・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
+++
流れてきた大量の記憶が少年の形を壊すほどの勢いで流れていく。
それでも少年自身のカタチは無理やりに囚われたまま力だけが流れ込む。
そして、知る。
すべてが流れるのは鬼神に囚われた少年を媒介に世界と接する母の内
少年を濾過の為の装置に見立てて、純粋な力と知識だけを得ようとしている女
それこそが、女の立てた計画だったと
天才の名に相応しい優れた頭脳で、意識的無意識的に組み上げられた精緻で綿密な全ての道筋が、この計画の真髄だったと、理解する。
母が全ての原因である古文書を紐解いたのも
父が母に執着する心を知って態と希望を残して喪失を突きつけたのも
愚かな老人達の権力を利用するために煌びやかな計画を立てて見せたのも
あらゆる人を、愛情で嫉妬心で敵愾心で好意で憎悪で憧憬で嫌悪で縛りつけ
ただ、己の望みの為の駒へと仕立て上げた純粋で無邪気で狡猾な聖母
神殺しの槍に貫かれた鬼神と共に磔られた少年の犠牲の下に、世界を構成する全ての力がたった一人の内へと集まる
生み出されるのは永遠の命と 全ての生き物の知識を有した全知の カミサマ
そのための、女の計画
確かに彼女が人間を愛していたのも本当の事だったけど。
彼女が少年を夫を愛していたのも本当の事だったけど。
・・・それは、彼女が抱いた至上の望みに置き換えられるほどには、重いものではなかったというだけの、事。
そして、生み落とされたのは、たった一つに寄り合わされた数多の生命の合成体〈キメラ〉
”それ”の中心に己を据えて、全知と全能の、永遠の存在になることが 女の望み
+++
ユイにとって、人類の生きた証を作り上げるという事は、何よりも優先される悲願だった。
いつか消えてしまうかもしれない人間が、過去に確かに存在したのだとい証拠を残すという事が、行き詰った人類にとっての希望になるのだと本気で信じていた。いつか滅亡してしまうかもしれないという恐怖を打ち消すことができる光明になりえるのだと考えていた。いつか人類が消えるかもしれない予測があっても、今を生きる為の希望になるのだと本当に思っていたのだ。
だからこそ、残される”証”は、完璧なものでなければならなかった。
全ての生命が繋がりあって他者との境界がなくなって、存在する全ての生き物の記憶が一つの意識として存在できるなら、それはまさしく全知の存在になるのだろうと考えた。全ての生命が溶け合って世界全てを構成するエネルギーが一つの”イキモノ”として存在するのなら、それはまさしくあらゆる生命の能力を備えた全能の存在になるのだろうと考えた。全ての力を一つに合わせて生まれたいきものならば、それはまさしく永遠に生き続ける不変の存在になるのだろうと考えた。
ならば、その全知にして全能の、不変にして永遠の存在になる”カミサマの器に相応しいのは、人類で最も優れた者だと、考えた。誰よりも優れた者がその器に宿るからこそ、生まれおちる”人類の生きた証”である”カミサマの器”がより完璧なものになる、と考えた。
そして、碇ユイが知る限りで、最も優秀な人間は、まさしく己自身のことだったのだ。
誰よりも優れた頭脳をもって、誰にも優しい慈愛を持って、周り全てに愛された、己こそが誰よりも相応しい、と。
彼女には”人類の生きた証”を作り上げる過程で、終わりを知らされることもなく”カミサマ”の材料として溶かされてしまう一人一人が、自分と同じようにこの世界に生きている人間なのだという認識が欠けていた。彼らがそれぞれ家族や友人や恋人と生きることを望み、それぞれがぞれぞれに違う想いや夢や希望を抱いていることなど知ろうともしなかった。例え将来人類が滅ぶとしても、今ここで大切な人たちと一緒に生きることを望んでいるのだということを考えもしなかった。
・・・それがどれほど傲慢で、自分勝手で、他者の心を踏みにじる考えなのか、気づこうともしなかったのだ。
だから、作り上げられた”カミサマの器”に宿るのは自分であるのだと欠片の疑問を持つこともなかった。
世界全てを混ぜ合わせて産み落とされる”カミサマの器”は、自身のものであると当たり前に考えた。
そして実際に生れた”カミサマの器”は、碇ユイの為だけのものだった。
その事を、鏡を見るたびに、思い知る。
・・・なんて、忌々しい。
+++
パチリ、と目を開く。
映るのは薄暗い空の色。
感じるのは焼け焦げた土の匂い。
伸ばした手に触れるのはぐちゃぐちゃに踏みにじられた地面の感触。
どの位時間がたったのだろう。真昼であっても暗く霞む空では時間が測りづらくてしょうがない。多少は明暗がある為昼か夜かくらいは分かるし、夕暮れ時には西が赤黒く染まる為大凡の時刻位は推測ができる。けれど、自分がどの位ながく意識を失くしていたのかがわからない為、あれから数時間なのか数日なのか数か月なのかがわからない。・・・わからなくても別に大したことではないが、反射的に考えただけだ。多少の怪我ならともかく、この世界で実体を得てから全身を高熱の炎で焼かれる程の損傷を負ったのは初めてだったため治癒速度がどれほどだったのか判断できない。のろのろと身を起こすが痛みも違和感も全くないことを考えると其れなりに時間がたったのだろうと思う。周りに残されたあの譜術の痕跡が、焼けた大地だけであることを考えても、戦闘の後始末は当の昔に終わっているのだろう。自分がここで起きているなら、別段遺体を回収することもなかったようだが、あの術で形を残せたものなどそう多くなかったはずだ。ならば残りは焼き尽くされて炭化でもしたのか。
焦げくさい風に髪を揺らしながらぼんやりと空を眺めて考える。
これからどうしようとか、どこにいこうとか、先のことは考えない。
頑なに遠く霞む王城を視界から外す理由にも意識を向けない。
思考を巡るのはとりとめのないものばかりで、自分の状態を詳しく確認する気も起きなかった。
あの時、感じ取れなった二人の存在を己の内に探ることもしなかった。
もし、二人がいなかったなら?
もし、二人が自分のことを厭ったら?
そう思うと恐怖で身が竦んで視線を動かすことすら怖かった。
けど、視界に入る焦土は、自分が作ったも同然なのだ。
幻想でも良いからと、甘い言葉に縋りついて碇ユイの求めるままに協力した研究から生まれた譜術で焼き払われた一面の大地を見る。プラネットストームと呼ばれる音素の供給機関が損傷した現在、これ程大規模な譜術など早々発動させるのは難しい。そのため行き詰りかけた研究が再開できたのは自分に会えたからだとユイは言った。あの時戦場を焼き払った自分の力が、彼女に何かのヒントを与えたらしい。その研究で生まれるものが、戦争で使われるのだと知りながら、彼女に求められてみたくて諾々と従った結果がこれだ。
それだけではない。国を護る為に協力してほしいと言われて、戦場に出ることすらした。余り大規模なものではなく殆どユイの護衛のようなものではあったが、自分の意思で沢山の兵士を切った。敵だけでなくこの国の軍人達にも恐れられた。彼らが自分に付けた通り名も知っている。
・・・鮮紅の死天使、と呼ばれた瞬間の気持ちはどんなものだったのかはっきりと思い出せない。
大人しく優しげな風貌で、誰よりも多く鮮血を散らす。そのギャップを揶揄したものだ。言い得て妙だなと皮肉気に口元を引きつらす。天使、ときいて思い出すのは紫の鬼神が暴走した時に顕現させた緋色の羽根だ。成程、あれのパイロットであった自分には相応しいだろうと思ったものだ。
(ああ、本当に、救いのない。・・・二人に見放されても仕方ない、な。
・・・けど、自分を消すなら、あの二人を無事に解放してからじゃないと。
どうしよう、か・・・・)
+++
流れ込んだ母の記憶に壊れそうだった少年の心を、最後にまもったのは二つの魂。
女神と始祖のナカへと還った二人の想いが、消されそうだった彼を救った。
少女は、彼を本当に護りたかった。
彼が傷ついた自分を庇ってくれた初めての戦いで
彼が己の怪我を省みず助けてくれた月下の戦場で
彼が心を表す言葉を持たない自分を気遣ってくれた日常で
ぎこちなく差し伸べてくれた手のぬくもりと
はにかむように向けてくれた優しい笑顔と
拙く必死な彼の想いが
本当に大切で、失いたくないものだった
人間でありたい、と願いながら、絆を失うのが怖くて人形として生きていた。ぬくもりを渇望しながら、自分からは動こうとしなかった己の弱さを、教えてくれた人だった。自分が人間であるために、決して失くせない存在だった。本当に大切で、失いたくない人だった。 だから、彼を守る事だけを考えた。
・・けれど、その行動が少年を追い詰めてしまったのだと、今になって思い知る。
(だからこれは、私が今度こそあなたを護るために自分で決めたこと。
・・後悔なんてないから。 どうか泣かないで。 碇君 )
少年は、本当に彼のことが好きだった。
与えられた資料から窺える彼の臆病で不器用な在り様が
初めて会った時にくれたはにかむような純粋な笑顔が
実際に言葉を交わして知った、彼のぎこちない優しさが
どうしようもなく繊細な魂の美しさと
純粋で真直ぐな好意と
脆くて壊れやすそうに見えるのに決して壊れない彼の強さが
自分に齎した、快い感情の変化が本当に愛しくて大切なものだった。
自分は人間ではなかったけれど、一時であっても人間としての在り方を感じさせてくれた彼のことが、何よりも大切になっていた。 けれど己の本能に逆らう事は不可能だから、せめて彼の手で終わらせてもらえるならば、彼と同じ人間として死ぬ事ができるのだと、思ってしまっただけなのだ。そうすれば人間が滅ぶ事も無く、彼も死ぬ事もないと思っていたから、それを選ぶことを決めたのに。
・・・それが、何より彼を傷つけたのだと、今の自分は知ってしまった。
(ならば、今度こそ君を護るよ。 シンジ君。 ・・だから笑って。)
少年と少女の願いはそれだけだった。
ただ、この子どもが生きていること。
それさえ叶うならば、世界が幾つ消えようと、他人がどれ程死んでいこうと、関心すら抱かなかった。
子どもが無事なら、それでよかった。
もう、それだけで、よかったのだ。
+++
「ねぇ先生。ここがそうなの?一面見事に焦げてるわね~。
これじゃあ、譜術の痕跡を調べるのは難しいかしら。」
「そうですね、報告では地面に描いた譜陣と備えられた譜業を連動させるそうですから、完全にとはいきませんが・・・ とりあえず残った音素の構成だけでも知れればいいですよ。後はフランシスとナオコに任せましょう。キョウコとヴォルターが 何か新しい情報を持ってくればもう少し詳しくわかるでしょうし。」
「おいユリア、足元を見て歩けよ。こんな荒れた場所でよそ見すんなって!
お前昨日も薪拾いの途中ですっ転んだろーが!」
「うるさいわよフレイル!
そんなしょっちゅう転んでるみたいな言い方やめてくれる?!
