スレナル設定でお送りいたしております。
更に注記:このシリーズは、ナルト×碇レン傾向基本のお話です。
苦手な方はご覧にならぬよう、お願いいたします。
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「火影を越す! ンでもって 里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ!!」
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「・・ナルト君は、変わらず強いね・・・。」
里の中心から離れた森の中に点在する演習場の片隅で、嬉しそうに微笑んだ少女が眩しげに空を見上げる。木の葉の里で、最も古く優秀な、と謳われる日向一族の証である白い瞳に、穏やかな光を宿した黒髪の少女が、血族特有の透視術で見詰めた光景を胸に抱いて柔らかく笑った。今日、己と同じように新しく下忍候補生として担当上忍との顔合わせを行っている憧れの少年が、眩く気高く笑って言った強い言葉と、その裏側の彼の想いは、弱気な自分を支える導。
「あの時からずっと、ナルト君は私の憧れで、目標なんだよ」
自分自身の無力さを思い知った三つの歳に、心に刻んだ想いがあった。それを昇華するために己に課した決意があった。弱い自分の存在ゆえに、父と従兄弟に強いられた悲しみを二度と繰り返さないために、幼いなりに必死に考え抜いたものだった。初めて会った時に優しく笑ってくれた従兄弟が、怒りと憎しみと、その裏側に隠された捨てきれない優しさとどうしようもない痛みが混じる複雑な感情を、静けさを装った視線に込めて自分を再び見つめた時に、これだけは、と強く心に決めたのだ。望みを叶える為に、必死に道を探っていた時に生まれた五つ下の妹の存在に、さらにはっきりと強まる思いに後押しされて、自分の未来の形を決めた。それ、を選ぶ勇気をくれたのは、暗い暗い闇の中、強い光を纏って笑う彼の強さだ。
そして。
「・・・・・・・・・ヒナタ?」
かさり、と優しい葉擦れの音と共に聞こえた声に、満面の笑みを浮かべて座っている大樹の上から返事を返すヒナタ。
「・・レ・・レンさん!どうしたんですか・・?」
笑顔で素早く降り立った自分に、ゆっくりと歩み寄るレン。いつも着ている白衣を脱いで、基本的に飾り気のないシンプルな格好を好むレンにしては珍しく華やかな格好をしている。胸元にレースで縁取りされたノースリーブのカットソーに、淡い赤色で大きく花がプリントされたフレアスカート。白のパンプスに金鎖にピンクの淡水パールがあしらわれた小ぶりのペンダント。耳元には同じくピンクパールのピアスをつけて髪もサイドを軽くピンで抑えた他は後ろに下ろされて艶やかな黒髪がさらさらと風に靡いている。美貌というより可愛らしい印象が強い彼女の繊細な顔立ちがより引き立つよう計算されたコーディーネート。恐らくはアカデミーの同期で、今では表裏共に仲間である勝気な少女がおねだりでもしたのだろう。機会があれば逃すことなく”憧れのお姉さん”であるレンを着飾ろうとするイノのにんまりとした満足気な笑みを思い起こして苦笑する。
静かに傍に来て自分を僅かに見下ろすレンの、澄んだ深紅の瞳が優しく細められる。そっと伸ばされた指先が、樹上から降りた時に乱れた髪をを整えてくれる仕草に、照れて頬を染めたヒナタは憧れを込めた視線でレンを見詰める。その視線の意味を誤解したのか照れくさそうに笑って自身の姿を見下ろすレンが答える。
「ああ、これはちょっとイノが勧めてくれたの。今日はもう上がって良いって火影様が言ってくださったから、執務室で会ったイノ達とナルトと一緒に一度私の家に帰ったんだけど・・・」
「・・・・ふふ。 とても、お似合いですよレンさん・・。」
「ありがとう//」
照れたままお礼を言って優しく笑うレンの姿に、彼女と自分が出逢った時を思い出す。
里の外れの森の奥。いつも五人で修行する場所とは反対側の小さな広場で、動かない片腕から滴る赤と、辺りに散らばる刃と肉片と、冷たい殺気を纏った幾つもの黒い影をを思い出す。向けられた冷たい刃と重い殺気に募った恐怖に縛られて、もう終わりかと考えたときの絶望は、愚かな自身を忘れぬための戒めだ。
あの時自分は、酷く焦っていたのだ。ナルトやイノやシカマルやチョウジと、友人となってしばらく後の事だった。同年であるというのに、彼らとの間に広がる絶望的な力量差に憧れと同時に激しい衝撃と焦りを感じて我武者羅に追いつこうと無茶な修行を繰り返していた。四人は、そんな自分に心配そうな瞳を向けながら、ヒナタの思いを汲んでくれたのか口に出しては何も言わずに気が済むまで修行に付き合ってくれた。そうやって、三月ほどたった頃だったろうか。四人が実践的な修行をしてくれるお蔭で、彼らほどではなくてもそこらの上忍程度の実力は手に入れていた。以前から考えれば驚異的なスピードで成長した自分に、僅かながら自信を持ち始めた頃だった。ようやっと周囲を見直しす余裕ができて、ナルト達も始めから強かったわけではない事に気づいたのもその頃だ。けれどまだ捨てきれない焦燥が冷静さを失わせ、生まれ始めた自信と余裕が慢心に繋がった。
だから、突然現われた敵の忍を相手に、愚かにも一人きりで戦闘を開始した。相手の実力を見誤っていた事に気付いた時にはすでに手持ちの武器も無く、片手に致命傷を負っていた。しかもその日は、ナルト達が四人とも任務に出ていて、一人で修行していた事も仇になった。そこはナルト達が使用する演習場で、森一帯に特殊な結界が張られていて外に異変が伝わりにくい場所だった。ナルト達がいないなら、異変に気付くものもなく援軍など現われるはずも無い。つまりは、本当に孤立無援の状態で、助かる可能性など万に一つもないと思っていたのだ。
いよいよ追い詰められて覚悟を決めたその時に、最も大きく心を占めたのは死への恐怖や絶望よりも、諦念混じりの落胆だった。幾ら力を手に入れたといっても、所詮はこんな中途半端に終わる程度の存在だったという事か、と思った自分に苦笑して。今更過ぎる認識に、自身の愚かさを嘲った。折角ナルトが己の素を晒す危険を犯してまで助けてくれた命を、むざむざと捨てるような真似をした事だけが悔やまれる。ナルトが素顔を見せたのならと、自分を信じて正体を明かしてくれた友人達たちにも申し訳なく思いながら、場違いなまでに静かな心で目を閉じた。
--- だが、次の瞬間己の命を奪うはずだった攻撃は、何時までたっても訪れず。突然生まれた静かな気配と、感じたぬくもりに驚いて思わず閉じていた目を開いたヒナタが見たのは、己を取り囲んでいたはずの敵の忍の亡骸を消し去る青白い炎の色と、必死に顔を覗きこむ少女の泣きそうな顔だった。
彼女がアカデミーの医務室に勤務する新任の非常勤の養護教諭である事はすぐに思い出せたけど、何故此処に居るのかは分からずに、何事か問いかける彼女の言葉を半ば聞き流す。その混乱したヒナタの心境を誤解して、慌てた彼女はおろおろと辺りを見回しながら式神らしき伝令鳥を飛ばそうとする。それをみてやっと我に還ったヒナタは、今の自分の立場と状況を思い出して焦って彼女の腕を掴んで止めた。幾ら致命傷を負ったとはいえ、”日向の落ち零れ”であるはずの日向ヒナタが、他里に侵入できるほどの実力を持った忍と対等に戦える程の実力を持っている事を知られるわけにはいかない。しかもそれを知られれば、必然的にナルト達の事もばれる可能性が高くなる。それだけは何としても防がなければならない事態だ。だから、助けてくれた筈の少女を敵でも見るかのように切羽詰った表情で睨みつけて口止めするために口を開いた。
その瞬間に視界に飛び込んできた金色の少年の表情に、再び声を奪われる。数十人の他里の暗部を相手取っての任務の時さえ息も切らさず全てを終えると聞いた少年が、僅かに肩を上下させてこちらを見詰める。欠片の感情も浮かばぬ静か過ぎる少年の表情に感じた恐怖と緊張感に、思わず傍の少女の服に縋った。それを見て、ちらりと過った少年の感情を読み取る前に、彼は静かに口を開いた。
「何事だ、これは。・・・・ヒナタ?」
「あ、・・あの、その・・・・」
緊張の余り呂律が回らず釈明もできない。それを助けたのは、目の前の少女だった。
「ナルト。・・・あんまり怖い顔をしないの。
ヒナタちゃんが心配だったなら素直に口にだして言って上げないと。
こんなに怯えちゃって、可哀想でしょう?」
無表情のナルトが醸し出す威圧感を感じてすら居ないかのように、穏やかな苦笑混じりの声で紡がれた内容に、思わず少女の顔を見上げた。訳が分からずただ二人を見比べるしか出来ないヒナタの前で、二人の会話が続く。
「・・・レン。お前はちょっと黙ってろ。
今オレはヒナタに言わなきゃならない事があるんだよ。」
「あのね、ナルトが言いたい事も多分分かってるけど、
まずは無事だったことに安心してもいいんじゃないの?」
「あのな・・・」
苦みばしった表情で何事か言おうとするナルトを遮ってレンが続けた。
「それに、ヒナタちゃんは、まだ ”アカデミー生” だよ?
危ないことをしたのは確かに咎めるべきだけど、
叱るにしてもまずは治療してからでもいいと思うな。・・・ね?」
加減はしているとはいえ上忍や暗部ですらも恐怖する、素を曝け出したナルトの威圧に動じることなく反論するレンの姿に驚愕するヒナタ。そんなヒナタをちらりと見てから降参するように両手を挙げて肩をすくめたナルトが答える。
「わかったよ。確かにその腕は早く治療を済ませるべきだな。
あ~、と、レン。お前の家を借りても良いか?
頼みたい事もあるしな。」
「勿論。・・・・じゃあ、ヒナタちゃんもそれで良い?」
ナルトの言葉ににっこり笑ったレンが、固まったままのヒナタに問いかける。反射的に頷いたヒナタに安心したように息を吐いたレンが、蹲ったままだったヒナタをそうっと抱き上げた。突然の予想外の出来事に思わず声を上げて縋った自分をみたナルトも笑った。
「くくっ、お前は相変わらずだな?」
「え?何が?」
「いや、なんでもないさ。・・んじゃ、いくぞ」
物心ついた頃には既に日向の後継者としての修行のために、厳しい表情しか見せてくれなくなった両親に抱かれた記憶などなかったヒナタは、感じた優しいぬくもりに混乱したように固まった。そのヒナタの様子にレンとの初対面の時のことを思い出したナルトは、おかしげに肩を揺らして一人ごちる。ナルトの言葉を拾ったレンの、きょとん、とした顔に苦笑して、緩んだ頬を隠すように走り出すナルトの後を慌てて追いかけるレン。そんな二人に混乱を深めたヒナタは固まったままで運ばれた。
運ばれたレンの自宅の治療室で傷を診てもらいながら説明された二人の関係に、少しだけ嫉妬したのは内緒の話だ。憧れの存在であるナルトに近しいレンへの嫉妬か、全てを知っても穏やかに受け入れてくれる存在を持つナルトへの嫉妬だったのかは今でも区別がつかない。
けれど確かに二人の間の絆のあり方を羨んだ。その思いを隠し切れずに、自分もその輪の中に入れたら、とじっと見詰めて無言で訴えた自分の行動の子どもっぽさを思い返すと、今でも羞恥で頬が赤くなる。けれど、その視線に気付いたナルトが苦笑を溢して、気付かないままにヒナタの沈んだ気持ちを心配するレンが顔を覗きこんでくれた時に感じた嬉しさは、その羞恥を無理やりねじ伏せてもその記憶を残そうと思えるほどに嬉しいもので。だから、突然黙り込んだ自分を元気付けようと必死なレンの様子と、お見通し、とばかりに頭をぽんぽんと撫でるナルトに、すとん、と落ちた安堵に押されて真直ぐに笑って見せた。その笑みに返された二人の表情も、共に大切に抱えている宝物の一部分。
今まで知らなかったことを知ったからと勝手に嫉妬したり、二人が自分を心配してくれたからと一転して機嫌を直したり。現金で狭量な自身のあからさまな感情には心底呆れたが、無言のままにヒナタを受け入れていることを示してくれた二人の思いに感じた喜びは、その後もずっと自分を支える自信の一部だ。だから、その後にあった出来事は、ほんの少し悲しくて痛かったけれど、今となっては笑って語ることが出来る程度の些事だった。
レンはアカデミーに配属されるだけあって本当に腕のよい医療忍だったが、里随一の洞察眼をもつ日向の白眼を誤魔化しきれるほどの術は不可能だ。どう足掻いても治療の痕跡までは隠し切れない。特にヒナタは”堕ち零れ”といわれつつも当時はまだ後継者としての特訓を受けていた。当然日向の修行には白眼を使用する為必ずばれる。つまりはヒナタの怪我についての、表立って差し支えない言い訳を用意する必要があった。
その為に用意したのは、「血継限界の人間を狙った忍に攫われそうになったヒナタを、任務中に通りかかった暗部の忍が助けた」というものだった。ヒナタを誘拐した雲隠れとの事件ほどでなくとも、忍界大戦・九尾襲来と災難に見舞われ続けた木の葉の里は人手不足のため警備などが手薄に成り勝ちであることは、当時の木の葉の最大の懸念事であった。当時木の葉最強と誉れ高いうちはの精鋭が警備に全力で当たっているとはいえ、埋めきれない穴が存在していることも事実で、貴重な血継限界の一族や秘伝を伝える旧家の人間に対する危険は現実味のある脅威であったのだ。それを踏まえて作り上げた理由も、不本意であろうと受け入れやすいものだった。
事情の説明と保護した少女の護衛として訪れた二人の忍に挟まれて、ヒナタは本家の客間で両親である当主夫妻と対峙していた。怪我を治療した養護教諭--レンと、当事者である暗部の忍--変化したナルトと一緒に、日向に帰ったヒナタを迎えたのは、当主である日向ヒアシの冷たい侮蔑と冷然とした母の眼差しだった。
その反応に少しだけ疼いた心に蓋をして、務めて静かな表情で帰宅の挨拶をするヒナタに浴びせられる冷たい言葉と待遇は、”堕ち零れ”と評されるようになった五歳の時から当たり前に与えられる反応だった。そのことに今更傷つく心など、当の昔に捨て去った。自分の望みのためになら、この程度のことは大した代償ではないと自分自身に言い聞かせ強く唇をかみ締める。
ヒナタには護りたいものがある。
それは、自分を助ける為に窮地に立たされた木の葉と日向を護るため死んでしまった叔父を思って憎しみに囚われた従兄弟の心と、日向の末子として生まれてしまった妹の未来だ。
自分は日向本家の長女として生まれた。血の存続を至上とする日向一族は、その繁栄の為に属する者の心を代償へと差し出した。初代が何を思ったかは推測しか出来ないが、命を縛る呪印などという手段を用いてまで本家と分家の主従を強制するなど、愚劣で醜悪な行為だとしか思えない。そんな強制手段を用いなければ当主として存在できぬほどに弱い立場だったのだろうか。当時の一族がどんな内情を抱えていたかなど知ったことではないが、今尚続けられるそれらの悪習に、従兄弟と妹の未来を殺されるなど絶対に許せなかった。
だから、ヒナタは考えたのだ。
自分は日向本家の後継者として生まれた。その為に従兄弟にはヒナタを護るための呪印が刻まれてしまった。このまま自分が成長していつか当主になったなら、父と双子だった叔父と同じように妹のハナビにも呪印が刻まれてしまうだろう。呪印は本人の意思に関係なくその命を人質に本家を護る事を強制する力だ。・・・・そこまで犠牲を払うほどの価値を自分に見出す事は出来ないし、出来たとしてもやりたくなかった。
ヒナタにとって、生まれた人間の心を代償に生き続ける日向一族の存続も、従兄弟から父を奪った木の葉の里も、大して心を割く価値もない存在だった。幼いヒナタが護りたいと、大切だと思えたのは従兄弟と妹の二人だけだった。
