体の敵に二機がかりで向かったというのに勝つことが出来なかった屈辱。
使徒を倒したのがマナでも他の予備チルドレンや候補生でもないなら、恐らくは欠番であったサードだろう。ずっと訓練をしていた自分を差し置いてエヴァに初めて乗っただろうサードに助けられた悔しさが複雑に交じり合いマグマの様に煮え滾る。ヒカリやマナの心配する声が聞こえていないわけではないが、答える余裕など無い。ただ熱く燃えるような感情に従って勢い良く歩き続けた。
バンッ!
「-- ミサト!!」
たどり着いた執務室の扉を許可も取らずに開け放ち、大きな机を叩きながら怒鳴りつける。
行き成り乱入した少女の勢いに目を白黒させるミサトの様子などお構い無しに迫るアスカ。高く積み上げられた書類の山が崩れるのを目の端に確認しながら答えるミサト。入り口付近では、アスカをただ追いかけるしかなかった子ども達が所在無げに立ち尽くしている。
「な、なによ。どうしたのアスカ?」
「昨日の戦闘データを見せなさい!!アタシには見る資格があるわよね?」
ミサトの言葉には答えず更に迫るアスカ。眼前に迫るぎらついた青い瞳に気圧されるミサト。
何があったのかと後ろに居る子供達に視線で問いかける。代表してマナがアスカの迫力に慄きながら小さく答える。
「あ、あの、昨日ワタシたち使徒に負け-- ひっ!
い、いえ途中で気を失って何があったか分からないので、出来れば教えて頂けないか、と」
「負け」という言葉に敏感に反応したアスカの視線に慌てて言い直すマナ。他の子供達も無言で肯く。今のアスカに逆らう愚か者は居ない。
そのやり取りを見て考え込むミサト。確かにアスカの気性なら、誰が使徒を倒したのか知りたがるだろうと思っていた。それが自分の敗北した敵であるのなら尚更。彼女に戦闘の映像を見せるのは簡単だ。作戦部でも資料の一環としてデータディスクを受け取っている。ヒカリとマユミはともかく、マナ・ムサシ・ケイタの三人も問題ないだろう。
・・・・だが、昨日の初号機の戦闘を見せて、彼女達はショックを受けないだろうか?あの初号機の動きは現存のチルドレンたちの誰のものも超越している。今までは名実ともにチルドレンのトップであったアスカでさえだ。その事実にプライドを傷つけられたアスカが如何出るか?彼女のチルドレンとしての自負はかなりのものだ。
彼女の存在意義と言っても良い・・・・・
無言で考え込むミサトにアスカが痺れを切らした。
「あーー!!もうっ!!何でも良いから早く見せろってんのよ!!」
「・・・・わかったわ。ただしこれは一応機密事項よ。
アスカ・マナちゃん・ムサシ君・ケイタ君の四人は許可します。
悪いんだけど洞木さんと山岸さんは席を外してもらえるかしら?」
ミサトの真剣な表情をみて居ずまいを正す。ヒカリとマユミはアスカとマナをちらりと見てから大人しく肯いて執務室を出て行った。残った四人はミサトの滅多に無い真面目な態度に背筋を伸ばした。
「さて、それじゃあ見せるけど、ここで見たものを外部に洩らすことは禁止します。たとえ候補生であってもよ。
鈴原君と相田君には本人の希望があるなら私が教えるからあなた達が話す必要は無いわ。 ・・・・わかったわね?」
「わかってるから早くしてよ。」
「「「了解しました」」」
改めて告げられた言葉に肯く四人。思い思いの場所に陣取ってミサトが用意するモニターを注視する。そして再生される昨日の戦い。
勢い良く射出される二機が武器を構える。事前に伝えられた作戦通りにまず弐号機がパレットガンと武装ビルからの射撃によって使徒の注意を惹きつける。その隙に後ろから参号機が攻撃を加える。だが使徒の動きは意外と素早く、背中からコアを貫くことは出来ない。何とか片方の腕を半ばまで切り付けるが使徒に振り払われて武器が弾き飛ばされる。慌てて距離を取ろうとした参号機に向かって使徒がパイルを放つ。前方から攻撃しようとした弐号機にもビームを打ち込み牽制している。同時に両方の攻撃が出来るとは思っておらず、体勢を崩す参号機。だが使徒の方も弐号機からの攻撃でそれ以上参号機に追撃できない。エースパイロットを自負するのは伊達ではないと言うべきか、アスカの苛烈な攻撃に翻弄されて使徒は後ろを気にする余裕が無い。だが致命的な攻撃を加える事も出来ていない。その隙に新しく出されたソニックグレイブを持って攻撃に加わる参号機。未だ修復が終わっていない片腕に斬りつけてパイルを封じる。一度距離をとって必殺の攻撃を繰り出そうと構えていた弐号機が再び斬りつける。誰もが勝利を確信した瞬間。
甲高い音を立てて弐号機が持っていたソニックグレイブが真っ二つに折れ飛んだ。使徒のATフィールドに防がれたのだ。驚愕から一瞬自失するも直に飛び退る弐号機。それをみて参号機は弐号機が武器をとる時間を稼ぐために後ろから斬りかかる。だがこちらは片腕からのパイルで牽制されて満足に攻撃も出来ない。絶え間ない攻撃に体勢を崩した瞬間避け損ねたパイルに手と足を撃ち抜かれ、痛みに武器を取り落とす参号機。倒れた時の衝撃と腕と足の痛みでマナもすぐには動けない。あわや、という所で弐号機がソニックグレイブで斬りつける。フィールドを張り損ねて残っていた片腕を切り落とされる使徒。今度こそ勝利を確信し、返す刃でコアに斬りつける弐号機。もう少しでコアに届く、という所で、再びATフィールドに防がれる。舌打ちして間合いを取ろうとした弐号機にフィールドを張ったままビームを打ち込む使徒。敵の攻撃がフィールドを透過するとは思わずビームが直撃して弾き飛ばされる弐号機。今度は参号機が加勢しようと後ろからナイフで切り込む。が鈍った動きで使徒に十分なダメージを負わせることが出来ず、使徒のビームにナイフを構えている腕を焼かれて激しい痛みと衝撃に意識を手放す。何とか立ち上がり痛みを堪えて攻撃に移ろうと構えたところで、使徒のビームが撃ち込まれ再び昏倒する弐号機。弐号機も参号機も見るも無残に壊されて、崩れたビルの残骸の中に倒れ伏している。その脇で自己修復を始める使徒。
弐号機と参号機が撃破される場面をみて、アスカが忌々しげに歯軋りの音を漏らす。マナは固く両手を握り合わせて画面を凝視している。ムサシとケイタは想像以上に激しい戦闘に固唾を飲んで見詰め続ける。
そして初号機の戦闘シーンに差し掛かる。
モニターを睨むように見詰めていた子ども達の雰囲気が変わった。
アスカなど自分が倒せなかった敵をどう倒したのか見てやろう、という虚勢交じりの侮蔑さえ含まれていたというのに、今彼女を支配しているのは自分より遥かな高みに居る者への激しい嫉妬と圧倒的な実力への畏怖。愕然とした表情を晒して呆けたようにモニターを凝視している。
他の三人も似たようなものだ。
最も非合法な少年兵として、耐え切れなければ容赦なく生命ごと切り捨てられる軍事訓練を経験した三人はそれ程悔しいとは思わなかった。命がけの実力主義社会に身を置いていた事もあり、圧倒的な初号機の戦闘能力に感じたのは嫉妬というよりも絶対的な強者への畏怖と憧憬の方が強かった。それを正直に口に出すほど無神経な者も居なかった為、ただ黙ってアスカの様子を窺う。
映像が終わっても誰一人口を開かない。重い沈黙が部屋の中を支配する。
「・・・・・・・・なによ、あれ。」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
呻くように搾り出されたアスカの言葉に答えるものはいない。
アスカの様子に気遣わしげに視線を向けるが何を言ったら良いのか分からない。ミサトは四人の様子を黙って見ている。
「・・・なによ、あれ。 どういうことよ!?なんで初めてエヴァに乗った奴があんな動きできんのよ? ATフィールドだって、あんな簡単に・・!!」
激昂してミサトに掴みかかるアスカ。その目には激しい怒りと嫉妬が渦巻き、髪を振り乱して問い詰める。
「・・・・・・わからないわ。彼は確かに初号機への高い適正を見込まれて選抜されたけど、
あれ程の動きが出来るなんて完全に想定外のことだったのよ。ましてやATフィールドを使いこなすなんて--」
「ATフィールドを使いこなす・・・・?どういう、こと?」
ミサトの言葉を聞き咎めて問いかける。一瞬如何答えようか逡巡していたミサトだが真直ぐに見詰めるアスカに負けて正直に答える。
「サード・・碇シンジ君というのだけど、彼はATフィールドを完全に使いこなしていたのよ。
使徒との戦いを見たでしょう?最後に使徒の身体を切り裂いたのはATフィールドを応用した攻撃だそうよ。なんでもフィールドを片手に収束させて掌を刃に見立てて使用したとか言ってたらしいわ。
もう一つ言っておくわ。彼ね、初号機とのシンクロ率・・・・99.89%、よ。 」
「きゅうじゅうきゅうてんはちきゅう・・・・?」
告げられた事実にショックの余り言葉を失くす。
今のアスカのシンクロ率は70%強だ。調子の良いときでも75%に届くか届かないか位である。それでもチルドレンの中ではずば抜けた成績だった。それを、初めてエヴァに乗った少年が軽々と追い越したのだ。
感情が飽和して表情が抜け落ちる。俯いて微動だにしないアスカの様子に、やはり止めれば良かったかと後悔し始めるミサト。マナ達三人も黙ってアスカを見詰める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃない。」
「え?」
「・・・・・・・・・・・・・・上等じゃない。やってやるわよ。
アタシは惣流・アスカ・ラングレーよ!!アタシに不可能なんてないわ!
ぽっとでの素人サードに誰が本当のエースパイロットかすぐに思い知らせてやる!!」
何時までも動かない姿にどうしたものかと目を見合わせて無言で相談していたところで突然宣言すると勢い良く部屋を飛び出すアスカ。唐突な行動に唖然として見送る一同。乾いた風が吹き抜けた気がした。
「・・・・・・・・アスカさん、タフね~~」
「「ああ(うん)、そうだな(ね)」」
ミサトの執務室にマナの呟きが落ちる。開け放たれた扉を見たまま相槌を打つムサシとケイタ。ミサトは面白そうに笑って言った。
「さっすが、アスカってとこかしら。
あの調子なら心配いらないかな?エースの面目躍如、期待してるわよ~」
先程までの張り詰めた緊張が霧散した部屋に、三人の子ども達の疲れた溜息とミサトの楽しげな笑いが響いた。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
発令所は静まり返っている。
最初の敗退時のような絶望に満ちたものではないが、そこに居るものを支配しているのは畏怖と恐怖。誰もが呆然と見詰めるモニターに映るのは、悠然と立つ紫色の鬼神。・・そう、正しく鬼神と呼ぶに相応しい姿であった。
「シンジ君!まずは歩いてみて!」
敵と対峙している初号機に指示をだすミサト。シンジはあからさまに呆れた表情を見せたが取り合えず従って一歩を踏み出す。依頼されたのは敵を倒すことだけなのだから命令に従う義務はないが、初めて動かす以上確認も必要かと考えたのだ。内心でこんなに敵に近い位置に出したミサトとネルフを罵っていたが。
----- 動作確認の必要があるって解ってるんならこんな場所に出すんじゃねぇ。
期待はしてなかったがやっぱり無能か?指揮官としての優秀さは望めないな。
他の奴らも研究者上がりばっかりだけあってフォロー出来る奴も皆無、と。
本当にどうしようもないな。
シンジが心の中で辛辣な評価を下している事など知らない発令所の面々は、起動成功時以上の歓声をあげてモニターを注視している。初号機の出撃に唯一反対して見せた日向すら見入っている。湧き上がる発令所を見回して呆れるシオン。”過去”でよく生きていられたものだと僅かな感慨に耽る。もちろんほんの数瞬のことだ。すぐにエヴァとシンジに意識を戻す。
その時、使徒が動いた。
出来損ないの人形めいた巨体の上位中央に在る仮面が光る。同時に発せられるビーム。僅かに体勢を傾けて避ける初号機。使徒は避けられた事が悔しいのか次々とビームを放つ。その全てを避け切る初号機。シンジは完全に攻撃を見切っている。その滑らかな動きに更に感嘆する発令所。最早単なる野次馬である。
{こいつの弱点は?}
夢中でモニターに見入っていた者達がシンジの冷淡な声に我に帰る。
慌ててデータを確認するオペレーター達。リツコも気まずそうな顔で居ずまいを正して問いに答える。
「あ、ああ。えーコホン、
目標の前面中央部に見える赤い球体--コアと呼称される部分が弱点と推測されるわ。
目標の攻撃方法は仮面からのビーム、肩にあたる部分からの光槍。
現在確認されているのはそれだけだけど、同時に発射する事が可能のようね。
あと、目標はATフィールドと呼ばれる防御壁を展開して攻撃を防ぐけど、エヴァでならそれを打ち破ることができるわ。」
弐号機と参号機の交戦データを確認しつつ説明するリツコ。シンジはシオンに聞いて知っていたが、そ知らぬ顔で質問を続ける。
{で、こちらの武器は?あと、そのATフィールドとやらを破る方法を}
その言葉に気まずい顔をしてトーンを落として答えるリツコ。他のオペレーター達も居心地が悪そうな顔でシンジをちらちらと見る。
「・・・武器は無いわ。さっき出撃した二機が全部使ってしまってストックが無いの。」
{--- はぁ?!}
流石に全くの丸腰で放り出されるとは思っておらず、素で驚くシンジ。
壁際に退いて戦いを見守っていたシオンも今の言葉が信じられず、強張った表情でリツコを凝視する。
前後から感じる視線に居た堪れない気分に陥るが、言葉を続ける。
「ATフィールドなんだけど、エヴァでも展開することが出来るわ。・・理論上は。
それを目標のATフィールドにぶつければ中和することができる。・・・筈よ。」
{・・・その”理論上”とか、”筈”ってのはなんなんです?}
余りにも頼りない返答に氷点下の視線で睨みつけて聞き返すシンジ。リツコは更に気まずそうに目を逸らす。
「・・今まで展開に成功したチルドレンが居ないのよ。だからエヴァのATフィールドに関してのデータが全く存在しないの。」
予想通りの答えに深い溜息を吐くシンジ。ネルフが頼りにならないとは思ったが、これ程とは。怒りを通り越して呆れしか生まれない。シオンに出逢うことがなかったら一体どんな目に合わされていたのか・・・絶望的な想像しか浮かばなかった。
{もういいです。集中の邪魔になりますので通信は切らせて頂きます。}
「ちょ、待ちなさい!!」
リツコが説明している間も使徒の攻撃を鮮やかに避け続けていた初号機の姿に、指示らしい指示も出せずに歓声紛いの野次を飛ばすだけであったミサトがシンジの言葉に我に返って制止する。しかし通信は既に切られた後だった。立場も省みずに罵声を撒き散らすミサト。見るに耐えない友人の姿に呆れ返ったリツコが冷たい言葉で狂乱を止める。
「うるさいわよ、ミサト。私達が何の役にもたってないのは事実でしょう。大体彼が私たちの命令に従う必要も義務も無いのよ。 」
「は?何言ってるのよリツコ。彼がエヴァに乗ってるってことはチルドレンになったんでしょう?なら、私の指揮下で命令に従うのは義務じゃないのよ。」
言われた内容に呆気に取られて聞き返すミサト。シンジが依頼を受けた時気絶していた為経緯を知らないのだ。リツコは冷えた視線でミサトを見据えてゆっくりと言い聞かせる。
「いい?シンジ君は侵攻中の敵性体との戦闘代行の依頼を受けてエヴァに乗ったの。
だから、チルドレンになる事を承諾したわけでも、ネルフに所属したわけでもないのよ。
従って命令に従う義務も必要も存在しないわ。敵を倒してくれさえすればいいのだから。
それに貴方、最初の「歩け」の後何か指示らしい指示を出したの?
さっきから口にしていたのは「そこ!」とか「よけて!」とかただの野次じゃないの。
作戦を伝えることも、攻撃を指示することもしていないでしょう。文句を言う資格なんか無いわよ。」
「そ、それは・・で、でもいきなり通信を切っていいことにはならないわ!!
こっちから情報を伝えることも出来ないじゃないの。死んだらどうする積りなのよあいつは!!
大体依頼ってのはなによ?あんなガキの戯言聞き入れたっての?」
整然と述べられてやっと己の失態に気付くミサト。不利を悟ったが悔し紛れに納得できなかった部分を聞き返す。
「貴方、一撃で倒されたのに良く言えるわね。・・・・・シンジ君はね、あの”レイン”なのよ。
彼が本気で逃げたら捕まえることは不可能よ。譲歩して依頼を受けてくれただけでも僥倖じゃないの」
「はぁ?!嘘でしょ?!」
「本当よ、多分ね。確認は出来てないけど、”レイン”の名を知っていてそれを騙る者が居ると思う?情報を洩らそうとしたり怒りに触れた人間の末路、知ってるでしょう?」
ぎりぎりまで顔を近づけて小声で告げるリツコ。周りに聞こえないように話していたが、更に用心して声を落とした。その真剣な目をみて認めざるを得ないことを悟るミサト。頷きあう二人の耳に一際大きな報告が入る。
「パターンオレンジ!発生源は・・初号機です!!初号機、ATフィールドを展開しました!!」
「「なんですって?!」」
ユニゾンで声を上げるミサトとリツコ。モニターを凝視した二人の目に、使徒の展開したフィールドごと肩の部分を手刀で切り落とす初号機の姿が映る。どうやら使徒の防御を一瞬で掻き消す程のATフィールドを発生させて攻撃を加えたようだ。ミサトはリツコに、リツコはマヤに詰め寄る。
「どういうことなの?!なんで初めて乗った人間が展開できるのよ?!」
「マヤ!!データは?!」
リツコとミサトの鬼気迫る表情に怯えながらも報告するマヤ。
「は、はい。初号機のATフィールド、強度・・使徒の約三倍です!!」
「なっ!ありえないわ!!レイやアスカも展開に成功していないのよ?!」
発令所を再び驚愕が襲う。混乱する大人たちを醒めた目で見回して疲れきった溜息を溢す少年と少女。
音声を切っても画像から伺えるネルフの騒乱を見て、落ちるとこまで落ちている信頼と評価を更に地に潜り込ませるシンジ。目先の事に囚われて直に状況を忘れるミサトとリツコの醜態を生温い視線で眺めるシオン。
二人はモニター越しに目を見交わすと同時に肯き合い、彼らの存在を心から切り離した。
最早一欠片の関心も向けることなく戦闘に集中するシンジ。シオンにレクチャーを受けておいたATフィールドの発現も成功した。コアの精製とシンクロも上手くいった。打ち出されたパイルとビームを避けながらであった為止めを刺せなかったが、コツは掴んだ。後は敵を殲滅するだけだ。
「(さっさと片付けるか。計画第一段階目も成功したことだしな。)」
口の中で呟いて攻撃のために精神を集中させる。武器が無い以上エヴァの身体能力とATフィールドを利用するしかない。先程使徒の肩口を切り落とした時と同じように右手にフィールドを収束させて強度を高める。絶え間なくビームを打ち込んで牽制してくる使徒を見据えてタイミングを計る。
「(ATフィールドは心の壁、ね。要は存在を信じること、その形を強く思うこと・・想像と確信。
----- 想いの強さに比例する!!)」
ザンッ
その瞬間、何が起きたのか理解できたものは一人しかいなかった。
気付いたら使徒と初号機の位置が入れ替わっている。互いに背を向け合って動かない二体。
何事かと誰もが食い入るように見詰めるモニターの中で、使徒の巨体が二つに分かれて地に落ちる。大質量の物体が落下した衝撃に揺れる天井都市。崩れた瓦礫から大量の砂塵が舞い上がって初号機と使徒を隠す。砂塵が晴れた後には悠然と佇む初号機の姿が映し出される。
MAGIが管理する監視モニターの映像ですら追いきれない速さで動いた初号機が、使徒の身体をコアごと二つに切り裂いたのだ。それを悟った発令所の者達の心を支配したのは、勝利の喜びでも危機が去った安堵でもなかった。訓練されたチルドレンが二機掛かりで敗北した敵を、初めてエヴァに乗った少年が武器も使わず瞬殺したのだ。初号機の鬼を思わせるフォルムも手伝って、本物のバケモノを見るよう目で凝視する。
音一つ立てる者無く静まり返る発令所。誰もが凍り付いて動けない。
その様子を悲しみと憤りを込めた視線で見回すシオン。無理やり兵士として利用しようとして置きながら、想定以上の力を見せられると途端に手の平を返す。人間が異端を殊更排除する種族である事は理解もしているし、自分がいつか排除の対象になるだろう事は覚悟もしている。
だが、シンジに危機を助けられておいて負の感情を向けるネルフの面々に対する怒りが募るのを止めることは出来なかった。思わず声を荒げて罵りそうになる衝動を抑える。今最も気に掛けるべきなのは自分の感情でもネルフの反応でもないのだ。
「シンジは無事なんですか?敵は倒されたんでしょう?」
凛とした少女の声が響く。落ち着いた声で問われたオペレーターが我に返ってデータを確認する。呆然としていたリツコとミサトも慌てて指示を出し始めた。
「パターン青消滅!生体反応、ありません。使徒、沈黙しました!!」
「初号機、損傷ありません。」
「サード、身体データに異常なし。」
そこで切られていた通信が再び繋げられる。
{敵性体の殲滅終了。どこから帰還すれば宜しいですか?}
「回収ゲートを開いて。・・前方に開いたリフトに乗ってくれるかしら」
少年の言葉に上の空で答えるリツコ。シンジへの恐怖よりも科学者としての好奇心が勝ったようだ。
モニターに映るシンジの様子を細かく観察しつつデータをチェックして、彼に確認すべきことを嬉々として書き留めている。
その横ではミサトが僅かな敵意を混ぜた目でシンジを見ている。自分が使徒との戦いに関われなかったことが不満なのだろう。口に出せばリツコに窘められる事が解っている為無言でいるが、隔意を隠し切ることは出来ないようだ。
シンジも自分に向けられる視線に含まれた感情には気付いていたが意に介さず端的に返した。
{了解。}
初号機がリフトに固定されて降りていくのを確認し、騒がしくなった発令所を尻目に出て行こうとするシオン。それに気付いたミサトが声をかける。
「シオンちゃん、何処に行くの?あまり歩き回られると困るんだけど」
「シンジを迎えに行くんですよ。今回の私の役目はシンジのサポートです。 戦闘が終わった以上此処にいる意味がありませんから。」
言い捨てて出て行こうとするシオン。先程の不快感が言葉から抑揚を奪う。少女の不機嫌に気付くことなくミサトが同行を申し出た。
「ああ、それなら私も一緒にいくわ。案内を付けずに歩かせるわけにはいかないし。」
「そうね、私も聞きたいことがあるし同行してもいいかしら?直接確認しなければいけないこともあるしね。」
あれ程の適正の高さを示した少年をネルフが放置することは無いだろう。無条件に陣営に加えられる相手ではないが、エヴァに乗るよう働きかけることは確実だ。ならば己の不快感を押さえ込んでも、作戦部長としてあの少年と友好を深めることは必要だろうと考えたのだ。初対面の時からミサトが重ねた暴挙と非礼な振る舞いを自覚することが出来れば不可能だと解りそうなものだが、自分の失態については都合よく消去されているらしい。 明るい声で少女に笑いかけて着いて来ようとするミサト。更にはリツコも一緒に歩き出す。
二人の思惑が手に取るように理解できてしまったシオンは何を言う気にもならず、無言でケージに向かった。
「碇、本当に問題はないのか?あれは異常だぞ。」
シンジのパートナーを名乗った少女と作戦部技術部のTOPが連れ立って出て行くのを見送りながら冬月が問いかける。
「シンクロ率が高ければエヴァの動きも比例する。
性能が良いのなら使徒戦に有効だ。敵はまだ来るのだからな。」
「そう簡単なものではないと思うがな・・・」
淡々と答えるゲンドウの言葉に疑問を返す。モニターで見ていたケージでの一件を鑑みるに、シンジがあれ程高いシンクロ率を出すとは思えなかった。母を求めるどころか、傍らに寄り添っていた少女以外の人間に対する関心など全く無いように見えたのだ。最もネルフへの隔意に関してはこちらに非があることを自覚していたが。
「どの道、使徒は倒さなければならない。しばらくは有効に活用してやればいい。所詮は子どもだ。」
「お前は二年前もそう言ったな。」
ゲンドウの言葉にシンジの育成に関する報告をあげた時の事を揶揄する。
あの時余計な事をしなければ、彼を見失うことも、イレギュラーな存在になることも無かったのでは、と思ったのだ。
皮肉交じりの言葉など気にした素振りも見せず立ち上がるゲンドウ。冬月も答えないことは分かっていた為無言で後に続く。彼らはこれから委員会への報告や戦後処理の雑務があるのだ。無駄な時間を費やす余裕など無かった。
シオン達がケージに着いた時、丁度シンジがエントリープラグから出てくる所だった。搭乗前の光景が忘れられないのか緊張を隠せず無言で点検を行っている整備員達。発令所のモニターで無事なのは確認していたが、やはり直接姿をみると安心する。笑顔を浮かべてシンジに声を掛けようとしたシオンに気付かずミサトとリツコが前に出る。
「シンジ君、よくやってくれたわ!ご苦労様!」
「シンジ君、少し話を聞きたいのだけどいいかしら?検査もしなくちゃならないし。」
プラグから降りてシオンの笑顔を見つけたシンジは彼女の元へ歩み寄ろうとしたが、間に入ったミサトとリツコに遮られる。少女の姿を隠されて不快気に目を細めるシンジ。戦闘中のネルフの不手際に対する不信も手伝って再び機嫌が危険域に傾きそうになる。どうやら落ち着いて見えるのは表層部分のことだけらしい。些か好戦的な思考に偏っているようだ。それに逸早く気付いたシオンが彼に駆け寄って笑顔で宥める。
「シンジ!お疲れ様。痛みや気分は?大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
腕に感じる少女の温もりと向けられた笑顔に穏やかに返すシンジ。綺麗に無視されたミサトとリツコは少年と少女の会話を無言で聞いている。リツコの方は性急過ぎた自分の言動に気付いて自嘲交じりに苦笑していたが、ミサトの方は僅かにこめかみを引きつらせる。二人の様子に気付いてはいたが、あえて無視して言葉を続けるシオン。
「それと、お帰りなさい。・・・護ってくれて、ありがとう。」
心のこもった優しい笑顔と純粋な感謝の言葉。
言われたシンジは、一瞬呆気にとられて無防備な顔をさらす。
少女の言葉が脳に浸透すると、少しだけ顔を赤くして照れくさそうな笑みで返事を返した。
「・・ただいま。」
目の前で展開される微笑ましい光景に、緊張していた整備員達や顔を引きつらせていたミサトも毒気を抜かれたようだ。ケージに心なしか穏やかな雰囲気が漂う。横でそわそわと成り行きを見守っていたリツコがシンジとシオンの会話が途切れたのを見計らって再び声を掛けた。
「シンジ君、少しいいかしら?エヴァに乗っている間の事なんかで幾つか質問があるのだけど。精密検査もしなければならないし。」
「・・・・・・・まあ、いいでしょう。
どうやらネルフは保有兵器についての十分なデータすら揃っていないようですし。
次も同じような状態では、こちらも命が幾つあっても足りませんからね。」
無粋な横槍に僅かな不満を感じてリツコの顔を無表情で見詰めていたが、仕方なさそうに了承するシンジ。
リツコの要求に応える義理はないが、無闇に撥ね付けるのも大人気ないかと考えたのだ。
この先も今回の戦闘時のような頼りない対応を続けられては困るのも事実だ。言葉に皮肉を混ぜることも忘れなかったが。戦闘に出る前に纏めた思考を心の内でもう一度反復し、どの程度の情報を提供するか考えながらリツコとミサトに向き直る。
「って、シンジ君これからも乗ってくれるの?!」
リツコの静かながらも鬼気迫る勢いに気圧されて黙っていたミサトがシンジの言葉に反応する。
彼の戦闘能力は実証済みだ。ネルフの戦力に不安が残るのも事実なのだ。彼が此れからもエヴァに乗ってくれるならこれ程心強いことはない。並々ならぬ熱意を込めてシンジに詰め寄る。対するシンジはゲンドウと交渉した時と同じ営業用の笑顔を浮かべて淡々と返した。
「それはこれからの交渉しだいですね。司令が再び依頼をするかどうかもわかりませんし。 ところで、今回の報酬について司令とお話をしたいのですが?」
「申し訳ないけれど、司令も副司令も戦後処理に追われてすぐには時間が取れないのよ。 多分明日以降になら空くと思うけど・・」
「まあ、仕方が無いですね。仮にも国連組織の一端ですし。解りました。では貴方からのお話とやらを伺いましょうか。」
「ありがたいわ。ではまず検査に行ってもらえるかしら?その後私の執務室に・・・・」
早くシンジからの話を聞きたいリツコはミサトを押しのけて会話に加わる。
不満そうな顔をするミサトも今のリツコに逆らうほど無謀ではないらしく大人しく様子を見守っていた。
「検査はお断りします。異常は特に無いようですし、信用できない相手に無防備に身体を任せる気はありません。 話の方は構いませんが、その前にシャワーをお借りしたいですね。質問がお有りでしたらその後に、という事で構いませんね?」
有無を言わせず遮るシンジ。リツコも検査については拒否されることも考慮の内だったので特に気にせずシャワー室へと案内させる。だが横に立っていたミサトはシンジの言い様に辛うじて浮かべていた愛想笑いを消して熱り立つ。
「ちょっと!!ネルフが信用できないってどういうことよ!私達は人類を護るために戦ってんのよ?!」
睨みつけるミサトの視線を上辺だけの笑みで受け、冷えた口調で答えるシンジ。ミサトの傍らではリツコがこめかみを揉み解して溜息を吐いている。
「信用を得たいと言うなら其れに相応しい根拠を示して頂きたいですね。
貴方達の今までの対応を振り返ってからモノを言って下さい葛城さん。」
「ちょっ!!」
「ミサト、やめなさい。
彼に私たちを無条件で信用しろという方が無理よ。力尽くでエヴァに乗せようとしたことを忘れたの?」
冷たく言い放ってシオンと共にケージを出て行くシンジ。その背中に言い募ろうとしたミサトをリツコが止める。止められたミサトはリツコにも食って掛かる。
「それは、・・ちょっと強引だったかもしれないけど。仕方が無いじゃない!!
