これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
明るい日差しが差し込み、僅かに開かれた窓から朝特有の涼やかな風が入る。
中庭の木々がこれから暑くなることを告げるように眩しい光が濃い影を作る。
そんな平穏な夏の朝、白い部屋で静かに眠っている二人の少女。
長く美しい朱金の髪と、眠っていて尚見るものにきつい印象を与える白皙の美貌の少女。
栗色のショートヘアと、健康的に日焼けした小麦色の肌が活発な印象を与える可愛らしい少女。
セカンドチルドレンである惣流・アスカ・ラングレーと、フォースチルドレンである霧島マナだ。
彼女達は昨日の戦い--第一次直上会戦と呼称--で、出撃した際に負ったダメージにより戦闘不能に陥り、加療のため病院に収容された。その際使用された麻酔によって、今も眠り続けているのだ。
平和な日常の象徴のように、和やかな喧騒に満ちた廊下から騒がしい足音と叫び声が聞こえる。療養している患者のために、立てられる音を最小限に抑えるよう努めている看護婦達の怒りの声がその騒音を追いかけて響く。その騒ぎに眠りを妨げられたのか、少女の瞼がゆっくりと開かれる。見慣れない白い天井を眺め、何故こんな所に寝ているのかを思い出そうと眉間にしわを寄せる。
微睡みに引き込まれそうになる思考を纏めようとしている彼女の集中を外の騒音が邪魔をする。上手く回らない頭を持て余し、思考を妨害する騒音に対する苛立ちに思わず身体を勢い良く起こすと、枕を掴みドアを凝視する。程なくして開かれたドアの向こうに立っている騒音の主に向かって掴んだ枕を力一杯投げつけた。
----------- ドガッ
「「いって(た)~~~~」」
病室のドアを開け放つと同時に枕の洗礼をうけた騒音の発生源である二人の少年はよろめいて尻餅をつく。
床に座り込んだまま顔を押さえて唸っていたが、痛みの原因であろうお目当ての少女の同室者に文句を言うために大きく口を開いて顔を上げ-----
「なにしやがるっ こんの凶暴おん----- あ。」
「ひどいよ~~------ ぉ?」
凍りついた。二人の少年が見上げた先には凄まじい形相でこちらを睨む少女の顔が。
そこで、右手を振りぬいた姿勢のまま肩で息をしているのは、いつも高飛車な物言いと実力行使であらゆる言い分を周囲に受け入れさせる朱金の髪の少女ではなかった。殺人的な威力で枕を投げつけてきたのは、自分達が静寂を尊ぶ病院内の禁忌を犯してまで全力疾走で会いにきた栗色の髪の少女のほうだったのだ。
「ム・サ・シ?」
「は、はい!!」
「ケ・イ・タ?」
「はい!!」
鬼のような顔から一転静かな無表情で、ことさらゆっくりと呼ばれた名前に恐怖が煽られる。
反射的に立ち上がり背筋を伸ばして、恐る恐る彼女の方を伺う。少女の背後に蟠る影は見間違いではあるまい。・・・・・彼女の寝起きの悪さを失念していた少年達の落ち度であった。
「ここは、病院よね?」
「はい!その通りですっ。」
「病院内は、静かにしなければいけない。・・子供でも知ってることよね?」
「仰る通りでございます!!」
優しげに問いかける少女の静けさがひたすら怖い。答える声が震えているのは他人に確認するまでもない。
緊張の余り言葉遣いがおかしくなっているのを直す余裕もなかった。
「・・・そう。なら、ワタシが何を言いたいのか、分かるわね?」
「「はい!!」」
少女の問いかけに、直立不動で答える。彼女の気が済むまで耐え続けるしか現状を脱する方法など存在しない。
「そっ。 なら遠慮なくv
・・・・・・・そぉの落ち着きのない行動を矯正しろって何度言わせれば分かるのアンタ達はぁ!!!!!」
バグッ ドカッ
「「はぅ!!」」
神速で踏み込んできた少女の拳を視認することも出来ず、廊下の壁に叩きつけられる少年の体。
勢い良く殴り飛ばされた割には、二人とも口の端を切った程度の怪我しかしていない。・・・・慣れとは恐ろしいものである。
「ほんとにもうっ!!仕方ないんだから。」
軽く手を払って陽射しの下に立つ少女の姿は、健康的で生気に満ちて美しかった。・・病院の検査服でなければ。廊下に倒れる二人の少年とその前に仁王立ちする少女。中々シュールな光景である。
今まで眠っていたとは信じられない程に確かな足取りで少年達に歩み寄ると、軽々と二人の襟首を掴み上げ病室へと引きずっていく。その後姿に声をかけることが出来るものは一人も存在しなかった。 患者の目覚めを知った医師と看護婦でさえ。遠巻きに見守る群衆の目の前で、静かに扉が閉められ、静寂のみが残る。
人類の存亡を賭けた戦いの直後とは思えない、平和な日常風景であった。
陰気な闇に満ちた部屋にぼんやりと浮かび上がる立体映像。
国連の中で、実質的な最高決定権を持つネルフの上位組織、人類補完委員会の会議である。委員会は議長キール・ローレンツ(独国)を始め、米国・仏国・英国・露国の代表者5人で構成され、人類補完計画の推進、特務機関ネルフの予算確保や監査などを主な業務としている。
「使徒再来か、あまりに唐突だな」
「十五年前と同じだよ。災いは何の前触れもなく訪れるものだ」
「幸いとも云える。我々の先行投資が無駄にならなかったという点においてはな」
「そいつはまだわからんよ。役に立たなければ無駄と同じだ」
「左様。僅かとはいえ公開されていたネルフの保有するエヴァンゲリオン。使徒の襲来予測及びその威力と性能。 半信半疑であった国連始め世界中が注目している。適切な情報操作・世論の誘導・ネルフの運用 ・・・すべて迅速に処理してもらわんと困るよ」
「その件についてはすでに対処済みです。ご安心を」
「ま、その通りだな」
口々に言う委員会メンバーに対し、髪一筋ほども表情を動かさず答えるゲンドウ。
そのふてぶてしさが気に入らないのか、更に声を高くして言い募る。
「しかし、碇君。ネルフとエヴァ、もう少し上手く使えんのかね」
「零号機に引き続き、君らが初陣で壊した弐号機と参号機の修理代、開発途中であった武装ビル。国が一つどころか二つ三つ傾く程度では済まん」
「なんの為のチルドレン候補育成計画かね。」
「十分に訓練を積んでいたはずの先任チルドレンは役に立たなかったそうではないか。」
「聞けば、全くの素人である筈の君の息子が動かした初号機が使徒を殲滅したとか。」
「どういうことかね。」
「我らへの報告に虚偽があったのかね?」
「そのような事実はありません。」
「本当か?」
「それ程たやすく成し得るものではあるまい」
「初号機の性能が想定よりも優れていただけのことでしょう。コアが過剰に反応したことも考えられます。」
「ま、それは良かろう。 君の仕事はこれだけではあるまい。」
委員の一人の言葉と共に手元のモニターに映し出される報告書。
『人類補完計画 第17次中間報告』
「人類補完計画。これこそが君の急務だ」
「左様。その計画こそが、この絶望的状況下における唯一の希望なのだ。我々のね」
「計画を妨害する者もいる。事には慎重かつ的確にあたってもらわねばならん。」
「いずれにせよ、使徒再来に於ける計画スケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう」
「では、後は委員会の仕事だ」
「碇君。ご苦労だったな」
消えていく立体映像。ぼんやりとした光に照らされていた部屋に暗い闇が戻る。
最後に一人残っていた議長が重々しく告げる。
「碇。後戻りは出来んぞ」
最後の映像も消えるのを待って、小さく呟く。
「・・・わかっている。人間には時間が無いのだ。 そして我らにも・・・・・・。」
ネルフ本部内は、何処も彼処も戦後処理の為の慌しい雰囲気に満ちている。大きな音を立てるものは居ないが、通路を歩むものは誰もが何かしらの書類やデータを抱えて足早に通り過ぎる。その中を悠然とした足取りで歩く金髪の白衣の女性。理知的な相貌と目元の黒子が特徴的な美女。E計画担当博士、技術部部長を務める赤木リツコである。
彼女はとある部屋の前で立ち止まると、部屋の主が在室しているのを確認してベルを鳴らすと扉を開ける。
「ミサト、入るわよ--- って、貴方何をやっているの。」
リツコの目に入ったのは、部屋中を覆い尽くす書類の山と紙の底に埋もれる黒髪の女性。ネルフの作戦部長葛城ミサトだ。彼女は昨日の戦いの戦後処理の為の書類や、壊されたエヴァ弐号機・参号機の修理の為の報告書及び始末書その他に埋もれて息も絶え絶えになっていた。
ミサトは部屋に誰か入ってくる気配に顔を上げたが、それが大学以来の友人であることを認めると、再び力尽きたように机に突っ伏した。
「あ~~~~リツコぉ。 も~う勘弁してよう。これ以上は無理。本当に死ぬわ・・・・」
情けない声でぼやくミサトに、こめかみを引きつらせて答えるリツコ。額には青筋が浮いている。
「何を言っているの。全部自業自得でしょう。
貴重なチルドレン候補の迎えに遅刻してその命を危険に晒す。
初陣にも関わらず作戦部長の不在。初戦闘で弐号機と参号機を壊す。
・・・・・貴方、何のためにネルフに居るの? 」
情け容赦の無いリツコの言葉にぐうの音も出ないミサト。上目遣いでリツコの顔を窺ってぼそぼそと言い訳を始める。
「だぁって~。 しょーが無いじゃない、一昨日は夜勤だったんだし。あんな早く起きれないわよ~。
それでも出来る限り急いだし、結果的にはシンジ君は無事だったし・・
それに、弐号機と参号機は日向君の指揮で壊したんでしょ~私が悪いんじゃ・・・」
子供の様な言い分に眩暈を覚えながらも、理路整然とした言葉で返すリツコ。
青筋の数が増えている。ミサト以外の人間なら、あまりの恐ろしさに即座に逃げ出すだろう。
「子供なの貴女は!!チルドレンの迎えは貴方が無理に奪い取った物でしょう!!
自分のスケジュール位前もって把握してから予定を立てなさい。
それに部下の不始末は上司の責任よ。彼が指揮を執らざるを得なかったのは貴方の遅刻のせい。
自分の尻拭いを押し付けておいて、その言い草は何なの!!もっと責任をもった発言をなさい!!
「ううっ・・ わかったわよぅ。 ごめんってばリツコ~~。」
余りの剣幕にやっと己の不利を悟ったか、素直に謝罪するミサト。しかも涙目になっている。
「(全然分かってないわね、これは・・)はぁ~~~もういいわ。
それよりも、霧島さんが目を覚ましたそうよ。若干の記憶の混乱が見られたそうだけど・・」
「まさか、精神汚染?!」
「いいえ。その心配はないわ。精神に異常なし。
フィードバックに因る擬似火傷と多少の打撲は有るけど生命に別状はないわ。二・三日で湿布も必要なくなるでしょうね。」
「そう・・」
あからさまに安堵して、肩の力を抜くミサト。
その様を冷ややかに見詰めて真面目な顔を崩さないリツコ。
「何よ?リツコ。 それだけなら電話で十分よね?」
「ミサト、貴方・・・・シンジ君との事どうするつもり?
理由に察しは付くけれど、どうにか信頼を得られないと本当にまずいわよ。」
冷たく告げられた内容に嫌なことを思い出した、とばかりに顔を顰めるミサト。逃避も兼ねてか、思考の隅に追いやっていたようだ。
「それも分かってるわよ・・・な~んであんなに嫌われてんのかしら。」
本気で呟いているミサトの様子に、更に暗鬱な気分に陥るリツコ。
同時にミサトとシンジとの関係の改善はほぼ絶望的だと悟る。
普通に考えれば、当たり前である。
迎えに来ると言いながら、数時間の遅刻。
その間戦場に置き去りにされ、それに対する謝罪も無い。
親しみやすいといえば聞こえが良いが、初対面から馴れ馴れしく振舞う。
これは明らかに子ども扱いして軽視しているとしか思えない。
つらつらと考えて、昨日見た仮面のような愛想の良い微笑みと冷ややかな瞳の色を思い出す。
口調は一応敬語であったが、本当に敬意を払われているとは思えない。台詞に混ぜられていた皮肉からもそれは明らかだった。
そうしてリツコは昨日のことを振り返った。
第一発令所は暗い沈黙に覆われていた。
人類の希望を背負って出撃した、ネルフ保有のエヴァンゲリオン弐号機と参号機が使徒に返り討ちにあったのだ。巨大なモニターには無残に破壊され、倒れ伏す弐号機と参号機の姿が大きく映し出されている。使徒は出撃した二機に受けた傷を癒すためかその場に蹲って動かないが、再度の侵攻は時間の問題である。しわぶき一つ立てる者無く、沈鬱な空気に支配される発令所。死の覚悟を決めたか、恋人や家族の名を呟く者もいる。
静寂を日向の声が破った。
「司令。B級以下職員の退避と本部自爆の許可を。」
最早他に手は無し、と使徒を誘いこんで本部ごと爆破しようと進言する。
その言葉に更に空気が重くなる。固唾を飲んで司令の言葉を待つ一同。
「・・・・・・初号機とサードを、出撃させる。」
ざわっ
重々しく告げられた宣言にざわめく発令所。承服し難かったのか反論する日向。
「なっ 待ってください司令!! サードは到着したばかりで、初めて乗るんですよ!!
二機がかりで勝てなかった敵を相手にしてまともに戦えるとは思えません!!考え直してくだ---- 」
言い募るがゲンドウは聞き入れようとしない。威圧的な視線で全ての反論を封じる。
納得しきれない顔で口を噤んだ日向に、冬月が言葉を重ねる。
「今、本部を自爆させたところで確実に倒せるとは限らないだろう。
しかもそこで倒れている二機と、中にいるチルドレンも諸共に死なせるつもりかね。
初号機を出して使徒の気を惹いている間に、二機を回収すれば戦況を立て直すことも可能ではないのかね?」
希望的観測が混じった言い分ではあったが、落ち着いた冬月の言葉に発令所が僅かに活気を取り戻す。
苦々しくその様子を見回した日向は、もう一度最上段を見上げて組織TOPの意思が変わらないことを悟ると低い声で復唱した。
「・・・了解、しました。 初号機の出撃準備を始めます。」
弐号機と参号機が敗退する少し前
N2の余波で吹き飛ばされた後、全力で車を走らせ驚異的な速さでジオフロントに到着したミサト。運転中に見たエヴァンゲリオンの出撃に気が急いているのか、シンジ達に話しかける事も無くいそいそと車を降りて足早に進む。本部正面入り口に着いたミサトは、やっとシンジ達の存在を思い出して快活な口調を作ると二人に話しかけた。
「えーっと、シンジ君?お父さんからID貰ってないかしら?あれが無いと本部に入れないのよ。
あっシオンちゃんには今来客用の仮ID発行してるから少し待ってね。 」
ただ無言で着いてくるシンジとシオンの様子に気まずくなったのか、早口で捲くし立てるミサト。対するシンジは愛想良く微笑みながら無言で手紙とカードを差し出した。ミサトと会ってから笑みを絶やさないシンジをそっと見やり冷や汗をかくシオン。飄々とした空気を纏い丁寧な口調で対応していたが、この状態のシンジは凄まじく不機嫌で在る事を知っている彼女は、いつ爆発するかと不安で仕方が無い。
今はまだ、台詞に軽い皮肉を混ぜる程度で済んでいるがこれ以上機嫌が下降しようものなら見境無く暴れかねない。
----- 怒ってる・・しかもすっごく。 さっきまでは機嫌がちょっと悪い程度だったのに~~
「し、シンジ・・? あの、」
話しかけようとするシオンには本当の笑顔を向けるが、その目が「何も言うな」と語っている。気圧されて口を噤むシオン。最早彼が切れたときのストッパー役を務められるよう気を配るしか出来ることがない。密かに呼吸を整える。そんなシオンの様子を見ながら、内心で際限なく罵倒の言葉を吐き続けるシンジ。
-----セキュリティカードが無いと入れないような重要施設に呼ばれた理由については一言も無しか。本当に何も知らないままなら、俺はいきなりエヴァに乗せられたってことか?道中の話題はどうでも良い世間話ばっかりだったし、あんな大衆向けのパンフ一部だけで誤魔化して、チルドレン就任についてこの先どう話を運ぶつもりだよ。話す権限がないならないで、重要な機密に触れることになるから程度のことは言っとけよ。仮にも作戦部長が、素人の子供に対する配慮の一つも出来ないってどれだけ無能だ。
しかも、数時間も遅刻しておいて一言の謝罪もないし。あそこで一歩間違ったら俺らが死んでた可能性について考えも及ばないってか。その癖 親しげな口調で”フレンドリーなお姉さん”でも気取るつもりか?あざとすぎて気持ち悪いんだよ。
「いえ、お気になさらず。 どうぞ」
小揺るぎもしない表情は既に恐怖しか生まない。気付いていないのはミサトだけである。仮IDを持ってきた警備員すら冷や汗を浮かべてシンジを見ている。
万屋稼業で培った対外用の完璧な愛想笑いに黒い空気がにじみ始めている。海千山千の裏社会の住人含む依頼人達相手に交渉スキルを上達させた今のシンジが、内心はともかく見て分かるほどに感情を表に出すなど滅多に無いことである。それだけに感じる恐怖も一入であった。
「あ、ありがとーv って、手紙も一緒についてるけど、見ても良い?
(あの司令が息子にどんな手紙送ったのか気になってたのよねーv) って、はぁ?!これだけなの?」
送られてきた封筒ごとカードを渡されたミサトは、一緒に入っている手紙に興味を示し伺いを立てる。シンジの了承を得て、嬉々として手紙を開いたミサトの目が点になった。さもありなん、書かれているのは単語と名前だけである。昨今、幼稚園児でももっとましな手紙を書くだろう。いや、手紙と呼ぶことも失礼な代物であった。
「(こ、これは・・・・いくらなんでもどうかと思うわよ?司令って・・・)
あ、あはははは・・個性的な手紙ねぇ?
あっ シオンちゃん!そのカードをスリットに通せばゲートが開くから。 は、早く行きましょうか? 時間も無いことだし。 ははっ 」
手紙を開いた瞬間感じた寒気を誤魔化すように、乾いた声で笑ってゲートをくぐるミサト。
反射的に殺気を撒き散らしたシンジが無言の笑顔で続き、シオンがその後を小走りに追いかけた。
しばらく無言で歩む三人。寒々しい空気が周囲を取り巻いている。
重苦しい雰囲気に耐えられなくなったのか、ミサトが携帯を取り出しどこかに掛ける。
「もしもし、リツコ?今、本部に着いたわ。戦況はどうなってるの?---- え?何、聞こえないわよ?リツコ?」
どうやら相手は初号機の整備を行っている筈のリツコのようだ。喧騒に紛れたのか聞き取りにくくなった言葉を聞き返すミサト。その間にエレベーター前にたどり着く。”過去”では本部内で迷子になっていたミサトも、流石に配属されて数ヶ月経っている今迷うことはなかったようだ。そっと安堵の息を漏らすシオン。
と、目の前のエレベーターが開き、中には白衣を着た金髪の妙齢の美女が立っていた。
彼女は、ミサトを認めると深い溜息を漏らして冷たい視線で睨みつける。
「--- 葛城作戦部長? 何をしているのかしら?」
「あ、えーと、ほら、そうそう!!大事なサードチルドレン候補を迎えに行ってたのよ!やっぱ、戦力増強は最優先で配慮されるべき事項だもんね!」
氷のような冷たい視線に怯えたように一歩退いたが、虚勢を張ってシンジを前に引っ張り出す。引きずられたシンジは変わらず完璧な笑みを浮かべているが、雰囲気に加えて瞳の温度も数度下がった。それを恐々と見詰めているシオン。内心でミサトの無謀さを罵っている。
----- ミサトさん!!勘弁してくださいよ~~
シオンの内心など知らぬ気に進められる会話。
リツコの視線がシンジを捉える。
「その子が例の男の子、ね。」
「そお!マルドゥックから選出されたサードチルドレン、碇シンジ君よ」
張り切った声で紹介するミサト。ミサトを見ずに自己紹介するリツコ。観察するように上から下まで見回した視線がシンジの顔で止まる。笑顔の下に潜んでいる不機嫌さに気付いたようだ。漂う雰囲気に僅かに尻込みながらも表には出さず、冷静な表情を保つ。
「そう。 私はE計画担当博士、技術部長も務めている赤木リツコよ。
よろしく。リツコと呼んで貰っていいわよ。」
「よろしく。碇シンジです。・・赤木さん。」
シンジの返答に軽く眉を上げたリツコだが気にせず肯き返す。それを聞いていて黙っていられなかったのがミサトだ。
「そぉ言えば、私もミサトで良いって言ってんのに、なんで呼んでくれないの~?」
少し不満そうに声を上げるミサトを見て冷ややかな口調で答えるシンジ。笑顔とのギャップが怖い。
「いえ、別に。強いて言うなら、数時間も人を待ちぼうけさせて置きながら一言の謝罪も無い人に対する親しみなど、欠片の持ち合わせも無いからでしょうか。」
「うっ!? それは悪かったわよぅ。ごめん、シンジ君。
で、でもほら、結局皆無事だったんだし。さっぱりと水に流して~~」
反省の欠片も見せずに口先だけで謝るミサトに疲れた溜息をこぼすリツコとシンジ。
気を取り直して顔を上げたリツコの視界に、会話から取り残されて立ち尽くす少女の姿が映る。
「貴方は?ここは部外者の立ち入りは禁止の筈よ。」
問いただすリツコの声にシオンの肩が揺れる。そのシオンを庇うように前に出るシンジ。横ではミサトが必死に言い訳をしている。
「あ、そうそう。赤月シオンちゃん、シンジ君のガールフレンドよ。
まあ、いいじゃない。シンジ君も知らない場所で一人になるより安心できると思うし。
(シオンちゃんが一緒じゃないと来てくれないって言うんだもの。しょうがないでしょ~?
部外者なのは自分も同じ筈だからって。)」
ミサトの言葉に更に深い溜息が零れる。今日一日だけで一生分の幸福が逃げて行きそうだ。最早下がりようも無いほどに凍りついた視線でミサトを睨んで、そのままエレベーターに引き返す。扉を開けたまま立ち尽くしている三人を促すと、目的の階のボタンを押した。
第一発令所では絶望的な現状を打破すべく、残された最後の切り札、エヴァンゲリオン初号機の出撃準備が行われていた。先程渋っていた日向も気持ちを切り替えたか、目の前の作業に集中している。
その様子を見下ろしていたゲンドウが、机の端にあるモニターを確認し突然立ち上がる。
「・・冬月、後を頼む」
常と変わらぬ重苦しい声で言い、司令席の後ろに設置されていた昇降用のリフトに乗り込んだ。
唐突な行動に驚きもせず静かに見守っていた冬月はゲンドウの姿が見えなくなると小さな声で呟いた。
「10年ぶりの対面、か。」
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
「8月14日金曜日 本日は素晴らしい快晴の一日となるでしょう。
ただし、昼頃から所により戦闘機が降る可能性があるので、外出の際には頭上に注意する必要があります。
命の惜しい方はお出かけにならない方が良いでしょう。・・・・・・って所か? 」
「シンジ・・・・・」
人一人居ない駅前で、呆れた様な口調で吐き捨てる黒髪の少年。
その少年に気遣わしげに話しかける黒髪の少女。
「来い ゲンドウ」と書かれたメモ用紙以下の手紙と、「私が行くまで待っててねv 追伸:胸の谷間に注目!!」と書かれたふざけた写真を嫌そうに横目で確認し、待ち合わせ場所二駅手前のリニア改札前で目の前の戦場を観察する少年と傍らに寄り添う少女。 碇シンジと赤月シオンである。
二年前の襲撃事件後、シオンに保護されたシンジは、それ以来シオンと共に伯父の家を出て世界中を転々とする生活を送っていた。シオンに教えられた「人類補完計画」を妨害する為の活動と、計画の遂行者であるネルフとゼーレを潰すための準備の為である。
同時に、妨害工作のカモフラージュと、シンジの実戦修行を兼ねて、万屋・・・要するに表裏関わらずの何でも屋・・・を営んできた。要人護衛や情報収集・運び屋その他。依頼の内容と報酬に折り合いがつけばどんな依頼もほぼ100%完遂すると評判である。
まさか本名で仕事など出来ないのでお互いにコードネームを付け合っての活動だ。
万屋での名は、クラウドとレイン。クラウドがシオン、レインがシンジ。
妨害工作で名乗る名は、スクルドとヴェルダンディ。スクルドがシオン、ヴェルダンディがシンジだ。
襲撃の真相と己の父親の目的を知ったシンジは、最初直ぐにでもゼーレとネルフを潰すことを望んだ。しかし、何れ使徒が襲来することは既に避けられない未来である以上、エヴァとエヴァを管理するネルフの存在は必要なのだ。そのことを説明し、ようやっと納得させたシオンはまずシンジを彼の望みの通りに鍛え始めた。といっても、既に学んだ戦闘術の素地があったため、実戦を積んで経験値をあげる支援をしただけである。後は万屋稼業で経験を積むことに腐心した。 優れた素質と本人の熱意があってか、あっと言う間にシオンのレベルへと追いついたシンジは、彼女の行っていたゼーレ施設襲撃への協力を申し出た。
シンジが仲間になってくれたことは正直嬉しく思っていたが、施設の襲撃のような裏の仕事を手伝わせる気は無かった。その為シンジをどうにか思い留まらせようとしたが、彼の熱意に押し切られ共にコードネームを名乗り裏で動き回ることになったのだ。 彼はパートナーとして優秀で今まで以上の戦果をあげることが出来た。カヲルの素体を保管しているゼーレ秘匿のダミープラントを殲滅できたのもシンジの援護があってこそである。そのことは喜ばしいが、シンジを自分と同じような犯罪者にしてしまった事に罪悪感を忘れることは出来なかった。
そして訪れた2015年。
あらゆる者が各々の望みを叶える為に待ちわびた、予言の年。
人間に最も近く、何よりも遠い存在。強大な力と永遠の命を持つ神の使者が、地上に降り立つ時が訪れたのだ。
「ねぇ、シンジ。 本当に良いの? シンジがチルドレンになったら・・・」
「良いっていったろ?それに俺がチルドレンにならなかったら、シオンがエヴァに乗るつもりだろう?
お前だけに任せきりにする積りはない。 それに俺が乗ったほうが計画のためには都合が良いって話し合ったじゃないか。」
「そうなんだけど・・・」
待ち人が一向に現われないため、暇を持て余した二人は最初他愛のない話をしていた。
が、これからの事を思って不安になったか、シオンがシンジにエヴァに乗ることを今からでも思いとどまらせようと、何度目かの説得を始める。そんなシオンを安心させようと軽い調子で決意が変わらないことを伝えるシンジ。彼の意思の固さを見て取って口ごもるシオン。
しばし、会話が途切れる。
「・・・・にしても、遅すぎる。
待ち合わせ駅に着く前にリニアが停まったこと位調べればすぐ分かるはずだろう。
何してんだよ、迎えの人間は。 俺らが死んだらどうする積もりなんだか。 」
「そうだね・・。
電話も通じないし、いきなりネルフ本部に行ったりしたら怪しまれるしね。・・・どうしようか。」
-----まさか、この世界のミサトさんも時間にルーズだとは・・・・ずぼらさも変わらないのかな?
一応事前調査はしたけど、個々の細かい内面まではわからないしねぇ。
あぁ、でも家事能力は人外レベルって評価があったなぁ・・脅威のMC兵器は健在・・かな?
内心ミサトの過去の世界と同じ行動に不安になって、苛立たしげに周囲を見回しているシンジを見ながら嘆息する。僅かに疲れた表情で人の気配が無い町並みで繰り広げられる、巨大な生き物と国連軍の戦闘機との戦いを見やる。
と、その視界に鮮やかな色彩が飛び込んできた。
月光を紡いだかの様な蒼い髪。水面に映る花の色の様に淡く鮮やかな真紅の瞳。
透き通る様な白磁の肌と、妖精のように華奢な体躯と繊細な面持ち。
この世界の綾波レイの幻影である。
零号機起動実験失敗により重症を負って加療中の筈の彼女が此処に居るのは異常な事態なのだが、シオンは心を満たす懐かしさと、今の彼女の立場と環境を思ってほんの少し悲しみを帯びた瞳で、幻のレイを見詰める。目の前にあるのは、眠っているレイが飛ばした精神体であることを知っているのだ。肉体よりも精神を主として生きる単体の使徒に近い存在であるためか、本人の無意識の内に肉体を抜け出した心を遊ばせているのだろう。今の彼女が見ている記憶は、身体が目覚めてしまえば消えてしまうほど儚いものだと分かっていても、この世界のレイとの邂逅に喜びを隠し切れず、彼女へと笑顔を向けた。
その頃。
人気の無い無人の道を爆走する青い影があった。
シンジとシオンの待ち人、ネルフ戦術作戦部部長、葛城ミサト一尉の愛車アルピーヌ・ルノー である。
「やばい、やばい、やばいわ~~~。
こんな時に迎えに遅刻したせいで、貴重なチルドレン候補を確保できなかったなんて減俸どころか即座に馘首よ~~~~!!
しかももう使徒が上陸してんじゃない!!初戦から作戦部長が居なかったなんて、笑い話にもならないわ!!」
----・・・・・っく、何のためにネルフに居るのかわかんないじゃない!!