だからヒナタは考えた。
このまま自分が後継者として生きたなら、再び悲劇が繰り返されるだけだろう。ならば、妹を後継者にする事で彼女を護り、自分が全てを護る力を持つ事を、ナルトに出逢った初夏の森の光の中で、強く心に決めたのだ。後継者として外されたなら自分に呪印が刻まれる。けれどそれが妹を護るための証であるなら構わなかったし、従兄弟が呪印に縛られて戦う必要が無いように、全ての脅威を消し去る為ならどんな痛みにも耐えられる。自分の存在ゆえに苦しむことになる二人の為にできる事を探していた弱い自分に、諦めない勇気と、生き抜くために戦う強さをくれたのは、日向を狙って現われた他里の忍から護ってくれた金色の少年だった。
その時自分は死んでも構わないと思っていた。自分が本家の後継者である為に憎まれているのなら、死んでしまえば全てが解決するとすら思っていたのだ。その弱さを、蹴り飛ばして笑った金色の残像が今でも瞼の内に蘇る。ヒナタの痛みなど些細なものだと思えるほどに、激しい憎悪と理不尽な害意の中で生きる事を強制された少年の心を知って受けた衝撃が、己の弱さを吹き飛ばす。
・・・自分は何も見ようともせず、ただ逃げていた。本当に護りたいと思うのならば、戦う事を選ぶべきなのだと、その為の強さと力を手に入れるべきなのだと、思い知る。
あの時から、ナルトの存在はヒナタにとっての導の光で、憧れであり、誰より尊敬する目標だった。
その彼と同じ大地にたつ資格が欲しいのだ。己が立てた決意を守って、大事なものを守るために戦う強さを手に入れたときにこそ、その資格が手に入る。そう思ったから、日向を至上とする両親が、期待通りの成長を見せない長女に対する落胆と侮蔑を隠さずぶつけてくる程度の事で傷ついて見せる事はしたくなかった。何時だって毅然とたって前を向くナルトの隣でそんな姿は見せたくなかった。だから、いつも通りにひたすら耐えていたヒナタは、そこで突然聞こえた言葉に己の耳を疑った。
[------ いい加減になさっていただけませんか。
先ほどから聞いておりましたが、それが命に関わる事件に巻き込まれて無事に帰ってきた娘さんに対する態度なんですか?日向といえば里の誇る名門一族。守るべき矜持も対面も一族の方々のプライドもおありのことでしょう。実の親子とはいえ直系のお嬢さんであるヒナタさんに厳しく接するのは仕方がないとは思います。
・・・・ですが、幾らなんでもそこまで言う必要はないんじゃないですか?しかも、無事を確かめるでなく、怪我の程度を聞くでもなく、私たちのような第三者の目前で、お嬢さんを貶めるようなことを口にするなど、無神経にも程があります。思うところがあるにせよ、ヒナタさんはまだ六歳の女の子なんですよ。幼いから甘くしろとは申しませんが、例え成人した大人であっても、こういうときは労わってあげるのが正常な人間としての反応なんじゃないんですか。
大体先ほどからまるでヒナタさんが原因で危険を引き寄せたとでもいうように責めますが、彼女は被害者ですよ。本来責められるべきは、里の警備に穴をあけた我々正規の忍であり、血継限界の血族の危険を承知で碌な防衛策も講じてなかった貴方方日向の方々なんじゃないですか。それを・・・・・」
「碇中忍。」
淡々とした口調で捲くし立てたレンの言葉を、隣に座っていた暗部姿のナルトが遮る。静かな表情で瞳だけを苛烈に煌かせたレンの視線をうけたナルトが、有無を言わせず黙らせた。日向の当主として、火影にすら礼を払われ里の忍からは常に畏敬の念を集める日向ヒアシは、遥かに年下の少女に面と向かって批難された驚愕に固まり、婦人はただ眼を見開いて停止し、ヒナタは余りの事態に呼吸すら止めて両隣の二人を見回す。そんな三人に一切構わず、ナルトは変化したため通常よりも低い声で言葉を続けた。
「・・・大変失礼致しました。
日向の御当主に対する無礼、重々お詫び申し上げます。
申しわけございませんでした。
碇には後ほど厳重に注意したしますので、どうぞご厚情の程お願いいたします。
では、お嬢さんは無事に送らせていただきましたし、
御当主方にも挨拶をさせていただきましたので、
我々は、そろそろ失礼させて頂きます。」
「あ、ああ。ではお二人とも。
娘を助けてくれたことには感謝する。ご苦労だった。
・・・・失礼する。」
丁寧なナルト(暗部姿)の詫びの言葉に再起動したヒアシが咳払いしつつ応える。高々十代の小娘に一々取り合うのも大人気ないと思ったのか、憮然としつつも礼の言葉を返して静かに退室する。その後ろに従う婦人がなにやらもの言いた気な視線でレンとヒナタを見比べてから無言のまま礼をしてでていった。
後に残されたのは驚愕に固まったヒナタと、無表情を崩さないナルトと、未だに苛立っている様子のレン。お互いに何か言いかけるが、そこが日向本家である事を思い出し、丁重な態度を保ったまま外にでる。見送りの名目で着いてきたヒナタと三人でつれだって広い敷地の境界への私道を歩いた。最初に口を開いたのはナルトだった。
「レン」
何時のまにやら結界を張ったナルトが、変化したままで声だけを元に戻して低く呼ばわる。その響きに、びくり、と肩を揺らして一瞬視線を泳がせるレン。ナルトはそんな反応を無視して続ける。そしてレンも真直ぐにナルトを見返して虚勢を張るように姿勢を正した。ヒナタは、初めて見るナルトの様子と、挑むように視線に力を込めるレンの姿に緊張して黙って居るしか出来ない。
「お前は、何を考えているんだ!相手は日向の当主だぞ!
確かにあの言い方にはオレもむかついたけどな。
面と向かって口答えなんかして良いわけあるか!!
後で苦情でも出されたらじっちゃんでも庇うのは難しいんだぞ、
わかってるのか!!」
「っ、だって!!」
「だってじゃない!!
そうやって感情のまま突っ走るのはよせと、何回もいっただろうが!!」
「だって、・・・・ヒナタちゃんの事を何にも知らずに、
ちゃんと見ようともしてないくせにあんな風にいうから!!」
「・・あ?」「・・え。」
ナルトの剣幕に、対抗しようと頑張りつつも僅かに腰を引けさせたレンの言葉に、勢いを止めるナルトと、思わず声を上げたヒナタが、呆けた表情でレンを見詰める。
「だって、さっきの言葉は要するに、ヒナタちゃんが弱くて後継者に相応しい実力もないんだから、波風を立てることなくただ邪魔にならないようしろって事でしょ!?
なによ、それ!!たとえ今の時点で多少力が伸びないからってこれから先は分からないし、努力に正しく見合った期待通りの実力を持てなかったら、全部無駄だとでも言いたいの?!
ヒナタちゃんは日向を存続させるための道具じゃないのに! 幾ら一族を守らなきゃならない当主だからって、あんな風に ヒナタちゃんの存在を軽く扱ったりしてゆるされるわけ?!・・・・ヒナタちゃんはヒナタちゃんでしょ?! ちゃんとした一人の人間で、誰かの為に存在する道具でも人形でもない!!
・・・・皆おかしいよ!!」
もうここまできたら、とでも思ったのか、勢い良く捲くし立てるレン。
ヒナタへの扱いに対する憤りをぶちまけながら、脳裏に過ったのは月の様な儚い少女の静かな言葉。「わたしには他になにもない」と言い切った彼女が瞳に浮かべた痛切な渇望を、今更深く理解しながら痛む心が、木の葉の里への怒りを煽る。何故こんなにも、人の心が軽んじられるのか分からない。どうして皆一人一人ならば誰かを大切にできるのに、組織として守るものを持った途端に、犠牲にされる存在を当然のように許容されるのか。忍の里である木の葉が力を保つために、血継限界のような力は確かに必要だろう。
・・・けれど、だからといってその一族に生まれたからというだけで、一族の為の道具にされて良い理由など、絶対に認めることは出来ない。それを、当たり前に甘受する人の言葉など、受け入れられるはずが無かった。
レンの勢いに押されて固まったままの二人は、興奮して肩で息をする彼女を凝視する。
「・・・でも、ヒナタちゃんのご両親に、あんな事をいってごめんなさい。
ヒナタちゃんにとっては大事なご家族だものね。
勝手に怒ったりして気を悪くさせちゃった、よね?」
深呼吸して気分を落ち着けたのか、一転沈んだ様子でヒナタの表情を伺うレンが小さく謝罪の言葉を口にした。確かに日向家当主の言葉に対する怒りはあったが、ああもあからさまに家族を罵られて、ヒナタが良い気分なわけはないだろうと今更思い当たって謝罪する。こんな風に考えなしの言動ばかりをしているからナルトが呆れるのだろうと思うと、落ちた気持ちが更に沈んだ。
呆気に取られていたナルトとヒナタは、完全にしょげかえるレンの姿を見て、同時に脱力して大きな溜息を吐いた。
(レンって)(レンさんって)
「・・・莫迦だな。相変わらず。」
「・・・優しいんですね。」
「・・ぅえ?」
重なった声に顔を見合わせるナルトとヒナタ。互いの感想の食い違いに思わず噴出す。それを、情けない表情で見比べるレンの気の抜けた返事に更に笑って歩き始めた。
「ぶっくくくくく・・・。ま、まあいいさ。何とかなるだろ。
(いざとなったら、脅迫でも裏工作でもして、何とかするし。)
お前は本当に、相変わらず莫迦だよなー。」
「ぅええ?!酷いよナルト!!
そりゃ、ちょっと考えが足りなかったかな、とは思うけど!!」
「ま、まあまあ、レンさん。落ち着いて。
・・ありがとうございます。私の為に怒ってくれたんですよね。嬉しかったです。」
「う?え、あ~、いえ、そんな・・・本当にごめんね。
勝手な事言ってたのは私も同じだよね。」
「いいえ、本当に、嬉しかったですから。ありがとうございます。」
ナルトを追いかけて必死に言い募るレンの顔を覗きこみながら、穏やかな笑みを浮かべて言ったヒナタの言葉に、顔を赤くしてうろたえるレン。それを見て更に笑いながら見守るナルトと、おろおろするレンに笑顔で繰り返すヒナタが続けた。
「ヒナタが言ってるんだから、素直に受け取っとけば?なあ、ヒナタ。」
「うん。・・レンさん、そうしてくれると嬉しいです。
あと、わたしのことはヒナタで良いですから。ね?」
「ぇえと、うん・・・。ありがとう!ヒナタ!」
眼を泳がせて言葉を探していたレンが、満面の笑みでヒナタに応える。その様子を穏やかに微笑んで見ていたナルトの表情を、レンの肩越しに目撃したヒナタは、内心で深く納得していた。
ヒナタの方を振り向いて、楽しそうに笑ったレンを見詰めるナルトの表情は今まで見たこともないくらい、甘やかで穏やかな優しい顔だったのだ。それを見て、ああ、そうか、と深くうなずく。里ぐるみの迫害にも、押し付けられた重責にも、決して負けずに戦う彼の強さは、この人の存在が理由だったのか。暗く深い闇でさえ、眩い光で切り裂いて真直ぐ進む彼の背中を支えているのは、この優しい人のぬくもりなのか。
そして、ヒナタにナルト側の事情を説明しながら、レンにはまだ何一つ明かしていないヒナタの事情を黙って察して、何も無かったかのように笑って秘密を守ってくれた彼女の思いやりに、両親からの言葉と態度に痛んだ心が穏やかに癒される。何も知らずにいたというのに、ただヒナタの存在が不当に軽んじられたから、と里の名家の当主に向かって真直ぐに憤って見せた彼女の直向な優しさに、中々届かない望みに疲れていた心があたためられる。
その瞬間からヒナタにとって、ナルトとレンは不可欠の存在としてこの心に刻まれた。
この二人が居てくれるなら、大嫌いな日向の家も、どうしても馴染めない木の葉の里も、自分を傷つけるものではなくなる。唯一大事だと思える従兄弟と妹を守るためだけに望んでいた忍の力を、二人の為になら惜しむことなく差し出せる。願いを叶える為の演技に騙されて、自分を冷遇する日向に対する未練も執着も綺麗に消えた。
ただ、大切な者だけを想ってこれからを生きていこうと思った。
彼らが住むこの里を、ついでに守るくらいは構わない。
けれど、天秤に乗せるまでもなく、ただ大事な人だけを守る力を手に入れる。
それが、ヒナタの忍としての根源だった。
++
「-- それでね、今日のから明後日まで下忍班の任務の他はお休みをくださるって、火影様とナルトから伝言。
後、私も一緒にお休みを頂いたから、ヒナタが良ければ家に来ないかな、と思って誘いにきたの。
イノ達は一度ご家族に言ってからもう一度来るって。 どうかな?」
「・・も、勿論伺います!!
あ、あの、日向の家のことは心配しないでください。
一度帰って言伝を残せば問題ないですから。」
あれから数年、今ではヒナタもナルトと共に影暗部として任務を任されるくらいの実力をつけた。やっぱりナルトとの差は中々縮まらないけれど、イノやシカマルやチョウジとは何とか同じくらいのレベルには届く事ができた。世界に大切なものが従兄弟と妹の二人しかなく、思いは真実でも一方的な好意でしかなかったために孤独な生を生きていた自分にできた大切な仲間の存在が、とてもとても嬉しくて誇らしかった。
だから笑った。
昔の自分が浮かべていた怯えたような曖昧な笑みでなく、
穏やかで暖かな感情が齎す喜びのままに明るく笑った。
余人の居ない場所で交わす、仲間達との会話は本当に楽しくて、
何時でも自然に笑えることが幸せだった。
回想した出会いの記憶に、更に深まる笑みを乗せた弾んだ声音で会話を続けた。あの時からずっと変わらず自分を見守ってくれている、大切な”お姉ちゃん”に微笑んでおねだりをする。自分たちを可愛がってくれているレンが、絶対に断らないことを見越した上で可愛らしく言葉を続けた。
「・・そ、それで、あの・・
イノちゃん達と一緒に、レンさんのお家にお泊りしてもいいですか・・?
わ、私も最近レンさんとあまりお話できなかったし・・・
ご、ご迷惑じゃなければ・・」
「勿論!!お夕飯も家で食べられる?
今日は卒業のお祝いだものね。
皆の好きなものをいっぱい作るからね。」
思ったとおりに快諾してくれたレンの笑顔と言葉に、喜んで即答した。冷たく余所余所しい場所でしかない日向の家より、大切な仲間たちとの晩餐を選ぶに決まっている。浮き立った気分のまま、レンの腕を引いて歩き出す。このまま買い物に向かって、ついでに伝言をと届ければいいだろう。それで後は一緒に料理を作って夜は皆でのんびり過ごそう。滅多にない休暇に位、平和な理由で夜更かしをしても許されるだろう。次々に楽しい計画を思い描くヒナタ。その楽しげな様子を見て微笑んだレンも一緒に歩いて商店街に二人で向かう。
人気のない演習場の木立の向こう華やかな笑い声が遠ざかる。
普段は殺伐とした雰囲気を漂わせる森の景色が、そこに居た少女達の空気が移ったように、柔らかで穏やかな春の日差しに草木が映える。可愛らしい鳥の鳴き声に葉擦れの音が重なって、暖かな世界が残された。
それは、強く笑って未来を掴む少女達の姿のように、優しく眩しい光景だった。
++
注記:♀シンジ(=碇レン)in N/A/R/U/T/O のクロス作品です
スレナル設定でお送りいたしております。
更に注記:このシリーズは、ナルト×碇レン傾向基本のお話です。
苦手な方はご覧にならぬよう、お願いいたします。
「火影を越す! ンでもって 里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ!!」
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「・・・・だって。ナルトってば言うわね~。
ねぇねぇサスケ君とサクラの顔見た?