シンジ君が乗ってくれなきゃ、私たち皆死んでたかもしれないんだから!!最初から素直に乗っててくれれば・・・・」
「いい加減にしなさい。貴方がそんな調子だからやり込められるのよ。少し頭を冷やすことね。
シンジ君の話は私だけで聞いておくわ。貴方も戦後処理で忙しい筈でしょ。早く仕事に戻りなさい!!」
ミサトの余りに自分本位な言い分に呆れた口調で窘めるリツコ。作戦部が戦後処理で忙しいのも事実の為、渋るミサトを無理やり発令所に戻らせる。
これからもあの調子が続くとなれば他のチルドレン達との間も齟齬が生じかねない。技術部長としての仕事以外にも山積みになっている問題の多さに一つだけ深い溜息を吐いて、気持ちを切り替えるとこれからの事に思考を向けた。
更衣室の中は子ども達の賑やかな話し声に満ちていた。使徒の襲来を告げられ待機を命じられていたが、戦闘が終わって解散を許された候補生達だ。最も第三新東京市内は使徒によって破壊された瓦礫を撤去しなければ収容されている建物を戻すことも出来ない。今夜はチルドレン用の仮眠室に泊まる事になる。それでも子ども達の心を満たすのは、敵が倒され危機が去ったことに因る安堵と自分達がいつか乗るかも知れないエヴァが実際に出撃した興奮。
未だシンクロする事が出来ず直接戦闘に関する情報に触れていないからこそ、ただネルフが勝利したことにのみ意識を向けていられるのだろう。喧騒の片隅で不安な表情を晒す二人の少女に気を払う者は居ない。
「アスカ・・・」「マナさん・・」
計らずも重なる呟き。隣り合って着替えていたヒカリとマユミが顔を見合わせる。互いの瞳に同じ感情を見て取って同時に頷くと服を着るスピードを速める。周りで楽しげに語り合う候補生達にお座なりに暇を告げて足早に更衣室をでる。向かう先はネルフ内で最も顔を合わせる訓練の指導官でもあるミサトの所だ。
すれ違う職員は無言で通路を突き進む少女達に怪訝な目を向けるが、特に気を払うことなく抱えている仕事に集中する。初めての戦闘を経験し皆が皆慣れない戦後処理に気が急いていて、最もフォローが必要な筈の子ども達への対応が等閑になっている事に気がつくものは居なかった。
次の角を曲がれば発令所に着くという所で横の通路から飛び出して来た影とぶつかる。勢い良く跳ね飛ばされて尻餅をつくヒカリとマユミ。飛び出して来た影の方も反対側に転んだようだ。腰の痛みを我慢しながらマユミを助け起こしつつ謝罪するヒカリ。
「ご、ごめんなさい!急いでいたものだから・・・・って、あっ!!」
「い、いや。こちらも前を見てなくて・・・」
立ち上がりながら顔を向けた先にあったのは良く見知っている相手だった。待機を解かれプラグスーツをから制服に着替えたムサシ・ケイタ・トウジ・ケンスケだ。予備チルドレンである彼らの待機場所も更衣室も、候補生達が使用する場所からは離れていたため会わなかったが、発令所に向かう途中で行き合ったらしい。
親しい友人でもある彼らと出会って強張っていた表情を少しだけ緩めるヒカリとマユミ。ヒカリにとってトウジとケンスケは小学校からの同級生だし、マユミにとってムサシとケイタはマナを通じて知り合った友人である。辺りを取り巻く張り詰めた雰囲気に緊張を隠せなかった二人は肩の力を抜いた。
「鈴原・・相田も。ちょうど良かった。ねえ、アスカとマナがどこにいるか知ってる?」
「そ、そうです!!二人は無事なんですか?!」
「ちょ、ちょっと待って。落ち着いて。」
ヒカリの言葉に発令所に向かった目的を思い出して近くに立っていたケイタに詰め寄るマユミ。不安と焦りが彼女の落ち着きを取り払う。掴みかかる勢いで迫られたケイタは慌ててマユミを宥める。
「イインチョか。わしらもどうなっとるのか聞きに行こうと思っとるトコや」
「ああ、待機してた部屋のモニターも途中で映らなくなってな。多分使徒の攻撃でどっか回線がショートしたんじゃないかと思うけど。」
トウジとケンスケが答える。戦闘の様子は待機場所に設置されていたモニターで見ていたが、使徒の攻撃で回線が破損し途中で映らなくなったらしい。
ヒカリとマユミに説明している少年達を尻目に発令所に歩き出すムサシ。情報も得られず部屋で待機が解かれるのを待つことしか出来なかった為苛立ちを募らせていたようだ。それを見て慌てて着いていく五人。例え勝ったにしても無傷とは限らない。自然と口を噤んで足早に進む。
たどり着いた発令所は他の何処よりも慌しい喧騒に満ちていた。オペレーター達も指示を出すミサトも、戦闘中のデータ整理を始め様々な業務に忙殺されていて殺気すら感じる。その様子に怯みはしたが、アスカとマナの状態を知りたい欲求には勝てなかった。恐る恐るミサトに近づく。
「あ、あのー。・・ミサト、さん?」
「何?!・・・・て、あなた達。どうしたの?解散していいって言われなかった?」
シンジに冷たくあしらわれリツコに追い返された苛立ちから殺気立っていたミサトが勢い良く振り返った。その目に映ったのは恐々とこちらの顔色を伺う六人の子ども達。一瞬ばつが悪い顔をして誤魔化すように明るい笑顔を浮かべると優しく問う。何時も通りのミサトの態度に安堵してアスカとマナの安否を尋ねる。
「はい、それは聞いたんやけど・・」
「聞きたいことがあってきたんです。」
「控え室のモニターが壊れて途中から様子が分からなくなったもので・・」
「マナは無事なんですか?!」
「使徒には勝ったんですよね?!二人に怪我は・・」
「アスカ達に会えますか?今何処にいるんですか?!」
口々に言う六人。特にムサシ・マユミ・ヒカリの三人は鬼気迫る勢いだ。詰め寄られて仰け反るミサト。アスカ達の様子を思い返して僅かに言い澱む。
「あ、うーんとねぇ。まぁ生命に別状は無いと思うわ。今は病院で検査を受けているはずだけど・・」
「怪我したんですか?!」
「二人ともですか!?そんなにひどいんですか?」
歯切れの悪い言葉に数人が身を翻そうとする。それを慌てて止めるミサト。その場に留まっている子達も真剣な表情で凝視している。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!!今行っても会えないわよ!!」
「どうしてですか!!」
引き止められて勢い良く噛み付くムサシ。同じく止められたケイタは無言だが不満気に顔を歪める。マユミとヒカリは不安そうにミサトを見詰め、トウジとケンスケは静かに言葉を待っている。
「ふぅ。 今二人は麻酔で眠っていて目覚めるのはまだ先よ。
早くても夜中か明け方でしょうね。起きていたところで検査があるからどの道顔を合わせるのは無理。 ・・・今日のところは大人しく部屋に帰って休みなさい。明日になったらお見舞いに行っても良いから。」
優しく言い含められて渋々了承する六人。発令所を重い足取りで出て行く子ども達を見送って、苦々しく呟いた。
「(チルドレン、か・・・・。でも、仕方が無いことなのよ。他に方法は無いわ。)」
ひたむきに友人の安否を心配する子供達の姿に僅かに心が痛んだが、必要な事なのだと割り切って仕事に意識を戻すミサト。
「仕方が無いこと」だ、とネルフに籍を置く者は大なり小なり皆がそう考える。だがその傲慢ともいえる態度こそが、シンジの反発の最たる理由であることに気付くことが出来れば、あれ程忌避されることも無くなるだろう。しかし、思考を打ち切ってしまった今のミサトが、自ら気付く可能性は殆ど無い。ミサトが溢した呟きも発令所の喧騒に紛れ、誰の耳にも届かず消えた。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
シンジは凄まじく不愉快だった。
それはもう、殺気を抑えていられるのが自分でも不思議なほどに。
先程出逢った赤木リツコとかいう白衣の女性に引き連れてこられたのは、ネルフの存在意義であり切り札でもあるエヴァンゲリオンを格納しているケージだった。ここに着くまでの間前を歩くミサトとリツコが交わしていたわざとらしい会話。暗闇に満ちた部屋に通されたと思ったら突然照明を点けられ、現われたのが巨大なロボット。(今時子供向けの特撮番組でもありえない安っぽい演出である)そこで始められた下らない寸劇。 意気揚々とエヴァについての解説を行うリツコの声も不快なら、脇で”正義の味方”気取りで説教をかますミサトの喧しい声も不快だ(結局のところ”大の大人が寄って集って14歳の少年をエヴァに乗せて戦場に放り出す”という事実
には変わりが無いだろう。しかも葛城ミサトの原動力は個人的な復讐心だ。それが悪いとは言わないが、己の行為を正当化する欺瞞に満ちた態度と言葉が著しく気に障る)
そして何よりもシンジの機嫌を損ねているのは、ガラスに仕切られた上段で踏ん反り返っている血縁上の父親の(奴の顔など忘れていたが、事前調査で集めた資料の中にあった写真でみた。資料以上にむさ苦しい髭面である。夜道を歩けば10人中10人が通報するな、と思った。)尊大で威圧的な態度と命令と、シオンの姿を認めたときに彼女に向けた奴の粘ついた視線だった。
ゲンドウは『美月園』の皆の仇である。くだらない己の望みの為に彼らを殺したゲンドウを許せるわけなど無かった。だが、襲来する使徒を撃退しなければ世界が滅ぶ危険がある以上、ネルフの存在を利用する必要があるのだ。その為にも奴を今殺すわけにはいかない。それは重々承知していた。補完計画を潰す為にも自分がチルドレンとしてネルフに属することは有利に働くだろう。ゼーレに対する隠れ蓑としても有効だ。
その為に多少の演技や多大な自制が必要だったが、それは仕方の無いことだと思っている。ゲンドウへの憎悪を隠し、ネルフの面々に対して敵として認定されない程度に友好的に接する覚悟もあった。・・・・が、それとこれとは別である。
確かにシオンは贔屓目無しに見ても、ずば抜けた美貌を持っている。今は若干幼さが残るが、後数年もすれば振り返らぬ者等居なくなるだろう。実際仕事の依頼人の中にも何を勘違いしたか、シオンに言い寄ろうとする者もいた。(中には愛人に加えようとか、奴隷にしようとかふざけた事を企てる愚か者も存在した。 当然、生きていることすら後悔するような制裁を加えて殲滅しておいた。)
シオンが魅力的なのは事実だ。だがしかし、である。目の前で、(忌まわしい事実ではあるが)実の父親が、自分の想い人に色欲を含んだ視線を投げる光景など到底許容できるモノではなかった。血の為せる業か、シオンの容貌は碇ユイの面差しに似ている部分もあるのは確かだ。蒼山ユリエと碇ユイが従姉妹同士だっただけあって、目元の部分や全体の顔立ちが似ている。本人同士を並べてみれば微かな面影がある、程度の相似性ではあるが理想化した妻の幻影を追いかけている男には十分すぎるものだったらしい。しかも普通に色欲だけならまだしも(どちらにしても殺意しか沸かないが)、まるで気に入りの人形を見るかのような類のものまで含まれているとあっては不快感が激増するのも当然である。一目でユイとの相似性に気づいた熱意には感心するが。
さすが、ユイの遺伝子情報をもって生まれたというだけで、綾波レイが自分を裏切る事等無いように人形として育て上げる外道である(補完計画の為だけならば其処まで束縛する必要は無いだろう)。
ゲンドウの視線の意味に気付いたのはシンジだけではなかった。赤木リツコもそれを悟った様だ。凄まじい嫉妬に満ちた目でシオンを睨みつけている。
はっきり言ってただの八つ当たりで大した実害はないが、シオンへの害意に対しては軒並み沸点が低いシンジには許せるものではない。更に機嫌が悪化する。後は切欠しだいで爆発するだけである。
「------- 乗るなら早くしろ!!乗らないなら帰れ!!
臆病者は此処には不要だ!!!」
「シンジ君、貴方何のために此処まで来たの?
駄目よ逃げちゃ!お父さんから。何よりも自分から!!」
先程から自分達の話を聞いているのかいないのか、ただ寒々しい笑顔で黙って初号機を見詰めているシンジに痺れを切らし、ゲンドウが一際尊大に言い放つ。その威圧感に押されて口を噤み緊張を隠せないリツコ。シンジの義侠心に訴えようとしてか偽善的な台詞を吐いて彼の反応を伺うミサト。固唾を飲んで成り行きを見守る整備員。そして傍らでシンジを気遣う様にそっと寄り添うシオン。
ケージにいる者が注目する中、シンジがやっと口を開いた。
「・・うるせぇ。」
「何だと?」
小さな呟きが聞こえなかったか、聞き返すゲンドウ。聞こえていたリツコとミサトは、あのゲンドウに暴言を吐いた少年を驚愕の視線で見ている。
シンジの機嫌の程を悟ったシオンは誰が見ても分かるほどに青ざめている。そしてケージを支配する凍りつくような殺気。
「うるせぇって言ったんだよ。この怪人髭眼鏡が。
ガラス越しでもなきゃ息子と対面することも出来ない極めつけの臆病者がほざいてんじゃねぇ。
はっ!!大体、何で父親に呼ばれて出向いたってだけで、いきなりこんな玩具に乗ってやらなきゃならないんだよ。
人類滅亡?他に乗れる人間が居ない? 知ったことか阿呆らしい。使徒とやらを倒すのはお前らネルフの役目だろうが。 知らないとでも思ってたのか?”使徒迎撃組織ネルフ” いずれ襲来する使徒とか言うバケモンを倒すために設立された組織。 使徒に唯一対抗できるエヴァンゲリオンとそのパイロットであるチルドレン。・・・ちょっと情報を探ればある程度のことは調べられる。 なんせ、半公開といっても国連の一組織だ。伝手を使って多少の事を知ることくらいできんだよ。
敗退したとか言う二機に乗ってた奴らが無理でも、ネルフ本部には本職のチルドレンが後5人は居るはずだろうが。 一人は重傷で動けないそうだが、それでも4人だ。俺みたいな素人引っ張り出さずとも、そいつら乗せれば済む話だろう? それで仮にネルフが敗北したとして、それはお前らの怠慢と失態だ。俺に関係あるかそんなこと。 」
勢い良く捲くし立てて踵を返すシンジ。
おろおろと周りを見回すシオンに優しく微笑みかけると彼女の手を引いて歩き出す。
本音を言えばここに居る全員を叩きのめしてしまいたいが、心配そうにこちらを見ているシオンを安心させる事の方が先決である。早速計画を変更するのは悪いと思いはしたが、これ以上此処に居れば我慢が効かなくなる自覚があったシンジはさっさと出て行こうとする。
数瞬の間辺りを支配した殺気と、シンジの言葉の内容に唖然としていたミサトとリツコがそこで我に帰ってシンジを慌てて引き止める。ゲンドウは駒の一つとしてしか認識していなかった息子に浴びせられた嘲笑と侮蔑に、怒りの余り言葉を紡ぐことも出来ず立ち尽くしている。
「「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」」
親友同士だけあって見事なユニゾン。リツコとミサトの手がシンジの腕と肩を掴む。引き止められて煩わしそうに振り返るシンジ。その目は不快気に細められ、剣呑な空気を伝える。さりげなく背後に庇われたシオンは、切れる寸前のシンジをどう宥めたものかと気を揉んでいる。
「何なんですか?先程あの髭眼鏡が帰れって言ってたでしょう。その言葉通りに帰ろうとしてるんです。邪魔しないでください。 あんなむさ苦しい髭面、見てるだけで気分が悪いんですよ。
大体貴方達もネルフの大義名分の為に今忙しいんじゃないんですか?僕みたいな部外者に構ってる暇なんか無い筈でしょう。ああ、勝手に歩き回られるのが困るというなら、黒服のお兄さんの一人でも案内につけてくれれば大人しく帰ります。
では、もう会うことも無いでしょうけど、お元気で。 」
「って、待てなさいって言ってるのよ!! なんで貴方そこまで知ってるの!!
世間に公開された情報にはチルドレンの正確な人数や現状のデータなんかなかったはずよ!!」
「そうよ!!それはネルフの機密のはずよ!何で知ってるの?!」
両側から喚かれて、嫌そうに顔を顰めるシンジ。うるさそうに耳を押さえてみせる。
さらに何か言おうとした二人を遮ってゲンドウが詰問する。
「シンジ。貴様それを何処で知った。」
シンジは降ってきた声に嘲笑を浮かべてゲンドウを振り仰ぐ。見下ろしているのはずなのに、確実に見下されている。屈辱に身を震わせて再度問いを放つ。
「言え、シンジ。何処で、知った?」
ゲンドウに遮られて口を閉ざしたが、掴んでいる手は離さずに睨みつけるリツコとミサト。
しばし緊迫した静寂が支配する。
ズズーーン
突如施設を地響きが襲う。同時に鳴り響く警報と、スピーカー越しに届けられる緊張と焦燥に満ちた報告。
{目標、再び侵攻を始めました!!現在第3新東京市内中心部に移動。進路上の武装ビルを攻撃しています!!}
天井を睨みつけ、時間が無いことを悟ると疑念は後回しにシンジを再び説得しようとするミサト。リツコも猜疑の視線は変わらないが黙って成り行きを見守っている。
「-- シンジ君!!時間が無いのよ!!早くエヴァにのって!!
あなたが乗らなきゃ皆死んでしまうのよ!!いいの?!それでも!!」
「・・・・・シンジ、乗れ。」
ミサトの言葉に追従するゲンドウ。怒りに滾る視線で睨みつけて命令する。前言など無かったように振舞う大人達の滑稽な姿にますます嘲笑を深めるシンジ。ミサトのあまりの剣幕に間に入ろうとしたシオンを片手で制する余裕すら見せ付ける。その態度に真っ先に切れたのはミサト。次いでゲンドウだった。
ミサトがシンジに掴みかかると同時にゲンドウの命令が響く。
{サードをエントリープラグに放り込め!!多少怪我させても構わん!生きてさえ居ればどうとでもなる!!}
総司令の命令に従ってケージになだれ込む黒服の男達。ネルフ内外の保守・警備を担当する保安諜報部保安1課の者達だ。その手には既に銃を握っている者もいる。襟元をミサトに掴まれ首を絞められつつも尚嘲笑を浮かべ続けるシンジ。ミサトはその様子に更に激昂して怒鳴りつけた。
「ちょっとアンタ!!いい加減になんか言ったらどうなの?!
アンタが戦わなきゃ皆死ぬのよ!!アンタが皆を殺すの。そこんとこ分かってんの?!
へらへら笑ってないで、男らしく覚悟を決めなさいよ!!なっさけない!!」
「サード、痛い目に合いたくなかったら大人しく従え。」
力任せに揺さぶられたせいで髪紐が解け、艶やかな黒髪がシンジの顔を隠した。その為表情が分からなくなる。しかし俯いて微動だにしない様子に怯えていると判断して更に居丈高に続けるミサトと保安部員。
「さあ!!早く乗るのよ!!人類を護る為なんだから光栄なことでしょう?」
「サード、さあ来い!!」
ゲンドウは黒服の男達に囲まれるシンジを見ながら、更に命令を下す。
{そこの娘は独房に放り込め!!}
ブチッ
その時、シオンは確かに何かが切れる音を聞いた、気がした。先程から青かった顔色を益々青ざめさせてシンジを伺う。
彼は俯いたまま、両腕をミサトと黒服にそれぞれ掴まれエヴァの元へ引きずられていく所だった。
ゲンドウの命令に従って少女を捕らえようとする男達を見もせず、恐る恐るシンジを呼んだ。
「し、シンジ・・・・・・・?」
それが、合図だった。
一瞬で地に沈められるミサトと黒服。戦闘に長けている筈の保安部員の誰一人はっきりとは視認出来ない速さで鳩尾に拳を入れられ倒れる二人。増してやリツコやゲンドウなど何が起きたかすら分からなかった。
ずっと俯いていたシンジが顔を上げる。そこに浮かぶのは激しい怒りを湛える凄絶な笑み。
凍りつくような殺気に気圧されて戸惑う外野などに目もくれず、容赦なく周りの黒服達をなぎ倒すシンジ。手加減など欠片もしていなかった。事態に気付いて反撃しようとした男たちも次々と戦闘不能にされていく。中には関節を砕かれてケージ内のプールに投げ落とされる者もいる。辛うじて殺してはいないが、後遺症の残るものも数人では効かないだろう。30人はいた男達を全滅させるのに一分も掛からなかった。
此処に至ってようやく目の前の光景を認識したリツコは恐怖のあまり固まって呼吸すらおぼつかない。
ゲンドウは理解の範疇を超えた目の前の現実に通信機を手にしたまま動くことも出来ない。
全員を叩きのめしてわざとらしく服の埃を払って見せるシンジに集まる畏怖の視線。ネルフの面々が立ち尽くす中で、シオンが慌ててシンジに走りよる。
「シンジ!!怪我は?!痛みは?気分は?大丈夫?!」
「大丈夫だよ。そんなに心配するな。俺があの程度の雑魚にやられる訳がないだろう?」
「それは分かってるけど・・・」
泣きそうな顔で詰め寄るシオンを宥めるシンジ。その顔には先程の嘲笑も黒服達をなぎ倒したときの凄絶な表情もない。柔らかな笑みを浮かべて少女の髪を優しく撫でている。シオンも温かい手の感触に落ち着きを取り戻す。
今のシンジを傷つけられる程の実力者などそうは居ないと分かっていても心配になるのだ。 直に取り乱してしまう自分をいつも優しく宥めてくれるが、些か子ども扱いされているようで恥ずかしくなる。僅かに顔を赤くして俯くシオン。 同時に辛うじてであっても死者が出なかった事を安堵する。あそこまで機嫌を悪化させたシンジが暴れてこの程度の被害なら軽い方だ。
以前、仕事の依頼人が契約を一方的に違えた所為でシオンが負傷した事があった。 その時本気で切れたシンジは依頼人宅を強襲し、家人使用人部下関係なく其処に居た全ての人間を皆殺しにした挙句、依頼人が所有していた家屋敷その他の保有財産を破壊しつくしたのだ。シオンが気付いた時には全て終わった後だった。
その時のシンジの表情を思い出し背筋を震わせるシオン。何があってもシンジを怒らせる事はすまい、と決意を新たにした瞬間だった。
最もシンジがシオンに怒りの矛先を向けるなど天地が裂けても有り得ない。周囲の被害についても心配しているようだが、情報収集と操作能力については既にシオンを凌ぐ実力を誇るシンジが、彼女に知られるような失態を犯すことなど殆ど無いと言ってよかった。シオンが気にしている件については仕事を始めた初期にしたことで、彼女に隠し切ることが出来なかったのだ。
何やらほのぼのしい空気を醸し出す少年と少女。あまりの落差に周囲の大人達は次の行動を決めかねて動くことが出来ない。
そこで再び揺れる施設。突然の振動に辺りの物に掴まるリツコやゲンドウ。エヴァの周りに居る整備員たちも調整層に落ちないように堪えている。と、何かが壊れるような不吉な音が響く。何事かと天井を仰ぐ彼らの視界に、激震に耐えかねて落ちてくるライトが入る。その落下予測地点には二人の少年少女。誰もが助からないことを確信して目を逸らす。
ズガーン
目を逸らしていた大人達の耳に一際大きな衝突音が聞こえた。
ライトがシンジ達を直撃したか、とそろそろと視線を戻した彼らの目に信じがたい光景が映った。
シオンを抱えて飛び退った姿勢のまま上を見て忌々しげに顔を顰めているシンジ。咄嗟に回避行動を取ったようだが、彼らが直前まで立っていた場所には何も落ちてはいなかった。ケージの中を満たす赤い調整層に大きな水柱がたって水面が激しく揺れている。落ちてきたライトが何かに弾かれて調整層に落ちたらしい。そして、シンジ達が居た場所を護るように翳された巨大な手。・・・・そう、エヴァンゲリオン初号機が少年を庇ったのだ。
それを見て我に帰るリツコとゲンドウ。だが反応は対照的だった。
リツコはシンジを護ろうとした初号機の動きから、チルドレンとしての高い適正を確信して喜色を浮かべ。
ゲンドウは愛しい妻の宿る初号機が息子を護ろうとした行為に嫉妬してシンジに対する憎悪を深める。
だがどれ程厭わしい事であってもゲンドウの目的のためにはシンジを乗せるしかないのだ。
内心を押し隠して、再びエヴァに乗るよう命令する。
「エヴァが動いた?シンジ君を護ったの?(ユイさん?・・これなら大丈夫そうね)」
「(・・くっ。 シンジめ!) シンジ、乗れ!!時間が無い」
進歩のないゲンドウの言葉に呆れた表情を隠そうともしないシンジ。シオンも疲れた顔をして溜息をついている。
一通り暴れて落ち着いたのか冷静さを取り戻したシンジは、改めて己の言動を振り返りこれからどうしたものかと悩んでいた。当初の予定では多少渋って見せた後、エヴァに乗る積りだった。が、余りにも礼を欠いたネルフの面々の要請とゲンドウの尊大な態度と命令、奴がシオンへ向けた視線の意味に本気で頭に血が昇ってしまったのだ。
これほどの戦闘能力を見せ付けておいて怪しむなというのは不可能だ。ここでいきなり従順にエヴァに乗って見せたところで猜疑を深めるだけだろう。全面的に信用されるよう振舞うつもりもないが、余計なことまで気付
かれても面倒である。このままネルフを振り切って逃げ切る事も可能だが、そうするとシオンがエヴァに乗ると言い出すだろう。チルドレンとしてこの戦いに参加してしまえば、彼女は今以上に様々な傷を負うことになる。それを許すことなど出来ない。
ゲンドウらに対する憎しみと怒りを忘れることはないが、何よりも彼女を助け護る為にこそ力を欲したのだ。シンジは表情を変えないまま思考を巡らせ考えを纏めると、ゲンドウに向き直り静かな口調で話しかけた。
「 ”依頼”としてなら、乗ってやってもいいけど?」
少年の想定外の言葉に呆けた顔で見返すゲンドウ。リツコも戸惑った表情を浮かべている。
「依頼?なにを言っている?」
「シンジ君?」
聞き返す二人。営業用の笑みを浮かべたシンジがその言葉に答える。
「そ。依頼。・・・・・万屋 ”レイン”と”クラウド” への戦闘代行依頼 としてなら受けてやっても良いぜ?」
シンジの台詞に驚愕するゲンドウとリツコ。流石に ”レイン”というコードネームは知っていたようだ。
対するシンジは、二人の反応に本気で呆れた風に装う。彼らがそれを知らなかったことなど解りきっていた。
依頼人への秘密厳守は徹底していたし、情報を洩らそうとした輩には(シオンには隠した上で)死すら凌ぐ凄惨な制裁を加えて見せしめにしたりした。その行動の甲斐あって依頼人から情報が漏れる事は殆ど無くなった。多少のことを掴んでいる情報機関もあるだろうが、ネルフが知っていたのならこれ程無防備に自分を呼びつける事等ありえない。
「 ・・・本当に俺についてのこと知らないで呼んだのか?天下のネルフの情報網も大したことないな。 仮にも国連で上位の組織のTOPが何で知らないんだよ。世界に名だたるMAGIの使い手赤木博士も。
ああ、さっきなんでそんなに内情に詳しいのかって聞いてたな。
当然だろ?この業界で生き抜くのためには、正確で素早い情報の確保なんて基本中の基本なんだよ。それなりに大きな組織の動向なら尚更な。あの程度なら然程苦労せずとも入手するなんざ簡単な事だ。」
軽く告げられた内容だが、聞き流せるものではなかった。驚愕が収まっても警戒を解くことは出来ない。
数年前に突然現われあっという間に裏世界でもトップに上り詰めた何でも屋。
”クラウド”とそのパートナー”レイン”の名は、ネルフ諜報部のブラックリスト上位に載せられている。
まさかそれが若干14歳の少年だったとは・・・・。思考をめぐらすリツコはそこで気付いた。
「ちょ、ちょっと待って!!シンジ君が”レイン”なら、”クラウド”は・・・・・?」
リツコの言葉に笑みを深めるシンジ。面白がるような響きを乗せて、シオンを引き寄せ静かに告げる。
「俺のパートナーは一人しか居ない。 彼女以外に誰が居る?」
シンジの言葉に顔を赤くするシオンの姿は誰が見ても文句なしに愛らしい。その可憐な少女が裏世界でトップレベルの何でも屋・・・・?シンジの並外れた戦闘能力を間近に見た後でも俄かに信じられるものではない。忙しなくシンジとシオンを見比べるリツコ。”レイン”の名を知らない整備員達は普段冷静な態度を崩さない技術部長の狼狽にこそ驚愕の視線を集中させる。
階下の混乱を見下ろして逡巡していたゲンドウだったが、己の最優先事項を思い出す。
エヴァの中に眠る最愛の妻を取り戻すことこそ己の至上命題である。それを為すためならば、他の何を犠牲にしても叶えると決めていた。それに相手は所詮14の子どもに過ぎない。いかに優れた戦闘能力を持っていようと出し抜くことなど容易いだろう。そう帰結したゲンドウは決断した。
「いいだろう。ネルフは”レイン”に戦闘代行を依頼する。」
「?!司令!!よろしいのですか?!」
ゲンドウの言葉に慌てて反論するリツコ。ネルフの保有する保安諜報部は決して無能ではない。若手の組織といってもバックボーンにはゼーレも居るのだ。世界中の組織に狙われながらも機密を守り抜いた実績もある。 世界で最も優れているとは言い難いが、それでもトップレベルには入る程度の実力を持っている。その保安部員を無造作にあしらって見せたシンジ。更には諜報部とMAGIの力を持ってしても探ることの出来なかった危険人物である。ゲンドウの思考が予想できない訳ではないが、そう簡単に扱える相手とは思えなかった。
だがゲンドウは意に介さない。威圧的な言葉と視線でリツコの口を閉じさせる。
「黙りたまえ赤木君。今の最優先事項は使徒の撃退だ。それとも他に方法があるのか?」
何時如何なる時も己を縛るゲンドウの視線に抗うことなど出来なかった。僅かに俯いて了解する。
「・・・わかりました。」
そんなやり取りを嘲りを含んだ視線で見やるシンジ。ゲンドウとリツコの関係は知っている。
リツコがゲンドウを本気で愛してることも、同時に誰よりも恐れていることも、ゲンドウはただ道具として扱っていることも今までの二人の様子で理解した。事前情報を踏まえた上で互いの目の色を観察すれば一目で分かる。世界を護るという大義名分を掲げた国際組織のTOPの実態がこれなのだ。嘲笑を抑える方が難しい。辛うじて営業用の笑顔を保ったままゲンドウへ返事を返した。
「了解。万請け負い”レイン”への戦闘代行依頼を受諾致します。
ただし今回の依頼は、今侵攻している敵性体との戦闘のみ。
今後も依頼を望むのであれば改めて契約を結ぶ、ということでよろしいですね?」
「・・・・いいだろう。」
目的の為に決断はしたが、息子にあしらわれる屈辱に奥歯をかみ締め内心を滾らせる。唸るような声で了承してシンジを睨みつけるゲンドウ。シンジは晴れやかとすらいえる表情で朗らかに続ける。
「今回の依頼料に関しては、時間の無さを考慮して戦闘後相談に応じるということで。
では、早速仕事に入らせていただきます。エヴァの操縦法を教えていただけますか?
