・碇レンver
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
「ただ、守りたかったの。それだけだったのに ------------・・」
瘴気に覆われ薄暗い光しか通さない空を見上げて虚ろに笑った少女が一人。
魂が張り裂けてしまいそうな絶望の中で、自分と心を繋いでくれた存在にむかってこぼした嘆きを風がさらった。
+++
「そんな顔をしないでよ。私は大丈夫だってば。
むしろ役に立ててうれしいよ?
この世界で異端でしかなかった私に、絆をくれた貴方の助けになりたかったのだもの。
・・それに、私がどういうイキモノか、知ってるでしょう?だから、大丈夫。
彼が、時々は起こしてくれるって言うし、意識だけだけど外を見ることもできるって言ってたしね。
大丈夫、貴方の願いは叶うよ。ねぇ、だから笑って---」
深紅の瞳に純粋な思慕を乗せた少女が笑った。
自分の不手際で未完成のまま推し進められた計画の穴埋めのために、彼女はこれから永い永い時間をその力を利用されるための眠りにつかされる。戦場でぽつんと佇む少女を拾ったのはこんなことの為じゃなかったのに。ただ、表情のない虚ろな瞳が、寄る辺のない孤独な背中が、どうしても放っておけなかっただけだった。異端であるとか、彼女の持つ力がどんなものであるとか、そんなことは関係なかった。便宜上弟子ということに
していたけれど、自分にとってはただ可愛い妹として傍にいてくれた少女が大切だっただけなのに。
・・・どこで、なにを間違えたのだろう?
+++
「あの人を護る為なら何でもできると思っていたんです。
僕にでも、・・僕だからできることがあるのだと、信じたかった。」
闇の中で鈍い輝きを放つ刃を見上げて仕方がないというように笑った小柄な影が小さく呟く。
その瞳に憎悪はなかった。怒りも、恐怖も。ただ、悲しげにひとつ溜息を零して、
・・・・・・・・
「俺は俺の持てる力を全て捧げて彼女を守ろうと思ってた。
この剣で、全ての敵を倒してしまえば大事な人を護ることができるのだと、信じていたんだ。」
炎のように揺れる緋色の髪で表情を隠して呟いた。
彼の独白を聞いていたのは生まれた時からずっと一緒に生きてきた弟だけだった。
そっと上げた視線の先には青く澄んだ空を見上げて嘆く愛しい人の小さな背中。
「皆がいれば、願いはきっと叶うのだと信じてた。
戦争が終わって、また皆で笑って生きていけるのだと。
それだけで、よかったのに---」
沢山の人々の期待を背負って、愛した人の願いを叶える為に重圧に耐える兄をみて零した言葉は、
穏やかな木漏れ日の中に溶けるように隠された。戦争が終わって無駄に傷つく人達がいなくなったのは本当なのだから、こんな愚痴をいっては駄目なのだ。例え光の下で笑う人々の中に欠けてしまった仲間達の姿を探してしまう癖が治らなくても。残された彼らの笑顔に、消えない悲しみを見つけてしまっても。
確かに、今の世界は平和になったのだから。それだけは、確かに叶ったのだから。
「彼女は確かに強くて優秀な自慢の弟子でした。そして私が誰よりも尊敬する大切な仲間です。
・・・だからこそ、私が言うべきなのでしょうね。
・・・それが私の願いと重なってしまっていても、誰かがしなければならないのなら。」
彼女が隠し続けた激情を垣間見てしまった青年が吐息をこぼした。
幼いころからその成長を見守ってきた彼女が抱いてしまった望みを否定する権利など自分にないと知っていても、それでも彼女を諌めるのは己の役割なのだと自負していたから。実の娘以上に愛した存在が、今以上に傷つかなければいいと、それだけを願っているのに。彼女が酷く傷ついた瞳で、追い詰められた様な表情で、巣立った筈の門扉を叩いた時に、酷く後悔した筈なのに。大切な人たちを失くしてしまった、と凍りついたままの笑みを貼り付けて吐き出した子どもが、偶然手に入れた力を使って、二度と失わない為にやりたいことがあるのだと言ったその時に。この子どもが、もう二度と失くすことがないように、と力になると決めていたのに。儘ならない己の無力さを噛みしめながら穏やかな星空を仰いだ。
+++
「ねぇ、人形を--作ろうかと思ってるの。
プラネットストームが完成して、譜業や譜術が発達したでしょう?
それで昔ならできなかったことが可能になった。例えば以前なら死ぬしかなかった怪我の治療の為の譜術とか、 大量の物資を運ぶための運搬用の譜業とか。・・・軍事転用も進められて色んな弊害もあったけれど。
それは別として、そうやって利便性を認められた譜術や譜業だけど、結局国に殆ど独占されて一般人にはあまり 恩恵が得られないのが現状でしょう?それでね、特に生まれつきの資質が左右する上に希少な第七譜術師を、 もしも人工的に生み出せたら---絶対数が少ない為の弊害を、解決できないかしらと思ったの。
例えば・・・医師や治療師が常駐しない辺境の村や町にその人形を配置できたら、皆の不安が多少は軽減されるわよね---」
最近沈んでいる師である女性を元気づける為か、年若い弟子の一人が言った。
譜術より譜業制作のほうに才を発揮する女性で、最近は特に自動で動くタイプの譜業の発明にかかりきりになっていたはずだ。その彼女が言った計画は現時点では夢物語だが、実現できれば数少ない第七譜術師の負担を減らせるかもしれない。
もう一つ。譜業人形に、もしも人間の意識を移すことができるとしたら、自分では見ることのできないずっと遠い未来にこの時代の人間の意思を残せるということだ。
そうすれば、---そう、すれば?
「・・・わかってると思うけど、そんな便利な譜業を、国が黙って見過ごすとおもう?
確実に軍事転用を命令してくるでしょうね。
使い手の少ない第七譜術を確実な威力で発揮できる譜業人形なんて、どうぞ兵器にしてくださいと言ってるようなものじゃない。あの子の理想主義は知ってたけど、貴方は全部理解してる筈よね。・・・何をたくらんでるの?」
自分よりも少し年上の女性が言った。
周囲からは弟子として認定され、本人も面倒臭がって否定しないが、どちらかというと自分にとっては姉のような存在だった。彼女が美しく彩った唇を釣り上げて怪しく笑いながら視線を流す。その見透かすような瞳にただ笑って見せた。他の誰かに隠せても聡い彼女に隠し通せるとは思っていない。それに自分の計画を知られても彼女は反対などしないだろう。彼女にとって価値があるのは自分が望む研究を続けられる環境と、例外の身内数人の安全だけだ。それさえ保障しておけば、他の誰が何をしようと傍観者であり続ける。だから計画の為に必要ないくつかの研究を依頼した。
それが完成すれば、後は実行するだけだ。
「彼にはなにも言わないの?
愛した人に秘密を作られるのも作るのも辛いわよ」
同い年の女性が言った。弟子というより友人として一緒に戦ったからこそ通じる感情がある。
夫にも、育ての親であり師匠でもある彼にも、決して言えない秘密を共有できるただ一人。彼女が何を心配しているのかわかってはいる。けれど、もう自分は決めたのだ。一度根づいてしまったこの感情を昇華するには、もうこうするしか方法を思いつかない。
・・・これは皆への裏切りだろうか。
彼女の顔を見返すと、ただ全てを受け入れて包み込むような慈愛を映す視線だけが返された。きっと彼女はこの計画の結果がどうなっても自分を許すのだろう。だからこそその優しさが痛い。なりふり構わず縋ってしまいたい衝動を殺す為に強く両手を握りしめて踵を返す。
後戻りは、できない。
「母さんから伝言。
・・頼まれたものは完璧に作ったわ。後は好きになさい。・・・ですって。
----いいのね?」
弟子の内で最年少の少女が覚悟を見極めるように視線を合わせた。
研究を頼んだ彼女の娘で、すでに専門の分野で優秀な才能を発揮する科学者であると同時に随一の譜術の使い手でもある。自分よりもずっと幼いのに遥かに冷静な少女は今の自分をどう思っているのだろう。伝言と共に渡された研究成果を抱えて奥へと進む自分に向けられる視線を意識しながらぼんやりと考える。
後悔は、ない。許されたいとも思っていない。
何もかもが今更だ。だから、
純粋な願いは歪められ、奪われ続けた悲しみが怒りに変わった。
真実も事実も隠されて、残されたのは都合の良い歴史だけ。
世界の全てを壊し続けた戦争が終結してから二千年。
運命の歯車が、ほんの少し加速する。
終末か、始まりか。
分岐点が現れる。
-----選択の時が、きた。
「
*この序章はほかのクロス作品でも同じ設定でトリップしますので、他の連載の序章も同じ内容です。
挿入される合間合間のそれぞれのクロス先での閑話が変わるかもしませんがレンside序章その2の「過去と今と一人のカミサマ」も同じ文章がそのままでます。一回他のクロス連載をお読みになった方は飛ばしても宜しいかと。一応どのクロスでも序章00・01話あたりで表示されますが。
世界がゆがむ
巨大な女神の羽ばたきが、全てのモノを平らにならす
世界がひずむ
九つの白き鬼神が描くセフィロトが、眩い光を放って輝く
世界がきしむ
紅く染められた天には、両の手を神殺しの槍に貫かれた紫の鬼神
世界が と け る
美しい聖母の如き微笑で、自ら神のレプリカへと溶けた女の笑いが響く
世界が まじる
紅く赤く染まる世界と、全ての境を失くした生命が、たったヒトツのカタチへ変わる
全ての変化の中心に据えられるのは、神の雛形を制御するためだけに生かされてきた哀れな生贄
父の、上司の、級友の、同僚の、ゼーレの、ネルフの、日本の、世界の
全てを生かすために ただ敵を殺すための道具になる事を強要された脆弱な子ども
強要したのは、失った最愛の妻を再び取り戻す事を願った愚かな男
強要したのは、手にした栄華を短命な人間の身故に手放す事を惜しんだ愚かな老人
強要したのは、一時の暖かな美しい思い出を彩る女性と再び見える事を願った老人
強要したのは、己の愛憎の全てを担う父親を奪った天使を殺す事を望んだ女性
強要したのは、葛藤を抱えて苦しむ己を蹂躙した憎く愛しい男に盲従した女
強要したのは、己が命を長らえる為に敵を討つ為の組織に従事した多数の人々
強要したのは、危機を認識しながらも決して理解はしなかった級友達
強要したのは、己の価値観をのみ絶対視して全てを敵視していた同僚の少女
強要したのは、少年を護るために逝ってしまった儚い少女
強要したのは、消えたはずの少女の代わりに現われた少女
強要したのは、好意を向けながら少年の手で死ぬ事を選んだ友人
強要したのは、少年の 逃げる事すら選べなかった自身の弱さ なのだと
少年は、魂すらバラバラになりそうな大きな力に晒されながら、その全てを理解していた。
強要された辛い環境も、痛みしか齎さない戦場も。
全てに傷つけられそうで恐怖しか感じられない普段の生活も。
全て自分の弱さと卑劣さが見せる幻だと、知っていた。
父親に会いに来たのも、戦場に出る事を選んだのも、
級友達との壁を取り除く努力を怠ったのも。
同僚の少女との齟齬を放置して逃げたのも、
職場の人々との接触や相互理解を避けたのも。
自分を護ってくれた少女の想いの深さをきちんと理解しようとせず己の殻に篭ったのも
同じ姿と同じ声で、自分を知らないと言った彼女から逃げ出したのも
真直ぐな好意をくれた友人を、・・殺す事を選んだのも
全て、少年が 自ら選んだ選択と結果だと そう きちんと わかっていたのだ。
いつだって少年は、”今”から逃げる事を望み、”今”から目を逸らす事で自我を護った。
父親が自分を見ることがないなんて当の昔に知っていたのに。
父親が四つの自分を捨てた時に、三年前の母の墓前で自分を拒絶したときに。
・・父親に拒まれるのが怖くて、自分から踏み出す勇気を持てなかった時から、そんな事は決まっていたのに。
仮初の家族になってくれた彼女が、少年自身を見ていてくれた訳じゃない事など知っていたのに。ただ、チルドレンの管理者としての責任と、彼女自身の優しさと少年への同情からの言葉だったと知っていたのに。
・・それでも、互いの距離を縮める努力をしていれば、
本当の家族にだってなれた筈だったのに。
最後まで本音で向き合いきれなかった友人達が、本心では自分を許せてなどいない事をしっていたのに。妹を傷つけられた彼が、己の憧れた地位を無碍にする自分に嫉妬していた彼が、思い人を傷つけられた彼女が。
自分に向けてくれたのは、友人としての好意と優しさ。 そして、消しきれないわだかまり。
・・本当に友人になりたいのなら、もっと本音でぶつかり合うべきだったのに。
己を高める事と、選んだ地位で一番になる事に拘り続けた彼女に最初から憎まれていた事など知っていたのに。自分にとっては疎ましくても、彼女にたとっては何より大切なものだと知っていた以上、それを蔑ろにすれば憎まれる事など分かりきっていたのに。
それでも、一時の家族の団欒で少しずつ自分に心を開いてくれていたのに。彼女の攻撃性は、僅かに緩んだ境界線を犯す者への警戒と迷い故だとわかっていたのに。
・・傷つく事に怯えていないで、もっと真直ぐに向き合って置くべきだったのに。
最後に自分を護るために消えてしまった少女が、純粋に向けてくれていた好意を、きちんと理解していたのに。感情を露出しない静かな表情で、それでも真直ぐに向けられたすんだ視線が語る想いを、誰よりも深く感じていたのに。自分が迷いながら差し伸べた手を、彼女は確かに握り返してくれていたのだと、きちんと認識していたのに。
・・彼女の言葉は真直ぐでとても綺麗で。
確かに感じた暖かさを永遠に失ったと認めるのが怖くて、
全てに気付かない振りで傷を隠そうとしていただけだと、そうわかってはいるのに。
消えた少女と同じ姿と同じ声を持ちながら、何一つ彼女のことを知らない”代わり”の少女が、自分の逃走に、確かに傷ついていた事を知っていたのに。彼女は確かに代わりとして外に出された存在ではあったけれど、彼女は彼女として生きていた一人の人間だったのに。
・・目の前で無惨にに壊された、沢山の少女の予備なんかより、
彼女の体が実質的に人間でなかったことより。
あの顔と、あの声で、自分を知らないと言うその表情が。
消えた少女と同じ姿で、見知らぬ人間を見詰める視線で自分を見るその無機的な瞳が。
何よりも怖かったのだと。 そう、今ならわかっているのに
自分に殺される事を望んだ少年が、出会ったときに向けてくれた笑顔も、共に話したときにくれた言葉も決して偽りでも策略の為の材料でもない事など、最初からわかっていたのに。彼が最後にあの地下深くの磔られた巨人の事実に衝撃を受けていたのをこの目で確かに見ていたのに。
・・彼が本当は敵としてこの地に訪れたのだと、それだけに拘って、彼の本心を見ない振りで自分を護った。そんな己の卑劣さと幼稚さを変わらぬ笑顔で許容してくれたのは、彼の確かな想いと優しさだったと、知っていたのに。
痛みと悲しみと愛しさと温もりと切なさと遣り切れなさと。
好ましさと楽しさと憎しみと怒りと嬉しさと優しさと。
延々と循環するあらゆる想いが螺旋を描いて己の内を埋め尽くす。
巡り続けるの少年自身の記憶と、其れに付随する様々な感情だけが目まぐるしく入れ替わる。
強大な力に翻弄されて全てが解かれてしまいそうなのに、
決してそれを許さぬとばかりに雁字搦めに縛られる。
外の出来事を、自分以外の感覚で知覚しながら、現実味のない大きな衝撃に晒される。
ただ、両の手が、痛みを伴わずに鋭い刃に貫かれた感触だけを伝える。
ただ、このまま居るだけで、己の全てが消えてしまうことすら気付くことなく、少年は内をたゆとう
外の世界では、”儀式”は滞りなく進められ、ただ巨大な力を制御するための贄に選ばれた少年へと全ての力が収束してゆく。
そして、唐突に、真白な光が世界の全てを覆い、
--------------- 全てが、消えた。
世界が存在した名残すらなく、ただ虚無のみが残されて --------------
とある夜。黒曜戦を終え、やっと訪れた平穏をぶち壊しに来た襲撃者たちと初めてまともに顔を合わせた日。
ボンゴレ門外顧問を名乗る実の父親から渡された九代目からの勅命書とやらを読み上げられながら、綱吉は気弱な仕草で顔を俯けて無言のまま周囲の会話を聞いていた。
その様子を嘲笑を浮かべて見下ろすヴァリアーの面々と、綱吉に心配そうな気配を向けながらも相対する襲撃者たちへあからさまな敵意を向ける獄寺や山本達。無言で成り行きを見詰めるリボーンに、取り仕切るの宣言どおり勝負を取り付けようとする家光。
彼ら全ての関心が己に向けられているのを感じ取りながら綱吉は
----無言でぶち切れていた。
誰が考えても当然だ。ある日突然予備知識も無くマフィアの次期後継者へ強制的に指名され、(しかも問答無用で銃を向けての脅迫である)次から次へと訪れる刺客に騒動(しかもそれらの八割どころか99%がリボーンの策略ときた)。マフィア界すら追放されたという触れ込みの凶悪犯の相手を強引にさせられたと思ったら、その戦いでは友人たちが実際に命の危険に晒される始末。
しかもその戦い自体が、マフィア同盟や掟の番人である復讐者たちの怠慢の尻拭いとしか思えない後味の悪い物だったというなら尚更である。 そもそも骸たちはその非道なマフィアに理不尽に囚われていた被害者だ。骸たちが追われる原因になった最初のマフィアの壊滅事件は、被害者が生きる権利を手に入れる為に加害者を撃退しただけのことだ。その課程で危険な能力が開花しようと、それは非道な実験を取り締まることも出来なかった無能な管理体制の不手際でしかない。非道な人体実験を行ったマフィアを取り締まれなかったのは一体誰だというのか。マフィア界の掟の番人とやらが笑わせる。 その後の骸たちが世界大戦を起こそうとまで思い切り、マフィアだからという理由だけでランチアのような第三者を非情な方法で巻き込んだことに対しては確かに綱吉から見ても許しがたいことではある。 だが、骸たちを問答無用で監獄に繋いで存在すら蹂躙する権利があるなどという思い上がりが素晴らしく不愉快だった。
そして、この騒ぎである。
ここまでの経過を思い起こせば、綱吉の短くは無い堪忍袋の緒をぶった切り、多少シビアで冷酷で人間不信の気があるといっても基本的には大らかで寛容な綱吉の心を持ってしても許容しかねるというものだ。それでも、せっかく之まで隠し続けてきた素顔を晒すことはぎりぎりで踏みとどまった。
そう、”ダメツナ”としての生活は、元々平穏な日常とありふれたささやかで幸せな未来の為に、と綱吉が作りあげた仮面であった。 多少不便なこともあるにはあったが、それでも自ら望んで行っていたことである。 綱吉は幼い頃に一度だけではあるが、ボンゴレの血統者の存在を疎ましく思った者から命を狙われたことがあるのだ。 イタリア最大のマフィアボンゴレに所属する父親と、よりにもよって引退後の隠居先をご丁寧に記録として残した先祖の間抜けさお陰で、遠縁ながらボンゴレ直系の血を引くことを知られたことが原因の襲撃だった。(己がボンゴレ直系の血を引くことを暴露した父親もだが、特殊能力を重要視するボンゴレの血統についての情報をうかうかと残した初代とやらの行動も本気で忌々しい限りである。その所為で自分の平穏な生活が壊されたのだ。)
当時マフィア界を賑わしていた騒動に託けて計画された襲撃だったため幸運にもその一度だけで撃退した事実すら露見せずに済んだ。 だが、綱吉にとってはその後のことの方がはるかに面倒な事態であった。 その忌々しい事件によって、素晴らしく面倒な血統の意味を思い知らされ、その特殊能力に目覚めてしまったのだ。 力のお陰で取りあえずの危険は脱した。 同時に”それ”を表ざたにすればさらに危険な状況に陥ることも理解してしまった綱吉は、己の身を守る為にあらゆる知識と技能を修得せざるを得なかった。
かといって馬鹿正直に堂々とそんな優秀さを表沙汰にすれば更なる危険を呼び込むだけである。ならば、年相応の無害な子どもを演じるべきであるという結論は簡単に出た。
・・・・そこで問題が発生した。有体に言えば、その適度というものが良く分からなかったのである。元々は年相応の子どものレベルに抑える演技力を身に着けようと思っていたのだ。だが、それが出来なかった。ならば、と、とにかくあらゆる面で手を抜きまくったのだ。 そして出来上がったのが、” ダメツナ ” の仮面である。
これまでは、不本意極まりない数多の騒動すら、リボーンの特殊弾の効果を利用してなんとか実力を隠し通したまま事態を終息させてきた。だが、今回ばかりは本気で限界を感じつつあった。・・・特に忍耐力と自制心が。
(ざっけんな、ざっけんな、ざっけんな!!
