『月虹』は『虹のふもとの物語」の捏造創世暦を前提に、アビス本編軸に介入してるのが『月色の御伽噺』(スレナル×碇レン)設定の木の葉メンバーだったら、な思いつきネタの小話です。
其々の設定は微妙に繋がってますが、話自体は独立してます。
『月虹』設定で、アスカとイタチがダアトに潜入した場合。
*アッシュに厳しいです
*キムラスカ上層部に辛らつです。
*シュザンヌ様捏造です。
*アスカとイタチが、アッシュを速やかに排除しようとした場合、です。
以上を踏まえてお読みください。苦情批判は受け付けておりません。
アッシュ・キムラスカ・ヴァンが好きな方は絶対に読まないでください。
「なあ、アレ、どう思うよ?」
「・・・・聞くな。」
ダアト、神託の盾騎士団の訓練施設にて、特大の溜息が二つ。
「次!」
「は!」
「踏み込みが浅い!」
「は!」
「・・・や、部下に訓練つける師団長ってだけの光景ではあるけどよ。」
「ああ。・・・・誰も、気づいてないの、だろうな。」
「・・・預言に縋る人間ってのは、思考回路が鈍化すんのか?」
「否定はせん。」
キムラスカからの留学、という形で神託の盾騎士団に一時的に所属する貴族の子弟というのは珍しくない。オールドラントにおいて預言は神聖不可侵のものとして崇められる対象だ。預言を生み出したユリア、預言を授ける教団も同様に。マルクトの現帝は預言から政治を切り離したとして国自体との交流は疎遠になったそうだが、個々人全てに預言を即捨てろという命が下されたわけでもなし、今でも預言を尊重する者がダアトに留学することはある。況して、預言を国王自ら崇拝しているキムラスカは言わずもがなだ。だから、アスカとイタチがダアトに留学したいと言えば、簡単な申請だけで許可された。とある目的を叶えるために奮闘する身として、障害は少ないに越した事はない。簡単すぎた事には些か拍子抜けしつつ、世界的な傭兵ギルド「リーフ」に所属するメンバーとして、ギルド長から依頼された、ある人物達に関する調査、可能なら接触を取る為の潜入である。先ずは施設の見学に託けて周囲を観察していたのだが
「・・・・甘ぇ!その位でへばるな屑が!・・・次!」
「は!」
あっさりと、その目的の人物が見つかったのである。だが、安堵よりも落胆と苛立ちが先立った。なぜなら
「んで、赤い髪晒してんだよ?!馬っ鹿じゃねぇの?!
しかも誰も指摘しねぇのか?!」
アスカが、目前の光景に声を潜めつつも苛立たしげに髪を掻き揚げる。隣のイタチと共に、目の前で部下に訓練をつける、真紅の髪の少年を据わった目で見据えて罵倒を吐き出した。
「赤い髪も碧の目も、キムラスカの王族特有の貴色だって知らねぇのかよダアトの人間は?!」
「・・・キムラスカやマルクトの貴族階級の人間も多数出入りしてるがな。」
「つまりは、この世界の人間は馬鹿ばっかりか!?」
アスカ達と同じように留学や巡礼の為にダアトには各国の人間が多数出入りしている。そして目の前の特務師団長は、普段から任務その他でダアト内どころか各国を動き回っているという。
「多少なりとも疑惑持った人間がいるなら、噂くらいあったはずだろうよ・・・!誰も気にしてねぇってか?!」
訓練を見学する客分の礼儀として、にこやかな表情を貼り付けつつも愚痴を吐き出す。痛んだこめかみに手を当てようとして寸前で止める。出来る事なら人気のない場所に行って盛大に罵りたい。
あれ程見事な赤毛などそうは居ない。キムラスカ国内ならば、赤毛を発見した場合、先祖がえりの可能性を含めて身元の調査は必須だ。近年の純潔王族の減少を食い止める為の、血族の発掘の為である。なのに、神託の盾騎士団の特務師団長の噂など欠片も聞いた事がない。血統を調査して、違った場合戸籍にはっきりと王族とは無関係と明記される事になっている。その対象が最下級の身分の者でも、赤毛の人間が居たという話題は直ぐに蔓延する。その位王族筋以外の赤髪は稀有な存在なのだ。