一瞬でも見とれちゃったのが悔しかったのかしら。」
「ったく、見ろよ。
カカシのヤローも呆けた顔してるぜ?よっぽど意外だったんじゃねぇ?」
「あははは、まぁ、ナルトだもんね。
流石のカカシ上忍も無関心のままではいられないんじゃない?」
木の葉の里で最も警備が厳重な筈の火影執務室に唐突に明るい子ども達の会話が響いた。今日やっと下忍になった孫のような少年がどうしても気になって、十八番の遠眼鏡の術で担当上忍との顔合わせの様子を覗いていた三代目火影の背後に、当たり前のように陣取って軽快な会話を続ける三人の子ども達。幾ら子ども達に害意がなく、己も水晶球に集中していたとはいえ、全く気配を悟らせなかった三人の成長に舌を巻く三代目。内心では幼い頃から見知った彼らの成長を嬉しく思いながらも、軽く眉間に皺を寄せる。そんな彼のことを半ば放置して、水晶球の向こう側に夢中な三人。金色の少年属する七班の面々を揶揄しながら、とても嬉しそうで誇らしそうな瞳で顔合わせの場面を見守る。ナルトと同年であるというのに、その表情はまるで弟を可愛がる兄姉のような慈しみに満ちている。
「メンバーがメンバーだからちょっと心配だったんだけど、
この調子なら大丈夫そうかしら。」
「あぁ?ナルトなら上手くやるんじゃねェ?
あの写輪眼のカカシが担当っつぅのはひっかかるけどよ。」
「平気でしょ。僕達も出来ることはフォローするし。」
強く気高い金色の少年が、本当に望む事を知っている。幼い頃初めて会った時から、ずっと自分たちの心を掴んで離さない彼の強さと輝きそのままに、太陽すらも従えて眩く笑うその姿はまるで至高の王のよう。木の葉の里の、暗く深い闇の中に生きることを強いられながら、決して影に埋もれることなく輝き続ける彼の姿は自分たちの目標だった。その彼が、新しい道の第一歩である下忍班の仲間たちに向かって笑う姿に、ほんの少しの嫉妬と安堵を交えて。火影執務室に侵入した子ども達は、遠くを映す水晶球を囲んで笑った。金色の少年を信頼しつつも心配を捨て切れなかった自分たちの過保護さに感じる気恥ずかしさを誤魔化すように、軽快な言葉を交わす。
が、そこで咳払いの音が響いた。部屋の本来の主でありながら、余りに自然に存在を忘れられていた三代目火影である。 とはいっても、実はこんな事は日常茶飯事だ。未だ十二歳という年少者でありながら、既に木の葉の里でトップレベルの実力を誇る”影”の最強暗部である彼らの力は、老年となった自分と拮抗・或いはすでに追い越されている。気配の一つや二つ隠し切るくらいのことはもう難しくもないのだろう。 だが、可能だからといって里最高の機密を抱える火影執務室に気軽に出入りし、尚且つ談話室代わりにされて良い訳が無い。無駄とは知りつつも取りあえずお決まりの台詞を放つ三代目。
「おぬしら・・・・何故ここにおるんじゃ。
お前達も担当上忍との顔合わせがあったはずじゃろう。」
まずはとばかりに三代目が子ども達に訊ねるが、返って来たのは明快で単純な一言だった。
「「「そんなの、とっくに終わりました(終わったぜ・終わったわよー)」」」
当然である。下忍担当上忍との顔合わせが始まったのは午前中だ。当の昔に正午を過ぎた今になっても終わっていないのは遅刻常習犯の担当上忍をあてがわれた七班の面々だけであった。そして火影の質問の本意を知りつつ適当に煙に巻こうとする子ども達。連携プレーもバッチリだ。
「いいじゃないですか火影様ー。
私たちだってナルトの様子を見たかったんですよー。」
子ども達の紅一点。淡い琥珀色の髪の勝気そうな少女が口を尖らせて言えば、
「そっすよ、大体火影様だって気になってるから水晶球使ってみてたんでしょ?
ついでに俺たちにも見せてくれたっていいじゃないっすか。」
長い黒髪を後ろで括った釣り目の少年がやる気のなさそうな顔で、ぼそりと付け加え、
「僕達じゃあ近くまで行くとナルトに気付かれちゃいますし。
あんまり気を散らすような事して邪魔したくないですもん。」
と、ふくよかな体型の少年が穏やかに笑いながら続ける。
そんな子ども達の言葉を聞いて疲れたように嘆息する三代目。そもそも自分もナルトのことが気になって水晶球で覗いていた身である。余り強く反論は出来ず、心持ち項垂れて子ども達の名を呼んだ。
「イノ、シカマル、チョウジ・・・・
だからといって気配を隠して忍び込むような真似はよせと、何回言えば・・・」
あっさりとあしらわれたことに疲労を覚えつつも、何回か繰り返したお小言を口にする三代目。だがそんなことで大人しく聞くような三人ではない。
「あはははは~いいじゃないですか。いつもの事ですし~」
琥珀色の髪の少女・・山中イノが朗らかに言えば
「大体表からだと変化しなきゃならないじゃないっすか。めんどくせー。」
黒髪の少年・・奈良シカマルがぼそりと呟き、
「どうせ正規ルート通る時だってある程度隠遁しなきゃならないんですし。
だったら、こっちの方が早いじゃないですか。」
ふくよかな少年・・秋道チョウジが笑顔で続ける。
流石親子二代に渡って猪鹿蝶トリオの名を受け継ぐ幼馴染同士。一糸の乱れもなく反撃する。まるで打ち合わせでもしたかのように滑らかな協力攻撃。
口々に言われてこめかみを押さえる三代目。遠い目をしつつ昔を振り返る。
(ああ、昔はあんなに素直で可愛かったのにのぅ・・・)
現実逃避と記憶の美化が成されているが、子ども達は昔からこんなノリである。素直な幼子であったことなど殆どない。そしてそんな三代目の内心を看破して呆れる三人。目を見交わして軽く嘆息する。
と、そこにノックの音が響く。一瞬気配に気付かなかった三人が慌てるが、すぐに誰が来たのかを悟って満面の笑みで扉に向き直る。一人だけ気配に気付いていた火影も穏やかな笑みを浮かべて入室を許可した。
「入れ」
「-- はい、失礼します。アカデミー第二医務室勤務、碇レン。
今期アカデミー卒業生の身体データ及び総合調査書を届けに参りました。」
カチャリ、と静かに扉を開いて入ってきたのは白衣を纏った年若い女性。漆黒の髪を一つに結わいて飾り気の無いシャツとパンツを身につけた、十代後半位の少女--レンが火影に書類を渡す。火影が書類を確認している間、楽にするよう手で示され、子ども達に向かって微笑んだ。
「おお、すまんのうレン。目を通す間そちらで待っていてもらえるかな?」
「はい、では失礼して。
・・・こんにちは、イノ、シカマル、チョウジ。三日ぶりかな?」
レンに微笑みかけられ嬉しそうに駆け寄るイノとチョウジ。シカマルはゆったりと歩み寄るが、その顔は珍しく眉間のしわもなく口元に笑みを湛えている。
「レンさん!!お久しぶりです!!三日も会えなくてさびしかった!!」
「ったく、イノのヤツ。たった三日で大げさだな」
「あははは、夜の任務と卒業試験でちょっと時間なかったからね。」
大げさに訴えてレンに抱きつくイノを見ながら言うシカマルにチョウジが笑って答える。殊の外レンに懐いている幼馴染の少女が、過剰なほどにスキンシップを図るのは何時ものことである。それに優しい姉のように自分たちを見守ってくれるレンを好いているのはイノだけではない。流石に抱きつきはしないが団欒の輪に加わろうとシカマルとチョウジも口を開いた。
「うふふ、私もイノに会えて嬉しいよ。もちろんシカマルとチョウジもね。
三人とも、怪我とかしてないよね?」
懐いてくるイノを抱きしめ返しながら笑って訊ねるレンに、頬を紅潮させて答えるイノ。まるで飼い主にじゃれ付く子犬のようだ。
「勿論です!!どっちの任務も簡単なのばっかりですもん!!
怪我なんかしてレンさんに心配かけたりなんかしません!!」
「あー、まぁそんな難しいのもなかったですし。」
「うん、昼はアカデミーでの護衛っていっても、皆も一緒に居るからね。」
「そっか、よかった。皆まだ若いんだから、あんまり無理しようとしちゃ駄目だよ?
今から無理に体を酷使すると、成長しにくくなったりするからね。」
明るく答える子ども達に言いながら、少しだけ心配を滲ませる。この年で暗部に在籍するほどの実力を持つ三人を、子どもだからと侮るわけでもなく、幼いからと庇護しようとするでもなく、ただ当たり前のように一人の人間として心配してくれるレンが、三人にとってもとても大切な存在だった。両親や幼馴染や火影様とは別の位置から、そうっと静かに見守ってくれる彼女が居てくれるからこそ、今の自分たちがあるのだと思う。そんな彼女の穏やかな気遣いに頬を緩ませる三人。特にイノは更に力をこめてレンに抱きつく。レンの方も子ども達から懐かれるのが嬉しいらしく優しくイノの髪を梳いている。と、そこで疑問に思ったのか、レンが少しだけ不思議そうに口を開いた。
「ところで、三人とも火影様の執務室で何してるの?
気配は消してたけど、その様子なら任務の話ではないんでしょう?」
イノに抱きつかれたまま小首を傾げるレンに、ちょっと視線を見交わす三人。表裏の立場を両方知っているレンになら大抵の事は何を話しても問題ないが、今回は完全な私用である。内容が内容だけに正直に理由を口にするのも照れくさい。要は、三人ともナルトのことが気になって様子を見るために火影の水晶を覗きにきたのだ。だがレンならからかったり笑ったりはしないだろうと、おずおずと口を開いた。
「ええっとですね、ちょっと気になることがあって、
火影様の水晶を覗かせてもらいに来たんです。」
「あ~、ほら今日下忍班の担当上忍との顔合わせじゃないっすか。」
「僕達は午前中に終わったんですけど、他の皆はどうかな~と。」
代わる代わる説明して照れたように眼を泳がせる三人。レンは、そんな可愛らしい様子に頬を緩め、くすり、と笑う。
「そっか、三人とも優しいね。」
「、っ いえ、そんな」
「ぁ~~」
「はは、」
頬を赤くして俯く三人の頭を撫でる。そこで書類を確認していた火影が言葉を挟む。
「あぁ、レン。報告書は確かに受け取った。ご苦労じゃったな。」
「はい、ありがとうございます。」
「今日はもう上がってよいぞ。
この報告書と卒業試験の準備でここ一週間殆ど帰宅してないじゃろう?」
「え、いえですが・・・」
火影に向き直るために名残惜しそうなイノを放して姿勢を正すレン。残念そうにしつつも仕方なく離れるイノ達を横目で見つつ労う。生真面目に礼をするレンに、穏やかに笑う火影が退勤を許可する。それに喜色を表す三人の子ども達と、躊躇うレン。その躊躇いを遮って火影は続ける。
「構わん。
こちらの仕事の方も、卒業試験の準備に入る前に纏めて片付けてくれたじゃろう。
その分の余裕があるから明日明後日くらいは休め。お主は少し働きすぎじゃ。」
言いながら執務机の脇に置かれた鍵付きの書類箱を示す火影。そう、実はレンは火影の臨時秘書も兼任していて、執務の補佐から暗部の任務振り分けまで幅広い書類仕事を任されているのだ。年若い少女ながら、既に事務担当の忍達の中では随一の処理能力を誇るレンであるから、その火影の言葉は破格のものと言っていい。しかし事務仕事というものは幾ら先に先にと処理しても、新しい仕事が無限に増え続けるものである。レンもそれを知っているから、他の者達の負担を考えれば火影の申し出を素直に受け入れることを躊躇してしまう。普段なら何を言っても休暇を辞退しただろうが、今日は火影に味方する者が居た。
「良いじゃないですかレンさん!!