なんで次から次へとこんな厄介ごとばっかり起こるんだ?!
やっと平穏な生活に戻ったと思った矢先にこれかよ!!
しかも、いまさら相応しい後継者ぁ?だったら最初から指名しろよ!!
しかも俺を指名したのが親父だってのはどういうことだよ!!
余計な事しやがって、この爺!!)
そしてさらなる乱入者--チェルベッロの二人による、互いの陣営同士で命がけのリング争奪戦の決行宣言である。内心で文句を連ねることで何とか平常心を保とうとしていた綱吉も、その瞬間己のどこからかが、ぷつり、と切れる音を聞いた。そんな綱吉の変化にも気付かず踵を返して帰ろうとするチェルベッロとヴァリアー達。その時。
どごぉ!!
凄まじい破砕音が響き渡った。
咄嗟に何処からのものか理解できず訝しげに周囲を見回した面々が、そろそろと視線を集中させる其処には
「---- っけんなよ。」
いつの間にか両手にごついグローブを装備した綱吉が、顔を俯けたまま背後のコンクリートを粉砕している姿が。存在すら希薄な程に押さえ込まれた静かな気配に、言い様のない不安を感じつつ最初に気を取り直した家光が恐る恐る声を掛ける。・・完全に腰が引けてはいたが。
「な、なんだ、どうしたツナ?」
家光の問いなど意識の欠片すら向けず静かに顔を上げる綱吉。
その姿をみて、皆思わず後退る。ヴァリアーのメンバーすら。
その額には灼熱の炎が燃え盛り、何時もは様々な感情を映す琥珀の瞳には金色の光が輝く。
---- ブッラド・オブ・ボンゴレ が覚醒している----- !!
「ばかな!小言弾なしに、だと---?」
「おいリボーンどういうことだ。そんな報告はうけてねぇぞ」
さすがのリボーンも驚愕を隠せず思わず呟いて綱吉を凝視する。そんなリボーンへ小声で訪ねる家光。だがこれは完全な想定外のことだ。ただ見守るしか出来ない。何よりも静か過ぎる綱吉の得体の知れない気配が、己の勘に警鐘を鳴らさせる。迂闊に動けば何があるか分からない。
山本も獄寺も了平も、その豹変した姿に驚きながらも特にうろたえることなく無言で見守る。 三人にとっては今更綱吉がどのような変化を見せたところで”綱吉”である事は変わりない。初めて”死ぬ気”モードの綱吉を見てもどうじなかった連中である。特に警戒する素振りも見せないどころか、獄寺をはじめ三人とも常以上の信頼と尊敬を込めた視線で綱吉を見つめている。 僅かながらも狼狽して緊張を見せる家光とリボーンとは対照的な姿であった。
そこで、綱吉が口を開いた。
「 ---- ふざけんなよ、お前ら。
誰が何時マフィアのボスになりたいだなんて言ったよ?
俺は何度も何度も何度も厭だっていっただろうが!!
それを無視してあからさまな脅迫で無理やり指名しやがったのはそっちだろう!!
それを今更より相応しい後継者ぁ?
ざっけんな!!そんなのが居るなら最初から指名しやがれ!!
いままでリボーンが教育のためとか抜かして持ち込んだ騒動でどれだけの人が傷ついたと思ってんだよ!!
しかも、俺を指名したのが親父だと?!本ッ気で死ねよアンタは!!
今の今までマフィア関係者だってことすら隠してたくせに、
何も知らない息子にアンタの価値感を押しつけんじゃねェよ!!
アンタが誰に忠誠を誓おうが命を賭けようが好きにすればいいさ。
だがな、それはアンタにとってどれ程価値があろうと俺にとっては迷惑以外の何者でもないんだよ!!
俺は俺の望んだ生活があったんだ!!それを見事にぶち壊しやがって・・・!!!」
大声ではなかったが、聞くものの心を切り裂くような鋭さを秘めた声。
口を開くと同時に解放された裂帛の闘気が辺りを包み、問答無用で周囲を従えさせるような重厚な威圧感で皆の動きを封じ込む。誰一人身動きすら取れずに綱吉の行動を見守るしか出来ない。
言ってる内に怒りが煽られたのか、更にきつく握り締めた拳が炎を纏う。対骸戦で絶大な威力を発揮したハイパーモードの死ぬ気の炎。しかもその威力が一見しただけで数倍は跳ね上がっている。その身ごなしも普段の綱吉からは考えられないほど隙が無く、リボーンですら勝負を仕掛けるのが難しい。ヴァリアーのメンバーは言わずもがなである。
様々な思惑を乗せた視線が集中する中、唐突に気配を鎮める綱吉。といっても沈静したわけではなく、限界まで引き絞られた弓のように危険な雰囲気。不本意ながらも命の危険を感じているのは、敵対しているヴァリアーと、同陣営でありながらあからさまな敵意を向けられた家光である。それでも、本職マフィアとしてのプライドで反論を試みるザンザス。
「沢田綱吉!てめぇ何言ってやがるっ!!」
「・・・なにって?言ったとおりだよ。聞こえなかったの?
まあ、理解できなくてもいいよ。やることは同じだしね。」
あっさりとあしらわれるザンザス。常からはとても考えられない姿だ。
綱吉はザンザスになど一瞥もくれずにリボーンと視線を合わせる。
リボーンは流石の自制心で冷静さを取り戻し、事態を把握したようだ。どこか悔しげに綱吉を見て口を開く。
「・・・・今までのだめっぷりは、全部演技だったというわけか。よく隠し通せたもんだな。」
「へぇ、リボーンでも驚くことがあるんだ。珍しい物見ちゃったな。
でも、其れに関して言えばとやかく文句垂れる資格なんか無いからね。父さんもリボーンも。
こんな忌々しい能力なんか百害あって一利なしじゃないか。
隠さなきゃ今頃障害として殺されてたんじゃないの?
ドン・ボンゴレの命令は絶対なんだろ。・・・ねぇ、父さん? 」
リボーンの言葉に冷たい嘲笑を浮かべる綱吉。続ける言葉は絶対零度の冷たさだ。リボーンの傍らに立ち尽くす家光へも温度を感じさせない瞳での一瞥をくれる。皮肉に満ちた息子の言葉に反論する術も思いつかずに口ごもる家光。 確かに既に能力を開化させていたことが早くに判明していたら他の後継者からの刺客は言うに及ばず、危険分子とみなされて殺害を命じられていた可能性は十分にあったのも事実だ。そうなれば、どれ程悩んだところで自分は九代目への忠誠をとっただろうことも想像に難くない。言い訳など、出来るはずも無かった。
「・・・・俺はね、本気で頭にきてるんだよ。
散々人の意思を無視して厄介事ばかり押し付けやがって。
しかもファミリーだなんだと山本達まで巻き込んで。
確かに山本や獄寺君達と親しく慣れたのはお前の起こした騒動が切っ掛けだったさ。
そのことには多少感謝してるよ。初めて出来た親友だからね。
けどね、それとこれとは話が別だ。
いっとくけど、俺から見たら二人もヴァリアー達と同罪だから。
まぁ一番の原因は九代目の爺だけど、老人だっていうからね直接制裁するのは控えるさ
------ じゃあ、覚悟はいいね? 」
30分後、優雅な仕草で服の埃を払ってみせる綱吉の前には、累々と積み上げられたぼろぼろの男たちの姿。当然のように家光も一緒に転がされている。未だ赤ん坊であるリボーンとマーモンは大きなタンコブ一つで見逃されてはいたが、本気で反撃したにも関わらず綱吉に傷一つ付けられなかった悔しさに身を震わせている。
最早興味も失せたとばかりに踵を返した先には、呆然とするバジルと、尊敬する十代目の雄姿に瞳を輝かせている獄寺と、満面の笑みで綱吉が戻るのを待ち受ける山本と了平の姿が。そんな彼らに苦笑を浮かべる綱吉。 内心で変わらぬ態度で居てくれる友人たちに喜びながら、ゆったりとした足取りで歩み寄る。
「-- ごめんね、獄寺君も山本もお兄さんもバジル君も。吃驚させちゃって。大丈夫かな?」
「じゅ、十代目!!素晴らしかったです!!
あのヴァリアーの野郎共をあっさりと沈めるなんて!!」
「いやー、ツナって強えーのな。すげぇじゃんか。俺も負けてらんねぇなー。」
「極限凄いな!!流石だぞ沢田!!」
「あ、えぇ、はい!!お気遣いありがとうございます!!
流石綱吉殿ですね!!アルコバレーノのお二人すら抑えるなんて!!」
「はは、ありがとう皆。じゃあ、もう遅いし帰らないとね。
・・・ ああ忘れる処だった。少し待っててくれるかな?」
穏やかな笑みで訊ねる綱吉にそれぞれの答えを返す。満面の笑みで綱吉を称える4人に嬉しげに応えてから流麗な仕草で振り返る。その姿はまるで美しい獣のようにしなやかで、威厳に溢れた立ち姿は見る者の視線を惹きつける。そして今まで完全な外野扱いで無視していたチェルベッロの二人と、地面の上で呻く男達に向かって艶然とした微笑を浮けべ、冷たい声音で言い放つ。
「じゃあ、そういうわけで帰るから。
皆に危害が及ばないなら、後は好きに納めてくれてくれて構わないよ。
今更言うまでも無いとは思うけど。
命がけのガチンコバトルなんてふざけた催しに参加する気なんか欠片も無いから。
ああ、ザンザス?俺が後継者に相応しくないっていう意見には大賛成だよ。
っていうかボンゴレリングも次期後継者の椅子も心底如何でもいいしね。
むしろ熨しつけて進呈するよ。これで厄介事が消えてくれて万々歳ってね。
じゃあ、リボーンも父さんも後はヨロシクね。
無いとは思うけどあんまり駄々を捏ねる様なら次はこんな物じゃ済まさないから。
じゃあ、Buona sera! 」
言い終えると同時に皆の分のリングも合わせて投げ渡して踵を返す。言われた内容は慈悲の欠片も無いものであったが、冷然と言い放つ綱吉の王者然とした姿に、屈辱に身を震わせていたはずの男たちの視線が変わる。 だがそんな些事に気付くことなく立ち去る綱吉は、少し先で待たせていた4人の下に小走りで追いつくと賑やかに笑いあいながら帰っていく。後に残されたのは、痛みに呻きながらも遠ざかる背中を追いかける男たちと、無表情ながら呆然としたチェルベッロの二人と、座り込んだまま綱吉の後ろを見詰めるアルコバレーノの二人。
その後我に返った彼らは、それこそ死に物狂いでボンゴレ内のごたごたを片付け九代目へと執り成し反対勢力を押さえつけ、綱吉曰くの ”ふざけた催し” であるガチンコバトルを中止するに至った。
こうして、ぶち切れた綱吉の ” 説得 ” によってボンゴレリング争奪戦はお流れになった。
・・・・・その後どうなったかというと。
とある平和な日曜の朝。気持ちの良い快晴の空に響き渡るのは
「やっほーー!!ツナちゃーん。遊ぼーぜ!!」
「てめぇっイカレ王子が!!十代目に近寄んじゃねぇよ!!」
ベルフェゴールの陽気な声と邪魔者を威嚇する獄寺の怒声と。
「やっほーーツナちゃん♪ 今日も可愛いわね♪
せっかくいい天気だし一緒に買い物でも行かない?」
「沢田ーー!!今日も絶好のボクシング日和だぞ!!
一緒にロードワークに行かんか!!」
朝から全開パワーでお誘いをかけるルッスリーアと了平の晴天コンビと。
「ツナー今日の昼飯家に食いにこねェ?親父が寿司握ってくれるってさ」
「うお"お"お" い 、今日の夕飯は任せろぉ"!!豪勢なイタリア料理を作ってやんぜぇ」
一見普通に見えて何処までもマイペースな山本と、ゴーイングマイウェイな暴走野郎にみえて実は苦労人なスクアーロの料理人コンビと。(スクアーロはヴァリアーの食事係(別名パシリ)で一番料理が上手かったのである。)
「おい、沢田綱吉。ちょっと付き合え」
無駄な威圧感を醸し出しながらレヴィとゴーラを従えて誘いをかけるザンザスと。
「ツナヨシ、疲れたから抱っこ」
「おいマーモン何してやがる。
俺の餌食に勝手に触るな守銭奴が。さっさと金儲けにでも出かけろよ」
赤ん坊の外見を駆使して綱吉に甘えようとするマーモンと、素直になりきれず取りあえず妨害するリボーンと。
「お~~い、ツナ~~!!今日はパパと一緒にマグロでも釣りに行かないか!!」
「綱吉殿!!僭越ながら、拙者もお供いたします!!」
必死に息子とのコミュニケーションを取ろうとする家光と相変わらず直向だが少しずれているバジルと。
「ツナ~~~今日はランボさんと遊べ~~!!」
「♪*○#$&!?@!!」
「ツナ兄~~偶には一緒に遊んでよ!!」
大好きな兄にじゃれ付いてくるちびっ子達と。
「あらあら、今日も皆元気ねぇ。ツッ君たらお友達が沢山出来て母さん嬉しいわ~♪」
呑気な母親の言葉。 そして
「~~~~~~~~~~~っ!!
あ~~~もう、うるさ~~い!!たまには静かな休日を過ごさせてくれよ!!」
日曜の早朝にありえない大人数による騒音で起こされた綱吉の魂の叫び。
この騒ぎの原因は。
何を思ったのか飼い主にじゃれ付く子犬よろしく綱吉に懐いたヴァリアーのメンバーと。新参者になど居場所を奪われてなるものかと燃え上がる獄寺・山本の親友コンビと。同じアルコバレーノ同士何かと張り合おうとするリボーンとマーモンと。綱吉が大好きなちびっ子達と。 マイペースに綱吉への勧誘に余念が無い了平と。
素晴らしく混然とした4つ巴(+α)の図式が日常化し、以前に増して騒がしくなった周囲の様子に、これで平穏な日常が帰ってくる!!と喜んでいた綱吉が本気で絶望していた姿は記憶に新しく。
さらに不本意なことに、これでおさらばできる!!と思っていた次期後継者の座であるが、
「これでオメーは誰に憚ることの無い十代目というわけだ。」
と、憎たらしい笑みで九代目の勅命書を掲げたリボーンと
「お前ならば従ってやってもいい」
と、相変わらずの偉そうな態度ながらも恭順の意を示したザンザスと
「いや~九代目が感激してたぜ~?
「最初に指名したときの目に狂いは無かったのか。
しかもあのヴァリアーを手懐けるとは、流石十代目だ」 ってな。」
と、にやにやと笑いながら完成したボンゴレリングを携えて帰宅した家光と。
嬉々として九代目からの再指名を知らせた三人によって、瞬く間に獄寺たち本来の綱吉サイドの守護者達に伝えられ、
「おめでとうございます!!十代目!!
俺も十代目の右腕に相応しくなるために精進します!!」
「ツナ~!!おめでとな!!
俺もせっかくもらった指輪だし、あの時のツナ以上に強くなるぜ!!」
「沢田!!指輪はしかと受け取った!!
これに恥じぬようよう鍛えなおすぞ!!極限まかせろ!!」
と、あの夜一緒にいた三人は言うに及ばず
「ランボさんがツナを護ってやるもんね!!」
「ふ~ん、面白そうじゃない。まあ預かってあげてもいいよ。
君の実力とやらにも興味あるしね。ちょっと付き合わない?」
「くふふふ。面白そうじゃないですか。君の近くにいると退屈しなさそうですしね。
マフィアは気に入りませんがその指輪の役目くらいは果たして差し上げなくもないですよ?」
と、いつの間にか手回し良く説得済みの三人まで加わり、
「だから!!俺はマフィアのボスになんかならない!!」
との綱吉の渾身の叫びも
『『『『「「「「「「「「「「「「「「「十代目は綱吉以外居ないって」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
と、いらない処で無駄な協調性を見せる面々にあしらわれ
「あ~~~~~~~!!平穏な日常を返せーーーーー!!」
今日も綱吉の魂の叫びが悲しく並盛の空に木霊している。
スレナル設定でお送りいたしております。
更に注記:このシリーズは、ナルト×碇レン傾向基本のお話です。
苦手な方はご覧にならぬよう、お願いいたします。
幼い頃のイノ・シカマル・チョウジにとって、世界に必要だったのはお互いと辛うじて両親を含めた8人だけだった。3人は互いが共にあれればそれだけで良いと思っていたし、それ以外はただ義務として守らなければならない対象でしかなかった。
里も生まれた一族も大切なものだとは理解していたが、実感はしていなかった。
忍の義務を果たす覚悟はあったが、里に対する愛着はなかった。
必要に応じて他者との協力の必要性は分かっていても、信頼も信用もしなかった。
なまじ高い能力を有していた為に、それが許されてしまっていた。
両親や火影は三人の在り様を危ぶんでいたようだが、何が悪いのかはわからなかった。
ずっとそのまま生きるのだと思っていた。義務さえ果たせばそれでいいと考えていた。
・・・それを変えるきっかけをくれたのは、眩く気高い金色と、深く優しい漆黒だった。
小さな世界しか知らなかった幼い子供はもう居ない。
自分の意思で未来を選んだ子供たちが、今を笑って生きている。
+++
さてアカデミー新卒業生班分け翌日。
爽やかな春の風が吹く気持ちの良い広場にて、三人の子どもが苛立ちながら一人の大人に食ってかかった。
曰く。
「「「遅い!!!」」」
「先生!いま何時だと思ってるんですか!
(ふざけんな!しゃー!んなろー!乙女の貴重な時間をなんだと思ってんのよ!)」
「朝六時集合つったの誰だってばよ!
朝飯抜きでこんな時間まで待ちぼうけってどういうことだってばよ!」
「フン・・・、ウスラトンカチが。」
まあ、朝六時集合の筈が、待てど暮らせど担任は現れず。空腹も手伝い苛立ちが最高潮に達した4時間後。既に太陽も中天にかかりかける時間になってようやく現れた担任が、罪悪感の欠片もなくのんきに挨拶などしてきたならそれも当然だ。だが子ども達の抗議など柳に風と聞き流す担任である畑カカシ。しかもマイペースに演習の説明を始める。全く堪えてないカカシの姿に三人は諦め混じりの吐息をついて説明を聞く。ようやくサバイバル演習の始まりである。
「よし、12時セット完了!」
おもむろに目覚まし時計を取り出してセットするカカシ。子ども達は疑問符を浮かべてそれを見ている。次にカカシが取り出したのは二つの鈴だ。大人しく説明を待つ三人に淡々と話す。
「ここに鈴が二つある。これをオレから昼までに奪い取ることが課題だ。
もし昼までにオレから鈴を奪えなかった奴は昼メシ抜き!
あの丸太に縛り付けた上に目の前で俺が弁当を食うから。」
それを聞いて空きっ腹を抱えて嘆息する三人。鳴り響く腹の音が空しい三重奏を奏でる。
意外と律儀なナルトも涙を飲んでレン作成の美味な朝食を諦めて出てきたというのに、下らない罰ゲームに半眼になった。余り喜怒哀楽を表情に出したがらないサスケも眉をしかめて空腹に耐えている。サクラはあからさまに嫌そうな顔をした。
「鈴は一人一つで良い。2つしかないから・・必然的に一人丸太行きになる。
・・で!鈴を取れない奴は任務失敗ってことで失格だ!