飛んでくる瓦礫を素晴らしいドライビングテクニックで全て避け切り、目的地に向かって車を走らせるミサト。
内心の苦々しさを押し殺しながらも、使徒へ対する憎しみに唇をかみ締める。
その目に、無人の駅前で立っている人影と、そこに落ちていく戦闘機が映った。
それを見て、当に法定速度を遥かに上回るスピードで走っていた車のアクセルをさらに踏み込む。
「ちっ 間に合いなさい・・・・・!!!」
同時刻。ネルフ本部中央作戦司令室第一発令所。
緊張に満ちた喧騒の中、発令所内にオペレーター達の報告が響く。
「正体不明の移動物体、依然本所に対して進行中」
「目標、映像で確認。主モニターに回します」
それを壇上から見下ろして重々しく呟く二人。総司令碇ゲンドウと副指令冬月コウゾウだ。
「15年ぶりだな。」
「ああ。間違いない--- 使徒だ。」
待ち望んだ時の到来に喜びを隠し切れずに組んだ両手の下で歪んだ笑いを溢すゲンドウ。
その傍らで、冬月はメインモニターに映る使徒と国連軍との戦闘を眺める。
「僅かとはいえ使徒についての情報は公開されているというのに、無駄なことをするな・・」
「くだらん。軍人のプライドとやらのためだろう。直ぐに思い知る。」
「そうだな。-------- 赤木博士、エヴァの準備は?」
モニターを凝視する国連軍将校の姿を横目に、エヴァの起動準備を行っているE計画担当博士赤木リツコに通信を繋げる。
{はい、赤木です。エヴァは弐号機、三号機共に起動準備完了。
セカンド・フォース両チルドレンはエントリープラグ内で待機しております。後は発進準備を待つだけです。}
「そうか。 ----- 初号機と零号機は?」
{初号機はパーソナルパターンの書き換え終了。後はサード候補を乗せるだけです。
零号機は起動実験暴走の際使用された硬化ベークラフトの除去が完了しておらず、動かすことは不可能です。ファーストの状態も戦闘に耐えられるほどには回復しておりません。}
「わかった。では弐号機と参号機を出撃準備。初号機は待機してサード候補の到着を待つ。」
{了解しました。}
通信機越しに会話する冬月とリツコ。
その会話に国連軍将校の声が割り込む。
「くそっ! 総力戦だ。出し惜しみはなしだ!!」
「なぜ動ける!本当に通常兵器は効かないというのか!!」
「まだだっ!!まだ切り札が残っている!!」
悔しげに呻いて一人が電話に手を伸ばす。
「----- わかりました。予定通り発動いたします。」
ネルフ本部 会議室
乗機を持たない予備チルドレン達が、外の喧騒を他所に大人しく待機している。
「マナ、大丈夫かなぁ。怪我なんかしなきゃいいけど・・」
「マナなら心配ないさ。その為の訓練だって十分に積んできたじゃないか」
部屋の隅に置かれたパイプ椅子に座って落ち着かなげに目の前の小型モニターを見詰めていた気弱そうな少年が、横に座っている友人に小声で話しかける。
元在日国連軍少年兵トライデント型陸上軽巡洋艦パイロットであった霧島ケイタと霧島ムサシである。 藍色のプラグスーツに身を包んでいる浅黒い肌の精悍な少年がムサシ。淡い緑色のプラグスーツに身を包み、不安を前面に押し出した表情でモニターを見詰めているのがケイタである。
二年前、ネルフは半公開組織に改変され、使徒の襲来と迎撃の為のエヴァの必要性が世間に公開された。それに伴い、当時非合法な情報網でエヴァのことを既知していた在日国連軍が、対抗策として開発していたトライデント計画をネルフによって潰された。その折、パイロットとして集められていた孤児達を保護する名目で、ムサシ達三人はネルフにチルドレン候補生として連れてこられたのだ。 虐待と紙一重の過酷な訓練と、安全性に問題の残る機体の操縦訓練によって、集められていたパイロット達の中で生き残っていたのは、マナ・ケイタ・ムサシの三人だけだった。
ネルフに保護され、損傷していた内蔵の治療を受けることができた。技術開発部技術局四課所属霧島アラタ三尉の養子になることができた。三人で生きていくことができる。決して得られないと思っていた普通の生活も保障されている。昔と比べたら雲泥の差である。
・・・・・それでも、戦場で命のやり取りをしなければいけない立場に居ることは変わりなく、今得られている恩恵もその代償に過ぎないのだと理解していた。
そして今、エヴァという兵器に乗って戦場に赴くのは、自分達にとって何よりも大切な幼馴染であり、共に生きてきた仲間の少女なのだ。抑えても抑えても湧き上がる不安に、身体は固く強張っていたがそれを表に出すことはせず、横で不安げにしている気弱な友人に強い口調で言葉を返した。
同じ部屋の会議用の大きな机を挟んで反対側にも二人の少年がいた。予備チルドレンである鈴原トウジと相田ケンスケである。トウジは群青色のスーツ、ケンスケは黄色のスーツを着ていた。二人は周囲に高まる戦場の空気に気分を高揚させ、自分達が戦いに出ることが出来ない不満を隠せずに苛立たしげに会話をしていた。
「あ~~~~!なぁんで俺は選ばれないんだよ~!やる気なら一番あるのに・・・・・」
「そんなん言うたかて、しゃぁないやんか。わしらじゃ、エヴァをよぉ動かせん。此間のテストかて起動もおぼつかん状態じゃのぉ」
特にケンスケは自分がチルドレンに選ばれる事が出来なかったことがよほど悔しいのか、しきりに手を動かして友人に愚痴を続ける。
「わかってるよ・・・・。だけど、いよいよ本当の戦争が始まるんだぜ?こんな所で燻ってるだけなんて、蛇の生殺しだよぉ~~」
「はぁ、わしにはよぉわからんわ。 まぁ女子に戦わせて、男のわしが安全な場所で見てるだけ、いうんはきっついの~」
トウジの冷めた返答に白けた顔をするケンスケ。しかし直ぐに顔を引き締めると、トウジを引っ張って小声で囁く。
「なぁ、それよりも知ってるか?今ミサトさんがサード候補を迎えに行ってるらしいぜ。
なんでも、今まで誰にも動かせなかった初号機に乗せるために連れて来るんだと。」
「はぁ?サードっちゅうたら、欠番になってるとかで霧島がチルドレンに選ばれた時も飛ばしてフォースになったやないか」
突拍子も無い話題転換に、呆れたような声をあげるトウジ。大声で返された言葉に慌ててトウジの口を押さえるケンスケ。
「ば、馬鹿!!何大きな声出してんだよ!!
・・・・・だからさ、サード候補として選抜されていた奴が一度行方が解らなくなったとかで死亡扱いとして欠番にされてたんだと。 けど、最近そいつが発見されて、サードを復活させてチルドレンに任命しようとしてんだってさ。
誰にも動かすことの出来ない初号機との相性が良い奴が見つかったんなら、それも当たり前かもな。
なんせ、あの綾波や惣流すら起動指数ぎりぎりで満足に戦闘なんかできない状態だし。俺らに関しては起動すらできない。シンクロ数一ケタ台じゃそれもしょうがないんだけど。
・・・・・・あ~~~~けどさぁ!!
ずっと訓練を積んできた俺らを差し置いて、そんな素人が選ばれるんだぜ?
これが悔しくなくて、なにを悔しがれッてんだよ!!!! 」
頭を掻き毟ってもだえるケンスケを生ぬるい視線で一瞥して、明後日の方向を向くトウジ。
何とも言えない疲労感が全身を支配している。
「・・・・・・・・アホか。」
ネルフ本部内 特別治療室
傷ついたものが治療するための場だけあって、此処までは外の喧騒が届くことはない。
けれど、どこか張り詰めた緊張感が戦場が近いのだと、そこに居るものに告げていた。
白い病室で体中に包帯を巻き、点滴を受けて移動用のストレッチャーに乗せられた蒼銀の髪の少女。ファーストチルドレンである綾波レイだ。彼女は今鎮痛剤の効果によって深い眠りについていた。一目で重症とわかる彼女がこんな所へ連れてこられているのは、それでもいざとなったら彼女をエヴァに乗せるしか人類が助かる道がないとわかっているからだ。ネルフTOPの本心がどうであれ、ネルフの存在意義は使徒の撃退とサードインパクトの阻止である。それを成し得る為ならば、多少の犠牲や欺瞞は許される。その考えに同調できる者だけが此処に居ることを許されるのだ。レイに対する非人道的な扱いに疑問を持っても、口に出すことができるものなど誰も存在しなかった。
チルドレン候補生控え室
適正を認められながらも、エヴァとシンクロすることが未だできない他の候補生達が一室に集められていた。
訓練時に着用する、候補生用の簡易プラグスーツ。男子は水色か青、女子は薄い桃色か淡い藤色のものを纏い、仲の良い友人同士で固まって雑談に興じて時間を潰していた。僅かなざわめきを避けるように、部屋の隅に並んで座り暗い表情で床を見詰める二人の少女。
二つのお下げと薄い雀斑が可愛らしい少女--洞木ヒカリと、真直ぐな黒髪を背中の中ほどまで伸ばし縁のない眼鏡をかけた口元の黒子が印象的な少女--山岸マユミである。二人はそれぞれの親友が戦場へと向かう事を憂いているのだ。
ヒカリにとってセカンドチルドレンであるアスカは、候補生に選ばれて戸惑っていた自分を励ましてくれた頼れる先輩で大事な友達なのだ。勝気で高飛車に見られがちな強気な態度ながら、さりげなく庇い指導し引っ張ってくれた彼女の強さに何度助けれたかわからない。 その彼女が今から未知の生物との殺し合いの現場に赴くなど、想像するだけで背筋が震える。
本人に問いかけても、何時ものように自信に満ちた輝く笑顔で安心させてくれるだろう。 けれど、あの気高い少女が本当は繊細な心と優しさを持っていると知っている。命のやり取りをする戦場で、傷つかない筈がないのだ。心配することしか出来ないけれど、だからこそ彼女の無事を祈っていたかった。
マユミにとってフォースであるマナは初めて出来た親しい友人である。 彼女と友人になるまで、他人に傷つけられることを恐れ、自分を傷つける者の無い本の世界に逃げ込んでいた。 頑なな態度で外界を拒絶していた自分に明るく話しかけ、人に慣れないせいで戸惑っているばかりの自分に優しく接してくれた。消えない恐怖と疑念から、中々打ち解けようとしなかった自分を温かい眼差しで見守ってくれた大切な人なのだ。
彼女がチルドレンに選ばれてから、どれ程努力してきたか知っている。先任であるアスカやレイの足を引っ張ることの無い様に、懸命に訓練を行っていた。彼女が一人で出撃するわけではない。10年もチルドレンとして訓練していたアスカがいるのだ。万が一などありえない。彼女達は無事に帰ってくる。
・・・信じることしか出来ないけれど、待っているから。 だからどうか、死なないで帰ってきて。 そう胸の中で呟いて、強く両手を握り締め、神以外の何かに祈った。
戦闘機が次々と叩き落される怪獣映画さながらの光景を、なんの感慨もなく見ていたシンジの視界にこちらに向かって爆走してくる青い車が入った。あれが迎えだろうと、シオンの方へ振り向いたシンジの目に、こちらめがけて飛んでくる戦闘機が映る。
何時もならシオンが気付かないことはありえない。
だが今の彼女は、綾波レイへの懐旧の念に囚われていて周りが見えていなかった。 シンジは一つ舌打ちすると、咄嗟にシオンを抱えて飛び退る。其処に落ちる戦闘機が爆発を起こす。立ち込める煙と炎。落下地点とシンジ達が立っていた場所を遮るように青いルノーが走りこんだ。
「シンジ君!! お待たせ----- って、何で居ないの?!」
ミサトが慌てて車から飛び降りて周りを見渡すが、人影は見当たらない。
まさか今の爆炎に巻き込まれたかと、さらに周囲を捜索する。
「ちょっ 冗談でしょ?! シンジ くーん? 何処ー?!」
と、目の端に映る改札の陰に黒いものが見えた。
「シンジ君?・・・・?」
そろそろと近づくミサトの耳に少年と少女の話し声が聞こえる。
「・・・・・・なにやってんだよ。こんな所で呆けてたら危ないだろう?」
「うん。ごめんシンジ・・・。 ありがとう、助けてくれて。」
「い、いや別に怪我が無いならいいけど・・・」
呆れたような口調で窘めるシンジと、彼に笑顔を向けて感謝を告げるシオン。
シンジは向けられた全開の笑顔を直視出来ずに赤い顔をしてそっぽを向いている。
傍で聞いている方が恥ずかしくなるような仲睦まじい様子に、少々気圧されながらも恐る恐る話しかけるミサト。
陰から覗いていたのは彼が着ている袖なしの黒いロングコートのようだ。薄手の物と言っても暑くないのだろうか、とミサトが二人の姿を観察する。
コートの下には袖口がゆったりと広がった白いシャツを着ている。一見すると中国の長袍のようなシルエットだ。シンジの右耳には真紅のピアス。肩を越す程度に伸ばされた艶やかな黒髪が無造作に赤い紐で括られている。
少女の方も似たような格好で、コートではないが黒い袖なしの上衣に五分丈のパンツ。丈夫な皮のショートブーツを履いて、右耳には漆黒のピアス。長い髪は一つに編みこんで、シンジと揃いの赤い紐で結ばれている。
・・これは万屋として依頼を遂行するときに使用する戦闘服だ。服の各所には暗器や通信機その他の装備が仕込まれ、服そのものもあらゆる改良が施された耐久スーツである。最初から手の内を明かす気は無いが、相手がどんな強硬手段に訴えるか解らない以上警戒するのは当然だ。ならばと使い慣れた装備品で、最も優れた物を選んだ結果がこの姿である。
「あ、あのー? シンジ、君?」
「「あっ ・・・・・・・」」
完璧なユニゾンで振り返る二人。しばし沈黙が訪れる。
「あ、えーと。葛城さん、ですね?」
逸早く我に帰ったシンジが確認する。ミサトの方も気を取り直して応える。その顔は面白いおもちゃを見つけた子供のようだ。
「そうよんv 私が迎えの葛城ミサト。 ミサトで良いわ。
・・・ そ・れ・よ・り v そっちの子はだーれかなぁ? お姉さんに教えてくれるかな?」
「あ、え? わ、私は、あの、その、」
ものすごく楽しそうだ。そんなミサトの勢いに押されてあわあわと戸惑うシオン。
横で聞いているシンジも赤い顔をしていたが、未だ続く戦闘音に気付きミサトを急かす。
「葛城さん!!今はそんなことしてる場合じゃないでしょう。早く此処から離れないと死にますよ!!」
「あっ え、ええ。 そうよね。じゃあ、シンジ君もそっちの子も早く乗って!」
シンジの言葉に今の状況を思い出し、慌てて運転席に乗り込む。二人が後部座席に入ると同時、ドアを閉めるのも確認せずにアクセルを全開にして猛スピードで走り出した。しばらく走り続けて、やっと最前線から距離をとったことで落ちついたのか僅かにスピードを落として後ろの二人を観察するミサト。にこやかな表情を崩さぬまま、二人の子供の様子を窺う。
----- 碇シンジ 14歳 総司令碇ゲンドウの長子。
二年前既にマルドゥック機関によりサード候補に選抜されるも、行方がわからなくなり死亡したものとして欠番。 半年前、突然伯父の家に帰宅。伯父達の追及を交して、中学に復学。以来の生活態度に特筆する問題は無し。成績は中の上。病歴は無し。・・ついでに友人との交友も無し。ってあったんだけど・・・
にしても、あの厳つい髭親父には全く似てないわねぇ。母親似?年の割には背も高いし、170はあるかしら。結構鍛えてるみだし・・格闘技経験有とか書いてあったっけ?
事前に渡されていた調査書の内容を思い起こしながらシンジに話しかける。
「落ち着いたところで、改めて。 貴方のお父さんに迎えを頼まれた葛城ミサトよ。よろしくね?」
サングラスを外しながら、ミラー越しに笑いかけるミサト。
それに無言で会釈して挨拶するシンジと、ぺこりと頭を下げて名乗るシオン。
「よろしく。」
「はい、えっと赤月シオンです。よろしくお願いします。」
少女の言葉に先程聞きそびれた疑問を投げかけるミサト。楽しそうに笑いながらも、シオンを見る瞳は鋭い。
「それで、貴方はシンジ君のお友達かしら?
えーっと、これから行くところはちょっと特殊な場所でね。部外者をいれるわけにはいかないのよ。
悪いんだけど、途中で降ろすからどこか近くのシェルターに行ってもらえるかしら?」
----- こっちの子も随分と綺麗な子ねぇ。仲良いみたいだし恋人かしら。
美男美女のカップルって居るとこにはいるのねぇ。
ミサトの言葉に反応したのはシンジだった。しかも先程までの穏やかな空気が消え、僅かに剣呑な気配を纏っている。
「じゃあ、僕も行きません。ただ父親に呼ばれたってだけで、部外者なのは同じですからね。
シオンと一緒に降ろしてもらえます? 用事が有るなら予定を改めて、ということで父に伝えてください。」
それに慌てたのはミサトだ。なんといっても彼は貴重なサード候補である。適正を持つものを育成しているといっても、実際にエヴァを起動できるチルドレンは未だ数人しか居ないのだ。しかも、戦闘可能なレベルの者はレイ・アスカ・マナの三人だけである。ドイツ支部にも一人居るらしいが日本に居ないなら意味が無い。ここで、チルドレンとして高い適正を持つという彼を逃がすわけにはいかない。
逡巡するがすぐに結論を出す。まずはシンジを連れて行くことが最優先だと、しぶしぶシオンの同行を許可した。
「わ、わかったわ! シオンちゃんも一緒に行きましょう。
・・(シンジ君を連れて行けないなんて事になったら、リツコに何言われるか分かったもんじゃないわよ!)」
大学以来の友人の顔を浮かべて暗鬱になるミサト。
誰も口を開かないまま車が走る。
「・・・・・・・・あっ。 戦闘機が・・」
「え?・・・・・げっ! 嘘でしょう~~N2地雷を使うわけ~~?!」
静かな車内にポツリ、と溢されたシオンの言葉に外の様子を確認したミサトが驚愕してスピードを上げる。ひたすらに衝撃圏内から離脱しようとするが、間に合わないと見て取って近くに見えた丘の陰に車を停めて対ショック体勢とるよう促す。
「伏せて!!」
言って、頭を庇うように蹲るミサトの後ろでシオンとシンジが静かにアイコンタクトをとっていた。
「(シオン)」
「(わかってる)」
シンジに肯いて微弱なATフィールドを展開。センサーに引っかからない程度の物なので車の横転は避けられないが、バッテリーなどに衝撃の影響が出ないようにカバーする。”過去”のように余計な時間を過ごすわけにはいかないのだ。平気だと分かっていても反射的にシオンを庇ったシンジの腕の中で、フィールドを操るシオン。車が二転三転して引っ繰り返ったまま止まる。やっと収まった衝撃に恐る恐る顔を上げたミサトが嘆きの声を上げた。
「あ~~~~~うっそでしょ~~?まだ33回もローンが残ってるのに~~!!」
呑気な声を聞いて脱力し疲れた溜息を吐きながら外に出た二人は、ミサトを引っ張り出した。
「葛城さん・・あまり気を落とさないで・・早く車を起こして行きましょう。ほんとに命に関わりますよ」
「そんな場合ですか?葛城さん。
ほらちょっと傷がついてますけど、何処も異常は無いみたいですよ。」
シオンがミサトを宥める傍ら、車を起こして一通り点検したシンジが告げる。
それを聞いて自分のペースを取り戻したミサトが驚きながらも安堵の吐息を漏らした。
「え!!ほんと! よかった~~~この上車がおしゃかになんてなったら立ち直れないところよ~~~にしても、シンジ君ッたら力持ちね~~ さっすが男の子!」
「はいはい。なんでもいいから行きますよ。
あの怪物もN2喰らって生きてるみたいですし、ここも安全じゃないんですから」
「そうよ!!こうしてはいられないわ!!ほら早く!二人とも急いで!!」
のほほんと愛車の無事を喜んでいたミサトは、シンジの言葉に我に帰ると二人を車に引きずりこんで四度、アクセルを全開にしてその場から走り去った。
使徒を映し出していた発令所のモニターが激しい閃光に埋め尽くされる。
それを見て歓声を上げる国連軍高官の三人。
「やった!!」
「残念ながら君たちの出番はなかったようだな」
作戦完遂を確信した将校の一人がゲンドウらを振り返り、勝ち誇った満面の笑みで得意げに告げた。
「衝撃波、来ます」
オペレータの声と共にモニター全面にノイズが走る。
「その後の目標は?」
「電波障害のため確認できません」
「あの爆発だ。ケリはついてる」
将校の一人が安堵した様に椅子に背を預けて呟く。
数秒後、ノイズが取り払われモニターに映し出された光景に愕然とする三人。
「センサー回復します」
「爆心地にエネルギー反応!」
「なんだと!?」
「映像、回復します」
映し出されたモニターには、表面の一部を焦がしながらも何事も無かったかの様に立っている使徒の姿。
人間で言う首の辺りに、古い顔を押しのけて二つ目の顔が現われる。
「我々の切り札が・・・・・・」
「なんてことだ」
将校の一人が悔し気に机を叩く。
「バケモノめ!!」
モニターの中で使徒は破損部分を修復し、新たな部位を作り出している。
「予想どおり自己修復中か」
「そうでなければ、単独兵器として役に立たんよ」
第一発令所を見下ろす上段で、モニターと騒ぎ立てる軍人達を横目に会話するゲンドウと冬月。
一瞬使徒の目が光ったかと思うと、モニターが再びノイズに覆われ目標の視認が出来なくなる。
偵察用無人ヘリコプターの存在に気づいた使徒が、目から光線を発射しヘリを打ち落としたのだ。
「ほう、大したものだ。機能増幅まで可能なのか」
「おまけに知恵もついたようだ」
「再度侵攻は、時間の問題だな」
部外者の騒乱など知らぬ気に交わされた陰気な会話は、他人の耳には届かず暗がりの中に消えた。
「――はっ、わかっております。しかし――はいっ、了解しました」
「・・・今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」
撤退命令と指揮権の移譲を知らされた国連軍将校達が、苦々しく告げる。
総力戦を挑み、N2爆弾まで使用しておきながら敵を殲滅できなかったのだ。
しかも自分達が見下していた若手の組織に頼らねばならない屈辱に、これ以上無い程顔を歪める。
「了解です」
目線を合わせる事も無く居丈高に返答するゲンドウ。
「碇君、我々の所有兵器では目標に対し有効な手段がないことを認めよう」
「だが、君なら勝てるのかね?」
せめてもの抵抗か、苦々しく皮肉を交えて問いただす。
僅かほどの痛痒も感じず、淡々と返すゲンドウ。
「そのためのネルフです」
「期待してるよ」
荒れる内心を辛うじて押し隠し、捨てゼリフを残して発令所を去る将校達。
背中には暗い影が被さっている。
「目標は未だ変化なし」
「現在、迎撃システム稼働率7.5%」
将校達が退席する様子を眺めていた冬月が口を開く。
「国連軍もお手上げか。サード候補は到着していないが、どうするつもりだ」
「弐号機と参号機に迎撃させる」
「いいのか?初号機を出さねばお前のシナリオから外れるぞ」
「問題ない。ATフィールドの展開が出来ていない状態で、勝てるとは思わん。時間稼ぎが出来れば良い。
もし倒せたとしても使徒はまだ来る。次回に回すことも出来る。多少の変更は致し方ない。シナリオのずれは今更だ。」
表情を動かすことなく冬月の質問に答える。
他人は全て自分の望みの為の駒としか考えていないのだろう。その声には何の感情も込められていない。
聞いている冬月も平然としている。明かりの乏しい暗がりに陰鬱な瘴気が渦巻いていた。
「司令。目標が再び移動を開始しました。」
「・・総員第一種戦闘配置。」
重々しいゲンドウの声に発令所を更なる緊張感が支配し、各々がエヴァの出撃準備のために動き始めた。
「ところで碇。葛城君もまだ到着していない様だが、指揮はどうする」
「それも問題ない。日向二尉にやらせろ。もとから能力にはさして期待していない。」
「まぁ、それが妥当か。 -------- 日向二尉!!」
突然上司に呼ばれて驚く日向。慌てて振り返る。
「はい!」
「葛城作戦部長が到着するまでの間、君が指揮を執りたまえ。」
「え!? あ、はい!了解しました。」
思わず間抜けな声を上げるが、なんとか取り繕って返答する。敬愛する直属の上司の代わりを務める事に緊張を隠せないが、同時に誇らしさを感じて張り切ってデータを読み込み作戦を考え始めた。
エヴァンゲリオン ケージ
これからの戦いへ向けて緊張感を高めていたアスカの元へ通信が入る。
{アスカ、指揮権が移譲されたわ。ミサトが到着していないから指揮は日向二尉が執ることになるけれど。}
「はっ!誰が指揮しようと関係ないわ。
このアタシが出るのよ?たかだか使徒ごときに負けるわけ無いでしょうが!!」
リツコの言葉に胸を張って言い返す。いよいよ自分が倒すべき敵と戦えるのだ。心を支配する歓喜に任せて高らかに言い切った。
{そう。緊張はしてないようね。安心したわ。
霧島さんはまだチルドレンになってから日が浅いから、多分貴方がメインになると思うけど大丈夫ね?}
「誰に向かって言ってんのよ!!アタシはエヴァのエースパイロット!惣流・アスカ・ラングレーよ!!素人の一人や二人に足を引っ張られるなんてありえないわ!!」
{はいはい。霧島さん?もう直ぐ出撃よ。貴方も準備しておいて}
アスカの大言を微笑で聞き流して、先程から一言も喋らないマナに通信を入れる。
{霧島さん?聞いている?}
「は、はい!!了解しました!」
初めての実戦に緊張して固まっていたマナは、リツコの呼びかけに慌てて応える。
元少年兵として、実戦の場に駆り出されたことは何度かあった。しかし戦力としては期待できない子供であった為、救護班や供給班などの後援部隊に手伝いとして赴いただけである。実際に前線で命のやり取りをする立場に立ったのは初めてなのだ。多少の緊張も仕方が無いことだった。それを悟っているリツコは滅多にない優しげな口調で話しかける。
{そんなに緊張しないで大丈夫よ。一人で出るわけでは無いのだし、出来る限り援護もするわ。
それに、十分訓練も積んできたのでしょう?普段どおりにやればいいのよ。}
「はい。 ありがとうございます。」
リツコの言葉にやっと肩の力を抜いて、気遣いに感謝を示す。
強張った顔には、普段通りとはいかずとも明るい笑顔が浮かんでいた。
「はっ! これだから素人は・・
アンタ!!アタシの足引っ張ったら承知しないわよ!!怖いんなら後ろで隠れてなさい!!」
リツコとマナの会話を聞いていたアスカは、勢い良く口を挟んだ。内容は褒められた物ではないが、裏に隠された僅かな気遣いにマナの表情が綻ぶ。アスカは、自分が前に出るから無理して戦おうとしなくても良い、と言っているのだ。分かりにくい彼女の優しさに可笑しさを覚えて、リツコとマナは微笑を交わした。
ネルフ本部 第一発令所
いよいよネルフがその本領を発揮する時が来たのだ。
高まる緊張に自然と皆口数が減り、ただ作業の音と報告を上げるオペレーターの声のみが響く。
「さて、アスカ君、マナ君。作戦を伝えるよ。」
{早くしなさい!!もう其処まで使徒が来てんじゃないの!}
{落ち着いて、アスカさん。}
モニターに映された二人のチルドレンに作戦概要を告げようとする日向。
二人がさほど緊張していないようなのを見て取って内心で安堵する。
笑みが浮かびそうになるが、あえて口元を引き締めて考えた作戦を告げた。
「うん、大丈夫そうだね。
・・・作戦だけど、まず弐号機を使徒正面に射出。その際に武装ビルから射撃を行い目標を正面に向けさせる。 ビルからの攻撃の隙を突いて弐号機はパレットガンを装備。間を置かずに射撃。
目標が弐号機の攻撃に対し防御を行っている間に後ろ側に三号機を射出。
射出と同時にソニックグレイブを装備して目標に攻撃。
その際、目標の弱点・・真ん中辺り人間で言う肩甲骨の中心部を狙ってくれ。そこにある赤い球体が弱点と思われる。それが無理なら肩のパイルを打ち出す部分を何とか傷つけて目標の攻撃を封じる。
三号機が攻撃を行っている間に二号機もソニックグレイブを装備して正面から目標の弱点を攻撃。
片方が目標の気を逸らす、または防御・攻撃を封じている間にもう片方が攻撃して殲滅。
すまないが、ATフィールドが展開できていない現状ではこれが精一杯の作戦だよ。 ・・・何か質問はあるかい?」
国連軍の交戦データから考えた作戦を説明する日向。
チルドレンに質問の有無を確認する。
{オッケーオッケー。 まっ アタシがいれば勝利は確実よ!! まかせなさい!!}
{ありません。了解しました。}
明るい声で返答する二人に安堵するが、緊迫した状況を思い出し、改めて気を引き締め目の前のデータに集中した。
「では、いよいよ作戦を開始するよ。・・・・準備はいいね?」
{いつでもどうぞ!!}
{了解}
二人の返事に頷いてから最上段の司令を見上げて確認を取る。
「--- よろしいですね?」
「無論だ。使徒を倒さねば我々に未来は無い。」
重々しい返答を背に前を向き直し、号令をかけた。
「弐号機、発進!!」
号令と共に勢い良く射出される弐号機。
地上に弐号機が出ると同時にリフトオフを命じる。
使徒の正面にでた弐号機が武器を構えるのを確認し、参号機も射出する。
「参号機、発進!!」
参号機も同じように地上へ打ち出される。
人類の存亡を賭けた争いが、始まった。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
蒼い少女は夢を見ていた。
淡い月の光が差し込む白い部屋で、昏々と眠る美しい少女。
身じろぎ一つせずに静かに眠るその様は、まるで月光を削りだした精巧な人形のようだった。
忙しなく流れる日常の中を、淡々と過ごす少女にとって意味を持つのは、何も持たずに生まれた少女に初めて絆をくれた男の言葉だけだった。
流れる月日も、その上に積み重ねられる記憶も、自分の過程を記録するための記号としてしか捉えられない虚ろな少女は、正しく男の人形だった。
少女は初めて得た絆に執着するあまり、自ら世界を閉じていることに気付こうとしなかった。ただその絆の主の望みのままに、心を封じ、耳を塞ぎ、目を閉じて生きていた。感情を表さない仮面の表情で、周囲に満ちる喧騒の中を無機質な機械のように生きる少女が、夢を見るのは三度目だった。
一度目は、自分の代わりであったはずの空の器が消えた時。
身が裂かれるような激しい痛みに喪失を感じ、闇へと引きずり込む重圧が消えた喜びに解放を知った。
己の主であった強大な魂が何処かへと飛び去り、分けられていた魂の欠片がこの身に還った。
強制力をもって己を引き寄せようとする引力が消え、ただ一人の存在になった喜びに魂を飛び回らせた。
浮き立つ心が求めるままに様々な所へ飛び回る
そして惹かれる様に向かった先で見つけた光景
冷たい雨が降り注ぐ瓦礫の中心。
虚ろな視線で空を眺める幼い少女。
小さな身体は弱弱しいものなのに、一目でその身に宿る力の強さに恐怖した。
本能の命ずるままに己の身体に逃げ帰り、鼓動を沈めるために冷えた体をかき抱いた。
二度目は、エヴァンゲリオン零号機の起動実験の夜。
己に最も近しい存在。強大な力をもつ全ての母から生まれた鬼神。
それとシンクロすることは最も安らぐ時間の筈なのに、何かがそれを妨げた。
制御を離れて暴れる機体。抵抗虚しく放りだされるエントリープラグ。
激しい衝撃に身体の中が掻き回される。
脳裏に響くのは幼い自分の激しい泣き声。子供の身体を縛める無数の鎖。
それが何か分からぬままに、ただ恐怖から全てを拒絶し殻に篭った。
そして三度目。嵐の天使が降り立つその日。
人気の無い真昼の駅で、苛立たしげに周囲を見回す黒髪の少年と、少年に寄り添う少女を見つけた。
今の自分を見つけるものなど無いはずなのに、少女の瞳は自分を捉えた。
その瞳は澄んだ深紅。
翳りを帯びて尚美しいその瞳に、吸い込まれそうな感覚に陥る。
彼女の笑顔に懐かしさを感じ、憂いを秘めた瞳に心が痛んだ。
触れられないと知りながら、手を伸ばそうとした瞬間。
目の前に落ちてきた戦闘機に、その姿が見えなくなった。
少女の姿が隠れたことに微かな落胆を感じながら、己の身体に心を戻した。
白銀の少年は夢を見ていた。
窓一つ無い薄暗い小さな部屋で、粗末なベッドに横たわる少年はまるで天使のように美しかった。
古い遺跡を改造して造られた、地下深くの研究所の一室。そこが少年の牢獄だった。
関わる人間は爬虫類じみた研究者と機械のような警備兵。時折映像越しに顔を見せる濁った瞳の老人が数名。自我を持って目覚めた時からただの一度も外へ出ることは許されず。毎日毎日繰り返されるのは、執拗な検査と人の社会に関する一般教養を学ぶための授業。唯一与えられた娯楽は古いオーディオとクラシックのCDが数枚。ただ己が生み出された目的と意義を刷り込まれ、惰性のように生きていた。
彼は、周囲の者達が己に求めるものが何であるのか正確に理解していた。しかしそこから思考が進むことはなく、全てに価値を見出せなかった。
その少年が見る夢は、始祖たるアダムの欠片の記憶と、己の分身たちの目に映るものの残像だけだった。 自分の細胞から生み出された分身たちが見る研究者達の姿は醜悪で、人に嫌悪を抱くには十分なものだったが、誰かを憎悪するには彼の執着心は薄すぎた。ただ、生きることにも死ぬことにも関心が薄れていくだけだった。
そして少年は夢をみた。
赤い液体が満たされた水槽に漂う、己の分身たちが見詰めていた光景だった。
暗い研究所に突然警報が鳴り響く。
陰鬱な部屋の其処彼処に派手なライトが点滅し、慌しく研究者達が逃げ惑う。
それをただ見詰めていた幾つもの紅い瞳に、一人の少女の姿が映った。
彼女は鮮やかな身のこなしで醜悪に蠢く研究者達を切り伏せて、水槽の前までやってきた。
ほっそりとした身体を覆う漆黒の上下。 右手には鋭く輝く細身の刀。
あれほどの人間を切り伏せながら、返り血一つ浴びることなく其処に立つ少女は凛として美しく、少年の心を惹き着けた。
少女は顔の半分を覆うバイザーを外すと、悲しみに翳る深紅の瞳で、水槽に漂う沢山の少年を見詰める。しばらくそのまま立ち尽くしていた少女は、誰かに呼ばれたのか後ろを振り返って一つ肯く。再び水槽の中に視線を戻すと、両の手を水槽のガラスに翳して澄んだ紅い光を生み出す。少女が僅かに手を振ると、紅い光は少年達の体を包み込む。
それを揺れる瞳で見詰めた少女は、最後に一つ静かに呟き、その力を弾けさせた-------
そこで見ていた光景が途切れた。
白銀の少年の心に残ったのは、悲しげに揺らめく深紅の瞳と。
静かに呟かれた少女の言葉と、最後に見せた憂いを秘めた笑顔の残像。
「-- またね。 か。 ------------- 」
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
明るく陽の光が差し込むマンションの一室。
装飾が無い、シンプルな内装。クリーム色の壁紙と明るい色目のフローリング。
大きくとられた窓には薄く淡いオレンジのカーテンが掛かり、空気の入れ替えのためか少しだけ空けられた隙間からさわやかな風を入れる。広く清潔な台所からは香ばしい香りが広がり、リズミカルな包丁の音が響いて、聞くものの食欲を刺激する。そんな平和な家庭の朝の風景そのものの住宅の奥の寝室では、一人の少年が、白い包帯も痛々しく、深い眠りについていた。
-------- 良い匂いがする。 お腹空いたな・・・
昨日の片づけで遅くに寝たし、アオイさんには悪いけどもう少し寝てられるか?
