この作品は、エヴァ×アビス基本+seed(キラ・ラクス・クルーゼ・カナード他)、ぼかろ(カイト・ミク・メイコ)設定がクロスする混沌クロス作品です。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
そして左舷昇降口のルーク達。
途中開かなくなっている扉の代わりにと爆薬で壁を抜いての荒業で移動したため最短距離でこれたらしい。外を窺っていたジェイドが振り返る。
「どうやら間に合いましたね。現れたようです。」
ルークも見れば、リグレットが訝しげにタルタロスを見上げる姿が。確かにその後ろにイオンが立っている。どうやらアッシュはいないようだが、途中で別れたのだろうか。
「で、奴らが扉を開けると同時に不意打ち、で良いんだな?」
「はい、残念ながら詠唱は間に合いませんし、ラルゴにかけられた封印術で私の譜術では・・」
「レン、頼む」
「はい、・・・・・タービュランス!」
確認したルークに何事かいいかけるジェイド。だがルークはすぐにレンを振り返って指示する。肯いたレンが、扉を見つめ、開いた、と同時に中に入ろうとしていた兵士を吹き飛ばした。中途半端な表情で固まるジェイド。ティアも目を開いて止まる。二人には目もくれずにルークとレンは外に出る。素早くナイフを抜きながら、再び発動する譜術。
---此処は屋外だ。そして守るべき対象は後ろにいる。
導師も傷つけるわけにはいかないが、要はリグレットの周りだけ外せばいい、
飛び降りる一瞬の間にそこまで考えて、レンは譜術を解放した。
「----アイシクルレイン!!」
氷の矢が神託の盾騎士団に降り注ぐ。本来広範囲への攻撃術であるため、個体への精度が低い筈だが、レンの放った譜術は的確に兵士一人一人の攻撃を封じる。次々降り注ぐ氷の矢が神託の盾騎士団兵士の足元や武器を構える手元を凍らせて行動を制限する。それを満足げに見たルークが、こっそり唱えていた詠唱を完成させる。
「----エクスプロード」
轟音、熱波が周囲をなぎ払う。静かになったその場に立っているのは、ルーク達と、リグレットと導師イオンのみ。リグレットがつれていたはずの兵士は、残らず倒れ伏して随所に焼け焦げた痕が見える。唖然呆然と固まるもの達を尻目に、ルークが呑気な口調で慌てて自分を振り返ったレンを労う。
「おお、流石だなレン。」
「ありがとうございます!・・・いえ、そうではなく!」
「上出来上出来。久しぶりに間近で見たけど、もうキラでも敵わないかもな~」
「ご冗談を。・・・ってルークさま、な、何を、」
反射的にルークの言葉に返事を返しつつ、何事か問おうとするレンの言葉をわざと遮って朗らかに笑うルーク。レンに向ける瞳は優しいが、それが兵士たちを見回す瞬間は強い怒りを宿す。一瞬リグレットに向いた時には、憎憎しげな舌打ちまでしていた。その様子で一番譜術をぶつけたかったのが誰か知れる。が、後ろに押さえられているイオンの存在にしぶしぶ諦めたのだろう。・・・監禁される前に、レンを傷つけられた事への報復行為か。
次いでその目が呆然と突っ立っているジェイドに向くと、呆れた口調で言い放った。
「作戦はどうした?」
そこで僅かにぎこちないながら素早く槍を取り出してリグレットに突きつける。我に返って譜銃を構えようとしたリグレットよりも一瞬速く動きを制することに成功する。そこで何時もどおりの皮肉気な調子で告げる。
「・・・武器を捨てていただきましょうか」
「・・・っち、中々やるな、温室育ちのお貴族様が」
明らかな虚勢で吐き捨てるリグレットを無視してルークとレンがイオンに近づく。ティアは未だに固まったままだ。
「すごいですねぇ、お強いとは思っていましたが、これほどとは。」
「お褒めに預かり光栄です。それよりもご無事のようで安心しました。」
「ありがとうございます。
導師イオン、お体に大事はございませんか?ご気分が優れないということは・・・」
やっと行動の自由が許された開放感で、イオンが楽しげに笑って二人に話しかける。ルークが優雅に一礼して導師の賛辞を受け取り、次いで柔らかな笑みで言葉を返す。レンは素早く導師の様子を見回して怪我などしていないかを確認する。親しい知人同士の再会の雰囲気でほのぼのとした空気が流れた。
それを故意に見ない振りで、こちらはシリアスな空気を取り戻そうとするジェイドとリグレット。取りあえず作戦を完遂させようと思ったらしい。
「さあ、早く。もう抵抗する意味もないでしょう?」
「・・・さすが、ジェイド・カーティス。これはお前の作戦か。譜術を封じても侮れないな」
やりを突きつけられながら冷静そうに言うリグレット。八つ当たりを兼ねた嫌味だろうか。その台詞に微妙頬を引きつらせて視線を泳がせるが、すぐにいつもの薄笑いでジェイドが返した。
「・・・お褒めに預かり光栄ですね。さあ、武器を捨てなさい。ティア、譜歌を!」
後ろでルークとイオンが笑う。レンは再び周りを警戒しているが、眉が緩んでいる。
「ティア・・?ティア・グランツ、か。」
ティアの名に反応するリグレット。冷静沈着な女性の表情が僅かに崩れて、固まっている少女を見た。ティアも、ジェイドの指示を忘れてリグレットを凝視する。先程は気絶していたためリグレットが襲撃に参加していたことを知らなかったのだ。
「リグレット教官!」
「・・・お前は、」
視線を鋭くしたリグレットがいいかけた時、タルタロスの壁をぶち抜いて影が乱入した。
「てめぇ!リグレット、ッ・・・師団長!いい加減にしろ、・・てください!
人に面倒ごと押し付け・・・いや職務を放棄して!・・・導師に何をさせてやが、・・・るんですか!おま、・・貴方方は!・・・って、本当に何してるんですか」
苛立ちの余り素の口調に戻りかけているのを必死に取り繕うカナードである。どうやらどこの出口も開かないことを悟って無理矢理譜術で穴を開けて出てきたらしい。出た先で展開されていた状況に怪訝な表情を浮かべるカナード。その隙をリグレットが突いた。
「お前達、奴らを抑えろ!」
響き渡る指笛。途端空から魔物の群れが降ってくる。・・・神託の盾騎士団が移動に使っていたグリフィンだ。ルークとイオンに向かうグリフィンは、レンが譜術でなぎ払う。レンの肩に乗っていたミュウも必死に炎を吐いて応戦する。が、今まで槍を構えていたジェイドと、突っ立ったままだったティアが押しつぶされて地面に臥した。
そこで余裕の表情を取り戻したリグレットが言い放った。
「・・形勢逆転、か?」
取り押さえる事はかなわずとも、周りを十重二十重に囲まれているレンとルークを睨むリグレット。二人の余裕の表情は子どもの虚勢か、と判断して要求する。
「さあ、導師を返してもらおう。その数を倒すのは幾らなんでも無理だろう?」
「・・リグレット!・・師団長!導師に何を・・」
未だいい辛そうにリグレットに問いかけたカナードへ命じた。
「カナード、さっさとそいつらを拘束して導師をお連れしろ!」
「止めなさい!カナード!」
そこで鋭く命令したイオン。カナードは、戸惑った表情でリグレットとイオンを見比べる。
「(おいおいおい、その二人ってキムラスカの王族と公爵家の姫だぞ。まじで勘弁しろ。)・・・で、ですが、」
「(流石カナード、・・イザナ様の親友だけありますねぇ)・・カナード!」
状況を判断して演技し始めたカナードに感嘆の視線を送りながら呼びかけるイオン。ここの会話で、マルクトとダアトの優劣が決まる。・・・ちらり、とタルタロスが停止する草原の周囲に視線を走らせたイオンが、怒りの表情で言葉を続けた。しかし一瞬瞳が楽しげに煌いた。それを見逃さなかったルークが再び感心したように瞳を細めた。勿論ばれる様なへまはしない。
「貴方方は自分が何をしているかわかっているんですか?!
突然マルクトの艦を襲撃などと・・・!!」
「・・それは、ですが!!
(イオン・・お前ちょっと生き生きしすぎじゃねぇのか?ばれてもしらねぇぞ)」
そこで苛立たしげにリグレットが叫ぶ。
「ええい!カナード!何をしている!・・・そちらも何がおかしい!お仲間は動けず、お前達も囲まれてるんだぞ。」
押さえつけられながらリグレットを見上げるジェイドとティア。だが、睨まれた当のルークとレンは態度を変えない。カナードの一瞬の表情とイオンの視線で事の次第を悟って傍観していたが、リグレットに話を振られて面倒そうに答えた。
「期待通りの反応じゃなくてすまないな。だが・・・・」
ルークとレンが同時に上を見上げた。そこに振ってくる影が、二つ。
「ガイ様、華麗に参上。・・・ってね。」
「マスター!お待たせしました!」
金髪の男がジェイドを抑えていた魔物を切り裂く。瞬間音素に帰るグリフィン。
青い青年はリグレットを蹴り倒し、振り返りざま放った投げナイフでティアの上に乗っていたグリフィンを倒した。
そして二人の青年は、其々の表情でルークに笑いかけた。
ガイとカイトだ。
どうやら、ほぼ同時にタルタロスに追いつき、艦上部の窓から中を窺おうとして居たところにルーク達が出てきたのだろう。その気配に気づいていたルークとレンは、ただ必要な瞬間に彼らの攻撃の隙を作らせればよかったのである。
「ガイと、カイト、か。」
それぞれを見てルークが笑う。
ガイとカイトも取りあえず、ルークを守るように立ち、武器を構えた。
そんなルーク達を横目に、再び自由を取り戻したジェイドが、腹を押さえて蹲ったリグレットに槍を突きつけた。
「形勢、逆転ですね?・・・では先ずは魔物達と一緒に中へ入ってください。・・・そこの、貴方も、」
薄く笑いながらリグレットをタルタロスに押し込むジェイド。倒れている兵士達は放置するが、魔物達も全員が中に入ったことを確認して、先程壁をぶち破って出てきたカナードにも指示する。だがカナードはジェイドを無視してイオンの傍に歩み寄った。イオンも、カナードの方へと歩いてゆく。
怪訝に眉を顰めたジェイドが何事か言う前に、カナードが跪く。
「カナード。貴方は何をしているんです?」
「は!先ずは遅参いたしました事をお詫び申し上げます。
神託の盾騎士団特務師団副団長、カナード・パルス、導師をお迎えにあがりました!」
イオンの前にたどり着くや、出てきたときとは打って変わって完璧な礼儀作法で導師の前に跪いた。咄嗟に前に出ようとしていたレンも、その様子と先程のイオンとのやり取りで敵ではないのだと確信して見守るに留める。
「顔を上げて立ってください。発言も許可します。
・・・あ、ジェイド、カナードは大丈夫です。取りあえずその扉は閉めてください。」
そして槍を構えたままのジェイドに、リグレットたちを閉じ込めさせてからカナードに視線を戻す。
「迎えにきてくれてありがとう、カナード。
すみません手間をかけて・・・ですが、この惨状は一体何事か、説明してください。」
「は!私どもは、大詠士モースから命じられまして、その、マルクトに誘拐された導師を奪還しろ、と。」
立ち上がったカナードの言葉に、成り行きにおいていかれていたジェイドが眉を吊り上げた。苦々しく告げる。
「何を言うんです。私達は、導師イオンに協力を依頼して一緒に来ていただいているんです。勝手に連れ出してなど、」
「・・・貴殿が導師を誘拐した犯人か。」
ジェイドを鋭く睨むカナード。さり気無く立ち位置を変えて、イオンを庇っている。その隙のない動作に感心するルーク。ガイとカイトには取りあえず武器を納めさせて控えるように手振りで指示する。レンはイオンの守り手が現れた事に安堵する。ティアはただ口を開けたまま突っ立って周囲を見比べている。ミュウがころり、と転がってレンとルークの間に下がった。
「誘拐とは何のことです。私は、」
「貴殿はマルクトのジェイド・カーティス大佐、だったか。導師が教団を離れなければならない場合、大詠士か主席総長の承認、或いは詠士3人以上の承認が必要な事位ご存知だろう?そして守護役を最低でも10人はお付けするのが通例だ。・・・にも拘らず、大詠士も主席総長も不在の折に、詠士の誰一人知らないうちに、、最下級の守護役一人をつけたのみで導師を連れ出した行為が、誘拐でなくなんだと言うのだ。」
だがカナードはばっさりと斬り捨てる。
その言葉を聞いたルークとレンは唖然とする。確かに誘拐の疑いが、とは聞いていたから何か連絡の行き違いかでもあって混乱が起きたのかと思っていたが、ジェイドがそこまでの無理を通してイオンを連れ出していたなど。・・・まあ、イオンが気づいていないはずはないから、マルクトに貸しを作るためにジェイドに付き合ってやったというところだろうが・・・マルクト側は、大打撃ではないのか?
「そして、そこのお前、所属を名乗れ」
次いでカナードは突っ立っているティアに視線を向けた。何事か反論しかけていたジェイドは完全無視である。言葉の接ぎ穂を失ってカナードを睨むジェイドが苛苛と姿勢を揺らす。その横柄な言い方に眉を寄せるティアがしぶしぶ名乗る。
「神託の盾騎士団モース大詠士旗下情報部、第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります。」
「・・・成る程、お前がファブレ家ご子息とヤマト家ご令嬢を攫った恥知らずか。」
「な!!私は誘拐などしていません!!
二人を連れ出してしまったのは純粋な事故です!」
「黙れ!お二人を連れ去った擬似超振動の原因は、お前がファブレ公爵家に襲撃した所為だと聞いている。どこが事故だというんだ?!」
「襲撃って、私はヴァンを狙っただけよ!」
「襲撃ではないか。他家に不法に侵入してその家の人間に危害を加えようとする行為のどこが襲撃じゃないっていうんだ。お前のお陰でダアトはキムラスカから宣戦布告される可能性もあったというのに。」
「そんな!あれは個人の事情で仕方なく!」
「だから、貴様は・・・!」
「カナード」
そこでイオンが止める。そしてルークとレンの元に行こうとする。それに気づいたルークが、主の無事を喜んで何やら言い募る二人の青年を控えさせて、レンと共にイオンの傍へ歩み寄った。
「(ティアには言っても無駄です。
今は人手が足りなくて拘束したら身動きがとれませんから。
・・・・それに、気づいているでしょう?彼らに協力していただきましょう。
ルーク殿、あの罪人はキムラスカについたらその場で正式に引き渡すということでよろしいですか。)」
先程のイオン同様ルークも周囲の草むらの影に視線を走らせてからにこやかに応える。
「(勿論です。お気遣い痛み入ります。
どうかカナード殿も御気になさらず、既に導師には丁寧な謝罪の言葉を頂いておりますし。)」
「(は、畏まりました。
ルーク・フォン・ファブレ様の寛大なお心に感謝いたします。)」
そこで普通の声量に戻す。
「カナード、こちらがルーク・フォン・ファブレ殿とレン・ヤマト殿です。
僕も道中大変お世話になりました。ルーク殿、レン殿、こちらは神託の盾騎士団特務師団副団長を勤めるカナード・パルス響士です。」
イオンの言葉を受けてお互いに挨拶を交す。
「ああ、私はルーク・フォンファブレ、ファブレ公爵クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレが一子だ。
こちらこそ、導師イオンには親しくして頂きました。」
「私は、レン・ヤマト、ヤマト公爵ハルマ・ヤマトが第二子にございます。
こちらこそ導師イオンには大変親切にして頂きまして、感謝の言葉もございません」
「改めまして、私は神託の盾騎士団特務師団所属副団長を勤めておりますカナード・パルス響士であります。」
にこやかに自己紹介するルークとレンに、カナードも礼儀正しく敬礼で応える。そこでルークも己の従者二人を呼び寄せた。
「ガイ、カイト、こちらへ・・・導師イオン、パルス響士、
こちらは私の従者であるカイトと、ファブレ家で使用人をしているガイ・セシルです。
二人とも、こちらは導師イオンと神託の盾騎士団特務師団副団長を務めておられるカナード・パルス殿だ」
「ご尊顔を拝謁できて光栄です導師イオン。
主から紹介に預かりました、カイト、と申します。」
「初めてお目にかかります導師イオン。
ファブレ家で雇っていただいております、ガイ・セシルと申します。」
「はじめまして、お二人ともどうぞ楽になさってください。」
「初めてお目にかかります。カナード・パルス響士です。」
穏やかに挨拶を交す。取りあえず危機は去ったものとして、友好的な雰囲気が流れる。一時で良いから気を休めたかったルークとイオンは殊更良い笑顔で面々を眺める。レンも、カイトが追いついてくれたことでルークを守る手が増えたことに安堵する。カナードは内心を悟らせない真面目な表情でイオンの後ろに控える。ガイは何も気づかずただ爽やかに笑う。カイトが満面の笑みでマスターの傍に在れる事を喜んでいる。
ミュウがころり、と転がってルークの足に擦り寄った。
「ご主人様うれしそうですの!!」
「「「チーグルが喋った・・・・」」」
今まで緊迫した状況が続いていたから大人しくしていたが、やっと解放されたと思ったのか無邪気な笑顔でルークを見上げて転がるミュウ。何やら人懐こいチーグルだと見下ろしていた新参の三人が声を揃える。それに小さく笑いながらルークがミュウを拾い上げる。イオンとレンも微笑ましげにルークとミュウを眺めた。
「ああ、これは創世暦時代の遺産であるこのリングの効果らしくて、どうやら万能の通訳装置らしい。一応チーグル一族の宝だという事だが。」
「それはそれは」
「へぇ」
「・・創世暦時代の?」
感心したようなカナード、チーグルと主の戯れに笑うカイト、リングの説明に瞳を輝かせるガイ。それを見たルークが釘を刺す。
「・・ガイ、お前が音機関好きなのは知っているが、これは一応借り物だ。手を触れるなよ。」
「・・はい。畏まりました・・。」
すごく、残念そうだ。それでも使用人としての立場は弁えて大人しく返事をする。
そこで割りこむ声。苛立たしげに腕を組んだジェイドである。
傍らには眉を吊り上げたティアもこちらを睨んでいる。
「やれやれ、お友達同士の挨拶は済みましたか?ならば先を急ぎましょう。
戦争は待っていてくれませんよ。」
「そうよ、何を呑気に話し込んでいるのかしら。私たちは和平のために急がなければならないのよ」
諦めの境地に至ったルークたち三人とただ突然の敵意に戸惑うガイは無言で聞き流す。だが、此処で殺気だったのはカナードとカイトだ。
「・・・貴様ら、誰に向かってそのような口を聞く。高がマルクトの佐官と神託の盾騎士団の最下級兵士如きが、導師やキムラスカのお二方に向かって礼も取らず許しも得ずに直接話す等、許されることではない。・・・・この場で斬り捨ててくれる」
「随分な言い様ですね?・・・わが主を侮辱することは許しません。」
今にも目の前のなんちゃって軍人二人を斬り捨てんばかりの殺気をまとって剣を構えるカナード、ルークの前は動かないが物騒な気配は治めないカイト。一触即発の雰囲気に、萎縮したミュウが小さく丸まってルークの服にしがみ付く。レンは相談するようにルークを見た。イオンも深く溜息を吐く。一人ガイだけが状況に置いていかれている。
そこで無謀にも再び話し始めるジェイドとティア。・・・無謀というより馬鹿なのだろうか。
己の立場を理解しないのは今更だが、面と向かっての殺気にすら気づかないというのは本当に軍人としてどうなんだ。
「私はマルクト皇帝ピオニー陛下から和平の使者を任され----」
「-------そこまでです」
嫌味くさい笑みで言おうとしたジェイドの言葉を、新たな第三者の声が遮った。一斉に視線が集まる先には、桃色の髪を高く結い上げ凛々しい装束に身を包んだ美しい女性がマルクト兵士を従えて立っている。---ラクス・クライン公爵である。
エターナルでは近づけぬと判断して、隠密行動に切り替え周りを包囲させていたのだろう。先程からイオンとルークが気にしていた草むらから、一斉に姿を現すマルクト軍が静かにタルタロスを取り囲んでいる。無論遠方に姿を現し始めた。エターナルが照準を合わせているのも視認する。
何時もは穏やかな笑みを浮かべているはずのラクスが険しい視線でジェイドを睨んだ。
「ジェイド・カーティス。・・・これ以上マルクトの恥を晒すのは止めていただきましょう。」
「やれやれ、こんなところで何をしているんです?クライン公爵。」
ラクスに向き直って眼鏡を押し上げるジェイド。ラクスの後ろの兵士が殺気立つ。カナードとカイトはとりあえず攻撃は控えて事態を見守る。ルークとイオンとレンが視線を交して安堵の息を吐いた。ミュウも三人の表情に危険はないのだと悟って力を抜く。ガイは未だに目を白黒させる。ティアも同様に呆然と立っている。。
「あら、おわかりになりませんか。」
「わかりませんね。私たちは急いでいるのですよ。つまらない用事なら・・・」
ふ、と小さく息を吐いたラクスが、凛、と命じた。
「----捕らえなさい」
殺到するマルクト兵。あっという間に地面に押さえつけられるジェイドが険しい表情でラクスを見上げた。
「何の真似です!!私は陛下の名代を----」
「貴方は、もう名代ではありません」
そこで新たな声が加わる。青を基調とした礼服に身を包んだ銀髪の青年---アスラン・フリングスである。その姿を認めたジェイドがアスランの事も同様に睨み上げる。それを無視したラクスとアスランがルークたちの前に進み出る。警戒するカナードとカイトの険しい視線にも気分を害することなく、立ち止まるとそこで跪いて頭を下げた。
「御前をお騒がせして申し訳ございません。
私はマルクト帝国ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下より、公爵の位を戴いております、ラクス・クラインと申します。導師イオン、ルーク・フォン・ファブレ様、レン・ヤマト様には、わが国の者が大変なご迷惑をおかけいたしました。」
「失礼致しました。
私はマルクト帝国ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下より、侯爵の位を戴いております、アスラン・フリングスと申します。お三方には我が国の軍人が働きました無礼について心より謝罪いたします。 大変、申し訳ございませんでした。」
二人の謝罪を受けたイオンとルークがにこやかに答える。
「どうか、お顔を上げてください。」
「そうです、お二人のお気持ちは良くわかりましたから。」
その言葉には強く首をふったラクスとアスランが続けた。
「いいえ、今更何を、とお思いかも知れませんが、わが国がこの度申し込むつもりでありました和平への心に偽りはございません。お三方に無礼を働きました者には相応の処分を致します。ご命令とあらば、私の首を捧げる覚悟もございます。勿論導師イオンとルークさま、レン様の安全も保障いたします。ですから、どうか和平だけはお聞き届け頂きたく」
「加えて、この度、私アスラン・フリングスが、こちらのジェイド・カーティスに代わって新たに使者に任じられました。 派遣途中での交代など、礼を失した行為である事は承知ではありますが、どうかお許しいただきたくお願い申し上げます。」
マルクト帝国最有力公爵と侯爵が揃って頭を下げている。その誠意溢れる姿勢に、カナードとカイトの視線が和らいだ。危険はないと判断して静かにイオンとルークの後ろに控える。レンとミュウとガイも勿論後ろで礼をとった。
「・・・・どうぞ顔を上げてください。
お気持ちは良くわかりました、和平の仲介は引き続きお受けしましょう。」
「「ありがとうございます!!導師の寛大なお心に感謝いたします」」
柔らかく笑んだイオンが再度顔を上げるように言ってから、了承する。その応えにラクスとアスランが更に頭を下げた。次いでルークも応える。
「・・・承知いたしました。貴方方を信じましょう。
私共が貴国に許しなく足を踏み入れてしまったことは事実ですから、むしろ手間をおかけして申し訳ない。お詫びといってはなんですが、私も和平には協力させていただきます。 ・・ただ私は未だ爵位も戴いていない身です。ですから、使者の方々を陛下にお取次ぎする位しかして差し上げられませんが、その程度でよろしければ・・・」
レンも一歩後ろで控えながら、丁寧に答えた。
「こちらこそ、不可抗力とは言え、貴国をお騒がせ致しましたことお詫び申し上げます。私も多少の口添えしか出来ませんが、それでもよろしければお手伝いいたしましょう。」
「勿論でございます。ルーク・フォン・ファブレ様とレン・ヤマト様のお慈悲に感謝いたします。」
「ありがとうございます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
とりあえず身の安全は保障された、ということでラクスとアスランの言葉を受け入れる。元々使者の人柄しだいで和平に関しては積極的に対処しようと思っていたのだ。相手がジェイドでは問題外だが、ラクスとアスランを見る限り、かなり信用できる人物だと判断する。ならばここで相手にも好印象を持ってもらって、じっくりと見定める時間が欲しいルークとレンが、取次ぎを約束する。
予め連絡した上ならその位は可能なはずだ。・・・そろそろキラもこちらに近づいているはずだし、カイツールに知らせを届けておけば、段取りを付けておいてくれるだろう。
(後は母上にも伝えて置けば、陛下と父上が最悪の対応をすることは、・・・ない、よな?)
母のことは信頼できるが、その上を行く暗主である国王と公爵を意識せずにこき下ろすルーク。日々植えつけられる不信感に、不安も増大するが取りあえずは、マルクトだと考えて、ラクスとアスランに微笑みかける。
ルークとレンに向き直ったラクスとアスランも再び丁重に頭を下げる。
そこで、イオンが控えめに問いかける。
「それよりも我が教団の者が、マルクト軍の方々に為した事についてなのですが・・・」
「その件に関しましてはわが国といたしましても遺憾なのですが、
・・教団のトリトハイムどのから文書を受け取っております。
導師にご助力いただく身でありながら、負担をお掛けする教団の方々への誠意が足りず、不要な混乱を起こした事、お詫びの仕様もございせん。結果的に両国の軍が交戦する事態になってしまいましたが、神託の盾騎士団の皆様のお怒りはご尤もです。こちらの被害は、」
「カナード、タルタロスの被害はどの程度ですか」
「は、実は衝突の折にタルタロスの主砲に威嚇射撃され事もあり、死者が全くないわけではないのですが、なるべく投降するよう呼びかけましたので、割合としてマルクト側は三割、我が軍は二割程度、かと。もちろん重軽傷者を含めればもっと増えてしまいますが。」
「承知いたしました。・・もともとこちらの不手際に拠る誤解から生じたものですので、無事な将兵を解放していただけましたら、」
「・・では、タルタロスとの交戦については、」
「は!わが国への誤解を解いていただけましたら、それで、」
「わかりました。ありがとうございます。
・・・カナード、済みませんがマルクトの方々と共に中に戻って神託の盾騎士団を引かせてください。」
「了解いたしました。では、よろしいですか」
神託の盾騎士団の襲撃について確認するイオン。それにはラクスが答える。受け取っていた抗議文の中身と合わせてジェイドが重ね続けた不敬があるマルクトが強く出れるわけがない。細かい調整は後々の交渉しだいだが、取りあえずはお互い様という形でこの場では片をつける。それにイオンも同意してカナードに指示をだした。カナードの言葉に、アスランが答える。
「勿論です。ではそこの者と一緒に撤退と解放をしていただけますでしょうか。」
「お願いしますねカナード。」
「は!では導師をよろしくお願いします」
そしてカナードが一時はなれた。
一応この場ではこれで決着か、と思ったその時、
またもや無粋に割り込んだ人間が、二人。・・言わずと知れたジェイドとティアだ。
「やれやれ、貴方たちまで、そんなお坊ちゃんを甘やかすなど、何を考えているんです?
クライン公爵、あなたは仮にもわが国の議会の主席まで務めながら、そのような・・・」
「そうです!!カーティス大佐は和平の使者なのでしょう?!
なのに、こんな事するなんて、間違ってるわ!!」
その場の全員の頬が引きつった。ラクスやアスランは勿論、イオン、ルーク達からマルクト兵士までが一寸のズレも無く同じ事を思う。
(((((((こいつらは、今の話の何を聞いていたんだ?!)))))))
低い、低い声で、ラクスとアスランが起立の許しと御前を騒がせる詫びを入れる。ルーク達キムラスカ組みは同情の眼差しで応えて後ろに下がる。イオンは、いっそ自分も参加しようかというような殺気混じりの目でティアを睨みながら、言葉を添える。
「・・・すみません、その罪人も捕らえていただけますか。
できればキムラスカに護送するまでの人手もお借りしたいのですが。」
「ええ、勿論ですわ、導師。
・・・キムラスカより、お二方を連れ去った痴れ者の捕縛も依頼されていることですし。」
柔らかな声で答えるラクス。だが、その瞳には一片の慈悲も見当たらない。
命令に従った兵士が力任せにティアを縛り上げる様を、優雅な笑みで見守っている。
ルークとカイトがそんなラクスをみて冷や汗を流した。
((・・・母上(シュザンヌ様)属性か・・・・しかもレベルも既にMAX。
もしかしてキラ(様)に張れるんじゃないか(でしょうか)?))
ルークとカイトの知る中で最強の地位を保持し続ける二人と、同等かもしれない人物。・・・味方にはならなくても敵には絶対回したくない相手だ。しかも傍らのアスランも、見た目の温和な雰囲気に誤魔化されそうだが、確実にラクス属性。・・だって、なんだそのイイ笑顔。
「では、お言葉にあまえまして、失礼いたします。」
そして、麗しい笑みの般若が、二人。簀巻き状態の罪人の前に立った。
「・・・・・いい加減にして頂けるかしら、マルクトの恥さらしが。
誰の許しを得てそのような戯言をほざいているのです。」
「カーティス大佐・・・いえ、軍位はすでに剥奪さえれているはずですからジェイド・カーティスと呼びましょう。あなたこそなんのつもりですか。」
先ずは自国の膿から切り落とすことにしたらしい二人がジェイドに言った。
ティアはさらに猿轡まではめられている。
入軍半年程度の新兵の抵抗など抵抗にもなりはしない。元々軍人を生業にしていながら、木刀しかもっていなかったルークと、訪問用のドレスを纏った一見無力な令嬢であったレンに、戦う術をもっているなら後衛専門自分を守れと言い放ったティアがまともな抵抗など出来るはずもない。口を開くまもなくあっと言う間に完全拘束終了。その手際の良さに密かにイオンが拍手した。神託の盾騎士団の無法ぶりを身にしみて実感させられた後だけに、統率の取れたマルクト軍を若干羨ましそうに見る。
「何、といわれましても、私はピオニーから和平の使者を、」
「それは既に変更されている、と先程も言ったはずです。
貴方はもう名代ではない。」
「な、なぜですか!」
改めて告げられて、やっとアスランの言葉を理解したらしいジェイドが反問する。それに応えたのはラクスだ。
「まあ、当然ではありませんの。元々貴方が名代など任されるほうがおかしいのです。
・・まあ、この辺りの事情は後ほどゆっくり教えて差し上げます。・・・冥土の土産に。
それを別にしても、和平の使者という大任を任されながら、貴方が犯し続けた失態に大罪の数々。とてもではありませんが、庇いきれるものではないのですもの。・・・この場で首を切られることなく裁きを受けさせて差し上げる慈悲に感謝して欲しいくらいですわ。」
さり気無く恐ろしい発言を交えつつラクスが言った。
「私が、どんな失態を犯したと、」
「まず、第一に、・・・貴方方、途中で盗賊を追いかけてタルタロスを走り回らせていたそうですね。・・しかも、盗賊には逃げ切られ わが国の国交の要であるローテルロー橋を破壊されたとか・・・これについて、どの様な言い開きができまして?」
「・・目の前に現れた犯罪者を見逃せとでも?」
言い逃れようとするジェイド。深々と溜息を吐いたラクスとアスランが代わる代わる答えた。
「・・・陛下からの勅命を受けて行動中の軍人が、任されている役目から逸脱した行動を取るなど、それだけで軍法会議ものでしょう。 与えられた命令には忠実且つ迅速且つ確実に。・・・入軍した人間が一番最初に教えられる基本中の基本です。
・・で、いつから貴方の役目が盗賊の討伐に変わってたんです?」
「しかも、結局盗賊には逃げられて、マルクトの国交の要であるローテルロー橋を破壊されるなど!例え貴方が命令違反を犯していないとしても、之ほどの失態がありまして?どちらにしても任務失敗の責任をとって軍法会議ものではありませんか」
「それを報告もせずに勝手な行動をとった人間が、どの口で言い逃れなどするつもりです。大体、正式な国からの使者が予め決められていた筈の移動ルートを変更するなど、越権行為もいいところでしょう。異常があっても無くても義務付けられる定時連絡を怠ったばかりか、それ程の緊急事態の報告もしないとは・・・貴方は軍人として今まで何を学んできたのですか。」
「その命令違反の最中にも、タルタロスで平時の街道を走り回るなど・・・。
その付近にお住まいの方々が巻き込まれていたりしたら、どう責任を取るおつもりでしたの?タルタロスの走行に接触したりしたら、怪我程度では済みませんわ。」
「・・・・あ、そういえば私達が乗ってた辻馬車も危うく轢かれそうになりましたよね」
うっかり洩らしたレンの言葉に勢い良くマルクト貴族の二人が振り返った。それを見て口を押さえるレン。ラクスとアスランの連携のとれた口撃に、感心するあまり気が緩んでいたらしい。不用意に零した己の言葉に動揺して視線を泳がせる。気持ちはわかるルークとイオンが苦笑して宥めるように背中を叩くが、レンは既に涙目だ。
「失礼致しました! (すみません、ルーク様!)」
「失礼しました。お邪魔をして申し訳ございません、どうか、お気になさらず。」
にこやかにルークが誤魔化すが、ラクスもアスランも聞き逃せる話ではない。
「申し訳ございません、レン様、ルーク様。詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「あ、いえ、大した話ではないのですが・・」
「まあ、どうぞ、ご遠慮なさらずに。
お手間を取らせてしまって申し訳ないのですが、是非」
・・迫力に負けるレン。恐る恐る説明する。
「いえ、実は私どもが飛ばされたのが、タタル渓谷だったのですが、近くで偶然会った辻馬車に乗せていただく事になりまして。 その馬車でエンゲーブに向かう途中、すれ違った盗賊が乗った馬車を追いかけていたタルタロスが、辻馬車の間近を走り抜けたことがあったな、と。」
「・・・成る程、よくわかりました。ありがとうございます。
重ね重ね、この痴れ者が申し訳ございませんでした。」
「い、いえ、こちらこそ不躾にお話を遮ってしまって申し訳ございません!」
ジェイドを氷の視線で一瞥したアスランが安心させるように微笑んでレンに謝罪を重ねた。対するレンは本気でうろたえて深々と頭を下げる。
幾ら気が緩んでいても、公爵家の娘でしかないレンが、マルクト帝国の公爵と侯爵に名を連ねる二人の言葉を遮って良いわけがない。しかもこの場には導師イオンと、自国の王族であるルークがいるのだ。自分如きが許しなく言葉を発するなど不敬も良い所である。情けなさにどんどん落ち込むレン。ルークとイオンがフォローしようとする。
そんな三人の様子を見たアスランが、年若い少年少女の微笑ましい繋がりを見て取って、柔らかく笑う。そして本心から労わるように、レンの顔を見つめて言葉を続けた。
「どうか、お気になさらず。
レン様のお陰で、当時の事情が詳しく判明したわけですから、却って助かりました。」
ラクスも優しく微笑んでレンに視線を合わせる。
見たところ普段は礼儀も完璧に守っているであろう少女が、少し気を緩めて失敗してしまった程度のことに目くじらを立てるつもりなどない。それよりも、この程度のことを失態だと感じる少女の生真面目さに微笑ましい気持ちが先立った。ラクスは、まるで幼い妹を見守る姉のような気持ちで、おろおろと落ち込む少女を気遣う。とりあえず、少女がこれ以上気にしなくていいようにこの場から離すことにする。穏やかに微笑んで三人に向き直った。
「まあ、それよりも皆様をこのような罪人の尋問にたち合わせるなど、大変失礼いたしました。
もしよろしければ、あちらのエターナルにお部屋を用意してありますので、どうぞお体を休めてくださいませ。そのままセントビナーまでは、エターナルで送らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「勿論です。お気遣いありがとうございます。
では、失礼させていただきますね。(レン殿、大丈夫ですから)」
「ありがとうございます。クライン公爵、フリングス侯爵。
お言葉に甘えさせていただきます。(・・・レン、ほら)」
「ありがとうございます!本当に申し訳ございませんでした!!」
居た堪れなさに身を縮める少女を、その場の面々が優しく促す。再び深く頭を下げたレンと一緒に、兵士が用意してくれていた小型の馬車に乗り込んだ。エターナルまで少し距離があるからと、タルタロスの包囲後に準備させていたのだ。
穏やかに笑うイオンと、優雅に礼をとったルークが、項垂れる少女を連れて離れていく様子を見守る。その後ろには、騎乗した護衛の兵士と、カナード、ガイ、カイトが続く。主の傍を離れるわけにはいかないだろうと、タルタロス解放を手早く指示して戻ったカナードと共にカイト達も一緒にいくよう促したのだ。
彼らが走り去る様子を、穏やかに見守っていたラクスとアスランが、一転して威圧たっぷりの笑みを浮かべる。
「・・・さて、ジェイド・カーティス、此処まで説明されて尚、何か釈明はありますか。」
「まさか、未だに理解できない、なんてことはありませんね?」
見下ろすジェイドを押しつぶさんばかりの殺気。今は侯爵でも元少将であったアスランはともかく、所詮は貴族のお嬢様と見下していたラクスの威圧感に冷や汗が浮かぶジェイド。悔しげに視線を逸らして口を噤み続ける。
「本当に強情ですわね。悪い事をしたなら謝る、失敗したなら反省する。
・・その程度のことも出来ませんの?