つまりこの中で最低でも一人は学校に戻ってもらうことになるわけだ・・・」
ナルトは表情を取り繕いながら、少しだけカカシの言い様に感心した。
流石下忍担当教師。子どものツボを心得ている。今の一言で確実にだれていた空気が締まった。サクラとサスケの気合が伝わる。巧みな演技で合わせながら面白そうに目を煌めかせるナルト。これなら二人を合格させるのは楽そうだ。
「手裏剣も使っていいぞ。
オレを殺すつもりでこないと取れないからな。」
「でも、危ないわよ先生!」
そこでサクラの抗議が入る。
互いの実力差を見極める目を持たない下忍らしい反応である。
「そうそう!
黒板消しもよけらんねぇようなどんくせー教師じゃ、本当に死んじまうッてば・・・よ!」
サクラに便乗するように笑っていったナルトはそこでいきなりクナイを投げる。いきなりの行動にサスケも僅かに目を見張る。不意打ちされたカカシは下忍では追い切れない速さでナルトの背後に回って受け止めたクナイを突き付けた。それを見て唖然とするサクラ。上忍の実力の一端に驚嘆するサスケ。落ち着き払ったカカシは話を続けた。
「慌てんなよ。まだスタートとは言ってないだろ。
・・・しっかし先制攻撃で不意打ちとはね。意外と冷静じゃないかナルト?」
「へへ!ったり前だってば!俺はこんなとこで躓くつもりはないんだってばよ!
大体上忍のカカシ先生が、下忍の俺らの攻撃くらいで死ぬわけねーってば。」
ナルトの台詞にハッとするサクラ。今の攻撃は先の自分の抗議に対する実演付きの答えだと知る。サスケも昨日の宣言に続いての意外な一面に、ナルトの評価を少しだけ改める。成績は確かにドベで騒がしい奴だが、それだけの人間ではないようだ。カカシの視線にも感嘆が混じる。急所に武器を突き付けられても本気で怯えてはいない様子にも感心する。
「(ドベだと聞いてたんだがな
・・教師が生徒を殺せないと思っているからか?それでも良い度胸だ。面白い。)
ククク・・・なんだかな。やっとお前らを好きになれそうだ。
・・・じゃ、始めるぞ!・・・よーい・・スタート!!」
号令と同時に三人が姿を隠す。
「忍びたるもの--基本は気配を消し、隠れるべし」
という基本を忠実に守ったわけだ。だが、上忍相手に下忍が完璧に隠れるなど不可能。いくら手加減してるとはいえ、隠れるだけ、では時間の浪費だ。ならどうするかが勝敗の鍵を握るわけだが
「って、わけで!いざ!尋常に勝負!」
叫びながら牽制の手裏剣を投げてカカシに突撃してみせるナルト。
事前に聞いた前評判通りなら、そうなると予想していたのであっさり攻撃をいなす。
「(予想通り・・・が、さっきの事がマグレじゃないなら、なんかしてくれるかな~?)
お前ね・・・ちょぉっと、ずれてるとは思わない?」
「先生の髪型ほどじゃないってばよ!」
反論しながらポーチからクナイを出してカカシに切りかかる。手甲で受けるカカシ。
スピードは遅くない。身のこなしも下忍としては中の上。手放しで良いと評価はできないが、別段悪いというレベルではない。成績がドベと言うのは知識面で足を引っ張ったのかと思いつつナルトを投げ飛ばすカカシ。
「あんま舐めてると、痛い目見るってばよ!」
投げ飛ばされる瞬間手の中のクナイをカカシの足もとに投げる。
単純に狙いが外れたかと思った瞬間、クナイが眩い閃光を発してはじけた。
「な・・・!!(くっこれは本当に予想外!)」
流石に驚いたカカシが咄嗟に目を庇うと、ナルトの気配が近づく。
完璧に位置を把握して瞼を覆ったまま向きを変えたカカシの前で、気配が、増えた。
「忍法!影分身の術!」
(これ一つでも高等忍術を使えるってのはかなりマシか。ある意味ミズキに感謝だな。)
「へぇ。分身じゃなく影分身か。残像ではなく実体を複数作り出す術・・・
(これはミズキの一件で持ち出された封印の書の禁術か。
閃光弾を仕込んだクナイといい、本気で評価を改めるべきかな。)
・・けど、まだ甘いね。今のお前じゃオレはやれない・・」
言いながら複数方向から繰り出されるナルトの体術を流す。次々消される分身。
その攻防を見て焦りと驚きを浮かべたのは隠れているサスケとサクラだ。
まさかドベのナルトが、自分達の知らない術を使い、いなされたとはいえ的確に計算された攻撃を繰り出すとは。
「・・大見得切っても所詮はナルト・・・ってなにぃ!」
内心を隠して挑発するカカシの言葉が途切れる。
主に前方に集中していた影分身に気を取られたカカシの背後に生れた気配。
影分身に囮をさせたナルトがカカシの背後をとったのだ。
「だから言ったってばよ!忍者は後ろ取られちゃ駄目なんだろ!」
得意げに笑うナルトに一瞬本当の表情を晒すカカシ。ナルトはカカシを押さえたまま影分身に攻撃をかけさせる。それを見たサスケとサクラも素直に感心して見守る。うまく成功するかと思ったが、そうは問屋が卸さない。
「いってーーーー!」
影分身が渾身の力で殴ったのは、同じ影分身だったのだ。
「ちっ!変わり身かよぉ!」
(ま、こんなもんだろ。
とりあえずドベのナルトでも、戦闘が出来ないわけじゃないって
ことをアピールできればOKっと。)
作戦が失敗して悔しげに地団太を踏んでみせるナルト。
取りあえず当初の目的のうち一つ目を達成したのだから一回引くことにする。
言葉の端々に、完全な無知ではないことも滲ませる。
「クソー!後ちょっとだと思ったのに!」
(さて目的その2の下準備は成功するかな?)
頭上の枝に乗ったままナルトを見下ろすカカシは、本気で感心した口調で言った。
「ってか、お前本当に意外だねー。
猪突猛進に見えて細かい計算もしてるみたいだし。こりゃただのドベとは言えないな。
・・ま!つめはまだまだ甘いけどね!」
「うわ!何の真似だってばよ!降ろしやがれーー!」
言い終わると同時にナルトを縄で逆さ吊りにするカカシ。滅茶苦茶に暴れるナルト。その子供っぽい姿にサスケとサクラの力が抜ける。
「舐めてかかると、痛い目見るってば。・・なんだろ?
油断しちゃ駄目だぞナルト。じゃ、このあともそれなりに頑張れよーー」
ナルトの宣言をそのまま返し、気のない声援だけを残して移動するカカシ。憤懣やるかたない様子のナルトを横目に、サスケとサクラはその姿を追う。自分はどうしかけるか、と緊張する二人を余所にカカシは木の下に座るとおもむろにポーチから書物を取り出した。何かの術書か、と目を凝らす三人の目に映った表紙には、「いちゃいちゃパラダイス」という文字と成人指定のマークが。緊張が脱力に変わる。
「「「(どこの世界に任務中成人指定小説なんぞを読む教師が居るんだ!
こんのウスラトンカチが!)」」」
今まで一度も足並みの揃ったことのない三人の心境が奇跡の一致を見せた。目の前では締まりのない顔で桃色小説を熟読するカカシ。表裏共に本気で呆れるナルトと、力いっぱい項垂れるサクラ。が、此処で今期アカデミー最優秀者の意地をみせたサスケ。
「(・・だが、これはチャンス!隙を見せるのを待ってたぜ!)」
座り込む瞬間のカカシにクナイを打ち込む。三人の目前で血を噴いて倒れるカカシ。驚き慄くサクラと、慌てる表情を見せながら双方がどうでるか観察するナルト。攻撃成功を確信したサスケは次の瞬間悔しげに口を歪めて飛び退る。
「(変わり身か!
クナイから位置がばれたな。・・・あれは罠かよ!ざまあねぇ)」
倒れかかるカカシが丸太に変わる。あからさまな隙はこちらを誘う罠だと悟り自嘲する。
そのサスケ失敗を見て慌てて手助けに走り出すサクラ。
自分一人では無理でも、サスケと協力し合えば合格できるかもしれないという計算も働く。
同時に見下していたナルトの意外な実力への焦りもあった。このままでは自分だけが不合格になるかもしれない。消せない不安に常より動作が荒くなる。途中木の葉を派手に揺らしてしまう。慌ててカカシを探るが微動だにしないと知って安堵する。だから背後からの声に無防備に振り向いた。
「サクラ。」
「え?」
目の前には、今当に駆け付けようとした愛しいサスケの変わり果てた姿が。切り刻まれた身体から流れ出る血が地面を染める。擦れて聞き取りにくい声で名を呼ばれた。動かしずらい手を必死に伸ばすサスケを完全に認識した途端サクラは
「ぎゃ・・・ぎゃあああああああ!!」
絶叫を上げて卒倒した。
「(サクラか・・・・あいつ本当に成績優秀だったのかよ?
なんであんな音たてて本気で見つからないと信じられんだよ。)」
さくさくと影分身と入れ替わり残り二人の様子を見にきたナルトが内心呟く。幾ら下忍とはいえ、些か問題じゃないのかと思いつつ嘆息した。それはカカシも同じだったようだ。
「いやーここまで上手くかかるとは思わなかったんだけど・・・
下忍候補生にいきなり幻術はきつかったかなぁ?
ま、いいか。しかし、色気がないなぁ。・・」
むしろ問題はお前だと言いたいナルト。まさか本気ではなかろうが、セクハラ発言はやめてくれないだろうか。聞いていて微妙な気分になる。さしあたっては、レンをこいつに近づけるのだけは絶対阻止だと思いながらサスケの方へ移動する。例え冗談だろうと、セクハラ紛いのセリフなどレンの耳に入れるつもりは毛頭ない。万が一そんな事態になったら、言葉が終わる前にカカシを潰すだけだが。ヒナタやイノが聞いた日には、半分どころか9割殺しにかかるだろうなと考えて少し涼しい気分になった。
「(ま、そうなったらなったで自業自得だけどなー。
・・・・しかし腹減った・・・・早く終わりやがれー・・・)」
涙を飲んで背を向けた朝食を思って切ないため息を吐くナルト。
イノ達が泊まり込み人数が多い為、いつもより品数が多かった食卓。
頬を緩めて夢中で食べる友人たち。・・それらを頭に思い浮かべて拳を握る。
「(くっそー。これで昼まで食いはぐれたらカカシの野郎を影でボコる。
レンー。昼は野菜煮込みラーメンと炒飯と卵スープがくいてぇなー。
ついでにデザートは杏仁豆腐でよろしくー。)」
切なさのあまり電波を飛ばしてみる。流石にリクエストの為に鳥を飛ばすことは自重したが。
「(まあ、アイツの作る飯はなんでも美味いからいいけどな。
・・・本気で早く終わらそう。うっかりカカシを手加減なしで殴ったりしないうちに。)」
無意識で惚気て、演習に意識を戻す。
・・・締めに呟いたナルトの言葉に突っ込める人間は不幸な事にいなかった。
つくづく食べ物の恨みは恐ろしいものである。
++++++++
「・・あれ?」
「どうしたんですかレンさん?何かありました?」
順調に演習を終わらせて帰ってきたイノ・シカマル・チョウジと4人で買い物に出ていたレンが、道の真ん中でふと空を見上げて呟いた。今日のお昼と夕飯は何がいいかと話していたのを中断してさり気なく辺りを窺うシカマルとチョウジ。二人の動作から気を逸らす為に殊更にこやかにレンを覗き込むイノ。
「(またどっかのストーカーの視線でも感じたのかな?)」
「(伝令鳥の呼び出しはねぇ筈だからな。おかしな気配もないみたいだけどな。)」
どんな些細な事からでもレンを危険から遠ざける、というのが彼らの不文律である。
例えばレンに告白しようとする身の程知らず。
例えばレンに懸想してストーカー行為に及ぶ変質者。
例えば有能なレンを妬んで難癖をつけに来る暇人共。
その他諸々、平穏な日常を送る為には不要な輩が多すぎる。
そんな不届き者如きにレンの手を煩わせるな、という共通認識のもと闇から闇へと葬る子ども達。同時に、その活動をレンには悟らせてはならない、というのも不可侵の掟であった。
「あ、ううん。ごめんねイノ。そうじゃなくて、
・・・えーっと、今日のお昼は野菜煮込みラーメンで良いかな?
あと炒飯と卵スープとかどうかなって。そうするとデザートは杏仁豆腐が合うかな?」
「はい!勿論オッケーです!中華系は久しぶりですね~♪
じゃあ、足りないのはー・・・」
「チョウジとシカマルもそれで良い?」
「「はい」」
何事もなく視線を下に戻して笑うレンの表情に、憂いが無いことを確認して安堵する三人。
レンの腕にじゃれ付きながら歌うように答えるイノと、声をそろえて返事を返すシカマルとチョウジ。彼女の提案に否やがあろうはずもなく快く同意して買い物の内容を決める。ほのぼのしい幸せ家族の一コマであった。
「ところで何でいきなりラーメンなんですか?」
「ああ、うん・・う~ん?
・・・なんとなく、それにしなきゃいけない気がした?」
++++++++++
先ほどの広場からは少し離れた木立の合間に佇むサスケ。突然聞こえた絶叫に振りむく。
「・・・今の声・・(サクラか・・・)」
気づいても動揺はない。サスケには己が同級生達とは一線を隔した実力があるという自負がある。だから、背後に現れたカカシにも静かに相対した。
「忍戦術の心得その2。幻術・・・サクラの奴簡単にひっかかっちゃってな・・・」
「(幻術か・・・・あいつならひっかかるのも無理ねぇな・・・しかし・・・)
俺はあいつ等とは違うぜ・・・・」
吹き抜ける風が木の葉を散らす。静かな場に緊迫感が満ちる。カカシも、サスケにはあからさまに気を抜いた様子は見せずに向かい合った。それでも手から文庫本を離さないのはある意味見上げた根性だったが。
「そういうのはスズを取ってからにしろ。
・・里一番のエリート、うちは一族の実力・・・楽しみだな・・・」
正面から向き合う二人。間。・・・そして始まる攻防戦。
まずは、とばかりにサスケが手裏剣を放つ。当然その位は軽くよけるカカシ。
「バカ正直に攻撃しても駄目だよ!」
それを見て口角を上げるサスケ。
よけた手裏剣が隠されていた縄を切る。その音に気づくカカシ。着地した場所を正確に射抜くトラップに仕込まれた小刀。これもまたよけるが、そこをサスケが体術で追撃した。鮮やかに繰り出される攻撃にカカシも文庫本をしまって両手で防ぐ。両手をふさがれた一瞬を狙ってサスケが鈴を狙う。流石のカカシも、一瞬焦って距離をとった。
「(・・・なんて奴だ・・・「イチャイチャパラダイス」を読む暇がない・・・)」
まさか下忍相手に上忍の実力を出す訳はないが、手を抜きすぎてここで鈴を奪われたら試験の意味がない。カカシも素直にサスケの実力に感心した。そして木陰に隠れて様子を窺うナルトも同じようにサスケの攻撃を見守る。
「(へぇ、さっすがうちはのエリート・・・天才、の名は伊達じゃないってか。
・・・けどなぁ・・・・)」
そう、確かにサスケの実力は下忍としてなら破格のものだ。だが、・・・
「(下忍、としてだけなら十分なんだけどな・・・・。)
ま、あの二人と違うってことは認めてやるよ!」
カカシの賛辞にも浮かれず真面目な表情で次の攻撃に移るサスケ。手早く組まれた印と正確に練り上げられたチャクラ。
「フンッ・・・(馬・・虎ァ!・・ 火遁!豪火球の術!!)」
これには本気で驚愕するカカシ。
「な、なにぃ!!(その術は下忍にできるような・・チャクラがまだ足りない筈だ・・!)」
そして繰り出される巨大な炎。勢いよく目の前の地面を抉ってクレーターを作る。やったか、と目を凝らすサスケだが・・
「・・(いない!・・後方・・いや上か!?・・何処だ?!)」
残された空のクレーターによけられたことを知って慌てて周囲を警戒するサスケ。だがカカシの居場所は分からない。気配だけではなく視線も彷徨わせる。
「下だ。」
「!!」
静かにかけられたカカシの声に驚いて足元見やる。が、
「土遁心中斬首の術・・忍戦術心得その3!忍術だ。」
あっという間に地中に引きずり込まれて生首状態にされるサスケ。憮然、と見上げる先には余裕面のカカシが、変わらずにヤル気のなさそうな表情で自分を見下ろしている。
「・・・に、してもお前はやっぱり早くも頭角を現してきたか。
でも、ま!出る杭は打たれる、っていうしな。ハハハ!」
声だけは愉快そうに笑うカカシに苛立ちを募らせるサスケ。再び手にした文庫本を読みながら立ち去る背中を睨みつける。上忍との実力差に本気で歯噛みしているようだ。ナルトもサスケの術の完成度には感心する。が、サスケの問題はそこではないのだ。
「(・・・・自分が下忍だって頭では理解してるっぽいんだけどなー。
本気で真正面から上忍に仕掛けて勝てると思い込んでるあたりが馬鹿正直すぎるっつーか。
・・・・一族唯一の生き残りってんで大事にされ過ぎじゃねぇのか?
血継限界保持者があの猪突猛進っぷりは不味いと思うんだよな・・・。
相手との実力差の見極めとか、引き際の心得方とか、その辺を教える奴はいなかったのかよ。)」
つまり、自分の実力が優れているという自負があるせいか、今一相対的な実力差を見落とし勝ちなのが当面第一の問題なのだ。今のサスケの様子を見るに、相手が里の忍だから大丈夫だと考えた上で向かったわけではない。サスケにとって相対した敵は、すべからく倒すべきものなのだ。そして、己ならば全ての敵を倒すことが出来ると信じ切っているのが伺える。下忍なりたての子どもにはよくある微笑ましい自信である。一般の下忍ならそれでも良い。これから教師が少しずつ教えて行けば良い話だからだ。しかし、サスケがそれではまずいのだ。
これが里内の試験で相手が教師だから良いのだが、もしも他里の敵相手にも同じように向かって行くような事があったりしたら不味いどころの話ではない。里に属する忍の術を他里へ漏らす位なら、その術を使う人間を殺してでも秘密を護るのが忍の里である。数年前の日向一族の問題と同じだ。いくらうちは唯一の生き残りといっても、万が一サスケが他里に捕まるような事があったら最悪ナルトやカカシが手を下さなくてはならない可能性もある。そのための護衛でもあるのだ。本来なら一族の先達者がそういった事情を教え込む筈なのだが・・・
「(やっぱ、うちは唯一ってのがネックか。
日向あたりに預けるって話も出たって聞いたけど・・・結局お互いに秘密が露見する方が問題だってことでぽしゃったんだよな。 で、うちは一族以外で、サスケに写輪眼の扱いを教えられるのはカカシだけっと。サスケ本人も頑な過ぎて視界が狭くなってるし・・
・・これ全部おれが解決すんのかよ?・・・・うがぁ~~~!めんどくせぇ!
