こんにちは暁です。
60010 番 リクエストを下さった方、大変お待たせいたしました。
「「現実からの転生」で主人公最強のPT厳し目、できればゲームシステムを流用した戦闘もの」のssでございます。
まず、申し訳ございません。やっぱり戦闘場面は無理でした。そして、現実転生設定なのですが、完全なオリキャラにするべきかどうなのか迷いまして、現実世界のルークがゲーム世界に、という形にしてしまったのですが、よろしいでしょうか・・・?
PT厳し目はクリアできたと、思うのですが・・・・本当にすみません。こんな話では嫌だと仰るなら、なるべく頑張って書きなおさせていただきます。どうぞお申し付けください。
では、現実世界のルークが、ゲームの中で目覚めた場合のPT厳しめ話です。
セントビナーをでてカイツールに向かう途中の道中のお話。イオン様は少し贔屓気味。
”ルーク”は、とても疲れていた。
趣味の一つに剣道と鍛錬があるだけあって、体力には自信があった彼が、高々半日道を歩いただけで、もう二度と外の道なんか歩きたくないと思うほどに。
「(・・・・丈夫さと鍛えぬいた体力が、俺の唯一の自慢だったんだが。・・・・さすが、異世界)」
・・・・その疲労の原因を、とりあえず己の意思が介在しえない超常現象に求めるくらいに、精神が限界だった。
「(つーか。・・・・・・・・・・なんで、この!俺が!
・・・・・・・・・・・・・・・ゲームの世界なんかに飲み込まれなきゃなんねぇんだよぉ!!!!!!)」
音にはできない絶叫を、空に向かって吠える。
・・・・ルーク・ファブレ。17歳。在日独逸人の祖父母の血を引くおかげで、朱金の髪と鮮緑の瞳という派手な色合いで生まれはしたが列記とした日本国民。少し体が弱いけど若々しく優しく芯が強い母と、不器用ではあるが母と子どもへの愛は誰にも負けないと豪語する父と、ひたすら口が悪いが生真面目な双子の兄をもつ、勉強が嫌いで剣道と鍛錬と友人との遊ぶこととゲームが何より大好きな高校二年生。・・・・・そんな彼は、只今人類史上他に類に見ない厄介事に現在進行形で巻き込まれ中。
{(・・・・・・・他に同士がいたら是非会ってみたいね!!
・・・・・んで、俺だ!?・・・ローレライの、馬ーーーーーー鹿っ!!)」
この世界の神的存在を罵倒してみる。・・・・・・彼は、なぜかある日突然に、ゲームの世界・・・テイルズ オブ ジ アビスの中の登場人物、しかもゲームクリア後、この主人公の立場にはなりたくないと思わず呟いた「ルーク」(これも厄介極まりないことに同姓同名だった。興味を持ったきっかけでもあったが、余計に色々複雑だ)として、目が覚めてしまったのである。
「(なんでだ?!前日やっとゲームをクリアしたと思って寝たのが朝方だったのは覚えてる。で、たたき起こされたと思ったら、そのゲームの中だったとか、どんな悪夢だよ?!)」
「ちょっと、ルーク?あまりぐずぐずしないで頂戴。
唯でさえタルタロスがなくなって日程が遅れているのよ。
早くキムラスカに辿り着かなければならないのだから」
「ルーク、どうした?なれない旅で疲れてるかもしれないけど、ティアやイオンだって頑張ってるだろ?
わがまま言わないでちょっと我慢しろって。」
「おやおやお坊ちゃんには少々きついですか?
でも此処はあいにく温室の中ではないので、我儘を聞いてくれるご両親はいませんよ?」
・・・・さらには、目が覚めたときに周りにいた彼ら。ティア・グランツ、ガイ・セシル、ジェイド・カーティス。この三人が、何よりルークの精神を削り取る元凶であった。
「あの、ルーク?大丈夫ですか?疲れたなら少し休憩でも・・」
「ご主人様ー?」
この二人はまだいい。方や癒し系の年下少年。方やちょっとうざいが純真な小動物だ。17歳のルークには少々もてあまし気味の幼い直向きさが眩しいが、一行唯一の和み要素である。気恥ずかしいからぶっきらぼうにしか言えないが、この二人となら会話をするのもそれなりに楽しいと思える。だが
「導師イオン!ルークを甘やかすことはありません!!
優しくするとすぐ調子に乗るんですから。」
「まあ、ちょっと休憩には早い時間だし。・・・まだ少しくらい頑張れるよな?ルーク」
「本当に困ったものですねぇ。私たちは急いでるんですよ?」
こいつらである。
偉そうに調子に乗るなとか言いやがったティア。・・こいつは確か神託の盾騎士団の師団長に特別訓練まで受けた士官候補生とかいう設定だったはずだ。今は新兵に毛が生えた程度の一兵卒でも最低1・2年位は専門に教育を受けた軍人が、ゲーム初期の時点で「ルーク」と同レベルってのはどういうことだろうか。しかも、屋敷内で嗜みの剣術しかしてなかった非戦闘員を、あろうことか守ると嘯いた次の瞬間に魔物の前に押し出して前衛での戦闘を押しつけやがった女である。ゲームプレイ時には、まあゲームだし・・・と流したが、実際本人と面と向かってこきおろされると苛立たしいことこの上ない。厚顔無恥な駄目軍人その一という認識しか持てなくなった。
「(調子に乗るなとかお前に言われる筋合いはねぇよ。
どこの世界でなら非戦闘員に守られなきゃまともな攻撃も防御もできねぇ軍人の存在が許されンだよ?!・・・・魔弾のリグレットの特別訓練とか士官候補生としての学校入学とか・・・つくづく無駄設定だよな・・・どこら辺にその設定が生きる要素があったんだ?)」
胡乱な視線をティアの隣に移す。こいつもこいつだ。
「ルーク」の親友設定のガイ・セシル・・・確か現時点ではまだ一族の復讐を諦めていない筈だが、それにしたって仮にも公爵家で十数年も過ごしておきながら、此処まで「公爵子息」を使用人の己と同等・あるいは格下扱いできる神経を疑う。あくまで「ルーク」は復讐の対象でしかないにしたって、ガイの態度はあり得ない。本気で復讐をやり遂げる気があるって言うならもう少し本音と建前の使い分けくらい覚えろというのだ。本当に「ルーク」を友達だと思ってるならもっとありえないが。互いが対等の身分だとしても、最初から最後までルークを「我儘坊ちゃん」呼ばわりし続け「ルーク」の言葉を全て子どもの我儘だと切り捨てる行為を繰り返しても尚「親友」を名乗れるあたり、こいつも厚顔無恥その2だと認識するしかない。
「(・・・で、こいつだよ。)」
最後にマルクト国軍大佐のジェイド・カーティスに視線を移す。
こいつが一番あり得ない。徹頭徹尾「ルーク」を見下し切っていやがるが、それは仮にも職業軍人の成人男性がとっていい言動だろうか。こうつにこそ本音と建前の使い分けを覚えろと言いたい。・・・・・ルークは確かに頭が良くない。ゲーム世界の「ルーク」もだが、自分だって趣味である剣道とか遊びとかに夢中で学校の成績は常に赤点を辛うじて免れる程度のレベルだ。(赤点を免れる程度には勉強している。補習や追試なんて面倒な事に時間を浪費するなんて無駄の極みだからだ。そんなことする位なら、剣道の練習時間や鍛錬の時間を増やしたいし、友達との約束も儘ならないではないか)
しかし、である。仮にも一国の皇帝から名代を任され、今の今まで小規模から大規模なものまで延々争いを繰り返してきた敵国へ、和平を申し込みに行く使者の態度として、あり得ないほどに致命的な言動だということくらいはルークにも理解できた。何故、ルークにしか理解できないのかが、現時点で最大の謎であるが。
「・・・・・・・あの、なぁ。かなり疑問に思ってるんだが・・・・ジェイド。聞いていいか」
どんな理屈でゲーム世界の登場人物になり替わる、などという現象に巻き込まれているのか知らないが。もうなるようになれとヤケクソで開き直ったルークは、取りあえず口に出して疑問をぶつけてみることにした。腹の内で吐き出していた厚顔無恥その1その2への愚痴は無理やり飲み込む。苛立たしいが、面倒だからだ。
「おや、なんです?お坊ちゃんの教師は、そこの従者殿にお任せしますよ。私は忙しいのでね。」
「なんだよルーク?俺にこたえられることなら教えてやるぜ?」
「俺はジェイドに聞きたいんだよ。」
「ちょっと、ルーク!あなたそれはガイに失礼よ?」
途端口を挟む二名を黙殺する。ジェイドにのみ視線を合わせていると、面倒そうに肩を竦めてこちらに向き直った。
「・・・なんですか?急いでいるので、手短にお願いしますね。」
無視されて不満げな二人がルークを睨むが、ジェイドの言葉は遮れないのか黙った。イオンは唯首をかしげて成り行きを見つめ、ミュウはルークの傍に近寄ろうと地面を転がる。
「・・・・・ずっと、思ってたんだが。ジェイド、お前、なんで俺を馬鹿に出来るんだ?」
「は、なんです、お坊ちゃまは私の態度が気に入らないと?ですが生憎・・・」
「お前が個人的に俺を嫌ってるのはどうでもいいんだよ。
俺だってお前なんかに好かれようと思ってねぇし。
そうじゃなくてだな。・・・・お前、俺の身分を言ってみろ。」
「なんです、今さら。キムラスカ王国の第三位王位継承者、ファブレ公爵家のご子息でしょう。」
「ルーク?」
呆れきった眼差しに侮蔑まで乗せるジェイド。不思議そうなイオンとミュウ以外の二人も、またか、とでも言うように見下す視線でルークを眺める。「我儘お坊ちゃん」をジェイドが言い負かすのを待てばいい、とでも思っているのが丸わかりだ。
「それを知っていながら、全く理解していないようだな。
ジェイドはこれから、元敵国のキムラスカに和平を申し込みに行く筈だな?」
「そうですね。」
「なのに、何故、俺をあからさまに見下す態度をとり続けるんだ。」
「なんです?私が貴方に丁重な態度をとらないのがそんなに気に入りませんか?」
「・・・・・・・・・・お前、そんなにキムラスカと戦争を起こしたいのか。」
「「「ルーク!!?」」」
冷めきった眼差しでジェイドに吐き捨てると、途端耳障りな声で呼ばれる。
「貴方、いい加減にして頂戴!
大佐に向かってその態度を改めなさいと何回言わせるつもり?!
戦争を起こさないための使者に失礼でしう?!」
「ルーク、あんまり困らせるなよ。何が気に入らないんだ?」
「ルーク、どうしたんですか?」
「ご主人様ー?」
「・・・・・」
うんざりする。とりあえず純粋に疑問だけを浮かべるイオンに向きなおりながら、すり寄ってきたミュウを肩に乗せる。
「イオン、敵国と和平を結ぶってことはだな、分かりやすく個人の問題に当てはめると、喧嘩してた相手に謝りに行くとかして和解するってのと同じようなもんだよな?規模に天地の差があるが。」
「ええ、そうですね。」
「でだな。例えば、俺が・・・・ガイでいいか。ガイとものすごい喧嘩をしたとする。で、顔を合わせればその喧嘩の原因を持ち出して、延々といがみ合いを続けたとするな?」
「はい。」
「で、例えば俺がいい加減喧嘩を止めたくなって、仲直りするために、イオンに仲裁役を頼むとするな?」
「はい。」
「仲直りするには、片方からだけでも謝るのが一番だ。それをガイが受けてくれれば喧嘩は終わりだ。
そう考えて謝罪をしようとした俺が、ガイのところへ謝りに向かう途中で、ガイの大切なもの・・・コレクションの音機関とかを、偶然拾ったとするな?」
「?はい」
「俺はガイとどうしてもすぐに仲直りがしたくなっている。
だがずっと喧嘩をしていた所為で流石のガイも気分を害しているだろう。
謝っても直ぐには許してもらえないかもしれない。」
「はい。」
「でだ、最初はイオンが仲裁してくれるからと二人でガイのところに向かっていた俺だが、途中で偶然ガイのコレクションを手に入れたわけだ。」
「はい」
「俺がそこで、「このコレクションを無事に返してやるから、俺と仲直りをしろ」とか、いったとしたらだ。・・・・どうなると思う?」
「・・・・それは、ガイはさらに怒ってしまうと、思いますけど・・・」
ルークのたとえ話を聞いていたイオンが自信なさ気に答える。傍らでルークを馬鹿にしきっている三人も同様に頷く。
「当然だな。仲直りを申し出ておいて、相手の大事なものを盾にとるような事をするなんて、さらに喧嘩を売っているようなものだ。ましてやそのコレクションを乱暴に扱ったり、馬鹿にしたりしたとしたら、ガイはもっと怒るだろうし、その場で絶交されても文句は言えない」
「そう、ですね・・・・?」
「・・・・このたとえ話だが。・・・・・・今の状況と、全く同じだと思わないか。」
「「「「・・・・・・は?」」」」
「みゅうう?」
唐突に現状に話が戻って間抜けな相槌を打った四人が首を傾げる。
話事態を飲み込むのに時間がかかっているのか首をかしげて落ちそうになるミュウは、とりあえず肩から下して道具袋に入れてやる。少しおまえは休んでろと言いつけて、面々に向きなおった。
「喧嘩してた俺とガイは、それぞれ、マルクトとキムラスカ。
謝りたくなった俺はマルクトと同じ立場だな、和平を申し込むのはマルクトなんだから。
・・・そうだな、ジェイド?」
「まあ、そのたとえ話に当てはめるなら、そうですね。」
だからなんだとでも続けたそうなジェイドを無視してイオンに言う。
「で、仲裁役のイオンはそのままの役割で、今此処にいる。」
「はい」
頷くイオンからティアに視線を移す。
「謝りに行こうとする俺とイオンは、和平を申し込もうとしてキムラスカに向かう俺たちと同じだな?ティア」
「そうね。」
ガイにも確認するように問う。
「でだ。たとえ話の中で、俺が拾ったガイのコレクションは、
・・・・偶然マルクトに飛ばされた俺と同じだと思わないか?ガイ」
「・・・・・ああ、まあ、そう、なるか?」
そこで、四人を見回してルークは言葉を重ねた。
「・・・・此処まで聞いて、まだわからないのか?」
「・・・・・・・・・?・・・・・!!!!る、ルーク。あの・・」
じっと考え込んでいたイオンが、一瞬で顔色を蒼白に変えてルークを見上げる。
それを見ながら、ジェイドを睥睨するルーク。これで理解できないなら、此処がゲーム世界で、自分が本来よそ者だろうと関係ない。もうすぐ辿り着くはずのカイツールで兵士に捕縛を命令しようと思う。仮にも「公爵子息」なら、その程度の権限はあるだろう。
「イオンしか、わからないのか?
・・・・・ジェイド。お前は、俺が公爵子息で第三位王位継承者だと知っているはずだな。
どちらの身分であっても、結構な国の重要人物だとは思わないか?」
「そうです・・・・・・!!!・・・そういう、意味、ですか?」
面倒そうに相槌を打とうとしたジェイドが、言葉を途切れさせてルークを見た。
確認する声は動揺に罅割れて、余裕に満ちた態度が揺らぐ。
「そういう意味だ。・・・・で?俺の最初の質問に答えてもらおうか。」
「・・・・・大変、失礼いたしました。申し訳ございませんでした。
これまで重ね続けました無礼は私個人の不始末でございます。
どうか、咎は私個人にお願いいたしたく・・・」
ただ呆れきった表情で腕を組むルークの面前に進み出ると同時に平伏したジェイドが恭しく告げる。プライドがどうこう言っている場合ではない。一度気づいてしまえば、数分前までの己に対する殺意しか浮かばない。イオンもジェイドの態度を当然と受け止める。・・・理解できなかった二人が騒ぐさまを、珍獣でも眺める視線で凝視する。
「大佐?!・・・・ルーク、貴方本当にいい加減にしなさいよ?!」
「おいおい旦那?どうしたんだよ?・・ルーク、お前も見てないで、」
深く、ため息。
「イオン。・・・・ティアは、神託の盾騎士団の所属だそうだが・・・・・」
「いえ、・・・どうぞご存分に処分なさってください。僕は、・・ダアトは、ティア・グランツを庇いません。」
「そうか、感謝する。で、ガイはファブレの使用人だから、俺の一存で決めても問題ないな。(身分重視の王政国家なら、無礼討ちとかそれに相当するもん位あんだろーし・・・・実際に生きて動いている人間でありながら、都合のいいことに、こいつらは、「ゲームの登場人物」で「主人公PTのメンバー」なんだよな。)」
そこでルークは騒がしい二人に向き直る。ルークがいるこの世界には、非常に都合のよい「ゲーム世界」の要素と、実在人物故の便利な法則が存在するのだ。それは、
「つーわけでだ。・・・・烈破掌!」
徐に技をガイに叩き込む。まさかルークが攻撃するなどと思ってもみなかったガイは、まともに受けて後方にふっとぶ。この技は初期で習得可能なだけあって、いくらガイが物理防御が低めといっても一撃で戦闘不能にはならない。しかし、
「うわぁ!!」「きゃあ!!」
狙い通り、ガイの体がティアにぶつかって重なって倒れこむ二人。
「でぇ・・・くらっとけ!鷹爪豪掌破!」
「「ああああ!?」」
続けて技を重ねて放つ。
初期のため、レベルが然程高くない二人は一たまりもなく膝をつく。
「ゲーム世界」要素と、程よく現実的な要素が重なっているからこそ可能な二重攻撃。ゲームプレイ時はこんな滅茶苦茶なコンボで二人一緒にダウンさせるなど不可能だ。そもそもどちらの技も単体攻撃用である。少なくともルークには無理だ。だが、ルークは今この世界に「実在」しているのである。
実際に吹っ飛ばされた時、その射線上に他者がいれば普通はぶつかりあって転倒なりする。ましてやティアだ。あの非力さでガイを支えて受け身をとるとかいう技能が備わっているはずがない。・・・・ゲーム初期に何回詠唱を中断させられたと思ってやがる。と吐き捨てつつ二人を見下ろす。案の定まともに技のダメージをくらっているのが分かった。ゲーム設定そのままなら、戦闘不能にしなければHPが一桁を切ろうが普通に戦闘続行が可能なはずだが、ガイもティアもそんな余裕は見受けられない。ご都合主義万歳。
ついでに、何故か勝手に備わっていた経験知10倍の恩恵にも感謝しておく。・・・1週目クリア程度で買える品ではなかったはずだが有り難いので素直に享受する。お陰でPT中一人飛びぬけたレベルを誇っているルーク。程よい現実要素にモノを言わせて夜中一人で魔物を退治しまくった甲斐もあるというものだ。
「・・・・・俺はな?何時までも何回言い聞かせても物事を理解しない様なお前らに言葉を重ねてやるほど親切じゃねぇんだ。」
つかつかと二人に歩み寄ると凄味のある笑みを浮かべて見下ろす。
いくらダメージを受けても、戦闘不能にならない限り、普通に動くことが可能な体。
多少の現実要素故見るから瀕死一歩手前の様相だが、起きて動けるならルークは構わない。
「でだ、取りあえずイオンとジェイドが理解できてるならもう良いことにした。
・・・・・馬の調教だって鞭を使うものだし、人間相手にも「飴と鞭」っつー言葉もあることだし。
言葉が通じないなら、体に覚えこませるだけだよな?」
にこり、と笑う。たったいま、仲間の筈の二人に容赦なく攻撃技を繰り出しておいて、その神々しいまでに晴れやかな笑顔。向けられたガイとティアは、戦慄しか感じられない。ルークの背後で平伏したまま頬が真っ青になっているジェイドと、何故かうっとりと頬を上気させているイオンの姿が対照的すぎて一層の恐怖を煽った。
「これから、俺たちは一緒にキムラスカに向かって和平の申し込みという重要任務を成功させるわけだが。 ・・・・・それを成功させるために、邪魔もの(つーか、俺の精神を消耗させる障害物)は徹底排除、の方針で行くから。敵、味方、関係なく。」
わかったな?