なんか身体が動かないし・・そんなに疲れたのかな。 確か昨日は ---- !!
がばっ
「------- っ!!!~~~~~~っ」
夢現に寝る前のことを考えようとして、何があったかを思い出したシンジは反射的に飛び起きる。
が、銃で撃たれた傷が少し眠っただけで治るわけも無く、乱暴に動いたせいで激しい痛みに襲われ、声にならない悲鳴をあげる。
しばらくの間、無言で呻いていたシンジだが、何とか苦痛を噛殺すと、改めて現状を把握しようと周りを観察する。昨夜の襲撃の時にあの男達に撃たれた傷はきちんと手当てがなされ、寝ていたベッドも清潔な寝心地の良いものだ。室内の様子もシンプルで必要最低限のものしかないが、配色のセンスが良いのか温もりを感じさせるものである。
「ここは・・・・? 知らない天井だな。」
ぽつり、と呟く。
言葉遣いが僅かに荒いが、これがシンジの素である。
施設の職員の面々の前で丁寧な口調だったのは彼らに対して、敬意を払っていたためだ。それに、施設では幼い子供の相手をすることもあるのだ。うかつに乱暴な言葉を使うことなど出来ない。そのために、『美月園』に居る間はなるべく丁寧な言い回しをするように意識していたのである。
観察した範囲では、とりあえず自分は誰かに助けられ保護されているようだ。
最も自分を油断させるための芝居かも知れないが、なんとなくそういった悪意は感じられない、ように思う。
では、誰が、何のためにここまで・・・・・
コンコン
思考を巡らせようとした時、ドアをノックする音が響く。
思わず肩を揺らして目の前のドアを見つめると、少し間を空けて細くドアが開かれる。
その隙間からおずおずと顔を覗かせたのは、黒髪の少女。
あの襲撃の最中、為す術なく倒れた自分が死を覚悟した時に、男達を文字通り瞬殺しシンジのことを助けた少女が立っていた。
闇に溶ける様な黒ずくめの上下とは違う。白いシャツに赤いキュロット、淡いブルーのエプロンといった出で立ちだが、間違いなく彼女だ。表情も闇の中でシンジが見惚れた、泣き顔とも笑顔ともともつかぬ曖昧な、光の加減でその色を変える宝石のように、見方しだいで印象を変える不思議な美しさを湛えた硬質の表情ではない。
けれどあの時と同じように、どこか怯えているような弱弱しい感情を覗かせながら、
それでも喜びが込められた、柔らかな微笑を浮かべて、明るい声で話しかけた。
「あ、起き上がれたのね!よかったぁ。 あれから貴方は三日も寝ていたの。
でも急に動き回るのはまだ無理だと思うよ? 朝食は此処に運ぶから --- 」
「----- 聞きたいことがある 」
意識して冷淡な声音を作り彼女の言葉を遮る。
その冷たい声に顔を俯かせて緊張する少女。
僅かに震えた細い肩が痛々しく映ったが、努めて硬質の視線を保ち相手を見つめる。
「あんたは、あの襲撃者について何か知っているか?・・・・それとあんたは何者だ?」
とりあえず第一に知らなければならない事を、ストレートに質問する。
答えが聞けたところで、真実である保障は無いが、とりあえずの判断材料にはなる。
そう考えて、顔を俯かせて動かない少女を見据えるシンジ。
殊更冷淡に接しているシンジだが、実際には彼の中に彼女に対する悪い感情は無い。むしろ好意を持っていると言っても良い。だが敵か味方かも判らない相手なのだ。自分の敵を倒してくれたからといって安易に気を抜くことは出来ない。しかも相手は自分を遥かに凌駕する戦闘能力の持ち主なのだ。緊張するなという方が無理である。
シンジは既に、あの襲撃は何らかの目的があって行われた物である、と確信していた。
確かにセカンドインパクトによって悪化した治安の中で、あらゆる凶悪犯罪が激増し、毎日のように何処かの家が強盗や殺人の被害者となる日常である。だが、あの襲撃は明らかに訓練を積んだプロの戦闘集団による物だ。つまり何者かが何らかの目的を持って『美月園』を襲撃するように画策したということである。 ならばまずは敵の狙いが何であるかを知らなければ、これから何をするにしても ( 身を守る為にも、復讐、をするとしても ) 動きようがない。 そのために、取り合えず目の前の人物の知る事を出来うる限り聞きだし、今後の方針を定めねばならない。
一方、黒髪の少女-- シオンのほうも逡巡から次の行動を決めかねていた。
自分はシンジに危害を加えるつもりはないし、むしろ護りたい対象の一人である。
確かにこの世界の人間は皆、自分の知るあの世界の人たちとは同姓同名の相似した姿を持つ他人でしかない。 しかし、自分はこの世界でもあの世界と同じように人類を滅ぼす計画を立てる者が居ることを、その計画の為に犠牲になっている人が居ることを知ってしまった。 その中心に据えられようとしている生贄たるチルドレン達。 特に計画の為だけに生み出され、計画の為に育てられ、その計画の為に殺されようとしている、綾波レイと渚カヲル。 そして、かつてのあの世界での”碇シンジ” と同じように捨てられ、心が欠けるように誘導されようとしていた、この世界の碇シンジ。 彼らが、ゼーレやゲンドウの望みの為に、犠牲にされることを看過する
ことだけは出来ない。それは掛け値の無い本心である。
にも拘らず、未だカヲルの居る研究所を見つけ出すことが出来ず、ファーストチルドレンとしてネルフで育てられている綾波には現状で直接干渉することは出来ない。そして、ゲンドウがシナリオの遂行の為に、シンジの心の拠り所を消して、彼を欠けた心を持った子供として誘導しなおそうと画策された襲撃計画を阻止することも出来なかった。
使徒としての力の覚醒と暴走によってゼーレの研究所を消滅させた後。シオンは生き抜くために必死になって己を鍛えた。完成した使徒でありながら人間としての心を持つシオンの存在が彼らに知られてしまえば、人類補完計画の為に利用しようと追われることは判っていた。
自分は、リリス=レイの、この世界に生んでくれた両親の、いつも心を支えてくれた優しい姉の、自分の声に応えてくれたこの世界のリリスの、助力と犠牲によって生き延びたのだ。 愚かなる老人達の欲望のための生贄になることも、妻を取り戻すという独り善がりなゲンドウの望みの為に利用されるわけにはいかない。何よりも、この世界をあんな赤い海に変えることなど許せない。
その決意を拠り所にしてあらゆる技術を磨き、命のやり取りをする戦場で生き抜いてきたのだ。ゼーレの計画を邪魔するために彼らが保有する数多の施設を襲撃し、彼らの行動を阻害する為にゼーレ所有の実行部隊を殲滅してきた。
自分が奪った人の命は既に数千に達しているだろう。
あの赤い世界を見たくない、という自分の望みの為に、たくさんの人を殺した。
今の自分は、血塗れた、文字通りのバケモノなのだ。
それを自覚していても、レイに、カヲルに、シンジに、憎まれたり嫌悪されることには耐えることは出来ない、と思った。
バケモノ、と彼らの口から言われたら、きっと、わたしは、こわれて、しまう
それでも、彼らには、真実を伝えなければ、ならない
それと共に、自分が人間ではないことも、今までしてきたことも、はなさなければ、ならないのだ
数秒か数分か。
重苦しい沈黙を、少女の声が破る。
「まずは、朝ごはんを食べない? ずっと寝ていて何も食べてないからお腹が空いたでしょう?
もちろん毒なんか入れてないし、信用できないなら私が先に食べて見せても良いわ。
・・・・・・食事が終わったら、話しましょう。
貴方が知りたいことは全部、教えてあげる。話さなければいけない、こともあるし。
ああ、まだ名乗ってもいなかったわね。 私の名前は -- シオン。 赤月シオン、というの。」
先程と同じ口調で話す彼女・・シオンを、変わらぬ視線で見つめるシンジ。
しばしシオンの様子を観察していたが、僅かに苦笑を浮かべて大きくため息を吐き出す。
そして彼女の言葉に頷いた。
「シオン、ね。 知っている様だが、俺の名前は 碇シンジ だ。
それで、朝食とやらは何所で食べればいいんだ?」
「え、ええ、ちょっと待ってね!!」
シンジの温度の感じられない冷淡な視線と、真実を知った彼が自分にどういう態度を取るのか、という恐怖で緊張していたシオンは、彼が初めて見せた柔らかな表情に思わず顔を赤らめたが、彼の言葉に我に帰ると慌てて朝食の準備に向かう。 シンジは、その慌てたようなシオンの様子に少しだけ首を傾げるが、深く考えることなくこれからのことに意識を向けた。
食事をのせた木製のワゴンを押して、戻ってきたシオンと共に朝食をとる。
あまり言葉は交わさなかったが、柔らかな雰囲気の中でゆっくりと食事を済ませた二人。
食べ終わった食器を下げにシオンが一度部屋を出ている間に、質問の内容を確認する。
そして紅茶の載った盆をもって帰ってきたシオンと向かい合い、約束通り話を始める。
「まずは、あの男達は何者だ?」
「彼らは、とある強大な組織の戦闘部隊よ。その組織の目的を果たすためにあらゆる暗部の仕事を遂行するのが役目。」
とりあえず、シンジは先程整理した疑問を順番に聞き始める。
「あんたがあそこに現われたのは、奴ら襲撃計画を止めるためか?」
「・・・そうよ。組織の情報を探っていた時に、ある孤児院の襲撃計画の命令書を見つけたの。
結局間に合わなかったけど・・・・・」
目を伏せながらもシンジの質問に答えるシオン。
シンジも奴らのことを思い出すたびに怒りと憎悪で神経が焼き切れそうになるが、とりあえず情報を得ることが先決、と冷静な思考を保つ。しばらく淡々とした質疑応答を続けるシンジとシオン。順調に抱えている疑問を解消していったシンジはさらに質問を重ねる。
「その組織が、孤児院を襲撃した理由を知っているか?」
それを言葉として発すると同時にその場の空気が変わる。
朝、ドアを開けたときからシオンが纏っていた、どこか弱弱しく儚い雰囲気のままであったが、
同時に、襲撃者達を睨み据えていたときのように、強い光を放つ深紅の瞳で真直ぐにシンジを見つめる。
「・・・・知っているわ。 でも、それを話すと、知らないほうが良いかもしれないことまで知ることになるわ。
それでも、貴方は知りたい? ----- 何もかも失って、後悔しか残らないかも知れない。
二度と這い上がれないような、深い絶望の中に取り残されるかもしれないわ。
それでも、貴方は、知りたいの? その覚悟が、あるかしら? 」
シンジがいずれチルドレンとしてネルフに呼ばれることは、碇ユイがエヴァンゲリオン初号機に溶けている以上判りきったことである。人類補完計画を潰すためにも、シンジが計画に巻き込まれた時の為にも、エヴァや使徒、ネルフやゼーレの目的を教えておくことは最低限必要なことだと理解していた。シンジ自身も真実を知ることを選ぶだろうと判っていた。それでも、彼に自分のことを知られて、どういう態度をとられるのかという不安と恐怖が、最後の足掻きのように、彼を試すような言葉として現われた。
数秒、シオンの言葉を吟味するように視線を巡らせるシンジ。
だが、シオンに視線を合わせると、強い決意を秘めた表情で返事を返した。
「--- ああ。 俺は知りたい。 例えそれがどんな物であっても、知らなければならない。
ただ一人生き残った自分が、何も知らずに生きていくことなんて、許すことなど出来ない。」
シンジの強い言葉に、覚悟を決めたシオンは全てを話し始めた。
「そう・・。わかったわ。ならば、全ての真実を伝えましょう--- それは、私の義務でもあるから。」
一瞬だけ瞳を揺らしながらも、静かな声で話すシオンの様子に改めて姿勢を正すシンジ。
そして、シオンの長い話が始まった。
この世界に存在する”ヒト”と呼ばれる生命体は全部で18種に分けられること。その18種を総称して”使徒”と呼ばれていること。完成した個体として存在する17種の使徒のこと。人間が”生命の実”と呼ばれるS2機関の代わりに、”知恵の実”と呼ばれる心を手に入れて群体として生きることを選んだ第18使徒リリンであること。セカンドインパクトがアダムと呼称される第一使徒を人工的に制御し、その強大な力を手に入れようとした者達の実験失敗が原因であったこと。そのアダムの暴走によって、休眠していた他の16種の使徒たちが目覚めて活動しようとしていること。今地上で活動しているのは人間だけだが、いずれ完全に覚醒した使徒たちと熾烈な生存競争が始まってしまうこと。 死海文書と呼ばれる古代遺跡から得た知識で、アダムの人工制御は必ず失敗することを確信していながら、使徒を利用した、とある計画の為にセカンドインパクトを黙認した組織のこと。その組織の目的である「人類補完計画」の内容。そのために開発されている使徒のコピーであるエヴァンゲリオン。開発中の事故によりエヴァに取り込まれた碇ユイ。ユイを取り戻すために「人類補完計画」を利用しようとしている碇ゲンドウと冬月コウゾウ。エヴァのパイロットであり、計画を遂行するために利用されるチルドレン達。その中に碇シンジも含まれること。孤独な環境に追い込むことで欠けた心を持つように誘導した筈が、強靭な精神を育ててしまった碇シンジを弱らせるために、拠り所である孤児院を消そうと立てられた襲撃計画。 碇ユイサルベージ失敗によって生まれた、と思われている綾波レイと彼女を利用したゲンドウの補完計画。 本当はレイは第2使徒リリスのダイレクトコピーであるエヴァンゲリオン初号機の自我がサルベージ信号に触発されて新しく産み落としたリリスの分身であり娘であること。確実にゲンドウの計画を成功させるために人形のように育てられている綾波レイ。 ゼーレによって捕獲されている幼体の使徒。その内補完計画の為に人間の遺伝子と融合させ、第1使徒アダムの魂を埋め込んだ第17使徒タブリスである渚カヲル。カヲルに課せられた役割。量産されるエヴァンゲリオンを利用して起こされるサードインパクトとそれによって叶えようとしているゼーレの面々の望み。それが、成功しても失敗しても地上の生物は滅んでしまうこと。
そして、自分が一度滅んでしまった世界で完成した使徒として目覚め、リリスと同化したレイの力で転生したこと。
滅んだ世界がこの世界の並行世界であること。
その世界で自分が補完計画の中心を担ったチルドレンであったこと。
碇ユイとゲンドウの間に生まれた碇シンジ という名の少年として生きていたこと。
この世界の人達はあの世界と同じ歴史と環境のなかで、同じ道を辿っているけれど、シンジとシオンが別の人間であるように、自分にとっては、とてもよく似た別人でしかないこと。それでも、過去の自分と同じ様に、補完計画に利用されようとしているレイとカヲルとシンジの事を助けたいと思ったこと。
碇ユイの従姉妹、蒼山ユリエの娘として転生したこと。
ゼーレとネルフの謀略で潰されてしまった碇一族のこと。
今の赤月という姓は、素性を隠すための偽名であること。
碇の縁者で生きているのは、自分とシンジだけであること。
今の自分は、シンジにとって再従姉妹(はとこ)にあたること。
両親を殺され、研究所で実験動物として過ごした日々。
繰り返される過酷な実験の中で死んでしまった姉のこと。
実験によって目覚めてしまった使徒としての力の暴走で研究所を消滅させたこと。
この世界の意思に、異分子として消されそうになった時に、抗うためにこの世界のリリスと同化したこと。
赤い世界をもう一度見るのが嫌で、ゼーレの計画を邪魔しようとしたこと。
ゼーレの施設を襲撃し、たくさんの、人を殺したこと。
シオンは勢いに任せて補完計画のこともゼーレやネルフのことも、自分のことも、知っていることを全て吐き出した。
ここで話しておかなければ、次の機会があるかどうかもわからない。
何よりもここで引き伸ばしたところで真実を話す勇気が再び湧くとは思えなかった。
シオンはリリス=レイによる転生の経緯を経て精神の強さが補強され、生まれてからの過酷な状況のなかで手に入れた戦闘技術と知識、使徒としての力の覚醒によって肉体的には地上最強の生物の一人である。 しかし、その魂の根本は、とりわけ精神的な痛みに弱く、他人を傷つけることを恐れ、周りの人が傷つくのを怖がる、臆病で優しい子供のままなのだ。 真実を伝えることで憎まれたり嫌悪されたりする可能性が高いと判っていて尚、彼にもう一度話すことなど無理だと思った。
そうして、恐怖と不安を押さえ込み、ことさら感情を伝えない仮面のような無表情で、それでも視線だけは外さずに真直ぐとシンジを見据えて、淡々と話し続けた。
シンジにとってシオンの話の内容は想像の限界を超えるものばかりであった。
それでも、彼女の様々な感情を押し殺した硬い表情と、強い光を宿す深紅の瞳が、その言葉を信じさせた。
同時に彼女の心を支配する、恐怖と孤独と、その痛みにも気付いてしまった。
人間としての過程を経て生まれながらも、周りの者とは違う生き物であるという孤独
絶望の果てに、手に入れた筈の幸福を再び失ってしまった悲しみ
知ってしまった滅びへ続く未来への確信を見過ごせずに抗うことを選んだが故に重ねられていく新たな罪
強大な力を持つ彼女へ向けられる、畏怖の視線に怯える心
計画の妨害者へと向かう憎悪と怨嗟が齎す重圧
ひとりきりで、生きていかなければならない、寂しさ
それは、周囲の全てを拒絶した9歳の幼いシンジが冷たい雨の中、自分は一人で生きるのだ、と決めたときの、どうしようもない孤独と凍りついた心が齎す痛みを思い出させた
そして多分、よく似た他人であると知っていながらも、大切であったのだろう人と同じ姿の綾波レイと渚カヲルが。異世界で生きていたときの過去のシオンと、同じ姿で、同じ立場に立っている、碇シンジが。いつか向けるかもしれない、畏怖や嫌悪や憎しみの視線を、何よりも恐れているのだと、判ってしまった。
その瞬間、シンジにとって、シオンは華奢で儚い、誰かに護られるべき、一人の少女になった。
人間と同じ姿を持ちながら、強大な力を揮う異種の生き物であるという恐怖も
目の前の美しい少女が異世界で自分と同じ境遇を生きていた少年であったという驚愕も
恐らく地上でトップレベルの実力を誇るであろう戦闘能力を持った相手への緊張も
全てが綺麗に消え去った。ただ湧き上がる衝動のままに、目の前で細い肩を震わせて、硬く強張った顔を俯かせて、与えられるだろう罵倒と向けられる嫌悪の視線に耐えようとしている少女を抱きしめた。
シオンはシンジの予想外の行動に混乱していた。
異種の生物に対する嫌悪や恐怖の視線を向けられるか
力を持ち、全てを知りながら、ただ事が起きるのを看過した自分への憎しみを向けられるか
覚悟はしても、恐れは隠し切れずに思わずシンジから顔を逸らして、彼の反応を伺っていたら強い力で引き寄せられて彼の腕に抱きしめられていたのだ。姉が死んでしまってから、ずっと一人で生きてきて他人の温もりに触れたことなどなかった彼女は、突然与えられた優しい温もりに戸惑いを隠せない。
だが抱き込まれた胸から聞こえる鼓動の音に、段々と強張っていた体から力を抜いてシンジの胸にもたれかかった。
衝動のままにシオンを抱きしめてしまったシンジも、腕の中で安心したように体を預ける少女の温かさを自覚して激しく狼狽する。シンジにとって美月園の面々を除いた他人は路傍の石と同様の景色の一部か、嫌悪か拒絶の対象でしかなかったのだ。
新藤夫妻を始めとする園の皆と出会って、心を開いた誰かとの交流が与えてくれる温もりを知った。それでも、伯父達や学校で向けられる冷たい視線にさらされての生活は変わることなく。 孤独を知って、欲しいものがあるのなら自分の力で掴み取るしかないのだということを知った幼いシンジが、一人で生き抜くための力を手に入れることを誓った時から、周囲に存在する他人に興味を向ける価値を見出すことが出来なくなった。 ひたすら己を高める為の修練か美月園での生活とで構成されていたシンジにとって、いくら血の繋がりのある、好意的な感情を抱いた相手といっても、ほぼ初対面の少女を抱きしめるなど、晴天の霹靂であった。
数瞬思考を停止して固まったシンジだが、自分の胸にすっぽりと納まる華奢な少女が、話し終わるまでの間、恐怖と不安を湛えながらも強い光を放つ真直ぐな瞳を向けて、ほんの少しの衝撃で壊れてしまいそうなガラスでできた人形のような無表情で、感情を削ぎ落としたような淡々とした声で語った内容を想いだして、少女を抱きしめる両の腕の力を強めた。
そして、胸を満たす温かな優しい感情に促されるまま、穏やかな声で言葉を紡ぐ。
「・・ありがとう。 助けてくれて。 本当の事を教えてくれて。
皆を護ろうとしてくれて、ありがとう。 」
「 ------- いいえっ!! 私は、誰も --- !!」
シンジの言葉を聞いたシオンは勢い良く体を起こして、泣きそうに歪めた顔で、激しい口調で言葉を返す。
それを、優しい表情で静かに遮ってシンジは続ける。
「襲撃の事を知って必死に向かってきてくれただろう? 本当に俺達を護ろうとしてくれたんだろう?
先生達の死を本気で悲しんでくれただろう?
・・・・・・・ 自分も大切なものを失くしてしまったのに、皆を死なせない為に戦ってくれていたんだろう?
たった独りきりだったのに、護ろうとしてくれていたんだろう?
話したくないこともあったのに、真実を伝えるために教えてくれたんだろう?