調査があったなら、その対象がダアトの幹部だったなら、噂の一つもあってしかるべきだ。なのに、何一つ話題に上った事がない。つまり、あれ程見事な赤毛を晒した人間を、誰一人見咎めなかったと、そういう事だ。
「「ルーク様」誘拐の時みたいに、ヴァンの証言鵜呑みにしたんじゃなぇだろうな・・・!」
唸りながら、それしか回答が存在しないだろう確信に項垂れる。真剣に、現職の最高権力者たちの無能ぶりが痛い。
何処の世界に、自国の王位継承者の誘拐などという国家を揺るがす事態に、他国の軍人に自由な捜索活動を事後承諾で許す国家があるというのだ。・・キムラスカは許したが。
しかも、誘拐された「ルーク様」を発見した神託の盾騎士団主席総長が言ったから、「ルーク様」の誘拐はマルクトの仕業説が公式見解に落ち着いたのだ。・・・本気で信じたなら信じたで、マルクトに宣戦布告しても良いくらいの大事だったというのに、大した争いも無くルークの身を護るという名目で軟禁を命じて事態は収束した。・・・ツッコミどころが多すぎて突っ込めない。とにかくキムラスカには物事を深く考察する能力のない馬鹿しか居ない事が良く分かった。
「・・・だが、これならこれで好都合ではあるな」
アスカの無意識のぼやきに深く同意を示しつつ、イタチがぽつりといった。
「あ?何がだよ。」
眉間に皺を寄せつつ、アスカ聞き返す。
「レンが、気にしていただろう」
「ああ、あの餓鬼な。まあ、あっちを連れ戻したら、上層部がどう出るか分かったもんじゃねぇからな。
・・・最悪身代わりか。口封じに処刑か。」
アスカの脳裏に、現在キムラスカのファブレ侯爵邸にて、「ルーク・フォン・ファブレ」の名を与えられている子どもの顔が過ぎる。目の前で訓練中の特務師団長を顎で示してイタチに思いつく中で特に有力な可能性を上げてみる。
今ファブレにいる嫡子がレプリカである事実は、シュザンヌ公爵夫人とその腹心にしかまだ明かしていない。・・・預言にべったりなキムラスカ上層部への、シュザンヌの不信と怒りが限界値を振り切ったがためだ。
シュザンヌも王族の一人だ。もし、本当に息子の死が国の繁栄の為に不可欠ならば、決意する覚悟くらいあったのだ。だが、その預言に詠まれた息子の死を叶えるために採った国王達の手管が余りに卑怯な為に激怒しているのである。
本当に、必要な犠牲だというのなら、何故理由を話さない。
ルークの保護の為、などというお題目を掲げて軟禁を命じ、成人したら自由を許すなどという甘言で希望を持たせる必要が何処にある。正直に言えばよかったのだ。ルークの死が、国の為に必要だから死んでくれ、と。
そしてくれたなら、シュザンヌ自身も息子の死を願った責任を共に取る覚悟をする事も出来たのに。
・・・・何もかもを秘密にして、安易に犠牲を生み出して、良い結果だけを得ようなどと甘えた人間が、己の夫と兄なのだ。前々から預言に縋っては他国の人間である大詠士などに内政に関わらせる事に苦い思いを抱いていたシュザンヌが愛想を尽かすのも当然の成り行きだった。
そして息子が誘拐された先から保護された後、記憶全てを失くした息子を護るためにギルドに依頼し、派遣されたのがレンとナルトであった。依頼の内容は、ルークの再教育及び護衛だ。この先何が起ころうともルークの命を守りぬける人間を、ということでギルド最強と謳われるナルトとレンが派遣された。
「・・・派遣初日に、レンから報告があったときは何事かと思ったが。」
「レプリカ、ねぇ。・・・・結局は構成が第七音素のみの人間だろ?