何やら不穏当な副音声が聞こえた。
が、ガイとティアに、拒否権は許されていない。それだけはよくわかった。
・・・ルークの目は、マジだ。もし逆らったら、再び容赦のない制裁を加えられることを確信する。
本能的にレベルの差も感じ取ってしまった二人は、反射的に上げかけた反論を飲み込んだ。
、
「・・・・まだ分からねぇようなら、もう一回、(体に)教えてやろうか・・・・?」
「「はい、いえ!!とてもよく理解できました!」」
黙ったままの二人に、微笑んで可愛らしく首を傾げるルーク。今までの数分で骨の髄までこの場での上下関係を思い知らされた二人は、屈辱など感じるより先に良い子のお返事を返していた。
・・・だって、その笑顔、超怖い。わざとらしく構えようとする右手も恐怖材料だ。一瞬でも返答が遅れていたら、もう一度二人を沈めるつもりだったとわかる残念そうなため息。
「(ちっ。もう一回位今度は全力でぶちのめしてみたかったのに・・・)
・・わかれば良いんだよ。わかれば。」
それを数秒眺めて、内心で舌打ちしつつも仕方なく肩の力を抜く。いくら鬱憤がたまっていようと、流石に無抵抗で恭順を示した相手を更に殴り飛ばすのは気が引けたためだ。
・・いくら「ゲーム世界」要素の特権として剣で切っても本当には死なないといえ、ルーク的に後味が悪いからと打撃系の技を選んでやったのだが・・・・「ルーク」の通常攻撃である剣よりも、「技」でのダメージのほうが遥かに大きいことは丸ッと無視した。どうせ本当に戦闘不能になっても蘇生可能な「主人公PTメンバー」だ。目覚めた初期知らん顔で彼らが戦闘不能になった時どうなるのか観察したため、本当に死なせるほどのダメージは与えられないと確信していたから出来る荒療治である。
「よし、じゃあ行く、・・・・・ぞ?」
ため続けたストレスを一時的にでも発散出来て、この世界で目覚めてからの日々の中で一番清清しい気分だ。よし、じゃあ先進むかーと、振り向く。わざと放置していたジェイドを取りあえず立たせて先に急ぐかと声をかけ掛けて不自然なものを発見する。振り向いた先には平伏したままのジェイドと佇むイオンが視界に入る。それは良い。が、顔色を青ざめさせたジェイドの横に、立つイオンが、何だかものすごく
「ルーク!!」
「あ、ああ、なんだイオン?」
周りに花でも飛ばしそうな満開の笑顔で、頬を上気させてルークを呼んだ。勢いに押されて口ごもるルークに駆け寄ると、ぎゅう、と手を握られる。
「ええと・・・どうした?」
「あの、ルーク!お願いがあるんです。」
「ああ、俺がきける範囲なら構わないが・・」
きらきらと輝く目で見上げるイオンが、可愛らしく強請る。常に遠慮がちなイオンには珍しい事だと思いながらも、子どもには基本的に優しいルークが頷いてやる。するとますます瞳を輝かせたイオンが、元気よく言い放った。
「あの、ルーク!!これから貴方を、師匠と呼ばせてください!!」
「は?」
「僕今まで、未熟な自分が考えるよりは、と思ってなるべく周りの人たちの意見を取り入れて行動しようと思ってたんです。 アニスも良く僕が世間知らずだって言ってましたし、無知ゆえの行動で迷惑かけるよりは、と思って・・・でも、良く考えたら僕って導師じゃないですか。つまり僕がダアトのトップなんですよね。・・・・ならば本来なら、例え僕が多少無知でも、それを補佐してこその部下であるはずですよね?!アニスは勿論ヴァンやモースも!!」
「・・・まあ、そうだな?」
「それを、僕が黙って従っているのを良いことにどいつもこいつも好き勝手しくさって、特に大詠士モースは部下の癖に偉そうに・・・!ヴァンなんか直属の腹心ともどもあからさまに僕を軽んじるし、アニスなんか守護役にも関わらず、僕をまともに守ったことがないことにも気づいてしまいまして!」」
「・・・ああ~、まあ、タルタロスでは六神将のラルゴやリグレットは命令口調だったし、アッシュに至っては・・・なあ?」
「そうなんです!!ですから!僕もルークを見習ってみようと思うんです!
世の常識である身分階級職業における相対的な上下関係というものを、有象無象に覚えこませる術を、是非!!実践してみようかと!」
「あ~~~~~~、そうか。・・・まぁ、頑張れ?」
「ありがとうございます!!そこで、是非、ルーク師匠にご指導いただきたいのですが!!
取り合えず練習を兼ねて、守護役の癖に導師の僕を放って一人安全圏に逃げやがった失格軍人を血祭・・げふっ、いえ、教育してみようと思いますので!!」
「ああ、・・・・良いんじゃないか?(確かにアニスが守護役っつーのもどんな無駄設定かとずっと思ってたことだしな)」
勢い良く物騒な決意を述べるイオンに気圧されていたルークだが、段々と口元に笑みが浮かび始める。確かにイオンの扱いはどう見ても一組織のtopとしてあり得ない位に蔑ろだった。個人としての好意は持っていたようだが、上司としては全く敬うことをしなかったアニスの行動が良い例だ。モースもヴァンなど論外で、神託の盾騎士団の一般兵ですらタルタロス襲撃中にイオンを保護しようとする素振りもなかった。それを吹っ切ったイオンが変えてやると張り切っている。
「(・・・ちょっと、良いかもしれない。)よし、わかった。」
幼いころから剣道を嗜んできたルークは、武道を学ぶものとして、先達者は敬うもの、後輩は可愛がりつつ面倒を見てやるものだという思考が根付いている。そして目の前には、純真な眼差しで憧れと尊敬を伝えてくれる年下の少年であるイオンがいる。
「(一応、異邦人としての節度は保つ積りだったんだが・・・・どうでもよくね?今現在「ルーク」は俺だし。「ルーク」が主人公のゲームなんだし。したら、主人公の行動如何でEDがどう変わるかっつーのが、物語の醍醐味だよな・・・?)・・・イオン。」
「はい!」
「気が済むまで存分にやれ。可能な限り手助けしよう。変わりにお前も、俺を助けてくれ。」
「勿論です!ルーク師匠!!僕頑張ります!」
「ああ、頑張ろうぜ!
先ずは己の立場をわきまえないアホどもに、身の程を思い知らせてやることからだ!!
「はい!」
とっても良い笑顔で熱く語るルーク。戦々恐々と二人を見上げる外野など総無視で、突然出来た可愛い弟子に色んな事を教える、という行為に張り切っている。その内容が、所謂武力制裁と呼ばれるものだという事実も無視だ。
「よっしゃ!じゃあ、早速行くか!」
「はい!師匠!!」
夕日に照らされた浜辺に置きたい位に、熱血青春漫画なのりで、何かに目覚めちゃった少年導師と、不幸にも異世界トリップなんぞを実体験中の現公爵子息は熱い握手を交わす。そして意気揚々とキムラスカに向かって歩き始めた。もの凄い早足で。道具袋から頭を出してルークを見上げようとしていたチーグルの大きな耳が、風圧に靡く。・・・競歩並みの速さだ。イオンの病弱設定はどこに行ったのだろうか。
それを、呆然と見送ってしまった三人が、ルークたちの背中が小さな点になる位離れてしまってから、はっとあわて始める。
「・・・・!!!お、お待ちください!!」
まず更に顔色が悪化したジェイドが追いかける。
己の立場を正しく認識した彼は、自国の皇帝にも使ったことがない敬語で叫びながら二人を止めようと走り出した。・・・・あの二人を暴走させたら、色々恐ろしすぎないか?!
「ま、待ってくれルーク!・・様!!それは、それはちょっと不味いんじゃぁ?!」
次いでガイが追う。
先ほどの”教育”が余程こたえたのか、ルークを敬称付きで呼びながらも慌てるあまり普通の口調で叫ぶ。だが構っていられない。二人に先ず思いなおして貰わなければ、なんだか先々怖すぎることになるんじゃないかと思うのだ。・・・取りあえず自国のキムラスカも、本来の自国のマルクトも、中立のはずのダアトも!!
「待ちなさ、・・待ってください!イオン様、ルーク?!・・・様!
お願いですから落ち着いてーーー!!」
ティアも満身創痍のまま必死に走り出した。
理論立てた思考を浮かべるよりも、本能的な恐怖に後押しされて、二人を制止し様と声を張り上げた。
「「「和平は?!」」」
「任せろ!(どーせ一度は受け入れんだし、後はそれを撤回させないように見張って操作しとけば万事解決だから!もういっそキムラスカ制圧してもいいし!) ちゃんと、説得してみせっから!(道中あげまくったレベルにものを言わせて!)」
「万が一モース辺りが邪魔するなら、僕がちょっとアカシックトーメ、げふ、お話して説得してみせますからーーー!」
そろって叫んだ三人に、遠くからルークとイオンの答えが返る。全く、安心できない朗らかすぎる口調で。
「「「違う!もっと穏便にーーー!!」」」
「「十分穏便だろ(でしょう!?)」」
「「「どこが!?」」」
「「ははははは」」
色々突き抜けてしまった少年二人の笑い声がフェードアウトする。それを決死の形相で追いかける三人。
・・・・オールドラントの未来を賭けた、壮絶な鬼ごっこの開始、である。
閉じた目の上なら憧憬のキス。
明かりを落とした部屋に健やかな寝息が響く。
それをずっと聞きながら、膝を抱えて目を閉じた。
明日には全てが終わるのだと、そう考えるとても安らかな気持ちになった。
一つだけ、心残りがあるとすれば、彼ともう二度と言葉も交わせなくなることだけだ。
「・・・・・君も、僕と会えなくなるのは、寂しい、と、思ってくれるかな。・・・シンジ君」
銀色の髪が、僅かに揺れる。
真紅の瞳は、全くの暗闇でも昼日中と同じように全てが良く見えた。
安心しきった顔で眠る彼の姿も。彼と同じ少年の姿を模った、自分の手のひらも。
「僕が、君達の敵だと、知ったら、きっと傷つく、よね」
けれど、世界に生存を許されるのは、たった一種類の”ヒト”だけだ。18種類の”ヒト”の内、一つの種族だけが残されて、敗者は全て消えなければならない。今世界で起きている争いは、その勝者を決める為のものなのだ。そして、今までネルフが、・・・シンジ君たちチルドレンがエヴァンゲリオンと名づけられた最初の”ヒト”の写し身を駆って他種の”ヒト”を倒し続けてきたのも生存する権利を勝ち取るための戦いだった。優しいシンジが、敵であろうと
”生きている”ものを殺すことに傷つきながら、命がけの争いに怯えながらも戦い続けたのもその為だ。
「・・・本当なら、僕は君達と戦って勝敗をつけるべきなんだろう。
それが、第一使徒の分身であり、第17使徒である、僕の役目だ」
けれど、カヲルは、もう決めてしまった。
その決意が、結果的に自分を生み出し育てたゼーレの望みにも合致してしまうことが業腹ではあったが、それでも。
「僕は、シンジ君達に・・・・シンジ君に、生きて欲しいよ。今日も、明日も、ずっと先の未来まで。」
明日、いやもう今日か。カヲルは第17使徒としての力を解放する。そして、ネルフの最下層に守られている己の主である第一使徒アダムの器に会わなければならない。そこで、第18使徒であるリリン--人間達との最後の戦いが待っている。その勝者が、この世界の未来を生きる権利を与えられることになる。
勝者に与えられる繁栄とやらが、どのようなものか、カヲルには分からない。けれど、人間達が生き残るなら、繁栄してゆくことができるなら、その中で、シンジも幸せにいき続けることができるのだろう。だから、
「僕は、逝くよ。君達は、生きるべきだ。・・シンジ君が、生きるべきだ。」
そっと、黒髪に指を滑らせた。起こしてしまわないように静かに静かに。
シンジの傍らに膝をつく。空気すら揺らさぬように細心の注意を払って、密やかに身を屈める。
「どうか、君達が望みどおりの未来を生きていけるように。
シンジ君が、笑って生きていける未来が、残るように。」
安らかに眠るシンジの瞼に、唇を触れさせる。
「閉じた目の上へのキスは、憧憬、だったかな?・・・・僕も、君と共に生きることが出来るなら、」
言葉を飲み込む。最後まで音にしてしまえば、決心が鈍ってしまう確信があった。
だから、己の未練を苦笑で誤魔化して目を伏せた。
カヲルは、何も残せない。残しては、ならない。
別れが優しいものであったなら、シンジが傷ついてしまうから。
ただの敵として、討たれなければならないのだ。
「けれど、君はやっぱり傷ついてしまうのだろうね。とても、優しいから。
・・ああ、でもそのくらいの傷は残しても良いかなぁ。
・・いつか癒えてしまっても、僕が存在した証に、なるだろうか」
僅かな欲望が擡げる。最初から敵だった自分が、彼に存在の証を刻む権利など持ち合わせていないと知りながら、それでも寂しいと思ったカヲルの心が囁いた。
「・・・これじゃ、ファーストを責められないな。彼女は、目の前で消えることで、君の心を得た。」
くすり、と笑いが漏れた。少しだけ、二人目の綾波レイの気持ちが分かった。彼女は、シンジを純粋に守りたかっただけだ。けれど、最後に残した彼女の言葉は、確実にシンジの心を縛っている。それに、気づいているだろう三人目とやらが、無意識に視線でシンジを追いかける気持ちにも今なら同意できる。これは、嫉妬だ。この繊細な少年の心の一部を得た相手への。
「 ・・・・ごめんねシンジ君。・・・僕は逝くよ。
けれど、君が例え憎しみであっても僕を覚えていてくれるなら、」
静かに立ち上がる。約束の時が近い。
ゼーレの老人達が指定した、最後の使徒襲来の刻限だ。
「・・君に告げた言葉に、嘘はなかったよ。・・・君は、好意に値する。・・・好きって、ことさ。
さようなら 」
音を立てずに、部屋をでた。少しだけ俯いて背後の気配をかみ締める。
次の瞬間顔を上げたカヲルは、もうネルフのフィフスチルドレンではなかった。
常と変わらぬアルカイックスマイル。何気なく立つその姿は華奢な少年のもの。
けれど、その真紅の瞳に浮かぶ光は、
----第17使徒、襲来。
お礼小話:フランツ・グリルパルツァーの「接吻」でアリエッタ×被験者イオンver
「・・イオン、様・・抱きついても、いいですか?」
「どうしましたアリエッタ。珍しいですね。勿論かまいませんよ。どうぞ」
就寝前、何時の間にか習慣になったアリエッタとの一時。
魔物の女王に育てられたという彼女は、主席総長であるヴァンが連れ帰ってきた新しい守護役だ。育った環境上言葉遣いや人間の常識に疎くはあるが、嘘がなくまっすぐに他者を見る眼差しが美しい少女だ。虚飾に満ちた讃辞や本音を隠した建前だけの会話などに疲れていたイオンにとって、アリエッタはその存在自体が何よりの支えであった。
・・・既に兆候を見せ始めている己の病を治すすべを今更望む位に、大事な存在になっていた。
「どうしたんですか?アリエッタ。何か不安なことでもありましたか。」
「何でも、ない、です。・・ただ、イオン様の傍にいることを確かめたかった、です」
そうっと壊れものでも扱うように腕に力をこめてぴったりと張り付く少女のぬくもりが、イオンの心を穏やかにさせる。けれど、もうすぐこの場所に自分はいなくなるのだと考えると、胸の奥がすうっと冷えた。
最早治す術のない己の病を消し去ることが出来るなら、・・彼女のそばに居続けることが叶うなら、魂すら売り渡しても構わないのに。ぐりぐりと獣がマーキングをするかのように首筋に顔をこすりつけるアリエッタの髪を梳きながら、中空を睨んで内心で吐き捨てる。
「(魂を代償に運命を歪めてくれる悪魔すらこの世界には居ない。
・・いるのは忌々しい預言とそれに盲従する人間だけだ。)
ふふ、アリエッタが甘えてくれるなんて嬉しいですね。
いつも僕のことを守る為に気を張ってくれていますから少し疲れたんでしょう?
今日はこのまま眠ってしまっても構いませんよ。ちゃんと明日の朝早くに起こしてあげましょう。
・・おやすみなさい。」
内心で吐きだした侮蔑をアリエッタには決して悟らせないようにやさしい声音で少女の体を寝かしつける。
恋とか愛とか、そんなはっきりと区分されるような感情かどうかはわからない。
けれど彼女の心を守るためならば、自分の全てを捧げても良いと思ってる。
例えそれが、己の居場所を自分以外の存在に明け渡すことであっても、彼女が泣かずに済むのなら構わないと言いきれた。
・・心の内が嫉妬で荒れ狂っても、全てを抱えて綺麗に消えて見せようと決めていた。
己の死が免れない運命ならば、その程度の歪みくらいは残してやると決めたのだ。
だから、ヴァンやモースの下らない計画に従ってやったのだから。
「・・・イオン、様。・・アリエッタの傍から、居なくなったり、しませんよね?」
「・・・大丈夫。僕は、ここにいます。だから、安心して、おやすみなさい。」
首筋に彼女の吐息を感じて、ああそういえばキスを落とす場所には意味があるのだと詠った詩人がいたなと思いだす。確か、その一節で、腕と首へのキスは欲望を表すと言っていたか。
・・・・彼女の欲望の、なんと純粋なことかと密やかな声で笑った。
眠った少女のあどけなさが一層笑みを誘う。
「首へのキスは、欲望、ね。
・・・ねぇ、アリエッタ。貴方は、僕に生きてそばに居てほしいと、そう望んでくれているのですね。
僕も、あなたの傍で、生きていたい、です。」
窓の外には月の光に照らされた木々がそっと梢を揺らす。
静かな風がどこか甘い香りを運んでくる。
膝に眠る少女のぬくもりが、イオンの心を癒す。
・・・もうすぐ自分が失ってしまう全てを瞳に焼き付けて、きつく瞼を閉じた。
「・・・僕も、あなたの傍で、生きていたい、です。」
もう、叶わなくなるけれど。
こんにちは暁です。影羽様大変お待たせいたしました。
影羽様に頂きましたリクエスト「PTメンバー断罪でオリイオ様とアリエッタに溺愛されるルーク」を書かせていただきました。場面設定はありませんでしたので、今回は崩落後のユリアシティで書かせていただきました。
お気に召していただけるかはわかりませんが、どうぞお納めくださいませ。
勿論イメージと違う、とか、もっと別の展開を期待してた、ということがございましたら、どうぞお申し付けください。
改めて書き直させていただきます。
何はともあれキリ番45000hitありがとうございました!!