まったく三歳の幼い子どもでも知っている常識でしてよ。」
「どこまで落ちぶれれば気が済むんでしょうね?
こんな恥知らずが元同僚であったなんて、・・・・」
呆れた口調で言うラクス。まるで小さな子どもに言い聞かせるような言葉に、ジェイドの自尊心がずたずたに引き裂かれる。ついでアスランが語尾を濁して落とした溜息に、更に塩を塗りこまれた気分だ。
そこで業とらしく手を叩いたラクスが告げた。
「あら、また気がつきませんでしたわ。
失礼、アスラン・フリングス侯爵、貴方は先にエターナルに戻っていただけるかしら。
導師イオンと、ルーク様、レン様のお三方に、新しい名代として正式に挨拶しませんと。
まあまあ、また失礼を重ねてしまうところでしたわね。」
その言葉に目を見開いたジェイドを無視してアスランが応えた。
「そうですね。私とした事が、かの方々に無礼を働いた罪人を捕らえた事で気を抜いて失念するところでした。先程のような略式の挨拶だけで了承を得ようなどと、厚かましい振る舞いなど許される事ではありませんから。」
「ええ、では此処は私に任せて急いでいただけますか。」
「は、ではお先に失礼いたしますクライン公爵。どうぞよろしくお願いいたします。」
「はい、では、おねがいします。」
にこやかにラクスが見送る。アスランもラクスに一礼すると、兵士が用意した馬に乗って駆け去ってゆく。それを見ているしかなかったジェイド。その呆けた表情をゆっくりと見下ろすラクスが、笑う。
「----さて、と。では、ジェイド・カーティス。お話の続きをいたしましょうか。 ですが、皆様の足を止めるわけにはいきませんから、先ずはエターナルに移動してからにいたしましょう。
エターナルの、牢で、お話を伺いますわ。・・・ゆっくりと。」
その笑みを、力なく見上げるジェイド。
・・・・既に彼女に抵抗する恐ろしさを痛感しつつある彼に、反抗の意思は、殆ど残ってはいなかった。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
少し戻って、一路タルタロスを目指す神託の盾騎士団の幹部連中は、空の上で激論を交していた。議題は勿論、タルタロス制圧の手段について、である。
「---ええい!まだるっこしい!相手は導師を誘拐した連中だろう!
纏めて始末してしまった方が手間がかからん!」
現導師がレプリカであると知っているが故に、普段敬意など払いもせずに慇懃無礼に振舞っているはずのリグレットが言い放った。他の団員に聞かれる可能性を考えての建前だろうが、それがまるで導師を傷つけたものへの怒りを燃やす忠臣に見えるようで兵士らが尊敬の視線を向ける。苦々しく表情を歪めて抑えにかかるカナードは既に繰り返され続ける論争に疲れきって口調が崩れてきている。
「リグレット師団長、導師が誘拐されたという証拠はありません。仮に誘拐されていても、タルタロスの兵を皆殺しはやりすぎです。」
「だが、それではマルクトに見縊られはしないか」
横からラルゴも口を挟む。そちらにも顔を向けてカナードが根気良く続けた。
「ラルゴ師団長も、お二人はそれ程マルクトとの戦争をお望みか。
例え導師が無事にお戻りになっても、その為に戦が起きることになったらさぞ悲しまれるだろう。」
「ぐだぐだうっせぇな、大人しく投降しねぇなら全員潰すだけだろうが!」
苛立たしげに吐き捨てたアッシュに、カナードが言い聞かせる。
「では、アッシュ師団長。投降した兵士はくれぐれも殺したりなさいませんようにお願い申し上げる。 ・・・・・これ以上各国との関係が拗れても、後々面倒が増えるだけですから。グランツ謡将がキムラスカに拘束されている以上、マルクトまで敵に回すのは得策ではありません。理解していただけますね?」
「「「・・・・・了解」」」
やっと、言質をとることに成功する。ヴァンが今現在キムラスカで罪人として囚われている以上、確かにマルクトと悶着を起こす余裕はない。そう考えるに至ったリグレットが苦々しげに承諾し、ラルゴも矛先を収める。
アッシュは舌打ちして眉間に皺を寄せるが、それ以上の反論はしなかった。かなりしぶしぶでも、一度言ったからには努力くらいはするだろう。プライドだけは高いから、簡単に前言を撤回することはない、と思いたい。
(取りあえず、全員殺したりしなきゃ、交渉は可能なはずだ。・・・イオンを誘拐紛いに連れ出したのは事実だからな)
目的地に着く前に疲れているカナード。後はもうイオンとイザナに任せようと思考を放棄する。移動の為にお友達を貸した後、捏造した任務で誤魔化してイザナに報告に戻ったアリエッタが羨ましい。
(イオン、イザナ。後はよろしく。俺は肉体労働専門だからな)
嘆息したカナードの眼下にタルタロスの影が見え始める。
一斉に降下する兵士。
戦場はすぐそこだった。
同時刻、草原を失踪する青い影が叫んだ。
「あ、あれがそうか!待っててくださいね、マスター!」
譜業人形としての能力を駆使して不眠不休で駆け抜けたカイトである。ある程度の距離に近づけばマスターの気配を感知することが可能な彼は、一路タタル渓谷を目指していたのを、急激に方向転換した。何故か途中でマスターの気配が大幅な移動を始めたからだ。物凄く嫌な予感がしてさらに走るスピードを上げる。結局キラに合流できなかった為預かった資料を持ったままだが仕方ない。ルーク達を保護した後、帰路につけば直ぐに会えるだろう。それよりも、マスターの気配を感じるのが、よりによってマルクトの戦艦の中から、といのはどういうことだろうと思いつつ遥かな距離を隔てて遠くに見える影に向かう。普通の人間なら、未だに点すら見えない距離だ。流石のカイトもあと数時間は必要だろうか。ともかく必死に駆け抜ける。
合流地点まで、後・・・
ここにも、魔物につかまって空を飛ぶ男が一人。
・・・ファブレの使用人、ガイ・セシルである。
本来一介の下男如きが、大事な公爵家嫡男の捜索などに加えられるはずがない。だが、ルークの悩みを知っていたシュザンヌが、密かにガイを向かわせたのだ。
・・・もしも、ルークを見つけ出し、共に帰国するまでの間にルークがガイに真実を話すと決意できたなら良し。矢張り信用しきれない、というならばすっぱりと斬り捨てるつもりで与えた最後の機会である。たった一人で向かわせたガイが、恐らくヴァンから提供されている情報や移動手段を利用することは、この場合に限り目をつぶることにしたシュザンヌ。そんな裏事情などしらないガイは、複雑な心境でルークの元に向かっていた。
(ルーク・・・・。)
最初は、ファブレ公爵によって滅ばされたガルディオス一族の復讐のために使用人として潜り込んだのだ。ホド戦争の際、ファブレ公爵率いるキムラスカ軍によって無惨に殺された姉や使用人たち。その無念を晴らすために、ガイを連れて逃げてくれたペールギュント・・ペールと名乗って庭師をしているガルディオスの騎士と共に機会を窺っていた。いつか、己の一族と同じようにファブレを滅ぼすことを誓って。ルークに近づいたのもその為だった。
姉を母を殺された自分と同じ思いを公爵に味合わせてやろう、と公爵子息の傍付きになった。昔のルークは良くも悪くも典型的な貴族の子息で、憎悪と殺意が消える日はなかった。日々何時果たしてやろうかと考える日々だった。
・・・それが変化したのは、ルークが一度誘拐されて戻ってからだ。
帰ってきたルークは”ルーク”ではなかった。小憎たらしい尊大さで日々ガイの憎悪を煽る公爵子息は、まるで生まれたての赤ん坊のようになっていた。言葉もわからず、歩くこともできず、なにも知らない。ただ感情のままに、笑い、泣き、怒って、ガイを振回す。身体は10歳の少年のものでありながら、癇癪をおこして手加減なしに暴れるルークを抑えるために全身にあざを作ったこともある。
けれどそんなルークへの感情は、その場では腹が立つことがあっても、それは憎しみとは別のものだったのだ。ガイは、ルークの面倒を見るうちに己の憎悪が少しずつ薄くなっていくことに気づいていた。必死に否定しようとしたが、ルークと向かい合う時に浮かぶのは、ただ彼の面倒を見るための思考ばかりで、復讐など思い出しもしなかった。認めたくなくても、きっとガイは、今のルークが好きなのだ。けれど、復讐を捨てる決意は出来なかった。
だからガイはルークを見ると複雑な気持ちになる。
カイトという名の人形が、ガイの変わりにルークの従者になってからは尚更に。
たった半年強の間面倒を見ただけなのに、未だにルークに刃を振り下ろしきれない自分がいる。ルークも、一線を引くような態度をとりながら、気まぐれのように普通に話すことを許したりすることもある。その真意はわからない。けれど悪意はない。もしかしたら好意かも知れない。その位曖昧な、関係。
(だけど、もう決着をつけなきゃな・・・)
それが、ルークの葛藤と同じであるとは知らないガイは、まっすぐルークの元へと向かっていた。
決断をしなければならない。・・お互いに。
そして、タルタロスの中。
ティアは苛立っていた。
ルークとレンが拘束されて連れて行かれたあと、ティアはイオンの傍に残った。流石に監禁は可愛そうかとも
思ったが、ルークの我侭には辟易していたのでいい薬かと思って放って置いた。まさか殺されたりはしないだろうから、後で大佐に相談すればいい。そう思って、取りあえず導師をお守りできれば、と考えたのだ。
まさかその後タルタロスが襲撃されるとは思っても見なかった。
突然戦場に放り出された恐怖。周りに充満する殺気と血の匂い。
それでも必死に戦っていたティアの前に再びルークとレンが現れた。どうやら親切な兵士が、監禁されたままでは危険だからと避難させる途中だったらしい。正直イオン様を守る戦力が一人でも多く欲しかったのだ。何しろ、先程遭遇した六神将黒獅子ラルゴを撃退する最中に、親書を隠すためにアニスが離脱してしまった。だから安心したのだ。
なのにルークからはまた不遜で傲慢な台詞が帰ってきた。こんな非常時になっても、我侭な振る舞いを続けるつもりなのだろうか。これだから甘やかされた貴族の子どもなんて、と思いつつ諭す。少し口調が荒くなってしまったが、その位は多めに見て欲しい。
・・・ティアは、自分が正しいと信じていた。だから堂々と言い放つ。
彼女にとっての”正しい知識”をルークに与えた。
戦場で死にたくないなら、自ら刃を持って戦うべきなのだと。
それが出来ないなら殺されても文句は言えない。
殺したくないなどと、甘えるのもいい加減にしろ、と。
そう説得したティアに、返ってきたのは、正しいことを教えてあげた感謝ではなく、馬鹿にするかのような侮蔑の視線。まだマシだと思っていたレンも、ルークを戦わせないなどと言い出し、それに導師イオンすら同意する始末。何故、ルークをここまで甘やかす人間が集まるのだと、怒りが募る。カーティス大佐はきちんとわかってくれるのに。
・・・・・どこまでも己の正当性を疑わないティアと、ルーク達の意見が相容れる日が来る可能性は今のところゼロに等しい。
折角親切なトニー二等兵のお陰で、ストレスの原因から解放されるかと思って意気揚々と通路を走っていたルークは、己の境遇に涙した。今日の自分の運勢は間違いなく大凶だと確信する日なんて、一生訪れなくても良かったのに。
・・・なぜ、ここでまたこいつらと再会するのだろうか。
取りあえず脱出を優先しようと、レンへの心配や、自分では彼女の支えにはなり切れない悔しさを押し込めて気持ちを無理矢理でも浮上させたはずなのに。
(ああ、俺は、確かに呪われている)
遥か遠くに視線を合わせるルークに、労わりを向けてくれるレンとイオンの存在だけが、心の癒しであった。
「よかった!ルーク、レンも。無事だったのね。」
「おや、トニ-二等兵、二人を避難させていたのですか。ご苦労様です。」
「は!」
ジェイドも取りあえず部下を労う。襲撃中の艦の中で部屋に閉じ込めておく危険性を考えれば、監禁を解いたのは正解だと思ったのだろう。そこまでは良い。普通の再会の挨拶だ。・・が、その後の話の流れがよろしくなかった。
「ああ、二人とも無事でよかった。それで、
イオンが安心したようにルークとレンに笑いかけた瞬間、ティアが堂々と言い放った。曰く
「ルーク!調度いいわ、今神託の盾騎士団にタルタロスが襲撃されているのよ。貴方もイオン様をお守りして頂戴」
「「「・・・・・」」」
「え?・・」
「ああ、そうですね。前衛が足りないところだったのですよ。調度いい。」
「「「・・・」」」
「た、大佐?」
トニー二等兵が戸惑っている。そりゃそうだ。監禁は、まあ普通の部屋だったし、他国の人間に軍事機密を見せるわけには行かないとかいわれれば二等兵如きに反論の余地はない。元々下級兵士は上司の命令に逆らう、という思考を持たないように教育されるものだ。だからトニー二等兵も、ルークとレンを部屋に閉じ込める事に関しては、命令だから、と完結させていたのだろう。だが、二人が王族と公爵令嬢だと知らされている彼が、戦闘に参加させる、という話を聞いて戸惑わないほうがおかしい。・・・目の前に、そのおかしな人間が二人も存在する現実があったりするが。
「あ~取りあえず。トニー二等兵、ここまでの案内感謝する。ありがとう」
「ありがとうございます。お陰で閉じ込められたままにされずに済みました。」
「ああ、貴方は持ち場に戻って良いですよ」
お礼をいって笑うルークとレンに、敬礼を返したトニー二等兵。横から、ジェイドも指示をだした。戸惑うトニー二等兵をこんな非常識軍団の中に残すのもかわいそうなのでルークが促してやる。
「私達の心配は要らない。ここには導師もいらっしゃるからな。」
「そう、です。貴方はどうぞいってください。」
ルークの意図を察したイオンも口を挟む。そこで、やっと安心したのかトニー二等兵が敬礼して去っていった。
「は!お気遣いありがとうございます。では、自分は任務に戻らせていただきます!」
その背中を見送ったルークとイオンが一瞬視線を交した。その中に互いの苦労を見て取って無言で労う二人。レンがそっと二人の肩を撫でてくれる温もりに癒しを見出して気合を入れなおす。静かにしろ、というルークの命令に従って道具袋の中で丸くなっていたミュウをレンの頭に乗せる。せめて癒しアイテムを少しでも増やしたかったルークの抵抗だ。小動物と可愛い妹のようなの幼馴染。大抵のことなら乗り切れる筈の最強アイテムの効果も薄まるような、手ごわい敵に立ち向かった。
「・・・で、お前達は、俺とレンを戦闘要員に数えているわけだが、それがどういうことかわかっていて口にしてるんだろうな?」
「何を言ってるの。ここは今戦場なのよ。
殺らなければ、殺られるだけ。いい加減覚悟を決めて頂戴。」
「そうですね、それに私達がこのまま先に進まなければ、戦争が起きて今度は子どもや老人のような戦えない人たちがたくさん死ぬことになるのです。」
「普通に暮らしてたって、盗賊や魔物に襲われて死ぬこともある。自分の命を守るために、皆武器を持ったり傭兵を雇ったりして 安全を確保する努力をしているの。戦える力があるのなら、子どもでも戦うことがあるわ。そうしなければ生きていけないから。」
口々にいう。
一見厳しい現実を子どもに教える大人のような態度。だが、ルークがいいたいことは全く理解していない。イオンとレンが諦念を込めて2人を眺めた。ルークは根気強く続けてみる。
「・・俺は王族、レンは公爵家の姫君だ。
それを前衛にして、軍人のお前らが後衛になることに、疑問を感じないのかと聞いてるんだ。」
「何度も言わせないで、私は譜術とナイフが専門だし、大佐だって本職は譜術士なのよ。我侭ばかり言わないで聞き分けて頂戴。」
「やれやれ、そんなに戦うのが怖いんですか?さすがお坊ちゃま。」
どこまでもルークを格下扱いする本職軍人が二人。内1人が自分の部下である事実に視界が歪むイオン。傍らのレンが背中に添えてくれた手のひらと、肩の上で必死に頬を撫でてくれるミュウがいなければ本当に泣いていた気がする。
「・・・すみません、私はルーク様を戦闘に出すつもりはありません。
勿論私も、ルーク様とイオン様のお二方しか守りません。
貴方方は、軍人でしょう?自分のみは、自分で守ってください。」
そこでレンが言い切った。積もり積もった彼らの勝手な言い分に、いい加減我慢の限界が来ていたのか、普段と比べて厳しい口調で告げる。まさか大人しいレンが反論するとは思ってなかったらしい2人が一瞬呆気に取られる。それを恥じるように視線を尖らせて、今度はレンに矛先を移す。
「貴方ね、ルークを甘やかすのはやめて頂戴。だからこんなに我侭なことばかり言うのよ?」
「やれやれ、お姫様は余程お坊ちゃまが大切なんですねぇ?
ですが、そういうお飯事はお家でやってくれませんか。」
反論しようとしたレンを制して、今度はイオンが言ってみる。
「いい加減になさい。ティア。ジェイドもですよ。
本来王族も貴族も守られて当然の立場です。戦いは貴方方軍人の仕事でしょう?
それなのに、レン殿は貴方達の負担を減らすために自衛だけで良いと言ってくれてるんですよ。感謝こそすれ、罵倒する権利などありません。むしろ職務をまっとうできない力不足を恥じなさい。」
しかし厳しい口調のイオンにも表情を変えない2人。
・・・・本気で面倒くさい。なんでここまで言ってもわからないんだろうか。
(なあ、レン。・・・今度こそ、こいつら始末して構わないんじゃないか?)
(あ~~~と、流石に、フォローはし辛いんですけど・・
・・カーティス大佐は、一応和平の使者ですし。始末は拙いんじゃないでしょうか・・)
(僕は構わないと思います。
何なら導師として証言します。むしろさせて下さい)
小声で囁くルークに、レンが制止をかけた。が、そこにイオンまで加わる。しかも積極的に非常識人の始末を推奨している。誘惑に負けそうになる。むしろ負けてしまいたいルーク。
そこで、更なる頭痛の種が降ってきた。
「アイシクルレイン!!」
「---!失礼いたします!!お二人とも、お下がりください!」
頭上から氷の矢が降り注ぐ。ティアが直撃を受けて気を失う。避けはしたがジェイドが余波を受けて顔を歪める。いち早く気づいたレンが、素早くルークとイオンを引っ張って攻撃をかわす。勿論二人に結界を張ることも忘れない。
「戦うのが怖いなら剣なんざ捨てちまいな!!」
次いで、罵声と共に人影が降ってきた。ティアとジェイドの状態を横目で確認しつつ、その人物にナイフを構えるレン。ティアが倒れているのは気になるが、取りあえずジェイドが横にいるので大丈夫だろうと前方に集中する。
そこで、ルークとレンが目を見開いた。
((なんで、ここに?!))
立ち塞がったのは、鮮血のような鮮やかな紅い髪の男。---六神将鮮血のアッシュ。ルークの被験者だ。
確か陛下とファブレ公爵の命令でダアトに籍を置かせておように命じられたとは聞いていたが、シュザンヌが秘密裏に連絡をとって、ルークが影武者を務めることとアッシュがダアトに残らなければならない理由は説明したと聞いていた。流石にキラ達の計画は話せなかったが、取りあえず預言から身を守るために立場を偽る事に関しては了解してる、と言っていたはずだが
・・・・アッシュの表情を改めて見つめたルークとレンは首を傾げた。
アッシュは、ぎらぎらと憎しみを込めた目でルークを睨んでいる。
先程の譜術にも確かな殺気が篭っていた。
元々アッシュはレプリカを蔑視していて、ルークのことも嫌っているとは聞いていた。仕方ないとはいえ、自分の振りをしているルークへ与えられている高い評価が気に入らないらしい、と。
しかし、何故こんなに憎しみを向けるのだろう。
(ルーク様、ええと、お心当たり、は?)
(いや、ない、と思うが。
・・・母上から、最低限の説明は受けているはずだが。)
(では、ええと、)
(レプリカ、が純粋に嫌いなんじゃねぇか?
いつもいつも俺への罵倒を繰り返して、自分の居場所にいるのが気にいらんとか言ってるらしいし。これはシンクからの情報だが。)
(それは、・・・八つ当たり、では?)
(だな、さすが自ら亡命しただけはある。恥を知らんらしい)
(あの・・・怒ってらっしゃいます、か?)
(はは、・・・・わからないか?)
ふ、と嘲笑を浮かべたルークが声を大きくして言い放った。
「これはこれは、高名な六神将の一人、鮮血のアッシュ殿。
随分物騒なご挨拶ですね?
こちらには導師もいらっしゃるというのに、行き成り攻撃譜術で奇襲、ですか。」
「うるせぇよ!気安く話しかけんじゃねぇ!
・・・導師をこちらに渡して貰おうか」
荒んだ口調で怒鳴りつけるアッシュ。レンとイオンが眉を顰める。
・・・柄が悪い。本当にルークの被験者なのだろうか?
「お断りします。」
ルークの前に進み出て静かに宣言したレンに剣を突きつけるアッシュ。
それを見たルークの気配が鋭さを増した。イオンも音叉を構える。ミュウがルークの肩に移動して大きく息を吸い込んだ。其々が攻撃に備える中、一応こちら陣営の軍人が空気のまま突っ立っているが、邪魔しなければ良いと放置する。
「は!女になんか守られやがって、これだから・・・
誘拐された導師を取り戻しに来ただけだ。さっさと寄越しやがれ!」
「信用できない相手に、導師を預けることは出来ない、と申しております。」
激昂するアッシュに答えるレン。
眉間の皺を深くするアッシュが苛立たしげに舌打ちする。
「ぐだぐだとうっせぇな!導師!こっちに来い!」
「・・アッシュ!!貴方たちは何を考えているんです!僕は誘拐などされていません!
すぐに攻撃をやめて引きなさい!」
導師にも怒鳴りつけるアッシュ。レンとルークの眉間に皺がよる。軍人でありながら、上司にむかって命令口調。ヴァンが傍に置いたまま、ということはイオンがレプリカだと知っているのだろうとは思うが、そこまで己の立場を理解しない言動を繰り返すとは。・・・よもやまさか、ヴァンに本気で協力している、のか?
(キラの計画を知らんのなら、完全な仲間ではないと思ってはいたが・・・今でもヴァンに従ってる、わけじゃねぇ、よな?)
(ええと、ヴァンについているのは、振り、だと、思ってたん、だけど・・・本気、なの?)
不安が増すのを抑えられないルークとレン。イオンも厳しい表情を崩さない。
「これは、導師としての命令です。今すぐ神託の盾騎士団を引かせなさい。
聞けぬというなら、貴方方を---」
「導師イオン!!」
ガゥン、と銃声が響いた。
最後通告、とばかりに宣言しようとしたイオンを遮るように発砲したのは、アッシュが先程飛び降りた階の一つ上に隠れていた女性。六神将の一人、第4師団長、魔弾のリグレットだ。その場にいる全員の視線が、発生源であるリグレットに集中する。次いで弾痕を確認したレンが眉を寄せた。・・・ティアの間近に小さな穴が穿たれている。あの距離で、この精度。次にルークかイオンを狙われたら両方は庇いきれないかもしれない。優先するのはルークだが・・アッシュに気をとられて接近を許した己の失態に顔を歪めた。
そこでリグレットが声を張り上げる。
「動かないで貰おうか!次は当てる。・・・アッシュ!導師を連れて行け!」
「ちっ、おせぇぞリグレット!・・・導師、来てもらおうか」
「お断りしま--- ガゥン! 「動くな。」
それでもイオンを庇おうとしたレンの頬を銃弾が掠めた。速い。あの距離で間近にアッシュがいる状況で二人纏めて倒すのは、無理、か。レンが何とか隙を見つけようとするが、難しい。緊張したままルークを庇い続けるレンの頬から血が流れる。
それを目にしたルークがリグレットを射殺さんばかりに睨む。イオンが眉間に皺を寄せて身じろいだ。ジェイドは無表情で状況を眺める。ティアは倒れたままだ。・・・手詰まり、か。
「お前達には牢に入っていてもらおう。アッシュ、導師を。
そいつらを捕らえろ!」
「やめなさい!!」
集まってきた神託の盾騎士団兵の気配は感じていたが、身動きが取れないまま囲まれる。
リグレットの銃口を警戒してルークの前を動けないレン。イオンが制止するが、聞くものは居ない。ルークも、アッシュを牽制しつつリグレットの銃撃を避けきるのは無理だと悟る。幾ら直前まで始末を検討していたとしても、気絶しているティアを見捨てるのは気が咎める。ジェイドと連携をとる事も考えたが、この至近距離で作戦会議は出来ない。ルークが仕方ないとばかりにレンを抑えて拘束を受け入れる。アッシュに引っ張られながら振り返ろうとするイオンには、心配いらない、と首を振るルーク。しぶしぶ歩き去るイオンを見送る。
ティアを担ぎ上げられて、一行は牢へと連行されるしかなかった。
「ラクス様!発見しました。タルタロスです。
どうやら神託の盾騎士団と交戦中のようですが、如何なさいますか。」
「・・・すでに戦闘が始まっているのですね?
・・・では、艦を隠せる距離を置いて待機。通信を試みて下さい。」
「は!」
艦橋に座ったラクスが難しい表情でモニターを睨む。此処は、クライン家の施設研究所で開発した陸上装甲艦エターナルの中である。とにかく先ずはジェイド・カーティスを確保して事態を少しでも穏便に片付けようと急いでいたのだが・・・
「神託の盾騎士団、ということは、導師誘拐の件でしょうね。
・・・使者の一行はいまどちらに?」
「は!使節団の方々に連絡がつきました。
すでにこちらに向かってくださっているそうです!一時間以内にはお着きになるかと」
「それは陛下のご命令ですか」
「は!カーティス大佐との一刻も早い交代を、と仰られまして、」
「わかりました。では、タルタロスにいらっしゃる筈の導師及びキムラスカのお二人の保護を最優先に」
「了解しました!失礼いたします!」
足早に去る兵士の後ろを見送って前方に視線を戻す。
(・・・神託の盾騎士団がぶつかる前に確保するつもりでしたが・・・イザナに笑われそうですね)
年下の友人の皮肉気な笑みを思い浮かべて、大きな溜息を落とす。
(まったく・・・)
マルクトで最も苦労人な女公爵の憂鬱は、まだまだ続いていた。
「う、う~~ん・・・・ここ、は?」
「目が覚めましたか」
小さく呻いたティアが瞼を開く。近くに座っていたレンが覗き込んだ。
「ここはタルタロスの牢の一つだ。
お前が気絶してる間に神託の盾騎士団に捕まって監禁中」
「そう、そうだったわ。ごめんなさい、足を引っ張って」
「それは構わねぇよ。今更だ。・・・で、どうするつもりだ」
起き上がりながら、直前の記憶を思い起こしたらしいティアが謝罪する。
それには肩を竦めて答えたルークが、反対の壁に背を預けたジェイドに話を振った。
「そうですねぇ。・・・ところで貴方方は戦力に数えて良いんですね?」
「(・・こいつは本当によ・・・)あーはいはいはい、
取りあえず外に出るまでは協力してやってもいい。」
「、お待ちく、」
変わらない薄笑いでルークとレンを見比べるジェイド。無駄な労力を使いたくないルークがお座なりな返事を返す。その答えに声を上げかけたレンの口を塞いでジェイドを見る。途端ティアが眉を吊り上げた。
「ルーク!貴方大佐にその態度は失礼よ!」
「うっせーなぁ。良いだろどうでも。協力はしてやるっつってんだからよ。」
(ルーク様!それは承服いたしかねます!)
口を押さえられて喋れないレンが視線で訴える。それには同じように視線で答えるルーク。此処まできたら後はどっちに転んでも同じことだ。再び論争を繰り返して体力を消費することはない。・・不満げな表情だが、いいたい事は伝わったらしいレンがしぶしぶと力を抜いた。それを確認して手を外するーく。
「・・・で、作戦は?」
「先ずは艦の動きを停めましょう。」
ルークに答えながら立ち上がったジェイドが近くの伝声管に顔を近づける。
「 死霊使いの名によって命じる。作戦名『躯狩り』始動せよ」
途端、タルタロスが大きな振動を立てて停まる。艦内の気配が慌しく乱れた。
静かに気配を探っていたレンがルークに肯く。それを確認したルークがジェイドに聞いた。
「で?」
「予め登録しておいた非常停止機構です。復旧には少々時間がかかる筈、この隙に逃げます。」
「凄い・・」
ティアが尊敬の眼差しでジェイドを見る。ジェイドの満更では無さそうに説明を続けた。
「これが働いている間は左舷昇降口しか開かなくなりますので、そこへ行きましょう。
どうやらどこかへ連れて行かれたらしいイオン様もそろそろ戻るでしょうし、待ち伏せが出来ますね。」
「じゃあ、行くか」
すたすたとルークが牢を出る。その後ろにレンが続いた。その後姿を一瞬呆然と見送ってから、慌てて追いかけるティア。ジェイドが最後に残る。
「おい?早く出ろよ。導師イオンを助けて逃げるんだろ。」
無表情で眼鏡を押し上げたジェイドが牢を出た。
今まであらゆる意味で注目しか浴びたことの無かったジェイドに、ルークのスルー攻撃が意外なダメージを与えたらしい。その背中に、僅かな哀愁が漂っていた、とはレンとルークだけの面白おかしい秘密であった。
一方連れ去られたイオンは、創世暦時代の遺産である、古い扉の前に連れてこられていた。
「で?ご希望通り封印は解きましたが?何のために必要なんです?この先にはパッセージリングしかないはずでしょう。」
「うるせぇよ。言われたとおりにやれば良いんだよ。おら、帰るぞ。」
(本当に柄が悪いですねぇ・・・被験者よりレプリカが劣化するって、眉唾なんじゃないですか?)
アッシュの背中を見ながら内心で呟くイオン。ダアトの機密であるパッセージリングへの通路を振り返る。リングの状態を確認するために定期的にダアトの人間が入ることはあるが、それはまた数年後だったはず。
(・・・本当に、何でこんな事を?わざわざ急いで僕を連れてくる必要が・・・)
ヴァンはまだキムラスカに拘束中だ。
何を企んでいても、今は実行できないと、思うが・・・
(イザナ様にはすぐ伝えておくべきですね。・・・アリエッタは戻っているでしょうか。)
アッシュが待機していたリグレットにイオンを押し付ける会話を聞きながら呟いた。
・・・嫌な、予感がするのだ。
カナードは苛立たしげに髪を掻き毟る。言い出した人間が捕虜の面倒を見ろ、と言われてマルクト兵士の管理を押し付けられていたのだ。タルタロスからの先制攻撃で血を上らせた兵士達に、皆殺しだけはするなと抑えて回り、何とか生存する捕虜を集めて艦内の統制を取る。途中瀕死の傷を負って倒れるラルゴを発見して更に慌てる部下に激を飛ばす。真っ先にイオンの元へ行くつもりだったカナードが、疲労困憊しつつひと段落つけた時にはイオンの姿がなくなっていた。近くに居た兵に聞けばアッシュとリグレットが、どこかに連れて行って艦内にはいないという。思わず壁を殴りつけたカナードが、怯える兵士に更に詰め寄ろうとした瞬間タルタロスが急に停止した。
天井を見上げると照明も消えている。伝声管で確認すれば艦橋も混乱していて事情を把握している人間が居ない。
「あ~~~~~っとに、ふざけんな!」
動力が動いていないため開かなくなった扉を、力任せに蹴り開ける。
「くっそ、なんで俺がこんな、」
艦の外に出るために走るカナード。
「あんの鬚、全部終わったら毟らせやがれ!」
取りあえず苦労する破目になった原因その1への悪態を突きながら出口へ向かう。
・・・ここにも苦労人が一人。
詰め寄られていた兵士も思わず同情するほど哀愁漂う背中だったらしい。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
ルークは、すでに己の不運を嘆こうという気持ちにもならなかった。
(間違いない。俺は呪われてる。)
そう確信するだけである。
ジェイドを加えたルークら一行は、連れ立って森の出口に向かう。その中にはミュウもいた。
途中チーグルの長に取りあえずの報告に立ち寄った時に、怯えつつもなんとか威厳を取り繕った長の命令で、償いのため季節が一巡りするまでの追放を命じられたのだ。ミュウ本人は、一生をルークへ捧げる決意をしているので二度と戻るつもりはないようだが、長の前では愁傷に振舞っていた。信頼を失っても、やはり彼らは仲間である。完全に嫌いになったわけではない。けれど、今までのように共に過ごせる自信もないミュウにとっては、これが今生の別れである。口には出さず、ただ深く頭を下げてルークと共にソイルの木の洞をでる。静かに頭を撫でるルークの指に一つ擦り寄って感謝に代えた。イオンとレンも、ミュウの気持ちを汲んで何も言わずにそんなルークらを見守る。
そして口数少なく森の出口に差し掛かったところで、ルークとレンが静かに構える。。
イオンも眉をしかめた。何も気づいていないのはティアだけだ。
あと数歩で開けた場所に出るという場所に小柄な少女が立っていた。昨夜あった導師守護役だ。イオンが声をかける。
「・・・アニス」
「も~イオン様!心配したんですよぉ!
