お返事が遅くなって大変失礼しました!
43210hitを踏んでくださったまめこ様、はじめまして暁です。お返事が遅くなってしまい大変失礼いたしました。
ありがとうございます!!!!!まめこ様がくださったお言葉をありがたく拝読いたしました!!本当に嬉しいです。キラとシュザンヌの会話を気に入ってくださったそうで、これも凄くうれしいです。(内心皆様にいつ引かれるかとと思ってました・・・)これからも頑張ります!!丁寧なメッセージをありがとうございました。
43210hitリクエストは「連載設定の番外編で、キラ様によるキラ様のための妹君・レンの溺愛日記」ですね!!
ま、まさかレンのリクエストが来るとは・・・!!ありがたすぎる・・・・!!!が、頑張ります!少々お待ちくださいませ!!精一杯書かせていただきます!
45000hitを踏んでくださった、影羽様、はじめまして暁です。
お返事が遅くなってしまい大変失礼いたしました。ありがとうございます。サイトを始めたときは45000なんて行くわけがない、と思っていたのに・・・・ここまでこれたのはいつも来ていただいている皆様や影羽様のお陰です!影羽様、リクエストありがとうございます!これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
45000hitリクエストは「PTメンバー断罪でオリイオ様とアリエッタに溺愛されるルーク」ですね!!畏まりました。
ぶっちゃけ自分も読んでみたい好みど真ん中のご指定なので、張り切って書かせていただきます!少々お待ちくださいませ。頑張ってきます!
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
さて。
キムラスカのファブレ邸に局地的なブリザードが。
マルクトの王宮にて局地的な雷雨が降り注いだある日。
ここ、ダアトの中心部---ローレライ教団神託の盾騎士団本部も上へ下への大騒ぎの真っ最中であった。
とある一部の師団長はほくそ笑んで企みごとを進め。
とある真っ当な詠士一同は緊急事態の勃発に眩暈を無理矢理堪えて事態の把握に走り回り。
とある預言マニアの大詠士の側近はこれ幸いと策謀を巡らし。
とある国から送り込まれているスパイ達は其々の国に情報を送り。
とある隠された真のダアト最高責任者に近しい者の一人は、疲れきった溜息を漏らした。
「つーか、本気かこの命令・・・・」
「ああ?何言ってやがんだ」
溜息混じりにぼやいた黒髪の青年に、鮮血の如く鮮やかな紅毛の青年が凄む様に聞き返す。その口調は柄の悪さも此処に極まれりといえるほど粗暴なもので、黒髪の青年は別の意味で再び溜息を吐いた。無駄とは知りつつ一応いってみる。
「・・・アッシュ特務師団長殿にお聞きするが、
・・・この命令に従うってのがどういう意味を持つのかお分かりか」
「はっ、なに言ってやがる。
導師救出って名目でマルクトの陸艦を奪ってくりゃ良いってだけだろーが。」
「・・・・・・そうか。」
(・・・・イオンやアイツがきいてたら満面の笑みで秘奥義ぶっ放してんだろーな・・・)
カナードは胡乱な目で目の前のアッシュを眺めた。初めて存在を知ったときから思っていたが、・・・・とてもとても元王族とは思えない粗暴な言動に浅慮な思考回路。身近にアッシュより年下で遥かに有能な支配者気質の人間を知るカナードは呆れ以外の感想を抱けない。
「幾ら導師が誘拐されたといっても証拠がなければ只の疑惑だろう。
まずはマルクトに真偽を質してからでも遅くないとは思わないか。」
「なんだ怖気づいたか?なら待機してても構わんぞ。」
「・・・・」
(発見したときに教育しとくべきだったかな。
・・・・キムラスカの弱みになるかと思って放置したのは失敗だったか)
「ああ時間だな。」
「・・・」
「じゃあ、俺は行くぜ。お前も来るつもりなら早くしろ」
「・・・・・・・・・はぁ」
確かに人に命令しなれている姿を見れば、成る程と思わなくもないが。如何せん普段の柄が悪すぎる。カナードとしてはアッシュの失態はむしろ望むところだが、それが教団へ跳ね返るような大きすぎる問題だけは回避したい。アッシュの気配が完全に遠ざかってから、影に潜んでいた気配に話しかけた。
「・・・・で、アイツは何て?」
「取りあえず、従って、良いそう、です。・・・モースの失脚材料に、する、です。」
影から進み出た小柄な少女が答えた。鮮やかなローズピンクの髪の幼げな少女。言葉遣いが拙くあどけない表情だが、その動きに隙はない。彼女は現神託の盾騎士団第三師団長を務め、二年前には導師守護役すら勤めたという実力者である。何らかの事情で親を亡くした時、赤子のアリエッタを拾ったというライガ一族の女王に育てられたという経歴を持つ。魔物に育てられたという風評以上の詳しい事情を知っているのはカナードと
アリエッタの主だけだが、経歴ゆえの実年齢より幼い外見の印象で見縊り嘗めてかかれば手痛いしっぺ返しにあうだろう。本人もそれを自覚して敵の油断した隙を突くなど、決して侮れない。最もカナードにとっては数年の付き合いを経た妹分で、親友の大事な少女である。未だ恋人同士にはなっていないが何時くっつくか、と仲間内で見守っている対象で穏やかな微笑ましさしか感じない。勿論信頼もしている。そのアリエッタの方を見下ろして問い返した。
「良いのか?ヴァンの手駒はともかく、アッシュは不味いんじゃねぇ?」
「アッシュも、今の立場は只の師団長、です。
責任は重くても、結局は命令される側、ですから。」
「・・・ま、それもそうか。
・・・・しっかし、イオンが誘拐された、って聞いたときは何の天変地異かと思ったぜ。
ありゃ、アイツの指示か。」
「はい、です。あの方・・・イオンさ、いえ、イザナ様が、マルクトへの貸しを作れると、ジェイド・カーティスの無礼を取りあえず見逃しておけ、と言ってました、です。」
「イオンは、アイツ・・イザナに似ているからなあ。嬉々としてアニスも連れてったんだろぅよ。
今回犯した失態で纏めて首を飛ばせるような証拠を揃えきるつもりか。」
くすくすとアリエッタが笑う。その声には誇らしさが混じっている。アリエッタにとって、イザナ・・・二年前に秘密裏に導師を降りた被験者イオンは最愛の主である。モースらの企みを利用して己のレプリカに地位を譲り身を潜めることを選んだ際に、イオンの名をレプリカに与え新しい名前に変えた。そのイザナと、教団に残っている仲間達との連絡係がアリエッタの本来の役目であった。ついでにヴァンの誘いに乗ったふりで六神将に納まり、ヴァンの企みの証拠集めもしている。イザナが喜ぶと思えば、一人で何役も勤める苦労など苦労の内にも入らない。ただイザナの信頼が嬉しくてこれからも頑張ろうと思うだけだ。
「イザナ、様。笑ってました、です。」
「だろーよ・・・アイツにとっちゃ飛んで火にいる夏の虫ってとこか。
ヴァンとモースの企みを暴露すりゃ教団の分裂勢力を一掃するのも大分簡単になることだしな。
・・・で、教団の行く末に着いちゃ結論は出たのかよ?」
「・・・それは、もう少し考えさせてくれ、って、言ってました、です。」
「それもそうか。俺は良いが、タイミングを逃したら厄介だぜ?」
「わかってる、です。」
カナードの問いに、笑顔から一転真剣な表情をしたアリエッタに彼も肯く。預言の神聖を壊してしまいたい、というイザナの願いに共感して動いているカナードらではあるが、教団そのものをどうするか、という答えを即決はできない。カナード本人は壊しても何ら痛痒も感じないが、曲りなりにも元導師のイザナや師団長であるアリエッタにもそれを強要しようとは思わなかった。時間は余りないが、ぎりぎりまで悩む手助けくらいはしてやろうと思っている。自然にそう考える自分の感情に照れくささを感じて渋面を作ってしまったが。
「・・・じゃあ、アリエッタも、お友達を貸す約束ある、です。」
「そうか、・・俺もアッシュが最悪の失態だけはしない程度の面倒を見なきゃなんねぇからな」
アッシュの事に思考が及んで、渋面の種類が変わるカナード。つくづく厄介なものをダアトに持ち込んだと、ヴァンに悪態をつく。イザナに協力することを決めて、取りあえず特務師団副団長を続けていたカナードに、預言が憎くないかと持ちかけたヴァンのうかつさには呆れつつ都合が良いと思ったものだ。しかししばらく後に連れてきた赤い髪の子供の姿には唖然とした。その子供の出自をヴァン本人に聞きレプリカ作成の下りに至っては、その場でヴァンを殺さなかった己の理性を褒めたくなるほどだ。
「(キムラスカの公爵子息を誘拐してレプリカと挿げ替えたってのを、あんな風に軽く話した奴の思考回路を解体してみたいね。 ・・・・下手すりゃキムラスカから宣戦布告無しに戦争けしかけられてても文句言えねぇぞ。・・・アッシュ本人の意思も絡んでると知ったときも呆れたが。)」
幾らなんでも、と想いアッシュ本人にそれとなく伺ってみれば、どうやら本人の意思での亡命でもあるらしい。それにしたってダアトの責任は軽くないから帰国の意思を確認すれば、帰ってきたのは居場所を奪ったとやらのレプリカへの憎悪であった。その頑なさたるや手のつけようもないほどに強固なもので、カナードの手には負えないとイザナに相談したら、でた結論は現状維持。取りあえずヴァンの単独犯のまま様子見で、アッシュが教団の師団長として自ら働くのならば其れを盾にとっていざという時の交渉カードにする、と。
「(まあ、キムラスカも、王位継承権一桁の王族が自ら亡命して他国の軍人してたなんて、ばらされたら醜聞どころの話じゃねぇしな。 後はイオンやイザナの手腕に懸かってるが、それは何とでもなるだろ。)
・・・つくづくイオンはイザナに似てきたよなぁ。」
「そう、ですか?イオンは、イザナ様より、まだまだ可愛らしい、です、よ?」
「お前もすげえよ。良くあのイオンを可愛いとかいい切れるな。」
「???」
イオンの、完璧な仮面笑顔を思い出して乾いた笑いを漏らすカナード。・・・あれは確か影で私服を肥やしてた詠士を処分するときに本人を足蹴にしながら披露していたものだったか。ヴァンやモースに隠しきって事を片付けた手腕といい、確実にイザナ直伝の腹黒さ。
・・・可愛い、と断言できるアリエッタの器の大きさを再確認したカナード。
尊敬の眼差しで妹分を見下ろした。
(別人っつっても資質は同じ、か。身体の構造は同じものだしなあ。)
幾らレプリカといっても、カナードから見れば肉体の構成が同じだけの他人だという意識がある。そもそも研究者らがほざく様に、被験者の身体を完璧にコピーすればもう一人の被験者として成り代わる存在が生まれるなどと、どんな与太話だと思う。人を人たらしめるのは、その人間が経験蓄積した過去の出来事と付随する感情だ。記憶を機械的に移すことが可能でも、だからレプリカが被験者本人と同じ存在だと思える方がどうかしている。だったら、同じ両親から生まれた兄弟なんかの容姿が瓜二つだったとして、例えば兄の記憶を弟に移せば兄弟は同じ存在になれると言うことか?そんな馬鹿な話は存在しない。
「(イザナも最初はそう考えてたみたいだが・・・)」
一人目のレプリカが、能力不足で代理にはなれそうもないからと自分が殺したといったイザナとの本気の殴り合いも思い出したカナード。あの時は本気でイザナとの決別も考えたのだ。・・・預言に詠まれることなく、万人に存在を認知されないレプリカは、過去のカナードの境遇にどこか似ていて、尚更イザナの行為に腹がたった。お前も、俺の母親と同じ事をするのか、と。当時既に不治の病に冒されかかっていたイザナ相手に、アリエッタが泣き喚くほど手加減せずに殴りかかった。
お互いに力尽きて倒れてから、カナードの本音をぶちまけて、それを聞いたイザナが考えを翻す事がなかったら、今共にいることはなかった。カナードの言葉に何か考え込んだイザナが、だったらレプリカは自分の弟として考えようと言った時、まるで自分が母に存在を見てもらった時のような気分を味わった。それは誤魔化しようのない嬉しさ、だった。だから、カナードにとって今導師を務めているイオンは、親友であるイザナとは別の意味で特別な位置にいる。過去の自分を投影するわけではないが、そう、カナードにとっても弟のようなものか。
(イオンがどんどんイザナに似てくるってのが些か不安だがな・・・頼もしいのも事実だが、何もあんなに腹黒にならなくても・・・)
イオンが成長と共に親友にそっくりな支配者の器と権力者特有の思考を身に着けていくことが些か寂しいカナード。
口ではなだかんだいっても、弟を可愛がるの面倒見の良い兄貴そのものである。
イザナやアリエッタの微笑ましげな視線に見守られる日々だった。
「あ、そういやイザナの容態はどうなんだ?回復は順調か。」
「はい、です。ラクス様が紹介してくださった、お医者様が、もう直ぐベッドに拘束される必要もなくなるって、いってました、です。」
「あの姫さんもすげぇよ。さすがイザナの師匠」
「はい、です。格好いい、です。」
協力すると決めた後紹介されたイザナの師匠であるラクスクライン嬢は、なんとマルクトの公爵様だった。なんでも、十歳で爵位を継ぐ前から預言の支配を断ち切るために活動していたらしい。元々は母親と死んでしまった友人の意思を受け継いだそうだが、そこら辺は詳しくは語らなかった。ただあの姫君が、見かけなど180度裏切るような女傑であると認識するだけだ。純粋に尊敬できる人間の一人である。
その彼女が、イザナの病に気づき腕の良い医者と療養できる環境を提供してくれなかったら、イザナは二年前に預言の通り死んでいた。カナードもアリエッタもイオンも、ラクスには心から感謝している。きっと必要ならば敵対もする。その時に互いに手加減することはない。しかし抱いている感謝と尊敬が薄れることもない。そういう相手に出会えた事を誇りに思うだけだ。
「さて、いい加減行かなきゃ不味い時間だな。
・・・んじゃ、アリエッタも気をつけろよ。お前のお友達がいりゃ心配ない気もするが」
「勿論、です。カナードも、怪我しないでください、です。」
「んじゃ、とにかくまずは、”導師奪還作戦”だな。」
「「いってきます」」
そこでカナードとアリエッタは別れた。
何はともあれ、ここにも一つの勢力が本格的に動き始めた。
それぞれが少数の集まりながら、現オールドラント最強の人物達率いる三勢力の揃い踏み、である。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
のどかな村に昇り始めた太陽の光が差し込む。
農村の朝は早い。すでに起きて活動し始める人々の気配が賑々しい。勿論不快なものではない。
活気に満ちた人々の働く気配は、こちらも元気を分けてもらえたような気持ちになる。
思わず浮かんだ笑みを隠さずに窓から外を眺める。
(こうしてみると本当に良い村だなあ。)
ルークが寝入ってからこっそり起きて不寝番をしていたレンだ。
まさか他に護衛のいない状態で、正体を隠していてもマルクトの軍人までいる場所でのうのうと眠るつもりは無かった。ルークが気にするので一度寝た振りで誤魔化したのだ。いつもレンの方が起床が早いと知っているはずなので、大丈夫だろう。とりあえずもう少ししたらルークを起こして、今日の道程を確認しておこうと地図を眺める。その視界に緑色の影が入った。
(・・・・?あれ?)
見間違いかと目を凝らす。
(あれって、・・・・?)
間違いない、あれは
(導師?あっちは確か森の方角じゃ?
守護役も兵士も一緒にいないみたいだけど・・・・)
逡巡する。レンが第一に考えるべきなのはルークの安全だ。だが、世界の象徴と崇められる導師が危険な場所に赴くかもしれない可能性に気づきながら見過ごすのも問題だ。何よりも、年下の少年が危ないかもしれないと思えば捨て置くのは気が咎めて仕方ない。かと言って、寝ているルークを置いて他の人間を呼びにいけるわけもない。どうしようと悩むレンの背後で気配が動いた。
「・・・・はよ。」
「ルーク様。おはようございます。お体の調子はいかがでしょうか?」
「ん、平気だよ。ありがとな」
「勿体無いお言葉です、・・・あの、ルーク様」
振り返ったレンがルークの服を調えながら挨拶する。昨日辻馬車の御者から購入しておいた旅人用の服である。手持ちのアクセサリーを、乗車代金と荷物に交換したのだ。内の一着を手渡して朝のお茶を用意しながら、身支度を整えるルークに相談する。
「実は今外に導師のお姿を見かけたのですが、森のほうにお一人で向かったようで・・・」
「一人?守護役や兵士、は・・・・いねぇよな、昨日の様子じゃ。」
「はい・・・」
深々と溜息を吐くルーク。仕方なさそうに肩を竦めた。
「あ~~~っっとに、世話がやけんなぁ。仕方ねぇ、か。レン。」
「はい。」
「導師のことを追いかけようぜ。放っとくわけにもいかねぇだろ。
・・・あまり心配はない気がするが。」
「はい。・・・導師はご自分の身を守る術はお持ちだと思いますけど・・」
「ま、取り越し苦労ならそれで良い。朝の散歩だとでも思っとこうぜ。」
「そうですね。」
苦笑しつつ提案するルークに、レンも笑って答える。確かに昨日の導師の様子なら、そこらの賊程度を返り討ちする位できそうだ。
「では、参りましょう。」
「・・言葉遣い!」
「はい!・・えっと、いきましょう?」
そこでルークの指摘が入る。ついうっかり従者としての口調に戻っていたレンがぎこちなく言い直す。
「じゃ、行くか」
苦笑したルークが剣を差しながらドアを開ける。慌てて追いかけるレン。
・・・隣部屋のティアは、未だに眠ったままだった。
足早に歩く二人の視界に、やがて天を突くかのような巨木を取り囲む豊かな森が現れる。
村の北に位置するチーグルの森だ。ローレライ教団の聖獣と崇められている獣が生息するためそう呼ばれる。
葉を茂らせた木々が隙間無く密生しながら、差し込む陽光が木陰を美しく彩って暗い雰囲気はない。魔物が出ないならば散策に最適な環境だと思いながらルークの横を歩くレン。前に出ようとして再び怒られたため仕方なく妥協する。
(魔物がでたら譜術で直ぐに片をつければ大丈夫。)
気合を入れて周囲を窺うレンの思考を正確に読み取ったルークの微妙な表情には気づかない。
(つくづく、隠し事ができねぇ奴だな・・・・素直なのはいい事だけどよ。
てか、自分も公爵家のお嬢様だっていう自覚をいい加減持てって。)
取りあえずは気の済むまでやらせるか、と諦めるルーク。昨晩飛ばしておいた鳩がカイトとキラに知らせを届けるのを心待ちにする。さっさと追いついてもらわねば、レンの負担が洒落にならない。幾ら彼女が強くても、連日不寝番を務めての旅を続けるのは無理がある。既にエンゲーブまでの道で二日、昨夜で三日目だ。鍛えている人間でも後数日徹夜を重ねれば過労で倒れかねない。
(一応仮眠は取ったようだが・・・・カイト、キラ、早く来い)
そんな心配を含んだ視線には気づかないレンが振り返った。
「ルーク様、見つけました。前方30メートル、導師イオンです。
・・・失礼いたしますルーク様!・・・タービュランス!」
導師イオンの前に立ちはだかる影に気づいた瞬間放たれる譜術。
完璧に制御された中級譜術が、魔物だけを消し去る。
識別はしたが念のために、と余波すら導師に届かないようにと計算して展開される竜巻。
それに、イオンが僅かな感嘆を浮かべてこちらを振り返った。
「あなた方は、昨日の・・・」
「お怪我はありませんか?導師イオン」
イオンの前にたどり着くと、レンが恭しく膝を着く。ルークも倣いながら気配だけでイオンの様子を窺った。変装している今二人はただの旅人だ。導師の前で許可無く顔を上げることなど許されない。昨夜は気づかぬ振りで誤魔化したが、改めて会ってしまったなら礼儀は払わなければならない。
その姿を見下ろしたイオンがにこやかに口を開いた。
「顔を上げてください。発言も許可します。」
「「はい、ありがとうございます」」
「ええと、・・そういえばお名前を伺ってもよろしいでしょうか?
僕はローレライ教団で導師を務めています。イオンです。」
昨夜同様の穏やかな仮面の笑顔。優しい口調で話すイオンの瞳が鋭く光る。
「はい、私はルース。こちらはレインと申します。」
「仲がよろしいですね。ご兄弟ですか?」
「はい。・・?ええと」
ルークが答える。それに微笑みながらレインに手を差し伸べるイオン。どうやら助け起こそうとしてくれているらしいが、手を取って良いものかと迷うレンがルークに視線で助けを求める。
「導師様のお手を煩わせるなど恐れ多い。どうぞ御気になさらず。」
「そう、ですか?ではとりあえず立ってください。
そのままでは膝が汚れてしまいます。」
「は、はい!ありがとうございます」
許しに従って立ち上がる。レンが慌てて礼を述べる。イオンは苦笑しながら手を引っ込めて話を続けた。
「ああ、その口調もどうか・・普通に話しませんか。
此処は公式の場ではないですし、袖振りあうも多生の縁と言うでしょう?」
「ですが・・」
「ね?」
辞退しようとするルークの言葉に被さるように導師が押す。その類の笑顔に馴染み深い二人は反射的に返事を返した。
「「はい、ではお言葉に甘えて・・」」
(つーか、この笑い方、キラや母上と同類か・・・)
(兄さんやシュザンヌ様が、時々する表情に似てるなぁ・・
二人に会ったら気が合うんじゃないかな?)