だから、ありがとう 」
「あ・・・あぁ・・・ ぁぁっ ・・っ・・・・・・ふぇぇぇぇん !!」
シンジから贈られた優しい言葉と、柔らかな笑顔。
それを見たシオンはとうとう涙腺が決壊し、大粒の涙を溢して小さな子供の様に泣き始めた。
ただ純粋に、自分達を護ろうと独りで戦ってくれていた少女に感謝を伝えて、向けられるかもしれない拒絶と嫌悪の感情に怯える彼女を安心させたかっただけなのだが、突然大声で泣き始めた少女におろおろとするシンジ。 困惑しきって忙しなく辺りに視線を泳がせていたが、覚悟を決めるようにひとつ密かに深呼吸すると、そっと少女を抱きしめて、優しくその背中を撫で始めた。
優しかった姉が死んで、安らぐ場所も泣く場所すら失った少女が、冷たい孤独の中で、安息を得ることも無く、必死に走り続けてきた分を取り戻そうと、温かい胸の中で泣き続ける。 少女の嗚咽が小さくなって肩の震えが止まり、数年分の涙を流しつくした少女が泣きつかれて眠ってしまっても、シンジは彼女を抱きしめて、優しく優しくその背を擦り続けた。
血の匂いが充満する、薄暗い場所で目を覚ます。
赤い海と白い砂。背後には崩れ落ちた瓦礫の町。ただぼんやりと薄暗い空。
波の音と、自分の呼吸の音しか存在しない、死の世界。
それが夢だと知りながら、独りの孤独に打ちのめされる。
レイの、リリスの、姉の、与えてくれた優しい言葉と温もりが、記憶の底で朧に霞み、
赤い世界に独りきりで取り残されたのだという絶望が心を覆う ------
甲高い音をたてて砕け散る世界
消える地面から何処までも落ちていく感覚
気がつくと目の前には、暖かな家庭の団欒風景
優しく微笑む母親に甘える子供と、幼い少女を抱き上げる父親。
楽しそうに笑いあう二人の少女。
それを、分厚いガラスに遮られた冷たい闇の中で見つめる
滅多に構ってくれなかった両親が、珍しく甘やかしてくれた時の優しい思い出。
いつも優しかった姉が、幼い自分に明るく笑いけてくれる、暖かな記憶。
けれどそれは、今の自分には決して触れられないモノなのだと告げるように、隔たれる距離。
届かないと知りながら、血が滲む程に激しく拳を目前の障壁に叩きつける。
その手から、夥しいほどの血が滴り落ちて足元に溜まり始める
驚いて両の手を見下ろす少女の目に映るのは、傷一つ無い白い手のひらと、その上に溢れる鮮血
呆然とした少女の体に血まみれの亡者の手が絡まり、底なしの血の海に彼女を引きずり込もうとする
迸る絶叫
必死に伸ばされる手が、虚空を掴み
為す術も無く、赤い水の中に沈んでゆく -----------------------------
と、唐突に全てが消えた。
赤い海も、亡者の腕も、冷たい闇も消え、沈み行こうとした少女の体を抱きとめる優しいぬくもり。
恐怖と絶望に凍えた心を、穏やかに包み込む暖かな光。
そう、これは ----------
薄いカーテン越しに差し込む明るい日差しの中で、シオンはぼんやりと目を開く。
赤い血色の夢を見ていた。
刻みつけられた深い孤独と、己の罪に怯える心が見せる夢。
この夢を見た朝は自分の叫びで飛び起きるのが常なのに、穏やかな気分で目が覚めた。
そのことを夢現に微睡む思考の中で、疑問に思いながらも自分を包む心地良いぬくもりがもたらす睡魔に、再び目を閉じようと・・・・・・
して一気にその意識を覚醒させた。目覚めたシオンの目に入ってきたのは、薄いシャツ越しに見える包帯と、血と薬品の混じった匂い。頭上に感じる穏やかな呼吸音と、背中に回されている力強い腕の感触。 そして思い出される昨日のシンジと交わした会話。最後に泣いてしまった自分を優しく抱きしめてくれた彼の腕の中は温かくて----- そこまで思い出したシオンは全身をりんごのように真っ赤にして、慌ててその状態から抜け出そうと身じろぐ。気持ちよさそうに眠っているシンジを起こさないように静かにその腕を抜け出そうとするが、温もりが逃げようとするのが不満なのか、さらに引き寄せられてしまって動くことができない。 無理に腕を解こうとすれば彼の眠りを妨げてしまうし、傷に障るかもしれない。八方塞りの状況で赤い顔のまま固まっているシオン。
全身を真っ赤に染めて固まっていたシオンは、背に回された腕が小刻みに震えていることに気付く。
---- そういえばいつの間にか寝息も聞こえなくなっていたような・・・・・・
「ふっ ・・・・・・くくくくくっ 。 ~~~ あははっ あ~はっはっはっはっは !!!」
そろりと、顔を出来るだけ見せないように上目遣いでシンジの顔を覗き込もうとすると、限界だったのか盛大に噴出して笑い転げるシンジ。 赤い顔のまま呆然と、シンジの馬鹿笑いを聞いていたシオンは今度は怒りに顔を赤くして彼の頭を叩こうとする。シンジはその攻撃を掴んだ枕でカバーして、笑いをかみ殺しながらシオンに話しかける。
「おっ、くくっ・・ おはよう。 よ、よく眠れたようだな。 ふっふふ
まずは、顔を洗って朝食にしないか?
・・・・くくくっ・・・・・・・・・・泣いたまま寝たから目が腫れてるぞ?」
「んなっ! ~~~~~~~っ! 顔洗ってくる!!」
ばたんっ
勢い良くベッドを飛び出して、乱暴にドアを閉めたシオンの足音が聞こえなくなっても、しばらく笑い続けていたシンジだが、ふと真面目な表情で静かに呟く。
「独り、か。 ・・・・・・・・ 単体と群体、シトとヒト、ね。
世界を牛耳る秘密結社に、裏で悪事を企む権力者。
極め付けが、神への道とエヴァンゲリオンに、妻を取り戻すための全人類集団無理心中。
はぁ~~~~~~~ あの親父も、ふざけた事をしてくれる。 」
瞳に暗い光を宿らせながら、忌々しそうに呟く。口調は軽く装っているが、内心は憎悪と怒りが渦巻いている。
無論シンジは、くだらない計画の為に孤児院の襲撃を画策したゲンドウも、己の望みの為に周りを巻き込もうとしているゼーレも許すつもりなど毛頭なかった。
たとえ血縁上の父親であっても当の昔に切り捨てた存在である。シンジにとって、その父が司令を勤めるネルフも、元凶の片割れであるゼーレも存在する価値も無い屑同然のモノでしかない。しかも今回、これほどふざけた事を実行してくれたのだ。 どんな手を使ってでも奴らに地獄を見せてやらなければならない。
そして、目の前に蘇るのは、深い孤独に打ちのめされた華奢で儚い少女の泣き顔。
自分は人間ではないのだ、と。 自分自身のエゴで、奴らの計画を阻止する為にたくさんの人を殺しておきながら、誰一人助けることもできないのだ、と。凍らせた仮面のような表情で。淡々と告げた、声。
与えられた温もりに、今までの分を取り返すように大きな声で泣いた少女の涙が。 安心したように身体を預けて、それでも決して自ら縋ろうとはしなかった少女の両腕が。 深淵のような瞳に宿る暗い虚無と激しい慟哭に垣間見えた彼女の闇が。
シンジの胸を焼き焦がす。 その感情の名を知らないままに、彼女を護る力を欲した。
「後悔しか残らないかもしれない・・・・・・か。
絶望の中に取り残されているのは、 お前の方だろう。」
本人の自覚が無いままに漏らされた、音にならないほどの微かな言葉が、優しく差し込む陽射しに溶けて、静かに消えた。
「--------- さて、と。 これからの事なんだが。まず、今予定している襲撃の計画はあるか?」
「え。・・・・・・・ あっ、え~と。 し、しばらくは情報収集と下準備に徹しようかと・・・・・・」
突然のシンジの言葉に、狼狽えながらも正直に答える。
朝起きた時に、シンジにからかわれた勢いで部屋を飛び出したシオンだが、あれがシンジの気遣いなのだということは解っていた。昨日の事を気にしないで済むように、わざと軽い雰囲気を作ってくれたのだろう。おかげで、まだ少しだけ顔が熱いような気がしたが、何とか普通の態度で食事を済ませることができた。その後食事が終わったシンジにシャワーを薦める。襲撃の中で倒れてから三日も眠り続け、起きた途端に昨日の会話である。着替えと包帯の交換は欠かさず行っていたが、汗を流してさっぱりしたいだろうと、使い捨ての人工皮膚で傷口を覆って、防水処置を施して準備をする。
彼が一人で入浴している間に( 介護しようとしたシオンをシンジが慌てて止めた ) 、食器を片付け、お茶を淹れる準備を整える。シンジが脱いだパジャマや取り替えたシーツやカバーをまとめて洗濯機に放り込みスイッチを入れる。外に干したほうが気持ちが良いが、この部屋はあくまでも隠れ家として利用している住居の一つだ。些細な情報であっても外部に教えるような行動はできない。素晴らしい快晴の空を横目に、残念に思いながら乾燥機のタイマーまでセットして、シンジの着替えを用意に向かう。脱衣所に新しい服を一式と傷の手当て用の薬品を用意する。 ちょうど身体を拭きながら出てきたシンジの治療をして、一息ついたシオンとシンジは、ダイニングのテーブルに座って、窓の外の景色を眺めながら一緒にお茶を飲んでいた。
ぼんやりと考え事をしていたシオンは、今までの思考を打ち切って、おずおずと彼の表情を伺う。
頭の中を巡っていたのは、これからの予定とシンジへの対応である。
勢いに任せて、シンジに全てを話してしまったが、彼と接触するのは、まだ先の予定だったのだ。
ネルフの動向を探ろうとMAGIに侵入した折、偶々見つけた計画に慌てて止めに向って傷ついたシンジを保護したが、これは突発的な事故に等しい。 本当は少しずつ情報をあたえて、彼自身の意思で、ネルフやエヴァに関わるかどうかを決めてもらおうと思っていた。 そして彼が補完計画に関わるのを忌避するのならば、ネルフやゼーレの追っ手から彼を匿い、情報を操作して自分が代わりのチルドレンとして初号機を動かそうと考えていた。ゼーレの研究所から逃げ出した実験体である事を意図的にリークすればそれも可能だと考えたのだ。
今までは、密かに動き回る必要があった為に素性を隠し続けてきたが、使徒大戦が始まってしまえば後はそれもあまり意味が無くなる。 サードインパクトを起こす為の要素--- すなわちエヴァンゲリオンとアダムを消してしまえば、補完計画は頓挫する。
この世界のリリスはシオンの中に居るのだ。ターミナルドグマに残されて居るのは魂を持たぬ抜け殻である。 リリスから分化して生まれたこの世界のレイに、リリスの力を扱うことは不可能だ。リリスから分化しながらS2機関を持っていないレイは、ほんの少しエヴァに近いだけの人間である。つまり既にゲンドウのシナリオは破綻しているということだ。時期を選ぶ必要はあるが、ゲンドウ達にその事実を明かしてしまえば、レイを利用しなければならない理由が無くなる。 ならば後は、レイ本人にそれを教えて心と感情の育成を促した上で、どうするかを選ばせる。
計画のための精神誘導の結果とはいえ、この先もずっとゲンドウがレイを大切にするのならそれも良い、とシオンは考えていた。 レイ自身の身の安全には細心の注意を払うが、本人が何を望むかが大切なのだ。 ゲンドウとの絆を勝手に断ち切って、自分達の陣営に引き込むのでは、ゼーレやネルフのやり方と変わらない。 ゼーレもネルフも最終的にには潰す予定だ。例え途中で補完計画を取りやめたとしても、彼らのしてきた事が赦される理由にはならないのだ。 もしレイがゲンドウと共に在る事を最後まで望むのならば、彼女とも敵対することになる。 彼女に厭われるのも憎まれることも耐え難い苦痛を伴うが、それは自分だけの問題である。 他人に押し付けることは出来ない。
カヲルについても同様に考えていた。量産型エヴァに使用するダミープラグの材料として彼のクローンたちが蹂躙されることは看過できない為、研究所の探索と襲撃は続けるつもりだ。 しかし、本人が補完計画のことを全てを知った上で死を選ぶのならば、それを受け入れようと思っていた。 もちろん出来うる限り説得はするし、人間として生きることを望むのならばそれを叶える。
リリスの欠片と融合することで消滅から免れた自分は、使徒としての力と魂を失うことは出来ないが、人間の身体をベースに、アダムとタブリスを融合させて生み出されたカヲルは存在の核が人間のものなのだ。 その証拠に、タブリスとしての力が目覚めていないにも拘らず、既にその自我を確立している。 ならば、タブリス
の力が目覚める第16使徒殲滅以前にその使徒としての力だけを取り除いてしまえば、彼は人間として生きることが出来るのだ。
これは、未だ居場所を特定することは出来ていないカヲルを探す為に情報を漁っていて、チルドレンの公開育成計画に伴って日本に召集されるアスカに代わり、ドイツ支部で予備チルドレンとして選抜される予定だと知った時に考えついた方法である。 出来れば研究所に囚われている彼を助け出したかったが、こうなっては彼が表に出てくるのを待って接触するしかない。 彼が最終的に何を選ぶのかを考えると心が痛むが、現段階でシオンに出来ることなど殆ど無いのだと頭では理解していた。
襲来する使徒を全て倒した後に、MAGIを支配して全ての情報を公開すればゼーレもネルフも自滅するしかなくなるだろう。 エヴァは最終戦のどさくさに紛れて破壊する。レイやカヲルのデータも消し去り、チルドレンに関する情報を書き換えて真実を隠匿してしまえば彼らがモルモットとして利用されたりする危険は減らせるだろう。 その過程で自分の正体が露見してしまうかもしれないが、計画を潰すことが出来るのならばそれも已む無し、と考えていた。 どの道、いずれ老化が止まって、不老不死の生き物であることを知られる前に、完全に身を隠さなければいけなくなる。 そうなることを思えば、正体が知られることなど大した違いではない、とシオンは思っているのだ。
そう思考を巡らせていたシオンは、無意識に目を逸らせて考えないようにしていたことがあった。
リリスの分身であるレイや、タブリスの魂とアダムの欠片を持つカヲルならば、永遠を過ごすシオンと共に生きられるかもしれない、という事。
レイがシオンを受け入れて、”シンジ”が完成したリリンとなった時と同じように、エヴァか使徒のコアからS2機関を取り込んでしまえば、今のシオンと同じモノになるのだ。 カヲルが共に生きることを選んでくれるならば、タブリスの目覚めを促して、心を持ちながらS2機関を内包する完成した使徒となる。
その期待がどれ程勝手な物なのかを知りながら、抱いてしまった無自覚の望み。
シオンの孤独の最たる原因は、彼女がこの世界でただ一人、知恵の実と生命の実を併せ持つ、完成した使徒であるという事実だ。 ならば、シオンと同じ存在となったレイやカヲルが居てくれれば、孤独を埋めることが出来るかもしれない、と考えたのだ。
しかし、今のシオンは間違いなくゼーレやネルフの敵なのだ。 そしてレイはネルフに、カヲルはゼーレに属している。 つまり立場上、レイ達とは敵対している。近い将来彼らと出会っても、”シンジ”の時と同じように好意を持ってくれるとは限らない。むしろ憎まれてしまう可能性もある。
心に生まれた願いを黙殺した理由はそれだった。
一度でも望んでいる事を自覚してしまえば、訪れる現実に耐えることが出来なくなるかも知れない。
意識することなくそう結論したシオンは、その考えを心の奥深くに沈めて封印した。
そうつらつらと考えて、シンジはこれからどうするつもりなのか、と思考が及んだ瞬間。
計ったように発せられたシンジの言葉に、意味を考える余裕もなく正直に答えを返していた。
彼の態度に自分に対する畏怖や恐怖といった負の感情は見られないし、憎まれてもいないようだ。
勘違いで無いならば好意を抱いてくれている、とも感じられる。でなければ、あんな風に抱きしめたり笑顔を見せてくれはしないだろう・・・・・・・・・・
シンジの真意を探るようにその表情を伺って、彼の次の言葉を待つ。
その怯えた子犬のような態度が可笑しかったのか、軽く苦笑しながら言葉を続けた。
「ぶっくくく・・・。 そんなに緊張することは無いだろう?・・・・・ ただ、頼みたいことがあるだけだ。」
「た、頼み?」
「ああ。」
苦笑を納めて、真剣な表情でシオンを見詰めるシンジ。
その視線に気圧されながらも、小さな声で聞き返すシオン。
明るい陽射しを押しのけて緊迫した空気が漂う。
「その前に改めて確認したいんだが、あんたは補完計画とやらを潰すために、ゼーレやネルフと敵対している、と言ったよな?」
「え、ええ。 そうだけど・・・・」
固い声で訊ねるシンジの様子に不安そうに答えるシオン。
それをあえて無視して続けるシンジ。
「で、その為に奴らの施設や部隊を殲滅して回っている、と。」
「ええ、その通りよ。」
僅かに瞳を揺らして答えるシオン。
「つまり、あんたは世界を牛耳るような権力者が保有する戦闘部隊を相手にしても生き抜ける程の実力を持っている、と」
「まぁ、・・・ そう、言えるかしら?」
シンジの言葉に複雑な思いを抱きながら、曖昧に語尾を濁す。
少女の返答に頷いたシンジは、自分の言葉に不安そうに揺れる深紅の瞳に視線を合わせたまま、決意を秘めた力強い声で告げる。
「シオン。 俺を仲間にしてくれないか?」
「え? 」
目を見開いて固まるシオンを見詰めて、続けるシンジ。
「まぁ、仲間といっても、今の俺の実力じゃただの足手纏いでしかないことは解ってる。
だから、奴らと戦えるだけの力を手に入れるために、俺を鍛えてくれないか?
・・・くだらん望みのために好き勝手してる奴らをのさばらせて置くなんて虫唾が走る。
何よりも、奴らは計画のシナリオとやらの為に、俺の大切な人たちを殺した。
それが、例え血の繋がった父親だろうと許すつもりはない。
・・・・・俺の望みを叶える為に手伝ってくれないか?もちろん俺も出来る限り協力する。
シオン、俺を仲間にしてくれ。 一緒に戦って欲しい。 頼む。 」
「・・・・・なかま? ・・・・・え? 」
繰り返し告げられた少年の真摯な言葉を、舌足らずな口調で繰り返すシオン。
瞳が落ちてしまうのではないかと心配するほど、大きく目を見開いて固まっていた少女が揺ら揺らとその目を揺らす。
シンジは静かに立ち上がり、シオンの傍に跪くと、そのまろやかな曲線を描く頬に手を添えて、深紅の瞳を覗き込む。
「シオン。 もう独りで戦わなくてもいいんだ。 俺がきっと傍に居るから。・・・ 一緒に生きていこう。 」
「一緒・・に?」
「ああ。」
「仲間になってくれるの?」
「ああ。」
「ひとりで、いなくても、いいの?」
「ああ。 ・・・ 誓うよ。 俺はお前を一人にしない。 お前が、望む限り共にいる。
・・・・・・・・・・・だから、そんな風に泣くな。 」
告げられた言葉を一つ一つ確認するように、たどたどしく繰り返すシオンの言葉に肯くシンジ。
声も無く静かに涙を流す少女の顔を優しく拭い、その頬を両手で包み込んで額を合わせる。
間近に覗き込んだ深紅の瞳に映る自分の顔を見詰めながらシンジが笑った。
「あんまり泣くと兎になるぞ?
・・・ きっといつかお前を護れるようになるから。 だから、ひとりになろうとするな。・・ずっと一緒にいるよ。 」
言葉も無く、首が取れてしまいそうなほどに必死に頷く少女を、優しく抱きしめ誓いの言葉を繰り返す。
永遠を生きるだろう少女にとって、一時の慰めにしかならないことを知りながら、己の心の求めるままに、少女を捕らえるための言葉を放つ。彼女にとって何よりも残酷な仕打ちだと理解しながら、叶わない願いを口にした。
暖かな腕に抱かれて、欲しかった言葉を貰った少女は、それが一時のものであると知りながら、少年のぬくもりに縋りついた。永遠を生きる自分が、人間である彼と一緒に生きることなど不可能だと分かっていても、束の間の夢を望んだ。
血塗れた罪人ごときが、この優しい少年を独占し続けることなど許されないと知っている。それでも、少しだけでいいから、優しい夢を見たいのだ。いつか、この想いだけを抱いて彼の前から消えるから、今だけは許して欲しいと呟いて、彼の背に腕をまわした。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
静寂が支配する暗い部屋。
光の差さぬ漆黒の闇に満たされた場所。
「黒き月」と呼ばれる女神の寝所の階上に建設された巨大な四角錐の建物の最上階
ネルフ本部総司令室。
天井に描かれたセフィロトが見下ろす下で、陰気な闇に満ちた中
言葉を交わす二人の男がいた。
ネルフ総司令碇ゲンドウと副指令冬月コウゾウである。
国連直属の非公開特務機関である対使徒迎撃組織ネルフの2TOP。
ネルフの前身は南極で発見されたアダムの研究及びエヴァの開発・第七世代コンピューターの開発運営を目的として設立された研究機関で在ったが、2010年、第七世代コンピューターMAGI完成を機に、特務機関ネルフとして発足。 MAGI完成当日自殺した赤木ナオコの後任に、娘である赤木リツコが就任した以外はゲヒルンメンバーが留任する形で始動した。
そして今年使徒襲来まで後二年となった2013年。
原因不明のレイの素体消失によって不可能となったダミー製作。
正体不明の敵に襲撃された秘匿研究施設の喪失による必要な技術開発の遅延。
それらによって遅々として進まぬ人類補完計画のための準備。
彼らは様々な障害によって修正を余儀なくされたシナリオについて話し合っていた。
「碇、どうするつもりだ。
現状で従来のシナリオを遂行することは不可能だ。老人達も焦っているようだ。」
「・・・・・・わかっている」
焦燥を感じながらも穏やかな口調で問う冬月に常と変わらぬ重苦しい声で返すゲンドウ。
両手を組んで口元を隠すポーズも何時もどおりであるが、その内心は思うとおりに進まぬ事態に腸が煮えたぎるような怒りを押し殺していた。
「シナリオの修正については老人達から通達が来た。
----- レイの素体消失によって頓挫したダミー計画については提出した人口知能プラグ作成案を許可するとの事だ。 ただし、使用するチルドレンについてはファーストのみでは心許ないという理由で、あらたにチルドレンを選抜して予備を確保。使徒迎撃におけるエヴァの必要性を承認させるためにネルフを半公開組織に変更。使徒及びエヴァンゲリオンについての情報の秘匿性を下げ、存在を世間に認知させる。
それに伴って、予備チルドレンとして適正を持つ者を公に育成。 人工知能プラグ作成のための収集データサンプルはその内から適正の高いものを複数使用し、並行して開発しろと言ってきた。
・・・・・・・とにかくエヴァによる使徒迎撃の態勢を整えた上で、計画遂行の下地を作ってしおうというのだろう。
第三者にその意義を認めさせてしまえば、計画を邪魔するものが何者であれ、実行者たる我らに手を出すのは困難になる、ということだろうな。」
淡々とした声で命じられた内容を冬月に伝えるゲンドウ。
だが内心の苛立ちは隠し切れず奥歯をかみ締める音が漏れる。
対する冬月も苦々しい思い露呈する。
「レイへの干渉に今まで以上の注意が必要になるな・・・・外部の第三者による我らの監視も兼ねるということか・・」
「だが、最終目的が違っても補完計画の遂行は必要だ。
こんな所で頓挫させるわけには行かない」
「ああ・・・・・しかしまさかゼーレに歯向かう者が現われるとはな。
計画についても全て知られているのだろうか?」
「何所まで知られているかは判らん。 だが大筋は掴んでいるだろう。
だからこその研究所の襲撃だ。 それも計画において重要なものを中心に殲滅されている。
・・・・・・老人達の手駒では正攻法での防御は不可能だと判断したのだろう。
何者なのだ・・・・・!!」
己の計画に対する邪魔者に苛立たしげにつぶやくゲンドウ。
共感する思いをねじ伏せて他にも残っている懸念事項を問う冬月。
怒りを消すことは出来ないが、計画遂行には必要なことである。
激情を抑えて続けるゲンドウ。
「ゼーレの情報網、実行部隊の実力をもってしても 判っているのは ” スクルド ”というコードネームのみ。とはな。 まあ、それはひとまず置こう。現状では老人達の案が最適だろう。賭けの要素が強いことは否めないが計画を始動することが最前の目的だ。
チルドレンの育成成果についてだが、セカンドは順調だそうだ。ドイツは上手くやっているようだな。
ファースト・・レイも問題あるまい。素体の消失は痛恨だが、ダミー製作に関する実験が無いならチルドレンとしての訓練のみだ。お前のとの絆に固執している。ことさら誘導せずともお前への依存心が深い。
問題はサード候補 ・・お前の息子だが、どうする?