勝手にどっかいっちゃ駄目じゃないですかぁ!」
「・・・そうですね。すみません。」
優しく返したイオンの内心を、ルークとレンだけが正確に聞き取った。
・・・・このアニスという少女の厚顔無恥さにも呆れて物がいえない。
どこの世界に主から目を離す護衛がいるのだ。勝手に動くなとはどういう意味だろうか。
守護役の仕事をまともにこなしていれば死んでも出るはずのない台詞である。
((ダアトって・・・))
ルークとレンの呟きが重なる。
イオンの言動が、今まで知っていた教団関係者からは想像も出来ないほど有能な権力者のそれであったので、さぞ心労も激しかろうと同情してしまった。静かに肩を叩いたルークと労わるように背中を撫でたレンにイオンから力ない視線で感謝が返る。この短い道中で数少ない同士としての絆が深まる三人。・・主に非常識な同行者への愚痴によって成り立った友情である。友人関係はともかく、理由がすごく嬉しくない。
「(それはともかく、ルーク様、如何なさいますか)」
「(・・・・良い。取りあえずジェイド・カーティスの言い分を聞いてから決める。
・・・良い期待は微塵もできねぇだろうが。)」
そこでジェイドがにこやかにアニスに声をかける。
「ご苦労様でした、アニス。それでタルタロスは?」
「ちゃんと森の前に来てますよぅ。
大佐が大急ぎでって言うから特急で頑張っちゃいましたv」
そこでイオン・アニス・ジェイドを除いた三人と一匹に槍が突きつけられる。ジェイドの部下であるマルクト国軍第三師団の兵士である。微動だにせずジェイドを見つめるルーク。レンはいつでもルークを守れるように隠し持ったナイフを確認する。ティアは驚いて硬直している。
「で、どういうことでしょうか」
「そこにいる三人を捕らえなさい。
正体不明の第七音素を放出していたのは、彼らです。」
「ジェイド!」
厳しい面持ちで叱責するイオン。ジェイドは余裕の笑みでルークらを見ながら答えた。
「ご安心ください。何も殺そうという訳ではありませんから。
・・・三人が暴れなければ。」
尚ジェイドに何事か続けようとしたイオンを視線で止めるルーク。こちらも冷静に言う。
「・・・・仕方がありませんね。では、どうぞご随意に?」
ルークは笑みすら浮かべて両手を挙げる。レンもルークに従って構えを解いた。
万が一ここで攻撃されてもルーク一人を守りきる自信はある。
先程のように守る対象が複数ではなく後ろからの奇襲でもない。
今の彼らは最初から警戒対象だ。レンが遅れをとることはありえない。
其れをルークも知っている。
・・・レンが、キムラスカ最強と謳われるキラ・ヤマト准将に、唯一勝ち越せる実力の持ち主であることを。いくらキムラスカでも畏怖と共に囁かれるジェイド・カーティスであろうと、レンの敵ではなかった。
何も知らないジェイドは余裕の態度で言い放った。
「いい子ですね---連行せよ。」
そしてルークは心底から疲れていた。理由は言うまでもない。
ジェイド・カーティス・・・・違えば良いと切望していた思いを裏切って、やはり和平の使者であった彼の言葉に、である。
「・・・・で?何を仰りたいのでしょうか?」
取りあえず連行された取調室で、ルークらを拘束した理由の述べていたジェイドに言った。不法入国が問題だというならさっさと手続きを取ればいい。差し当たっては事情を聴取して国境沿いの軍部に拘束。キムラスカに問いあわせて司法取引すれば良い話である。態々大佐が自ら聴取に当たる必要はない。ならば、他に目的があるのだ。・・・半ば予測しながら聞いてみる。
「・・・・貴方方のお名前をお聞きしたい。」
「おや、ご存知でしょう?私はルース。彼女はレインです。」
「・・・・偽名でなく、本当のお名前をお聞かせ願いたいのですよ」
口元を吊り上げて見下ろすジェイド。
・・・・想定外というわけではないので驚かなかった。
ルークは軟禁されていても、王族の一人として肖像画の数枚くらい出回っている。レンもキラ・ヤマトの補佐官として政治の場に出たこともある。養女であるため、王宮には余り出入りさせてもらえていないようだが、軍部では絶大な人気を誇るのだ。敵国ならば尚更に、国の要人の資料くらいあるだろう。ジェイドは性格行動はともかく頭脳はそれなりである。キラやディストや最近才能を発揮し始めたフローリアンが身近にいるルークから見れば天才などと持て囃す気はないが、記憶力等が優れていることまで否定する気はない。一度でも目を通した資料にルークやレンの絵姿でも混じっていたなら、顔かたちだけで判別するだろうと思っていた。
「ま、気づいてるようだが・・・・私の名は、ルーク・フォン・ファブレ。
キムラスカ国軍元帥クリムゾン・ヘァツォーク・フォン・ファブレが一子だ。」
「私の名はレン・ヤマトと申します。
キムラスカ王国ハルマ・ヤマト公爵が第二子にございます。どうぞ、お見知りおきを」
尊大に告げるルークと、優雅に一礼するレン。軍艦の粗末な取調室がまるで王宮の貴賓室かのような雰囲気に支配される。流石に傍若無人なティアも些か気圧されている。ジェイドも僅かな感嘆を視線に載せる。イオンは変わらない笑みで、二人を見守る。気を取り直したように口を開きかけたジェイドの後ろで、アニスの瞳が不穏に輝く。
「・・・キムラスカ王室と姻戚関係にある、あのファブレ公爵のご子息と、かの有名なキラ・ヤマト准将の妹姫というわけですか。」
「公爵・・・・v素敵・・・・v」
硬い空気を物ともせずに身体をくねらせたアニスが呟いた。その瞬間頬が引きつったイオンの罵倒が声なく響く。勿論気づいたのはルークとレンのみである。ティアもジェイドもルークらに視線を合わせて話を進めようとする。
ある意味見上げた図太さだ。・・・なぜ、あのイオンの空気に気づかないのかがわからない。既に隠そうともしていないのに。
「それで、何故わがマルクト帝国に?」
「ああ、それはそこの、」
言いながら、何故か横に座っているティアを指し示す。
導師イオンや公爵令嬢であるレンが立っているというのに、無位無官の一平卒が椅子に座っている現状になんら疑問を覚えることもないらしい。ルークも今更指摘せず、怪訝そうな表情のティアを無視して続けた。
「ティアとやらが、我が屋敷に襲撃をかけてきてな。
客人である神託の盾騎士団のヴァン・グランツ謡将に切りかかり、間に入った私とレン・ヤマト嬢と接触した際におきた擬似超振動によってこのマルクトまで飛ばされた、というわけだ。」
その瞬間、イオンの目が大きく開く。一瞬で顔色が白くなり、ティアを憎しみを込めてにらみつけた。
そして、ルークらが偽名を名乗るならと直接話をするのを後回しにした自分を呪う。森で出会ったときにさっさと切り出しておくべきだった。・・まさか、そこまで救いのないことを仕出かしているとは考えが及ばなかったのだ。
そんな己の上司の様子になど気づきもせず、ティアがここで口を挟んだ。
「そうです、これは純然たる事故であり、マルクトへの敵対行為ではありません。」
唖然、とするイオン。何事かいいかけた唇が中途半端に固まる。
・・・・ティアは、何を言っているのだ。
「成る程、国境を越えたのは事故、ですか。
まあ、そうでしょうね。貴方方に敵意は感じられません。」
ついで考えなしの言葉を放ったのはジェイド・カーティスだ。
イオンの視線が彼に移る。この男も、何を口にしている?
「(だろーよ・・・)・・・それだけか?カーティス大佐」
「?何を仰りたいのかわかりかねますが、とにかく貴方方が本意でなく国境を越えてしまったことは理解しました。 そうですね・・・・よろしければ協力していただきたいことがあるのですが」
イオンの驚愕に心からの同情を捧げるルークとレン。二人にとってティアの自覚の無さは今更であるし、ジェイドの行動を見ていてまともな対応など期待する気もなかったので、そんなところだろうと納得するだけだ。後はジェイドが犯した失態の数々を持ち帰り後々の外交カードとして利用しようと待ち構える。キラの力作である録音譜業のスイッチを入れて証拠確保の準備もばっちりだ。何かの事件に巻き込まれる事があったら犯人特定などの材料を残すために使うと良いといって先日貰ったものだ。これほど早く使える日がくるとは思わなかったが。
「・・・」
「我々は、マルクト皇帝ピオニー9世陛下の命を受けてキムラスカに向かっています」
「・・・」
「まさか、宣戦布告・・?」
「・・・」
「違いますよぅvルーク様v戦争を止めるために私達が動いているんです」
「アニス、不用意に喋ってはいけませんね、」
「「「・・・・」」」
無言で勝手な会話を傍聴するルーク達。目の前では導師守護役とマルクト軍人と教団最下級兵士が口々に言い合う。怒りを突き抜けて脱力しているイオンにも、流石にフォローの仕様がないレンにも、冷め切った眼差しのルークにも気づかない。
そこでジェイドが再びルークを見下ろす。・・・こいつは首がいらないのだろうか。
「これから貴方方を解放します。
軍事機密に関わる場所以外は、全て立ち入りを許可します。
まず私達を知ってください。その上で信じられると思えたら力を貸して欲しいのです。
戦争を起こさせないために。」
「「・・・」」
「協力、ねぇ?先に事情を説明する気はない、と」
「説明して尚、ご協力いただけない場合は、貴方方を監禁しなければなりません。」
「ほう?」
「「・・・」」
「ことは国家機密です。
ですからその前に決心を促しているのですよ。どうかよろしくお願いします。」
「ルーク様v私ルーク様と一緒に旅がしたいですv」
「「・・・・・・・・」」
絶望的なイオンの視線に気づかないアニスもルークに向かってはにかんで見せた。レンがミュウを撫でながら遠くに視線を飛ばす。返事をしないルークに、仕方無さそうに肩を竦めたジェイドが世界情勢を話し始める。再び勝手な論争が飛び交い、ジェイドの視線がルークに戻る。
「・・・・そんなわけで、私どもには貴方の力が、
・・いえ、貴方の地位が必要なのです。」
「地位、ね。・・・人に物を頼むときの礼儀もしらない、か。」
「ルーク!!
そういう態度はやめたほうがいいわ、貴方も戦争が起きるのは嫌でしょう?」
独白のように呟いたルークにティアが反応する。冷静に間違いを諭すように言うが、ティアの言葉は的外れだ。それがわからないのはジェイドとアニスだけである。イオンの視線は既に氷点下をぶっちぎり、これ以上下がりようがない。レンの笑みがどんどん形だけになる。ミュウすらルークへの態度のおかしさに気づいて訝しげに見ている。
そんなティアの言葉を聞き流し、ルークの言葉に従って跪いてみせるジェイド。
・・・・王族でなくとも、敵国の人間だろうとも、貴族階級の人間相手だと判明した瞬間に取るべき対応だとは全く考えてもいないのだろう。仕方なく頭を下げてやった、という雰囲気を隠しもしない。慇懃無礼を素で体現するジェイド・カーティス。何故、そこで女軍人二人がジェイドを尊敬できるのかがわからない。
「・・・どうかお力をお貸しください、ルーク様」
「・・・・成る程、それが、貴殿の答か」
「ルーク。」
静かに言ったルークを、促すようにティアが呼んだ。
アニスもジェイドもルークの返事を待っている。
だがレンとイオンには、ルークの答がわかっている。共に溜息を落とす。
「・・・・・断る。」
「ルーク!貴方何を考えているの?!」
「ルーク様?!アニスちゃんショックですぅ~~考え直してくださいぃv」
「やれやれ・・・これだから温室育ちのお坊ちゃまは・・・仕方ありませんねぇ」
途端に騒ぐ女軍人二人。馬鹿にしたような笑みで立ち上がったジェイドがルークを見下ろして言った。次いで扉の前の衛兵に命じる。
「衛兵!この二人を拘束しなさ 「ジェイド」・・なんですかイオン様?」
言葉を遮ったイオンに向くジェイドの視線はやはり軽侮の光が宿っている。何故邪魔をするのかと思っているのだろう。・・・限界だった。
「申し訳ありませんが、今回の仲介のお話は、白紙に戻していただきます。これ以上お付き合いできません」
「「イオン様?!」」
「・・・やれやれ、貴方もですか?イオン様、このお坊ちゃまを気に入っているからといって、こんな我侭にまで付き合うとは・・」
所詮は子供か、とでも続くのだろう。ジェイドの声にはかけらの敬意も篭っていない。イオンの言葉の意味を、何一つ理解できていない愚劣さを露呈している女軍人二人に劣らずのジェイドの救いの無さ。いくらマルクトに貸しを作るためといっても、こいつを選んだのは失敗だったと心底後悔するイオン。
「なぜ、ルーク殿が断ったのか、本当に理解できていないのですね。
そんな貴方をキムラスカに連れて行ったりしたらダアトの威信も暴落します。」
「どういう意味です。」
直接的な嫌味には反応できるようだ。ただし己に向けた物のみで。だがイオンはルークに視線を向けてジェイドを無視した。ジェイドの気配が尖るが気に留める価値もない。
「ルーク殿、レン殿、我が教団の者が大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
一組織の長としてお詫びの仕様もござません。
どうぞ、そこの罪人・ティア・グランツはご自由に処分なさってください。
ダアトは感知いたしません。
勿論関係者各位の処分もキムラスカの意向に従いましょう。」
深々と頭を下げるイオン。ルークとレンも真摯に返した。
「いや、頭を上げていただけるか導師。
わが国としても、罪人を引き渡して貰えるならば貴国へ悪いようにはしないと約束しよう。
こちらこそ、今までの無礼な振る舞いはお詫び申し上げる。大変失礼した。」
「申し訳ございませんでした。
正体を隠すためとはいえ、導師の前で重ねた非礼について、重々お詫び申し上げます。」
ティアの犯した罪を利用しようと思っていたルークだが、ここまで導師に言わせておいて受け入れないわけにはいかない。イオン個人には好意を抱いていることもあって、あっさりと諦める。罪人引渡しで今回の事件に関しては手を打つことを約束した。
被害者本人であり第三位王位継承者の宣言である。幾ら大臣らが煩く言っても、何とか穏便に処分できるだろう。・・元々教団との軋轢を恐れる人間が殆どだ。真っ当な政治感覚を持っている一部の者へは、教団に対する貸しになるといって言いくるめよう。今後の方針までざっと決めて謝罪を返す。ルークとレンも、導師に対して偽名を名乗るなど礼儀に反する行いをしたのだから、と改めて頭を下げた。
「やれやれ、イオン様。
貴方はそんなにキムラスカに肩入れしたいのですか?」
「も~~イオン様ぁ!アタシ達はピオニー陛下の依頼をうけてるんですよぉ!」
「導師イオン!ルークなんかに頭を下げる必要はありません!!」
ひくり、と頬が引きつる三人。
ここまで物事を理解しない軍人が生息している事実に涙が出そうだ。
「まあ、イオン様には少し考えていただくとして、衛兵!ルークとレンを連れて行きなさい!!」
わからないことは見ないことにしたらしい。強引にルークとレンを拘束させるジェイド。イオンが止めようとするのを、ルークが視線で制した。声には出さず意図を伝える。了解したイオンが気配を収めた。イオンの答えも同じだからだ。
(いくらイザナ様の師匠がいらっしゃる国でも、これを庇うことは出来ませんね。
・・・ラクス殿の手腕に期待しましょうか。)
尊敬するマルクト帝国女公爵には申し訳ないが、イオンとしてもジェイドの犯した罪の数々を見逃す気はなかった。それよりも今最優先で考えるべきなのは、ダアトの人間がしでかした事の余波をどうやって穏便に収束させるかである。特にキムラスカへの借りは大きい。インゴベルト陛下とその側近はどうとでも出来るが、ダアトにも名をとどろかすキラ・ヤマト准将が本格的に動き始めたら厄介なことになる。
(以前お会いした時にはまだ身を潜めておくお積りのようでしたが、もう動き始めてもいい頃だ。)
導師になった後、公式行事のためキムラスカを訪問した際、警備の指揮を執っていた若い准将を思い出す。
彼の名はダアトでも有名だ。主に戦場での武勲に拠るが、一部ではヤマトの領地における政治手腕も評価されている。彼が王宮では余り重用されずにいるのは預言に重きを置かない所為だということで、詠士には余り良い印象を持つものがいないようだが、イオンはむしろ感嘆していた。あのキムラスカで、強く己の信念を掲げ続けるキラの行動は尊敬に値する。その有能さは折り紙付だ。己の被験者であり、兄でもあるイザナであっても勝てるかどうかわからない相手。勿論イザナが劣っているというわけではない。だが、キラを侮ればたちまち足元を掬われるだろう。
(・・・そして、ルーク殿も同じだ。
今はまだ成長途中のようですが、数年後はわからない)
先程の態度といい、冷静な判断能力といいルークの言動は既に支配者のそれである。
きっと今のやり取りだって本気の数割も出していない。
イオンでは相手にならないかもしれない。
(・・・アッシュなど比べ物になりませんね。
イザナ様が言っていたのはこのことですか)
イザナやカナードはイオンの師匠でもある。だが彼らの教育はスパルタで、基本的に知識は己の意思で得るものだという持論を実行している。質問には答えてくれるが聞かれないことは余り口に出さない。
流石に導師としての仕事で必要な情報を秘匿することはないが、知りたいことがあるならまず自力で調べろ、というのが基本方針だ。それは彼らが今遂行中の活動でも同じ事で、共有が不可欠な情報以外は自分の力で得なければならない。別に試されているわけではなく実戦修行ということだ。今の導師はイオンなのだから、その位は出来るようになれ、ということである。
そのイザナ達が、珍しくキムラスカのファブレ家子息の話題を振ったことがあった。
ヴァンが剣の師を務めていてとても慕われているという内容だったか。
その後アッシュに会って、あからさまなキムラスカの王族の特徴を持つ彼にまさか、と思っていたのだが・・ルークにあって疑惑が確信にかわった。
ルークとアッシュはどちらかがレプリカだ。あれ程の相似はレプリカ以外考えられない。そして作ったのはヴァン。
普通ならばアッシュがレプリカだと考えるべきだろうが、・・・レプリカはルークだろう。ファブレ家の子息が七年前に記憶喪失になったという話は有名だ。原因まではキムラスカの総力を挙げて隠し通したので知らなかったが、恐らくその時入れ替えられたのだ。
(・・・・とにかくイザナ様に連絡しなければ。)
「イオン様!どうなさいました?」
「イオン様~~?」
何時の間にやらジェイドが居ない。多分ルークらを監禁する場所を指示しにでもいったのだろう。
目の前の軍人二人をみて、疲労が限界に達するイオン。
(・・・・・あれ程はっきり罪人だと言ったのに、本気で理解していないとは・・・・)
ルークとレンを拘束したくせに、ティアを放置するとはどういう了見だろうか。
全てを投げ出して一人タルタロスから飛び降りてやろうか、とまで思うイオン。
とにかくこの世間一般の常識を全く解していない人間達から離れられるなら、その位してもいい気がしてくる。
(カナード・・イザナ様・・アリエッタ・・・・誰でも良いです。
迎えに来てください・・・・この人たちの相手は、僕の手には余ります・・・)
「・・・・ルーク様、お怪我は?」
一応は王族と公爵令嬢ということで、監禁場所は普通の部屋だった。窓はないが調度も一通り揃っている。
普通に休む程度なら支障なく過ごせる。・・流石のジェイドもルークとレンを牢に入れるつもりは無かったらしい。
ルークと引き離されることも危惧したが、一緒の部屋に通されて安堵するレン。それ程乱暴に連れてこられたわけではないが、念の為ルークに怪我の有無を確認する。返すルークの表情が僅かに顰められる。まさか怪我をしていたのかと身を乗り出そうとしたのを視線で止めたルークが、憮然とした表情でレンの顔を見下ろす。
「ないよ、俺よりお前だろ。・・森で負った怪我を全部治しきってねぇな?」
「いいえ、大丈夫です。」
「嘘だな。・・・・左の二の腕と右ふくらはぎを見せろ。」
内心で狼狽するが、表情は変えずに即答する。なのにあっさりルークが返した。的確に傷が残る場所を言い当てられて視線が泳ぐ。
「ええと、かすり傷なので、動くのに支障がない箇所は取りあえず後でいいか、と思いまして、ただの打撲ですし、すぐ治るかと、・・その、」
「・・・・・レン?」
ルークが、ふと微笑む。・・・彼が本気で怒り出すときに浮かべる凄みを帯びた笑顔で。
「お・ま・え・は!いい加減にしろよ!いつもいつも他人の事にばっかりかまけやがって!!
ちったぁ自分のことを優先しろと何度言わせる!!」
「はい!」
怒鳴られて身を縮める。ルークの怒りは心配の裏返しだ。
怒り自体への恐怖はないが、申し訳なくなる。守りたい相手に反対に気遣われるなど、情けないにも程がある。本当に守りたいなら、精神的な負担も含めて守るべきなのだ。ジェイドが傍にいる状況に警戒するため、間に合わせの処置で済ませたのだが、そういう行為は悟られたら意味がない。
そこまで考えてレンの心が竦みあがった。
優しいルークが、レンを気遣って戦闘から離そうとするかもしれない、という恐怖で、だ。
・・・・レンにとって、戦って誰かを守ることは己の存在意義に等しい。
----エヴァに乗らないなら、貴方はここで必要のない人間なのよ。
脳裏に浮かんだのは、”過去”の世界で、初めて父から呼び出された場所で突きつけられた自分の役割。特別な資質が必要な兵器に乗せる為だけに呼んだのだと、冷たく言い放たれた父の言葉。母の命日にしか顔を見ることも叶わなかった父に会えると思っていた自分を一顧だにせず、高みから下された命令。
迫り来る敵を倒さないと世界が滅ぶと言われた。
それが出来るのは貴方だけだと言われた。
だから、貴方をここに呼んだのだと、言われた。
それが出来ないなら、父が自分を呼ぶことは無かったのだと、言ったのだ。
レンは理解していなかったが、その言葉は「敵を倒して、世界を守るのなら、お前を必要としてやる」という脅迫でしかなかった。理解はしていなかったが、感じてはいたのだ。
だから、父の部下であったミサトが、躊躇う自分に言った言葉は、”碇シンジ”の、心に消えない傷となって刻み付けられた。そして、”碇シンジ”が人間ではないものに変化して生まれた”レン”の心にも刻まれたままだった。
----やっぱり”いらない子ども”でしかなかった自分を、誰かに必要としてもらうためには、戦って敵を倒さなければならないのだ、と。
それは殆ど本能的な恐怖。
なんとかルークの心配をなくさなければ、と慌てて口を開きかける。
それを見たルークが眉を顰めた。
「・・・おい?レン、お前大丈夫か。顔色が悪いぞ。」
「いえ、そんな事は・・・」
「そんな青い顔で何言ってやがる!とにかくそこのベッドで休め。今医者でも寄越して、」
「いえ!本当に何でもないですから!!」
扉の前にいるはずの見張りに声をかけようとするルークの腕に縋りつく。その必死さにますますルークが表情を曇らせる。
「お前、どうしたんだ?ちょっと落ち着け。・・・何が、怖い?」
「な、なにも、ありません。大丈夫、です。ですから、」
真っ直ぐ瞳を覗き込まれて狼狽する。
ルークは他人の本質を見抜く。隠されたものを見つけるのが上手い。
無闇にそれを指摘したりしない分別もある。
真実を指摘することが、時に誰かの心を傷つけると知っているからだ。
けれど、今は決して見逃してくれないだろう。
それはルークがレンを大事に思ってくれているからだとわかっている。
だけど、駄目だ。知られたら、ルークに嫌われるかもしれない。
ルークが知れば、シュザンヌやカイトやシンクやディストや、新しくできた優しい友人達が知ってしまう。
彼らに、嫌われてしまうかも、しれない。そう思うとますます恐怖に苛まれて身動きが取れない。
「レン、こっちをみろ。」
穏やかなルークの声が怖い。
・・・レンの心にのこった、醜い傷痕を、見抜かれてしまう。
(キラ、兄さん!)
この世界で唯一、レンの過去を知っているキラを呼ぶ。
ドガァン、と響き渡る轟音。部屋全体が揺れる。咄嗟に傍の家具に掴まってやり過ごす。
揺れが収まってから二人同時に天井を見上げた。
---これはこの艦の主砲が発射された音ではないのか?
ルークが即座に身を翻す。見張りの慌てた会話を聞いているようだ。レンも動揺を無理矢理治めて外を窺う。殺気だった複数の気配が近づく。広く散らばった気配が入り乱れて読み辛い。これは、----敵襲か。
「ルーク様!こちらに、」
「失礼いたします!マルクト国軍第三師団所属トニー二等兵であります!
神託の盾騎士団が武装してこちらに向かっています。
戦闘になるかもしれませんので、どうか御二方には避難して頂きたくお迎えにあがりました!」
いいかけたレンの言葉に被さるように、乱暴に開けられた扉からマルクト兵士の一人が叫ぶ。
「神託の盾騎士団?攻撃されているのか?」
「いえ、先程の砲撃はタルタロスのものです。威嚇の為に発射されたものかと、」
「こちらから攻撃したのか?!」
事態を確認するルークに、トニー二等兵がおろおろと答える。その返答に二人同時に顔を顰めた。
(ただ遭遇しただけで先制攻撃は拙い。神託の盾騎士団が動いているなら多分名目は導師の保護、或いは救出か。 ・・・真意が別でも先ずは意図を確認するべきだろーが。攻撃などしてしまったら、相手にも此方を攻撃する口実を与えてやったことになる)
(・・・・これで、神託の盾騎士団がこの艦を占領しても取りあえず言い訳は成り立ってしまう、騒動に乗じて何をされても、 不利なのはマルクトだ。・・先制攻撃がなかったら、武装して国境を侵した神託の盾騎士団を追求する隙もあったと思うけど・・・)
((何を考えている、ジェイド・カーティス!))
ルークと視線が合う。同じ事を考えているのだと知れる。
だがとにかく脱出はありがたい。どちらに転んでも、ここに残るメリットはもう無い。トニー二等兵に向き直ってルークが確認する。
「では、ありがたく退避させていただこう。貴殿について行けばよろしいか」
「は!こちらへ」
振り返ったルークがレンを安心させるように笑う。
「レン、行くぞ」
伸ばされた手を反射的にとる。手のひらから伝わる優しいぬくもりに、レンの心を凍らせていた恐怖が消える。
「・・・ありがとう、ございます」
うつむいたまま言ったレンの言葉に答えるように、強く手を握り締めたルークが歩き出す。
その優しさに甘える罪悪感を抱きながら、レンも続いた。
・・・いつかは話す日が来るかもしれないけれど、もう少しこのままでいたかった。
(キラ兄さん・・・・・・・XXア姉さま・・・・)
無意識に、今の家族の名前を呟く。
キラと、もう一人、心に浮かんだ誰かの残像には気づけない。
それでも、縋るように思い浮かべた人たちの姿が、レンの心を宥めてくれた。
(・・・もう少しだけ、皆と一緒に、)
強く目を閉じて、思考を切り替える。まずは、ルークを無事に脱出させなければ。
「・・・落ち着いた、か。」
「?すみませんルーク様、今何か・・」
「いや、行くか。早く帰ろうぜ。」
「はい!」
ぽつり、と呟くルークの言葉を聞き逃す。訊ねたレンのあどけない表情に、苦笑したルークがいつもと同じようにレンの頭をかき混ぜながら言った。それに今度こそ安心して元気良く返事を返す。二人で、マルクトの軍服を追ってタルタロスの通路を走る。
ルークの悔しげな表情には気づけなかった。
--その頃のマルクト王宮
「陛下!!」
ひとまず緊急に交代を決定した新しい和平の使者を送り出して、僅かに安堵していたマルクト王宮の謁見の間に、珍しく慌てた様子のラクスが駆け込んだ。駆け込むといっても動作は相変わらず洗練された優雅なものだったが、その表情が強張っている。その姿に、また何か問題が起きたのかと一同に緊張が走る。
「陛下、ジェイド・カーティスに、導師イオンへの和平の仲介を依頼するように指示を出された、というのは本当ですか。」
「あ、ああ。導師が動いてくだされば、多少なりともキムラスカの心象がよくなるかと思ってそう命じたが」
「・・その依頼の仕方について、なにか指示を与えましたか?」
「いや、ジェイドに一任していたが・・・なにか、やったの、か?」
先日の恐怖再び。
ラクスの迫力にしり込みする重鎮一同。聞きたくないが、聞かねばならない。
「・・・今、ローレライ教団詠士トリトハイムから、抗議文が届きました。
・・・要約しますと、ジェイド・カーティスは、あろう事か導師イオンへの依頼の際、正式な手順も踏まずにマルクト皇帝の名代としての立場を振りかざして謁見をねじ込んだ挙句・・・仲介の依頼を半ば無理矢理受け入れさせて、守護役一人を付けたのみで導師イオンを、連れ出した、と・・・!!これは誘拐されたに等しい、マルクトはダアトに何か含むところがあるのか、と・・・!!」
「「「「「「・・・・・!!!!!」」」」」
声にならない悲鳴。顔色が一瞬で青ざめる。
しかも、ラクスの言葉は終わりではなかった。
「さらに、エンゲーブから緊急の連絡が届きました。
・・・なんでも、カーティス大佐が乗艦しているタルタロスが、漆黒の翼という盗賊を追うために街道を走りまわっていたと。その盗賊が逃走手段として、ローテルロー橋を爆破したと。」
「「「「「・・・・・・!!!????」」」」
重鎮一同が凍りつく。
そんな重要な報告は来ていない!輸出入含む国交の要であるローテルロー橋が、破壊された?!しかも原因はタルタロスで盗賊を追ったからだと?なぜ勅命で動いているはずの軍人が寄り道などしている?!盗賊を放っておけないならば付近の軍部に連絡して対処を任せればいいだけだろう。タルタロスなどで街道を走ったなどと、その追走劇に巻き込まれた者がいたとしたら、被害者にどう詫びればいいというのだ。
しかもローテルロー橋は決められていた筈の移動経路の一つだ。もし通行が不可になったというなら、真っ先に報告をして指示を仰ぐ必要があったはずだ。皇帝名代の移動経路を、勝手に変更などしていいわけがないのだから。しかし連絡は、なかった。つまり、勝手に経路を変更している、ということか。
・・そこで、ジェイドから、出発してから今日まで、ただの一度も報告が無い現状に思い至ってピオニーは呻いた。
もしかしなくとも、定時報告も、入ってなかった、か。本気でジェイドに名代などを任せた己の愚かさに舌を噛み切りたくなったピオニー。
ラクスの報告は続く。
「さらに、」
「「「「「・・・・(まだあるのか!!!!!?????)」」」」」
「先日、キムラスカから、誘拐されたファブレ公爵家ご子息と、ヤマト公爵家ご令嬢の保護依頼が届いておりましたわね。」
「あ、ああ」
「・・その誘拐とは、擬似超振動によるものだったという報告も」
「・・ああ」
段々と声が低くなるラクス。ピオニーの顔色もどんどん悪くなっていく。
「・・・・その擬似超振動の収束先がタタル渓谷付近であるという報告、も」
「・・・・ああ、だから全軍、特にあの一帯には直ぐに公爵子息殿と令嬢を保護するように勅命、を」
「・・・・・・エンゲーブからの報告、で。・・・・・・・・年のころは16,7位の、育ちの良さそうな少年と少女、が、タルタロスの兵士に、槍を突きつけられて、連行されている姿をみた、という報告、が、ございましたわ・・・!!!」
「・・・・・・・・本当、か。」
「・・・・・・・・・・・ええ、事実、です。」
呻くように問い返すピオニーにラクスが答える。
「そう、か・・・・はは、はははははは、」
「ほ、ほほほほほほ・・・・・・」
乾いた笑いが響く。臣下一同の口からも引きつった笑いが漏れた。
・・・笑うしかない状況とは、こういうときに使うのだなぁ、と実感する。全く、嬉しくない。
「陛下?」
「なんだ?」
にっこり、と微笑むラクス。答えるピオニーも満面の笑みだ。何かが突き抜けてしまったらしい。
「よろしいですわね?」
「ああ、任せた」
「任されました。では、失礼いたします」
主語無く会話する二人。周りも同意するように深く肯く。
颯爽と立ち去るラクスの背中に揃って深く頭を下げる。・・・もう彼女に任せるしかない。
「・・・・・・・勘弁しろよジェイド。」
最後に呻いたピオニーの独白だけが、謁見の間に響いた。
さらにその頃のキラ・ヤマト率いる捜索隊一行
ドッカーン、と景気のいい爆音を響かせて、キムラスカの某所が吹っ飛んだ。進路に立ち塞がっていた魔物たちを一掃する為に放たれたキラの譜術だ。キラは自ら隊の先頭にたって、次々と邪魔者をなぎ払っている。予め街道には一時的な通行規制を敷いているので一般人が巻き込まれる心配はない。しかしそのテンションの高さに、隊員一同は顔を引きつらせている。それでも止めないのは、彼らも捜索対象である二人を心配しているからだ。
「キラ、様~~少し、スピードを、出しすぎ、じゃ」
が、限界というものはある。隊の後方に脱落寸前の者がいるのをみたキラの副官が恐る恐る進言してみた。・・・・言わなきゃよかった、と心から悔いる。後からするから後悔とはよく言ったものである。
「・・・何か言ったかな。ルーク様と、僕の、可愛い妹、が、待っているんだよ?
あれからもう何日たったと思う?ルーク様とレンが、見知らぬ土地で心細い思いをしているかもしれないっていうのに、何?スピードを落とせ、って言ったのかな?」
辛うじて残る理性でルークの名を先に出しているが、キラの心配がどちらに傾いているか察するのは容易い。「僕の妹」の下りで放たれた譜術が街道の一部を抉った。辛うじて加減されていた筈の譜術が桁外れの威力で魔物を消し去る。脱落しそうになっていた隊員が顔を青ざめさせて必死に持ち直している。・・・ここで遅れたら後々キラの怒りに触れるかもしれないと思って発揮された火事場のなんとやらだ。
「いえ!なんでもありません!!