熟練度は身内二人が上だが、同類の匂いを嗅ぎ取って疲れているルーク。
完全に味方ならともかく、判断の出来ないうちに接したいタイプではない。
レンのほうは些か呑気だ。大好きな二人との共通点を見つけて少し気を緩める。
「ああ、それよりも、危ないところを助けていただきありがとうございます。
妹さんはお強いんですね」
「いえ!勿体無いおことばで---」
「普通に、ね?」
にっこり、と笑みが強まった。
なんで皆同じ反応なんだろう、と思いながらぎこちなく口調を砕けさせる。
「いえ、どういたしまして・・・?(で、いいのかな?)」
「ふふ、お可愛らしいですね。さぞお兄様も心配でしょう?」
「わかってくれますか。」
少しであっても気を緩めた所為で感情が駄々漏れなレン。それを見たイオンが本物の苦笑でルークに会話を振った。これには心から同意するルーク。公式モードにならないときのレンの無防備さに胃を痛めつつ溜息。
(・・・・キラ。もうちょっとレンに危機感持たせとこうぜ。)
過保護人員その2である自覚はないルークが親友に語りかけた。
(まあ、良い。俺たちが守れば。)
やっぱり過保護な一言で思考を締めてイオンに向き直るルーク。
声音を改める。
「それよりも導師が一人でこのような場所にいらっしゃるのは危険では?」
「ええ、実は個人的に気になることがありまして。
・・そうだ!もしよろしければ付き合っていただけませんか?
貴方も腕がたちそうですし、勿論護衛の報酬はお支払いします。」
「いえ、お付き合いするのは構いませんが、私達のような見ず知らずの人間を護衛に据えるのは・・」
イオンが心配で追いかけはしたが、ルークのこともこれ以上危険な場所に置きたくないレンが控えめに異議を唱える。といってもあくまで一般人が導師の意見を正面から拒絶は出来ない。遠まわしに気が進まないことを訴えてみる。それに気づかぬ振りでイオンが答える。ルークが僅かに目を細めた。
「それが、最近エンゲーブの方を悩ませている食料の盗難事件の犯人が、この森にいる様で。」
「では、尚更マルクト軍の方に知らせるべきでは?」
「その犯人が、教団の聖獣とされるチーグルなんです。なので、出来れば僕がまず事情を聞きに行こうと思いまして。」
「ですが、」
「どうか、お願いできませんか。」
「・・・・わかりました。お付き合いしましょう」
「ルー、、ス?!」
「レイン。」
必死に言い募るレンの言葉を交すイオン。段々と焦り始めた時ルークが言葉を挟んだ。
慌てて本名を呼びそうになって口を押さえるレンにルークが小声で囁く。
「導師はどうあっても俺らに付き合わせたいらしい。
此処で無理に断って拗れても面倒だ。大丈夫だからとりあえず行ってみようぜ。」
「・・・わかりました。」
しぶしぶ了承する。
確かに導師が一人で行ってしまって何かあったら取り返しが付かない。
優先順位がルークに傾いているだけで心配なのも本当なのだ。
「では、私が前に、 「俺が前を歩くのでレインは導師をお守りしてくれ」 ルース!」
レンを遮って言うルークを見るが強い視線で制される。
・・・三人しかいないならどちらも危険度は変わらない。
先程同様敵を譜術で倒せば二人を守ることも可能か、と考えて口をつぐんだ。
「わかり、いえ、わかったわ。じゃあ、お願いね?」
「ああ、任せとけ」
「ふふふ」
微笑ましげに笑ったイオンに気まずげな顔をしたレン。
そのまま進み始めるイオンに従って歩き出す。
つくづく前途多難であった。
あれからイオンの歩調に合わせて歩いた三人は、森の中心に聳える巨木にたどり着いた。途中にエンゲーブ産の印である焼印が刻まれたりんごが落ちていたのだ。それを辿ってたどり着いたのが此処だった。一際豊かな自然の気配に囲まれた大きな木。
---ソイルの木。
---・・ン・・・・・の・・・
確かセントビナーにも同じ大木が在ると聞いたことがある。以前読んだ本の知識を探ったレンの脳裏に、ふっと何かが浮かびかける。だがそれが形になる前にイオンとルークの声がレンの思考を打ち切った。
「この洞の中にいるようですね。」
「ああ、どうします?入ってみますか」
「ええ、勿論です。・・・レイン?どうかしましたか。」
「いえ・・・・いえ、済みません。なんでもないです。
凄く、大きな木だなぁ、と思いまして。」
「そう、ですか?・・では、行きましょう」
「はい、導師後ろを離れないようお願いします。」
「はい、気をつけてくださいね」
心配そうなルークの視線が向くが、レンは笑って首を振った。イオンの言葉に笑みで答える。レインの歯切れの悪い言葉に首を傾げるが、まずはチーグルだと思ったらしいイオン。疑問の表情を改めてルークに向き直った。ルークもイオンを無視できずに、仕方なく洞に身を屈める。
二人にぼんやりと続きながらレンはもう一度遥かな樹上を見上げる。
----こ・木の浄・・用を高・て・・・・すれば、・・・グに、・・
---・・ら、・・・・計画は、・・・・
---・・ア!・・・とう!これ・・・
「レイン?」
「あ、すみません!直ぐに行きます」
今度こそ前方に集中してレンが追う。
浮かびかけた何人もの会話が立ち消える。
とても懐かしい、と感じたレンの感情も。
そう考えた事さえ一瞬で霧散する。
そして、葉擦れの音だけが残された。
ソイルの木は、変わらずにそこにある。
遥か遠い、とても遠い昔から、ずっとずっと、その場所に。
イオンを後ろに庇いながら洞に入ったルークは、一瞬で後悔した。
目に痛いパステルカラーが視界を埋める。
甲高い声が幾重にも木霊して耳がおかしくなりそうだ。
チーグルの群れである。
大木の外見から想像したとおりに広い洞の中に、隙間無く身を寄せ合った小動物が僅かの停滞も無く延々と鳴き続ける。単体ならば可愛いと思えなくもないころころと丸い生き物が、右に左に蠢いている様は鬱陶しいの一言に尽きた。
(・・・・うぜぇ。)
たとえ教団では聖獣と呼ばれようと、ルークにとっては只の動物である。何の衒いも無く内心で吐き捨てたルークが、イオンに場を譲る。とてもチーグルと進んで関わる気にはなれない。そんなルークに笑顔で礼を述べたイオンが話し始めた。
「失礼、僕はローレライ教団で導師を務めていますイオンと申します。
こちらに一族の長はいらっしゃいますか」
「ユリア・ジュエに縁の者か?」
返された言葉に人間三人の視線が集まる。そこに大きなリングを抱えたチーグルが鎮座している。この群れの長らしい。
「喋った?」
「ユリアとの契約で与えられたリングの力だ。」
思わず呟いたレンにチーグルが答えた。
(契約?違う、あれは・・・・)
何やら会話を始めるイオンとチーグルの長。それを聴覚から感知しながら、レンはこめかみを押さえる。キィンと甲高い耳鳴りが響いて耳の奥が酷く揺れる。頭痛を堪えるレンの脳裏に、反射的な不快感が巡った。
(それは、契約なんかじゃなくて、あの、人が、)
「おい!!」
そこで突然正常な五感を取り戻す。ルークが強く腕をつかんでレンの顔を覗き込んでいる。その後ろからイオンとチーグルがこちらを見ていた。突然始まって綺麗に消える頭痛。時折レンを悩ませている持病だ。治まってしまえば違和感も残らないのでレンは大したことがないと思っているが、いつも皆に酷く心配させてしまう。
(また、か。)
「すみません、もう大丈夫です。
---会話を中断させてしまって申し訳ございません。」
額に浮かんだ汗を払ってからルークに謝る。次いでイオンと長老にも謝罪した。不可抗力だが失態は失態である。そのレンの言葉に苛立ちを浮かべかけたルークが、次の瞬間には気を取り直したように返した。
(こっちの心配ばかりしてんじゃねぇよ!)
「いや、もう大丈夫か」
「はい」
「気分が悪いならば、外に出て休んでいても、」
「いえ、大丈夫です。お気になさらず。申し訳ございませんでした。」
イオンにも笑顔で答えたレンが姿勢を正している。苛立たしいのは事実だが、誰かにぶつける類の物ではない。ルークも表情を繕って再びイオンと長老に向き直る。ルーク自身も時折ある事だが、レンの場合本当に原因不明だというのが自分達の不安を煽るのだ。頭痛に苦しむ彼女の表情は、痛み以上の何かに囚われていて、とてもそのまま放っておけない。
(キラが此処に居ればまだ、・・・早く追いつけキラ。)
イオンらの言葉を聞きながら呟く。とにかく早くレンをキラの傍に戻したいと気が焦る。
(だが、まずはこの場の問題から片付けないと、どうにもならん、か・・)
忌々しく思いつつもイオンに尋ねる。
「・・・それで、導師はどうなさるおつもりですか。
幾らチーグルが教団の象徴を担うといっても、今回の問題は全面的にチーグルの過失です。この上なく悪質な。」
事情を知ってしまえば誰もが浮かべる当たり前の感想を述べる。
盗難事件の犯人は、やはりチーグル一族であったらしい。
それはそれで問題だが、最悪なのはその原因が、一族の子供がライガ一族の住まう森を誤って燃やしてしまった事だそうだ。当然激怒したライガの女王は新たな住処を探すまでの仮宿と、火事で失われた群れの戦力の代わりに食料の調達を命じた、と。
「それにしても、チーグルとやらは随分と卑劣な種族なのですね。」
苛立ちに任せて辛らつに言い切る。イオンの前でこのような振る舞いは本来許されない。
だが、今のルークにそんな配慮をしてやろうという余裕などなかった。
「比べ、住処を理不尽に奪われ仲間を殺されたにも関わらず、仮宿の提供と食料調達の手伝い程度で許すとは、ライガの女王とは寛大な方だ。 その寛大な御心に感謝して仲間全員で努力をすれば不可能な条件ではなかった。それを一方的に破棄した貴方方が卑劣でなければ何だというんです。」
「・・な!!だが我々も大人しく食われることを選ぶことは出来ぬ」
「楽な方法を選んだだけでしょう。先程イオン様が仰ったようにこの森はとても豊かだ。
まさか自分達の食い扶持しか確保できないなんてことはなかったはずです。
ライガ一族に必要な食料は確かにチーグルの消費量から比べれば大量になるでしょうが、
それでもこれは犯した罪にたいする罰なのです。多少の苦労は当然だ。」
言葉に詰まる長が逃げ道を探すように目を泳がせる。その狡猾な表情に嫌悪を募らせたルークが言葉を続けた。
「当然払うべき対価を渋って他種族から食料を盗難するという手段で余計な被害を広げた。
その結果、食料を奪われた他種族・・つまり人間からの報復の危険にライガ一族を晒したわけだ。
もういっそ、全員でライガの女王に身を捧げるべきでは?」
「な!だが・・・!!」
往生際が悪い長老から視線を外してイオンを見るルーク。
「それで、導師は何をなさるおつもりです。」
「そう、ですね・・・」
「決まっています!!ライガを説得するべきです!!」
甲高い声が割り込んだ。
「貴方達!!こんな危険な場所に導師をお連れしてどういうつもり!!」
ティアだ。詰め寄る彼女にルークがうんざりと返す。
「何故此処がわかった?」
「村の人に貴方達が北の森に向かったと聞いて追いかけたのよ!
そんなことより、導師イオンに対するその態度も何なの?!」
ルークの怒りを感じて口を挟めなかったレンが思わず耳を塞ぐほど大きな声で喚くティア。何事か考えていたイオンも眉を潜める。
「その導師の言葉を無礼に遮ったお前が言える台詞かよ。
しかもライガを説得だと?どうやってだ?」
「何をいってるの?当然でしょう。ライガは本来この森の住人じゃないのよ。
今の状態は本来の食物連鎖に反するわ。ならば出て行ってもらうべきよ。」
イオンが唖然とする。レンも肩を落とす。ルークが答えた。
「お前もチーグルの同類か。加害者に都合の良い理論で被害者を迫害するわけだ。
・・・どうりで自分の罪に無自覚だと思ったよ。」
そのルークの言葉に顔を上げたイオンが問おうとするが、ティアの怒号が遮った。
「いい加減にして!!私は悪いことなんかしてないわ!!
あれは個人的な事情があって仕方ないことだったといったでしょう?!
ライガが此処にいるのが間違いなんだから、出て行くならライガのほうよ!!」
「・・・・・・・・・そうか。で?導師の結論は?」
低い声でルークが聞いた。
ティアには視線を向ける価値もないと態度の全てで語る。
流石のレンも、ティアを庇おうとは思わない。
「そう、ですね。・・・・交渉はします。」
「ほう?どの様に。」
試すように語尾が上がるルーク。募りに募った教団への不快感で導師に対する不信も跳ね上がる。敬語が形のみになりかかっている。イオンもティアを見て何かを悟ったらしい。そのルークの態度には言及せず答えた。
「原因はどうであれ、ライガにこの森に滞在されては各方面への影響が大きます。
それに、・・・・・チーグルが教団の聖獣である事実は変わりません。」
その言い方に、少し我に返ったルークが態度を戻した。
「象徴、ですか。」
「そういうことです」
仮にチーグルの過失を知らしめたとしたら、それは聖獣の権威の失墜を意味する。教団の威信の問題だ。
まあ本来は加害者がチーグルなのだから、それも已む無しと考えることは出来る。だが一度根付いたイメージは消えない。チーグルは聖獣だ。つまり人間にとってチーグルは善なのだ。
幾ら今回の事件でチーグルが全面的に悪くても、人間社会からみればチーグルに害を為す側が悪なのだ。もともとライガは肉食で人間には害獣だと認識されている。エンゲーブの盗難にライガが関わっているとしれたら、無条件でライガは殲滅対象にされるだろう。冷たいようだがそこでライガを残らず滅ぼせるならそれで良い。しかしそれは不可能だ。そうなれば生き残ったライガは教団を敵と認識する。気高いライガが無差別に教団員に襲い掛かるとは思わないが、楽観はできない。教団とライガ一族の闘争などいう事態になったら目も当てられない。
だから、イオンはマルクトに知られる前に、この事件の片をつけたがっている。
そして最も早く収束させる方法は、やはりライガに移住してもらうことなのだ。
(ここは、エンゲーブに近すぎる。
マルクトが事態を知ったら即座に駆除を決定するな。・・・・仕方ねぇ)
「・・・・わかりました。とにかくクイーンの元へ向かいましょう」
「ありがとうございます」
視線で意図を伝え合ったルークとイオンが同じ結論に達する。
教団の威信だけが問題ならルークにとっては感知する義理もない。が、被害者のライガが理不尽に迫害されるのを見過ごしたいとは思わない。要するに利害の一致だ。ルークとイオンが速やかに踵を返す。会話には入れなかったが、理由はなんとなく察したレンも追いかけた。
「あ、交渉に必要だからこいつは借りてくぞ。」
何時の間にやら長から抜き取ったリングを掲げたルークが、片手に事件の犯人であるというチーグルを掴んでいる。
「みゅ!みゅみゅみゅみゅ!」
「うるせぇよ、とりあえず今回は生き延びられた幸運だけをかみ締めて死ぬほど反省しやがれ!」
「ちょっと!!待ちなさい!」
チーグルに肩入れするティアが何か言いかけるが、それはイオンが笑顔で遮った。
「ああ、そうですね。交渉しようにも言葉が通じなければどうにもなりません。
では、長殿、そういうわけですので。失礼しますね。
・・・・・今後、このような不始末をしないよう、肝に銘じて置いてください」
最後の言葉を長達にだけ聞こえるように低く囁くイオン。その響きに何を感じたのか一族総出で小刻みに肯いている。
「では、いきましょうか」
「はい!」
ティアだけが元気良く返事した。ルークとレンは目を見交わして苦笑を零す。
(やっぱり、キラ達と同類だ)
(キラ兄さんと同じだね。強いなあ)
ライガクイーンの寝所への道中、通訳にとつれてきたチーグルの子供---ミュウと名乗った--は何故かルークとレンに懐いた。
乱暴な手段で連れ出したのだから怯えるかと思いきや、ルークの言葉と長の言葉を聞いて何か思うことがあったらしい。全ての原因である火災を起こしたことを後悔していたミュウは、贖罪のための食料調達の方法が根本から間違いだったと知り、その影響でライガ一族がどれほど危険な立場に立たされたのかを理解して、長老達への不信を覚えた、と拙い口調で言った。
それを教えてくれたルークは、一族の者よりも信頼できるからと言ったのだ。
ライガクイーンとの交渉で、必要ならばこの身体を捧げることも辞さないと宣言した。
もしもクイーンに許されることがあるならば、恩返しにルークに忠誠を誓うと言った。
勿論ルークにとって大事な人らしいレンに対しても同様に仕えると言う。
その潔さに感心したルークとレン。とてもあの長老が率いるチーグル一族で育ったとは思えない。イオンも傍らでミュウの言葉を聞いて満足そうに肯く。ティアだけはミュウの外見のみに視線を奪われて欠片も話の内容を聞いていないが、最早誰一人それを指摘しようともしなかった。
そしてクイーンの寝所に近づく。
ティア以外の三人と一匹に緊張が走った。・・・周りを囲まれている。
姿は隠されているが、ライガであることは間違いない。ミュウに対する憎しみを漲らせながら、無差別に襲うような真似をしない誇り高さに再び感心する。さすがは森の王者と讃えられる種族である。チーグルなどとは比べ物にならない矜持の高さ。ルークとイオンがちらりと苦笑を交す。レンは油断なく周囲をうかがってルーク達の安全確保にのみ集中する。何も考えずに着いてくるだけのティアはただの付属物扱いである。
「では、ミュウ。通訳をお願いしますね。
・・・・失礼いたします。私はチーグル一族の代理人として参りました、イオンと申します。
ライガ一族の長殿に聞いていただきたい話があるのです。」
そのままミュウが訳す。一瞬間が空いて、奥の影からライガの声が響いた。どうやら入室を許されたらしい。
「みゅ!女王さまが、取りあえず入って話してみろといってますの!」
「ありがとうございます。では失礼いたします。」
道中と同じようにまずルークとミュウが、次いでレンとイオンが、最後にティアが続く。・・・本来一番先頭で矢面に立つべき本職軍人の役目を放棄して恥じることのないティアへの期待など微塵も抱かない。せめて後ろからの奇襲にたいする盾に位なれ、というのがルークの意見である。レンも隣のイオンと前のルークを同時に守る事だけに気を割いているので、ティアにまで配慮する余裕はない。曲りなりにも軍人なのだから自衛くらいはしてください、と思ったので否定はしなかった。
「・・・初めてお目にかかります。
私はローレライ教団の導師を務めております、イオンと申します。
こちらは道中の護衛を勤めてくれたルースとレイン、このチーグルは今回の会談での通訳にとつれてきました。寛大なお心で私どもの申し出を受けて下さり、ありがとうございます。」
ティアの存在を故意にスルーして話を進めるイオン。いい性格だ。
イオンの言葉にライガクイーンが一つ吼える。ミュウがすかさず訳した。
「みゅ!私はライガの群れを率いているものだ、丁寧な挨拶には痛み入る。
何かいいたい事があるのなら聞こう、といってますの!」
ルークとレンがひたすら感嘆の目でクイーンの巨体を見上げる。その悠然とした姿といい、聡明な眼差しといい、これこそが正しく王者の貫禄というものか。インゴベルトなどとは比べるのもおこがましい。魔物であることなど評価を下げる材料にもなりはしない。
(さすがクイーン。)
(格好いい・・・・)
「はい、では・・・・大変申し上げにくいのですが、ライガ一族の方々にこの森から住居を移していただきたいのです。」
恭しい態度ながらイオンがきっぱりと言い切った。それをミュウが伝える。途端クイーンの怒声が響く。当たり前の反応であるからイオンら三人は変わらず礼儀を守って頭を下げる。ティアだけが怯えて武器を構えようとしたのを、近くいたレンが抑えつけた。睨まれるが力を緩めず後ろに押し出す。
「お怒りはご尤もです。今度の事件に関して、チーグルに弁解の余地はありません。
・・・・ですが、ライガ一族がこの森に滞在するのは、お互いの為にもならないのです。」
低く唸る声で先を促すクイーン。イオンが続ける。
「ご存知の事とは思いますが、この森はエンゲーブという人里に近すぎます。
貴方方に非がなくとも、人間にとってライガは天敵に等しい存在なのです。
もしも此処に貴方方が滞在を続けると、早晩人間達は排除のための策を実行するでしょう。
幸いライガ一族の皆様なら居住が可能そうな場所に心当たりがあります。ここから距離がありますが、北にずっといった場所にキノコロードと呼ばれる森です。広大な森林区域には多数の獣達が生息しているでしょうし、何より人間はおいそれと近づける環境ではないため、ライガである貴方方には比較的住みやすいかと。
・・・・どうか、住居を移していただけませんか。お願いします。」
クイーンが問うようにイオンに視線を合わせた。
「私は出来れば貴方方に犠牲になっていただきたくはありません。
ですが、此処にいらっしゃるのならそれを防ぐ術はないのです。
どうか、」
重ねて懇願するイオンの真摯な眼差しにクイーンが黙考する。
僅かな逡巡で答が出たらしい。天に向かって一声吼えてから、イオンを見つめる。
「みゅ!今回のことは礼儀を尽くそうとしたお前に免じて我らが引こう。
だがチーグル達を許すわけではない。人間を利用して身を守ろうとしたその卑劣さは侮蔑に値する。
二度と我が一族の目に触れる場所に出ることは許さぬ。二度目はないと伝えろ、と言ってますの!!