心の拠り所を得た今。当初の予定通りの欠けた心の子供には育たん。
自立心も強く孤独をばねに強靭な精神を鍛えたようだな。
今からでも手元で育てて誘導するか?」
冷酷なことを平然と話す冬月。
温和な紳士然とした外見に反して、ゲンドウの腹心に相応しい救い難い外道のようだ。
冬月の報告に眉一つ動かさず冷然と応じるゲンドウ。
実の息子に対する情など欠片も存在していないことを再確認させる姿である。
「問題ない。手は打った。 所詮は子供だ。どうとでもなる。
今はそんな瑣末事に関わっている余裕など無い。」
吐き捨てるゲンドウに冬月は彼が何をしたのか大体を察したが、口には出さずに目の前の書類に意識を集中させた。その傍らで相変わらず組んだ両手で隠した口元を僅かに歪めて、睨み付けるように視線を来るべき未来に向けるゲンドウ。
陰気な暗い部屋に書類を繰る音のみが残った。
八月の長期夏期休暇が終わった九月の初め。
相変わらず暑い日が続く常夏の日本。
第2新東京市。
シンジは退屈な学校を自主休校して、懇意にしている施設『美月園』の厨房で職員の一人であり、主に園の食生活を取り仕切っている山中アオイさん(58歳)と共に豪勢な晩餐の準備に忙しく動き回っていた。彼女は園長婦人のミノリさんの高校時代の後輩でインパクト以前は有名レストランでチーフコックを勤めていた。だがセカンドインパクト後の騒乱で勤め先のレストランを焼失し、路頭に迷って途方に暮れていたところ、ミノリさんからの誘いを受けて『美月園』に来たそうだ。恰幅の良い身体で常に忙しそうに動き回り、誰に対しても向けられる朗らか笑顔と栄養バランスの取れた美味しい料理で子供達にもなつかれている。シンジも彼女の明るい性格に何度も支えられてきた。今は彼女の弟子として料理を習っている。そして今作っているのは新しく里親を見つけて園から巣立っていく子供達のお別れパーティーのためのご馳走である。
『美月園』は新藤アキラ園長がセカンドインパクト後の騒乱で後遺症の残る怪我を負い、自衛隊武術指導官を退任したことを切欠に路頭に迷っている孤児達に暖かな生活をあげたい、という理念の基設立された。施設は廃校となった小学校を改築し、職員は新藤園長夫妻、園長夫人の元後輩の山中アオイ、アキラの元部下でアキラ退官時に一緒に辞めた元自衛隊射撃担当指導員三島コウイチとその妻であり元自衛隊情報管理室チーフオペレーター三島カナ夫妻の5人で常時8人から15人の子供を預かっている。創立当初から既に若くはなかった園長夫妻は孤児達を預かっても出来うる限り里親を探し出して子供達を送り出してきた。無論この園から独立した子もいるが創立から10年では数人程度である。 そして今年で62歳になる新藤園長は新しい子供を預かるのを止め、今園に住む子達も出来うる限り相性の良い里親を探して送り出すことにしたのだ。 シンジがこの場所に通い始めた当初暮らしていた15人の子供達も大半が新しい里親を見つけ巣立っていった。今日開
かれるのは、今園で暮らす5人の子供達を新しく見つかった里親の元へと送り出すためのパーティーである。
「それにしても今日で子供達が皆いなくなるとなると寂しくなるねぇ。
園長先生は出来るだけ子供達に養い親を探すようにしていたから子供達が入れ替わるのは割りと頻繁に在ったことだけど・・・」
「そうですね。 僕が此処に来るようになってからもう二年ですけど・・・あの子達と一緒にいられなくなると思うと・・・」
忙しく手を動かしながら言葉を交わすアオイとシンジ。
明るい口調ではあるが寂しさは隠しきれない。
「でも、まぁ子供達にとっては新しい家族が出来る、おめでたいことだしね! 笑顔で見送ってあげなきゃね!」
朗らかに続けるアオイ。
その言葉を聞いて僅かに苦笑するシンジ。
「そうですね。 ・・・・・・・家族か・・・」
相槌を打ちながらも、ふと脳裏に過ぎった血縁上の父の顔に、暗い感情が噴出して顔を強張らせるシンジ。
硬質の雰囲気を纏ったことに気付きながらも明るく話しかけるアオイ。
「ほらほら、手元がお留守になってるよ。今日はパーティーなんだからね。 まだまだ忙しくなるよ!!」
シンジはそんなアオイの気遣いに感謝して目の前の料理に意識を戻した。
午後6時から始められた子供達の門出を祝うお別れパーティーは賑やかに過ぎ、アオイ&シンジの合作料理はあっという間に皆の胃の中に消えた。最後の思い出を刻むようにことさらはしゃいでいた子供達も部屋へと引き上げた夜更け。シンジは静まった食堂と厨房を往復して宴の後始末をしていた。園長を始めとする職員の面々もこれで子供達がいなくなるという寂しさを紛らすように、皆でご馳走に舌鼓を打ちながら、普段は滅多にでない大量の酒を用意して浴びるように飲みまくったのだ。子供達が騒ぎ疲れて自室へと引き上げた後も、シンジが追加する摘みを食べながら全員が酔いつぶれるまで宴会は続けられた。 酔いつぶれて雑魚寝している大人たちに毛布を掛けたシンジは、散乱した宴の残骸を手際よく片付けていった。
綺麗に片付いた厨房と、床に雑魚寝する職員の姿以外はきちんと整えられた食堂を一通り確認すると、園に泊まるときに何時も使用している空き部屋に向かった。この温かい場所で彼らと一緒に過ごすのもこれで最後かと思うと寂しさを感じるが一生あえなくなるわけではないのだ。子供達がいない以上園は閉鎖することになる。園長夫妻は北海道で知人の経営する牧場に呼ばれていると聞いた。アオイさんは旦那さんに先立たれて一人で小さな食堂を切り盛りしている古い友人の所へ行くという。三島夫妻は此処とは別の施設で職員として採用されたらしい。
二年前此処に初めて訪れたとき、伯父を始めとする周りからの冷たい視線と、誰も自分を助けてくれない孤独な環境の中で、周りの全てを憎悪していた幼い自分。 全てを拒絶して視野が狭まっていた自分に、裏の無い優しさを注いで、いろいろな事を教えてくれた人達。彼らとの生活は、自分にとって何よりの救いだった。ここにくることが無ければ、あのまま周囲に存在する全ての他人を無作為に拒絶し続ける永遠の孤独の中で生き
ていっただろう自分。 彼らにはどれほど感謝しても足りない。離れてしまうのは寂しいし、今までのように気軽に会うことは出来なくなる。 しかし例え遠く離れていても、手紙を送りあうことも電話で話すことも出来る。すぐには無理でもいつか会いに行くこともできるのだ。 ならもうこれ以上暗く考える必要はない、と沈みそうになる感情を再び浮上させると、いつの間にか静かに降り出した雨の音を聴きながら、ベッドに入って眠りに落ちた。
『美月園』の面々が寝静まった頃、高台に建つ孤児院へと続く細い道の入り口に、白いワゴン車が静かに停まった。しばし辺りを窺うように停車したまま動かなかったワゴンから様々な武器を持った男達が降り立った。そして無言のまま肯き合うと、音を立てずに四方へと散らばる男達。ワゴンの運転席に残った男の下に幾つかの信号を伝える僅かな機械音が鳴る。それを確認した運転席の男は手に持った通信機のボタンを押した。
白いワゴンが『美月園』に着く数分前。
静かに降る雨の中、暗い闇の中走り続ける影があった。
細い身体を漆黒の上下に包み、白い顔の半分を覆うバイザー。
風に靡く艶やかな黒髪は首元で一つにくくられている。体型から恐らく若い女性であろう。
その姿を見かけたものが居てもはっきりと視認できるものなど居ないだろうと思えるほどのスピードで走り続ける人物。身長は150程の小柄な影は人気の無い深夜の道を、必死になって目的地に向かって足を進めていた。
「間に合って・・・・・!!」
住人が寝静まって穏やかな静寂が支配していた『美月園』に突然門扉をぶち破る大きな音が響き渡る。
騒音に飛び起きる園長たちやシンジ、そして子供達。酔いつぶれる程飲んだ酒のせいか数瞬思考が停止していた園長たちは、窓から園内に荒々しく踏み込んできた武装した男達に理性を取り戻すと行動を起こす。現役を離れて久しいとはいえ元自衛官として実戦を生き抜いた兵士達である。即座に状況を判断するとアキラとコウイチは不測の事態に備えて隠してあった武器をとり、闖入者たちを足止めに向かう。その間にミノリとアオイ子供達を逃がすために居住区へと走り出す。カナは子供達を外へ連れ出すために、緊急用の車を止めてある隠し車庫へと向かう。ここで部屋に備え付けられていた銃を持ったシンジがアキラ達に合流した。
「先生!!」
「シンジ!!」
慌てて走りよりながら小声で呼びかけるシンジを引っ張って侵入者達が向かってくる玄関に通じる廊下の影に身を潜める三人。
「シンジお前は子供達のほうに向かえ。此処はコウイチと二人で足止めをする。
一応カナが警察を呼んでいるが間に合うとは思えん。 あの子達を頼む。」
「でも、それは!!」
アキラの言葉に反論しようとしたシンジを遮ってコウイチが続ける。
「シンジ聞け! あの連中の装備からいって恐らくプロの戦闘集団だろう。
今のお前のレベルじゃ、あの連中を相手に戦ったところで足手まといにしかならん。
それよりも、あの子達を何とか安全に逃がすことが第一だろう。」
「ミノリとアオイとカナの三人だけでは心もとない。シンジ頼む。」
アキラとコウイチの言葉に悔しげに唇かみ締めるて俯くが、すぐに青ざめた顔をあげて二人を見据える。
「わかりました。・・・死なないで、くださいね。」
「当たり前だ。・・頼んだぞ。」
「奴らを始末してすぐ追いつくからな。」
アキラもコウイチの優しい嘘に強張りかけた口元に無理矢理笑みを浮かべたシンジがぎこちない動作で頷く。
そして身を翻すと子供達が向かったはずの避難用の隠し通路へと向かった。
シンジが行ったのを確認した二人は、無言で手の中にある愛銃の感触を確かめると体勢を整える。そして、視界の中に建物内に進入しようとする男達の姿を認めると同時に彼らに向かって弾丸を叩き込んだ。
一方ミノリとアオイは子供達を連れて、車庫へと通じる隠し通路へと急いでいた。
侵入者の目的が何であれ、子供達を危険な目に合わせるわけにはいかない。侵入者の撃退に向かった夫のことは気になるが、まずは足手纏いでしかない自分達が外へと出ることが先決である。ことさら冷静に思考を巡らせながら子供達を引き連れてカナの待つ車の処へと足を速めるミノリ。視界に車庫へと通じる扉が見えた彼女達は思わず安堵の息を漏らしながら、扉を開いた------
鳴り響く爆発音
逃げ出そうとする園の者達がこの隠し車庫を利用することを読んでいた侵入者達が仕掛けておいた爆弾が、開かれる扉と連動したスイッチによって爆発したのだ。 辺りに積み上げられていた木箱や整備用のオイルに引火して勢いを強める炎。止められていた数台の車に飛び火して次々続く爆発。地下に造られていた車庫は爆発の衝撃で崩れ落ちた。
アキラとコウイチに背を押されて子供達の下へと向かっていたシンジが、車庫に着いたとき目にしたのは、崩壊した通路と車庫。そして墨のように黒ずんだ遺体の欠片と彼女達を蹂躙する激しい炎。未だに続く小さな爆発音。
車に乗り込んで子供達を待っていたカナも、
子供達を連れて車庫に入ろうとしていたミノリとアオイも、
彼女達に手を引かれていた子供たちも、
激しい炎に焼かれ、崩れた瓦礫の下敷きとなって、原型も留めていなかった。
呆然と目の前の惨状を眺めているシンジの前に、侵入者達と同じ格好をした男達が立ちふさがる。
現われた敵の姿に自失から還ったシンジが構えようとするが、遅く。男達の放った弾丸がシンジの腹を撃ち抜く。腹を押さえて崩れ落ちるシンジ。 激しい痛みに意識を失くしそうになるが、自分を孤独から救ってくれた優しい人たちを殺した奴らへの怒りが、痛みすら凌駕してシンジの身体を突き動かす。だが、相手はプロの戦闘集団である。子供の足掻きなど鼻で笑って、さらに容赦なく足や腕を撃ち抜く。堪えきれずに己の血溜りのなか倒れこむシンジ。 もう此処で死ぬのか、という思いと、大切な人たちを守ることが出来ずにむざむざと死なせた悔しさが、男達への憎悪となって身体の奥を焼き尽くす。それでも指一本動かすことの出来ない現状では奴らに報いることなど不可能だと判っていた。
こんな奴らに殺されるのか、と歯軋りしながらも固く瞳を閉じて、訪れるだろう衝撃と死を齎すだろう痛みを待つ。 が、なぜかそれ以上の攻撃がこない。
いぶかしく思って失血のせいで霞む視界を無理やり凝らし、周りの状況を確認しようとしたシンジの目に映ったのは、事切れた男達の中心に佇む小柄な人物。黒ずくめの服に顔の大半を覆うバイザーを身に着けている。視界が利かないため良くわからないが、体型から判断すると女性のようだ。
彼女は燃え盛る炎の中で、戦闘の途中で銃が掠りでもしたのか罅割れたバイザーを炎の中に投げ捨てると、強い光を放つ深紅の瞳で、倒れ付す男達を睨みつけている。数秒間、微動だにせず男達を睨み据えていた彼女は、硬質な雰囲気を一変させると周囲の状況を一通り見廻して悲しげな吐息を漏らす。そして、静かな足取りでシンジの方へと近づいてきた。
シンジは、近づく女性の (ずいぶんと若い。自分と同年代の少女のように見える。) 姿をその視界に納めた瞬間、彼女に見惚れた。
美しい黒髪、闇を紡いだかのような漆黒で、柔らかく風に靡いている。
身体にぴったりと添った服から窺える肢体は、幼いながらも伸びやかな若木のような瑞々しさを感じさせる。
その肌は白絹のように美しく、小さな輪郭の中に小さな薄紅色の唇と、すらりと通った鼻梁と美しい柳眉と、
頬に影を落とす長い睫と、その下の吸い込まれそうな深い光を湛える深紅の瞳がバランスよく納まっている。
その美しくも愛らしい造形は、まるで神話の中で神が己の技術をつぎ込んで創り上げたという最高級の女性を思わせる。
そして何より、彼女の顔に浮かぶ表情。
泣くのを我慢している様な揺れる瞳で、
怒られるのを恐れる子供の様に不安げに口元を歪めて、
渇望していたものを目前にしているかのような隠し切れない歓喜と
何よりも大切なモノを永遠に失ってしまったかのような絶望を湛えた
笑顔にも泣き顔にも見える、仮面のような凍りついた表情で、
ことさら静かな足取りでシンジも元へと近づいた。
この時のシンジの中には、今の自分になる為の切欠をくれた大切な人たちを殺し、温もりを与えてくれた掛替えの無い場所を奪った男達への怒りも、未だに血を流し続ける傷が与える激しい痛みも存在していなかった。ただ、彼女がそんな顔をすることは無いのに、と考えて。押し寄せる睡魔に従って、その意識を闇に沈めた。
これは以前書いていたメイン連載のエヴァンゲリオン逆行連載です。
逆行女体化シンジのお話でした。
なかなか続きが書き出せないうちに時間だけが空きまして、もう最後まで書ききる自信がなくなってしまったので封印してたんですが、実は思い入れが一番強いものなので、ちょっと載せてみようかな~と思って蔵出ししました・・・・
現行強シンジ×逆行女体化シンジです。
スパシンです。
*ネルフメンバー・ゼーレには優しくないです。チルドレンにも一部優しくない時があります。最終的には子供達は和解させる予定でしたが。
「・・・・・・かえりたい・・・・・・・・・・・・・」
赤い世界でただ独つカタチを残している少年の生命が終わろうとしていた。
「・・・それは、駄目。・・・・死なないで、・・・・碇君」
少年の死を看過できない者がいた。
原始の海に覆われたこの世界を包み込む、最期にして最初の女神。
全ての生命の母神たるリリスと、その欠片を命の核として生きてその心を育て、再びリリスへと還った少女。
綾波レイは少年を助けることを望んだ。
未熟な人類の心を個と個の境界を消し去ることで相互に欠けた部分を補い、共通の意識を持った完成された第18使徒として生まれ変わらせる、人類補完計画。その儀式の傍らで生命の実であるS2機関を完備した量産型エヴァンゲリオンに自ら溶け込み融合して補完計画の過程を経験することで、一人のまま完成したヒトとして生まれ変わり、その他の人類を従えて己を神として崇めさせ永世帝国を創り上げることを目的としたゼーレの計画は、サードインパクトの余波に耐え切れずゼーレの面々も全ての人類と共に赤い海へと溶けたことで頓挫した。
そして残されたのは、サードインパクト発動の鍵として利用されたエヴァンゲリオン初号機と共に居た為に個体としての意識を保ち、補完の外へと逃れることが出来た少年--碇シンジ。リリスと同化し、生命が原始の海へと還った世界を包みこみ、遥かな未来生まれるであろう新たな生命を守る母神として存在する綾波レイ。人間
のみならず、あらゆる生物--獣や昆虫、植物、微生物など--までが一つに同化してしまったために人間としての自覚すら保つこと適わず、意識そのものが消え去ってただ生命の終着した姿の一つとして存在する赤い海。
その三つのみだった。
そしてただ独りで赤い世界へ取り残されたシンジは孤独に耐え切れず、ただ虚ろになってゆく心のままに、静かに衰弱していき、とうとう永遠の眠りにつこうとしていた。その様子を遠く、赤い世界の外から見つめていたレイは焦った。彼女は母神として世界を守る役目故、個として彼に関わることは出来ない。しかしこのまま手を拱いていては彼が死んでしまう。補完の外に存在する状態で死んだ者は原始の海へ還る事は出来ず、そのまま魂まで消滅してしまう。・・・・・それは到底耐えることは出来ない。ならばどうすればいいか・・・・・・・・・。
彼女は悩んだ。
どうすれば彼を助けることが出来るのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いよいよもってシンジの限界が近づいた時彼女は決断した。
リリスと同化した時私は綾波レイとしての肉体ごと同化した。
リリスとの同化したことで新しい世界の母神として生まれ変わった今、人間としての体を切り離しても問題はない。綾波レイとしての肉体は人間のものであるが、リリスの欠片を核として生まれた魂を受け入れていたために他の使徒ほど強力ではなくとも、多少の事では損なわれることが無い程度に丈夫なものだ。ならば、この肉体と彼の魂を融合させれば、彼は助かる。そしてこの世界では彼は生きることが出来ないならば、生きることが出来る世界へと送ればいい。
この世界は既にセカンドインパクトからサードインパクトへの過程によって全生命が滅亡するという結果が刻まれてしまった。サードインパクトによってあらゆる時間軸から切り離され固定されたため、再び生命が原始の海から生まれるまでの期間は過去未来といった今へ至るための連続した事象の全てが抹消された状態になっている。つまりここからシンジを未だ平和であった過去の世界へ送ることも、再びこの世界に生命が生まれて文明が復活しているだろう未来へ送り出すことも出来ないのだ。レイもそのことは母神となった時に意識に刷り込まれた世界の理やリリスの見てきた世界の歴史と共に存在に刻まれたため理解している。その打開策として、レイはこの世界からリンクを繋げる事が可能な世界を幾つか選び、その中で常識や知識に余りずれが無い世界を選択。その結果、この世界と似た歴史を綴っている世界。つまりこの世界の並行世界へと彼を送り出すことにしたのだ。
そうして、孤独と絶望から死ぬはずだった少年は、違う世界へと旅立っていった。
ただこの世界で傷つけられ続けた彼が今度こそ幸せになれることを願いながら、女神は赤い世界へと意識を戻した。
-----雨が降っている。
薄暗い夕刻。冷たい雨の中小学生くらいの少年が俯きながら歩いている。
人気のない土手に差し掛かった時、少年が何かを見つけたのか顔を上げて一点を凝視している。
その視線の先には乗り捨てられた古びた自転車。
少年の脳裏に思い起こされるのは居候先の伯父の家での夕食時従兄弟がはしゃぎながら自転車を強請っていた光景。そのときの疎外感と羨望。
-----雨が降っている。
暗い道を古びた自転車を引いて歩く少年。
そこに照らされる懐中電灯の光と居丈高に呼び止める警官の声。
-----雨が降っている。
狭い交番の中。軋んだ椅子の音と何かを書き取るペンの音。
事務的で投げやりな疑惑に満ちた警官の質問。
返す答え。
「保護者の名前は?」
「・・・・・碇ゲンドウ」
微かな期待。・・・・・・・そして落胆。
「どうしてこんなことをしたの!?
自転車を買うくらいのお金はお父さんにもらっているのよ」
事情を聞くこともなく決め付けられる。信じようとする人は一人もいない状況。
-------雨が降っている。
学校の帰り道。
繰り返される同級生の罵倒といじめ。
通行人の冷たい視線。
級友達に殴られても蹴られても、物を壊されても見て見ぬ振りをして突き放す教師。
影で囁かれる会話。
「あの子の父親は---」
「やっぱり妻殺しの男の息子だから--」
「関わりあわないほうが---」
「-----------。」
「----------------」
・・・
------雨が降っている。
「もうシンジ君も一人部屋が欲しいだろう。だから庭に作ってあげたんだよ。」
「--はい伯父さん。ありがとうございます。うれしいです。」
隔離された部屋。
母屋へ行く必要がないように備え付けられた台所やトイレと風呂。
顔を合わせずに出入りできる裏門に面したドア。
手渡される食費込みの小遣い。
「---何時まであの子を預からなきゃいけないの!?父親は一度も連絡すら取らないで!!」
「そういうな。養育費は十分に貰っているだろう。」
「あんな暗い子顔を合わせるのも嫌よ。何を考えているのかも分からない。
何を言ってもへらへらと笑って---薄気味悪い!!」
「だから外に部屋を作っただろう。食費も渡しているから世話も要らないし。」
「そこにいると思うだけで気分が悪いのよ!!
ご近所の人達にもいろいろ言われるし----あの子の父親のことで-----。」
「それはそうだが---------」
子供が寝静まった時刻に繰り返される伯父夫婦の会話。
厄介者として忌避される自覚。
-----------誰も味方が存在しない現実。
-----雨が降っている。
放課後校舎の影で振るわれる暴力。
繰り返される陰湿な嫌がらせ。
「お前なんか生まれてこなきゃよかったんだよ!!!!」
殴られたまま横たわって眺めていた空から冷たい雨が降り出した。
濡れるままにぼんやりと灰色の空を眺める。
「誰もいない・・・・・・」
「味方なんかいない・・・・皆僕を傷つける・・・・・」
校舎の中に人気がなくなって、見回りの用務員の足音が聞こえ始める頃。
ようやく体を起こすとのろのろとした足取りで家へ向かう。
頭の中で繰り返すのは日常的に行われる公然としたいじめ。
疎外され忌避される伯父宅での生活。
冷然とした周囲の大人たち。
与えられる冷たい視線と無視される傷と痛み。
そして孤独。
「誰も僕を守ってくれない。」
・・・・・自転車の盗難を疑われて交番に呼び出された伯母の言葉。
「近づくのは嫌がるくせに完全に離れようとすれば引きずり出されてまた傷つけられる。」
・・・・・何かと理由をつけては自分を殴る級友達の顔。
「何もしていないのに疑われる」
・・・・・捨てられていた自転車を引いていただけなのに居丈高に問いただして交番へ引きずっていった警官の顔。
「僕は独りだ・・・」
・・・・いじめを見て見ぬ振りをする教師。連絡すらしてくれず手紙の返事も無い自分の父親。自分を疎んじる伯父夫婦。
・・・・・・・・・そして物心がつく頃から自分の研究に耽溺し、その実験の果てに消えた母親。
とぼとぼと帰宅するシンジ。
ふらつきながらも何時も通りに伯父宅の裏門へと通じる裏山の麓の暗い道を歩いている。歩きながら、今までのこと、自分を捨ててただ一度も省みる事の無い父親、冷たい視線と罵倒や暴力しかくれない教師や級友達、多額の養育費の為だけに自分を飼い殺しながら疎んじる心を隠そうともしない伯父夫妻とその子供。
自分を取り巻く環境とそこに存在する人々のことを思い返すたびに我慢していた不満や不信が高まっていき、抑圧されていた憤りがついに噴出し、シンジは切れた。
「・・・・・・・・・なら、一人で生きてやる。
父さんは僕を捨てた。母さんはいない。誰も僕を必要としない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なら僕も皆要らない!!僕は僕の為に生きる!
自分の居場所は自分の力で手に入れてやる!!」
冷たい雨の中。独りきりだった少年は周りへの期待を捨てた。
求めても拒絶されるなら求めることを止めればいい、と今の自分の周囲に存在する全てを切り捨てたのだ。
一人で生きることを決め、誰に守られずとも生き抜く力を得るために、自分を傷つける存在である父親の援助や伯父の最低限の保護を利用してでも、いつか独立する日に備えることを決意した。
そして少年---シンジはこの牢獄に等しい環境を抜け出す時のために力をつけ始めたのだ。
3年後。シンジが12歳の八月。
3年前の決意を実現するためにシンジはまず最低限己の体を護ることが出来るよう鍛え始めた。最低限といっても護身術などといった大人しいものではなく、実戦に使用可能な戦闘技術を身につけるためのものである。 セカンドインパクトの余波が沈静し平和な生活が保障されているのは治安維持に経費や人員を割くことが可能な大都市やその近郊のみで、少し郊外へ足を踏み入れるだけでその状況は一変する。 不良の溜まり場になっている程度なら可愛い物で暴力団やマフィア、武器売買商人、人身売買を目的として獲物を狙っているごろつき達や隙あらば食料や財産を奪おうと画策している強盗団といったもの達が溢れかえった無法地帯が散在している。 シンジの第一の目的は父や伯父の造った囲いから抜け出すことである。そのためにはまず義務教育である中学を卒業して仕事を見つけることであるが、良くも悪くもセカンドインパクトの騒乱による人口激減によって極端な能力主義となった昨今の社会のなかでも、中卒の子供がどれ程の能力を身につけたとしてもよほど抜きん出たものでもない限り、治安の良し悪しに拘る余裕があるとは思えない。もちろんよりよい就職先を得るために必要と思われる技能を身に着ける努力は続けるが、期限は中学卒業までの6年間である。可能性はあるかもしれないが楽観は出来ない。ならばどのような環境であろうと生き抜けるだけの能力を身に着けるしかない。
----------という結論をだしたシンジはとりあえず書物などから独学で効率が良く成長を阻害しない体の鍛え
方を調べ実践した。次に独学では限界が見えている格闘術を身に着けるために近所で開講していた古武術の道場へ通い始めた。並行して学校に備え付けられているコンピューターで取り合えず基本操作をマスターし、基礎知識を身につけるため勉強に今まで以上に腐心し、伯父に養育費から専用のパソコンを強請り、少しずつ改造を繰り返して情報機器に関して専門家レベルまでその技能を高めた。
それまで無気力さから劣等性レベルに落ち込ませていたが、本人にとってどれ程忌まわしい事実であろうと、シンジの両親は東洋の三賢者筆頭と名高い天才科学者碇ユイと、彼女に劣りながらも世界規模の研究所で所長を務める碇ゲンドウである。 つまりその資質だけなら文句なしの一級品なのだ。 その優れた資質を活かすも殺すもシンジ次第。 そして彼が固い決意と共に己を高めることを決めたとき、その才能が鮮やかに開花したのだ。
三年前級友達に殴られるままであった華奢な体は、始めた古武術と知人に教えられている格闘術によって鍛えられ、成長期であることとも相まって見違えるほどに成長していた。未だ成長途上であるためか若干華奢な印象は拭えないが、12歳にして160cmの身長にしなやかに鍛えられた筋肉に覆われた体は、まるで年若い
獣のようで力強く優雅な仕草が美しく、他者の目を惹くものであった。 最も周囲の注目を集めることに嫌悪しているシンジは普段の生活の中では、ことさら目立つことが無いように凡庸に振舞っているため、彼の成長を知っているのは、2年前に知り合ってから交流を続けている児童保護施設『美月園』の園長夫妻を始めとする職員の方々とそこで暮らす15人の子供達だけである。
そして今。八月の夏季休暇中。学校が休みの日をシンジは二年ほど前に課外授業の一環として訪れた施設の手伝いに行くことにあてていた。
セカンドインパクトによって常夏の気候へと変動した日本では最も暑い時期をやり過ごし多少でも活動しやすい時期を待つ、という夏期長期休暇の意味は失われて久しいが、伝統や慣例を重んじる日本人らしいというべきか、多少過去よりも短いとは言え今でも八月中はほとんど学業長期休暇に当てられている。その期間を利用して施設へ赴いているのだ。
施設へ初めて訪れた課外授業は、セカンドインパクトによってどのような被害を被ったのかを実地で知るという趣旨の元、幾つかのグループに分かれて、インパクト後の暴動によって消滅した第二東京を見学したり(治安が悪いため防弾設備を完備したバスで道を走って見学)、保護者を亡くした子供達が住む施設へボランティアに赴いたり、インパクトの騒乱時に後遺症の残るような怪我をした人たちが加療している病院へボランティアに行くなどの内容で行われた。
その時シンジが割り当てられたのは伯父宅から自転車で30分ほどにある、15人の子供を預かっている小規模の児童保護施設で、新藤アキラさんとミノリさんというご夫妻が経営している。 新藤アキラさんは元自衛隊武官で戦略自衛隊発足時武術指導の為に赴いたが、その基地周辺で起きた暴動を鎮圧する作戦中に大きな怪我を負い、片手に後遺症を残してしまった事を切欠に退官。インパクトで保護者を亡くしてしまった子供達を護りたいという想いから、僅かながら得られた退職金と無事だった貯蓄を元に施設を設立。同じように退官した元同僚や現役から退いた友人達を誘って共に経営を始めた。
自給自足の生活ながら暖かな、本当の家族のように暮らしている子供達と職員の人達の暖かな陽だまりのような姿に、自分に無いものを持っている彼らへの羨望を感じてボランティア活動の中で少し沈んでいたところ、新藤夫妻に呼び止められ、良かったらこれからも時々手伝ってくれないかと誘われて通うようになった。
最初は何故誘われたのか理解できずに惰性のように通っていたが、交流を続けるなかで新藤夫妻や職員の方々の自分へも向けられ優しさや温もりに、ささくれていた心が癒されていく自分に気付き、此処に通うことを楽しみに思うようになっていった。 その中で新藤園長に格闘術の稽古をつけてもらったり、園長の知人や友人の
人達に様々な技術を教えてもらったりした。 彼らは現役からは退いているが嘗ては第一線で活躍していた各々の分野でのエキスパートである。最高の教師を得ることが出来たことは目的の為に生きる術を渇望するシンジにとって最たる幸運であった。そして何よりも自分を無邪気に慕ってくれる子供達の姿に、自分のことを必要としてくれる人がいる、という救いを見出していった。 未だ伯父や父、学校の級友達からの冷遇は変わらず、彼らを切り捨てた時に生まれた自分の心を凍らせる氷の塊は胸の中に存在するが、僅かでも救いとなる温もりがあるという事実と必ずあの生ぬるい牢獄から抜け出すという決意が今のシンジを支えていた。
----- 雨が降っている。
大きな瓦礫の点在する開けた場所に、冷たい雨に濡れながら虚ろな目をして座り込む一人の幼い少女があった。
南極で起きた大災害の余波により生まれた無数の無人島の一つ。 南極の氷の大陸が溶けた為に多くの海岸線を襲った巨大な津波と地軸が歪むほどの衝撃によって派生した大地震が原因で住民が住めなくなったため生まれた地図にも載らなくなった小さな島の奥にそれは在った。 何時の世にも何処の世界にも存在する愚かな権力者の望みと、己の好奇心を満足させるためなら何を犠牲にしても構わない狂科学者達が互いの利益の為に、世間にはけして公表できない研究を行う研究施設の一つ。
外界から隠匿されながらもそこに近づくものを威圧していた強大な研究施設はその施設を取り囲む長大な塀ごと巨大な瓦礫の山と化していた。
6・7メートルはあろうかという壁は3重にも渡ってその敷地を取り囲み、その中に秘匿された建物に出入りする全てのものを監視し遮断していたが、今はその威圧は見る影も無く、所々が崩れ、壁としての機能を果たすことなく巨大なクレーターを囲むように存在する瓦礫の一部と化している。 深い深い森の中、樹齢数百年にも及ぼうかという巨大な木々は見るも無残に倒壊し、痛々しく地面を露呈している。 あらゆる自然物と人工物によって外界のものから隠匿されていた巨大な研究施設は、施設を取り囲んでいた壁とその壁に沿うように点在する瓦礫の山を残して消失している。
そこで働いていた狂科学者達も、施設の監視をしていた警備の者も、実験動物として扱われていた被験者達も、狂科学者達が日夜収集していた全てのデータも、データから生み出された研究成果も、その過程を記録した資料の全ても、尽くが消失し、残されたのは敷地の中心部の巨大なクレーターとその中心で虚ろな視線を薄暗い雨空にむけて座り込んでいる幼い少女。
----この世界に生まれて得た名を、蒼山シオン。
ここと似て異なる世界から新しき女神の慈悲と、人としての心に残る願いから新しい生を得た彼女の旧き名を、碇シンジ、 という。
襤褸布と化した病院の手術着のような服、腕にはめられたのは幅広の腕輪のような手枷と右肩の裏に刻まれたアルファベットと数字。少女--シオンはこの研究施設に被献体としてつれてこられた子供達の一人であった。
あの全ての生命が赤く溶けた滅びの世界で、独りきりで取り残されたシンジは最初、何故こうなったのかを知るために周囲を歩き回って他に人がいないかを探した。辺りを探し回り、誰もいないことを知ると、赤い海から逃げるように遠くに見える町の残骸へと足を向けた。
その途中にも誰か一人くらいは生きている人は居ないものかと探りながら歩き続けてジオフロントへとたどり着いたが、会うものも生きて動いているものすらなく命の気配の無い道を進み、ネルフ本部までたどり着いた。やはりそこにも人は無く、そこかしこに衣類が落ちて、存在の名残を残すのみ。
ここに至って自分以外に生きている者は存在しないのだという、無意識に目をそらしていたことをようやく認識した。と同時に、逃げるように背を向けた血のように赤い海の正体に気付いてしまったシンジは恐慌状態に陥り、暴れるように周囲のものを破壊しながら泣き喚いた。泣いて泣いて気絶するように眠りについたシンジが再び目覚めた時、眠る前の狂乱が嘘のように静かに起き上がった。そして力の限り暴れて開き直ったのか、どうしてこんな事になったのかを知るためにMAGIを使って調べ始めた。
ただの中学生でしかなかいシンジが最初から厳重なプロテクトに護られているであろう人類補完計画の情報を引き出すことは出来ない。それを自覚していたシンジはまずMAGIを使いこなす為にリツコの研究室を訪れ、資料を片っ端から読み、コンピュータの基本操作からリツコが管理していた計画のための研究資料などを少しずつ理解し、MAGIの情報を引き出し、とうとう人類補完計画の全容と、その実行の為にネルフやゼーレが行ってきた非道な行為、そして自分達チルドレンの役割を知った。
再び心を覆う絶望と怒り。
補完計画によって溶け合った海から誰一人帰ってこない現実による寂寥。
そして今まで気付かなかった己の変調への恐怖。
・・・・・・現状を知ることにのみ意識を向けていたため気付かなかったが、MAGIを一から勉強して使いこなし、情報を引き出して考察し、補完計画の全貌を把握するまでの間どう短く見繕っても数ヶ月から数年かかったはずである。その期間ただの一度も空腹を覚えず睡眠をとった覚えも無いにも関わらず何の不調も無く生存しているという事実。 知ってしまった使徒と人間、エヴァのこと。命の実、S2機関、知恵の実、第18使徒、リリスとアダム、単体と群体、エヴァンゲリオンの存在意義・・・・導き出される結論はシンジを絶望させるに十分なものであった。
シンジは補完計画の依り代として世界樹を描くエヴァの中心、リリスのダイレクトコピーである初号機の中にいたのだ。しかもMAGIを調べていてしった事であるが、インパクトの前後彼は初号機に400%シンクロして同化していたのである。 その状態で補完の中心にいた事で赤い海に溶けることなく、インパクトのエネルギーの中にいながらも、かろうじて意識と自我を残すことができたのだ。 そしてリリスと同化したレイと、リリスに融合したアダムの中に還ったカヲルとの会話を経て補完の外にシンジのまま出ることができた。 が、その副産物として400%のシンクロによってほぼ同化していた初号機と融合した状態でシンジのカタチを取り戻し、補完の外へと抜け出たのである。
つまりシンジは初号機をその身に取り込んだ状態なのだ。生命の実であるs2機関を持つ初号機との融合によって完全な使徒となったシンジは空腹を感じることも睡眠をとる必要もなくなったのだ。
そしてそれは、シンジがこの他の生命が存在しない赤い世界で永遠を生きていく事になった。ということである。
シンジは他に誰もいない世界に取り残された孤独にも、赤い海と赤い空に覆われた死んだ世界にも、何時終わるか判らない永遠の自分の生にも耐えられなかった。 カヲルがATフィールドは全ての生き物が持つ心の壁であると言ったように、命の実を持つ完成された使徒であっても、ATフィールドによって己の存在を固定する。 つまり心の在り様がその存在を確立するのだ。シンジが、s2機関を体内に持つ完成された使徒であろうと、絶望によって死を望んだ心がその魂と体を支配してしまえば、存在を確立するためのATフィールドが揺らぎ、”シンジ” としてのカタチを保てなくなって何れ消滅してしまう。
そしてそれを看過できなかったリリス=レイがシンジを助け、未だ滅びていない他の世界へと転生させたのだ。
レイはシンジの生と幸福を願ってその選択肢を選んだ。
一欠けらの光も存在しない闇の中であるのに冷たさは感じない不思議な場所でシンジは意識を覚醒させた。
「あれ・・・・?生きてる・・・なんで?