あ、それと”クラウド”は今回の戦闘には直接タッチ致しませんが、私のサポートという事で戦闘を直接視認できる場所に待機する事を了承していただけますね?」
「・・・許可する!!」
歯軋りの音すら聞こえそうな勢いでシンジの言を受け入れるゲンドウ。そのまま踵を返して発令所に向かう。
ゲンドウの迫力に慄いていたリツコと整備員はようやく肩の力を抜いて各々の仕事に従事する。
その様子を見て、シンジに小声で話しかけているシオン。
シンジに制されて口を挟めなかったが確認して置かなければならない事があるのだ。
「(シンジ!いいの?さっきまでは乗らない積りだったんじゃ)」
「(あ~さっきはちょっと頭に血が昇ってて。大丈夫だって。
少し予定は変わるけど仕事のことをばらして置けば多少の牽制にもなるしな。
それよりも、エヴァのシンクロなんだがモニタ越しでも視界に入る範囲なら遠隔操作できるよな?)」
「(まあ、シンクロのサポート程度なら・・。
けど本当にいいの?私の力を媒体に使うとユイさんを封印することになるけど。)」
「(ああ。今更あの女に母親面されるなんて気色が悪いだけだ。シンクロするなんて尚更な。かといって直接シンクロは危険だからって止めたのはお前だろ?)」
「(それは、まあそうだけど・・・・。)」
周囲には聞こえないように話し合う二人。
チルドレンがエヴァとシンクロするには通常ならコアに取り込まれた母親の魂を介して行う。
それがゲヒルン時代に行われ失敗したエヴァの起動実験から学んで開発された比較的安全な制御方法である。そのため、ネルフには母親が取り込まれたコアのストックが保管され、シミュレーションプラグでの訓練で高いシンクロ率を出すことが出来た者のコアを完成したエヴァに換装してチルドレンに任命しているのだ。
だが、従来ゲヒルンで想定されていた適格者という者がいる。これはセカンドインパクト時に飛び散ったアダムの力の欠片を取り込みエヴァへの高い親和性をもった人間のことで、当初はこれを探し出しパイロットにする予定だったのだ。しかし世界中をさがしてもゲヒルンでは見つけることが出来ず、実験の失敗を経て代替案として打ち出されたのが現在のシンクロシステムである。
シンジにとって、幼い自分を省みず研究に耽溺した結果死んだ碇ユイは自分を捨てた人間だ。
しかもユイが解読した裏死海文書の為に補完計画が創られ、彼女を取り戻したいが為にゲンドウは人類補完計画を推奨しているのだ。いわば全ての元凶である。つまり、ゲンドウやゼーレと同類なのだ。 嫌悪と憎悪の対象にはなっても、彼女を受け入れるなど到底出来ることではない。
だが、シンジが初号機に乗る役目は譲れなかった。その為にユイの魂を介さずにシンクロする方法をシオンに相談した所、彼女が考え出したのが、彼女の血を媒体に使徒(主にリリス)の力を使ってリリスコピーである初号機を支配する方法である。シオンは異界の完成した使徒と、この世界のリリスの力を持っている。彼女の魂のみならず肉体そのものにも強大な力が宿っているのだ。僅かな量の血であっても意識して取り出した物であれば、人一人分の魂と同量の力を込める位は容易いことである。その血をエヴァにシンクロする際、密かにLCLに混ぜてコアに吸収させるのだ。そうすれば、シオンの力の欠片を宿したコアが出来る。
最初はシオンが直接力をコントロールする必要があるが、一度力を宿してしまえば後はシンジが上手くシンクロするだけである。シオンはそれについても心配しているようだが、コアに宿るのがシオンの欠片であるのなら、シンジが同調出来ないはずがなかった。
リツコは小声で何事か話している少年と少女を横目に整備員達に指示を出していた。
完全に納得してはいないが、司令であるゲンドウが決定したことである。ネルフにいる者が逆らうことなど許されない。通信機で救護班を呼び、作業に邪魔なミサトと保安部員を回収させる。一通り指示を終えると横でシンジとシオンがこちらを見ていた。先程見せられた光景を思い出し恐怖が蘇りそうになるが、個人の事情に拘る時間などないのだ。リツコは気持ちを切り替えてシンジへエヴァの操縦をレクチャーする。簡単に説明すると近くにいた整備員にシンジの案内を任せ、シオンを伴って発令所に向かった。
後ろについてくる少女を意識しつつリツコの脳裏を巡るのはシンジとシオンへの対応策だ。先程のゲンドウの態度から見ても、しばらくはシンジを初号機に乗せるだろう。今更ではあるが、これから先も無防備にネルフ内部に彼らを招き入れる訳にはいかない。明らかにネルフ側の過失ではあったが、あれ程の敵意を向けていながらわざわざ譲歩して依頼をするよう仕向けてきた真意も解らないのだ。彼らほどの実力があればネルフの追っ手を撒くことも返り討ちにする事も然程難しくはないだろう。後でゲンドウから命じられるだろう彼らの調査と監視の有効な方法に頭を悩ませているうちに発令所に着いた。
シオンを促して中に入るリツコ。最早後が無いことに因る緊張と焦燥と切り札に対する期待。
雑多な熱気に満ちる発令所内を見回して、先に戻っていたゲンドウを見上げて軽く肯いてみせる。視線を下に戻すと少女を連れたまま初号機の起動準備を行っているオペレーター達の元に近づく。リツコの気配に気付いた技術一課所属であり直属の助手を務める伊吹マヤ二尉が顔を上げた。
「あっ先輩 ♪ 」
今の状況を忘れたような弾んだ声で呼びかける部下に脱力しながら作業の過程を確認するリツコ。一緒に着いてきたシオンも苦笑している。
「マヤ、報告を」
「あっ、はい! 初号機エントリープラグ固定完了。第一次接触開始、LCLを注入しているところです。」
マヤの声を聴きながらメインモニターに映るプラグ内の様子を観察する。モニターの中ではシンジが軽く目を伏せてシートに座っている。手元に映し出されるデータを見ても落ち着いているようだ。LCLがシンジの口元に達したとき嫌悪の滲む声が聞こえた。
「血の匂い・・・」
「我慢しなさい!!男の子でしょ!!」
シンジの言葉と同時に発令所の入り口から大きな声が響いた。
「ミサト・・目が覚めたの?」
さっきまでシンジに殴り倒されて気絶していた筈の葛城ミサトだ。幸い鳩尾を殴られただけであったため、比較的早く意識を取り戻したらしい。頭に響く声に顔を顰めて振り返ったリツコが話しかける。答えるミサトは元気なものである。それをみて軽く舌打ちしているシンジ。もっと強く殴っておけばよかった、と顔に書いてある。
「もちろんよ!大体作戦部長が居ないでどうするって言うの!!」
いよいよ使徒を倒すための指揮を取れるのがよほど嬉しいのか張り切った様子で答える。リツコは疲れた溜息を吐いて言った。
「まあ、いいわ。それより今からシンクロを開始する処なのだから静かにしていて頂戴。」
「ちょっと、リツコ!!どういう意味よ!!」
「レイの事故を忘れたの?騒音は作業の邪魔よ。」
リツコの言葉に気色ばんで詰め寄るが、冷たく睨み返されて口を噤むミサト。起動実験の事故で負傷したレイのことを言われては反論出来ない。だがそのまま黙るのも気まずかったのか辺りに視線を彷徨わせ、リツコの傍に立っている少女を見つける。
「シオンちゃん?!貴方なんで此処に居るの?」
「あ、はい。えーとですね」
どう説明したものかと、言いよどむシオン。ここで下手なことを言えばミサトは容易く激昂するだろう。今そんなことをしては戦闘に支障が出兼ねない。言葉を選んで話そうとした所で、モニター内のシンジが口を挟んだ。
{彼女は僕のサポート役として戦闘を直接確認できる場所に待機する事を許可して頂きました。貴方に口を出す権利はありません。黙っていて下さい。}
「な、な、な、なんですって~~~!!
あんたねぇ、これは遊びじゃないのよ!!子どもが何生意気言ってるの!!
女の子に見てて貰えなきゃ戦うことも出来ないの?!はっ!なっさけないわねぇ?」
シンジに冷たく言われて激昂するミサト。突き放すような口調に先程殴り倒された怒りも思い出したのか、憎しみすら篭った目で睨みつけて少年を挑発してみせる。シンジは完全な無表情でミサトを見返す。落ち着き払った態度に更に気を高ぶらせて言い募ろうとするミサトをリツコが止めた。
「ミサト!!黙ってなさいって言ったでしょう?!静かに出来ないなら出て行きなさい!!」
「何よリツコ!アタシが悪いって~の?」
「今行っている作業はデリケートなものなのよ!!仮にも指揮官を名乗るなら邪魔するような真似はしないで!」
リツコの剣幕に渋々口を閉ざすミサト。その顔には不満がありありと浮かんでいるが、ようやく周りの状況を認識したのか大人しく引き下がる。
ミサトへの説明に困っていたのは事実だが、わざわざ挑発する様な事を言ったシンジを軽く睨みつけるシオン。シンジは軽く笑って誤魔化している。仕方なさそうに溜息を吐いて気を取り直したシオンは、モニターとリツコ達の動きを見てエヴァに意識を集中させる。ここで失敗するわけにはいかないのだ。シンジが目で合図したのを確認し、慎重に力を練り始める。
「主電源接続」
「全回路動力伝達」
「第二次コンタクト開始」
「思考形態、日本語を基礎原則としてフィックス」
「A10神経接続異常なし」
「初期コンタクト全て異常なし」
「双方向回線開きます」
ここで起動が成功しなければ自分達は終わりなのだ。発令所中の人間が注目する。
「シンクロ率・・・・99.89%!!エヴァンゲリオン初号機、起動しました!!」
「ハーモニクス全て正常位置。暴走、ありません!!」
「「なんですって!!」」
其処彼処で歓声交じりの驚愕の声があがる。端の方でこっそりとシオンも安堵の溜息を吐いた。すぐに気を引き締めてモニターに視線を戻したが。
発令所内の者は皆一様に驚きの顔を浮かべている。その中で特に驚いているのはリツコだ。確かに起動が成功することは予想していたが、これ程高いシンクロ率をいきなり叩き出す等異常なことである。勢いこんでデータをチェックするリツコ。
「マヤ!!ちょっと見せなさい!!
(ありえないわ!訓練もプラグスーツも無しにいきなり理論限界値?!あのアスカですら70%強なのよ!)」
作業を見守っていたミサトはリツコの行動に頓着することなく嬉々とした声で確認を取る。
「リツコ!いけるのね?!」
「・・え?あ、えぇそうね。起動は成功。暴走の心配も無し。大丈夫、いけるわ。」
ミサトの声に我に帰って答えるリツコ。今の最優先事項を思い出して落ち着きを取り戻す。
ミサトはリツコの答えに喜色満面で最上段を振り仰ぎゲンドウに伺いを立てる。
「よろしいですね?」
「無論だ。使徒を倒さねば我々に未来は無い。」
一度目の出撃と同じ台詞で許可するゲンドウ。その声は先程の激情を窺わせぬ、落ち着いたものだった。傍らの冬月が僅かな感心を乗せてちらりと見やる。
「碇、本当にいいのか?」
「・・問題ない。所詮は子どもだということだ。心の内では母親を求めているのだろう。」
「そうだといいがな。」
小声で話す男達の見下ろす先ではいよいよ初号機が射出されようとしている。
「進路クリア!オールグリーン!」
「発進準備完了!」
「了解」
オペレーターの報告に最終チェックを行ったリツコが承認してミサトに肯く。それを受けて高らかに命ずるミサト。
「エヴァンゲリオン初号機発進!!」
初号機が勢い良く射出され、使徒の目前に打ち出される。メインモニターには使徒と初号機が対峙する姿が大きく映し出される。高まる緊張。
「シンジ君、いいわね?」
{・・・どうぞ。}
ミサトの確認に抑揚の無い声で応じるシンジ。その目は使徒の姿だけを捉えている。
「最終安全装置、解除!エヴァンゲリオン初号機、リフト・オフ!!」
拘束から解放される初号機。僅かによろめくがすぐに姿勢をたて直す。使徒の方も新たな敵と認識したか初号機に向き直る。
「(シンジ君、死なないでよ・・!)」
真剣な面持ちでモニターを睨んで小さく呟くミサト。
気に食わない相手であっても、死を願うほどではない。少年の無事を祈る。
呟きが聞こえていたリツコが僅かな哀れみと呆れを込めた視線で見やる。
力尽くで少年を戦場に出そうとしていた人間が口にするべき台詞ではないが、ミサトが本気で呟いていることを知っているからだ。
様々な思惑を乗せた視線が見守る中で、二度目の人類の存亡を賭けた戦いが、始まった。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
明るい日差しが差し込み、僅かに開かれた窓から朝特有の涼やかな風が入る。
中庭の木々がこれから暑くなることを告げるように眩しい光が濃い影を作る。
そんな平穏な夏の朝、白い部屋で静かに眠っている二人の少女。
長く美しい朱金の髪と、眠っていて尚見るものにきつい印象を与える白皙の美貌の少女。
栗色のショートヘアと、健康的に日焼けした小麦色の肌が活発な印象を与える可愛らしい少女。
セカンドチルドレンである惣流・アスカ・ラングレーと、フォースチルドレンである霧島マナだ。
彼女達は昨日の戦い--第一次直上会戦と呼称--で、出撃した際に負ったダメージにより戦闘不能に陥り、加療のため病院に収容された。その際使用された麻酔によって、今も眠り続けているのだ。
平和な日常の象徴のように、和やかな喧騒に満ちた廊下から騒がしい足音と叫び声が聞こえる。療養している患者のために、立てられる音を最小限に抑えるよう努めている看護婦達の怒りの声がその騒音を追いかけて響く。その騒ぎに眠りを妨げられたのか、少女の瞼がゆっくりと開かれる。見慣れない白い天井を眺め、何故こんな所に寝ているのかを思い出そうと眉間にしわを寄せる。
微睡みに引き込まれそうになる思考を纏めようとしている彼女の集中を外の騒音が邪魔をする。上手く回らない頭を持て余し、思考を妨害する騒音に対する苛立ちに思わず身体を勢い良く起こすと、枕を掴みドアを凝視する。程なくして開かれたドアの向こうに立っている騒音の主に向かって掴んだ枕を力一杯投げつけた。
----------- ドガッ
「「いって(た)~~~~」」
病室のドアを開け放つと同時に枕の洗礼をうけた騒音の発生源である二人の少年はよろめいて尻餅をつく。
床に座り込んだまま顔を押さえて唸っていたが、痛みの原因であろうお目当ての少女の同室者に文句を言うために大きく口を開いて顔を上げ-----
「なにしやがるっ こんの凶暴おん----- あ。」
「ひどいよ~~------ ぉ?」
凍りついた。二人の少年が見上げた先には凄まじい形相でこちらを睨む少女の顔が。
そこで、右手を振りぬいた姿勢のまま肩で息をしているのは、いつも高飛車な物言いと実力行使であらゆる言い分を周囲に受け入れさせる朱金の髪の少女ではなかった。殺人的な威力で枕を投げつけてきたのは、自分達が静寂を尊ぶ病院内の禁忌を犯してまで全力疾走で会いにきた栗色の髪の少女のほうだったのだ。
「ム・サ・シ?」
「は、はい!!」
「ケ・イ・タ?」
「はい!!」
鬼のような顔から一転静かな無表情で、ことさらゆっくりと呼ばれた名前に恐怖が煽られる。
反射的に立ち上がり背筋を伸ばして、恐る恐る彼女の方を伺う。少女の背後に蟠る影は見間違いではあるまい。・・・・・彼女の寝起きの悪さを失念していた少年達の落ち度であった。
「ここは、病院よね?」
「はい!その通りですっ。」
「病院内は、静かにしなければいけない。・・子供でも知ってることよね?」
「仰る通りでございます!!」
優しげに問いかける少女の静けさがひたすら怖い。答える声が震えているのは他人に確認するまでもない。
緊張の余り言葉遣いがおかしくなっているのを直す余裕もなかった。
「・・・そう。なら、ワタシが何を言いたいのか、分かるわね?」
「「はい!!」」
少女の問いかけに、直立不動で答える。彼女の気が済むまで耐え続けるしか現状を脱する方法など存在しない。
「そっ。 なら遠慮なくv
・・・・・・・そぉの落ち着きのない行動を矯正しろって何度言わせれば分かるのアンタ達はぁ!!!!!」
バグッ ドカッ
「「はぅ!!」」
神速で踏み込んできた少女の拳を視認することも出来ず、廊下の壁に叩きつけられる少年の体。
勢い良く殴り飛ばされた割には、二人とも口の端を切った程度の怪我しかしていない。・・・・慣れとは恐ろしいものである。
「ほんとにもうっ!!仕方ないんだから。」
軽く手を払って陽射しの下に立つ少女の姿は、健康的で生気に満ちて美しかった。・・病院の検査服でなければ。廊下に倒れる二人の少年とその前に仁王立ちする少女。中々シュールな光景である。
今まで眠っていたとは信じられない程に確かな足取りで少年達に歩み寄ると、軽々と二人の襟首を掴み上げ病室へと引きずっていく。その後姿に声をかけることが出来るものは一人も存在しなかった。 患者の目覚めを知った医師と看護婦でさえ。遠巻きに見守る群衆の目の前で、静かに扉が閉められ、静寂のみが残る。
人類の存亡を賭けた戦いの直後とは思えない、平和な日常風景であった。
陰気な闇に満ちた部屋にぼんやりと浮かび上がる立体映像。
国連の中で、実質的な最高決定権を持つネルフの上位組織、人類補完委員会の会議である。委員会は議長キール・ローレンツ(独国)を始め、米国・仏国・英国・露国の代表者5人で構成され、人類補完計画の推進、特務機関ネルフの予算確保や監査などを主な業務としている。
「使徒再来か、あまりに唐突だな」
「十五年前と同じだよ。災いは何の前触れもなく訪れるものだ」
「幸いとも云える。我々の先行投資が無駄にならなかったという点においてはな」
「そいつはまだわからんよ。役に立たなければ無駄と同じだ」
「左様。僅かとはいえ公開されていたネルフの保有するエヴァンゲリオン。使徒の襲来予測及びその威力と性能。 半信半疑であった国連始め世界中が注目している。適切な情報操作・世論の誘導・ネルフの運用 ・・・すべて迅速に処理してもらわんと困るよ」
「その件についてはすでに対処済みです。ご安心を」
「ま、その通りだな」
口々に言う委員会メンバーに対し、髪一筋ほども表情を動かさず答えるゲンドウ。
そのふてぶてしさが気に入らないのか、更に声を高くして言い募る。
「しかし、碇君。ネルフとエヴァ、もう少し上手く使えんのかね」
「零号機に引き続き、君らが初陣で壊した弐号機と参号機の修理代、開発途中であった武装ビル。国が一つどころか二つ三つ傾く程度では済まん」
「なんの為のチルドレン候補育成計画かね。」
「十分に訓練を積んでいたはずの先任チルドレンは役に立たなかったそうではないか。」
「聞けば、全くの素人である筈の君の息子が動かした初号機が使徒を殲滅したとか。」
「どういうことかね。」
「我らへの報告に虚偽があったのかね?」
「そのような事実はありません。」
「本当か?」
「それ程たやすく成し得るものではあるまい」
「初号機の性能が想定よりも優れていただけのことでしょう。コアが過剰に反応したことも考えられます。」
「ま、それは良かろう。 君の仕事はこれだけではあるまい。」
委員の一人の言葉と共に手元のモニターに映し出される報告書。
『人類補完計画 第17次中間報告』
「人類補完計画。これこそが君の急務だ」
「左様。その計画こそが、この絶望的状況下における唯一の希望なのだ。我々のね」
「計画を妨害する者もいる。事には慎重かつ的確にあたってもらわねばならん。」
「いずれにせよ、使徒再来に於ける計画スケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう」
「では、後は委員会の仕事だ」
「碇君。ご苦労だったな」
消えていく立体映像。ぼんやりとした光に照らされていた部屋に暗い闇が戻る。
最後に一人残っていた議長が重々しく告げる。
「碇。後戻りは出来んぞ」
最後の映像も消えるのを待って、小さく呟く。
「・・・わかっている。人間には時間が無いのだ。 そして我らにも・・・・・・。」
ネルフ本部内は、何処も彼処も戦後処理の為の慌しい雰囲気に満ちている。大きな音を立てるものは居ないが、通路を歩むものは誰もが何かしらの書類やデータを抱えて足早に通り過ぎる。その中を悠然とした足取りで歩く金髪の白衣の女性。理知的な相貌と目元の黒子が特徴的な美女。E計画担当博士、技術部部長を務める赤木リツコである。
彼女はとある部屋の前で立ち止まると、部屋の主が在室しているのを確認してベルを鳴らすと扉を開ける。
「ミサト、入るわよ--- って、貴方何をやっているの。」
リツコの目に入ったのは、部屋中を覆い尽くす書類の山と紙の底に埋もれる黒髪の女性。ネルフの作戦部長葛城ミサトだ。彼女は昨日の戦いの戦後処理の為の書類や、壊されたエヴァ弐号機・参号機の修理の為の報告書及び始末書その他に埋もれて息も絶え絶えになっていた。
ミサトは部屋に誰か入ってくる気配に顔を上げたが、それが大学以来の友人であることを認めると、再び力尽きたように机に突っ伏した。
「あ~~~~リツコぉ。 も~う勘弁してよう。これ以上は無理。本当に死ぬわ・・・・」
情けない声でぼやくミサトに、こめかみを引きつらせて答えるリツコ。額には青筋が浮いている。
「何を言っているの。全部自業自得でしょう。
貴重なチルドレン候補の迎えに遅刻してその命を危険に晒す。
初陣にも関わらず作戦部長の不在。初戦闘で弐号機と参号機を壊す。
・・・・・貴方、何のためにネルフに居るの? 」
情け容赦の無いリツコの言葉にぐうの音も出ないミサト。上目遣いでリツコの顔を窺ってぼそぼそと言い訳を始める。
「だぁって~。 しょーが無いじゃない、一昨日は夜勤だったんだし。あんな早く起きれないわよ~。
それでも出来る限り急いだし、結果的にはシンジ君は無事だったし・・
それに、弐号機と参号機は日向君の指揮で壊したんでしょ~私が悪いんじゃ・・・」
子供の様な言い分に眩暈を覚えながらも、理路整然とした言葉で返すリツコ。
青筋の数が増えている。ミサト以外の人間なら、あまりの恐ろしさに即座に逃げ出すだろう。
「子供なの貴女は!!チルドレンの迎えは貴方が無理に奪い取った物でしょう!!
自分のスケジュール位前もって把握してから予定を立てなさい。
それに部下の不始末は上司の責任よ。彼が指揮を執らざるを得なかったのは貴方の遅刻のせい。
自分の尻拭いを押し付けておいて、その言い草は何なの!!もっと責任をもった発言をなさい!!
「ううっ・・ わかったわよぅ。 ごめんってばリツコ~~。」
余りの剣幕にやっと己の不利を悟ったか、素直に謝罪するミサト。しかも涙目になっている。
「(全然分かってないわね、これは・・)はぁ~~~もういいわ。
それよりも、霧島さんが目を覚ましたそうよ。若干の記憶の混乱が見られたそうだけど・・」
「まさか、精神汚染?!」
「いいえ。その心配はないわ。精神に異常なし。
フィードバックに因る擬似火傷と多少の打撲は有るけど生命に別状はないわ。二・三日で湿布も必要なくなるでしょうね。」
「そう・・」
あからさまに安堵して、肩の力を抜くミサト。
その様を冷ややかに見詰めて真面目な顔を崩さないリツコ。
「何よ?リツコ。 それだけなら電話で十分よね?」
「ミサト、貴方・・・・シンジ君との事どうするつもり?
理由に察しは付くけれど、どうにか信頼を得られないと本当にまずいわよ。」
冷たく告げられた内容に嫌なことを思い出した、とばかりに顔を顰めるミサト。逃避も兼ねてか、思考の隅に追いやっていたようだ。
「それも分かってるわよ・・・な~んであんなに嫌われてんのかしら。」
本気で呟いているミサトの様子に、更に暗鬱な気分に陥るリツコ。
同時にミサトとシンジとの関係の改善はほぼ絶望的だと悟る。
普通に考えれば、当たり前である。
迎えに来ると言いながら、数時間の遅刻。
その間戦場に置き去りにされ、それに対する謝罪も無い。
親しみやすいといえば聞こえが良いが、初対面から馴れ馴れしく振舞う。
これは明らかに子ども扱いして軽視しているとしか思えない。
つらつらと考えて、昨日見た仮面のような愛想の良い微笑みと冷ややかな瞳の色を思い出す。
口調は一応敬語であったが、本当に敬意を払われているとは思えない。台詞に混ぜられていた皮肉からもそれは明らかだった。
そうしてリツコは昨日のことを振り返った。
第一発令所は暗い沈黙に覆われていた。
人類の希望を背負って出撃した、ネルフ保有のエヴァンゲリオン弐号機と参号機が使徒に返り討ちにあったのだ。巨大なモニターには無残に破壊され、倒れ伏す弐号機と参号機の姿が大きく映し出されている。使徒は出撃した二機に受けた傷を癒すためかその場に蹲って動かないが、再度の侵攻は時間の問題である。しわぶき一つ立てる者無く、沈鬱な空気に支配される発令所。死の覚悟を決めたか、恋人や家族の名を呟く者もいる。
静寂を日向の声が破った。
「司令。B級以下職員の退避と本部自爆の許可を。」
最早他に手は無し、と使徒を誘いこんで本部ごと爆破しようと進言する。
その言葉に更に空気が重くなる。固唾を飲んで司令の言葉を待つ一同。
「・・・・・・初号機とサードを、出撃させる。」
ざわっ
重々しく告げられた宣言にざわめく発令所。承服し難かったのか反論する日向。
「なっ 待ってください司令!! サードは到着したばかりで、初めて乗るんですよ!!
二機がかりで勝てなかった敵を相手にしてまともに戦えるとは思えません!!考え直してくだ---- 」
言い募るがゲンドウは聞き入れようとしない。威圧的な視線で全ての反論を封じる。
納得しきれない顔で口を噤んだ日向に、冬月が言葉を重ねる。
「今、本部を自爆させたところで確実に倒せるとは限らないだろう。
しかもそこで倒れている二機と、中にいるチルドレンも諸共に死なせるつもりかね。
初号機を出して使徒の気を惹いている間に、二機を回収すれば戦況を立て直すことも可能ではないのかね?」
希望的観測が混じった言い分ではあったが、落ち着いた冬月の言葉に発令所が僅かに活気を取り戻す。
苦々しくその様子を見回した日向は、もう一度最上段を見上げて組織TOPの意思が変わらないことを悟ると低い声で復唱した。
「・・・了解、しました。 初号機の出撃準備を始めます。」
弐号機と参号機が敗退する少し前
N2の余波で吹き飛ばされた後、全力で車を走らせ驚異的な速さでジオフロントに到着したミサト。運転中に見たエヴァンゲリオンの出撃に気が急いているのか、シンジ達に話しかける事も無くいそいそと車を降りて足早に進む。本部正面入り口に着いたミサトは、やっとシンジ達の存在を思い出して快活な口調を作ると二人に話しかけた。
「えーっと、シンジ君?お父さんからID貰ってないかしら?あれが無いと本部に入れないのよ。
あっシオンちゃんには今来客用の仮ID発行してるから少し待ってね。 」
ただ無言で着いてくるシンジとシオンの様子に気まずくなったのか、早口で捲くし立てるミサト。対するシンジは愛想良く微笑みながら無言で手紙とカードを差し出した。ミサトと会ってから笑みを絶やさないシンジをそっと見やり冷や汗をかくシオン。飄々とした空気を纏い丁寧な口調で対応していたが、この状態のシンジは凄まじく不機嫌で在る事を知っている彼女は、いつ爆発するかと不安で仕方が無い。
今はまだ、台詞に軽い皮肉を混ぜる程度で済んでいるがこれ以上機嫌が下降しようものなら見境無く暴れかねない。
----- 怒ってる・・しかもすっごく。 さっきまでは機嫌がちょっと悪い程度だったのに~~
「し、シンジ・・? あの、」
話しかけようとするシオンには本当の笑顔を向けるが、その目が「何も言うな」と語っている。気圧されて口を噤むシオン。最早彼が切れたときのストッパー役を務められるよう気を配るしか出来ることがない。密かに呼吸を整える。そんなシオンの様子を見ながら、内心で際限なく罵倒の言葉を吐き続けるシンジ。
-----セキュリティカードが無いと入れないような重要施設に呼ばれた理由については一言も無しか。本当に何も知らないままなら、俺はいきなりエヴァに乗せられたってことか?道中の話題はどうでも良い世間話ばっかりだったし、あんな大衆向けのパンフ一部だけで誤魔化して、チルドレン就任についてこの先どう話を運ぶつもりだよ。話す権限がないならないで、重要な機密に触れることになるから程度のことは言っとけよ。仮にも作戦部長が、素人の子供に対する配慮の一つも出来ないってどれだけ無能だ。
しかも、数時間も遅刻しておいて一言の謝罪もないし。あそこで一歩間違ったら俺らが死んでた可能性について考えも及ばないってか。その癖 親しげな口調で”フレンドリーなお姉さん”でも気取るつもりか?あざとすぎて気持ち悪いんだよ。
「いえ、お気になさらず。 どうぞ」
小揺るぎもしない表情は既に恐怖しか生まない。気付いていないのはミサトだけである。仮IDを持ってきた警備員すら冷や汗を浮かべてシンジを見ている。
万屋稼業で培った対外用の完璧な愛想笑いに黒い空気がにじみ始めている。海千山千の裏社会の住人含む依頼人達相手に交渉スキルを上達させた今のシンジが、内心はともかく見て分かるほどに感情を表に出すなど滅多に無いことである。それだけに感じる恐怖も一入であった。
「あ、ありがとーv って、手紙も一緒についてるけど、見ても良い?