さあ、急ぎましょう!ルーク様とレン様がお待ちです!!」
「ふふふふふ、そうだよね!・・じゃあ、もうちょっと本気出してみようか!」
「「「「「・・・・・!!!!!」」」」」
輝く笑顔で言い放ったキラの言葉に、一同が声のない絶叫を放った。そんな彼らを尻目に、ぐんぐんスピードを上げるキラ。馬の方も既に瀕死だ。しかし足を止めたときの恐怖を思えば、死んだと思って力を振り絞ったほうがましである。
こうして、捜索隊一行は必死の形相で今日もキムラスカの街道を駆け抜けた。
・・・・合掌。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
さて。
キムラスカのファブレ邸に局地的なブリザードが。
マルクトの王宮にて局地的な雷雨が降り注いだある日。
ここ、ダアトの中心部---ローレライ教団神託の盾騎士団本部も上へ下への大騒ぎの真っ最中であった。
とある一部の師団長はほくそ笑んで企みごとを進め。
とある真っ当な詠士一同は緊急事態の勃発に眩暈を無理矢理堪えて事態の把握に走り回り。
とある預言マニアの大詠士の側近はこれ幸いと策謀を巡らし。
とある国から送り込まれているスパイ達は其々の国に情報を送り。
とある隠された真のダアト最高責任者に近しい者の一人は、疲れきった溜息を漏らした。
「つーか、本気かこの命令・・・・」
「ああ?何言ってやがんだ」
溜息混じりにぼやいた黒髪の青年に、鮮血の如く鮮やかな紅毛の青年が凄む様に聞き返す。その口調は柄の悪さも此処に極まれりといえるほど粗暴なもので、黒髪の青年は別の意味で再び溜息を吐いた。無駄とは知りつつ一応いってみる。
「・・・アッシュ特務師団長殿にお聞きするが、
・・・この命令に従うってのがどういう意味を持つのかお分かりか」
「はっ、なに言ってやがる。
導師救出って名目でマルクトの陸艦を奪ってくりゃ良いってだけだろーが。」
「・・・・・・そうか。」
(・・・・イオンやアイツがきいてたら満面の笑みで秘奥義ぶっ放してんだろーな・・・)
カナードは胡乱な目で目の前のアッシュを眺めた。初めて存在を知ったときから思っていたが、・・・・とてもとても元王族とは思えない粗暴な言動に浅慮な思考回路。身近にアッシュより年下で遥かに有能な支配者気質の人間を知るカナードは呆れ以外の感想を抱けない。
「幾ら導師が誘拐されたといっても証拠がなければ只の疑惑だろう。
まずはマルクトに真偽を質してからでも遅くないとは思わないか。」
「なんだ怖気づいたか?なら待機してても構わんぞ。」
「・・・・」
(発見したときに教育しとくべきだったかな。
・・・・キムラスカの弱みになるかと思って放置したのは失敗だったか)
「ああ時間だな。」
「・・・」
「じゃあ、俺は行くぜ。お前も来るつもりなら早くしろ」
「・・・・・・・・・はぁ」
確かに人に命令しなれている姿を見れば、成る程と思わなくもないが。如何せん普段の柄が悪すぎる。カナードとしてはアッシュの失態はむしろ望むところだが、それが教団へ跳ね返るような大きすぎる問題だけは回避したい。アッシュの気配が完全に遠ざかってから、影に潜んでいた気配に話しかけた。
「・・・・で、アイツは何て?」
「取りあえず、従って、良いそう、です。・・・モースの失脚材料に、する、です。」
影から進み出た小柄な少女が答えた。鮮やかなローズピンクの髪の幼げな少女。言葉遣いが拙くあどけない表情だが、その動きに隙はない。彼女は現神託の盾騎士団第三師団長を務め、二年前には導師守護役すら勤めたという実力者である。何らかの事情で親を亡くした時、赤子のアリエッタを拾ったというライガ一族の女王に育てられたという経歴を持つ。魔物に育てられたという風評以上の詳しい事情を知っているのはカナードと
アリエッタの主だけだが、経歴ゆえの実年齢より幼い外見の印象で見縊り嘗めてかかれば手痛いしっぺ返しにあうだろう。本人もそれを自覚して敵の油断した隙を突くなど、決して侮れない。最もカナードにとっては数年の付き合いを経た妹分で、親友の大事な少女である。未だ恋人同士にはなっていないが何時くっつくか、と仲間内で見守っている対象で穏やかな微笑ましさしか感じない。勿論信頼もしている。そのアリエッタの方を見下ろして問い返した。
「良いのか?ヴァンの手駒はともかく、アッシュは不味いんじゃねぇ?」
「アッシュも、今の立場は只の師団長、です。
責任は重くても、結局は命令される側、ですから。」
「・・・ま、それもそうか。
・・・・しっかし、イオンが誘拐された、って聞いたときは何の天変地異かと思ったぜ。
ありゃ、アイツの指示か。」
「はい、です。あの方・・・イオンさ、いえ、イザナ様が、マルクトへの貸しを作れると、ジェイド・カーティスの無礼を取りあえず見逃しておけ、と言ってました、です。」
「イオンは、アイツ・・イザナに似ているからなあ。嬉々としてアニスも連れてったんだろぅよ。
今回犯した失態で纏めて首を飛ばせるような証拠を揃えきるつもりか。」
くすくすとアリエッタが笑う。その声には誇らしさが混じっている。アリエッタにとって、イザナ・・・二年前に秘密裏に導師を降りた被験者イオンは最愛の主である。モースらの企みを利用して己のレプリカに地位を譲り身を潜めることを選んだ際に、イオンの名をレプリカに与え新しい名前に変えた。そのイザナと、教団に残っている仲間達との連絡係がアリエッタの本来の役目であった。ついでにヴァンの誘いに乗ったふりで六神将に納まり、ヴァンの企みの証拠集めもしている。イザナが喜ぶと思えば、一人で何役も勤める苦労など苦労の内にも入らない。ただイザナの信頼が嬉しくてこれからも頑張ろうと思うだけだ。
「イザナ、様。笑ってました、です。」
「だろーよ・・・アイツにとっちゃ飛んで火にいる夏の虫ってとこか。
ヴァンとモースの企みを暴露すりゃ教団の分裂勢力を一掃するのも大分簡単になることだしな。
・・・で、教団の行く末に着いちゃ結論は出たのかよ?」
「・・・それは、もう少し考えさせてくれ、って、言ってました、です。」
「それもそうか。俺は良いが、タイミングを逃したら厄介だぜ?」
「わかってる、です。」
カナードの問いに、笑顔から一転真剣な表情をしたアリエッタに彼も肯く。預言の神聖を壊してしまいたい、というイザナの願いに共感して動いているカナードらではあるが、教団そのものをどうするか、という答えを即決はできない。カナード本人は壊しても何ら痛痒も感じないが、曲りなりにも元導師のイザナや師団長であるアリエッタにもそれを強要しようとは思わなかった。時間は余りないが、ぎりぎりまで悩む手助けくらいはしてやろうと思っている。自然にそう考える自分の感情に照れくささを感じて渋面を作ってしまったが。
「・・・じゃあ、アリエッタも、お友達を貸す約束ある、です。」
「そうか、・・俺もアッシュが最悪の失態だけはしない程度の面倒を見なきゃなんねぇからな」
アッシュの事に思考が及んで、渋面の種類が変わるカナード。つくづく厄介なものをダアトに持ち込んだと、ヴァンに悪態をつく。イザナに協力することを決めて、取りあえず特務師団副団長を続けていたカナードに、預言が憎くないかと持ちかけたヴァンのうかつさには呆れつつ都合が良いと思ったものだ。しかししばらく後に連れてきた赤い髪の子供の姿には唖然とした。その子供の出自をヴァン本人に聞きレプリカ作成の下りに至っては、その場でヴァンを殺さなかった己の理性を褒めたくなるほどだ。
「(キムラスカの公爵子息を誘拐してレプリカと挿げ替えたってのを、あんな風に軽く話した奴の思考回路を解体してみたいね。 ・・・・下手すりゃキムラスカから宣戦布告無しに戦争けしかけられてても文句言えねぇぞ。・・・アッシュ本人の意思も絡んでると知ったときも呆れたが。)」
幾らなんでも、と想いアッシュ本人にそれとなく伺ってみれば、どうやら本人の意思での亡命でもあるらしい。それにしたってダアトの責任は軽くないから帰国の意思を確認すれば、帰ってきたのは居場所を奪ったとやらのレプリカへの憎悪であった。その頑なさたるや手のつけようもないほどに強固なもので、カナードの手には負えないとイザナに相談したら、でた結論は現状維持。取りあえずヴァンの単独犯のまま様子見で、アッシュが教団の師団長として自ら働くのならば其れを盾にとっていざという時の交渉カードにする、と。
「(まあ、キムラスカも、王位継承権一桁の王族が自ら亡命して他国の軍人してたなんて、ばらされたら醜聞どころの話じゃねぇしな。 後はイオンやイザナの手腕に懸かってるが、それは何とでもなるだろ。)
・・・つくづくイオンはイザナに似てきたよなぁ。」
「そう、ですか?イオンは、イザナ様より、まだまだ可愛らしい、です、よ?」
「お前もすげえよ。良くあのイオンを可愛いとかいい切れるな。」
「???」
イオンの、完璧な仮面笑顔を思い出して乾いた笑いを漏らすカナード。・・・あれは確か影で私服を肥やしてた詠士を処分するときに本人を足蹴にしながら披露していたものだったか。ヴァンやモースに隠しきって事を片付けた手腕といい、確実にイザナ直伝の腹黒さ。
・・・可愛い、と断言できるアリエッタの器の大きさを再確認したカナード。
尊敬の眼差しで妹分を見下ろした。
(別人っつっても資質は同じ、か。身体の構造は同じものだしなあ。)
幾らレプリカといっても、カナードから見れば肉体の構成が同じだけの他人だという意識がある。そもそも研究者らがほざく様に、被験者の身体を完璧にコピーすればもう一人の被験者として成り代わる存在が生まれるなどと、どんな与太話だと思う。人を人たらしめるのは、その人間が経験蓄積した過去の出来事と付随する感情だ。記憶を機械的に移すことが可能でも、だからレプリカが被験者本人と同じ存在だと思える方がどうかしている。だったら、同じ両親から生まれた兄弟なんかの容姿が瓜二つだったとして、例えば兄の記憶を弟に移せば兄弟は同じ存在になれると言うことか?そんな馬鹿な話は存在しない。
「(イザナも最初はそう考えてたみたいだが・・・)」
一人目のレプリカが、能力不足で代理にはなれそうもないからと自分が殺したといったイザナとの本気の殴り合いも思い出したカナード。あの時は本気でイザナとの決別も考えたのだ。・・・預言に詠まれることなく、万人に存在を認知されないレプリカは、過去のカナードの境遇にどこか似ていて、尚更イザナの行為に腹がたった。お前も、俺の母親と同じ事をするのか、と。当時既に不治の病に冒されかかっていたイザナ相手に、アリエッタが泣き喚くほど手加減せずに殴りかかった。
お互いに力尽きて倒れてから、カナードの本音をぶちまけて、それを聞いたイザナが考えを翻す事がなかったら、今共にいることはなかった。カナードの言葉に何か考え込んだイザナが、だったらレプリカは自分の弟として考えようと言った時、まるで自分が母に存在を見てもらった時のような気分を味わった。それは誤魔化しようのない嬉しさ、だった。だから、カナードにとって今導師を務めているイオンは、親友であるイザナとは別の意味で特別な位置にいる。過去の自分を投影するわけではないが、そう、カナードにとっても弟のようなものか。
(イオンがどんどんイザナに似てくるってのが些か不安だがな・・・頼もしいのも事実だが、何もあんなに腹黒にならなくても・・・)
イオンが成長と共に親友にそっくりな支配者の器と権力者特有の思考を身に着けていくことが些か寂しいカナード。
口ではなだかんだいっても、弟を可愛がるの面倒見の良い兄貴そのものである。
イザナやアリエッタの微笑ましげな視線に見守られる日々だった。
「あ、そういやイザナの容態はどうなんだ?回復は順調か。」
「はい、です。ラクス様が紹介してくださった、お医者様が、もう直ぐベッドに拘束される必要もなくなるって、いってました、です。」
「あの姫さんもすげぇよ。さすがイザナの師匠」
「はい、です。格好いい、です。」
協力すると決めた後紹介されたイザナの師匠であるラクスクライン嬢は、なんとマルクトの公爵様だった。なんでも、十歳で爵位を継ぐ前から預言の支配を断ち切るために活動していたらしい。元々は母親と死んでしまった友人の意思を受け継いだそうだが、そこら辺は詳しくは語らなかった。ただあの姫君が、見かけなど180度裏切るような女傑であると認識するだけだ。純粋に尊敬できる人間の一人である。
その彼女が、イザナの病に気づき腕の良い医者と療養できる環境を提供してくれなかったら、イザナは二年前に預言の通り死んでいた。カナードもアリエッタもイオンも、ラクスには心から感謝している。きっと必要ならば敵対もする。その時に互いに手加減することはない。しかし抱いている感謝と尊敬が薄れることもない。そういう相手に出会えた事を誇りに思うだけだ。
「さて、いい加減行かなきゃ不味い時間だな。
・・・んじゃ、アリエッタも気をつけろよ。お前のお友達がいりゃ心配ない気もするが」
「勿論、です。カナードも、怪我しないでください、です。」
「んじゃ、とにかくまずは、”導師奪還作戦”だな。」
「「いってきます」」
そこでカナードとアリエッタは別れた。
何はともあれ、ここにも一つの勢力が本格的に動き始めた。
それぞれが少数の集まりながら、現オールドラント最強の人物達率いる三勢力の揃い踏み、である。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
のどかな村に昇り始めた太陽の光が差し込む。
農村の朝は早い。すでに起きて活動し始める人々の気配が賑々しい。勿論不快なものではない。
活気に満ちた人々の働く気配は、こちらも元気を分けてもらえたような気持ちになる。
思わず浮かんだ笑みを隠さずに窓から外を眺める。
(こうしてみると本当に良い村だなあ。)
ルークが寝入ってからこっそり起きて不寝番をしていたレンだ。
まさか他に護衛のいない状態で、正体を隠していてもマルクトの軍人までいる場所でのうのうと眠るつもりは無かった。ルークが気にするので一度寝た振りで誤魔化したのだ。いつもレンの方が起床が早いと知っているはずなので、大丈夫だろう。とりあえずもう少ししたらルークを起こして、今日の道程を確認しておこうと地図を眺める。その視界に緑色の影が入った。
(・・・・?あれ?)
見間違いかと目を凝らす。
(あれって、・・・・?)
間違いない、あれは
(導師?あっちは確か森の方角じゃ?
守護役も兵士も一緒にいないみたいだけど・・・・)
逡巡する。レンが第一に考えるべきなのはルークの安全だ。だが、世界の象徴と崇められる導師が危険な場所に赴くかもしれない可能性に気づきながら見過ごすのも問題だ。何よりも、年下の少年が危ないかもしれないと思えば捨て置くのは気が咎めて仕方ない。かと言って、寝ているルークを置いて他の人間を呼びにいけるわけもない。どうしようと悩むレンの背後で気配が動いた。
「・・・・はよ。」
「ルーク様。おはようございます。お体の調子はいかがでしょうか?」
「ん、平気だよ。ありがとな」
「勿体無いお言葉です、・・・あの、ルーク様」
振り返ったレンがルークの服を調えながら挨拶する。昨日辻馬車の御者から購入しておいた旅人用の服である。手持ちのアクセサリーを、乗車代金と荷物に交換したのだ。内の一着を手渡して朝のお茶を用意しながら、身支度を整えるルークに相談する。
「実は今外に導師のお姿を見かけたのですが、森のほうにお一人で向かったようで・・・」
「一人?守護役や兵士、は・・・・いねぇよな、昨日の様子じゃ。」
「はい・・・」
深々と溜息を吐くルーク。仕方なさそうに肩を竦めた。
「あ~~~っっとに、世話がやけんなぁ。仕方ねぇ、か。レン。」
「はい。」
「導師のことを追いかけようぜ。放っとくわけにもいかねぇだろ。
・・・あまり心配はない気がするが。」
「はい。・・・導師はご自分の身を守る術はお持ちだと思いますけど・・」
「ま、取り越し苦労ならそれで良い。朝の散歩だとでも思っとこうぜ。」
「そうですね。」
苦笑しつつ提案するルークに、レンも笑って答える。確かに昨日の導師の様子なら、そこらの賊程度を返り討ちする位できそうだ。
「では、参りましょう。」
「・・言葉遣い!」
「はい!・・えっと、いきましょう?」
そこでルークの指摘が入る。ついうっかり従者としての口調に戻っていたレンがぎこちなく言い直す。
「じゃ、行くか」
苦笑したルークが剣を差しながらドアを開ける。慌てて追いかけるレン。
・・・隣部屋のティアは、未だに眠ったままだった。
足早に歩く二人の視界に、やがて天を突くかのような巨木を取り囲む豊かな森が現れる。
村の北に位置するチーグルの森だ。ローレライ教団の聖獣と崇められている獣が生息するためそう呼ばれる。
葉を茂らせた木々が隙間無く密生しながら、差し込む陽光が木陰を美しく彩って暗い雰囲気はない。魔物が出ないならば散策に最適な環境だと思いながらルークの横を歩くレン。前に出ようとして再び怒られたため仕方なく妥協する。
(魔物がでたら譜術で直ぐに片をつければ大丈夫。)
気合を入れて周囲を窺うレンの思考を正確に読み取ったルークの微妙な表情には気づかない。
(つくづく、隠し事ができねぇ奴だな・・・・素直なのはいい事だけどよ。
てか、自分も公爵家のお嬢様だっていう自覚をいい加減持てって。)
取りあえずは気の済むまでやらせるか、と諦めるルーク。昨晩飛ばしておいた鳩がカイトとキラに知らせを届けるのを心待ちにする。さっさと追いついてもらわねば、レンの負担が洒落にならない。幾ら彼女が強くても、連日不寝番を務めての旅を続けるのは無理がある。既にエンゲーブまでの道で二日、昨夜で三日目だ。鍛えている人間でも後数日徹夜を重ねれば過労で倒れかねない。
(一応仮眠は取ったようだが・・・・カイト、キラ、早く来い)
そんな心配を含んだ視線には気づかないレンが振り返った。
「ルーク様、見つけました。前方30メートル、導師イオンです。
・・・失礼いたしますルーク様!・・・タービュランス!」
導師イオンの前に立ちはだかる影に気づいた瞬間放たれる譜術。
完璧に制御された中級譜術が、魔物だけを消し去る。
識別はしたが念のために、と余波すら導師に届かないようにと計算して展開される竜巻。
それに、イオンが僅かな感嘆を浮かべてこちらを振り返った。
「あなた方は、昨日の・・・」
「お怪我はありませんか?導師イオン」
イオンの前にたどり着くと、レンが恭しく膝を着く。ルークも倣いながら気配だけでイオンの様子を窺った。変装している今二人はただの旅人だ。導師の前で許可無く顔を上げることなど許されない。昨夜は気づかぬ振りで誤魔化したが、改めて会ってしまったなら礼儀は払わなければならない。
その姿を見下ろしたイオンがにこやかに口を開いた。
「顔を上げてください。発言も許可します。」
「「はい、ありがとうございます」」
「ええと、・・そういえばお名前を伺ってもよろしいでしょうか?
僕はローレライ教団で導師を務めています。イオンです。」
昨夜同様の穏やかな仮面の笑顔。優しい口調で話すイオンの瞳が鋭く光る。
「はい、私はルース。こちらはレインと申します。」
「仲がよろしいですね。ご兄弟ですか?」
「はい。・・?ええと」
ルークが答える。それに微笑みながらレインに手を差し伸べるイオン。どうやら助け起こそうとしてくれているらしいが、手を取って良いものかと迷うレンがルークに視線で助けを求める。
「導師様のお手を煩わせるなど恐れ多い。どうぞ御気になさらず。」
「そう、ですか?ではとりあえず立ってください。
そのままでは膝が汚れてしまいます。」
「は、はい!ありがとうございます」
許しに従って立ち上がる。レンが慌てて礼を述べる。イオンは苦笑しながら手を引っ込めて話を続けた。
「ああ、その口調もどうか・・普通に話しませんか。
此処は公式の場ではないですし、袖振りあうも多生の縁と言うでしょう?」
「ですが・・」
「ね?」
辞退しようとするルークの言葉に被さるように導師が押す。その類の笑顔に馴染み深い二人は反射的に返事を返した。
「「はい、ではお言葉に甘えて・・」」
(つーか、この笑い方、キラや母上と同類か・・・)
(兄さんやシュザンヌ様が、時々する表情に似てるなぁ・・
二人に会ったら気が合うんじゃないかな?)
熟練度は身内二人が上だが、同類の匂いを嗅ぎ取って疲れているルーク。
完全に味方ならともかく、判断の出来ないうちに接したいタイプではない。
レンのほうは些か呑気だ。大好きな二人との共通点を見つけて少し気を緩める。
「ああ、それよりも、危ないところを助けていただきありがとうございます。
妹さんはお強いんですね」
「いえ!勿体無いおことばで---」
「普通に、ね?」
にっこり、と笑みが強まった。
なんで皆同じ反応なんだろう、と思いながらぎこちなく口調を砕けさせる。
「いえ、どういたしまして・・・?(で、いいのかな?)」
「ふふ、お可愛らしいですね。さぞお兄様も心配でしょう?」
「わかってくれますか。」
少しであっても気を緩めた所為で感情が駄々漏れなレン。それを見たイオンが本物の苦笑でルークに会話を振った。これには心から同意するルーク。公式モードにならないときのレンの無防備さに胃を痛めつつ溜息。
(・・・・キラ。もうちょっとレンに危機感持たせとこうぜ。)
過保護人員その2である自覚はないルークが親友に語りかけた。
(まあ、良い。俺たちが守れば。)
やっぱり過保護な一言で思考を締めてイオンに向き直るルーク。
声音を改める。
「それよりも導師が一人でこのような場所にいらっしゃるのは危険では?」
「ええ、実は個人的に気になることがありまして。
・・そうだ!もしよろしければ付き合っていただけませんか?
貴方も腕がたちそうですし、勿論護衛の報酬はお支払いします。」
「いえ、お付き合いするのは構いませんが、私達のような見ず知らずの人間を護衛に据えるのは・・」
イオンが心配で追いかけはしたが、ルークのこともこれ以上危険な場所に置きたくないレンが控えめに異議を唱える。といってもあくまで一般人が導師の意見を正面から拒絶は出来ない。遠まわしに気が進まないことを訴えてみる。それに気づかぬ振りでイオンが答える。ルークが僅かに目を細めた。
「それが、最近エンゲーブの方を悩ませている食料の盗難事件の犯人が、この森にいる様で。」
「では、尚更マルクト軍の方に知らせるべきでは?」
「その犯人が、教団の聖獣とされるチーグルなんです。なので、出来れば僕がまず事情を聞きに行こうと思いまして。」
「ですが、」
「どうか、お願いできませんか。」
「・・・・わかりました。お付き合いしましょう」
「ルー、、ス?!」
「レイン。」
必死に言い募るレンの言葉を交すイオン。段々と焦り始めた時ルークが言葉を挟んだ。
慌てて本名を呼びそうになって口を押さえるレンにルークが小声で囁く。
「導師はどうあっても俺らに付き合わせたいらしい。
此処で無理に断って拗れても面倒だ。大丈夫だからとりあえず行ってみようぜ。」
「・・・わかりました。」
しぶしぶ了承する。
確かに導師が一人で行ってしまって何かあったら取り返しが付かない。
優先順位がルークに傾いているだけで心配なのも本当なのだ。
「では、私が前に、 「俺が前を歩くのでレインは導師をお守りしてくれ」 ルース!」
レンを遮って言うルークを見るが強い視線で制される。
・・・三人しかいないならどちらも危険度は変わらない。
先程同様敵を譜術で倒せば二人を守ることも可能か、と考えて口をつぐんだ。
「わかり、いえ、わかったわ。じゃあ、お願いね?」
「ああ、任せとけ」
「ふふふ」
微笑ましげに笑ったイオンに気まずげな顔をしたレン。
そのまま進み始めるイオンに従って歩き出す。
つくづく前途多難であった。
あれからイオンの歩調に合わせて歩いた三人は、森の中心に聳える巨木にたどり着いた。途中にエンゲーブ産の印である焼印が刻まれたりんごが落ちていたのだ。それを辿ってたどり着いたのが此処だった。一際豊かな自然の気配に囲まれた大きな木。
---ソイルの木。
---・・ン・・・・・の・・・
確かセントビナーにも同じ大木が在ると聞いたことがある。以前読んだ本の知識を探ったレンの脳裏に、ふっと何かが浮かびかける。だがそれが形になる前にイオンとルークの声がレンの思考を打ち切った。
「この洞の中にいるようですね。」
「ああ、どうします?入ってみますか」
「ええ、勿論です。・・・レイン?どうかしましたか。」
「いえ・・・・いえ、済みません。なんでもないです。
凄く、大きな木だなぁ、と思いまして。」
「そう、ですか?・・では、行きましょう」
「はい、導師後ろを離れないようお願いします。」
「はい、気をつけてくださいね」
心配そうなルークの視線が向くが、レンは笑って首を振った。イオンの言葉に笑みで答える。レインの歯切れの悪い言葉に首を傾げるが、まずはチーグルだと思ったらしいイオン。疑問の表情を改めてルークに向き直った。ルークもイオンを無視できずに、仕方なく洞に身を屈める。
二人にぼんやりと続きながらレンはもう一度遥かな樹上を見上げる。
----こ・木の浄・・用を高・て・・・・すれば、・・・グに、・・
---・・ら、・・・・計画は、・・・・
---・・ア!・・・とう!これ・・・
「レイン?」
「あ、すみません!直ぐに行きます」
今度こそ前方に集中してレンが追う。
浮かびかけた何人もの会話が立ち消える。
とても懐かしい、と感じたレンの感情も。
そう考えた事さえ一瞬で霧散する。
そして、葉擦れの音だけが残された。
ソイルの木は、変わらずにそこにある。
遥か遠い、とても遠い昔から、ずっとずっと、その場所に。
イオンを後ろに庇いながら洞に入ったルークは、一瞬で後悔した。
目に痛いパステルカラーが視界を埋める。
甲高い声が幾重にも木霊して耳がおかしくなりそうだ。
チーグルの群れである。
大木の外見から想像したとおりに広い洞の中に、隙間無く身を寄せ合った小動物が僅かの停滞も無く延々と鳴き続ける。単体ならば可愛いと思えなくもないころころと丸い生き物が、右に左に蠢いている様は鬱陶しいの一言に尽きた。
(・・・・うぜぇ。)
たとえ教団では聖獣と呼ばれようと、ルークにとっては只の動物である。何の衒いも無く内心で吐き捨てたルークが、イオンに場を譲る。とてもチーグルと進んで関わる気にはなれない。そんなルークに笑顔で礼を述べたイオンが話し始めた。
「失礼、僕はローレライ教団で導師を務めていますイオンと申します。
こちらに一族の長はいらっしゃいますか」
「ユリア・ジュエに縁の者か?」
返された言葉に人間三人の視線が集まる。そこに大きなリングを抱えたチーグルが鎮座している。この群れの長らしい。
「喋った?」
「ユリアとの契約で与えられたリングの力だ。」
思わず呟いたレンにチーグルが答えた。
(契約?違う、あれは・・・・)
何やら会話を始めるイオンとチーグルの長。それを聴覚から感知しながら、レンはこめかみを押さえる。キィンと甲高い耳鳴りが響いて耳の奥が酷く揺れる。頭痛を堪えるレンの脳裏に、反射的な不快感が巡った。
(それは、契約なんかじゃなくて、あの、人が、)
「おい!!」
そこで突然正常な五感を取り戻す。ルークが強く腕をつかんでレンの顔を覗き込んでいる。その後ろからイオンとチーグルがこちらを見ていた。突然始まって綺麗に消える頭痛。時折レンを悩ませている持病だ。治まってしまえば違和感も残らないのでレンは大したことがないと思っているが、いつも皆に酷く心配させてしまう。
(また、か。)
「すみません、もう大丈夫です。
---会話を中断させてしまって申し訳ございません。」
額に浮かんだ汗を払ってからルークに謝る。次いでイオンと長老にも謝罪した。不可抗力だが失態は失態である。そのレンの言葉に苛立ちを浮かべかけたルークが、次の瞬間には気を取り直したように返した。
(こっちの心配ばかりしてんじゃねぇよ!)
「いや、もう大丈夫か」
「はい」
「気分が悪いならば、外に出て休んでいても、」
「いえ、大丈夫です。お気になさらず。申し訳ございませんでした。」
イオンにも笑顔で答えたレンが姿勢を正している。苛立たしいのは事実だが、誰かにぶつける類の物ではない。ルークも表情を繕って再びイオンと長老に向き直る。ルーク自身も時折ある事だが、レンの場合本当に原因不明だというのが自分達の不安を煽るのだ。頭痛に苦しむ彼女の表情は、痛み以上の何かに囚われていて、とてもそのまま放っておけない。
(キラが此処に居ればまだ、・・・早く追いつけキラ。)
イオンらの言葉を聞きながら呟く。とにかく早くレンをキラの傍に戻したいと気が焦る。
(だが、まずはこの場の問題から片付けないと、どうにもならん、か・・)
忌々しく思いつつもイオンに尋ねる。
「・・・それで、導師はどうなさるおつもりですか。
幾らチーグルが教団の象徴を担うといっても、今回の問題は全面的にチーグルの過失です。この上なく悪質な。」
事情を知ってしまえば誰もが浮かべる当たり前の感想を述べる。
盗難事件の犯人は、やはりチーグル一族であったらしい。
それはそれで問題だが、最悪なのはその原因が、一族の子供がライガ一族の住まう森を誤って燃やしてしまった事だそうだ。当然激怒したライガの女王は新たな住処を探すまでの仮宿と、火事で失われた群れの戦力の代わりに食料の調達を命じた、と。
「それにしても、チーグルとやらは随分と卑劣な種族なのですね。」
苛立ちに任せて辛らつに言い切る。イオンの前でこのような振る舞いは本来許されない。
だが、今のルークにそんな配慮をしてやろうという余裕などなかった。
「比べ、住処を理不尽に奪われ仲間を殺されたにも関わらず、仮宿の提供と食料調達の手伝い程度で許すとは、ライガの女王とは寛大な方だ。 その寛大な御心に感謝して仲間全員で努力をすれば不可能な条件ではなかった。それを一方的に破棄した貴方方が卑劣でなければ何だというんです。」
「・・な!!だが我々も大人しく食われることを選ぶことは出来ぬ」
「楽な方法を選んだだけでしょう。先程イオン様が仰ったようにこの森はとても豊かだ。
まさか自分達の食い扶持しか確保できないなんてことはなかったはずです。
ライガ一族に必要な食料は確かにチーグルの消費量から比べれば大量になるでしょうが、
それでもこれは犯した罪にたいする罰なのです。多少の苦労は当然だ。」
言葉に詰まる長が逃げ道を探すように目を泳がせる。その狡猾な表情に嫌悪を募らせたルークが言葉を続けた。
「当然払うべき対価を渋って他種族から食料を盗難するという手段で余計な被害を広げた。
その結果、食料を奪われた他種族・・つまり人間からの報復の危険にライガ一族を晒したわけだ。
もういっそ、全員でライガの女王に身を捧げるべきでは?」
「な!だが・・・!!」
往生際が悪い長老から視線を外してイオンを見るルーク。
「それで、導師は何をなさるおつもりです。」
「そう、ですね・・・」
「決まっています!!ライガを説得するべきです!!」
甲高い声が割り込んだ。
「貴方達!!こんな危険な場所に導師をお連れしてどういうつもり!!」
ティアだ。詰め寄る彼女にルークがうんざりと返す。
「何故此処がわかった?」
「村の人に貴方達が北の森に向かったと聞いて追いかけたのよ!
そんなことより、導師イオンに対するその態度も何なの?!」
ルークの怒りを感じて口を挟めなかったレンが思わず耳を塞ぐほど大きな声で喚くティア。何事か考えていたイオンも眉を潜める。
「その導師の言葉を無礼に遮ったお前が言える台詞かよ。
しかもライガを説得だと?どうやってだ?」
「何をいってるの?当然でしょう。ライガは本来この森の住人じゃないのよ。
今の状態は本来の食物連鎖に反するわ。ならば出て行ってもらうべきよ。」
イオンが唖然とする。レンも肩を落とす。ルークが答えた。
「お前もチーグルの同類か。加害者に都合の良い理論で被害者を迫害するわけだ。
・・・どうりで自分の罪に無自覚だと思ったよ。」
そのルークの言葉に顔を上げたイオンが問おうとするが、ティアの怒号が遮った。
「いい加減にして!!私は悪いことなんかしてないわ!!
あれは個人的な事情があって仕方ないことだったといったでしょう?!