只でさえいつも忙しくってゆっくり休む暇も無かったんですし。」
「そっすよ、幾ら内勤だとはいってもあれ以上働くとそれこそ過労になっちまいますよ。」
「無理しすぎるのも駄目なんでしょう?いつもレンさんが言ってることですよ。」
「え、っと、でもね・・・」
勢い良く捲くし立てられて押され気味のレンにここぞとばかりに追撃する三人。顔を合わせるといっても、お互いの仕事の都合や予定のすれ違いが重なって、滅多にゆっくり過ごせないレンが、珍しく纏まった休暇をとる。こんなチャンスをみすみす逃す三人ではない。
「そりゃ、ナルトみたいに殆ど一緒に暮らしていればいいかも知れないですけど、
私達は余り時間も合わせられなくて滅多に一緒に居られないじゃないですか!!」
「これから下忍班の活動が始まったら、昼間顔を見ることも出来なくなりますし・・」
「一緒にお昼食べたりとかも難しくなっちゃいますもん。」
「・・う~ん、と・・・(一緒に暮らしてるっていうか、偶に薬を取りに来てそのまま泊まることがあるくらいで・・。皆の場合はご家族もいらっしゃるからあまり食事とかに誘うのも申し訳ないし・・・。ああ、お昼休みに一緒にお弁当食べられないのは確かに寂しいな・・・。)」
寂しげな顔で迫る子ども達に強く出られないレンは、内心の呟きを口に出す暇も無く陥落寸前である。そこで、最大の援護射撃が送られる。
「・・・・ナルトにも、裏の任務の休暇を与える。
今回の卒業でアカデミーの護衛任務も一区切りついたことだしの。
明日も表の下忍試験のみとする。無論他の影達も同様で構わん。
・・・・・・・そういうわけじゃ、ナルト。」
「・・へぇ、気前良いじゃん。
じっちゃんってば、なんか悪いモンでも食ったの?」
ふ、っと新しい気配が生まれたと同時、軽やかに舞い降りる鮮やかな橙の小柄な影がレンの横に並ぶ。今までレンの説得に夢中だったイノ達三人は元より、説得されてる最中だったレンも一瞬驚いて動きを止める。流石は老いても火影というべきか、完全に消していなかったとはいえ、現木の葉最強の実力を誇る”影”暗部総隊長であるナルトの気配に始めから気付いていた三代目はその憎まれ口に苦笑しつつ言葉を続けた。
「まあ、偶にはな。お主らにはいつも忙しく働いてもらってるしのう。
卒業祝いだとでも思ってゆっくり休め。」
「んじゃ、ありがたく。・・・・・で、レンも休むよな?勿論」
火影の言葉ににやりと笑って傍らの少女に殆ど断定する口調で問うナルト。そんなナルトに、レンが逆らえるわけがない。困ったように眉根を寄せて不敵に笑うナルトと、縋りつくように見詰めるイノ達と穏やかに笑って返事を待つ火影を見比べる。・・・・・此処まできたらどれだけ時間をかけたところで無駄な抵抗である。レンは諦めたように一つ息を吐いてから、姿勢を正して火影に頭を下げた。
「・・では、碇レン。ありがたく、休暇を頂戴いたします。」
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スレナル設定でお送りいたしております。
更に注記:このシリーズは、ナルト×碇レン傾向基本のお話です。
苦手な方はご覧にならぬよう、お願いいたします。
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ナルトは、目の前で痛みを堪えるような弱弱しい表情で微笑む少女を見ていた。
表情を動かさず一言も喋らずに、ただ静かに彼女の答えを聞いていた。
そして内心で呟いた第一声は、
(・・・・・ばかじゃないのか。こいつ。)
だった。
目の前の少女は、全部自分の勝手なエゴだと語った。だから、自分を気遣う必要はない、といって静かに笑った。反対に、そんな勝手な理由でナルトに関わろうとした己の事を本気で申し訳なく思っていて、それをナルトが怒って詰ることすらも既定の未来として黙って覚悟している事も見て取れた。彼女が本心からそう思っていることもナルトにはわかった。必然的に身についた洞察力が、レンの言葉を真実だと知らしめた。別にそれを怒ったわけではなかった。
(あんな風に本気で怯えていたくせに、そんな顔で笑うのか。)
男たちと対峙した時の彼女の恐怖は本物だった。ナルトを庇って真直ぐ立っていた彼女の姿は凛としてとても力強かったけど、一目で分かる相手との実力差に、危機感を感じて緊張して怯えていたのも本当だった。それを必死に隠していたのはナルトを安心させるためだろう。
(あんな事をして、無事に済んだことのほうが稀なことだと知ってるくせに。
オレをまだ気遣っている。)
暴行されていた子どもが、”うずまきナルト”であることを知った上で助けに入った彼女の言葉に、偽りは一つもなかった。
あの時冷静に男たちと対峙していたように見えた彼女が、内心でとても緊張して激昂していたことはすぐに分かった。だから、男達に向けてられた台詞が、殆ど反射的に口からでた強引な詭弁のような内容であっても、それが紛れもなく彼女の本心からの言葉だということも本能的に理解していた。
あの時彼女は笑って言った。ナルトが”九尾の器”ではなく、里人達の主張のように”九尾”そのものであったとしても、「だからどうした」と不敵に笑った。「目の前に傷ついた子どもが居るのに、それを助けることに理由など必要ない」と言って鮮やかに笑ってみせた。ナルトを憎む里人達に限らず、事実を知っている火影達ですら、時にナルトと九尾を混同するのに。彼女は強く笑って、その全てを一蹴したのだ。
(オレへの好悪の感情を別にして、皆が”九尾”をまず最初に意識するのに。
こいつはそれをしなかった。)
彼女も確かに九尾の器としてのナルトを知っていた。ナルトの問いに答えた時に過った翳りは、その境遇や九尾への感情からくるものかも知れなかったが、彼女の行動の理由はそれとは確かに違うのだ。火影が自分に向ける想いととても似ていて決定的に違う想いは、心の深くをやさしく触れてあたためる。
(だってそれは、もしもオレが”器”ではない只の子どもでも、
同じように助けようとしてたって事じゃないのか。)
(じっちゃん達だって、里の奴らの迫害を悲しんでも心の何処かで容認するのに。
それをはっきりと否定した。)
(オレが”九尾の器”であるなら、向けられるのも仕方がない、
と諦める彼らの憎悪をこいつは本気で否定した。
オレが全部を受け入れる必要なんかない、
オレが傷つけられて耐えなきゃならない理由なんかない、と。
・・・じっちゃん達も言ってくれなかった言葉を、初めて会ったこいつが言うのか。)
(じっちゃん達に悪気がない事なんか分かってる。
・・けど、結局はオレが、”うずまきナルト”である前に、”九尾の器”であるっていう
前提が付いてしまうだけのことだ。)
ナルトにとって、里人達の憎悪も嫌悪も空気よりも当たり前に存在するのが日常で、自分をそれ以外の感情をもって見てくれる存在は本当に少数だった。己が実の父親に九尾封印のための器にされた事は知っていた。三代目が崩壊寸前の里を精神的に安定させる依り代として、己の出自を隠した上で里人達にその存在を知らしめたことも既に理解出来ている。それらは本来ナルト自身には隠されている筈の事実だったが、赤子のナルトにすら容赦なく迫害を加える者達が溢した言葉を繋げれば呆気ない程簡単に推理できる事柄だった。封印を成した四代目火影が己の父であることも、自分との相似を発見してしまえば簡単に気付けてしまう程度の事だった。幼いからと侮って居た為かあからさまにぶつけられる事実の欠片は、幸か不幸か早熟で頭の回転が速かったナルトにとって、目の前に解答を広げられている状態と変わらなかった。
最初は怒った。次に父と火影を恨んで、最後には静かに諦めた。己の境遇に対する感情を抜きにして考えるなら、確かに里を生かすための方法は他になく。それを選ばなかったなら自分もその時死んでいたことにも気付いてしまったからだった。同時に、納得できるかは別として、彼らが火影である以上その選択を責める権利は誰にも無いと考えた。
(オレは、生きていたい、と思ってる。
ならばオレにも、里を生かした”火影”の事を、恨む権利なんかないんだろう。)
けれど、里人達が己に向ける執拗な憎悪と、その感情を鎮める為の暴行は、とてもではないが受け入れかねるものだった。むしろ、ナルトははっきりと里人達を嫌悪していた。その言動の勝手さに激しい怒りを持っていた。里人達が住む里を護るために力を尽くす木の葉の忍も同様に、嫌悪と怒りの対象だった。
覚えている限りでも、一部を除いた者達は幼いナルトを様々な方法で迫害してきた。それこそ赤子の時分から今に至るまで。火影がせめて、とつけた監視役の護衛がぎりぎりで助けに入らなかったら当の昔に嬲り殺されていただろう程に激しい暴行を加えられてきた。本来ならナルトを護る筈の護衛すら、本当に死ぬか死なないかの瀬戸際まで傍観している事すらあったのだ。不幸中の幸いか、四代目が、せめてと施した改良された封印術によって、封じられた九尾のチャクラがナルト自身の力に還元されるようにされていた。そのお蔭かナルトは驚異的な回復能力を持っていた。その能力のお蔭で、幼く無力な幼児であっても何とか生きてこれたと言っても良かった。しかし、その回復能力を目にした者達は、ナルトが簡単に死ぬ事がないと知るや、さらに容赦なく攻撃を加えてきたのだ。そんな生活を生まれたときから強要されて、何一つ恨むなというほうが無理である。
三代目や一部の人間達が向けてくれる好意や優しさに感謝はしていた。周りの者達に引きずられる事なく慈しんでくれた彼らを、確かにナルトも好ましいとは思っていたが、それだけで他の全てを許して受け入れる事などできる筈もない。同時に、彼らが抱く罪悪感と後悔の念はナルトの心をささくれさせて、同情と哀れみはナルトにとってひどく持て余すものだった。彼らを今更恨む事は無くとも、それらの思いはナルトの環境を否応なしに意識させるものでしかなく。ナルトの境遇を見て耐えかねるように与えられる謝罪と感謝は、ただ互いの溝を深めるだけのものだった。だから、ナルトは彼らに対する恩と好意を感じても、それが深い情愛に育つ事はなく、尚更里への想いが薄れる要因となっていた。
(皆には確かに感謝している。
オレが多少なりともまともに生きていられるのは皆の庇護があるからだ。)
(けど、どうしても、皆の期待に応えるために忍になるのは嫌なんだ。)
(じっちゃん達が言うように、立派な忍の条件が、
苦境を”忍び耐える”ことの出来る強い精神であるというなら。
・・・オレは忍になんかなってやらない。なりたくないんだ。絶対に。)
ナルトは、三代目が己を慈しむ感情と火影としての立場から物事を判ずる理性との鬩ぎ合いの結果、里人達の憎悪と迫害を悲しみつつも仕方がないこととして黙認している事に気が付いている。そして里を護る忍としての立場から、ナルトにもその考えを肯定して欲しいと思っていることも知っていた。ナルトに好意を向けてくれる人達も、ナルトへの暴行が如何に非道なものかを理解しながら、”里の安寧”のために払われる代償の一環と考えている節があることにも気付いてしまった。別に三代目達が特別非情なわけではない。里を護る事を第一に考える忍びとしての判断が、そういう答えを出してしまうだけの事。
(オレはそれにどうしても同意は出来ない。
オレに対する里人達の感情を変えようなんて思わない。
それは本当に如何でもいいんだ。
けど、じっちゃん達の言うように、”立派な忍”になって
木の葉を護りたいとも思えないんだ。
・・・だって、皆の希望は、おれが”うずまきナルト”だからのものじゃない。
その期待は皆、”九尾の器”で"四代目火影の子ども”に対するものだろう。
それに、たった一つくらい、オレにも自由に選ぶ権利があってもいいだろう。
生死の自由すら里の為に縛られなきゃないらないのなら、
それ位、望んでもいいだろう?)
どんな理由であっても一度顕現してしまった強大な力は、存在するだけで周囲に影響を及ぼす力となるのだ。特に天災とすら称されるほど強大な力を有する九尾なら、里の武力の一つとしてだけでなく、火の国に住まう人外の存在に対してすら確実な牽制として利用できる。古来から世界のあらゆる闇と関わりを持つ忍の里の人間が、それを考え付かないはずもない。ならば尚更”九尾の器”の生存は、里にとっては必要な装備の一環として使われる。・・たとえ、”ナルト”が死んだ後でも、その体を死んでない状態で保存する方法くらい幾つもあるのだ。そうやって、ナルト本人の生死にすら関係なく、ただの防衛の為の道具として、利用されてしまうだろう。
(だからオレを生かしているんだって事くらいもう知ってる。
けど、そこまでオレの自由を里の為に縛られなきゃならないのなら。
オレの意思に関係なく、命の選択権すらないのなら。
・・せめてその位の我侭を通してやろうと思っていたのに。)
目の前の少女は、己の身を省みず、本気でナルトを護ろうとした。高々下忍の小娘が、上忍達に歯向かってまで、ナルトを庇って立ったのだ。自分も傷を負ったのに、最初にナルトを気遣った。"九尾の器”としての価値など考えもせず、ただの子どもにたいする様に当たり前の優しさを向けて笑ってみせた。それが、どれほどナルトにとって得がたいものかに気付くことなく、黙って耐えたナルトの思いを踏みにじったと考えて、彼女は儚く笑うのだ。
(オレが黙って暴行を受け入れる事を決めたのは生きるための代償だ。
忍にならないという我侭を通すなら、せめて今まで通りに里の安寧の
代償として、憎悪のはけ口くらいは務めて見せようと思ってた。
忍にならないという我侭を通す積りなら、身を護る術も持つ事は出来ないままだから、
憎悪のはけ口になる位しか生きる術はないと、思っていたのに。)
レンの言葉に揺れた心を隠すように表情を凍らせて、黙ったまま目を伏せた。その自分の雰囲気に彼女が身を硬くする。その仕草が、ナルトの怒りを覚悟しての怯えである事も正確に理解して、なんだかとても気が抜けてしまったナルトは、こみ上げる笑いを堪えて柔らかな声で正直な感想を口にした。
「・・・・・ばっかじゃねーの?」
(自己満足だといいながら、結局は、
ただ目の前で傷つけられていた存在を、見捨てたくなかっただけだろう)
(おまえ自身が否定したその衝動を、”優しさ”というんじゃないのか)
(なのに、そんな風に遠回りの理屈をつけて、自分を卑下して傷つくなんて、)
「ほんっとうに、ばかだな。・・・アンタも、・・・・オレも。」
目を伏せて地面を見ながらそこまで言って、勢い良く顔を上げれば、目の前には呆然とした少女の顔が。予想外の反応にどう返していいかわからない、と顔に書いた状態で、ナルトのことを真直ぐ見ている。ナルトの怒りに怯えたくせに、目を逸らすことなくこちらを見ている。それを見て、さらにこみ上げる笑いの衝動を堪えることなく、ナルトは楽しげに笑って見せた。
「・・なぁ、あんたの名前は”碇レン”でいいんだよな?」
「・・・ぇ、と、あ、うん!改めて、碇レンといいます。
一応今は下忍の任務と、医療の基礎を勉強しています。」
笑い出したナルトに戸惑っていたレンは、唐突なナルトの言葉に慌てて答える。言葉と共にぎこちない笑みをうかべたレンの混乱を面白そうに見やりながら、ナルトは明るく話を進める。散々こちらを精神的に振り回した意趣返し、とばかりにわざとらしく会話を続けた。
「なら、レンって呼んでいい?オレの事もナルトで良いから。
それと、オレの手当てよりもレンの方が先じゃねぇ?