まるで私が間抜けみたいじゃないの!」
「みたいもなにも、その通りじゃねぇか・・」
「何ですって?!」
「なんでもねーよ!!」
ぼんやりと佇んで空をみていたら、遠くから賑やかな話声が聞こえた。女性が一人と男性が二人。笑い声を交えて楽しそうな口論が少しずつ近づいてくる。こんな場所に何をしに来たんだろうとは思ったが視線は向けなかった。どうせ自分には関係ない。この戦場で死んだ者に関係がある人間ならば、自分に復讐でもするかもとは思ったが、彼らの和気藹々と楽しそうな会話にそんな負の感情は見いだせない。だったら彼らが通り過ぎるのを待てば良い。けれどそこで聞こえていた会話が止まる。次いで感じたのは殺気と警戒混じりの視線だ。まぁ、こんな場所で一人で佇む人影など怪しいことこの上ないかと思ったから特に何を思うでもなく身じろぎもしなかった。
「----おい!お前、こんなとこで何をしてるんだ?!」
「ちょっと、フレイル、」
「ユリアは下がってろ!おい!」
剣を突き付けられて詰問される。警戒しているから距離は開いているが、譜術でも使えば一瞬で無効化される程度の間合いである。本気で危ないと思うのならば問答無用で切り捨てにかかるか、譜術で昏倒でもさせれば良いのに、と他人事のように考えた。どうせ怪我をしたところですぐに癒える。実際全身が焼き爛れてもこうして五体満足で立っていられるならば、多少殺されかかっても大したことではないだろう。面倒だから、攻撃されたら死んだ振りでやり過ごそうか。埒もない事を無言で考えていたら馬鹿にされているとでも思ったのか、ますますいきり立つ青年が剣を構えた。後ろ手に庇う女性が止めようとするのを煩わしげに振り払っている。傍らの青年は無機質な視線でこちらを観察しているようだ。
「おい、お前!無視してんじゃねぇよ!---っこの、魔王絶炎こっ--」
「待ちなさいって言ってるのが聞こえないの!馬鹿フレイルーー!」
ドゴッ
凄まじい打撲音が響く。流石に驚いて視線を向けた先には、大きなこぶを押さえて蹲る青年が悶絶している。傍らの青年は何を考え居るのか分からない表情でそっと視線を明後日の方向に投げていた。そして蹲る青年の後ろには、振りおろした杖を構えたままの女性が輝かしい笑みで足もとの青年に絶対零度の視線をおとす。
「フレイル?私は前にも言わなかったかしら?見境なく周りに攻撃するのは止めなさいって。
あった人が皆味方とはかぎらないけど、同時に敵だと断定されたわけでもないのに戦闘を仕掛けるってどういうこと? そのせいで、どれだけ無駄な諍いが起きたか、忘れたとは言わせないわよ。」
「~~~~~~っ!!!でも、ユリア!
こんな戦場跡に立ってる奴なんか怪しいにきまって、」
「フレイル」
「いや!わかったごめん!悪かった、反省してる!」
「謝る相手が違うわね」
「~~っ、おい、あんた!すまなかった!」
反論する青年--フレイルというらしい--に、更に杖を構えた女性--ユリアと呼ばれている--が一段低くなった声音で名を呼ぶ。その声に慄いたフレイルが勢いよく頭を下げた。だがユリアは謝罪するのは自分にではないだろうと促す。その言葉に一瞬気まずげに視線を泳がせるが、勢いよく謝罪を吐き出し頭を下げるフレイル。真っ直ぐな謝罪に些かうろたえていると、ユリアも言葉を継ぐように話しかけてきた。
「本当にごめんなさいね。怪我はないかしら?
あったらすぐに治療するから言ってちょうだい。
いきなり剣を向けるなんて、本当にお詫びのしようもないわ。
大丈夫だったかしら?」
申し訳なさそうに眉尻を下げたユリアが優しく微笑みながらこちらの様子を見回している。どうやらフレイルの攻撃が本当に不発だったのか確認しているようだ。怪我がなくても殺気混じりに剣を向けられたなら怯えているだろうと心配しているのかもしれない。安心させるように柔らかな声で話しながら少しだけ歩み寄り、触れない程度の距離で立ち止まる。警戒していないことを教え、相手に逃げる隙を与える位の距離を保って話かけてくれる。優しい人なのだろう、と思った。
「私はユリア、頭を下げてるのはフレイル、この人はサザンクロス、というのよ。
ここには前回の戦闘で使用されたっていう譜術の調査に来たのだけど、
--ええと、名前を聞いてもいいかしら?」
自分達の自己紹介とここに来た目的を告げてからこちらの名を訪ねられる。快い声に柔らかく話しかけられると、するすると強張りが解けていくようだ。緊張はなかったが硬くなっていた表情が少しだけ緩んだのを自覚する。それも「戦闘で使用された譜術」の下りで再び強張ったが。それに気づいているだろうに見ない振りで優しく促されて恐る恐る口を開いた。
「大丈夫、です。怪我はありません。
暗い場所でいきなりあったんですから警戒するのは当然ですから気にしてません。
・・・私、は・・私の、名前、は・・・」
そこで、とまった。
名前、と聞かれて、言葉が詰まった。
なんて答えていいのか、本当にわからなかったのだ。
(名前?僕・・・私、は、)
シンジ、とは名乗れなかった。
この世界にいたシンジの名前を名乗るわけにはいかないという理由もあった。
それに、今の自分は”あの世界”に生きていた”碇シンジ”とは別のものに変質してしまっていることを嫌というほど理解していたからでもあった。けれど答えられなかったのはその二つとは全く別の理由だった。
・・”シンジ”は碇ユイとゲンドウの間に生まれた”息子”の名前だ。
ならば、今の自分はシンジとは名乗れない。
だって今の自分は、
(だって、もう自分はシンジじゃない。
・・・この器は、”碇ユイ”の為に用意されたものだったんだから。)
・・・・女、の姿をしているのだから。
だから、シンジではない、のだ。
+++
”過去の世界”から遠く離れたこの場所で、大切な存在が実体を得てから過ごした日々を見守っている二つの魂は悲しげに心を震わせた。”カミサマ”になった子どもが生きてさえすれば良いと考えた二人にとって、子どもが生きる為になら他の存在がどうなろうと関係なかった。少女と少年にとって、大切なのはこの子どもだけなのだ。子どもが選んだことならば、それがどんな道であろうと内側から見護るつもりであったのだ。
あの世界で確かに自分達はこの子どもに傷つけられた。
けれど、それ以上に自分達が子どもに追わせた傷が深いことを知っていた。
誰よりも優しくて臆病な子どもがどれほど戦いを厭っていたか知っている。それを、人類を護るという名目で追いたてたのは、あの世界に存在した全ての人間たちだった。自分達も、同様に子どもの心を追いつめた。子どもだけを選ぶこともできない癖に、中途半端な優しさで自分達の存在を刻みつけたことこそが、何より子どもを壊してしまった原因だと知っている。誰かに自分の存在を望まれたいと思うのは当たり前の感情だ。けれど”あの世界”で、周りにいた大人達はその想いを利用して子どもを戦場に追いたてた。少女も少年も、そんな大人達の仲間だったのだ。敵を殺すことが出来ないならば、お前の居場所はないのだと思い知らされた子どもが、どんな風に考えるかなんてわかりきったことだったのに、あの時の自分達はそんなことすら気付かなかった。
確かに最後の最後に子どもの存在を選んだけれど、それまで子どもにした仕打ちが清算されるわけじゃない。
今の子どもが何より恐れているのは、他者からの拒絶だ。それを知っている二人にとって、例え別の存在だと理解していても”碇ユイ”と同じであるユイの望みを拒めなかった事が罪であるとは思えなかった。何よりも、子どもがユイの言葉を撥ね退けられなかったのは、この世界のシンジの居場所に存在してしまった罪悪感だと知っている。ならば尚更、子どもの行為を責める気持ちなど起こらなかった。
けれど、恐怖に身を竦めて己の行為に怯えている今の子どもに、自分達の声が届いていないことも知っていた。それでも只管に魂を震わせて、子どもへの想いをさけんだ。
(碇君、悲しまないで。私はずっとそばにいるから。
貴方が生きているのなら、それだけでいいから。だから、どうか)
(シンジ君、泣かないで。僕はずっとそばにいるから。
君が何を選んでも、君が生きているならそれだけでいいんだ。だから、どうか)
+++
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
全ての力と知識を喰らって、うみおとされたカミサマの器が一つ。
内に宿るはずだった女は消されて、消えるはずだった少年が残った。
少年を護った二つの心は満足気に彼の中に溶け込んで、誕生したのは強大な力と優しくて臆病な心を抱えた子どもがひとり。
優しい願いに護られた子どもが世界を渡って新しい命を手に入れ
女の記憶に嘆いた彼の拒絶が、死に逝くだけの世界を消し去る
そうして、残ったのは、巨大な空ろの世界が一つ
それすらすぐに虚無へと変わり ---- 後には何も 残らなかった
+++
--大丈夫だよ、心配しないで?