*PT+アッシュ+若干キムラスカとマルクトきびし目。
レプリカイオン様は糾弾する側です。被験者イオン=イザナで表記されてます。
「------ですから、何度も言いますが、ルークは何もしていません。」
「イオン様ぁ!そんな奴庇う必要ないんですよぉ!!」
「そうです、導師イオン。悪い事をしたなら、きちんとわからせることも必要です!」
「なあ、ルーク、いい加減に素直に謝れよ。」
「導師イオン!罪は罪です!ルーク自身に償わせなければいけまんわ!」
「それよりも早く行きましょう。」
瘴気と呼ばれる害毒大気に包まれた薄暗い世界で、ローレライ教団の最高指導者である導師イオンは、これ以上ないくらいうんざりと疲れきった声で何十回も繰り返した言葉を再び告げた。途端沸き起こるのはキンキンと耳に痛い騒音の五重奏。すでにイオンの中で彼らの言葉は言葉ですらなかった。ただ、イオンの後ろで無理矢理使わされた超振動の負担によって、意識が朦朧としているルークに負担をかけるだけのものだった。
「(ああああ、もういい加減纏めて始末してしまいましょうか。
・・・お二人とも早く来てください。)・・ですから、」
ここは、アクゼリュスという名のマルクト帝国領にあった鉱山発掘によって生計を立てていた町の崩落によって落ちた先に存在していた地下の世界。外殻大地と呼ばれる現存する大多数の者達が生活する大地の下に隠された、オールドラント本来の大地がある場所だ。二千年前、聖女ユリアと呼ばれた女性が、瘴気に蝕まれる大地からの避難処置として人間達を保護するために造り上げた外殻大地に隠されて殆どの人間達は存在すら忘れてしまった本当の星の大地の上だった。
瘴気に蝕まれるアクゼリュスの救援にと送り込まれたキムラスカの親善大使ルーク・フォン・ファブレ率いる一行は、パーセージリングと呼ばれる外殻大地を支える音機関の消滅によって崩落したアクゼリュスと共に、この魔界に落ちてしまったのである。偶々付近に落ちてきたマルクト誇る最新鋭陸上装甲艦タルタロスに避難する事ができた一行は、なぜこんな事態になったのかを話し合った。結果、これは外殻大地崩落を企んだ神託の盾騎士団主席総長・ヴァン・グランツ謡将に唆されたルークが超振動と呼ばれる特殊能力によってリングを壊したためだと結論付けた。
・・・・リング崩壊を直接目撃した唯一の第三者であるイオンの言葉を無視して、である。
「(ルークを疑っているから彼の言葉を信じられないというだけなら、納得できなくても理解はしますが、ならば、僕の証言を無視するというのはどういう意味なんです!!)・・・ルークは自分の意思でリングを壊そうとしていたわけではなくてですね、」
「-----とことん屑だな!出来損ない!!」
疲れきったイオンを余所に、何とか魔界唯一の安全地帯であるユリアシティにたどり着く。そこでタルタロスを降りながら再びルークを非難する一行に、繰り返しかけたイオンの言葉を遮って、新たな人物が声を割り込ませた。
「お、おまえ・・・」
「くそ!俺がもっと早くヴァンの企みに気づいていれば、こんなことには!」
「・・・アッシュ。」
何やら自己完結しつつ煩悶する真紅の髪の青年・・・ルークの被験者である、神託の盾騎士団特務師団団長を務めるアッシュ・鮮血のアッシュという二つ名で呼ばれるヴァンの腹心六神将の一人だ。そのアッシュの業とらしい独白を耳にしたイオンはどんどん目が据わってくるのを自覚する。最早”慈愛に満ちた心優しい少年導師”の仮面など消失寸前である。
「(・・・・こいつもですか。と、いうより、こいつの所為ですか。)・・・貴方は此処で何をしているんです?ヴァンの子飼いの六神将が」
「イオン様!アッシュは敵ではありません!!」
「イオン様ぁ!!アッシュよりルークから早く離れてくださいよぉ!」
辛うじて浮かべた上辺のみの笑顔で淡々と問いかける。そのイオンの言葉に反応したのは、何故かアクゼリュス到着直前までこちらを本気で殺しにかかってきた敵であるアッシュに笑顔まで浮かべて信頼の視線を向けるティアだ。しかも他の四人も当然の様な表情でアッシュの存在を許容している。アッシュが参加していたタルタロス襲撃によって己の直属部隊であるマルクト帝国第三師団の部下達を皆殺しにされた筈のジェイド・カーティスや、自国の軍港を襲撃された筈のキムラスカ・ランバルディア王国の王女ナタリア。国境でアッシュがルークに直接斬りかかる場面を目撃し、カイツールでは人質までとってルークの身柄を要求してきたことを知っている筈のルークの護衛であるガイ・セシルも。あまつさえ、イオンを誘拐して危険な場所を連れまわしたと知っているはずの、導師守護役のアニスに至っては、イオンの方を諌めようとすらした。・・・敵に対して警戒するイオンが間違っているとでもいうように!
「・・・師匠、は?」
疲労困憊しつつも声を搾り出したルークに、アッシュはこれ以上ないくらいの侮蔑を含んだ視線を向けた。イオンがぎりぎりと音を立てそうなくらい音叉を握り締めて殺意を抑えていることに気づきもしない。
「は!裏切られてもまだ”師匠”か!!てめぇがヴァンの口車にのってほいほいと超振動を使った所為でこんなことになったってのに、反省もしやがらねぇとはな!!レプリカってのは脳まで劣化してやがんのか?!」
「・・・裏切った、のか。・・本当に?」
暗い声で呟くルーク。労わるように腕を支えるイオンと、肩にのってルークの頬を嘗めるミュウの存在だけを頼りに辛うじて保たせた意識が再び暗転しそうになっている。そんな様子を見て取ったイオンはますます表情を強張らせてルークの前に立った。アッシュに向ける視線には既に温度などない。これまでの同行者への関心など微塵も浮かべず、ルークを守ることだけを考える。
「(そろそろ、彼らが来てくれる筈。・・・早く、早く!)・・・黙りなさい、”鮮血のアッシュ”。
その”裏切り者”の腹心がどの面下げて此処に現れたんですか。」
「は!俺をヴァンなんかと一緒にするんじゃねぇよ!!」
「・・・・・ほう?では、貴方は何だというんです?アッシュ。
・・・死ぬのが怖くて自国を逃げ出した臆病者の王族が。」
いきり立つアッシュの言葉を、穏やかな声が遮った。その声の持ち主がアッシュに向けたのは、絶対零度というのすら生ぬるい、触れただけで凍傷を起こしそうなほどに冷え切った侮蔑の視線と言葉。一斉に視線が集中する先には二つの人影と、彼らを守るように構える数匹の獣の姿が。
「・・・イザナ様、アリエッタ!!お待ちしていました!!」
「・・・イザナ、アリエッタ?」
喜色満面でその人物に走り寄るイオン。その手に引かれるルークが呟きながら走ろうとして足を縺れさせる。それを見て慌ててアリエッタと呼ばれたローズピンクの髪の少女が傍らの獣・・彼女の兄妹であるライガに指示を出す。気づいたイオンが申し訳なさそうにルークを振り返る。イザナと呼ばれた少年がそのイオンの後頭部を優しく叩いて諌める。アリエッタが苦笑してルークの髪を梳く。ライガはルークが楽なようにを身を屈めて穏やかに喉を鳴らした。ミュウが主人の味方が増えたことに喜んで、天敵であるはずのライガの足元に下りると無防備にルークに擦り寄った。
その平和な光景を無粋に遮ったのは、無視される状況にあっさり切れたアッシュと同行者達だ。
「てめえら!俺を無視するんじゃねぇよ!
しかもお前、導師と同じ顔、ということはそいつと同じレプリカか?!」
「イオン様!危険です。彼らから離れてください!」
「最低ぇ~~!アンタ、六神将と繋がってたんだ?!そんなイオン様のレプリカまで、」
「ルーク!!早くこっちにこい!今なら間に合うから!!」
「やれやれ・・騙されたのではなく、最初から裏切っていた、ということですかね?」
「・・・・・ルークが、レプリカ?どういうことです?!」
喧々囂々と好き勝手に喚く。
イオンは煩そう眉を顰めて、ルークの耳を優しく塞ぐ。そろそろ本当に限界だろうルークを、このまま休ませようとライガの背中に安定させてミュウを寄り添わせた。不安げな瞳には安心させるように微笑んで、イザナとアリエッタに懇願の視線を向けた。イザナとアリエッタも同様に、ルークの頭を優しく一撫でしてその背に庇った。安心したように眼を閉じたルークが、ライガに守られて後ろに下がる。そしてアッシュ達に対峙するために前に進み出た二人を包むのは、これ以上ないほどに激しい怒気と威厳。
「ああ、五月蠅いですね。少しは己の頭で考えてから物を言ったらどうなんです?」
「静かにしろ、です。
ルークを傷つける事も、この方を侮辱することも、許しません、です」
「は!てめぇもどうせレプリカなんだろ?!被験者様に口答えすんじゃねぇよ!!
さっさとその屑をこっちに寄越しやがれ!!」
荒んだ口調でイザナに凄むアッシュ。その粗暴さに心底呆れた、というように肩を竦めたイザナが口を開く。
「本当に粗略な言動ですね。しかも単純で浅慮。
・・・これが10歳までは神童と呼ばれた誉れ高きファブレの御曹司の末路とは、ね?
キムラスカ王家の方々はさぞかし失望なさることでしょう。」
「・・・10歳まで、神童と呼ばれた?・・ファブレの御曹司?
・・・アッシュが?・・・では、では?!」
そのイザナの言葉に食いついたのは先程もレプリカというアッシュの発言に疑問を浮かべて戸惑っていたナタリアだ。途端ティアは痛ましそうに表情を歪め、残された同行者の内二人は疑問を浮かべ、ジェイドが納得する。イザナとアリエッタが冷え冷えと見守る先で、下らない三文芝居が展開された。イオンは只管ルークの安息確保にのみ意識を向けて同行者など視界外だ。ミュウも同様に、うとうとし始めたルークの眠りを妨げぬようにそっと身体をくっつけている。
「では、まさか?! 貴方が、ルーク、ですの?」
「・・・今の俺はアッシュだ。」
「ですが、貴方が七年前のルークであるのは本当なのですね?!ああ!」
戸惑いから歓喜の表情に変わるナタリアを複雑そうに見つめるアッシュ。ティアが眉を潜めつつも言葉を挟む。
「アッシュ、止めて頂戴。何もここで言うことは、」
「何?どういうこと?」
「アッシュ、が、ルーク?」
「・・・・」
「・・・・教えてやるよ、俺が何故そこの屑と同じ顔なのか。」
疑問を浮かべるアニスとガイに説明するためか、声を高めるアッシュが語り始める。一見ルークに配慮して止めようとしてみたティアも再び制止はしなかった。
「俺はなバチカル生まれの貴族なんだ。七年前にヴァンって悪党に誘拐されたんだよ。」
「・・まさか」
「そう、俺が元”ルーク・フォン・ファブレ”。
その屑は、ただの俺の劣化複写人間なんだよ!」
「な?!」
「・・ルーク。」
「ってことは、」
「・・・・ふぅ」
「ルーク!!」
驚くアニスとガイが、イオンに守られ、イザナとアリエッタに庇われるルークに視線を向ける。ティアは心痛を堪えるように視線を落とす。ジェイドは肩を竦めて小さく息を吐いた。ナタリアが表情を輝かせてアッシュに駆け寄った。勝ち誇るアッシュの表情。
「なに?!ってことはそいつ偽者なわけ?!しかも人間じゃないんだ?!
最低ぇ~~!イオン様!危ないですよ、早くこっちに戻ってください!」
「ルークが、レプリカ・・・アッシュが、ルーク?」
更に五月蠅くアニスが喚いた。ガイは只管戸惑ってルークとアッシュを見比べる。
「・・・・で?気が済みましたか、鮮血のアッシュ。」
「くだらない、です」
ひと段落ついたと見たイザナが淡々と言った。続けてアリエッタも吐き捨てる。対するアッシュは激昂のあまり顔を真っ赤にしてがなる。
「てめぇ!!何聞いてやがった!俺は、」
「アッシュでしょう。ご自分で名乗ったはずです。「今の俺はアッシュだ」と。
数分前ですよ。もう忘れたんですか。」
「だからそれはヴァンの野郎が!!」
「・・・”ルーク”、キムラスカに生まれた赤い髪の男児に詠まれた預言通りに死にたくないなら、私が助けてやる、というヴァンの甘言にのってダアトに逃げたんですよね。」
「レプリカルークを、”ルーク”の身代わりにすれば、アッシュは生き延びられるっていう、総長の言葉に賛同して、ルークに”聖なる焔の光”を押し付けた、です。」
「[ND2000、ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。
其は赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。
彼はキムラスカ・ランバルディアを新たなる栄光へと導くだろう。]」
[ND2018、ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れて鉱山の町へ向かう。
そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって、街と共に消滅す。
しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。
結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、其れが未曾有の繁栄の第一歩となる。]」
「・・・これを信じたキムラスカが、”聖なる焔の光”を国のために殺すのだといわれた貴方はそれが嫌で逃げ出した。」
「”ローレライの力”と目される超振動の実験が辛かったアッシュは、もうキムラスカにいるのが、嫌だった、ですよね。」
「だから、ヴァンの言葉に、己の意思で従った。
・・・で?ヴァンがなんですか?まさか自分からヴァンの手を取っておいて、都合が悪くなったら全責任を押し付けて被害者面?とんだ恥知らずですね。」
「しかも、なんにも知らないルークが悪いって、言いに来て、どうするつもりだった、ですか。」
交互に続けられる言葉に口を開閉させるだけで反論のタイミングがつかめなかったアッシュが更に血を上らせる。周りで聞くだけの立場に身をおかざるを得なかった面々も表情を険しくイザナとアリエッタを睨む。ガイだけはその後ろに守られているルークに視線を向けるが、到底ルークを気遣っているとは言いがたい物だった為イオンが背中で遮った。
「うるせぇうるせぇ!!その屑がいなきゃ俺はキムラスカに、」
「一度捨てた物を拾いに行くつもりだったとでも?図々しい。」
「なら、なんでアクゼリュスにルークが着く前に、名乗らなかったですか。」
「なんでそこまでその偽者を庇うのです!ルー、アッシュは被害者ではありませんか?!」
ナタリアがアッシュに加勢しようと声を張り上げた。イザナが冷笑で答える。
「はは!被害者、ねぇ?偽者、ときましたか。
・・・貴方が言って良い台詞でしょうか。」
「どう意味です?!」
「ああ、これはどうせその内知れることですから、まあ良いか
・・・ねぇ、死産したナタリア王女の偽者、メリル・オークランド殿?」
きょとん、とした表情で戸惑うナタリア。
「・・・これも預言に詠まれたことだったようですが、本当のナタリア王女は生まれると同時にお亡くなりになりました。ですが当時乳母として王妃についていた者・・貴方の本当の祖母ですよ・・が身体の弱い王妃が精神まで弱らせかねないと考えて、己の孫を死んだ王女と摩り替えたのです。明確な反逆罪ではありますが、自分の孫は王女として生きるのだという預言に従ったためでもあったので、罪として断罪されるかどうかは知りませんけどね。
・・・なにせ国の繁栄のために、敵国とはいえ民間人しかいない街を一つ壊そうともくろんでいたキムラスカですから。」
「キムラスカは兎も角、貴方も偽者、です。ルークを偽者、というのなら、自分のことも偽者だと、自覚するべき、です」
ナタリアが段々と不安そうに口元をゆがめるのを見たティアとアッシュが庇う。
「・・・それが本当の話でも、ナタリアが赤子の時なら仕方がないのじゃないかしら。そんな風に言うのは間違ってるわ。」
「嘘つくんじゃねぇよ!そんな屑庇うために、出鱈目並べやがって!」
「本当ですよ。」
ルークの傍に寄り添っていたイオンが言い添えた。険しい視線が分散される。
「・・レプリカの分際で、何を根拠に、」
「「イオン様!」」
アニスとティアが、信じられない、という表情でイオンを見るが、視線を向けないまま穏やかに告げる。
「イザナ様の言ったことは本当です。」
「レプリカの言うことなんざ、信じられるか!!」
「・・・どうやらまだ誤解があるようですね。」
「誤解だと?」
怪訝に聞き返すアッシュに、イザナが微笑んだ。
「ええ、誤解です。
貴方方は僕をレプリカだと思っているようですか、それは勘違いです。」
「なんだと?」
「・・・・イザナ様が被験者イオンなんですよ」
イザナに続いて暴露したのは、今まで面々が被験者だと思い込んでいたイオンのほうだった。イオンの言葉を理解したアニスはたちまち顔色を失くす。自分が言った言葉が、イオンにも当てはまってしまうと気づいたからだ。必死にイオンに視線を合わせようとするが、イオンはアニスに一瞥もしなかった。
傍らでさすがに二の句が告げないアッシュが固まるのを見て可笑しげに笑ったイザナも続ける。
「その通り。貴方方が今までいたイオンは、僕が二年前に後任に指名した僕のレプリカです。」
「・・・な、てめぇら騙しやがったのか?!」
真っ赤な顔で怒鳴るアッシュ。
「おやおや、人聞きが悪いですね?
元々導師の後任は先任者の指名と教育によって資質を目覚めさせた者に任されます。イオンは僕のレプリカで、能力の資質は同じですし僕直々に教育も施しました。何一つ問題ない立派な後継者だと思いますけど?」
「は!劣化レプリカのどこが立派だと」
「・・・その劣化レプリカ、っていう偏見に満ちた差別発言を止めてくれませんか。聞き苦しくて耳が腐りそうです。」
「・・ですがレプリカが劣化するのは本当でしょう。」
そこで今まで興味なさ気に佇んで会話を聞き流していたジェイドが言葉を挟んだ。イザナはジェイドに視線を向けて笑い飛ばす。
「くだらない。それはどんな根拠に基づいた発言ですか?ジェイド・バルフォア。」
「知っていたんですね。」
「ええ、勿論です。僕は元導師だと言ったでしょう?