余計な隠し事すっから後々問題が山積すんだっつぅの!)」
里内でもそれぞれに秘密を守る役割がら柵も多く、そのしわ寄せがきている、というわけだ。ナルトでなくても頭を抱えてしまいたくなる。
そしてカカシにも問題がないわけではない。カカシ個人は悪い人間ではない。忍びとしての実力も申し分なく、教師としても悪くないと思う。今までの彼が行った下忍選定試験のテーマが「チームワーク」であることを考えても、木の葉の里に所属する忍の中では嫌いではない方に属する珍しい人間だった。
「(カカシもなぁ・・・。
偏見とか無いみたいだし、俺の事を九尾と同一視するとか、
ドベだから人間性ごと否定するとかしないし、嫌いじゃねぇんだけど・・。
・・・まぁいいや。とりあえず今はこの試験だろ。
・・・サスケもサクラもそろそろ気づいたかな。)」
サスケがやられたのを見てさっさと本体と入れ替わるナルト。とりあえず目前の問題だと縄を切って木陰の中に潜んで思考を打ち切る。それぞれの戦闘中に仕込んだ仕掛けに二人が気付いたなら、こちらに向かってくるはずだと場所を移動する。
「(さってと、さくさく試験を終わらせて帰るか!今っ日の昼は何かな~♪)」
制限時間まで一時間を切った時計を横目に見つつ鼻歌交じりに歩くナルト。
誰も見ていないのを良い事に、その姿は小憎たらしい程に余裕であった。
で、
「あっれ~?
ナルトなら、誰も居ないうちに弁当を取りに来るかなと思ってたんだけど・・・・」
丸太の前には、少し宛が外れて肩すかしをくったカカシが日差しの下で佇んでいた。
「(・・・そういや、この暖かい気候で弁当を日光に晒して二時間とか
・・普通に腐るんじゃねぇの?)」
・・・それは実際食べてみた時のお楽しみ、という事で。
スレナル設定でお送りいたしております。
更に注記:このシリーズは、ナルト×碇レン傾向基本のお話です。
苦手な方はご覧にならぬよう、お願いいたします。
++
「火影を越す! ンでもって 里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ!!」
++
「・・ナルト君は、変わらず強いね・・・。」
里の中心から離れた森の中に点在する演習場の片隅で、嬉しそうに微笑んだ少女が眩しげに空を見上げる。木の葉の里で、最も古く優秀な、と謳われる日向一族の証である白い瞳に、穏やかな光を宿した黒髪の少女が、血族特有の透視術で見詰めた光景を胸に抱いて柔らかく笑った。今日、己と同じように新しく下忍候補生として担当上忍との顔合わせを行っている憧れの少年が、眩く気高く笑って言った強い言葉と、その裏側の彼の想いは、弱気な自分を支える導。
「あの時からずっと、ナルト君は私の憧れで、目標なんだよ」
自分自身の無力さを思い知った三つの歳に、心に刻んだ想いがあった。それを昇華するために己に課した決意があった。弱い自分の存在ゆえに、父と従兄弟に強いられた悲しみを二度と繰り返さないために、幼いなりに必死に考え抜いたものだった。初めて会った時に優しく笑ってくれた従兄弟が、怒りと憎しみと、その裏側に隠された捨てきれない優しさとどうしようもない痛みが混じる複雑な感情を、静けさを装った視線に込めて自分を再び見つめた時に、これだけは、と強く心に決めたのだ。望みを叶える為に、必死に道を探っていた時に生まれた五つ下の妹の存在に、さらにはっきりと強まる思いに後押しされて、自分の未来の形を決めた。それ、を選ぶ勇気をくれたのは、暗い暗い闇の中、強い光を纏って笑う彼の強さだ。
そして。
「・・・・・・・・・ヒナタ?」
かさり、と優しい葉擦れの音と共に聞こえた声に、満面の笑みを浮かべて座っている大樹の上から返事を返すヒナタ。
「・・レ・・レンさん!どうしたんですか・・?」
笑顔で素早く降り立った自分に、ゆっくりと歩み寄るレン。いつも着ている白衣を脱いで、基本的に飾り気のないシンプルな格好を好むレンにしては珍しく華やかな格好をしている。胸元にレースで縁取りされたノースリーブのカットソーに、淡い赤色で大きく花がプリントされたフレアスカート。白のパンプスに金鎖にピンクの淡水パールがあしらわれた小ぶりのペンダント。耳元には同じくピンクパールのピアスをつけて髪もサイドを軽くピンで抑えた他は後ろに下ろされて艶やかな黒髪がさらさらと風に靡いている。美貌というより可愛らしい印象が強い彼女の繊細な顔立ちがより引き立つよう計算されたコーディーネート。恐らくはアカデミーの同期で、今では表裏共に仲間である勝気な少女がおねだりでもしたのだろう。機会があれば逃すことなく”憧れのお姉さん”であるレンを着飾ろうとするイノのにんまりとした満足気な笑みを思い起こして苦笑する。
静かに傍に来て自分を僅かに見下ろすレンの、澄んだ深紅の瞳が優しく細められる。そっと伸ばされた指先が、樹上から降りた時に乱れた髪をを整えてくれる仕草に、照れて頬を染めたヒナタは憧れを込めた視線でレンを見詰める。その視線の意味を誤解したのか照れくさそうに笑って自身の姿を見下ろすレンが答える。
「ああ、これはちょっとイノが勧めてくれたの。今日はもう上がって良いって火影様が言ってくださったから、執務室で会ったイノ達とナルトと一緒に一度私の家に帰ったんだけど・・・」
「・・・・ふふ。 とても、お似合いですよレンさん・・。」
「ありがとう//」
照れたままお礼を言って優しく笑うレンの姿に、彼女と自分が出逢った時を思い出す。
里の外れの森の奥。いつも五人で修行する場所とは反対側の小さな広場で、動かない片腕から滴る赤と、辺りに散らばる刃と肉片と、冷たい殺気を纏った幾つもの黒い影をを思い出す。向けられた冷たい刃と重い殺気に募った恐怖に縛られて、もう終わりかと考えたときの絶望は、愚かな自身を忘れぬための戒めだ。
あの時自分は、酷く焦っていたのだ。ナルトやイノやシカマルやチョウジと、友人となってしばらく後の事だった。同年であるというのに、彼らとの間に広がる絶望的な力量差に憧れと同時に激しい衝撃と焦りを感じて我武者羅に追いつこうと無茶な修行を繰り返していた。四人は、そんな自分に心配そうな瞳を向けながら、ヒナタの思いを汲んでくれたのか口に出しては何も言わずに気が済むまで修行に付き合ってくれた。そうやって、三月ほどたった頃だったろうか。四人が実践的な修行をしてくれるお蔭で、彼らほどではなくてもそこらの上忍程度の実力は手に入れていた。以前から考えれば驚異的なスピードで成長した自分に、僅かながら自信を持ち始めた頃だった。ようやっと周囲を見直しす余裕ができて、ナルト達も始めから強かったわけではない事に気づいたのもその頃だ。けれどまだ捨てきれない焦燥が冷静さを失わせ、生まれ始めた自信と余裕が慢心に繋がった。
だから、突然現われた敵の忍を相手に、愚かにも一人きりで戦闘を開始した。相手の実力を見誤っていた事に気付いた時にはすでに手持ちの武器も無く、片手に致命傷を負っていた。しかもその日は、ナルト達が四人とも任務に出ていて、一人で修行していた事も仇になった。そこはナルト達が使用する演習場で、森一帯に特殊な結界が張られていて外に異変が伝わりにくい場所だった。ナルト達がいないなら、異変に気付くものもなく援軍など現われるはずも無い。つまりは、本当に孤立無援の状態で、助かる可能性など万に一つもないと思っていたのだ。
いよいよ追い詰められて覚悟を決めたその時に、最も大きく心を占めたのは死への恐怖や絶望よりも、諦念混じりの落胆だった。幾ら力を手に入れたといっても、所詮はこんな中途半端に終わる程度の存在だったという事か、と思った自分に苦笑して。今更過ぎる認識に、自身の愚かさを嘲った。折角ナルトが己の素を晒す危険を犯してまで助けてくれた命を、むざむざと捨てるような真似をした事だけが悔やまれる。ナルトが素顔を見せたのならと、自分を信じて正体を明かしてくれた友人達たちにも申し訳なく思いながら、場違いなまでに静かな心で目を閉じた。
--- だが、次の瞬間己の命を奪うはずだった攻撃は、何時までたっても訪れず。突然生まれた静かな気配と、感じたぬくもりに驚いて思わず閉じていた目を開いたヒナタが見たのは、己を取り囲んでいたはずの敵の忍の亡骸を消し去る青白い炎の色と、必死に顔を覗きこむ少女の泣きそうな顔だった。
彼女がアカデミーの医務室に勤務する新任の非常勤の養護教諭である事はすぐに思い出せたけど、何故此処に居るのかは分からずに、何事か問いかける彼女の言葉を半ば聞き流す。その混乱したヒナタの心境を誤解して、慌てた彼女はおろおろと辺りを見回しながら式神らしき伝令鳥を飛ばそうとする。それをみてやっと我に還ったヒナタは、今の自分の立場と状況を思い出して焦って彼女の腕を掴んで止めた。幾ら致命傷を負ったとはいえ、”日向の落ち零れ”であるはずの日向ヒナタが、他里に侵入できるほどの実力を持った忍と対等に戦える程の実力を持っている事を知られるわけにはいかない。しかもそれを知られれば、必然的にナルト達の事もばれる可能性が高くなる。それだけは何としても防がなければならない事態だ。だから、助けてくれた筈の少女を敵でも見るかのように切羽詰った表情で睨みつけて口止めするために口を開いた。
その瞬間に視界に飛び込んできた金色の少年の表情に、再び声を奪われる。数十人の他里の暗部を相手取っての任務の時さえ息も切らさず全てを終えると聞いた少年が、僅かに肩を上下させてこちらを見詰める。欠片の感情も浮かばぬ静か過ぎる少年の表情に感じた恐怖と緊張感に、思わず傍の少女の服に縋った。それを見て、ちらりと過った少年の感情を読み取る前に、彼は静かに口を開いた。
「何事だ、これは。・・・・ヒナタ?」
「あ、・・あの、その・・・・」
緊張の余り呂律が回らず釈明もできない。それを助けたのは、目の前の少女だった。
「ナルト。・・・あんまり怖い顔をしないの。
ヒナタちゃんが心配だったなら素直に口にだして言って上げないと。
こんなに怯えちゃって、可哀想でしょう?」
無表情のナルトが醸し出す威圧感を感じてすら居ないかのように、穏やかな苦笑混じりの声で紡がれた内容に、思わず少女の顔を見上げた。訳が分からずただ二人を見比べるしか出来ないヒナタの前で、二人の会話が続く。
「・・・レン。お前はちょっと黙ってろ。
今オレはヒナタに言わなきゃならない事があるんだよ。」
「あのね、ナルトが言いたい事も多分分かってるけど、
まずは無事だったことに安心してもいいんじゃないの?」
「あのな・・・」
苦みばしった表情で何事か言おうとするナルトを遮ってレンが続けた。
「それに、ヒナタちゃんは、まだ ”アカデミー生” だよ?
危ないことをしたのは確かに咎めるべきだけど、
叱るにしてもまずは治療してからでもいいと思うな。・・・ね?」
加減はしているとはいえ上忍や暗部ですらも恐怖する、素を曝け出したナルトの威圧に動じることなく反論するレンの姿に驚愕するヒナタ。そんなヒナタをちらりと見てから降参するように両手を挙げて肩をすくめたナルトが答える。
「わかったよ。確かにその腕は早く治療を済ませるべきだな。
あ~、と、レン。お前の家を借りても良いか?
頼みたい事もあるしな。」
「勿論。・・・・じゃあ、ヒナタちゃんもそれで良い?」
ナルトの言葉ににっこり笑ったレンが、固まったままのヒナタに問いかける。反射的に頷いたヒナタに安心したように息を吐いたレンが、蹲ったままだったヒナタをそうっと抱き上げた。突然の予想外の出来事に思わず声を上げて縋った自分をみたナルトも笑った。
「くくっ、お前は相変わらずだな?」
「え?何が?」
「いや、なんでもないさ。・・んじゃ、いくぞ」
物心ついた頃には既に日向の後継者としての修行のために、厳しい表情しか見せてくれなくなった両親に抱かれた記憶などなかったヒナタは、感じた優しいぬくもりに混乱したように固まった。そのヒナタの様子にレンとの初対面の時のことを思い出したナルトは、おかしげに肩を揺らして一人ごちる。ナルトの言葉を拾ったレンの、きょとん、とした顔に苦笑して、緩んだ頬を隠すように走り出すナルトの後を慌てて追いかけるレン。そんな二人に混乱を深めたヒナタは固まったままで運ばれた。
運ばれたレンの自宅の治療室で傷を診てもらいながら説明された二人の関係に、少しだけ嫉妬したのは内緒の話だ。憧れの存在であるナルトに近しいレンへの嫉妬か、全てを知っても穏やかに受け入れてくれる存在を持つナルトへの嫉妬だったのかは今でも区別がつかない。
けれど確かに二人の間の絆のあり方を羨んだ。その思いを隠し切れずに、自分もその輪の中に入れたら、とじっと見詰めて無言で訴えた自分の行動の子どもっぽさを思い返すと、今でも羞恥で頬が赤くなる。けれど、その視線に気付いたナルトが苦笑を溢して、気付かないままにヒナタの沈んだ気持ちを心配するレンが顔を覗きこんでくれた時に感じた嬉しさは、その羞恥を無理やりねじ伏せてもその記憶を残そうと思えるほどに嬉しいもので。だから、突然黙り込んだ自分を元気付けようと必死なレンの様子と、お見通し、とばかりに頭をぽんぽんと撫でるナルトに、すとん、と落ちた安堵に押されて真直ぐに笑って見せた。その笑みに返された二人の表情も、共に大切に抱えている宝物の一部分。
今まで知らなかったことを知ったからと勝手に嫉妬したり、二人が自分を心配してくれたからと一転して機嫌を直したり。現金で狭量な自身のあからさまな感情には心底呆れたが、無言のままにヒナタを受け入れていることを示してくれた二人の思いに感じた喜びは、その後もずっと自分を支える自信の一部だ。だから、その後にあった出来事は、ほんの少し悲しくて痛かったけれど、今となっては笑って語ることが出来る程度の些事だった。
レンはアカデミーに配属されるだけあって本当に腕のよい医療忍だったが、里随一の洞察眼をもつ日向の白眼を誤魔化しきれるほどの術は不可能だ。どう足掻いても治療の痕跡までは隠し切れない。特にヒナタは”堕ち零れ”といわれつつも当時はまだ後継者としての特訓を受けていた。当然日向の修行には白眼を使用する為必ずばれる。つまりはヒナタの怪我についての、表立って差し支えない言い訳を用意する必要があった。
その為に用意したのは、「血継限界の人間を狙った忍に攫われそうになったヒナタを、任務中に通りかかった暗部の忍が助けた」というものだった。ヒナタを誘拐した雲隠れとの事件ほどでなくとも、忍界大戦・九尾襲来と災難に見舞われ続けた木の葉の里は人手不足のため警備などが手薄に成り勝ちであることは、当時の木の葉の最大の懸念事であった。当時木の葉最強と誉れ高いうちはの精鋭が警備に全力で当たっているとはいえ、埋めきれない穴が存在していることも事実で、貴重な血継限界の一族や秘伝を伝える旧家の人間に対する危険は現実味のある脅威であったのだ。それを踏まえて作り上げた理由も、不本意であろうと受け入れやすいものだった。
事情の説明と保護した少女の護衛として訪れた二人の忍に挟まれて、ヒナタは本家の客間で両親である当主夫妻と対峙していた。怪我を治療した養護教諭--レンと、当事者である暗部の忍--変化したナルトと一緒に、日向に帰ったヒナタを迎えたのは、当主である日向ヒアシの冷たい侮蔑と冷然とした母の眼差しだった。
その反応に少しだけ疼いた心に蓋をして、務めて静かな表情で帰宅の挨拶をするヒナタに浴びせられる冷たい言葉と待遇は、”堕ち零れ”と評されるようになった五歳の時から当たり前に与えられる反応だった。そのことに今更傷つく心など、当の昔に捨て去った。自分の望みのためになら、この程度のことは大した代償ではないと自分自身に言い聞かせ強く唇をかみ締める。
ヒナタには護りたいものがある。
それは、自分を助ける為に窮地に立たされた木の葉と日向を護るため死んでしまった叔父を思って憎しみに囚われた従兄弟の心と、日向の末子として生まれてしまった妹の未来だ。
自分は日向本家の長女として生まれた。血の存続を至上とする日向一族は、その繁栄の為に属する者の心を代償へと差し出した。初代が何を思ったかは推測しか出来ないが、命を縛る呪印などという手段を用いてまで本家と分家の主従を強制するなど、愚劣で醜悪な行為だとしか思えない。そんな強制手段を用いなければ当主として存在できぬほどに弱い立場だったのだろうか。当時の一族がどんな内情を抱えていたかなど知ったことではないが、今尚続けられるそれらの悪習に、従兄弟と妹の未来を殺されるなど絶対に許せなかった。
だから、ヒナタは考えたのだ。
自分は日向本家の後継者として生まれた。その為に従兄弟にはヒナタを護るための呪印が刻まれてしまった。このまま自分が成長していつか当主になったなら、父と双子だった叔父と同じように妹のハナビにも呪印が刻まれてしまうだろう。呪印は本人の意思に関係なくその命を人質に本家を護る事を強制する力だ。・・・・そこまで犠牲を払うほどの価値を自分に見出す事は出来ないし、出来たとしてもやりたくなかった。
ヒナタにとって、生まれた人間の心を代償に生き続ける日向一族の存続も、従兄弟から父を奪った木の葉の里も、大して心を割く価値もない存在だった。幼いヒナタが護りたいと、大切だと思えたのは従兄弟と妹の二人だけだった。
だからヒナタは考えた。
このまま自分が後継者として生きたなら、再び悲劇が繰り返されるだけだろう。ならば、妹を後継者にする事で彼女を護り、自分が全てを護る力を持つ事を、ナルトに出逢った初夏の森の光の中で、強く心に決めたのだ。後継者として外されたなら自分に呪印が刻まれる。けれどそれが妹を護るための証であるなら構わなかったし、従兄弟が呪印に縛られて戦う必要が無いように、全ての脅威を消し去る為ならどんな痛みにも耐えられる。自分の存在ゆえに苦しむことになる二人の為にできる事を探していた弱い自分に、諦めない勇気と、生き抜くために戦う強さをくれたのは、日向を狙って現われた他里の忍から護ってくれた金色の少年だった。
その時自分は死んでも構わないと思っていた。自分が本家の後継者である為に憎まれているのなら、死んでしまえば全てが解決するとすら思っていたのだ。その弱さを、蹴り飛ばして笑った金色の残像が今でも瞼の内に蘇る。ヒナタの痛みなど些細なものだと思えるほどに、激しい憎悪と理不尽な害意の中で生きる事を強制された少年の心を知って受けた衝撃が、己の弱さを吹き飛ばす。
・・・自分は何も見ようともせず、ただ逃げていた。本当に護りたいと思うのならば、戦う事を選ぶべきなのだと、その為の強さと力を手に入れるべきなのだと、思い知る。
あの時から、ナルトの存在はヒナタにとっての導の光で、憧れであり、誰より尊敬する目標だった。
その彼と同じ大地にたつ資格が欲しいのだ。己が立てた決意を守って、大事なものを守るために戦う強さを手に入れたときにこそ、その資格が手に入る。そう思ったから、日向を至上とする両親が、期待通りの成長を見せない長女に対する落胆と侮蔑を隠さずぶつけてくる程度の事で傷ついて見せる事はしたくなかった。何時だって毅然とたって前を向くナルトの隣でそんな姿は見せたくなかった。だから、いつも通りにひたすら耐えていたヒナタは、そこで突然聞こえた言葉に己の耳を疑った。
[------ いい加減になさっていただけませんか。
先ほどから聞いておりましたが、それが命に関わる事件に巻き込まれて無事に帰ってきた娘さんに対する態度なんですか?日向といえば里の誇る名門一族。守るべき矜持も対面も一族の方々のプライドもおありのことでしょう。実の親子とはいえ直系のお嬢さんであるヒナタさんに厳しく接するのは仕方がないとは思います。
・・・・ですが、幾らなんでもそこまで言う必要はないんじゃないですか?しかも、無事を確かめるでなく、怪我の程度を聞くでもなく、私たちのような第三者の目前で、お嬢さんを貶めるようなことを口にするなど、無神経にも程があります。思うところがあるにせよ、ヒナタさんはまだ六歳の女の子なんですよ。幼いから甘くしろとは申しませんが、例え成人した大人であっても、こういうときは労わってあげるのが正常な人間としての反応なんじゃないんですか。
大体先ほどからまるでヒナタさんが原因で危険を引き寄せたとでもいうように責めますが、彼女は被害者ですよ。本来責められるべきは、里の警備に穴をあけた我々正規の忍であり、血継限界の血族の危険を承知で碌な防衛策も講じてなかった貴方方日向の方々なんじゃないですか。それを・・・・・」
「碇中忍。」
淡々とした口調で捲くし立てたレンの言葉を、隣に座っていた暗部姿のナルトが遮る。静かな表情で瞳だけを苛烈に煌かせたレンの視線をうけたナルトが、有無を言わせず黙らせた。日向の当主として、火影にすら礼を払われ里の忍からは常に畏敬の念を集める日向ヒアシは、遥かに年下の少女に面と向かって批難された驚愕に固まり、婦人はただ眼を見開いて停止し、ヒナタは余りの事態に呼吸すら止めて両隣の二人を見回す。そんな三人に一切構わず、ナルトは変化したため通常よりも低い声で言葉を続けた。
「・・・大変失礼致しました。
日向の御当主に対する無礼、重々お詫び申し上げます。
申しわけございませんでした。
碇には後ほど厳重に注意したしますので、どうぞご厚情の程お願いいたします。
では、お嬢さんは無事に送らせていただきましたし、
御当主方にも挨拶をさせていただきましたので、
我々は、そろそろ失礼させて頂きます。」
「あ、ああ。ではお二人とも。
娘を助けてくれたことには感謝する。ご苦労だった。
・・・・失礼する。」
丁寧なナルト(暗部姿)の詫びの言葉に再起動したヒアシが咳払いしつつ応える。高々十代の小娘に一々取り合うのも大人気ないと思ったのか、憮然としつつも礼の言葉を返して静かに退室する。その後ろに従う婦人がなにやらもの言いた気な視線でレンとヒナタを見比べてから無言のまま礼をしてでていった。
後に残されたのは驚愕に固まったヒナタと、無表情を崩さないナルトと、未だに苛立っている様子のレン。お互いに何か言いかけるが、そこが日向本家である事を思い出し、丁重な態度を保ったまま外にでる。見送りの名目で着いてきたヒナタと三人でつれだって広い敷地の境界への私道を歩いた。最初に口を開いたのはナルトだった。
「レン」
何時のまにやら結界を張ったナルトが、変化したままで声だけを元に戻して低く呼ばわる。その響きに、びくり、と肩を揺らして一瞬視線を泳がせるレン。ナルトはそんな反応を無視して続ける。そしてレンも真直ぐにナルトを見返して虚勢を張るように姿勢を正した。ヒナタは、初めて見るナルトの様子と、挑むように視線に力を込めるレンの姿に緊張して黙って居るしか出来ない。
「お前は、何を考えているんだ!相手は日向の当主だぞ!