・・・ごめんなさい!女王様!全部ミュウが悪いんですの!!」
クイーンの言葉を伝えたミュウが、必死に身を乗り出して謝罪する。大きな頭を地面につくほど下げて震える身体でいいつのった。その姿を一瞥したクイーンが小さく吼えた。
「みゅ!お気が済むなら、ミュウは食べられても良いですの!
悪いのはミュウですの!」
どうやら、ならば我らに身を捧げて罪を償うか、と問われたらしい。ミュウが震えたままでもきっぱりと答える。その姿に僅かに目を細めたクイーンが唸る。
「ありがとうございます!!このご恩は一生忘れませんですの!!」
ミュウの潔さに免じて許すとでも言ったのだろう。クイーンの寛大さもだが、ミュウにも感嘆が集まる。幼いながら、どこまでも男らしい子供である。
「ありがとうございます。
クイーン並びにライガの一族の方々には重ねて御礼とお詫びを申し上げます。」
「「ありがとうございます」」
「・・・」
イオンが再び深く頭を下げる。会談を邪魔しないように控えていたルークとレンも、共に感謝の言葉を捧げた。ティアが不満げな表情で見ているが無視した。とにかくこれで問題解決の目処がついたのだ。三人と一匹は安堵する。
若いライガに指示を与えながら、慎重に卵を抱えるクイーンを心配そうに見守る。そこでルークに耳打ちされたレンがそっと前に出た。
「失礼いたします。恐れながら申し上げます。
女王陛下、もしよろしければ産後のお体への負担を癒すために譜術を使わせていただきたいのですが。そちらのお子様をお守りするための防護の術も心得ております。どうか、」
控えめに申し出る。卵を産んだばかりの女王が、新しい住居までの旅路を少しでも安全に過ごせるようにと考えたのだ。治癒術を専門に修行と研究をしているレンは、既存の術のほかにオリジナルで開発したものもある。元々はレプリカとしてのハンデを抱えるルーク達を守るためにと考えた結界術の応用だが、クイーンの卵にそれを施せば道中の心配事が減らせるだろう。口を出していいものかと悩むレンに気づいたルークが背中を押してくれたのだ。
「・・・・いいだろう、可能ならばたのみたい、といってますの!!」
眼差しを和らげたクイーンがレンに向かって巨体を屈めた。顔をほころばせてレンが近寄る。
「はい!ありがとうございます!!では失礼いたし、
・・・・!!皆様!!お下がりください!!・・・・グランドダッシャー!!、、っバリアー!」
和らいだ雰囲気をぶち壊したのは、背後から放たれた攻撃譜術だ。
いち早く気づいたレンが、ルークとイオンを突き飛ばしクイーンを庇う。即座に攻撃を相殺するための譜術を放った。同レベルの譜術同士を同時にぶつけることで威力を殺しあうという乱暴な手段だが、最も確実に攻撃を防げる。ただし相殺された譜術の余波が広がるのは避けられない。だから同時に結界を張ってルーク達とクイーンを守る。三人を僅かでも離して下がらせたため個別に術を施さなければならず、己を守る余裕を失う。失態に顔を歪めつつレンが衝撃に吹き飛ばさる。背後のクイーンがレンの小さな身体を受け止めた。辛うじて急所は庇いはしたが全身が傷ついたレンに駆け寄るルークとイオン。
「「レイン!!」」
「みゅ!レインさん!」
「な、なにが・・・」
クイーンが激情に煌く視線を寝所の入り口に向ける。ルークも怒りを漲らせて剣を構える。イオンがレンを庇うように前に出た。戸惑うだけのティア。ミュウは必死にレンの手をなめる。全員の視線を受けて歩み出たのは青い軍服の男。ジェイド・カーティスだ。
「おやおや、わざわざ攻撃に身を晒すとは・・・イオン様、ご無事です・・」
「ジェイド!!」
業とらしく肩を竦めたジェイドの言葉を遮ってイオンが叫んだ。その咎めるような響きに眉をしかめたジェイドがイオンを見た。
「どうしました、導師イオン。
私は貴方の身をお守りするために魔物を攻撃しただけです。
彼女が勝手に前に出たのは本人の落ち度でしょう。」
「貴方は状況が見えていないのですか!!
クイーンは寛大にも自ら退去してくださるところだったのですよ!!
それを奇襲など仕掛けた挙句、僕達を守ってくれた女性にその態度!
レインとクイーンに謝罪なさい!!」
叱責されても態度を変えないジェイド。味方識別を施していたのだからイオンらに危険はなかったのだとでも言いたいのだろうか。そういう問題ではないという事に気づきもせず、無言でイオンを見下ろしている。
イオンがますます眉を吊り上げ、ルークが殺気を放つ。ティアは場違いに安堵して二人と二匹に睨まれる。クイーンが気遣わしげにレンを揺らす。直ぐに気がついたレンが顔を上げた。
「・・・失礼、いたしました。女王陛下、イオン様、ルースも、お怪我は・・?」
「・・!だからお前はまず自分のことを心配しろ!!・・・無理に動くな!」
この期に及んでまず他人の怪我を心配するレンにルークが叫ぶ。取りあえずイオンがいるならジェイドがこれ以上攻撃することはないだろうとレンの傍に駆け寄り、クイーンに感謝の視線を向けてから傷ついた頬を拭った。
「どこか酷く傷めたか」
「いえ、かすり傷です。ありがとうございます。
女王陛下も申しわけございません。」
見上げて微笑むレンの顔に鼻先を摺り寄せるクイーン。滑らかな毛皮の感触に擽ったそうに笑う。それを横目にイオンが厳しくジェイドの名を呼ぶ。仕方なさそうに向き直るジェイド。ルークがレンの前に出たまま睨みつける。
「・・・大変失礼しました。お怪我は?」
「いえ、平気です。御気になさらず」
レンが微笑んで答える。流石に穏やかな心境ではなかったが、表面上は気にしていないように振舞った。取りあえず守るべき三人に怪我がなかったのだからよしとする。ルークの袖を引いて止めながら、クイーンに向き直った。
「お待たせいたしました女王陛下。
では術を行わせていただいてよろしいでしょうか」
自分と卵を本気で気遣っているレンの表情を読んだクイーンが再び身を屈めた。ジェイドの存在などないものとして振舞う。結局クイーンには一言もない無礼さは見なかったことにした。口先だけの謝罪など不快なだけだ。
それよりも、魔物である自分に本心から礼を尽くしたイオンとルーク、人を食らうと嫌悪されるライガの子供にまで本気で優しさを向けるレンへの興味が勝った。この三人は信用できる。だから今回のチーグルの罪を許してやろうと思えたのだ。火災の実行犯であるチーグルの子供の潔さにも感心したのも事実だが。
身を包むあたたかな力に心から癒されながらクイーンが満足気に唸った。次いで卵に何やら譜陣を描いた布を巻いているレンの頭に鼻を寄せる。レンがその術の効果を説明するのを聞きながら、今は人間社会で生活する育ての娘を思い出すクイーン。・・・アリエッタは息災だろうか。
「・・・ですから、安全な場所に落ち着かれましたら、この布を外してください。もしも必要ならばそのままでも支障はございませんが、女王陛下が直接触れて差し上げたほうが、お子様方もお喜びになるかと愚考いたします。」
あくまでライガの卵を守るべき赤子として扱うレン。ルークとイオンが微笑ましげに見守るが、ティアは不満そうだ。ジェイドは既に興味すら無さそうに佇むだけなので放置する。つくづくジェイドがこういう時の対処に不向きであることを再確認しただけだ。まあ、この場合は助かっているので構わない。
最後にレンに感謝するようにすり寄ってから、イオンとルークに挨拶するように吼えるクイーン。
その威厳に満ちた後姿が群れを率いて立ち去るのを見送る一同。
「・・・随分と優しいのね。それとも甘いのかしら。」
ずっと存在を無視されていたティアがそこで不満げに吐き捨てる。
ルークもイオンもレンも聞き流す。今更過ぎて注意する気にもならない。しょんぼりと俯いたミュウの頭をこっそりと撫でてやるルーク。ジェイドは変わらず無言で立っている。ティアは誰も反論しないからと更に声高にいい募った。
「ライガが引き返してきて村を襲ったりしたらどうするつもり?
ライガの幼獣は人間を食べるのよ?」
「心配は無用です。
人間と違ってライガの女王は約束を破って平然と開き直るような恥知らずではありませんから。
彼女がはっきりと約束した以上この問題は此処までです。いいですね?」
「ですが、導師イオン!」
「良いですね?」
反論しようとするティアに重ねて念を押すイオン。
自国の最高指導者に対してすらその振る舞い。本気で常識を0から勉強しなおせと思うルーク。口には出さない。面倒だからだ。
そこで場違いに穏やかそうな口調でジェイドが口を挟んだ。
「では、そろそろ帰りましょう。イオン様、貴方には大事なお役目があるでしょう?」
「そうですね、面倒をかけてすみませんジェイド。ありがとうございます。」
こちらも表面だけは穏やかに返すイオン。ジェイドの態度を矯正するのはとっくに諦めているのだとその表情で知れた。
(うわぁ・・・)
(類は友を呼ぶってか?)
「では、ルース、レイン。お二人もありがとうございました。
よろしければ村まで一緒に帰りましょう。」
「「はい。」」
こちらには幾分柔らかく微笑むイオンにレンとルークが返事を返した。多少なりとも危機を潜り抜けた連帯感で繋がる三人。ころころと足元を転がるミュウがそれを見上げて笑った。ティアは再びルークを睨むが無言は保つ。ジェイドが口元にひらめかせた笑みに嫌な予感は感じたが取りあえずエンゲーブへの道を辿った。
*主人公その2.ヒーローです。
*PTメンバーには嫌われてますが、そこは原作初期も同じなので。
(というかつくづく管理人はPTメンバーに優しい話展開が出来ません)
*勿論皆に愛されてます。
*キラ様とシュザンヌ様の教育により優秀な公爵子息。被験者にも勝てます。
*キラ様の野望はルークを次の王様にすること。ルークが嫌がったときは仕方ないのでアッシュを王に据えて自分が宰相か元帥にでもなってアッシュを再教育する気満々です。(今のところ聞こえるアッシュの評価を聞いてそのまま王に据える気は皆無です。)
*そうなったら、ルークをファブレ公爵にして、ルークが文官希望なら宰相に、武官希望なら元帥にして、自分はその反対をすればいいかと思ってます。
*シュザンヌを母として、キラを師匠兼兄兼親友として、レンを幼馴染の友人で妹として、カイトを育ての親権親友で忠実な従者として、シンクを悪友兼同志として、ディストを信頼できる年上の友人として、フローリアンを友人兼弟分として、愛してます。勿論他の仲間たちも大好きです。ツンデレなので口には出しませんが。素直に好意を表現するのは母とキラとカイトとレンに対して位。・・・結構多いですが。他は取りあえず隠そうとします。仲良しなのでばればれです。そんなところも可愛いなあとシュザンヌとキラとカイトは満面の笑み。レンとディストは微笑ましいなあと思ってます。
*父を通じてまわされる公務にて遺憾なく優秀さを発揮。上層部にも優秀だと評判です。インゴベルトやクリムゾンらには、優秀でも所詮はレプリカだと蔑まれてますがルークは気にしてません。キラ達が信頼してくれてるのでそれで十分です。
以下は連載の展開ネタバレ設定です。
*キラと連名で行っている政策によって国民にも名前を知られてます。ですがそれ以上に軍部所属の人間に大人気。キラが日々ルークを褒め称えるのと、レンがルークを敬愛している様子を見ていたことが切欠でした。その後キラと連名で作った政策を見て評価されてます。
*例えば預言重視のキムラスカでは昇進なんかも預言を参考にしてたんですが、それはおかしいと少しずつ改革を始めました。実行はキラですが、発案・協力したのがルークだということも同時に公言して行ったので。
取りあえず昇進制度を実力重視にするために試験制にするとか、士官学校の入学規定を貴族階級の人間優先のものから、キムラスカ国民なら誰でも入学できるようにかえるとか。ファブレの領地であるベルケンドから研究者や医師を斡旋して治療班や医療設備を広く充実させるとか。お陰で今まで庶民には敷居が高かった仕官への道が広がり、軍務中の犠牲者が減ったとかで少しずつ人気があがり始めます。他にも教育制度の充実をと一般向けの学校設立計画とか色々構想中。まだ書類段階ですが、知ってる人は知ってるので期待が集まってます。(クリムゾンやインゴベルトは気づいてません。預言に詠まれない事が起こるはずがないと思ってるので、多少の構造改革位たいしたことはないと気にもしませんでした。所詮はレプリカのする事ととも思ってますので尚更です。)
*被験者には特に強い感慨はありません。「自分は死の預言が怖くてヴァンについていったくせに今更被害者面か。良い身分だな。」と吐き捨ててそれで終わりです。そもそもルークは”ルーク”の影武者扱いですので、居場所を奪った云々は言いがかりです。もしも何も知らずにいたとしてもアッシュが自ら逃げた以上同じことだと気にも留めてません。ローレライからの交信で頭痛に悩まされてるのは被験者が使えねぇ所為じゃないのかと悪態をつきますが直ぐに忘れます。
*なによりシュザンヌ様が、アッシュに帰って来て欲しいと思っているのを知っているので多少の嫉妬も含まれますが。まあ、家出した不出来な兄に冷淡な弟ってとこでしょうか。
*ていうか、そんなに帰りたいならさっさと戻ってこいよ。そしたら俺も自由に動けるし、と思ってます。
*キラたちとの計画を成功させたら隠居したいなあと思ってます。まあ、今は影武者でもファブレ子息であることに変わりはないので、それなりに責任を果たす気はあります。でも王になるのは嫌だなあ、てかこのまま王政続ける意味もなくね?すでに純粋な王族の数も少ないことだしさぁ。いっそ政治体制変えてみようかなぁ。とか考えてます。今はまだ発想段階なので、皆には打ち明けてませんが。そのうち計画をつめてキラに相談しようと思ってます。
*ナタリアとは婚約してません。インゴベルトが、今のルークがレプリカだと知って即座に破棄しました。表向きは記憶喪失になったルークの心情を慮って、本音ではレプリカなんぞが可愛い娘の婚約者などと、とか言い捨てて速決。事情に気づいてない上層部も、当時赤子同然になったというルークを見下してましたので、さもありなんと承認しました。むしろナタリアに同情が集まったほどです。
*ルークも、初対面時からずっと、十歳の時の約束とやらを思い出せと迫り続けるナタリアに良い感情はないのでむしろ喜んで受け入れます。その後のナタリアが、婚約しなおそうと更に躍起になった姿に更に冷めます。・・・つーか、本気で被験者との違いに気づいてねぇし、と呆れ気味。
*大爆発の予防策は対処済み。根本的な解決はまだなので、間に合わせではありますが。両腕にはめてるキャパシティコアと譜業を組み合わせた腕輪がそれです。ディストとキラの渾身の作。レプリカの大爆発の原因はまず身体の音素乖離だということで、個人用に設定すると肉体を構成する音素を自動的に調整補充するタイプの装置です。勿論音素の拡散を防ぐ機能もついてます。過去にジェイドが作りかけて途中放棄した構想をキラが設計しなおしディストが完成させました。シンクやフローリアンもつけてます。完全同位体でなくてもレプリカの構成音素が隔離しやすいのは事実なので。今はまだ渡せてませんが7thイオンレプリカの分や、これから生まれるかもしれない他のレプリカ用に予備も用意してあります。改良を重ねて量産体制の準備も進めてます。(これは念のためですが、備えあれば憂い無し、ということで)
*本名:碇レン
*エヴァ世界からトリップ諸々の事情で女の子になった碇シンジです。
*ヒロインです。皆に愛されてます。
*ブラコンです。当たり前にキラ兄様を基準に行動を決定したりしてます。
*シュザンヌ様大好き。敬愛してます。あんな風になりたいと呟いて、キラやルークやカイトやシンクらに、今のままで良い!せっかく可愛く育ったのに勿体無い!と力説されます。
*ルークもカイトもシンクもフローリアンもディストもラウやレイやシンも好きです。尊敬してます。家族として扱ってもらえて嬉しいです。でも自分は本当は庶民だという認識があるので基本敬語を崩しません。彼らにはもっと砕けて良いのに・・と言われ続けます。でもうなずけません。っていうか今の立場は公爵令嬢なんだから問題なくね?ナタリアだってそうなんだし。と日々説得されます。
*でもキラには比較的甘えやすいので気を抜くと子供っぽく喋ってしまいます。それを見たルークとカイトは笑顔で嫉妬。顔が引きつってます。シンクはそっぽを向きつつ羨ましがります。フローリアンは素直にずるいと叫びます。キラ様大得意。自慢します。シュザンヌ様は嘘泣きで落とします。ディストは苦笑で眺めます。そんな日常。
*レプリカが劣化するっていう学説も根拠なんかない偏見だし、という考えです。だってレプリカ研究に熱心だったマルクトでも実際に研究所が本格稼動していたのはジェイドが技術を作ってからホド戦争後長くて数年です。当時被験者だった人間だって若くても十数歳程度から成人した大人です。つまり、どれ程長く生きたレプリカでも被験者の年齢に追いついていたレプリカは存在しないはずなんです。もしも幼児を被験者にするほど外道だったならともかく。実行していたとして未熟な幼児同士の能力比較でわかることで研究に必要なデータが揃うとも思えません。
そしてレプリカはいくら刷り込みをして知識を埋め込んでも、実際は赤子や子供と変わりません。知識があっても経験のない人間の能力と、実際に経験を積んで技術を身につけた被験者を比べて劣化云々って、どこが公正な比較なんだ?と考えたら、レプリカの劣化説ってたんなる偏見だなあ、と考えました。
*ヤマト家の養女です。キラと血のつながりはありません。一般市民です。でもキラの暗躍により、キラの実妹(ヒビキ博士の第2子設定)設定でヤマト家に迎えられました。知ってるのはヤマト夫妻とキラとシュザンヌ様のみです。(他の面々はキラと血のつながりのないヤマトの養女だという事実しか知りません。推測はしてますが、レン本人を気に入ってるので別に構わないんじゃないかと考えてます)なのでこの世界の常識その他(特にキムラスカ)について勉強した後は、これって身分詐称ってことだよね・・・・と日々申し訳なさと居た堪れなさに身を縮めてます。
*キラとシュザンヌはレンの身分云々について特に気にしてません。というより、キラは「この子を保護するにはその位の工作は必要じゃないかな」、と嬉々として情報操作を行いました。本人が気にしてるので日常的に少しずつ諭します。シュザンヌ様はキラと共犯関係になってから、妹ですとレンを紹介されました。その時に実は~とキラが事情を話してみたんですが、まあ良いんじゃないかしら?とあっさり承諾。
この時点ですでにナタリアのことを知った後でしたし、身分を詐称して悪事を企むわけでもないし、何よりレンの事情を聞いて絆されました。キラのことは信用してるし、キラの執着振りをみて必要なことだろうとも考えて受け入れます。直ぐに本人のことも気に入ってキラの決断を褒め称えます。シュザンヌ様は可愛い娘も欲しかったらしいです。
*シュザンヌ様にとっては娘代わり。兼着せ替え人形です。キラと一緒にファブレに招かれると必ず新作ドレスを贈られます。遠慮しても聞いてくれません。果ては悲しげに見つめられて三秒で陥落。勿論嘘なきですが勝てません。レン本人は自分から選んだりしないような素晴らしくドレッシーなデザインから、比較的カジュアルな服装まで、クローゼットの中が日々キラキラしくなっていきます。貰った以上は、となるべく着てみようとしてるので、シュザンヌ様喜び勇んで新たな服を用意。さらに増えます。エンドレス。
*もういっそルークの嫁にすれば可愛い息子と娘に囲まれるばら色の日々よねぇ・・・。とか考ええ始めました。その意見に関してはひっそりとキラと対立中。でもキラも相手がルークなら・・・・まあ一万歩譲って・・・いやいやいや!!と揺れてます。
*キラの仕事の補佐をしてます。
士官学校の教師の助手。医師としてのキラの助手兼看護婦兼薬剤師。勿論資格は取ってます。基本的な譜術その他の武術はキラが師匠です。あとは自分で修行しました。
で、以下は今後の連載の展開ネタバレに関する設定です。
・・・レンはある一定期間の記憶を封じられてます。
*記憶の封印は複数名の思惑が絡んでます。悪意はないです。むしろレンのことを守ろうとして、辛いだろう記憶をけそうとした結果です。
*で第2章から始まる崩落までの間は、サードインパクト直前までの記憶と、この世界に飛ばされたのはインパクトで使徒になっちゃったからだという認識くらいしかありません。でもなんとなく記憶が断絶している期間に、何か大事なことがあったはずだという意識はあります。記憶を刺激するような切欠に触れるたびに思い出しかけてはやっぱり無理だという歯痒さを繰り返し味わう日々。でも記憶を封じている暗示が、その歯痒さそのものも封じます。だから発作みたいに記憶を取り戻しかけて頭痛に苦しみ、暗示が発動して何事も無かったように立ち直る姿を、身近な家族や友人に心配される日々。本人には微かな違和感しかないのでどうしようもできませんが。
*今の身体は、ユリア達が開発した技術でつくったクローンみたいなものです。完成したレプリカ技術のほうがちかいでしょうか。音素を具現化させてくみ上げたもう一つのからだなので、ベルケンドなどで検査しても被験者と判断されます。
*作中で幼い幼いといわれてますが、原因はその所為です。構造が完璧でも、その身体を使い始めた年数はまだ数年程度なので、その分表現能力などが発達してません。+元々自分の感情を押さえ込むことが当たり前だったため、感情表現する行動のレパートリーが少ない所為でもあります。
*シンジだった時代は幼少時の苛めなどの原因で対人能力の不足してました。第三新東京市に来て初めて友人と遊んだりという行動を許されてから、比較的感情を表すようになりましたが。それでも経験不足は否めません。つまり、記憶は封印中ですが、ユリアたちと過ごし始めてからやっと素直に笑ったり怒ったりすることを覚え始めてたんです。今はキラ達に愛される実感を持つことで、自分の感情を見せても良いのだと考えられるようになりました。でもまだ成長途中なので、表現が素直すぎて子供っぽく見えるんです。
*ルークのことは好きです。信頼できる友人で敬愛する将来の上司です。(王様でも公爵でも立派に務めるんだろうなぁ、と思ってます。)実年齢七歳でこんなに色んなことが出来るなんてすごいなぁ、と尊敬してます。外見も格好良いし、社交界にでたらきっと大人気なのに・・・勿体無いなぁ。あ、でも一緒にお茶とか出来なくなったら寂しいかも・・・と思ってみてます。尊敬しつつ、大好きな友達を取られたら、と不安がる子供です。レプリカ云々に関しては、綾波レイの事がありますから、身体が同じでも記憶や経験が違えば結局は違う人間だと実体験から考えてますので。
*キラの葛藤とかシュザンヌ様の野望には気づいてません。というか本人的に今の自分は女だという実感が足りてません。外見が女なら、と言動を修正したりマナーその他には気をつけてますが危機感皆無。キラやルークやシンクが日々ハラハラと見守っています。うっかり街中でナンパされたり王宮で言い寄られたりを防ぐ毎日。お陰で地元ではレンにちょっかいをかける無謀な人間はいなくなりました。
*上記のように女としての実感が薄いので恋愛感情なんて夢のまた夢です。シンジの時代にあこがれていたレイやアスカへの憧憬も既に遠い彼方です。今でもレイのことは好きですが、恋愛かどうかはわかりません。でも多分初恋ではあるよなあ、と今なら考えられます。当時は必死すぎて余裕がありませんでしたが。カヲルの事もレイと同じくらい好きだと思ってる辺りやっぱり恋愛感情とは少し違うかな、とも考えてます。
((*・・・なのでフリングスさんと恋人になる切欠についてのネタがあるんですが、ちょっとレンには危ない目にあってもらいます。というかそういう事件の一つくらいは起きそうだよなぁ、と考えててそこでフリングスさんが介入したりしたらどうか、と思いつきました。・・・・かなり先の設定ですが番外で書いてみようかな・・・・))
*この身体だとATフィールドが使えません。本来使徒の力はレンの魂に宿っているので、理論上は使用可能です。ですがATフィールドを利用した能力を問題なく使いこなすには、リリン以外の使徒のような頑健な肉体が不可欠です。要するにATフィールドの出力に肉体が耐え切れません。レンの本体ですら構成のベースが人間なために最大出力で長時間使うと両手の聖痕からじわじわと火傷がひろがっていくという制約がついてるのに、今の身体でつかったら其れこそ焼け爛れる程度じゃ済みません。なので力は封印状態。もちろんこれも記憶を封じた人たちの仕込みです。
*レンは、使徒としての経験が浅いから使えなくなってるのかな?という認識。もしくは違う世界だから使えないのかも、とも思ってますので取りあえず一時放置。使えないならしょうがない、ということで譜術の勉強をしました。
*記憶を取り戻すのは、崩落編の最後辺りで本体を取り戻したときです。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが開きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
常に薄暗い闇に覆われた陰気な部屋に、氷河期も斯くやあらん冷たい空気が満ちていた。
天井に描かれたセフィロトの見下ろす下で、シンジとゲンドウが向かい合っている。
完璧な愛想笑いと鉄壁の無表情。どちらも顔の表情だけならば他者に内心を気取らせない完全なポーカーフェイス。リツコに案内され司令室に通されてから早十数分。冷え冷えとした雰囲気の中で互いに無言で見詰め合う。そこに友好的な空気など微塵も存在していなかった。
シンジと共に呼ばれたシオンとゲンドウの横に立っているリツコと冬月の冷や汗の量だけが時間と共に増加し続ける。張り詰めた雰囲気に口を挟むことも出来ず無言の対立を傍観するしかない三人。
何か切欠の一つも投げ込んだほうが無難だろうか、とシオンとリツコが身じろいだ瞬間。やっとゲンドウが口を開いた。
「・・・・何だ。」
「ご挨拶ですね。昨日の依頼の報酬を受け取りに来たんですよ。
この時間を指定されたのは貴方のほうでしょう?