ライガが此処にいるのが間違いなんだから、出て行くならライガのほうよ!!」
「・・・・・・・・・そうか。で?導師の結論は?」
低い声でルークが聞いた。
ティアには視線を向ける価値もないと態度の全てで語る。
流石のレンも、ティアを庇おうとは思わない。
「そう、ですね。・・・・交渉はします。」
「ほう?どの様に。」
試すように語尾が上がるルーク。募りに募った教団への不快感で導師に対する不信も跳ね上がる。敬語が形のみになりかかっている。イオンもティアを見て何かを悟ったらしい。そのルークの態度には言及せず答えた。
「原因はどうであれ、ライガにこの森に滞在されては各方面への影響が大きます。
それに、・・・・・チーグルが教団の聖獣である事実は変わりません。」
その言い方に、少し我に返ったルークが態度を戻した。
「象徴、ですか。」
「そういうことです」
仮にチーグルの過失を知らしめたとしたら、それは聖獣の権威の失墜を意味する。教団の威信の問題だ。
まあ本来は加害者がチーグルなのだから、それも已む無しと考えることは出来る。だが一度根付いたイメージは消えない。チーグルは聖獣だ。つまり人間にとってチーグルは善なのだ。
幾ら今回の事件でチーグルが全面的に悪くても、人間社会からみればチーグルに害を為す側が悪なのだ。もともとライガは肉食で人間には害獣だと認識されている。エンゲーブの盗難にライガが関わっているとしれたら、無条件でライガは殲滅対象にされるだろう。冷たいようだがそこでライガを残らず滅ぼせるならそれで良い。しかしそれは不可能だ。そうなれば生き残ったライガは教団を敵と認識する。気高いライガが無差別に教団員に襲い掛かるとは思わないが、楽観はできない。教団とライガ一族の闘争などいう事態になったら目も当てられない。
だから、イオンはマルクトに知られる前に、この事件の片をつけたがっている。
そして最も早く収束させる方法は、やはりライガに移住してもらうことなのだ。
(ここは、エンゲーブに近すぎる。
マルクトが事態を知ったら即座に駆除を決定するな。・・・・仕方ねぇ)
「・・・・わかりました。とにかくクイーンの元へ向かいましょう」
「ありがとうございます」
視線で意図を伝え合ったルークとイオンが同じ結論に達する。
教団の威信だけが問題ならルークにとっては感知する義理もない。が、被害者のライガが理不尽に迫害されるのを見過ごしたいとは思わない。要するに利害の一致だ。ルークとイオンが速やかに踵を返す。会話には入れなかったが、理由はなんとなく察したレンも追いかけた。
「あ、交渉に必要だからこいつは借りてくぞ。」
何時の間にやら長から抜き取ったリングを掲げたルークが、片手に事件の犯人であるというチーグルを掴んでいる。
「みゅ!みゅみゅみゅみゅ!」
「うるせぇよ、とりあえず今回は生き延びられた幸運だけをかみ締めて死ぬほど反省しやがれ!」
「ちょっと!!待ちなさい!」
チーグルに肩入れするティアが何か言いかけるが、それはイオンが笑顔で遮った。
「ああ、そうですね。交渉しようにも言葉が通じなければどうにもなりません。
では、長殿、そういうわけですので。失礼しますね。
・・・・・今後、このような不始末をしないよう、肝に銘じて置いてください」
最後の言葉を長達にだけ聞こえるように低く囁くイオン。その響きに何を感じたのか一族総出で小刻みに肯いている。
「では、いきましょうか」
「はい!」
ティアだけが元気良く返事した。ルークとレンは目を見交わして苦笑を零す。
(やっぱり、キラ達と同類だ)
(キラ兄さんと同じだね。強いなあ)
ライガクイーンの寝所への道中、通訳にとつれてきたチーグルの子供---ミュウと名乗った--は何故かルークとレンに懐いた。
乱暴な手段で連れ出したのだから怯えるかと思いきや、ルークの言葉と長の言葉を聞いて何か思うことがあったらしい。全ての原因である火災を起こしたことを後悔していたミュウは、贖罪のための食料調達の方法が根本から間違いだったと知り、その影響でライガ一族がどれほど危険な立場に立たされたのかを理解して、長老達への不信を覚えた、と拙い口調で言った。
それを教えてくれたルークは、一族の者よりも信頼できるからと言ったのだ。
ライガクイーンとの交渉で、必要ならばこの身体を捧げることも辞さないと宣言した。
もしもクイーンに許されることがあるならば、恩返しにルークに忠誠を誓うと言った。
勿論ルークにとって大事な人らしいレンに対しても同様に仕えると言う。
その潔さに感心したルークとレン。とてもあの長老が率いるチーグル一族で育ったとは思えない。イオンも傍らでミュウの言葉を聞いて満足そうに肯く。ティアだけはミュウの外見のみに視線を奪われて欠片も話の内容を聞いていないが、最早誰一人それを指摘しようともしなかった。
そしてクイーンの寝所に近づく。
ティア以外の三人と一匹に緊張が走った。・・・周りを囲まれている。
姿は隠されているが、ライガであることは間違いない。ミュウに対する憎しみを漲らせながら、無差別に襲うような真似をしない誇り高さに再び感心する。さすがは森の王者と讃えられる種族である。チーグルなどとは比べ物にならない矜持の高さ。ルークとイオンがちらりと苦笑を交す。レンは油断なく周囲をうかがってルーク達の安全確保にのみ集中する。何も考えずに着いてくるだけのティアはただの付属物扱いである。
「では、ミュウ。通訳をお願いしますね。
・・・・失礼いたします。私はチーグル一族の代理人として参りました、イオンと申します。
ライガ一族の長殿に聞いていただきたい話があるのです。」
そのままミュウが訳す。一瞬間が空いて、奥の影からライガの声が響いた。どうやら入室を許されたらしい。
「みゅ!女王さまが、取りあえず入って話してみろといってますの!」
「ありがとうございます。では失礼いたします。」
道中と同じようにまずルークとミュウが、次いでレンとイオンが、最後にティアが続く。・・・本来一番先頭で矢面に立つべき本職軍人の役目を放棄して恥じることのないティアへの期待など微塵も抱かない。せめて後ろからの奇襲にたいする盾に位なれ、というのがルークの意見である。レンも隣のイオンと前のルークを同時に守る事だけに気を割いているので、ティアにまで配慮する余裕はない。曲りなりにも軍人なのだから自衛くらいはしてください、と思ったので否定はしなかった。
「・・・初めてお目にかかります。
私はローレライ教団の導師を務めております、イオンと申します。
こちらは道中の護衛を勤めてくれたルースとレイン、このチーグルは今回の会談での通訳にとつれてきました。寛大なお心で私どもの申し出を受けて下さり、ありがとうございます。」
ティアの存在を故意にスルーして話を進めるイオン。いい性格だ。
イオンの言葉にライガクイーンが一つ吼える。ミュウがすかさず訳した。
「みゅ!私はライガの群れを率いているものだ、丁寧な挨拶には痛み入る。
何かいいたい事があるのなら聞こう、といってますの!」
ルークとレンがひたすら感嘆の目でクイーンの巨体を見上げる。その悠然とした姿といい、聡明な眼差しといい、これこそが正しく王者の貫禄というものか。インゴベルトなどとは比べるのもおこがましい。魔物であることなど評価を下げる材料にもなりはしない。
(さすがクイーン。)
(格好いい・・・・)
「はい、では・・・・大変申し上げにくいのですが、ライガ一族の方々にこの森から住居を移していただきたいのです。」
恭しい態度ながらイオンがきっぱりと言い切った。それをミュウが伝える。途端クイーンの怒声が響く。当たり前の反応であるからイオンら三人は変わらず礼儀を守って頭を下げる。ティアだけが怯えて武器を構えようとしたのを、近くいたレンが抑えつけた。睨まれるが力を緩めず後ろに押し出す。
「お怒りはご尤もです。今度の事件に関して、チーグルに弁解の余地はありません。
・・・・ですが、ライガ一族がこの森に滞在するのは、お互いの為にもならないのです。」
低く唸る声で先を促すクイーン。イオンが続ける。
「ご存知の事とは思いますが、この森はエンゲーブという人里に近すぎます。
貴方方に非がなくとも、人間にとってライガは天敵に等しい存在なのです。
もしも此処に貴方方が滞在を続けると、早晩人間達は排除のための策を実行するでしょう。
幸いライガ一族の皆様なら居住が可能そうな場所に心当たりがあります。ここから距離がありますが、北にずっといった場所にキノコロードと呼ばれる森です。広大な森林区域には多数の獣達が生息しているでしょうし、何より人間はおいそれと近づける環境ではないため、ライガである貴方方には比較的住みやすいかと。
・・・・どうか、住居を移していただけませんか。お願いします。」
クイーンが問うようにイオンに視線を合わせた。
「私は出来れば貴方方に犠牲になっていただきたくはありません。
ですが、此処にいらっしゃるのならそれを防ぐ術はないのです。
どうか、」
重ねて懇願するイオンの真摯な眼差しにクイーンが黙考する。
僅かな逡巡で答が出たらしい。天に向かって一声吼えてから、イオンを見つめる。
「みゅ!今回のことは礼儀を尽くそうとしたお前に免じて我らが引こう。
だがチーグル達を許すわけではない。人間を利用して身を守ろうとしたその卑劣さは侮蔑に値する。
二度と我が一族の目に触れる場所に出ることは許さぬ。二度目はないと伝えろ、と言ってますの!!
・・・ごめんなさい!女王様!全部ミュウが悪いんですの!!」
クイーンの言葉を伝えたミュウが、必死に身を乗り出して謝罪する。大きな頭を地面につくほど下げて震える身体でいいつのった。その姿を一瞥したクイーンが小さく吼えた。
「みゅ!お気が済むなら、ミュウは食べられても良いですの!
悪いのはミュウですの!」
どうやら、ならば我らに身を捧げて罪を償うか、と問われたらしい。ミュウが震えたままでもきっぱりと答える。その姿に僅かに目を細めたクイーンが唸る。
「ありがとうございます!!このご恩は一生忘れませんですの!!」
ミュウの潔さに免じて許すとでも言ったのだろう。クイーンの寛大さもだが、ミュウにも感嘆が集まる。幼いながら、どこまでも男らしい子供である。
「ありがとうございます。
クイーン並びにライガの一族の方々には重ねて御礼とお詫びを申し上げます。」
「「ありがとうございます」」
「・・・」
イオンが再び深く頭を下げる。会談を邪魔しないように控えていたルークとレンも、共に感謝の言葉を捧げた。ティアが不満げな表情で見ているが無視した。とにかくこれで問題解決の目処がついたのだ。三人と一匹は安堵する。
若いライガに指示を与えながら、慎重に卵を抱えるクイーンを心配そうに見守る。そこでルークに耳打ちされたレンがそっと前に出た。
「失礼いたします。恐れながら申し上げます。
女王陛下、もしよろしければ産後のお体への負担を癒すために譜術を使わせていただきたいのですが。そちらのお子様をお守りするための防護の術も心得ております。どうか、」
控えめに申し出る。卵を産んだばかりの女王が、新しい住居までの旅路を少しでも安全に過ごせるようにと考えたのだ。治癒術を専門に修行と研究をしているレンは、既存の術のほかにオリジナルで開発したものもある。元々はレプリカとしてのハンデを抱えるルーク達を守るためにと考えた結界術の応用だが、クイーンの卵にそれを施せば道中の心配事が減らせるだろう。口を出していいものかと悩むレンに気づいたルークが背中を押してくれたのだ。
「・・・・いいだろう、可能ならばたのみたい、といってますの!!」
眼差しを和らげたクイーンがレンに向かって巨体を屈めた。顔をほころばせてレンが近寄る。
「はい!ありがとうございます!!では失礼いたし、
・・・・!!皆様!!お下がりください!!・・・・グランドダッシャー!!、、っバリアー!」
和らいだ雰囲気をぶち壊したのは、背後から放たれた攻撃譜術だ。
いち早く気づいたレンが、ルークとイオンを突き飛ばしクイーンを庇う。即座に攻撃を相殺するための譜術を放った。同レベルの譜術同士を同時にぶつけることで威力を殺しあうという乱暴な手段だが、最も確実に攻撃を防げる。ただし相殺された譜術の余波が広がるのは避けられない。だから同時に結界を張ってルーク達とクイーンを守る。三人を僅かでも離して下がらせたため個別に術を施さなければならず、己を守る余裕を失う。失態に顔を歪めつつレンが衝撃に吹き飛ばさる。背後のクイーンがレンの小さな身体を受け止めた。辛うじて急所は庇いはしたが全身が傷ついたレンに駆け寄るルークとイオン。
「「レイン!!」」
「みゅ!レインさん!」
「な、なにが・・・」
クイーンが激情に煌く視線を寝所の入り口に向ける。ルークも怒りを漲らせて剣を構える。イオンがレンを庇うように前に出た。戸惑うだけのティア。ミュウは必死にレンの手をなめる。全員の視線を受けて歩み出たのは青い軍服の男。ジェイド・カーティスだ。
「おやおや、わざわざ攻撃に身を晒すとは・・・イオン様、ご無事です・・」
「ジェイド!!」
業とらしく肩を竦めたジェイドの言葉を遮ってイオンが叫んだ。その咎めるような響きに眉をしかめたジェイドがイオンを見た。
「どうしました、導師イオン。
私は貴方の身をお守りするために魔物を攻撃しただけです。
彼女が勝手に前に出たのは本人の落ち度でしょう。」
「貴方は状況が見えていないのですか!!
クイーンは寛大にも自ら退去してくださるところだったのですよ!!
それを奇襲など仕掛けた挙句、僕達を守ってくれた女性にその態度!
レインとクイーンに謝罪なさい!!」
叱責されても態度を変えないジェイド。味方識別を施していたのだからイオンらに危険はなかったのだとでも言いたいのだろうか。そういう問題ではないという事に気づきもせず、無言でイオンを見下ろしている。
イオンがますます眉を吊り上げ、ルークが殺気を放つ。ティアは場違いに安堵して二人と二匹に睨まれる。クイーンが気遣わしげにレンを揺らす。直ぐに気がついたレンが顔を上げた。
「・・・失礼、いたしました。女王陛下、イオン様、ルースも、お怪我は・・?」
「・・!だからお前はまず自分のことを心配しろ!!・・・無理に動くな!」
この期に及んでまず他人の怪我を心配するレンにルークが叫ぶ。取りあえずイオンがいるならジェイドがこれ以上攻撃することはないだろうとレンの傍に駆け寄り、クイーンに感謝の視線を向けてから傷ついた頬を拭った。
「どこか酷く傷めたか」
「いえ、かすり傷です。ありがとうございます。
女王陛下も申しわけございません。」
見上げて微笑むレンの顔に鼻先を摺り寄せるクイーン。滑らかな毛皮の感触に擽ったそうに笑う。それを横目にイオンが厳しくジェイドの名を呼ぶ。仕方なさそうに向き直るジェイド。ルークがレンの前に出たまま睨みつける。
「・・・大変失礼しました。お怪我は?」
「いえ、平気です。御気になさらず」
レンが微笑んで答える。流石に穏やかな心境ではなかったが、表面上は気にしていないように振舞った。取りあえず守るべき三人に怪我がなかったのだからよしとする。ルークの袖を引いて止めながら、クイーンに向き直った。
「お待たせいたしました女王陛下。
では術を行わせていただいてよろしいでしょうか」
自分と卵を本気で気遣っているレンの表情を読んだクイーンが再び身を屈めた。ジェイドの存在などないものとして振舞う。結局クイーンには一言もない無礼さは見なかったことにした。口先だけの謝罪など不快なだけだ。
それよりも、魔物である自分に本心から礼を尽くしたイオンとルーク、人を食らうと嫌悪されるライガの子供にまで本気で優しさを向けるレンへの興味が勝った。この三人は信用できる。だから今回のチーグルの罪を許してやろうと思えたのだ。火災の実行犯であるチーグルの子供の潔さにも感心したのも事実だが。
身を包むあたたかな力に心から癒されながらクイーンが満足気に唸った。次いで卵に何やら譜陣を描いた布を巻いているレンの頭に鼻を寄せる。レンがその術の効果を説明するのを聞きながら、今は人間社会で生活する育ての娘を思い出すクイーン。・・・アリエッタは息災だろうか。
「・・・ですから、安全な場所に落ち着かれましたら、この布を外してください。もしも必要ならばそのままでも支障はございませんが、女王陛下が直接触れて差し上げたほうが、お子様方もお喜びになるかと愚考いたします。」
あくまでライガの卵を守るべき赤子として扱うレン。ルークとイオンが微笑ましげに見守るが、ティアは不満そうだ。ジェイドは既に興味すら無さそうに佇むだけなので放置する。つくづくジェイドがこういう時の対処に不向きであることを再確認しただけだ。まあ、この場合は助かっているので構わない。
最後にレンに感謝するようにすり寄ってから、イオンとルークに挨拶するように吼えるクイーン。
その威厳に満ちた後姿が群れを率いて立ち去るのを見送る一同。
「・・・随分と優しいのね。それとも甘いのかしら。」
ずっと存在を無視されていたティアがそこで不満げに吐き捨てる。
ルークもイオンもレンも聞き流す。今更過ぎて注意する気にもならない。しょんぼりと俯いたミュウの頭をこっそりと撫でてやるルーク。ジェイドは変わらず無言で立っている。ティアは誰も反論しないからと更に声高にいい募った。
「ライガが引き返してきて村を襲ったりしたらどうするつもり?
ライガの幼獣は人間を食べるのよ?」
「心配は無用です。
人間と違ってライガの女王は約束を破って平然と開き直るような恥知らずではありませんから。
彼女がはっきりと約束した以上この問題は此処までです。いいですね?」
「ですが、導師イオン!」
「良いですね?」
反論しようとするティアに重ねて念を押すイオン。
自国の最高指導者に対してすらその振る舞い。本気で常識を0から勉強しなおせと思うルーク。口には出さない。面倒だからだ。
そこで場違いに穏やかそうな口調でジェイドが口を挟んだ。
「では、そろそろ帰りましょう。イオン様、貴方には大事なお役目があるでしょう?」
「そうですね、面倒をかけてすみませんジェイド。ありがとうございます。」
こちらも表面だけは穏やかに返すイオン。ジェイドの態度を矯正するのはとっくに諦めているのだとその表情で知れた。
(うわぁ・・・)
(類は友を呼ぶってか?)
「では、ルース、レイン。お二人もありがとうございました。
よろしければ村まで一緒に帰りましょう。」
「「はい。」」
こちらには幾分柔らかく微笑むイオンにレンとルークが返事を返した。多少なりとも危機を潜り抜けた連帯感で繋がる三人。ころころと足元を転がるミュウがそれを見上げて笑った。ティアは再びルークを睨むが無言は保つ。ジェイドが口元にひらめかせた笑みに嫌な予感は感じたが取りあえずエンゲーブへの道を辿った。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
*今回は特にピオニー陛下に厳しいです。そしてラクス様が最強です。
キムラスカのファブレ公爵邸で局地的なブリザードが吹き荒れたその日。
此処マルクト帝国の首都グランコクマでも局地的に激しい雷雨に見舞われた。
至る所に造られた水路が美しく光を弾く水の都の中心地。
マルクト皇帝が御す王宮の一角。青を基調として差し込む光が最も美しく映えるように設計された謁見の間にて、麗しい女公爵がどこまでも優雅に微笑んだ。
「拝謁の機会を賜りまして光栄至極にございます。
皇帝陛下に置かれましては・・・・」
「あーいい。堅苦しい挨拶はなしで本題に入れ。
・・貴殿がこれほど唐突な謁見を申し出たんだ、火急のようなのだろう?」
豊かな桃色の髪と千草色の瞳の二十代前半の女性。彼女の名は、ラクス・クライン。豪放磊落なと評されるピオニー・ウパラ・マルクト9世がこの世で最も尊敬し、同時に苦手とする女性の一人。マルクト誇る世界の食料庫と呼び名も高いエンゲーブ一帯から北ルグニカに至るまでを治める有力貴族の一人である。その領地の広さは皇帝直轄領に継ぐ。これはホド戦争にて戦死した領主の土地を一時的に預かっていたものをそのまま下賜されたためである。当時誰もが己を守ることで精一杯だった中、若干十歳の少女が広大な土地とそこに住まう領民を保護して見せたのだ。その功績を讃えたピオニーが帝位を継いだ折にクライン家預かりとなっていた領地を、全て下賜したという流れであった。
ラクスは先代の御世、僅か十歳で爵位を継いだ。所詮は幼子よと嘲笑する貴族院の面々を尻目に、遺憾なく才を発揮して、ホド戦争の爪あと色濃い領地の復興を誰よりも早く成し遂げ、頑迷で老獪な狸爺どもを手玉にとって宮殿内での立場を確保したと思ったら、あっという間にマルクト議会を掌握したという強者である。その手腕たるや、ピオニーの参謀を務めてくれているゼーゼマンをしてただ感嘆の溜息を漏らすしかないほどに見事な物だったそうだ
そして今では、マルクトの影の女帝と密かに恐れられる女傑である。
ピオニーは、流麗な仕草で挨拶を述べるラクスの言葉を中途で遮って本題に入らせる。
砕けた物言いながら自然な威厳を纏う姿は、賢帝と評されるに相応しいものであった。
その場に同席する事を許された臣下一同が、尊崇の光を目に浮かべるのも道理である。
しかし当のピオニーは、背筋を這い上がる悪寒に震え、額に浮かぶ冷や汗を抑えきれていなかった。
至高の椅子に座り年齢も四十路も近い一国の皇帝が何を、といわれるかもしれないが、ラクスを前に威厳を保てるというだけでも素晴らしい胆力であるといわざるをえないほど、彼女の力はマルクト王宮内では絶対のものであった。
何よりピオニーにとってラクスは恩人であった。後ろ盾のない状態で即位した当時、差し向けられる刺客から身を守る術に始まり、新皇帝としての政治的立場の確立にまで、ラクスには陰に日向にと助けられたのだ。頭など上がるはずがなかった。
「はい、本日は陛下にお聞きしたいことがございます。よろしいでしょうか?」
「勿論だ。私にわかる事ならば、何なりと答えよう。」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます。
・・・実は、キムラスカとの和平のための使者が、既に首都を発ったと伺いましたが・・・・真でしょうか?」
「ああ、そのとおりだが・・?それがなにか・・・」
何を言い出すのかと冷や冷やしていたピオニーを余所に、実ににこやかな表情で話し出したラクス。その内容の唐突さに首をかしげるピオニー。彼女は元々穏健派で常日頃から戦争の愚かさを説いて居たはずだ。実際に先日和平を結びたいと相談したピオニーに、ラクスも同意してくれていた。
何故わざわざ謁見をねじ込んでまで確認する必要があるのかと首を傾げるピオニー。
その怪訝な表情に少し瞳の温度が下がるラクス。
「その使者に任命されたのは、かのジェイド・カーティス大佐だとも伺ったのですが・・・・?」
「あ、ああ。そのとおりだ。何せ最近まで敵対していた国への使者だからな。
文官を立てようにも適任者がいなくて、だ・・・な・・・・」
あっさりと答えを返すピオニー。彼にとっては最善の選択だと信じているため快活に話す。そのの言葉が不自然に途切れた。怪訝な面持ちでピオニーを窺った者達が、次いでラクスに視線を移す段になってその理由を悟る。気圧されながらも辛うじてラクスに相対するピオニーと、もう一人以外の全ての者が、全身を硬直させて無言で問答を見守ることしか出来なくなる。
だがラクスはそんな周囲になど頓着することなく、美しく穏やかな笑みを浮かべたままで言葉を続ける。
「しかも、その使者殿の一行は、よりにも寄って我がマルクト帝国誇る最新鋭の陸上装甲艦戦艦タルタロスにて キムラスカを目指している、とも伺いましたわ。・・・本当、のことなのでしょうか?」
続けるが・・・ラクスの纏う空気が180度変化していた。
まるで春の花のようだと称えられるラクスの美貌が凄みを帯びる。
やわらかく笑んだ唇が紡ぐ声音に冷気が混じる。
普段は穏やかで理知的な光を称える瞳が鋭く硬質な光を放つ。
「(・・な、なんでだ?!本気で切れ始めてる?!・・・なんかやったか?!俺?!)
あ、ああ、そう、だ。な、何かおかしなことでも・・・・・」
最早威厳を取り繕うどころではないピオニーが辛うじて問いを重ねる。そんな皇帝以下側近連中の様子をつぶさに観察したラクスは心の底から落胆しています、とあからさまに示す深いため息をつく。そして冷徹な視線で謁見の間を一薙ぎして、可憐な唇を開いた。
「問題が、何も、ない、と。本気で仰っているのですか?皇帝陛下。
・・・・私、これ程失望したことはございませんわ。」
「どういう意味だ?」
「・・・・本当におわかりにならない?」
「説明を、」
おずおずと質問を返してくるピオニーに向かってラクスは続けた。
「まず第一に、何故既に使者を送ってしまったのですか」
「それは勿論和平の為に、」
「なぜ、突然使者なのです。
・・・先触れは出されましたの?キムラスカへの打診は行いましたか。
まさか申し込んだその場で、和平を受け入れてもらえるなどとお考えではありませんわね。」
「何故だ?キムラスカも重なる戦乱に疲弊している。
一時的なものであっても和平は渡りに船だと思うが。」
「それは本気で仰っているのですか!!」
ラクスの怒声が響く。その迫力に押されて誰一人反論できずに固まる。
「・・・・この十数年の間だけでも、どれほどの戦いが繰り返されたかお忘れですか。
その戦の中で、どれ程の民が死んでいったかお忘れですか。
今まで戦争を繰り返していた敵国との和平を結ぶということが、どういう意味を持つのか、本当にわかりませんか。」
「だが、どこかで妥協は必要だ。」
恐る恐る答えたピオニーの言葉に、少しだけ穏やかさを取り戻したラクスが返す。
「仰る通りです。憎しみ合うだけでは戦いは終わりません。
どこかで誰かが許すことが必要です。ですから和平自体は良いのです。
・・・・問題は、これほど唐突に推し進めたことです。」
「だが、アクゼリュスが、」
「アクゼリュス?」
「ああ、ラクス嬢もご存知とは思うが、アクゼリュスでは瘴気に拠る大気汚染が深刻化している。瘴気障害に罹った住民も八割を超えた。早急な救援が必要だ。」
「勿論ですわ。ですが、それが和平と、どう関わると・・・・まさか」
「ああ、和平を受けていただく証として、両国が手を取り合っての被災地の救援を・・・」
「・・・・陛下。」
穏やかになりかけていたラクスの声が、地を這うが如く低くなる。流石のピオニーもに目に見えて顔色を変えた。
「もう一度お聞きします。・・・それは、本気で仰っているのですか。」
「・・・ああ、勿論だ。」
「よく、わかりました。
・・・・我がマルクト帝国は、自国の民を救う為に、手段を選ばないのだということが、とても良く理解できましたわ。」
「ラクス!それは、あまりにも、」
そのラクスの台詞には流石のピオニーも気色ばむ。だが返されるラクスの声音はどこまでも冷淡だった。
「何が違うのです。・・・アクゼリュスが、それほど緊迫した状況であるというのなら、もしもキムラスカが和平を受けなければ、かの国は内外から非難されます。キムラスカは、敵国だからと無力な民を見殺しにしたのだと。・・・・これが脅迫でなくてなんだというのです。」
「・・・な。」
言葉に詰まるピオニー。玉座の傍に控えるゼーゼマンも、一段下に控える大臣らも反論の言葉を捜そうとして口を開閉させるが、誰一人声を出せない。先程硬直することなく会話を見守っていた一人が残念そうに溜息を零した。その事にも気づく余裕のないピオニー。最早ラクスの問いに力なく答えるだけだ。
「次に、何故使者がタルタロスなどで移動しているのです。」
「・・・和平反対派の妨害から身を守るために、だな」
「陛下。先触れを出さない状態で突然敵国に戦艦で乗り込むことが可能だと、本気で考えてらっしゃるの? そもそも、他家を訪問する際には事前に連絡を入れることなど、一般家庭でも守られるべき常識でしょう。
貴族階級を始め、それなりに地位を持っている者ならば、必ず守らなければならない類の最低限のマナーです。
ましてや、それを国単位の使者の派遣で行わない道理がどこに存在するのです。 先触れもなしに他国の軍艦が現れたら、誰だって奇襲でもかけに来たのかと判断して攻撃するのが普通です。
・・・それで、タルタロスを使用した理由が、何でしたかしら?
もう一度仰っていただけますか。」
「・・・・」
一言も返せないピオニー。うろうろと視線が彷徨っている。
今更でも理解はしている様だから取りあえずはよしとする。
答えは待たずに話を進めた。
「最後に、何故使者がジェイド・カーティス大佐なのです。」
「・・・あいつならばどの様な妨害も潜り抜けてキムラスカにたどり着けるだろうし、私の誠意の証として、」
「陛下。いい加減になさっていただけませんか。」
熱のない声。既に微かな揺れすらない平坦な。ピオニーが、ラクスの美しい声をこれほど恐ろしいと思ったのは初めてだった。
「以前より何度か奏上させていただきました言葉を、もう一度言わせていただきます。
・・・・公私混同はおやめください。国の威信に関わります。」
「していないつもりだが」
「カーティス大佐を、和平の使者という大役に任じておいて、そのお言葉。
・・・・マルクトでもそうですが、キムラスカは特に現三勢力中で最も身分を重んじるお国柄です。」
「それはわかっている」
「いいえ、わかっていません。
陛下が理解なさっているのなら、何故、使者をカーティス大佐に任せたのです。」
「だから、」
「彼を、陛下がどれ程重んじようと、それは身内の事情です。
カーティス大佐は、佐官です。まさか、佐官ごときにキムラスカ国王との謁見が適うと?
仮にも陛下の名代として向かった訳ですから、謁見は可能かもしれません。
例え内心がどうであれ最低限の礼は払ってくださるでしょう。ですがそれは、マルクト皇帝の権威を利用して、本来ならば御前で口を開くことすら許されぬほどに下位の人間に、キムラスカの重鎮の方々が礼を 払わなければないない立場を強いられたのだと受け取られても仕方ありませんのよ。 どれ程キムラスカを侮辱しているのかと言われるかしれません。
本来ならば爵位をお持ちの方であっても、国王に自由に謁見することが出来るのは上位の一部の方々です。 軍人ならば、最低でも将軍以上の地位が必要です。余程代理では適わない役職であるなら兎も角。一般の方々が謁見することが許されるには正式な手続きを踏んだ上で順番が回るまで待たなければなりません。
それはわが国でも変わらないはずです。
陛下はあまり身分を重視されていないですから実感が薄いようですが。」
「それは、」
「陛下がカーティス大佐を重用なさるのは構いません。・・国内に限定するならば。」
「・・・」
「ですが、それを他国へ持ち出すなど、
・・・これが公私混同でなくなんであるというのか、納得のいく説明をくださいますの?」
表情だけは変わらないまま美しく微笑むラクス。
その背後に轟く雷鳴が見えぬものはその場に存在しない。
湧き出る冷や汗が全身をぬらす。まるで局地的な豪雨に晒されたかのような様相である。
「・・・・・・・既に使者を立ててしまったものは仕方ありません。」
どうしたら良いのか、と進退窮まったピオニーが必死に言葉を探していると、ラクスが一転して柔らかな声で告げた。
「では、ラクス、」
「ええ、和平の申し入れは続行しましょう。
・・・・ですが、今回の使者の派遣だけですぐに叶うなどとは思わないでくださいませ。
よろしいですね。」
「わかった」
「名代は交代させるべきです。
同時に、アクゼリュスの救難についても何か手を講じておく必要があります。」
「勿論だ!なら、早速名代交代の勅命書を、」
ラクスの言葉を越権であると言い出すものは誰も居ない。此処まで説明されて、彼女の言い分を拒絶するような者など役職を返還するべきであるから当然だ。皆が皆、慌しく動き出す。皇帝勅書を発行するために文官も走り出そうとする。そこでラクスが再び口を開く。
「では、その使者ですが、私が、」
「それは駄目だ!・・・い、いやわかっている。だが、ラクスには、」
だがそれには咄嗟に反対するピオニー。反射的に叫んでからしどろもどろで説得し始める。確かにラクス以上の適任者は居ないだろうが、彼女を万が一にでも失うことがあったら、冗談抜きでマルクト存亡の危機である。ラクスを使者にすることは出来ない。再び進退窮まるピオニー。
「では、その役目を私に」
そこで助け舟を出したものが居た。発言した人間に視線が集中する。
「ただ、私もたかが少将でしかありません。それではキムラスカへの礼に欠きましょう。」
先程ピオニーを除いてただ一人、ラクスの放つ威圧にも押されず冷静に事態を見守っていたアスラン・フリングス少将である。アスランの穏やかな薄氷の瞳と、ラクス気高い千草色の瞳が向かい合う。互いの考えを一瞬で読み取って、再びラクスが口を開いた。
「そうですわね。では、アスラン・フリングス。
貴方は速やかにご実家の爵位を継いでください。
元々そのための準備は出来ていたはずです。後は貴方のお気持ちだけ。」
「はい。・・・陛下、よろしいでしょうか。」
数十人分の血走った目に凝視されているというのに、顔色一つ変えずに穏やかに微笑むフリングス少将が、ラクスの言葉に肯く。そしてピオニーに向かって跪く。その銀色の髪を見下ろしてピオニーが逡巡したのは一瞬だった。
「では、名代変更の勅命書と並行してフリングス家の爵位譲渡を承認する書類も用意しろ。」
「「「御意!」」」
「・・・アスラン、良いんだな?」
「勿論でございます。元々私の我侭で延期していただけですから。」
貴族として文官になるよりも、軍人として国の為に剣を振るうほうが性に合っているからと言っていた。
父親にいくら急かされても、母に泣かれても頑なに固辞していたのだ。
それをここで承諾させたのが自分の不甲斐なさであることを自覚しているピオニーは僅かに眉をしかめる。そんなピオニーにアスランが穏やかな顔で笑った。即位当時から常に傍にあってピオニーを守り通した、筆頭護衛の変わらぬ笑顔。
「ならば、アスラン・フリングス。貴殿に侯爵の位を授ける。」
「は、わたくしは、マルクト帝国の一員として、国とそこに住まう全ての人々の為に、私の全てを捧げることを誓います。」
恭しく叩頭する。その上をピオニーの腕が払った。これは本来騎士叙任の略式だ。けれどアスランが捧げる誓いに応えるならばこちらが良いだろうとピオニーは思ったのだ。
謁見の間にいる全ての者が拍手をする。見届け人の了承を得て、フリングス侯爵の誕生である。
その光景を、ラクスが静かに見守る。
陛下の許可を得たフリングスが立ち上がり、階下に降りてくる。これから直ぐに使者として発つのだ。その準備を始めなければならない。ラクスの横を一礼して通り過ぎる。言葉はなく、合図も何も送らなかった。けれど一瞬で十分だった。取りあえずは軌道を修正されたシナリオが再び採用されたのだ。
(やっと此処まで来たのです。必ず成功させて見せますわ。・・・メイコ、お母様)
・・・・これからが、ラクスの戦いの本番であった。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
長閑だ。
ぽかぽかと暖かい陽光。微かな風に揺れる稲穂。
遠くから届く家畜の鳴き声。賑わう声は小さな商店街のものか。
「いい、天気だなあ」
「いい、天気ですねぇ」
気持ちよく背伸びしながらルークがぼんやりと呟けば、傍らからやはりぼんやりとレンが答える。レンの言葉がまたもや敬語に戻っているが、とりあえず人前で平伏したりなければ許容範囲と思うことにする。元々丁寧な物言いをするレンに無理に粗雑に喋れというのが無茶だ。一般人に扮するなら丁寧すぎるがそこはそれ。お忍び中のお嬢様とでも勝手に推測されるだろう。まさか王族や公爵令嬢だと考える者まではいないだろうから構わない。
「なあ、今日はこの村に泊まるんだよな?宿は---」
「ちょっと!!勝手に行動しないで!!」
ほのぼのとした村の雰囲気に癒されながら歩いていたルークが、レンに顔を向けた途端罵声が飛んできた。不本意な旅の連れ、ティアだ。
「貴方達!いい加減にして頂戴!