・・・・僕は・・・・・あの時・・・・・・・・それにここは・・・・・・」
死のうとして眠りについた自分が再び意識を覚醒させたことを疑問に思い、一人つぶやいていると目の前に淡い光が生まれた。
「・・・・碇君・・」
それはリリスと同化し原始の海の覆われた世界を護り、遠い将来生まれてくる生命を見守る役目をあたえられた筈のレイの姿。
「あ、綾波・・?そんな、皆溶けていなくなったんじゃ・・・・・それに僕は死のうとして・・・・」
以前と変わりない姿で現われたレイに動揺するシンジ。
「落ち着いて、碇君。余り時間がないの。まずは話をきいて。」
うろたえるシンジにいつもと変わらない抑揚のない口調で話すレイ。
しかしシンジにはレイが何所か焦っているように感じられた。
そのことを聞こうと口を開こうとしたシンジを遮るように話し始めるレイ。
「碇君、貴方は完成した第18使徒リリンとして完成した状態で補完の外に逃れたの。その後貴方がどうしたか、そのことは覚えているわね?」
「あ、ああ、うん。それは気付いたよ。なんであんなことになったのか知りたくていろいろ調べたから。その過程も覚えてる。でもどうしてそれを・・・」
あの場所に自分一人しか存在しなかったはずだ。だからこそ永遠に続くだろう孤独を恐れて、自身のATフィールドを解いて消滅しようとしていたのだ。なのにここにレイが存在している。
「そう、そして貴方は他人のいない世界に耐え切れず、自らを消そうとした。」
「そうだよ。・・けどなんで綾波が知ってるの・・?それより生きてたんなら何で今まで・・・・」
先程から疑問に思っていたことを訪ねるシンジ。
「・・・・・・・私は”綾波レイ”ではないわ。・・・リリスの欠片であった綾波レイと、その母であり存在の主でもあるリリスが同化した存在。 一人目、二人目、三人目・・全てのレイの記憶を持っているし、レイとしての感情も心もここに存在している。
・・・・・けれど同時に、この全ての生物の死によって、原始の海へと還ったこの世界を護り、いつか新たに生まれてくるだろう生命の母たるモノ。 人間達がリリスと呼んだ女神の次代目。 新たなる母神としてこの世界を護るモノ。
・・・・リリス=レイ とでも言うべきかしら?」
淡々と衝撃的なことを告げられて固まるシンジ。
レイの姿で、レイの声で、レイの仕草を持つ目の前の存在は、もうレイと同じものではないと言うのだ。いやレイの記憶と感情は覚えているし、同化した結果新しく生まれたのが彼女であるなら、完全に別人というわけではないのだろう。それは本人も言っていた。けれど・・・・・
ぐるぐると思考を空回りさせるシンジに構わず、リリス=レイは話を続ける。
「だから、私は”個”として存在するものに直接干渉することは出来ないの。
これはこの世界を護るモノとしての本能で、”リリス”としての私には逆らうことは出来ないわ。
けど私は同時に”レイ”でもあるの。そして”レイ”は貴方の消滅を悲しみ、それを覆したいと望んだ。
・・・・”リリス”としての私の分身であり娘でもある”レイ”。
・・・・そして”リリス=レイ”として存在する今の私にとっての過去の自分でもある”レイ”の願い。
それを叶えるためにほんの少しだけ世界の目を誤魔化して貴方と話をしているの。時間が無いといったのはそのせいよ。」
「綾波が・・・・?」
リリス=レイの言葉に驚いくシンジ。
レイがそこまで自分のことを想ってくれたということを知って驚愕するシンジ。
確かに彼女は周囲にはわかりにい形ではあったが、自分に好意的に接してくれていた。だが自分の死を悲しんでくれただけでなく、それを覆すためにそこまで尽力してくれているのを知って、独りになったと思ったからといって安易に死を選ぼうとした自分を恥じた。そして彼女の厚意を嬉しく思い、羞恥に顔を赤らめたまま久しく浮かべていなかった純粋な笑顔でリリス=レイに感謝と謝罪を伝える。
「あ、ありがとう!・・・・それとごめん。そんな風に僕のことを考えてくれていたのに、安易に死のうとしたりして・・・ずっと僕のことを見ていてくれたのに・・」
「・・いいえ。いいの。仕方が無いことだわ。私はあの赤い世界を外側から見ていただけだもの。
それに、孤独も絶望も人を簡単に殺すわ。・・あの時の碇君の状況なら決して責められものではなかった。消滅する前に助けることが出来たもの。・・・碇君が生きていてくれるだけで、私は嬉しい。」
シンジの全開の笑顔を向けられて心持ち顔を赤らめながらも返すレイ。
しばらくお互いに赤い顔で見詰め合っていたが、我に帰ったレイが説明を続ける。
「碇君、今の貴方はかろうじて消えていないだけの状態で、こうして話すことが出来るのは、ここが物質世界とは隔たった世界の狭間。 魂が生まれる前に通る場所。死した魂が新しい生を得るために通り抜ける回廊のような場所だからなの。
そして今のままでは貴方は何れ消えてしまうの。 自ら消滅しようとしたときに貴方が持っていたS2機関は力の殆どを失ってしまっていて、存在するための力が足りないのよ。 だからその欠損を補うために私が”レイ”として生きていた時に使っていた身体を貴方に融合させて新しい--そうね。 第19使徒として生まれ変わらせるわ。
一度使徒として覚醒した以上、どれ程欠けた処で不完全な第18使徒である群体としての人間には戻らない。 ただ貴方の自我が存在を維持するための力が消耗するだけなの。 そして自我を保てなくなってしまえば、それはただ強大な力をもって永遠を生き続ける虚ろな生き物になってしまう。
それが私には耐えられない!! 私は貴方に生きていて欲しいの。 消えてしまって欲しくないのよ。
・・・・・・・お願い。 しなないで・・!! 」
淡々としていた口調を途中から荒げてシンジに訴えたレイは、心の内を吐き出すと顔を覆って泣き出した。
レイの激しい声に、初めて見る泣き顔に数瞬うろたえたシンジは、こっそりと深く息を吸い込むとレイの肩を優しく抱いて静かな声で語りかけた。
「綾波・・・・ありがとう。その言葉があれば、きっと僕は大丈夫だ。
もし新しい世界でたった独りになっても、自分から死を選んだりはしない。
生き抜く努力を続けると約束するよ。
・・・・・・だから、そんな風に泣かないで。 君の笑った顔が、好きなんだ」
シンジの手が触れた瞬間身体を固くしたレイは、シンジの強い想いの篭った言葉にだんだんと力を抜いて、シンジの腕にもたれかかった。しばらくの間無言でシンジに抱きついていたが、ひとつ鼻をすすると涙を拭いて毅然と顔を上げて彼の瞳をみつめる。
そしていつか月の下で見せた、あの美しい笑顔を浮かべると、シンジの腕から抜け出して、彼に伝えておくべきことを告げる。
「碇君。貴方は新しく転生する形で、人間の両親から生まれることになるわ。
これは生まれるはずだった子供の身代わりとかではなく、きちんと人間が生まれる過程をへて誕生するの。
貴方の魂と相性のいい女性--多分貴方の母親である碇ユイの近親者の誰か--の卵子の宿ることで、受精確立を100%にするの。 こうすれば、母体に負担がかかることなく自然な形で生まれることができるわ。もちろん100%人間の身体で、人間として生きていける。
ただしこれはあくまで使徒としての力を一時的に封じた状態での擬態に過ぎないの。
貴方は、リリンの完成体と、使徒の母であるリリスの欠片との融合によって生まれる第19使徒。
だから、肉体が安定する・・多分第二次成長の終わり位までは普通に年を取れると思うけど、その後老化が停止するわ。 もちろん擬態として外見だけ装うことも不可能ではないけれど、それをずっと続けるのは難しいと思うの。 だから老化が止まるまでの間に身の振り方を考えて置く事。
それと人間として転生させるためにS2機関を休眠状態に固定しては置くけれど、なにか切欠しだいで目覚めるかもしれない。力が目覚めてしまったらあちらの世界の意思に異分子としてはじかれる可能性もあるの。だから、極力気をつけて。力を目覚めさせないようにして。 世界の意思に逆らって異分子と判断されたとき別の世界に飛ばされるくらいならいいけれど、邪魔者として消滅させられる可能性もあるから。
最期に、貴方はあくまでリリスから生まれた使徒としての魂を持っている。
だから貴方を使徒が存在しない世界へ送ることは出来ないの。
別の世界では存在の仕方が異質すぎて転生させようとしても異分子として消されてしまうのよ。
・・・・・できれば戦いのない平和な世界へと送ってあげたいのだけど、それは無理なの。
もしかしたらまた同じような目にあうかもしれない、貴方の力に気付かれてエヴァに関することに利用されてしまうかもしれない。 その時は、私を恨んでも、憎んでもいいわ。・・・・でも、私が貴方に幸せに生きて欲しい気持ちは本当なの。 だから、その事だけは疑わないで。 信じて欲しいの。
・・・・・・・・・・・・それじゃ、さよなら。 」
レイは一気に最後まで説明すると力を解放する。
そして”レイ”の身体を分けるとシンジの魂と重ね合わせて、融合させる。同時に世界と世界を隔てる境界に小さな穴を開けて、シンジを無事に送るための道を作り出してその中に彼を押し込む。
レイの言葉を聞き漏らさないように話の内容に集中していたシンジは咄嗟に言葉を出すことが出来なかったが、そのまま作り出された道が閉じようとしているのをみると、力の限り大きな声で彼女に自分の気持ちを伝えた。
「綾波!! 僕は君を恨んだりしない!!何があっても君を信じるよ!!
・・・・・・・ありがとう!!」
シンジが最後に残していった言葉はレイの魂を震わせ、心を歓喜で満たす。
そしてシンジが好きだといった笑顔を浮かべてシンジが通った道の入り口に手を振り、暖かな心を抱いてその意識をリリス=レイとして赤い世界へと戻した。
そしてこの似て異なる世界--あの赤い世界の並行世界であるここでシンジは新たなる生命として転生した。
シンジとしての魂と新しい体との齟齬を少なくするためか、この世界の碇ユイの従姉妹である蒼山ユリエ(旧姓碇ユリエ)・リク夫妻の次女として誕生した。
レイがくれたもう一つの贈り物。新しく生まれる赤子の新しい名前。
---- シオン --- 始まりの音と書いて 始音(シオン)
鼓動という名の美しい音色を響かせて生まれ出でる命。
新しい生を始める者への祝福の名前。
母性を司る女神の優しい願いと希望が込められた名前。それがシンジ=シオンへの二つ目の贈り物。
シンジの魂の欠損を補うために全ての使徒の母である母性を司るリリスの欠片を宿すレイの身体を充てたため、転生するときには女性因子が強まり女性体で生まれ変わることは解っていた。 だから女性としての新しい名前をシンジに贈ったのだ。 シンジの魂を母体へと宿す時にほんの少し意識に干渉してその名を赤子につけるように誘導したのである。
2001年7月13日 京都 蒼山家
碇ユイ・ゲンドウ夫妻の長子、碇シンジが生まれて一月後のことだった。
シオンは新しい人生を精一杯生きるのだという決意をもって、碇家の4つある分家の一つ蒼山家の次女として生まれた。黒く柔らかい髪は艶やかで、絹のようなすべらかな白い肌。小作りの輪郭にバランスよく収まった小さくてピンク色の唇と頬に影を落とす長い睫。すらりとした柳眉の下には少しだけ釣り気味の大きな、深く透き通るような黒曜の瞳。漆黒の瞳は光の加減によって深紅の光を弾く。美しく愛らしい少女であった。
しかし碇本家の跡取りであったユイがゲンドウとの結婚を強行するために出奔し、セカンドインパクト後の世界規模の騒乱が原因で経営する企業の倒産や買収されるなどの、本家分家合わせた騒動の最中であったためか、余裕の無い両親にも、旧い歴史を持つ名家である碇家の矜持を護らんと奔走する家人にも構ってもらえず、二つ上の姉との交流が唯一の暖かい記憶である環境で育った。
シンジとしての記憶にある冷たい幼少時代の思い出を払拭できるかも知れないという僅かな期待が破れはしたが、姉であるリナと精神的に支えあう生活が、生まれ変わったのだという実感を与え、他人が存在する世界に生きているのだという幸福が胸を満たしていた。
しかしそのささやかな幸せも長く続かなかった。
2004年人工進化研究所(ゲヒルン)で執り行われたエヴァンゲリオン初号機起動実験で碇ユイが取り込まれたのだ。ユイを失ったゲンドウはあの世界の彼と同じように妄執に取り付かれ、ユイともう一度会うためにゼーレが推奨する人類補完計画を利用しようと画策。その計画の為にシンジを親戚に預け、欠けた心を持つ子供に成長するように誘導した。
これはシオンの世界でどうだったのか知ることは出来ないが、この世界のゲンドウは、ユイの実家の権力と財力を手に入れるために碇家縁者を様々な策略で謀殺していったのだ。 テロを装って殺された本家の当主や重鎮達。インパクト後の治安悪化から激増した暴徒や強盗を装って繰り返される暗殺。そして騒動のドサクサにまぎれて誘拐された子供達は、補完計画推進の為に必要な研究開発のための研究所へ被研体として連れ去られた。 2006年。碇ユイ死亡から2年後のことであった。
この研究所はゼーレが秘匿している施設の一つで、人類補完計画の為に、使徒の人工制御の技術を完成させるための研究を行っていた。これはゼーレによって捕獲済みの幼体の使徒(イロウル・バルディエル・タブリス)を、計画に沿った時期と場所で確実に行動を起こさせるための覚醒信号と行動制御技術を開発していた。 そのために実験体である子供達に採取・培養された使徒細胞(アダムのもの)を埋め込み、細胞を摂取した実験体の身体データ及び変化過程などを観察し、上手く細胞と融合した実験体には投薬による影響や、開発中の覚醒信号を流した時の使徒細胞の活性具合や力の発現の影響を調べていた。
実験動物として集められた子供達の中にシオンとリナの二人も含まれていた。
使徒としての魂を持っていても力が封印されている今シオンはただの5歳の子供である。
赤い世界で情報を得るために習得した情報機器操作能力も現状では何の役にも立たない。
無力さに打ちのめされ、自分を生んでくれた両親を護ることも、優しい姉を助けることもできない絶望と焦燥が心を覆う。
日毎に繰り返される過酷な実験に投薬。身体に焼き付けられた実験体の登録ナンバー。逃亡防止用の自爆装置が組み込まれた手枷。心身ともに痛めつけるデータ収集。ただの実験動物として扱う狂科学者たち。無機的な目で自分達を監視する警備員。次々と消えていっては新しく増やされる子供達。何時死ぬかわからない恐怖。
それでもシオンは生きることを諦めたくはなかった。
この命はレイが己の一部を与えてまで永らえてくれたものなのだ。
簡単に捨てることなど出来ない。
何よりも自身の恐怖と不安を押し隠し何とか自分を励まそうとしてくれる姉を残して逝く事は出来ないと強く思った。
しかし現実は残酷だった。
連れてこられてちょうど一年後の八月。
日本とあまり変わらない気候なのか一年中蒸し暑い日が続くなか、珍しく冷たい雨が降った日。
姉が、死んだ。
毎日毎日与えられる大量の薬物のいずれかによる副作用。
つらい日々の中で唯一の温もりと支えであった姉が投薬中に突然奇声を発して暴れだし、飛び込んできた研究者に押さえ込まれると、糸が切れた操り人形のように唐突に動かなくなった。 暴れる姉を押さえ込んでいた研究者達に、姉の身体は引き摺り出されてゴミのように無造作に壁に開いた暗い穴の中に放り込まれた。 姉に近寄ろうとして、飛び込んできた研究者や警備員達に弾かれて頭を打った衝撃からくる眩暈を堪えて立ち上がろうともがいていた数秒の出来事だった。
いつもいつも自分の痛みを隠して優しく微笑んでくれた姉。
夜眠る時優しく抱きしめてくれた姉。
実験中に負った傷を優しく撫でてくれた姉。
たくさん助けられたのに、苦しんでいる姉を抱きしめることも、最後に手を握ってあげることも、
・・・・・・・名前を、呼ぶことさえ、出来なかった。
なぜ、自分が生きているのか、わからなく、なりそうだった。
繰り返される地獄の日々に色あせた記憶の向こうで、綺麗に微笑んでいるレイの涙の残像が
シオンという名に込められた、母たる女神の祝福と優しい祈りが
いつも微笑んでくれていた、姉が残してくれた温もりが
絶望と諦観が齎す虚無の中、自分に、死ぬことを選ばせない
姉が死んだ場所で、姉を殺した研究者達の望む実験のために被験者として、生きていた。
2009年 研究所に連れ込まれて3年目。
姉が、死んで、二年目の七月。
”シオン”として生まれた、日。
いつかと同じ冷たい雨が降っていた。
その日研究所では、第三次アダム細胞摂取者(シオンたちと同時期に連れてこられた子供達)による使徒細胞活性化実験が行われた。施設設立の第一目的である使徒覚醒信号発生装置の開発が進み、調整のためのデータ収集の為に、アダム細胞を摂取しながら拒否反応を起こすことなく生き残った実験体への反応を調べようというものだった。 ガラス張りの広い部屋に集められる被験者達。不安そうな顔をするもの、諦観から感情を磨耗させたのか凍りついたような無表情のもの、仲の良い友人なのか互いに庇う様に抱き合うもの。
対象となる実験体の中にはシオンの姿もあった。子供達の個々の行動になど気を割く研究者などいるはずも無く。定刻、スケジュール通りに実験が進められる。そして覚醒信号が流されると同時-------
研究所をすさまじい閃光が襲った。
広大な研究施設を蹂躙し、一瞬で巨大なクレーターと点在する瓦礫の山を作り出したのは、体内を炎で焙られるかのような苦しみを少しでも和らげようと己の身体をかき抱く幼い少女。俯き加減の顔を覆う艶やかな黒髪に隠されたその瞳は燃え上がるような深紅。
シオンが人間として少しでも長く生きていけるようにと掛けられた封印が破られ、
その身に宿る完成したリリスより生まれた第19使徒としての力が暴走したのだ。
もし、シオンへのアダム細胞の移植が行われず、覚醒信号の実験だけであったのなら封印が解けることは無かった。もし、シオンを覚醒信号の開発のための被験者にせず、アダム細胞摂取の経過観察実験だけであったなら力が暴走する事態にはならなかったはずである。
二つの事態が重なりあった結果、リリス=レイが施した封印が破られ、力の暴走と共に第19使徒として完全な覚醒を果たしてしまったのだ。
そして今彼女を苦しめているのは覚醒でも力の暴走の後遺でもなく、異世界の使徒として力を揮った為に、シオンを排除しようとする世界の干渉に耐えているのだ。もしこのまま力負けしてしまえば危険分子として消滅させられる可能性が高いことに気付いたシオンは持てる力の全てで世界の干渉に抗っていた。
だが所詮はたった一人の存在である。時間をかけたところでいずれ力尽きて負けることは解っていた。しかしこのまま消滅を許容することは出来ない。どうにかして、この世界の意思に、自分の存在を認めさせるしかない。
・・・・考えろ、考えろ、考えろ・・・・・!!
シオンは一か八かの賭けに出た。
この世界のリリスを呼び寄せて融合してしまおうとしたのである。
シオンを構成するのは第18使徒リリンであるシンジの魂と完成したリリスから新しく分化したレイの身体だ。異界の存在といってもここは彼の世界と同様の歴史を紡ぎ、同じ様に18種の使徒が構成している世界である。個々人については同姓同名の良く似た他人でしかないが、分化した魂を心として成長させた綾波レイと融合していない今のリリスは、無機的な力の塊に過ぎない。つまりシオンを構成するリリスの力と同質のものなのだ。
そのことを自らを構成するリリスの欠片に刻まれた知識から引き出したシオンは、干渉する力に抗いながらこの世界のリリスに呼びかけ、その魂を引き寄せた。
遥か海を隔てて遠く離れた孤島の奥から、日本のほぼ真ん中辺り、地下深くに眠る巨大な遺跡の最深部。
「黒き月」と呼ばれる女神の寝所まで、音を伴わぬ声は届いた。
その生を望む強い声と、死を拒む必死な想いが、眠る女神を揺り起こし、その身に宿る強大な力を秘めた魂が、世界に抗い、生きることを望む少女の裡へと溶け込んだ。
シオンは賭けに勝ったのだ。
この世界のリリスの魂を引き寄せ、同化することで、自らの裡にある力の構成を書き換えた。
結果、この世界に存在する資格を世界の意思に認めさせ、その干渉を撥ね退けた。
消滅の危機から脱したシオンはしばらくの間冷たい雨に身をさらし、激しい疲労から虚脱した身体が回復するまで、虚ろな視線で空を眺めた。
優しい彼女の優しい願い
新しい世界での新しい人生
胸に残る温もりと喪失が齎す寂寥
失ったものと手に入れたもの
これからの、こと
様々な記憶と感情が目まぐるしく入れ替わり、頭の中を焼き尽くす
そして残ったのは、大切なものを護れなかった自分が、それでも生きている、という現実
この世界も、このまま放っておけばあの赤い世界と同じように滅んでしまうかも知れない、という予測
そして、滅びを食い止めるために、出来ることと、しなければならないこと
生きている自分が、逃げることは許さない。
赤い世界など創らせない。
この世界のシンジを、レイを、カヲルを、まもる。
絶対に、絶望など、させない。
必ず--------------!!