(あの司令が息子にどんな手紙送ったのか気になってたのよねーv) って、はぁ?!これだけなの?」
送られてきた封筒ごとカードを渡されたミサトは、一緒に入っている手紙に興味を示し伺いを立てる。シンジの了承を得て、嬉々として手紙を開いたミサトの目が点になった。さもありなん、書かれているのは単語と名前だけである。昨今、幼稚園児でももっとましな手紙を書くだろう。いや、手紙と呼ぶことも失礼な代物であった。
「(こ、これは・・・・いくらなんでもどうかと思うわよ?司令って・・・)
あ、あはははは・・個性的な手紙ねぇ?
あっ シオンちゃん!そのカードをスリットに通せばゲートが開くから。 は、早く行きましょうか? 時間も無いことだし。 ははっ 」
手紙を開いた瞬間感じた寒気を誤魔化すように、乾いた声で笑ってゲートをくぐるミサト。
反射的に殺気を撒き散らしたシンジが無言の笑顔で続き、シオンがその後を小走りに追いかけた。
しばらく無言で歩む三人。寒々しい空気が周囲を取り巻いている。
重苦しい雰囲気に耐えられなくなったのか、ミサトが携帯を取り出しどこかに掛ける。
「もしもし、リツコ?今、本部に着いたわ。戦況はどうなってるの?---- え?何、聞こえないわよ?リツコ?」
どうやら相手は初号機の整備を行っている筈のリツコのようだ。喧騒に紛れたのか聞き取りにくくなった言葉を聞き返すミサト。その間にエレベーター前にたどり着く。”過去”では本部内で迷子になっていたミサトも、流石に配属されて数ヶ月経っている今迷うことはなかったようだ。そっと安堵の息を漏らすシオン。
と、目の前のエレベーターが開き、中には白衣を着た金髪の妙齢の美女が立っていた。
彼女は、ミサトを認めると深い溜息を漏らして冷たい視線で睨みつける。
「--- 葛城作戦部長? 何をしているのかしら?」
「あ、えーと、ほら、そうそう!!大事なサードチルドレン候補を迎えに行ってたのよ!やっぱ、戦力増強は最優先で配慮されるべき事項だもんね!」
氷のような冷たい視線に怯えたように一歩退いたが、虚勢を張ってシンジを前に引っ張り出す。引きずられたシンジは変わらず完璧な笑みを浮かべているが、雰囲気に加えて瞳の温度も数度下がった。それを恐々と見詰めているシオン。内心でミサトの無謀さを罵っている。
----- ミサトさん!!勘弁してくださいよ~~
シオンの内心など知らぬ気に進められる会話。
リツコの視線がシンジを捉える。
「その子が例の男の子、ね。」
「そお!マルドゥックから選出されたサードチルドレン、碇シンジ君よ」
張り切った声で紹介するミサト。ミサトを見ずに自己紹介するリツコ。観察するように上から下まで見回した視線がシンジの顔で止まる。笑顔の下に潜んでいる不機嫌さに気付いたようだ。漂う雰囲気に僅かに尻込みながらも表には出さず、冷静な表情を保つ。
「そう。 私はE計画担当博士、技術部長も務めている赤木リツコよ。
よろしく。リツコと呼んで貰っていいわよ。」
「よろしく。碇シンジです。・・赤木さん。」
シンジの返答に軽く眉を上げたリツコだが気にせず肯き返す。それを聞いていて黙っていられなかったのがミサトだ。
「そぉ言えば、私もミサトで良いって言ってんのに、なんで呼んでくれないの~?」
少し不満そうに声を上げるミサトを見て冷ややかな口調で答えるシンジ。笑顔とのギャップが怖い。
「いえ、別に。強いて言うなら、数時間も人を待ちぼうけさせて置きながら一言の謝罪も無い人に対する親しみなど、欠片の持ち合わせも無いからでしょうか。」
「うっ!? それは悪かったわよぅ。ごめん、シンジ君。
で、でもほら、結局皆無事だったんだし。さっぱりと水に流して~~」
反省の欠片も見せずに口先だけで謝るミサトに疲れた溜息をこぼすリツコとシンジ。
気を取り直して顔を上げたリツコの視界に、会話から取り残されて立ち尽くす少女の姿が映る。
「貴方は?ここは部外者の立ち入りは禁止の筈よ。」
問いただすリツコの声にシオンの肩が揺れる。そのシオンを庇うように前に出るシンジ。横ではミサトが必死に言い訳をしている。
「あ、そうそう。赤月シオンちゃん、シンジ君のガールフレンドよ。
まあ、いいじゃない。シンジ君も知らない場所で一人になるより安心できると思うし。
(シオンちゃんが一緒じゃないと来てくれないって言うんだもの。しょうがないでしょ~?
部外者なのは自分も同じ筈だからって。)」
ミサトの言葉に更に深い溜息が零れる。今日一日だけで一生分の幸福が逃げて行きそうだ。最早下がりようも無いほどに凍りついた視線でミサトを睨んで、そのままエレベーターに引き返す。扉を開けたまま立ち尽くしている三人を促すと、目的の階のボタンを押した。
第一発令所では絶望的な現状を打破すべく、残された最後の切り札、エヴァンゲリオン初号機の出撃準備が行われていた。先程渋っていた日向も気持ちを切り替えたか、目の前の作業に集中している。
その様子を見下ろしていたゲンドウが、机の端にあるモニターを確認し突然立ち上がる。
「・・冬月、後を頼む」
常と変わらぬ重苦しい声で言い、司令席の後ろに設置されていた昇降用のリフトに乗り込んだ。
唐突な行動に驚きもせず静かに見守っていた冬月はゲンドウの姿が見えなくなると小さな声で呟いた。
「10年ぶりの対面、か。」
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
「8月14日金曜日 本日は素晴らしい快晴の一日となるでしょう。
ただし、昼頃から所により戦闘機が降る可能性があるので、外出の際には頭上に注意する必要があります。
命の惜しい方はお出かけにならない方が良いでしょう。・・・・・・って所か? 」
「シンジ・・・・・」
人一人居ない駅前で、呆れた様な口調で吐き捨てる黒髪の少年。
その少年に気遣わしげに話しかける黒髪の少女。
「来い ゲンドウ」と書かれたメモ用紙以下の手紙と、「私が行くまで待っててねv 追伸:胸の谷間に注目!!」と書かれたふざけた写真を嫌そうに横目で確認し、待ち合わせ場所二駅手前のリニア改札前で目の前の戦場を観察する少年と傍らに寄り添う少女。 碇シンジと赤月シオンである。
二年前の襲撃事件後、シオンに保護されたシンジは、それ以来シオンと共に伯父の家を出て世界中を転々とする生活を送っていた。シオンに教えられた「人類補完計画」を妨害する為の活動と、計画の遂行者であるネルフとゼーレを潰すための準備の為である。
同時に、妨害工作のカモフラージュと、シンジの実戦修行を兼ねて、万屋・・・要するに表裏関わらずの何でも屋・・・を営んできた。要人護衛や情報収集・運び屋その他。依頼の内容と報酬に折り合いがつけばどんな依頼もほぼ100%完遂すると評判である。
まさか本名で仕事など出来ないのでお互いにコードネームを付け合っての活動だ。
万屋での名は、クラウドとレイン。クラウドがシオン、レインがシンジ。
妨害工作で名乗る名は、スクルドとヴェルダンディ。スクルドがシオン、ヴェルダンディがシンジだ。
襲撃の真相と己の父親の目的を知ったシンジは、最初直ぐにでもゼーレとネルフを潰すことを望んだ。しかし、何れ使徒が襲来することは既に避けられない未来である以上、エヴァとエヴァを管理するネルフの存在は必要なのだ。そのことを説明し、ようやっと納得させたシオンはまずシンジを彼の望みの通りに鍛え始めた。といっても、既に学んだ戦闘術の素地があったため、実戦を積んで経験値をあげる支援をしただけである。後は万屋稼業で経験を積むことに腐心した。 優れた素質と本人の熱意があってか、あっと言う間にシオンのレベルへと追いついたシンジは、彼女の行っていたゼーレ施設襲撃への協力を申し出た。
シンジが仲間になってくれたことは正直嬉しく思っていたが、施設の襲撃のような裏の仕事を手伝わせる気は無かった。その為シンジをどうにか思い留まらせようとしたが、彼の熱意に押し切られ共にコードネームを名乗り裏で動き回ることになったのだ。 彼はパートナーとして優秀で今まで以上の戦果をあげることが出来た。カヲルの素体を保管しているゼーレ秘匿のダミープラントを殲滅できたのもシンジの援護があってこそである。そのことは喜ばしいが、シンジを自分と同じような犯罪者にしてしまった事に罪悪感を忘れることは出来なかった。
そして訪れた2015年。
あらゆる者が各々の望みを叶える為に待ちわびた、予言の年。
人間に最も近く、何よりも遠い存在。強大な力と永遠の命を持つ神の使者が、地上に降り立つ時が訪れたのだ。
「ねぇ、シンジ。 本当に良いの? シンジがチルドレンになったら・・・」
「良いっていったろ?それに俺がチルドレンにならなかったら、シオンがエヴァに乗るつもりだろう?
お前だけに任せきりにする積りはない。 それに俺が乗ったほうが計画のためには都合が良いって話し合ったじゃないか。」
「そうなんだけど・・・」
待ち人が一向に現われないため、暇を持て余した二人は最初他愛のない話をしていた。
が、これからの事を思って不安になったか、シオンがシンジにエヴァに乗ることを今からでも思いとどまらせようと、何度目かの説得を始める。そんなシオンを安心させようと軽い調子で決意が変わらないことを伝えるシンジ。彼の意思の固さを見て取って口ごもるシオン。
しばし、会話が途切れる。
「・・・・にしても、遅すぎる。
待ち合わせ駅に着く前にリニアが停まったこと位調べればすぐ分かるはずだろう。
何してんだよ、迎えの人間は。 俺らが死んだらどうする積もりなんだか。 」
「そうだね・・。
電話も通じないし、いきなりネルフ本部に行ったりしたら怪しまれるしね。・・・どうしようか。」
-----まさか、この世界のミサトさんも時間にルーズだとは・・・・ずぼらさも変わらないのかな?
一応事前調査はしたけど、個々の細かい内面まではわからないしねぇ。
あぁ、でも家事能力は人外レベルって評価があったなぁ・・脅威のMC兵器は健在・・かな?
内心ミサトの過去の世界と同じ行動に不安になって、苛立たしげに周囲を見回しているシンジを見ながら嘆息する。僅かに疲れた表情で人の気配が無い町並みで繰り広げられる、巨大な生き物と国連軍の戦闘機との戦いを見やる。
と、その視界に鮮やかな色彩が飛び込んできた。
月光を紡いだかの様な蒼い髪。水面に映る花の色の様に淡く鮮やかな真紅の瞳。
透き通る様な白磁の肌と、妖精のように華奢な体躯と繊細な面持ち。
この世界の綾波レイの幻影である。
零号機起動実験失敗により重症を負って加療中の筈の彼女が此処に居るのは異常な事態なのだが、シオンは心を満たす懐かしさと、今の彼女の立場と環境を思ってほんの少し悲しみを帯びた瞳で、幻のレイを見詰める。目の前にあるのは、眠っているレイが飛ばした精神体であることを知っているのだ。肉体よりも精神を主として生きる単体の使徒に近い存在であるためか、本人の無意識の内に肉体を抜け出した心を遊ばせているのだろう。今の彼女が見ている記憶は、身体が目覚めてしまえば消えてしまうほど儚いものだと分かっていても、この世界のレイとの邂逅に喜びを隠し切れず、彼女へと笑顔を向けた。
その頃。
人気の無い無人の道を爆走する青い影があった。
シンジとシオンの待ち人、ネルフ戦術作戦部部長、葛城ミサト一尉の愛車アルピーヌ・ルノー である。
「やばい、やばい、やばいわ~~~。
こんな時に迎えに遅刻したせいで、貴重なチルドレン候補を確保できなかったなんて減俸どころか即座に馘首よ~~~~!!
しかももう使徒が上陸してんじゃない!!初戦から作戦部長が居なかったなんて、笑い話にもならないわ!!」
----・・・・・っく、何のためにネルフに居るのかわかんないじゃない!!
飛んでくる瓦礫を素晴らしいドライビングテクニックで全て避け切り、目的地に向かって車を走らせるミサト。
内心の苦々しさを押し殺しながらも、使徒へ対する憎しみに唇をかみ締める。
その目に、無人の駅前で立っている人影と、そこに落ちていく戦闘機が映った。
それを見て、当に法定速度を遥かに上回るスピードで走っていた車のアクセルをさらに踏み込む。
「ちっ 間に合いなさい・・・・・!!!」
同時刻。ネルフ本部中央作戦司令室第一発令所。
緊張に満ちた喧騒の中、発令所内にオペレーター達の報告が響く。
「正体不明の移動物体、依然本所に対して進行中」
「目標、映像で確認。主モニターに回します」
それを壇上から見下ろして重々しく呟く二人。総司令碇ゲンドウと副指令冬月コウゾウだ。
「15年ぶりだな。」
「ああ。間違いない--- 使徒だ。」
待ち望んだ時の到来に喜びを隠し切れずに組んだ両手の下で歪んだ笑いを溢すゲンドウ。
その傍らで、冬月はメインモニターに映る使徒と国連軍との戦闘を眺める。
「僅かとはいえ使徒についての情報は公開されているというのに、無駄なことをするな・・」
「くだらん。軍人のプライドとやらのためだろう。直ぐに思い知る。」
「そうだな。-------- 赤木博士、エヴァの準備は?」
モニターを凝視する国連軍将校の姿を横目に、エヴァの起動準備を行っているE計画担当博士赤木リツコに通信を繋げる。
{はい、赤木です。エヴァは弐号機、三号機共に起動準備完了。
セカンド・フォース両チルドレンはエントリープラグ内で待機しております。後は発進準備を待つだけです。}
「そうか。 ----- 初号機と零号機は?」
{初号機はパーソナルパターンの書き換え終了。後はサード候補を乗せるだけです。
零号機は起動実験暴走の際使用された硬化ベークラフトの除去が完了しておらず、動かすことは不可能です。ファーストの状態も戦闘に耐えられるほどには回復しておりません。}
「わかった。では弐号機と参号機を出撃準備。初号機は待機してサード候補の到着を待つ。」
{了解しました。}
通信機越しに会話する冬月とリツコ。
その会話に国連軍将校の声が割り込む。
「くそっ! 総力戦だ。出し惜しみはなしだ!!」
「なぜ動ける!本当に通常兵器は効かないというのか!!」
「まだだっ!!まだ切り札が残っている!!」
悔しげに呻いて一人が電話に手を伸ばす。
「----- わかりました。予定通り発動いたします。」
ネルフ本部 会議室
乗機を持たない予備チルドレン達が、外の喧騒を他所に大人しく待機している。
「マナ、大丈夫かなぁ。怪我なんかしなきゃいいけど・・」
「マナなら心配ないさ。その為の訓練だって十分に積んできたじゃないか」
部屋の隅に置かれたパイプ椅子に座って落ち着かなげに目の前の小型モニターを見詰めていた気弱そうな少年が、横に座っている友人に小声で話しかける。
元在日国連軍少年兵トライデント型陸上軽巡洋艦パイロットであった霧島ケイタと霧島ムサシである。 藍色のプラグスーツに身を包んでいる浅黒い肌の精悍な少年がムサシ。淡い緑色のプラグスーツに身を包み、不安を前面に押し出した表情でモニターを見詰めているのがケイタである。
二年前、ネルフは半公開組織に改変され、使徒の襲来と迎撃の為のエヴァの必要性が世間に公開された。それに伴い、当時非合法な情報網でエヴァのことを既知していた在日国連軍が、対抗策として開発していたトライデント計画をネルフによって潰された。その折、パイロットとして集められていた孤児達を保護する名目で、ムサシ達三人はネルフにチルドレン候補生として連れてこられたのだ。 虐待と紙一重の過酷な訓練と、安全性に問題の残る機体の操縦訓練によって、集められていたパイロット達の中で生き残っていたのは、マナ・ケイタ・ムサシの三人だけだった。
ネルフに保護され、損傷していた内蔵の治療を受けることができた。技術開発部技術局四課所属霧島アラタ三尉の養子になることができた。三人で生きていくことができる。決して得られないと思っていた普通の生活も保障されている。昔と比べたら雲泥の差である。
・・・・・それでも、戦場で命のやり取りをしなければいけない立場に居ることは変わりなく、今得られている恩恵もその代償に過ぎないのだと理解していた。
そして今、エヴァという兵器に乗って戦場に赴くのは、自分達にとって何よりも大切な幼馴染であり、共に生きてきた仲間の少女なのだ。抑えても抑えても湧き上がる不安に、身体は固く強張っていたがそれを表に出すことはせず、横で不安げにしている気弱な友人に強い口調で言葉を返した。
同じ部屋の会議用の大きな机を挟んで反対側にも二人の少年がいた。予備チルドレンである鈴原トウジと相田ケンスケである。トウジは群青色のスーツ、ケンスケは黄色のスーツを着ていた。二人は周囲に高まる戦場の空気に気分を高揚させ、自分達が戦いに出ることが出来ない不満を隠せずに苛立たしげに会話をしていた。
「あ~~~~!なぁんで俺は選ばれないんだよ~!やる気なら一番あるのに・・・・・」
「そんなん言うたかて、しゃぁないやんか。わしらじゃ、エヴァをよぉ動かせん。此間のテストかて起動もおぼつかん状態じゃのぉ」
特にケンスケは自分がチルドレンに選ばれる事が出来なかったことがよほど悔しいのか、しきりに手を動かして友人に愚痴を続ける。
「わかってるよ・・・・。だけど、いよいよ本当の戦争が始まるんだぜ?こんな所で燻ってるだけなんて、蛇の生殺しだよぉ~~」
「はぁ、わしにはよぉわからんわ。 まぁ女子に戦わせて、男のわしが安全な場所で見てるだけ、いうんはきっついの~」
トウジの冷めた返答に白けた顔をするケンスケ。しかし直ぐに顔を引き締めると、トウジを引っ張って小声で囁く。
「なぁ、それよりも知ってるか?今ミサトさんがサード候補を迎えに行ってるらしいぜ。
なんでも、今まで誰にも動かせなかった初号機に乗せるために連れて来るんだと。」
「はぁ?サードっちゅうたら、欠番になってるとかで霧島がチルドレンに選ばれた時も飛ばしてフォースになったやないか」
突拍子も無い話題転換に、呆れたような声をあげるトウジ。大声で返された言葉に慌ててトウジの口を押さえるケンスケ。
「ば、馬鹿!!何大きな声出してんだよ!!
・・・・・だからさ、サード候補として選抜されていた奴が一度行方が解らなくなったとかで死亡扱いとして欠番にされてたんだと。 けど、最近そいつが発見されて、サードを復活させてチルドレンに任命しようとしてんだってさ。
誰にも動かすことの出来ない初号機との相性が良い奴が見つかったんなら、それも当たり前かもな。
なんせ、あの綾波や惣流すら起動指数ぎりぎりで満足に戦闘なんかできない状態だし。俺らに関しては起動すらできない。シンクロ数一ケタ台じゃそれもしょうがないんだけど。
・・・・・・あ~~~~けどさぁ!!
ずっと訓練を積んできた俺らを差し置いて、そんな素人が選ばれるんだぜ?
これが悔しくなくて、なにを悔しがれッてんだよ!!!! 」
頭を掻き毟ってもだえるケンスケを生ぬるい視線で一瞥して、明後日の方向を向くトウジ。
何とも言えない疲労感が全身を支配している。
「・・・・・・・・アホか。」
ネルフ本部内 特別治療室
傷ついたものが治療するための場だけあって、此処までは外の喧騒が届くことはない。
けれど、どこか張り詰めた緊張感が戦場が近いのだと、そこに居るものに告げていた。
白い病室で体中に包帯を巻き、点滴を受けて移動用のストレッチャーに乗せられた蒼銀の髪の少女。ファーストチルドレンである綾波レイだ。彼女は今鎮痛剤の効果によって深い眠りについていた。一目で重症とわかる彼女がこんな所へ連れてこられているのは、それでもいざとなったら彼女をエヴァに乗せるしか人類が助かる道がないとわかっているからだ。ネルフTOPの本心がどうであれ、ネルフの存在意義は使徒の撃退とサードインパクトの阻止である。それを成し得る為ならば、多少の犠牲や欺瞞は許される。その考えに同調できる者だけが此処に居ることを許されるのだ。レイに対する非人道的な扱いに疑問を持っても、口に出すことができるものなど誰も存在しなかった。
チルドレン候補生控え室
適正を認められながらも、エヴァとシンクロすることが未だできない他の候補生達が一室に集められていた。
訓練時に着用する、候補生用の簡易プラグスーツ。男子は水色か青、女子は薄い桃色か淡い藤色のものを纏い、仲の良い友人同士で固まって雑談に興じて時間を潰していた。僅かなざわめきを避けるように、部屋の隅に並んで座り暗い表情で床を見詰める二人の少女。
二つのお下げと薄い雀斑が可愛らしい少女--洞木ヒカリと、真直ぐな黒髪を背中の中ほどまで伸ばし縁のない眼鏡をかけた口元の黒子が印象的な少女--山岸マユミである。二人はそれぞれの親友が戦場へと向かう事を憂いているのだ。
ヒカリにとってセカンドチルドレンであるアスカは、候補生に選ばれて戸惑っていた自分を励ましてくれた頼れる先輩で大事な友達なのだ。勝気で高飛車に見られがちな強気な態度ながら、さりげなく庇い指導し引っ張ってくれた彼女の強さに何度助けれたかわからない。 その彼女が今から未知の生物との殺し合いの現場に赴くなど、想像するだけで背筋が震える。
本人に問いかけても、何時ものように自信に満ちた輝く笑顔で安心させてくれるだろう。 けれど、あの気高い少女が本当は繊細な心と優しさを持っていると知っている。命のやり取りをする戦場で、傷つかない筈がないのだ。心配することしか出来ないけれど、だからこそ彼女の無事を祈っていたかった。
マユミにとってフォースであるマナは初めて出来た親しい友人である。 彼女と友人になるまで、他人に傷つけられることを恐れ、自分を傷つける者の無い本の世界に逃げ込んでいた。 頑なな態度で外界を拒絶していた自分に明るく話しかけ、人に慣れないせいで戸惑っているばかりの自分に優しく接してくれた。消えない恐怖と疑念から、中々打ち解けようとしなかった自分を温かい眼差しで見守ってくれた大切な人なのだ。
彼女がチルドレンに選ばれてから、どれ程努力してきたか知っている。先任であるアスカやレイの足を引っ張ることの無い様に、懸命に訓練を行っていた。彼女が一人で出撃するわけではない。10年もチルドレンとして訓練していたアスカがいるのだ。万が一などありえない。彼女達は無事に帰ってくる。
・・・信じることしか出来ないけれど、待っているから。 だからどうか、死なないで帰ってきて。 そう胸の中で呟いて、強く両手を握り締め、神以外の何かに祈った。
戦闘機が次々と叩き落される怪獣映画さながらの光景を、なんの感慨もなく見ていたシンジの視界にこちらに向かって爆走してくる青い車が入った。あれが迎えだろうと、シオンの方へ振り向いたシンジの目に、こちらめがけて飛んでくる戦闘機が映る。
何時もならシオンが気付かないことはありえない。
だが今の彼女は、綾波レイへの懐旧の念に囚われていて周りが見えていなかった。 シンジは一つ舌打ちすると、咄嗟にシオンを抱えて飛び退る。其処に落ちる戦闘機が爆発を起こす。立ち込める煙と炎。落下地点とシンジ達が立っていた場所を遮るように青いルノーが走りこんだ。
「シンジ君!! お待たせ----- って、何で居ないの?!」
ミサトが慌てて車から飛び降りて周りを見渡すが、人影は見当たらない。
まさか今の爆炎に巻き込まれたかと、さらに周囲を捜索する。
「ちょっ 冗談でしょ?! シンジ くーん? 何処ー?!」
と、目の端に映る改札の陰に黒いものが見えた。
「シンジ君?・・・・?」
そろそろと近づくミサトの耳に少年と少女の話し声が聞こえる。
「・・・・・・なにやってんだよ。こんな所で呆けてたら危ないだろう?」
「うん。ごめんシンジ・・・。 ありがとう、助けてくれて。」
「い、いや別に怪我が無いならいいけど・・・」
呆れたような口調で窘めるシンジと、彼に笑顔を向けて感謝を告げるシオン。
シンジは向けられた全開の笑顔を直視出来ずに赤い顔をしてそっぽを向いている。
傍で聞いている方が恥ずかしくなるような仲睦まじい様子に、少々気圧されながらも恐る恐る話しかけるミサト。
陰から覗いていたのは彼が着ている袖なしの黒いロングコートのようだ。薄手の物と言っても暑くないのだろうか、とミサトが二人の姿を観察する。
コートの下には袖口がゆったりと広がった白いシャツを着ている。一見すると中国の長袍のようなシルエットだ。シンジの右耳には真紅のピアス。肩を越す程度に伸ばされた艶やかな黒髪が無造作に赤い紐で括られている。
少女の方も似たような格好で、コートではないが黒い袖なしの上衣に五分丈のパンツ。丈夫な皮のショートブーツを履いて、右耳には漆黒のピアス。長い髪は一つに編みこんで、シンジと揃いの赤い紐で結ばれている。
・・これは万屋として依頼を遂行するときに使用する戦闘服だ。服の各所には暗器や通信機その他の装備が仕込まれ、服そのものもあらゆる改良が施された耐久スーツである。最初から手の内を明かす気は無いが、相手がどんな強硬手段に訴えるか解らない以上警戒するのは当然だ。ならばと使い慣れた装備品で、最も優れた物を選んだ結果がこの姿である。
「あ、あのー? シンジ、君?」
「「あっ ・・・・・・・」」
完璧なユニゾンで振り返る二人。しばし沈黙が訪れる。
「あ、えーと。葛城さん、ですね?」
逸早く我に帰ったシンジが確認する。ミサトの方も気を取り直して応える。その顔は面白いおもちゃを見つけた子供のようだ。
「そうよんv 私が迎えの葛城ミサト。 ミサトで良いわ。
・・・ そ・れ・よ・り v そっちの子はだーれかなぁ? お姉さんに教えてくれるかな?」
「あ、え? わ、私は、あの、その、」
ものすごく楽しそうだ。そんなミサトの勢いに押されてあわあわと戸惑うシオン。
横で聞いているシンジも赤い顔をしていたが、未だ続く戦闘音に気付きミサトを急かす。
「葛城さん!!今はそんなことしてる場合じゃないでしょう。早く此処から離れないと死にますよ!!」
「あっ え、ええ。 そうよね。じゃあ、シンジ君もそっちの子も早く乗って!」
シンジの言葉に今の状況を思い出し、慌てて運転席に乗り込む。二人が後部座席に入ると同時、ドアを閉めるのも確認せずにアクセルを全開にして猛スピードで走り出した。しばらく走り続けて、やっと最前線から距離をとったことで落ちついたのか僅かにスピードを落として後ろの二人を観察するミサト。にこやかな表情を崩さぬまま、二人の子供の様子を窺う。
----- 碇シンジ 14歳 総司令碇ゲンドウの長子。
二年前既にマルドゥック機関によりサード候補に選抜されるも、行方がわからなくなり死亡したものとして欠番。 半年前、突然伯父の家に帰宅。伯父達の追及を交して、中学に復学。以来の生活態度に特筆する問題は無し。成績は中の上。病歴は無し。・・ついでに友人との交友も無し。ってあったんだけど・・・
にしても、あの厳つい髭親父には全く似てないわねぇ。母親似?年の割には背も高いし、170はあるかしら。結構鍛えてるみだし・・格闘技経験有とか書いてあったっけ?
事前に渡されていた調査書の内容を思い起こしながらシンジに話しかける。
「落ち着いたところで、改めて。 貴方のお父さんに迎えを頼まれた葛城ミサトよ。よろしくね?」
サングラスを外しながら、ミラー越しに笑いかけるミサト。
それに無言で会釈して挨拶するシンジと、ぺこりと頭を下げて名乗るシオン。
「よろしく。」
「はい、えっと赤月シオンです。よろしくお願いします。」
少女の言葉に先程聞きそびれた疑問を投げかけるミサト。楽しそうに笑いながらも、シオンを見る瞳は鋭い。
「それで、貴方はシンジ君のお友達かしら?