ねぇ、大好きよ?だから笑って---
(けど、そうだね。本当はずっと一緒にいたかったよ。
いつか貴方が寿命を終えてしまうまで、その傍にいたかった。)
+++
世界の狭間を彷徨いながら、あの瞬間に流れ込んだ記憶を思考の隅で繰り返し思い返した。
痛みも絶望も楽しさも嬉しさも辛さも憎しみも快さも安らかさも悲しみも切なさも。
全て自分の意思と行為が選んだ結果でしかないことは、誰よりも知っていた。
それでも、知ってしまった母の記憶と、世界から読み取った過去の事情は、自分の怒りと憎悪を増すだけのものだった。
・・・もう二度と、他人と関わりたくないという恐怖から生まれる後ろ向きな思いが過り。
・・・もう一度、誰かと生きることができるなら、今度こそ大事だと思えた人を守れるような存在になりたいという願いがくるくると思考を巡る。
自分が望むのはどちらだろう、とほんの少し考えた。
もしかしたら、それが原因だったのだろうか。
+++
穏やかな光に満ちる産院の一室で、幸せそうに微笑みあった夫婦の会話を、覚えている。
「ふふ、もう名前は決めてくださいました?」
「ああ、・・・男ならシンジ、女の子ならレイ、というのはどうだ。」
「シンジ、レイ・・ 良い名前ですね。
ねぇ、あなたのお父さんが、素敵な名前をくれましたよ。
早く元気に生まれてきてね。」
夫の言葉に嬉しそうに微笑んで腹部を撫でた彼女の姿は、優しく美しい母親のものだった。
その時の彼らの幸せも愛情も、本心からのものだった。
真実、慈しみと優しさだけに、彩られたものだった。
・・何一つ偽りなど無く、それも事実だったのだけど。
+++
彷徨っていた世界の狭間で、まどろむ様に色んな世界を垣間見た。
知っている顔が生きている世界もあったし、”過去”によく似た過程を辿る世界もあったし、自分が知るどんな歴史とも全く違う文化を築く世界もあった。時折零れるように触れてくる色んな世界の住人達の感情が、時に快く、時に悲しく、時に苛立ちを、時に切なさを、柔らかな殻に籠った意識に波紋を投げて行く。その感触は決して嫌なものではなかった。他者の心をのぞき見るような後ろめたさもあったけれども、拒絶しているくせに心のどこかで望んでいるかもしれない触れ合いを間接的に思い出させてくれる感覚だった。だからその時も、特に深く考えもせず零れてきた感情の滴に触れた。瞬間、流れ込んだ深い深い絶望と何より強い渇望に、意識の全てが占領された。
そして、自分は世界に落ちた。
赤黒く染まった空と、燻ぶる炎に焦げ付く大地と、
濡れた剣を掲げる兵士と、無残に踏みにじられた人の破片と。
そこは、戦場だった。
残酷で、醜悪で、凄惨な。
呆然と辺りを見渡して、その視線を足もとに落とす。
視界に入ったのは、短い黒髪を血で汚し、手足を本来あり得ない方向に捻じ曲げられて、力なく肢体を大地に投げだす12・3歳くらいの小柄な少年。確かめるまでもなく、自分をここに引きずった感情が彼のものだと理解していた。そして、彼がこの世界では”過去”の自分と同じ立場に存在している、もう一人の自分であることも理解した。流れ込んだ感情と共に彼の記憶が自分の中に押し寄せた。それを見て、成程これが並行世界というものか、と呑気に考えた。
目の前で、倒れる彼が死んだからこそ、違う世界の存在である自分がこの世界に存在できている。その事実を理解するのを拒む様にひたすら平坦に感情を保とうとする。彼が世界の狭間にまで届く程の強さで絶望を抱いた、その理由を決して読み取ることがないように流れ込んだ記憶を厳重に封じるように違う事を考え続ける。彼の死によって空いた隙間に入り込んだというその意味を、決して意識に登らせないように我武者羅に思考を外す。
それが現実逃避であることは分かっていても、突然実態を持って存在してしまった現実に恐れ慄いている自分を宥める為にもようにつらつらと思考を巡らせた。
戦いが終わっていない戦場で、ぼんやりと佇む人間など絶好の獲物でしかない。
ほっそりと小さな影に気づいた兵士が殺気をみなぎらせて向かってくるのは当然の成り行きだった。
自分の思考に没頭して立ち尽くしていた事に気づいたのは、目の前で大きく剣を振り上げた兵士が当に自分の首を落そうと刃を閃かせた瞬間だった。その時殆ど何も考えなかった。怖いとか嫌だとか死にたくないとか、そんなはっきりとした思考など全く浮かんでは来なかった。
ただ、目の前の兵士は、自分の敵だと、それだけを理解して、そして、
+++
暖かな闇越しに聞いた、優しくて強くて、少し狂った、母の言葉を、覚えている。
「この、計画を成功させれば、人は、神により近い存在になれる。
--- 進化に行き詰った人類にとっての、明るい未来は もうこれしかないのだから。」
人気のない薄暗い研究室で、作りかけの神のレプリカを見詰めながら溢された、女の言葉を。
狂気を宿して尚美しく人を魅了する聖母の如き彼女の笑顔を。
それ、を見て、この身を焼きつくした激しい憎悪を、覚えている。
+++
碇ユイの想いに、悪意は一片も存在していなかった。
ただ彼女は確かに人間を深く愛して、これから先の未来を憂いていただけだった。
夫への愛情も、子供への愛情も、本心からのものだった。
友人や家族や同僚にむける優しさも本当に心からのものだった。
彼女は確かに優しくて愛情深く、誰よりも愛されて愛することができる人間だった。
だからあの世界を終りに導いた計画も、本当に真剣に、彼女にとって大切な人たちの未来を護る為に何をすればいいのか考え抜いて作り上げたものではあったのだ。彼女は本気であの計画を成功させさえすれば、人間の未来を希望で彩ることができるのだと信じていたのだ。希望こそが人間を救うことのできる唯一で、それを守ることが何より正しい道なのだと。
・・けれど同時に、彼女にとっての正しさが、他の誰かにとっては違うかもしれない、という事を理解しようともしなかった。
彼女は誰よりも優秀な己の頭脳を知っていた。
他者の思いを読み取る力にも長けていた。
実際に天才という賞賛が、彼女以上に相応しい人間は存在しなかった。
東洋の三賢者と呼ばれる後の二人も、彼女の能力には僅かながら及ばなかった。
それを、誰よりも冷静に受け止めて熟知していた彼女にとって、己の考えこそが最も優れたものである、という確信が間違えているなどという事は絶対にありえないことだったのだ。
・・だからこそ、あれほど自分本位で、他者の想いを全て踏みにじる様な計画を、至上のものであるように掲げることができたのだ。
+++
赤い世界を蹂躙する力の全てが収束し、記憶の螺旋に翻弄されていた少年が、巨大な力の中心に飲まれた瞬間の、こと。
上下も左右も光も闇も 何一つ確かなモノのない空間で
女神に還った少女と 始祖に還った少年と 鬼神に溶けた母親と 出会う
現とも夢とも判じきれぬ魂のみの邂逅の場で、少年は、確かな愛しさを伴う歓喜と、憎しみを伴った絶望を、知る。
柔らかく微笑んだ少女と少年の瞳が伝える真直ぐな好意と優しさと想いは、少年を癒し
美しい聖母の笑みで手を差し伸べる母の手を取った瞬間己の内に流れ込んできた彼女の記憶は、少年の絶望を深めた。
知ってしまった母の願いに、全てを拒絶した少年は世界からはじき出された。
力を手に入れた己の意思に従って、世界が一つ消えた事を感じ取っても、安堵しか感じなかった。
罪悪感はあったけど、”過去”の世界を惜しむ心はうまれなかった。
世界と世界の狭間を流されても不安はあまり覚えなかった。
ただ、あの瞬間に、自分を選んでくれた大切な二つの魂が、己の胸の奥深くで息づいているのを感じるだけで少年は安心していた。自身がどんな風に変質したのか、それさえもどうでもよかった。二つの魂を感じ取れる。それだけで、よかったのだ。
+++
気がついたら、目の前に存在していたはずの戦場は跡かたもなくなっていた。
兵士も武器も燻ぶる黒煙も大地を埋める遺体さえ。
ただ、広がっているのは草木すら存在しない広い焦土と、変わらずに赤いままの空。
その真ん中にぽつりと佇む自分の影を、虚ろな意識で見下ろして。
そこに、先ほどまで確かに見ていたはずの黒髪の少年が居なくなっていることを確認して。
それから?
+++
白い病室で、柔らかな月の光を浴びながら、優しげに微笑んだ母の表情を、覚えている。
「ふふ、私の可愛い息子。
あの人と、私の血を宿したこども。
--- そして、計画の成功のために不可欠の、子。
貴方に、人類の明るい未来を見せてあげる。 必ずかなえるわ。必ず。」
まるで至上の理想の具現のような慈母の如き微笑みで、決して子ども自身をを見る事はなかった母の眼差しを。溶け合った世界の記憶が見せた、過去の情景から拾った光景に、感じた虚しさを、覚えている。
+++
碇ユイにとって、己の息子は、計画を成功させる為の駒でしかなかった。
それは、息子へ向ける母親としての愛情と相反しながら並立して存在する明確な事実だった。
彼女にとってその矛盾は、決して無理なく存在する本心だった。
だから、息子が将来何をすることを義務付けられるのかを知っていながら、己の願いを貫けたのだ。
”碇ユイ”という存在は、そういう人間なのだと今の自分は知っていた。
だから、彼女の愛情をどれほど確信できても、決して信用も信頼もしてはいけないのだと知りぬいていたはずなのだ。少なくとも自分が望むような類の愛情は決して返って来ないことを思い知っていたはずなのに。
落ちた世界は、”過去”とは違う場所なのだから。
出会う人たちは、”過去”の知人とは同姓同名のよく似た他人であるのだから、
・・だから、大丈夫なのだと、そう思ってしまったのだろうか。
(本当に、目先の望みに眩んでは盲目的に他人に依存する癖は変わっていない、なんて。
・・・・何処までも自業自得、かな。・・・ 情けないっ・・・ )
+++
辺りを闇が覆う頃、物々しい一団が武器を構えたままやってきた。
多分自分が消した軍隊の消息でも探りにきたのだろうとぼんやりと考える。
焦土にかわった戦場で、一人きりで立つ自分がどれほど怪しい存在なのかなんて考えるまでもない。
自分を見つけた軍人が荒々しく槍を突き付けてきても何も感じはしなかった。
腕を折らんばかりに両手を縛りあげられても痛いとも思わなかった。
このまま首でも落とされればまた狭間に戻れるだろうかとは少しだけ考えた。
けれど、それがはっきり思考を占めることもなく、無感動に地面を見ながら兵士の後ろを歩く。
「シンジ?」
兵の向こうから聞こえた声にのろのろと視線を上げた。周りを囲む兵の隙間から柔らかな光と細い女性の影が見えた。その女性は常はきっちりと整えられているだろう服を僅かに乱れさせて息を弾ませて立っていた。少し後ろから地位の高そうな軍服を着た壮年の男性が追いかけてくる姿も見える。二人の視線が、こちらを見ているのを知って僅かに辺りを見回した。その自分にむかって、はっきりと意識を向けた女性がまろぶように駆け寄った。周りの兵士が僅かに動揺して身を引き、拘束はそのままに女性の行動を妨げず場を開ける。どうやら彼女は身分か地位が高く、兵士が無条件に従うような立場の人間なのだろうと考える。そんな思考を断ち切るように女性から力強い抱擁を受けた。驚愕する暇もあればこそ。勢いよくまくし立てられて、間の抜けた表情で女性を見上げた。
「シンジ!ああよかった。無事だったのね?
もう心配してたのよ。戦場が原因不明の爆発で吹き飛ばされたと聞いて生きた心地もしなかったわ!無事だったなら、どうしてすぐに帰ってこないの!ああ、それとも怪我でもしたの?!すぐに治療しなきゃ・・
・・あなた!この拘束を解きなさい!まったく何を考えているのかしら、・・」
「待ちなさい、ユイ」
「何ですか。シンジが無事だったんですよ。嬉しくないんですか?」
「待ちなさい」
かけられた言葉の半分も理解できないうちに女性は何やら兵士に抗議している。戸惑うように女性の後ろに視線を投げる兵などお構いなしに自分の拘束を解こうとする彼女に追いついた男性が静かに制止の声をかけた。間近に見て、反射的に叫んで仕舞わなかった自分の理性を珍しく褒めた。二人は、”両親”と同じ存在だったのだ。声も姿も話し方さえ、何から何までそっくりで、それでも”両親”とは違う存在だと、心が教えた。迸りそうになった激情を無理やり宥めて、再び世界に落ちた直後と同じ事を再認識する。・・・成程、これが、並行世界か。
そこで再びかけられた声に視線を上げた。見下ろす男性の視線を無感動に見返す。理解してしまえば感情を動かす必要もない。(動かしてしまえば、自分が保てなくなるのだと、無意識に理解していた。だから殊更感情を麻痺させているのだとは、気づかなかった。)
「君は、何者だ。あの戦場を潰したのは君か。」
「あなた!何を言ってるんです!この子は--っ」
「ユイ。現実逃避は止めなさい。
シンジは、死んだ。あの場所で生きていたのはこの子だけだ。
そして、この子どもは、シンジではない。・・・わかっているだろう。」
「嘘です!シンジは帰ってくるわ!あの子が、死ぬわけありません!