確かにあの言い方にはオレもむかついたけどな。
面と向かって口答えなんかして良いわけあるか!!
後で苦情でも出されたらじっちゃんでも庇うのは難しいんだぞ、
わかってるのか!!」
「っ、だって!!」
「だってじゃない!!
そうやって感情のまま突っ走るのはよせと、何回もいっただろうが!!」
「だって、・・・・ヒナタちゃんの事を何にも知らずに、
ちゃんと見ようともしてないくせにあんな風にいうから!!」
「・・あ?」「・・え。」
ナルトの剣幕に、対抗しようと頑張りつつも僅かに腰を引けさせたレンの言葉に、勢いを止めるナルトと、思わず声を上げたヒナタが、呆けた表情でレンを見詰める。
「だって、さっきの言葉は要するに、ヒナタちゃんが弱くて後継者に相応しい実力もないんだから、波風を立てることなくただ邪魔にならないようしろって事でしょ!?
なによ、それ!!たとえ今の時点で多少力が伸びないからってこれから先は分からないし、努力に正しく見合った期待通りの実力を持てなかったら、全部無駄だとでも言いたいの?!
ヒナタちゃんは日向を存続させるための道具じゃないのに! 幾ら一族を守らなきゃならない当主だからって、あんな風に ヒナタちゃんの存在を軽く扱ったりしてゆるされるわけ?!・・・・ヒナタちゃんはヒナタちゃんでしょ?! ちゃんとした一人の人間で、誰かの為に存在する道具でも人形でもない!!
・・・・皆おかしいよ!!」
もうここまできたら、とでも思ったのか、勢い良く捲くし立てるレン。
ヒナタへの扱いに対する憤りをぶちまけながら、脳裏に過ったのは月の様な儚い少女の静かな言葉。「わたしには他になにもない」と言い切った彼女が瞳に浮かべた痛切な渇望を、今更深く理解しながら痛む心が、木の葉の里への怒りを煽る。何故こんなにも、人の心が軽んじられるのか分からない。どうして皆一人一人ならば誰かを大切にできるのに、組織として守るものを持った途端に、犠牲にされる存在を当然のように許容されるのか。忍の里である木の葉が力を保つために、血継限界のような力は確かに必要だろう。
・・・けれど、だからといってその一族に生まれたからというだけで、一族の為の道具にされて良い理由など、絶対に認めることは出来ない。それを、当たり前に甘受する人の言葉など、受け入れられるはずが無かった。
レンの勢いに押されて固まったままの二人は、興奮して肩で息をする彼女を凝視する。
「・・・でも、ヒナタちゃんのご両親に、あんな事をいってごめんなさい。
ヒナタちゃんにとっては大事なご家族だものね。
勝手に怒ったりして気を悪くさせちゃった、よね?」
深呼吸して気分を落ち着けたのか、一転沈んだ様子でヒナタの表情を伺うレンが小さく謝罪の言葉を口にした。確かに日向家当主の言葉に対する怒りはあったが、ああもあからさまに家族を罵られて、ヒナタが良い気分なわけはないだろうと今更思い当たって謝罪する。こんな風に考えなしの言動ばかりをしているからナルトが呆れるのだろうと思うと、落ちた気持ちが更に沈んだ。
呆気に取られていたナルトとヒナタは、完全にしょげかえるレンの姿を見て、同時に脱力して大きな溜息を吐いた。
(レンって)(レンさんって)
「・・・莫迦だな。相変わらず。」
「・・・優しいんですね。」
「・・ぅえ?」
重なった声に顔を見合わせるナルトとヒナタ。互いの感想の食い違いに思わず噴出す。それを、情けない表情で見比べるレンの気の抜けた返事に更に笑って歩き始めた。
「ぶっくくくくく・・・。ま、まあいいさ。何とかなるだろ。
(いざとなったら、脅迫でも裏工作でもして、何とかするし。)
お前は本当に、相変わらず莫迦だよなー。」
「ぅええ?!酷いよナルト!!
そりゃ、ちょっと考えが足りなかったかな、とは思うけど!!」
「ま、まあまあ、レンさん。落ち着いて。
・・ありがとうございます。私の為に怒ってくれたんですよね。嬉しかったです。」
「う?え、あ~、いえ、そんな・・・本当にごめんね。
勝手な事言ってたのは私も同じだよね。」
「いいえ、本当に、嬉しかったですから。ありがとうございます。」
ナルトを追いかけて必死に言い募るレンの顔を覗きこみながら、穏やかな笑みを浮かべて言ったヒナタの言葉に、顔を赤くしてうろたえるレン。それを見て更に笑いながら見守るナルトと、おろおろするレンに笑顔で繰り返すヒナタが続けた。
「ヒナタが言ってるんだから、素直に受け取っとけば?なあ、ヒナタ。」
「うん。・・レンさん、そうしてくれると嬉しいです。
あと、わたしのことはヒナタで良いですから。ね?」
「ぇえと、うん・・・。ありがとう!ヒナタ!」
眼を泳がせて言葉を探していたレンが、満面の笑みでヒナタに応える。その様子を穏やかに微笑んで見ていたナルトの表情を、レンの肩越しに目撃したヒナタは、内心で深く納得していた。
ヒナタの方を振り向いて、楽しそうに笑ったレンを見詰めるナルトの表情は今まで見たこともないくらい、甘やかで穏やかな優しい顔だったのだ。それを見て、ああ、そうか、と深くうなずく。里ぐるみの迫害にも、押し付けられた重責にも、決して負けずに戦う彼の強さは、この人の存在が理由だったのか。暗く深い闇でさえ、眩い光で切り裂いて真直ぐ進む彼の背中を支えているのは、この優しい人のぬくもりなのか。
そして、ヒナタにナルト側の事情を説明しながら、レンにはまだ何一つ明かしていないヒナタの事情を黙って察して、何も無かったかのように笑って秘密を守ってくれた彼女の思いやりに、両親からの言葉と態度に痛んだ心が穏やかに癒される。何も知らずにいたというのに、ただヒナタの存在が不当に軽んじられたから、と里の名家の当主に向かって真直ぐに憤って見せた彼女の直向な優しさに、中々届かない望みに疲れていた心があたためられる。
その瞬間からヒナタにとって、ナルトとレンは不可欠の存在としてこの心に刻まれた。
この二人が居てくれるなら、大嫌いな日向の家も、どうしても馴染めない木の葉の里も、自分を傷つけるものではなくなる。唯一大事だと思える従兄弟と妹を守るためだけに望んでいた忍の力を、二人の為になら惜しむことなく差し出せる。願いを叶える為の演技に騙されて、自分を冷遇する日向に対する未練も執着も綺麗に消えた。
ただ、大切な者だけを想ってこれからを生きていこうと思った。
彼らが住むこの里を、ついでに守るくらいは構わない。
けれど、天秤に乗せるまでもなく、ただ大事な人だけを守る力を手に入れる。
それが、ヒナタの忍としての根源だった。
++
「-- それでね、今日のから明後日まで下忍班の任務の他はお休みをくださるって、火影様とナルトから伝言。
後、私も一緒にお休みを頂いたから、ヒナタが良ければ家に来ないかな、と思って誘いにきたの。
イノ達は一度ご家族に言ってからもう一度来るって。 どうかな?」
「・・も、勿論伺います!!
あ、あの、日向の家のことは心配しないでください。
一度帰って言伝を残せば問題ないですから。」
あれから数年、今ではヒナタもナルトと共に影暗部として任務を任されるくらいの実力をつけた。やっぱりナルトとの差は中々縮まらないけれど、イノやシカマルやチョウジとは何とか同じくらいのレベルには届く事ができた。世界に大切なものが従兄弟と妹の二人しかなく、思いは真実でも一方的な好意でしかなかったために孤独な生を生きていた自分にできた大切な仲間の存在が、とてもとても嬉しくて誇らしかった。
だから笑った。
昔の自分が浮かべていた怯えたような曖昧な笑みでなく、
穏やかで暖かな感情が齎す喜びのままに明るく笑った。
余人の居ない場所で交わす、仲間達との会話は本当に楽しくて、
何時でも自然に笑えることが幸せだった。
回想した出会いの記憶に、更に深まる笑みを乗せた弾んだ声音で会話を続けた。あの時からずっと変わらず自分を見守ってくれている、大切な”お姉ちゃん”に微笑んでおねだりをする。自分たちを可愛がってくれているレンが、絶対に断らないことを見越した上で可愛らしく言葉を続けた。
「・・そ、それで、あの・・
イノちゃん達と一緒に、レンさんのお家にお泊りしてもいいですか・・?
わ、私も最近レンさんとあまりお話できなかったし・・・
ご、ご迷惑じゃなければ・・」
「勿論!!お夕飯も家で食べられる?
今日は卒業のお祝いだものね。
皆の好きなものをいっぱい作るからね。」
思ったとおりに快諾してくれたレンの笑顔と言葉に、喜んで即答した。冷たく余所余所しい場所でしかない日向の家より、大切な仲間たちとの晩餐を選ぶに決まっている。浮き立った気分のまま、レンの腕を引いて歩き出す。このまま買い物に向かって、ついでに伝言をと届ければいいだろう。それで後は一緒に料理を作って夜は皆でのんびり過ごそう。滅多にない休暇に位、平和な理由で夜更かしをしても許されるだろう。次々に楽しい計画を思い描くヒナタ。その楽しげな様子を見て微笑んだレンも一緒に歩いて商店街に二人で向かう。
人気のない演習場の木立の向こう華やかな笑い声が遠ざかる。
普段は殺伐とした雰囲気を漂わせる森の景色が、そこに居た少女達の空気が移ったように、柔らかで穏やかな春の日差しに草木が映える。可愛らしい鳥の鳴き声に葉擦れの音が重なって、暖かな世界が残された。
それは、強く笑って未来を掴む少女達の姿のように、優しく眩しい光景だった。
++
注記:♀シンジ(=碇レン)in N/A/R/U/T/O のクロス作品です
スレナル設定でお送りいたしております。
更に注記:このシリーズは、ナルト×碇レン傾向基本のお話です。
苦手な方はご覧にならぬよう、お願いいたします。
「火影を越す! ンでもって 里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ!!」
++
「・・・・だって。ナルトってば言うわね~。
ねぇねぇサスケ君とサクラの顔見た?
一瞬でも見とれちゃったのが悔しかったのかしら。」
「ったく、見ろよ。
カカシのヤローも呆けた顔してるぜ?よっぽど意外だったんじゃねぇ?」
「あははは、まぁ、ナルトだもんね。
流石のカカシ上忍も無関心のままではいられないんじゃない?」
木の葉の里で最も警備が厳重な筈の火影執務室に唐突に明るい子ども達の会話が響いた。今日やっと下忍になった孫のような少年がどうしても気になって、十八番の遠眼鏡の術で担当上忍との顔合わせの様子を覗いていた三代目火影の背後に、当たり前のように陣取って軽快な会話を続ける三人の子ども達。幾ら子ども達に害意がなく、己も水晶球に集中していたとはいえ、全く気配を悟らせなかった三人の成長に舌を巻く三代目。内心では幼い頃から見知った彼らの成長を嬉しく思いながらも、軽く眉間に皺を寄せる。そんな彼のことを半ば放置して、水晶球の向こう側に夢中な三人。金色の少年属する七班の面々を揶揄しながら、とても嬉しそうで誇らしそうな瞳で顔合わせの場面を見守る。ナルトと同年であるというのに、その表情はまるで弟を可愛がる兄姉のような慈しみに満ちている。
「メンバーがメンバーだからちょっと心配だったんだけど、
この調子なら大丈夫そうかしら。」
「あぁ?ナルトなら上手くやるんじゃねェ?
あの写輪眼のカカシが担当っつぅのはひっかかるけどよ。」
「平気でしょ。僕達も出来ることはフォローするし。」
強く気高い金色の少年が、本当に望む事を知っている。幼い頃初めて会った時から、ずっと自分たちの心を掴んで離さない彼の強さと輝きそのままに、太陽すらも従えて眩く笑うその姿はまるで至高の王のよう。木の葉の里の、暗く深い闇の中に生きることを強いられながら、決して影に埋もれることなく輝き続ける彼の姿は自分たちの目標だった。その彼が、新しい道の第一歩である下忍班の仲間たちに向かって笑う姿に、ほんの少しの嫉妬と安堵を交えて。火影執務室に侵入した子ども達は、遠くを映す水晶球を囲んで笑った。金色の少年を信頼しつつも心配を捨て切れなかった自分たちの過保護さに感じる気恥ずかしさを誤魔化すように、軽快な言葉を交わす。
が、そこで咳払いの音が響いた。部屋の本来の主でありながら、余りに自然に存在を忘れられていた三代目火影である。 とはいっても、実はこんな事は日常茶飯事だ。未だ十二歳という年少者でありながら、既に木の葉の里でトップレベルの実力を誇る”影”の最強暗部である彼らの力は、老年となった自分と拮抗・或いはすでに追い越されている。気配の一つや二つ隠し切るくらいのことはもう難しくもないのだろう。 だが、可能だからといって里最高の機密を抱える火影執務室に気軽に出入りし、尚且つ談話室代わりにされて良い訳が無い。無駄とは知りつつも取りあえずお決まりの台詞を放つ三代目。
「おぬしら・・・・何故ここにおるんじゃ。
お前達も担当上忍との顔合わせがあったはずじゃろう。」
まずはとばかりに三代目が子ども達に訊ねるが、返って来たのは明快で単純な一言だった。
「「「そんなの、とっくに終わりました(終わったぜ・終わったわよー)」」」
当然である。下忍担当上忍との顔合わせが始まったのは午前中だ。当の昔に正午を過ぎた今になっても終わっていないのは遅刻常習犯の担当上忍をあてがわれた七班の面々だけであった。そして火影の質問の本意を知りつつ適当に煙に巻こうとする子ども達。連携プレーもバッチリだ。
「いいじゃないですか火影様ー。
私たちだってナルトの様子を見たかったんですよー。」
子ども達の紅一点。淡い琥珀色の髪の勝気そうな少女が口を尖らせて言えば、
「そっすよ、大体火影様だって気になってるから水晶球使ってみてたんでしょ?
ついでに俺たちにも見せてくれたっていいじゃないっすか。」
長い黒髪を後ろで括った釣り目の少年がやる気のなさそうな顔で、ぼそりと付け加え、
「僕達じゃあ近くまで行くとナルトに気付かれちゃいますし。
あんまり気を散らすような事して邪魔したくないですもん。」
と、ふくよかな体型の少年が穏やかに笑いながら続ける。
そんな子ども達の言葉を聞いて疲れたように嘆息する三代目。そもそも自分もナルトのことが気になって水晶球で覗いていた身である。余り強く反論は出来ず、心持ち項垂れて子ども達の名を呼んだ。
「イノ、シカマル、チョウジ・・・・
だからといって気配を隠して忍び込むような真似はよせと、何回言えば・・・」
あっさりとあしらわれたことに疲労を覚えつつも、何回か繰り返したお小言を口にする三代目。だがそんなことで大人しく聞くような三人ではない。
「あはははは~いいじゃないですか。いつもの事ですし~」
琥珀色の髪の少女・・山中イノが朗らかに言えば
「大体表からだと変化しなきゃならないじゃないっすか。めんどくせー。」
黒髪の少年・・奈良シカマルがぼそりと呟き、
「どうせ正規ルート通る時だってある程度隠遁しなきゃならないんですし。
だったら、こっちの方が早いじゃないですか。」
ふくよかな少年・・秋道チョウジが笑顔で続ける。
流石親子二代に渡って猪鹿蝶トリオの名を受け継ぐ幼馴染同士。一糸の乱れもなく反撃する。まるで打ち合わせでもしたかのように滑らかな協力攻撃。
口々に言われてこめかみを押さえる三代目。遠い目をしつつ昔を振り返る。
(ああ、昔はあんなに素直で可愛かったのにのぅ・・・)
現実逃避と記憶の美化が成されているが、子ども達は昔からこんなノリである。素直な幼子であったことなど殆どない。そしてそんな三代目の内心を看破して呆れる三人。目を見交わして軽く嘆息する。
と、そこにノックの音が響く。一瞬気配に気付かなかった三人が慌てるが、すぐに誰が来たのかを悟って満面の笑みで扉に向き直る。一人だけ気配に気付いていた火影も穏やかな笑みを浮かべて入室を許可した。
「入れ」
「-- はい、失礼します。アカデミー第二医務室勤務、碇レン。
今期アカデミー卒業生の身体データ及び総合調査書を届けに参りました。」
カチャリ、と静かに扉を開いて入ってきたのは白衣を纏った年若い女性。漆黒の髪を一つに結わいて飾り気の無いシャツとパンツを身につけた、十代後半位の少女--レンが火影に書類を渡す。火影が書類を確認している間、楽にするよう手で示され、子ども達に向かって微笑んだ。
「おお、すまんのうレン。目を通す間そちらで待っていてもらえるかな?」
「はい、では失礼して。
・・・こんにちは、イノ、シカマル、チョウジ。三日ぶりかな?」
レンに微笑みかけられ嬉しそうに駆け寄るイノとチョウジ。シカマルはゆったりと歩み寄るが、その顔は珍しく眉間のしわもなく口元に笑みを湛えている。
「レンさん!!お久しぶりです!!三日も会えなくてさびしかった!!」
「ったく、イノのヤツ。たった三日で大げさだな」
「あははは、夜の任務と卒業試験でちょっと時間なかったからね。」
大げさに訴えてレンに抱きつくイノを見ながら言うシカマルにチョウジが笑って答える。殊の外レンに懐いている幼馴染の少女が、過剰なほどにスキンシップを図るのは何時ものことである。それに優しい姉のように自分たちを見守ってくれるレンを好いているのはイノだけではない。流石に抱きつきはしないが団欒の輪に加わろうとシカマルとチョウジも口を開いた。
「うふふ、私もイノに会えて嬉しいよ。もちろんシカマルとチョウジもね。
三人とも、怪我とかしてないよね?」
懐いてくるイノを抱きしめ返しながら笑って訊ねるレンに、頬を紅潮させて答えるイノ。まるで飼い主にじゃれ付く子犬のようだ。
「勿論です!!どっちの任務も簡単なのばっかりですもん!!