えーっと、これから行くところはちょっと特殊な場所でね。部外者をいれるわけにはいかないのよ。
悪いんだけど、途中で降ろすからどこか近くのシェルターに行ってもらえるかしら?」
----- こっちの子も随分と綺麗な子ねぇ。仲良いみたいだし恋人かしら。
美男美女のカップルって居るとこにはいるのねぇ。
ミサトの言葉に反応したのはシンジだった。しかも先程までの穏やかな空気が消え、僅かに剣呑な気配を纏っている。
「じゃあ、僕も行きません。ただ父親に呼ばれたってだけで、部外者なのは同じですからね。
シオンと一緒に降ろしてもらえます? 用事が有るなら予定を改めて、ということで父に伝えてください。」
それに慌てたのはミサトだ。なんといっても彼は貴重なサード候補である。適正を持つものを育成しているといっても、実際にエヴァを起動できるチルドレンは未だ数人しか居ないのだ。しかも、戦闘可能なレベルの者はレイ・アスカ・マナの三人だけである。ドイツ支部にも一人居るらしいが日本に居ないなら意味が無い。ここで、チルドレンとして高い適正を持つという彼を逃がすわけにはいかない。
逡巡するがすぐに結論を出す。まずはシンジを連れて行くことが最優先だと、しぶしぶシオンの同行を許可した。
「わ、わかったわ! シオンちゃんも一緒に行きましょう。
・・(シンジ君を連れて行けないなんて事になったら、リツコに何言われるか分かったもんじゃないわよ!)」
大学以来の友人の顔を浮かべて暗鬱になるミサト。
誰も口を開かないまま車が走る。
「・・・・・・・・あっ。 戦闘機が・・」
「え?・・・・・げっ! 嘘でしょう~~N2地雷を使うわけ~~?!」
静かな車内にポツリ、と溢されたシオンの言葉に外の様子を確認したミサトが驚愕してスピードを上げる。ひたすらに衝撃圏内から離脱しようとするが、間に合わないと見て取って近くに見えた丘の陰に車を停めて対ショック体勢とるよう促す。
「伏せて!!」
言って、頭を庇うように蹲るミサトの後ろでシオンとシンジが静かにアイコンタクトをとっていた。
「(シオン)」
「(わかってる)」
シンジに肯いて微弱なATフィールドを展開。センサーに引っかからない程度の物なので車の横転は避けられないが、バッテリーなどに衝撃の影響が出ないようにカバーする。”過去”のように余計な時間を過ごすわけにはいかないのだ。平気だと分かっていても反射的にシオンを庇ったシンジの腕の中で、フィールドを操るシオン。車が二転三転して引っ繰り返ったまま止まる。やっと収まった衝撃に恐る恐る顔を上げたミサトが嘆きの声を上げた。
「あ~~~~~うっそでしょ~~?まだ33回もローンが残ってるのに~~!!」
呑気な声を聞いて脱力し疲れた溜息を吐きながら外に出た二人は、ミサトを引っ張り出した。
「葛城さん・・あまり気を落とさないで・・早く車を起こして行きましょう。ほんとに命に関わりますよ」
「そんな場合ですか?葛城さん。
ほらちょっと傷がついてますけど、何処も異常は無いみたいですよ。」
シオンがミサトを宥める傍ら、車を起こして一通り点検したシンジが告げる。
それを聞いて自分のペースを取り戻したミサトが驚きながらも安堵の吐息を漏らした。
「え!!ほんと! よかった~~~この上車がおしゃかになんてなったら立ち直れないところよ~~~にしても、シンジ君ッたら力持ちね~~ さっすが男の子!」
「はいはい。なんでもいいから行きますよ。
あの怪物もN2喰らって生きてるみたいですし、ここも安全じゃないんですから」
「そうよ!!こうしてはいられないわ!!ほら早く!二人とも急いで!!」
のほほんと愛車の無事を喜んでいたミサトは、シンジの言葉に我に帰ると二人を車に引きずりこんで四度、アクセルを全開にしてその場から走り去った。
使徒を映し出していた発令所のモニターが激しい閃光に埋め尽くされる。
それを見て歓声を上げる国連軍高官の三人。
「やった!!」
「残念ながら君たちの出番はなかったようだな」
作戦完遂を確信した将校の一人がゲンドウらを振り返り、勝ち誇った満面の笑みで得意げに告げた。
「衝撃波、来ます」
オペレータの声と共にモニター全面にノイズが走る。
「その後の目標は?」
「電波障害のため確認できません」
「あの爆発だ。ケリはついてる」
将校の一人が安堵した様に椅子に背を預けて呟く。
数秒後、ノイズが取り払われモニターに映し出された光景に愕然とする三人。
「センサー回復します」
「爆心地にエネルギー反応!」
「なんだと!?」
「映像、回復します」
映し出されたモニターには、表面の一部を焦がしながらも何事も無かったかの様に立っている使徒の姿。
人間で言う首の辺りに、古い顔を押しのけて二つ目の顔が現われる。
「我々の切り札が・・・・・・」
「なんてことだ」
将校の一人が悔し気に机を叩く。
「バケモノめ!!」
モニターの中で使徒は破損部分を修復し、新たな部位を作り出している。
「予想どおり自己修復中か」
「そうでなければ、単独兵器として役に立たんよ」
第一発令所を見下ろす上段で、モニターと騒ぎ立てる軍人達を横目に会話するゲンドウと冬月。
一瞬使徒の目が光ったかと思うと、モニターが再びノイズに覆われ目標の視認が出来なくなる。
偵察用無人ヘリコプターの存在に気づいた使徒が、目から光線を発射しヘリを打ち落としたのだ。
「ほう、大したものだ。機能増幅まで可能なのか」
「おまけに知恵もついたようだ」
「再度侵攻は、時間の問題だな」
部外者の騒乱など知らぬ気に交わされた陰気な会話は、他人の耳には届かず暗がりの中に消えた。
「――はっ、わかっております。しかし――はいっ、了解しました」
「・・・今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」
撤退命令と指揮権の移譲を知らされた国連軍将校達が、苦々しく告げる。
総力戦を挑み、N2爆弾まで使用しておきながら敵を殲滅できなかったのだ。
しかも自分達が見下していた若手の組織に頼らねばならない屈辱に、これ以上無い程顔を歪める。
「了解です」
目線を合わせる事も無く居丈高に返答するゲンドウ。
「碇君、我々の所有兵器では目標に対し有効な手段がないことを認めよう」
「だが、君なら勝てるのかね?」
せめてもの抵抗か、苦々しく皮肉を交えて問いただす。
僅かほどの痛痒も感じず、淡々と返すゲンドウ。
「そのためのネルフです」
「期待してるよ」
荒れる内心を辛うじて押し隠し、捨てゼリフを残して発令所を去る将校達。
背中には暗い影が被さっている。
「目標は未だ変化なし」
「現在、迎撃システム稼働率7.5%」
将校達が退席する様子を眺めていた冬月が口を開く。
「国連軍もお手上げか。サード候補は到着していないが、どうするつもりだ」
「弐号機と参号機に迎撃させる」
「いいのか?初号機を出さねばお前のシナリオから外れるぞ」
「問題ない。ATフィールドの展開が出来ていない状態で、勝てるとは思わん。時間稼ぎが出来れば良い。
もし倒せたとしても使徒はまだ来る。次回に回すことも出来る。多少の変更は致し方ない。シナリオのずれは今更だ。」
表情を動かすことなく冬月の質問に答える。
他人は全て自分の望みの為の駒としか考えていないのだろう。その声には何の感情も込められていない。
聞いている冬月も平然としている。明かりの乏しい暗がりに陰鬱な瘴気が渦巻いていた。
「司令。目標が再び移動を開始しました。」
「・・総員第一種戦闘配置。」
重々しいゲンドウの声に発令所を更なる緊張感が支配し、各々がエヴァの出撃準備のために動き始めた。
「ところで碇。葛城君もまだ到着していない様だが、指揮はどうする」
「それも問題ない。日向二尉にやらせろ。もとから能力にはさして期待していない。」
「まぁ、それが妥当か。 -------- 日向二尉!!」
突然上司に呼ばれて驚く日向。慌てて振り返る。
「はい!」
「葛城作戦部長が到着するまでの間、君が指揮を執りたまえ。」
「え!? あ、はい!了解しました。」
思わず間抜けな声を上げるが、なんとか取り繕って返答する。敬愛する直属の上司の代わりを務める事に緊張を隠せないが、同時に誇らしさを感じて張り切ってデータを読み込み作戦を考え始めた。
エヴァンゲリオン ケージ
これからの戦いへ向けて緊張感を高めていたアスカの元へ通信が入る。
{アスカ、指揮権が移譲されたわ。ミサトが到着していないから指揮は日向二尉が執ることになるけれど。}
「はっ!誰が指揮しようと関係ないわ。
このアタシが出るのよ?たかだか使徒ごときに負けるわけ無いでしょうが!!」
リツコの言葉に胸を張って言い返す。いよいよ自分が倒すべき敵と戦えるのだ。心を支配する歓喜に任せて高らかに言い切った。
{そう。緊張はしてないようね。安心したわ。
霧島さんはまだチルドレンになってから日が浅いから、多分貴方がメインになると思うけど大丈夫ね?}
「誰に向かって言ってんのよ!!アタシはエヴァのエースパイロット!惣流・アスカ・ラングレーよ!!素人の一人や二人に足を引っ張られるなんてありえないわ!!」
{はいはい。霧島さん?もう直ぐ出撃よ。貴方も準備しておいて}
アスカの大言を微笑で聞き流して、先程から一言も喋らないマナに通信を入れる。
{霧島さん?聞いている?}
「は、はい!!了解しました!」
初めての実戦に緊張して固まっていたマナは、リツコの呼びかけに慌てて応える。
元少年兵として、実戦の場に駆り出されたことは何度かあった。しかし戦力としては期待できない子供であった為、救護班や供給班などの後援部隊に手伝いとして赴いただけである。実際に前線で命のやり取りをする立場に立ったのは初めてなのだ。多少の緊張も仕方が無いことだった。それを悟っているリツコは滅多にない優しげな口調で話しかける。
{そんなに緊張しないで大丈夫よ。一人で出るわけでは無いのだし、出来る限り援護もするわ。
それに、十分訓練も積んできたのでしょう?普段どおりにやればいいのよ。}
「はい。 ありがとうございます。」
リツコの言葉にやっと肩の力を抜いて、気遣いに感謝を示す。
強張った顔には、普段通りとはいかずとも明るい笑顔が浮かんでいた。
「はっ! これだから素人は・・
アンタ!!アタシの足引っ張ったら承知しないわよ!!怖いんなら後ろで隠れてなさい!!」
リツコとマナの会話を聞いていたアスカは、勢い良く口を挟んだ。内容は褒められた物ではないが、裏に隠された僅かな気遣いにマナの表情が綻ぶ。アスカは、自分が前に出るから無理して戦おうとしなくても良い、と言っているのだ。分かりにくい彼女の優しさに可笑しさを覚えて、リツコとマナは微笑を交わした。
ネルフ本部 第一発令所
いよいよネルフがその本領を発揮する時が来たのだ。
高まる緊張に自然と皆口数が減り、ただ作業の音と報告を上げるオペレーターの声のみが響く。
「さて、アスカ君、マナ君。作戦を伝えるよ。」
{早くしなさい!!もう其処まで使徒が来てんじゃないの!}
{落ち着いて、アスカさん。}
モニターに映された二人のチルドレンに作戦概要を告げようとする日向。
二人がさほど緊張していないようなのを見て取って内心で安堵する。
笑みが浮かびそうになるが、あえて口元を引き締めて考えた作戦を告げた。
「うん、大丈夫そうだね。
・・・作戦だけど、まず弐号機を使徒正面に射出。その際に武装ビルから射撃を行い目標を正面に向けさせる。 ビルからの攻撃の隙を突いて弐号機はパレットガンを装備。間を置かずに射撃。
目標が弐号機の攻撃に対し防御を行っている間に後ろ側に三号機を射出。
射出と同時にソニックグレイブを装備して目標に攻撃。
その際、目標の弱点・・真ん中辺り人間で言う肩甲骨の中心部を狙ってくれ。そこにある赤い球体が弱点と思われる。それが無理なら肩のパイルを打ち出す部分を何とか傷つけて目標の攻撃を封じる。
三号機が攻撃を行っている間に二号機もソニックグレイブを装備して正面から目標の弱点を攻撃。
片方が目標の気を逸らす、または防御・攻撃を封じている間にもう片方が攻撃して殲滅。
すまないが、ATフィールドが展開できていない現状ではこれが精一杯の作戦だよ。 ・・・何か質問はあるかい?」
国連軍の交戦データから考えた作戦を説明する日向。
チルドレンに質問の有無を確認する。
{オッケーオッケー。 まっ アタシがいれば勝利は確実よ!! まかせなさい!!}
{ありません。了解しました。}
明るい声で返答する二人に安堵するが、緊迫した状況を思い出し、改めて気を引き締め目の前のデータに集中した。
「では、いよいよ作戦を開始するよ。・・・・準備はいいね?」
{いつでもどうぞ!!}
{了解}
二人の返事に頷いてから最上段の司令を見上げて確認を取る。
「--- よろしいですね?」
「無論だ。使徒を倒さねば我々に未来は無い。」
重々しい返答を背に前を向き直し、号令をかけた。
「弐号機、発進!!」
号令と共に勢い良く射出される弐号機。
地上に弐号機が出ると同時にリフトオフを命じる。
使徒の正面にでた弐号機が武器を構えるのを確認し、参号機も射出する。
「参号機、発進!!」
参号機も同じように地上へ打ち出される。
人類の存亡を賭けた争いが、始まった。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
蒼い少女は夢を見ていた。
淡い月の光が差し込む白い部屋で、昏々と眠る美しい少女。
身じろぎ一つせずに静かに眠るその様は、まるで月光を削りだした精巧な人形のようだった。
忙しなく流れる日常の中を、淡々と過ごす少女にとって意味を持つのは、何も持たずに生まれた少女に初めて絆をくれた男の言葉だけだった。
流れる月日も、その上に積み重ねられる記憶も、自分の過程を記録するための記号としてしか捉えられない虚ろな少女は、正しく男の人形だった。
少女は初めて得た絆に執着するあまり、自ら世界を閉じていることに気付こうとしなかった。ただその絆の主の望みのままに、心を封じ、耳を塞ぎ、目を閉じて生きていた。感情を表さない仮面の表情で、周囲に満ちる喧騒の中を無機質な機械のように生きる少女が、夢を見るのは三度目だった。
一度目は、自分の代わりであったはずの空の器が消えた時。
身が裂かれるような激しい痛みに喪失を感じ、闇へと引きずり込む重圧が消えた喜びに解放を知った。
己の主であった強大な魂が何処かへと飛び去り、分けられていた魂の欠片がこの身に還った。
強制力をもって己を引き寄せようとする引力が消え、ただ一人の存在になった喜びに魂を飛び回らせた。
浮き立つ心が求めるままに様々な所へ飛び回る
そして惹かれる様に向かった先で見つけた光景
冷たい雨が降り注ぐ瓦礫の中心。
虚ろな視線で空を眺める幼い少女。
小さな身体は弱弱しいものなのに、一目でその身に宿る力の強さに恐怖した。
本能の命ずるままに己の身体に逃げ帰り、鼓動を沈めるために冷えた体をかき抱いた。
二度目は、エヴァンゲリオン零号機の起動実験の夜。
己に最も近しい存在。強大な力をもつ全ての母から生まれた鬼神。
それとシンクロすることは最も安らぐ時間の筈なのに、何かがそれを妨げた。
制御を離れて暴れる機体。抵抗虚しく放りだされるエントリープラグ。
激しい衝撃に身体の中が掻き回される。
脳裏に響くのは幼い自分の激しい泣き声。子供の身体を縛める無数の鎖。
それが何か分からぬままに、ただ恐怖から全てを拒絶し殻に篭った。
そして三度目。嵐の天使が降り立つその日。
人気の無い真昼の駅で、苛立たしげに周囲を見回す黒髪の少年と、少年に寄り添う少女を見つけた。
今の自分を見つけるものなど無いはずなのに、少女の瞳は自分を捉えた。
その瞳は澄んだ深紅。
翳りを帯びて尚美しいその瞳に、吸い込まれそうな感覚に陥る。
彼女の笑顔に懐かしさを感じ、憂いを秘めた瞳に心が痛んだ。
触れられないと知りながら、手を伸ばそうとした瞬間。
目の前に落ちてきた戦闘機に、その姿が見えなくなった。
少女の姿が隠れたことに微かな落胆を感じながら、己の身体に心を戻した。
白銀の少年は夢を見ていた。
窓一つ無い薄暗い小さな部屋で、粗末なベッドに横たわる少年はまるで天使のように美しかった。
古い遺跡を改造して造られた、地下深くの研究所の一室。そこが少年の牢獄だった。
関わる人間は爬虫類じみた研究者と機械のような警備兵。時折映像越しに顔を見せる濁った瞳の老人が数名。自我を持って目覚めた時からただの一度も外へ出ることは許されず。毎日毎日繰り返されるのは、執拗な検査と人の社会に関する一般教養を学ぶための授業。唯一与えられた娯楽は古いオーディオとクラシックのCDが数枚。ただ己が生み出された目的と意義を刷り込まれ、惰性のように生きていた。
彼は、周囲の者達が己に求めるものが何であるのか正確に理解していた。しかしそこから思考が進むことはなく、全てに価値を見出せなかった。
その少年が見る夢は、始祖たるアダムの欠片の記憶と、己の分身たちの目に映るものの残像だけだった。 自分の細胞から生み出された分身たちが見る研究者達の姿は醜悪で、人に嫌悪を抱くには十分なものだったが、誰かを憎悪するには彼の執着心は薄すぎた。ただ、生きることにも死ぬことにも関心が薄れていくだけだった。
そして少年は夢をみた。
赤い液体が満たされた水槽に漂う、己の分身たちが見詰めていた光景だった。
暗い研究所に突然警報が鳴り響く。
陰鬱な部屋の其処彼処に派手なライトが点滅し、慌しく研究者達が逃げ惑う。
それをただ見詰めていた幾つもの紅い瞳に、一人の少女の姿が映った。
彼女は鮮やかな身のこなしで醜悪に蠢く研究者達を切り伏せて、水槽の前までやってきた。
ほっそりとした身体を覆う漆黒の上下。 右手には鋭く輝く細身の刀。
あれほどの人間を切り伏せながら、返り血一つ浴びることなく其処に立つ少女は凛として美しく、少年の心を惹き着けた。
少女は顔の半分を覆うバイザーを外すと、悲しみに翳る深紅の瞳で、水槽に漂う沢山の少年を見詰める。しばらくそのまま立ち尽くしていた少女は、誰かに呼ばれたのか後ろを振り返って一つ肯く。再び水槽の中に視線を戻すと、両の手を水槽のガラスに翳して澄んだ紅い光を生み出す。少女が僅かに手を振ると、紅い光は少年達の体を包み込む。
それを揺れる瞳で見詰めた少女は、最後に一つ静かに呟き、その力を弾けさせた-------
そこで見ていた光景が途切れた。
白銀の少年の心に残ったのは、悲しげに揺らめく深紅の瞳と。
静かに呟かれた少女の言葉と、最後に見せた憂いを秘めた笑顔の残像。
「-- またね。 か。 ------------- 」
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
明るく陽の光が差し込むマンションの一室。
装飾が無い、シンプルな内装。クリーム色の壁紙と明るい色目のフローリング。
大きくとられた窓には薄く淡いオレンジのカーテンが掛かり、空気の入れ替えのためか少しだけ空けられた隙間からさわやかな風を入れる。広く清潔な台所からは香ばしい香りが広がり、リズミカルな包丁の音が響いて、聞くものの食欲を刺激する。そんな平和な家庭の朝の風景そのものの住宅の奥の寝室では、一人の少年が、白い包帯も痛々しく、深い眠りについていた。
-------- 良い匂いがする。 お腹空いたな・・・
昨日の片づけで遅くに寝たし、アオイさんには悪いけどもう少し寝てられるか?
なんか身体が動かないし・・そんなに疲れたのかな。 確か昨日は ---- !!
がばっ
「------- っ!!!~~~~~~っ」
夢現に寝る前のことを考えようとして、何があったかを思い出したシンジは反射的に飛び起きる。
が、銃で撃たれた傷が少し眠っただけで治るわけも無く、乱暴に動いたせいで激しい痛みに襲われ、声にならない悲鳴をあげる。
しばらくの間、無言で呻いていたシンジだが、何とか苦痛を噛殺すと、改めて現状を把握しようと周りを観察する。昨夜の襲撃の時にあの男達に撃たれた傷はきちんと手当てがなされ、寝ていたベッドも清潔な寝心地の良いものだ。室内の様子もシンプルで必要最低限のものしかないが、配色のセンスが良いのか温もりを感じさせるものである。
「ここは・・・・? 知らない天井だな。」
ぽつり、と呟く。
言葉遣いが僅かに荒いが、これがシンジの素である。
施設の職員の面々の前で丁寧な口調だったのは彼らに対して、敬意を払っていたためだ。それに、施設では幼い子供の相手をすることもあるのだ。うかつに乱暴な言葉を使うことなど出来ない。そのために、『美月園』に居る間はなるべく丁寧な言い回しをするように意識していたのである。
観察した範囲では、とりあえず自分は誰かに助けられ保護されているようだ。
最も自分を油断させるための芝居かも知れないが、なんとなくそういった悪意は感じられない、ように思う。
では、誰が、何のためにここまで・・・・・
コンコン
思考を巡らせようとした時、ドアをノックする音が響く。
思わず肩を揺らして目の前のドアを見つめると、少し間を空けて細くドアが開かれる。
その隙間からおずおずと顔を覗かせたのは、黒髪の少女。
あの襲撃の最中、為す術なく倒れた自分が死を覚悟した時に、男達を文字通り瞬殺しシンジのことを助けた少女が立っていた。
闇に溶ける様な黒ずくめの上下とは違う。白いシャツに赤いキュロット、淡いブルーのエプロンといった出で立ちだが、間違いなく彼女だ。表情も闇の中でシンジが見惚れた、泣き顔とも笑顔ともともつかぬ曖昧な、光の加減でその色を変える宝石のように、見方しだいで印象を変える不思議な美しさを湛えた硬質の表情ではない。
けれどあの時と同じように、どこか怯えているような弱弱しい感情を覗かせながら、
それでも喜びが込められた、柔らかな微笑を浮かべて、明るい声で話しかけた。
「あ、起き上がれたのね!よかったぁ。 あれから貴方は三日も寝ていたの。
でも急に動き回るのはまだ無理だと思うよ? 朝食は此処に運ぶから --- 」
「----- 聞きたいことがある 」
意識して冷淡な声音を作り彼女の言葉を遮る。
その冷たい声に顔を俯かせて緊張する少女。
僅かに震えた細い肩が痛々しく映ったが、努めて硬質の視線を保ち相手を見つめる。
「あんたは、あの襲撃者について何か知っているか?・・・・それとあんたは何者だ?」
とりあえず第一に知らなければならない事を、ストレートに質問する。
答えが聞けたところで、真実である保障は無いが、とりあえずの判断材料にはなる。
そう考えて、顔を俯かせて動かない少女を見据えるシンジ。
殊更冷淡に接しているシンジだが、実際には彼の中に彼女に対する悪い感情は無い。むしろ好意を持っていると言っても良い。だが敵か味方かも判らない相手なのだ。自分の敵を倒してくれたからといって安易に気を抜くことは出来ない。しかも相手は自分を遥かに凌駕する戦闘能力の持ち主なのだ。緊張するなという方が無理である。
シンジは既に、あの襲撃は何らかの目的があって行われた物である、と確信していた。
確かにセカンドインパクトによって悪化した治安の中で、あらゆる凶悪犯罪が激増し、毎日のように何処かの家が強盗や殺人の被害者となる日常である。だが、あの襲撃は明らかに訓練を積んだプロの戦闘集団による物だ。つまり何者かが何らかの目的を持って『美月園』を襲撃するように画策したということである。 ならばまずは敵の狙いが何であるかを知らなければ、これから何をするにしても ( 身を守る為にも、復讐、をするとしても ) 動きようがない。 そのために、取り合えず目の前の人物の知る事を出来うる限り聞きだし、今後の方針を定めねばならない。
一方、黒髪の少女-- シオンのほうも逡巡から次の行動を決めかねていた。
自分はシンジに危害を加えるつもりはないし、むしろ護りたい対象の一人である。
確かにこの世界の人間は皆、自分の知るあの世界の人たちとは同姓同名の相似した姿を持つ他人でしかない。 しかし、自分はこの世界でもあの世界と同じように人類を滅ぼす計画を立てる者が居ることを、その計画の為に犠牲になっている人が居ることを知ってしまった。 その中心に据えられようとしている生贄たるチルドレン達。 特に計画の為だけに生み出され、計画の為に育てられ、その計画の為に殺されようとしている、綾波レイと渚カヲル。 そして、かつてのあの世界での”碇シンジ” と同じように捨てられ、心が欠けるように誘導されようとしていた、この世界の碇シンジ。 彼らが、ゼーレやゲンドウの望みの為に、犠牲にされることを看過する
ことだけは出来ない。それは掛け値の無い本心である。
にも拘らず、未だカヲルの居る研究所を見つけ出すことが出来ず、ファーストチルドレンとしてネルフで育てられている綾波には現状で直接干渉することは出来ない。そして、ゲンドウがシナリオの遂行の為に、シンジの心の拠り所を消して、彼を欠けた心を持った子供として誘導しなおそうと画策された襲撃計画を阻止することも出来なかった。
使徒としての力の覚醒と暴走によってゼーレの研究所を消滅させた後。シオンは生き抜くために必死になって己を鍛えた。完成した使徒でありながら人間としての心を持つシオンの存在が彼らに知られてしまえば、人類補完計画の為に利用しようと追われることは判っていた。
自分は、リリス=レイの、この世界に生んでくれた両親の、いつも心を支えてくれた優しい姉の、自分の声に応えてくれたこの世界のリリスの、助力と犠牲によって生き延びたのだ。 愚かなる老人達の欲望のための生贄になることも、妻を取り戻すという独り善がりなゲンドウの望みの為に利用されるわけにはいかない。何よりも、この世界をあんな赤い海に変えることなど許せない。
その決意を拠り所にしてあらゆる技術を磨き、命のやり取りをする戦場で生き抜いてきたのだ。ゼーレの計画を邪魔するために彼らが保有する数多の施設を襲撃し、彼らの行動を阻害する為にゼーレ所有の実行部隊を殲滅してきた。
自分が奪った人の命は既に数千に達しているだろう。
あの赤い世界を見たくない、という自分の望みの為に、たくさんの人を殺した。
今の自分は、血塗れた、文字通りのバケモノなのだ。
それを自覚していても、レイに、カヲルに、シンジに、憎まれたり嫌悪されることには耐えることは出来ない、と思った。
バケモノ、と彼らの口から言われたら、きっと、わたしは、こわれて、しまう
それでも、彼らには、真実を伝えなければ、ならない
それと共に、自分が人間ではないことも、今までしてきたことも、はなさなければ、ならないのだ
数秒か数分か。
重苦しい沈黙を、少女の声が破る。
「まずは、朝ごはんを食べない? ずっと寝ていて何も食べてないからお腹が空いたでしょう?