この子は、-----シンジでしょう?!」
女性の声が不自然に罅割れる。無理やり浮かべられた笑みは酷く引きつり、瞳の奥には不安定な炎が揺れた。彼女は、自分の子供の喪失を認めたくないのだ。それを見返す男性の視線に苦味が混じる。それに痛みを感じ取れぬ程に鈍くはなかった己の洞察力に忌々しい思いを抱いた。・・・どうして、この二人が子どもを失って悲しむ姿など今更見なければならないのだろう?彼らは---”彼ら”ではないのに!!!
二人を見つめる自分はそんなにひどい表情だったのだろうか。
詰問する口調を隠しもせず冷徹な声で続けられた言葉が、突然ほのかな熱を帯びた。”過去”の父にもかけられたことのない温かみを感じてしまった自分に動揺する。女性が揺れる体を男性に抱えられたまま浮かべられた痛んだ笑みに交る気遣いにも心が揺れた。続けられた二人の言葉を拒絶する力は、湧かなかった。
「この子は、私達が預かる。構わんね?
・・・君、事情は後で聞こう。よければ来なさい。酷い格好をしている。」
「そう、そうね。ねぇあなた、家にいらっしゃい。顔が真っ黒だし服も泥だらけじゃない。
お風呂に入って着替えをしなきゃね。」
女性が見ているのは死んだ息子だ。彼女は自分が返ってきた息子だという幻想を捨てきれていない。名前こそ呼ばないがそれがわかってしまう。それでも、”過去”で自分は、母に、こんな風に話しかけられてみたかったのだと、思ってしまった。怪しい人物を解放することに渋る兵士に圧力をかける男性に、まるで”父さん”に庇われているみたいだと考える自分の弱さに自嘲する。それでも縋ってしまった。幻想でも良い、と思ってしまった。
・・・・何度、同じ間違いを繰り返したんだろう。あの戦いで散々思い知ったはずなのに。
遠く仰いだ王城を見つめて自嘲の笑みを零す。
ゲンドウが自分に優しかったのは、戦場を一人で叩き潰してしまえる程の自分の力に目をつけたからだとわかっていた。ユイが、自分を傍に置いたのは亡くしてしまった息子を投影する者が欲しかったからであると知っていた。
そして、この状況が、シンジが死んだ時と同じものなのだということも、知っていた。
見たくないからと厳重に封じたはずのシンジの記憶が鮮やかに再生される。
彼が事実を知った瞬間の驚愕と怒りと憎しみと諦めと、・・・何より大きな絶望も。
自分が錯覚で良いから、とユイの手をとった感情は、シンジが抱いていた感情でもあった。
驚くほどに自分と重なる気持ちが、成程自分を引きこんだ理由の一つかなと考える。
だって、この世界のシンジはまだ12歳だった。
そんな幼い少年を戦場に出したユイの姿が、”過去の世界の碇ユイ”に重なる。
あの時息子の喪失を拒絶して嘆いた彼女の想いは確かに本物だったけど。
面影を見出して自分を生きて帰ってきた息子だと言い張った彼女の混乱は本当だったけど。
・・彼女は、まだ12歳でしかないシンジを、国を護るためだからと言って戦場に放り込んだのだ。
その矛盾する彼女の想いが。
愛情を望んで、振り向いて欲しくて必死に望まれた立場に身を置いて、
それでも自分の望むものは返ってこないと思い知った瞬間の失望が。
人類の為だと嘯き、子供達の未来の為にと微笑み、生きてさえいればどこでも天国になると囁き。
そして彼女の作り上げた計画が自分に強要した痛みと辛さと喪失が。
世界の為だと嘯き、貴方達が生きる未来を残す為だと微笑み、国民を護りさえすればこの国は生きていけるのだと囁き。彼女のつくった譜業と譜術で、敵兵ごと殺されると悟った瞬間の絶望が。
ぴったりと寸部の狂いもなく重なって、彼と自分が、確かに同じ存在なのだとわかってしまう。
そして、本来彼が居る場所なのだと理解しながら、代わりでもひと時の幻でも良いからと、ユイとゲンドウの優しい言葉に縋りついた自分の愚かさも。彼の居場所を勝手に借りているのだと知りながら、ありえない夢にしがみつく為に、与えられた大義名分を翳していたのも
”あの世界”でチルドレンとして呼ばれた時に、ミサトさんがくれた「家族」という言葉に縋ったのも。父さんの「よくやった」という言葉に浮かれて、12番目の使徒戦で闇の中にのみ込まれたのも。この世界で、あの夜貰ったぬくもりに縋りついたのも。
全部同じ理由だった。
そして、”それ”に縋って、”あの瞬間”に、空で神殺しの槍に貫かれたように、
此処で、敵ごと味方の筈の軍が放った大規模な譜術で殺されそうになっている。
あきれる程に進歩がない。
結局自分は、与えられた存在理由に固執して、初めて好きだと言ってくれた友人を殺した弱い子どものままなのだと思い知る。最後まで自分を守ってくれた二人が、今の自分を見たらどう思うのだろうと考えて、弱弱しく頭を振った。
+++
あの魂の邂逅の場で、四人で一部を溶け合わせた一瞬の交流を、覚えている。
女神と始祖に還った二人が、少年の願いは何かと聞いた。
鬼神に溶けた母親は、美しい笑みを浮かべて少年がこたえた願いを”見せた”
そして見た。
赤い空と赤い海。
血の匂いに満ちた無音の世界には少年と少女が二人きり。
全ての人が溶けた海の傍らで、決して還らぬ人々を待つ絶望を。
もう二度と取り戻せない過去の日常を直視する痛みを。
決して自分を見ない赤い少女の首を締め上げた時の激情を。
少女が唯一つ残した拒絶の言葉に、我に帰った瞬間の恐慌を。
これが補完の外にいると言う事ならば、もう自分も溶けてしまおうと決めた時の、虚しさを。
赤い海に沈んだ少年を抱きしめたの母の腕の温もりを。
暖かい腕の中で、ただ消えようとした少年に流れ込んできたのは、大量の記憶と力
そして、母の、記憶
+++
(ああ、けど。こんなところで死んだりするのは、無責任すぎる、ね。)
迫る膨大な第5音素が、地面に着弾した時に起こす反応も、連鎖して発動する地面に仕込まれた譜陣の効果も、此処にいる誰よりも熟知している。だってこれは、自分が協力していた研究を利用して碇ユイの作り上げた攻撃譜術だ。譜陣と譜術と味方の軍に配備されている筈の譜業と、三つが連動して初めて戦場を根こそぎ焼き尽くすほどの効果を生み出すものだ。三つの内どれが欠けても効果が半減するが、捨て駒を厭わないなら少数の犠牲で敵国の軍勢を一掃できるほどの効果があった。
だから、発動を止めるのはもう間に合わないが、どれか一つを欠けさせてしまえば少なくともここで死ぬ犠牲を半分には抑えられるのだ。せめてその位はするべきだろうと考えて、迷わず足元に刻まれた譜陣に剣を突き立てる。音素と呼ばれる世界の力の一片を、譜陣に込められた力を相殺するような形で流し込む。途端輝きを失った譜陣を確認して、隠しもったナイフを、配備されていた譜業の動力源に向かって投げる。過たず刺さったナイフを視認した瞬間に、飛来した第五音素が、爆ぜた。
炎が跳ねる。熱が広がり戦場で切り結ぶ兵士を燃やした。
地面が沸騰して、散らばっていた遺体ごと武器すら溶かす。
それをやっぱり他人事のように遠い意識で見渡す自分も、足元から這い上げる熱に焙られて全身が焼け爛れる。
痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い!!!