各国の著名な人間のデータくらい頭に入っています。で?質問に答えてくれますか。」
「・・・だったら判るでしょう。私は元々レプリカの研究を専門にしていました。その時に作ったレプリカのデータは廃棄しましたが忌々しいことに私の頭の中には残っている。・・・レプリカは、被験者よりも劣化します。造り上げたレプリカの能力をどう測定しても被験者を上回るものは存在しなかった。おまけにその身体は脆く、些細なきっかけで容易く乖離する脆弱なものです。そんなレプリカが劣化でなければなんと言えば良いと?」
「能力の測定、ねぇ?正確な比較もしていない癖に言い切れるその神経を疑います。仮にも元研究者がね。」
「そちらこそ何を根拠にそんな事を、」
流石に苛立った様子のジェイドに言い聞かせるように話し始めるイザナ。
「だって正確な比較なんて出来たはずはないでしょう。
貴方がレプリカの研究をしていたのは何年ですか?」
「・・・大体14~5年位、ですかね。フォミクリーの前身になる譜術を合わせて。」
「じゃあ、やっぱり正確な比較なんて無理でしょう。」
「ですから、何を根拠にそんな事を、」
「・・・貴方方研究者は、被験者にそんな幼い子どもを利用してたんですか?随分な外道ですね。」
「「「「「は?」」」」」
そろって呆然とする同行者とアッシュ。
「おや?正確な比較が可能だったというのなら、そういう事でしょう? 比較、というからには測定の時には比較対象を同一の条件下の元においた上で行うのが当然ですね?」
「その通りですね。」
「その同一条件下の測定が可能だったということは、被験者が余程幼くなくては無理でしょう。同じ条件、なのですから、レプリカと被験者が最低でも同じ年数を生きたうえで能力を測らなければ意味がありません。」
「「「「「あ。」」」」」
「レプリカは生誕時すでに被験者と同じ外見で生まれますが、実年齢は当然0歳です。例え刷り込みをしたところで与えられるのは知識だけ。 被験者が経験蓄積した上で身に着けた技能をそのまま継承できる訳ではないでしょう。」
「・・・例え、技術書や教科書を丸暗記したって、直ぐに実戦でその知識を使いこなせるかどうかとは別問題、です。」
「アッシュやジェイドだって、剣や槍の使い方を生後直後から今の様に使えたわけではないですね?勿論ティアやアニスやガイやナタリアだって同じです。」
「で?ジェイド、貴方が比較したという被験者とレプリカはどうだったんです?」
「・・・・・少なくとも、被験者よりも幼いレプリカしかいませんでした。」
「ですよね。つまり、今まで貴方方が言っていたレプリカ劣化説とやらが何の根拠もない差別発言であったと認めますね?」
イザナに続くアリエッタとイオンの言葉に唖然と固まる中、ジェイドはしぶしぶ答える。更に重ねて確認するイザナから悔しげに視線を逸らすしかない。その態度が答えであった。
「貴方方もわかりましたか?」
アッシュ達にも言うイザナ。アニスは未だ蒼白な顔で立ち尽くす。
ガイやティアは口を噤んで答えあぐねるが、ナタリアとアッシュが尚言い募った。
「実際そいつが屑だってのには変わりねぇだろうが!ヴァンに騙されて超振動使ったのは事実だしな!」
「そ、そうですわ!!その偽者がいた所為でアッシュが帰ってこられなかっただけでなく、”ルーク”の名で遣わされた親善大使がアクゼリュスを崩落させるなど、」
いい加減うんざりしてきたイザナが表情を取り繕うことも面倒そうに答える。
「しつこいですね。ナタリア姫、貴方も偽者の癖にルークを責めるのは止めなさい。見苦しいです。」
「・・ルークが、”ルーク”になったのは、ファブレにレプリカを返したヴァンの企みと、人違いに気づきもしなかったキムラスカの人間の所為、です。」
「レプリカルークが身代わりに死ぬかも知れない事を知りながら口を噤み続けたアッシュが文句を言うなどお門違いなんですよ。」
「大体、先程も言いましたが、アクゼリュス崩落はキムラスカの本意です。預言に詠まれた繁栄を得る為に、”聖なる焔の光”を”鉱山の街”に送り込んだのはキムラスカなのですから。」
「預言の内容を知っていた癖に、ルークがアクゼリュスに着く前に何も言わなかったアッシュが怒る理由がわかりません、です。」
「それに、僕は何回も言ったはずです。崩落はルークの責任ではありません、と」
「・・だ、だから、」
イザナ、アリエッタ、イオンが交代で答える。キムラスカの本意、で反論しようとしたナタリアも、お門違い、で喚こうとしたアッシュも、三人の放つ殺気に気圧され始めて満足に声が出せない。
「・・・だったら、誰の責任だというの?」
そこで無謀にも口を開いたのはティアだ。
「これも何度も言いました。崩落を実行したのはヴァンです、と。」
「そんな、!兄さんは!」
「だから、ヴァンに唆されて、その屑がやったんだと、」
イオンの言葉に反論したティアに触発されてアッシュが繰り返す。
「現場を見ても居ない人間が、何を根拠に言い切るんですか。アッシュもティアも、ルークに追いついたのは崩壊が始まってからでしょう。」
「しかも、ティア。貴方も良くアッシュの言葉を鵜呑みに出来ましたね。
そいつは鮮血のアッシュですよ。ヴァンの腹心。散々道中を妨害した僕達の敵」
「・・・アッシュが、総長が差し向けた刺客じゃない保証もない、です。」
「アッシュは、本物のルークなのですよ!!そんなわけ」
アッシュの事を庇うためにナタリアも参戦する。
「ナタリア姫、貴方もアッシュを庇う理由などないはずですが。
・・というより、本物のルークであるとかは兎も角、現在ダアトで師団長まで務める他国の軍人を何故そこまで信じるんですか。しかも、アッシュは、貴方の守るべき国であるキムラスカの軍港カイツールを襲撃して数多のキムラスカ国民を虐殺した人間ですよ。・・まさかもう忘れていたとか言いませんよね?」
「な、な、・・それは!」
忘れていたのだろう。イザナの言葉を理解したナタリアが顔を青ざめさせてアッシュを振り返った。アッシュも目を見開いて固まる。
「アッシュも、本当に貴方が元”ルーク・フォン・ファブレ”であっても、そこまで自国に被害を与えた人間が、今更どの面下げて名乗り出るつもりです?」
「・・タルタロス襲撃にも、アッシュは参加してた、です。」
「おや、つまりアッシュはマルクトにとっても敵ですね。
しかもジェイドは直属の部下を皆殺しにされた。 ・・・おやおや、そういえばジェイド、貴方もアッシュの事を当然の様に許してますが、何故ですか?」
「・・・・」
続けていったイザナとアリエッタから目をそらしたジェイドが無言で眼鏡を押し上げる。
今更思い出しましたなどと口には出せないが、全員が悟る。
・・こいつも今までアッシュの所業を忘れきっていたのだと。
「アニス、貴方もです。アッシュは僕を誘拐したり、タルタロスを強奪してキムラスカを走り回ったりと散々暴挙を繰り返していたわけですが、先程僕が彼を警戒したときに、僕のほうを咎めた理由を聞かせてくれますか。・・・まさか、守護役の貴方が導師である僕より、敵だった六神将の言葉を信じていた、なんてことはあるはずないですね?」
「そ、それ、は・・・」
うろたえて視線を泳がせるアニス。答えはない。
「で、ガイ。タルタロスでは譜術付の奇襲、国境でも頭上からの不意打ち、カイツールに至っては人質を取ってまでルークの身柄を渡せと脅迫してきたアッシュですけど、・・・ルークの護衛でありながら、アッシュに対する態度が随分と柔らかいですね。タルタロスの上ではルークに対して散々追い詰める言葉を言っていたくせに。」
「・・・・・」
無言。暗い目で足元を見るガイ。
「最後ですから、もう一度教えて差し上げます。
・・・アクゼリュスの崩落は、確かにルークの超振動が原因です。」
「だったら!!」
「「・・黙れ(です)」」
ドガ、と鈍い音を立てて崩れ落ちるアッシュ。
イオンの言葉にしつこく反論の糸口を見出そうとするアッシュを、とうとう実力行使で沈めたイザナとアリエッタの蹴りが決まったのだ。慌てて駆け寄るナタリアの回復譜術の効果が現れるのを待たずにイオンが続ける。
「ですが、ルークの意思は介在していませんでした。
超振動が発動したのは、ヴァンが、ルークにかけていた暗示の所為です。」
「「暗示?!」」
「に、兄さんが、そんなこと」
驚愕の声を揃えるガイとジェイドは気まずげな視線を泳がせる。流石にその事実を踏まえてルークに責任を問うことがどういうことかは理解したらしい。ティアがなおもヴァンを庇おうとするが、ここにきてティアに同情するものはいなかった。
「暗示をかけられてしまった人間が、自力で打ち破るのは至難のわざです。そもそも騙されていただけだとしても、一番悪いのはヴァンに決まっているでしょう。何処の世界に騙した人間よりも、騙された人間の方が悪いなどと判断する理屈が存在するんですか。」
「ティア、貴方が最初にファブレ襲撃などという犯罪史上に残るような大犯罪を犯したのは、ヴァンを疑っていたからでしょう。何を今更初耳ですみたいな顔で驚くんです。貴方がヴァンに対する疑いを、そこのジェイドにでも話しておけば防げた事態だとは考えかったんですか?」
「しかも、ルークを責めた理由は、”敵であったアッシュが言ったから”・・・馬鹿ばっかり、です」
とどめにアリエッタの溜息。あどけない表情を侮蔑に染め上げて落とされた言葉は、遅すぎる理解に及んだ男二人の精神を引き裂く。反論の余地は無くとも往生際悪く視線を泳がせる女性陣にも等しく侮蔑は向けられた。
「ま、一つ安心して良いですよ?」
「アクゼリュスの人たちは、無事、です。
アリエッタが、お友達に頼んで避難させました、です。」
「元々、僕とルークの役割は、ヴァンに対する囮だったんです。
・・・暗示の発動を防げなかったのは僕の失態ですが。」
一転して業とらしい朗らかさで言い放ったイザナ。アリエッタも笑って言った。最後のイオンが悔しげに零した言葉まで聞いた者達は目を白黒させている。
「ははは!ま、貴方方にとっては唯一の朗報ですから喜んだらどうですか?」
「・・・どういう意味です、か」
辛うじて問い返したジェイドに、三人がそっくりの表情で笑って言った。
「「「どうって、当然でしょう?」」」
「貴方方がルークに対して行った不敬や侮辱を、ありのままに両国に報告しただけです。」
「ティア・グランツがルークを誘拐したにも関わらず、守るべき民間人を無理矢理戦闘させたことや、王族のルークにたいする敬称なしの呼び捨て、道中繰り返された侮辱発言、とか」
「マルクトの大差殿が誘拐された被害者を連行して己の任務に無理矢理協力させるために行った脅迫、 軍人の癖に訓練を受けても居ない民間人に己のみを守らせた事とか」
「アッシュが参加したタルタロス襲撃に虐殺、国境での戦闘行為、キムラスカ軍港襲撃、導師誘拐に和平妨害、王族の殺人未遂」
「ナタリア殿下の、王命反逆、・・行くなという命令に逆らって、城を出たこと、です。親善大使への脅迫、・・総長からの言葉に悩んでいたルークに、連れて行かなきゃばらすっていった、こと、です。」
「ガイは、公私の分別なく道中通して主のルークの言葉を聞き流して他国の軍人であるジェイドを立ててたこととか、ルークの護衛の癖にルークを守ることを全くしなかったこととか。・・・貴方の出自、とか、ね?」
「アニスは、僕の護衛の癖に何回も傍を離れたり、不寝番もせずに誘拐を見逃したり、ルークに対する不敬もありますし、 後は・・・・(スパイ、の件ですよ)わかりますね?」
三人の言葉が続くたびに顔色を失くしていく面々。
アニスは、イオンが唇の動きだけで伝えた言葉に卒倒寸前で立ち尽くす。ガイは、出自、の言葉で己の素性・・ファブレに復讐するために名を偽っていたマルクトのガルディオスの嫡子であることを知られていると悟って身体を震わせた。犯罪者の自覚が無かったティアの反論はジェイドが辛うじて抑えるが、ジェイド自身の罪を列挙されて今更立場を認識したため背筋の冷や汗は止まらない。アッシュとナタリアはその場で呆然と寄り添うが、犯罪者の傷の嘗めあいにしか見えずにイザナたちの失笑をかった。
「ふふふ、ルークを散々傷つけてきたんです。
・・・これから、その罪の重さを思い知ると良い。」
「アリエッタも、ルークの敵に、容赦はしません、です」
「貴方方を両国がどう扱うのか、ゆっくり見せてもらいますね♪
僕も道中散々苦労させられたことですし」
顔面蒼白で固まるもの達に、少し溜飲を下げた三人が朗らかに言い放った。そしてくるりと踵を返すと、今までの殺気はなんだったんだと聞きたくなるくらい柔らかな笑みで、ライガに守られているルークに歩み寄る。
「さて、ではさっそく外殻大地に戻りましょうか」
「はい、です。やっと総長を処分できる、です。」
「では、キムラスカとマルクトは了承してくれたのですね?」
宣言したイザナにイオンが勇んで問いかける。答える二人も満面の笑みだ。
「ええ勿論。・・・ふふふ、抜かりはありませんよ。」
「これで大地降下作戦を成功させたら、ルークは自由になれる、です」
「やりましたね!イザナ様、アリエッタ!!
これで晴れて一緒に暮らすことができます!!」
更に笑顔を輝かせてルークの髪を梳く。ライガも嬉しげに喉を鳴らした。
「ええ、可愛い僕らのルークと、誰憚ることなく家族として暮らせるようになります。」
「新しいお家も、準備万端、です」
「では早速帰って作戦を終わらせましょう!!
僕ルークと一緒のベッドで寝たりしたいです!」
「安心してください、一部屋占領するくらい大きなベッドを買いました。全員で並んで寝たりもできますよ。」
「アリエッタも一緒です。シンクとディストも待ってる、です。」
「はい!楽しみです!」
年相応の顔で嬉しげに笑うイオンの頭を撫でながらイザナが言った。アリエッタも楽しそうに、今頃証拠を揃えて自分達を待っているはずの仲間の名を上げて笑う。そして三人が覗き込むのは、安心したように眠るルークの可愛らしい寝顔だ。
「「「癒されます(です)」」」
揃う溜息。ほんわりと空気が緩む。
「僕、ルークの平穏のためなら世界統一しても構いません。」
「アリエッタも手伝う、です」
「あ、良い考えですね。
キムラスカはどうしようもないですし、マルクトも頼れないことが今回のことで良くわかりましたから。」
「「「・・・やっちゃう(です)?」」」
にやり、と笑う。
「では、まずは予定通りの作戦を終わらせて、」
「両国には、今までの失態を突きつければ、OK、です。
抵抗しても、アリエッタ達に叶う軍などありません、です。」
「僕キムラスカなら一人でも潰せる気がしてます。
なんせルークを殺そうとしてた国ですから!」
「じゃあ、僕はマルクトいきましょうか。
ジェイドの態度は影で見ていて腸が煮える所か沸騰して蒸発するかと思ってましたから」
「シンクとディストとお友達がいれば、怖いものなし、です」
「いざ、参りましょう!!僕らの明るい未来の為に!」
「「「おーーーー!!」」」
物騒な会話が遠ざかっていく。
後に残されたのは、現実逃避しか出来ない元親善大使一行と神託の盾騎士団の特務師団長のみ。騒ぎに気づくが物騒な雰囲気に慄き隠れて様子を伺っていたユリアシティの住人が、去り行くイザナ達を恐る恐る見送る。
その後、無事外殻大地を降下させて指し当たっての世界崩壊は免れたオールドラント。
が、今までどおり、三国が無事に歴史を重ねることが出来たかどうかは
・・・貴方の心の中で。
お待たせいたしました彩姫様。
36363hitリクエストありがとう御座いました!ルクアリ小話で御座います。
ええと、すみません。本気でシリアスになってしまいました。
そしてPTメンバは空気なんですが若干辛口です・・・・。本当にすみません、努力したんですがこればかりは本気でどうにもなりませんでした。
もし気に入らなかったときは、どうぞ遠慮なく申し出ていただければ書き直させていただきます。
一応原作風味のルークとアリエッタです。
では、どうぞ
『箱庭の御伽噺』
昔々、あるところに、可愛らしいお姫様と、王子様が二人で暮らしていました。
「・・・なんで、そんな風に、笑う、ですか」
「嬉しいからだよ。」
柔らかな風が吹く。獣や魔物にしか足を踏み入れることができないような深い森の奥にある小さな広場。大きな木が優しい影を落とす、その場所で穏やかにまどろむのは鮮やかなローズピンクの髪の少女と、朱金の髪の青年だ。
少女の膝に頭を預けて静かな寝息を立てる青年の髪を、少女が優しく梳いている。
無防備に自分に全てを預ける青年が愛しい、とその仕草全てで語る少女がふわりと笑う。
(ここは、静か、です。)
「・・・アリエッタ?」
今まで眠っていた青年が掠れた声で少女を呼んだ。瞼を擦る手をそっと抑えながら、アリエッタが答える。
「起きた、ですか?ルーク」
その口元に浮かぶ笑みに、首を傾げるルークが聞いた。
「なんかあったのか?嬉しそうだ」
純粋な疑問だけを浮かべる無垢な瞳がアリエッタだけを映す。その、至福。
「ルークと一緒に居られて嬉しいだけ、です。」
笑顔で囁かれたルークが、その面にたちまち朱色をのぼらせる。うろうろと視線を彷徨わせつつも小さく答える。
「・・・俺も、アリエッタと一緒に居られて、嬉しい、よ」
「ふふ、」
大好き、です。と吐息に混ぜて囁いて、瞼を伏せるアリエッタ。そんな少女に、ぎこちない手で頬を撫でながら、身を起こしたルークがそっと口付ける。拙くて幼い、子供のキスだ。それでも、二人にとっては何よりも愛しくて大切な行為。アリエッタが微笑む。ルークが真っ赤な頬を隠すように再びアリエッタ膝に顔を伏せた。
そこには、幸せな恋人同士と、森に溶け込む獣の気配しか存在しない。
(ここには、煩わしいものは、何も、ない。
・・・・・皆を嫌う、人間たちも。)
ルークを守るように、静かな手つきで髪を梳くアリエッタが胸の内で呟いた。
(ルークを、傷つける、あいつら、も)
そして、あの時の事を思い出す。
ルークを今度こそ殺そうと、狙ったあのときを。
「覚悟、するです。今日こそ、お前を、殺す、です!」
その日、ルークたちは地図にも載らない様な小さな村に滞在していた。どうやらアルビオールとかいう移動用の譜業の調子が悪かったらしい。パイロットの少女が点検と整備をしたいからと、一時的に降りた場所の近くに偶々あった村に予定外の宿泊を強いられたらしい。予定外であるから特に用事もなく、皆突然の休暇を好きに過ごしていた。其々がばらばらに行動する様子を、偵察を頼んだお友達に聞いたアリエッタは、チャンスだと思った。気を抜いているというなら、無防備に一人になる瞬間もあるだろう。この小さな村の周りは殆どが深い森だ。村の付近だけが開けた丘になっているが、少し歩くだけで容易く身を隠す木立の群れが現れる。ならばお友達
と一緒に影に潜んで、ルークが一人で歩く瞬間を待てば良い。彼らはあまり纏まりがないようだから、簡単に個人行動をとる。いつもなら大きな町でしかそんな姿を見れなくて機会を逃していたが、此処ならば、と思ったのだ。
そして待ち望んだ時はあっさりと訪れた。
どうやら一人で修行でもしようと思ったらしい。呑気に村から続く小道を歩くルークが、森の手前に差し掛かった瞬間、彼の身体を押し倒す。たとえ小柄でもアリエッタは軍人だ。かつて導師守護役を務め、今は六神将と呼ばれる師団長を務める優秀な。剣術が得意といっても、ほんの一年足らずの間に付け焼刃的な実戦を重ねた程度のルークを、取り押さえるくらいのことは簡単なことだった。相手が気を抜いている状態なら尚更に。あっさりと引き倒したルークをうつ伏せに押さえ込んで、首に刃を突き立てる。これで、ママの敵を取れるのだと高揚しか感じなかった。
だから、あの時、ルークと言葉を交わそうと思ったのは、ただの気まぐれでしかなかった。
今まで梃子摺らせた相手の最後の言葉くらい聞いてやっても良いか、と思っただけなのだ。
アリエッタが覗き込んだときの、ルークの本当に嬉しそうな笑顔と、いっそ睦言でも囁くかのような甘い声を聞かなければ、その場で首を掻ききっていたはずだ。
「なんで、そんな、顔を、するですか!
・・・アリエッタに、お前が殺せないとでも思う、ですか!」
「嬉しいからに決まってるだろ?」
ルークの笑顔に馬鹿にされているのか、と思ったアリエッタが怒りに震える声で問いただす。余裕を持っていられるのも今だけだと手に力を込めたアリエッタに返ったルークの声が、本当に幸せそうでなければそこで全てが終わっていたはずだった。
「何を、いうです?お前は、此処で、死ぬですよ?」
「ああ、わかってるよ」
「なら、何故、です?!」
食い下がるアリエッタに、ルークは疑問だけを浮かべる瞳で見返した。その美しい鮮緑には、恐怖も怒りも存在しなかった。まるで無垢な幼子の瞳で、アリエッタに視線を向けるルークの表情は、何を言っているのか分からない、と言っていた。今まさに殺されかけている状況で浮かべるべき表情ではなかった。
「・・だって、アリエッタが憎んでいるのは、チーグルの森で、クイーンと戦った時の俺だろ?」
「・・・当然、です。」
「だから、嬉しいんだよ。」
「どういう、いみですか。」
僅かにアリエッタの力が緩む。それでも抵抗せずに倒れたままのルークが続けた。
「だってさ、もうアリエッタだけなんだぜ。」
その吐息の甘さ。まるでこれこそが至福だとでも言うような。
「もう、”前のルーク”を望んでいるのは、アリエッタだけだ。」
その、言葉の意味を、唐突に悟る。
「七年間、ファブレで育った傲慢で我侭な、アクゼリュスまでの俺は、皆にとって必要ない存在なんだ。
ティアもジェイドもガイもアニスもナタリアも。今の俺には優しいよ。
アッシュだって口は悪いけど気に掛けてくれるようになった。
けどさ、じゃあ、”前のルーク”を、俺はどうしたら良いんだろうな?