もちろん毒なんか入れてないし、信用できないなら私が先に食べて見せても良いわ。
・・・・・・食事が終わったら、話しましょう。
貴方が知りたいことは全部、教えてあげる。話さなければいけない、こともあるし。
ああ、まだ名乗ってもいなかったわね。 私の名前は -- シオン。 赤月シオン、というの。」
先程と同じ口調で話す彼女・・シオンを、変わらぬ視線で見つめるシンジ。
しばしシオンの様子を観察していたが、僅かに苦笑を浮かべて大きくため息を吐き出す。
そして彼女の言葉に頷いた。
「シオン、ね。 知っている様だが、俺の名前は 碇シンジ だ。
それで、朝食とやらは何所で食べればいいんだ?」
「え、ええ、ちょっと待ってね!!」
シンジの温度の感じられない冷淡な視線と、真実を知った彼が自分にどういう態度を取るのか、という恐怖で緊張していたシオンは、彼が初めて見せた柔らかな表情に思わず顔を赤らめたが、彼の言葉に我に帰ると慌てて朝食の準備に向かう。 シンジは、その慌てたようなシオンの様子に少しだけ首を傾げるが、深く考えることなくこれからのことに意識を向けた。
食事をのせた木製のワゴンを押して、戻ってきたシオンと共に朝食をとる。
あまり言葉は交わさなかったが、柔らかな雰囲気の中でゆっくりと食事を済ませた二人。
食べ終わった食器を下げにシオンが一度部屋を出ている間に、質問の内容を確認する。
そして紅茶の載った盆をもって帰ってきたシオンと向かい合い、約束通り話を始める。
「まずは、あの男達は何者だ?」
「彼らは、とある強大な組織の戦闘部隊よ。その組織の目的を果たすためにあらゆる暗部の仕事を遂行するのが役目。」
とりあえず、シンジは先程整理した疑問を順番に聞き始める。
「あんたがあそこに現われたのは、奴ら襲撃計画を止めるためか?」
「・・・そうよ。組織の情報を探っていた時に、ある孤児院の襲撃計画の命令書を見つけたの。
結局間に合わなかったけど・・・・・」
目を伏せながらもシンジの質問に答えるシオン。
シンジも奴らのことを思い出すたびに怒りと憎悪で神経が焼き切れそうになるが、とりあえず情報を得ることが先決、と冷静な思考を保つ。しばらく淡々とした質疑応答を続けるシンジとシオン。順調に抱えている疑問を解消していったシンジはさらに質問を重ねる。
「その組織が、孤児院を襲撃した理由を知っているか?」
それを言葉として発すると同時にその場の空気が変わる。
朝、ドアを開けたときからシオンが纏っていた、どこか弱弱しく儚い雰囲気のままであったが、
同時に、襲撃者達を睨み据えていたときのように、強い光を放つ深紅の瞳で真直ぐにシンジを見つめる。
「・・・・知っているわ。 でも、それを話すと、知らないほうが良いかもしれないことまで知ることになるわ。
それでも、貴方は知りたい? ----- 何もかも失って、後悔しか残らないかも知れない。
二度と這い上がれないような、深い絶望の中に取り残されるかもしれないわ。
それでも、貴方は、知りたいの? その覚悟が、あるかしら? 」
シンジがいずれチルドレンとしてネルフに呼ばれることは、碇ユイがエヴァンゲリオン初号機に溶けている以上判りきったことである。人類補完計画を潰すためにも、シンジが計画に巻き込まれた時の為にも、エヴァや使徒、ネルフやゼーレの目的を教えておくことは最低限必要なことだと理解していた。シンジ自身も真実を知ることを選ぶだろうと判っていた。それでも、彼に自分のことを知られて、どういう態度をとられるのかという不安と恐怖が、最後の足掻きのように、彼を試すような言葉として現われた。
数秒、シオンの言葉を吟味するように視線を巡らせるシンジ。
だが、シオンに視線を合わせると、強い決意を秘めた表情で返事を返した。
「--- ああ。 俺は知りたい。 例えそれがどんな物であっても、知らなければならない。
ただ一人生き残った自分が、何も知らずに生きていくことなんて、許すことなど出来ない。」
シンジの強い言葉に、覚悟を決めたシオンは全てを話し始めた。
「そう・・。わかったわ。ならば、全ての真実を伝えましょう--- それは、私の義務でもあるから。」
一瞬だけ瞳を揺らしながらも、静かな声で話すシオンの様子に改めて姿勢を正すシンジ。
そして、シオンの長い話が始まった。
この世界に存在する”ヒト”と呼ばれる生命体は全部で18種に分けられること。その18種を総称して”使徒”と呼ばれていること。完成した個体として存在する17種の使徒のこと。人間が”生命の実”と呼ばれるS2機関の代わりに、”知恵の実”と呼ばれる心を手に入れて群体として生きることを選んだ第18使徒リリンであること。セカンドインパクトがアダムと呼称される第一使徒を人工的に制御し、その強大な力を手に入れようとした者達の実験失敗が原因であったこと。そのアダムの暴走によって、休眠していた他の16種の使徒たちが目覚めて活動しようとしていること。今地上で活動しているのは人間だけだが、いずれ完全に覚醒した使徒たちと熾烈な生存競争が始まってしまうこと。 死海文書と呼ばれる古代遺跡から得た知識で、アダムの人工制御は必ず失敗することを確信していながら、使徒を利用した、とある計画の為にセカンドインパクトを黙認した組織のこと。その組織の目的である「人類補完計画」の内容。そのために開発されている使徒のコピーであるエヴァンゲリオン。開発中の事故によりエヴァに取り込まれた碇ユイ。ユイを取り戻すために「人類補完計画」を利用しようとしている碇ゲンドウと冬月コウゾウ。エヴァのパイロットであり、計画を遂行するために利用されるチルドレン達。その中に碇シンジも含まれること。孤独な環境に追い込むことで欠けた心を持つように誘導した筈が、強靭な精神を育ててしまった碇シンジを弱らせるために、拠り所である孤児院を消そうと立てられた襲撃計画。 碇ユイサルベージ失敗によって生まれた、と思われている綾波レイと彼女を利用したゲンドウの補完計画。 本当はレイは第2使徒リリスのダイレクトコピーであるエヴァンゲリオン初号機の自我がサルベージ信号に触発されて新しく産み落としたリリスの分身であり娘であること。確実にゲンドウの計画を成功させるために人形のように育てられている綾波レイ。 ゼーレによって捕獲されている幼体の使徒。その内補完計画の為に人間の遺伝子と融合させ、第1使徒アダムの魂を埋め込んだ第17使徒タブリスである渚カヲル。カヲルに課せられた役割。量産されるエヴァンゲリオンを利用して起こされるサードインパクトとそれによって叶えようとしているゼーレの面々の望み。それが、成功しても失敗しても地上の生物は滅んでしまうこと。
そして、自分が一度滅んでしまった世界で完成した使徒として目覚め、リリスと同化したレイの力で転生したこと。
滅んだ世界がこの世界の並行世界であること。
その世界で自分が補完計画の中心を担ったチルドレンであったこと。
碇ユイとゲンドウの間に生まれた碇シンジ という名の少年として生きていたこと。
この世界の人達はあの世界と同じ歴史と環境のなかで、同じ道を辿っているけれど、シンジとシオンが別の人間であるように、自分にとっては、とてもよく似た別人でしかないこと。それでも、過去の自分と同じ様に、補完計画に利用されようとしているレイとカヲルとシンジの事を助けたいと思ったこと。
碇ユイの従姉妹、蒼山ユリエの娘として転生したこと。
ゼーレとネルフの謀略で潰されてしまった碇一族のこと。
今の赤月という姓は、素性を隠すための偽名であること。
碇の縁者で生きているのは、自分とシンジだけであること。
今の自分は、シンジにとって再従姉妹(はとこ)にあたること。
両親を殺され、研究所で実験動物として過ごした日々。
繰り返される過酷な実験の中で死んでしまった姉のこと。
実験によって目覚めてしまった使徒としての力の暴走で研究所を消滅させたこと。
この世界の意思に、異分子として消されそうになった時に、抗うためにこの世界のリリスと同化したこと。
赤い世界をもう一度見るのが嫌で、ゼーレの計画を邪魔しようとしたこと。
ゼーレの施設を襲撃し、たくさんの、人を殺したこと。
シオンは勢いに任せて補完計画のこともゼーレやネルフのことも、自分のことも、知っていることを全て吐き出した。
ここで話しておかなければ、次の機会があるかどうかもわからない。
何よりもここで引き伸ばしたところで真実を話す勇気が再び湧くとは思えなかった。
シオンはリリス=レイによる転生の経緯を経て精神の強さが補強され、生まれてからの過酷な状況のなかで手に入れた戦闘技術と知識、使徒としての力の覚醒によって肉体的には地上最強の生物の一人である。 しかし、その魂の根本は、とりわけ精神的な痛みに弱く、他人を傷つけることを恐れ、周りの人が傷つくのを怖がる、臆病で優しい子供のままなのだ。 真実を伝えることで憎まれたり嫌悪されたりする可能性が高いと判っていて尚、彼にもう一度話すことなど無理だと思った。
そうして、恐怖と不安を押さえ込み、ことさら感情を伝えない仮面のような無表情で、それでも視線だけは外さずに真直ぐとシンジを見据えて、淡々と話し続けた。
シンジにとってシオンの話の内容は想像の限界を超えるものばかりであった。
それでも、彼女の様々な感情を押し殺した硬い表情と、強い光を宿す深紅の瞳が、その言葉を信じさせた。
同時に彼女の心を支配する、恐怖と孤独と、その痛みにも気付いてしまった。
人間としての過程を経て生まれながらも、周りの者とは違う生き物であるという孤独
絶望の果てに、手に入れた筈の幸福を再び失ってしまった悲しみ
知ってしまった滅びへ続く未来への確信を見過ごせずに抗うことを選んだが故に重ねられていく新たな罪
強大な力を持つ彼女へ向けられる、畏怖の視線に怯える心
計画の妨害者へと向かう憎悪と怨嗟が齎す重圧
ひとりきりで、生きていかなければならない、寂しさ
それは、周囲の全てを拒絶した9歳の幼いシンジが冷たい雨の中、自分は一人で生きるのだ、と決めたときの、どうしようもない孤独と凍りついた心が齎す痛みを思い出させた
そして多分、よく似た他人であると知っていながらも、大切であったのだろう人と同じ姿の綾波レイと渚カヲルが。異世界で生きていたときの過去のシオンと、同じ姿で、同じ立場に立っている、碇シンジが。いつか向けるかもしれない、畏怖や嫌悪や憎しみの視線を、何よりも恐れているのだと、判ってしまった。
その瞬間、シンジにとって、シオンは華奢で儚い、誰かに護られるべき、一人の少女になった。
人間と同じ姿を持ちながら、強大な力を揮う異種の生き物であるという恐怖も
目の前の美しい少女が異世界で自分と同じ境遇を生きていた少年であったという驚愕も
恐らく地上でトップレベルの実力を誇るであろう戦闘能力を持った相手への緊張も
全てが綺麗に消え去った。ただ湧き上がる衝動のままに、目の前で細い肩を震わせて、硬く強張った顔を俯かせて、与えられるだろう罵倒と向けられる嫌悪の視線に耐えようとしている少女を抱きしめた。
シオンはシンジの予想外の行動に混乱していた。
異種の生物に対する嫌悪や恐怖の視線を向けられるか
力を持ち、全てを知りながら、ただ事が起きるのを看過した自分への憎しみを向けられるか
覚悟はしても、恐れは隠し切れずに思わずシンジから顔を逸らして、彼の反応を伺っていたら強い力で引き寄せられて彼の腕に抱きしめられていたのだ。姉が死んでしまってから、ずっと一人で生きてきて他人の温もりに触れたことなどなかった彼女は、突然与えられた優しい温もりに戸惑いを隠せない。
だが抱き込まれた胸から聞こえる鼓動の音に、段々と強張っていた体から力を抜いてシンジの胸にもたれかかった。
衝動のままにシオンを抱きしめてしまったシンジも、腕の中で安心したように体を預ける少女の温かさを自覚して激しく狼狽する。シンジにとって美月園の面々を除いた他人は路傍の石と同様の景色の一部か、嫌悪か拒絶の対象でしかなかったのだ。
新藤夫妻を始めとする園の皆と出会って、心を開いた誰かとの交流が与えてくれる温もりを知った。それでも、伯父達や学校で向けられる冷たい視線にさらされての生活は変わることなく。 孤独を知って、欲しいものがあるのなら自分の力で掴み取るしかないのだということを知った幼いシンジが、一人で生き抜くための力を手に入れることを誓った時から、周囲に存在する他人に興味を向ける価値を見出すことが出来なくなった。 ひたすら己を高める為の修練か美月園での生活とで構成されていたシンジにとって、いくら血の繋がりのある、好意的な感情を抱いた相手といっても、ほぼ初対面の少女を抱きしめるなど、晴天の霹靂であった。
数瞬思考を停止して固まったシンジだが、自分の胸にすっぽりと納まる華奢な少女が、話し終わるまでの間、恐怖と不安を湛えながらも強い光を放つ真直ぐな瞳を向けて、ほんの少しの衝撃で壊れてしまいそうなガラスでできた人形のような無表情で、感情を削ぎ落としたような淡々とした声で語った内容を想いだして、少女を抱きしめる両の腕の力を強めた。
そして、胸を満たす温かな優しい感情に促されるまま、穏やかな声で言葉を紡ぐ。
「・・ありがとう。 助けてくれて。 本当の事を教えてくれて。
皆を護ろうとしてくれて、ありがとう。 」
「 ------- いいえっ!! 私は、誰も --- !!」
シンジの言葉を聞いたシオンは勢い良く体を起こして、泣きそうに歪めた顔で、激しい口調で言葉を返す。
それを、優しい表情で静かに遮ってシンジは続ける。
「襲撃の事を知って必死に向かってきてくれただろう? 本当に俺達を護ろうとしてくれたんだろう?
先生達の死を本気で悲しんでくれただろう?
・・・・・・・ 自分も大切なものを失くしてしまったのに、皆を死なせない為に戦ってくれていたんだろう?
たった独りきりだったのに、護ろうとしてくれていたんだろう?
話したくないこともあったのに、真実を伝えるために教えてくれたんだろう?
だから、ありがとう 」
「あ・・・あぁ・・・ ぁぁっ ・・っ・・・・・・ふぇぇぇぇん !!」
シンジから贈られた優しい言葉と、柔らかな笑顔。
それを見たシオンはとうとう涙腺が決壊し、大粒の涙を溢して小さな子供の様に泣き始めた。
ただ純粋に、自分達を護ろうと独りで戦ってくれていた少女に感謝を伝えて、向けられるかもしれない拒絶と嫌悪の感情に怯える彼女を安心させたかっただけなのだが、突然大声で泣き始めた少女におろおろとするシンジ。 困惑しきって忙しなく辺りに視線を泳がせていたが、覚悟を決めるようにひとつ密かに深呼吸すると、そっと少女を抱きしめて、優しくその背中を撫で始めた。
優しかった姉が死んで、安らぐ場所も泣く場所すら失った少女が、冷たい孤独の中で、安息を得ることも無く、必死に走り続けてきた分を取り戻そうと、温かい胸の中で泣き続ける。 少女の嗚咽が小さくなって肩の震えが止まり、数年分の涙を流しつくした少女が泣きつかれて眠ってしまっても、シンジは彼女を抱きしめて、優しく優しくその背を擦り続けた。
血の匂いが充満する、薄暗い場所で目を覚ます。
赤い海と白い砂。背後には崩れ落ちた瓦礫の町。ただぼんやりと薄暗い空。
波の音と、自分の呼吸の音しか存在しない、死の世界。
それが夢だと知りながら、独りの孤独に打ちのめされる。
レイの、リリスの、姉の、与えてくれた優しい言葉と温もりが、記憶の底で朧に霞み、
赤い世界に独りきりで取り残されたのだという絶望が心を覆う ------
甲高い音をたてて砕け散る世界
消える地面から何処までも落ちていく感覚
気がつくと目の前には、暖かな家庭の団欒風景
優しく微笑む母親に甘える子供と、幼い少女を抱き上げる父親。
楽しそうに笑いあう二人の少女。
それを、分厚いガラスに遮られた冷たい闇の中で見つめる
滅多に構ってくれなかった両親が、珍しく甘やかしてくれた時の優しい思い出。
いつも優しかった姉が、幼い自分に明るく笑いけてくれる、暖かな記憶。
けれどそれは、今の自分には決して触れられないモノなのだと告げるように、隔たれる距離。
届かないと知りながら、血が滲む程に激しく拳を目前の障壁に叩きつける。
その手から、夥しいほどの血が滴り落ちて足元に溜まり始める
驚いて両の手を見下ろす少女の目に映るのは、傷一つ無い白い手のひらと、その上に溢れる鮮血
呆然とした少女の体に血まみれの亡者の手が絡まり、底なしの血の海に彼女を引きずり込もうとする
迸る絶叫
必死に伸ばされる手が、虚空を掴み
為す術も無く、赤い水の中に沈んでゆく -----------------------------
と、唐突に全てが消えた。
赤い海も、亡者の腕も、冷たい闇も消え、沈み行こうとした少女の体を抱きとめる優しいぬくもり。
恐怖と絶望に凍えた心を、穏やかに包み込む暖かな光。
そう、これは ----------
薄いカーテン越しに差し込む明るい日差しの中で、シオンはぼんやりと目を開く。
赤い血色の夢を見ていた。
刻みつけられた深い孤独と、己の罪に怯える心が見せる夢。
この夢を見た朝は自分の叫びで飛び起きるのが常なのに、穏やかな気分で目が覚めた。
そのことを夢現に微睡む思考の中で、疑問に思いながらも自分を包む心地良いぬくもりがもたらす睡魔に、再び目を閉じようと・・・・・・
して一気にその意識を覚醒させた。目覚めたシオンの目に入ってきたのは、薄いシャツ越しに見える包帯と、血と薬品の混じった匂い。頭上に感じる穏やかな呼吸音と、背中に回されている力強い腕の感触。 そして思い出される昨日のシンジと交わした会話。最後に泣いてしまった自分を優しく抱きしめてくれた彼の腕の中は温かくて----- そこまで思い出したシオンは全身をりんごのように真っ赤にして、慌ててその状態から抜け出そうと身じろぐ。気持ちよさそうに眠っているシンジを起こさないように静かにその腕を抜け出そうとするが、温もりが逃げようとするのが不満なのか、さらに引き寄せられてしまって動くことができない。 無理に腕を解こうとすれば彼の眠りを妨げてしまうし、傷に障るかもしれない。八方塞りの状況で赤い顔のまま固まっているシオン。
全身を真っ赤に染めて固まっていたシオンは、背に回された腕が小刻みに震えていることに気付く。
---- そういえばいつの間にか寝息も聞こえなくなっていたような・・・・・・
「ふっ ・・・・・・くくくくくっ 。 ~~~ あははっ あ~はっはっはっはっは !!!」
そろりと、顔を出来るだけ見せないように上目遣いでシンジの顔を覗き込もうとすると、限界だったのか盛大に噴出して笑い転げるシンジ。 赤い顔のまま呆然と、シンジの馬鹿笑いを聞いていたシオンは今度は怒りに顔を赤くして彼の頭を叩こうとする。シンジはその攻撃を掴んだ枕でカバーして、笑いをかみ殺しながらシオンに話しかける。
「おっ、くくっ・・ おはよう。 よ、よく眠れたようだな。 ふっふふ
まずは、顔を洗って朝食にしないか?
・・・・くくくっ・・・・・・・・・・泣いたまま寝たから目が腫れてるぞ?」
「んなっ! ~~~~~~~っ! 顔洗ってくる!!」
ばたんっ
勢い良くベッドを飛び出して、乱暴にドアを閉めたシオンの足音が聞こえなくなっても、しばらく笑い続けていたシンジだが、ふと真面目な表情で静かに呟く。
「独り、か。 ・・・・・・・・ 単体と群体、シトとヒト、ね。
世界を牛耳る秘密結社に、裏で悪事を企む権力者。
極め付けが、神への道とエヴァンゲリオンに、妻を取り戻すための全人類集団無理心中。
はぁ~~~~~~~ あの親父も、ふざけた事をしてくれる。 」
瞳に暗い光を宿らせながら、忌々しそうに呟く。口調は軽く装っているが、内心は憎悪と怒りが渦巻いている。
無論シンジは、くだらない計画の為に孤児院の襲撃を画策したゲンドウも、己の望みの為に周りを巻き込もうとしているゼーレも許すつもりなど毛頭なかった。
たとえ血縁上の父親であっても当の昔に切り捨てた存在である。シンジにとって、その父が司令を勤めるネルフも、元凶の片割れであるゼーレも存在する価値も無い屑同然のモノでしかない。しかも今回、これほどふざけた事を実行してくれたのだ。 どんな手を使ってでも奴らに地獄を見せてやらなければならない。
そして、目の前に蘇るのは、深い孤独に打ちのめされた華奢で儚い少女の泣き顔。
自分は人間ではないのだ、と。 自分自身のエゴで、奴らの計画を阻止する為にたくさんの人を殺しておきながら、誰一人助けることもできないのだ、と。凍らせた仮面のような表情で。淡々と告げた、声。
与えられた温もりに、今までの分を取り返すように大きな声で泣いた少女の涙が。 安心したように身体を預けて、それでも決して自ら縋ろうとはしなかった少女の両腕が。 深淵のような瞳に宿る暗い虚無と激しい慟哭に垣間見えた彼女の闇が。
シンジの胸を焼き焦がす。 その感情の名を知らないままに、彼女を護る力を欲した。
「後悔しか残らないかもしれない・・・・・・か。
絶望の中に取り残されているのは、 お前の方だろう。」
本人の自覚が無いままに漏らされた、音にならないほどの微かな言葉が、優しく差し込む陽射しに溶けて、静かに消えた。
「--------- さて、と。 これからの事なんだが。まず、今予定している襲撃の計画はあるか?」
「え。・・・・・・・ あっ、え~と。 し、しばらくは情報収集と下準備に徹しようかと・・・・・・」
突然のシンジの言葉に、狼狽えながらも正直に答える。
朝起きた時に、シンジにからかわれた勢いで部屋を飛び出したシオンだが、あれがシンジの気遣いなのだということは解っていた。昨日の事を気にしないで済むように、わざと軽い雰囲気を作ってくれたのだろう。おかげで、まだ少しだけ顔が熱いような気がしたが、何とか普通の態度で食事を済ませることができた。その後食事が終わったシンジにシャワーを薦める。襲撃の中で倒れてから三日も眠り続け、起きた途端に昨日の会話である。着替えと包帯の交換は欠かさず行っていたが、汗を流してさっぱりしたいだろうと、使い捨ての人工皮膚で傷口を覆って、防水処置を施して準備をする。
彼が一人で入浴している間に( 介護しようとしたシオンをシンジが慌てて止めた ) 、食器を片付け、お茶を淹れる準備を整える。シンジが脱いだパジャマや取り替えたシーツやカバーをまとめて洗濯機に放り込みスイッチを入れる。外に干したほうが気持ちが良いが、この部屋はあくまでも隠れ家として利用している住居の一つだ。些細な情報であっても外部に教えるような行動はできない。素晴らしい快晴の空を横目に、残念に思いながら乾燥機のタイマーまでセットして、シンジの着替えを用意に向かう。脱衣所に新しい服を一式と傷の手当て用の薬品を用意する。 ちょうど身体を拭きながら出てきたシンジの治療をして、一息ついたシオンとシンジは、ダイニングのテーブルに座って、窓の外の景色を眺めながら一緒にお茶を飲んでいた。
ぼんやりと考え事をしていたシオンは、今までの思考を打ち切って、おずおずと彼の表情を伺う。
頭の中を巡っていたのは、これからの予定とシンジへの対応である。
勢いに任せて、シンジに全てを話してしまったが、彼と接触するのは、まだ先の予定だったのだ。
ネルフの動向を探ろうとMAGIに侵入した折、偶々見つけた計画に慌てて止めに向って傷ついたシンジを保護したが、これは突発的な事故に等しい。 本当は少しずつ情報をあたえて、彼自身の意思で、ネルフやエヴァに関わるかどうかを決めてもらおうと思っていた。 そして彼が補完計画に関わるのを忌避するのならば、ネルフやゼーレの追っ手から彼を匿い、情報を操作して自分が代わりのチルドレンとして初号機を動かそうと考えていた。ゼーレの研究所から逃げ出した実験体である事を意図的にリークすればそれも可能だと考えたのだ。
今までは、密かに動き回る必要があった為に素性を隠し続けてきたが、使徒大戦が始まってしまえば後はそれもあまり意味が無くなる。 サードインパクトを起こす為の要素--- すなわちエヴァンゲリオンとアダムを消してしまえば、補完計画は頓挫する。
この世界のリリスはシオンの中に居るのだ。ターミナルドグマに残されて居るのは魂を持たぬ抜け殻である。 リリスから分化して生まれたこの世界のレイに、リリスの力を扱うことは不可能だ。リリスから分化しながらS2機関を持っていないレイは、ほんの少しエヴァに近いだけの人間である。つまり既にゲンドウのシナリオは破綻しているということだ。時期を選ぶ必要はあるが、ゲンドウ達にその事実を明かしてしまえば、レイを利用しなければならない理由が無くなる。 ならば後は、レイ本人にそれを教えて心と感情の育成を促した上で、どうするかを選ばせる。
計画のための精神誘導の結果とはいえ、この先もずっとゲンドウがレイを大切にするのならそれも良い、とシオンは考えていた。 レイ自身の身の安全には細心の注意を払うが、本人が何を望むかが大切なのだ。 ゲンドウとの絆を勝手に断ち切って、自分達の陣営に引き込むのでは、ゼーレやネルフのやり方と変わらない。 ゼーレもネルフも最終的にには潰す予定だ。例え途中で補完計画を取りやめたとしても、彼らのしてきた事が赦される理由にはならないのだ。 もしレイがゲンドウと共に在る事を最後まで望むのならば、彼女とも敵対することになる。 彼女に厭われるのも憎まれることも耐え難い苦痛を伴うが、それは自分だけの問題である。 他人に押し付けることは出来ない。
カヲルについても同様に考えていた。量産型エヴァに使用するダミープラグの材料として彼のクローンたちが蹂躙されることは看過できない為、研究所の探索と襲撃は続けるつもりだ。 しかし、本人が補完計画のことを全てを知った上で死を選ぶのならば、それを受け入れようと思っていた。 もちろん出来うる限り説得はするし、人間として生きることを望むのならばそれを叶える。
リリスの欠片と融合することで消滅から免れた自分は、使徒としての力と魂を失うことは出来ないが、人間の身体をベースに、アダムとタブリスを融合させて生み出されたカヲルは存在の核が人間のものなのだ。 その証拠に、タブリスとしての力が目覚めていないにも拘らず、既にその自我を確立している。 ならば、タブリス
の力が目覚める第16使徒殲滅以前にその使徒としての力だけを取り除いてしまえば、彼は人間として生きることが出来るのだ。
これは、未だ居場所を特定することは出来ていないカヲルを探す為に情報を漁っていて、チルドレンの公開育成計画に伴って日本に召集されるアスカに代わり、ドイツ支部で予備チルドレンとして選抜される予定だと知った時に考えついた方法である。 出来れば研究所に囚われている彼を助け出したかったが、こうなっては彼が表に出てくるのを待って接触するしかない。 彼が最終的に何を選ぶのかを考えると心が痛むが、現段階でシオンに出来ることなど殆ど無いのだと頭では理解していた。
襲来する使徒を全て倒した後に、MAGIを支配して全ての情報を公開すればゼーレもネルフも自滅するしかなくなるだろう。 エヴァは最終戦のどさくさに紛れて破壊する。レイやカヲルのデータも消し去り、チルドレンに関する情報を書き換えて真実を隠匿してしまえば彼らがモルモットとして利用されたりする危険は減らせるだろう。 その過程で自分の正体が露見してしまうかもしれないが、計画を潰すことが出来るのならばそれも已む無し、と考えていた。 どの道、いずれ老化が止まって、不老不死の生き物であることを知られる前に、完全に身を隠さなければいけなくなる。 そうなることを思えば、正体が知られることなど大した違いではない、とシオンは思っているのだ。
そう思考を巡らせていたシオンは、無意識に目を逸らせて考えないようにしていたことがあった。
リリスの分身であるレイや、タブリスの魂とアダムの欠片を持つカヲルならば、永遠を過ごすシオンと共に生きられるかもしれない、という事。
レイがシオンを受け入れて、”シンジ”が完成したリリンとなった時と同じように、エヴァか使徒のコアからS2機関を取り込んでしまえば、今のシオンと同じモノになるのだ。 カヲルが共に生きることを選んでくれるならば、タブリスの目覚めを促して、心を持ちながらS2機関を内包する完成した使徒となる。
その期待がどれ程勝手な物なのかを知りながら、抱いてしまった無自覚の望み。
シオンの孤独の最たる原因は、彼女がこの世界でただ一人、知恵の実と生命の実を併せ持つ、完成した使徒であるという事実だ。 ならば、シオンと同じ存在となったレイやカヲルが居てくれれば、孤独を埋めることが出来るかもしれない、と考えたのだ。
しかし、今のシオンは間違いなくゼーレやネルフの敵なのだ。 そしてレイはネルフに、カヲルはゼーレに属している。 つまり立場上、レイ達とは敵対している。近い将来彼らと出会っても、”シンジ”の時と同じように好意を持ってくれるとは限らない。むしろ憎まれてしまう可能性もある。
心に生まれた願いを黙殺した理由はそれだった。
一度でも望んでいる事を自覚してしまえば、訪れる現実に耐えることが出来なくなるかも知れない。
意識することなくそう結論したシオンは、その考えを心の奥深くに沈めて封印した。
そうつらつらと考えて、シンジはこれからどうするつもりなのか、と思考が及んだ瞬間。
計ったように発せられたシンジの言葉に、意味を考える余裕もなく正直に答えを返していた。
彼の態度に自分に対する畏怖や恐怖といった負の感情は見られないし、憎まれてもいないようだ。
勘違いで無いならば好意を抱いてくれている、とも感じられる。でなければ、あんな風に抱きしめたり笑顔を見せてくれはしないだろう・・・・・・・・・・
シンジの真意を探るようにその表情を伺って、彼の次の言葉を待つ。
その怯えた子犬のような態度が可笑しかったのか、軽く苦笑しながら言葉を続けた。
「ぶっくくく・・・。 そんなに緊張することは無いだろう?・・・・・ ただ、頼みたいことがあるだけだ。」
「た、頼み?」
「ああ。」
苦笑を納めて、真剣な表情でシオンを見詰めるシンジ。
その視線に気圧されながらも、小さな声で聞き返すシオン。
明るい陽射しを押しのけて緊迫した空気が漂う。
「その前に改めて確認したいんだが、あんたは補完計画とやらを潰すために、ゼーレやネルフと敵対している、と言ったよな?」
「え、ええ。 そうだけど・・・・」
固い声で訊ねるシンジの様子に不安そうに答えるシオン。
それをあえて無視して続けるシンジ。
「で、その為に奴らの施設や部隊を殲滅して回っている、と。」
「ええ、その通りよ。」
僅かに瞳を揺らして答えるシオン。
「つまり、あんたは世界を牛耳るような権力者が保有する戦闘部隊を相手にしても生き抜ける程の実力を持っている、と」
「まぁ、・・・ そう、言えるかしら?」
シンジの言葉に複雑な思いを抱きながら、曖昧に語尾を濁す。
少女の返答に頷いたシンジは、自分の言葉に不安そうに揺れる深紅の瞳に視線を合わせたまま、決意を秘めた力強い声で告げる。
「シオン。 俺を仲間にしてくれないか?」
「え? 」
目を見開いて固まるシオンを見詰めて、続けるシンジ。
「まぁ、仲間といっても、今の俺の実力じゃただの足手纏いでしかないことは解ってる。
だから、奴らと戦えるだけの力を手に入れるために、俺を鍛えてくれないか?
・・・くだらん望みのために好き勝手してる奴らをのさばらせて置くなんて虫唾が走る。
何よりも、奴らは計画のシナリオとやらの為に、俺の大切な人たちを殺した。
それが、例え血の繋がった父親だろうと許すつもりはない。
・・・・・俺の望みを叶える為に手伝ってくれないか?もちろん俺も出来る限り協力する。
シオン、俺を仲間にしてくれ。 一緒に戦って欲しい。 頼む。 」
「・・・・・なかま? ・・・・・え? 」
繰り返し告げられた少年の真摯な言葉を、舌足らずな口調で繰り返すシオン。
瞳が落ちてしまうのではないかと心配するほど、大きく目を見開いて固まっていた少女が揺ら揺らとその目を揺らす。
シンジは静かに立ち上がり、シオンの傍に跪くと、そのまろやかな曲線を描く頬に手を添えて、深紅の瞳を覗き込む。
「シオン。 もう独りで戦わなくてもいいんだ。 俺がきっと傍に居るから。・・・ 一緒に生きていこう。 」
「一緒・・に?」
「ああ。」
「仲間になってくれるの?」
「ああ。」
「ひとりで、いなくても、いいの?」
「ああ。 ・・・ 誓うよ。 俺はお前を一人にしない。 お前が、望む限り共にいる。
・・・・・・・・・・・だから、そんな風に泣くな。 」
告げられた言葉を一つ一つ確認するように、たどたどしく繰り返すシオンの言葉に肯くシンジ。
声も無く静かに涙を流す少女の顔を優しく拭い、その頬を両手で包み込んで額を合わせる。
間近に覗き込んだ深紅の瞳に映る自分の顔を見詰めながらシンジが笑った。
「あんまり泣くと兎になるぞ?
・・・ きっといつかお前を護れるようになるから。 だから、ひとりになろうとするな。・・ずっと一緒にいるよ。 」
言葉も無く、首が取れてしまいそうなほどに必死に頷く少女を、優しく抱きしめ誓いの言葉を繰り返す。
永遠を生きるだろう少女にとって、一時の慰めにしかならないことを知りながら、己の心の求めるままに、少女を捕らえるための言葉を放つ。彼女にとって何よりも残酷な仕打ちだと理解しながら、叶わない願いを口にした。
暖かな腕に抱かれて、欲しかった言葉を貰った少女は、それが一時のものであると知りながら、少年のぬくもりに縋りついた。永遠を生きる自分が、人間である彼と一緒に生きることなど不可能だと分かっていても、束の間の夢を望んだ。
血塗れた罪人ごときが、この優しい少年を独占し続けることなど許されないと知っている。それでも、少しだけでいいから、優しい夢を見たいのだ。いつか、この想いだけを抱いて彼の前から消えるから、今だけは許して欲しいと呟いて、彼の背に腕をまわした。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
静寂が支配する暗い部屋。
光の差さぬ漆黒の闇に満たされた場所。
「黒き月」と呼ばれる女神の寝所の階上に建設された巨大な四角錐の建物の最上階
ネルフ本部総司令室。
天井に描かれたセフィロトが見下ろす下で、陰気な闇に満ちた中
言葉を交わす二人の男がいた。
ネルフ総司令碇ゲンドウと副指令冬月コウゾウである。
国連直属の非公開特務機関である対使徒迎撃組織ネルフの2TOP。
ネルフの前身は南極で発見されたアダムの研究及びエヴァの開発・第七世代コンピューターの開発運営を目的として設立された研究機関で在ったが、2010年、第七世代コンピューターMAGI完成を機に、特務機関ネルフとして発足。 MAGI完成当日自殺した赤木ナオコの後任に、娘である赤木リツコが就任した以外はゲヒルンメンバーが留任する形で始動した。
そして今年使徒襲来まで後二年となった2013年。
原因不明のレイの素体消失によって不可能となったダミー製作。
正体不明の敵に襲撃された秘匿研究施設の喪失による必要な技術開発の遅延。
それらによって遅々として進まぬ人類補完計画のための準備。
彼らは様々な障害によって修正を余儀なくされたシナリオについて話し合っていた。
「碇、どうするつもりだ。
現状で従来のシナリオを遂行することは不可能だ。老人達も焦っているようだ。」
「・・・・・・わかっている」
焦燥を感じながらも穏やかな口調で問う冬月に常と変わらぬ重苦しい声で返すゲンドウ。
両手を組んで口元を隠すポーズも何時もどおりであるが、その内心は思うとおりに進まぬ事態に腸が煮えたぎるような怒りを押し殺していた。
「シナリオの修正については老人達から通達が来た。
----- レイの素体消失によって頓挫したダミー計画については提出した人口知能プラグ作成案を許可するとの事だ。 ただし、使用するチルドレンについてはファーストのみでは心許ないという理由で、あらたにチルドレンを選抜して予備を確保。使徒迎撃におけるエヴァの必要性を承認させるためにネルフを半公開組織に変更。使徒及びエヴァンゲリオンについての情報の秘匿性を下げ、存在を世間に認知させる。
それに伴って、予備チルドレンとして適正を持つ者を公に育成。 人工知能プラグ作成のための収集データサンプルはその内から適正の高いものを複数使用し、並行して開発しろと言ってきた。
・・・・・・・とにかくエヴァによる使徒迎撃の態勢を整えた上で、計画遂行の下地を作ってしおうというのだろう。
第三者にその意義を認めさせてしまえば、計画を邪魔するものが何者であれ、実行者たる我らに手を出すのは困難になる、ということだろうな。」
淡々とした声で命じられた内容を冬月に伝えるゲンドウ。
だが内心の苛立ちは隠し切れず奥歯をかみ締める音が漏れる。
対する冬月も苦々しい思い露呈する。
「レイへの干渉に今まで以上の注意が必要になるな・・・・外部の第三者による我らの監視も兼ねるということか・・」
「だが、最終目的が違っても補完計画の遂行は必要だ。
こんな所で頓挫させるわけには行かない」
「ああ・・・・・しかしまさかゼーレに歯向かう者が現われるとはな。
計画についても全て知られているのだろうか?」
「何所まで知られているかは判らん。 だが大筋は掴んでいるだろう。
だからこその研究所の襲撃だ。 それも計画において重要なものを中心に殲滅されている。
・・・・・・老人達の手駒では正攻法での防御は不可能だと判断したのだろう。
何者なのだ・・・・・!!」
己の計画に対する邪魔者に苛立たしげにつぶやくゲンドウ。
共感する思いをねじ伏せて他にも残っている懸念事項を問う冬月。
怒りを消すことは出来ないが、計画遂行には必要なことである。
激情を抑えて続けるゲンドウ。
「ゼーレの情報網、実行部隊の実力をもってしても 判っているのは ” スクルド ”というコードネームのみ。とはな。 まあ、それはひとまず置こう。現状では老人達の案が最適だろう。賭けの要素が強いことは否めないが計画を始動することが最前の目的だ。
チルドレンの育成成果についてだが、セカンドは順調だそうだ。ドイツは上手くやっているようだな。
ファースト・・レイも問題あるまい。素体の消失は痛恨だが、ダミー製作に関する実験が無いならチルドレンとしての訓練のみだ。お前のとの絆に固執している。ことさら誘導せずともお前への依存心が深い。
問題はサード候補 ・・お前の息子だが、どうする?