怪我なんかしてレンさんに心配かけたりなんかしません!!」
「あー、まぁそんな難しいのもなかったですし。」
「うん、昼はアカデミーでの護衛っていっても、皆も一緒に居るからね。」
「そっか、よかった。皆まだ若いんだから、あんまり無理しようとしちゃ駄目だよ?
今から無理に体を酷使すると、成長しにくくなったりするからね。」
明るく答える子ども達に言いながら、少しだけ心配を滲ませる。この年で暗部に在籍するほどの実力を持つ三人を、子どもだからと侮るわけでもなく、幼いからと庇護しようとするでもなく、ただ当たり前のように一人の人間として心配してくれるレンが、三人にとってもとても大切な存在だった。両親や幼馴染や火影様とは別の位置から、そうっと静かに見守ってくれる彼女が居てくれるからこそ、今の自分たちがあるのだと思う。そんな彼女の穏やかな気遣いに頬を緩ませる三人。特にイノは更に力をこめてレンに抱きつく。レンの方も子ども達から懐かれるのが嬉しいらしく優しくイノの髪を梳いている。と、そこで疑問に思ったのか、レンが少しだけ不思議そうに口を開いた。
「ところで、三人とも火影様の執務室で何してるの?
気配は消してたけど、その様子なら任務の話ではないんでしょう?」
イノに抱きつかれたまま小首を傾げるレンに、ちょっと視線を見交わす三人。表裏の立場を両方知っているレンになら大抵の事は何を話しても問題ないが、今回は完全な私用である。内容が内容だけに正直に理由を口にするのも照れくさい。要は、三人ともナルトのことが気になって様子を見るために火影の水晶を覗きにきたのだ。だがレンならからかったり笑ったりはしないだろうと、おずおずと口を開いた。
「ええっとですね、ちょっと気になることがあって、
火影様の水晶を覗かせてもらいに来たんです。」
「あ~、ほら今日下忍班の担当上忍との顔合わせじゃないっすか。」
「僕達は午前中に終わったんですけど、他の皆はどうかな~と。」
代わる代わる説明して照れたように眼を泳がせる三人。レンは、そんな可愛らしい様子に頬を緩め、くすり、と笑う。
「そっか、三人とも優しいね。」
「、っ いえ、そんな」
「ぁ~~」
「はは、」
頬を赤くして俯く三人の頭を撫でる。そこで書類を確認していた火影が言葉を挟む。
「あぁ、レン。報告書は確かに受け取った。ご苦労じゃったな。」
「はい、ありがとうございます。」
「今日はもう上がってよいぞ。
この報告書と卒業試験の準備でここ一週間殆ど帰宅してないじゃろう?」
「え、いえですが・・・」
火影に向き直るために名残惜しそうなイノを放して姿勢を正すレン。残念そうにしつつも仕方なく離れるイノ達を横目で見つつ労う。生真面目に礼をするレンに、穏やかに笑う火影が退勤を許可する。それに喜色を表す三人の子ども達と、躊躇うレン。その躊躇いを遮って火影は続ける。
「構わん。
こちらの仕事の方も、卒業試験の準備に入る前に纏めて片付けてくれたじゃろう。
その分の余裕があるから明日明後日くらいは休め。お主は少し働きすぎじゃ。」
言いながら執務机の脇に置かれた鍵付きの書類箱を示す火影。そう、実はレンは火影の臨時秘書も兼任していて、執務の補佐から暗部の任務振り分けまで幅広い書類仕事を任されているのだ。年若い少女ながら、既に事務担当の忍達の中では随一の処理能力を誇るレンであるから、その火影の言葉は破格のものと言っていい。しかし事務仕事というものは幾ら先に先にと処理しても、新しい仕事が無限に増え続けるものである。レンもそれを知っているから、他の者達の負担を考えれば火影の申し出を素直に受け入れることを躊躇してしまう。普段なら何を言っても休暇を辞退しただろうが、今日は火影に味方する者が居た。
「良いじゃないですかレンさん!!
只でさえいつも忙しくってゆっくり休む暇も無かったんですし。」
「そっすよ、幾ら内勤だとはいってもあれ以上働くとそれこそ過労になっちまいますよ。」
「無理しすぎるのも駄目なんでしょう?いつもレンさんが言ってることですよ。」
「え、っと、でもね・・・」
勢い良く捲くし立てられて押され気味のレンにここぞとばかりに追撃する三人。顔を合わせるといっても、お互いの仕事の都合や予定のすれ違いが重なって、滅多にゆっくり過ごせないレンが、珍しく纏まった休暇をとる。こんなチャンスをみすみす逃す三人ではない。
「そりゃ、ナルトみたいに殆ど一緒に暮らしていればいいかも知れないですけど、
私達は余り時間も合わせられなくて滅多に一緒に居られないじゃないですか!!」
「これから下忍班の活動が始まったら、昼間顔を見ることも出来なくなりますし・・」
「一緒にお昼食べたりとかも難しくなっちゃいますもん。」
「・・う~ん、と・・・(一緒に暮らしてるっていうか、偶に薬を取りに来てそのまま泊まることがあるくらいで・・。皆の場合はご家族もいらっしゃるからあまり食事とかに誘うのも申し訳ないし・・・。ああ、お昼休みに一緒にお弁当食べられないのは確かに寂しいな・・・。)」
寂しげな顔で迫る子ども達に強く出られないレンは、内心の呟きを口に出す暇も無く陥落寸前である。そこで、最大の援護射撃が送られる。
「・・・・ナルトにも、裏の任務の休暇を与える。
今回の卒業でアカデミーの護衛任務も一区切りついたことだしの。
明日も表の下忍試験のみとする。無論他の影達も同様で構わん。
・・・・・・・そういうわけじゃ、ナルト。」
「・・へぇ、気前良いじゃん。
じっちゃんってば、なんか悪いモンでも食ったの?」
ふ、っと新しい気配が生まれたと同時、軽やかに舞い降りる鮮やかな橙の小柄な影がレンの横に並ぶ。今までレンの説得に夢中だったイノ達三人は元より、説得されてる最中だったレンも一瞬驚いて動きを止める。流石は老いても火影というべきか、完全に消していなかったとはいえ、現木の葉最強の実力を誇る”影”暗部総隊長であるナルトの気配に始めから気付いていた三代目はその憎まれ口に苦笑しつつ言葉を続けた。
「まあ、偶にはな。お主らにはいつも忙しく働いてもらってるしのう。
卒業祝いだとでも思ってゆっくり休め。」
「んじゃ、ありがたく。・・・・・で、レンも休むよな?勿論」
火影の言葉ににやりと笑って傍らの少女に殆ど断定する口調で問うナルト。そんなナルトに、レンが逆らえるわけがない。困ったように眉根を寄せて不敵に笑うナルトと、縋りつくように見詰めるイノ達と穏やかに笑って返事を待つ火影を見比べる。・・・・・此処まできたらどれだけ時間をかけたところで無駄な抵抗である。レンは諦めたように一つ息を吐いてから、姿勢を正して火影に頭を下げた。
「・・では、碇レン。ありがたく、休暇を頂戴いたします。」
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スレナル設定でお送りいたしております。
更に注記:このシリーズは、ナルト×碇レン傾向基本のお話です。
苦手な方はご覧にならぬよう、お願いいたします。
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ナルトは、目の前で痛みを堪えるような弱弱しい表情で微笑む少女を見ていた。
表情を動かさず一言も喋らずに、ただ静かに彼女の答えを聞いていた。
そして内心で呟いた第一声は、
(・・・・・ばかじゃないのか。こいつ。)
だった。
目の前の少女は、全部自分の勝手なエゴだと語った。だから、自分を気遣う必要はない、といって静かに笑った。反対に、そんな勝手な理由でナルトに関わろうとした己の事を本気で申し訳なく思っていて、それをナルトが怒って詰ることすらも既定の未来として黙って覚悟している事も見て取れた。彼女が本心からそう思っていることもナルトにはわかった。必然的に身についた洞察力が、レンの言葉を真実だと知らしめた。別にそれを怒ったわけではなかった。
(あんな風に本気で怯えていたくせに、そんな顔で笑うのか。)
男たちと対峙した時の彼女の恐怖は本物だった。ナルトを庇って真直ぐ立っていた彼女の姿は凛としてとても力強かったけど、一目で分かる相手との実力差に、危機感を感じて緊張して怯えていたのも本当だった。それを必死に隠していたのはナルトを安心させるためだろう。
(あんな事をして、無事に済んだことのほうが稀なことだと知ってるくせに。
オレをまだ気遣っている。)
暴行されていた子どもが、”うずまきナルト”であることを知った上で助けに入った彼女の言葉に、偽りは一つもなかった。
あの時冷静に男たちと対峙していたように見えた彼女が、内心でとても緊張して激昂していたことはすぐに分かった。だから、男達に向けてられた台詞が、殆ど反射的に口からでた強引な詭弁のような内容であっても、それが紛れもなく彼女の本心からの言葉だということも本能的に理解していた。
あの時彼女は笑って言った。ナルトが”九尾の器”ではなく、里人達の主張のように”九尾”そのものであったとしても、「だからどうした」と不敵に笑った。「目の前に傷ついた子どもが居るのに、それを助けることに理由など必要ない」と言って鮮やかに笑ってみせた。ナルトを憎む里人達に限らず、事実を知っている火影達ですら、時にナルトと九尾を混同するのに。彼女は強く笑って、その全てを一蹴したのだ。
(オレへの好悪の感情を別にして、皆が”九尾”をまず最初に意識するのに。
こいつはそれをしなかった。)
彼女も確かに九尾の器としてのナルトを知っていた。ナルトの問いに答えた時に過った翳りは、その境遇や九尾への感情からくるものかも知れなかったが、彼女の行動の理由はそれとは確かに違うのだ。火影が自分に向ける想いととても似ていて決定的に違う想いは、心の深くをやさしく触れてあたためる。
(だってそれは、もしもオレが”器”ではない只の子どもでも、
同じように助けようとしてたって事じゃないのか。)
(じっちゃん達だって、里の奴らの迫害を悲しんでも心の何処かで容認するのに。
それをはっきりと否定した。)
(オレが”九尾の器”であるなら、向けられるのも仕方がない、
と諦める彼らの憎悪をこいつは本気で否定した。
オレが全部を受け入れる必要なんかない、
オレが傷つけられて耐えなきゃならない理由なんかない、と。
・・・じっちゃん達も言ってくれなかった言葉を、初めて会ったこいつが言うのか。)
(じっちゃん達に悪気がない事なんか分かってる。
・・けど、結局はオレが、”うずまきナルト”である前に、”九尾の器”であるっていう
前提が付いてしまうだけのことだ。)
ナルトにとって、里人達の憎悪も嫌悪も空気よりも当たり前に存在するのが日常で、自分をそれ以外の感情をもって見てくれる存在は本当に少数だった。己が実の父親に九尾封印のための器にされた事は知っていた。三代目が崩壊寸前の里を精神的に安定させる依り代として、己の出自を隠した上で里人達にその存在を知らしめたことも既に理解出来ている。それらは本来ナルト自身には隠されている筈の事実だったが、赤子のナルトにすら容赦なく迫害を加える者達が溢した言葉を繋げれば呆気ない程簡単に推理できる事柄だった。封印を成した四代目火影が己の父であることも、自分との相似を発見してしまえば簡単に気付けてしまう程度の事だった。幼いからと侮って居た為かあからさまにぶつけられる事実の欠片は、幸か不幸か早熟で頭の回転が速かったナルトにとって、目の前に解答を広げられている状態と変わらなかった。
最初は怒った。次に父と火影を恨んで、最後には静かに諦めた。己の境遇に対する感情を抜きにして考えるなら、確かに里を生かすための方法は他になく。それを選ばなかったなら自分もその時死んでいたことにも気付いてしまったからだった。同時に、納得できるかは別として、彼らが火影である以上その選択を責める権利は誰にも無いと考えた。
(オレは、生きていたい、と思ってる。
ならばオレにも、里を生かした”火影”の事を、恨む権利なんかないんだろう。)
けれど、里人達が己に向ける執拗な憎悪と、その感情を鎮める為の暴行は、とてもではないが受け入れかねるものだった。むしろ、ナルトははっきりと里人達を嫌悪していた。その言動の勝手さに激しい怒りを持っていた。里人達が住む里を護るために力を尽くす木の葉の忍も同様に、嫌悪と怒りの対象だった。
覚えている限りでも、一部を除いた者達は幼いナルトを様々な方法で迫害してきた。それこそ赤子の時分から今に至るまで。火影がせめて、とつけた監視役の護衛がぎりぎりで助けに入らなかったら当の昔に嬲り殺されていただろう程に激しい暴行を加えられてきた。本来ならナルトを護る筈の護衛すら、本当に死ぬか死なないかの瀬戸際まで傍観している事すらあったのだ。不幸中の幸いか、四代目が、せめてと施した改良された封印術によって、封じられた九尾のチャクラがナルト自身の力に還元されるようにされていた。そのお蔭かナルトは驚異的な回復能力を持っていた。その能力のお蔭で、幼く無力な幼児であっても何とか生きてこれたと言っても良かった。しかし、その回復能力を目にした者達は、ナルトが簡単に死ぬ事がないと知るや、さらに容赦なく攻撃を加えてきたのだ。そんな生活を生まれたときから強要されて、何一つ恨むなというほうが無理である。
三代目や一部の人間達が向けてくれる好意や優しさに感謝はしていた。周りの者達に引きずられる事なく慈しんでくれた彼らを、確かにナルトも好ましいとは思っていたが、それだけで他の全てを許して受け入れる事などできる筈もない。同時に、彼らが抱く罪悪感と後悔の念はナルトの心をささくれさせて、同情と哀れみはナルトにとってひどく持て余すものだった。彼らを今更恨む事は無くとも、それらの思いはナルトの環境を否応なしに意識させるものでしかなく。ナルトの境遇を見て耐えかねるように与えられる謝罪と感謝は、ただ互いの溝を深めるだけのものだった。だから、ナルトは彼らに対する恩と好意を感じても、それが深い情愛に育つ事はなく、尚更里への想いが薄れる要因となっていた。
(皆には確かに感謝している。
オレが多少なりともまともに生きていられるのは皆の庇護があるからだ。)
(けど、どうしても、皆の期待に応えるために忍になるのは嫌なんだ。)
(じっちゃん達が言うように、立派な忍の条件が、
苦境を”忍び耐える”ことの出来る強い精神であるというなら。
・・・オレは忍になんかなってやらない。なりたくないんだ。絶対に。)
ナルトは、三代目が己を慈しむ感情と火影としての立場から物事を判ずる理性との鬩ぎ合いの結果、里人達の憎悪と迫害を悲しみつつも仕方がないこととして黙認している事に気が付いている。そして里を護る忍としての立場から、ナルトにもその考えを肯定して欲しいと思っていることも知っていた。ナルトに好意を向けてくれる人達も、ナルトへの暴行が如何に非道なものかを理解しながら、”里の安寧”のために払われる代償の一環と考えている節があることにも気付いてしまった。別に三代目達が特別非情なわけではない。里を護る事を第一に考える忍びとしての判断が、そういう答えを出してしまうだけの事。
(オレはそれにどうしても同意は出来ない。
オレに対する里人達の感情を変えようなんて思わない。
それは本当に如何でもいいんだ。
けど、じっちゃん達の言うように、”立派な忍”になって
木の葉を護りたいとも思えないんだ。
・・・だって、皆の希望は、おれが”うずまきナルト”だからのものじゃない。
その期待は皆、”九尾の器”で"四代目火影の子ども”に対するものだろう。
それに、たった一つくらい、オレにも自由に選ぶ権利があってもいいだろう。
生死の自由すら里の為に縛られなきゃないらないのなら、
それ位、望んでもいいだろう?)
どんな理由であっても一度顕現してしまった強大な力は、存在するだけで周囲に影響を及ぼす力となるのだ。特に天災とすら称されるほど強大な力を有する九尾なら、里の武力の一つとしてだけでなく、火の国に住まう人外の存在に対してすら確実な牽制として利用できる。古来から世界のあらゆる闇と関わりを持つ忍の里の人間が、それを考え付かないはずもない。ならば尚更”九尾の器”の生存は、里にとっては必要な装備の一環として使われる。・・たとえ、”ナルト”が死んだ後でも、その体を死んでない状態で保存する方法くらい幾つもあるのだ。そうやって、ナルト本人の生死にすら関係なく、ただの防衛の為の道具として、利用されてしまうだろう。
(だからオレを生かしているんだって事くらいもう知ってる。
けど、そこまでオレの自由を里の為に縛られなきゃならないのなら。
オレの意思に関係なく、命の選択権すらないのなら。
・・せめてその位の我侭を通してやろうと思っていたのに。)
目の前の少女は、己の身を省みず、本気でナルトを護ろうとした。高々下忍の小娘が、上忍達に歯向かってまで、ナルトを庇って立ったのだ。自分も傷を負ったのに、最初にナルトを気遣った。"九尾の器”としての価値など考えもせず、ただの子どもにたいする様に当たり前の優しさを向けて笑ってみせた。それが、どれほどナルトにとって得がたいものかに気付くことなく、黙って耐えたナルトの思いを踏みにじったと考えて、彼女は儚く笑うのだ。
(オレが黙って暴行を受け入れる事を決めたのは生きるための代償だ。
忍にならないという我侭を通すなら、せめて今まで通りに里の安寧の
代償として、憎悪のはけ口くらいは務めて見せようと思ってた。
忍にならないという我侭を通す積りなら、身を護る術も持つ事は出来ないままだから、
憎悪のはけ口になる位しか生きる術はないと、思っていたのに。)
レンの言葉に揺れた心を隠すように表情を凍らせて、黙ったまま目を伏せた。その自分の雰囲気に彼女が身を硬くする。その仕草が、ナルトの怒りを覚悟しての怯えである事も正確に理解して、なんだかとても気が抜けてしまったナルトは、こみ上げる笑いを堪えて柔らかな声で正直な感想を口にした。
「・・・・・ばっかじゃねーの?」
(自己満足だといいながら、結局は、
ただ目の前で傷つけられていた存在を、見捨てたくなかっただけだろう)
(おまえ自身が否定したその衝動を、”優しさ”というんじゃないのか)
(なのに、そんな風に遠回りの理屈をつけて、自分を卑下して傷つくなんて、)
「ほんっとうに、ばかだな。・・・アンタも、・・・・オレも。」
目を伏せて地面を見ながらそこまで言って、勢い良く顔を上げれば、目の前には呆然とした少女の顔が。予想外の反応にどう返していいかわからない、と顔に書いた状態で、ナルトのことを真直ぐ見ている。ナルトの怒りに怯えたくせに、目を逸らすことなくこちらを見ている。それを見て、さらにこみ上げる笑いの衝動を堪えることなく、ナルトは楽しげに笑って見せた。
「・・なぁ、あんたの名前は”碇レン”でいいんだよな?」
「・・・ぇ、と、あ、うん!改めて、碇レンといいます。
一応今は下忍の任務と、医療の基礎を勉強しています。」
笑い出したナルトに戸惑っていたレンは、唐突なナルトの言葉に慌てて答える。言葉と共にぎこちない笑みをうかべたレンの混乱を面白そうに見やりながら、ナルトは明るく話を進める。散々こちらを精神的に振り回した意趣返し、とばかりにわざとらしく会話を続けた。
「なら、レンって呼んでいい?オレの事もナルトで良いから。
それと、オレの手当てよりもレンの方が先じゃねぇ?