そりゃ、アクゼリュスの事は許されない罪だ。
その罰が、俺が変わらなければならない事なんだったら従うべきだろうさ。
皆が”前のルーク”が嫌いだって言うのは仕方ない。
俺だって良い奴だったなんておもわねーもん。」
笑顔のまま続くルークの言葉は、どこまでも空虚だ。
「でも、”前のルーク”だって、俺に違いはないんだぜ?
”前のルーク”が居なければ、今の俺だって存在しないんだ。
なのに皆が”前のルーク”を否定する。居なくなって良かったって喜ぶんだ。
じゃあ、”前のルーク”が居なければ存在しないはずの今の俺はなんだと思う?
皆は今の俺に優しいけど、それって何でなんだろうな?」
優しいと仲間達が褒めるルークの笑顔が、仮面にしか見えない。
空っぽで冷たい、ただの笑顔という形をとっているだけの無機質な物体だ。
ルークの言葉に、アリエッタは答えられない。
「だから、さ。アリエッタが、”前のルーク”を憎んでくれるのが嬉しいんだよ。
もう、”前のルーク”を優しいと言ってくれたイオンも居ない。
・・・アリエッタだけなんだ。」
ルークの表情は、変わらない。
「だから、その感情が憎しみでも構わないんだ。
アリエッタが殺したがっているのが、”前のルーク”であるのなら、それだけで良いんだよ。」
アリエッタの手から刃が落ちた。
ルークの身体を無理やり起こして、その頭を力いっぱい抱きしめる。
もう、アリエッタにルークを殺すことは、出来なかった。
憎しみはある。母を殺したルークを許せないと心が叫ぶ。
けれど、この無垢な傷ついた幼子を、愛しい、と。守らなければと感じている自分も居るのだ。
だから、
「お前は、アリエッタが、殺す、です。」
「ああ。」
「お前の命は、アリエッタが、貰う、です。」
「勿論だ。」
「・・・・だから、お前の全ては、アリエッタの、もの、です。」
「・・・ああ。」
この傷ついた子供を攫った。
空を飛べるお友達に頼んで、お友達にしかこられない、この深い森の奥に連れてきてもらったのだ。
ルークの仲間達や、他の六神将や、総長も、今のアリエッタにはどうでも良かった。
ただ、ルークと、兄弟と、お友達だけが存在する、この場所で過ごすことが出来れば、それだけでいいのだ。
「ルーク、大好き、です。」
「おれも、アリエッタが、大好きだ。」
穏やかな木陰で、幸せな恋人達が笑う。
美しい箱庭を見守るのは、空と、風と、森の生き物達だけだった。
その場所は、永遠に守られる。
世界が終わる、その瞬間まで幸せだけに包まれる。
二人が静かに眠るまで、変わらずにあるだろう。
お姫様と、王子様は、ずっと幸せに暮らしました。
そんな、お伽話の結末。
この話は、所謂仲間厳し目小説です。
ティア・アニス・ガイ・ジェイドに大変厳しい表現を含みます。
加えて六神将全員・ヴァン・モース並びに、キムラスカ王国とマルクト帝国自体への批判的な表現があります。
(でも、アリエッタ・シンク・ディストには後に少し贔屓が入ります)
ルーク至上ですのでルークは保護対象で。一応原作の環境で成長したルークです。
(彼が少し冷静に疑問を疑問として口に出した場合はどうなるかというコンセプトもあります)
で、この話のイオン様は最初は原作どおりですが、途中で真っ黒属性の実力行使も辞さない最強導師様に転身なさいます。
そしてイオン×ルークのCP表現があります。
上記諸々踏まえた上で、そういう捏造改編批判他が嫌な人は今すぐこのサイトの存在自体を忘却してくださるようお願いしたします。
読了後もしも御不快になったとしても文句は受け付けることはできません。
それを念頭に置いた上でそれでも興味がある、という方がいらっしゃいましたら、どうぞご覧下さい。
*すみません、どうやら手違いで以前upしたものが消えていたようなので再upしました。
「頼む導師イオン!この女を引き取ってくれ!!!」
マルクト帝国誇る世界一の食糧生産地であるエンゲーブの村長宅にて、朱金の髪と鮮緑色の瞳の青年が勢いよく頭を下げた。青年の前には困惑した表情の、緑の髪と翡翠の瞳の少年が佇んでいる。初対面の青年に、いきなり土下座せんばかりの勢いで懇願されてどうしたらいいか分からない少年--導師イオンは、心底困った顔で室内を見回す。その先には、イオンと同じように困惑した顔の守護役であるアニス。何を考えているか分からない表情でこちらを傍観するジェイド・カーティスマルクト国軍大佐。直立不動ながらこちらの様子をうかがっている護衛のマルクト軍人達。青年の突然の行動に驚いているらしきローレライ教団の軍服を纏った女性。少年と青年を見比べているエンゲーブ村長を務めるローズ夫人。立ち去るタイミングを逃して対往生している村人数人がそれぞれの表情で、青年の姿を見守っている。
誰にも助け船は期待できないと思ったのか、とりあえず話を聞こうと青年に問いかけるイオン。すると途端に顔を上げた青年が怒涛の勢いでまくし立てた。
「ああ、悪い、俺はルーク・フォン・ファブレっつーんだ。で、こっちの女はティア。
で、ティアはダアトの軍人だって言うんだけどよ、導師ってダアトで一番偉いんだよな?!
つまりダアトに所属してる奴らは皆導師の部下なんだよな?!
だったら、頼む!!この女を引き取ってくれ!!
これ以上こいつと一緒に行動するなんて御免だ!!!!!」
「あ,あの、ルーク?あ、そう呼ばせてもらいますね。僕もイオンで結構ですから。
で、それでですね、その・・・彼女を引き取る、というのは・・・・」
優しげな笑みを心なしか引き攣らせつつも、なんとか詳しい事情を聞こうとするイオン。二年前に被験者イオンが亡くなった後挿げ替えられたレプリカである為にずっと監禁されていて、同年代の友人などアニスしかいなかったイオンは、内心で青年が落ち着いたら少し親しく話でもして見たいと思いつつ先を促す。感情表現が素直で率直な物言いが聊か青年を幼く見せる。真っ直ぐに合わされたルークの鮮緑の瞳に浮かぶのはただ言葉の通りの懇願で、裏表のない正直な人柄を偲ばせた。今までは腹に一物ある様な相手にしか会ったことのなかったイオンにとって、初めて安心して会話ができそうな、しかも同年代の青年である。あわよくば友人になれたら、と考えが浮かんで期待が膨らむ。
そのためにはまずルークを落ちつかせなければならない。引きつりかけた頬を緩ませ、優しい笑みで言葉を待った。心なし声がウキウキしているイオンに気づかない周囲の者達も、とにかくルークの言い分を聞こうと思っているらしく無言で次の言葉を待つ。そもそも一般人である村人や高が護衛のマルクト兵士が、ローレライ教団の最高指導者である導師の言葉を遮るなど、あってはならない不敬であるため口など挟めなくて当然だったが。だがそんな常識を思考の隅にも置かずに思ったまま発言する無礼者が存在した。誰であろう、返品を希望されいる本人のティアである。
「ちょっと、ルーク!あなた何のつもり?!
私を不良品か何かみたいに引き取れですって?!あなたと一緒に行動するのが嫌なのは私もよ!!けど、貴方を家に送る義務が私には・・」
「うっせーよ!一々口はさむなよ!!お前だって一緒にいたくねぇんだから丁度いいじゃねぇか! お前に送ってもらう位なら一人で帰った方が万倍マシだっつーの!」
「な、貴方本当に失礼ね!これだから、」
今までの短い道中で散々浴びせてきた蔑みの視線を向けてルークを見下すティア。
事情が分からないままながら、周囲にいるうち、エンゲーブの村人や護衛の兵士は殆ど恐慌状態といっても過言ではない心理状態だった。皆が皆この事態をどうしたらいいのかと落ち着きなく視線を交わしあっている。深く考えなくても当然だ。
青年は、ルーク・フォン・ファブレとなのったのだ。
赤毛に緑目がキムラスカ王族の証であることは、貴族階級の事情など知ることができない一般階級の子供でもしっている。名を聞く前は、王族の隠された庶子か親族に王族の血縁者でもいる一般市民かと考えていたのだが、かれははっきりファブレと名乗った。つまり彼は、ファブレ公爵子息であり、ナタリア王女の婚約者で、第三位王位継承権を持つキムラスカ王族で、さらには将来ナタリア王女と結婚して王位につく筈の、実質的な隣国の次期国王だということだ。
そんな相手に、見たところ未だなんの階級も得ていないらしきダアトの一兵卒があからさまに見下した発言をしているのである。その場でルークに首をおとされたところで文句など言いようもないほどの不敬であった。
そんな彼らの焦りを余所に口論は続く。
「失礼ってお前にだけは言われたくないね!」
「私のどこが失礼なのよ!」
「どこもかしこも全部だよ!お前が今まで、何時俺の前で礼を守った行動とったよ?! 俺ん家に不法侵入してナイフを振り回すわ、俺を外に連れ出すわ、なんであんなことしたのか聞いても個人の事情だから話せないとか言いやがって。 個人の事情って言い張るんなら他人を巻き込むんじゃねー!! 個人の事情ってことは、お前とヴァン師匠の問題ってことだろ! だったら二人ともダアトの軍人なんだからダアトで話付ければいいじゃねぇか! なんで月に数回、一日に数時間しか家に来てもらえないってのに、お前なんかに稽古を邪魔されなきゃなんねぇんだよ!」
「そ、それはっだから!」
「そもそもお前、なんか変な歌で家の騎士達も眠らせやがっただろ?! なんで家にあんなに一杯騎士がいたと思ってやがんだ! ”せいてき”とか”しかく”とかいう奴らから母上達を護る為にいるんだぞ?! 騎士が寝てる間に母上が襲われたりしてたらどうしてくれんだよ?!
母上は只でさえ体が弱いのに、この上怪我でもしてたら・・・・!!
母上だけじゃねぇ!メイド達はもちろん戦えないし、ラムダスやペールは爺さんだぞ! それにいくら強くったってヴァン師匠やガイや騎士達だって寝てる時に襲われたりしたら抵抗しようもねぇじゃねぇか!」
「それは悪かったと、謝ったじゃない!」
「謝ってすむか!!家に入ってきた時だってお前許可なんかとってないだろ!! 俺だって母上の部屋を訪ねる時はちゃんとメイドに言って母上の許可貰ってから会いに行くっていうのに、 何で他人のお前が許可も取らずに俺ん家に勝手に入ってこれんだ!!そういうの不法侵入っていうんじゃねぇのか?!
キムラスカじゃ王族や貴族の家に不法侵入した奴らは、軽くて鞭打ち悪くて死刑だって法律があるって聞いたぞ! 家に来てた服屋がメイドと話してた時言ってたからな!つまりお前犯罪者じゃねぇか!!」
「な、な、な、」
「その上”ぎじちょうしんどー”だか何だか知らねぇが、お前のせいでこんなとこまで吹っ飛ばされた俺に、偉そうに説教なんかくれやがって。
ああそうだな俺が屋敷から出たこともない世間知らずだってのも、口が悪いってのも認めるさ!! だがな、それをお前に注意なんかされる筋合いなんかこれっぽっちもねぇんだよ! なんで俺が不法侵入者の襲撃犯なんかに礼儀云々言われなきゃならねぇんだ!!」
話の内容を理解してしまった周囲はすでに顔面蒼白である。多少なりとも世間一般の常識をしっているならこちらが正常な反応だ。今一世情に疎いイオンでさえ、ダアトの軍人であるティアがしでかした事の大きさに気づいてうろたえている。先ほど少し浮上した気分が一気に下がる。青年との交流への期待どころではない。顔色も赤や青を行き来して如実に混乱を表す。その場で卒倒できればどれ程楽かと思いながらも必死で話しを纏めようと努力する。
(それはつまり、あからさまにダアトの軍人であるとわかるティアが、キムラスカのファブレ公爵の屋敷に襲撃した、と。そういうことでしょうか?! で、でも、何か事情があるなら・・・。・・・・!?歌ってことは譜歌でしょうか?!するとティアの譜歌の所為でファブレ公爵家は一時的に無防備状態になったと?!
確かファブレ公爵夫人はインゴベルト陛下の妹君だったと・・・キムラスカでナタリア王女に次ぐ高貴な女性を命の危険に晒したってことでは?! ・・・ダアトの軍人が、ファブレ公爵家へ利敵行為・・いえ、明確な敵対行動をとった・・キムラスカから宣戦布告されてたらどうしたら?! 疑似超振動で飛ばされた?!それは事実上の誘拐?!
誘拐された被害者のルークに対する謝罪と反省どころか、なんでこんなにどうどうとしてるんでしょうか・・・?!)
・・・・いっそ、言葉が理解できないでいればどれ程幸せだろうか。
次々明かされる驚愕の事実にイオンの内心は大変な事になっている。
只でさえ体力に恵まれず線の細い印象が、血の気が下がって青白くなる顔色と相まっていっそう儚げな風情だ。
マルクト軍人達の罪人捕縛の許可を懇願する必死な視線に気づかないジェイドや、呆然と勢いに圧倒されるだけのアニス、ルークに面と向かって罵倒されて尚どれだけの罪を犯したのか気付かず反論しようとするティアの態度こそ異常というべきだ。そんな周囲の状況など視界に入る余裕もないのか激高したルークの弾劾は続く。
「しかもお前、俺を「責任持って家まで送る」っていった先から魔物の前に押し出して、 後衛専門の自分を護れとかいいだしやがったじゃねぇか! 後衛だからなんだっつーんだ!お前軍人なんだろ?!ダアトの軍人ってのは時々稽古をつけてもらってるだけの実戦経験のない 俺に守られなきゃ戦えねぇくらい弱いってのか?!ヴァン先生みたいな軍人になるには今よりもっと沢山修行しなきゃなれない って師匠も言ってたのに、その軍人が俺より弱いってのはどういうことだよ!?それともお前が軍人だってのが嘘なのかよ?!」
「私は情報部だから・・」
「「責任持って家まで送る」ってのもどんな意味だったんだ?!
俺は「送り届ける」ってのは、人とか物を目的地まで安全に辿りつかせるって意味だと思ってたんだがな?!
それともキムラスカの外じゃ言葉の意味が違うのか?!ダアトでは「送り届ける」ってのは、送られる側の人間が、送るっつった方を護る事を言うのかよ?!だったら最初に説明しろよな!!お前俺が七年前にマルクトに誘拐されて言葉を分からないくらいの記憶喪失になったせいで七年分の記憶しかないことも、それから一回も屋敷から出たことない世間知らずだってことも知ってんだろうが!!
お前は情報部の軍人で、俺よりずっと世界を知ってるんだろ!?
そういう風に見下してきやがったもんな!」
「見下すって、あれは貴方が!」
「今俺がこんなところに居るのも全部お前の所為だろ!どの口で戦い方を指導するとか言えんだよ! 飛ばされる前にヴァン師匠に切りかかったときだって、師匠の前にでた俺にもナイフ向けただろ?! あん時”ぎじちょうしんどう”が起きてなきゃ、俺のことも切ってたんじゃねぇのか?! そんな奴をどう信じろってんだ!!」
「あなた、いい加減に・・・・!!」
「待ってください。・・・・・・それは、本当ですか、ルーク。」
それまで、あまりに突っ込み所が多すぎて、どこからどう口を挟んでいいものか分からずに口論を聞くしかなかったイオンが、平坦な声音でルークに問いかけた。満足に反論の言葉も言えずにルークに詰られて我慢が切れたのか、声を張り上げようとしたティアの言葉を遮ったイオンに、そこにいた全員の視線が集まる。
その静かな問いに、周りが見えなくなっていたことに気づいたルークは顔を赤らめながら頷いた。
「お、おう。本当だ。」
「そう、ですか。・・・ティア?」
「は、はい。ルークを巻き込んだのは事実です。ですが!」
「そう、事実なのですね。
つまり、ティアはあろうことかファブレ公爵家に襲撃し、公爵家の警備を無力化し、神託の盾騎士団の主席総長であるヴァンに襲い掛かり、公爵子息であるルークも巻き込んで刃傷沙汰を起こした揚句、 疑似超振動によりルークをマルクトまで誘拐。さらにはキムラスカの王位継承者であり民間人である公爵子息を前衛に立たせ、 今当に不敬を重ね続けている。と、しかも襲撃の際、ルークにまで刃を向けた、ということは、彼に対する殺人未遂も加わりますね。
・・・それらが全て、嘘いつわりのない事実であると。
そういうこと、なのですね?・・・・・・・アニス。」
「は、はい!!」
ルークとティアの肯定をうけて、イオンは深い深いため息をひとつ吐き出すと、貼り付けた能面のような笑みでアニスを呼ぶ。今まで一度も聞いたことのないような温度のない声に、顔を引きつらせつつ返事を返したアニスに、イオンは、はっきりと告げた。
「ティアを捕えなさい。
彼女はダアトで査問にかけて事実を確認した後キムラスカに送ります。
ああ、ジェイド、兵と牢を貸してくれますね?」
「---はい。では、そこのお前!彼女を牢に!譜術士のようですから専用の拘束具を---」
「な、お待ちください!導師イオン!カーティス大佐!」
「黙りなさい。貴方は自分のしでかした事の大きさが本当に理解できていないのですか!」
イオンの命でティアを押さえつけるアニス。イオンが初めてみせる冷酷な怒りの表情に気圧されたのか普段の慇懃無礼な軽口もなく大人しく罪人捕縛の指示を出し始めるジェイド。その様子を威圧たっぷりに見護るイオン。そこまで来てようやく自分がどういう立場に立たされたのか理解したらしいティアが慌てて声を上げた。イオンの笑みの温度が更に低下する。アニスやジェイドは巻き込まれたくない一心で口を閉ざしてひたすら手足だけを動かした。最初からティアを罪人としてしか認識してなかった周囲の人間達は言わずもがなである。
背後に纏うブリザードを無視さえできれば何時もどおりといえる優しげな笑みを浮かべたイオンがティアを見据えて口を開いた。
「何です、罪人を捕縛するのは当然でしょう。
高が罪人如きが許可なく口を開かないでください。
言いたいことがあるのなら査問会議で言いなさい。
どう言い訳したところで極刑は確実でしょうが。
ああ、もちろんダアトが貴方を庇うことはあり得ませんよ。
・・・あなたのお陰でダアトはキムラスカからいつ宣戦布告されても文句の言えない立場に立たされているんです!」
そこまで言われて尚反抗的な眼で睨んでくるティアを見下ろしたイオンは理解した。
この世界には、同じ言語を使いながら、決して言葉の通じない輩が存在することを。
理解と同時に、今まで刷り込みされたとはいえ、まるで本のページに乗っている絵のように実感の薄かった被験者イオンの記憶が怒涛のように脳裏を駆け巡る。そうやって今一度思い起こせば被験者もそんな輩の処分に
苦労していたようだ。そして被験者が行っていた対処法も思い出した。
・・・こういう異種生物は、実力行使で黙らせるに限る。と、いうわけで。
「アカシック・トーメント!」
問答無用で秘奥義を繰り出して罪人を黙らせる。
その顔に浮かぶのは、これまた一度も見せたことがないほど、すがすがしい笑顔だった、とローレライ教団唱師A嬢は後に語った。
そしておもむろに振りかえったイオンは、今度こそ正真正銘優しい笑みで、一連の出来事について行けずに固まっているルークを見上げた。
「ああ、ルーク。本当に申し訳ありませんでした。
罪人はきちんと処分した後キムラスカに護送しますし、勿論弁護なぞ致しません。
どうぞお気の済むように処分なさってください。
御迷惑をおかけしたファブレ公爵並びに王家の方々にも正式に謝罪文を送らせていただきます。
貴方の事もきちんと送って行きます。勿論、今までのように闘ったりする必要はありません。
あなたの身の安全は、僕が保障します。・・・・では、ジェイド。おわかりですね?」
「は、勿論です。ルーク、様、とイオン様はどうぞこちらへ・・」
「あ、え、ま、待って下さいよぉ!イオン様ぁ!」
表情を変えず声音もいつも通りのものではあるが、常時標準装備の慇懃無礼な言葉が一言も出ないあたり、
明らかに動揺しているジェイドが自国の皇帝にすら使ったことがないほど丁重な態度と言葉でイオンとルークを
案内する。確かにティアを引き取れとは言ったが、まさかこんな事態になるとは思っていなかったルークがイオンの顔を伺いながらおずおずとついて行く。そんなルークの年齢より幼い仕草に庇護欲が刺激されたらしいイオンは満面の笑みでルークをエスコートしてゆく。後ろを慌ててついて行くアニスに目もくれずに甲斐甲斐しくルークの世話を焼こうとするローレライ教団最高指導者の姿に先ほどとは違う意味で視線を彷徨わせる周囲の人々。気弱で天然な心優しい少年導師は、この度華麗にクラスチェンジを果たし、魔王属性腹黒最強権力者様に転身なさったご様子。
・・・もう誰にもイオンを止めることは出来ない。
「ええ、ありがとうございますジェイド。アニスも早く行きますよ。
ではルーク、行きましょうか。
大丈夫ですよ。もう何の心配も要りません。全て、僕に任せて下さい。」
「あ、ええと・・・あ、ありがとう?で、でも、あの、ティア、は・・・・?」
「あはは、ルークは本当に優しい方ですね。
先ほども御自分よりも母君や使用人の方々を心配していましたし。
・・・ですが、貴方のその優しさを、あのような罪人にまでくれてやる必要などありませんよ。
さあ、過去の忌まわしい出来事はまとめて忘却してこれからのことを話し合いましょうか。」
声が弾んでいる。周りには花でも飛びそうだ。他の誰に言葉をかける時でもルークから視線が離れない。
その視線も砂糖の様に甘いもので見ているだけで胸やけがしそうだ。どうやらイオンはルークの事が本当に気に入ったらしい。いや最早”愛”の域だろうか、これは。恐らく今ルークに何か粗相でもしでかせば、先ほどのティア同様導師様の秘奥義の錆にされること間違いない。
それを悟ったジェイドやアニスは、最早自分は貝であると自己暗示をかけつつイオンの指示に諾々と従う。何時もの調子でルークを軽んじる言葉を吐いた日には、そこで己の人生が強制的に終了させられる確信に冷や汗が背中を伝う。
・・マルクト帝国皇帝陛下からの親書を預かる和平の使者御一行が、ローレライ教団の導師イオン率いるルークの護衛部隊に生まれ変わった瞬間であった。
で、その後の彼らがどうしたかというと。
「導師イオン、我々と来ていただきましょう。抵抗なさるならば、力づくでも・・・」
「黙りなさい、ラルゴ。貴方は幾ら六神将の一人とは言え、一介の軍人にすぎません。
それが、何の権利があって導師である僕に命令などしているのです!」 とか。
「導師イオン、さあ大人しく・・」
「貴方もですかリグレット。師弟及び同僚共々本気で己の身の程を理解できていないようですね。
良いですか、どんな事情が絡んでいようと、”今”の導師は僕なんですよ。つまり貴方は僕の部下です。
偉そうにふんぞり返って僕に指示などだせる身分かどうか、よくよく考えてからモノを言いなさい!」 とか。
「人を殺すのが恐いなら、剣なんざ捨てちまいな!!」
「ああ、もう、六神将は揃いも揃ってこの世界の常識である身分制度とか各々の職責とかが全く理解できていない人間ばかりですか! 守られて当然の公爵子息であるルークが、戦いを恐れて何が悪いんです!