勝手に出歩くなと何回言わせれば気が済むの!」
「うっせーなぁ。俺達は元々一緒に行動する必要もなければする気もねぇよ。
お前が勝手に着いてきてるだけだろーが。ほっとけよ」
タタル渓谷からこの村に着くまでに繰り返されたやり取りも既に二桁を超えている。ルークの声に熱はない。既に無駄だと諦めているがとりあえず言ってみた感がありありだ。だがティアの方は全く勢いが殺がれていない。寧ろどんどんテンションがあがって、そろそろ頭から湯気でも出しそうだ。
「貴方達みたいな世間知らずが二人で何が出来るって言うの!
我侭ばかり言わないで!私には貴方達を送り届ける義務があるのよ!」
「でも、ティアさんだって二人も面倒見るのは大変でしょう?
私たちも子供ではないですし、家に帰るくらいできますよ?」
そっとレンも口を挟む。レンにとって、こういうタイプとの会話は慣れている。”過去”の世界では家族として暮らしていた二人の女性ににているなあ、と思ってしまえば怒りも沸かない。こういう人は、こういう言い方しか出来ないのだと思って聞き流すだけだ。決定的に違うのはこの世界の法制度を理解していなかったティアの自覚のなさだが、そこはもう諦める。帰国したらキラ兄さんやシュザンヌ様と相談してから決めれば良いかと思って一時放置だ。
「(ミサトさんやアスカが怒ってるときと同じようなものだよね。
とりあえず刺激せずに大人しくしてればそのうち自然に落ち着くでしょ。)
無理なさらずに、私達のことは気にしなくても良いですよ?」
そっと笑う。アスカには弱弱しいと言われ、ミサトさんには頼りないと苦笑された控えめな笑み。しかし、ティアには少し効き目があったらしい。やはり、女になったから表情も多少違うのだろうか。微かに赤い頬に疑問を感じたが、まだ怒りが冷めていないのだろうと納得する。・・・可愛いもの好きなティアが、レンの幼げな笑みに絆されているのだとは思わない。
「・・・(この子は年上年上年上。一つでも年上よ!)
乱暴に怒鳴ったのは謝るわ。けど、貴方達だけじゃ危ないでしょう?
きちんと送っていくから、うろうろするのはやめて頂戴」
自己紹介で、16歳のティアよりも、17歳のレンの方が年上だと知った瞬間の衝撃から未だに立ち直っていないティアである。確かにレンはヒールを履かないならティアよりも2・3cm背が高い様だったが、全体的に華奢で、何よりも表情の一つ一つが幼いので勝手に年下だと思っていたのだ。年上だと知っている今でも気を抜くとうっかり子供扱いしたくなる。流石にそれは、と思って気を取り直す。
(いくら小さな子供みたいで可愛いと思っても我慢よ、ティア!)
「・・・(こいつ・・・どうせまたレンの表情が子供みたいで可愛いとか思ってんだろ。
よくあきねーなぁ。いや、レンは確かにちょっと幼い外見だけどよ。可愛いのも事実だが。)
わーったよ。まずは宿をとるか。その後散歩に出るくらいはかまわねぇな?」
「それならいいわ。宿はあっちにあったから・・」
ティアを落ち着かせたレンの笑顔に感嘆の視線を、何やら悶絶しているティアには呆れた視線を向けてから提案してみる。どうあっても離れないなら、ある程度で折り合いをつけなければ延々と続いてしまう。
内心の呟きが、キラに劣らずの兄馬鹿発言であることには気づいていないルーク。
カイトが加われば兄馬鹿トリオの完成だとダアトに潜伏中の悪友が日々零している事実は知らない。
そのルークの乱暴な言い方に我に返ったティアが眉を寄せつつ承諾する。
三人は連れ立って宿に向かって歩き始めた。
(つーかそろそろカイトがこっちに向かい始めてても良いんじゃねぇかな。
・・・キラとどっちが先に迎えに来るか賭けるか。)
「・・・ルーク様?」
「何どうしたのさ」
ルークに頼まれたお使いを遂行中のカイトが、ふと顔を上げた。向かい合っていた少年が怪訝な表情でカイトに聞く。真面目な青年が話しの途中で視線をそらすなど珍しいため心配も含まれている。
「あ、いえ、失礼しました。気のせいだと思います。」
「そ?・・まあ良いや。で、こっちの書類がご所望のユリアシティの状況。こっちはモースの裏帳簿最新版。で、こっちが・・・」
積み上げられる書類。ダアトでスパイをしている目の前の少年が日々集めたダアトの裏情報の山である。
「相変わらずすごいですねぇ。
でも余り無理しないでくださいね。ルーク様やキラ様やレン様が心配します。」
「はっルークやキラがしてるのは僕の心配じゃなくて、失敗した後の尻拭いだろ?」
憎まれ口を叩くが頬が赤い。本心からルークたちがそんなことを思うと考えているのではなく、単に照れくさくて言ってみただけなのが丸わかりだ。カイトの視線が微笑ましげに細められて、少年もそれを悟る。悔しげに舌打ちして会話を戻す。
「大体僕がそんなへまをするとでも?
そういう心配はもう一人のほうに必要なんじゃないの。」
「ああ、あの人は腹芸が苦手ですもんねぇ。
でもあれで僕らの中では最年長者の一人ですから、大丈夫じゃないかなあ。
亀の甲より年の功、ってやつでしょう。」
「ああ、まあね。意外と本心が読めないのは確かだよ。・・・シュザンヌ様に張れるかも」
「実は凄いですよね、あの人。キラ様だってシュザンヌ様の迫力に負けることがあるのに」
「いや、キラはキラで無敵じゃない?・・・唯一の弱点を除けば。」
「弱点ですねぇ。」
「(アンタやルークもだけどね。)・・・その弱点が、ある意味一番最強でよかったね」
「そのとおりですね。彼女に勝てる人間は余りいませんから。自覚はしてないでしょうけど」
「まあ、ね」
・・・
「・・・?何か騒がしくないですか?
「そうだね、ちょっと見てくる。アンタは誰にも見つからないでよ。」
「ええ、お願いします。」
・・・
「ちょっと!導師が行方不明だって!!」
「は?!なんでそんなことに?」
「いや僕もあの導師を誘拐できる強者が存在するとは・・・とりあえず様子見てから帰る?」
「そうですね、ルーク様もそれをお望みだと思います。」
・・・
「・・・!!ルークとレンが誘拐された!!」
「な?!ど、ど、どう、どういうことですか?!」
「詳しくは知らないよ!!
けど、ファブレに襲撃かけたアホと接触したときに起きた擬似超振動で行方が知れないって、」
「襲撃?!一体誰が何のために・・・」
「その襲撃犯なんだけど・・・ヴァンの妹らしい。」
「グランツ謡将の?!まさ兄妹喧嘩ってわけじゃ、」
「そのまさかだよ!
どうやら兄の企み気づいた妹が無謀な行動に出たらしいけど・・・」
「キムラスカは?」
「相変わらずさ!王や大臣がダアトを刺激できるわけがない。
ヴァンを捕らえてしまいましたが穏便に済ますつもりですって知らせをよこした。
・・・・キラやシュザンヌ様が激怒してる様子が目に浮かぶよ!!」
「・・・・一応表向きは冷静に対処なさっていると思いますけど・・
・・影で何を始めてるか・・!!」
「んなことより!!アンタ早く二人を迎えにいきなよ!
その資料は途中で合流するキラに渡せばいいでしょ」
「そう、ですね。多分もう捜索隊を指揮してバチカルを出てるはずですから、」
「超振動の収束地点はマルクトのタタル渓谷だよ!!
アイツに観測させたから間違いない!!」
「ありがとうがざいます!!」
・・・・
「・・・あれは気のせいじゃなかったのか!マスター、今行きますからね!!」
「・・・・?なあ、あそこが宿で良いんだよな?」
「そうね、看板があるから間違いないわ。随分人が多いようだけど。」
「何かあったんでしょうか?」
宿の前に人だかりが出来ている。入り口前に陣取って何やら物騒な雰囲気だ。なるべく帰国までのあいだを穏便にすごしたいルークとしては関わりたくない空気だった。ティアもあえて首を突っ込もうとは思わなかったらしいことに安堵して踵を返す。
「しかたねぇな。あれを掻き分けて宿に入るのも面倒だ。ちょっと時間を置くか」
「そうしましょうか。貴方達はどうするの?」
「お散歩してきてもいいですか?
初めて来た場所だから、少し見て回りたいんだけど・・」
ルークの言葉に肩を竦めながら同意するティア。どうしてもルークの乱暴な口調が気に入らないらしく、わざとレンの方に視線を合わせている。ルークもティアと目を合わせたいと思っていないので好きにさせる。レンは、ぎすぎすした二人に少し気まずげに返した。その言葉には快く同意する二人。だが一緒に過ごしたい相手ではないので、互いに譲歩案を出す。
「ならレンは俺と散歩するか。さっきは途中で切り上げたからな」
「・・・(ルークと過ごすくらいなら)なら、私は少し買い物してくるわ。
この先必要な装備も補充しなければならないし」
「日が落ちきる前に此処に集合で良いですか?」
「わかったわ、それじゃ」
返事をしてさっさと去ってゆくティア。その後ろを眺めながらルークが呟いた。
「・・レン。お前凄いよ。よくあの女相手に穏やかに話せんな。
俺には無理だ。此処が公式の場ならともかく。」
「いえ、なんというか思ったことをそのまま口に出しちゃうタイプの女の人には慣れてるんです。
ちょっと感情的になると理不尽なことを言っちゃうみたいですけど、根は悪くないんですよ。」
「つってもあいつ、犯罪者だぜ?」
「そうなんですよねぇ。・・・そこがちょっとどうかと思うんですけど・
・・対等な立場で平和な状況なら問題ないんですけどねぇ。」
「だよなぁ。・・・まあ今更だな。
それより散歩に行くか。折角だからエンゲーブの農業を視察しようぜ。」
「そうですね。あ、先日開発を始めた栽培促進用の譜業なんですけど、」
「ああ、ベルケンドから研究者を斡旋したやつか」
「はい。あの研究の試作品が完成しまして、いま試験期間中なんです。」
「へえ、流石だな。じゃあもうすぐか」
「そうですね。あれが完成すれば国内の食料の自給率が少なくとも三割は上げられます。全土に広める時間が必要なのでとりあえずですが。」
「全国配備が完了したら六割は確実だろ。」
「どうしてもキムラスカでは栽培できない種類もあるので、まずはその位で妥協するべきかと」
「さいしょから欲張って頓挫したら目も当てられないし、良いと思うぜ?」
「ありがとう御座います。後日報告書は提出しますね。」
「ああ、待ってる。」
ゆっくり歩きながら共通の話題を繋ぐ。キラの領地で開発している農作物栽培促進用の譜業は、食糧の自給が困難なキムラスカにとっては重要な一大事業だ。合わせて痩せた土地そのものを豊かに生まれ変わらせるための研究も行っている。預言どおりに政を行うことこそ最も正しいと信じきっている国王と側近以外の、真っ当な貴族達からも高く評価されている政策だ。それが、キラとルークの連名で作られたもので実際に研究者を取り仕切っているのがレンであることも一部以外には広く知られた事実であった。
「・・・・で、そろそろ人影もなくなってきたことだし、話を聞こうか」
遠くではあるがまばらに見えていた村人から見えにくい木陰に立ち止まるルーク。今までは堂々とはできずとも、万が一聞かれても誤魔化せる程度の内容だったが、此処からは完全に内密の話になる。声を潜めてレンを見据える。向かい合うレンの表情も改まったものになる。
「はい、実はあの日ご報告申し上げるつもりだったのですが、
・・・マルクトから和平の使者がキムラスカに向かっています。」
「和平だと?この時期にか。」
「はい、その事についての問題はとりあえず置きまして、兄と相談したのですが」
「聞こう」
「・・・・和平の条件にはどうやらアクゼリュスの救援が盛り込まれているようなのです。」
「鉱山の町・・・都合が良いな、キムラスカにとっては。」
「はい。陛下たちは和平を受けるでしょう。」
「まあな。・・・どーしようもねぇ」
空を睨むルークから忌々しげな舌打ちが漏れる。
再びレンを見つめる視線は真面目でありながら優しい瞳に戻っていたが。
「・・・で?キラはどうすると?」
「計画を変更してしまわないか、と」
「どのように」
「和平の使者殿のお人柄に寄りますが、・・・マルクトとの共闘。」
レンの言葉に真剣に考え込むルーク。あらゆる可能性を試算する。
「・・・・・成功すれば、計画は最終段階まで一気に片付くな。」
「はい」
「二人の案か」
「・・・はい、情報を受けてから兄と共に愚考いたしました。」
「いいだろう」
「では、」
「俺も乗るよ、その計画に。」
「はい!」
柔らかく笑んで口調を戻すルークに、嬉しげに笑うレン。
明るい未来は近いと、二人で明るく笑いあった。
・・・・・なのに、
「ローズさん!食料泥棒を捕まえたぜ!」
「こいつが最近の盗難の犯人に違いねぇぜ!!」
「違うって言ってるでしょう?!私はちゃんとお金を払ったわ!!」
「うるせぇ!!俺達の話を立ち聞きしてたじゃねぇか!情報を得るつもりだったんだろ!!」
「宿に入れなくて困ってただけよ!!」
(ルーク様、あの、)
(・・・なあ、レン。・・・俺ら、呪われんじゃねぇか?)
(はは、は)
「なんだい騒がしいねぇ、今マルクトのお偉いさんが来てるんだよ!静かにおし!」
「でもよ、ローズさん」
「そうですね、落ち着いてください皆さん」
収集がつかない村人を、その一言が抑えた。部屋の奥で村の顔役であるローズ婦人に歓待されていたマルクトの軍人だ。明るめの金茶の髪と赤い瞳の男。階級章は大佐だ。何を考えているかわからない薄笑いで村人を宥めにかかる。
「・・失礼、私はマルクト国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。
あなた方のお名前は?」
胡散臭い笑みで此方を観察するジェイド・カーティス大佐。キムラスカ・マルクト両国で死霊使いと呼ばれ恐れられるマルクトの精鋭だ。槍術と譜術に優れ、一人で一個大隊を壊滅させたこともあるという。マルクト皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下の幼馴染で身分の差を越えた友情を築いているとか。皇帝の私的な問題を処理する懐刀といわれているとか。とにかく様々な評価を受けている人間である。・・・そして、レプリカを生み出すフォミクリー技術の開発者。その事実を過去の汚点としてレプリカを人間の禁忌であると公言する男。
(よりによって、こいつかよ。)
ルークにとってはこの世で最も関わりたくない人間の一人である。直接相対したこともないのだから先入観から来る理不尽な嫌悪といわれても仕方がないが、レプリカを禁忌であるとか、過去の汚点であるとか公言する男と仲良くしようなどと思うわけがない。
それはレンも同じだ。考えが個人の自由である以上ジェイドにどうこうしろと言うつもりはないが、自分達にも関わってくるなと思う。
((なのに、ここで顔を合わせるかぁ・・・・))
しかし、そんな嫌悪感など微塵も見せずにジェイドに向き合うルークとレン。この程度の演技も出来ずに王宮で生き残れるわけがない。にこやかに自己紹介をする。
「失礼、私の名はレイン。こちらはルース。あちらの女性はティアです。
なにやら誤解されていらっしゃるようですが、私達は泥棒などしていません。」
「ああ、勿論だ。なにせ今日の午前中についた辻馬車でこの村に入ったばかりで、以前から続くという盗難事件に関われるわけがない。」
「当然です!私達は泥棒なんかしてないわ」
やんわりと、だが有無を言わせずに村人達の拘束からティアを解放する。その時、レンの口からでた偽名についてティアに耳打ちすることも忘れない。
折角素性を隠すために変装までしているのに本名を名乗るわけがないのだ。今まで被っていたフードを払ったレンとルークの染められた髪の色と聞こえた名前に、咄嗟に声を上げかけたティアが口元を押さえている。マルクトでルークとレンが名乗る危険性は承知していたらしい。こういうところは敏いのにな、と落としかけた溜息は飲み込んで、レンの言葉の補足をする。
そもそも余所者だから泥棒だろうなどと、とんだ言いがかりである。この村はマルクトが誇る食料の生産地で、此処からキムラスカ、ダアトを含む世界中に作物を輸出して生計を保っているはずだ。つまり買い付けにくる人間こそがこの村の生命線の筈である。にも関わらず、その客人かも知れない外の人間を問答無用で拘束してつるし上げるなどどういうつもりか。
それを遠まわしに告げるルークの言葉が進むにつれ顔色を失くして行く村人達。
自分達が感情的に行った事がどれ程の問題か理解し始めたらしい。
気まずい沈黙が訪れる。
「・・・・成る程、ならば貴方達は泥棒ではないでしょうね。
その辻馬車ならば私も見ました。」
(あの時の声か、そういえば)
(馬車一台を戦艦で追い回してたのがこいつか)
「誤解が解けて何よりですね。では、失礼しても宜しいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。」
「ほら!あんた達!この人たちに謝りな!」
「「す、すまねぇ!!」」
「「悪かった!!」」
声をそろえて頭を下げる村人には呆れた溜息しか出ないが、面倒なので謝罪を受け取る。これが自分の領地の問題なら徹底的に粛清しなければ将来的な問題にも発展しかねないなあ、と思ったレンとルーク。傍らでたたずむだけのジェイドの能力を疑い始める。
(・・・良いのかよ。マルクトの輸出商品の要じゃねぇのかこの村の作物は)
(ここで軍人さんが指導しないで放置するって、・・・どうなの?)
まあ、戦場で優秀な軍人が平時の職務では余り能力を発揮できないというのも良くある話だと興味を外す。
「では、失礼、
カチャり、と扉が開く。入ってきたのは緑色の髪の小柄な少年。その顔に見覚えがあったレンとルークが内心で驚く。
「どうやら、食料泥棒の犯人ですが・・・おや、何かありましたか?」
「導師イオン。今までどちらに?」
ジェイドが少年に向き直って尋ねている。穏やかな笑顔で答える少年。間違いなくローレライ教団の最高指導者、導師イオンである。
(行方不明・・て聞いたから誘拐の可能性も考えたんだが、)
(そんな様子はありませんねぇ。随分友好的な感じです)
((・・・表面上は))
慈愛にあふれた穏やかな雰囲気。ジェイドを見上げるイオンの声は柔らかく、大抵の人間は騙されそうだ。だがキラやシュザンヌの完璧な演技を見て育った二人には一目でわかった。あの笑顔は、嘘っぽい。
「気になったので少し調べてみたんです。そしたらこれが食料庫の隅に」
「こいつは・・聖獣チーグルの抜け毛だねぇ」
「ええ、恐らくはチーグルが食料を荒らした犯人でしょう」
そのまま話し込みそうな面々に声をかけるルーク。どうやら村にとっては満足できる答えも見つかったようだし、最後まで付き合う義理はない。さっさと退散しようと、婦人に暇を告げる。ジェイドの視線が追いかけるのも、イオンの意味ありげな視線も無視する。面倒ごとは御免である。
「俺達は失礼する。」
「ええ、問題解決の目処もついたようですし、下がらせていただきますね。」
「あ、」
イオンに何やら良いかけたティアは無理やり引きずって部屋をでた。後ろを気にしているが態々引き返そうとはしないので宿に向かって歩き始める。
「導師イオンが何故ここに・・・」
「そりゃ内密の公務か何かじゃねぇのか?」
「マルクトの大佐殿とも仲か良さそうでしたし。」
「・・・そうね。」
余計なことを耳に入れてティアが暴走すると事態が拗れるので当たり障りのない答を返しておく。三人で宿の入り口を潜る。すると甲高い少女の声が耳に入った。
「連れを見かけませんでしたかぁ?
私よりちょっと背の高い、ぼや~とした男の子なんですけど。」
「いや俺は此処をはなれてたから」
「も~イオン様ったら、どこ行っちゃたのかなぁ」
脱力である。なんで此処まで面倒ごとが目の前に羅列されるのだろうか。取りあえずルークが声をかけた。
「導師イオンならローズ婦人の所に居たぞ。」
「ホントですか?!ありがとうございます♪じゃあ、早く行かないと!」
あっという間にかけてゆく少女。黒髪のツインテールが揺れる。足が速いなとだけ考えて宿の手続きをとった。
ここで、部屋割りに関して少し揉めたがレンが何とか言いくるめて決着をつける。やっと休めると思いながら部屋に入るレンとルーク。男女の同室は問題だと言われたが、お互いに兄妹みたいなものである。今更何が起きるわけでもない。キムラスカの人間に知られさえしなければ良いのだ。
(それに、こんな場所でルーク様をお一人に出来るわけないし)
「?ルーク様?」
「いや、なんでもない」
護衛の必要はないと最初に言われてしまったが、レンが受け入れるわけがない。無言で気合を入れるレンの表情からそれ察したルークが笑う。振り返ったレンに手を振って誤魔化す。頑固なレンがあっさり納得するとは思っていなかったので、最低限に抑えるよう気をつけるだけだ。
それよりも。
「幾つか確認しておこう」
「はい」
この村で見聞きした事実について認識を共有する必要がある。
「導師イオンが居たな。」
「はい。」
「ヴァンがバチカルを離れるはずだったのは、導師が行方不明だったからだ。」
「ですが、あの様子では本人の意思で教団を離れたのでしょう。」
「だな。・・・あの導師の笑顔、気づいたか?」
「・・・恐れながら、あれは、演技、かと」
「あの導師が、誘拐?ありえねぇ」
「シンク君がぼやいてましたものね」
「ディストもだ。」
ダアトに所属している友人二人の名前をあげる。シンクは諸事情でキラとレンが保護した少年で、当時追っていた怪我が治った途端自分も協力するからと飛び出してダアトの参謀総長に納まってしまった。突然姿が見えなくなって慌てて探していたレンとカイトの元に知らせが届いたときは安堵の余り腰を抜かすかと思った。キラとルークは何故か最初から予想していたらしいが。
ディストは、キラがルークの体調管理の為にレプリカ技術に堪能な研究者を集める過程でスカウトしたダアトの師団長である。なんと元マルクトの研究者で、あのジェイドやピオニーの同窓でフォミクリー技術の共同開発者だったという。それが何故ダアトに亡命して師団長に収まっているのか知らないが(これを知っているのはキラとシュザンヌ
と多分シンクだけだ)キラのスカウトを受けて協力者の一人になっている。今はダアト内でヴァンが計画の全貌を探ることとダアトの機密(特に創世暦次代の情報)を手に入れるために潜伏中だ。
「つくづく懐に入れたと信じた人間には詰めが甘いな、あの鬚は。」
「ディストさんが呆れてましたねぇ」
「今の導師がレプリカだって事実をあんなに広めてどうする。
いくら六神将とモースとその側近だけっつっても、ばらしちゃいけない秘密ってのは、
知る人間をなるべく少なくするのが基本だろーが。」
「・・・導師様もただの操り人形ではなく、独自に何か企んでるそうですし・・・どうしましょう?」
「あ~~協力を持ちかけるか?
でもなぁ、俺達の計画って最終的に教団の解体だろ?」
「導師は預言を妄信する危険性を常々説いていると・・・」
「だからって自分の組織を終わらせるってのとは別問題だろ。」
「じゃあ、やっぱり様子見、ですか。」
「だな。」
だらけていた身体をそこで起こす。取りあえず現状維持しか出来ない問題は後で良い。
「それよりさ、導師が、マルクトの軍人と一緒に居る理由ってなんだと思う?」
ものすごく嫌な予感に苛まれつつレンに聞く。答えるレンの眉間にも皺がよっている。
「私には、一つしか可能性が思いつかないんですけど・・・・」
「俺もだよ・・・」
「「・・・・和平の仲介?」」
二人で声を揃えて吐き出した。
「まじか?!まじなのか?!
あれがまさか使者本人ってわけじゃねぇだろうな?!」
「もしかしたら、タルタロスに待機してる可能性も・・・」
「あると思うか?!あのジェイドの態度見て?」
「うっ」
イオンがいたあの場ですら余裕綽々、イオンに対しても膝を突くどころか目礼もしなかったジェイド。その彼が、誰かの護衛など務めるだろうか?
「・・ねぇよ。ねぇよな。他に責任者がいんなら、あいつがローズ婦人の所であんな風にのんびり茶を飲んだりしねぇだろ。代理で挨拶しにきてたってんならさっさと戻って報告するのが本当だろ。」
「それに、導師イオンの動向に無関心すぎます。」
「導師に向かって「今までどこに」ってどういうことだよ。
まさか護衛の兵士もつけてねぇのかよ?!」
「守護役らしきあの女の子も・・」
「なんで導師守護役が傍を離れる?!
しかも探してる時の導師の外見の説明もなんだよあれ?」
「どうしましょう?」
「どうするか?」
今最優先で考えるべきなのは、夕方二人で話し合ったばかりの問題についてだ。
「・・あれが使者だっつーなら、無理だろ。」
「そう、ですね。
では取りあえずルクトの国民感情についてとかだけでも探って行きますか?」
「そうすっかぁ。あ~あ、いい案だったんだけどなぁ」
「残念です。」
どう考えても今出せる結論は一つしかなかったが。
「「はぁ・・・・」」
疲れきった二人の溜息だけが響く。
そして夜は更けた。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
「----で?これは一体どういうことなのか、納得のいく説明をくださいますわね?」
穏やかな日差しの降り注ぐ美しい公爵家の庭が、局地的なブリザードに晒される。そこでは、神々しい笑みを浮かべた公爵夫人と、樺茶色の髪の青年が、そろって足元の男を睥睨していた。
「グランツ謡将。貴方を狙った賊が原因で、ルーク様と私の妹の行方が知れなくなりました。
この責任はどう取ってくださるおつもりですか」
穏やかな笑顔で告げる青年の声は、これ以上ないくらい低い。
「い、いえ!シュザンヌ様、キラ殿!誤解です!あれは私の妹でして、」
「「ほう?」」
冷や汗に塗れた顔で必死に良い募るヴァンの言葉に、同時に応えを返すシュザンヌとキラの声が揃う。
「貴方は兄妹の諍いを我が屋敷に持ち込んだ、と。そう仰るの?」
「ここがどこか理解していないのですか?
選りにもよって、此処で起こった襲撃の犯人が、貴方の、妹?」
喉が凍りつく。見下ろす緑柱石と菫色が恐ろしすぎる。矜持も何もかもかなぐり捨てて只管に許しを請うしか出来ない。シュザンヌはともかく、この若造・・キラの威圧感はどうしたことか。幾ら若くして准将の位についたといっても、所詮は血筋の良さに託けて成り上がった若造だと見下していたのに。そんな侮蔑など浮かべる余裕もなく、震える声で弁解を重ねる。
「貴方はよほどわが国を侮っていると見える。
・・・それとも是はローレライ教団からの侵略行為の一環でしょうか。」
「そんなことは決して!!
申し訳御座いません。妹はなにやら誤解しているようでっ」
「まあ、誤解していたからなんですの?
貴方の妹君の所為で、私の息子と、レン・ヤマト嬢が連れ去られてしまったことに変わりはありませんのよ?」
「それは、事故で起きた擬似超振動が・・」
「その事故の原因は、貴方の妹とやらが行った襲撃が原因でしょう?
どの道責任はあなた方兄妹のものだ。
・・・こうしていても埒が明かない。お前達、グランツ謡将をお連れしろ!」
「お待ちください!妹の不始末の責任をとって私が二人を探しに、」
シュザンヌとキラの詰問にのらくらと答えるヴァンの言葉にうんざりしてきたキラが、傍に控えていた騎士に命じる。常々思っていたが、ヴァンの蒙昧振りには呆れるばかりだ。仮にも公爵家で起きた襲撃事件の原因が兄妹の諍いだと?どこまで馬鹿にしているのか。第三位王位継承者であるルークが巻き込まれたというのに、何故そこまで事態を軽く考えられる。ヴァンは、今ファブレに居るルークがレプリカだから、という意識があるのだろうが、現在公式に認められた公爵子息はルークなのだ。その重要性に思い至らないというのはどういうことだろうか。
(本気で計画を成功させる気があんのか、この鬚面の老け顔が!)
「何故襲撃犯の身内を捜索に向かわせなければならないのです。
普通に考えて共犯の可能性を疑うものでしょう。
大体ただの兄弟喧嘩の末に公爵家に襲撃などと、誰が信じるのです。
犯人が貴方の妹であるというのは事実なら、貴方方の諍いは演技で、
実はルーク様のお命を狙ったのだと考えることも出来るのですよ。」
「そのようなことは決して!!」
「もう良い!!弁解は取調べで聞く!早く連れて行け!」
ヴァンがこんな時期にルークを殺すはずがないのは分かっている。キラも伊達に数年かけて作り上げた計画を用意しているわけではない。これはただの嫌がらせを兼ねたヴァン拘束の口実である。
恐らく王は教団を慮ってヴァンの罪を軽く見る。最悪事態の重さに気づかない可能性も高いが、そちらは考えないようにした。とりあえず少しでも時間を稼げればいいだけだと思うことにする。日々募る苛立ちを此処で増量する必要はない。それよりも、まずはこのイレギュラーについて話し合う必要がある。
そっとシュザンヌと目を合わせて周囲を誤魔化すための大仰な会話を展開した。
「シュザンヌ様、御前失礼いたしました。」
「いいえ、ご苦労様。・・・・それよりも、妹御が心配でしょう、キラ。」
「お気遣い痛み入ります。
ですが、あれも些少ではありますが訓練を受けております。
必ずやルーク様をお守りするでしょう。どうか我らを信頼して戴きたく、」
シュザンヌへ冷静に返しながら、咄嗟に震えた手を強く握りこむ。言った事に嘘はない。レンならば余程のことがない限りルークの安全と自分の身を守るくらいは容易いはずだ。彼女の実力は、本気でやればキラすら凌ぐ。だが、妹を心配する兄としての感情がただ心配だと思うのは仕方がない。それをシュザンヌも理解している。彼女こそ、ルークのことが心配で堪らないだろうに微塵も動揺を見せない自制心は流石としかいいようがない。
「大丈夫です。ルークも己が身を守るくらい出来ます。
レン嬢の実力も知っています。二人は無事に戻るでしょう。」
「は、ありがとう御座います!」
「私は一度部屋に戻ります。エスコートしていただけるかしら?」
「かしこまりました。失礼いたします。」
礼儀正しく夫人の手をとって部屋へと向かう。今のキラの本職はシュザンヌの主治医である。二人で彼女の私室に向かうのは当然の事と誰も怪しまない。たどり着いたシュザンヌの私室で速やかに人払いを命じて二人は向かい合う。今回のイレギュラーをどう扱うか決めたら、ルークたちを探しにいかなければ。
「それで、キラ。ルークとレンの居場所はつかめているの?」
「いえ、今はまだ。ですがまもなく判明するでしょう。あれは擬似超振動です。
第七音素の収束地点を観測するレーダーの範囲を最高まで広げてあります。」
「そう、ならばそちらは問題ないわね。・・ヴァンをどうしましょうか。」
「インゴベルト陛下は、ヴァンを釈放するでしょう。
陛下にとって最も恐れるのは教団との軋轢です。主席総長を裁くなどできないでしょうね。」
「忌々しい。どこまで愚かに成り下がれば気が済むのかしら。我が兄ながら情けないわ。」
舌打ちまでしそうなほど苛立たしげに髪を掻き揚げるシュザンヌ。キラも同じ気持ちなためそっと見ない振りで話題を進める。
「シュザンヌ様」
「何かしら?」
「実はマルクトから和平の使者が発ったとか」
「・・・和平?」
「はい」
今日訪問した主題を告げる。怪訝な顔で聞き返すシュザンヌ。確かにこの時勢でいきなり和平の使者とは。
「・・・先触れや打診ではなく?」
「はい。既に皇帝からの親書を携えた使者が一団を率いて出発したということです。」
「随分と急な話ね」
「ええ、・・・その理由なのですが、どうやらアクゼリュスではないかと。」
空気が緊張をはらむ。硬い声でシュザンヌが問い返した。
「アクゼリュス・・・鉱山の町?」
「はい。・・・アクゼリュスでは今原因不明の瘴気の発生によって住民の大半が病に倒れたと。発生初期にとりあえず避難命令は出ていたらしいのですが、鉱山の労働者はそこ以外で生活するのが難しい者が大半ですからね。非難を渋っている内に瘴気障害に罹る者が急増し救難が必要になったらしいです。が、その為に使うはずの街道がマルクト側からのものは通行不可能になったようで。」
「その救援をキムラスカに求めるための和平を?