言葉を成す思考はそこで途切れた。後はただひたすらに炎と熱と爆風にかき混ぜられながら、戦場が消し飛ばされる光景を視界に映しながら闇に沈む。
それでも、自分はきっと死ぬ事はないのだろうな、とそれだけを理解した。
良いとも悪いとも嫌だとも嬉しいとも感じずに、ただ、その事実だけを思考に浮かべて、
・・・胸の奥にいてくれるはずの、二人の存在はわからなかった。
・碇レンver
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
今の時代に生きる人々の大多数が忘れてしまった本来の大地の一角で、複雑な譜業と譜陣に守られて眠り続ける少女がいた。漆黒の髪をゆらゆらと流れ出る記憶粒子に照らされて眠る少女は、その身に無理やり与えられた力を利用されるために人口の大地を支える柱に繋がれて、二千年眠り続けた。譜術によって遅らせている体感時間の調整の為に数百年に数回ぼんやりと現に意識を引き上げる他は、ずっとずっと眠り続けた。それを見護るのは、過ぎてしまった過去の世界で人の子と交わした契約に縛られて地殻に封じられた七番目の神様がひとりだけ。彼は、その少女が本来ならこの世界の人間ではないことを知っていた。少女がどこか遠い世界から流されてきた異端の存在であることを知っていた。その身に、強大な力を秘めた異分子であることを。
・・・それでも良いと思っていたのだ。少女が空間の狭間からこの世界に堕ちた時に流れ込んだ嘆きの深さに、ただ生きることだけを望んだ思いの強さに。ほんの少しの同情と、気まぐれの慈悲を起こして、この世界に少女の存在が馴染むことを許した。だが、ただそれだけだった。
少女が初めてこの世界で目覚めた時に目にした戦場に恐怖して暴走させたその力で周囲の敵を一掃したのを感知しても何もしなかったし、少女が焦燥と恐怖から迷走するのを知っても何も感じなかった。自分はもともとそういう存在だった。世界の一部にたまたま同じ属性の力が集い感情を備えた意識が生まれた。それが自分だ。人間達が、精霊とか、神とか、意識集合体、と呼んだもの。ただ世界の変遷を眺めやり、流動する己の属性の力を調整するのが役割の、星の歴史の傍観者。
自分にとっては人間も魔物も植物も、どれも同等の存在だった。
大地に生きて刹那の命を燃やし、星に歴史を刻むもの。
それぞれの勢力争いの結果がどうなって、どの種族が勝利しても自分から見れば繰り返される星の歴史の一場面でしかなかった。星の上に生命がうまれ、種族が増えて、いずれかの種が知能を育て文明を築き、成長し続け、衰退を始め、いずれ滅んで、また再び只の星に戻る。何度も何度も繰り返される死滅と再生。星とはそういうものなのだ。そして自分も、星の一部の属性に偶然宿った一つの意識でしかない。
だがそれが、ほんの少し変化した。
きっかけは、一人の少女の慟哭だった。
その時、世界の覇権は人間と呼ばれる種族が握っていた。その人間が同じ種族でありながらそれぞれに勢力を作り、お互いに競い合って戦いを繰り返していた時代だった。彼らが生きる場所は全てが戦場となり、血に染まらぬ大地など僅かも存在しなかった。戦う術を持つ者はただ目の前の敵を屠り続けて大地を血で汚し続けた。力なきものは嘆きと憎悪と諦めのなかで次々と死んでゆく。いずれも過去の歴史で呆れるほど繰り返された争いだった。また一つの種族が滅ぶのだろうと無関心に見下ろしていた自分の意識に、ほんの少し触れてきた魂の奏でる響きがあった。それは、幼い人の子どもが奏でる美しい歌だった。
興味を惹かれて目を向けた先に、血にまみれた人の集落の中心で一心に歌い続ける人の子どもがいた。その歌は、人が譜歌と呼んでいたものだった。世界を覆う力を利用して目的を叶える為の手段として人間が開発した技術の一つ。その中で旋律と言の葉で目的に適った属性を引きよせ望みの現象を引き起こすというものだった。子どもが歌っているのは、自分の属性を利用する種類のもので、それは確か生き物にとって癒しの力を発揮するものだ。だがそれは生きているものにしか効果がなかったと記憶している。歌い続ける子どもの周りには既に事切れた死体しか存在しない。何をしているのだろう、と純粋に不思議に思った。
だからだろうか。
酷使を続けたせいで血を流す喉を無視して、体力を使い果たして体が地面に倒れても尚、歌を紡ぎ続けた少女に、己の一部を一欠片貸し与えてやったのは。
おとされた力の欠片は、風に舞う花弁のように静かに少女の掌に降り立った。それは少女に優しく触れたと同時に眩い光を発して辺りを照らす。掌に感じたぬくもりと突然視界を覆った光に、思わず歌を止めてしまった少女の目の前で、その欠片は一本のの杖に姿を変えた。柄に埋め込まれた宝玉が美しく輝くその杖は純粋な第七音素の塊だった。第七音素の素養が無いものにも一目でわかってしまだろうと思うほど大きな力を秘めていた。現れた杖を手に持っただけで、傷ついた少女の体を癒すほど、強い力の結晶だった。
突然与えられた恩恵に呆然と座り込む少女に、語りかける意識があった。
人間達が七番目に見つけ出した新しい神様。
破壊と再生、生と死を司る、七つ目の精霊。
ローレライ
傍らを通り過ぎる船に乗る者を美しい歌声で魅了して甘やかな夢を与え、冷たい水の底に船を沈めて無慈悲な死を与えたという岩の上の乙女の名前を冠する第七音素の意識集合体。第1音素から第6音素までのどの属性にも通じ、どの属性にも混じらないこの星の分身のような存在。
それが、突然接触してきたのだ。普通なら混乱して恐慌をきたしてもおかしくはない。
だが、少女はほんの少し自失しただけですぐに立ち直り、ローレライに縋った。
癒されたとはいえ、既に限界を超えた己のことなど意識にも登らせず、ただ周りに
倒れる人々をどうか助けてほしい、と言った。大切な家族や友人たちをどうか救って、と。
その少女の願いに、死んだ者を生き返らせる方法など存在しない、とにべもなく返しながら、ローレライは感情がさんざめくのを感じた。恐らくそれは、面白い、という感情だった。
人間はあらゆる種族の中で、特に傲慢で利己的な性質を持っている生き物だと認識していた。獣たちのように
己を律する術を持たず、生きるに必要な分を越えて無駄に殺生を行い、同種族同士でありながら不必要な争いを繰り返す。知能を発達させて文明を築くのは勝手だが、他の種族への配慮をせずに際限ない領地拡大を行って環境のバランスを壊し続ける。そうやって過去の歴史の中でも一際激しい興亡を繰り返してきたのだ。
だから、この子どもの、己よりも他者を優先する思考に興味を持った。ほんの少し貸し与えた力をどう使うのか見てみようと思っただけだったのに、直向きな少女の想いにもうちょっと関わってみてもいいかもしれない、と思ったのだ。与えた力の使い方を説明して傍観する予定だったのを変更して、少女の言葉に返事を返してやった。そして少女の次の行動を待つ。
この子どもは、一体どうするのだろう?
興味深く自分を観察するローレライの意識を感じながら、少女・・・ユリアは咄嗟に上げかけた否定の言葉を飲み込むために強く唇を噛みしめた。
今のユリアを支配しているのは、喪失の悲しみと、空虚な諦念と、深い後悔と、身を焼き尽くしてしまいそうなほどの激しい怒りの感情だった。
勿論願いをはねのけたローレライへのものではない。
彼の答えはそっけない位無造作なものではあったが、そんな当たり前の事に怒りなど感じない。
音素意識集合体である彼にとって、地上の片隅に生きる人間数人の生死など大した出来事ではないだろう。
人間が普段足元を行きかう蟻になど気を払わないのと同じことだ。彼らから見れば人間なんて地上に生きる種族の一つでしかないのだから、その生死に一々感情を傾ける必要すら感じなくて当然だった。
この怒りは、大切な人を護れなかった自分の無力さに対するものだ。
本当は、皆が助からないことなどとうにわかっていたのだ。
それでも頑なに歌を紡ぎ続けたのは、彼らの死を受け入れたくなかったからだ。
大切な人たちを護る為に手に入れたはずの力が、何の役にも立たなかったなどと信じたくなかったからだ。
護ると誓ったはずの自分が、ひとり生き残ったなどと、信じたくなかったからだ。
何が天才
何が類稀な才能
誰一人、助けることも出来なかったくせに----っ!
例えローレライに願ったところで死者は二度と還らない。
奪われてしまった命を、取り戻す術はない。
優しい両親がもう自分に笑いかけてくれることはない。
一緒に育った大切な幼馴染と手を繋ぐこともない。
いつも挨拶を交わした近所のおばさんの美味しいお菓子を食べることもない。
いつも果物をおまけしてくれた八百屋のおじさんが大きな笑い声を響かせることもない。
大好きな従姉の生まれるはずだった赤ちゃんを抱きしめることもない。
色んな話を聞かせてくれたお祖母ちゃんに抱きしめてもらうこともない。
生まれ育った村は壊された。大切な人たちは皆死んでしまった。
何もかも失ってしまった。
何一つ護れなかった。
自分ひとりが生き残った。
・・・今の自分になら、守ることができるのに!
「そう、か。そうよ。今、ならば・・・」
ふと、想い浮かべた言葉に、思考の全てを奪われた。
そう、今の自分の手の中には、ローレライが預けてくれた強大な力の欠片が存在している。
彼にとってそれがただの気まぐれの産物でも構わなかった。
力が、ある。これを、使わせてもらえるならば---?
「・・・ローレライ、お願いが、あるの----------」
何も言わず、ただ無言で杖を握りしめていたユリアが力強く顔を上げた。
その瞳は、先ほどまでの寄る辺ない子どものものではなかった。
強い決意を秘めた真っ直ぐな光が澄んだ瞳を輝かせる。
ほんの数十分の間にこれほどの変化を見せつけた少女への興味が深まる。
だから、ユリアが次に言った言葉にはむしろ喜んで即答した。
その時ローレライを動かしたのは、無邪気な好奇心と純粋な期待だった。
ローレライにとって、ユリアの望みを叶えることはただの興味本位な気まぐれの一つでしかなった。
ローレライは、何一つ理解していなかった。
繰り返される歴史の流れを、少しだけ近づいて眺めてみようか、という程度の認識だった。
・・・その程度の、認識しかなかったのだ。
あの時から二千年の時が流れた。
あの時代に生きた人間達が遺していった幾つかの仕掛けが動く。
”世界”の為に囚われていた少女の心が、仕掛けの一つに導かれて外の世界で目を覚ます。
己と近しい性質を生まれ持った人の子どもが産声を上げた。
地殻の奥から、それらの全てを見続ける神様がひとり。
ただひたすらに、再び選択を迫られる世界の変化を待っていた。
「おはようございます。貴方が、私のマスターですね?」
「うー?だれー?」
歴史ある公爵家の奥深くに隠された一室で、宵藍色の髪と藍色の瞳の青年が身を起こしながら傍らに座りこむ少年に笑いかけた。今まで自分の周りにいた人たちにも向けてもらったことのない純粋な笑みを向けられた朱金の髪の幼い少年はたどたどしい口調で困惑しながら首を傾げる。外見は十歳前後に見えるのに、まるで言葉を覚えたばかりの赤子のような仕草に疑問を抱きながら、寝かされていた箱から立ち上がる青年。
現状を把握しようと辺りを見渡すが、薄暗い部屋にいるのは目の前の幼いマスターだけだ。だったら事情を話せる人間をさがしに行けばいいかとあっさり思考を打ち切って、少年を抱きあげる。・・頭よりも体を先に動かすタイプのようだ。
「申し訳ありません。私の名前は、KAITO・・・カイトといいます。マイ・マスター。
私を作りだした博士から、その記憶を受け継いだ譜業人形。創造主の制約に従って、一定の条件を満たした場面でその記憶と付随する知識を後世の人々に開示するために生み出されました。
マスターを護り、その傍で世界を観察するのが役目です。
・・どうぞよろしくお願いします。」
「おはようございます!マイ・マスター!私はMIKU、初音ミク!