その腕、痕が残ったら嫌だろう?女なんだから。」
「え、あ、うん?ぇぇと、でも・・・」
「ほらほら、早く行こうぜ!この近くに泉があんだよ。
そこで手当てすればいいだろ。こっちこっち」
いいながら手を引いて歩き出すナルトを追いかけながら、レンはやっと安心したように微笑んだ。その笑顔に、ナルトも笑みを更に深めて二人で楽しげに並んで歩く。そして、近くの泉でお互いの怪我を手当てしあった。思ったよりも深かったレンの傷にナルトが眉を顰めたり、九尾の回復力を目の当たりにしたレンが、もう痛みは無いのかとか、回復力の副作用で体力を奪われたりしないのかとか過剰に心配してみせて、ナルトを再び呆れさせたり。手当てが終わった後も何と無く別れ難くて、二人で日暮れまで他愛のない会話をしたり。
いつもと同じように外にでて、いつもと同じように里人達の暴行をうけて、いつもと同じようにただ黙って心身の痛みをやり過ごす。そんないつも通りの春の日が、ほんの少しの偶然でナルトにとっての”特別”な日になった。初対面の子どもをなりふり構わず必死に助けるほどお人よしで、そんな自分をエゴイストだと卑下して、こんな子どもの怒りを本気で恐れて見せるのに、決して相手からは目を逸らさずに真直ぐ見詰める変わった少女と友達になった。優秀で下忍としては強いけど、向こう見ずで弱気で怖いもの知らずな変わった少女。”いわくつき”の里の忌み子を、ただの子どものように扱って、何気ない言葉一つで相手を優しく癒せるようなあたたかな少女と、ナルトはこの日友人になった。
だからこの日ナルトは決めた。
確かに自分は九尾の器で、里人達の憎悪の対象。
木の葉の里を精神的に安定させるための生贄だけど、自分は自分として生きる事。
今でも里人達への嫌悪と怒りは持ったまま、木の葉の忍に価値は見出せないけれど。
初めて友人となった彼女が体を張って護る程の価値が”ナルト”にあるなら、己が身を護るために必要なくらいの力は持ってみようか、と思った。
他者の悪意や害意を恐れるくせに、傷つけられた子ども助けるために武器を構えた男達に向かって見せた少女が住むこの里を、護る力を持ってみるのも悪くないか、と思った。
少し変わった力と多少優れた才があっても、未だ下忍の域を出ていない程度の実力で、無謀にも上忍に向かってしまうような彼女に護られる立場に居るしかない理由が、己の弱さであるのなら、誰よりも強くなろうと思った。
日暮れが訪れる頃には綺麗に消えた己の傷を見て嬉しそうに笑った彼女が、その腕に巻いた包帯の白さに、ほんの少し眉を顰めて。彼女が傷つくことなく笑っていてくれるなら、それだけでも自分の決意の意味はある、とナルトは思った。
この里で自分が力を着けることの意味を知っている。
その全てを踏まえた上で、彼女を守る事が出来る資格が欲しかった。
決して”木の葉流”の忍にはなれないけれど、
それでも此処で忍としての力を望んでみようかと思う。
それが、切欠。
++
そして今、掲げて見せた額宛は、あの日の決意の証でもあった。
あの日の夜、執務を終えて帰った火影に、それまでは頑なに拒否していた修行を頼んだ。火影はとても驚いて理由を聞いてきたけれど、頑なに黙る自分に結局折れて秘密裏にその準備をしてくれた。そして周りを驚愕させるほどに順調に実力を手にして、僅か二年で暗部になれたのは自分でも驚いたけど、同時にとても嬉しくて彼女に報告に行ったことを思い出す。何故か酷く疲れたように庭を眺めていた彼女は、自分の姿と報告に、初めて会った日の様にあたたかく笑って祝ってくれたのだ。里人達に不要な懸念を抱かせないように、表ではナルトの実力を隠さなければならなくてアカデミーに通わされている事も話して、レンが養護教諭として配属される事を教えられて現金に喜んだのは今思い出しても子どもっぽい反応だったろうか。里人達に危険視されない程度のスピードで成長しているよう見せなければいけないことは面倒だったが、それでも価値はあったかなと思う。
アカデミーでは新しく友人や信頼できる教師に出会ってさらにナルトの世界は広がった。
あの日決めた決意は揺らがないまま、新しい決意も幾つか出来た。
実力を隠して己の安全性をアピールするための演技をしなければならないから、掛け値のない本音は晒せない。けれど下忍としての仲間達に告げた言葉の半分は本心だった。
いつか本当に全ての火影を超える位に強くなって、
大切な人たちを護ることが今のナルトの目標だった。
里全てを想えなくても、大切な友人達が住む場所が平和で穏やかな
世界であるように、もっともっと強くなる事が今のナルトの夢だった。
本当に、昔は決して考えもしなかった今の自分が掲げる未来の形が、
何よりも誇らしかった。
だから笑った。
太陽すらも霞むほどに眩く強く輝かしい光を纏って。
誰にも内緒で決めた決意を、胸の中で繰り返し呟いて。
近くで見詰める三対の瞳も、
遠くから水晶で覗いている幾対かの瞳も、
残らず強く惹き付けて。
これからの自分も変わらず誇らしく在れるよう、誰より強くあるために。
真直ぐと全てを見詰めて、世界の全てすらも己のものとする様に。
気高く強く、眩く 笑った。
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一方その頃、ナルトを抱えた少女は今更のように冷や汗をかきながら必死に走っていた。
ナルトを助ける事には後悔はなかったが、一度激昂すると見境なく突っ走る己の行動の無謀さに少々どころでなく落ち込んでいるのだ。あそこで下手をうっていたら自分はともかくナルトがさらに酷く傷つけられていたかもしれない。彼らの攻撃が自分に向けられた結果何があったとしてもそれは自業自得だが、仮にも助けに入ってナルトが更に傷つくなどと本末転倒もいいところである。
ああやって正当性を掲げて理不尽に暴力を振るう輩の行動パターンは身をもって知っている。黙って耐えていれば笠にかかって残虐さをいや増すくせに、耐えかねて反撃すればこちらの非だけを取り上げて己の正義を押し付ける。どちらをとっても悪いのは標的となった存在で、どれ程傷つけられたとしても加害者はこちらのほうとされるのだ。その者を助けたりした者も同様に、罰せられる対象となる。そんな事はわかっていたが、目の前で嬲られている小さな子どもを見捨てる事は、どうしてもしたくなかった。
(・・・かといって殆ど反射的に乱入したのは、
・・・少しどころでなく拙かったよね。やっぱり。)
小さな子どもに暴力を振るう男達の姿を見た瞬間に我をわすれて乱入してしまったが、ともすれば一瞬で混じっていた上忍達に返り討ちにされたかもしれないのだ。無事だったのは一重に自分が子どもであったため彼らが油断したからだろう。正攻法での突破は無理だと判断し、一か八かの強攻策にでたがどうやら成功したようだ。念のため気配を探ってみるが男達は追ってこない。完全に意図したとおりにいっているなら、今日の事も忘れて取りあえず報復や逆恨みされる危険もないはずだ。
(・・・ないよ、ね。多分。うん、ちゃんと成功したはず!!大丈夫、大丈夫!!)
熱を持って疼く両手を意識しつつも強引な自己暗示で己の気分を浮上させる。でないと何処までも自己嫌悪でしずんでいきそうだ。取りあえずの精神安定に成功してから、改めて抱えている子どもに目を落とす。どうやら展開の速さに再び混乱して固まっているらしい。無防備に晒されたこどもの表情は可愛らしかったが、相手はけが人である。何時までもこんな乱暴な扱いをしていて良いわけがない。怪我の手当てをするべきだったが、ならば自宅に連れて行ってもいいだろうか、と考えていると、そこで色々な思考の渦から抜け出したらしい子どもが猛然と暴れだして足を止めざるをえなくなった。
+
ナルトは、本気で混乱していた。なんだろう今の状態は。今日はいつもと変わらない普通の日だったはずだ。安全の為といっても監禁に近い生活をしなければならない火影邸より、多少(どころではないが)危険でも外にでて散歩くらいはしたい、と思って里人が殆ど近づく事の無い森に行くために外出した。そこで運悪く(未だにうまく気配を消しきれないため殆ど毎回だが)性質の悪い男たちに見つかり暴行うけた。下手に反撃すれば彼らの暴力が激しくなるし、こっちが反対に暴行罪で掴まることもあるから大人しく耐えて彼らがあきるのを待っていた。そう、いつもならそんな自分を冷笑や嘲笑を浮かべて見下ろす野次馬が通りかかる事があっても、暴行を止める人間など居なかった、のに。
(なんだ、なんなんだ?なんでオレは初対面の女に抱えられて走ってんだ?
・・・て、ぅぇぇぇ!!?)
改めて自分が少女の腕に抱かれている現状を認識して恥ずかしさと混乱で手足をばたつかせる。・・が、ナルトよりも年かさといっても十歳やそこらの少女の細腕のなかで、幼いといっても物心付く程度の成長はしている幼児が暴れたりして、安定を保てるわけが無い。ということは、
「って、ちょっ、まって!!
降りたいなら降ろすから、少し落ち着いて!!~~~っうきゃぁ!!」
「~~~~~~っ!うわっ!!」
こうなるに決まっている。
暴れるナルトを地面に落とすわけにもいかず、かといってバランスを保ちきれるわけもなく、二人で重なるように仰向けに引っ繰り返ったのだ。ナルトの怪我に響かないようになるべく衝撃を殺して小さな体を抱えたまま倒れる事は出来たが、自分の傷まで気を回しきれなかったらしい少女が、無言で痛みを堪えている。その様子をみて、些か慌てたらしいナルトがおろおろしながら顔を覗きこんだ。
その必死な様子をみた少女は、半ば無理やり痛みを思考の外に追いやってナルトに向き直って笑ってみせた。実際、この程度の痛みなら"昔”も今も不本意ながら日常茶飯事である。神経や骨まで傷ついているほどではないのだ。それより、目の前の子どもの方が如何見ても重傷なのだから、と考えて笑顔のまま口を開いた。
「ごめんね、少し乱暴にしちゃったけど具合はどうかな?痛いのは-- ぇぇと、全身だろうけど何処が一番痛いとかある?取りあえず手当てしようと思ってたんだけど、私の家でもいいかな?それともナルト君のお家に行ったほうがいい?そうするにしても、取りあえず応急処置くらいは済ませたいんだけど、いいかな?」
そこまで一気に捲くし立てた少女は、ナルトが表情を変えたことに気付いた。今まで慌てていた事もあって年相応の少年らしい様子だったのが、酷く緊張したように険を含んだ硬い表情でこちらを睨みつけている。
「・・・あんた、オレが”うずまきナルト”だって知ってるんだよね。」
「え、あ、うん。あぁ、そっか。私は碇レンっていって、ええと一応今は下忍の-- 「そんなこと後でいい」-- えっと、そう?・・・・あ、ごめんね。うずまき君ってよぶべきだったか-- 「そうじゃなくてっ!!」 ぅぁっ、はい!」
警戒も露わにこちらを睨むナルトの様子に、どうしようか、と呑気に考えながら取りあえず自己紹介をしてみた少女--レンは、言葉を途中で遮られて姿勢を正す。名前を知っているからと気軽に呼んでしまったが、初対面の人間に馴れ馴れしくされて気分を害したのかと謝ってみても、そちらも外れていたらしい。一方向に思考を固定すると他の事に気を回せなくなる自分の悪癖を自覚だけはしていたレンは、また何か失敗したのかとびくびくしながらナルトの言葉をまった。だが、そんなレンを鋭く観察していたナルトは、彼女の言葉にも行動にも何の作意も無いことを察したらしく (って、いうかこいつ天然か?) ひどく脱力した様子で口を開いた。
「---そうじゃ、なくて。 ・・・・なんで、オレを助けたりしたんだよ。
オレがナルトだって知ってるんなら、そんなことしてどうなるかも知ってる筈だろ。」
力なく溢されたナルトの言葉に、レンは目を瞬いた。今のナルトの言葉は遠回りであっても、レンを心配するような響きを含んでいて、それが意外だと感じてしまったためだ。別段ナルトが薄情な人間だと思っていたわけではない。ただ、彼が幾ら状況的に助けられた相手とはいえ、初対面の人間に僅かであってもそういった気遣いをしてみせたことがレンにとっては想定外の反応だったというだけだ。それは、彼の境遇を鑑みれば当然持つべき、見知らぬ人間に対しての疑念や警戒を後回しにしてまで、レンの身を気遣ってくれたということだからだ。そのナルトの優しさは、自分には決して出来ない彼の強さの証でもあった。
「ありがとう、ナルト君。優しいんだね。」
けれど、それがとても嬉しかったから思わず満面の笑みでお礼を言った。殆ど反射的な行動で深く考えないまま言ってしまってから、これじゃ質問の答えになっていない事に気づいて少し慌てる。ナルトの方も、脈略のない返事を返され唖然とした顔でこちらを見返す。次の瞬間にはたちまち顔を赤くして勢い良く食って掛かってきた。狼狽えている所為か、少し支離滅裂な言葉になっているナルトに謝りながら、改めて己の思考を整理して返答の言葉を探した。
そもそもナルトが初対面の人間に気を許せる環境で生きていたわけではない事は今日の一件で理解した。今まで直接関われる環境にはお互いが居なかったため、彼についての里人達の憎悪の欠片を見聞きすることはあっても、それが具体的にどういったものなのかは理解していなかった。それがどれ程愚かなことだったのか、あの場面を目撃して衝撃とともに思い知った。最初にあの場を通りかかった時に、小さな子どもを寄って集って嬲り者にする男たちの行動に怒りを抱いたのは事実だったが、あそこまで激昂したのはその子どもがナルトであると気付いたからだ。「里人の憎悪の対象として生かされた九尾の器」であるナルトの現状を、実際に目で見て初めて衝撃をうけたと言う事実そのものが蒙昧さの証のようで、己に対する怒りと侮蔑も相まって一瞬で限界まで頭に血が昇ってしまったのだ。
(・・・私だって、彼の犠牲を知っていて何も知らずに平和に生きた。他の里人を責める資格など無い癖に。)
九尾の襲来で、家族や友人を喪った人は多い。
むしろ、誰一人近しい人をなくさなかった人間を数える方が早いくらいだ。
自分もあの夜、母親と、生まれるはずだった弟妹を亡くした。複雑な感情を抱いてはいたが、それでも家族として生きていた人が欠けた家に感じる寂しさも、喪われた人にはもう二度と会うことが出来ない現実も、悲しみと痛みを伴って心を傷つける棘のようだった。ならば、本当に愛し合っていた家族や友人を亡くした人達にとって、その喪失はどれ程深い傷なのかと思う。その痛みを誤魔化すために、悲しみを憎悪に変えてしまった里人達の情動が理解できないわけではなかった。”過去”の記憶の中で、あの破滅への計画を実行した”父”と、世界全ての滅亡を承知の上で傲慢な計画を創り上げた”母”を。大切だと思えた全てを奪った計画と、それに関わる全てのものを。確かに自分も憎んでいるから。その感情の変遷に対しては、反発よりも共感する思いの方が大きく思考を占めていた。・・・それでも。
「おいっ!! 聞けってば!」
どう返事をしようか考えている内に思考に嵌って黙り込んでしまったレンは、訝るように再び声をかけたナルトに気付いて我にかえった。事ある毎に内に篭って何処までも後ろ向きに思考を展開させるのは、”過去”から言われ続ける己の悪い癖だった。何一つ己を省みないよりはマシかもしれないが、問題点を取り上げるだけで解決に至っていない以上は只の逃避行動と大して変わらないだろう。成長のない自身の情けなさに内心で嘆息しながら、今の状況を思い出してきちんとナルトに向き直る。
「ええと、ごめんなさい。理由、だったよね。えっと、
・・・ナルト君が、あんな風に傷つけられているのを見ているのが、嫌だったから。」
会話の途中で思考に没頭してしまった非を詫びてから、改めて言葉を探す。けれど結局見つけた答えは、何処までも自分本位な勝手な理由で、一瞬だけ言葉に詰まった。そんな己を嘲りながらナルトの問いへの答えを返す。ナルトは、その様子を感情の窺えない深い視線で黙って見ていた。
「自分が、それを見たくないから、その為に助けたの。」
(九尾を憎む皆の気持ちが理解出来ないわけじゃない。
けど、それはナルト君を傷つけていい理由にもならないでしょう。)
(だって、この子はただの器で。九尾を止めるために、最大の犠牲となった里の恩人。
ナルト君が居なければ、この里はあの夜壊滅していて、皆死んでいたはずでしょう。)
(ナルト君の存在に、九尾を思い出して感情に歯止めがかけられない理屈はわかる。
わかってしまう。未だに父上にも母上にも、”父さん”と”母さん”を重ねてしまう私が
責めていいことじゃない。)