・・・・マルクトの現帝は優秀な方と聞いていたけど。」
「全くです。突然和平などと」
本来国同士の和平が、申し出と同時に締結されることなどありえない。打診や代表者同士の会談を重ね、互いの国への周知を徹底して本決まりになった暁に、使者を送って同意するというのが正式な手順というものだ。それを無視して使者をたてるなど、マルクトがキムラスカを軽視しているとしか思えない。まるで、和平をしてやるのだから、ありがたく受けるのが当然だと考えているのかと思ってしまって当然だ。
しかも今まで戦争が始まってもおかしくないくらいに緊迫していた敵国との和平を結ぶのだ。上層部だけでなく、国民からの同意も得ずに受けられるわけがない。十数年間の戦争や小競り合いで、どれほど互いの国の人間が死んだと思っている。和平を結ぶということは互いの国の民同士の交流だって必要だ。まさか名目だけの和平を交わしてそれで終わりに出来るわけがない。
「・・・しかも、アクゼリュスの状況が緊迫したものならば、それは脅迫に等しいのではなくて?」
「和平を断ったりしたら、アクゼリュスの被災者をキムラスカは見捨てるのかと謗られるでしょうね。」
「選りによって、鉱山の町・・・陛下は受けるわね。」
「受けますね。渡りに船ですから」
真剣な目を見交わす。キムラスカに詠まれている預言の内容を思い起こす。
「ND2018 ローレライの力を継ぐ若者人々を引き連れ鉱山の街へと向かう
そこで若者は力を災いとしキムラスカの武器となって街とともに消滅す
しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれマルクトは領土を失うだろう
結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる」
「ええ、陛下たちはこの預言を信じている。縋っていると言っても良いくらい。」
「そうです。その為には”ローレライの力を継ぐ若者”を鉱山の町に向かわせなければならない」
「今までは敵国の領地だからと、思いあぐねていたけれど・・・」
「救援を求められたなら調度良い。
その救援部隊に””ローレライの力を継ぐ若者”すなわちルーク様を加えてしまえば良い」
「嬉々として決定する陛下達の様子が浮かびますね」
うんざりと溜息を吐く。どこまでも愚かな上層部に嫌気がさす。この想像が外れない確信があるから尚更に。
「・・・ですから、これを利用してしまいませんか。」
「計画を変更するのですか?」
不敵な表情で言うキラに、シュザンヌが質問する。
「いいえ、大本は変えません。
元々私達の主目的は預言に盲従する愚かさを、人々に知らしめることです。
預言に従ったが為に蹂躙される命があるのだと、それは他人だけでなく己が身に降りかかるかもしれない事なのだと実感させる必要があった。預言に盲従する危険性を実例つきでわからせる事が目的でした。
その為のヴァンです。」
「ええ、あの男の最終目的は知りませんが、とりあえずは”ルーク”・・今はアッシュですね。
アッシュの代わりにルークを使うつもりなのはわかっています。
教団員ならば、ルークをマルクトの領地に連れて行くことも容易いですし。」
「そしてヴァンがルーク様を利用してアクゼリュスを崩壊させようとした事実を突きつけてダアトを突くつもりでした。幾ら預言を信じていても、万単位の人を故意に死なせようとしたなどと聞いて平然と受け入れる者ばかりではないはずです。 それを実行したのが教団の主席総長であるなら、尚更教団自体への疑惑を強めることが出来ます。」
「それを切欠に預言から人心を離す。最終的には預言からの脱却、ですね。」
「ついでに、そんな預言を妄信して、第三位王位継承者を殺そうとした陛下たちには退場していただく、と。」
「既に保護している預言に殺されかけた者たちからの証言の準備も出来ていますし。」
「それを、どう変えるのですか?」
シュザンヌの声にちからが戻る。キラも嬉々として語る。
「今までの計画では、まずキムラスカ、次いでダアト、そしてマルクト、と少しずつ範囲を広げようと思っていました。」
「そうですね。今まで信じていた事を、突然全て捨てろといわれても難しいですもの」
「ですが、この和平です。・・・和平の使者殿を通してマルクトと協力することは不可能でしょうか?」
キラの言葉を吟味するようにシュザンヌが黙考する。
「・・・できるかも、しれません。
その為には使者殿の人柄を見定める必要がありますが。」
「慎重にやれば、一気に預言からの脱却を全世界同時に行えます。」
「できますか。」
「やるのです」
力強く宣言するキラ。じっと見つめるシュザンヌも頷く。
「そうですね、やりましょう。・・・レンも承知なのですね?」
「はい、これは二人で考えたものです。」
「もし、二人が飛ばされた先がマルクト国内であるなら・・」
「相手を見極める好機です。
使者殿と見える事が適わずとも、民の様子や皇帝の真意を探る情報の一つ二つ持って帰るでしょう。」
「ならば、今の私達がやるべきことは、」
「とりあえずは、情報収集と二人の捜索。」
「後は王宮の動向を見張って操作すること。かしら」
「「では」」
共犯者同士の笑みを交わして別れた。
戦闘開始、である。
この作品は、エヴァ×アビス基本+seed(キラ・ラクス・クルーゼ・カナード他)、ぼかろ(カイト・ミク・メイコ)設定がクロスする混沌クロス作品です。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
とある穏やかな夜。
美しい星空の下で、美しい花に囲まれた場所で、三人の男女が向かい合っていた。
一人の男--十代後半位の朱金の髪の青年は・・・・激しい頭痛を堪えつつ、困惑と怒りと呆れを抱えて目の前の二人の女を見比べていた。
十代後半で自分よりも少し年下位の、15・6歳程の少女が二人。
二人の少女は、朱金の髪の青年・・・キムラスカ王国ファブレ公爵家嫡男であるルーク・フォン・ファブレ・・の前で、正反対の態度を見せていた。
一人は恐縮しきって土下座までし、ルークの許しをひたすらにまっている。
一人は呆れ切った眼差しで少女を見下ろしつつ怒りを滲ませてルークを睨んでいる。
その様子を見比べれば見比べるほどに、激しくなる頭痛を抑えきれなくなるルーク。
深いため息をひとつ。思わず口に出して呟いた。
「・・てか、その態度・・・お前ら本来は逆の立場じゃねぇのか?」
ND2018、23day,Rem,Rem Decan
その日、事件は起きた。
ぱちり、と音を立てそうなほど勢い良く瞼が開く。いつもは従者を務める宵闇色の髪の青年が必死に身体を揺すっても枕から離れられない己の寝起きの悪さを知っていたルークは、自分でも不思議に思うほどすっきりと目覚めることができた。我ながら珍しいな、今はカイトが居ない所為かな、と思いつつ身支度を済ませる。本来なら専属のメイドに身の回りの世話を任せるべきだが、ルークはできることは自分でやりたいと”わがまま”を通して基本的な身だしなみ等は己で整える事を許されていた。
といっても公爵家の嫡子たるものの体裁がある。実際がどうであれ王位継承権を持つ上級貴族の人間が、着替えから部屋の片付けなどを自らの手で行っているなどと外部に漏らすことなどあってはならない。だから常ならば従者である青年--数年前偶然が重なって出会った創世暦時代の譜業人形である。---カイトが傍付きとして控えることで形だけは整えていた。譜業人形といっても流石は創世暦時代の技術というべきか、カイトは外見から言動に至るまで、まるきり普通の人間と区別がつかないほど精巧な人形であった。しかもしっかりと自立した精神を持っているのだ。最初は所詮は人形だと見ていた屋敷の面々も、付き合いを深めるうちにカイトを一人の人間と同じだと見るようになった者が殆どだ。未だに偏見を捨てきれない者も若干居るが、あくまで少数になっている。何よりも、当時まだ”マルクトに誘拐された”所為で、”赤ん坊同然になってしまったルーク様”を守り慈しみ育て上げたのはそのカイトなのだ。カイトを人形だと蔑んでいても、カイトがルークに対して抱く忠誠に疑いを差し挟む人間はこの屋敷には存在していなかった。
そのカイトは此処数日間留守にしている。如何しても信頼できる人間にしか頼めない用事があって、仕方なくカイトを使いを頼んだためだ。カイトがいなくても生活的な困難は無い。完全な素をさらけ出すことはできずとも、付き合いの長いメイド達も居る。幼子ではあるまいし一人が寂しいというわけでもない。だがやはり信頼できる人間が居るのと居ないのとでは、精神的な緊張感の度合いが違うということか。
(つっても、初めてってわけでもねぇのに、今日に限って目が覚めたってのは----)
キィン、と甲高い耳鳴りが始まる。
(ってぇ、やっぱりかよ!)
姿勢を保つことも儘ならないほどの激しい頭痛。七年前に”誘拐”されてから不規則に煩わされる持病のようなものだ。”記憶喪失”の原因に関わるのではと何度と無く検査を繰り返したが未だに治療法が見つからい。・・・ことになっている。表向きは。だが今はその理由を知っている。
---我が・・え・。・・・・ク・・・我・・子・・応・・---
(無茶言うな!どうやって応えろってんだよ!!痛ぇ、くそっ!)
数年前にルークの母であるシュザンヌの治療の為にファブレに招かれた青年が推測した事だ。
その時に判明した事実と合わせてほぼ間違いないだろうと断定された。
(ふざけんな!ローレライ!)
すぅっと痛みが引いていく。まるで何事も無かったかのように耳鳴りも消えた。だが痛みにもがいていた数秒の間に疲労した精神を休める為に傍らの椅子に座り込んで眉間にしわを寄せる。
そう、恐らくは、”ルーク”の同位体である、第七音素の意識集合体、ローレライの声だろうと。
(だったら何だって話だがな。日常生活を脅かされる謂れはねぇぞ。あー忌々しい。
・・・被験者は何やってやがんだよ!!)
そして、此処にいるルークが、七年前誘拐された”ルーク”のレプリカであると、教えられたのだ。
それは衝撃の事実であった。
実際シュザンヌは卒倒したし、クリムゾンは厳しい面持ちを崩さずに、その情報を齎した青年---シュザンヌの従兄弟であるハルマ・ヤマト公爵の息子キラに詰め寄って今にも斬り捨てんとばかりの剣幕であった。当時のルークは未だに言葉も覚束ない状態で口を挟むことはできなかったが、傍らのカイトに抱きしめられながら三人の様子を見ていたから覚えている。幼心に、自分がやっぱり”皆の求めるルーク様”ではなかったのだ言うことだけは理解した。納得と、落胆と、どちらが大きかったのかは覚えていないけど、もう自分は”ルーク”にならなくて良いのかな、とだけ考えた。
そんなルークを確かに気遣いながら、キラは説明を続けたのだ。
レプリカとはどういったものか。
その確証となったものは何か。
ルークがレプリカであるのなら、被験者はどうしているのか考える必要があること。
その上で、レプリカルークをどう扱うつもりなのか、と。
一度は気を失いつつも何とか立ち直ったシュザンヌと、狼狽しながら考え込むクリムゾンを見比べるキラの眼差しは、その場で誰よりも力強かった。
ルークを抱きしめてくれているカイトの腕の温もりと同じくらいに、ルークを守ってくれていると感じたのだ。
そしてそれは正しかった。
シュザンヌが、ルークがレプリカであっても、身体を構成するのが第七音素のみであるという点を除けば被験者と全く同じであるというのなら、それは自分が生んだ息子がもう一人増えたのと同じことではないのか、と言った。加えて刷り込みという記憶複写の技術を施されていないレプリカは身体が成長した外見であっても赤子と変わらないなら、その子供はまさしく幼子でしかないのでしょうと言った、ならば、そのこは私が生んだルークの弟のようなものですね、といって笑ったのだ。
そのシュザンヌの言葉には安心したように笑い返したキラが優しく頭をなでてくれた時の表情でそれを悟った。
キラはきっと、シュザンヌが拒絶するならば、ルークを保護してくれようとしていたのだろう。だからシュザンヌがルークを受け入れたことに安心したのだ。
同時に、考え込んでいたクリムゾンが、ならばその子供を”ルーク”の影武者にしよう、と言い出した瞬間のキラの殺意すら込めた怒りもはっきり覚えているのだ。
それはどういう意味かと平坦な声で問い返したキラに、クリムゾンは被験者のルークはキムラスカの繁栄の礎になるという預言が詠まれているのだと返した。静かに目を細めて、つまり”ルーク様”の死の預言を回避するために、何も知らない幼い子供を身代わりにするつもりなのですね、と言った声には肌を焼きつくすかと思うほど激しい憎悪が込められていた。先程優しく笑ったシュザンヌにすら非難の眼差しを向けられて尚当たり前のように、国の為に死ぬのは王族としての義務だろう、と言い切った。
その瞬間、シュザンヌとキラとクリムゾンの間には決して超えることの出来ない断裂が生まれたのを理解した。
数秒前の激情を綺麗に収めて、不躾なことを申しました、と頭を下げたキラと、それが王族の役目ならば、と淑やかに控えたシュザンヌの間に交わされた眼差しが同時に自分に向けられたとき、ファブレ家で信じていいのは、この二人とカイトだけなのだと、理解したのだ。
だから、ルークは、”ルーク”の代わりにここに居る。
今、ルークがレプリカであると知っているのは、シュザンヌとクリムゾンと、キラとキラの妹であるレンとカイトと、シュザンヌが厳選した数人のメイドと騎士。後はインゴベルトとその側近数人と、キラが信頼している何人かだけだ。”ルーク”の婚約者であるナタリア王女や、”ルーク”の傍付きであったガイ・セシルにも秘密にしている。これはクリムゾンとインゴベルトの判断で、彼らはルークが”ルーク”の代わりを勤めてくれれば次代の王を失うことなくキムラスカの繁栄が得られると考えたのだ。そのためには、ルークが替え玉であると知られてはならない。特に預言を人々に授けると同時に崇拝するローレライ教団に隠し通すためには、決して秘密が露見することは許さぬ、と命じた。
・・・ルークが実際に預言の為に死んだあと、教団にどう言い繕って本物を表に出すつもりかは知らないが、キラ達の計画のためにもそれは都合が良いから従っているだけだ。ルークも世界中全ての人間に受け入れてもらいたいなどとは思っていない。信じてくれる数人が居ればいいから不満もない。
後日、キラが”記憶喪失”のルークの家庭教師も勤める様になった。
そのキラの教育とカイトの世話を受けてルークは成長したのだ。
時にキラやキラの妹であるレンや、キラの友人との交友を交えて七年を過ごした。
知識と力を蓄えて”以前のルーク”と比べても遜色ないくらいに成長した時、キラとシュザンヌから打ち明けられた計画に協力するために此処にいるのだ。人の死を詠んだ預言にすら盲従して、助かるかも知れない命を無造作に見捨てるようなこの国を変えるために。預言に詠まれたのならば、という理由で誰かの死すら無条件に受け入れる”常識”を壊すための戦いに協力するために此処にいる。
だから、ルークにとってファブレ家は敵地にも等しい場所である。完全に気を抜いていいのはシュザンヌの私室と、キラやレンが訪れている時のこの部屋と、カイトが傍にいる時だけだ。
そんな状況で、時と場合を選ばずに訪れる激しい頭痛は、日常と計画を阻害する最悪の敵に等しい。何せまともに姿勢を保つことも難しい状態でうっかり本性を取り繕う余裕すら失われたらと思うと楽観などできない。頭痛の原因であると目されるローレライに悪態の一つ二つついたところで仕方が無いというものだ。
(あー、くっそ。・・・まあ良い。今更だからな。
それより今日は----)
その瞬間ルークが表情を変える。眉間に刻まれていた皺を消し、自然体でありながら高貴な身分の者特有の威厳を纏う。この部屋に近づく気配を捉えたからだ。殆ど反射的に、完璧でありながら親しみやすい”ルーク様”の仮面を被る。といっても完全な虚実というわけではない。ただ素では多少乱暴に成りがちな口調を改めて、公爵子息としての最低限度の対面を整える程度のことだ。それでも貴族社会に生きる人間には最も効果的な演出になる。同じ内容の言葉を話しても、口調の違いで受ける印象が変わるものだ。権威を重んずる貴族ならば尚更に。だから人前でのルークは殊更に礼儀作法や立ち居振る舞いに気をつける。本当に親しい人間だけが居る場所以外では、自宅でも同様だ。使用人の噂ほど、早く広く広まる情報は存在しないのだから。
これはルークがレプリカであると明かされた時のための予防線だ。
人は異端を嫌悪する。今は幾ら好意的に見てくれている者でも、必ずルークを拒絶するものがでるだろう。だから、今のルークが優秀な公爵子息としての能力を示しておくことが必要なのだ。例え被験者とは違う生まれの生き物であっても、その能力に遜色は無いのだという事実を。生まれ方が違っても、レプリカだって生きている人間なのだという事実を直接知る人間を多く作っておくべきだ。今生まれているレプリカはルーク一人ではない。これからだって生まれてくる可能性がある。そんな時に、ただ異端の生き物だという事実だけで排斥されかねないレプリカを守る手段の一つとして、今のルークの評価を高めておく事が必要なのだ。ルーク一人ならば親しい数人だけが居れば良いと思っても、その数人を見つける前に命の危険に晒されかねない他のレプリカたちの為の予防線。
学業でも剣術でも譜術でも、恐らく被験者よりも優れているという自信がある。これはキラ達も認めるところだ。
ルークに全てを教え込んだキラとシュザンヌの指導の賜物だ。数年前から父を介して政治にも参画している。いくら影武者といっても、ただ屋敷に世話になるのは申し訳ないから仕事を手伝わせてほしいと言いくるめたのだ。シュザンヌとキラの援護もあってかしぶしぶでは有るが公務を任されるようになった。すぐに示されたルークの有能さに、役に立つなら結構だとでもおもったのか今ではそれなりに重要な仕事も回されるようになった。お陰で今の屋敷にも王宮にもルークを”ルーク”と比べるような輩は存在しない。むしろ七年前よりもさらに優秀になったと評判である。キラと連名で行った政策のいくつかのお陰で国民にもルークの名は広まり始めた。いつか被験者を連れ戻して、ルークがレプリカと知れた時に、これらの形に残る功績や評価はその身を守る盾の一つになるだろう。
ただし、一部のものにはそんなルークの本性を隠さなければならない。
どんな些細な疑いもキラ達の計画の妨げになりかねないからだ。
(・・・つっても、ちょっと誤魔化すだけで疑いもしやがらねぇのには拍子抜けしたけどよ)
コンコン
「失礼いたしますルーク様。旦那様と奥様がお呼びです。」
「何?入れ」
内心で呟くのと同時に扉がノックされる。元傍付きであったガイの声だ。ルークの許可を得て入室するガイの顔には爽やかな笑みが浮かんでいる。誘拐から連れ戻された当時のルークにとっては、唯一安心できた表情。だが、今のルークにとっては警戒の対象だ。秘密を隠し通さなければならない一人。ルークの秘密だけではなく、ガイの秘密を知っていることも。
「お早う御座います、ルーク様。」
「ああ、おはようガイ。・・・今は誰もいないから敬語は無しで良いぜ?」
「そう、か?じゃあ、お言葉に甘えて。
・・・だんな様がお呼びだぜ。グランツ謡将がきてるとか。」
「師匠が?今日は稽古の日じゃないけど・・」
「ああ、ダアトでなんかあったらしくて・・なんだ嬉しくないのか?」
「いや、そんなことは無いよ。ありがとう。じゃあ直ぐに支度していくよ。」
「ああ、じゃあ俺は仕事があるから。またな。」
「ああ、後でな」
・・・それでも嫌いきれないのは、刷り込みのようなものだろうか。赤子のルークに優しかった彼の笑顔への親しみと、隠されていたガイの闇への警戒心。当時、屋敷中から蔑視されていたルークを、殆ど一人で世話してくれた彼への想いがある。けれど、キラたちと一緒に戦うと決めた後知ったガイの秘密が、無条件の信頼を抱かせない。だから自然とルークの態度もそっけなくなる。追いかけてくる必死な視線を撥ね退けるための演技。うっかり絆されないための予防線。それでもあきらめないガイの本意はどちら側のためのものか、今は考えたくなかった。
けれど、そろそろ結論をださねばならないだろう。・・今年はもう”ルーク様”に詠まれた預言の年だ。
(ガイには言うか言わないか、俺が決めて良いと言ってくれたけど・・・・
今はヴァンが先か。予定外の訪問。ダアトで問題、ね。
あーあ、じゃあ午前中に母上たちと約束してたお茶会は午後に延期か)
深く溜息をついて窓から外を見る。
七年間、ルークを閉じ込め続けた高い塀が区切っている狭い空を。
「さて、行くか。」
透き通る空の色は、見るものの心情などお構い無しに美しかった。
++
「失礼いたします。おはよう御座います、父上、母上。
お待たせいたしまして申し訳御座いません。」
「まあ、おはようルーク。今日も良く眠れて?
その服も良く似合っているわ。やっぱり貴方には白が一番合うわね。」
「ありがとう御座います。ええ、先日母上がくださったものです。」
「うふふ、また新しくデザインを考えたら着て頂戴ね。楽しみだわ。」
にこやかな表情で客室に入るルーク。穏やかな声で両親への挨拶をする。その優雅な仕草を見たシュザンヌが誇らしげに笑ってルークに返事を返す。クリムゾンの物を見るような無機質な視線には気づかぬ振りで、仲の良い母子の会話を交わす。客人として遇されているローレライ教団神託の盾騎士団の首席総長ヴァン・グランツ謡将の視線も態と無視する。ルークが殊更母親想いであることを屋敷に出入りするもので知らぬものはない。母を気遣う余り他人の存在を忘れているのだろうと、屋敷内のものは微笑ましく見守る。公式の場や外の世界で同じ事をしなければちょっとした欠点で片付けてもらえる程度に抑えた、ささやかな嫌がらせである。
「・・・ルーク」
「ああ、大変失礼いたしました。父上。
グランツ謡将、お久しぶりで御座います。ようこそお越しくださいました。」
今気づきました、とばかりに少しだけ申し訳なさそうに眉を寄せて謝罪の言葉と共に挨拶をする。ひっそりとシュザンヌの口元があがったのはルーク以外の誰も気づかない。伏せた顔がにやり、と笑ったルークにも。言葉を額面どおり受け取ったクリムゾンとヴァンが鷹揚に頷いて会話をはじめる。
「まあ、良い。今日はグランツ謡将がわざわざ挨拶に寄ってくださったのだ。
お前も座って話を聞きなさい」
「はい、では失礼いたします。」
礼儀正しく一礼して席につくルーク。その時こっそりとヴァンに子供っぽい笑みを見せておくことも忘れない。礼儀正しい公爵子息が、場を弁えつつも嬉しさを隠せない、といった様子だ。シュザンヌとキラの指導で培った演技力を見破れるような目の良い人間はその場に存在せず、皆が完全に騙される。ほくそえむ母子。道化を演じるファブレ公爵とグランツ謡将。茶番である。
(ちょろいな。)
「ああ、そんなに畏まる必要はないぞ、ルーク。」
(お前はもうちょっと畏まれよ。此処にはキムラスカの王族が三人もいる公爵家だぞ。 キムラスカが預言に傾倒する馬鹿に占められてなきゃ、不敬罪で首切られても文句いえねぇぞその言葉遣い。)
「ありがとう御座います。それで、グランツ謡将、挨拶というのは・・」
「うむ。緊急の任務でバチカルを離れることになってな。
しばらく稽古に来られそうもないから、その挨拶にな」
「ええ!?………緊急の任務とは?……」
「これは内密な話なのだが………導師イオンが行方不明になったと知らせがとどいてな」
「導師が?!では、」
「うむ。明日からその捜索に向かう。いつまでかかるかは今のところわからん」
「………そうなのですか………」
そっと目を伏せるルーク。それを落ち込んでいると解釈したらしいヴァンが笑いながら続けた。
「そんな顔をするな。そう長くもかかるまい」
「………はい」
(・・・・行方不明?何かあったか。カイトがついでに調べてくるとは思うが・・)
そのダアトに向かわせているカイトの帰還を急がせるべきか、と一瞬迷ったため次のヴァンの発言に素で反応してしまった。
「さて、では着替えて外に出なさい。
しばらく来られないからと言って、次に来たときに鈍っていてはいかんからな。
今日はみっちり稽古をつけてやろう」
わざとらしく厳めしい表情を作ったヴァンがソファから立ち上がる。可愛い弟子を見守る頼もしい師匠としての表情。 本来なら此処で嬉しげに笑うべきだが、
「「は?」」
思わず素で声を漏らしてしまった母子。その疑問の表情に首を傾げる壮年の男が二人。・・首を傾げたいのはこっちである。
「・・どうした?ルーク」
「え、いえ。グランツ謡将は、導師が行方知れずになったため、帰還しなければならないのですよね?
なら、私の稽古など瑣末事ではありませんか。一刻も早くお帰りになるべきでは・・」
幸いシュザンヌの声は聞き逃したらしいので、これ幸いと声高にまくし立てる。辛うじて、大好きな師匠との稽古が出来ないのは残念だが、という表情を見せるのを忘れなかった自分を褒めたい位信じ難い発言だった。演技の必要がないなら、自国のtopの危機に何を暢気に構えてやがる、と胸倉を掴みたい。いくらなんでも、お前はもうちょっと本音と建前を使い分けるべきじゃねぇのか、と言いたい。キラ達との計画の一環で知った事実がなければ、ヴァンの発言はどこまでも突っ込みどころが満載すぎる。知っていても満載だが。
(いやいや、軍人の職務をなんだと思ってんだよ。
おれが何も知らなきゃ、導師の地位はそんなに軽い代物なのかって思ってもしかたねぇぞ、その発言)
「何を言う。どうせ船の出る時間までの待ち時間もある。
私が、お前との約束を破るわけないだろう?」
「ルーク、折角のご好意だ。甘えておきなさい。
・・ではよろしくお願いしますグランツ謡将。私は登城の時間ですので失礼します。」
「はい、勿論です、公爵。」
クリムゾンも全く気にしていないらしい事実に、シュザンヌがこっそり眉をしかめている。・・やはりキムラスカの未来は暗い。彼らに国を任せて置けないと日常的に決意を改める事数百回目。むしろ今すぐ蹴落としてやろうか、と愚痴るキラの言葉に全力同意したい。
(キラ~~こいつら駄目だ、本当。
もういっそ預言信者纏めてどっかに監禁しようぜ)
内心で罵倒しつつ表情は完璧なままヴァンに向き直る。これも計画の内、と百回唱えて演技再開。
「ふぅん。・・・じゃあ、師匠!早速はじめても良いですか?」
口調を少し子供っぽくして乱雑さを混ぜるのがポイントである。懐いている師匠に甘えている背伸びした子供の図だ。勿論シュザンヌとキラの・・以下略。そしてあっさり騙されるヴァン。
(こういう面では扱いやすいつーのに、)
曲りなりにもヴァンはレプリカルーク作成に始まる計画の首謀者である。加えて実力と人望と地位だけはあるという厄介ぶり。うっかり気を抜いてしまわないよう気合を入れるルーク。
「そうね、ではルーク。午前中に約束していたお茶は午後にしましょう。
あの子達にも伝えておくわ。気をつけるのですよ」
にこやかに息子を気遣うシュザンヌ。アイコンタクトで励ましあってお互いに別れる。
(キラ、カイト、早く全部終わらせて隠居しようぜ。
早く解放されたいよ、本当に)
・・・・・・・・・・・・・それが、今日の朝の出来事である。
そして、今ルークは此処に居る。
此処---- マルクト帝国領、タタル渓谷の上に。
上を見上げれば満天の星空。穏やかな風は涼しく芳しい花の香りを運ぶ。
ただの星見を兼ねたピクニックならば、どれ程良かっただろうか。
現実逃避をあきらめて、目の前に視線を戻した。
変わらずに土下座の姿勢を崩さない黒髪の少女と、此方をにらむ栗色の髪の少女を。
「あ~~まず、レン。顔を上げろ。発言も許す。これはお前の責任じゃない。」
「恐れながら申し上げます!
あの場に居合わせながらルーク様をお守りすることも出来ず、このような場にお連れしたのは私の失態に御座います!帰国した暁には必ず罪を償わせて頂きますので、どうか道中の護衛の任をご命令ください!!」
額をさらに土にこすり付けてまくし立てるレンに深々と溜息をつく。彼女は自分の失態だといったが、そんなことは全くない。むしろルークがこんな場所にまで飛ばされることになった原因である事件の瞬間に、普通ならば絶対に間に合わないだろう距離を走りこんでルークを庇った彼女の行動は賞賛に値する。何しろファブレの警備が尽く無力化された状態だったのだ。本来ルークを守るべき騎士たちが軒並み攻撃力を奪われたあの時に、ルークを守る行動を起こした彼女が責められるいわれは全くない。レンが来てくれなかったら、あのままルークともう一人の女とだけでこんな場所に放り出されるところだったのだ。むしろルークはレンに感謝しか感じていなかった。
「良いから立て。お前にそんな事をさせたと知られたら、キラに殺される。」
「ルーク様、ですが・・」
「いいから!ほら!」
渋るレンを無理やり立たせる。小うるさいもう一人の気配は完全無視でまずは小声でレンを宥める。
「大体今日のお前はただの客人だろうーが。
しかもあの時は屋敷に向かう馬車に乗ってたところだっただろ。
そんな状態で異変に気づいたのは凄いよ。庇ってくれてありがとな。」
「いえ!もったいないお言葉です!」
「それと、その口調!やめろよ、此処は外だぞ。
しかもマルクトだろ多分。だったら俺は身分を隠す必要がある。
なのにお前がそれじゃあ、すぐにばれる。
・・・・お前は俺の部下じゃなくて、幼馴染の友達だろーが!」
仕方なさそうに言ったルークの言葉にやっと笑うレン。狼狽に潤んでいた深紅の瞳が明るさを取り戻す。擽ったそうに笑うレンに安心したルークも笑う。目の前の黒髪の少女は、ルークの師匠であり、共犯者であり、親友でもあるキラの妹である。といっても、彼女にも複雑な出生などの事情があるらしく、正式なヤマト家の令嬢ではない。その辺りはルークも詳しくは知らない。だが、レンが真面目で心優しい信頼出来る幼馴染の少女である事実は変わらない。彼女とキラが明かしたくないと思っている事実を暴こうなどとも思わない。キラもレンも、自分にとって大切な存在であるという想いに嘘はなく、彼らも自分を大切だと思ってくれていることを知っていれば十分だからだ。必要になったらきっと自分から打ち明けてくれるだろう。
それに、この幼馴染の少女は実年齢七歳のルークよりも妙に幼いところがある。キラの英才教育で外見年齢にも見劣りしない位の実力を持つルークだからこそ、レンのそういう所に庇護欲を刺激される。表向き同い年ではあるがルークにとっては妹のような存在なのだ。自分の今の立場を理解すればこそ、本来ならばレンに護衛を命じるべきかとも思ったが故意に無視する。要はばれなければ良いのである。隠し切れないならば口先で言いくるめるだけだ。とにかく、ルークにレンを危険な目にあわせる気は毛頭なかった。
(大体、レンが傷一つでも負ったりしたら、キラがマジ切れする。
・・・・いや、既に切れてんじゃねぇかな。つーか、ヴァンのこと殺してるかも)
そう、レンは、キラの最愛の妹なのである。その妹至上主義っぷりや王宮や軍部でも知らぬものなど居ないほど。加えてキラが非常勤の教師を務めている士官学校では、キラに加えてレンもアイドルである。キラの補佐として授業に参加しているレンの人気たるや、軍部に限ればバチカル市民の人気を独占するナタリアにも勝る。
直接指導を受けた卒業生のキラへの忠誠の深さは、それこそ国王であるインゴベルトへのものなど比較にもならない程だ。キラに心酔する軍人やレンを溺愛する軍人達を集めれば、一日でバチカルどころかキムラスカ全土を占領できるだろう。そのヤマト兄妹至上の軍人達に今の状況を知られた日には、制止するまもなく暴動でもおきかねない。
(実際にレンに何かあったらキラが止めるわけもねぇしな。
・・・・あ、でもそれはそれで手っ取り早くて良いかもな。)
一瞬甘い誘惑に傾きかけるが、我に返ってレンの説得を続ける。
(あぶねぇ、落ち着け俺。)
ちなみに、そんなキラとレンの親愛と敬愛を受けているルークの人気も二人に劣らずであることに本人だけが気づいていない。現職の若手軍人や学生達の間では、上記三人さえ居ればキムラスカの未来は安泰だというのが定説であった。
「とにかく!お前は色々気にしすぎだ。いいか、これは俺達には不可抗力の事故だった。
お前には何の責任もない。確かに俺に何かあれば問題になりかねないが、だ。」
「はい・・」
「隠せば良いんだよ。大体お前だってキラの妹で公爵家の娘だって事を忘れるな。
俺だけじゃなく、お前の身に何かあれば、それこそ問題になるってことを思い出せ。・・・わかったな?」
「・・・・はい。」
「敬語!」
「は、・・うん。わかり・・いえ、わかった。」
「よし!」
満足そうに笑ったルーク。肩の力を抜いてそっと笑い返すレンの髪を乱暴に撫でる。そこで、今まで存在ごと無視していたもう一人に視線を向けた。同時に表情を改めて前に出ようとするレンを制する。そして感情を込めない声で問いただす。
「で?そこの女。お前には今から聞きたいことがある。
猿轡を外してやるから質問に答えろ。・・・レン、猿轡だけ切れるか?」
レンが近づこうとするのを引き止めて言う。直接手で外すのではなく譜術で切れということだろう。肯いたレンが口の中で詠唱して巻き起こる真空。見事に制御された術が女の口元の布だけを切り落とす。途端に沸き起こる罵声。咄嗟に耳を塞ぐルークとレン。
ぎゃんぎゃんと吼えていた女が咳き込んだ隙に尋問を開始する。
「で、お前の名前は?」
「人に名前を聞くならば、まずは自分から名乗るべきでしょう?!
だいたい、何で私がこんな目にあわなければならないの?!」
後ろでに拘束されたままの女が怒りに震えた声で反論する。
その言い様に揃って顔を顰めるレンとルーク。
・・・この女は何をいっているのだろうか。
「いや、それはお互いに対等の立場で礼儀を払うべき相手との場合だけだろう。
何故、俺達が突然自宅に不法侵入した挙句刃傷沙汰を起こすような襲撃犯に名乗らねばならない。」
「あれは、ヴァンを狙っただけよ!」
「何故?」
「貴方には関係ないわ。個人の事情よ。」
頭が痛い。なんだこの女は。
「・・・・その個人の事情とやらが何かは知らないが、何故私の家でヴァンを狙う。
しかも貴様、騎士やメイドを眠らせたな?歌が聞こえたからあれは譜歌か。 これは不特定多数にむけての傷害行為だぞ。しかもその結果我が家は一時的とはいえ警備が無力化した。それがどういう事か、まさか理解できないわけではあるまいな」
ルークが冷酷な視線で見据えて詰問すると一瞬だけ気まずそうに視線を泳がせた女。だが次の瞬間にはもう気を取り直している。
「・・・巻き込んだのは悪かったと思ってるわ。でも、これは個人の事情で・・・」
「ふざけるのも大概にしろ!!貴様のその服は神託の盾騎士団の軍服だな?
ダアトの軍人が、我が屋敷に襲撃をかけたんだ。これは立派な宣戦布告だな。
帰国しだいダアトに抗議文を送らなければ。」
「な!!ふざけないで!ダアトは関係ないと言ってるでしょう!
あなた戦争を起こしたいの?!これだから傲慢な貴族は・・・!!
私が個人的な事情で、ヴァンを狙っただけよ!!
・・貴方達を連れ出してしまったのは悪いと思ってるわ。
だから責任もって家まで送り届けます。そんなことより、これを早く解いてちょうだい!!!」
うんざりする。何だこの頭のおかしい女は。
本気で言ってるのが手に取るように分かってしまうからこそ、理解不能だった。
キムラスカの公爵家に襲撃した理由が個人の事情?
・・・例え場所が一般市民の家庭であっても、他人が不法に侵入したら三年以下の懲役1万ガルド以下の罰金である。しかも武器まで振り回して家人を危険に晒しておいて謝罪のみで放免される道理がどこの世界に存在すると言うのだ。
警備を無理やり眠らせたのが仕方ないこと?
・・・本人の意思を無視して無理やり眠らせたのだ。これは明らかな傷害罪である。たとえ他人を完全な過失で傷つけても罪に問われるというのに、故意に多数の人間を巻き込んでおいて「悪かった」の一言で済ませるつもりか。
第三位王位継承者であるルークと、公爵家令嬢であるレンを巻き込んでおいて、自宅まで送り届けるだけで許される気で居るなんてどんな神経だ。
・・・これこそ一番信じられない。女が言ったように貴族階級のものは傲慢であると謗られても仕方がない者も大勢居る。例えばただ気に食わない、という理由で使用人の首を落とす侯爵令嬢や、子供が転んだ表紙に蹴飛ばしてしまった小石をぶつけられたからと家族全員を縛り首にする男爵。彼らは貴族であると言うだけの理由で処罰されずに許される。キムラスカにおいて、それほど身分が重視されているからだ。だから階級の最上位である貴族や王族へ危害を加えたものは、過失も故意も関係なく無条件に死罪が決まっている。そんなこと、国など関係なくこの世界に生きている人間ならば知っていて当然の常識である。それを、よりにもよって軍人でありながら認識すらしていないだと?どれだけ無知なのだこの女は。
本当に嫌になってきた、いっそこの場で首を落とすか。擬似超振動の再構成に失敗して死んでましたとでも報告すればいいんじゃないか。と真剣に考え始めたルークの袖をレンが引っぱる。耳元にそっと口を寄せて囁いた。
(あの、ルーク。この人・・・ヴァンの事を狙ってきたのよね?