心の拠り所を得た今。当初の予定通りの欠けた心の子供には育たん。
自立心も強く孤独をばねに強靭な精神を鍛えたようだな。
今からでも手元で育てて誘導するか?」
冷酷なことを平然と話す冬月。
温和な紳士然とした外見に反して、ゲンドウの腹心に相応しい救い難い外道のようだ。
冬月の報告に眉一つ動かさず冷然と応じるゲンドウ。
実の息子に対する情など欠片も存在していないことを再確認させる姿である。
「問題ない。手は打った。 所詮は子供だ。どうとでもなる。
今はそんな瑣末事に関わっている余裕など無い。」
吐き捨てるゲンドウに冬月は彼が何をしたのか大体を察したが、口には出さずに目の前の書類に意識を集中させた。その傍らで相変わらず組んだ両手で隠した口元を僅かに歪めて、睨み付けるように視線を来るべき未来に向けるゲンドウ。
陰気な暗い部屋に書類を繰る音のみが残った。
八月の長期夏期休暇が終わった九月の初め。
相変わらず暑い日が続く常夏の日本。
第2新東京市。
シンジは退屈な学校を自主休校して、懇意にしている施設『美月園』の厨房で職員の一人であり、主に園の食生活を取り仕切っている山中アオイさん(58歳)と共に豪勢な晩餐の準備に忙しく動き回っていた。彼女は園長婦人のミノリさんの高校時代の後輩でインパクト以前は有名レストランでチーフコックを勤めていた。だがセカンドインパクト後の騒乱で勤め先のレストランを焼失し、路頭に迷って途方に暮れていたところ、ミノリさんからの誘いを受けて『美月園』に来たそうだ。恰幅の良い身体で常に忙しそうに動き回り、誰に対しても向けられる朗らか笑顔と栄養バランスの取れた美味しい料理で子供達にもなつかれている。シンジも彼女の明るい性格に何度も支えられてきた。今は彼女の弟子として料理を習っている。そして今作っているのは新しく里親を見つけて園から巣立っていく子供達のお別れパーティーのためのご馳走である。
『美月園』は新藤アキラ園長がセカンドインパクト後の騒乱で後遺症の残る怪我を負い、自衛隊武術指導官を退任したことを切欠に路頭に迷っている孤児達に暖かな生活をあげたい、という理念の基設立された。施設は廃校となった小学校を改築し、職員は新藤園長夫妻、園長夫人の元後輩の山中アオイ、アキラの元部下でアキラ退官時に一緒に辞めた元自衛隊射撃担当指導員三島コウイチとその妻であり元自衛隊情報管理室チーフオペレーター三島カナ夫妻の5人で常時8人から15人の子供を預かっている。創立当初から既に若くはなかった園長夫妻は孤児達を預かっても出来うる限り里親を探し出して子供達を送り出してきた。無論この園から独立した子もいるが創立から10年では数人程度である。 そして今年で62歳になる新藤園長は新しい子供を預かるのを止め、今園に住む子達も出来うる限り相性の良い里親を探して送り出すことにしたのだ。 シンジがこの場所に通い始めた当初暮らしていた15人の子供達も大半が新しい里親を見つけ巣立っていった。今日開
かれるのは、今園で暮らす5人の子供達を新しく見つかった里親の元へと送り出すためのパーティーである。
「それにしても今日で子供達が皆いなくなるとなると寂しくなるねぇ。
園長先生は出来るだけ子供達に養い親を探すようにしていたから子供達が入れ替わるのは割りと頻繁に在ったことだけど・・・」
「そうですね。 僕が此処に来るようになってからもう二年ですけど・・・あの子達と一緒にいられなくなると思うと・・・」
忙しく手を動かしながら言葉を交わすアオイとシンジ。
明るい口調ではあるが寂しさは隠しきれない。
「でも、まぁ子供達にとっては新しい家族が出来る、おめでたいことだしね! 笑顔で見送ってあげなきゃね!」
朗らかに続けるアオイ。
その言葉を聞いて僅かに苦笑するシンジ。
「そうですね。 ・・・・・・・家族か・・・」
相槌を打ちながらも、ふと脳裏に過ぎった血縁上の父の顔に、暗い感情が噴出して顔を強張らせるシンジ。
硬質の雰囲気を纏ったことに気付きながらも明るく話しかけるアオイ。
「ほらほら、手元がお留守になってるよ。今日はパーティーなんだからね。 まだまだ忙しくなるよ!!」
シンジはそんなアオイの気遣いに感謝して目の前の料理に意識を戻した。
午後6時から始められた子供達の門出を祝うお別れパーティーは賑やかに過ぎ、アオイ&シンジの合作料理はあっという間に皆の胃の中に消えた。最後の思い出を刻むようにことさらはしゃいでいた子供達も部屋へと引き上げた夜更け。シンジは静まった食堂と厨房を往復して宴の後始末をしていた。園長を始めとする職員の面々もこれで子供達がいなくなるという寂しさを紛らすように、皆でご馳走に舌鼓を打ちながら、普段は滅多にでない大量の酒を用意して浴びるように飲みまくったのだ。子供達が騒ぎ疲れて自室へと引き上げた後も、シンジが追加する摘みを食べながら全員が酔いつぶれるまで宴会は続けられた。 酔いつぶれて雑魚寝している大人たちに毛布を掛けたシンジは、散乱した宴の残骸を手際よく片付けていった。
綺麗に片付いた厨房と、床に雑魚寝する職員の姿以外はきちんと整えられた食堂を一通り確認すると、園に泊まるときに何時も使用している空き部屋に向かった。この温かい場所で彼らと一緒に過ごすのもこれで最後かと思うと寂しさを感じるが一生あえなくなるわけではないのだ。子供達がいない以上園は閉鎖することになる。園長夫妻は北海道で知人の経営する牧場に呼ばれていると聞いた。アオイさんは旦那さんに先立たれて一人で小さな食堂を切り盛りしている古い友人の所へ行くという。三島夫妻は此処とは別の施設で職員として採用されたらしい。
二年前此処に初めて訪れたとき、伯父を始めとする周りからの冷たい視線と、誰も自分を助けてくれない孤独な環境の中で、周りの全てを憎悪していた幼い自分。 全てを拒絶して視野が狭まっていた自分に、裏の無い優しさを注いで、いろいろな事を教えてくれた人達。彼らとの生活は、自分にとって何よりの救いだった。ここにくることが無ければ、あのまま周囲に存在する全ての他人を無作為に拒絶し続ける永遠の孤独の中で生き
ていっただろう自分。 彼らにはどれほど感謝しても足りない。離れてしまうのは寂しいし、今までのように気軽に会うことは出来なくなる。 しかし例え遠く離れていても、手紙を送りあうことも電話で話すことも出来る。すぐには無理でもいつか会いに行くこともできるのだ。 ならもうこれ以上暗く考える必要はない、と沈みそうになる感情を再び浮上させると、いつの間にか静かに降り出した雨の音を聴きながら、ベッドに入って眠りに落ちた。
『美月園』の面々が寝静まった頃、高台に建つ孤児院へと続く細い道の入り口に、白いワゴン車が静かに停まった。しばし辺りを窺うように停車したまま動かなかったワゴンから様々な武器を持った男達が降り立った。そして無言のまま肯き合うと、音を立てずに四方へと散らばる男達。ワゴンの運転席に残った男の下に幾つかの信号を伝える僅かな機械音が鳴る。それを確認した運転席の男は手に持った通信機のボタンを押した。
白いワゴンが『美月園』に着く数分前。
静かに降る雨の中、暗い闇の中走り続ける影があった。
細い身体を漆黒の上下に包み、白い顔の半分を覆うバイザー。
風に靡く艶やかな黒髪は首元で一つにくくられている。体型から恐らく若い女性であろう。
その姿を見かけたものが居てもはっきりと視認できるものなど居ないだろうと思えるほどのスピードで走り続ける人物。身長は150程の小柄な影は人気の無い深夜の道を、必死になって目的地に向かって足を進めていた。
「間に合って・・・・・!!」
住人が寝静まって穏やかな静寂が支配していた『美月園』に突然門扉をぶち破る大きな音が響き渡る。
騒音に飛び起きる園長たちやシンジ、そして子供達。酔いつぶれる程飲んだ酒のせいか数瞬思考が停止していた園長たちは、窓から園内に荒々しく踏み込んできた武装した男達に理性を取り戻すと行動を起こす。現役を離れて久しいとはいえ元自衛官として実戦を生き抜いた兵士達である。即座に状況を判断するとアキラとコウイチは不測の事態に備えて隠してあった武器をとり、闖入者たちを足止めに向かう。その間にミノリとアオイ子供達を逃がすために居住区へと走り出す。カナは子供達を外へ連れ出すために、緊急用の車を止めてある隠し車庫へと向かう。ここで部屋に備え付けられていた銃を持ったシンジがアキラ達に合流した。
「先生!!」
「シンジ!!」
慌てて走りよりながら小声で呼びかけるシンジを引っ張って侵入者達が向かってくる玄関に通じる廊下の影に身を潜める三人。
「シンジお前は子供達のほうに向かえ。此処はコウイチと二人で足止めをする。
一応カナが警察を呼んでいるが間に合うとは思えん。 あの子達を頼む。」
「でも、それは!!」
アキラの言葉に反論しようとしたシンジを遮ってコウイチが続ける。
「シンジ聞け! あの連中の装備からいって恐らくプロの戦闘集団だろう。
今のお前のレベルじゃ、あの連中を相手に戦ったところで足手まといにしかならん。
それよりも、あの子達を何とか安全に逃がすことが第一だろう。」
「ミノリとアオイとカナの三人だけでは心もとない。シンジ頼む。」
アキラとコウイチの言葉に悔しげに唇かみ締めるて俯くが、すぐに青ざめた顔をあげて二人を見据える。
「わかりました。・・・死なないで、くださいね。」
「当たり前だ。・・頼んだぞ。」
「奴らを始末してすぐ追いつくからな。」
アキラもコウイチの優しい嘘に強張りかけた口元に無理矢理笑みを浮かべたシンジがぎこちない動作で頷く。
そして身を翻すと子供達が向かったはずの避難用の隠し通路へと向かった。
シンジが行ったのを確認した二人は、無言で手の中にある愛銃の感触を確かめると体勢を整える。そして、視界の中に建物内に進入しようとする男達の姿を認めると同時に彼らに向かって弾丸を叩き込んだ。
一方ミノリとアオイは子供達を連れて、車庫へと通じる隠し通路へと急いでいた。
侵入者の目的が何であれ、子供達を危険な目に合わせるわけにはいかない。侵入者の撃退に向かった夫のことは気になるが、まずは足手纏いでしかない自分達が外へと出ることが先決である。ことさら冷静に思考を巡らせながら子供達を引き連れてカナの待つ車の処へと足を速めるミノリ。視界に車庫へと通じる扉が見えた彼女達は思わず安堵の息を漏らしながら、扉を開いた------
鳴り響く爆発音
逃げ出そうとする園の者達がこの隠し車庫を利用することを読んでいた侵入者達が仕掛けておいた爆弾が、開かれる扉と連動したスイッチによって爆発したのだ。 辺りに積み上げられていた木箱や整備用のオイルに引火して勢いを強める炎。止められていた数台の車に飛び火して次々続く爆発。地下に造られていた車庫は爆発の衝撃で崩れ落ちた。
アキラとコウイチに背を押されて子供達の下へと向かっていたシンジが、車庫に着いたとき目にしたのは、崩壊した通路と車庫。そして墨のように黒ずんだ遺体の欠片と彼女達を蹂躙する激しい炎。未だに続く小さな爆発音。
車に乗り込んで子供達を待っていたカナも、
子供達を連れて車庫に入ろうとしていたミノリとアオイも、
彼女達に手を引かれていた子供たちも、
激しい炎に焼かれ、崩れた瓦礫の下敷きとなって、原型も留めていなかった。
呆然と目の前の惨状を眺めているシンジの前に、侵入者達と同じ格好をした男達が立ちふさがる。
現われた敵の姿に自失から還ったシンジが構えようとするが、遅く。男達の放った弾丸がシンジの腹を撃ち抜く。腹を押さえて崩れ落ちるシンジ。 激しい痛みに意識を失くしそうになるが、自分を孤独から救ってくれた優しい人たちを殺した奴らへの怒りが、痛みすら凌駕してシンジの身体を突き動かす。だが、相手はプロの戦闘集団である。子供の足掻きなど鼻で笑って、さらに容赦なく足や腕を撃ち抜く。堪えきれずに己の血溜りのなか倒れこむシンジ。 もう此処で死ぬのか、という思いと、大切な人たちを守ることが出来ずにむざむざと死なせた悔しさが、男達への憎悪となって身体の奥を焼き尽くす。それでも指一本動かすことの出来ない現状では奴らに報いることなど不可能だと判っていた。
こんな奴らに殺されるのか、と歯軋りしながらも固く瞳を閉じて、訪れるだろう衝撃と死を齎すだろう痛みを待つ。 が、なぜかそれ以上の攻撃がこない。
いぶかしく思って失血のせいで霞む視界を無理やり凝らし、周りの状況を確認しようとしたシンジの目に映ったのは、事切れた男達の中心に佇む小柄な人物。黒ずくめの服に顔の大半を覆うバイザーを身に着けている。視界が利かないため良くわからないが、体型から判断すると女性のようだ。
彼女は燃え盛る炎の中で、戦闘の途中で銃が掠りでもしたのか罅割れたバイザーを炎の中に投げ捨てると、強い光を放つ深紅の瞳で、倒れ付す男達を睨みつけている。数秒間、微動だにせず男達を睨み据えていた彼女は、硬質な雰囲気を一変させると周囲の状況を一通り見廻して悲しげな吐息を漏らす。そして、静かな足取りでシンジの方へと近づいてきた。
シンジは、近づく女性の (ずいぶんと若い。自分と同年代の少女のように見える。) 姿をその視界に納めた瞬間、彼女に見惚れた。
美しい黒髪、闇を紡いだかのような漆黒で、柔らかく風に靡いている。
身体にぴったりと添った服から窺える肢体は、幼いながらも伸びやかな若木のような瑞々しさを感じさせる。
その肌は白絹のように美しく、小さな輪郭の中に小さな薄紅色の唇と、すらりと通った鼻梁と美しい柳眉と、
頬に影を落とす長い睫と、その下の吸い込まれそうな深い光を湛える深紅の瞳がバランスよく納まっている。
その美しくも愛らしい造形は、まるで神話の中で神が己の技術をつぎ込んで創り上げたという最高級の女性を思わせる。
そして何より、彼女の顔に浮かぶ表情。
泣くのを我慢している様な揺れる瞳で、
怒られるのを恐れる子供の様に不安げに口元を歪めて、
渇望していたものを目前にしているかのような隠し切れない歓喜と
何よりも大切なモノを永遠に失ってしまったかのような絶望を湛えた
笑顔にも泣き顔にも見える、仮面のような凍りついた表情で、
ことさら静かな足取りでシンジも元へと近づいた。
この時のシンジの中には、今の自分になる為の切欠をくれた大切な人たちを殺し、温もりを与えてくれた掛替えの無い場所を奪った男達への怒りも、未だに血を流し続ける傷が与える激しい痛みも存在していなかった。ただ、彼女がそんな顔をすることは無いのに、と考えて。押し寄せる睡魔に従って、その意識を闇に沈めた。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
「・・・・・・かえりたい・・・・・・・・・・・・・」
赤い世界でただ独つカタチを残している少年の生命が終わろうとしていた。
「・・・それは、駄目。・・・・死なないで、・・・・碇君」
少年の死を看過できない者がいた。
原始の海に覆われたこの世界を包み込む、最期にして最初の女神。
全ての生命の母神たるリリスと、その欠片を命の核として生きてその心を育て、再びリリスへと還った少女。
綾波レイは少年を助けることを望んだ。
未熟な人類の心を個と個の境界を消し去ることで相互に欠けた部分を補い、共通の意識を持った完成された第18使徒として生まれ変わらせる、人類補完計画。その儀式の傍らで生命の実であるS2機関を完備した量産型エヴァンゲリオンに自ら溶け込み融合して補完計画の過程を経験することで、一人のまま完成したヒトとして生まれ変わり、その他の人類を従えて己を神として崇めさせ永世帝国を創り上げることを目的としたゼーレの計画は、サードインパクトの余波に耐え切れずゼーレの面々も全ての人類と共に赤い海へと溶けたことで頓挫した。
そして残されたのは、サードインパクト発動の鍵として利用されたエヴァンゲリオン初号機と共に居た為に個体としての意識を保ち、補完の外へと逃れることが出来た少年--碇シンジ。リリスと同化し、生命が原始の海へと還った世界を包みこみ、遥かな未来生まれるであろう新たな生命を守る母神として存在する綾波レイ。人間
のみならず、あらゆる生物--獣や昆虫、植物、微生物など--までが一つに同化してしまったために人間としての自覚すら保つこと適わず、意識そのものが消え去ってただ生命の終着した姿の一つとして存在する赤い海。
その三つのみだった。
そしてただ独りで赤い世界へ取り残されたシンジは孤独に耐え切れず、ただ虚ろになってゆく心のままに、静かに衰弱していき、とうとう永遠の眠りにつこうとしていた。その様子を遠く、赤い世界の外から見つめていたレイは焦った。彼女は母神として世界を守る役目故、個として彼に関わることは出来ない。しかしこのまま手を拱いていては彼が死んでしまう。補完の外に存在する状態で死んだ者は原始の海へ還る事は出来ず、そのまま魂まで消滅してしまう。・・・・・それは到底耐えることは出来ない。ならばどうすればいいか・・・・・・・・・。
彼女は悩んだ。
どうすれば彼を助けることが出来るのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いよいよもってシンジの限界が近づいた時彼女は決断した。
リリスと同化した時私は綾波レイとしての肉体ごと同化した。
リリスとの同化したことで新しい世界の母神として生まれ変わった今、人間としての体を切り離しても問題はない。綾波レイとしての肉体は人間のものであるが、リリスの欠片を核として生まれた魂を受け入れていたために他の使徒ほど強力ではなくとも、多少の事では損なわれることが無い程度に丈夫なものだ。ならば、この肉体と彼の魂を融合させれば、彼は助かる。そしてこの世界では彼は生きることが出来ないならば、生きることが出来る世界へと送ればいい。
この世界は既にセカンドインパクトからサードインパクトへの過程によって全生命が滅亡するという結果が刻まれてしまった。サードインパクトによってあらゆる時間軸から切り離され固定されたため、再び生命が原始の海から生まれるまでの期間は過去未来といった今へ至るための連続した事象の全てが抹消された状態になっている。つまりここからシンジを未だ平和であった過去の世界へ送ることも、再びこの世界に生命が生まれて文明が復活しているだろう未来へ送り出すことも出来ないのだ。レイもそのことは母神となった時に意識に刷り込まれた世界の理やリリスの見てきた世界の歴史と共に存在に刻まれたため理解している。その打開策として、レイはこの世界からリンクを繋げる事が可能な世界を幾つか選び、その中で常識や知識に余りずれが無い世界を選択。その結果、この世界と似た歴史を綴っている世界。つまりこの世界の並行世界へと彼を送り出すことにしたのだ。
そうして、孤独と絶望から死ぬはずだった少年は、違う世界へと旅立っていった。
ただこの世界で傷つけられ続けた彼が今度こそ幸せになれることを願いながら、女神は赤い世界へと意識を戻した。
-----雨が降っている。
薄暗い夕刻。冷たい雨の中小学生くらいの少年が俯きながら歩いている。
人気のない土手に差し掛かった時、少年が何かを見つけたのか顔を上げて一点を凝視している。
その視線の先には乗り捨てられた古びた自転車。
少年の脳裏に思い起こされるのは居候先の伯父の家での夕食時従兄弟がはしゃぎながら自転車を強請っていた光景。そのときの疎外感と羨望。
-----雨が降っている。
暗い道を古びた自転車を引いて歩く少年。
そこに照らされる懐中電灯の光と居丈高に呼び止める警官の声。
-----雨が降っている。
狭い交番の中。軋んだ椅子の音と何かを書き取るペンの音。
事務的で投げやりな疑惑に満ちた警官の質問。
返す答え。
「保護者の名前は?」
「・・・・・碇ゲンドウ」
微かな期待。・・・・・・・そして落胆。
「どうしてこんなことをしたの!?
自転車を買うくらいのお金はお父さんにもらっているのよ」
事情を聞くこともなく決め付けられる。信じようとする人は一人もいない状況。
-------雨が降っている。
学校の帰り道。
繰り返される同級生の罵倒といじめ。
通行人の冷たい視線。
級友達に殴られても蹴られても、物を壊されても見て見ぬ振りをして突き放す教師。
影で囁かれる会話。
「あの子の父親は---」
「やっぱり妻殺しの男の息子だから--」
「関わりあわないほうが---」
「-----------。」
「----------------」
・・・
------雨が降っている。
「もうシンジ君も一人部屋が欲しいだろう。だから庭に作ってあげたんだよ。」
「--はい伯父さん。ありがとうございます。うれしいです。」
隔離された部屋。
母屋へ行く必要がないように備え付けられた台所やトイレと風呂。
顔を合わせずに出入りできる裏門に面したドア。
手渡される食費込みの小遣い。
「---何時まであの子を預からなきゃいけないの!?父親は一度も連絡すら取らないで!!」
「そういうな。養育費は十分に貰っているだろう。」
「あんな暗い子顔を合わせるのも嫌よ。何を考えているのかも分からない。
何を言ってもへらへらと笑って---薄気味悪い!!」
「だから外に部屋を作っただろう。食費も渡しているから世話も要らないし。」
「そこにいると思うだけで気分が悪いのよ!!
ご近所の人達にもいろいろ言われるし----あの子の父親のことで-----。」
「それはそうだが---------」
子供が寝静まった時刻に繰り返される伯父夫婦の会話。
厄介者として忌避される自覚。
-----------誰も味方が存在しない現実。
-----雨が降っている。
放課後校舎の影で振るわれる暴力。
繰り返される陰湿な嫌がらせ。
「お前なんか生まれてこなきゃよかったんだよ!!!!」
殴られたまま横たわって眺めていた空から冷たい雨が降り出した。
濡れるままにぼんやりと灰色の空を眺める。
「誰もいない・・・・・・」
「味方なんかいない・・・・皆僕を傷つける・・・・・」
校舎の中に人気がなくなって、見回りの用務員の足音が聞こえ始める頃。
ようやく体を起こすとのろのろとした足取りで家へ向かう。
頭の中で繰り返すのは日常的に行われる公然としたいじめ。
疎外され忌避される伯父宅での生活。
冷然とした周囲の大人たち。
与えられる冷たい視線と無視される傷と痛み。
そして孤独。
「誰も僕を守ってくれない。」
・・・・・自転車の盗難を疑われて交番に呼び出された伯母の言葉。
「近づくのは嫌がるくせに完全に離れようとすれば引きずり出されてまた傷つけられる。」
・・・・・何かと理由をつけては自分を殴る級友達の顔。
「何もしていないのに疑われる」
・・・・・捨てられていた自転車を引いていただけなのに居丈高に問いただして交番へ引きずっていった警官の顔。
「僕は独りだ・・・」
・・・・いじめを見て見ぬ振りをする教師。連絡すらしてくれず手紙の返事も無い自分の父親。自分を疎んじる伯父夫婦。
・・・・・・・・・そして物心がつく頃から自分の研究に耽溺し、その実験の果てに消えた母親。
とぼとぼと帰宅するシンジ。
ふらつきながらも何時も通りに伯父宅の裏門へと通じる裏山の麓の暗い道を歩いている。歩きながら、今までのこと、自分を捨ててただ一度も省みる事の無い父親、冷たい視線と罵倒や暴力しかくれない教師や級友達、多額の養育費の為だけに自分を飼い殺しながら疎んじる心を隠そうともしない伯父夫妻とその子供。
自分を取り巻く環境とそこに存在する人々のことを思い返すたびに我慢していた不満や不信が高まっていき、抑圧されていた憤りがついに噴出し、シンジは切れた。
「・・・・・・・・・なら、一人で生きてやる。
父さんは僕を捨てた。母さんはいない。誰も僕を必要としない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なら僕も皆要らない!!僕は僕の為に生きる!