まだまだまだ先は長いのですが、取りあえずメインキャラが出揃い始めたところで其々の設定について。(今考えている時点での連載最終回までのネタばれ含みます)
*まず、この話の主人公は、ルークとレンです。
この二人は問答無用で愛されてます。ヒロインとヒーローです。むしろヒロイン二人かつヒーロー二人です。二人はお互いに兄妹関係に近くて友愛と親愛と敬愛しか抱いてませんが。知らない人は誤解しますが。この二人がくっつくことはありません。
*キラ様とシュザンヌ様とラクス様は最強です。
三人に勝てる人間はいません。ラスボスです。
*基本的にアビス原作メンバーにはとりあえず原作どおりに動いていただきます。それをクロスメンバーに突っ込ませて少しずつ改変していく、と。
・・・これはアッシュも含みます。居場所を探り当てたキラやシュザンヌなんかがどうヴァンを誤魔化して保護しようか迷っている間に、インゴベルトとクリムゾンが、預言から身を守るのに調度良いからと現状維持を命じました。で、ダアトに残留が決定。ヴァンには都合の良い展開でした。・・・キラとシュザンヌはインゴベルト達に一応は、と報告したことを後悔します。同時にアッシュにも少しわだかまりがありますが。ヴァンの甘言にあっさり乗って亡命したことや、日々シンクから知らされるレプリカへの蔑視発言についてです。報告を聞いたときのキラは激怒、シュザンヌは悲しみました。でも今の時点ではアッシュもシュザンヌにとっては可愛い息子ですから、早く帰ってきて誤解が解ければいいのに、心待ちにしています。・・・インゴベルトとクリムゾンへの怒りとうらみは倍増しましたが。
*最強メンバーお三方は、其々がそれぞれに各国へとスパイを送り込んで暗躍させてます。つまり唐突に各国にて、お三方の部下的なお人が登場します。
*お三方の最終目的は一緒です。つまり預言からの脱却です。けど互いにそれを知りません。
露見すれば計画の失敗を意味しますので、互いに秘密を隠し通してます。
**基本的にキラさまとシュザンヌ様の作戦は暗躍が基本です。表立って動くのは最終段階で十分。
今はまず相手に好きにさせて、後々足元をすくってやろうと狙ってます。
**ラクス様はガンガンに攻めます。最早マルクト国内ではそれなりに力をつけましたので。堂々と改革を進めます。遠慮なく皇帝を叱り飛ばして計画を進める気満々です。目的を話すのは一部にだけですが。
・・・結果、互いに何か企んでるみたいだな。敵か味方かわからない。個人的には信用できそうだけど~~ってな状況がしばらくは続きます。
で以下にもうちょっと詳しい人物関係を書いてみます。
(今連載に出てない設定もあるので、嫌な人は見ないでください)
・今の時点でのプロットなので、後々加えたり削ったりします。
*まずはキラ様です。
ヤマト公爵家嫡男です。
ヤマト家は本来文系学者の家系です。お父上のハルマさんは王立歴史研究院でお仕事してます。身分は高いですがあまり重用はされてません。元々預言に余り熱心ではなかったせいです。ですが博学で聡明な生き字引と一部には評判です。王宮が管理してる蔵書をほぼ暗記してるそうです。こっそり大臣方が相談なんかに着たりします。
で、キラ様です。かれはばりばりの理系です。幼少時より遺憾なく才能を発揮して軍部の開発班でお手伝い。ベルケンドやシェリダンの研究者の皆様とも仲良し。というより同士扱い。マニアです。
譜術の才能が突出していて、士官学校で非常勤の講師。
預言脱却計画立ててからは、取りあえず人脈作りと下準備~と考えて、指導した学生達に預言は絶対じゃないんだよ~っと少しずつ広めてました。仲良しの研究者達にも同じように少しずつ考えを流布。地道に堅実に!をモットーに数年がかりで計画土台の作成中です。
預言をなくそうとするときにネックになるのは、預言にすがっている民衆です。突然信じていたものを取り上げたらそれこそ収拾がつかなくなります。だから、少しずつ預言の絶対性を薄めよう、と、まずは軍部を攻略。有事の際に秩序を守るのは軍人ですから。そのための下準備。
*秘預言は全文知ってます。
が、とりあえずはアクゼリュスの預言を利用しての預言脱却を成功してから対処すればいいだろ、戦争起こさせるつもりは毛頭ないし、てなスタンス。
で、彼の仕込んでるスパイですが。
ダアト・・・シンクとディスト。
シンク:ダアトでキムラスカの預言について探っていた時、怪しげな研究所発見。フォミクリーじゃないか?誰のレプリカ作ってたんだとついでに調べて火口までたどり着きます。そこでシンクらを廃棄しようとしてる研究者を発見。反射的に全員殴り倒してイオンレプリカを救出。が、シンクとフローリアン以外は火口から落とされた後でした。二人は火口の下の突起に掴まって何とか生きてたのを助けたんです。助かりましたが全身大火傷。慌ててレンを呼び出して治療。ひとまず落ち着いてからヤマト家で保護。フローリアンは今でもヤマト家にて勉強中。シンクはキラたちの考えを聞いて、だったら僕も手伝う!と決めて一人ダアトに潜伏しました。でヴァンがシンクの正体に気づいて、お前も預言がにくいだろうと接触してきたんで都合が良いからと六神将に。
ちなみにシンクはルークの悪友です。喧嘩友達です。ガチで殴り合いの喧嘩を繰り返します。今のところ50勝51敗1引き分け。次は勝つ!と日々鍛錬を欠かしません。
ディスト:スカウトしました。
いえ、自分でもレプリカ技術の研究は進めてたんですが、やっぱり一人じゃ限界があるし、ということで預言を絶対視しない、レプリカに偏見を持たない、という条件で仲間を調達し始めました。そこで目をつけたのがディストです。彼の経歴を見れば取りあえずレプリカを蔑視はしてないようだし、とスカウトに。
そこで恩師の復活云々を知りますが、そこはキラさまが諭します。ディストにとっては生きる目的でしたから説得の結果脱力自暴自棄反抗そのた、暴れ暴れますが根気良く付き合うキラ。段々とキラにほだされ・・・というよりキラに懐きます。正面から本音をぶつけ合った事なんか始めてのディスト。幼少時の幼馴染はジェイドは崇拝の対象でしたし、ピオニーはガキ大将として君臨してました。つまり自分より上の立場の人間しかいませんでした。つまり、キラが始めて自分を対等に見てくれた人間なんです。それに気づいたディスト、目から鱗です。無理にあの懐かしい日々を取り戻さなくても良いんじゃないか、と。
そんなわけでキラの協力者に。それからレプリカルークを診察したりするうちに、レプリカと被験者の違いも実感します。ダアトでは同僚の六神将にアッシュがいますから。比較は容易です。完全に恩師復活は諦めます。今はキラの友人で共犯者。年長者として仲間達の保護者になることも。
マルクト・・・ラウ・ル・クルーゼ、レイ・ザ・バレル、シン・アスカ他数名
クルーゼさんは、もうばれてると思いますが、序章にてキラを殺そうとしてた青年です。元々マルクトで軍人やってました。キムラスカとの小競り合いの隙を突いてキラを殺そうとしてたんです。で、返り討ち。辛うじて生き延びてとりあえず一時撤退。その後しばらく、キラの宣言とレンの言葉にもやもやと考え込んでたんですが、やっぱり怒りと憎しみは消えないし、と何回か暗殺に来ます。ですが、暗殺の隙を狙う内にキラの行動を知ります。少し興味を持って様子見。で、本当に預言を無くせるならば、やって見せろ、と協力者に。
レイとシン
レイはやっぱりクルーゼさんの弟です。ヒビキ博士作成のレプリカ。当時は赤子だったのをクルーゼさんが育てました。でクルーゼさんの変化に気づいて質問します。クルーゼさんは、自分の目で見てから考えろとキラたちにあわせて見ました。しばらく一緒にヤマト家で生活。見事にキラとレンに懐きます。キラのことを兄の一人として慕います。レンは姉ですが、庇護対象です。お姉ちゃんは、僕が守ると決意する弟です。
シンは、預言で死を詠まれてしまった家族を連れて逃げる途中神託の盾騎士団に襲われたところをキラが助けました。預言犠牲者を保護する活動の一環です。両親と妹はヤマトの領地で偽名にて生活中。同じ境遇の人たちもたくさんいるので安心して暮らせてます。ですがシンは、預言を憎んでいます。そこでキラが自分の計画を話してみます。速攻で協力を申し出ました。とりあえず犠牲者の保護活動に従事するため訓練開始。その時期にヤマトに来てたレイと親友に。レイがマルクトにいると知って、マルクトのスパイも必要じゃないかと思いつき、俺が行くと立候補。身寄りをなくしたレイの従兄弟設定でマルクト軍人です。クルーゼさんの部下。
国内・・・士官学校のキラの教え子・卒業した若手軍人・シェリダンの研究者・ベルケンドの知人友人・偽名にてケセドニアで生活中のキムラスカ幼馴染他多数
これは言うまでも無く、まずはキムラスカの預言脱却を成し遂げるために数年がかりで増やした協力者達です。まあ少数名以外は無自覚の協力者ですが。
特にキラと親しいのはケセドニアにいる幼馴染ですかね。ばればれでしょうが、アスラン・ザラです。母の死が預言に詠まれた時に、キムラスカに見捨てられ所をキラの機転で生き延びました。キムラスカに怒りを抱いていて亡命決意。だったら協力しない?とのキラの言葉にあっさり承諾。今はケセドニアで偽名使って傭兵家業中。情報収集担当。偽名はアレックスです(笑)レノアさんはノアさん、パトリックさんはリック。ノアさんとリックさんは砂漠の緑地化研究。ノアさんの本職ですから。
地味に捏造幼馴染メンバーでニコルとイザークとディアッカがいます。
ニコルは国境警備隊所属、階級は中佐です。士官学校卒業二年目ですが、ご実家が有力貴族なので昇進が早いです。実力も勿論ありますが。
イザークとディアッカはカイツール勤務。イザークは大佐、ディアッカは中佐です、二人とも実家が貴族なのでもっと早く昇進できますが、実力ない人間が地位だけもらってどうする!と公言して昇進を蹴り続けました。実際は実力は十分キムラスカ国内で戦って勝てるのなんかキラ含んで数名程度ですが、足りないのは経験のみでそこは副官が補佐すればいいのではという意見が主流です。とりあえず今は軍港警備担当の連隊長。部下に慕われてます。キラと幼馴染の喧嘩友達。小さな頃は殴り合いの喧嘩を繰り返し、今も口げんかが絶えません。でも仲良し。キラの目的も知ってます。国を裏切ることは出来ないの全面協力は出来ませんが、邪魔もしません。そんなスタンス。
別格でシュザンヌ様・ルーク・レン・カイト
いわずと知れた中心メンバー。
シュザンヌ様は最初に手を取り合った最強の共犯者。対等です。
ルークは教え子で弟分で共犯者で親友の一人。でもやっぱり弟分。可愛いです。ビシバシ鍛えて立派に成長した姿に大満足。最終的に次代の王にしようと思ってます。本人が嫌がったら仕方ないのでファブレ公爵でもいいけど、と思ってます。(アッシュ?ああ居たねそんな人間も、てな感じの扱い。キラにとってアッシュはただの昔の顔見知り程度ですから。シュザンヌ様の手前口にはしませんが)
カイトはルークの忠実な従者。人形とか関係なく良い奴だなと思ってます。最初は製作者の設定した条件とやらが満たされないと情報を取り出せない、という事実には歯痒い思いをしましたが、まあ無理なものは無理だし、と結論。いまは仲の良い友人の一人。
レンは最愛の妹です。
出現時の諸々から多分この世界での戸籍なんかはないだろうし、と本人の知らぬ間に自分の妹としての立場を確保しました。まあ、あとでわかったらそれはそれ。情報操作なりしてしまえば良いし、と躊躇無く実行。初対面時気絶したレンを連れ帰って再び目覚めたときにレンが語った事情を聞いて自分の判断を自画自賛。
今は何の憂いも無く可愛い妹として溺愛してます。
最近は、いつかこの子もお嫁にいくんだなあ、相手はどんな奴かなあ、とりあえず僕より強くないと認めないよ~っと呟く毎日。一万歩譲ってルークかシンクなら、とりあえず顔の形を変えるまで殴らせてもらう程度で許すんだけど・・・・そうすればずっと傍にいられるし!!とか考え始めました。まあ、レンの気持ちが一番だとわかってますので何かするわけではありませんが。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
*今回は特にピオニー陛下に厳しいです。そしてラクス様が最強です。
キムラスカのファブレ公爵邸で局地的なブリザードが吹き荒れたその日。
此処マルクト帝国の首都グランコクマでも局地的に激しい雷雨に見舞われた。
至る所に造られた水路が美しく光を弾く水の都の中心地。
マルクト皇帝が御す王宮の一角。青を基調として差し込む光が最も美しく映えるように設計された謁見の間にて、麗しい女公爵がどこまでも優雅に微笑んだ。
「拝謁の機会を賜りまして光栄至極にございます。
皇帝陛下に置かれましては・・・・」
「あーいい。堅苦しい挨拶はなしで本題に入れ。
・・貴殿がこれほど唐突な謁見を申し出たんだ、火急のようなのだろう?」
豊かな桃色の髪と千草色の瞳の二十代前半の女性。彼女の名は、ラクス・クライン。豪放磊落なと評されるピオニー・ウパラ・マルクト9世がこの世で最も尊敬し、同時に苦手とする女性の一人。マルクト誇る世界の食料庫と呼び名も高いエンゲーブ一帯から北ルグニカに至るまでを治める有力貴族の一人である。その領地の広さは皇帝直轄領に継ぐ。これはホド戦争にて戦死した領主の土地を一時的に預かっていたものをそのまま下賜されたためである。当時誰もが己を守ることで精一杯だった中、若干十歳の少女が広大な土地とそこに住まう領民を保護して見せたのだ。その功績を讃えたピオニーが帝位を継いだ折にクライン家預かりとなっていた領地を、全て下賜したという流れであった。
ラクスは先代の御世、僅か十歳で爵位を継いだ。所詮は幼子よと嘲笑する貴族院の面々を尻目に、遺憾なく才を発揮して、ホド戦争の爪あと色濃い領地の復興を誰よりも早く成し遂げ、頑迷で老獪な狸爺どもを手玉にとって宮殿内での立場を確保したと思ったら、あっという間にマルクト議会を掌握したという強者である。その手腕たるや、ピオニーの参謀を務めてくれているゼーゼマンをしてただ感嘆の溜息を漏らすしかないほどに見事な物だったそうだ
そして今では、マルクトの影の女帝と密かに恐れられる女傑である。
ピオニーは、流麗な仕草で挨拶を述べるラクスの言葉を中途で遮って本題に入らせる。
砕けた物言いながら自然な威厳を纏う姿は、賢帝と評されるに相応しいものであった。
その場に同席する事を許された臣下一同が、尊崇の光を目に浮かべるのも道理である。
しかし当のピオニーは、背筋を這い上がる悪寒に震え、額に浮かぶ冷や汗を抑えきれていなかった。
至高の椅子に座り年齢も四十路も近い一国の皇帝が何を、といわれるかもしれないが、ラクスを前に威厳を保てるというだけでも素晴らしい胆力であるといわざるをえないほど、彼女の力はマルクト王宮内では絶対のものであった。
何よりピオニーにとってラクスは恩人であった。後ろ盾のない状態で即位した当時、差し向けられる刺客から身を守る術に始まり、新皇帝としての政治的立場の確立にまで、ラクスには陰に日向にと助けられたのだ。頭など上がるはずがなかった。
「はい、本日は陛下にお聞きしたいことがございます。よろしいでしょうか?」
「勿論だ。私にわかる事ならば、何なりと答えよう。」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます。
・・・実は、キムラスカとの和平のための使者が、既に首都を発ったと伺いましたが・・・・真でしょうか?」
「ああ、そのとおりだが・・?それがなにか・・・」
何を言い出すのかと冷や冷やしていたピオニーを余所に、実ににこやかな表情で話し出したラクス。その内容の唐突さに首をかしげるピオニー。彼女は元々穏健派で常日頃から戦争の愚かさを説いて居たはずだ。実際に先日和平を結びたいと相談したピオニーに、ラクスも同意してくれていた。
何故わざわざ謁見をねじ込んでまで確認する必要があるのかと首を傾げるピオニー。
その怪訝な表情に少し瞳の温度が下がるラクス。
「その使者に任命されたのは、かのジェイド・カーティス大佐だとも伺ったのですが・・・・?」
「あ、ああ。そのとおりだ。何せ最近まで敵対していた国への使者だからな。
文官を立てようにも適任者がいなくて、だ・・・な・・・・」
あっさりと答えを返すピオニー。彼にとっては最善の選択だと信じているため快活に話す。そのの言葉が不自然に途切れた。怪訝な面持ちでピオニーを窺った者達が、次いでラクスに視線を移す段になってその理由を悟る。気圧されながらも辛うじてラクスに相対するピオニーと、もう一人以外の全ての者が、全身を硬直させて無言で問答を見守ることしか出来なくなる。
だがラクスはそんな周囲になど頓着することなく、美しく穏やかな笑みを浮かべたままで言葉を続ける。
「しかも、その使者殿の一行は、よりにも寄って我がマルクト帝国誇る最新鋭の陸上装甲艦戦艦タルタロスにて キムラスカを目指している、とも伺いましたわ。・・・本当、のことなのでしょうか?」
続けるが・・・ラクスの纏う空気が180度変化していた。
まるで春の花のようだと称えられるラクスの美貌が凄みを帯びる。
やわらかく笑んだ唇が紡ぐ声音に冷気が混じる。
普段は穏やかで理知的な光を称える瞳が鋭く硬質な光を放つ。
「(・・な、なんでだ?!本気で切れ始めてる?!・・・なんかやったか?!俺?!)
あ、ああ、そう、だ。な、何かおかしなことでも・・・・・」
最早威厳を取り繕うどころではないピオニーが辛うじて問いを重ねる。そんな皇帝以下側近連中の様子をつぶさに観察したラクスは心の底から落胆しています、とあからさまに示す深いため息をつく。そして冷徹な視線で謁見の間を一薙ぎして、可憐な唇を開いた。
「問題が、何も、ない、と。本気で仰っているのですか?皇帝陛下。
・・・・私、これ程失望したことはございませんわ。」
「どういう意味だ?」
「・・・・本当におわかりにならない?」
「説明を、」
おずおずと質問を返してくるピオニーに向かってラクスは続けた。
「まず第一に、何故既に使者を送ってしまったのですか」
「それは勿論和平の為に、」
「なぜ、突然使者なのです。
・・・先触れは出されましたの?キムラスカへの打診は行いましたか。
まさか申し込んだその場で、和平を受け入れてもらえるなどとお考えではありませんわね。」
「何故だ?キムラスカも重なる戦乱に疲弊している。
一時的なものであっても和平は渡りに船だと思うが。」
「それは本気で仰っているのですか!!」
ラクスの怒声が響く。その迫力に押されて誰一人反論できずに固まる。
「・・・・この十数年の間だけでも、どれほどの戦いが繰り返されたかお忘れですか。
その戦の中で、どれ程の民が死んでいったかお忘れですか。
今まで戦争を繰り返していた敵国との和平を結ぶということが、どういう意味を持つのか、本当にわかりませんか。」
「だが、どこかで妥協は必要だ。」
恐る恐る答えたピオニーの言葉に、少しだけ穏やかさを取り戻したラクスが返す。
「仰る通りです。憎しみ合うだけでは戦いは終わりません。
どこかで誰かが許すことが必要です。ですから和平自体は良いのです。
・・・・問題は、これほど唐突に推し進めたことです。」
「だが、アクゼリュスが、」
「アクゼリュス?」
「ああ、ラクス嬢もご存知とは思うが、アクゼリュスでは瘴気に拠る大気汚染が深刻化している。瘴気障害に罹った住民も八割を超えた。早急な救援が必要だ。」
「勿論ですわ。ですが、それが和平と、どう関わると・・・・まさか」
「ああ、和平を受けていただく証として、両国が手を取り合っての被災地の救援を・・・」
「・・・・陛下。」
穏やかになりかけていたラクスの声が、地を這うが如く低くなる。流石のピオニーもに目に見えて顔色を変えた。
「もう一度お聞きします。・・・それは、本気で仰っているのですか。」
「・・・ああ、勿論だ。」
「よく、わかりました。
・・・・我がマルクト帝国は、自国の民を救う為に、手段を選ばないのだということが、とても良く理解できましたわ。」
「ラクス!それは、あまりにも、」
そのラクスの台詞には流石のピオニーも気色ばむ。だが返されるラクスの声音はどこまでも冷淡だった。
「何が違うのです。・・・アクゼリュスが、それほど緊迫した状況であるというのなら、もしもキムラスカが和平を受けなければ、かの国は内外から非難されます。キムラスカは、敵国だからと無力な民を見殺しにしたのだと。・・・・これが脅迫でなくてなんだというのです。」
「・・・な。」
言葉に詰まるピオニー。玉座の傍に控えるゼーゼマンも、一段下に控える大臣らも反論の言葉を捜そうとして口を開閉させるが、誰一人声を出せない。先程硬直することなく会話を見守っていた一人が残念そうに溜息を零した。その事にも気づく余裕のないピオニー。最早ラクスの問いに力なく答えるだけだ。
「次に、何故使者がタルタロスなどで移動しているのです。」
「・・・和平反対派の妨害から身を守るために、だな」
「陛下。先触れを出さない状態で突然敵国に戦艦で乗り込むことが可能だと、本気で考えてらっしゃるの? そもそも、他家を訪問する際には事前に連絡を入れることなど、一般家庭でも守られるべき常識でしょう。
貴族階級を始め、それなりに地位を持っている者ならば、必ず守らなければならない類の最低限のマナーです。
ましてや、それを国単位の使者の派遣で行わない道理がどこに存在するのです。 先触れもなしに他国の軍艦が現れたら、誰だって奇襲でもかけに来たのかと判断して攻撃するのが普通です。
・・・それで、タルタロスを使用した理由が、何でしたかしら?
もう一度仰っていただけますか。」
「・・・・」
一言も返せないピオニー。うろうろと視線が彷徨っている。
今更でも理解はしている様だから取りあえずはよしとする。
答えは待たずに話を進めた。
「最後に、何故使者がジェイド・カーティス大佐なのです。」
「・・・あいつならばどの様な妨害も潜り抜けてキムラスカにたどり着けるだろうし、私の誠意の証として、」
「陛下。いい加減になさっていただけませんか。」
熱のない声。既に微かな揺れすらない平坦な。ピオニーが、ラクスの美しい声をこれほど恐ろしいと思ったのは初めてだった。
「以前より何度か奏上させていただきました言葉を、もう一度言わせていただきます。
・・・・公私混同はおやめください。国の威信に関わります。」
「していないつもりだが」
「カーティス大佐を、和平の使者という大役に任じておいて、そのお言葉。
・・・・マルクトでもそうですが、キムラスカは特に現三勢力中で最も身分を重んじるお国柄です。」
「それはわかっている」
「いいえ、わかっていません。
陛下が理解なさっているのなら、何故、使者をカーティス大佐に任せたのです。」
「だから、」
「彼を、陛下がどれ程重んじようと、それは身内の事情です。
カーティス大佐は、佐官です。まさか、佐官ごときにキムラスカ国王との謁見が適うと?
仮にも陛下の名代として向かった訳ですから、謁見は可能かもしれません。
例え内心がどうであれ最低限の礼は払ってくださるでしょう。ですがそれは、マルクト皇帝の権威を利用して、本来ならば御前で口を開くことすら許されぬほどに下位の人間に、キムラスカの重鎮の方々が礼を 払わなければないない立場を強いられたのだと受け取られても仕方ありませんのよ。 どれ程キムラスカを侮辱しているのかと言われるかしれません。
本来ならば爵位をお持ちの方であっても、国王に自由に謁見することが出来るのは上位の一部の方々です。 軍人ならば、最低でも将軍以上の地位が必要です。余程代理では適わない役職であるなら兎も角。一般の方々が謁見することが許されるには正式な手続きを踏んだ上で順番が回るまで待たなければなりません。
それはわが国でも変わらないはずです。
陛下はあまり身分を重視されていないですから実感が薄いようですが。」
「それは、」
「陛下がカーティス大佐を重用なさるのは構いません。・・国内に限定するならば。」
「・・・」
「ですが、それを他国へ持ち出すなど、
・・・これが公私混同でなくなんであるというのか、納得のいく説明をくださいますの?」
表情だけは変わらないまま美しく微笑むラクス。
その背後に轟く雷鳴が見えぬものはその場に存在しない。
湧き出る冷や汗が全身をぬらす。まるで局地的な豪雨に晒されたかのような様相である。
「・・・・・・・既に使者を立ててしまったものは仕方ありません。」
どうしたら良いのか、と進退窮まったピオニーが必死に言葉を探していると、ラクスが一転して柔らかな声で告げた。
「では、ラクス、」
「ええ、和平の申し入れは続行しましょう。
・・・・ですが、今回の使者の派遣だけですぐに叶うなどとは思わないでくださいませ。
よろしいですね。」
「わかった」
「名代は交代させるべきです。
同時に、アクゼリュスの救難についても何か手を講じておく必要があります。」
「勿論だ!なら、早速名代交代の勅命書を、」
ラクスの言葉を越権であると言い出すものは誰も居ない。此処まで説明されて、彼女の言い分を拒絶するような者など役職を返還するべきであるから当然だ。皆が皆、慌しく動き出す。皇帝勅書を発行するために文官も走り出そうとする。そこでラクスが再び口を開く。
「では、その使者ですが、私が、」
「それは駄目だ!・・・い、いやわかっている。だが、ラクスには、」
だがそれには咄嗟に反対するピオニー。反射的に叫んでからしどろもどろで説得し始める。確かにラクス以上の適任者は居ないだろうが、彼女を万が一にでも失うことがあったら、冗談抜きでマルクト存亡の危機である。ラクスを使者にすることは出来ない。再び進退窮まるピオニー。
「では、その役目を私に」
そこで助け舟を出したものが居た。発言した人間に視線が集中する。
「ただ、私もたかが少将でしかありません。それではキムラスカへの礼に欠きましょう。」
先程ピオニーを除いてただ一人、ラクスの放つ威圧にも押されず冷静に事態を見守っていたアスラン・フリングス少将である。アスランの穏やかな薄氷の瞳と、ラクス気高い千草色の瞳が向かい合う。互いの考えを一瞬で読み取って、再びラクスが口を開いた。
「そうですわね。では、アスラン・フリングス。
貴方は速やかにご実家の爵位を継いでください。
元々そのための準備は出来ていたはずです。後は貴方のお気持ちだけ。」
「はい。・・・陛下、よろしいでしょうか。」
数十人分の血走った目に凝視されているというのに、顔色一つ変えずに穏やかに微笑むフリングス少将が、ラクスの言葉に肯く。そしてピオニーに向かって跪く。その銀色の髪を見下ろしてピオニーが逡巡したのは一瞬だった。
「では、名代変更の勅命書と並行してフリングス家の爵位譲渡を承認する書類も用意しろ。」
「「「御意!」」」
「・・・アスラン、良いんだな?」
「勿論でございます。元々私の我侭で延期していただけですから。」
貴族として文官になるよりも、軍人として国の為に剣を振るうほうが性に合っているからと言っていた。
父親にいくら急かされても、母に泣かれても頑なに固辞していたのだ。
それをここで承諾させたのが自分の不甲斐なさであることを自覚しているピオニーは僅かに眉をしかめる。そんなピオニーにアスランが穏やかな顔で笑った。即位当時から常に傍にあってピオニーを守り通した、筆頭護衛の変わらぬ笑顔。
「ならば、アスラン・フリングス。貴殿に侯爵の位を授ける。」
「は、わたくしは、マルクト帝国の一員として、国とそこに住まう全ての人々の為に、私の全てを捧げることを誓います。」
恭しく叩頭する。その上をピオニーの腕が払った。これは本来騎士叙任の略式だ。けれどアスランが捧げる誓いに応えるならばこちらが良いだろうとピオニーは思ったのだ。
謁見の間にいる全ての者が拍手をする。見届け人の了承を得て、フリングス侯爵の誕生である。
その光景を、ラクスが静かに見守る。
陛下の許可を得たフリングスが立ち上がり、階下に降りてくる。これから直ぐに使者として発つのだ。その準備を始めなければならない。ラクスの横を一礼して通り過ぎる。言葉はなく、合図も何も送らなかった。けれど一瞬で十分だった。取りあえずは軌道を修正されたシナリオが再び採用されたのだ。
(やっと此処まで来たのです。必ず成功させて見せますわ。・・・メイコ、お母様)
・・・・これからが、ラクスの戦いの本番であった。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
長閑だ。
ぽかぽかと暖かい陽光。微かな風に揺れる稲穂。
遠くから届く家畜の鳴き声。賑わう声は小さな商店街のものか。
「いい、天気だなあ」
「いい、天気ですねぇ」
気持ちよく背伸びしながらルークがぼんやりと呟けば、傍らからやはりぼんやりとレンが答える。レンの言葉がまたもや敬語に戻っているが、とりあえず人前で平伏したりなければ許容範囲と思うことにする。元々丁寧な物言いをするレンに無理に粗雑に喋れというのが無茶だ。一般人に扮するなら丁寧すぎるがそこはそれ。お忍び中のお嬢様とでも勝手に推測されるだろう。まさか王族や公爵令嬢だと考える者まではいないだろうから構わない。
「なあ、今日はこの村に泊まるんだよな?宿は---」
「ちょっと!!勝手に行動しないで!!」
ほのぼのとした村の雰囲気に癒されながら歩いていたルークが、レンに顔を向けた途端罵声が飛んできた。不本意な旅の連れ、ティアだ。
「貴方達!いい加減にして頂戴!
勝手に出歩くなと何回言わせれば気が済むの!」
「うっせーなぁ。俺達は元々一緒に行動する必要もなければする気もねぇよ。
お前が勝手に着いてきてるだけだろーが。ほっとけよ」
タタル渓谷からこの村に着くまでに繰り返されたやり取りも既に二桁を超えている。ルークの声に熱はない。既に無駄だと諦めているがとりあえず言ってみた感がありありだ。だがティアの方は全く勢いが殺がれていない。寧ろどんどんテンションがあがって、そろそろ頭から湯気でも出しそうだ。
「貴方達みたいな世間知らずが二人で何が出来るって言うの!
我侭ばかり言わないで!私には貴方達を送り届ける義務があるのよ!」
「でも、ティアさんだって二人も面倒見るのは大変でしょう?
私たちも子供ではないですし、家に帰るくらいできますよ?」
そっとレンも口を挟む。レンにとって、こういうタイプとの会話は慣れている。”過去”の世界では家族として暮らしていた二人の女性ににているなあ、と思ってしまえば怒りも沸かない。こういう人は、こういう言い方しか出来ないのだと思って聞き流すだけだ。決定的に違うのはこの世界の法制度を理解していなかったティアの自覚のなさだが、そこはもう諦める。帰国したらキラ兄さんやシュザンヌ様と相談してから決めれば良いかと思って一時放置だ。
「(ミサトさんやアスカが怒ってるときと同じようなものだよね。
とりあえず刺激せずに大人しくしてればそのうち自然に落ち着くでしょ。)
無理なさらずに、私達のことは気にしなくても良いですよ?」
そっと笑う。アスカには弱弱しいと言われ、ミサトさんには頼りないと苦笑された控えめな笑み。しかし、ティアには少し効き目があったらしい。やはり、女になったから表情も多少違うのだろうか。微かに赤い頬に疑問を感じたが、まだ怒りが冷めていないのだろうと納得する。・・・可愛いもの好きなティアが、レンの幼げな笑みに絆されているのだとは思わない。
「・・・(この子は年上年上年上。一つでも年上よ!)
乱暴に怒鳴ったのは謝るわ。けど、貴方達だけじゃ危ないでしょう?
きちんと送っていくから、うろうろするのはやめて頂戴」
自己紹介で、16歳のティアよりも、17歳のレンの方が年上だと知った瞬間の衝撃から未だに立ち直っていないティアである。確かにレンはヒールを履かないならティアよりも2・3cm背が高い様だったが、全体的に華奢で、何よりも表情の一つ一つが幼いので勝手に年下だと思っていたのだ。年上だと知っている今でも気を抜くとうっかり子供扱いしたくなる。流石にそれは、と思って気を取り直す。
(いくら小さな子供みたいで可愛いと思っても我慢よ、ティア!)
「・・・(こいつ・・・どうせまたレンの表情が子供みたいで可愛いとか思ってんだろ。
よくあきねーなぁ。いや、レンは確かにちょっと幼い外見だけどよ。可愛いのも事実だが。)
わーったよ。まずは宿をとるか。その後散歩に出るくらいはかまわねぇな?」
「それならいいわ。宿はあっちにあったから・・」
ティアを落ち着かせたレンの笑顔に感嘆の視線を、何やら悶絶しているティアには呆れた視線を向けてから提案してみる。どうあっても離れないなら、ある程度で折り合いをつけなければ延々と続いてしまう。
内心の呟きが、キラに劣らずの兄馬鹿発言であることには気づいていないルーク。
カイトが加われば兄馬鹿トリオの完成だとダアトに潜伏中の悪友が日々零している事実は知らない。
そのルークの乱暴な言い方に我に返ったティアが眉を寄せつつ承諾する。
三人は連れ立って宿に向かって歩き始めた。
(つーかそろそろカイトがこっちに向かい始めてても良いんじゃねぇかな。
・・・キラとどっちが先に迎えに来るか賭けるか。)
「・・・ルーク様?」
「何どうしたのさ」
ルークに頼まれたお使いを遂行中のカイトが、ふと顔を上げた。向かい合っていた少年が怪訝な表情でカイトに聞く。真面目な青年が話しの途中で視線をそらすなど珍しいため心配も含まれている。
「あ、いえ、失礼しました。気のせいだと思います。」
「そ?・・まあ良いや。で、こっちの書類がご所望のユリアシティの状況。こっちはモースの裏帳簿最新版。で、こっちが・・・」
積み上げられる書類。ダアトでスパイをしている目の前の少年が日々集めたダアトの裏情報の山である。
「相変わらずすごいですねぇ。
でも余り無理しないでくださいね。ルーク様やキラ様やレン様が心配します。」
「はっルークやキラがしてるのは僕の心配じゃなくて、失敗した後の尻拭いだろ?」
憎まれ口を叩くが頬が赤い。本心からルークたちがそんなことを思うと考えているのではなく、単に照れくさくて言ってみただけなのが丸わかりだ。カイトの視線が微笑ましげに細められて、少年もそれを悟る。悔しげに舌打ちして会話を戻す。
「大体僕がそんなへまをするとでも?
そういう心配はもう一人のほうに必要なんじゃないの。」
「ああ、あの人は腹芸が苦手ですもんねぇ。
でもあれで僕らの中では最年長者の一人ですから、大丈夫じゃないかなあ。
亀の甲より年の功、ってやつでしょう。」
「ああ、まあね。意外と本心が読めないのは確かだよ。・・・シュザンヌ様に張れるかも」
「実は凄いですよね、あの人。キラ様だってシュザンヌ様の迫力に負けることがあるのに」
「いや、キラはキラで無敵じゃない?・・・唯一の弱点を除けば。」
「弱点ですねぇ。」
「(アンタやルークもだけどね。)・・・その弱点が、ある意味一番最強でよかったね」
「そのとおりですね。彼女に勝てる人間は余りいませんから。自覚はしてないでしょうけど」
「まあ、ね」
・・・
「・・・?何か騒がしくないですか?
「そうだね、ちょっと見てくる。アンタは誰にも見つからないでよ。」
「ええ、お願いします。」
・・・
「ちょっと!導師が行方不明だって!!」
「は?!なんでそんなことに?」
「いや僕もあの導師を誘拐できる強者が存在するとは・・・とりあえず様子見てから帰る?」
「そうですね、ルーク様もそれをお望みだと思います。」
・・・
「・・・!!ルークとレンが誘拐された!!」
「な?!ど、ど、どう、どういうことですか?!」
「詳しくは知らないよ!!
けど、ファブレに襲撃かけたアホと接触したときに起きた擬似超振動で行方が知れないって、」
「襲撃?!一体誰が何のために・・・」
「その襲撃犯なんだけど・・・ヴァンの妹らしい。」
「グランツ謡将の?!まさ兄妹喧嘩ってわけじゃ、」
「そのまさかだよ!
どうやら兄の企み気づいた妹が無謀な行動に出たらしいけど・・・」
「キムラスカは?」
「相変わらずさ!王や大臣がダアトを刺激できるわけがない。
ヴァンを捕らえてしまいましたが穏便に済ますつもりですって知らせをよこした。
・・・・キラやシュザンヌ様が激怒してる様子が目に浮かぶよ!!」
「・・・・一応表向きは冷静に対処なさっていると思いますけど・・
・・影で何を始めてるか・・!!」
「んなことより!!アンタ早く二人を迎えにいきなよ!
その資料は途中で合流するキラに渡せばいいでしょ」
「そう、ですね。多分もう捜索隊を指揮してバチカルを出てるはずですから、」
「超振動の収束地点はマルクトのタタル渓谷だよ!!
アイツに観測させたから間違いない!!」
「ありがとうがざいます!!」
・・・・
「・・・あれは気のせいじゃなかったのか!マスター、今行きますからね!!」
「・・・・?なあ、あそこが宿で良いんだよな?」
「そうね、看板があるから間違いないわ。随分人が多いようだけど。」
「何かあったんでしょうか?」
宿の前に人だかりが出来ている。入り口前に陣取って何やら物騒な雰囲気だ。なるべく帰国までのあいだを穏便にすごしたいルークとしては関わりたくない空気だった。ティアもあえて首を突っ込もうとは思わなかったらしいことに安堵して踵を返す。
「しかたねぇな。あれを掻き分けて宿に入るのも面倒だ。ちょっと時間を置くか」
「そうしましょうか。貴方達はどうするの?」
「お散歩してきてもいいですか?