私の生みの親である博士から、その知識と技術を受け継ぎました!マスターを護ることと、博士が設定した条件を満たした場合に受け継いだ情報を後世の人々に提供することが役割の譜業人形です!」
新しく発見された創世歴時代の譜業施設を調査していた技術者達のまえで唐突に開かれたケースの中から、空色の髪と浅葱色の瞳の小柄な少女が飛び出した。軽やかな動作であたりを見回し、ケースを解放した金髪の少女の姿を認めると、可愛らしく笑いながら自己紹介をする少女--ミク。
怒涛の勢いで紡がれたセリフからどうやら創世歴時代の人間が作り上げた譜業人形であることがしれて混乱する周囲を気にも留めずに、マスターと認定した少女に朗らかに笑いかける。突然創世歴時代の遺産である譜業人形のマスターになってしまった少女はおろおろとしながらも勢いに押されるようにミクの手を握ってぎこちなく笑う。それを見て満足したように笑みを深めたミクが元気よく宣言した。
「よろしくお願いします!マイマスター!貴方は私がまもります!」
「そんな顔をしないでください、ラクス。
確かに”彼女”に託された目的も果たせずに、停止してしまうのは情けないですけど・・・大丈夫ですよ。
まだ眠っている私の妹と弟が目覚めれば・・
彼らを起こせるマスターが現れれば、きっと彼らが役目を継いでくれるでしょう。
だけど、ああ、そうですね。 博士の・・”彼女”の言葉を、”あの子”に伝えることができなかったのは心残りかもしれません・・
・・・”彼女”が・・最・・後ま・・気に・して・・のは・・あの子が・目ざめた・・きに・・・・・・・・・・・・・・」
美しい水の都の宮殿の一室で、無残に壊されてしまった人形に縋りついて桃色の髪の少女が泣いていた。
幼い頃に身罷った母が託してくれた、創世歴時代の遺産である彼女の言葉を、一言一句聞き洩らさないようにと口元に耳を近づける。後ろで無機質な眼をむける兵士の存在など意識の外に追い出して最期の言葉を心に刻んだ。
人形といっても、外見も言動もほとんど人間と見分けがつかないほど精巧な譜業人形。彼女は、創世歴時代、国と世界の為に隠されてしまった事実と真実を後世に伝える為に作られたのだと言っていた。ただ護る為に作り上げた技術を国の為に利用され、家族や友人を奪われた女性が、最後に残した願いの結晶。
・・最後まで捨てずに抱き続けた未練のカタチなのだと、言っていた。
屋敷の奥に隠されていた彼女を起こしたのは、今は亡き母だった。体が弱く儚げでありながら誰よりも強い意思を持っていた母は、彼女・・メイコが伝える真実を知って行動を起こした。それは、この国の今の方針とは真逆のもので露見すれば反逆者といわれても仕方ないものだったが、自分は彼女たちの奮闘を誇りに思う。例え、現帝の行為に異を唱えたために壊されてしまったメイコの姿を見ても尚、この意思は揺るがない。
だから、自分が泣くのはこれが最後だ。
彼女たちの意思を継いで目的を果たす為ならば、見せかけだけの恭順くらいいくらでも捧げて見せる。
何も知らない貴族どもや、頑迷な皇帝に見下されるくらいがなんだというのか。
彼女たちの願いを知って何もできないでいることの方が余程屈辱だ。
だから、もう、いい。
変えられないなら壊すだけだ。
今の自分の周囲に頼れる人間がいないなら、頼れる人間を探すだけだ。
国も立場も関係ない。
何をしてもなにを置いても叶えてみせる。
絶対に!
「あなたは預言が憎いのですか?それとも預言に盲従する人間がにくいのでしょうか」
穏やかな昼下がり、常に優しい笑みを浮かべ周囲に慈愛を振りまく教団の若き最高指導者が、ひっそりと囁いた。無言でつき従う自分の事など忘れたように気ままに木々を愛でていた表情そのままに静かに振り向いた彼は、自分の表情を目にするなり大きく笑って言葉を続けた。
「あはは、冷静沈着な特務師団副団長がそんな顔をするなんて!
ばれてないと思っていたんですか?すぐにわかりましたよ!
貴方の目は、・・・・・・・・昔の僕と同じ色をしていましたからね!」
屈託のない表情で笑いながら、冷酷な光を宿した翡翠の瞳がまっすぐに向けられる。所詮は預言を詠んで盲目な信者どもに傅かれるしか能のない幼い子どもだと思っていたのに。そんな内心すら見透かすように鋭い視線に射抜かれて呼吸が寸の間止まった。常に鋭い光を放つ菫色の瞳が僅かに泳ぐ。取り繕うには遅すぎる時間を置いて、艶やかな黒髪で表情を隠しながら俯いて礼をとる。一介の兵士が組織の最高指導者に対するには正式なものだったが、今はあからさまな誤魔化しにしか見えなかったろう。だがどれ程見透かされていようと、確証がなければどうとでもなる。どうせ教団にとどまり続ける意思もない。この場を凌げればそれでよかった。
「恐れながら申し上げます。
導師は何やら勘違い為されているようですが、心外にございます。
私は心より教団に忠誠を---」
「ああ、いいですよ。そんな上辺の言葉は要りません。
別に貴方をどうこうしようとも思ってませんから安心なさい。
・・・ついでにその言葉遣いもやめてください。貴方には似合いませんよ。」
くつくつと喉の奥で笑いながら見上げる子どもに、常に纏う穏やかな慈愛など欠片も見えない。鋭い視線も皮肉気に釣り上げた口元も始めて目にする類のものだが、成程これが彼の本性か、と納得するだけだ。仮面を被っていたのはお互い様か。いや、相手のほうが何枚も上手であると気づかされて、悔しさよりも興味が勝った。お言葉に甘えて口調を素に戻す。
「どちらも大して変わらないだろう。なぜそんなことを聞きたがる?
預言を至上と掲げる教団の導師さまが、預言を憎む人間の事情なんぞ気にかけるとはな。」
あっさりと仮面を脱いだ自分をおもしろげに見やる導師。話を続ける気なのだろう、傍らの木陰に座り込んで隣を示す。僅かに躊躇ったが今更かと思いなおして乱暴に腰をおろした。この子どもが一体何故こんなことを言い出したのか興味もあった。
「いったでしょう。貴方のその憎しみは過去の自分と同じものだと。
預言に支配されたこの世界で、同志に会えるのは珍しいんですよ。
ちょっと話をしてみたいと思うくらいいいじゃないですか。」
「同じ、ねえ。・・・だった、ということは今は違うのか?」
「そうですね・・・・・貴方は何故預言が憎いのですか?預言を憎んでいるのに教団にいるのは何故です?」
こちらの問いには返さずさらに質問を重ねる。何にこだわっているのかは知らないが、なんとなくはぐらかさずに正直に答えてみた。一度もそらされない翡翠の瞳に射抜かれると、偽りを口にする気にはならなかった。
「俺は、キムラスカの貴族の庶子でな、預言に詠まれなかった子どもを身ごもった母親が、
男に捨てられるのが怖くて、だが愛しい男の子供を殺すのも嫌がって監禁してたのさ。
・・・そんな子どもがどんな目に逢うかしってるか?最低だったぜ?
辛うじて食い物は与えられても地下室に閉じ込められて接する人間も殆どいない。狭い牢獄で自由に動き回れるはずもない。さすがに同情した使用人が言葉を教えてくれなきゃ話せもしなかった。 それでも、”外”の世界に憧れてることもあったんだ。ここから出られれば、こんな目に逢うこともなくなる、と思った。
・・・・実際外に逃げだせた時は喜んだ。すぐに外も大した違いはないと知ったがな。
生まれなかった筈の子供に戸籍なんかない。存在を隠す為に監禁されてた俺に教養なんかある筈もない。力も知識も何もない幼い餓鬼が世間に突然放り出されて生きられる筈なんかなかった。
だが大人しく死にたくなんかなかったからな。生きる為に何でもやった。それでも何度も死にかけた。
ある日とうとう本当に死ぬかと思うような致命傷を負って倒れてた俺を、拾ったやつがいた。 そいつがここの詠士だったのさ。よりにも寄って預言士に助けられるなんて冗談じゃないと思ったんだがな。 酷く人の好い年寄りで、目の前で困っている人間を放っておけないからと次々厄介事に首を突っ込んではいらん苦労を重ねてた。 それを見てて何時の間にか放っておけなくなって・・・・要するに絆されたんだよ。その爺さんにな。
だからそうだな。俺がここにいるのは元はあいつへの恩返しか。だがアイツも年には勝てずに先日逝った。
今も残ってるのはまあ、唯の惰性だ。 次にどこに行くのか決めたら辞めるさ。
だから心配しなくてもいいぜ?そのうち消えるからな。」
こんな話を聞いても安易な同情や憐憫を浮かべない聡明な眼差しも気に入った。だが一体に何をこだわっているのかと思ったのが表情に出たらしい。目ざとく気づいた導師が笑みを苦笑に変えて一瞬遠くを眺めやりながら話始める。
「成程ね。・・・・だったら、僕に協力しませんか?まだ先を決めてないんでしょう?」
「はあ?協力って何のだ?面倒事はごめんだぜ。大体なんで俺なんだ。
アンタならこれから幾らでも忠誠誓ってくれる部下を見つけられるだろ。」
「ふふ、貴方にも悪い話ではないと思いますけど。
・・それに貴方が気に入ったんですよ。預言を憎みながら、直接関係のない人間を巻き込もうとしないその冷静さが特に。 貴方なら、教団を内部から掻き回すことも、前任であるエベノス様や僕を殺すこともできたのにしなかった。
貴方が憎むのは、預言に振り回されて自分を捨てた母親と見向きもしなかった父親だけなのですね。
そういう人間は意外と少ないんですよ。だからです。」
微笑んで言い切った導師からぎこちなく視線をそらす。なんだか面と向かって恥ずかしいことを言われたような・・・。幾つも年下の子どもに、これから先も絶対勝てない予感を抱きながら続きを促した。口では反論してみたが、すでに彼を放っておけなくなっている自分に気づいて憮然としつつ顔を戻す。翡翠と菫色の瞳が向かい合う。幼い導師は、口元に鋭い笑みを閃かせてひっそりと囁いた。
「僕は、預言を絶対だと考える人たちの認識を壊したいんですよ。
預言が生殺与奪の全てを支配する、この世界の常識をね。
・・・・協力してくれるでしょう?カナード」
「それに、君の父君の罪はそれだけではないのだよ。
・・・君の兄が、預言に詠まれなかった為に存在を無かった事にされたことを知っているかね?
そして、君も、本来なら存在を詠まれていなかったことを。
なのになぜ、君がそこにいるのか----
君の父親が、その研究対象であった君を残す為に、預言を偽ったからだよ。
本来死産だったはずの君の預言を、買収した預言士に詠ませ、その後で口封じに殺した。
預言に支配されたキムラスカで、預言に詠まれなかった為に死んだ人々の屍が数多埋まるこの国で、なぜ君だけが存在を許されてるんだ。 あの忌々しい研究の為に、沢山の命を喰らって生かされた君が!」
崩れた天井からわずかに差し込む光だけが頼りの廃墟で呆然と座り込む少年と、荒々しく声を荒げる青年が向かい合う。激しい怒りと憎しみに瞳をぎらつかせる青年が、一歩一歩少年に歩み寄りおもむろに手を掲げた。その掌にはっきりと攻撃譜術が展開されるのを見ても抵抗する術も思い出せずに目の前の影を見上げた。
この実父の物である研究室で明かされた数々の事実に思考が麻痺して、指先を動かす気力もなかった。
父が犯した罪の証であると、沢山の犠牲者の命を踏み台に生み出された存在であると、
本来なら許されてはならなかった命なのだと、そう、言った。
目の前の青年は、自分を生かした原因である研究に、その命を蹂躙された被害者なのだと。
だったら復讐する権利があるだろうと、そういった。
「(だったら、僕は、ここで、死ぬのが正しいの・・・?
生きていては、駄目だった・・・?