自分の居場所は自分の力で手に入れてやる!!」
冷たい雨の中。独りきりだった少年は周りへの期待を捨てた。
求めても拒絶されるなら求めることを止めればいい、と今の自分の周囲に存在する全てを切り捨てたのだ。
一人で生きることを決め、誰に守られずとも生き抜く力を得るために、自分を傷つける存在である父親の援助や伯父の最低限の保護を利用してでも、いつか独立する日に備えることを決意した。
そして少年---シンジはこの牢獄に等しい環境を抜け出す時のために力をつけ始めたのだ。
3年後。シンジが12歳の八月。
3年前の決意を実現するためにシンジはまず最低限己の体を護ることが出来るよう鍛え始めた。最低限といっても護身術などといった大人しいものではなく、実戦に使用可能な戦闘技術を身につけるためのものである。 セカンドインパクトの余波が沈静し平和な生活が保障されているのは治安維持に経費や人員を割くことが可能な大都市やその近郊のみで、少し郊外へ足を踏み入れるだけでその状況は一変する。 不良の溜まり場になっている程度なら可愛い物で暴力団やマフィア、武器売買商人、人身売買を目的として獲物を狙っているごろつき達や隙あらば食料や財産を奪おうと画策している強盗団といったもの達が溢れかえった無法地帯が散在している。 シンジの第一の目的は父や伯父の造った囲いから抜け出すことである。そのためにはまず義務教育である中学を卒業して仕事を見つけることであるが、良くも悪くもセカンドインパクトの騒乱による人口激減によって極端な能力主義となった昨今の社会のなかでも、中卒の子供がどれ程の能力を身につけたとしてもよほど抜きん出たものでもない限り、治安の良し悪しに拘る余裕があるとは思えない。もちろんよりよい就職先を得るために必要と思われる技能を身に着ける努力は続けるが、期限は中学卒業までの6年間である。可能性はあるかもしれないが楽観は出来ない。ならばどのような環境であろうと生き抜けるだけの能力を身に着けるしかない。
----------という結論をだしたシンジはとりあえず書物などから独学で効率が良く成長を阻害しない体の鍛え
方を調べ実践した。次に独学では限界が見えている格闘術を身に着けるために近所で開講していた古武術の道場へ通い始めた。並行して学校に備え付けられているコンピューターで取り合えず基本操作をマスターし、基礎知識を身につけるため勉強に今まで以上に腐心し、伯父に養育費から専用のパソコンを強請り、少しずつ改造を繰り返して情報機器に関して専門家レベルまでその技能を高めた。
それまで無気力さから劣等性レベルに落ち込ませていたが、本人にとってどれ程忌まわしい事実であろうと、シンジの両親は東洋の三賢者筆頭と名高い天才科学者碇ユイと、彼女に劣りながらも世界規模の研究所で所長を務める碇ゲンドウである。 つまりその資質だけなら文句なしの一級品なのだ。 その優れた資質を活かすも殺すもシンジ次第。 そして彼が固い決意と共に己を高めることを決めたとき、その才能が鮮やかに開花したのだ。
三年前級友達に殴られるままであった華奢な体は、始めた古武術と知人に教えられている格闘術によって鍛えられ、成長期であることとも相まって見違えるほどに成長していた。未だ成長途上であるためか若干華奢な印象は拭えないが、12歳にして160cmの身長にしなやかに鍛えられた筋肉に覆われた体は、まるで年若い
獣のようで力強く優雅な仕草が美しく、他者の目を惹くものであった。 最も周囲の注目を集めることに嫌悪しているシンジは普段の生活の中では、ことさら目立つことが無いように凡庸に振舞っているため、彼の成長を知っているのは、2年前に知り合ってから交流を続けている児童保護施設『美月園』の園長夫妻を始めとする職員の方々とそこで暮らす15人の子供達だけである。
そして今。八月の夏季休暇中。学校が休みの日をシンジは二年ほど前に課外授業の一環として訪れた施設の手伝いに行くことにあてていた。
セカンドインパクトによって常夏の気候へと変動した日本では最も暑い時期をやり過ごし多少でも活動しやすい時期を待つ、という夏期長期休暇の意味は失われて久しいが、伝統や慣例を重んじる日本人らしいというべきか、多少過去よりも短いとは言え今でも八月中はほとんど学業長期休暇に当てられている。その期間を利用して施設へ赴いているのだ。
施設へ初めて訪れた課外授業は、セカンドインパクトによってどのような被害を被ったのかを実地で知るという趣旨の元、幾つかのグループに分かれて、インパクト後の暴動によって消滅した第二東京を見学したり(治安が悪いため防弾設備を完備したバスで道を走って見学)、保護者を亡くした子供達が住む施設へボランティアに赴いたり、インパクトの騒乱時に後遺症の残るような怪我をした人たちが加療している病院へボランティアに行くなどの内容で行われた。
その時シンジが割り当てられたのは伯父宅から自転車で30分ほどにある、15人の子供を預かっている小規模の児童保護施設で、新藤アキラさんとミノリさんというご夫妻が経営している。 新藤アキラさんは元自衛隊武官で戦略自衛隊発足時武術指導の為に赴いたが、その基地周辺で起きた暴動を鎮圧する作戦中に大きな怪我を負い、片手に後遺症を残してしまった事を切欠に退官。インパクトで保護者を亡くしてしまった子供達を護りたいという想いから、僅かながら得られた退職金と無事だった貯蓄を元に施設を設立。同じように退官した元同僚や現役から退いた友人達を誘って共に経営を始めた。
自給自足の生活ながら暖かな、本当の家族のように暮らしている子供達と職員の人達の暖かな陽だまりのような姿に、自分に無いものを持っている彼らへの羨望を感じてボランティア活動の中で少し沈んでいたところ、新藤夫妻に呼び止められ、良かったらこれからも時々手伝ってくれないかと誘われて通うようになった。
最初は何故誘われたのか理解できずに惰性のように通っていたが、交流を続けるなかで新藤夫妻や職員の方々の自分へも向けられ優しさや温もりに、ささくれていた心が癒されていく自分に気付き、此処に通うことを楽しみに思うようになっていった。 その中で新藤園長に格闘術の稽古をつけてもらったり、園長の知人や友人の
人達に様々な技術を教えてもらったりした。 彼らは現役からは退いているが嘗ては第一線で活躍していた各々の分野でのエキスパートである。最高の教師を得ることが出来たことは目的の為に生きる術を渇望するシンジにとって最たる幸運であった。そして何よりも自分を無邪気に慕ってくれる子供達の姿に、自分のことを必要としてくれる人がいる、という救いを見出していった。 未だ伯父や父、学校の級友達からの冷遇は変わらず、彼らを切り捨てた時に生まれた自分の心を凍らせる氷の塊は胸の中に存在するが、僅かでも救いとなる温もりがあるという事実と必ずあの生ぬるい牢獄から抜け出すという決意が今のシンジを支えていた。
----- 雨が降っている。
大きな瓦礫の点在する開けた場所に、冷たい雨に濡れながら虚ろな目をして座り込む一人の幼い少女があった。
南極で起きた大災害の余波により生まれた無数の無人島の一つ。 南極の氷の大陸が溶けた為に多くの海岸線を襲った巨大な津波と地軸が歪むほどの衝撃によって派生した大地震が原因で住民が住めなくなったため生まれた地図にも載らなくなった小さな島の奥にそれは在った。 何時の世にも何処の世界にも存在する愚かな権力者の望みと、己の好奇心を満足させるためなら何を犠牲にしても構わない狂科学者達が互いの利益の為に、世間にはけして公表できない研究を行う研究施設の一つ。
外界から隠匿されながらもそこに近づくものを威圧していた強大な研究施設はその施設を取り囲む長大な塀ごと巨大な瓦礫の山と化していた。
6・7メートルはあろうかという壁は3重にも渡ってその敷地を取り囲み、その中に秘匿された建物に出入りする全てのものを監視し遮断していたが、今はその威圧は見る影も無く、所々が崩れ、壁としての機能を果たすことなく巨大なクレーターを囲むように存在する瓦礫の一部と化している。 深い深い森の中、樹齢数百年にも及ぼうかという巨大な木々は見るも無残に倒壊し、痛々しく地面を露呈している。 あらゆる自然物と人工物によって外界のものから隠匿されていた巨大な研究施設は、施設を取り囲んでいた壁とその壁に沿うように点在する瓦礫の山を残して消失している。
そこで働いていた狂科学者達も、施設の監視をしていた警備の者も、実験動物として扱われていた被験者達も、狂科学者達が日夜収集していた全てのデータも、データから生み出された研究成果も、その過程を記録した資料の全ても、尽くが消失し、残されたのは敷地の中心部の巨大なクレーターとその中心で虚ろな視線を薄暗い雨空にむけて座り込んでいる幼い少女。
----この世界に生まれて得た名を、蒼山シオン。
ここと似て異なる世界から新しき女神の慈悲と、人としての心に残る願いから新しい生を得た彼女の旧き名を、碇シンジ、 という。
襤褸布と化した病院の手術着のような服、腕にはめられたのは幅広の腕輪のような手枷と右肩の裏に刻まれたアルファベットと数字。少女--シオンはこの研究施設に被献体としてつれてこられた子供達の一人であった。
あの全ての生命が赤く溶けた滅びの世界で、独りきりで取り残されたシンジは最初、何故こうなったのかを知るために周囲を歩き回って他に人がいないかを探した。辺りを探し回り、誰もいないことを知ると、赤い海から逃げるように遠くに見える町の残骸へと足を向けた。
その途中にも誰か一人くらいは生きている人は居ないものかと探りながら歩き続けてジオフロントへとたどり着いたが、会うものも生きて動いているものすらなく命の気配の無い道を進み、ネルフ本部までたどり着いた。やはりそこにも人は無く、そこかしこに衣類が落ちて、存在の名残を残すのみ。
ここに至って自分以外に生きている者は存在しないのだという、無意識に目をそらしていたことをようやく認識した。と同時に、逃げるように背を向けた血のように赤い海の正体に気付いてしまったシンジは恐慌状態に陥り、暴れるように周囲のものを破壊しながら泣き喚いた。泣いて泣いて気絶するように眠りについたシンジが再び目覚めた時、眠る前の狂乱が嘘のように静かに起き上がった。そして力の限り暴れて開き直ったのか、どうしてこんな事になったのかを知るためにMAGIを使って調べ始めた。
ただの中学生でしかなかいシンジが最初から厳重なプロテクトに護られているであろう人類補完計画の情報を引き出すことは出来ない。それを自覚していたシンジはまずMAGIを使いこなす為にリツコの研究室を訪れ、資料を片っ端から読み、コンピュータの基本操作からリツコが管理していた計画のための研究資料などを少しずつ理解し、MAGIの情報を引き出し、とうとう人類補完計画の全容と、その実行の為にネルフやゼーレが行ってきた非道な行為、そして自分達チルドレンの役割を知った。
再び心を覆う絶望と怒り。
補完計画によって溶け合った海から誰一人帰ってこない現実による寂寥。
そして今まで気付かなかった己の変調への恐怖。
・・・・・・現状を知ることにのみ意識を向けていたため気付かなかったが、MAGIを一から勉強して使いこなし、情報を引き出して考察し、補完計画の全貌を把握するまでの間どう短く見繕っても数ヶ月から数年かかったはずである。その期間ただの一度も空腹を覚えず睡眠をとった覚えも無いにも関わらず何の不調も無く生存しているという事実。 知ってしまった使徒と人間、エヴァのこと。命の実、S2機関、知恵の実、第18使徒、リリスとアダム、単体と群体、エヴァンゲリオンの存在意義・・・・導き出される結論はシンジを絶望させるに十分なものであった。
シンジは補完計画の依り代として世界樹を描くエヴァの中心、リリスのダイレクトコピーである初号機の中にいたのだ。しかもMAGIを調べていてしった事であるが、インパクトの前後彼は初号機に400%シンクロして同化していたのである。 その状態で補完の中心にいた事で赤い海に溶けることなく、インパクトのエネルギーの中にいながらも、かろうじて意識と自我を残すことができたのだ。 そしてリリスと同化したレイと、リリスに融合したアダムの中に還ったカヲルとの会話を経て補完の外にシンジのまま出ることができた。 が、その副産物として400%のシンクロによってほぼ同化していた初号機と融合した状態でシンジのカタチを取り戻し、補完の外へと抜け出たのである。
つまりシンジは初号機をその身に取り込んだ状態なのだ。生命の実であるs2機関を持つ初号機との融合によって完全な使徒となったシンジは空腹を感じることも睡眠をとる必要もなくなったのだ。
そしてそれは、シンジがこの他の生命が存在しない赤い世界で永遠を生きていく事になった。ということである。
シンジは他に誰もいない世界に取り残された孤独にも、赤い海と赤い空に覆われた死んだ世界にも、何時終わるか判らない永遠の自分の生にも耐えられなかった。 カヲルがATフィールドは全ての生き物が持つ心の壁であると言ったように、命の実を持つ完成された使徒であっても、ATフィールドによって己の存在を固定する。 つまり心の在り様がその存在を確立するのだ。シンジが、s2機関を体内に持つ完成された使徒であろうと、絶望によって死を望んだ心がその魂と体を支配してしまえば、存在を確立するためのATフィールドが揺らぎ、”シンジ” としてのカタチを保てなくなって何れ消滅してしまう。
そしてそれを看過できなかったリリス=レイがシンジを助け、未だ滅びていない他の世界へと転生させたのだ。
レイはシンジの生と幸福を願ってその選択肢を選んだ。
一欠けらの光も存在しない闇の中であるのに冷たさは感じない不思議な場所でシンジは意識を覚醒させた。
「あれ・・・・?生きてる・・・なんで?
・・・・僕は・・・・・あの時・・・・・・・・それにここは・・・・・・」
死のうとして眠りについた自分が再び意識を覚醒させたことを疑問に思い、一人つぶやいていると目の前に淡い光が生まれた。
「・・・・碇君・・」
それはリリスと同化し原始の海の覆われた世界を護り、遠い将来生まれてくる生命を見守る役目をあたえられた筈のレイの姿。
「あ、綾波・・?そんな、皆溶けていなくなったんじゃ・・・・・それに僕は死のうとして・・・・」
以前と変わりない姿で現われたレイに動揺するシンジ。
「落ち着いて、碇君。余り時間がないの。まずは話をきいて。」
うろたえるシンジにいつもと変わらない抑揚のない口調で話すレイ。
しかしシンジにはレイが何所か焦っているように感じられた。
そのことを聞こうと口を開こうとしたシンジを遮るように話し始めるレイ。
「碇君、貴方は完成した第18使徒リリンとして完成した状態で補完の外に逃れたの。その後貴方がどうしたか、そのことは覚えているわね?」
「あ、ああ、うん。それは気付いたよ。なんであんなことになったのか知りたくていろいろ調べたから。その過程も覚えてる。でもどうしてそれを・・・」
あの場所に自分一人しか存在しなかったはずだ。だからこそ永遠に続くだろう孤独を恐れて、自身のATフィールドを解いて消滅しようとしていたのだ。なのにここにレイが存在している。
「そう、そして貴方は他人のいない世界に耐え切れず、自らを消そうとした。」
「そうだよ。・・けどなんで綾波が知ってるの・・?それより生きてたんなら何で今まで・・・・」
先程から疑問に思っていたことを訪ねるシンジ。
「・・・・・・・私は”綾波レイ”ではないわ。・・・リリスの欠片であった綾波レイと、その母であり存在の主でもあるリリスが同化した存在。 一人目、二人目、三人目・・全てのレイの記憶を持っているし、レイとしての感情も心もここに存在している。
・・・・・けれど同時に、この全ての生物の死によって、原始の海へと還ったこの世界を護り、いつか新たに生まれてくるだろう生命の母たるモノ。 人間達がリリスと呼んだ女神の次代目。 新たなる母神としてこの世界を護るモノ。
・・・・リリス=レイ とでも言うべきかしら?」
淡々と衝撃的なことを告げられて固まるシンジ。
レイの姿で、レイの声で、レイの仕草を持つ目の前の存在は、もうレイと同じものではないと言うのだ。いやレイの記憶と感情は覚えているし、同化した結果新しく生まれたのが彼女であるなら、完全に別人というわけではないのだろう。それは本人も言っていた。けれど・・・・・
ぐるぐると思考を空回りさせるシンジに構わず、リリス=レイは話を続ける。
「だから、私は”個”として存在するものに直接干渉することは出来ないの。
これはこの世界を護るモノとしての本能で、”リリス”としての私には逆らうことは出来ないわ。
けど私は同時に”レイ”でもあるの。そして”レイ”は貴方の消滅を悲しみ、それを覆したいと望んだ。
・・・・”リリス”としての私の分身であり娘でもある”レイ”。
・・・・そして”リリス=レイ”として存在する今の私にとっての過去の自分でもある”レイ”の願い。
それを叶えるためにほんの少しだけ世界の目を誤魔化して貴方と話をしているの。時間が無いといったのはそのせいよ。」
「綾波が・・・・?」
リリス=レイの言葉に驚いくシンジ。
レイがそこまで自分のことを想ってくれたということを知って驚愕するシンジ。
確かに彼女は周囲にはわかりにい形ではあったが、自分に好意的に接してくれていた。だが自分の死を悲しんでくれただけでなく、それを覆すためにそこまで尽力してくれているのを知って、独りになったと思ったからといって安易に死を選ぼうとした自分を恥じた。そして彼女の厚意を嬉しく思い、羞恥に顔を赤らめたまま久しく浮かべていなかった純粋な笑顔でリリス=レイに感謝と謝罪を伝える。
「あ、ありがとう!・・・・それとごめん。そんな風に僕のことを考えてくれていたのに、安易に死のうとしたりして・・・ずっと僕のことを見ていてくれたのに・・」
「・・いいえ。いいの。仕方が無いことだわ。私はあの赤い世界を外側から見ていただけだもの。
それに、孤独も絶望も人を簡単に殺すわ。・・あの時の碇君の状況なら決して責められものではなかった。消滅する前に助けることが出来たもの。・・・碇君が生きていてくれるだけで、私は嬉しい。」
シンジの全開の笑顔を向けられて心持ち顔を赤らめながらも返すレイ。
しばらくお互いに赤い顔で見詰め合っていたが、我に帰ったレイが説明を続ける。
「碇君、今の貴方はかろうじて消えていないだけの状態で、こうして話すことが出来るのは、ここが物質世界とは隔たった世界の狭間。 魂が生まれる前に通る場所。死した魂が新しい生を得るために通り抜ける回廊のような場所だからなの。
そして今のままでは貴方は何れ消えてしまうの。 自ら消滅しようとしたときに貴方が持っていたS2機関は力の殆どを失ってしまっていて、存在するための力が足りないのよ。 だからその欠損を補うために私が”レイ”として生きていた時に使っていた身体を貴方に融合させて新しい--そうね。 第19使徒として生まれ変わらせるわ。
一度使徒として覚醒した以上、どれ程欠けた処で不完全な第18使徒である群体としての人間には戻らない。 ただ貴方の自我が存在を維持するための力が消耗するだけなの。 そして自我を保てなくなってしまえば、それはただ強大な力をもって永遠を生き続ける虚ろな生き物になってしまう。
それが私には耐えられない!! 私は貴方に生きていて欲しいの。 消えてしまって欲しくないのよ。
・・・・・・・お願い。 しなないで・・!! 」
淡々としていた口調を途中から荒げてシンジに訴えたレイは、心の内を吐き出すと顔を覆って泣き出した。
レイの激しい声に、初めて見る泣き顔に数瞬うろたえたシンジは、こっそりと深く息を吸い込むとレイの肩を優しく抱いて静かな声で語りかけた。
「綾波・・・・ありがとう。その言葉があれば、きっと僕は大丈夫だ。
もし新しい世界でたった独りになっても、自分から死を選んだりはしない。
生き抜く努力を続けると約束するよ。
・・・・・・だから、そんな風に泣かないで。 君の笑った顔が、好きなんだ」
シンジの手が触れた瞬間身体を固くしたレイは、シンジの強い想いの篭った言葉にだんだんと力を抜いて、シンジの腕にもたれかかった。しばらくの間無言でシンジに抱きついていたが、ひとつ鼻をすすると涙を拭いて毅然と顔を上げて彼の瞳をみつめる。
そしていつか月の下で見せた、あの美しい笑顔を浮かべると、シンジの腕から抜け出して、彼に伝えておくべきことを告げる。
「碇君。貴方は新しく転生する形で、人間の両親から生まれることになるわ。
これは生まれるはずだった子供の身代わりとかではなく、きちんと人間が生まれる過程をへて誕生するの。
貴方の魂と相性のいい女性--多分貴方の母親である碇ユイの近親者の誰か--の卵子の宿ることで、受精確立を100%にするの。 こうすれば、母体に負担がかかることなく自然な形で生まれることができるわ。もちろん100%人間の身体で、人間として生きていける。
ただしこれはあくまで使徒としての力を一時的に封じた状態での擬態に過ぎないの。
貴方は、リリンの完成体と、使徒の母であるリリスの欠片との融合によって生まれる第19使徒。
だから、肉体が安定する・・多分第二次成長の終わり位までは普通に年を取れると思うけど、その後老化が停止するわ。 もちろん擬態として外見だけ装うことも不可能ではないけれど、それをずっと続けるのは難しいと思うの。 だから老化が止まるまでの間に身の振り方を考えて置く事。
それと人間として転生させるためにS2機関を休眠状態に固定しては置くけれど、なにか切欠しだいで目覚めるかもしれない。力が目覚めてしまったらあちらの世界の意思に異分子としてはじかれる可能性もあるの。だから、極力気をつけて。力を目覚めさせないようにして。 世界の意思に逆らって異分子と判断されたとき別の世界に飛ばされるくらいならいいけれど、邪魔者として消滅させられる可能性もあるから。
最期に、貴方はあくまでリリスから生まれた使徒としての魂を持っている。
だから貴方を使徒が存在しない世界へ送ることは出来ないの。
別の世界では存在の仕方が異質すぎて転生させようとしても異分子として消されてしまうのよ。
・・・・・できれば戦いのない平和な世界へと送ってあげたいのだけど、それは無理なの。
もしかしたらまた同じような目にあうかもしれない、貴方の力に気付かれてエヴァに関することに利用されてしまうかもしれない。 その時は、私を恨んでも、憎んでもいいわ。・・・・でも、私が貴方に幸せに生きて欲しい気持ちは本当なの。 だから、その事だけは疑わないで。 信じて欲しいの。
・・・・・・・・・・・・それじゃ、さよなら。 」
レイは一気に最後まで説明すると力を解放する。
そして”レイ”の身体を分けるとシンジの魂と重ね合わせて、融合させる。同時に世界と世界を隔てる境界に小さな穴を開けて、シンジを無事に送るための道を作り出してその中に彼を押し込む。
レイの言葉を聞き漏らさないように話の内容に集中していたシンジは咄嗟に言葉を出すことが出来なかったが、そのまま作り出された道が閉じようとしているのをみると、力の限り大きな声で彼女に自分の気持ちを伝えた。
「綾波!! 僕は君を恨んだりしない!!何があっても君を信じるよ!!
・・・・・・・ありがとう!!」
シンジが最後に残していった言葉はレイの魂を震わせ、心を歓喜で満たす。
そしてシンジが好きだといった笑顔を浮かべてシンジが通った道の入り口に手を振り、暖かな心を抱いてその意識をリリス=レイとして赤い世界へと戻した。
そしてこの似て異なる世界--あの赤い世界の並行世界であるここでシンジは新たなる生命として転生した。
シンジとしての魂と新しい体との齟齬を少なくするためか、この世界の碇ユイの従姉妹である蒼山ユリエ(旧姓碇ユリエ)・リク夫妻の次女として誕生した。
レイがくれたもう一つの贈り物。新しく生まれる赤子の新しい名前。
---- シオン --- 始まりの音と書いて 始音(シオン)
鼓動という名の美しい音色を響かせて生まれ出でる命。
新しい生を始める者への祝福の名前。
母性を司る女神の優しい願いと希望が込められた名前。それがシンジ=シオンへの二つ目の贈り物。
シンジの魂の欠損を補うために全ての使徒の母である母性を司るリリスの欠片を宿すレイの身体を充てたため、転生するときには女性因子が強まり女性体で生まれ変わることは解っていた。 だから女性としての新しい名前をシンジに贈ったのだ。 シンジの魂を母体へと宿す時にほんの少し意識に干渉してその名を赤子につけるように誘導したのである。
2001年7月13日 京都 蒼山家
碇ユイ・ゲンドウ夫妻の長子、碇シンジが生まれて一月後のことだった。
シオンは新しい人生を精一杯生きるのだという決意をもって、碇家の4つある分家の一つ蒼山家の次女として生まれた。黒く柔らかい髪は艶やかで、絹のようなすべらかな白い肌。小作りの輪郭にバランスよく収まった小さくてピンク色の唇と頬に影を落とす長い睫。すらりとした柳眉の下には少しだけ釣り気味の大きな、深く透き通るような黒曜の瞳。漆黒の瞳は光の加減によって深紅の光を弾く。美しく愛らしい少女であった。
しかし碇本家の跡取りであったユイがゲンドウとの結婚を強行するために出奔し、セカンドインパクト後の世界規模の騒乱が原因で経営する企業の倒産や買収されるなどの、本家分家合わせた騒動の最中であったためか、余裕の無い両親にも、旧い歴史を持つ名家である碇家の矜持を護らんと奔走する家人にも構ってもらえず、二つ上の姉との交流が唯一の暖かい記憶である環境で育った。
シンジとしての記憶にある冷たい幼少時代の思い出を払拭できるかも知れないという僅かな期待が破れはしたが、姉であるリナと精神的に支えあう生活が、生まれ変わったのだという実感を与え、他人が存在する世界に生きているのだという幸福が胸を満たしていた。
しかしそのささやかな幸せも長く続かなかった。
2004年人工進化研究所(ゲヒルン)で執り行われたエヴァンゲリオン初号機起動実験で碇ユイが取り込まれたのだ。ユイを失ったゲンドウはあの世界の彼と同じように妄執に取り付かれ、ユイともう一度会うためにゼーレが推奨する人類補完計画を利用しようと画策。その計画の為にシンジを親戚に預け、欠けた心を持つ子供に成長するように誘導した。
これはシオンの世界でどうだったのか知ることは出来ないが、この世界のゲンドウは、ユイの実家の権力と財力を手に入れるために碇家縁者を様々な策略で謀殺していったのだ。 テロを装って殺された本家の当主や重鎮達。インパクト後の治安悪化から激増した暴徒や強盗を装って繰り返される暗殺。そして騒動のドサクサにまぎれて誘拐された子供達は、補完計画推進の為に必要な研究開発のための研究所へ被研体として連れ去られた。 2006年。碇ユイ死亡から2年後のことであった。
この研究所はゼーレが秘匿している施設の一つで、人類補完計画の為に、使徒の人工制御の技術を完成させるための研究を行っていた。これはゼーレによって捕獲済みの幼体の使徒(イロウル・バルディエル・タブリス)を、計画に沿った時期と場所で確実に行動を起こさせるための覚醒信号と行動制御技術を開発していた。 そのために実験体である子供達に採取・培養された使徒細胞(アダムのもの)を埋め込み、細胞を摂取した実験体の身体データ及び変化過程などを観察し、上手く細胞と融合した実験体には投薬による影響や、開発中の覚醒信号を流した時の使徒細胞の活性具合や力の発現の影響を調べていた。
実験動物として集められた子供達の中にシオンとリナの二人も含まれていた。
使徒としての魂を持っていても力が封印されている今シオンはただの5歳の子供である。
赤い世界で情報を得るために習得した情報機器操作能力も現状では何の役にも立たない。
無力さに打ちのめされ、自分を生んでくれた両親を護ることも、優しい姉を助けることもできない絶望と焦燥が心を覆う。
日毎に繰り返される過酷な実験に投薬。身体に焼き付けられた実験体の登録ナンバー。逃亡防止用の自爆装置が組み込まれた手枷。心身ともに痛めつけるデータ収集。ただの実験動物として扱う狂科学者たち。無機的な目で自分達を監視する警備員。次々と消えていっては新しく増やされる子供達。何時死ぬかわからない恐怖。
それでもシオンは生きることを諦めたくはなかった。
この命はレイが己の一部を与えてまで永らえてくれたものなのだ。
簡単に捨てることなど出来ない。
何よりも自身の恐怖と不安を押し隠し何とか自分を励まそうとしてくれる姉を残して逝く事は出来ないと強く思った。
しかし現実は残酷だった。
連れてこられてちょうど一年後の八月。
日本とあまり変わらない気候なのか一年中蒸し暑い日が続くなか、珍しく冷たい雨が降った日。
姉が、死んだ。
毎日毎日与えられる大量の薬物のいずれかによる副作用。
つらい日々の中で唯一の温もりと支えであった姉が投薬中に突然奇声を発して暴れだし、飛び込んできた研究者に押さえ込まれると、糸が切れた操り人形のように唐突に動かなくなった。 暴れる姉を押さえ込んでいた研究者達に、姉の身体は引き摺り出されてゴミのように無造作に壁に開いた暗い穴の中に放り込まれた。 姉に近寄ろうとして、飛び込んできた研究者や警備員達に弾かれて頭を打った衝撃からくる眩暈を堪えて立ち上がろうともがいていた数秒の出来事だった。
いつもいつも自分の痛みを隠して優しく微笑んでくれた姉。
夜眠る時優しく抱きしめてくれた姉。
実験中に負った傷を優しく撫でてくれた姉。
たくさん助けられたのに、苦しんでいる姉を抱きしめることも、最後に手を握ってあげることも、
・・・・・・・名前を、呼ぶことさえ、出来なかった。
なぜ、自分が生きているのか、わからなく、なりそうだった。
繰り返される地獄の日々に色あせた記憶の向こうで、綺麗に微笑んでいるレイの涙の残像が
シオンという名に込められた、母たる女神の祝福と優しい祈りが
いつも微笑んでくれていた、姉が残してくれた温もりが
絶望と諦観が齎す虚無の中、自分に、死ぬことを選ばせない
姉が死んだ場所で、姉を殺した研究者達の望む実験のために被験者として、生きていた。
2009年 研究所に連れ込まれて3年目。
姉が、死んで、二年目の七月。
”シオン”として生まれた、日。
いつかと同じ冷たい雨が降っていた。
その日研究所では、第三次アダム細胞摂取者(シオンたちと同時期に連れてこられた子供達)による使徒細胞活性化実験が行われた。施設設立の第一目的である使徒覚醒信号発生装置の開発が進み、調整のためのデータ収集の為に、アダム細胞を摂取しながら拒否反応を起こすことなく生き残った実験体への反応を調べようというものだった。 ガラス張りの広い部屋に集められる被験者達。不安そうな顔をするもの、諦観から感情を磨耗させたのか凍りついたような無表情のもの、仲の良い友人なのか互いに庇う様に抱き合うもの。
対象となる実験体の中にはシオンの姿もあった。子供達の個々の行動になど気を割く研究者などいるはずも無く。定刻、スケジュール通りに実験が進められる。そして覚醒信号が流されると同時-------
研究所をすさまじい閃光が襲った。
広大な研究施設を蹂躙し、一瞬で巨大なクレーターと点在する瓦礫の山を作り出したのは、体内を炎で焙られるかのような苦しみを少しでも和らげようと己の身体をかき抱く幼い少女。俯き加減の顔を覆う艶やかな黒髪に隠されたその瞳は燃え上がるような深紅。
シオンが人間として少しでも長く生きていけるようにと掛けられた封印が破られ、
その身に宿る完成したリリスより生まれた第19使徒としての力が暴走したのだ。
もし、シオンへのアダム細胞の移植が行われず、覚醒信号の実験だけであったのなら封印が解けることは無かった。もし、シオンを覚醒信号の開発のための被験者にせず、アダム細胞摂取の経過観察実験だけであったなら力が暴走する事態にはならなかったはずである。
二つの事態が重なりあった結果、リリス=レイが施した封印が破られ、力の暴走と共に第19使徒として完全な覚醒を果たしてしまったのだ。
そして今彼女を苦しめているのは覚醒でも力の暴走の後遺でもなく、異世界の使徒として力を揮った為に、シオンを排除しようとする世界の干渉に耐えているのだ。もしこのまま力負けしてしまえば危険分子として消滅させられる可能性が高いことに気付いたシオンは持てる力の全てで世界の干渉に抗っていた。
だが所詮はたった一人の存在である。時間をかけたところでいずれ力尽きて負けることは解っていた。しかしこのまま消滅を許容することは出来ない。どうにかして、この世界の意思に、自分の存在を認めさせるしかない。
・・・・考えろ、考えろ、考えろ・・・・・!!
シオンは一か八かの賭けに出た。
この世界のリリスを呼び寄せて融合してしまおうとしたのである。
シオンを構成するのは第18使徒リリンであるシンジの魂と完成したリリスから新しく分化したレイの身体だ。異界の存在といってもここは彼の世界と同様の歴史を紡ぎ、同じ様に18種の使徒が構成している世界である。個々人については同姓同名の良く似た他人でしかないが、分化した魂を心として成長させた綾波レイと融合していない今のリリスは、無機的な力の塊に過ぎない。つまりシオンを構成するリリスの力と同質のものなのだ。
そのことを自らを構成するリリスの欠片に刻まれた知識から引き出したシオンは、干渉する力に抗いながらこの世界のリリスに呼びかけ、その魂を引き寄せた。
遥か海を隔てて遠く離れた孤島の奥から、日本のほぼ真ん中辺り、地下深くに眠る巨大な遺跡の最深部。
「黒き月」と呼ばれる女神の寝所まで、音を伴わぬ声は届いた。
その生を望む強い声と、死を拒む必死な想いが、眠る女神を揺り起こし、その身に宿る強大な力を秘めた魂が、世界に抗い、生きることを望む少女の裡へと溶け込んだ。
シオンは賭けに勝ったのだ。
この世界のリリスの魂を引き寄せ、同化することで、自らの裡にある力の構成を書き換えた。
結果、この世界に存在する資格を世界の意思に認めさせ、その干渉を撥ね退けた。
消滅の危機から脱したシオンはしばらくの間冷たい雨に身をさらし、激しい疲労から虚脱した身体が回復するまで、虚ろな視線で空を眺めた。
優しい彼女の優しい願い
新しい世界での新しい人生
胸に残る温もりと喪失が齎す寂寥
失ったものと手に入れたもの
これからの、こと
様々な記憶と感情が目まぐるしく入れ替わり、頭の中を焼き尽くす
そして残ったのは、大切なものを護れなかった自分が、それでも生きている、という現実
この世界も、このまま放っておけばあの赤い世界と同じように滅んでしまうかも知れない、という予測
そして、滅びを食い止めるために、出来ることと、しなければならないこと
生きている自分が、逃げることは許さない。
赤い世界など創らせない。
この世界のシンジを、レイを、カヲルを、まもる。
絶対に、絶望など、させない。
必ず--------------!!
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
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書きたい物を書ける時に好きに書き散らしてます。文頭には注意書きをつける積りですので、好きじゃない、と思われた方はこのHPを存在ごとお忘れになってください。(批判とかは本当勘弁してください。図太い割には打たれ弱いので素で泣きます)
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