それとも御年のせいで失念しておられる?」
口を開きはしたが、会話をする気が全く無いことを窺わせる単語のみ。その言葉に軽く眉を上げて答えるシンジ。笑顔を浮かべてはいるがその種類が変わる。あからさまな嘲笑と侮蔑の言葉。真っ向から喧嘩を売るシンジに傍らのシオンが慌てて袖を引っ張る。ゲンドウの横にいる冬月も余りに子ども染みた態度に呆れて小声で咎める。
「(シンジ?お、落ち着いて。ね?)」
「(おい、碇。気に食わんのは解らんでもないが此処で喧嘩を売ってどうする。あまりみっともない真似はするな。)」
シンジが昨日すぐに面会を強行しなかったのは、時間を置いて冷静さを取り戻すためだったのだがあまり意味が無かったようだ。対するゲンドウもシンジの姿を直接目にした瞬間、昨日の屈辱をありありと思い出し怒りを抑えて平静さを保つことが出来なくなったらしい。顔を合わせた瞬間、互いへの負の感情が噴出し緊迫した空気を生み出したのだ。
放って置けば何時までも話が進まないことを悟る三人。ゲンドウに任せては昨日の二の舞になりかねない為冬月が代わって話し始める。
「あー、依頼の報酬の話、だったね。」
「ええ、昨日は時間が無いことを考慮して戦闘後相談に応じる、ということだったのですが。
・・・・・事前に交渉もしませんでしたし、不可抗力という面があったのも事実ですからね。
今回に限りサービスということで・・・・そうですね、十億程度で構いませんよ。」
「じ、十億?!それは・・・」
にこやかに告げられた法外な金額に汗を浮かべて反論しようとする冬月。シンジはそれを遮って続ける。
「突然無礼な手紙で呼び出された挙句、訳の解らない因縁を突きつけられたり、暴力を振るわれたり、 丸腰で戦場に放り出されたことに対する慰謝料を含めれば安すぎるくらいだと思います、よね?」
全く目が笑っていない笑顔で見詰められて口を噤む冬月。無言で何時ものポーズを崩さないゲンドウを睨んでからシンジの言葉を了承する。
「わ、わかった。すぐに用意させよう。
それでだね、これからの事についてなんだが。・・・・シンジ君、エヴァに乗ってくれないかね?」
単刀直入に本題に入る。回りくどい言い方をしていては何時までも話が終わらない。
「それは、どういった意味で?
戦闘代行を依頼するということですか?チルドレンとしてネルフに所属しろ、ということですか?」
冬月の要請に淡々と返すシンジ。聞き返された冬月は慎重に答える。
「できれば、チルドレンとして所属してもらえるとありがたいんだが・・・」
穏やかに笑いかけてシンジの表情を確かめる冬月。対するシンジは
「お断りします。」
にべも無く撥ね付けた。シンジに断られる事は解りきっていた為話を続ける。
「では、依頼としてなら受けてくれるのかね?」
「内容によりますね。」
「内容、とは?」
シンジの返答に怪訝な顔をする冬月。シンジは構わず静かに続ける。
「まず確認したいのですが、ネルフの目的は使徒を倒すこと、で宜しいんですよね?」
「ああ、その通りだよ。ネルフはその為に存在するのだからな。」
冬月の返答に肯きながら続ける。
「その場合、僕がエヴァに乗るとしても依頼の条件が幾つか存在します。
まず、貴方方が望むのは、昨日と同じ様に戦闘の代行者としてエヴァに乗れということですか?
エヴァのパイロットの一人としてネルフの行う作戦に参加しろ、ということなんですか?
それとも、数の足りないチルドレンの代わりを務めろ、ということでしょうか。」
「それは・・・・」
「”レイン”として受ける依頼に原則的には制限はありません。内容と報酬に納得できれば何でもします。
ですが、昨日のような対応をする組織に、自分の命を預ける気にはなりません。
・・・・・それは理解していただけますね?」
真直ぐに見据えられて肯く冬月。ネルフ側に反論の余地は無い。何も知らない少年を武装した男達に襲わせて無理やり戦場に出そうとしたのは事実だからだ。もし、シンジが普通の中学生であったなら本当に大怪我、もしくは死んでいた可能性もあるのだ。ゲンドウらには勝算があったのは確かだが、(シンジの命に危険が
迫れば初号機に眠るユイが目覚めて息子を護るためにエヴァを暴走させるだろう、という確実な根拠の存在しない推測だらけの計画を勝算と言うのもおこがましいが)それを告げるわけにもいかない。先程までとは違う硬い空気が司令室を支配する。
「ですから、依頼の内容を確認しているのですよ。
まあ、最もチルドレンの代わりなんて死んでも御免被りますが。・・で、どうなんです?」
問いかけられて逡巡する冬月。シンジを初号機に乗せることが第一目的ではあるが、使徒戦に彼の戦力が有効なのは実証済みである。彼を戦力に加えないのは愚の骨頂だ。だからといって、余り好き勝手されるわけにもいかない。どうしたものかとゲンドウとリツコに目配せする。
そこで今まで黙っていたゲンドウが口を開いた。
「エヴァのパイロットとしてネルフの作戦に協力してもらいたい。」
「へえ?」
「ネルフの存在意義は使徒の撃退とサードインパクトの阻止だ。その為にエヴァンゲリオンとチルドレンがいる。
使徒はまだ来る。稼動するエヴァを遊ばせておく余裕などない。 だが、エヴァを動かす為には特定の資質が必要だ。そして、初号機を動かせるのはお前しかいない。 同時に、組織としての体面もある。余り自由に動かれても困る。ならば、協力者辺りが妥当だろう。」
冬月とリツコが注視するなか焦らすように間を置いたシンジが口を開く。
「-------- いいでしょう。
幾つか条件を整えさせて頂けるのなら、その依頼を受諾いたします。宜しいですね?」
「わかった。・・・・・条件とやらは冬月と赤木博士に任せる。」
「承知いたしました。では---- 」
「もう一つ。・・・・ネルフは”クラウド”にチルドレンの護衛を依頼したい。」
答えるシンジの声を遮ってゲンドウが言葉を挟んだ。
その瞬間穏やかさを取り戻しつつあった空気が再び凍りつく。笑顔を固まらせて冷たい光を瞳に宿すシンジ。シオンを同伴させた目的を悟って歯噛みする。ネルフと直接関わらせる事は避けようと思っていたのに、先手を取られた。恐らく自分に対する人質にする積りだろう。更にチルドレンと共に行動させる事で危険人物でもあるシオンの監視と行動の規制を兼ねるということか。 彼女の実力なら簡単に危害を加えられることは無いと思うが、安心は出来ない。彼女の弱点はその優しさと甘さだ。今は良いが、それに気付かれれば躊躇無くつけこもうとするのは目に見えている。
ゲンドウへの忌々しさにこめかみを引きつらせるが、シオンがこの依頼を断らないことも理解していた。護衛を引き受ければ綾波レイや渚カヲルとの接点が容易に出来るのだ。
ゲンドウの傍らに立っていた冬月とリツコも予想外の台詞に驚愕している。
まさか、警戒対象にネルフの機密でもあるチルドレンの護衛を依頼するなど思っても見なかったのだ。
周りの心情など気にも留めず同じ台詞を繰り返す。
「”クラウド”にチルドレンの護衛を依頼したい。・・・・・受けるか?受けないか?」
「・・・了解しました。 ですが私一人で全員を護るのは不可能です。
ですから、任務の範囲には条件をつけさせて頂きます。それでも宜しければ依頼を受諾致します。」
「いいだろう。それも冬月達に任せる。」
シオンの返答に重々しく肯いたゲンドウは冬月とリツコに後を任せる。ゲンドウに真意を質したいがシンジ達の前で問い詰めるわけにはいかない。仕方なく了承するとシンジ達を促して退室する。これから副司令執務室で細かい条件を整えて契約を結ぶのだろう。俄かに騒がしかった部屋に再び静けさが戻る。その中で一人残ったゲンドウは、ただ暗がりを見詰めて歪んだ笑みを溢し続けた。
もうすぐ日付が変わる夜更け。ジオフロント内に在るネルフ職員用の宿舎の一室でシンジとシオンはくつろいでいた。今日交わした契約で臨時の協力者としてネルフに所属することになった為、対外的には正規のチルドレンに準じる扱いを受ける事になる。その一環として住居が提供されることになっているが、まだ荷物の手配も出来ていないためもう一晩此処に泊まることになったのだ。
昨日今日と精神的な消耗が激しく疲れきっていたが、何と無く寝付けず二人で備え付けのソファに並んで窓の外を眺める。此処で見られる空はすべて人口的な映像ではあるが、それでも美しい星空に心が癒される。
穏やかな沈黙が続くなかシオンがそっと口を開いた。
「シンジ。・・・ありがと」
静かな声で言われた言葉にシオンの顔を覗きこむ。
シオンはふわりと微笑んでシンジの瞳を見返した。
「私が、今ここに立っていられるのは、シンジが居てくれたからだよ。だから、ありがとう。」
ネルフもゼーレも強大な手強い敵だ。
それでも世界の終末を変えるためにはこの戦いに勝利しなければならない。
必死に走り続けてやっと此処まで来たのだ。あらゆるカードを駆使して勝ち抜いて見せる。
そしてきっと皆の未来を護る。 護ってみせる。 そうしたら・・・・
穏やかに言うシオンの笑顔に儚さが重なる。
どうしようもない不安に駆られたシンジは、少女が確かにここにいることを確かめたくて強く抱きしめる。
彼女はいつもそうだ。これ程近くにいるのに目を離せばすぐに消えてしまいそうになる。
その度に自分の傍に繋ぎ止めたくて必死になるのに、まるで水のようにするりとこの手の中から逃げ出す。
彼女が傍にいることこそが望みなのだ、と告げてしまえばずっと共に生きてくれるのだろうか?
激情が溢れ出すのを止めるために殊更軽い口調で返事を返した。
「何言ってんだか。これからが本番だろ?」
「わかってるよ。
ただ一人だったら此処に着く前に起きれなくなってたかもな、っ思って。
そしたらお礼が言いたくなったの!」
抱きしめられたまま額を軽く弾かれて頬を膨らませるシオン。
先程までの消えてしまいそうな空気が無くなっている事に密かに安堵するシンジ。
静かな夜更けに少年と少女の明るい笑い声が響いた。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが開きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
技術部長執務室でリツコとシンジが向かい合っている。
エヴァに関する事は高レベルの機密情報も含まれるためシオンに聞かせられない事も有る、と言われ彼女を近くの休憩所に待たせて話をしているのだ。シンジ個人としても、話の展開しだいで彼女には見せたくない面も晒す可能性を考慮して好都合だと思い了承した。まずは差しさわりの無い質疑応答を幾つか繰り返して互いの腹を探り合う二人。まさしく狐と狸の化かしあい。見ているだけで胃に穴が空きそうな光景である。
エヴァに乗った感想、シンクロ中に感じたこと、動作についての違和感など、細かく質問を重ねるリツコ。特に理論限界値を叩き出した高いシンクロ率についてをしつこく聞かれたが小揺るぎもしない笑顔でするりとかわすシンジ。リツコの方も納得しきれる答えではなかったが、エヴァのシンクロシステムについての真実を説明するわけにはいかない以上深く突っ込む事が出来ない。シンジの笑顔の下に隠された真意を探ろうと一挙一動に目を光らせ、答えから得られる考察と推測をファイルに書き綴る。取り合えず質問が一段落ついて、執務机の上のディスプレイに表示されるデータと抱えているファイルを見比べて勢い良くペンを走らせていたリツコがいよいよ本題に入ろうと再び顔を上げた。
「--- さて、それじゃあATフィールドについて聞きたいわね。そうね・・まずどうやって展開したのかしら?」
「どうやって、ですか?-- そうですねぇ。 取り合えず様子を見ようとして一撃入れてみたら使徒がATフィールドで防御して。」
「それで?」
「あれがそうかと思ってですね。 確か・・接触した感じでは攻撃を防がれた、というよりも弾かれた、という感じで・・」
「弾かれた?」
真偽を交えて淡々と話すシンジの言葉に身を乗り出して相槌を打つリツコ。
既にシンジの言葉の内容だけが思考を占領しているのだろう。抱えているファイルが力の入れすぎで歪んでいることにも気づいていない。
「ええ、それでですね。 なんというか・・あれは、自分の領域を護る・・他者を拒絶、でしょうか・・するようなものかな、と。」
「拒絶?」
「そうですね・・普通の壁、というのは境界を示し、中と外を区切る物。
人が壁を造るのは中にあるものを護る為、ですよね?物理的なもの心理的なもの問わず。
その壁の主が受け入れなければ中に入ることは許されない。つまり他者を拒絶するためのもの。
・・・ですから、ATフィールドはそれをもっと感覚的にしたもの、という感じかな、と思って。」
「壁・・拒絶、境界を示す?」
事前に見知っていたことを悟らせないように説明していく。対するリツコは戸惑い気味だった目に理解の光が浮かび始める。その様子を確認しつつ話を続けるシンジ。この先他のチルドレンと複数で迎撃にあたる場合もある。ATフィールドの展開も出来ないようでは只の足手纏いにしかならない。全ての使徒相手に一人で勝ち続けられると思うほど自惚れてもいない。さっさと戦力を整えてもらわなければ、使徒に負けてサードインパクト、という可能性が無いわけではないのだ。その為に必要な情報を不自然にならない程度に提供しておくことは、最初の計画の内でも決めて置いたことだった。これ程基本的なデータすら揃っていないとは思ってもいなかったが。
「ええ、それで自分・・というかエヴァの、ですけど。周りに他との境界を強くイメージしてみたら・・」
「ATフィールドを展開できていた、と?」
「そうです。一度展開してしまえば後は応用ですから。
攻撃に使用したのは、展開したフィールドを右手に収束させて掌を刃に見立てて。」
「で、使徒の身体を真っ二つ・・・・・凄まじいわね。初めてで其処まで・・・」
好奇心を満たされて満足げな吐息を溢すリツコ。恐らくその脳裏ではこれから行われる実験のスケジュールが組まれているのだろう。どこか恍惚とした表情でデータに書き込んでいる。予定通りに話を運べたが、目の前のリツコの雰囲気に僅かに怯むシンジ。殺気や威圧になら対応する術を心得ていても、こういう些か危うい熱気には苦手意識が払拭しきれないようだ。
嬉々としてペンを走らせていたリツコだがシンジの視線に今の状況を思い出すと気まずそうに咳払いをする。
「あ、えーコホン。 ありがとう、参考になったわ。これで他のエヴァでもフィールドを展開できる目処が立ったわね。」
「それはよかったですね。こちらとしても助かりますよ。」
冷静になったリツコの様子に内心で安堵して調子を取り戻すシンジ。愛想良く微笑み告げる。その笑顔に先程まで忘れていた疑念が再び蘇る。
「シンジく --- 」
「では、もうよろしいでしょうか?他に話が無いのでしたら休ませて頂きたいのですが。」
リツコの言葉を遮るようにシンジが席を立ちながら告げる。その瞳の色を見て、もう何を聞いたところで答えが無いことを悟るリツコ。強制が出来ない以上受け入れるしかない。諦めの溜息を吐いて許可をだす。
「ええ、疲れているところを悪かったわね。もういいわ。
職員用の宿舎に部屋を用意したから今日はゆっくり休んで頂戴。
食堂なんかの施設は自由に使ってもらって構わないわ。何かあったら部屋についている電話で聞いてくれればある程度の便宜も図れるわ。」
「どうも。お気遣いありがとうございます。・・・ああ、明日は何時頃伺えばよろしいですか?」
「そうね・・多分昼頃までは空かないと思うわ。だから、一時位にこの部屋に来てもらえるかしら?」
「一時ですね、了解しました。では、失礼します。」
シンジが部屋を出るのを見送って脱力したように椅子に背を預けるリツコ。
充実したデータを得ることが出来たのは喜ばしいが、最後の短い会話だけで数倍の気力を使い果たした気分に陥る。
「碇シンジ・・ユイ博士と司令の息子。
・・”レイン”・・・並外れた戦闘能力・・・イレギュラーな存在・・
サードチルドレン・・依り代の第一候補・・・・・・・・無理ね。今のままでは計画通りに動かすことなんて。」
好奇心に裏打ちされた熱狂が去ってしまえば容易く蘇る恐怖。
ある程度時間が経っているため、ケージで感じたほどの強い感情ではないが完全に無視できる物でもなかった。
それでも、ゲンドウの命令に逆らうことは出来ないのだ。
人類補完計画の遂行者としての役目と技術部長としての役目。
それぞれに課せられた職責に思いを巡らせながら、少しだけ目を閉じて体と心を休ませた。
「-------- コ?」
「-------ツコ」
「リツコ!!」
「は、はい!!って、何よミサト。そんなに大きな声で怒鳴らないで頂戴」
昨日の顛末を思い起こしている間に思考に没頭しすぎたようだ。目の前ではミサトが面白そうにこちらを見ている。普段冷静すぎる程に理性的な友人の滅多にない取り乱した姿が可笑しかったのだろう。気恥ずかしさを誤魔化すために素気なく言い放ったが、ミサトの視線は変わらなかった。
「なーによ。ぼ~っとしてるから起こして上げたんじゃないのよ。難しい顔して何考えてたの?」
ミサトの言葉に回想前の事も思い出して溜息を吐いた。
「・・・・昨日の事よ。貴方、本気で考える気があるのかしら?