大切な人達を失った原因が全て”両親”にあるとは思っていない。確かにあの計画の最中に大切だったものを皆なくした。けれど、大切な少女を助けられずに死なせたのは自分の弱さで、彼女の同胞から逃げて傷つけたのは自分の愚かさで、大切な友人を殺してしまったのは自分の卑劣な幼稚さだった。あの時の戦いを、全て辛いだけのものにしたのは自分の所為であったけど、だからといって全てを画策した”両親”に対する怒りと憎しみが薄れる理由になりはしないのだ。その想いが消えない以上は、この世界に存在する”両親”の平行存在である両親に抱いてしまう複雑な感情も消える事はない。それがどれ程勝手な言い分かも理解だけはしていたが、未だに改善する事が出来ていない未熟さだった。そんな自分が、九尾に対する怒りと憎しみを抱き続ける里人達にいえる事などある筈も無い。
(だけど、この子に全ての矛先を向けてしまうのは間違いだと、思うから。
あんな風に憎しみと怒りの捌け口に、無抵抗のナルト君を嬲り者にすることが
正しいなんて、どうしても思えないから。)
(この子の中に九尾が居るのは本当だけど。
だからってこの子を傷つけても、それは九尾に届くものじゃない。
ならば、それはただの八つ当たりと如何違うのか、私にはわからない。
もしも、ナルト君に対する攻撃が、九尾にも届いてしまうものだとしても、
ナルト君が巻き添えにされていい事でもない。)
(自分を棚上げしていると言われても、やっぱりそれは違うでしょう。
・・違う、と思う。だから )
「だから、止めたの。
ナルト君が傷つけられて良い理由なんて無い。
あんな風に暴力を振るわれて、黙って受け入れなければならない理由なんて無い。
・・・あんな風に、ただ耐えているナルト君の姿を見るのが、嫌だったから。
・・全部、私が勝手にそう思ってしたことだから、
ナルト君が気にする必要はないんだよ。」
そっと、吐息のように幽かな声で答えたレンは、澄んだ青を真直ぐ見詰めて淡く笑った。彼女は自嘲の笑いの積りだったが、傍から見ればそれは消えてしまいそうなほど、酷く儚い笑みだった。最後まで身じろぐことなく少女の言葉を聞いたナルトは、そこで静かに目を伏せた。同時にナルトが纏う空気が変わる。ひどく重くて、冷たく鋭い雰囲気は、まるで永久凍土の氷のようだ。レンは、それをナルトの怒りゆえの拒絶と信じて、心の中で嘆息しつつ呟いた。
(ああ、やっぱり怒らせちゃったよね。
・・・手当てくらいは先に終わらせてから話せばよかったかな。)
こんな利己的な理由で助けられたなど、ナルトにとってもいい迷惑だろう。確かに今日の危機は脱したが、それとこれとはべつの事。だから、ナルトの怒りも当然のものとして受け入れて、罵倒の言葉と軽侮の視線を覚悟する。けれど、聞こえた台詞はそのどちらにも当てはまらない、とても柔らかな声で綴られたものだった。
「・・・・ばっかじゃねーの?」
++
「火影を越す! ンでもって 里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ!!」
少年は、新しく仲間になった者たちの前で、誇らしげに言い切った。
アカデミーを卒業し、大好きな教師が己を認めてくれた証である額宛を強く掲げて、未来への決意を語った。
普段の悪戯ばかりする幼さを取り払い、強く輝く瞳の青さはまるで澄んで深い海のよう。
里人達が憎悪を込めて忌々しげに見やる金色が、畏敬の念すら覚えさせるほどに神々しく光を弾く。
その瞬間、無関心に眺めやる教師も、嫌悪も露わに見ていた少女も、露骨に見下していた少年も、確かに心を惹き付けられた。
少年の言葉と表情には、とても強い決意と、深い思いと、壮絶な覚悟が込められていた。
裏側に隠された少年の真意を知ることがなくても、目を離すことが叶わぬくらいに真直ぐに心を貫く力を持っていた。
そして彼らの視線を一身に集める少年は、内心で今の自分の姿に笑った。
幼い頃は嫌悪すらしていた忍としての生き方を、建前混じりであっても誇らしく語る今の自分の変化に笑った。
忍になることを自らの意思で決意した、その瞬間を想って笑った。
++
大陸最強と謳われた木の葉の里が、崩壊寸前まで追い詰められた惨劇の夜から数年たった、とても暖かな春の日のこと。うららかな陽射しが眠気を誘うのどかな昼下がり。
里の外れの森との境で、全身を泥と血で汚した幼子が殺気を纏う男達に囲まれながら、呆然と立ち尽くしていた。
幼子が見上げる先には一人の少女が立っている。
年のころは10歳位。年齢的な平均よりは身長が高く反比例して華奢な体つきの少女が、傷ついた幼子を背後に庇ってたっていた。傍から見れば大の大人が殺気だち、年端もいかない幼子と華奢な少女を取り囲む異常な光景。・・・だが、それは幼子を庇う少女の姿以外なら、この里では当たり前の光景だった。
子どもの名前はうずまきナルト。 里を救うために差し出された九尾の器。
彼に対する里人達の暴行は、すでに日常の一環として行われるものとなっていた。
その日も、いつも通りに町を歩くナルトに絡んだ数人が、いつも通りに憎悪を込めて嬲っていたところだったのだ。ナルトにとっても、それらは最早日常生活の一環とすら言えるほどに当たり前の出来事だった。里人達の暴行は執拗で容赦がなかったが、里最高権力者の火影の命令で命だけは保障されていた。逃げようとしたり反撃したりすれば倍になって返されるだけだから、無駄な事はせずただ嵐が過ぎるのを待つように耐えていた。そこまでは、いつもと同じ展開だったのだ。・・なのに。
少女は片手に深い裂傷を負っていた。暴行を加える一人が振りかぶった鉄棒を弾いた時に出来た傷だった。どちらにとっても予想外の乱入者の姿にしばし時が止まる。男達は戸惑ったように武器を引き、庇われた幼子は呆然と少女の腕に視線を落とす。誰もが混乱しているなかで、少女だけが冷静に己の立ち位置を明確にするために身じろいだ。その拍子に滴った赤を見て、ナルトは呆然と彼女を眺めていた瞳に焦燥を走らせる。日常的な暴行で血の色を見慣れていたはずの彼が、初めて血を見たときのように恐怖すら覚えて無意識に少女に近づく。それに気付いた少女は、その時初めてナルトのことを振り返り、安心させるように微笑んだ。その表情にも仕草にも不自然な箇所はなかったが、だからこそ再び前を向いた彼女の腕から目が離せなかった。
少女が苦痛を感じない筈はなかった。流れ出る血量は辺りの地面を染めるほど。ぱっくりと開いた傷口に視界が赤く歪んで眩暈がする。知らずに服を掴んだ手のひらに重ねられた温もりに安堵して、同時に彼女の震えを感知する。
考えるまでも無く当然だろう。少女は己よりも年嵩ではあったが、多く見繕っても精々十才前後にしか見えない。どれ程優秀な者でもその年齢なら良くて中忍、普通ならアカデミー生、もしくは下忍というところだ。比べ、彼らを囲む男たちは成人した男性で、しかも中忍や上忍らしき者も数人交じっている。唯でさえ一対多数の状況で、忍は一般人に対する攻撃に関して厳しい規制がある。例え正当防衛だったとしても事実確認は厳密に行われ、その間は資格の凍結や謹慎処分を受ける事もありえる程の重罪である。それを逆手に取られれば不利なのは明白。それで無くとも中忍や上忍を敵に回して無事に切り抜ける事は難しい上に、忍同士の私闘も同様に厳しく罰せられる。例外は犯罪者を現行犯で捕える為など、正当性が認められる場合だが、この状況で彼女と向う側とどちらの証言が受け入れられるかなど簡単に推測できる。加えて理由が自分を庇っての行為となったら、情状酌量の余地も無く厳しく罰せられることなどわかりきっている。
この里では、それが ”当たり前”のことだった 。彼女の年齢でも、それを知らないはずはないのに。・・・・それとも、庇った子どもの正体に気付いていないのか。だとしても、上忍や中忍の行為に高々十歳程度の小娘が逆らうなどと愚かしいにも程がある。無謀な少女の行動に対する呆れと同時に、他人から無条件に向けられた気遣いを、嬉しい、と感じてしまう。一方で自分が誰か気付けば手のひらを返すのだろうと酷く醒めた思考が浮かんぶ。
そのナルトの葛藤を後押しするように、暴行に加わっていた男の一人が少女に向かって口をひらいた。
「おい嬢ちゃん。邪魔をするなよ。
俺たちは、ただ仇を討っているだけさ。
あんたも知ってるはずだろう?そいつは俺達から家族を奪いやがったバケギツ--- っ」
「おい!!それ以上口にしたら掟に触れるぞ!!」
荒んだ口調で言いかけた男の言葉を仲間の一人がとめる。しかし其処まで口にして、ナルトが九尾の器であることを理解できない者等、それこそ生まれたての赤子位だ。緘口令は敷かれていたが、九尾封印の器と成った子どもの存在は公然の秘密として里人全てに知られた事実。後数年後なら知らない世代もいるだろうが、未だあの惨劇から数年の今、知らない者等零に等しい。
彼女も、当然気付いただろう。なら彼女も私刑に加わるか。それとも手を振り払って冷たい視線で見下ろすか。 其処まで考えてナルトは哂った。何を今更。
ナルトにとって、世界には二種類の存在しか居なかった。すなわち、自分に危害を加えるか、加えないかの違いだけ。そして危害を加えない人間は本当に僅かで、それもただ直接攻撃を加えてこないというだけの存在としてしか認識してはいなかった。それも当然。 ”危害を加えてこない”側に属している者達の殆ども、 直接害意を向けてこない、と言うだけでナルトの存在を認めないと言う意味では大して変わらず、ナルトに負の感情以外を向ける人間など極少数しか居ない。 好意を向ける存在など本当に数人だけで、三代目火影とその側近、或いは四代目の友人や事情を知ってる関係者くらいのものだった。
中でも三代目は実質的なナルトの保護者として可能な範囲でナルトを気遣い慈しんで護ろうとしてくれている。勿論それがナルト個人ヘの優しさではなく、里の力の一端としての九尾の器への政治的な配慮からくるものもある事は承知している。そうでなければ、只でさえ多忙を極める里長が、いくら四代目の遺児であるといっても世話に手のかかる幼子を庇護することが容認されるはずもない。しかもナルトの出自は里最高の機密事項だ。知ることを許されたのは四代目と個人的に付き合いのあった数人と執行部の最高幹部だけの状況で周囲を納得させる事は難しく、結局は事後承諾の力技で保護することになったのだ。里の上層部の承認がなければいくら火影であっても許される暴挙ではなかった。
里の上層部にとって、ナルトは四代目の遺児でなく、親を失った哀れな子どもでなく、未来の里の力となる可能性を秘めた守るべき幼子の一人でなく、人間としてすら認識されてはいなかった。彼らにとって”うずまきナルト”という単語は名前でなく名称だった。彼らがみたナルトは無力な人間の幼子ではあったが、それは単なる器の形としての認識で、その本質は巨大な力を内包した爆弾つきの駒だった。ナルトの保護を容認したのは里を生かすための方策の一環であって、火影の希望も子どもの安全も関係なかった。
巨大な尾獣を宿した器が不安定になれば、その封印も同時に危険に晒されることになる。今の疲弊した木の葉の里に、再び九尾に対抗する力などあるはずも無い。ならば、どれ程疎んじても器本人の生命の安全と封印を自ら抑制できる位の心身の成長を保障する事が必要であると里の上層部は判断したのだ。また、その巨大な力を制御可能な存在として保有する事は他里への牽制の為の武力として利用できると考えた。その程度の事は少し冷静に考えれば誰でもわかる理由ではあった。大多数の里人は私情に駆られて認識すらしない理屈でもあったが、それすら織り込み済みで下された決断だった。
しかし火影の想いにはそれだけではない好意も確かにあって、ナルトを酷く戸惑わせた。優しさの理由が "九尾の器” であり、”災厄の象徴としての里の生贄” に仕立てられた子どもにたいする哀れみと、子どもの未来と里の安寧を天秤にかけて選んでしまった罪悪感からくる同情でしかなくても、ナルトにとって好意と呼べる感情をくれる存在は希少なものだった。けれど感じた戸惑いが、無心に甘える事を許さなかった。だからナルトにとっての三代目は保護者ではあったが家族ではなかった。三代目自身が、負い目を持ちつつナルトを孫に向けるものとよく似た愛情を抱いてくれていることも知ってはいたが、受け入れて良い思いではない事も誰よりも理解していた。そして、火影が里を護る存在である以上、どれ程彼の愛情が本心からの想いであっても、それは里人達の平穏よりも優先される事情ではなかった。
そんな状況で、通りかかっただけの少女が己の事を知って尚、気遣ったりする事などありえない、とナルトが断じてしまっても仕方がないことだった。
それでも、振り払われる掌が掴む虚空に、なにも感じない程に己の状況を受け入れきっているわけでもなかった。だから、突き放される前に自ら離れようとした。反射的に少女の服を掴んでしまった手を離して彼女の前に出ようとした体は、けれど優しく押し留められた。まるで傷を労わるような仕草に虚を突かれたナルトは思わず少女の顔を目上げる。その不安と疑念を色濃く宿した自分の瞳をみて、少女は心配を滲ませた柔らかな仕草で小さな体を抱きしめた。全身にこびりつく血や泥を厭うことなくナルトの事を抱きしめた彼女は、反対に己の傷から流れる血でナルトが汚れないように気遣って慎重に腕を動かす。彼女の漆黒の髪が風にゆれて頬をくすぐり、澄んだ深紅の瞳は柔らかな光を浮かべて真直ぐな気遣いを伝えた。・・・そんな風に、まるでただの子どもに対するように優しくされたのは初めてで、今度こそ本当に混乱して固まってしまった。動揺しきりのナルトの背中をそっとなでる手のぬくもりに、やっと僅かに力を抜いた自分を再び背に庇った少女は真直ぐに背筋をのばして男たちに向き直る。
一連のやり取りを呆けたように見ていた男たちは、少女の視線に我に帰って気色ばむ。あからさまに無視され続けた状況を反芻して苛立った彼らは、怒号を上げて武器を構えた。向けられる憎悪と殺気が怖くないわけがない。それでも彼女は取り囲む男たちを冷たい視線で見渡して、緊張で冷えた手を強く握り締めて立ち上がる。
そして笑った。鮮烈に。 まるで光を弾く刃のような鋭さで。
殺気交じりの澱んだ空気を切り裂く澄んだ声音が、取り囲んだ男たちを制した。
「好い加減にしてくださいな。
大の大人が寄って集って無抵抗の幼子を嬲る理由に
どんな正当性が認められると思うんですか。
--- 例え貴方方の言い分のようにこの子の正体が、”それ”だったとして。
だからなんだと言うんです。目の前に傷ついた子どもが居るんです。
それを助けて何が悪いと?私は未だ未熟でも医師の端くれ。
けが人を保護するのに理由なんか必要ありません。
理解できたなら其処をどいてください。
---- 道を開けろと言ってるんです!!」
言葉と同時に、不可視の壁が爆発したように拡がって男達を押しのけた。その隙を付いて少女はナルトを抱えて走り抜ける。残されたのは、寝起きのように呆として二人の背中を見送る男達。外傷はなく数分後普通に意識は覚醒したが異常に疲労した状態で、ここ数時間の記憶が曖昧になっていた。しばらく困惑して互いの顔を見合わせていたが、そのままではどうしようもないので首を傾げつつ散り散りに帰宅していった。
何処までも美しい青い空を、禍々しい赤が染め上げた。
強大な妖獣の尾の一振りで、沢山の人が殺された。
平和な町が焦土に変わり、骸さえ残されずに焼き尽くされる。
その日、栄華を誇った大陸最強の忍の里が、為す術も無く滅ぼうとしていた。
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戦場から僅かに離れた屋敷の一室。
我が子の誕生の知らせに駆けつけた夫と、薬を使用してまで無理やりに子どもを生む事を強要された妻が向かい合う。本来ならば喜びだけに満たされるはずの場所なのに、新しく生まれたわが子を挟んで対峙する二人の顔は、敵同士のように厳しいものだった。戦場から離されているにも関わらず強い血の匂いに満たされた産室に、若き火影の声が響いた。
「この子は、里の英雄になるんだ。
里の勢力をあげても倒す事の叶わない九尾を唯一征する方法はこれしかない。
他の者には出来ない、僕と、君の血を引くからこそ可能なことだ。---わかってくれ。」
「いいえ、いいえ、私の御子を妖獣への生贄になどさせませぬ!!
その術を行使すれば貴方も息絶えるのでしょう。
その後誰が、化け物の揺り籠となったわが子を抱いてくれるというのですか!!