レンの今の体みたいな分身じゃなくて、普通に生きてるんだし。」
レンの本体は、未だにパッセージリングに接続した外殻大地保護障壁の譜業の動力源の中だ。今、外に存在する身体は、創世暦時代の技術で造り上げたコピーである。クローンとかいったか。対象物の情報を元に完璧に複製する技術で、主に臓器移植などの為に研究されていたらしいが。それで自分のコピーを作って本体から精神だけを移し変えたのだ。そんな離れ業が可能なのはレンだけだろうが。そう考えるとレンは後ろめたく感じているらしい、その「カミサマの器」としての能力に感謝するだけだ。レンが普通の人間なら、今の自由な交友などありえなかったのだから。
「だが、誰もがそうは考えん。
・・預言に縋っていない者でも、都合の良い影武者として利用する位は思いつきかねんだろう。
今のレプリカ技術で産まれた者は、死んだら遺体も残らんのだしな。
利用しようと思えば、これほど都合が良い存在もない」
「 あーあー、下層階級は須らく下賎なモノってか?」
「下種は何処にでもいる。そいつらの考える事など大して変わらん」
「レプリカ、なら尚更、ね。
現にマルクトで研究者達のレプリカへの認識は実験動物所か、ただの研究材料みたいなもんだったしな。」
「キムラスカでは技術自体は盛んではいが・・・ベルケンドの研究者も同様だ。」
基本無表情なイタチが眉間に皺を寄せた。余程報告書の内容が不快だったらしい。アスカも同意見の為咎めず話を進める。
「・・・で、結局何が好都合なんだ?」
脱線しつつあった本題を引っ張る。
「アレ、が被験者なのは間違いないだろうが」
「まあ、あんだけ似てりゃ、な。ヴァンがどっからかつれてきたって有名だし。」
興味深く訓練を眺める振りで、会話を続ける。アスカもイタチも表向きはキムラスカの貴族子息だが、本職は「リーフ」の構成員として鍛え抜かれた忍びだ。周囲から会話の内容や感情を悟られるようなへまはしない。特務師団長アッシュに接触するタイミングを測るため訓練を見学する演技を続ける。
「裏も取れてる。ヴァンを処刑するだけならば、王族の誘拐犯としてだけでも十分だ」
「だが、それだけじゃ俺達には足りねぇだろ。
ああいう手合いはそこそこ躍らせて利用するに限る。」
イタチの言に肯きつつアスカは冷徹に吐き捨てる。身内以外には殊更厳しいアスカの評価は辛らつだ。
「だから、そっちは今は放置する。
だが、「ルーク様」を抑えられたままには出来ない。本来なら連れ戻すべきだが。」
「・・・で、ファブレにいる方はどうすんだよ。そっちに何かあったら、レンが無茶するぜ?」
「だから、都合がいいんだ。・・・普通なら、レプリカなんぞとは考えん。」
「まあ、有名な技術ではねぇしな」
「レプリカを知らない者が、あれ程「ルーク様」に似ている、しかも年齢も近い人間を発見したなら
・・・・・ファブレ公爵の庶子、或いは血縁ではないかと疑うのが普通の反応だろう。」
「あ、・・・・・あぁ!」
イタチの言葉に、疑問が氷解して納得の声をあげるアスカ。そこまで言われたら、先ほどの「好都合」発言の理由も分かる。これからイタチがしようとしている事の内容も。
「そう、調査は必要だ。」
「けど、他国で軍幹部まで勤めた人間を王族に迎えるわけにはいかねぇな。」
「彼は、「王族とは無関係」が、キムラスカにとっての最善だ。」
淡々と言うイタチ。にやり、と笑ってアスカも返す。だが一つだけ懸念がある。
「・・・けど、シュザンヌ様はどうすんだ」
「シュザンヌ様は聡明な方だ。
まさか、この現状を知って尚、アレを堂々とファブレに戻せるとは考えんだろう。」
「・・・・知ってたけどよ。お前、気に入らない奴には容赦ねぇな。」
「アスカもだろう」
呆れたようにアスカが嘆息する。そんなに「ルーク」が嫌いだったのだろうか。・・・・何度か会話した程度の付き合いしかしていなかった筈だが。だがイタチに言い返されてアスカも苦笑う。確かに、アスカにとっても「ルーク」は大して気にかける対象ではない。
「レンが、「ルーク・フォン・ファブレ」を大事にしてるからな。」
「そういう事だ。・・・・訓練が終わったな。」