ぼく、僕は・・・・)」
それを否定する権利が、自分にあるのか、わからなかった。死にたくない、と思ってる。
けれど、それを主張する資格を持っているのかは分からなくて、ただ無意識に後退る。
奇跡的に破壊を免れていた大きな譜業に背を預けて動きを止める。
「(けど、僕は・・!)」
≪やめなさい!≫
答えの出ない迷いに行動を遮られ、避けることも出来ずに攻撃譜術を受けることを覚悟した。
身構えた少年の目前で、間近に迫った膨大な第五音素が、深紅の光にさえぎられて霧散する。
何が起きたのか分からずに視線を彷徨わせた少年の背後から突然強い光が発せられ薄暗い研究室を隅々まで照らし出す。思わず振り返ろうとした少年を、後ろから強く抱きしめるぬくもりが生まれた。それはぼんやりと浮かび上がる幻のように輪郭がはっきりしないけれど、10代の少女の腕のようだった。ふわふわと舞い踊る光を纏って少しずつ形を表していくその腕を辿っていくと、厳しい表情で目の前の青年を睨みつける少女の横顔がある。今まさに殺されかかっていた事も忘れて呆然と見やる少年の視界の隅に、警戒するように僅かに身を引いた青年が見えた。
その彼に、少女は言った。
≪何をしてるの! 父親の罪だっていうなら父親本人に責任を取らせなさいよ!
子供だからってなんで代わりに罰を受けなきゃならないのよ、冗談じゃないわ!
大体、犠牲者が沢山でたような危険な研究の実験に利用されたのは彼も同じじゃないの。
結果的に成功して生き延びられたら、加害者認定されるなんてどんな理屈よ!
彼が望んで巻き込まれたわけでもないのに、復讐の権利ですって?
迷惑な八あたりならどっかの山奥にでも行って岩でも砕いてなさいよ!≫
とんだ暴言である。儚い幻のような存在の癖に嫌に苛烈な台詞がぶつけられる。
頭に直接響くような感覚で伝わる声は、言葉の勢いに相応しく激しい怒りを纏ってまるで炎のようだった。
大人しそうな外見に反して随分と攻撃的である。不可解な登場と外見の儚げな印象を180度裏切るその行動に反論することを忘れたように無言で動きを止めた青年が行動を決めかねている。庇われた少年も、先ほどまでの悲壮感など吹き飛んで、ただ状況を見守るしかできない。
≪何が預言に詠まれなった存在よ。ふざけないで!
生誕が詠まれてないからなんだって言うのよ。
本当は死ぬはずだったのが生きられたんなら、まずはその事を喜べばいいじゃない。
預言で死を確定されるくらいの危機的状況を生き延びられた自分の強運を誇りなさいよ!
なんで預言と違うからって責められなきゃならないの、馬鹿馬鹿しい!≫
預言を至上と掲げ、預言に従うことこそが繁栄への手段であると信じるオールドラントの人間には思いもよらない思考過程を展開されてどう反論すればいいのかも分からない。だけど、その乱暴なまでの言葉が少年の心を引き上げた。
少女の主張は強引で無茶苦茶だった。
何も知らない彼女の暴論は、目の前の青年にとってはさぞ業腹な台詞だっただろう。
だけど、何より真っ直ぐに、少年の生を肯定していた。
その言葉は、紛れもなく少年にとっての救済の光だったのだ。
預言を信じることが当たり前のこの世界では、青年の言葉にこそ共感する人間の方が多いのだ。
それでも少年は死にたくないと思ってしまった。”当たり前”の理屈なら、それは紛れもなく罪でしかなく、青年に殺されるのがきっと”正しい”未来だろう。それを理解していても、青年の言葉を認めたくないのだ。
例え”間違い”だったとしても、少年は今まで生きてきた。
この事実を知った友人や両親が、もし青年の言葉を受け入れたとしても、今まで築き上げた過去は少年自身のものだった。生まれてはいけない存在だったという言葉を自分まで肯定したら、その全てが偽りであると自分で認めてしまうということだ。
だから、青年の言葉はどうしても受け入れたくない。
けれど、自分の思いを主張する権利があると言い切る自信もなかった。
どちらも選べない迷う心が体と思考を縛った。
何も出来ず、何を考えても思考はループして答えが出せない。
少しでも身動きすれば、薄暗がりから深淵の底に落ちてしまう気がした。
僅かながら差し込む筈の光が薄くなり、本当の闇が覆い始める。
答えの出せない迷いだけを抱えて、ここで己は消えるのかとぼんやりと予見した。
その、迷いを、少女の言葉が粉砕したのだ。
苛烈で強引な炎のような真っ直ぐな言葉が、少年の生を肯定していた。
少女が必死に抱きしめるその腕のぬくもりが、少年の心を引き上げる為の拠り所となった。
他の誰が青年と同じように自分の存在を否定しても、彼女がくれた言葉があれば、これから先も生きることを選んでいけると思った。
その瞬間に、場の勝敗は決した。
青年を返り討ちにするために譜術を練り上げる少年の瞳に、もう先ほどまでの迷いはなかった。
慌てて展開しなおす青年の反撃は間に合わない。咄嗟に前に出ようとした少女をそっと制した少年の瞳が、恒星のように強く煌めく。向けられる憎悪に心は痛んだけれど、死を受け入れる気持ちは欠片すら消えていた。
父の罪の結果が今の自分の生であるなら、それも全て背負って生きる覚悟を決めた。
憎しみを受けても生きる覚悟と、自分が生きる為奪った他者の命を背負う覚悟も。
そして、もう一つ。
いつか自分が死ぬ時に、後悔せずに己の命を誇れるように、しなければならないと決めたことがある。
後ろを振り返ってもうつむくことなく生き抜くために。
疲れて立ち止まっても、未来を諦めることがないように。
世界を変える為の戦いを、自分の未来の道だと決めた。
だから、
「例え”キラ・ヒビキ”が罪の証で間違った存在でも、”キラ・ヤマト”は生きていくと決めたんです。
・・・だから、貴方の言葉には従えません。
僕は僕の意思でこれからも生きていく。そして、望んだ未来を手に入れる。もう二度と、迷いません!」
・碇レンver
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
「ただ、守りたかったの。それだけだったのに ------------・・」
瘴気に覆われ薄暗い光しか通さない空を見上げて虚ろに笑った少女が一人。
魂が張り裂けてしまいそうな絶望の中で、自分と心を繋いでくれた存在にむかってこぼした嘆きを風がさらった。
+++
「そんな顔をしないでよ。私は大丈夫だってば。
むしろ役に立ててうれしいよ?
この世界で異端でしかなかった私に、絆をくれた貴方の助けになりたかったのだもの。
・・それに、私がどういうイキモノか、知ってるでしょう?だから、大丈夫。
彼が、時々は起こしてくれるって言うし、意識だけだけど外を見ることもできるって言ってたしね。
大丈夫、貴方の願いは叶うよ。ねぇ、だから笑って---」
深紅の瞳に純粋な思慕を乗せた少女が笑った。
自分の不手際で未完成のまま推し進められた計画の穴埋めのために、彼女はこれから永い永い時間をその力を利用されるための眠りにつかされる。戦場でぽつんと佇む少女を拾ったのはこんなことの為じゃなかったのに。ただ、表情のない虚ろな瞳が、寄る辺のない孤独な背中が、どうしても放っておけなかっただけだった。異端であるとか、彼女の持つ力がどんなものであるとか、そんなことは関係なかった。便宜上弟子ということに
していたけれど、自分にとってはただ可愛い妹として傍にいてくれた少女が大切だっただけなのに。
・・・どこで、なにを間違えたのだろう?
+++
「あの人を護る為なら何でもできると思っていたんです。
僕にでも、・・僕だからできることがあるのだと、信じたかった。」
闇の中で鈍い輝きを放つ刃を見上げて仕方がないというように笑った小柄な影が小さく呟く。
その瞳に憎悪はなかった。怒りも、恐怖も。ただ、悲しげにひとつ溜息を零して、
・・・・・・・・
「俺は俺の持てる力を全て捧げて彼女を守ろうと思ってた。
この剣で、全ての敵を倒してしまえば大事な人を護ることができるのだと、信じていたんだ。」
炎のように揺れる緋色の髪で表情を隠して呟いた。
彼の独白を聞いていたのは生まれた時からずっと一緒に生きてきた弟だけだった。
そっと上げた視線の先には青く澄んだ空を見上げて嘆く愛しい人の小さな背中。
「皆がいれば、願いはきっと叶うのだと信じてた。
戦争が終わって、また皆で笑って生きていけるのだと。
それだけで、よかったのに---」
沢山の人々の期待を背負って、愛した人の願いを叶える為に重圧に耐える兄をみて零した言葉は、
穏やかな木漏れ日の中に溶けるように隠された。戦争が終わって無駄に傷つく人達がいなくなったのは本当なのだから、こんな愚痴をいっては駄目なのだ。例え光の下で笑う人々の中に欠けてしまった仲間達の姿を探してしまう癖が治らなくても。残された彼らの笑顔に、消えない悲しみを見つけてしまっても。
確かに、今の世界は平和になったのだから。それだけは、確かに叶ったのだから。
「彼女は確かに強くて優秀な自慢の弟子でした。そして私が誰よりも尊敬する大切な仲間です。
・・・だからこそ、私が言うべきなのでしょうね。
・・・それが私の願いと重なってしまっていても、誰かがしなければならないのなら。」
彼女が隠し続けた激情を垣間見てしまった青年が吐息をこぼした。
幼いころからその成長を見守ってきた彼女が抱いてしまった望みを否定する権利など自分にないと知っていても、それでも彼女を諌めるのは己の役割なのだと自負していたから。実の娘以上に愛した存在が、今以上に傷つかなければいいと、それだけを願っているのに。彼女が酷く傷ついた瞳で、追い詰められた様な表情で、巣立った筈の門扉を叩いた時に、酷く後悔した筈なのに。大切な人たちを失くしてしまった、と凍りついたままの笑みを貼り付けて吐き出した子どもが、偶然手に入れた力を使って、二度と失わない為にやりたいことがあるのだと言ったその時に。この子どもが、もう二度と失くすことがないように、と力になると決めていたのに。儘ならない己の無力さを噛みしめながら穏やかな星空を仰いだ。
+++
「ねぇ、人形を--作ろうかと思ってるの。
プラネットストームが完成して、譜業や譜術が発達したでしょう?
それで昔ならできなかったことが可能になった。例えば以前なら死ぬしかなかった怪我の治療の為の譜術とか、 大量の物資を運ぶための運搬用の譜業とか。・・・軍事転用も進められて色んな弊害もあったけれど。
それは別として、そうやって利便性を認められた譜術や譜業だけど、結局国に殆ど独占されて一般人にはあまり 恩恵が得られないのが現状でしょう?それでね、特に生まれつきの資質が左右する上に希少な第七譜術師を、 もしも人工的に生み出せたら---絶対数が少ない為の弊害を、解決できないかしらと思ったの。
例えば・・・医師や治療師が常駐しない辺境の村や町にその人形を配置できたら、皆の不安が多少は軽減されるわよね---」
最近沈んでいる師である女性を元気づける為か、年若い弟子の一人が言った。
譜術より譜業制作のほうに才を発揮する女性で、最近は特に自動で動くタイプの譜業の発明にかかりきりになっていたはずだ。その彼女が言った計画は現時点では夢物語だが、実現できれば数少ない第七譜術師の負担を減らせるかもしれない。
もう一つ。譜業人形に、もしも人間の意識を移すことができるとしたら、自分では見ることのできないずっと遠い未来にこの時代の人間の意思を残せるということだ。
そうすれば、---そう、すれば?