シンジ君と司令の交渉の内容次第では初号機が貴方の指揮下から外れる可能性も在る事を理解しているの?」
「なっ!!・・・・・・わかってるわよ。
だけど昨日のはしょうがないじゃないの。あんまり邪険にするから思わずむきになったというか・・・」
相も変らぬミサトの言葉に頭痛すら伴う眩暈を抑えることが出来ない。最早司令の交渉能力に期待するしかないかと考え、ミサトの暴走を抑える役目だけに徹することを決める。シンジが訪問する前に、ミサトが落ち着いているようなら交渉の場に同席させることも考えて来てみたが止めた方がよさそうだ。適当に話を終えて執務室に戻ることにする。
「もういいわ。取り合えずその書類を確実に片付けることを考えなさい。じゃあ、私は部屋に戻るから。」
「ちょっと、リツコ~~?」
背中にかけられた声は無視して執務室を出る。未だに昼前だというのに激しい疲労が全身を支配している。
悠然とした足取りは変わらないが、その背中には哀愁が漂っていた。
常に薄暗い闇に覆われている広い部屋。人類補完委員会の会議を終えたゲンドウが冬月からの報告を聞いていた。
「昨日のうちに命じておいたシンジ君のDNA調査の結果だが、間違いなく彼は碇シンジ本人だ。
まあこれは初号機にシンクロ出来た以上ほぼ確信できていたことだがな。
次に行方が知れなくなってからの足取りを洗いなおさせているがこちらの報告はまだだ。
昨日の今日だからこれは仕方がないな。時間を掛けたからと言って実際に収穫があるとは限らんが。
それと、一緒にいたあの少女のことなんだが--- 」
「どうした。」
途中で言いよどむ冬月を促す。
「--- MAGIに情報が無いんだ。
念のために死亡者含めて過去20年ばかり情報を洗ってみたが該当者がいない。
セカンドインパクトの混乱期にデータを消失したのかもしれんが、全く何の痕跡もないとなると。
可能性としては、生まれた時から裏の世界で生きて最初から公的なデータに接触したことがないか ・・・それでもMAGIのネットワークから逃れるなど至難の技だろう。特に今の社会では。 自ら全てのデータを消したか・・・これも考え難いがな。赤木博士に気付かれずMAGIに侵入・操作しているなどと。
後は、そう・・レイのように人工的に生み出されて存在を秘匿されていたか・・ネルフよりも上位の組織に 」
「・・・・ゼーレ、か?」
ゲンドウの答えに黙って肯く。最も避けたいが最も可能性が高く思える。
ネルフが誇る第七世代コンピューターMAGIは東洋の三賢者の一人赤木ナオコの最高傑作である。ナオコの技術が全て注ぎ込まれ、娘であり後任を務めるリツコが全ての力を持って改良を繰り返してきたMAGIは既に世界中の情報を網羅していると言っても過言ではない。特に今の社会はあらゆる物をコンピューターが管理する。買い物一つとってもカードのように情報端末を使用するのだ。生まれた瞬間からその全てのコンピューターを避け続けて生活してきたなど考え難い。裏の世界に関わる人間が素性を隠すために、戸籍上は死んだ事にしたり他人の戸籍を乗っ取ることは珍しくも無い。それならそれで死亡もしくは出生のデータの痕跡くらいはありそうなものである。にも関わらず見つけることが出来ないという事は、ネルフの権限が及ばない上位者によって秘匿されていた、というのが最も自然な答えだ。
実際には、シオンのデータが全く無いわけではなかった。確かにMAGIに何度か侵入してある程度の情報を削除したが、それもリツコに見つからないようにほんの少し痕跡を誤魔化す程度のことだ。MAGIの操作方法をマスターしているといっても、情報を読むだけなら兎も角リツコに全く気取られないように情報の書き換えを行うのは至難の技である。最終戦が終わるまでにはなんとかしたいと思ってはいるが、今すぐには無理だ。
だから”蒼山シオン”としての戸籍まで自ら消したわけではない。ただ、今のシオンのデータと残されているデータが一致しなかっただけである。冬月は今のシオンのデータを入力してMAGIに検索させたのだろうが、MAGIに残されているシオンのデータは彼女が出生してから誘拐されるまでの間のものだ。研究所に連れ込まれアダム細胞の移植や投薬などの実験、果てには消滅から逃れるためにリリスとの融合を果たした過程でシオンの身体は遺伝子レベルで変化させられた。さすがに使徒の力を持っていることを知られるわけにはいかないため人間の身体に擬態しているが、それでも元のデータとはかなりの差異が生まれている筈である。その為にMAGIはデータの中に該当者無しと判断したのだ。
そうとは知らない冬月は難しい顔でゲンドウに相談する。
「どうする。もし彼女がゼーレの手の者なら、シンジ君をネルフに入れるのは危険ではないか?」
「・・・・・・・・・初号機を目覚めさせられるのはシンジだけだ。」
「それはそうだが・・・・今のシンジ君では計画の依り代にはならんだろう。あれ程強靭な精神を砕くのは容易ではないぞ。」
冬月は渋面を崩せない。武力行使が出来ず、ゼーレの関わりも疑える相手ともなればそれも仕方が無い。だが、ゲンドウは表情すら変えず続ける。
「シンジはあの娘に執着している。・・ならば、あの娘を利用すれば良い。
それはあの娘自身にも言える。互いが互いに対する鎖になるだろう。」
「なっ!・・・確かにあの少女は彼のアキレス腱だろうな。だが、そう上手くいくか?」
「初号機を目覚めさせることが出来さえすれば良い。
いざとなったら計画の依り代にはセカンドも居る。それまでは精々役にたって貰うさ」
ゲンドウの非情な言葉に驚いて見せたが、同時にシナリオを遂行する事を優先するならばそれが妥当かと考えていた。ほんの少しだけ擡げた罪悪感に形ばかりの反意を示してみただけだ。所詮は同じ穴の狢かと自嘲するように首を振り、持っていた報告書に印を押すと書類箱に放り込む。そして具体的な指示を出すために上げられた資料を手に取りこれからの予定を考え始めた。
ネルフの通路を凄まじい形相で突き進む少女がいた。後ろには三人の少女と二人の少年が追いかけている。早朝の病院で、逸る心のままにマナに会いにいって寝起きの彼女に折檻されたムサシとケイタ。その騒ぎに目を覚ましたアスカが、昨日の戦闘の経緯を知ろうとネルフに行く為病室を出たところで行き会ったヒカリとマユミを引き連れて歩いているのだ。
アスカの心を支配しているのは不様に敗北した自身への怒りと自分が得るはずだった勝利の栄光を横取りした誰かに対する嫉妬。一体の敵に二機がかりで向かったというのに勝つことが出来なかった屈辱。
使徒を倒したのがマナでも他の予備チルドレンや候補生でもないなら、恐らくは欠番であったサードだろう。ずっと訓練をしていた自分を差し置いてエヴァに初めて乗っただろうサードに助けられた悔しさが複雑に交じり合いマグマの様に煮え滾る。ヒカリやマナの心配する声が聞こえていないわけではないが、答える余裕など無い。ただ熱く燃えるような感情に従って勢い良く歩き続けた。
バンッ!
「-- ミサト!!」
たどり着いた執務室の扉を許可も取らずに開け放ち、大きな机を叩きながら怒鳴りつける。
行き成り乱入した少女の勢いに目を白黒させるミサトの様子などお構い無しに迫るアスカ。高く積み上げられた書類の山が崩れるのを目の端に確認しながら答えるミサト。入り口付近では、アスカをただ追いかけるしかなかった子ども達が所在無げに立ち尽くしている。
「な、なによ。どうしたのアスカ?」
「昨日の戦闘データを見せなさい!!アタシには見る資格があるわよね?」
ミサトの言葉には答えず更に迫るアスカ。眼前に迫るぎらついた青い瞳に気圧されるミサト。
何があったのかと後ろに居る子供達に視線で問いかける。代表してマナがアスカの迫力に慄きながら小さく答える。
「あ、あの、昨日ワタシたち使徒に負け-- ひっ!
い、いえ途中で気を失って何があったか分からないので、出来れば教えて頂けないか、と」
「負け」という言葉に敏感に反応したアスカの視線に慌てて言い直すマナ。他の子供達も無言で肯く。今のアスカに逆らう愚か者は居ない。
そのやり取りを見て考え込むミサト。確かにアスカの気性なら、誰が使徒を倒したのか知りたがるだろうと思っていた。それが自分の敗北した敵であるのなら尚更。彼女に戦闘の映像を見せるのは簡単だ。作戦部でも資料の一環としてデータディスクを受け取っている。ヒカリとマユミはともかく、マナ・ムサシ・ケイタの三人も問題ないだろう。
・・・・だが、昨日の初号機の戦闘を見せて、彼女達はショックを受けないだろうか?あの初号機の動きは現存のチルドレンたちの誰のものも超越している。今までは名実ともにチルドレンのトップであったアスカでさえだ。その事実にプライドを傷つけられたアスカが如何出るか?彼女のチルドレンとしての自負はかなりのものだ。
彼女の存在意義と言っても良い・・・・・
無言で考え込むミサトにアスカが痺れを切らした。
「あーー!!もうっ!!何でも良いから早く見せろってんのよ!!」
「・・・・わかったわ。ただしこれは一応機密事項よ。
アスカ・マナちゃん・ムサシ君・ケイタ君の四人は許可します。
悪いんだけど洞木さんと山岸さんは席を外してもらえるかしら?」
ミサトの真剣な表情をみて居ずまいを正す。ヒカリとマユミはアスカとマナをちらりと見てから大人しく肯いて執務室を出て行った。残った四人はミサトの滅多に無い真面目な態度に背筋を伸ばした。
「さて、それじゃあ見せるけど、ここで見たものを外部に洩らすことは禁止します。たとえ候補生であってもよ。
鈴原君と相田君には本人の希望があるなら私が教えるからあなた達が話す必要は無いわ。 ・・・・わかったわね?」
「わかってるから早くしてよ。」
「「「了解しました」」」
改めて告げられた言葉に肯く四人。思い思いの場所に陣取ってミサトが用意するモニターを注視する。そして再生される昨日の戦い。
勢い良く射出される二機が武器を構える。事前に伝えられた作戦通りにまず弐号機がパレットガンと武装ビルからの射撃によって使徒の注意を惹きつける。その隙に後ろから参号機が攻撃を加える。だが使徒の動きは意外と素早く、背中からコアを貫くことは出来ない。何とか片方の腕を半ばまで切り付けるが使徒に振り払われて武器が弾き飛ばされる。慌てて距離を取ろうとした参号機に向かって使徒がパイルを放つ。前方から攻撃しようとした弐号機にもビームを打ち込み牽制している。同時に両方の攻撃が出来るとは思っておらず、体勢を崩す参号機。だが使徒の方も弐号機からの攻撃でそれ以上参号機に追撃できない。エースパイロットを自負するのは伊達ではないと言うべきか、アスカの苛烈な攻撃に翻弄されて使徒は後ろを気にする余裕が無い。だが致命的な攻撃を加える事も出来ていない。その隙に新しく出されたソニックグレイブを持って攻撃に加わる参号機。未だ修復が終わっていない片腕に斬りつけてパイルを封じる。一度距離をとって必殺の攻撃を繰り出そうと構えていた弐号機が再び斬りつける。誰もが勝利を確信した瞬間。
甲高い音を立てて弐号機が持っていたソニックグレイブが真っ二つに折れ飛んだ。使徒のATフィールドに防がれたのだ。驚愕から一瞬自失するも直に飛び退る弐号機。それをみて参号機は弐号機が武器をとる時間を稼ぐために後ろから斬りかかる。だがこちらは片腕からのパイルで牽制されて満足に攻撃も出来ない。絶え間ない攻撃に体勢を崩した瞬間避け損ねたパイルに手と足を撃ち抜かれ、痛みに武器を取り落とす参号機。倒れた時の衝撃と腕と足の痛みでマナもすぐには動けない。あわや、という所で弐号機がソニックグレイブで斬りつける。フィールドを張り損ねて残っていた片腕を切り落とされる使徒。今度こそ勝利を確信し、返す刃でコアに斬りつける弐号機。もう少しでコアに届く、という所で、再びATフィールドに防がれる。舌打ちして間合いを取ろうとした弐号機にフィールドを張ったままビームを打ち込む使徒。敵の攻撃がフィールドを透過するとは思わずビームが直撃して弾き飛ばされる弐号機。今度は参号機が加勢しようと後ろからナイフで切り込む。が鈍った動きで使徒に十分なダメージを負わせることが出来ず、使徒のビームにナイフを構えている腕を焼かれて激しい痛みと衝撃に意識を手放す。何とか立ち上がり痛みを堪えて攻撃に移ろうと構えたところで、使徒のビームが撃ち込まれ再び昏倒する弐号機。弐号機も参号機も見るも無残に壊されて、崩れたビルの残骸の中に倒れ伏している。その脇で自己修復を始める使徒。
弐号機と参号機が撃破される場面をみて、アスカが忌々しげに歯軋りの音を漏らす。マナは固く両手を握り合わせて画面を凝視している。ムサシとケイタは想像以上に激しい戦闘に固唾を飲んで見詰め続ける。
そして初号機の戦闘シーンに差し掛かる。
モニターを睨むように見詰めていた子ども達の雰囲気が変わった。
アスカなど自分が倒せなかった敵をどう倒したのか見てやろう、という虚勢交じりの侮蔑さえ含まれていたというのに、今彼女を支配しているのは自分より遥かな高みに居る者への激しい嫉妬と圧倒的な実力への畏怖。愕然とした表情を晒して呆けたようにモニターを凝視している。
他の三人も似たようなものだ。
最も非合法な少年兵として、耐え切れなければ容赦なく生命ごと切り捨てられる軍事訓練を経験した三人はそれ程悔しいとは思わなかった。命がけの実力主義社会に身を置いていた事もあり、圧倒的な初号機の戦闘能力に感じたのは嫉妬というよりも絶対的な強者への畏怖と憧憬の方が強かった。それを正直に口に出すほど無神経な者も居なかった為、ただ黙ってアスカの様子を窺う。
映像が終わっても誰一人口を開かない。重い沈黙が部屋の中を支配する。
「・・・・・・・・なによ、あれ。」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
呻くように搾り出されたアスカの言葉に答えるものはいない。
アスカの様子に気遣わしげに視線を向けるが何を言ったら良いのか分からない。ミサトは四人の様子を黙って見ている。
「・・・なによ、あれ。 どういうことよ!?なんで初めてエヴァに乗った奴があんな動きできんのよ? ATフィールドだって、あんな簡単に・・!!」
激昂してミサトに掴みかかるアスカ。その目には激しい怒りと嫉妬が渦巻き、髪を振り乱して問い詰める。
「・・・・・・わからないわ。彼は確かに初号機への高い適正を見込まれて選抜されたけど、
あれ程の動きが出来るなんて完全に想定外のことだったのよ。ましてやATフィールドを使いこなすなんて--」
「ATフィールドを使いこなす・・・・?どういう、こと?」
ミサトの言葉を聞き咎めて問いかける。一瞬如何答えようか逡巡していたミサトだが真直ぐに見詰めるアスカに負けて正直に答える。
「サード・・碇シンジ君というのだけど、彼はATフィールドを完全に使いこなしていたのよ。
使徒との戦いを見たでしょう?最後に使徒の身体を切り裂いたのはATフィールドを応用した攻撃だそうよ。なんでもフィールドを片手に収束させて掌を刃に見立てて使用したとか言ってたらしいわ。
もう一つ言っておくわ。彼ね、初号機とのシンクロ率・・・・99.89%、よ。 」
「きゅうじゅうきゅうてんはちきゅう・・・・?」
告げられた事実にショックの余り言葉を失くす。
今のアスカのシンクロ率は70%強だ。調子の良いときでも75%に届くか届かないか位である。それでもチルドレンの中ではずば抜けた成績だった。それを、初めてエヴァに乗った少年が軽々と追い越したのだ。
感情が飽和して表情が抜け落ちる。俯いて微動だにしないアスカの様子に、やはり止めれば良かったかと後悔し始めるミサト。マナ達三人も黙ってアスカを見詰める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃない。」
「え?」
「・・・・・・・・・・・・・・上等じゃない。やってやるわよ。
アタシは惣流・アスカ・ラングレーよ!!アタシに不可能なんてないわ!