初めて来た場所だから、少し見て回りたいんだけど・・」
ルークの言葉に肩を竦めながら同意するティア。どうしてもルークの乱暴な口調が気に入らないらしく、わざとレンの方に視線を合わせている。ルークもティアと目を合わせたいと思っていないので好きにさせる。レンは、ぎすぎすした二人に少し気まずげに返した。その言葉には快く同意する二人。だが一緒に過ごしたい相手ではないので、互いに譲歩案を出す。
「ならレンは俺と散歩するか。さっきは途中で切り上げたからな」
「・・・(ルークと過ごすくらいなら)なら、私は少し買い物してくるわ。
この先必要な装備も補充しなければならないし」
「日が落ちきる前に此処に集合で良いですか?」
「わかったわ、それじゃ」
返事をしてさっさと去ってゆくティア。その後ろを眺めながらルークが呟いた。
「・・レン。お前凄いよ。よくあの女相手に穏やかに話せんな。
俺には無理だ。此処が公式の場ならともかく。」
「いえ、なんというか思ったことをそのまま口に出しちゃうタイプの女の人には慣れてるんです。
ちょっと感情的になると理不尽なことを言っちゃうみたいですけど、根は悪くないんですよ。」
「つってもあいつ、犯罪者だぜ?」
「そうなんですよねぇ。・・・そこがちょっとどうかと思うんですけど・
・・対等な立場で平和な状況なら問題ないんですけどねぇ。」
「だよなぁ。・・・まあ今更だな。
それより散歩に行くか。折角だからエンゲーブの農業を視察しようぜ。」
「そうですね。あ、先日開発を始めた栽培促進用の譜業なんですけど、」
「ああ、ベルケンドから研究者を斡旋したやつか」
「はい。あの研究の試作品が完成しまして、いま試験期間中なんです。」
「へえ、流石だな。じゃあもうすぐか」
「そうですね。あれが完成すれば国内の食料の自給率が少なくとも三割は上げられます。全土に広める時間が必要なのでとりあえずですが。」
「全国配備が完了したら六割は確実だろ。」
「どうしてもキムラスカでは栽培できない種類もあるので、まずはその位で妥協するべきかと」
「さいしょから欲張って頓挫したら目も当てられないし、良いと思うぜ?」
「ありがとう御座います。後日報告書は提出しますね。」
「ああ、待ってる。」
ゆっくり歩きながら共通の話題を繋ぐ。キラの領地で開発している農作物栽培促進用の譜業は、食糧の自給が困難なキムラスカにとっては重要な一大事業だ。合わせて痩せた土地そのものを豊かに生まれ変わらせるための研究も行っている。預言どおりに政を行うことこそ最も正しいと信じきっている国王と側近以外の、真っ当な貴族達からも高く評価されている政策だ。それが、キラとルークの連名で作られたもので実際に研究者を取り仕切っているのがレンであることも一部以外には広く知られた事実であった。
「・・・・で、そろそろ人影もなくなってきたことだし、話を聞こうか」
遠くではあるがまばらに見えていた村人から見えにくい木陰に立ち止まるルーク。今までは堂々とはできずとも、万が一聞かれても誤魔化せる程度の内容だったが、此処からは完全に内密の話になる。声を潜めてレンを見据える。向かい合うレンの表情も改まったものになる。
「はい、実はあの日ご報告申し上げるつもりだったのですが、
・・・マルクトから和平の使者がキムラスカに向かっています。」
「和平だと?この時期にか。」
「はい、その事についての問題はとりあえず置きまして、兄と相談したのですが」
「聞こう」
「・・・・和平の条件にはどうやらアクゼリュスの救援が盛り込まれているようなのです。」
「鉱山の町・・・都合が良いな、キムラスカにとっては。」
「はい。陛下たちは和平を受けるでしょう。」
「まあな。・・・どーしようもねぇ」
空を睨むルークから忌々しげな舌打ちが漏れる。
再びレンを見つめる視線は真面目でありながら優しい瞳に戻っていたが。
「・・・で?キラはどうすると?」
「計画を変更してしまわないか、と」
「どのように」
「和平の使者殿のお人柄に寄りますが、・・・マルクトとの共闘。」
レンの言葉に真剣に考え込むルーク。あらゆる可能性を試算する。
「・・・・・成功すれば、計画は最終段階まで一気に片付くな。」
「はい」
「二人の案か」
「・・・はい、情報を受けてから兄と共に愚考いたしました。」
「いいだろう」
「では、」
「俺も乗るよ、その計画に。」
「はい!」
柔らかく笑んで口調を戻すルークに、嬉しげに笑うレン。
明るい未来は近いと、二人で明るく笑いあった。
・・・・・なのに、
「ローズさん!食料泥棒を捕まえたぜ!」
「こいつが最近の盗難の犯人に違いねぇぜ!!」
「違うって言ってるでしょう?!私はちゃんとお金を払ったわ!!」
「うるせぇ!!俺達の話を立ち聞きしてたじゃねぇか!情報を得るつもりだったんだろ!!」
「宿に入れなくて困ってただけよ!!」
(ルーク様、あの、)
(・・・なあ、レン。・・・俺ら、呪われんじゃねぇか?)
(はは、は)
「なんだい騒がしいねぇ、今マルクトのお偉いさんが来てるんだよ!静かにおし!」
「でもよ、ローズさん」
「そうですね、落ち着いてください皆さん」
収集がつかない村人を、その一言が抑えた。部屋の奥で村の顔役であるローズ婦人に歓待されていたマルクトの軍人だ。明るめの金茶の髪と赤い瞳の男。階級章は大佐だ。何を考えているかわからない薄笑いで村人を宥めにかかる。
「・・失礼、私はマルクト国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。
あなた方のお名前は?」
胡散臭い笑みで此方を観察するジェイド・カーティス大佐。キムラスカ・マルクト両国で死霊使いと呼ばれ恐れられるマルクトの精鋭だ。槍術と譜術に優れ、一人で一個大隊を壊滅させたこともあるという。マルクト皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下の幼馴染で身分の差を越えた友情を築いているとか。皇帝の私的な問題を処理する懐刀といわれているとか。とにかく様々な評価を受けている人間である。・・・そして、レプリカを生み出すフォミクリー技術の開発者。その事実を過去の汚点としてレプリカを人間の禁忌であると公言する男。
(よりによって、こいつかよ。)
ルークにとってはこの世で最も関わりたくない人間の一人である。直接相対したこともないのだから先入観から来る理不尽な嫌悪といわれても仕方がないが、レプリカを禁忌であるとか、過去の汚点であるとか公言する男と仲良くしようなどと思うわけがない。
それはレンも同じだ。考えが個人の自由である以上ジェイドにどうこうしろと言うつもりはないが、自分達にも関わってくるなと思う。
((なのに、ここで顔を合わせるかぁ・・・・))
しかし、そんな嫌悪感など微塵も見せずにジェイドに向き合うルークとレン。この程度の演技も出来ずに王宮で生き残れるわけがない。にこやかに自己紹介をする。
「失礼、私の名はレイン。こちらはルース。あちらの女性はティアです。
なにやら誤解されていらっしゃるようですが、私達は泥棒などしていません。」
「ああ、勿論だ。なにせ今日の午前中についた辻馬車でこの村に入ったばかりで、以前から続くという盗難事件に関われるわけがない。」
「当然です!私達は泥棒なんかしてないわ」
やんわりと、だが有無を言わせずに村人達の拘束からティアを解放する。その時、レンの口からでた偽名についてティアに耳打ちすることも忘れない。
折角素性を隠すために変装までしているのに本名を名乗るわけがないのだ。今まで被っていたフードを払ったレンとルークの染められた髪の色と聞こえた名前に、咄嗟に声を上げかけたティアが口元を押さえている。マルクトでルークとレンが名乗る危険性は承知していたらしい。こういうところは敏いのにな、と落としかけた溜息は飲み込んで、レンの言葉の補足をする。
そもそも余所者だから泥棒だろうなどと、とんだ言いがかりである。この村はマルクトが誇る食料の生産地で、此処からキムラスカ、ダアトを含む世界中に作物を輸出して生計を保っているはずだ。つまり買い付けにくる人間こそがこの村の生命線の筈である。にも関わらず、その客人かも知れない外の人間を問答無用で拘束してつるし上げるなどどういうつもりか。
それを遠まわしに告げるルークの言葉が進むにつれ顔色を失くして行く村人達。
自分達が感情的に行った事がどれ程の問題か理解し始めたらしい。
気まずい沈黙が訪れる。
「・・・・成る程、ならば貴方達は泥棒ではないでしょうね。
その辻馬車ならば私も見ました。」
(あの時の声か、そういえば)
(馬車一台を戦艦で追い回してたのがこいつか)
「誤解が解けて何よりですね。では、失礼しても宜しいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。」
「ほら!あんた達!この人たちに謝りな!」
「「す、すまねぇ!!」」
「「悪かった!!」」
声をそろえて頭を下げる村人には呆れた溜息しか出ないが、面倒なので謝罪を受け取る。これが自分の領地の問題なら徹底的に粛清しなければ将来的な問題にも発展しかねないなあ、と思ったレンとルーク。傍らでたたずむだけのジェイドの能力を疑い始める。
(・・・良いのかよ。マルクトの輸出商品の要じゃねぇのかこの村の作物は)
(ここで軍人さんが指導しないで放置するって、・・・どうなの?)
まあ、戦場で優秀な軍人が平時の職務では余り能力を発揮できないというのも良くある話だと興味を外す。
「では、失礼、
カチャり、と扉が開く。入ってきたのは緑色の髪の小柄な少年。その顔に見覚えがあったレンとルークが内心で驚く。
「どうやら、食料泥棒の犯人ですが・・・おや、何かありましたか?」
「導師イオン。今までどちらに?」
ジェイドが少年に向き直って尋ねている。穏やかな笑顔で答える少年。間違いなくローレライ教団の最高指導者、導師イオンである。
(行方不明・・て聞いたから誘拐の可能性も考えたんだが、)
(そんな様子はありませんねぇ。随分友好的な感じです)
((・・・表面上は))
慈愛にあふれた穏やかな雰囲気。ジェイドを見上げるイオンの声は柔らかく、大抵の人間は騙されそうだ。だがキラやシュザンヌの完璧な演技を見て育った二人には一目でわかった。あの笑顔は、嘘っぽい。
「気になったので少し調べてみたんです。そしたらこれが食料庫の隅に」
「こいつは・・聖獣チーグルの抜け毛だねぇ」
「ええ、恐らくはチーグルが食料を荒らした犯人でしょう」
そのまま話し込みそうな面々に声をかけるルーク。どうやら村にとっては満足できる答えも見つかったようだし、最後まで付き合う義理はない。さっさと退散しようと、婦人に暇を告げる。ジェイドの視線が追いかけるのも、イオンの意味ありげな視線も無視する。面倒ごとは御免である。
「俺達は失礼する。」
「ええ、問題解決の目処もついたようですし、下がらせていただきますね。」
「あ、」
イオンに何やら良いかけたティアは無理やり引きずって部屋をでた。後ろを気にしているが態々引き返そうとはしないので宿に向かって歩き始める。
「導師イオンが何故ここに・・・」
「そりゃ内密の公務か何かじゃねぇのか?」
「マルクトの大佐殿とも仲か良さそうでしたし。」
「・・・そうね。」
余計なことを耳に入れてティアが暴走すると事態が拗れるので当たり障りのない答を返しておく。三人で宿の入り口を潜る。すると甲高い少女の声が耳に入った。
「連れを見かけませんでしたかぁ?
私よりちょっと背の高い、ぼや~とした男の子なんですけど。」
「いや俺は此処をはなれてたから」
「も~イオン様ったら、どこ行っちゃたのかなぁ」
脱力である。なんで此処まで面倒ごとが目の前に羅列されるのだろうか。取りあえずルークが声をかけた。
「導師イオンならローズ婦人の所に居たぞ。」
「ホントですか?!ありがとうございます♪じゃあ、早く行かないと!」
あっという間にかけてゆく少女。黒髪のツインテールが揺れる。足が速いなとだけ考えて宿の手続きをとった。
ここで、部屋割りに関して少し揉めたがレンが何とか言いくるめて決着をつける。やっと休めると思いながら部屋に入るレンとルーク。男女の同室は問題だと言われたが、お互いに兄妹みたいなものである。今更何が起きるわけでもない。キムラスカの人間に知られさえしなければ良いのだ。
(それに、こんな場所でルーク様をお一人に出来るわけないし)
「?ルーク様?」
「いや、なんでもない」
護衛の必要はないと最初に言われてしまったが、レンが受け入れるわけがない。無言で気合を入れるレンの表情からそれ察したルークが笑う。振り返ったレンに手を振って誤魔化す。頑固なレンがあっさり納得するとは思っていなかったので、最低限に抑えるよう気をつけるだけだ。
それよりも。
「幾つか確認しておこう」
「はい」
この村で見聞きした事実について認識を共有する必要がある。
「導師イオンが居たな。」
「はい。」
「ヴァンがバチカルを離れるはずだったのは、導師が行方不明だったからだ。」
「ですが、あの様子では本人の意思で教団を離れたのでしょう。」
「だな。・・・あの導師の笑顔、気づいたか?」
「・・・恐れながら、あれは、演技、かと」
「あの導師が、誘拐?ありえねぇ」
「シンク君がぼやいてましたものね」
「ディストもだ。」
ダアトに所属している友人二人の名前をあげる。シンクは諸事情でキラとレンが保護した少年で、当時追っていた怪我が治った途端自分も協力するからと飛び出してダアトの参謀総長に納まってしまった。突然姿が見えなくなって慌てて探していたレンとカイトの元に知らせが届いたときは安堵の余り腰を抜かすかと思った。キラとルークは何故か最初から予想していたらしいが。
ディストは、キラがルークの体調管理の為にレプリカ技術に堪能な研究者を集める過程でスカウトしたダアトの師団長である。なんと元マルクトの研究者で、あのジェイドやピオニーの同窓でフォミクリー技術の共同開発者だったという。それが何故ダアトに亡命して師団長に収まっているのか知らないが(これを知っているのはキラとシュザンヌ
と多分シンクだけだ)キラのスカウトを受けて協力者の一人になっている。今はダアト内でヴァンが計画の全貌を探ることとダアトの機密(特に創世暦次代の情報)を手に入れるために潜伏中だ。
「つくづく懐に入れたと信じた人間には詰めが甘いな、あの鬚は。」
「ディストさんが呆れてましたねぇ」
「今の導師がレプリカだって事実をあんなに広めてどうする。
いくら六神将とモースとその側近だけっつっても、ばらしちゃいけない秘密ってのは、
知る人間をなるべく少なくするのが基本だろーが。」
「・・・導師様もただの操り人形ではなく、独自に何か企んでるそうですし・・・どうしましょう?」
「あ~~協力を持ちかけるか?
でもなぁ、俺達の計画って最終的に教団の解体だろ?」
「導師は預言を妄信する危険性を常々説いていると・・・」
「だからって自分の組織を終わらせるってのとは別問題だろ。」
「じゃあ、やっぱり様子見、ですか。」
「だな。」
だらけていた身体をそこで起こす。取りあえず現状維持しか出来ない問題は後で良い。
「それよりさ、導師が、マルクトの軍人と一緒に居る理由ってなんだと思う?」
ものすごく嫌な予感に苛まれつつレンに聞く。答えるレンの眉間にも皺がよっている。
「私には、一つしか可能性が思いつかないんですけど・・・・」
「俺もだよ・・・」
「「・・・・和平の仲介?」」
二人で声を揃えて吐き出した。
「まじか?!まじなのか?!
あれがまさか使者本人ってわけじゃねぇだろうな?!」
「もしかしたら、タルタロスに待機してる可能性も・・・」
「あると思うか?!あのジェイドの態度見て?」
「うっ」
イオンがいたあの場ですら余裕綽々、イオンに対しても膝を突くどころか目礼もしなかったジェイド。その彼が、誰かの護衛など務めるだろうか?
「・・ねぇよ。ねぇよな。他に責任者がいんなら、あいつがローズ婦人の所であんな風にのんびり茶を飲んだりしねぇだろ。代理で挨拶しにきてたってんならさっさと戻って報告するのが本当だろ。」
「それに、導師イオンの動向に無関心すぎます。」
「導師に向かって「今までどこに」ってどういうことだよ。
まさか護衛の兵士もつけてねぇのかよ?!」
「守護役らしきあの女の子も・・」
「なんで導師守護役が傍を離れる?!
しかも探してる時の導師の外見の説明もなんだよあれ?」
「どうしましょう?」
「どうするか?」
今最優先で考えるべきなのは、夕方二人で話し合ったばかりの問題についてだ。
「・・あれが使者だっつーなら、無理だろ。」
「そう、ですね。
では取りあえずルクトの国民感情についてとかだけでも探って行きますか?」
「そうすっかぁ。あ~あ、いい案だったんだけどなぁ」
「残念です。」
どう考えても今出せる結論は一つしかなかったが。
「「はぁ・・・・」」
疲れきった二人の溜息だけが響く。
そして夜は更けた。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
「----で?これは一体どういうことなのか、納得のいく説明をくださいますわね?」
穏やかな日差しの降り注ぐ美しい公爵家の庭が、局地的なブリザードに晒される。そこでは、神々しい笑みを浮かべた公爵夫人と、樺茶色の髪の青年が、そろって足元の男を睥睨していた。
「グランツ謡将。貴方を狙った賊が原因で、ルーク様と私の妹の行方が知れなくなりました。
この責任はどう取ってくださるおつもりですか」
穏やかな笑顔で告げる青年の声は、これ以上ないくらい低い。
「い、いえ!シュザンヌ様、キラ殿!誤解です!あれは私の妹でして、」
「「ほう?」」
冷や汗に塗れた顔で必死に良い募るヴァンの言葉に、同時に応えを返すシュザンヌとキラの声が揃う。
「貴方は兄妹の諍いを我が屋敷に持ち込んだ、と。そう仰るの?」
「ここがどこか理解していないのですか?
選りにもよって、此処で起こった襲撃の犯人が、貴方の、妹?」
喉が凍りつく。見下ろす緑柱石と菫色が恐ろしすぎる。矜持も何もかもかなぐり捨てて只管に許しを請うしか出来ない。シュザンヌはともかく、この若造・・キラの威圧感はどうしたことか。幾ら若くして准将の位についたといっても、所詮は血筋の良さに託けて成り上がった若造だと見下していたのに。そんな侮蔑など浮かべる余裕もなく、震える声で弁解を重ねる。
「貴方はよほどわが国を侮っていると見える。
・・・それとも是はローレライ教団からの侵略行為の一環でしょうか。」
「そんなことは決して!!
申し訳御座いません。妹はなにやら誤解しているようでっ」
「まあ、誤解していたからなんですの?
貴方の妹君の所為で、私の息子と、レン・ヤマト嬢が連れ去られてしまったことに変わりはありませんのよ?」
「それは、事故で起きた擬似超振動が・・」
「その事故の原因は、貴方の妹とやらが行った襲撃が原因でしょう?
どの道責任はあなた方兄妹のものだ。
・・・こうしていても埒が明かない。お前達、グランツ謡将をお連れしろ!」
「お待ちください!妹の不始末の責任をとって私が二人を探しに、」
シュザンヌとキラの詰問にのらくらと答えるヴァンの言葉にうんざりしてきたキラが、傍に控えていた騎士に命じる。常々思っていたが、ヴァンの蒙昧振りには呆れるばかりだ。仮にも公爵家で起きた襲撃事件の原因が兄妹の諍いだと?どこまで馬鹿にしているのか。第三位王位継承者であるルークが巻き込まれたというのに、何故そこまで事態を軽く考えられる。ヴァンは、今ファブレに居るルークがレプリカだから、という意識があるのだろうが、現在公式に認められた公爵子息はルークなのだ。その重要性に思い至らないというのはどういうことだろうか。
(本気で計画を成功させる気があんのか、この鬚面の老け顔が!)
「何故襲撃犯の身内を捜索に向かわせなければならないのです。
普通に考えて共犯の可能性を疑うものでしょう。
大体ただの兄弟喧嘩の末に公爵家に襲撃などと、誰が信じるのです。
犯人が貴方の妹であるというのは事実なら、貴方方の諍いは演技で、
実はルーク様のお命を狙ったのだと考えることも出来るのですよ。」
「そのようなことは決して!!」
「もう良い!!弁解は取調べで聞く!早く連れて行け!」
ヴァンがこんな時期にルークを殺すはずがないのは分かっている。キラも伊達に数年かけて作り上げた計画を用意しているわけではない。これはただの嫌がらせを兼ねたヴァン拘束の口実である。
恐らく王は教団を慮ってヴァンの罪を軽く見る。最悪事態の重さに気づかない可能性も高いが、そちらは考えないようにした。とりあえず少しでも時間を稼げればいいだけだと思うことにする。日々募る苛立ちを此処で増量する必要はない。それよりも、まずはこのイレギュラーについて話し合う必要がある。
そっとシュザンヌと目を合わせて周囲を誤魔化すための大仰な会話を展開した。
「シュザンヌ様、御前失礼いたしました。」
「いいえ、ご苦労様。・・・・それよりも、妹御が心配でしょう、キラ。」
「お気遣い痛み入ります。
ですが、あれも些少ではありますが訓練を受けております。
必ずやルーク様をお守りするでしょう。どうか我らを信頼して戴きたく、」
シュザンヌへ冷静に返しながら、咄嗟に震えた手を強く握りこむ。言った事に嘘はない。レンならば余程のことがない限りルークの安全と自分の身を守るくらいは容易いはずだ。彼女の実力は、本気でやればキラすら凌ぐ。だが、妹を心配する兄としての感情がただ心配だと思うのは仕方がない。それをシュザンヌも理解している。彼女こそ、ルークのことが心配で堪らないだろうに微塵も動揺を見せない自制心は流石としかいいようがない。
「大丈夫です。ルークも己が身を守るくらい出来ます。
レン嬢の実力も知っています。二人は無事に戻るでしょう。」
「は、ありがとう御座います!」
「私は一度部屋に戻ります。エスコートしていただけるかしら?」
「かしこまりました。失礼いたします。」
礼儀正しく夫人の手をとって部屋へと向かう。今のキラの本職はシュザンヌの主治医である。二人で彼女の私室に向かうのは当然の事と誰も怪しまない。たどり着いたシュザンヌの私室で速やかに人払いを命じて二人は向かい合う。今回のイレギュラーをどう扱うか決めたら、ルークたちを探しにいかなければ。
「それで、キラ。ルークとレンの居場所はつかめているの?」
「いえ、今はまだ。ですがまもなく判明するでしょう。あれは擬似超振動です。
第七音素の収束地点を観測するレーダーの範囲を最高まで広げてあります。」
「そう、ならばそちらは問題ないわね。・・ヴァンをどうしましょうか。」
「インゴベルト陛下は、ヴァンを釈放するでしょう。
陛下にとって最も恐れるのは教団との軋轢です。主席総長を裁くなどできないでしょうね。」
「忌々しい。どこまで愚かに成り下がれば気が済むのかしら。我が兄ながら情けないわ。」
舌打ちまでしそうなほど苛立たしげに髪を掻き揚げるシュザンヌ。キラも同じ気持ちなためそっと見ない振りで話題を進める。
「シュザンヌ様」
「何かしら?」
「実はマルクトから和平の使者が発ったとか」
「・・・和平?」
「はい」
今日訪問した主題を告げる。怪訝な顔で聞き返すシュザンヌ。確かにこの時勢でいきなり和平の使者とは。
「・・・先触れや打診ではなく?」
「はい。既に皇帝からの親書を携えた使者が一団を率いて出発したということです。」
「随分と急な話ね」
「ええ、・・・その理由なのですが、どうやらアクゼリュスではないかと。」
空気が緊張をはらむ。硬い声でシュザンヌが問い返した。
「アクゼリュス・・・鉱山の町?」
「はい。・・・アクゼリュスでは今原因不明の瘴気の発生によって住民の大半が病に倒れたと。発生初期にとりあえず避難命令は出ていたらしいのですが、鉱山の労働者はそこ以外で生活するのが難しい者が大半ですからね。非難を渋っている内に瘴気障害に罹る者が急増し救難が必要になったらしいです。が、その為に使うはずの街道がマルクト側からのものは通行不可能になったようで。」
「その救援をキムラスカに求めるための和平を?
・・・・マルクトの現帝は優秀な方と聞いていたけど。」
「全くです。突然和平などと」
本来国同士の和平が、申し出と同時に締結されることなどありえない。打診や代表者同士の会談を重ね、互いの国への周知を徹底して本決まりになった暁に、使者を送って同意するというのが正式な手順というものだ。それを無視して使者をたてるなど、マルクトがキムラスカを軽視しているとしか思えない。まるで、和平をしてやるのだから、ありがたく受けるのが当然だと考えているのかと思ってしまって当然だ。
しかも今まで戦争が始まってもおかしくないくらいに緊迫していた敵国との和平を結ぶのだ。上層部だけでなく、国民からの同意も得ずに受けられるわけがない。十数年間の戦争や小競り合いで、どれほど互いの国の人間が死んだと思っている。和平を結ぶということは互いの国の民同士の交流だって必要だ。まさか名目だけの和平を交わしてそれで終わりに出来るわけがない。
「・・・しかも、アクゼリュスの状況が緊迫したものならば、それは脅迫に等しいのではなくて?」
「和平を断ったりしたら、アクゼリュスの被災者をキムラスカは見捨てるのかと謗られるでしょうね。」
「選りによって、鉱山の町・・・陛下は受けるわね。」
「受けますね。渡りに船ですから」
真剣な目を見交わす。キムラスカに詠まれている預言の内容を思い起こす。
「ND2018 ローレライの力を継ぐ若者人々を引き連れ鉱山の街へと向かう
そこで若者は力を災いとしキムラスカの武器となって街とともに消滅す
しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれマルクトは領土を失うだろう
結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる」
「ええ、陛下たちはこの預言を信じている。縋っていると言っても良いくらい。」
「そうです。その為には”ローレライの力を継ぐ若者”を鉱山の町に向かわせなければならない」
「今までは敵国の領地だからと、思いあぐねていたけれど・・・」
「救援を求められたなら調度良い。
その救援部隊に””ローレライの力を継ぐ若者”すなわちルーク様を加えてしまえば良い」
「嬉々として決定する陛下達の様子が浮かびますね」
うんざりと溜息を吐く。どこまでも愚かな上層部に嫌気がさす。この想像が外れない確信があるから尚更に。
「・・・ですから、これを利用してしまいませんか。」
「計画を変更するのですか?」
不敵な表情で言うキラに、シュザンヌが質問する。
「いいえ、大本は変えません。
元々私達の主目的は預言に盲従する愚かさを、人々に知らしめることです。
預言に従ったが為に蹂躙される命があるのだと、それは他人だけでなく己が身に降りかかるかもしれない事なのだと実感させる必要があった。預言に盲従する危険性を実例つきでわからせる事が目的でした。
その為のヴァンです。」
「ええ、あの男の最終目的は知りませんが、とりあえずは”ルーク”・・今はアッシュですね。
アッシュの代わりにルークを使うつもりなのはわかっています。
教団員ならば、ルークをマルクトの領地に連れて行くことも容易いですし。」
「そしてヴァンがルーク様を利用してアクゼリュスを崩壊させようとした事実を突きつけてダアトを突くつもりでした。幾ら預言を信じていても、万単位の人を故意に死なせようとしたなどと聞いて平然と受け入れる者ばかりではないはずです。 それを実行したのが教団の主席総長であるなら、尚更教団自体への疑惑を強めることが出来ます。」
「それを切欠に預言から人心を離す。最終的には預言からの脱却、ですね。」
「ついでに、そんな預言を妄信して、第三位王位継承者を殺そうとした陛下たちには退場していただく、と。」
「既に保護している預言に殺されかけた者たちからの証言の準備も出来ていますし。」
「それを、どう変えるのですか?」
シュザンヌの声にちからが戻る。キラも嬉々として語る。
「今までの計画では、まずキムラスカ、次いでダアト、そしてマルクト、と少しずつ範囲を広げようと思っていました。」
「そうですね。今まで信じていた事を、突然全て捨てろといわれても難しいですもの」
「ですが、この和平です。・・・和平の使者殿を通してマルクトと協力することは不可能でしょうか?」
キラの言葉を吟味するようにシュザンヌが黙考する。
「・・・できるかも、しれません。
その為には使者殿の人柄を見定める必要がありますが。」
「慎重にやれば、一気に預言からの脱却を全世界同時に行えます。」
「できますか。」
「やるのです」
力強く宣言するキラ。じっと見つめるシュザンヌも頷く。
「そうですね、やりましょう。・・・レンも承知なのですね?」
「はい、これは二人で考えたものです。」
「もし、二人が飛ばされた先がマルクト国内であるなら・・」
「相手を見極める好機です。
使者殿と見える事が適わずとも、民の様子や皇帝の真意を探る情報の一つ二つ持って帰るでしょう。」
「ならば、今の私達がやるべきことは、」
「とりあえずは、情報収集と二人の捜索。」
「後は王宮の動向を見張って操作すること。かしら」
「「では」」
共犯者同士の笑みを交わして別れた。
戦闘開始、である。
03 | 2024/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
28 | 29 | 30 |
書きたい物を書ける時に好きに書き散らしてます。文頭には注意書きをつける積りですので、好きじゃない、と思われた方はこのHPを存在ごとお忘れになってください。(批判とかは本当勘弁してください。図太い割には打たれ弱いので素で泣きます)
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現在の拍手お礼:一ページのみ(ティアに厳しい。ちょっと賢く敵には冷酷にもなれるルークが、ティアの襲撃事件について抗議してみた場合:inチーグルの森入り口)