「・・・わかってると思うけど、そんな便利な譜業を、国が黙って見過ごすとおもう?
確実に軍事転用を命令してくるでしょうね。
使い手の少ない第七譜術を確実な威力で発揮できる譜業人形なんて、どうぞ兵器にしてくださいと言ってるようなものじゃない。あの子の理想主義は知ってたけど、貴方は全部理解してる筈よね。・・・何をたくらんでるの?」
自分よりも少し年上の女性が言った。
周囲からは弟子として認定され、本人も面倒臭がって否定しないが、どちらかというと自分にとっては姉のような存在だった。彼女が美しく彩った唇を釣り上げて怪しく笑いながら視線を流す。その見透かすような瞳にただ笑って見せた。他の誰かに隠せても聡い彼女に隠し通せるとは思っていない。それに自分の計画を知られても彼女は反対などしないだろう。彼女にとって価値があるのは自分が望む研究を続けられる環境と、例外の身内数人の安全だけだ。それさえ保障しておけば、他の誰が何をしようと傍観者であり続ける。だから計画の為に必要ないくつかの研究を依頼した。
それが完成すれば、後は実行するだけだ。
「彼にはなにも言わないの?
愛した人に秘密を作られるのも作るのも辛いわよ」
同い年の女性が言った。弟子というより友人として一緒に戦ったからこそ通じる感情がある。
夫にも、育ての親であり師匠でもある彼にも、決して言えない秘密を共有できるただ一人。彼女が何を心配しているのかわかってはいる。けれど、もう自分は決めたのだ。一度根づいてしまったこの感情を昇華するには、もうこうするしか方法を思いつかない。
・・・これは皆への裏切りだろうか。
彼女の顔を見返すと、ただ全てを受け入れて包み込むような慈愛を映す視線だけが返された。きっと彼女はこの計画の結果がどうなっても自分を許すのだろう。だからこそその優しさが痛い。なりふり構わず縋ってしまいたい衝動を殺す為に強く両手を握りしめて踵を返す。
後戻りは、できない。
「母さんから伝言。
・・頼まれたものは完璧に作ったわ。後は好きになさい。・・・ですって。
----いいのね?」
弟子の内で最年少の少女が覚悟を見極めるように視線を合わせた。
研究を頼んだ彼女の娘で、すでに専門の分野で優秀な才能を発揮する科学者であると同時に随一の譜術の使い手でもある。自分よりもずっと幼いのに遥かに冷静な少女は今の自分をどう思っているのだろう。伝言と共に渡された研究成果を抱えて奥へと進む自分に向けられる視線を意識しながらぼんやりと考える。
後悔は、ない。許されたいとも思っていない。
何もかもが今更だ。だから、
純粋な願いは歪められ、奪われ続けた悲しみが怒りに変わった。
真実も事実も隠されて、残されたのは都合の良い歴史だけ。
世界の全てを壊し続けた戦争が終結してから二千年。
運命の歯車が、ほんの少し加速する。
終末か、始まりか。
分岐点が現れる。
-----選択の時が、きた。
「
*この序章はほかのクロス作品でも同じ設定でトリップしますので、他の連載の序章も同じ内容です。
挿入される合間合間のそれぞれのクロス先での閑話が変わるかもしませんがレンside序章その2の「過去と今と一人のカミサマ」も同じ文章がそのままでます。一回他のクロス連載をお読みになった方は飛ばしても宜しいかと。一応どのクロスでも序章00・01話あたりで表示されますが。
世界がゆがむ
巨大な女神の羽ばたきが、全てのモノを平らにならす
世界がひずむ
九つの白き鬼神が描くセフィロトが、眩い光を放って輝く
世界がきしむ
紅く染められた天には、両の手を神殺しの槍に貫かれた紫の鬼神
世界が と け る
美しい聖母の如き微笑で、自ら神のレプリカへと溶けた女の笑いが響く
世界が まじる
紅く赤く染まる世界と、全ての境を失くした生命が、たったヒトツのカタチへ変わる
全ての変化の中心に据えられるのは、神の雛形を制御するためだけに生かされてきた哀れな生贄
父の、上司の、級友の、同僚の、ゼーレの、ネルフの、日本の、世界の
全てを生かすために ただ敵を殺すための道具になる事を強要された脆弱な子ども
強要したのは、失った最愛の妻を再び取り戻す事を願った愚かな男
強要したのは、手にした栄華を短命な人間の身故に手放す事を惜しんだ愚かな老人
強要したのは、一時の暖かな美しい思い出を彩る女性と再び見える事を願った老人
強要したのは、己の愛憎の全てを担う父親を奪った天使を殺す事を望んだ女性
強要したのは、葛藤を抱えて苦しむ己を蹂躙した憎く愛しい男に盲従した女
強要したのは、己が命を長らえる為に敵を討つ為の組織に従事した多数の人々
強要したのは、危機を認識しながらも決して理解はしなかった級友達
強要したのは、己の価値観をのみ絶対視して全てを敵視していた同僚の少女
強要したのは、少年を護るために逝ってしまった儚い少女
強要したのは、消えたはずの少女の代わりに現われた少女
強要したのは、好意を向けながら少年の手で死ぬ事を選んだ友人
強要したのは、少年の 逃げる事すら選べなかった自身の弱さ なのだと
少年は、魂すらバラバラになりそうな大きな力に晒されながら、その全てを理解していた。
強要された辛い環境も、痛みしか齎さない戦場も。
全てに傷つけられそうで恐怖しか感じられない普段の生活も。
全て自分の弱さと卑劣さが見せる幻だと、知っていた。
父親に会いに来たのも、戦場に出る事を選んだのも、
級友達との壁を取り除く努力を怠ったのも。
同僚の少女との齟齬を放置して逃げたのも、
職場の人々との接触や相互理解を避けたのも。
自分を護ってくれた少女の想いの深さをきちんと理解しようとせず己の殻に篭ったのも
同じ姿と同じ声で、自分を知らないと言った彼女から逃げ出したのも
真直ぐな好意をくれた友人を、・・殺す事を選んだのも
全て、少年が 自ら選んだ選択と結果だと そう きちんと わかっていたのだ。
いつだって少年は、”今”から逃げる事を望み、”今”から目を逸らす事で自我を護った。
父親が自分を見ることがないなんて当の昔に知っていたのに。
父親が四つの自分を捨てた時に、三年前の母の墓前で自分を拒絶したときに。
・・父親に拒まれるのが怖くて、自分から踏み出す勇気を持てなかった時から、そんな事は決まっていたのに。
仮初の家族になってくれた彼女が、少年自身を見ていてくれた訳じゃない事など知っていたのに。ただ、チルドレンの管理者としての責任と、彼女自身の優しさと少年への同情からの言葉だったと知っていたのに。
・・それでも、互いの距離を縮める努力をしていれば、
本当の家族にだってなれた筈だったのに。
最後まで本音で向き合いきれなかった友人達が、本心では自分を許せてなどいない事をしっていたのに。妹を傷つけられた彼が、己の憧れた地位を無碍にする自分に嫉妬していた彼が、思い人を傷つけられた彼女が。
自分に向けてくれたのは、友人としての好意と優しさ。 そして、消しきれないわだかまり。
・・本当に友人になりたいのなら、もっと本音でぶつかり合うべきだったのに。
己を高める事と、選んだ地位で一番になる事に拘り続けた彼女に最初から憎まれていた事など知っていたのに。自分にとっては疎ましくても、彼女にたとっては何より大切なものだと知っていた以上、それを蔑ろにすれば憎まれる事など分かりきっていたのに。
それでも、一時の家族の団欒で少しずつ自分に心を開いてくれていたのに。彼女の攻撃性は、僅かに緩んだ境界線を犯す者への警戒と迷い故だとわかっていたのに。
・・傷つく事に怯えていないで、もっと真直ぐに向き合って置くべきだったのに。
最後に自分を護るために消えてしまった少女が、純粋に向けてくれていた好意を、きちんと理解していたのに。感情を露出しない静かな表情で、それでも真直ぐに向けられたすんだ視線が語る想いを、誰よりも深く感じていたのに。自分が迷いながら差し伸べた手を、彼女は確かに握り返してくれていたのだと、きちんと認識していたのに。
・・彼女の言葉は真直ぐでとても綺麗で。
確かに感じた暖かさを永遠に失ったと認めるのが怖くて、
全てに気付かない振りで傷を隠そうとしていただけだと、そうわかってはいるのに。
消えた少女と同じ姿と同じ声を持ちながら、何一つ彼女のことを知らない”代わり”の少女が、自分の逃走に、確かに傷ついていた事を知っていたのに。彼女は確かに代わりとして外に出された存在ではあったけれど、彼女は彼女として生きていた一人の人間だったのに。
・・目の前で無惨にに壊された、沢山の少女の予備なんかより、
彼女の体が実質的に人間でなかったことより。
あの顔と、あの声で、自分を知らないと言うその表情が。
消えた少女と同じ姿で、見知らぬ人間を見詰める視線で自分を見るその無機的な瞳が。
何よりも怖かったのだと。 そう、今ならわかっているのに
自分に殺される事を望んだ少年が、出会ったときに向けてくれた笑顔も、共に話したときにくれた言葉も決して偽りでも策略の為の材料でもない事など、最初からわかっていたのに。彼が最後にあの地下深くの磔られた巨人の事実に衝撃を受けていたのをこの目で確かに見ていたのに。
・・彼が本当は敵としてこの地に訪れたのだと、それだけに拘って、彼の本心を見ない振りで自分を護った。そんな己の卑劣さと幼稚さを変わらぬ笑顔で許容してくれたのは、彼の確かな想いと優しさだったと、知っていたのに。
痛みと悲しみと愛しさと温もりと切なさと遣り切れなさと。
好ましさと楽しさと憎しみと怒りと嬉しさと優しさと。
延々と循環するあらゆる想いが螺旋を描いて己の内を埋め尽くす。
巡り続けるの少年自身の記憶と、其れに付随する様々な感情だけが目まぐるしく入れ替わる。
強大な力に翻弄されて全てが解かれてしまいそうなのに、
決してそれを許さぬとばかりに雁字搦めに縛られる。
外の出来事を、自分以外の感覚で知覚しながら、現実味のない大きな衝撃に晒される。
ただ、両の手が、痛みを伴わずに鋭い刃に貫かれた感触だけを伝える。
ただ、このまま居るだけで、己の全てが消えてしまうことすら気付くことなく、少年は内をたゆとう
外の世界では、”儀式”は滞りなく進められ、ただ巨大な力を制御するための贄に選ばれた少年へと全ての力が収束してゆく。
そして、唐突に、真白な光が世界の全てを覆い、
--------------- 全てが、消えた。
世界が存在した名残すらなく、ただ虚無のみが残されて --------------
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書きたい物を書ける時に好きに書き散らしてます。文頭には注意書きをつける積りですので、好きじゃない、と思われた方はこのHPを存在ごとお忘れになってください。(批判とかは本当勘弁してください。図太い割には打たれ弱いので素で泣きます)
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