アッシュ、貴方は訓練を受けた軍人でしょう!貴方はそれが義務ですが、ルークは民間人なんです!」 とか。
「ルーク、あまり我儘言わないで、お前も戦えって。俺一人じゃ前衛が足りないし・・」
「ガイ、貴方はルークの使用人のようですが、何を考えているんです。
貴方の主人が、誘拐された揚句無理やり戦わされたりしたんですよ!
それに対して抗議するならともかく、一緒になって戦えなどと・・! 彼は守られるべき王族でしょう!その彼に剣を持たせて自衛を促すだけでは飽き足らず、自分達のことも護れと?!」とか。
「さて、旅券をどうしましょうか。」
「ちょっと待ちなさいジェイド。まさかこれから和平の親書を届けるという重要任務の為の準備を何一つしてなかったってことですか! 旅券がなければ国境を越えられないことなど子供でもしってる常識でしょう!それとも無許可で国境を無理やり通るつもりだったとでも?!」 とか。
「きゃぁvルーク様ぁv心配してたんですよーv」
「アニス・・ルークを心配したことはまぁいいでしょう。けどね、貴方の役職は僕の守護役ですよ! 職務を果たすつもりがあるなら、上辺でもいいからまず僕の無事を確認しなさい!」 とか。
「おお、ルーク探したぞ。」
「・・・・ティア・グランツといいリグレットといいその他の六神将といい。 ヴァン。 貴方部下や妹の教育に手を抜きすぎじゃないですか? しかも貴方自身も常識を理解しきれてないようですね。
主席総長といえど、高が軍人が王族であるルークを敬称なしで呼び捨てることが許される思うのですか!身の程を知りなさい!」 とか。
「………整備士長はアリエッタたちが預かった、です。
返して欲しくばコーラル城までイオン様と………えっと、ルーク・フォン・ファブレ、が来い………です。
「アリエッタ・・、貴方自分が何をしてるのか分かっていますか?
これはダアトがキムラスカに宣戦布告したと同じ事ですよ!
貴方も、僕の顔に泥を塗る気ですか。知らなかったでは済まされません。
今すぐ貴方のお友達を引かせてキムラスカへ出頭なさい!」 とか。
「ちょっとなにしてるのさ、アリエッタ!あんなトコで待ちぼうけさせるなんて・・」
「丁度いいですシンク。貴方もですよ。
聞けばディストと二人で、ファブレ公爵の私有地であるコーラル城に入り込んで何やらやっていたようですね。
・・・今、此処で、音素に還されたくなかったら、さっさとディストをとっ捕まえて僕の前に連れてきなさい。あくまで抵抗するというなら、貴方の同僚全員揃って反逆者として処分するだけです。・・・何をしているんですか。早くしなさい!僕はもういつ理性が切れるか自分でも把握しきれませんよ!」 とか。
「な、何の用です!私はこれでも忙しい・・」
「ディスト?教団最高責任者である、この、僕が、呼んだんです。 それを拒否できる立場だとでも?・・背任行為に横領・反逆その他諸々!あなた方六神将は揃いも揃って教団を潰したいようですね!」とか。
「な、何を言うか! マルクトは戦争を望んでおると、確かに……」
「モース。貴方が教団での職務を放棄してキムラスカで何をしているのか、この場では聞きません。 ですが、いつから貴方は国王であるインゴベルト陛下や、導師である僕に、許可もなく話しかけられる身分になったのです。いくら大詠士といえど、貴方も教団の一員で、僕は貴方の上司です。 貴方には僕に従う義務があります。
それでも反抗するつもりなら、後と言わず今すぐこの場で、何を企んでいるのか聞きだしてもいいんですよ。逃げようとすればどうなるか・・・わかっていますね?」 とか。
喉元すぎて熱さを忘れたのか、ちょっと時間を置くたびに失態を繰り返す同行者や、ダアト除く両国への宣戦布告といわれても弁解のしようのない不始末を重ね続ける六神将。己の部下も制御できてないどころか、あからさまに黒幕の匂いをプンプンさせている主席総長や、職分も忘れて傍若無人に振舞う大詠士。それらの愚か者達を、時にダアト式譜術に沈め、時に純黒な魔王の笑みで脅し、何が起ころうとひたすらルークを護ることを優先しつつ、たまった心労は純粋無垢なルークの笑顔で回復させながら道中を進んだイオン様。エンゲーブを発った早々に同行者達の実力その他への期待を捨てて自分で動くことに決めたらしい。レプリカ故に劣化している筈の体力は気力と根性でカバー。
(ふっ、僕のルークへの愛があれば奇跡の一つや二つ!)というちょっとアレな感じではあるがとにかく再開した旅路にて。
いつキムラスカとマルクトから宣戦布告されてしまうのかと、胃痛を抱えていたというのに、蓋を開ければキムラスカは預言を重用しすぎて生まれて二年間監禁されていたイオンですら気付いた事態の重さに全く気付かず罪人を免罪するわ。ならばと思えばマルクトも、外交センス0どころかマイマスのジェイドを使者に立てただけあって今一実情を把握できてない様子で、ダアトからの戦艦襲撃その他諸々の問題を総スルーという現実がまつとは、全く考えていなかったイオン様。
最早この世で信じられるのは自分とルークだけであると悟る。
被験者イオンは病死だと聞いていたが、もしや過労が原因ではと脳裏に過らせつつ、幸せな未来のために世界改編ための暗躍開始。
秘預言を探り、ヴァンらの反逆者どもを始末しつつ、預言に盲従する愚かさを実例(アクゼリュス崩落によるマルクト国民喪失とか、戦争の果ての惑星滅亡とか)付きで説明し、ユリアシティの存在を暴露し、限界を超えた外郭大地を降ろし、さっさと取り込んだディストに命じて疑似超振動発生装置を使って瘴気を中和し。被験者ルークであろうと実際に六神将であった事実を突き付けて手伝わせたアッシュと、被験者イオンの記憶を自分の物としたイオンによって教育され、どこに出しても恥ずかしくない公爵子息へと成長したルークによってローレライ解放がなされて。
そんなこんなで一年後。
「ルーク様。イオン、様。お茶が、はいりました、です。」
魔物に育てられ、ヴァンによる偏った教育で人間世界の常識に疎かったという事情を鑑み、イオン発案の作戦に護衛として従事することで罪が軽減され保護観察処分になったアリエッタと。
「ちょっと!なんで僕ばっかりこんなに荷物押し付けられるわけ?! アンタも持ちなよ死神!」
やはり実年齢と生まれた当初からの環境を鑑み、アリエッタ同様イオンらの護衛に従事することで罪を軽減され保護観察処分となったシンクと。
「無茶言わないでください!こっちだって手一杯なんですよ!
それに私は薔薇ですよ、薔薇!死神っていうなって何回言わせるんですか!」
実際に襲撃などの直接的な行為には関わらず、その技術を駆使して諸々の作戦に貢献したため特別に罪を軽減され保護観察処分となったディストと。
「あ、あの、私も手伝いますから!」
作戦中、町の私財を投じて作り上げた飛行機関アルビオールを提供してくれたシェリダンの技術者の一人で、アルビオール二号機の専属操縦士であるノエルと。
「大丈夫ですかシンクの旦那!オイラが半分持ちますよー!」
同じくアルビオールの操縦士としてノエルと二人で作戦中の移動を助けてくれたノエルの兄であるギンジと。
「もー!はやくー!僕お腹すいたー!」
作戦中に見つけたもう一人のレプリカイオンであるフローリアンと。
「ああ、待てって!すぐ行くからよ!・・・・イオン!」
怒涛の勢いで過ぎた一年の間に明かされた様々な事実に傷つき悩み、それでも友人たちの支えで乗り越えて成長したルークと。
「はい!待って下さい、ルーク!」
皆で一緒に笑い合えることが本当にうれしくて、黒さなど微塵も感じさせない満面の笑みでルークに駆け寄るイオンと。
世界を変える為の旅の中、苦楽を共にして絆を作っていった新しい友人たちと
一緒に生きていける今日の日に。
二千年前の姿を取り戻した本来の大地の上で、美しい青を取り戻した空の下で、
また明日を迎えることができる幸福に。
深く深く感謝して、彼らは笑って生きている。
炎上するベルリンの都市を背景に激突する三機のMS。
ネオが搭乗するウィンダムが討たれたショックで完全に恐慌に陥って暴走するステラ。凶悪な火力で周囲を破壊するデストロイを止めようとするフリーダム。デストロイにステラが搭乗していることを知ったシンは、ただ彼女を護ろうとしてインパルスを駆る。
激しい戦闘の末、とうとうフリーダムがデストロイを討つ。破壊されたコックピットから投げ出される華奢な少女とその光景に叫ぶシン。力なく横たわる彼女に駆け寄って抱き上げるも、段々と体温を失ってゆく。必死に縋りつくシンに微笑みながら「好き」と告げて目を閉じるステラと、泣きながら少女を抱きしめるシン。シンは護りたかった少女を目の前で死なせてしまった悲しみにうちのめされ、激しい慟哭を響かせる---
「その子が、大切だった?」
そこへ、静かな声がかかる。涙を流しながら振り返ると、見覚えのある青年がパイロットスーツを纏って立っている。その美しいアメシストの瞳と清廉な雰囲気は、そう、いつかオーブの慰霊碑で会った---まさか。
「アンタが!!ステラを!!」
青年の--キラの--正体に気付いたシンは激昂して憎しみにぎらつく瞳でキラを睨みつける。少女を抱きしめていなければ即座に飛び掛っただろう。そんなシンに構うことなく、変わらずに静かな声で同じ問いを発するキラ。<
「その子が大切かい?」
「当たり前だ!!俺が彼女を護るって、--死なせないって約束したのに!!
------アンタがっ、アンタ達が!!」
吼える様に答えるシン。
それまで全くの無表情だったキラが、その答えに満足そうに笑う。そして場違いな程に朗らかな声で言葉を続ける。
「なら、一緒に来るかい?・・・・・・・彼女は、死んでないよ。」
「な----なに、を」
続けられた内容に混乱したように呆けるシンに微笑みかけて続ける。
「彼女は、まだ生きてる。
・・・・・・僕達なら、彼女を助けることができる。その、身体もね。」
「本当か?!」
「こんな嘘は吐かないよ。・・・・・さあ、どうする?」
穏やかに問いかけるキラの真意を図るように、睨みつけるような強い視線で見詰めていたシンが決意を秘めた固い表情で口を開く。
「・・決まってる。俺は、彼女を護ると約束したんだ。
その為なら、何だってしてやるさ。」
「じゃあ、行こう。---ようこそ、AAへ。シン・アスカ君?」
そして-------
「平和ね~」
AAの食堂でのんびりとお茶をのむマリュー。戦闘の無い日の日課となったお茶会の最中である。今日のお茶請けは色鮮やかなねりきりと胡桃たっぷりの黒糖カステラ。そして爽やかな香りを放つ緑茶。甘さとカロリーを控えめに仕上げられたそれらのメニューは最近AA内の女性陣に大人気の品である。
「ええ、そうですわね」
優雅に茶器を傾けながら相槌を打つラクス。彼女の前にも同じものが並んでいる。その表情は女神もかくやといわんばかりの慈愛に満ちた微笑を浮かべ、声は春風よりも軽やかに響く。本当に機嫌が良さそうだ。彼女達は楽しげににすでに恒例行事となった小さな騒動を眺めていた。
「~~!!キラはステラとおやつ食べるの!!」
「キラさんは俺とシミュレーションに行くんだよ!!
ステラは朝も昼も一緒に食べたじゃないか!!」
「シンだって昨日ずっと一緒にいて、ステラと遊んでくれなかったもん!!」
「昨日はその代わりに夜一緒に寝てたじゃないか!!」
「キラいいっていったもん!!」
「~~~~!!!」
困ったように笑うキラ。その腕に抱きついて甘えるステラと、反対の腕を掴んで放さないシン。まるで子犬と子猫がじゃれ合うような微笑ましい光景である。
ステラを助けられるというキラの言葉に縋るようにAAに来たシンと、死んでいるようにしか見えない状態のステラ。キラは二人を連れてAAに帰還すると、すぐに事前に準備してあった治療装置にステラを運び入れ治療を開始。実はエクステンデットの情報をハッキングで知ったキラはオーブの技術者と協力して彼らの治療をするための装置と薬を開発。ネオ・ロアノークに取引を持ちかけた。最初は疑って警戒していたネオも、エクステンデッドとしてしか生きられないステラ達を出来れば生き延びさせたいと思っていたためキラとの取引に応じ、キラから渡された身体機能があるレベルまで低下すると仮死状態になる薬を事前に飲ませて出撃させたのだ。そしてシンとの戦闘を経て今に至る、というわけである。もちろん同じエクステンデッドであるスティングとアウルもきちんと回収され現在治療中である。今はステラと同時に討たれたネオと仲良く三人で医務室の住人となっている
最初は二人とも警戒して中々打解けられなかったが、本気で気遣ってくれるキラを初めとしたAAメンバーの態度に段々と心を開いていった。そして完治して元気になったステラと、ぎこちないながらも馴染み始めたシンはAAメンバーと少しずつ交流するうちに、彼らの目的や戦う理由をしった。さらに本物のラクス・クラインと対面し、彼女の暗殺未遂とミーア・キャンベルのことを知った。それらの事実を前にしてZAFTとデュランダルへ疑惑を感じたシンはAAと共に行動することを決意したのである。
一端決めてしまえばどこまでも真直ぐなシンは、すぐにキラやラクス達と向き合った。元々根が素直なシンは、最初の警戒心丸出しだった態度が嘘のようにあっという間にキラに懐いたのだ。そしてきちんと一人の人間として優しく接してくれるキラやラクスの姿に親鳥を慕う雛のように懐いたステラと争奪戦を繰り広げるのがAAの日常風景となったのである。
エクステンッデットとしての不安定な身体も完治して、揺り籠が無くても生きられるようになったステラと、オーブへのこだわりを完全に捨て切れないながらも憎しみだけに支配されることの無くなったシン。そんな二人の姿は戦いの中でも悲しみだけではないのだという証のようでキラにとっても嬉しいものなのだ。
そしてその二人に挟まれたキラが、幼い弟妹を見るような優しい瞳で微笑んで仲裁するのも最早お決まりの展開となっていた。
「はい、ストップ。二人とも落ち着いて。」
「「~~~~だってっ!!キラ(さん)!!シンが(ステラが)!!」」
口論を止めたキラに声を揃えて主張する二人。その可愛らしい姿に笑みを深めて穏やかに返すキラ。
「わかったから。じゃあ、まずはシンとシミュレーションに行こう。ステラも一緒に行こう?