貴方は人の憎しみと弱さを見くびりすぎ、強さと優しさを過信しすぎています!!」
疲労にやつれて尚美しい女性が、激しい怒りを隠しもせず木の葉の里の新しき里長に食って掛かる。母としての想いのみでその身を支えて抗弁する姿は力強く、里最強の忍である四代目火影ですら気圧された。周囲に控える侍女や護衛の忍になど口を挟めるはずもない。激しく伝わる戦場の気配に焦燥だけが募る。 そこで再び口を開いた里長の声は痛みを堪えるように掠れていたが、それでも決意を翻すものではなく、再度子どもの未来を語る。
「-- この子は里を護って英雄になるんだ。
このままでは里が滅ぶのも時間の問題でしかない。
そうなれば、この子もただ死ぬだけだ。---- わかっているだろう。」
「貴方はっ---!」
怒りを宿した瞳の輝きの強さだけは変わらずに、弱弱しく横たわった妻の体から生気がどんどんと失われていく。最愛の存在がもうすぐ逝ってしまうのがわかっているのに、最後まで一緒に居てやる事もできない。だから、感情を廃した声で事実だけを告げる。
「この子を、 ナルトを、九尾封印の器にする。
僕は、僕の持てる力の全てで、ナルトの命と--- この里を護るよ。
だから ・・・・・」
「--- っ どうあっても聞き届けては下さらないのですね。
ならば私は貴方を、いいえ四代目火影を決して許すことはできません。
愛しいわが子を贄にすると知らされて、笑って頷く母親などおりませぬ。
・・・ですが、私は貴方の妻です。
だから、共に逝きましょう。私を封印の場に連れて行ってくださいな。
死神の腹の中で、共に罰を受けますわ。
もうすぐ命の尽きる私には、それしかできる事がありませぬ。
・・・・・ナルト、貴方を置いて逝く私を、許して欲しいなんて言わないわ。
けれど、どうか生き延びて。幸せになって。 お願いよ--- 」
其処まで言って気を失った妻の顔を撫でながら、四代目火影--カヤクは、へその緒すら繋がったままのわが子を抱いて一瞬だけ瞳を翳らせた。それだけで全ての感情を隠しこむ。
彼女が言った言葉は、全て正鵠を突いていた。 多くの人々を殺した九尾を、里人は決して許すまい。九尾の器となるわが子は、封印が完成した瞬間から冷たい世界に放り出される。三代目にナルトのことを頼んでも、恐らくこの子を護る力には程遠い。 自分が死んだ後にその地位に戻されるだろう彼が、ナルトだけを優先する事は許されないからだ。 どうあがいても、ただ生かす事だけが精一杯になるだろう。 そんな事、本当は最初からわかっているのだ。 全て知ったうえで、ナルトを苦しめる道しか選べぬ無力さを隠すために大儀を振りかざした自分の弱さも。それを最後には受け入れてくれた妻の想いも。
それでも、自分は決定を覆さない。
それを後悔する資格も、すでに持ってはいなかった。
自分は、火影の名を継いだのだ。その瞬間から、彼は何よりも里を生かすことだけを選ばなければならない立場に立っていた。 ・・妻の言葉に揺らいだ心を、周囲に悟らせることは許されない。 ただ、蒼穹のような美しい瞳に固い決意だけを宿して踵を返した。
そして里を襲った大妖は、容易く見えるほど一瞬の間に封印された。
巨大な方陣の上に残されたのは安らかに眠る赤子が一人。
唯一最後を見届ける事を許された老いた火影が、ゆっくりと歩み寄り慎重な手つきで赤子を抱いた。その目に宿る悲痛は誰のためであったのか。手つきだけは慈しみに溢れた優しい仕草で子供をだいて、冷徹な表情で側近を呼び出す。これから自分が告げる言葉で、この子の一生が決められる。その、重みがのしかかって心が揺れた。それでも声に感情が表れる事は無く、朗々とした長の言葉は静まり返った戦場に響いた。
「 封印は成った。四代目が命を賭けて九尾を封じた。
器となったのは、この赤子。 天災とまで称される巨大な妖弧を封じた子どもじゃ。
名は、ナルト。 ・・うずまきナルト。
里を護るために、四代目に----っ、託された、子ども、だ。
この子を、里の為に育てる。身に宿った尾獣の力が、里を護る力になるじゃろう。
この瞬間から、九尾の器に関する一切についての口外を禁じる!!
破ったものは忍・一般人問わずに重罪に問う!!よいな!! 」
抱いた子どもの温もりが、大切な存在の喪失をつきつけた。---- 己が選んだ新しい火影は、もう居ない。あの輝かしい魂を、見ることは二度と叶わない。その傍らに寄り添っていた美しい夫人の姿も。二人が幸福と希望を抱いて、未来を語った柔らかな光景も。
往年の威厳を取り戻して命じた三代目の姿に、呼ばれた忍たちは恭しく跪いて恭順を示す。その瞬間に、木の葉の最高権限は、この老いた火影に返された。その空虚な痛みを悟らせる事無く、集まってきた忍達を見渡した。俯き隠された表情に、同胞を奪われた憎しみが浮かんでいるのを感じても咎める権利は彼に与えられていなかった。奪われた悲しみと、喪失を埋める為の憎悪に染まった人々の姿に、零れそうな溜息を飲み込んで壊された里に向き直る。
幾つかの隠された事実が、絶望と怨嗟に囚われるはずだった里を救った。
喪失が齎す空虚を埋めるための心の澱みはたった一人に向けられる。
それが、わが子を託したカヤクの願いに反していると知っていながら、選んでしまった結論だった。里を護る火影、なら、それを選ぶ事を知っていて愛子を託したカヤクの想いが、自分には痛すぎた。
それでも、己は選んだ。
未来を押し付けられた子どもを代償に、この里は生き延びた。
それだけが、事実だった。
トクン、トクン
暖かな闇の中で心地よい音を聞いて眠る
トクン、トクン
過ぎるほどに鮮明に刻まれた痛みの記憶が僅かに薄れて快い温もりに包まれる
トクン、トクン
絶望も、憎悪も、怒りも
喜びも、愛しさも、優しさも
トクン、トクン
少しずつ昇華していく思いと
それでも残る想いと
トクン、トクン
トクン、トクン、トクン、トクン
ああ、自分は、もう一度 ----
+++
暖かな闇越しに聞いた優しい声を覚えている。
深い森に寄り添うように建てられた屋敷の縁側で、優しく微笑みながら赤ん坊を抱いて子守唄を唄う女性が居る。傍にはもうすぐ臨月なのか大きなお腹を愛しげに擦る女性と、二人のその姿に嬉しそうに笑う女性が話に花を咲かせている。 その陽だまりのような情景を肴に酒を飲み交わす夫達。
繋がれた母体から流れてくる感情と記憶が見せた暖かい光景を。
"過去”の世界で紫の鬼神に飲まれた時に垣間見た、生まれる前の記憶を反芻して覚えた幸福と切なさを、覚えている。
+++
穏やかな光に満ちる産院の一室で、幸せそうに微笑みあった夫婦の会話を、覚えている。
「ふふ、もう名前は決めてくださいました?」
「ああ、・・・男ならシンジ、女の子ならレイ、というのはどうだ。」
「シンジ、レイ・・ 良い名前ですね。
ねぇ、あなたのお父さんが、素敵な名前をくれましたよ。
早く元気に生まれてきてね。」
夫の言葉に嬉しそうに微笑んで腹部を撫でた彼女の姿は、優しく美しい母親のものだった。
その時の彼らの幸せも愛情も、本心からのものだった。
真実、慈しみと優しさだけに、彩られたものだった。
・・何一つ偽りなど無く、それも事実だったのだけど。
+++
ただ、新しい命の未来だけを望む、強くて綺麗な祈りの言葉を、覚えている。
「ねえ、あなた。この子の名前は何にしますか?
男の子かしら、女の子かしら。
どちらであっても、優しくて強い子になってくれればいいけれど。
この子もあなたのように立派な忍になるのかしら、
それとも私のように医師を目指すかしら。
・・早く、元気に生まれてきてね。貴方に会うのが楽しみなのよ。」
柔らかな月光が差し込む縁側で、夫に酌をしながら微笑んだ女性の声に込められた優しい望みを。穏やかに目を細めて、ただ妻の言葉を聴いていた男性の優しさを含んだ視線の温もりを、暖かな闇越しに確かに感じた。
その瞬間の安らぎを、覚えている。
・・・それも、過去の一場面ではあったのだけど。
+++
暖かな闇越しに聞いた、優しくて強くて、少し狂った、母の言葉を、覚えている。
「この、計画を成功させれば、人は、神により近い存在になれる。
--- 進化に行き詰った人類にとっての、明るい未来は もうこれしかないのだから。」
人気のない薄暗い研究室で、作りかけの神のレプリカを見詰めながら溢された、女の言葉を。狂気を宿して尚美しく人を魅了する聖母の如き彼女の笑顔を。
それ、を見て、この身を焼きつくした激しい憎悪を、覚えている。
+++
暖かな闇越しに聞いた真剣な声を、覚えている。
慌しく人が走り回る屋敷は賑々しい緊迫感に包まれる。
当主の第一子が産まれようとしているのだ。
「早く新しい湯を!! 薬湯の準備はまだか!!」
「奥方様!!頑張ってください!!」
だが、本来喜びに溢れるはずの産室は沈痛な空気に支配されている。
「-------- このままでは母子共に持ちませぬ!!
御子か、奥方か、どちらかお一方を選んで頂くことになりましょう。
どちらを、お助けしますか 」
自分を光の中へと押し出そうとする、優しくて力強い温もりを。
失われそうな生命を引きとめようと、堪えがたい痛みと焦燥を堪えていた母の強さを。
どちらも失えぬ、と苦渋の選択を突きつけられて、それでも唯一を失うよりは、と一つを選んだ父親の言葉を。
生まれることを喜びながら、それが誰かの命を奪う可能性に感じた罪悪感と焦燥を。
深く想い合う夫婦の絆に、”過去”の世界で、妻が創り上げた至高の計画を、狂信に近いほどの熱心さで突き進めた”父親”の顔を思い出して痛んだ心を、覚えている。
+++
白い病室で、柔らかな月の光を浴びながら、優しげに微笑んだ母の表情を、覚えている。
「ふふ、私の可愛い息子。
あの人と、私の血を宿したこども。
--- そして、計画の成功のために不可欠の、子。
貴方に、人類の明るい未来を見せてあげる。 必ずかなえるわ。必ず。」
まるで至上の理想の具現のような慈母の如き微笑みで、決して子ども自身をを見る事はなかった母の眼差しを。溶け合った世界の記憶が見せた、過去の情景から拾った光景に、感じた虚しさを、覚えている。
+++
絶望を彩る赤い世界と、優しい光を纏うこの世界と。
”過去”を持ったまま、新しい命を与えられたこの現実に馴染もうと必死になっていた時に、夢現に聞いた言葉を、覚えている。
「---- 奥方様が、無事に御子を御生みになったのは、奇跡としか言い様がありません。
次は、決してないとお考えください。 ・・・今度こそ、奥方様の命にかかわります。」
深い安堵と、消しきれぬ不安を抱えた老いた医師の忠言に、ただ瞑目する事で応えた父の懊悩を表すような重く深い瞳の色を。
”過去”で妻を失った男が、唯一つ残された計画を、己の願いのために歪めた時の、追い詰められて狂気を纏った瞬間の記憶を。
至上の存在を失くしてしまった男への憐憫と同情を。
大切な少女と、大切な友人を失ったときの絶望と虚しさを思い起こして、確かに感じた共感を。
それでも、自分や友人達を道具に仕立てて、ただ己の願いのみを追い続けた男への、消しきれぬ怒りを、覚えている。
+++
赤い世界を蹂躙する力の全てが収束し、記憶の螺旋に翻弄されていた少年が、巨大な力の中心に飲まれた瞬間の、こと。
上下も左右も光も闇も 何一つ確かなモノのない空間で
女神に還った少女と 始祖に還った少年と 鬼神に溶けた母親と 出会う
現とも夢とも判じきれぬ魂のみの邂逅の場で、少年は、確かな愛しさを伴う歓喜と、憎しみを伴った絶望を、知る。
柔らかく微笑んだ少女と少年の瞳が伝える真直ぐな好意と優しさと想いは、少年を癒し
美しい聖母の笑みで手を差し伸べる母の手を取った瞬間己の内に流れ込んできた彼女の記憶は、少年の絶望を深めた。
そして、少年が選んだ選択が、世界に齎した終焉を。
滅ぼした世界の末路を知覚した瞬間の、消える事ない喪失感と罪悪感と、安堵と歓喜を。
消えた世界から弾かれるように飛ばされた己の魂が、新しい世界に馴染んだ瞬間の安心感を、覚えている。
+++
再び子を授かった喜びに、幸福を具現したように笑った母の声を、覚えている。
「貴方、どうかこの子を産ませてください。 -- どうしても、生みたいのです。」
今度こそ避けられぬ喪失の未来に痛みを堪える父親を労わるように手を握りながら、
それでも決意を変えなかった母の言葉の強さを。
強く優しく、確かな愛しさに彩られた母の言葉と、言いながら腹部を撫でた彼女の仕草と、一瞬だけ伏せられた瞳の暗さが示した執着の深さを、ただ見ていた。
・・・感じたのは、彼らが”同じ”人間であるという安堵だったろうか。それとも”違う”人間でありながら滑稽なほどに相似をえがく彼らの魂のありようへの落胆だっただろうか。
+++
うとうとと膝で眠る自分を優しい手で撫でながら、母が溢した言葉を、覚えている。
「ああ、どうして願いどおりにいかないのかしら。
私の血と力を受け継ぐ子どもなら最高の力を持った忍になる筈だったのに。
--- 今度こそ、最高の力を持った子どもを生まなければ。
それでこそ私の生きた証に相応しい。」
慈愛に満ちた微笑で、優しい手の温もりで、膝の子どもをあやしながら溢された母の言葉に、ただ、沈む心が今更過ぎて笑いしか浮かばなかった。
どこの世界の人間も、持つ魂が同じなら、その本質が変わらずあっても不思議ではないと、わかっていたのに。
+++
幼い体を持て余し、使い切れぬ力に振り回されて泣いた私を、汚れも厭わず抱きしめてくれた母親の腕の温もりを、覚えている。
「ああ、もう泣かないの。
大丈夫、少しずつでも上達しているのだから。きっとすぐに強くなれるわ。」
傲慢な願いを溢した口で、優しく囁かれた言葉に込められた確かな愛情を理解していた。
その時の母の想いに、何一つ偽りなどありはしなかった。ただ、わが子を案じる母の言葉は、自分の痛みを癒してくれた。
相反するように存在する女の非情さと慈愛は、彼女自身の中では決して矛盾することなく両立する心のありようなのだと、理解していた。
+++
美しい母を慕う人々の不安を代弁する一族の一人が、何気ない風を装って選択の残酷さを仄めかした声を、覚えている。
「どうして、そこまで拘るんだね。こういってはなんだが、君の代わりはいないんだよ。」
「-- 私は、私の生きた証を残したいんです。
もし、私が死んでもあの人の妻には他の人でもなれるかもしれない。
でも この子を、私とあの人の血を引いた子を生めるのは私だけ。
---- 私にしか出来ません。 だから、どうか 産ませてください。
この子は、私にとっての明るい未来、なんです。」
己の喪失に心を痛める人々の事を確かに理解し慈しみながら、決して自分の選択と決意を曲げようとはしなかった。
自身を気遣ってくれる人への労わりを込めた彼女の言葉は、本心からのものだった。
それでも、その強さは、傲慢なほどに理想だけを描く彼女自身の願い故のものだった。
それを非難する権利など、自分にありは、しないとわかっていたけど。
母を気遣う言葉をかける男が、本当に気にしているのは彼女の命一つだけだと、気付いた瞬間の苛立ちに。
彼女と同じ魂を持って、同じ姿と命を持った”過去”の彼女が、自分の喪失を織り込んで創り上げた計画を始動させたときの情景を、重ね見た。
それが、彼女へ隔意を抱くが故の邪推ではないと言い切れぬ、己の心の在り様こそが何よりも厭わしかった。