それってもしかして何か知ってるんじゃ・・)
愚にもつかない雑言を喚く女の処理法で思考を一杯にしていたルークが我に返った。そういえば、言い訳の内容はともかく、理由はそれだ。もしやこの女に情報をはかせれば証拠の一つにでも利用可能だろうか。
(けどなぁ。・・・なあ、レン。こいつを連れてキムラスカに戻りたいか?)
(えぇと・・・)
(すっぱりこの場で始末してかねぇ?
ヴァンの野郎はもう襲撃犯の共犯だったとか言って処分すればよくないか)
(で、でも・・・)
ひそひそっと話し合う二人の雰囲気に苛立ちが最高潮に達したらしい。女が座った目でにらみつけて息を吸い込む。力ある言葉が音律を伴って解放される直前、
「っが !っっつは!!」
ルークが投げた布の塊が女の口を塞ぐ。力いっぱい投げたため殆ど殴られたのと変わらないだろう衝撃に悶絶する女。それを見下ろしてルークが思案した。
(・・・・しかたねぇ、か。こいつがダアトの軍服着てなきゃ始末してもどうにでもなったのに)
キムラスカは預言を重視する。預言を授けてくれるローレライ教団も同様に。現に今キムラスカ国王であるインゴベルト6世は、教団の大詠士であるモースを宰相のように重用している。恐らくファブレ家を襲撃した女がダアトの軍人であるという事実だけで女の罪を見逃しかねない。繁栄の礎になるルークに何かあるならともかく、無事生還すれば尚更だ。それに
(もし俺が死んでも、キムラスカにとっちゃ最初の予定通りもう一人の”ルーク”を使えば良いってだけだからな)
「・・・・女、お前の拘束を解いてやる。
襲撃に関しては見ない振りをしてやるからどこへなりと行くが良い」
吐き捨てるように女の縄をナイフで切って手を振った。とにかくこいつと一緒に居なくてすむなら何でも良かった。
だが、ここで大人しく引き下がるようなら最初から公爵家襲撃をしておいて口先の謝罪で許されるなどと言う妄言を喚いたりしない。憎憎しげに立ち上がった女が、嫌そうな顔で言い放った。
「私には貴方達を送り届ける義務があるのよ。我侭を言わないで頂戴。
ほら早速行きましょう。夜の森に留まるなんて危険だわ。」
「「はぁ?」」
「何をしてるの、川沿いに抜ければ人里に着くはずよ。ぐずぐずしないで。
ああ、私の名前はティアよ。・・で、貴方達の名前は?」
((もう本当に、どうしよう))
レンとルークの表情から真意を読み取ることなく勝手に話を進める女--改めティア。
二人を送る義務とやらを果たすために、キムラスカまでついてくる気満々なようだ。・・・・本っ当にめんどくさい。先程は始末を躊躇っていたレンでさえ、此処で決着をつけておくべきかと一瞬考える程に、ティアの態度はありえなかった。
ティアはルークの言葉を何一つ理解していないらしい。ティアの中では、自分が原因で起きた事故が二人を此処まで連れてきたのだから自宅まで帰らせる義務がある、ということになっているらしい。それだけ聞けば責任感が強いとも思えるが、その原因は公爵家への住居侵入罪及び公爵家への家人への傷害罪並びに客人への殺人未遂、極めツケがティアとルークが接触した際に起きた擬似超振動による誘拐罪だ。・・・・どこのテロリストだと問いただしたいほどの犯罪の数々。どれをとっても実刑は確実。さらに被害者が王族ともなれば死刑は免れない。ティア本人のみならず、後は何親等までに責任を問うかという問題である。
ルークとレンは疲れきった溜息を零した。最早一言も話したくない。
彼女は自分からキムラスカに向かうつもりだと言うし、放っておこう。
何を喚いてもあれは只の騒音だ。好きにさせておけば良い。
視線だけでそう話し合うと、黙々と歩き始める二人。
美しい星空と芳しい花の香りだけを慰めに渓谷を後にした。
・・・・・キムラスカは、あらゆる意味で、遠かった。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
「どうしたの?
・・気分でも悪いのかしら、フレイル!荷物からマントを取ってくれる?
先生、もう遅いし調査は明日で構いませんね?野営の準備をお願いします。」
「おい、ユリア・・」
「ああ、ありがとう。じゃあ、次は水を汲んできてね。早くお願いね。」
「・・・へーへー行ってきますよ」
ユリアの問いに答えられず表情を強張らせた自分を心配したのか慌てたように肩に手を添えて顔をのぞき込まれる。返事を返す間もなくてきぱきと後ろの二人に指示を出すユリア。殺気はないが僅かに疑うような視線でこちらをみるフレイルから庇うようにユリアが次の指示をだすと、仕方無い、というように肩をすくめて水筒を持つフレイルが歩き出す。サザンクロスは淡々と野営用のテントを張る場所を物色している。こんな開けた場所なら、敵の視認も容易だろうがこちらの身を隠す場所もない。寝場所を確保するなら多少なりとも木立なり岩陰なりを見つけるべきだ。幸い焦土から外れた部分--視界が広いから360度見渡せる。--約1km位の大人なら歩いて10分もかからない場所に森の端が見えた。フレイルもそちらを目指して歩いて行ったからちょうど良い。ユリアに一言残すと荷物を担いだサザンクロスは離れていった。
「では、あちらにでもテントを張りましょうか。きをつけてくださいねユリア」
「お願いします。」
三人のやり取りをただ見届けてしまったことに気づいて、ユリアの袖をそっと引く。気分が悪いわけではないのだから、自分につき合わせるわけにはいかない。
「あ、あの!大丈夫ですから、どうぞお二人と一緒に向かわれた方が・・
こんな所に女性が一人残るのは危ないですから、」
「何をいってるの!貴方も一緒に行くのよ。
そんなに青い顔をして、平気なわけないでしょう。
それに一人が危ないのは貴方もよ。
大丈夫よ!私はこう見えて強いんだから!貴方の事もちゃんと守るわ!」
「え、いえ、あの、・・・」
「さあ、これを着て。こんなに寒いところでそんな恰好でいるなんて。
女の子なんだから、きをつけないと!
もう、もっと早く着せてあげればよかったわ、あの二人も男なんだから・・」
何やら最後はよく聞き取れなかったが、彼女が自分を年下の少女として心配してくれていることは理解した。確かに身体が再生されたといっても来ていた物まで元に戻るわけがない。辛うじて裸になるのを免れたのは、碇ユイが特別に誂えた専用の防具を着ていたからだ。自分の認識が追い付いていなくても、幼児ではない女が裸体を晒すのは周囲にも迷惑だろう。申し訳なく思いつつもマントは有り難く拝借した。
「ええと、あら、それで貴方の事はなんて呼べばいいかしら?」
ユリアは、自分がなにか本名を名乗れない理由があると思ったようだ。
名前、ではなく、呼び名、と言い変えられた質問でそれに気づく。
本名を名乗りもせず、戦場で一人で立ち尽くす子供など怪しいの一言に尽きるだろうに、彼女の態度はただ目の前の子どもを気遣う大人のそれだ。彼女の微笑みを向けられると、自分には誰かの優しさを受け取る資格などないという事を忘れてしまいそうになる。足が竦んでしまいそうになるのを無理やり動かしてついて歩きながら、辛うじて浮かべた笑みでユリアに答える。必死に考えて考えて、やっと思いついた名前を名乗った。
(シンジ、は違う。
娘なら、レイ、かもしれないけど、それは”彼女”の名前だから、それも違う。
なら、・・・なら、・・・レ、ン、にしようか、な。
シンジとレイから、一文字ずつ貰って、レン。
それなら、今の自分の名前だって言えるかも。
そうだ、ね。そうしよう。)
「あの、私は、・・私の名前は、レン、です。
レンと呼んでください。ユリア、さん。」
おずおずと名乗る。
まだ馴染まない新しい名前をぎこちなく名乗ると、ユリアが突然しゃがみ込んだ。
驚いてユリアの傍に走り寄る。みれば肩が震えている。何かあったのだろうか。どうしたらいいのか分からずに
そっと背中に触れて呼びかけた。
「あの、ユリア、さん?どうしました?あの・・」
「(~~~~~可愛い可愛い可愛い可愛い!!
ユリアさん?!・・なんて良い響き!!
しかも上目づかいに桃色の頬のオプション付き!!
なんでここにキョウコが居ないのかしら!
いたらこの気持ちを分かち合えるのに!!)
・・・・~~~~~ああ、もう我慢できないわ!!
なにかしらこの可愛い生き物は!!」
「あぇぇぇぇと、あの?!」
顔を覗き込もうとすると再び唐突に起き上がったユリアに力いっぱい抱きしめられた。何やら叫んでいるが意味がわからない。顔は笑っているから気分が悪いわけではないらしい。痛くはないが若い女性に抱きしめられる経験などほぼ皆無の為どうしたらいいのか分からない。そのままの状態で数分が経過する。そろそろ離してくれないかな、と思っているとユリアの後ろから呆れたつぶやきが寄こされた。
「遅いと思って心配してれば、まさか年下の女を襲っているとはな・・・」
「あら、フレイル。失礼なこと言わないでちょうだい。
可愛い生き物を愛でて何が悪いのよ?
襲うだなんて・・ちょっとしたスキンシップじゃないの。」
「同姓だろうと本人の了承がなけりゃセクハラじゃねぇのかよ?
・・そろそろそいつ離してやれば?すげぇ真赤じゃねぇか。」
「えぇ~~~・・もう、わかったわよ。
うふふ、レンちゃん?後でゆっくりお話しましょうね♪
あ、それより野営の準備はできたんでしょうね?
勿論この子も一緒に泊まりますからね。」
「そーいうと思ったよ。」
ユリアが渋々と両手を離す。すると後ろに見えるのはやはりフレイルの呆れた表情だった。二人のテンポの良い会話について行けずに視線を行き来させていると何時の間にやら野営地についていた。ユリアの抱擁で断るタイミングを逃してしまった。今更暇を告げるのもユリアに失礼な気がするが本当に良いのだろうか。あからさまな敵意はないがやはり探る様に見てくるフレイルに視線を送るが一度舌打ちしただけであっさりと踵を返される。
「(ええと、・・・良くないよね、やっぱり・・)あの・・ユリアさん、私は・・・」
「あら、駄目よ。こんな暗くて寂しいところで別れるなんて!
大丈夫、貴方のことは私が責任持って護るから安心して!
明日ちょっと調べることがあるけど、その後どっか安全な所まで送っていくから!
もし行くところがないなら、私たちと一緒に行けばいいわ!
あら、なんて良い考えかしら!そうね、そうしましょう!」
「ええ、と、・・・初対面の方にそこまでお世話になるわけには・・
自分の身は自分で守れますし、・・お忙しそうですし・・・ええと・・」
なんとかやんわりと申し出を辞退する言葉を探すが上手く出てこない。ユリアの純粋な親切を撥ね退けるのは心が痛むが、自分はそんな風に優しくされていい人間ではない。落ちついて思い返せば自分が着ていた防具には国の紋章が刻まれていたはずだ。ならば自分はあの国の兵士だと思われていたんだろう。フレイルの警戒も当然である。軍が引いた戦場で何をするでもなく一人でいる兵士など、逃亡兵か人には言えない所業をしているか、のどちらかくらいだろう。実際には敵国の軍勢ごと焼き殺されたことになっているのだから、もう死亡リストにでも乗っているだろうけど(・・存在がなかった事にされてるかもしれないけど。・・)事情を知らない他人からみれば怪しいの一言に尽きる。自分は今更あの場所に戻る気はないし、ユリア達がもし敵国の人間でも何かをする気もないが、何も話さずそれを察しろというのは無理な相談だ。フレイルが自分を警戒するのが当たり前で、ユリアの態度の方がここの場ではおかしいのだ。・・・なんで疑うことなく優しくしてくれるんだろう?
「ええと、・・・それに、」
「・・・・レンちゃんは、私と一緒にいるの、嫌・・・?」
しどろもどろで言葉をつづけていたら、ユリアが突然ぼそりと呟いた。あちこちに泳がせていた視線を正面に戻してぎょっとする。華奢な肩をしょんぼりと落として、涙目のユリアが上目づかいでこちらを見ていたのだ。
「(えええええ!ど、どうしよう。迷惑がってると思われた?!)
あ!いえ!そうではなく、あの、私はユリアさん達にとって初対面の怪しい人物なわけですし、あまり信用したりするのは如何なものかと思いまして!! もし、私が夜中に突然襲いかかったりしたら取り返しがつきませんでしょう?!フレイルさんやサザンクロスさんも、ユリアさんを心配なさっている筈ですから、正体不明の人間を傍に置くのはおやめになった方がよろしいかと・・・!」
焦りに焦って言い募る。ユリアの優しさが嬉しかったのは事実だ。迷惑だなんて思っていないし、彼女と一緒にいるのが嫌なわけではない。けれど今現在自分の置かれている立場が確定しない以上、彼女達に自分の存在が害にしかならないのも事実だ。万が一ユイやゲンドウが自分を探しにきたり(ほぼ確実にこれはない。二人はあの時譜術の範囲に自分が居ることを知っていた。ならば普通に死んでいると思っている筈だ。再生能力はばらしていないのだから。)、自分を疎んで処分しにきたり(死んでると思ってるならこれもない。存在を消す為に遺体を確実に処分する可能性もあるが、今現在無事だったなら遺体も消滅したとでも思っているのだろう。ゲンドウがその手の処理にもたついて遅れたとは思わない。)、敵国の兵士が自分を覚えていて襲ってきたり(一番可能性が高いのはこれか。しかし他の二つも可能性だけなら捨てきれない。どの道他人にとって迷惑極まりない存在だという事実は変わらない)したらユリア達も巻き込んでしまう。
そんな厄介事に巻き込む前に離れなければと思ったのだが、言葉が下手なせいでユリアのことを傷つけたのだろうか。こんな時に過去の引きこもり気質を心底恨む。もっと対人関係のスキルを上げておくべきだった。
「あのですね、ですから、私は決して嫌とかではなくてですね、・・ええと~
(・・・それに、私が一番信じられないのは、私自身だ。
誰かに優しくされるとあっさりと依存して寄りかかってしまいたくなる弱さが、何よりも信用できない。
だから、優しくされちゃ、だめだ。・・早く離れなければ。)
・・ですから、私は此処でお暇を・・・・マント、ありがとうございまし、 ふきゃあああ!!」
「ああああああ~~~!!可愛い可愛い可愛い可愛い!!見なさいよフレイル!
こ~んなに可愛い子が困ってるのよ?!
放っておいたりしないわよね?!放っておけないわよね?!
私がこの子を保護しても構わないわね?!てか保護するわ!!
はい、決定!!反論は受け付けません!!」
申し訳なさと己の情けなさにだんだんと視線を下げつつユリアへと話す。目の前で涙目になって落ち込む彼女を見ると意思が挫けそうになる。だから、彼女が唐突に抱きついてきた時、不覚にも悲鳴を上げてしまった。ぎゅうぎゅうと力強く抱きしめられて息が苦しい。満面の笑みで背後のフレイルへと宣言するユリアへ反論する暇もない。フレイルは何故か気不味そうな視線を泳がせてユリアに頷くと、こちらを何とも言えないような視線で見ている。その中に、猜疑と警戒が薄れているのを認めて首をかしげた。(・・・なんで?ユリアさんの勢いに押されてるのかな?ってそうじゃなく!!)
「あ、あの!ユリア、さん!私は--- 「レンちゃん!!」 はい!!」
必死に声を上げるがユリアに大きく名を呼ばれて背筋を正して返事をしてしまった。
そこで一転、ユリアは優しい笑みと静かな声音で労わる様に言葉を続けた。
まるで傷ついた小さな獣を宥めるような態度で、レンの背中をそうっと撫ぜた。
「大丈夫、怖がらないで。・・・私たちは、貴方を傷つけないわ。
だから、私と一緒に行きましょう?」
「っ--!」
言葉が出ない。そうだ、自分は怖いのだ。
誰かに優しい言葉を貰うとすぐに縋りついてしまいたくなる弱さも、
そうして縋った相手に捨てられるかもしれないと疑ってしまう弱さも、
その相手が望んだからと善悪の判別も付けずに諾々と従ってさらに罪を重ねた愚かさも。
全てが自業自得だと理解しているのに、相手を恨んでいる自身の醜さも、全てが怖い。
自分を消してしまいたくて堪らない。けれど、”二人”を解放しないうちは死んでしまうわけにはいかない。
・・けれど、もう、他人と関わるのは、怖い。
傷、つきたくない。痛いのは、もう、嫌だ。
怖い。傷つけたく、ない。殺すのは、もう、嫌だ。
戦えない自分に、価値なんかない、のに。
けれど、だから、
「つーか、そんなちっこい癖に何ができんだよ?
ガキはガキらしく大人に頼って甘えてればいいんじゃねーの?
ユリアはしつこいぜ~~?諦めてこいつの抱き枕にでもなってれば?」
「そうですね、大体本当に怪しい人間が、自分は怪しいから疑え、などと自己申告なんかしませんよ。 幼い少女を見捨てたりするのも後味が悪いですし、貴方は私達の自己満足に付き合ったという事で納得してくれませんかね?」
落ちかけた思考の闇を切り裂いたのは、一番自分を警戒している筈のフレイルと野営の準備で離れていたはずのサザンクロスだった。呆れた口調で敵意なく告げられたフレイルの言葉も、穏やかに笑いながら告げられたサザンクロスの言葉も、どちらもユリアの言葉と同じくらい優しくて、どうしようもなく泣きたくなった。
二人とも、自分が国の兵士として戦場に出ていた事に気づいている。サザンクロスに至っては、音なく唇の動きだけで言葉の最後にあの通り名を告げた。レンが、自国の兵士にすら畏怖された人間だと知っているのだ。それでもその笑みは崩れず、ユリアを引き離そうともしない。幼い少女、と称したレンを、本当にその通りに扱っている。本気で、レンがユリアに危害を加えることは無いと信じているようだ。
「どうして、・・・」
「あら、目の前にいる泣きそうな女の子を労わるのに、理由なんか必要かしら。
優しくしたいと思ってはいけないかしら。
・・・誰かに優しくされるのに、理由や資格なんか、必要かしら?」
「だって、私は!」
「貴方が、どこの誰でも。例え人殺しでも、敵国の兵士でも、犯罪者として追われていても。
私が、貴方に、優しくしたいと思ったの。
大体、ちょっと私が泣いたふりをしただけで慌てて自分も泣きそうになったり、寂れた場所に女性が一人残ったりするのは危ないと心配したりするような子が、 悪い人間なわけないでしょう!今まで何があったかなんてわからないけど、理由もなく貴方が他人を傷つけたりするわけないって事位すぐにわかるわよ!
・・・ね?だから、私と一緒に行きましょう? 私は、貴方を、絶対に傷つけないわ。」
その、言葉に、思わずユリアの手を取った。・・とってしまった。
また優しい言葉に縋るのかと自嘲しながら、それでも彼女の掌を撥ね退けることはできなかった。
それを、後悔したことなんか、一度もない。
彼女と一緒に行くと決めたことを悔やんだことは一度もなかった。
ほんの数年だったけど、彼女の傍に在れた事は自分にとって何よりも幸せだったと断言できた。
だから、この選択も、未来永劫後悔することはないと断言できる。これから先どれ程永い時間を過ごしても、もしも過去を何回繰り返したとしても、彼女の助けになるのならこの選択を選ぶのだとはっきり言える。
(だから、ねぇ、笑ってほしいな。
ユリアが笑って未来を生きてくれるなら、私にできることは何でもするから。
だから、どうか幸せになって。
それが私の望みだから、・・・だから、笑って。)
(・・・・けど、そうだね。本当はずっと一緒にいたかったよ。
いつか貴方が寿命を終えてしまうまで、その傍にいたかった。)
ふぅっと意識が浮かび上がる。
とても懐かしい夢を見た。優しい人と一緒に過ごした幸せな時間の夢を。
ぼんやりと視線を泳がせると薄暗い闇の中でキラキラと輝いて流れる粒子状の光が視界を埋めた。複雑な譜業と譜術を込めた譜陣が幾重にも取り囲む場所で目を覚ます。意識が覚めても動かせない身体で、唯一自由な視線を彷徨わせて周りを見渡した。相変わらず瘴気に覆われて薄暗い空の色に、微かな落胆と自然な諦観を同時に浮かべる。
大切な人の望みを叶える手伝いがしたくてこの役目を引き受けた。いつ解放されるかも分からないということも、意識だけしか動けないということも分かった上でここにいる。けれど後悔はなかった。あの時、彼女の願いを叶える為には、これが最も確実な方法なのだと理解していた。
自分を優しく慈しんでくれた人。彼女の助けになりたかった。
あたたかい優しさをくれた彼女に笑っていてほしかった。
彼女に幸せに生きていってほしかった。
だから、この役目を引き受けた。彼女を助けられると知って本当に嬉しかったのだ。
・・あんな風に、泣きそうな顔をさせるつもりじゃなかったのに。
懐かしい記憶を反芻して、同時に浮かんだ彼女の泣き顔に心が痛んだ。
その時、カチリ、と小さな音が鳴った。何かが意識の端に引っ掛かる。
なんだろうと思って思考を向けると、それは自分を大地に繋ぎとめる譜業から漏れ聞こえる音のようだった。
未完成で起動されてしまった外郭大地を保護する為に、吸い上げられる己の力を均等に分散させる為の中継地点の一つ。確か外郭大地の要所要所に刻まれた譜陣と譜業で保護のためのバリアを作り出す、そのエネルギー源に使われているのだったか。外郭大地の要になるのはパッセージリングとセフィロトだが、そこから網の目状に張り巡らされた仕掛けが大地を護ると言っていた。その中で確かイスパニア方面に造られたリングに通じるもの。いやキムラスカ帝国の辺りだったか?今もその国が残っているかは分からないが多分大陸の南側・・東寄りかな?その辺りの譜業から聞こえた気がする。点在する装置は何かに擬態させると聞いたから何も知らない後世の一般人がたまたま近くに集落でも作ったのだろうか。まさか遺跡か何かと勘違いされて発掘されるなどという事はないだろうな、と不安になる。聞こえたのは人の声のようだが。今まで目が覚めていた時間がそれほど長くはないから断言できないが、こんな事は知る限り無かった筈。まさか何か不調でもあるのかと不安になって、ローレライの存在を探そうとする。
そこで突然、意識が引き寄せられた。
まるで激流にのまれるように激しい勢いで引きずられる。地殻に残る身体から、意識だけが遠く離されて行く。せめてもの気晴らしにと、ローレライの助力で意識体を外に遊ばせた事はある。流動する第七音素の流れに意識体を乗せて世界を少しだけ眺めるだけだが、身体から精神だけを遠く離すのは初めてではない。だけど、これはその時とは全く違う感じがした。
視界を流れる景色が変わり続ける。地殻を流れる記憶粒子の光が遠ざかり、本来の大地が遠ざかり、瘴気に覆われた閉じた世界が遠ざかり、外郭大地と呼ばれる人工の地表が近づくまでに数秒もかからなかった。同時に引き離された身体の感覚までが薄く遠くなっていくのを知覚して殆ど恐慌状態に陥る。慌ててローレライを呼ぶが届かない。どうしてこんな事になったのか分からず動揺したまま引きずりだされたのは、やはり自分が繋がれていた譜業の一つのようだった。譜業の中心部に据えられた譜石と周りを半円形に覆う厚いガラスの筒の中に閉じ込められたところで、やっと移動が止まった。焦燥と疑問を抱えてあたりの様子を窺うと、硝子の筒の開いた部分から人影が見える。室内の様子はどこかの研究室のようで、もしやリングの調整の為に自分に確認が必要な事でもあったのかと考えるしかし漏れ聞こえる会話でそれは違うと気づいた。
人影をみて一瞬感じた安堵が、周囲深く聞き取った二人の会話に疑問に変わり、続けられた片方の言葉に怒りに転じる。
詳しい背景は知らないが、二人のうち青年の方の主張はまるで八あたりにしか聞こえない。どうやら激昂している青年が、この譜業に背をつけて硬直している少年の父親の研究実験に利用されて酷い目にあったらしいことは分かった。だが、どんな目にあったにしろ、それをしたのは少年ではない。しかも研究に利用されたのは少年も同じらしい。少年の場合は施された実験が成功して結果的に無事生存できたらしいが、それは少年の所為ではないだろう。確かに青年が加害者である少年の父を憎むのは、普通の感情だろうと思う。最も近しい血縁である少年も憎悪の対象になるのも、共感はしたくないが理解はできる。勝手だとは思うが、人間の感情はそんなものだ。
だが、何故、少年が罰を受けるべきだという結論に達するのかが分からない。
父親の罪は父親の罪だろう。少年自身も己の意思で研究に携わったというなら兎も角、ただ被験者として利用されただけである。近親者として共に責任を負うべきだという考えなのかもしれないが、だから青年の復讐を甘んじて受け入れろというのは余りにも理不尽過ぎる。しかも少年の生を否定するもう一つの根拠を聞いた時、怒りは頂点に達した。
今ここがどこで、自分の状態がどうなのかなんて思考は全て吹き飛んだ。
ただ、目の前の少年を助けなければと言うことだけに意識が支配された。
瞬間傍らに鎮座する譜石が反応し、譜業のプログラムが起動する。無音に近いため互いにしか意識がいってない二人は気付かない。身体から遥か遠く無理やり引き離されて、希薄になっていた感覚が唐突に戻り始める。怒りに突き動かされたレンは、それを単純に好機ととって、青年が放とうとした譜術を咄嗟に防いだ。少年を守ろうとすることに必死で、感覚が戻り身体が再構成される傍ら、少しずつ不鮮明になっていく部分があることには気付けない。ただ自由に動かない己に苛立ちながら少年を抱きしめる腕に力を込めて、青年を威嚇する。
激昂して青年に叩きつけた言葉が、硬直していた少年を刺激したらしい。今まで酷く虚ろな瞳で死を受け入れようとしていた少年が、突然力を取り戻し目の前の青年を返り討ちにする。少年を庇おうとした自分を後ろ手に制する彼に、先ほどまでの迷いはもう見られない。倒れ伏した青年への苦々しい思いと怒りは消えないが、とりあえず危機的状況は脱したことに安堵する。
そこで同じように脱力した少年が振り向いてこちらを見た。少年の菫色の瞳に映った己の姿を認識して、今更この状況への焦燥が蘇る。吹っ切れたように力強く笑って礼を言ってくる少年へと返事を返しながら、不安定な視線でうろうろと辺りを見渡すが現状は変わらない。笑顔が心配と疑問に変わった少年のことを気にかける余裕もなかった。とにかく意識を身体に戻さなければと、譜業の中に戻ってみる。
地殻の奥に埋められたリングの最奥部分からここまで引きずられてきたのだから、そのまま逆行すれば戻れるはずだ。なぜか身体が再構成されているが、これは譜石を作る技術から発展させた音素による物体構築の理論を流用した仮の肉体だろうと辺りをつける。たしか”XXX”が一番得意な分野の技術で-----
「(え、・・・・)」
そこまで考えて思考が停止する。
何とか元に戻ろうとして動かしていた手元も凍りついたように動かない。突然不可解な動きを始めた自分を心配そうにみて声を掛けていた少年の存在すら消えた。・・・・・自分は、誰を呼ぼうとしたのだろう?
「(綾波、カヲル君、”XXX”、”XXXXX”、・・・なんで、)」
「(・・・・”XXX””XXXXX””XXXX””XxXXX”?!うそでしょう?!
・・”XXXXXX”!”XXXXX”!”XxXX”!”XXX”!”XX”!!”XXX”!!!?・・・どうして?!)」
思い出せない。思い出せない。思い出せない!!
大切な人だったはずだ。
絶対に忘れたくない、忘れられる筈がない大事な。
消える筈だった自分を守ってくれた大切な二人の友人と、
絶望したまま新しい世界で生きることになった自分を救い上げてくれた大切な人たちと。
どちらもかけがえのない、大切な友人だったはずだ。
綾波とカヲル君のことはきちんとわかる。
自分を護ってこの魂の一部に溶け込んでしまった二人のことは覚えている。
・・・そして、二人がもう自分の中から解放されたことも、覚えている。
彼らをいつまでも自分に縛り付けるわけにはいかないからと、”XXX”と”XXXXX"の助力を得て無事にこの世界に転生させたのだ。そこまではっきり理解できるのに、その助けをしてくれた人たちの名前も顔も思い出せない。
彼らとの出会いも触れ合った記憶も、交わしあった感情も、何もかもが思い出せない!
ぼんやりした印象は覚えている。いつ頃出会ったのかもなんとなく覚えている。
だが、彼ら一人一人を思い出そうとすると、途端に記憶が不鮮明になる。
顔も、名前も、はっきりと思い出せない。
彼らがいたから、今の自分が生きているのだと知っているのに。
あの時、彼らに会えたから、生きたいと思う自分を受け入れられたのに。
・・・なのに、なんで分からない?!
「(うそだうそだうそだ。・・そうだ、身体に戻れば、・・・なんで戻らないの?!
なんで、どうして?!”XXX”! ”XXXXX”??!早く元に戻らなきゃ!!)」
焦燥が恐怖に変わり、強張った表情がほとんど泣き顔になる。焦って動かし続けた手が震える。幾ら操作を続けても譜業が起動することはない。形作った肉体が再び音素に溶けることもなく、身体に宿った精神が本体に戻る方法も分からない。唇がわななく。視界がぼやけて座り込んだ膝を濡らした。
・・やっぱり動かない。
どうしようもなくなって動きを止めた。ばたばたとみっともなく涙を落して肩を震わせる。
そこで突然今まで存在を忘れていた少年に抱きしめられた。どう頑張っても元に戻れない事に絶望的な恐怖を感じて、途方に暮れていたため抵抗しようという考えを浮かべる余裕もなかった。少年が優しい仕草で自分の体を譜業の外に下ろすのを感じても再び作業を再開する気力もない。これからどうしたいいのだろうと考えて立ち尽くすレンを、傍らの少年が抱きしめ直す。硬直して身動き一つできない自分に何か感じたのだろうか。強く抱きしめたまま優しく背中を撫でられた。そのぬくもりに、思い出せなくなってしまった大切な人たちの記憶が重なって、更に涙が溢れた。
「(どうしよう・・・どうしたらいい?私は、・・・・”XXX”----)」
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ぼんやりとしていた少女の輪郭が鮮明になるに従って不安定になる彼女の様子に、とうとう少年が行動を起こした。登場の仕方や少女の振るった力が不可解だったこともあり、安堵と感謝の他に僅かな警戒を抱いていたが、彼女の混乱と落胆がそれら全てを吹き飛ばす。少年--キラはとにかく彼女を落ちつかせようとして強く身体を引き寄せる。全身を震わせて必死に譜業を弄る姿も、唇を噛みしめて大粒の涙をこぼす姿も、少女の幼さだけを露呈してキラの庇護欲を刺激した。多少の問題なら片付ける自信も実力もある。キラ自身衝撃の事実を知ったばかりで動揺していたが、それよりも目の前の少女を守らなければ、という思いが凌駕して研究に夢中になっている時以上に冷静に思考が働く。
どんな事情があるにせよいつまでもこんな廃墟にいるわけには行かない。
それに曲がりなりにも自分はキムラスカ公爵家の嫡男で、手伝い程度だが軍務にも関わる身である。
不測の事態であるとはいえ、いつまでも帰らずにいていいわけがない。
今回の事で判明した事実が今後の自分にどう影響するかは分からないし、
今後の身の振り方もよく考えなければならない。
何はともあれ先ずは帰ってから相談なり調査なりして考えなければ。
同時に目の前で泣いている少女を放置もできない。
彼女は現れた時の状況といい青年の攻撃を防いだ時の術といい、何が厄介な事情を抱えている可能性はある。オールドラントで絶対と掲げられる預言をあっさり否定してみせた事も合わせると、彼女には関わらないでおくのが自分にとって一番安全だともわかっていた。
けれど、キラは既にこの少女を見捨てる気にはなれなくなっていたし、彼女を手放しがたく思い始めていた。彼女がいなければ、彼女の言葉がなかったら、今ここに立っている自分は存在しなかった。存在を丸ごと否定されて絶望しかけた自分を救い上げてくれたこの少女を、手放そうという考えなど微塵もなかった。
彼女が何やら酷く困っているのは一目瞭然だ。そして自分は彼女に傍にいてほしい。
だったら、自分が今度は彼女を助ければいいのだと思考を完結させて手を伸ばす。
一瞬抵抗するかと思った少女は予想に反してあっさりと腕の中に収まった。
連れ帰るのは確定事項とは言え、とりあえず簡単な事情位は聞いて置くべきかと少女の瞳を覗き込んだキラは言葉に詰まる。キラを守ろうとした時の苛烈な光など欠片も見えない。虚ろな瞳に涙を浮かばせて恐怖に震える小さな少女は、酷く頼りなくてまるで帰る家をなくした小さな子どものようだった。思わず強く抱きこんだキラに身体を強張らせた少女は、優しく背中を撫でるぬくもりに気づくと恐る恐る力を抜いた。そして声もなく泣きながら、キラの服を握りしめる。その痛々しい泣き方に、抱きしめるキラの心も締め付けられた。
泣いていた少女がいつの間に疲れて眠ってしまっても、少女の夢を護るように優しく抱きしめて撫で続ける。しばらくそのまま座り込み、薄暗かった周囲が完全な闇に沈んだ頃ようやっとキラ動いた。未だ深い眠りについたままの少女を静かに抱きあげて、しっかりした足取りで出口に向かう。外に出る際、一瞬だけ倒れたままの青年に視線を走らせるが何の感情も浮かべない硬い表情で夜空の下に進み出た。
星が瞬く。月の光が薄い、静かな夜だった。
二千年ぶりに空の下で呼吸した少女は、未だ深い眠りの中で、一時の安らぎを享受していた。
まだこの時は、世界中の誰ひとり少し先の未来で全ての人々が迫られる選択の存在すら知らなかった。
それでも、それぞれの場所で、幾つかの出会いと別れと決意がなされて、少しずつ歯車は動き始めた。
始まりは、そんな日だった。
分岐する未来の、始めの一歩は、そんな静かで穏やかな夜だったのだ。
それが、始まり。
ちょっとおまけ。
「とりあえず、この子の戸籍は・・・・僕の妹ってことで良いかな。うん。
ヒビキ博士の遺品を整理してて存在が知れた実妹ってことにしとこっと。」
吹っ切れたキラは、何処までも呑気な口調でつぶやく。
こちらも何処までも平穏に始まった。・・少なくともキラにとっては。
まだ眠っていたレンは知る由もないうちに、新しい関係の出来上がりである。
「この子が起きたらびっくりするかな~♪」
開き直ったキラに敵うものなど、当時のキムラスカには存在しなかった。
後に親友となる青年曰くの史上最強のシスコン誕生の瞬間であった。
合掌
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