ぽっとでの素人サードに誰が本当のエースパイロットかすぐに思い知らせてやる!!」
何時までも動かない姿にどうしたものかと目を見合わせて無言で相談していたところで突然宣言すると勢い良く部屋を飛び出すアスカ。唐突な行動に唖然として見送る一同。乾いた風が吹き抜けた気がした。
「・・・・・・・・アスカさん、タフね~~」
「「ああ(うん)、そうだな(ね)」」
ミサトの執務室にマナの呟きが落ちる。開け放たれた扉を見たまま相槌を打つムサシとケイタ。ミサトは面白そうに笑って言った。
「さっすが、アスカってとこかしら。
あの調子なら心配いらないかな?エースの面目躍如、期待してるわよ~」
先程までの張り詰めた緊張が霧散した部屋に、三人の子ども達の疲れた溜息とミサトの楽しげな笑いが響いた。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
発令所は静まり返っている。
最初の敗退時のような絶望に満ちたものではないが、そこに居るものを支配しているのは畏怖と恐怖。誰もが呆然と見詰めるモニターに映るのは、悠然と立つ紫色の鬼神。・・そう、正しく鬼神と呼ぶに相応しい姿であった。
「シンジ君!まずは歩いてみて!」
敵と対峙している初号機に指示をだすミサト。シンジはあからさまに呆れた表情を見せたが取り合えず従って一歩を踏み出す。依頼されたのは敵を倒すことだけなのだから命令に従う義務はないが、初めて動かす以上確認も必要かと考えたのだ。内心でこんなに敵に近い位置に出したミサトとネルフを罵っていたが。
----- 動作確認の必要があるって解ってるんならこんな場所に出すんじゃねぇ。
期待はしてなかったがやっぱり無能か?指揮官としての優秀さは望めないな。
他の奴らも研究者上がりばっかりだけあってフォロー出来る奴も皆無、と。
本当にどうしようもないな。
シンジが心の中で辛辣な評価を下している事など知らない発令所の面々は、起動成功時以上の歓声をあげてモニターを注視している。初号機の出撃に唯一反対して見せた日向すら見入っている。湧き上がる発令所を見回して呆れるシオン。”過去”でよく生きていられたものだと僅かな感慨に耽る。もちろんほんの数瞬のことだ。すぐにエヴァとシンジに意識を戻す。
その時、使徒が動いた。
出来損ないの人形めいた巨体の上位中央に在る仮面が光る。同時に発せられるビーム。僅かに体勢を傾けて避ける初号機。使徒は避けられた事が悔しいのか次々とビームを放つ。その全てを避け切る初号機。シンジは完全に攻撃を見切っている。その滑らかな動きに更に感嘆する発令所。最早単なる野次馬である。
{こいつの弱点は?}
夢中でモニターに見入っていた者達がシンジの冷淡な声に我に帰る。
慌ててデータを確認するオペレーター達。リツコも気まずそうな顔で居ずまいを正して問いに答える。
「あ、ああ。えーコホン、
目標の前面中央部に見える赤い球体--コアと呼称される部分が弱点と推測されるわ。
目標の攻撃方法は仮面からのビーム、肩にあたる部分からの光槍。
現在確認されているのはそれだけだけど、同時に発射する事が可能のようね。
あと、目標はATフィールドと呼ばれる防御壁を展開して攻撃を防ぐけど、エヴァでならそれを打ち破ることができるわ。」
弐号機と参号機の交戦データを確認しつつ説明するリツコ。シンジはシオンに聞いて知っていたが、そ知らぬ顔で質問を続ける。
{で、こちらの武器は?あと、そのATフィールドとやらを破る方法を}
その言葉に気まずい顔をしてトーンを落として答えるリツコ。他のオペレーター達も居心地が悪そうな顔でシンジをちらちらと見る。
「・・・武器は無いわ。さっき出撃した二機が全部使ってしまってストックが無いの。」
{--- はぁ?!}
流石に全くの丸腰で放り出されるとは思っておらず、素で驚くシンジ。
壁際に退いて戦いを見守っていたシオンも今の言葉が信じられず、強張った表情でリツコを凝視する。
前後から感じる視線に居た堪れない気分に陥るが、言葉を続ける。
「ATフィールドなんだけど、エヴァでも展開することが出来るわ。・・理論上は。
それを目標のATフィールドにぶつければ中和することができる。・・・筈よ。」
{・・・その”理論上”とか、”筈”ってのはなんなんです?}
余りにも頼りない返答に氷点下の視線で睨みつけて聞き返すシンジ。リツコは更に気まずそうに目を逸らす。
「・・今まで展開に成功したチルドレンが居ないのよ。だからエヴァのATフィールドに関してのデータが全く存在しないの。」
予想通りの答えに深い溜息を吐くシンジ。ネルフが頼りにならないとは思ったが、これ程とは。怒りを通り越して呆れしか生まれない。シオンに出逢うことがなかったら一体どんな目に合わされていたのか・・・絶望的な想像しか浮かばなかった。
{もういいです。集中の邪魔になりますので通信は切らせて頂きます。}
「ちょ、待ちなさい!!」
リツコが説明している間も使徒の攻撃を鮮やかに避け続けていた初号機の姿に、指示らしい指示も出せずに歓声紛いの野次を飛ばすだけであったミサトがシンジの言葉に我に返って制止する。しかし通信は既に切られた後だった。立場も省みずに罵声を撒き散らすミサト。見るに耐えない友人の姿に呆れ返ったリツコが冷たい言葉で狂乱を止める。
「うるさいわよ、ミサト。私達が何の役にもたってないのは事実でしょう。大体彼が私たちの命令に従う必要も義務も無いのよ。 」
「は?何言ってるのよリツコ。彼がエヴァに乗ってるってことはチルドレンになったんでしょう?なら、私の指揮下で命令に従うのは義務じゃないのよ。」
言われた内容に呆気に取られて聞き返すミサト。シンジが依頼を受けた時気絶していた為経緯を知らないのだ。リツコは冷えた視線でミサトを見据えてゆっくりと言い聞かせる。
「いい?シンジ君は侵攻中の敵性体との戦闘代行の依頼を受けてエヴァに乗ったの。
だから、チルドレンになる事を承諾したわけでも、ネルフに所属したわけでもないのよ。
従って命令に従う義務も必要も存在しないわ。敵を倒してくれさえすればいいのだから。
それに貴方、最初の「歩け」の後何か指示らしい指示を出したの?
さっきから口にしていたのは「そこ!」とか「よけて!」とかただの野次じゃないの。
作戦を伝えることも、攻撃を指示することもしていないでしょう。文句を言う資格なんか無いわよ。」
「そ、それは・・で、でもいきなり通信を切っていいことにはならないわ!!
こっちから情報を伝えることも出来ないじゃないの。死んだらどうする積りなのよあいつは!!
大体依頼ってのはなによ?あんなガキの戯言聞き入れたっての?」
整然と述べられてやっと己の失態に気付くミサト。不利を悟ったが悔し紛れに納得できなかった部分を聞き返す。
「貴方、一撃で倒されたのに良く言えるわね。・・・・・シンジ君はね、あの”レイン”なのよ。
彼が本気で逃げたら捕まえることは不可能よ。譲歩して依頼を受けてくれただけでも僥倖じゃないの」
「はぁ?!嘘でしょ?!」
「本当よ、多分ね。確認は出来てないけど、”レイン”の名を知っていてそれを騙る者が居ると思う?情報を洩らそうとしたり怒りに触れた人間の末路、知ってるでしょう?」
ぎりぎりまで顔を近づけて小声で告げるリツコ。周りに聞こえないように話していたが、更に用心して声を落とした。その真剣な目をみて認めざるを得ないことを悟るミサト。頷きあう二人の耳に一際大きな報告が入る。
「パターンオレンジ!発生源は・・初号機です!!初号機、ATフィールドを展開しました!!」
「「なんですって?!」」
ユニゾンで声を上げるミサトとリツコ。モニターを凝視した二人の目に、使徒の展開したフィールドごと肩の部分を手刀で切り落とす初号機の姿が映る。どうやら使徒の防御を一瞬で掻き消す程のATフィールドを発生させて攻撃を加えたようだ。ミサトはリツコに、リツコはマヤに詰め寄る。
「どういうことなの?!なんで初めて乗った人間が展開できるのよ?!」
「マヤ!!データは?!」
リツコとミサトの鬼気迫る表情に怯えながらも報告するマヤ。
「は、はい。初号機のATフィールド、強度・・使徒の約三倍です!!」
「なっ!ありえないわ!!レイやアスカも展開に成功していないのよ?!」
発令所を再び驚愕が襲う。混乱する大人たちを醒めた目で見回して疲れきった溜息を溢す少年と少女。
音声を切っても画像から伺えるネルフの騒乱を見て、落ちるとこまで落ちている信頼と評価を更に地に潜り込ませるシンジ。目先の事に囚われて直に状況を忘れるミサトとリツコの醜態を生温い視線で眺めるシオン。
二人はモニター越しに目を見交わすと同時に肯き合い、彼らの存在を心から切り離した。
最早一欠片の関心も向けることなく戦闘に集中するシンジ。シオンにレクチャーを受けておいたATフィールドの発現も成功した。コアの精製とシンクロも上手くいった。打ち出されたパイルとビームを避けながらであった為止めを刺せなかったが、コツは掴んだ。後は敵を殲滅するだけだ。
「(さっさと片付けるか。計画第一段階目も成功したことだしな。)」
口の中で呟いて攻撃のために精神を集中させる。武器が無い以上エヴァの身体能力とATフィールドを利用するしかない。先程使徒の肩口を切り落とした時と同じように右手にフィールドを収束させて強度を高める。絶え間なくビームを打ち込んで牽制してくる使徒を見据えてタイミングを計る。
「(ATフィールドは心の壁、ね。要は存在を信じること、その形を強く思うこと・・想像と確信。
----- 想いの強さに比例する!!)」
ザンッ
その瞬間、何が起きたのか理解できたものは一人しかいなかった。
気付いたら使徒と初号機の位置が入れ替わっている。互いに背を向け合って動かない二体。
何事かと誰もが食い入るように見詰めるモニターの中で、使徒の巨体が二つに分かれて地に落ちる。大質量の物体が落下した衝撃に揺れる天井都市。崩れた瓦礫から大量の砂塵が舞い上がって初号機と使徒を隠す。砂塵が晴れた後には悠然と佇む初号機の姿が映し出される。
MAGIが管理する監視モニターの映像ですら追いきれない速さで動いた初号機が、使徒の身体をコアごと二つに切り裂いたのだ。それを悟った発令所の者達の心を支配したのは、勝利の喜びでも危機が去った安堵でもなかった。訓練されたチルドレンが二機掛かりで敗北した敵を、初めてエヴァに乗った少年が武器も使わず瞬殺したのだ。初号機の鬼を思わせるフォルムも手伝って、本物のバケモノを見るよう目で凝視する。
音一つ立てる者無く静まり返る発令所。誰もが凍り付いて動けない。
その様子を悲しみと憤りを込めた視線で見回すシオン。無理やり兵士として利用しようとして置きながら、想定以上の力を見せられると途端に手の平を返す。人間が異端を殊更排除する種族である事は理解もしているし、自分がいつか排除の対象になるだろう事は覚悟もしている。
だが、シンジに危機を助けられておいて負の感情を向けるネルフの面々に対する怒りが募るのを止めることは出来なかった。思わず声を荒げて罵りそうになる衝動を抑える。今最も気に掛けるべきなのは自分の感情でもネルフの反応でもないのだ。
「シンジは無事なんですか?敵は倒されたんでしょう?」
凛とした少女の声が響く。落ち着いた声で問われたオペレーターが我に返ってデータを確認する。呆然としていたリツコとミサトも慌てて指示を出し始めた。
「パターン青消滅!生体反応、ありません。使徒、沈黙しました!!」
「初号機、損傷ありません。」
「サード、身体データに異常なし。」
そこで切られていた通信が再び繋げられる。
{敵性体の殲滅終了。どこから帰還すれば宜しいですか?}
「回収ゲートを開いて。・・前方に開いたリフトに乗ってくれるかしら」
少年の言葉に上の空で答えるリツコ。シンジへの恐怖よりも科学者としての好奇心が勝ったようだ。
モニターに映るシンジの様子を細かく観察しつつデータをチェックして、彼に確認すべきことを嬉々として書き留めている。
その横ではミサトが僅かな敵意を混ぜた目でシンジを見ている。自分が使徒との戦いに関われなかったことが不満なのだろう。口に出せばリツコに窘められる事が解っている為無言でいるが、隔意を隠し切ることは出来ないようだ。
シンジも自分に向けられる視線に含まれた感情には気付いていたが意に介さず端的に返した。
{了解。}
初号機がリフトに固定されて降りていくのを確認し、騒がしくなった発令所を尻目に出て行こうとするシオン。それに気付いたミサトが声をかける。
「シオンちゃん、何処に行くの?あまり歩き回られると困るんだけど」
「シンジを迎えに行くんですよ。今回の私の役目はシンジのサポートです。 戦闘が終わった以上此処にいる意味がありませんから。」
言い捨てて出て行こうとするシオン。先程の不快感が言葉から抑揚を奪う。少女の不機嫌に気付くことなくミサトが同行を申し出た。
「ああ、それなら私も一緒にいくわ。案内を付けずに歩かせるわけにはいかないし。」
「そうね、私も聞きたいことがあるし同行してもいいかしら?直接確認しなければいけないこともあるしね。」
あれ程の適正の高さを示した少年をネルフが放置することは無いだろう。無条件に陣営に加えられる相手ではないが、エヴァに乗るよう働きかけることは確実だ。ならば己の不快感を押さえ込んでも、作戦部長としてあの少年と友好を深めることは必要だろうと考えたのだ。初対面の時からミサトが重ねた暴挙と非礼な振る舞いを自覚することが出来れば不可能だと解りそうなものだが、自分の失態については都合よく消去されているらしい。 明るい声で少女に笑いかけて着いて来ようとするミサト。更にはリツコも一緒に歩き出す。
二人の思惑が手に取るように理解できてしまったシオンは何を言う気にもならず、無言でケージに向かった。
「碇、本当に問題はないのか?あれは異常だぞ。」
シンジのパートナーを名乗った少女と作戦部技術部のTOPが連れ立って出て行くのを見送りながら冬月が問いかける。
「シンクロ率が高ければエヴァの動きも比例する。
性能が良いのなら使徒戦に有効だ。敵はまだ来るのだからな。」
「そう簡単なものではないと思うがな・・・」
淡々と答えるゲンドウの言葉に疑問を返す。モニターで見ていたケージでの一件を鑑みるに、シンジがあれ程高いシンクロ率を出すとは思えなかった。母を求めるどころか、傍らに寄り添っていた少女以外の人間に対する関心など全く無いように見えたのだ。最もネルフへの隔意に関してはこちらに非があることを自覚していたが。
「どの道、使徒は倒さなければならない。しばらくは有効に活用してやればいい。所詮は子どもだ。」
「お前は二年前もそう言ったな。」
ゲンドウの言葉にシンジの育成に関する報告をあげた時の事を揶揄する。
あの時余計な事をしなければ、彼を見失うことも、イレギュラーな存在になることも無かったのでは、と思ったのだ。
皮肉交じりの言葉など気にした素振りも見せず立ち上がるゲンドウ。冬月も答えないことは分かっていた為無言で後に続く。彼らはこれから委員会への報告や戦後処理の雑務があるのだ。無駄な時間を費やす余裕など無かった。
シオン達がケージに着いた時、丁度シンジがエントリープラグから出てくる所だった。搭乗前の光景が忘れられないのか緊張を隠せず無言で点検を行っている整備員達。発令所のモニターで無事なのは確認していたが、やはり直接姿をみると安心する。笑顔を浮かべてシンジに声を掛けようとしたシオンに気付かずミサトとリツコが前に出る。
「シンジ君、よくやってくれたわ!ご苦労様!」
「シンジ君、少し話を聞きたいのだけどいいかしら?検査もしなくちゃならないし。」
プラグから降りてシオンの笑顔を見つけたシンジは彼女の元へ歩み寄ろうとしたが、間に入ったミサトとリツコに遮られる。少女の姿を隠されて不快気に目を細めるシンジ。戦闘中のネルフの不手際に対する不信も手伝って再び機嫌が危険域に傾きそうになる。どうやら落ち着いて見えるのは表層部分のことだけらしい。些か好戦的な思考に偏っているようだ。それに逸早く気付いたシオンが彼に駆け寄って笑顔で宥める。
「シンジ!お疲れ様。痛みや気分は?大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
腕に感じる少女の温もりと向けられた笑顔に穏やかに返すシンジ。綺麗に無視されたミサトとリツコは少年と少女の会話を無言で聞いている。リツコの方は性急過ぎた自分の言動に気付いて自嘲交じりに苦笑していたが、ミサトの方は僅かにこめかみを引きつらせる。二人の様子に気付いてはいたが、あえて無視して言葉を続けるシオン。
「それと、お帰りなさい。・・・護ってくれて、ありがとう。」
心のこもった優しい笑顔と純粋な感謝の言葉。
言われたシンジは、一瞬呆気にとられて無防備な顔をさらす。
少女の言葉が脳に浸透すると、少しだけ顔を赤くして照れくさそうな笑みで返事を返した。
「・・ただいま。」
目の前で展開される微笑ましい光景に、緊張していた整備員達や顔を引きつらせていたミサトも毒気を抜かれたようだ。ケージに心なしか穏やかな雰囲気が漂う。横でそわそわと成り行きを見守っていたリツコがシンジとシオンの会話が途切れたのを見計らって再び声を掛けた。
「シンジ君、少しいいかしら?エヴァに乗っている間の事なんかで幾つか質問があるのだけど。精密検査もしなければならないし。」
「・・・・・・・まあ、いいでしょう。
どうやらネルフは保有兵器についての十分なデータすら揃っていないようですし。
次も同じような状態では、こちらも命が幾つあっても足りませんからね。」
無粋な横槍に僅かな不満を感じてリツコの顔を無表情で見詰めていたが、仕方なさそうに了承するシンジ。
リツコの要求に応える義理はないが、無闇に撥ね付けるのも大人気ないかと考えたのだ。
この先も今回の戦闘時のような頼りない対応を続けられては困るのも事実だ。言葉に皮肉を混ぜることも忘れなかったが。戦闘に出る前に纏めた思考を心の内でもう一度反復し、どの程度の情報を提供するか考えながらリツコとミサトに向き直る。
「って、シンジ君これからも乗ってくれるの?!」
リツコの静かながらも鬼気迫る勢いに気圧されて黙っていたミサトがシンジの言葉に反応する。
彼の戦闘能力は実証済みだ。ネルフの戦力に不安が残るのも事実なのだ。彼が此れからもエヴァに乗ってくれるならこれ程心強いことはない。並々ならぬ熱意を込めてシンジに詰め寄る。対するシンジはゲンドウと交渉した時と同じ営業用の笑顔を浮かべて淡々と返した。
「それはこれからの交渉しだいですね。司令が再び依頼をするかどうかもわかりませんし。 ところで、今回の報酬について司令とお話をしたいのですが?」
「申し訳ないけれど、司令も副司令も戦後処理に追われてすぐには時間が取れないのよ。 多分明日以降になら空くと思うけど・・」
「まあ、仕方が無いですね。仮にも国連組織の一端ですし。解りました。では貴方からのお話とやらを伺いましょうか。」
「ありがたいわ。ではまず検査に行ってもらえるかしら?その後私の執務室に・・・・」
早くシンジからの話を聞きたいリツコはミサトを押しのけて会話に加わる。
不満そうな顔をするミサトも今のリツコに逆らうほど無謀ではないらしく大人しく様子を見守っていた。
「検査はお断りします。異常は特に無いようですし、信用できない相手に無防備に身体を任せる気はありません。 話の方は構いませんが、その前にシャワーをお借りしたいですね。質問がお有りでしたらその後に、という事で構いませんね?」
有無を言わせず遮るシンジ。リツコも検査については拒否されることも考慮の内だったので特に気にせずシャワー室へと案内させる。だが横に立っていたミサトはシンジの言い様に辛うじて浮かべていた愛想笑いを消して熱り立つ。
「ちょっと!!ネルフが信用できないってどういうことよ!私達は人類を護るために戦ってんのよ?!」
睨みつけるミサトの視線を上辺だけの笑みで受け、冷えた口調で答えるシンジ。ミサトの傍らではリツコがこめかみを揉み解して溜息を吐いている。
「信用を得たいと言うなら其れに相応しい根拠を示して頂きたいですね。
貴方達の今までの対応を振り返ってからモノを言って下さい葛城さん。」
「ちょっ!!」
「ミサト、やめなさい。
彼に私たちを無条件で信用しろという方が無理よ。力尽くでエヴァに乗せようとしたことを忘れたの?」
冷たく言い放ってシオンと共にケージを出て行くシンジ。その背中に言い募ろうとしたミサトをリツコが止める。止められたミサトはリツコにも食って掛かる。
「それは、・・ちょっと強引だったかもしれないけど。仕方が無いじゃない!!