その後三人で一緒にお茶を飲もうか。どうせシミュレーションのあとはお腹が空くからね。
・・・・それじゃ、だめかな?」
「うんうん!!一緒にお茶!!ステラ行く!!」
「別に構いませんよ。付き合ってくれるなら。」
二人の希望を両方取り入れて妥協案をだすキラ。その言葉に嬉しそうにじゃれ付くステラと頬を染めて照れながら返事するシン。何処から見ても可愛らしい兄妹達の姿である。
賑やかに笑いながら歩いていく三人の姿にその場に居合わせた者たちは頬を緩めて彼らを見送る。お茶を飲みながら眺めていたマリューとラクスも変わらず優しい笑みで見送った。
再び剣を持つ事を選んでから、いつも痛みを隠したような翳った瞳で微笑んでいたキラが、自然に浮かべた幸せそうな笑顔と穏やかな言葉に何よりも安堵する。その度に、そんなキラと彼の幸せを守ろうと思うのだ。いつだって己の痛みよりも周りのことを気遣って、血まみれになっても歩き続けるような彼だから。彼のその優しさに救われてきたからこそ、今の自分があるのだと知っているから、尚の事強く強く願う。
「こんな日が当たり前に続けばいいわね。」
「ええ、本当に。・・・・続かせて見せますわ。その為に此処に居るのですもの」
「そうね。頑張りましょうね。皆で帰るために」
穏やかに呟かれたマリューの言葉に力強い光を湛えて返すラクス。そんなラクスに鮮やかな笑みで応えるマリュー。その短いやり取りは、いつでも護られるよりも護ることを選ぶ強くて美しい女性達の、束の間の平穏の中で誓われた小さくて絶対の決意だった。
これはseed運命24のアスランとの対面シーンでキラが反論してみた場合のif話です。
アスランとプラント・デュランダル議長に厳しい表現を含みますので、プラント勢力がお好きな方はご覧にならないでください
世界を赤く染める見事な夕日を背景に久方ぶりの再会を果たし、予てよりの疑問を解消すべく詰問した藍色の青年。・・アスランは今までにない以上に頭に血を上らせていた。
彼は己なりに世界の情勢を鑑み、迷いながらも大切な人たちを護ることに繋がると信じて再び軍服を纏い戦うことを選び取った。・・にも関わらず、護ると誓った少女が治める国はあろうことか連合と同盟を結び、大切な親友は嘗ての戦いで絶大な力を発揮した剣を振るって戦場に乱入し、迷い続けた過去の自分の背中を押してくれた友人であり戦友でもある少女は戦艦に乗り込み世界を混乱させる一助になる始末。これが怒らずにいられようか。あまつ、その親友が先ほど口にした台詞はその激情を煽りこそすれ到底受け入れることなどできない奇麗事にしか聞こえなかった。そしてアスランは、二年前の戦争の経緯を知った今となっては決して口にするべきではない言葉を放つ。
「奇麗事ばかり言うな!!お前の手もすで何人もの血で汚れているんだぞ!!」
言った瞬間に感じた僅かな罪悪感には蓋をしてさらに力を込めて微かに顔を俯ける親友を睨みつけるアスラン。
だが、彼は気付いていなかった。己がたった今口にした台詞が一体誰の逆鱗に触れたのか。激情に任せて彼らの説得を無造作に斬り捨てた行為によって必然的に訪れるであろう恐ろしい未来に。
そして恐怖は舞い降りた。
「・・・・あらあらあら。貴方にだけは言われたくない台詞ですわね、アスラン?」
ビシリ、と空気が凍りつく。春風を思わせる軽やかな声が齎すのは、氷河期の大気すら凌ごうかという冷たい風。(限定一名対象)それまでの激昂した様子が嘘のように青ざめた顔で、ぎこちなく視線を向けた先には----- 世界を制する影の女帝---- 改め、ピンクの妖精の二つ名を持つ平和の歌姫の姿が。その顔に浮かべられた微笑は神々しいまでに美しく、聖母のごとく慈愛に満ちたものであった。 ・・が、そんな上辺の表情など何の慰めにもならないことは戦後二年間の生活で心の底から思い知らされている。
「特務隊FAITH所属、ZAFTのアスラン・ザラ? 先ほど仰ったことですけど・・・」
「じ、事実でしょう!ラクス・クライン!!
少なくとも貴方方が己の責任を放棄して悪戯に戦場を混乱させていることは!!」
染み付いた恐ろしさに腰が引けつつも必死に抗弁しようとするアスラン。しかし、誰が見ても破れかぶれの虚勢にしか見えない。岩陰で盗聴中のルナマリアですらそっと涙を拭う不憫さだ。そこで更なる追い討ちが掛けられる。・・別方向から。
「アスランさあ・・・・本当に成長してないんだね。
二年前から今までも、一体何を見てたのさ?」
温度など感じさせない冷たい声で告げたのは、先ほどのアスランの暴言にショックを受けて打ちひしがれていたかのように見えたキラである。その横にいるミリアリアとカガリの無言の非難も、気付いてしまえば心に痛い鋭さだ。思わぬ反撃にぎょっとしたように呆けた顔をキラに向けるアスラン。咄嗟に何を言われたのか分からず絶句する。
「な、何を・・・・」
「あのねアスラン。君さっきカガリにオーブに戻れっていったけどさ、そうしたところでカガリが連合と通じているオーブの狸どもに良い様に傀儡として利用されるか、最悪影武者でも立てられて殺される危険があるって理解した上で言ってるの?・・・それに、僕やラクスはコーディネーターだよ?ブルーコスモスに牛耳られた連合と同盟を結んだオーブへ帰って無事に済むとは思えないんだよね。そこらへんもどう思ってるのかな、もと代表首長護衛のアレックス君?」
「んな・・・!?そ、そんなこと!!」
冷酷な声で続けられるキラの言葉の余りのシビアさに二の句が次げないアスラン。しかも副音声で、「何のために偽の戸籍まで用意してカガリの護衛を任せてたと思ってやがる。」という凄みを帯びた恫喝が聞こえた気がした。そう言われれば、アスランがカガリの傍を離れなければ、少なくともあからさまな政略結婚などという暴挙を防ぐ程度の防波堤にはなれたかもしれない。それに気づいて後ろめたさを覚え視線を泳がせるアスラン。そんな彼には構わずさらに続けるキラ。
「それにさ、ラクス暗殺を企てのが議長だって云う確実な証拠はないって言ってたけどさ。
まあ、君の言うとおりにZAFT内ですら正式に配備されたわけじゃない新型MSを数機も、議長にすら秘密裏に使用することが可能な人間が存在するとしようか。・・・そんな危険人物が野放し状態のプラントへ、ノコノコと足を踏み入れることがどれ程危険な行為か。・・・まさか理解できないわけじゃないよね?」
「・・・・・」
声もなくキラの言葉にうちのめされるアスラン。
「それに、ラクスの偽者の件だけど。
ラクスが何処にいるか分からないから、仕方なく影武者を立てたっていったっけ?」
「そ、そうだ。戦争への不安に揺れるプラントの安定に必要だから、と。」
「・・君、本気でそれ信じてるの?」
「な・・・!!どういう意味だ、キラ!!」
これ以上ないほど蔑んだ視線で問われて先ほどまでの消沈した様子など無かったかのように激しく問い返すアスラン。だがキラ達の呆れた視線は変わらない。
「・・・なぜ、私にただの一度も連絡を取ろうともせずにそんな真似をなさいましたの?」
「・・は?」
いつの間にかキラのすぐ傍に寄り添うようにたっていたラクスの質問に再び呆けるアスラン。
「ですから、本当に私の力が必要だと仰るのなら、何故、私の所在を確認すらしようとしなかったのです?
・・・・仮にもデュランダル議長は穏健派に名を連ねておいででしたでしょう。ならばカナーバ議員をはじめクライン派の方々に渡りをつける位可能のはずです。例え過激派に属している方々でも、必要ならば話し合いに応じる位いくらでも致します。連絡だって、直接は無理でもカナーバ議員を始め何人かに不測の事態に備えて連絡ルートは確保してあったのです。それを辿れば、居場所の特定は兎も角相談なり要請なりできたはずでしょう?
・・・にも関わらず、全て無視して初めから”プラントのラクス・クライン” を用意してあったのは何故なのか、本当に分かりませんでしたの?」
「・・・・」
今度こそ、声一つ上げられずに沈黙するアスラン。その情けない姿に心底呆れた溜息を吐いて続けるキラ。
「結局、君ってさ目先の感情に流されて上辺しか見てないんだよ。
だから裏でいろいろ企んでるような人たちに良いように言いくるめられて利用される。
・・・はっきり云おうかアスラン。奇麗事ばかりを追っているのは僕じゃなくて、君の方だよ。
君さあ、人の数だけそれぞれの信念や正義や戦う理由が存在することすら理解してないだろう?子供向けのヒーローアニメじゃあるまいし唯一絶対の正義や唯一つの選ぶべき道、なんてあるわけないだろう。そんなものを追おうとするから袋小路にはまり込んで抜け出せなくなる。 好い加減に甘えてないで自分の足で立つことを覚えなよアスラン。もう子どもじゃないんだから。」
「二年前、何の為に戦うのか、何を信じて戦うのか、と貴方に聞きましたわね。
その答えが出たからこそ、二年前共に手を取り合うことを選んだのでしょう?
・・・今度は、きちんと答えを出した上で戦う場所を選んだのではないのですか。アスラン・ザラ。」
容赦の欠片も見せずに追撃するラクス。彼女の厳しい言葉にうなだれるアスランに呆れつつ、僅かに憐憫を感じたのか場を繋ぐように言葉をかけるカガリとミリィ。・・優しくは無かったが。
「キラを殺したと思い込んだとき、敵だから殺すと言いながら泣いたのはお前だろうアスラン。
中途半端に迷いを投げ捨てるから後悔することになるんだぞ。
頭ハツカネズミにしてないで、きちんと答えをだせよ。このくらいでぐらつくなら初めから行くなよな。」
「ホントにね。大体さっきのキラへの言葉を言う資格が自分にあると思ってんの?
二年前、私たちが戦闘に関わらなければならない状況を造った一端の人間が、間違っても口にしてもいい台詞じゃあないわよね。オーブでMSが密造されてたのを強奪するために容赦なく爆撃して民間コロニーであるヘリオポリスが壊滅するきっかけをつくった、元ZAFTクルーゼ隊所属イージスのパイロットだったアスラン・ザラ君?」
・・・やはりまったくフォローになっていなかった。むしろ追い打ちである。
特にカガリは最早アスランに対する未練の欠片も見えない。今までの激動の日々の中で己の中の恋情含むいろいろな思いに蹴りをつけたようだ。ミリアリアのほうは言わずもがなである。
四方八方から止めを刺されて虫の息のアスラン。岩陰から盗聴中のルナマリアは恐ろしさの余り息継ぎすら儘ならない。最初から全員に存在を気付かれているが邪魔にならないからと放置されている現状を鑑みるに自由に動けない今の状態は幸運以外の何者でもないだろう。恐らく態と無視されていることは薄々気付いているが正面から彼らと相対する恐怖に比べれば有象無象と切り捨てられた結果であろうと己が凡人であった幸運に感謝するだけである。
そしてそんなルナマリアの視線の先では(ほぼ一方的な)話し合い?の決着がついたらしく、反撃どころか顔をあげることすら不可能な情けない姿のアスランに向かって揃って溜息を吐いた4人は僅かの躊躇も見せずに踵を返す。
「・・・まぁ、君がそこまでデュランダル議長を信じてるなら仕方ないね。
これから戦場で会うときは敵同士だけど、アスランはアスランの信じる道を貫きなよ。」
「では、ごきげんようZAFTのアスラン・ザラ。」
「まあ、一度決めたことならやり通せよアスラン。」
「じゃあね、アスラン。」
そしてキラ達は4者4様の別離の言葉を告げて去っていった。
残されたのは、今にも風に飛ばされそうなほど憔悴したアスランと、岩陰で安堵の余り力の抜けきったルナマリア。そして、美しい夕日に照らされながらも主に感化されたように何処となく寂れたような雰囲気を纏うセイバーだけだった。
アークエンジェルのメインモニターに大きく映し出されるライブ映像。原曲とは似ても似付かぬ程にアレンジされた「静かな夜に」を熱唱する ” プラントのラクス・クライン ” の姿。それにバルトフェルドやマリューを始めAAのクルー達は苦々しさを隠せない。本物のラクスが後ろで一緒に映像を見ているから尚更だ。ラクス本人は穏やかな笑顔で「楽しそうですね」と流していたが、話し合いの為にその場に居合わせたキラは口では呑気そうに会話に参加しながら騒々しい歌声に苛立ちを隠しきれない。
姿形がそっくりだからこそ際立つ差異が目に付いて、どうしようもない違和感が付き纏う。
何故プラントの者達が気付かないか心底不思議でしょうがなかった。
取りあえず偽者の件はプラントの真意が解るまで保留して暫くの間は潜伏生活で情報収集に徹する事を決めて話し合いは終わった。それぞれが分担された仕事の為に解散する。そのざわめきの中でそっと視線を流してラクスの様子を窺うと密やかに眉を顰めるキラ。 いつもと変わりなく凛とした姿のラクスが、ライブ映像を見て一瞬だけ浮かべた瞳の色が気になったのだ。
いくら穏やかな口ぶりで流していたといっても、ラクスが何も感じていないとは思わない。責任感が強く自制に長けた彼女の性を思えば、一人きりで悩むのではと心配だった。 だが、その場で問い質すことは彼女の誇りを傷つける。後ろ髪を引かれながらも後で会いに行こうと決めて早く仕事を終わらせる為に足早に立ち去った。
そして夜、AAの展望室で藍色に染まる外の世界を眺めているラクスの後姿に安堵の息を吐き出して汗を拭うキラ。思っていたより時間を食って遅くなってしまったことに些か焦っていたようだ。いつまでも落ち着きの無い自分に苦笑しながら静かに彼女に歩み寄る。
「ラクス? こんな時間にそんなに薄着で風邪を引くよ。」
驚かさないよう優しい声で言いながら自分の上着をそっと少女の華奢な肩にかけた。気配に聡い彼女にしては珍しく、声をかけられるまで気付かなかったらしい。ラクスは突然の温もりに虚をつかれた様な顔でキラを見上げ、可憐な仕草で小首を傾げる。
「まあ、キラの方こそこんなに遅くまで起きているなんて。
今日もお疲れでしたでしょう?早くお休みになるべきですわ」
「ラクスほどじゃないよ。・・・ちょっと、心配で 」
何気ない言葉で一人にしてくれと訴えられるが、さらりと交わして正直に理由を告げる。直球で来られるとは思わなかったラクスが咄嗟に詰まると、更に穏やかな口調で言葉を続けた。
「ねぇ、ラクス。君は少し一人で頑張りすぎるね。
もうちょっと、周りに頼っても良いんじゃないかな?
・・・・こんな風に一人きりでいると余計につらくなってしまうよ。」
「そんなこと、」
「二年前、AAで、僕の優しさは僕自身のものだ、と言ってくれたのは君だよ。
・・コーディーネーターの同族意識とか、寂しいから同じ立場の人に縋ってるだけじゃないかとか、ただの罪悪感で君にいい顔を見せているんじゃないかと思って悩んでる僕に、そう、言ってくれたろう?
誰にもいえなかったアスランとの関係も、
本当は戦いたくないんだってことを聞いてくれたのも。
僕はね、それが本当に嬉しかったし、本当に救いだったんだ。
・・・だから、今度は僕が君の助けになりたい、って思ったんだよ。
ねぇ、僕は君の支えにはなれるかな?
辛いときには少しだけ弱音を吐いて、寂しいときには傍に居られるような、
そんな風に君の支えになることは、できない?」
優しい微笑を浮かべて囁くように告げるキラの言葉に、ラクスの張り詰めていた心が解ける。
幼い頃から政治家の娘としての振る舞いを要求され、人の上に立つものとして常に己を律することを心掛けてきた。 彼女にとって、精神的な揺らぎを他者に悟られないように己のうちだけで解決することは、無意識に行う程に当たり前の事だった。 ”ラクス・クライン” である限り、それは当然のこととされていたし、それ以外のあり方は許されないことだった。 誰一人ラクスが ” ラクス・クライン” である以上に十代の少女であることを認識する者などなかったのだ。
張り付いたような穏やかな微笑を浮かべていたラクスの瞳が揺れる。
そっと少女を抱きしめながらキラは続けた。
「ねぇラクス。泣きたいときは、泣いても良いよ。
悲しいときに泣いておかないと心がいつか裂けてしまうよ。
君は ” ラクス・クライン ” である前に、” ラクス ” っていう一人の女の子なんだから。」
優しくて暖かな腕の中でラクスが言った。
「・・・・本当に、大したことではありませんのよ」
「うん。」
「ただ、あの歌をあんな風に歌って欲しくはありませんでしたの」
「うん。」
「・・あれは、私が、初めて曲も詞も全て一人でつくったものでした。
・・戦争に怯えて傷ついた人達が、ほんの少しでも安らぐように。
ささくれた人の心が、少しでも穏やかになるように。
一生懸命願いを込めてつくりましたの。」
「うん。」
「私一人が歌ったところで世論を左右できるなどとは思いませんでした。
私の歌が全ての人の心を救うだなんて傲慢な事は考えておりません。
ただ、少しでも傷つけあうだけの世界が優しくなればいいと思って・・・・」
「うん。」
「それを、あんな風に・・・・!!」
「・・・うん。」
そこでラクスの言葉が途切れる。ただ静かに凪いだ声音が掠れて、そっと添えられているだけだった手のひらがきつくキラの服を掴んだ。それでも、声は上げずに静かに涙を流すラクスを強く抱きしめてその背中を優しく撫でたキラが言う。
「ねぇ、ラクス。この戦いが終わったら、また君の歌を聴かせてほしいな。
” ラクス・クライン” の歌じゃなくて、君の歌う優しい歌を。
君の歌はあたたかくて優しくて、まるで春の風みたいに心が軽くなるんだよ。
僕は、そんな君の歌が大好きなんだ。・・・それはAAの皆もカガリも同じだよ。」
すべらかな頬を流れる涙に唇を寄せながらキラが続けた。
「ラクス、僕はそんな優しい歌を歌う、君のことが好きなんだ。
君が傍に居てくれるだけで安らぐし、君の傍に帰るためならどんな戦いにも勝とうと思える。
一緒に居て、ずっと優しい場所を護って生きて生きたいと思えるんだ。
・・・・・ねぇ、好きだよラクス。愛してるって、こういう気持ちを言うのかな。」
「キラ・・・・」
ほんのりと頬を桜色に染めて、ラクスが応えた。
「私も、キラの傍に居たいです。
・・・愛しています。一緒に生きていきましょう?」
「ラクス・・・」
そうして穏やかな夜の中、二つの心が結ばれる。
微かな光に照らされた二人の影がゆっくりと静かに重なってゆく。
それは、未だ戦いが始まったばかりの世界の片隅。ほんの少しだけ許された休息の時間。
辛く険しい未来への道筋を、必ず生きて歩いてゆくための約束と誓いだった。
とある夜。黒曜戦を終え、やっと訪れた平穏をぶち壊しに来た襲撃者たちと初めてまともに顔を合わせた日。
ボンゴレ門外顧問を名乗る実の父親から渡された九代目からの勅命書とやらを読み上げられながら、綱吉は気弱な仕草で顔を俯けて無言のまま周囲の会話を聞いていた。
その様子を嘲笑を浮かべて見下ろすヴァリアーの面々と、綱吉に心配そうな気配を向けながらも相対する襲撃者たちへあからさまな敵意を向ける獄寺や山本達。無言で成り行きを見詰めるリボーンに、取り仕切るの宣言どおり勝負を取り付けようとする家光。
彼ら全ての関心が己に向けられているのを感じ取りながら綱吉は
----無言でぶち切れていた。
誰が考えても当然だ。ある日突然予備知識も無くマフィアの次期後継者へ強制的に指名され、(しかも問答無用で銃を向けての脅迫である)次から次へと訪れる刺客に騒動(しかもそれらの八割どころか99%がリボーンの策略ときた)。マフィア界すら追放されたという触れ込みの凶悪犯の相手を強引にさせられたと思ったら、その戦いでは友人たちが実際に命の危険に晒される始末。
しかもその戦い自体が、マフィア同盟や掟の番人である復讐者たちの怠慢の尻拭いとしか思えない後味の悪い物だったというなら尚更である。 そもそも骸たちはその非道なマフィアに理不尽に囚われていた被害者だ。骸たちが追われる原因になった最初のマフィアの壊滅事件は、被害者が生きる権利を手に入れる為に加害者を撃退しただけのことだ。その課程で危険な能力が開花しようと、それは非道な実験を取り締まることも出来なかった無能な管理体制の不手際でしかない。非道な人体実験を行ったマフィアを取り締まれなかったのは一体誰だというのか。マフィア界の掟の番人とやらが笑わせる。 その後の骸たちが世界大戦を起こそうとまで思い切り、マフィアだからという理由だけでランチアのような第三者を非情な方法で巻き込んだことに対しては確かに綱吉から見ても許しがたいことではある。 だが、骸たちを問答無用で監獄に繋いで存在すら蹂躙する権利があるなどという思い上がりが素晴らしく不愉快だった。
そして、この騒ぎである。
ここまでの経過を思い起こせば、綱吉の短くは無い堪忍袋の緒をぶった切り、多少シビアで冷酷で人間不信の気があるといっても基本的には大らかで寛容な綱吉の心を持ってしても許容しかねるというものだ。それでも、せっかく之まで隠し続けてきた素顔を晒すことはぎりぎりで踏みとどまった。
そう、”ダメツナ”としての生活は、元々平穏な日常とありふれたささやかで幸せな未来の為に、と綱吉が作りあげた仮面であった。 多少不便なこともあるにはあったが、それでも自ら望んで行っていたことである。 綱吉は幼い頃に一度だけではあるが、ボンゴレの血統者の存在を疎ましく思った者から命を狙われたことがあるのだ。 イタリア最大のマフィアボンゴレに所属する父親と、よりにもよって引退後の隠居先をご丁寧に記録として残した先祖の間抜けさお陰で、遠縁ながらボンゴレ直系の血を引くことを知られたことが原因の襲撃だった。(己がボンゴレ直系の血を引くことを暴露した父親もだが、特殊能力を重要視するボンゴレの血統についての情報をうかうかと残した初代とやらの行動も本気で忌々しい限りである。その所為で自分の平穏な生活が壊されたのだ。)
当時マフィア界を賑わしていた騒動に託けて計画された襲撃だったため幸運にもその一度だけで撃退した事実すら露見せずに済んだ。 だが、綱吉にとってはその後のことの方がはるかに面倒な事態であった。 その忌々しい事件によって、素晴らしく面倒な血統の意味を思い知らされ、その特殊能力に目覚めてしまったのだ。 力のお陰で取りあえずの危険は脱した。 同時に”それ”を表ざたにすればさらに危険な状況に陥ることも理解してしまった綱吉は、己の身を守る為にあらゆる知識と技能を修得せざるを得なかった。
かといって馬鹿正直に堂々とそんな優秀さを表沙汰にすれば更なる危険を呼び込むだけである。ならば、年相応の無害な子どもを演じるべきであるという結論は簡単に出た。
・・・・そこで問題が発生した。有体に言えば、その適度というものが良く分からなかったのである。元々は年相応の子どものレベルに抑える演技力を身に着けようと思っていたのだ。だが、それが出来なかった。ならば、と、とにかくあらゆる面で手を抜きまくったのだ。 そして出来上がったのが、” ダメツナ ” の仮面である。
これまでは、不本意極まりない数多の騒動すら、リボーンの特殊弾の効果を利用してなんとか実力を隠し通したまま事態を終息させてきた。だが、今回ばかりは本気で限界を感じつつあった。・・・特に忍耐力と自制心が。
(ざっけんな、ざっけんな、ざっけんな!!