イタチから視線を逸らして呟く。結局はそういう事だ。他人よりも、己の大事な人間の心を優先させたいのが人間だ。任務に抵触しない範囲でなら、そう思う自分の感情を優先させる事に躊躇いはなかった。イタチも同じだ。
「・・・・それに、「ルーク様」がヴァンの手をとった理由と後の経緯も気にいらねぇし」
「それも、同意だ。」
呟いたアスカにイタチも肯く。「ルーク」が、国の命で受けさせられた超振動の実権が辛く、預言の為に殺されるのが怖かったという点は同情する。自分がその立場なら、何とかその扱いから逃げる方法を考えるかもしれない、だがその後のアッシュの言動が、アスカとイタチを苛立たせるのだ。
「自分が辛くて逃げるだけなら兎も角、レプリカを身代わりにしといて、何被害者面してんだよ。」
ヴァンが「ルーク」に囁いた甘言に肯くだけならよかったのだ。だが「ルーク」は、自分が逃げ出したかったその場所に、レプリカを戻した。「ルーク」の立場を、何も知らないレプリカに押し付けたのだ。にも関わらず、特務師団長になったアッシュは、日常的にレプリカへの怨嗟を吐き出して、過去の居場所を懐かしんでいるという。そんな甘えた人間に、王族戻られても見ざわりなだけだ。
だから、一歩踏み出す
「失礼、特務師団長殿。お話させていただいてもよろしいですか。
・・・・貴方の、ご家族のことで」
「な、なんのことだ」
無害そうな貴族子弟の笑顔で、アスカとイタチは笑った。簡単に動揺を表に出したアッシュに、そっと囁く。
「貴方の、その御髪と瞳なのですが、」
「----以上を持ちまして、ダアトに在籍される神託の盾騎士団特務師団長アッシュ殿は、キムラスカ・ランバルディアの血統とは無関係の者であるという報告を終えさせていただきます。在席の方々、ご意見はおありでしょうか?」
「異議なし」
「うむ。」
「大体、王族筋ともあろうものが、留学としての一時滞在なら兎も角、師団長まで勤めていては今更キムラスカに迎えることは出来ませんな。」
「同感だ。それを考えるなら、血筋ではなくてよかったかと」
「では、これにて、本日の会議を終了いたします。」
+++
とまあ、あっさりアッシュはキムラスカでの居場所をなくしました、な小話です。
この話ではアスカとイタチの策謀ですが、キムラスカが預言を崇拝してるなら、貴族階級の人間が日常的にダアトに出入りしててもおかしくないなーと思ってたんですよね。で、貴族階級の人間なら、アッシュをみたらファブレ公爵連想してもおかしくないな、と。したら、普通庶子とかかも、位の疑惑が生まれるのが自然かと。
その場合、王女に降嫁していただいた公爵が、浮気して余所の女性に子ども産ませてたなんて大醜聞ですよ。ファブレ取り潰されても文句言えないかと。結果、クリムゾンは全力で否定するしかなく、実際見に覚えも無く。他に赤毛の王族はほぼ皆無。・・・でアッシュは先祖がえりと判断出来るような人物も見当たらず、で無関係の他人認定、と。
・・・・という思いつきの小話でした。
ちょっと思いついたので書いてみましたな小話。
*小ネタで呟いていた『虹の麓の物語』に『月色の御伽噺』を混ぜたら?な思いつき小話です。
(つまり、アビス世界にスレナルと碇レンが居た場合、なお話)
*ルークの性格が少し冷め気味?な感じで身内とそれ以外の境界がはっきりしてて、それ以外には少し冷たいです。
*PTとイオン様にきびし目(すみません。イオン様は好きなはずなんですけど、なんか最近思いつくネタだと、どうしてもイオン様に物申したい箇所がちらほら出まして)
*特にティアに厳しいです(暴力表現もでます)
*オールドラントで傭兵やってる木の葉メンバー設定で、ナルトとレンがルークの迎えにいった場合。
(レンは『月色のお伽話』仕様です。つまり、普段は優しいですが、大事な人を傷つけられると勢い良くプッツンします。敵には微塵の容赦もありません。当然如くPTは敵カテゴリです)
上記の前提をご承知くださった上でご覧ください。苦情批判は受け付けられません。
「ガイ様、華麗にさんじょ、」
「「ルーク様!!」」