シンジ君が乗ってくれなきゃ、私たち皆死んでたかもしれないんだから!!最初から素直に乗っててくれれば・・・・」
「いい加減にしなさい。貴方がそんな調子だからやり込められるのよ。少し頭を冷やすことね。
シンジ君の話は私だけで聞いておくわ。貴方も戦後処理で忙しい筈でしょ。早く仕事に戻りなさい!!」
ミサトの余りに自分本位な言い分に呆れた口調で窘めるリツコ。作戦部が戦後処理で忙しいのも事実の為、渋るミサトを無理やり発令所に戻らせる。
これからもあの調子が続くとなれば他のチルドレン達との間も齟齬が生じかねない。技術部長としての仕事以外にも山積みになっている問題の多さに一つだけ深い溜息を吐いて、気持ちを切り替えるとこれからの事に思考を向けた。
更衣室の中は子ども達の賑やかな話し声に満ちていた。使徒の襲来を告げられ待機を命じられていたが、戦闘が終わって解散を許された候補生達だ。最も第三新東京市内は使徒によって破壊された瓦礫を撤去しなければ収容されている建物を戻すことも出来ない。今夜はチルドレン用の仮眠室に泊まる事になる。それでも子ども達の心を満たすのは、敵が倒され危機が去ったことに因る安堵と自分達がいつか乗るかも知れないエヴァが実際に出撃した興奮。
未だシンクロする事が出来ず直接戦闘に関する情報に触れていないからこそ、ただネルフが勝利したことにのみ意識を向けていられるのだろう。喧騒の片隅で不安な表情を晒す二人の少女に気を払う者は居ない。
「アスカ・・・」「マナさん・・」
計らずも重なる呟き。隣り合って着替えていたヒカリとマユミが顔を見合わせる。互いの瞳に同じ感情を見て取って同時に頷くと服を着るスピードを速める。周りで楽しげに語り合う候補生達にお座なりに暇を告げて足早に更衣室をでる。向かう先はネルフ内で最も顔を合わせる訓練の指導官でもあるミサトの所だ。
すれ違う職員は無言で通路を突き進む少女達に怪訝な目を向けるが、特に気を払うことなく抱えている仕事に集中する。初めての戦闘を経験し皆が皆慣れない戦後処理に気が急いていて、最もフォローが必要な筈の子ども達への対応が等閑になっている事に気がつくものは居なかった。
次の角を曲がれば発令所に着くという所で横の通路から飛び出して来た影とぶつかる。勢い良く跳ね飛ばされて尻餅をつくヒカリとマユミ。飛び出して来た影の方も反対側に転んだようだ。腰の痛みを我慢しながらマユミを助け起こしつつ謝罪するヒカリ。
「ご、ごめんなさい!急いでいたものだから・・・・って、あっ!!」
「い、いや。こちらも前を見てなくて・・・」
立ち上がりながら顔を向けた先にあったのは良く見知っている相手だった。待機を解かれプラグスーツをから制服に着替えたムサシ・ケイタ・トウジ・ケンスケだ。予備チルドレンである彼らの待機場所も更衣室も、候補生達が使用する場所からは離れていたため会わなかったが、発令所に向かう途中で行き合ったらしい。
親しい友人でもある彼らと出会って強張っていた表情を少しだけ緩めるヒカリとマユミ。ヒカリにとってトウジとケンスケは小学校からの同級生だし、マユミにとってムサシとケイタはマナを通じて知り合った友人である。辺りを取り巻く張り詰めた雰囲気に緊張を隠せなかった二人は肩の力を抜いた。
「鈴原・・相田も。ちょうど良かった。ねえ、アスカとマナがどこにいるか知ってる?」
「そ、そうです!!二人は無事なんですか?!」
「ちょ、ちょっと待って。落ち着いて。」
ヒカリの言葉に発令所に向かった目的を思い出して近くに立っていたケイタに詰め寄るマユミ。不安と焦りが彼女の落ち着きを取り払う。掴みかかる勢いで迫られたケイタは慌ててマユミを宥める。
「イインチョか。わしらもどうなっとるのか聞きに行こうと思っとるトコや」
「ああ、待機してた部屋のモニターも途中で映らなくなってな。多分使徒の攻撃でどっか回線がショートしたんじゃないかと思うけど。」
トウジとケンスケが答える。戦闘の様子は待機場所に設置されていたモニターで見ていたが、使徒の攻撃で回線が破損し途中で映らなくなったらしい。
ヒカリとマユミに説明している少年達を尻目に発令所に歩き出すムサシ。情報も得られず部屋で待機が解かれるのを待つことしか出来なかった為苛立ちを募らせていたようだ。それを見て慌てて着いていく五人。例え勝ったにしても無傷とは限らない。自然と口を噤んで足早に進む。
たどり着いた発令所は他の何処よりも慌しい喧騒に満ちていた。オペレーター達も指示を出すミサトも、戦闘中のデータ整理を始め様々な業務に忙殺されていて殺気すら感じる。その様子に怯みはしたが、アスカとマナの状態を知りたい欲求には勝てなかった。恐る恐るミサトに近づく。
「あ、あのー。・・ミサト、さん?」
「何?!・・・・て、あなた達。どうしたの?解散していいって言われなかった?」
シンジに冷たくあしらわれリツコに追い返された苛立ちから殺気立っていたミサトが勢い良く振り返った。その目に映ったのは恐々とこちらの顔色を伺う六人の子ども達。一瞬ばつが悪い顔をして誤魔化すように明るい笑顔を浮かべると優しく問う。何時も通りのミサトの態度に安堵してアスカとマナの安否を尋ねる。
「はい、それは聞いたんやけど・・」
「聞きたいことがあってきたんです。」
「控え室のモニターが壊れて途中から様子が分からなくなったもので・・」
「マナは無事なんですか?!」
「使徒には勝ったんですよね?!二人に怪我は・・」
「アスカ達に会えますか?今何処にいるんですか?!」
口々に言う六人。特にムサシ・マユミ・ヒカリの三人は鬼気迫る勢いだ。詰め寄られて仰け反るミサト。アスカ達の様子を思い返して僅かに言い澱む。
「あ、うーんとねぇ。まぁ生命に別状は無いと思うわ。今は病院で検査を受けているはずだけど・・」
「怪我したんですか?!」
「二人ともですか!?そんなにひどいんですか?」
歯切れの悪い言葉に数人が身を翻そうとする。それを慌てて止めるミサト。その場に留まっている子達も真剣な表情で凝視している。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!!今行っても会えないわよ!!」
「どうしてですか!!」
引き止められて勢い良く噛み付くムサシ。同じく止められたケイタは無言だが不満気に顔を歪める。マユミとヒカリは不安そうにミサトを見詰め、トウジとケンスケは静かに言葉を待っている。
「ふぅ。 今二人は麻酔で眠っていて目覚めるのはまだ先よ。
早くても夜中か明け方でしょうね。起きていたところで検査があるからどの道顔を合わせるのは無理。 ・・・今日のところは大人しく部屋に帰って休みなさい。明日になったらお見舞いに行っても良いから。」
優しく言い含められて渋々了承する六人。発令所を重い足取りで出て行く子ども達を見送って、苦々しく呟いた。
「(チルドレン、か・・・・。でも、仕方が無いことなのよ。他に方法は無いわ。)」
ひたむきに友人の安否を心配する子供達の姿に僅かに心が痛んだが、必要な事なのだと割り切って仕事に意識を戻すミサト。
「仕方が無いこと」だ、とネルフに籍を置く者は大なり小なり皆がそう考える。だがその傲慢ともいえる態度こそが、シンジの反発の最たる理由であることに気付くことが出来れば、あれ程忌避されることも無くなるだろう。しかし、思考を打ち切ってしまった今のミサトが、自ら気付く可能性は殆ど無い。ミサトが溢した呟きも発令所の喧騒に紛れ、誰の耳にも届かず消えた。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
シンジは凄まじく不愉快だった。
それはもう、殺気を抑えていられるのが自分でも不思議なほどに。
先程出逢った赤木リツコとかいう白衣の女性に引き連れてこられたのは、ネルフの存在意義であり切り札でもあるエヴァンゲリオンを格納しているケージだった。ここに着くまでの間前を歩くミサトとリツコが交わしていたわざとらしい会話。暗闇に満ちた部屋に通されたと思ったら突然照明を点けられ、現われたのが巨大なロボット。(今時子供向けの特撮番組でもありえない安っぽい演出である)そこで始められた下らない寸劇。 意気揚々とエヴァについての解説を行うリツコの声も不快なら、脇で”正義の味方”気取りで説教をかますミサトの喧しい声も不快だ(結局のところ”大の大人が寄って集って14歳の少年をエヴァに乗せて戦場に放り出す”という事実
には変わりが無いだろう。しかも葛城ミサトの原動力は個人的な復讐心だ。それが悪いとは言わないが、己の行為を正当化する欺瞞に満ちた態度と言葉が著しく気に障る)
そして何よりもシンジの機嫌を損ねているのは、ガラスに仕切られた上段で踏ん反り返っている血縁上の父親の(奴の顔など忘れていたが、事前調査で集めた資料の中にあった写真でみた。資料以上にむさ苦しい髭面である。夜道を歩けば10人中10人が通報するな、と思った。)尊大で威圧的な態度と命令と、シオンの姿を認めたときに彼女に向けた奴の粘ついた視線だった。
ゲンドウは『美月園』の皆の仇である。くだらない己の望みの為に彼らを殺したゲンドウを許せるわけなど無かった。だが、襲来する使徒を撃退しなければ世界が滅ぶ危険がある以上、ネルフの存在を利用する必要があるのだ。その為にも奴を今殺すわけにはいかない。それは重々承知していた。補完計画を潰す為にも自分がチルドレンとしてネルフに属することは有利に働くだろう。ゼーレに対する隠れ蓑としても有効だ。
その為に多少の演技や多大な自制が必要だったが、それは仕方の無いことだと思っている。ゲンドウへの憎悪を隠し、ネルフの面々に対して敵として認定されない程度に友好的に接する覚悟もあった。・・・・が、それとこれとは別である。
確かにシオンは贔屓目無しに見ても、ずば抜けた美貌を持っている。今は若干幼さが残るが、後数年もすれば振り返らぬ者等居なくなるだろう。実際仕事の依頼人の中にも何を勘違いしたか、シオンに言い寄ろうとする者もいた。(中には愛人に加えようとか、奴隷にしようとかふざけた事を企てる愚か者も存在した。 当然、生きていることすら後悔するような制裁を加えて殲滅しておいた。)
シオンが魅力的なのは事実だ。だがしかし、である。目の前で、(忌まわしい事実ではあるが)実の父親が、自分の想い人に色欲を含んだ視線を投げる光景など到底許容できるモノではなかった。血の為せる業か、シオンの容貌は碇ユイの面差しに似ている部分もあるのは確かだ。蒼山ユリエと碇ユイが従姉妹同士だっただけあって、目元の部分や全体の顔立ちが似ている。本人同士を並べてみれば微かな面影がある、程度の相似性ではあるが理想化した妻の幻影を追いかけている男には十分すぎるものだったらしい。しかも普通に色欲だけならまだしも(どちらにしても殺意しか沸かないが)、まるで気に入りの人形を見るかのような類のものまで含まれているとあっては不快感が激増するのも当然である。一目でユイとの相似性に気づいた熱意には感心するが。
さすが、ユイの遺伝子情報をもって生まれたというだけで、綾波レイが自分を裏切る事等無いように人形として育て上げる外道である(補完計画の為だけならば其処まで束縛する必要は無いだろう)。
ゲンドウの視線の意味に気付いたのはシンジだけではなかった。赤木リツコもそれを悟った様だ。凄まじい嫉妬に満ちた目でシオンを睨みつけている。
はっきり言ってただの八つ当たりで大した実害はないが、シオンへの害意に対しては軒並み沸点が低いシンジには許せるものではない。更に機嫌が悪化する。後は切欠しだいで爆発するだけである。
「------- 乗るなら早くしろ!!乗らないなら帰れ!!
臆病者は此処には不要だ!!!」
「シンジ君、貴方何のために此処まで来たの?
駄目よ逃げちゃ!お父さんから。何よりも自分から!!」
先程から自分達の話を聞いているのかいないのか、ただ寒々しい笑顔で黙って初号機を見詰めているシンジに痺れを切らし、ゲンドウが一際尊大に言い放つ。その威圧感に押されて口を噤み緊張を隠せないリツコ。シンジの義侠心に訴えようとしてか偽善的な台詞を吐いて彼の反応を伺うミサト。固唾を飲んで成り行きを見守る整備員。そして傍らでシンジを気遣う様にそっと寄り添うシオン。
ケージにいる者が注目する中、シンジがやっと口を開いた。
「・・うるせぇ。」
「何だと?」
小さな呟きが聞こえなかったか、聞き返すゲンドウ。聞こえていたリツコとミサトは、あのゲンドウに暴言を吐いた少年を驚愕の視線で見ている。
シンジの機嫌の程を悟ったシオンは誰が見ても分かるほどに青ざめている。そしてケージを支配する凍りつくような殺気。
「うるせぇって言ったんだよ。この怪人髭眼鏡が。
ガラス越しでもなきゃ息子と対面することも出来ない極めつけの臆病者がほざいてんじゃねぇ。
はっ!!大体、何で父親に呼ばれて出向いたってだけで、いきなりこんな玩具に乗ってやらなきゃならないんだよ。
人類滅亡?他に乗れる人間が居ない? 知ったことか阿呆らしい。使徒とやらを倒すのはお前らネルフの役目だろうが。 知らないとでも思ってたのか?”使徒迎撃組織ネルフ” いずれ襲来する使徒とか言うバケモンを倒すために設立された組織。 使徒に唯一対抗できるエヴァンゲリオンとそのパイロットであるチルドレン。・・・ちょっと情報を探ればある程度のことは調べられる。 なんせ、半公開といっても国連の一組織だ。伝手を使って多少の事を知ることくらいできんだよ。
敗退したとか言う二機に乗ってた奴らが無理でも、ネルフ本部には本職のチルドレンが後5人は居るはずだろうが。 一人は重傷で動けないそうだが、それでも4人だ。俺みたいな素人引っ張り出さずとも、そいつら乗せれば済む話だろう? それで仮にネルフが敗北したとして、それはお前らの怠慢と失態だ。俺に関係あるかそんなこと。 」
勢い良く捲くし立てて踵を返すシンジ。
おろおろと周りを見回すシオンに優しく微笑みかけると彼女の手を引いて歩き出す。
本音を言えばここに居る全員を叩きのめしてしまいたいが、心配そうにこちらを見ているシオンを安心させる事の方が先決である。早速計画を変更するのは悪いと思いはしたが、これ以上此処に居れば我慢が効かなくなる自覚があったシンジはさっさと出て行こうとする。
数瞬の間辺りを支配した殺気と、シンジの言葉の内容に唖然としていたミサトとリツコがそこで我に帰ってシンジを慌てて引き止める。ゲンドウは駒の一つとしてしか認識していなかった息子に浴びせられた嘲笑と侮蔑に、怒りの余り言葉を紡ぐことも出来ず立ち尽くしている。
「「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」」
親友同士だけあって見事なユニゾン。リツコとミサトの手がシンジの腕と肩を掴む。引き止められて煩わしそうに振り返るシンジ。その目は不快気に細められ、剣呑な空気を伝える。さりげなく背後に庇われたシオンは、切れる寸前のシンジをどう宥めたものかと気を揉んでいる。
「何なんですか?先程あの髭眼鏡が帰れって言ってたでしょう。その言葉通りに帰ろうとしてるんです。邪魔しないでください。 あんなむさ苦しい髭面、見てるだけで気分が悪いんですよ。
大体貴方達もネルフの大義名分の為に今忙しいんじゃないんですか?僕みたいな部外者に構ってる暇なんか無い筈でしょう。ああ、勝手に歩き回られるのが困るというなら、黒服のお兄さんの一人でも案内につけてくれれば大人しく帰ります。
では、もう会うことも無いでしょうけど、お元気で。 」
「って、待てなさいって言ってるのよ!! なんで貴方そこまで知ってるの!!
世間に公開された情報にはチルドレンの正確な人数や現状のデータなんかなかったはずよ!!」
「そうよ!!それはネルフの機密のはずよ!何で知ってるの?!」
両側から喚かれて、嫌そうに顔を顰めるシンジ。うるさそうに耳を押さえてみせる。
さらに何か言おうとした二人を遮ってゲンドウが詰問する。
「シンジ。貴様それを何処で知った。」
シンジは降ってきた声に嘲笑を浮かべてゲンドウを振り仰ぐ。見下ろしているのはずなのに、確実に見下されている。屈辱に身を震わせて再度問いを放つ。
「言え、シンジ。何処で、知った?」
ゲンドウに遮られて口を閉ざしたが、掴んでいる手は離さずに睨みつけるリツコとミサト。
しばし緊迫した静寂が支配する。
ズズーーン
突如施設を地響きが襲う。同時に鳴り響く警報と、スピーカー越しに届けられる緊張と焦燥に満ちた報告。
{目標、再び侵攻を始めました!!現在第3新東京市内中心部に移動。進路上の武装ビルを攻撃しています!!}
天井を睨みつけ、時間が無いことを悟ると疑念は後回しにシンジを再び説得しようとするミサト。リツコも猜疑の視線は変わらないが黙って成り行きを見守っている。
「-- シンジ君!!時間が無いのよ!!早くエヴァにのって!!
あなたが乗らなきゃ皆死んでしまうのよ!!いいの?!それでも!!」
「・・・・・シンジ、乗れ。」
ミサトの言葉に追従するゲンドウ。怒りに滾る視線で睨みつけて命令する。前言など無かったように振舞う大人達の滑稽な姿にますます嘲笑を深めるシンジ。ミサトのあまりの剣幕に間に入ろうとしたシオンを片手で制する余裕すら見せ付ける。その態度に真っ先に切れたのはミサト。次いでゲンドウだった。
ミサトがシンジに掴みかかると同時にゲンドウの命令が響く。
{サードをエントリープラグに放り込め!!多少怪我させても構わん!生きてさえ居ればどうとでもなる!!}
総司令の命令に従ってケージになだれ込む黒服の男達。ネルフ内外の保守・警備を担当する保安諜報部保安1課の者達だ。その手には既に銃を握っている者もいる。襟元をミサトに掴まれ首を絞められつつも尚嘲笑を浮かべ続けるシンジ。ミサトはその様子に更に激昂して怒鳴りつけた。
「ちょっとアンタ!!いい加減になんか言ったらどうなの?!
アンタが戦わなきゃ皆死ぬのよ!!アンタが皆を殺すの。そこんとこ分かってんの?!