その腕、痕が残ったら嫌だろう?女なんだから。」
「え、あ、うん?ぇぇと、でも・・・」
「ほらほら、早く行こうぜ!この近くに泉があんだよ。
そこで手当てすればいいだろ。こっちこっち」
いいながら手を引いて歩き出すナルトを追いかけながら、レンはやっと安心したように微笑んだ。その笑顔に、ナルトも笑みを更に深めて二人で楽しげに並んで歩く。そして、近くの泉でお互いの怪我を手当てしあった。思ったよりも深かったレンの傷にナルトが眉を顰めたり、九尾の回復力を目の当たりにしたレンが、もう痛みは無いのかとか、回復力の副作用で体力を奪われたりしないのかとか過剰に心配してみせて、ナルトを再び呆れさせたり。手当てが終わった後も何と無く別れ難くて、二人で日暮れまで他愛のない会話をしたり。
いつもと同じように外にでて、いつもと同じように里人達の暴行をうけて、いつもと同じようにただ黙って心身の痛みをやり過ごす。そんないつも通りの春の日が、ほんの少しの偶然でナルトにとっての”特別”な日になった。初対面の子どもをなりふり構わず必死に助けるほどお人よしで、そんな自分をエゴイストだと卑下して、こんな子どもの怒りを本気で恐れて見せるのに、決して相手からは目を逸らさずに真直ぐ見詰める変わった少女と友達になった。優秀で下忍としては強いけど、向こう見ずで弱気で怖いもの知らずな変わった少女。”いわくつき”の里の忌み子を、ただの子どものように扱って、何気ない言葉一つで相手を優しく癒せるようなあたたかな少女と、ナルトはこの日友人になった。
だからこの日ナルトは決めた。
確かに自分は九尾の器で、里人達の憎悪の対象。
木の葉の里を精神的に安定させるための生贄だけど、自分は自分として生きる事。
今でも里人達への嫌悪と怒りは持ったまま、木の葉の忍に価値は見出せないけれど。
初めて友人となった彼女が体を張って護る程の価値が”ナルト”にあるなら、己が身を護るために必要なくらいの力は持ってみようか、と思った。
他者の悪意や害意を恐れるくせに、傷つけられた子ども助けるために武器を構えた男達に向かって見せた少女が住むこの里を、護る力を持ってみるのも悪くないか、と思った。
少し変わった力と多少優れた才があっても、未だ下忍の域を出ていない程度の実力で、無謀にも上忍に向かってしまうような彼女に護られる立場に居るしかない理由が、己の弱さであるのなら、誰よりも強くなろうと思った。
日暮れが訪れる頃には綺麗に消えた己の傷を見て嬉しそうに笑った彼女が、その腕に巻いた包帯の白さに、ほんの少し眉を顰めて。彼女が傷つくことなく笑っていてくれるなら、それだけでも自分の決意の意味はある、とナルトは思った。
この里で自分が力を着けることの意味を知っている。
その全てを踏まえた上で、彼女を守る事が出来る資格が欲しかった。
決して”木の葉流”の忍にはなれないけれど、
それでも此処で忍としての力を望んでみようかと思う。
それが、切欠。
++
そして今、掲げて見せた額宛は、あの日の決意の証でもあった。
あの日の夜、執務を終えて帰った火影に、それまでは頑なに拒否していた修行を頼んだ。火影はとても驚いて理由を聞いてきたけれど、頑なに黙る自分に結局折れて秘密裏にその準備をしてくれた。そして周りを驚愕させるほどに順調に実力を手にして、僅か二年で暗部になれたのは自分でも驚いたけど、同時にとても嬉しくて彼女に報告に行ったことを思い出す。何故か酷く疲れたように庭を眺めていた彼女は、自分の姿と報告に、初めて会った日の様にあたたかく笑って祝ってくれたのだ。里人達に不要な懸念を抱かせないように、表ではナルトの実力を隠さなければならなくてアカデミーに通わされている事も話して、レンが養護教諭として配属される事を教えられて現金に喜んだのは今思い出しても子どもっぽい反応だったろうか。里人達に危険視されない程度のスピードで成長しているよう見せなければいけないことは面倒だったが、それでも価値はあったかなと思う。
アカデミーでは新しく友人や信頼できる教師に出会ってさらにナルトの世界は広がった。
あの日決めた決意は揺らがないまま、新しい決意も幾つか出来た。
実力を隠して己の安全性をアピールするための演技をしなければならないから、掛け値のない本音は晒せない。けれど下忍としての仲間達に告げた言葉の半分は本心だった。
いつか本当に全ての火影を超える位に強くなって、
大切な人たちを護ることが今のナルトの目標だった。
里全てを想えなくても、大切な友人達が住む場所が平和で穏やかな
世界であるように、もっともっと強くなる事が今のナルトの夢だった。
本当に、昔は決して考えもしなかった今の自分が掲げる未来の形が、
何よりも誇らしかった。
だから笑った。
太陽すらも霞むほどに眩く強く輝かしい光を纏って。
誰にも内緒で決めた決意を、胸の中で繰り返し呟いて。
近くで見詰める三対の瞳も、
遠くから水晶で覗いている幾対かの瞳も、
残らず強く惹き付けて。
これからの自分も変わらず誇らしく在れるよう、誰より強くあるために。
真直ぐと全てを見詰めて、世界の全てすらも己のものとする様に。
気高く強く、眩く 笑った。
++
一方その頃、ナルトを抱えた少女は今更のように冷や汗をかきながら必死に走っていた。
ナルトを助ける事には後悔はなかったが、一度激昂すると見境なく突っ走る己の行動の無謀さに少々どころでなく落ち込んでいるのだ。あそこで下手をうっていたら自分はともかくナルトがさらに酷く傷つけられていたかもしれない。彼らの攻撃が自分に向けられた結果何があったとしてもそれは自業自得だが、仮にも助けに入ってナルトが更に傷つくなどと本末転倒もいいところである。
ああやって正当性を掲げて理不尽に暴力を振るう輩の行動パターンは身をもって知っている。黙って耐えていれば笠にかかって残虐さをいや増すくせに、耐えかねて反撃すればこちらの非だけを取り上げて己の正義を押し付ける。どちらをとっても悪いのは標的となった存在で、どれ程傷つけられたとしても加害者はこちらのほうとされるのだ。その者を助けたりした者も同様に、罰せられる対象となる。そんな事はわかっていたが、目の前で嬲られている小さな子どもを見捨てる事は、どうしてもしたくなかった。
(・・・かといって殆ど反射的に乱入したのは、
・・・少しどころでなく拙かったよね。やっぱり。)
小さな子どもに暴力を振るう男達の姿を見た瞬間に我をわすれて乱入してしまったが、ともすれば一瞬で混じっていた上忍達に返り討ちにされたかもしれないのだ。無事だったのは一重に自分が子どもであったため彼らが油断したからだろう。正攻法での突破は無理だと判断し、一か八かの強攻策にでたがどうやら成功したようだ。念のため気配を探ってみるが男達は追ってこない。完全に意図したとおりにいっているなら、今日の事も忘れて取りあえず報復や逆恨みされる危険もないはずだ。
(・・・ないよ、ね。多分。うん、ちゃんと成功したはず!!大丈夫、大丈夫!!)
熱を持って疼く両手を意識しつつも強引な自己暗示で己の気分を浮上させる。でないと何処までも自己嫌悪でしずんでいきそうだ。取りあえずの精神安定に成功してから、改めて抱えている子どもに目を落とす。どうやら展開の速さに再び混乱して固まっているらしい。無防備に晒されたこどもの表情は可愛らしかったが、相手はけが人である。何時までもこんな乱暴な扱いをしていて良いわけがない。怪我の手当てをするべきだったが、ならば自宅に連れて行ってもいいだろうか、と考えていると、そこで色々な思考の渦から抜け出したらしい子どもが猛然と暴れだして足を止めざるをえなくなった。
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ナルトは、本気で混乱していた。なんだろう今の状態は。今日はいつもと変わらない普通の日だったはずだ。安全の為といっても監禁に近い生活をしなければならない火影邸より、多少(どころではないが)危険でも外にでて散歩くらいはしたい、と思って里人が殆ど近づく事の無い森に行くために外出した。そこで運悪く(未だにうまく気配を消しきれないため殆ど毎回だが)性質の悪い男たちに見つかり暴行うけた。下手に反撃すれば彼らの暴力が激しくなるし、こっちが反対に暴行罪で掴まることもあるから大人しく耐えて彼らがあきるのを待っていた。そう、いつもならそんな自分を冷笑や嘲笑を浮かべて見下ろす野次馬が通りかかる事があっても、暴行を止める人間など居なかった、のに。
(なんだ、なんなんだ?なんでオレは初対面の女に抱えられて走ってんだ?
・・・て、ぅぇぇぇ!!?)
改めて自分が少女の腕に抱かれている現状を認識して恥ずかしさと混乱で手足をばたつかせる。・・が、ナルトよりも年かさといっても十歳やそこらの少女の細腕のなかで、幼いといっても物心付く程度の成長はしている幼児が暴れたりして、安定を保てるわけが無い。ということは、
「って、ちょっ、まって!!
降りたいなら降ろすから、少し落ち着いて!!~~~っうきゃぁ!!」
「~~~~~~っ!うわっ!!」
こうなるに決まっている。
暴れるナルトを地面に落とすわけにもいかず、かといってバランスを保ちきれるわけもなく、二人で重なるように仰向けに引っ繰り返ったのだ。ナルトの怪我に響かないようになるべく衝撃を殺して小さな体を抱えたまま倒れる事は出来たが、自分の傷まで気を回しきれなかったらしい少女が、無言で痛みを堪えている。その様子をみて、些か慌てたらしいナルトがおろおろしながら顔を覗きこんだ。
その必死な様子をみた少女は、半ば無理やり痛みを思考の外に追いやってナルトに向き直って笑ってみせた。実際、この程度の痛みなら"昔”も今も不本意ながら日常茶飯事である。神経や骨まで傷ついているほどではないのだ。それより、目の前の子どもの方が如何見ても重傷なのだから、と考えて笑顔のまま口を開いた。
「ごめんね、少し乱暴にしちゃったけど具合はどうかな?痛いのは-- ぇぇと、全身だろうけど何処が一番痛いとかある?取りあえず手当てしようと思ってたんだけど、私の家でもいいかな?それともナルト君のお家に行ったほうがいい?そうするにしても、取りあえず応急処置くらいは済ませたいんだけど、いいかな?」
そこまで一気に捲くし立てた少女は、ナルトが表情を変えたことに気付いた。今まで慌てていた事もあって年相応の少年らしい様子だったのが、酷く緊張したように険を含んだ硬い表情でこちらを睨みつけている。
「・・・あんた、オレが”うずまきナルト”だって知ってるんだよね。」
「え、あ、うん。あぁ、そっか。私は碇レンっていって、ええと一応今は下忍の-- 「そんなこと後でいい」-- えっと、そう?・・・・あ、ごめんね。うずまき君ってよぶべきだったか-- 「そうじゃなくてっ!!」 ぅぁっ、はい!」
警戒も露わにこちらを睨むナルトの様子に、どうしようか、と呑気に考えながら取りあえず自己紹介をしてみた少女--レンは、言葉を途中で遮られて姿勢を正す。名前を知っているからと気軽に呼んでしまったが、初対面の人間に馴れ馴れしくされて気分を害したのかと謝ってみても、そちらも外れていたらしい。一方向に思考を固定すると他の事に気を回せなくなる自分の悪癖を自覚だけはしていたレンは、また何か失敗したのかとびくびくしながらナルトの言葉をまった。だが、そんなレンを鋭く観察していたナルトは、彼女の言葉にも行動にも何の作意も無いことを察したらしく (って、いうかこいつ天然か?) ひどく脱力した様子で口を開いた。
「---そうじゃ、なくて。 ・・・・なんで、オレを助けたりしたんだよ。
オレがナルトだって知ってるんなら、そんなことしてどうなるかも知ってる筈だろ。」
力なく溢されたナルトの言葉に、レンは目を瞬いた。今のナルトの言葉は遠回りであっても、レンを心配するような響きを含んでいて、それが意外だと感じてしまったためだ。別段ナルトが薄情な人間だと思っていたわけではない。ただ、彼が幾ら状況的に助けられた相手とはいえ、初対面の人間に僅かであってもそういった気遣いをしてみせたことがレンにとっては想定外の反応だったというだけだ。それは、彼の境遇を鑑みれば当然持つべき、見知らぬ人間に対しての疑念や警戒を後回しにしてまで、レンの身を気遣ってくれたということだからだ。そのナルトの優しさは、自分には決して出来ない彼の強さの証でもあった。
「ありがとう、ナルト君。優しいんだね。」
けれど、それがとても嬉しかったから思わず満面の笑みでお礼を言った。殆ど反射的な行動で深く考えないまま言ってしまってから、これじゃ質問の答えになっていない事に気づいて少し慌てる。ナルトの方も、脈略のない返事を返され唖然とした顔でこちらを見返す。次の瞬間にはたちまち顔を赤くして勢い良く食って掛かってきた。狼狽えている所為か、少し支離滅裂な言葉になっているナルトに謝りながら、改めて己の思考を整理して返答の言葉を探した。
そもそもナルトが初対面の人間に気を許せる環境で生きていたわけではない事は今日の一件で理解した。今まで直接関われる環境にはお互いが居なかったため、彼についての里人達の憎悪の欠片を見聞きすることはあっても、それが具体的にどういったものなのかは理解していなかった。それがどれ程愚かなことだったのか、あの場面を目撃して衝撃とともに思い知った。最初にあの場を通りかかった時に、小さな子どもを寄って集って嬲り者にする男たちの行動に怒りを抱いたのは事実だったが、あそこまで激昂したのはその子どもがナルトであると気付いたからだ。「里人の憎悪の対象として生かされた九尾の器」であるナルトの現状を、実際に目で見て初めて衝撃をうけたと言う事実そのものが蒙昧さの証のようで、己に対する怒りと侮蔑も相まって一瞬で限界まで頭に血が昇ってしまったのだ。
(・・・私だって、彼の犠牲を知っていて何も知らずに平和に生きた。他の里人を責める資格など無い癖に。)
九尾の襲来で、家族や友人を喪った人は多い。
むしろ、誰一人近しい人をなくさなかった人間を数える方が早いくらいだ。
自分もあの夜、母親と、生まれるはずだった弟妹を亡くした。複雑な感情を抱いてはいたが、それでも家族として生きていた人が欠けた家に感じる寂しさも、喪われた人にはもう二度と会うことが出来ない現実も、悲しみと痛みを伴って心を傷つける棘のようだった。ならば、本当に愛し合っていた家族や友人を亡くした人達にとって、その喪失はどれ程深い傷なのかと思う。その痛みを誤魔化すために、悲しみを憎悪に変えてしまった里人達の情動が理解できないわけではなかった。”過去”の記憶の中で、あの破滅への計画を実行した”父”と、世界全ての滅亡を承知の上で傲慢な計画を創り上げた”母”を。大切だと思えた全てを奪った計画と、それに関わる全てのものを。確かに自分も憎んでいるから。その感情の変遷に対しては、反発よりも共感する思いの方が大きく思考を占めていた。・・・それでも。
「おいっ!! 聞けってば!」
どう返事をしようか考えている内に思考に嵌って黙り込んでしまったレンは、訝るように再び声をかけたナルトに気付いて我にかえった。事ある毎に内に篭って何処までも後ろ向きに思考を展開させるのは、”過去”から言われ続ける己の悪い癖だった。何一つ己を省みないよりはマシかもしれないが、問題点を取り上げるだけで解決に至っていない以上は只の逃避行動と大して変わらないだろう。成長のない自身の情けなさに内心で嘆息しながら、今の状況を思い出してきちんとナルトに向き直る。
「ええと、ごめんなさい。理由、だったよね。えっと、
・・・ナルト君が、あんな風に傷つけられているのを見ているのが、嫌だったから。」
会話の途中で思考に没頭してしまった非を詫びてから、改めて言葉を探す。けれど結局見つけた答えは、何処までも自分本位な勝手な理由で、一瞬だけ言葉に詰まった。そんな己を嘲りながらナルトの問いへの答えを返す。ナルトは、その様子を感情の窺えない深い視線で黙って見ていた。
「自分が、それを見たくないから、その為に助けたの。」
(九尾を憎む皆の気持ちが理解出来ないわけじゃない。
けど、それはナルト君を傷つけていい理由にもならないでしょう。)
(だって、この子はただの器で。九尾を止めるために、最大の犠牲となった里の恩人。
ナルト君が居なければ、この里はあの夜壊滅していて、皆死んでいたはずでしょう。)
(ナルト君の存在に、九尾を思い出して感情に歯止めがかけられない理屈はわかる。
わかってしまう。未だに父上にも母上にも、”父さん”と”母さん”を重ねてしまう私が
責めていいことじゃない。)
大切な人達を失った原因が全て”両親”にあるとは思っていない。確かにあの計画の最中に大切だったものを皆なくした。けれど、大切な少女を助けられずに死なせたのは自分の弱さで、彼女の同胞から逃げて傷つけたのは自分の愚かさで、大切な友人を殺してしまったのは自分の卑劣な幼稚さだった。あの時の戦いを、全て辛いだけのものにしたのは自分の所為であったけど、だからといって全てを画策した”両親”に対する怒りと憎しみが薄れる理由になりはしないのだ。その想いが消えない以上は、この世界に存在する”両親”の平行存在である両親に抱いてしまう複雑な感情も消える事はない。それがどれ程勝手な言い分かも理解だけはしていたが、未だに改善する事が出来ていない未熟さだった。そんな自分が、九尾に対する怒りと憎しみを抱き続ける里人達にいえる事などある筈も無い。
(だけど、この子に全ての矛先を向けてしまうのは間違いだと、思うから。
あんな風に憎しみと怒りの捌け口に、無抵抗のナルト君を嬲り者にすることが
正しいなんて、どうしても思えないから。)
(この子の中に九尾が居るのは本当だけど。
だからってこの子を傷つけても、それは九尾に届くものじゃない。
ならば、それはただの八つ当たりと如何違うのか、私にはわからない。
もしも、ナルト君に対する攻撃が、九尾にも届いてしまうものだとしても、
ナルト君が巻き添えにされていい事でもない。)
(自分を棚上げしていると言われても、やっぱりそれは違うでしょう。
・・違う、と思う。だから )
「だから、止めたの。
ナルト君が傷つけられて良い理由なんて無い。
あんな風に暴力を振るわれて、黙って受け入れなければならない理由なんて無い。
・・・あんな風に、ただ耐えているナルト君の姿を見るのが、嫌だったから。
・・全部、私が勝手にそう思ってしたことだから、
ナルト君が気にする必要はないんだよ。」
そっと、吐息のように幽かな声で答えたレンは、澄んだ青を真直ぐ見詰めて淡く笑った。彼女は自嘲の笑いの積りだったが、傍から見ればそれは消えてしまいそうなほど、酷く儚い笑みだった。最後まで身じろぐことなく少女の言葉を聞いたナルトは、そこで静かに目を伏せた。同時にナルトが纏う空気が変わる。ひどく重くて、冷たく鋭い雰囲気は、まるで永久凍土の氷のようだ。レンは、それをナルトの怒りゆえの拒絶と信じて、心の中で嘆息しつつ呟いた。
(ああ、やっぱり怒らせちゃったよね。
・・・手当てくらいは先に終わらせてから話せばよかったかな。)
こんな利己的な理由で助けられたなど、ナルトにとってもいい迷惑だろう。確かに今日の危機は脱したが、それとこれとはべつの事。だから、ナルトの怒りも当然のものとして受け入れて、罵倒の言葉と軽侮の視線を覚悟する。けれど、聞こえた台詞はそのどちらにも当てはまらない、とても柔らかな声で綴られたものだった。
「・・・・ばっかじゃねーの?」
++
「火影を越す! ンでもって 里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ!!」