六神将中妖獣のアリエッタ率いる魔物に囲まれていたルーク達。手詰まりか、と眉を顰めた時タルタロス上部と傍の草陰から三つの影が飛び出した。上部から飛び降りて何やら叫んだ一人は、内二人の叫びに台詞を遮られて些か間の抜けた体だ。だが、とにかく味方である。特に草陰からの二人の内一人は素早くルークを庇う体制をとり、一人は一瞬で全ての魔物と神託の盾騎士団を倒してみせる。その手腕には慇懃無礼が標準装備のジェイドすら瞠目するしかない。それぞれが驚愕に固まる中で、ルークが表情を輝かせた。
「ナルト!レン!来てくれたのか!?」
「みゅ?誰ですの?」
「はい、遅参いたしました事お詫び申し上げます。
碇レン、渦巻きナルト、ルーク様をお迎えに上がりました。
膝もつかぬご無礼申し訳ございません。」
ルークを庇う体制を解かないまま、黒髪の少女が淡々と答える。
敵を警戒する為立ったまま首だけを巡らせたレンの表情が、微かに歪む。普段は温和で感情表現が素直だが、任務中は人形染みた無表情で完璧に己を律するレンが微かでも感情を洩らすほど、礼を失した挨拶を申し訳なく思っているらしい。だが、それは当たり前の事だ。戦闘中に動きを制限されるような姿勢をとれないのは仕方ない。理解しているルークは勢い良く首を振って、レンの謝罪を制する。その勢いに、肩の上のミュウが転がりそうになったのを、落ち着いた手つきでレンが受け止める。ミュウを受け取りながら、ルークが安堵に綻ぶ声をあげた。
「気にすんな!ありがとう、大変だったろ?」
「ありがとうございます。
いいえ、そのようなことは、・・ルーク様、もう少しお下がりください。」
ルークの言葉に瞳を和ませたレンが、再び前を向いて後退を促す。神託の盾騎士団の一般兵と魔物たちは一掃したが、幹部であるリグレットとアリエッタは辛うじて意識を保っている。殺さない程度に手加減した為気絶まではさせられなかったらしい。やっている事は暴徒と変わらないが実力はあるのだろう。だが、イオンは既にナルトが奪還して、間抜けにも立ち尽くしたもう一人の乱入者に押し付けてある。あとはリグレットらを拘束するだけだ。冷然とナルトが言った。
「さて、お前達、ルーク様に刃を向けて生きて帰れるとは思っていないな?」
仮にもダアトの幹部なのだからこの場で殺すのは不味い。だが、脅すくらいはしても罰は当たらないだろう。・・・ナルトとレンは、本気で怒っているのだ。この、忌々しい現状に!
「ま、待ってください!どうか彼らに余り乱暴な事は・・・!」
ナルトの本気の殺気に、リグレットが表情を強張らせ、アリエッタが怯えて首を竦ませた。二人は本能で、目の前の金髪の少年には決して敵わない事を察知して死を覚悟する。
そこで、顔を青ざめさせながら、先ほどまで人質に使われていた筈の導師イオンが声をあげた。リグレットとアリエッタが僅かに緊張から解放される。安堵は出来ないが、導師を無視してまで殺される事はないと気づいたのだろう。緊張は解けないが、恐怖はなかった。
それを見たナルトは、導師に向けて冷めた視線を流すが無反応のまま目前に殺気を放ち続ける。レンも導師の声に一瞥もしない。ルークだけが複雑な視線をイオンに向けるが、レンの傍は離れなかった。
「貴方達、何なの?!行き成り、」
「まあ、助かったのは事実です。
魔弾のリグレット、妖獣のアリエッタにはタルタロスに入っていただきます。武器を捨ててください。」
空気を全く読まない声が二人分増え、更に緊張感が破砕された。これ以上は脅す意味もなし、とナルトが警戒だけをしたままルークの傍に下がる。キンキンと響く高音で叫んだ栗色の髪の女軍人が、ナルト達に詰問し、ジェイドが余裕ぶった態度でリグレットらをタルタロスに閉じ込める。
「しばらくは全ての昇降口が開かないはずです。・・・それで、貴方方は、」
眼鏡を押し上げつつ説明したジェイドが、ルークの傍の二人に視線を向けるがレンもナルトも無視してその場に跪く。
「改めまして、碇レン、ルーク様のお迎えに上がりました。
お待たせして申し訳ございません。」
「お久しぶりにございます。
シュザンヌ様よりルーク様の御身を護る役目を賜りました。渦巻きナルトにございます。」