なんで次から次へとこんな厄介ごとばっかり起こるんだ?!
やっと平穏な生活に戻ったと思った矢先にこれかよ!!
しかも、いまさら相応しい後継者ぁ?だったら最初から指名しろよ!!
しかも俺を指名したのが親父だってのはどういうことだよ!!
余計な事しやがって、この爺!!)
そしてさらなる乱入者--チェルベッロの二人による、互いの陣営同士で命がけのリング争奪戦の決行宣言である。内心で文句を連ねることで何とか平常心を保とうとしていた綱吉も、その瞬間己のどこからかが、ぷつり、と切れる音を聞いた。そんな綱吉の変化にも気付かず踵を返して帰ろうとするチェルベッロとヴァリアー達。その時。
どごぉ!!
凄まじい破砕音が響き渡った。
咄嗟に何処からのものか理解できず訝しげに周囲を見回した面々が、そろそろと視線を集中させる其処には
「---- っけんなよ。」
いつの間にか両手にごついグローブを装備した綱吉が、顔を俯けたまま背後のコンクリートを粉砕している姿が。存在すら希薄な程に押さえ込まれた静かな気配に、言い様のない不安を感じつつ最初に気を取り直した家光が恐る恐る声を掛ける。・・完全に腰が引けてはいたが。
「な、なんだ、どうしたツナ?」
家光の問いなど意識の欠片すら向けず静かに顔を上げる綱吉。
その姿をみて、皆思わず後退る。ヴァリアーのメンバーすら。
その額には灼熱の炎が燃え盛り、何時もは様々な感情を映す琥珀の瞳には金色の光が輝く。
---- ブッラド・オブ・ボンゴレ が覚醒している----- !!
「ばかな!小言弾なしに、だと---?」
「おいリボーンどういうことだ。そんな報告はうけてねぇぞ」
さすがのリボーンも驚愕を隠せず思わず呟いて綱吉を凝視する。そんなリボーンへ小声で訪ねる家光。だがこれは完全な想定外のことだ。ただ見守るしか出来ない。何よりも静か過ぎる綱吉の得体の知れない気配が、己の勘に警鐘を鳴らさせる。迂闊に動けば何があるか分からない。
山本も獄寺も了平も、その豹変した姿に驚きながらも特にうろたえることなく無言で見守る。 三人にとっては今更綱吉がどのような変化を見せたところで”綱吉”である事は変わりない。初めて”死ぬ気”モードの綱吉を見てもどうじなかった連中である。特に警戒する素振りも見せないどころか、獄寺をはじめ三人とも常以上の信頼と尊敬を込めた視線で綱吉を見つめている。 僅かながらも狼狽して緊張を見せる家光とリボーンとは対照的な姿であった。
そこで、綱吉が口を開いた。
「 ---- ふざけんなよ、お前ら。
誰が何時マフィアのボスになりたいだなんて言ったよ?
俺は何度も何度も何度も厭だっていっただろうが!!
それを無視してあからさまな脅迫で無理やり指名しやがったのはそっちだろう!!
それを今更より相応しい後継者ぁ?
ざっけんな!!そんなのが居るなら最初から指名しやがれ!!
いままでリボーンが教育のためとか抜かして持ち込んだ騒動でどれだけの人が傷ついたと思ってんだよ!!
しかも、俺を指名したのが親父だと?!本ッ気で死ねよアンタは!!
今の今までマフィア関係者だってことすら隠してたくせに、
何も知らない息子にアンタの価値感を押しつけんじゃねェよ!!
アンタが誰に忠誠を誓おうが命を賭けようが好きにすればいいさ。
だがな、それはアンタにとってどれ程価値があろうと俺にとっては迷惑以外の何者でもないんだよ!!
俺は俺の望んだ生活があったんだ!!それを見事にぶち壊しやがって・・・!!!」
大声ではなかったが、聞くものの心を切り裂くような鋭さを秘めた声。
口を開くと同時に解放された裂帛の闘気が辺りを包み、問答無用で周囲を従えさせるような重厚な威圧感で皆の動きを封じ込む。誰一人身動きすら取れずに綱吉の行動を見守るしか出来ない。
言ってる内に怒りが煽られたのか、更にきつく握り締めた拳が炎を纏う。対骸戦で絶大な威力を発揮したハイパーモードの死ぬ気の炎。しかもその威力が一見しただけで数倍は跳ね上がっている。その身ごなしも普段の綱吉からは考えられないほど隙が無く、リボーンですら勝負を仕掛けるのが難しい。ヴァリアーのメンバーは言わずもがなである。
様々な思惑を乗せた視線が集中する中、唐突に気配を鎮める綱吉。といっても沈静したわけではなく、限界まで引き絞られた弓のように危険な雰囲気。不本意ながらも命の危険を感じているのは、敵対しているヴァリアーと、同陣営でありながらあからさまな敵意を向けられた家光である。それでも、本職マフィアとしてのプライドで反論を試みるザンザス。
「沢田綱吉!てめぇ何言ってやがるっ!!」
「・・・なにって?言ったとおりだよ。聞こえなかったの?
まあ、理解できなくてもいいよ。やることは同じだしね。」
あっさりとあしらわれるザンザス。常からはとても考えられない姿だ。
綱吉はザンザスになど一瞥もくれずにリボーンと視線を合わせる。
リボーンは流石の自制心で冷静さを取り戻し、事態を把握したようだ。どこか悔しげに綱吉を見て口を開く。
「・・・・今までのだめっぷりは、全部演技だったというわけか。よく隠し通せたもんだな。」
「へぇ、リボーンでも驚くことがあるんだ。珍しい物見ちゃったな。
でも、其れに関して言えばとやかく文句垂れる資格なんか無いからね。父さんもリボーンも。
こんな忌々しい能力なんか百害あって一利なしじゃないか。
隠さなきゃ今頃障害として殺されてたんじゃないの?
ドン・ボンゴレの命令は絶対なんだろ。・・・ねぇ、父さん? 」
リボーンの言葉に冷たい嘲笑を浮かべる綱吉。続ける言葉は絶対零度の冷たさだ。リボーンの傍らに立ち尽くす家光へも温度を感じさせない瞳での一瞥をくれる。皮肉に満ちた息子の言葉に反論する術も思いつかずに口ごもる家光。 確かに既に能力を開化させていたことが早くに判明していたら他の後継者からの刺客は言うに及ばず、危険分子とみなされて殺害を命じられていた可能性は十分にあったのも事実だ。そうなれば、どれ程悩んだところで自分は九代目への忠誠をとっただろうことも想像に難くない。言い訳など、出来るはずも無かった。
「・・・・俺はね、本気で頭にきてるんだよ。
散々人の意思を無視して厄介事ばかり押し付けやがって。
しかもファミリーだなんだと山本達まで巻き込んで。
確かに山本や獄寺君達と親しく慣れたのはお前の起こした騒動が切っ掛けだったさ。
そのことには多少感謝してるよ。初めて出来た親友だからね。
けどね、それとこれとは話が別だ。
いっとくけど、俺から見たら二人もヴァリアー達と同罪だから。
まぁ一番の原因は九代目の爺だけど、老人だっていうからね直接制裁するのは控えるさ
------ じゃあ、覚悟はいいね? 」
30分後、優雅な仕草で服の埃を払ってみせる綱吉の前には、累々と積み上げられたぼろぼろの男たちの姿。当然のように家光も一緒に転がされている。未だ赤ん坊であるリボーンとマーモンは大きなタンコブ一つで見逃されてはいたが、本気で反撃したにも関わらず綱吉に傷一つ付けられなかった悔しさに身を震わせている。
最早興味も失せたとばかりに踵を返した先には、呆然とするバジルと、尊敬する十代目の雄姿に瞳を輝かせている獄寺と、満面の笑みで綱吉が戻るのを待ち受ける山本と了平の姿が。そんな彼らに苦笑を浮かべる綱吉。 内心で変わらぬ態度で居てくれる友人たちに喜びながら、ゆったりとした足取りで歩み寄る。
「-- ごめんね、獄寺君も山本もお兄さんもバジル君も。吃驚させちゃって。大丈夫かな?」
「じゅ、十代目!!素晴らしかったです!!
あのヴァリアーの野郎共をあっさりと沈めるなんて!!」
「いやー、ツナって強えーのな。すげぇじゃんか。俺も負けてらんねぇなー。」
「極限凄いな!!流石だぞ沢田!!」
「あ、えぇ、はい!!お気遣いありがとうございます!!
流石綱吉殿ですね!!アルコバレーノのお二人すら抑えるなんて!!」
「はは、ありがとう皆。じゃあ、もう遅いし帰らないとね。
・・・ ああ忘れる処だった。少し待っててくれるかな?」
穏やかな笑みで訊ねる綱吉にそれぞれの答えを返す。満面の笑みで綱吉を称える4人に嬉しげに応えてから流麗な仕草で振り返る。その姿はまるで美しい獣のようにしなやかで、威厳に溢れた立ち姿は見る者の視線を惹きつける。そして今まで完全な外野扱いで無視していたチェルベッロの二人と、地面の上で呻く男達に向かって艶然とした微笑を浮けべ、冷たい声音で言い放つ。
「じゃあ、そういうわけで帰るから。
皆に危害が及ばないなら、後は好きに納めてくれてくれて構わないよ。
今更言うまでも無いとは思うけど。
命がけのガチンコバトルなんてふざけた催しに参加する気なんか欠片も無いから。
ああ、ザンザス?俺が後継者に相応しくないっていう意見には大賛成だよ。
っていうかボンゴレリングも次期後継者の椅子も心底如何でもいいしね。
むしろ熨しつけて進呈するよ。これで厄介事が消えてくれて万々歳ってね。
じゃあ、リボーンも父さんも後はヨロシクね。
無いとは思うけどあんまり駄々を捏ねる様なら次はこんな物じゃ済まさないから。
じゃあ、Buona sera! 」
言い終えると同時に皆の分のリングも合わせて投げ渡して踵を返す。言われた内容は慈悲の欠片も無いものであったが、冷然と言い放つ綱吉の王者然とした姿に、屈辱に身を震わせていたはずの男たちの視線が変わる。 だがそんな些事に気付くことなく立ち去る綱吉は、少し先で待たせていた4人の下に小走りで追いつくと賑やかに笑いあいながら帰っていく。後に残されたのは、痛みに呻きながらも遠ざかる背中を追いかける男たちと、無表情ながら呆然としたチェルベッロの二人と、座り込んだまま綱吉の後ろを見詰めるアルコバレーノの二人。
その後我に返った彼らは、それこそ死に物狂いでボンゴレ内のごたごたを片付け九代目へと執り成し反対勢力を押さえつけ、綱吉曰くの ”ふざけた催し” であるガチンコバトルを中止するに至った。
こうして、ぶち切れた綱吉の ” 説得 ” によってボンゴレリング争奪戦はお流れになった。
・・・・・その後どうなったかというと。
とある平和な日曜の朝。気持ちの良い快晴の空に響き渡るのは
「やっほーー!!ツナちゃーん。遊ぼーぜ!!」
「てめぇっイカレ王子が!!十代目に近寄んじゃねぇよ!!」
ベルフェゴールの陽気な声と邪魔者を威嚇する獄寺の怒声と。
「やっほーーツナちゃん♪ 今日も可愛いわね♪
せっかくいい天気だし一緒に買い物でも行かない?」
「沢田ーー!!今日も絶好のボクシング日和だぞ!!
一緒にロードワークに行かんか!!」
朝から全開パワーでお誘いをかけるルッスリーアと了平の晴天コンビと。
「ツナー今日の昼飯家に食いにこねェ?親父が寿司握ってくれるってさ」
「うお"お"お" い 、今日の夕飯は任せろぉ"!!豪勢なイタリア料理を作ってやんぜぇ」
一見普通に見えて何処までもマイペースな山本と、ゴーイングマイウェイな暴走野郎にみえて実は苦労人なスクアーロの料理人コンビと。(スクアーロはヴァリアーの食事係(別名パシリ)で一番料理が上手かったのである。)
「おい、沢田綱吉。ちょっと付き合え」
無駄な威圧感を醸し出しながらレヴィとゴーラを従えて誘いをかけるザンザスと。
「ツナヨシ、疲れたから抱っこ」
「おいマーモン何してやがる。
俺の餌食に勝手に触るな守銭奴が。さっさと金儲けにでも出かけろよ」
赤ん坊の外見を駆使して綱吉に甘えようとするマーモンと、素直になりきれず取りあえず妨害するリボーンと。
「お~~い、ツナ~~!!今日はパパと一緒にマグロでも釣りに行かないか!!」
「綱吉殿!!僭越ながら、拙者もお供いたします!!」
必死に息子とのコミュニケーションを取ろうとする家光と相変わらず直向だが少しずれているバジルと。
「ツナ~~~今日はランボさんと遊べ~~!!」
「♪*○#$&!?@!!」
「ツナ兄~~偶には一緒に遊んでよ!!」
大好きな兄にじゃれ付いてくるちびっ子達と。
「あらあら、今日も皆元気ねぇ。ツッ君たらお友達が沢山出来て母さん嬉しいわ~♪」
呑気な母親の言葉。 そして
「~~~~~~~~~~~っ!!
あ~~~もう、うるさ~~い!!たまには静かな休日を過ごさせてくれよ!!」
日曜の早朝にありえない大人数による騒音で起こされた綱吉の魂の叫び。
この騒ぎの原因は。
何を思ったのか飼い主にじゃれ付く子犬よろしく綱吉に懐いたヴァリアーのメンバーと。新参者になど居場所を奪われてなるものかと燃え上がる獄寺・山本の親友コンビと。同じアルコバレーノ同士何かと張り合おうとするリボーンとマーモンと。綱吉が大好きなちびっ子達と。 マイペースに綱吉への勧誘に余念が無い了平と。
素晴らしく混然とした4つ巴(+α)の図式が日常化し、以前に増して騒がしくなった周囲の様子に、これで平穏な日常が帰ってくる!!と喜んでいた綱吉が本気で絶望していた姿は記憶に新しく。
さらに不本意なことに、これでおさらばできる!!と思っていた次期後継者の座であるが、
「これでオメーは誰に憚ることの無い十代目というわけだ。」
と、憎たらしい笑みで九代目の勅命書を掲げたリボーンと
「お前ならば従ってやってもいい」
と、相変わらずの偉そうな態度ながらも恭順の意を示したザンザスと
「いや~九代目が感激してたぜ~?
「最初に指名したときの目に狂いは無かったのか。
しかもあのヴァリアーを手懐けるとは、流石十代目だ」 ってな。」
と、にやにやと笑いながら完成したボンゴレリングを携えて帰宅した家光と。
嬉々として九代目からの再指名を知らせた三人によって、瞬く間に獄寺たち本来の綱吉サイドの守護者達に伝えられ、
「おめでとうございます!!十代目!!
俺も十代目の右腕に相応しくなるために精進します!!」
「ツナ~!!おめでとな!!
俺もせっかくもらった指輪だし、あの時のツナ以上に強くなるぜ!!」
「沢田!!指輪はしかと受け取った!!
これに恥じぬようよう鍛えなおすぞ!!極限まかせろ!!」
と、あの夜一緒にいた三人は言うに及ばず
「ランボさんがツナを護ってやるもんね!!」
「ふ~ん、面白そうじゃない。まあ預かってあげてもいいよ。
君の実力とやらにも興味あるしね。ちょっと付き合わない?」
「くふふふ。面白そうじゃないですか。君の近くにいると退屈しなさそうですしね。
マフィアは気に入りませんがその指輪の役目くらいは果たして差し上げなくもないですよ?」
と、いつの間にか手回し良く説得済みの三人まで加わり、
「だから!!俺はマフィアのボスになんかならない!!」
との綱吉の渾身の叫びも
『『『『「「「「「「「「「「「「「「「十代目は綱吉以外居ないって」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
と、いらない処で無駄な協調性を見せる面々にあしらわれ
「あ~~~~~~~!!平穏な日常を返せーーーーー!!」
今日も綱吉の魂の叫びが悲しく並盛の空に木霊している。
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 |
書きたい物を書ける時に好きに書き散らしてます。文頭には注意書きをつける積りですので、好きじゃない、と思われた方はこのHPを存在ごとお忘れになってください。(批判とかは本当勘弁してください。図太い割には打たれ弱いので素で泣きます)
二次創作サイト様に限りリンクはフリーです。ご自由にどうぞ。
このサイトを少しでも気に入ってくださったらぽちっと押してくださると嬉しいです。
また、何か御用が御座いましたらメール代わりにご利用ください。返信は雑記でいたします
現在の拍手お礼:一ページのみ(ティアに厳しい。ちょっと賢く敵には冷酷にもなれるルークが、ティアの襲撃事件について抗議してみた場合:inチーグルの森入り口)