少年は、新しく仲間になった者たちの前で、誇らしげに言い切った。
アカデミーを卒業し、大好きな教師が己を認めてくれた証である額宛を強く掲げて、未来への決意を語った。
普段の悪戯ばかりする幼さを取り払い、強く輝く瞳の青さはまるで澄んで深い海のよう。
里人達が憎悪を込めて忌々しげに見やる金色が、畏敬の念すら覚えさせるほどに神々しく光を弾く。
その瞬間、無関心に眺めやる教師も、嫌悪も露わに見ていた少女も、露骨に見下していた少年も、確かに心を惹き付けられた。
少年の言葉と表情には、とても強い決意と、深い思いと、壮絶な覚悟が込められていた。
裏側に隠された少年の真意を知ることがなくても、目を離すことが叶わぬくらいに真直ぐに心を貫く力を持っていた。
そして彼らの視線を一身に集める少年は、内心で今の自分の姿に笑った。
幼い頃は嫌悪すらしていた忍としての生き方を、建前混じりであっても誇らしく語る今の自分の変化に笑った。
忍になることを自らの意思で決意した、その瞬間を想って笑った。
++
大陸最強と謳われた木の葉の里が、崩壊寸前まで追い詰められた惨劇の夜から数年たった、とても暖かな春の日のこと。うららかな陽射しが眠気を誘うのどかな昼下がり。
里の外れの森との境で、全身を泥と血で汚した幼子が殺気を纏う男達に囲まれながら、呆然と立ち尽くしていた。
幼子が見上げる先には一人の少女が立っている。
年のころは10歳位。年齢的な平均よりは身長が高く反比例して華奢な体つきの少女が、傷ついた幼子を背後に庇ってたっていた。傍から見れば大の大人が殺気だち、年端もいかない幼子と華奢な少女を取り囲む異常な光景。・・・だが、それは幼子を庇う少女の姿以外なら、この里では当たり前の光景だった。
子どもの名前はうずまきナルト。 里を救うために差し出された九尾の器。
彼に対する里人達の暴行は、すでに日常の一環として行われるものとなっていた。
その日も、いつも通りに町を歩くナルトに絡んだ数人が、いつも通りに憎悪を込めて嬲っていたところだったのだ。ナルトにとっても、それらは最早日常生活の一環とすら言えるほどに当たり前の出来事だった。里人達の暴行は執拗で容赦がなかったが、里最高権力者の火影の命令で命だけは保障されていた。逃げようとしたり反撃したりすれば倍になって返されるだけだから、無駄な事はせずただ嵐が過ぎるのを待つように耐えていた。そこまでは、いつもと同じ展開だったのだ。・・なのに。
少女は片手に深い裂傷を負っていた。暴行を加える一人が振りかぶった鉄棒を弾いた時に出来た傷だった。どちらにとっても予想外の乱入者の姿にしばし時が止まる。男達は戸惑ったように武器を引き、庇われた幼子は呆然と少女の腕に視線を落とす。誰もが混乱しているなかで、少女だけが冷静に己の立ち位置を明確にするために身じろいだ。その拍子に滴った赤を見て、ナルトは呆然と彼女を眺めていた瞳に焦燥を走らせる。日常的な暴行で血の色を見慣れていたはずの彼が、初めて血を見たときのように恐怖すら覚えて無意識に少女に近づく。それに気付いた少女は、その時初めてナルトのことを振り返り、安心させるように微笑んだ。その表情にも仕草にも不自然な箇所はなかったが、だからこそ再び前を向いた彼女の腕から目が離せなかった。
少女が苦痛を感じない筈はなかった。流れ出る血量は辺りの地面を染めるほど。ぱっくりと開いた傷口に視界が赤く歪んで眩暈がする。知らずに服を掴んだ手のひらに重ねられた温もりに安堵して、同時に彼女の震えを感知する。
考えるまでも無く当然だろう。少女は己よりも年嵩ではあったが、多く見繕っても精々十才前後にしか見えない。どれ程優秀な者でもその年齢なら良くて中忍、普通ならアカデミー生、もしくは下忍というところだ。比べ、彼らを囲む男たちは成人した男性で、しかも中忍や上忍らしき者も数人交じっている。唯でさえ一対多数の状況で、忍は一般人に対する攻撃に関して厳しい規制がある。例え正当防衛だったとしても事実確認は厳密に行われ、その間は資格の凍結や謹慎処分を受ける事もありえる程の重罪である。それを逆手に取られれば不利なのは明白。それで無くとも中忍や上忍を敵に回して無事に切り抜ける事は難しい上に、忍同士の私闘も同様に厳しく罰せられる。例外は犯罪者を現行犯で捕える為など、正当性が認められる場合だが、この状況で彼女と向う側とどちらの証言が受け入れられるかなど簡単に推測できる。加えて理由が自分を庇っての行為となったら、情状酌量の余地も無く厳しく罰せられることなどわかりきっている。
この里では、それが ”当たり前”のことだった 。彼女の年齢でも、それを知らないはずはないのに。・・・・それとも、庇った子どもの正体に気付いていないのか。だとしても、上忍や中忍の行為に高々十歳程度の小娘が逆らうなどと愚かしいにも程がある。無謀な少女の行動に対する呆れと同時に、他人から無条件に向けられた気遣いを、嬉しい、と感じてしまう。一方で自分が誰か気付けば手のひらを返すのだろうと酷く醒めた思考が浮かんぶ。
そのナルトの葛藤を後押しするように、暴行に加わっていた男の一人が少女に向かって口をひらいた。
「おい嬢ちゃん。邪魔をするなよ。
俺たちは、ただ仇を討っているだけさ。
あんたも知ってるはずだろう?そいつは俺達から家族を奪いやがったバケギツ--- っ」
「おい!!それ以上口にしたら掟に触れるぞ!!」
荒んだ口調で言いかけた男の言葉を仲間の一人がとめる。しかし其処まで口にして、ナルトが九尾の器であることを理解できない者等、それこそ生まれたての赤子位だ。緘口令は敷かれていたが、九尾封印の器と成った子どもの存在は公然の秘密として里人全てに知られた事実。後数年後なら知らない世代もいるだろうが、未だあの惨劇から数年の今、知らない者等零に等しい。
彼女も、当然気付いただろう。なら彼女も私刑に加わるか。それとも手を振り払って冷たい視線で見下ろすか。 其処まで考えてナルトは哂った。何を今更。
ナルトにとって、世界には二種類の存在しか居なかった。すなわち、自分に危害を加えるか、加えないかの違いだけ。そして危害を加えない人間は本当に僅かで、それもただ直接攻撃を加えてこないというだけの存在としてしか認識してはいなかった。それも当然。 ”危害を加えてこない”側に属している者達の殆ども、 直接害意を向けてこない、と言うだけでナルトの存在を認めないと言う意味では大して変わらず、ナルトに負の感情以外を向ける人間など極少数しか居ない。 好意を向ける存在など本当に数人だけで、三代目火影とその側近、或いは四代目の友人や事情を知ってる関係者くらいのものだった。
中でも三代目は実質的なナルトの保護者として可能な範囲でナルトを気遣い慈しんで護ろうとしてくれている。勿論それがナルト個人ヘの優しさではなく、里の力の一端としての九尾の器への政治的な配慮からくるものもある事は承知している。そうでなければ、只でさえ多忙を極める里長が、いくら四代目の遺児であるといっても世話に手のかかる幼子を庇護することが容認されるはずもない。しかもナルトの出自は里最高の機密事項だ。知ることを許されたのは四代目と個人的に付き合いのあった数人と執行部の最高幹部だけの状況で周囲を納得させる事は難しく、結局は事後承諾の力技で保護することになったのだ。里の上層部の承認がなければいくら火影であっても許される暴挙ではなかった。
里の上層部にとって、ナルトは四代目の遺児でなく、親を失った哀れな子どもでなく、未来の里の力となる可能性を秘めた守るべき幼子の一人でなく、人間としてすら認識されてはいなかった。彼らにとって”うずまきナルト”という単語は名前でなく名称だった。彼らがみたナルトは無力な人間の幼子ではあったが、それは単なる器の形としての認識で、その本質は巨大な力を内包した爆弾つきの駒だった。ナルトの保護を容認したのは里を生かすための方策の一環であって、火影の希望も子どもの安全も関係なかった。
巨大な尾獣を宿した器が不安定になれば、その封印も同時に危険に晒されることになる。今の疲弊した木の葉の里に、再び九尾に対抗する力などあるはずも無い。ならば、どれ程疎んじても器本人の生命の安全と封印を自ら抑制できる位の心身の成長を保障する事が必要であると里の上層部は判断したのだ。また、その巨大な力を制御可能な存在として保有する事は他里への牽制の為の武力として利用できると考えた。その程度の事は少し冷静に考えれば誰でもわかる理由ではあった。大多数の里人は私情に駆られて認識すらしない理屈でもあったが、それすら織り込み済みで下された決断だった。
しかし火影の想いにはそれだけではない好意も確かにあって、ナルトを酷く戸惑わせた。優しさの理由が "九尾の器” であり、”災厄の象徴としての里の生贄” に仕立てられた子どもにたいする哀れみと、子どもの未来と里の安寧を天秤にかけて選んでしまった罪悪感からくる同情でしかなくても、ナルトにとって好意と呼べる感情をくれる存在は希少なものだった。けれど感じた戸惑いが、無心に甘える事を許さなかった。だからナルトにとっての三代目は保護者ではあったが家族ではなかった。三代目自身が、負い目を持ちつつナルトを孫に向けるものとよく似た愛情を抱いてくれていることも知ってはいたが、受け入れて良い思いではない事も誰よりも理解していた。そして、火影が里を護る存在である以上、どれ程彼の愛情が本心からの想いであっても、それは里人達の平穏よりも優先される事情ではなかった。
そんな状況で、通りかかっただけの少女が己の事を知って尚、気遣ったりする事などありえない、とナルトが断じてしまっても仕方がないことだった。
それでも、振り払われる掌が掴む虚空に、なにも感じない程に己の状況を受け入れきっているわけでもなかった。だから、突き放される前に自ら離れようとした。反射的に少女の服を掴んでしまった手を離して彼女の前に出ようとした体は、けれど優しく押し留められた。まるで傷を労わるような仕草に虚を突かれたナルトは思わず少女の顔を目上げる。その不安と疑念を色濃く宿した自分の瞳をみて、少女は心配を滲ませた柔らかな仕草で小さな体を抱きしめた。全身にこびりつく血や泥を厭うことなくナルトの事を抱きしめた彼女は、反対に己の傷から流れる血でナルトが汚れないように気遣って慎重に腕を動かす。彼女の漆黒の髪が風にゆれて頬をくすぐり、澄んだ深紅の瞳は柔らかな光を浮かべて真直ぐな気遣いを伝えた。・・・そんな風に、まるでただの子どもに対するように優しくされたのは初めてで、今度こそ本当に混乱して固まってしまった。動揺しきりのナルトの背中をそっとなでる手のぬくもりに、やっと僅かに力を抜いた自分を再び背に庇った少女は真直ぐに背筋をのばして男たちに向き直る。
一連のやり取りを呆けたように見ていた男たちは、少女の視線に我に帰って気色ばむ。あからさまに無視され続けた状況を反芻して苛立った彼らは、怒号を上げて武器を構えた。向けられる憎悪と殺気が怖くないわけがない。それでも彼女は取り囲む男たちを冷たい視線で見渡して、緊張で冷えた手を強く握り締めて立ち上がる。
そして笑った。鮮烈に。 まるで光を弾く刃のような鋭さで。
殺気交じりの澱んだ空気を切り裂く澄んだ声音が、取り囲んだ男たちを制した。
「好い加減にしてくださいな。
大の大人が寄って集って無抵抗の幼子を嬲る理由に
どんな正当性が認められると思うんですか。
--- 例え貴方方の言い分のようにこの子の正体が、”それ”だったとして。
だからなんだと言うんです。目の前に傷ついた子どもが居るんです。
それを助けて何が悪いと?私は未だ未熟でも医師の端くれ。
けが人を保護するのに理由なんか必要ありません。
理解できたなら其処をどいてください。
---- 道を開けろと言ってるんです!!」
言葉と同時に、不可視の壁が爆発したように拡がって男達を押しのけた。その隙を付いて少女はナルトを抱えて走り抜ける。残されたのは、寝起きのように呆として二人の背中を見送る男達。外傷はなく数分後普通に意識は覚醒したが異常に疲労した状態で、ここ数時間の記憶が曖昧になっていた。しばらく困惑して互いの顔を見合わせていたが、そのままではどうしようもないので首を傾げつつ散り散りに帰宅していった。
何処までも美しい青い空を、禍々しい赤が染め上げた。
強大な妖獣の尾の一振りで、沢山の人が殺された。
平和な町が焦土に変わり、骸さえ残されずに焼き尽くされる。
その日、栄華を誇った大陸最強の忍の里が、為す術も無く滅ぼうとしていた。
+++
戦場から僅かに離れた屋敷の一室。
我が子の誕生の知らせに駆けつけた夫と、薬を使用してまで無理やりに子どもを生む事を強要された妻が向かい合う。本来ならば喜びだけに満たされるはずの場所なのに、新しく生まれたわが子を挟んで対峙する二人の顔は、敵同士のように厳しいものだった。戦場から離されているにも関わらず強い血の匂いに満たされた産室に、若き火影の声が響いた。
「この子は、里の英雄になるんだ。
里の勢力をあげても倒す事の叶わない九尾を唯一征する方法はこれしかない。
他の者には出来ない、僕と、君の血を引くからこそ可能なことだ。---わかってくれ。」
「いいえ、いいえ、私の御子を妖獣への生贄になどさせませぬ!!
その術を行使すれば貴方も息絶えるのでしょう。
その後誰が、化け物の揺り籠となったわが子を抱いてくれるというのですか!!
貴方は人の憎しみと弱さを見くびりすぎ、強さと優しさを過信しすぎています!!」
疲労にやつれて尚美しい女性が、激しい怒りを隠しもせず木の葉の里の新しき里長に食って掛かる。母としての想いのみでその身を支えて抗弁する姿は力強く、里最強の忍である四代目火影ですら気圧された。周囲に控える侍女や護衛の忍になど口を挟めるはずもない。激しく伝わる戦場の気配に焦燥だけが募る。 そこで再び口を開いた里長の声は痛みを堪えるように掠れていたが、それでも決意を翻すものではなく、再度子どもの未来を語る。
「-- この子は里を護って英雄になるんだ。
このままでは里が滅ぶのも時間の問題でしかない。
そうなれば、この子もただ死ぬだけだ。---- わかっているだろう。」
「貴方はっ---!」
怒りを宿した瞳の輝きの強さだけは変わらずに、弱弱しく横たわった妻の体から生気がどんどんと失われていく。最愛の存在がもうすぐ逝ってしまうのがわかっているのに、最後まで一緒に居てやる事もできない。だから、感情を廃した声で事実だけを告げる。
「この子を、 ナルトを、九尾封印の器にする。
僕は、僕の持てる力の全てで、ナルトの命と--- この里を護るよ。
だから ・・・・・」
「--- っ どうあっても聞き届けては下さらないのですね。
ならば私は貴方を、いいえ四代目火影を決して許すことはできません。
愛しいわが子を贄にすると知らされて、笑って頷く母親などおりませぬ。
・・・ですが、私は貴方の妻です。
だから、共に逝きましょう。私を封印の場に連れて行ってくださいな。
死神の腹の中で、共に罰を受けますわ。
もうすぐ命の尽きる私には、それしかできる事がありませぬ。
・・・・・ナルト、貴方を置いて逝く私を、許して欲しいなんて言わないわ。
けれど、どうか生き延びて。幸せになって。 お願いよ--- 」
其処まで言って気を失った妻の顔を撫でながら、四代目火影--カヤクは、へその緒すら繋がったままのわが子を抱いて一瞬だけ瞳を翳らせた。それだけで全ての感情を隠しこむ。
彼女が言った言葉は、全て正鵠を突いていた。 多くの人々を殺した九尾を、里人は決して許すまい。九尾の器となるわが子は、封印が完成した瞬間から冷たい世界に放り出される。三代目にナルトのことを頼んでも、恐らくこの子を護る力には程遠い。 自分が死んだ後にその地位に戻されるだろう彼が、ナルトだけを優先する事は許されないからだ。 どうあがいても、ただ生かす事だけが精一杯になるだろう。 そんな事、本当は最初からわかっているのだ。 全て知ったうえで、ナルトを苦しめる道しか選べぬ無力さを隠すために大儀を振りかざした自分の弱さも。それを最後には受け入れてくれた妻の想いも。
それでも、自分は決定を覆さない。
それを後悔する資格も、すでに持ってはいなかった。
自分は、火影の名を継いだのだ。その瞬間から、彼は何よりも里を生かすことだけを選ばなければならない立場に立っていた。 ・・妻の言葉に揺らいだ心を、周囲に悟らせることは許されない。 ただ、蒼穹のような美しい瞳に固い決意だけを宿して踵を返した。
そして里を襲った大妖は、容易く見えるほど一瞬の間に封印された。
巨大な方陣の上に残されたのは安らかに眠る赤子が一人。
唯一最後を見届ける事を許された老いた火影が、ゆっくりと歩み寄り慎重な手つきで赤子を抱いた。その目に宿る悲痛は誰のためであったのか。手つきだけは慈しみに溢れた優しい仕草で子供をだいて、冷徹な表情で側近を呼び出す。これから自分が告げる言葉で、この子の一生が決められる。その、重みがのしかかって心が揺れた。それでも声に感情が表れる事は無く、朗々とした長の言葉は静まり返った戦場に響いた。
「 封印は成った。四代目が命を賭けて九尾を封じた。
器となったのは、この赤子。 天災とまで称される巨大な妖弧を封じた子どもじゃ。
名は、ナルト。 ・・うずまきナルト。
里を護るために、四代目に----っ、託された、子ども、だ。
この子を、里の為に育てる。身に宿った尾獣の力が、里を護る力になるじゃろう。
この瞬間から、九尾の器に関する一切についての口外を禁じる!!
破ったものは忍・一般人問わずに重罪に問う!!よいな!! 」
抱いた子どもの温もりが、大切な存在の喪失をつきつけた。---- 己が選んだ新しい火影は、もう居ない。あの輝かしい魂を、見ることは二度と叶わない。その傍らに寄り添っていた美しい夫人の姿も。二人が幸福と希望を抱いて、未来を語った柔らかな光景も。
往年の威厳を取り戻して命じた三代目の姿に、呼ばれた忍たちは恭しく跪いて恭順を示す。その瞬間に、木の葉の最高権限は、この老いた火影に返された。その空虚な痛みを悟らせる事無く、集まってきた忍達を見渡した。俯き隠された表情に、同胞を奪われた憎しみが浮かんでいるのを感じても咎める権利は彼に与えられていなかった。奪われた悲しみと、喪失を埋める為の憎悪に染まった人々の姿に、零れそうな溜息を飲み込んで壊された里に向き直る。
幾つかの隠された事実が、絶望と怨嗟に囚われるはずだった里を救った。
喪失が齎す空虚を埋めるための心の澱みはたった一人に向けられる。
それが、わが子を託したカヤクの願いに反していると知っていながら、選んでしまった結論だった。里を護る火影、なら、それを選ぶ事を知っていて愛子を託したカヤクの想いが、自分には痛すぎた。
それでも、己は選んだ。
未来を押し付けられた子どもを代償に、この里は生き延びた。
それだけが、事実だった。
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
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書きたい物を書ける時に好きに書き散らしてます。文頭には注意書きをつける積りですので、好きじゃない、と思われた方はこのHPを存在ごとお忘れになってください。(批判とかは本当勘弁してください。図太い割には打たれ弱いので素で泣きます)
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