+++
あの魂の邂逅の場で、四人で一部を溶け合わせた一瞬の交流を、覚えている。
女神と始祖に還った二人が、少年の願いは何かと聞いた。
鬼神に溶けた母親は、美しい笑みを浮かべて少年がこたえた願いを”見せた”
そして見た。
赤い空と赤い海。
血の匂いに満ちた無音の世界には少年と少女が二人きり。
全ての人が溶けた海の傍らで、決して還らぬ人々を待つ絶望を。
もう二度と取り戻せない過去の日常を直視する痛みを。
決して自分を見ない赤い少女の首を締め上げた時の激情を。
少女が唯一つ残した拒絶の言葉に、我に帰った瞬間の恐慌を。
これが補完の外にいると言う事ならば、もう自分も溶けてしまおうと決めた時の、虚しさを。
赤い海に沈んだ少年を抱きしめたの母の腕の温もりを。
暖かい腕の中で、ただ消えようとした少年に流れ込んできたのは、大量の記憶と力
そして、母の、記憶
+++
臨月が近づいて、目に見えるほどに弱った母を気遣う父が、あからさまに向ける視線の意図に気付いたときの静かすぎる己の心を、覚えている。
「父上、(父さん。)は、母上が弱った(失った)原因である私を(僕を)、憎んで(恨んで)いるのですか。
・・・・それとも、自分を置いていこうとしている(置いていってしまった)、母上(母さん) を ?」
”過去”では決して聞く事の出来なかった問いかけを、この世界の父にしてみる己の弱さを吐き気すら覚えるほどに嫌悪した。
それとも、それは新しい世界に生きる自分が、”過去”とは違う人間なのだと確かめるためだったのだろうか。
+++
流れてきた大量の記憶が少年の形を壊すほどの勢いで流れていく。
それでも少年自身のカタチは無理やりに囚われたまま力だけが流れ込む。
そして、知る。
すべてが流れるのは鬼神に囚われた少年を媒介に世界と接する母の内
少年を濾過の為の装置に見立てて、純粋な力と知識だけを得ようとしている女
それこそが、女の立てた計画だったと
天才の名に相応しい優れた頭脳で、意識的無意識的に組み上げられた精緻で綿密な全ての道筋が、この計画の真髄だったと、理解する。
母が全ての原因である古文書を紐解いたのも
父が母に執着する心を知って態と希望を残して喪失を突きつけたのも
愚かな老人達の権力を利用するために煌びやかな計画を立てて見せたのも
あらゆる人を、愛情で嫉妬心で敵愾心で好意で憎悪で憧憬で嫌悪で縛りつけ
ただ、己の望みの為の駒へと仕立て上げた純粋で無邪気で狡猾な聖母
神殺しの槍に貫かれた鬼神と共に磔られた少年の犠牲の下に、世界を構成する全ての力がたった一人の内へと集まる
生み出されるのは永遠の命と 全ての生き物の知識を有した全知の カミサマ
そのための、女の計画
確かに彼女が人間を愛していたのも本当の事だったけど。
彼女が少年を夫を愛していたのも本当の事だったけど。
・・・それは、彼女が抱いた至上の望みに置き換えられるほどには、重いものではなかったというだけの、事。
そして、生み落とされたのは、たった一つに寄り合わされた数多の生命の合成体〈キメラ〉
”それ”の中心に己を据えて、全知と全能の、永遠の存在になることが 女の望み
+++
空が赤く燃える。
ただ巨大な力を持つ妖獣の前には、権勢を誇った忍の里も脆い紙細工も同然とばかりにただ破壊されるのみ。
里が誇った血繋限界の一族も、己が身一つで上り詰めた精鋭たちも、任務に出始めたばかりの下忍も、未来に熱意と希望を託して邁進していた中忍達も、冗談のように簡単に、遊戯の駒ように容易く命を失っていく。
その絶望と恐怖に蹂躙された里の片隅。
戦場から僅かに離れた屋敷の一室。
新しく生まれるはずだった子どもを抱いて、自らも息絶えた女性が一人。
傍らには深すぎる喪失に感情を凍らせた男と、無力で無益な自身の存在を疎んじるしかできない幼子が、一人ずつ。
この時、もっと周りを気に掛けていたなら、未来は変わっていたのだろうか。
自分のことに精一杯で他者を気にする余裕がなかった、なんて、何の言い訳にもならないと”あの時” 思い知ったはずなのに。
+++
流れ込んだ母の記憶に壊れそうだった少年の心を、最後にまもったのは二つの魂。
女神と始祖のナカへと還った二人の想いが、消されそうだった彼を救った。
少女は、彼を本当に護りたかった。
彼が傷ついた自分を庇ってくれた初めての戦いで
彼が己の怪我を省みず助けてくれた月下の戦場で
彼が心を表す言葉を持たない自分を気遣ってくれた日常で
ぎこちなく差し伸べてくれた手のぬくもりと
はにかむように向けてくれた優しい笑顔と
拙く必死な彼の想いが
本当に大切で、失いたくないものだった
人間でありたい、と願いながら、絆を失うのが怖くて人形として生きていた。ぬくもりを渇望しながら、自分からは動こうとしなかった己の弱さを、教えてくれた人だった。自分が人間であるために、決して失くせない存在だった。本当に大切で、失いたくない人だった。 だから、彼を守る事だけを考えた。
・・けれど、その行動は少年を追い詰めるためのものだった。
(だからこれは、私が今度こそあなたを護るために自分で決めたこと。
・・後悔なんてないから。 どうか泣かないで。 碇君 )
少年は、本当に彼のことが好きだった。
与えられた資料から窺える彼の臆病で不器用な在り様が
初めて会った時にくれたはにかむような純粋な笑顔が
実際に言葉を交わして知った、彼のぎこちない優しさが
どうしようもなく繊細な魂の美しさと
純粋で真直ぐな好意と
脆くて壊れやすそうに見えるのに決して壊れない彼の強さが
自分に齎した、快い感情の変化が本当に愛しくて大切なものだった。
自分は人間ではなかったけれど、一時であっても人間としての在り方を感じさせてくれた彼のことが、何よりも大切になっていた。 けれど己の本能に逆らう事は不可能だから、せめて彼の手で終わらせてもらえるならば、彼と同じ人間として死ぬ事ができるのだと、思ってしまっただけなのだ。そうすれば人間が滅ぶ事も無く、彼も死ぬ事もないと思っていたから、それを選ぶことを決めたのに。
・・・それが、何より彼を傷つけたのだと、知ってしまった。
(ならば、今度こそ君を護るよ。 シンジ君。 ・・だから笑って。)
+++
全ての力と知識を喰らって、うみおとされたカミサマの器が一つ。
内に宿るはずだった女は消されて、消えるはずだった少年が残った。
少年を護った二つの心は満足気に彼の中に溶け込んで、誕生したのは強大な力と優しくて臆病な心を抱えた子どもがひとり。
優しい願いに護られた子どもが世界を渡って新しい命を手に入れ
女の記憶に嘆いた彼の拒絶が、死に逝くだけの世界を消し去る
そうして、残ったのは、巨大な空ろの世界が一つ
それすらすぐに虚無へと変わり ---- 後には何も 残らなかった
注記:♀シンジ(=碇レン)in N/A/R/U/T/O のクロス作品です
スレナル設定でお送りいたしております。
更に注記:このシリーズは、ナルト×碇レン傾向基本のお話です。
苦手な方はご覧にならぬよう、お願いいたします。
*この序章はほかのクロス作品でも同じ設定でトリップしますので、他の連載の序章も同じ内容です。
挿入される合間合間のそれぞれのクロス先での閑話が変わるかもしませんがレンside序章その2の「過去と今と一人のカミサマ」も同じ文章がそのままでます。一回他のクロス連載をお読みになった方は飛ばしても宜しいかと。一応どのクロスでも序章00・01話あたりで表示されますが。
世界がゆがむ
巨大な女神の羽ばたきが、全てのモノを平らにならす
世界がひずむ
九つの白き鬼神が描くセフィロトが、眩い光を放って輝く
世界がきしむ
紅く染められた天には、両の手を神殺しの槍に貫かれた紫の鬼神
世界が と け る
美しい聖母の如き微笑で、自ら神のレプリカへと溶けた女の笑いが響く
世界が まじる
紅く赤く染まる世界と、全ての境を失くした生命が、たったヒトツのカタチへ変わる
全ての変化の中心に据えられるのは、神の雛形を制御するためだけに生かされてきた哀れな生贄
父の、上司の、級友の、同僚の、ゼーレの、ネルフの、日本の、世界の
全てを生かすために ただ敵を殺すための道具になる事を強要された脆弱な子ども
強要したのは、失った最愛の妻を再び取り戻す事を願った愚かな男
強要したのは、手にした栄華を短命な人間の身故に手放す事を惜しんだ愚かな老人
強要したのは、一時の暖かな美しい思い出を彩る女性と再び見える事を願った老人
強要したのは、己の愛憎の全てを担う父親を奪った天使を殺す事を望んだ女性
強要したのは、葛藤を抱えて苦しむ己を蹂躙した憎く愛しい男に盲従した女
強要したのは、己が命を長らえる為に敵を討つ為の組織に従事した多数の人々
強要したのは、危機を認識しながらも決して理解はしなかった級友達
強要したのは、己の価値観をのみ絶対視して全てを敵視していた同僚の少女
強要したのは、少年を護るために逝ってしまった儚い少女
強要したのは、消えたはずの少女の代わりに現われた少女
強要したのは、好意を向けながら少年の手で死ぬ事を選んだ友人
強要したのは、少年の 逃げる事すら選べなかった自身の弱さ なのだと
少年は、魂すらバラバラになりそうな大きな力に晒されながら、その全てを理解していた。
強要された辛い環境も、痛みしか齎さない戦場も。
全てに傷つけられそうで恐怖しか感じられない普段の生活も。
全て自分の弱さと卑劣さが見せる幻だと、知っていた。
父親に会いに来たのも、戦場に出る事を選んだのも、
級友達との壁を取り除く努力を怠ったのも。
同僚の少女との齟齬を放置して逃げたのも、
職場の人々との接触や相互理解を避けたのも。
自分を護ってくれた少女の想いの深さをきちんと理解しようとせず己の殻に篭ったのも
同じ姿と同じ声で、自分を知らないと言った彼女から逃げ出したのも
真直ぐな好意をくれた友人を、・・殺す事を選んだのも
全て、少年が 自ら選んだ選択と結果だと そう きちんと わかっていたのだ。
いつだって少年は、”今”から逃げる事を望み、”今”から目を逸らす事で自我を護った。
父親が自分を見ることがないなんて当の昔に知っていたのに。
父親が四つの自分を捨てた時に、三年前の母の墓前で自分を拒絶したときに。
・・父親に拒まれるのが怖くて、自分から踏み出す勇気を持てなかった時から、そんな事は決まっていたのに。
仮初の家族になってくれた彼女が、少年自身を見ていてくれた訳じゃない事など知っていたのに。ただ、チルドレンの管理者としての責任と、彼女自身の優しさと少年への同情からの言葉だったと知っていたのに。
・・それでも、互いの距離を縮める努力をしていれば、
本当の家族にだってなれた筈だったのに。
最後まで本音で向き合いきれなかった友人達が、本心では自分を許せてなどいない事をしっていたのに。妹を傷つけられた彼が、己の憧れた地位を無碍にする自分に嫉妬していた彼が、思い人を傷つけられた彼女が。
自分に向けてくれたのは、友人としての好意と優しさ。 そして、消しきれないわだかまり。
・・本当に友人になりたいのなら、もっと本音でぶつかり合うべきだったのに。
己を高める事と、選んだ地位で一番になる事に拘り続けた彼女に最初から憎まれていた事など知っていたのに。自分にとっては疎ましくても、彼女にたとっては何より大切なものだと知っていた以上、それを蔑ろにすれば憎まれる事など分かりきっていたのに。
それでも、一時の家族の団欒で少しずつ自分に心を開いてくれていたのに。彼女の攻撃性は、僅かに緩んだ境界線を犯す者への警戒と迷い故だとわかっていたのに。
・・傷つく事に怯えていないで、もっと真直ぐに向き合って置くべきだったのに。
最後に自分を護るために消えてしまった少女が、純粋に向けてくれていた好意を、きちんと理解していたのに。感情を露出しない静かな表情で、それでも真直ぐに向けられたすんだ視線が語る想いを、誰よりも深く感じていたのに。自分が迷いながら差し伸べた手を、彼女は確かに握り返してくれていたのだと、きちんと認識していたのに。
・・彼女の言葉は真直ぐでとても綺麗で。
確かに感じた暖かさを永遠に失ったと認めるのが怖くて、
全てに気付かない振りで傷を隠そうとしていただけだと、そうわかってはいるのに。
消えた少女と同じ姿と同じ声を持ちながら、何一つ彼女のことを知らない”代わり”の少女が、自分の逃走に、確かに傷ついていた事を知っていたのに。彼女は確かに代わりとして外に出された存在ではあったけれど、彼女は彼女として生きていた一人の人間だったのに。
・・目の前で無惨にに壊された、沢山の少女の予備なんかより、
彼女の体が実質的に人間でなかったことより。
あの顔と、あの声で、自分を知らないと言うその表情が。
消えた少女と同じ姿で、見知らぬ人間を見詰める視線で自分を見るその無機的な瞳が。
何よりも怖かったのだと。 そう、今ならわかっているのに
自分に殺される事を望んだ少年が、出会ったときに向けてくれた笑顔も、共に話したときにくれた言葉も決して偽りでも策略の為の材料でもない事など、最初からわかっていたのに。彼が最後にあの地下深くの磔られた巨人の事実に衝撃を受けていたのをこの目で確かに見ていたのに。
・・彼が本当は敵としてこの地に訪れたのだと、それだけに拘って、彼の本心を見ない振りで自分を護った。そんな己の卑劣さと幼稚さを変わらぬ笑顔で許容してくれたのは、彼の確かな想いと優しさだったと、知っていたのに。
痛みと悲しみと愛しさと温もりと切なさと遣り切れなさと。
好ましさと楽しさと憎しみと怒りと嬉しさと優しさと。
延々と循環するあらゆる想いが螺旋を描いて己の内を埋め尽くす。
巡り続けるの少年自身の記憶と、其れに付随する様々な感情だけが目まぐるしく入れ替わる。
強大な力に翻弄されて全てが解かれてしまいそうなのに、
決してそれを許さぬとばかりに雁字搦めに縛られる。
外の出来事を、自分以外の感覚で知覚しながら、現実味のない大きな衝撃に晒される。
ただ、両の手が、痛みを伴わずに鋭い刃に貫かれた感触だけを伝える。
ただ、このまま居るだけで、己の全てが消えてしまうことすら気付くことなく、少年は内をたゆとう
外の世界では、”儀式”は滞りなく進められ、ただ巨大な力を制御するための贄に選ばれた少年へと全ての力が収束してゆく。
そして、唐突に、真白な光が世界の全てを覆い、
--------------- 全てが、消えた。
世界が存在した名残すらなく、ただ虚無のみが残されて --------------
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書きたい物を書ける時に好きに書き散らしてます。文頭には注意書きをつける積りですので、好きじゃない、と思われた方はこのHPを存在ごとお忘れになってください。(批判とかは本当勘弁してください。図太い割には打たれ弱いので素で泣きます)
二次創作サイト様に限りリンクはフリーです。ご自由にどうぞ。
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現在の拍手お礼:一ページのみ(ティアに厳しい。ちょっと賢く敵には冷酷にもなれるルークが、ティアの襲撃事件について抗議してみた場合:inチーグルの森入り口)