へらへら笑ってないで、男らしく覚悟を決めなさいよ!!なっさけない!!」
「サード、痛い目に合いたくなかったら大人しく従え。」
力任せに揺さぶられたせいで髪紐が解け、艶やかな黒髪がシンジの顔を隠した。その為表情が分からなくなる。しかし俯いて微動だにしない様子に怯えていると判断して更に居丈高に続けるミサトと保安部員。
「さあ!!早く乗るのよ!!人類を護る為なんだから光栄なことでしょう?」
「サード、さあ来い!!」
ゲンドウは黒服の男達に囲まれるシンジを見ながら、更に命令を下す。
{そこの娘は独房に放り込め!!}
ブチッ
その時、シオンは確かに何かが切れる音を聞いた、気がした。先程から青かった顔色を益々青ざめさせてシンジを伺う。
彼は俯いたまま、両腕をミサトと黒服にそれぞれ掴まれエヴァの元へ引きずられていく所だった。
ゲンドウの命令に従って少女を捕らえようとする男達を見もせず、恐る恐るシンジを呼んだ。
「し、シンジ・・・・・・・?」
それが、合図だった。
一瞬で地に沈められるミサトと黒服。戦闘に長けている筈の保安部員の誰一人はっきりとは視認出来ない速さで鳩尾に拳を入れられ倒れる二人。増してやリツコやゲンドウなど何が起きたかすら分からなかった。
ずっと俯いていたシンジが顔を上げる。そこに浮かぶのは激しい怒りを湛える凄絶な笑み。
凍りつくような殺気に気圧されて戸惑う外野などに目もくれず、容赦なく周りの黒服達をなぎ倒すシンジ。手加減など欠片もしていなかった。事態に気付いて反撃しようとした男たちも次々と戦闘不能にされていく。中には関節を砕かれてケージ内のプールに投げ落とされる者もいる。辛うじて殺してはいないが、後遺症の残るものも数人では効かないだろう。30人はいた男達を全滅させるのに一分も掛からなかった。
此処に至ってようやく目の前の光景を認識したリツコは恐怖のあまり固まって呼吸すらおぼつかない。
ゲンドウは理解の範疇を超えた目の前の現実に通信機を手にしたまま動くことも出来ない。
全員を叩きのめしてわざとらしく服の埃を払って見せるシンジに集まる畏怖の視線。ネルフの面々が立ち尽くす中で、シオンが慌ててシンジに走りよる。
「シンジ!!怪我は?!痛みは?気分は?大丈夫?!」
「大丈夫だよ。そんなに心配するな。俺があの程度の雑魚にやられる訳がないだろう?」
「それは分かってるけど・・・」
泣きそうな顔で詰め寄るシオンを宥めるシンジ。その顔には先程の嘲笑も黒服達をなぎ倒したときの凄絶な表情もない。柔らかな笑みを浮かべて少女の髪を優しく撫でている。シオンも温かい手の感触に落ち着きを取り戻す。
今のシンジを傷つけられる程の実力者などそうは居ないと分かっていても心配になるのだ。 直に取り乱してしまう自分をいつも優しく宥めてくれるが、些か子ども扱いされているようで恥ずかしくなる。僅かに顔を赤くして俯くシオン。 同時に辛うじてであっても死者が出なかった事を安堵する。あそこまで機嫌を悪化させたシンジが暴れてこの程度の被害なら軽い方だ。
以前、仕事の依頼人が契約を一方的に違えた所為でシオンが負傷した事があった。 その時本気で切れたシンジは依頼人宅を強襲し、家人使用人部下関係なく其処に居た全ての人間を皆殺しにした挙句、依頼人が所有していた家屋敷その他の保有財産を破壊しつくしたのだ。シオンが気付いた時には全て終わった後だった。
その時のシンジの表情を思い出し背筋を震わせるシオン。何があってもシンジを怒らせる事はすまい、と決意を新たにした瞬間だった。
最もシンジがシオンに怒りの矛先を向けるなど天地が裂けても有り得ない。周囲の被害についても心配しているようだが、情報収集と操作能力については既にシオンを凌ぐ実力を誇るシンジが、彼女に知られるような失態を犯すことなど殆ど無いと言ってよかった。シオンが気にしている件については仕事を始めた初期にしたことで、彼女に隠し切ることが出来なかったのだ。
何やらほのぼのしい空気を醸し出す少年と少女。あまりの落差に周囲の大人達は次の行動を決めかねて動くことが出来ない。
そこで再び揺れる施設。突然の振動に辺りの物に掴まるリツコやゲンドウ。エヴァの周りに居る整備員たちも調整層に落ちないように堪えている。と、何かが壊れるような不吉な音が響く。何事かと天井を仰ぐ彼らの視界に、激震に耐えかねて落ちてくるライトが入る。その落下予測地点には二人の少年少女。誰もが助からないことを確信して目を逸らす。
ズガーン
目を逸らしていた大人達の耳に一際大きな衝突音が聞こえた。
ライトがシンジ達を直撃したか、とそろそろと視線を戻した彼らの目に信じがたい光景が映った。
シオンを抱えて飛び退った姿勢のまま上を見て忌々しげに顔を顰めているシンジ。咄嗟に回避行動を取ったようだが、彼らが直前まで立っていた場所には何も落ちてはいなかった。ケージの中を満たす赤い調整層に大きな水柱がたって水面が激しく揺れている。落ちてきたライトが何かに弾かれて調整層に落ちたらしい。そして、シンジ達が居た場所を護るように翳された巨大な手。・・・・そう、エヴァンゲリオン初号機が少年を庇ったのだ。
それを見て我に帰るリツコとゲンドウ。だが反応は対照的だった。
リツコはシンジを護ろうとした初号機の動きから、チルドレンとしての高い適正を確信して喜色を浮かべ。
ゲンドウは愛しい妻の宿る初号機が息子を護ろうとした行為に嫉妬してシンジに対する憎悪を深める。
だがどれ程厭わしい事であってもゲンドウの目的のためにはシンジを乗せるしかないのだ。
内心を押し隠して、再びエヴァに乗るよう命令する。
「エヴァが動いた?シンジ君を護ったの?(ユイさん?・・これなら大丈夫そうね)」
「(・・くっ。 シンジめ!) シンジ、乗れ!!時間が無い」
進歩のないゲンドウの言葉に呆れた表情を隠そうともしないシンジ。シオンも疲れた顔をして溜息をついている。
一通り暴れて落ち着いたのか冷静さを取り戻したシンジは、改めて己の言動を振り返りこれからどうしたものかと悩んでいた。当初の予定では多少渋って見せた後、エヴァに乗る積りだった。が、余りにも礼を欠いたネルフの面々の要請とゲンドウの尊大な態度と命令、奴がシオンへ向けた視線の意味に本気で頭に血が昇ってしまったのだ。
これほどの戦闘能力を見せ付けておいて怪しむなというのは不可能だ。ここでいきなり従順にエヴァに乗って見せたところで猜疑を深めるだけだろう。全面的に信用されるよう振舞うつもりもないが、余計なことまで気付
かれても面倒である。このままネルフを振り切って逃げ切る事も可能だが、そうするとシオンがエヴァに乗ると言い出すだろう。チルドレンとしてこの戦いに参加してしまえば、彼女は今以上に様々な傷を負うことになる。それを許すことなど出来ない。
ゲンドウらに対する憎しみと怒りを忘れることはないが、何よりも彼女を助け護る為にこそ力を欲したのだ。シンジは表情を変えないまま思考を巡らせ考えを纏めると、ゲンドウに向き直り静かな口調で話しかけた。
「 ”依頼”としてなら、乗ってやってもいいけど?」
少年の想定外の言葉に呆けた顔で見返すゲンドウ。リツコも戸惑った表情を浮かべている。
「依頼?なにを言っている?」
「シンジ君?」
聞き返す二人。営業用の笑みを浮かべたシンジがその言葉に答える。
「そ。依頼。・・・・・万屋 ”レイン”と”クラウド” への戦闘代行依頼 としてなら受けてやっても良いぜ?」
シンジの台詞に驚愕するゲンドウとリツコ。流石に ”レイン”というコードネームは知っていたようだ。
対するシンジは、二人の反応に本気で呆れた風に装う。彼らがそれを知らなかったことなど解りきっていた。
依頼人への秘密厳守は徹底していたし、情報を洩らそうとした輩には(シオンには隠した上で)死すら凌ぐ凄惨な制裁を加えて見せしめにしたりした。その行動の甲斐あって依頼人から情報が漏れる事は殆ど無くなった。多少のことを掴んでいる情報機関もあるだろうが、ネルフが知っていたのならこれ程無防備に自分を呼びつける事等ありえない。
「 ・・・本当に俺についてのこと知らないで呼んだのか?天下のネルフの情報網も大したことないな。 仮にも国連で上位の組織のTOPが何で知らないんだよ。世界に名だたるMAGIの使い手赤木博士も。
ああ、さっきなんでそんなに内情に詳しいのかって聞いてたな。
当然だろ?この業界で生き抜くのためには、正確で素早い情報の確保なんて基本中の基本なんだよ。それなりに大きな組織の動向なら尚更な。あの程度なら然程苦労せずとも入手するなんざ簡単な事だ。」
軽く告げられた内容だが、聞き流せるものではなかった。驚愕が収まっても警戒を解くことは出来ない。
数年前に突然現われあっという間に裏世界でもトップに上り詰めた何でも屋。
”クラウド”とそのパートナー”レイン”の名は、ネルフ諜報部のブラックリスト上位に載せられている。
まさかそれが若干14歳の少年だったとは・・・・。思考をめぐらすリツコはそこで気付いた。
「ちょ、ちょっと待って!!シンジ君が”レイン”なら、”クラウド”は・・・・・?」
リツコの言葉に笑みを深めるシンジ。面白がるような響きを乗せて、シオンを引き寄せ静かに告げる。
「俺のパートナーは一人しか居ない。 彼女以外に誰が居る?」
シンジの言葉に顔を赤くするシオンの姿は誰が見ても文句なしに愛らしい。その可憐な少女が裏世界でトップレベルの何でも屋・・・・?シンジの並外れた戦闘能力を間近に見た後でも俄かに信じられるものではない。忙しなくシンジとシオンを見比べるリツコ。”レイン”の名を知らない整備員達は普段冷静な態度を崩さない技術部長の狼狽にこそ驚愕の視線を集中させる。
階下の混乱を見下ろして逡巡していたゲンドウだったが、己の最優先事項を思い出す。
エヴァの中に眠る最愛の妻を取り戻すことこそ己の至上命題である。それを為すためならば、他の何を犠牲にしても叶えると決めていた。それに相手は所詮14の子どもに過ぎない。いかに優れた戦闘能力を持っていようと出し抜くことなど容易いだろう。そう帰結したゲンドウは決断した。
「いいだろう。ネルフは”レイン”に戦闘代行を依頼する。」
「?!司令!!よろしいのですか?!」
ゲンドウの言葉に慌てて反論するリツコ。ネルフの保有する保安諜報部は決して無能ではない。若手の組織といってもバックボーンにはゼーレも居るのだ。世界中の組織に狙われながらも機密を守り抜いた実績もある。 世界で最も優れているとは言い難いが、それでもトップレベルには入る程度の実力を持っている。その保安部員を無造作にあしらって見せたシンジ。更には諜報部とMAGIの力を持ってしても探ることの出来なかった危険人物である。ゲンドウの思考が予想できない訳ではないが、そう簡単に扱える相手とは思えなかった。
だがゲンドウは意に介さない。威圧的な言葉と視線でリツコの口を閉じさせる。
「黙りたまえ赤木君。今の最優先事項は使徒の撃退だ。それとも他に方法があるのか?」
何時如何なる時も己を縛るゲンドウの視線に抗うことなど出来なかった。僅かに俯いて了解する。
「・・・わかりました。」
そんなやり取りを嘲りを含んだ視線で見やるシンジ。ゲンドウとリツコの関係は知っている。
リツコがゲンドウを本気で愛してることも、同時に誰よりも恐れていることも、ゲンドウはただ道具として扱っていることも今までの二人の様子で理解した。事前情報を踏まえた上で互いの目の色を観察すれば一目で分かる。世界を護るという大義名分を掲げた国際組織のTOPの実態がこれなのだ。嘲笑を抑える方が難しい。辛うじて営業用の笑顔を保ったままゲンドウへ返事を返した。
「了解。万請け負い”レイン”への戦闘代行依頼を受諾致します。
ただし今回の依頼は、今侵攻している敵性体との戦闘のみ。
今後も依頼を望むのであれば改めて契約を結ぶ、ということでよろしいですね?」
「・・・・いいだろう。」
目的の為に決断はしたが、息子にあしらわれる屈辱に奥歯をかみ締め内心を滾らせる。唸るような声で了承してシンジを睨みつけるゲンドウ。シンジは晴れやかとすらいえる表情で朗らかに続ける。
「今回の依頼料に関しては、時間の無さを考慮して戦闘後相談に応じるということで。
では、早速仕事に入らせていただきます。エヴァの操縦法を教えていただけますか?
あ、それと”クラウド”は今回の戦闘には直接タッチ致しませんが、私のサポートという事で戦闘を直接視認できる場所に待機する事を了承していただけますね?」
「・・・許可する!!」
歯軋りの音すら聞こえそうな勢いでシンジの言を受け入れるゲンドウ。そのまま踵を返して発令所に向かう。
ゲンドウの迫力に慄いていたリツコと整備員はようやく肩の力を抜いて各々の仕事に従事する。
その様子を見て、シンジに小声で話しかけているシオン。
シンジに制されて口を挟めなかったが確認して置かなければならない事があるのだ。
「(シンジ!いいの?さっきまでは乗らない積りだったんじゃ)」
「(あ~さっきはちょっと頭に血が昇ってて。大丈夫だって。
少し予定は変わるけど仕事のことをばらして置けば多少の牽制にもなるしな。
それよりも、エヴァのシンクロなんだがモニタ越しでも視界に入る範囲なら遠隔操作できるよな?)」
「(まあ、シンクロのサポート程度なら・・。
けど本当にいいの?私の力を媒体に使うとユイさんを封印することになるけど。)」
「(ああ。今更あの女に母親面されるなんて気色が悪いだけだ。シンクロするなんて尚更な。かといって直接シンクロは危険だからって止めたのはお前だろ?)」
「(それは、まあそうだけど・・・・。)」
周囲には聞こえないように話し合う二人。
チルドレンがエヴァとシンクロするには通常ならコアに取り込まれた母親の魂を介して行う。
それがゲヒルン時代に行われ失敗したエヴァの起動実験から学んで開発された比較的安全な制御方法である。そのため、ネルフには母親が取り込まれたコアのストックが保管され、シミュレーションプラグでの訓練で高いシンクロ率を出すことが出来た者のコアを完成したエヴァに換装してチルドレンに任命しているのだ。
だが、従来ゲヒルンで想定されていた適格者という者がいる。これはセカンドインパクト時に飛び散ったアダムの力の欠片を取り込みエヴァへの高い親和性をもった人間のことで、当初はこれを探し出しパイロットにする予定だったのだ。しかし世界中をさがしてもゲヒルンでは見つけることが出来ず、実験の失敗を経て代替案として打ち出されたのが現在のシンクロシステムである。
シンジにとって、幼い自分を省みず研究に耽溺した結果死んだ碇ユイは自分を捨てた人間だ。
しかもユイが解読した裏死海文書の為に補完計画が創られ、彼女を取り戻したいが為にゲンドウは人類補完計画を推奨しているのだ。いわば全ての元凶である。つまり、ゲンドウやゼーレと同類なのだ。 嫌悪と憎悪の対象にはなっても、彼女を受け入れるなど到底出来ることではない。
だが、シンジが初号機に乗る役目は譲れなかった。その為にユイの魂を介さずにシンクロする方法をシオンに相談した所、彼女が考え出したのが、彼女の血を媒体に使徒(主にリリス)の力を使ってリリスコピーである初号機を支配する方法である。シオンは異界の完成した使徒と、この世界のリリスの力を持っている。彼女の魂のみならず肉体そのものにも強大な力が宿っているのだ。僅かな量の血であっても意識して取り出した物であれば、人一人分の魂と同量の力を込める位は容易いことである。その血をエヴァにシンクロする際、密かにLCLに混ぜてコアに吸収させるのだ。そうすれば、シオンの力の欠片を宿したコアが出来る。
最初はシオンが直接力をコントロールする必要があるが、一度力を宿してしまえば後はシンジが上手くシンクロするだけである。シオンはそれについても心配しているようだが、コアに宿るのがシオンの欠片であるのなら、シンジが同調出来ないはずがなかった。
リツコは小声で何事か話している少年と少女を横目に整備員達に指示を出していた。
完全に納得してはいないが、司令であるゲンドウが決定したことである。ネルフにいる者が逆らうことなど許されない。通信機で救護班を呼び、作業に邪魔なミサトと保安部員を回収させる。一通り指示を終えると横でシンジとシオンがこちらを見ていた。先程見せられた光景を思い出し恐怖が蘇りそうになるが、個人の事情に拘る時間などないのだ。リツコは気持ちを切り替えてシンジへエヴァの操縦をレクチャーする。簡単に説明すると近くにいた整備員にシンジの案内を任せ、シオンを伴って発令所に向かった。
後ろについてくる少女を意識しつつリツコの脳裏を巡るのはシンジとシオンへの対応策だ。先程のゲンドウの態度から見ても、しばらくはシンジを初号機に乗せるだろう。今更ではあるが、これから先も無防備にネルフ内部に彼らを招き入れる訳にはいかない。明らかにネルフ側の過失ではあったが、あれ程の敵意を向けていながらわざわざ譲歩して依頼をするよう仕向けてきた真意も解らないのだ。彼らほどの実力があればネルフの追っ手を撒くことも返り討ちにする事も然程難しくはないだろう。後でゲンドウから命じられるだろう彼らの調査と監視の有効な方法に頭を悩ませているうちに発令所に着いた。
シオンを促して中に入るリツコ。最早後が無いことに因る緊張と焦燥と切り札に対する期待。
雑多な熱気に満ちる発令所内を見回して、先に戻っていたゲンドウを見上げて軽く肯いてみせる。視線を下に戻すと少女を連れたまま初号機の起動準備を行っているオペレーター達の元に近づく。リツコの気配に気付いた技術一課所属であり直属の助手を務める伊吹マヤ二尉が顔を上げた。
「あっ先輩 ♪ 」
今の状況を忘れたような弾んだ声で呼びかける部下に脱力しながら作業の過程を確認するリツコ。一緒に着いてきたシオンも苦笑している。
「マヤ、報告を」
「あっ、はい! 初号機エントリープラグ固定完了。第一次接触開始、LCLを注入しているところです。」
マヤの声を聴きながらメインモニターに映るプラグ内の様子を観察する。モニターの中ではシンジが軽く目を伏せてシートに座っている。手元に映し出されるデータを見ても落ち着いているようだ。LCLがシンジの口元に達したとき嫌悪の滲む声が聞こえた。
「血の匂い・・・」
「我慢しなさい!!男の子でしょ!!」
シンジの言葉と同時に発令所の入り口から大きな声が響いた。
「ミサト・・目が覚めたの?」
さっきまでシンジに殴り倒されて気絶していた筈の葛城ミサトだ。幸い鳩尾を殴られただけであったため、比較的早く意識を取り戻したらしい。頭に響く声に顔を顰めて振り返ったリツコが話しかける。答えるミサトは元気なものである。それをみて軽く舌打ちしているシンジ。もっと強く殴っておけばよかった、と顔に書いてある。
「もちろんよ!大体作戦部長が居ないでどうするって言うの!!」
いよいよ使徒を倒すための指揮を取れるのがよほど嬉しいのか張り切った様子で答える。リツコは疲れた溜息を吐いて言った。
「まあ、いいわ。それより今からシンクロを開始する処なのだから静かにしていて頂戴。」
「ちょっと、リツコ!!どういう意味よ!!」
「レイの事故を忘れたの?騒音は作業の邪魔よ。」
リツコの言葉に気色ばんで詰め寄るが、冷たく睨み返されて口を噤むミサト。起動実験の事故で負傷したレイのことを言われては反論出来ない。だがそのまま黙るのも気まずかったのか辺りに視線を彷徨わせ、リツコの傍に立っている少女を見つける。
「シオンちゃん?!貴方なんで此処に居るの?」
「あ、はい。えーとですね」
どう説明したものかと、言いよどむシオン。ここで下手なことを言えばミサトは容易く激昂するだろう。今そんなことをしては戦闘に支障が出兼ねない。言葉を選んで話そうとした所で、モニター内のシンジが口を挟んだ。
{彼女は僕のサポート役として戦闘を直接確認できる場所に待機する事を許可して頂きました。貴方に口を出す権利はありません。黙っていて下さい。}
「な、な、な、なんですって~~~!!
あんたねぇ、これは遊びじゃないのよ!!子どもが何生意気言ってるの!!
女の子に見てて貰えなきゃ戦うことも出来ないの?!はっ!なっさけないわねぇ?」
シンジに冷たく言われて激昂するミサト。突き放すような口調に先程殴り倒された怒りも思い出したのか、憎しみすら篭った目で睨みつけて少年を挑発してみせる。シンジは完全な無表情でミサトを見返す。落ち着き払った態度に更に気を高ぶらせて言い募ろうとするミサトをリツコが止めた。
「ミサト!!黙ってなさいって言ったでしょう?!静かに出来ないなら出て行きなさい!!」
「何よリツコ!アタシが悪いって~の?」
「今行っている作業はデリケートなものなのよ!!仮にも指揮官を名乗るなら邪魔するような真似はしないで!」
リツコの剣幕に渋々口を閉ざすミサト。その顔には不満がありありと浮かんでいるが、ようやく周りの状況を認識したのか大人しく引き下がる。
ミサトへの説明に困っていたのは事実だが、わざわざ挑発する様な事を言ったシンジを軽く睨みつけるシオン。シンジは軽く笑って誤魔化している。仕方なさそうに溜息を吐いて気を取り直したシオンは、モニターとリツコ達の動きを見てエヴァに意識を集中させる。ここで失敗するわけにはいかないのだ。シンジが目で合図したのを確認し、慎重に力を練り始める。
「主電源接続」
「全回路動力伝達」
「第二次コンタクト開始」
「思考形態、日本語を基礎原則としてフィックス」
「A10神経接続異常なし」
「初期コンタクト全て異常なし」
「双方向回線開きます」
ここで起動が成功しなければ自分達は終わりなのだ。発令所中の人間が注目する。
「シンクロ率・・・・99.89%!!エヴァンゲリオン初号機、起動しました!!」
「ハーモニクス全て正常位置。暴走、ありません!!」
「「なんですって!!」」
其処彼処で歓声交じりの驚愕の声があがる。端の方でこっそりとシオンも安堵の溜息を吐いた。すぐに気を引き締めてモニターに視線を戻したが。
発令所内の者は皆一様に驚きの顔を浮かべている。その中で特に驚いているのはリツコだ。確かに起動が成功することは予想していたが、これ程高いシンクロ率をいきなり叩き出す等異常なことである。勢いこんでデータをチェックするリツコ。
「マヤ!!ちょっと見せなさい!!
(ありえないわ!訓練もプラグスーツも無しにいきなり理論限界値?!あのアスカですら70%強なのよ!)」
作業を見守っていたミサトはリツコの行動に頓着することなく嬉々とした声で確認を取る。
「リツコ!いけるのね?!」
「・・え?あ、えぇそうね。起動は成功。暴走の心配も無し。大丈夫、いけるわ。」
ミサトの声に我に帰って答えるリツコ。今の最優先事項を思い出して落ち着きを取り戻す。
ミサトはリツコの答えに喜色満面で最上段を振り仰ぎゲンドウに伺いを立てる。
「よろしいですね?」
「無論だ。使徒を倒さねば我々に未来は無い。」
一度目の出撃と同じ台詞で許可するゲンドウ。その声は先程の激情を窺わせぬ、落ち着いたものだった。傍らの冬月が僅かな感心を乗せてちらりと見やる。
「碇、本当にいいのか?」
「・・問題ない。所詮は子どもだということだ。心の内では母親を求めているのだろう。」
「そうだといいがな。」
小声で話す男達の見下ろす先ではいよいよ初号機が射出されようとしている。
「進路クリア!オールグリーン!」
「発進準備完了!」
「了解」
オペレーターの報告に最終チェックを行ったリツコが承認してミサトに肯く。それを受けて高らかに命ずるミサト。
「エヴァンゲリオン初号機発進!!」
初号機が勢い良く射出され、使徒の目前に打ち出される。メインモニターには使徒と初号機が対峙する姿が大きく映し出される。高まる緊張。
「シンジ君、いいわね?」
{・・・どうぞ。}
ミサトの確認に抑揚の無い声で応じるシンジ。その目は使徒の姿だけを捉えている。
「最終安全装置、解除!エヴァンゲリオン初号機、リフト・オフ!!」
拘束から解放される初号機。僅かによろめくがすぐに姿勢をたて直す。使徒の方も新たな敵と認識したか初号機に向き直る。
「(シンジ君、死なないでよ・・!)」
真剣な面持ちでモニターを睨んで小さく呟くミサト。
気に食わない相手であっても、死を願うほどではない。少年の無事を祈る。
呟きが聞こえていたリツコが僅かな哀れみと呆れを込めた視線で見やる。
力尽くで少年を戦場に出そうとしていた人間が口にするべき台詞ではないが、ミサトが本気で呟いていることを知っているからだ。
様々な思惑を乗せた視線が見守る中で、二度目の人類の存亡を賭けた戦いが、始まった。
03 | 2024/04 | 05 |
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書きたい物を書ける時に好きに書き散らしてます。文頭には注意書きをつける積りですので、好きじゃない、と思われた方はこのHPを存在ごとお忘れになってください。(批判とかは本当勘弁してください。図太い割には打たれ弱いので素で泣きます)
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