恭しく頭を下げる二人。無視されたジェイドは僅かに面白く無さそうに眼鏡を押し上げ、ティアはあからさまに眉を吊り上げ、イオンは狼狽して視線を往復させ、乱入者最後の一人は呑気に苦笑した。
「いや、良く来てくれた。二人とも顔を上げろ。発言も許す。迎えご苦労だった。」
ルークは、今度こそ安心しきった声でレン達を労った。弾んだ声が外見年齢よりも幼くて、本当にはしゃいでいると分かる。肩の上の青い聖獣が、にこにこと笑う。主と慕うルークの喜びを感じているのだろう。その無邪気な一人と一匹に、レンとナルトは許可を得て立ちながら、内心で苦笑する。相変わらず可愛らしい依頼主に二人の苛立ちが僅かに治まる。とにかく無事にルークに再会できた事にはほっとした。
「あ、と、こいつはミュウって言って、えと、俺に仕えてくれることになって、」
「はじめまして、ミュウですのー!ナルトさんとレンさんですの?」
「はい、始めまして。碇レンと申します。」
「渦巻きナルト。よろしく、ミュウ?」
「よろしくですの!」
元気良く挨拶されて、優しく返すレンと、素っ気無く自己紹介するナルト。嬉しげに耳を揺らすミュウに、ルークが軽い笑い声を上げる。
その和やかな再会に水を差したのは、空気を全く読まない不本意な同行者達だ。たちまちレンの表情が温度を失くし、ナルトの眉が鋭く吊りあがった事にも気づかない。無邪気に見えて、気配には敏感なミュウが大人しく口を噤む。ルークは二人の変化にある程度耐性がある為苦笑に留める。やっと、これまでの疲れる旅路から解放されると言う確信に安堵の溜息を洩らしてレンの傍に心持身体を寄せた。
「おいおい、相変わらず硬いな二人とも。もっと気楽にしたらどうだ?それにしても探したぜ、ルーク。まさかこんな所に居るとはな」
「あ、ああ。えと、ガイも、良く来てくれた。」
先ほどタルタロス上部から降ってきたガイだ。レン達に爽やかに笑いかけると、ルークに向かって気軽な言葉を投げた。ナルト達の内心を敏感に察知して頬を引きつらせているルークに全く気づかずガイが笑う。その気安い態度に、冷え冷えとした視線を投げるナルト。
「ところでイオン様。アニスはどうしました」
「敵に奪われた親書を取り返そうとして、魔物に船窓から吹き飛ばされて・・・。ただ遺体が見つからないと話しているのを聞いたので、無事で居てくれると・・・・」
「それならセントビナーに向かいましょう。アニスとの合流先です」
「セントビナー?」
「此処から東南にある街ですよ」
横ではジェイドがイオンに話しかけ、当然の様に行き先を決める。怪訝な声をあげたルーク。イオンがにこやかにルークに答える。
「ああ、それは知ってるけど・・・(何で、守護役のアニスとの合流地点をジェイドが決めてんだ?良いのかそれ)」
「ご主人様?」
言葉を濁して、迷うように口を閉じたルークを不思議そうに見上げたイオン。ルークの肩の上で、首を傾げたミュウが転げ落ちそうになる。
「そちらさんの部下は?まだこの戦艦に残ってるんだろ?」
「生き残りがいるとは思えません。証人を残しては、ローレライ教団とマルクトの間で紛争になりますから。」
「・・・何人残ってたんだ?」
「今回の任務は極秘でしたから、常時の半数・・・百四十名程ですね」
「百人以上が殺されたって事か・・」
ガイの質問に、起伏のない声でジェイドが答えた。痛ましげに人数を聞いたルークに、ジェイドが答えガイも肩を落とす。
「行きましょう。私達が捕まったら、もっと沢山の人が戦争で亡くなるんだから・・・」
雰囲気に合わせるように冷静な声が促して歩き出そうとする一行。
「「お待ちください」」
それを、ルークの傍で控えていた二人が遮った。同時にレンがさり気無くルークを引き止める。不愉快そうに顔を顰めたジェイドらが振り返った。イオンも首を傾げている。
「なんです?我々は急がなければならないのですが。」
「貴方達早く行くわよ。」
「おいおいどうしたんだ、三人とも?」
「あの、ルーク?」
レンにルークを任せ、ナルトが一歩前に出る。
「なる、」
「申し訳ございませんルーク様、しばしご辛抱ください。」
手を伸ばしかけたルークを、レンがそっと制してナルトの背中越しに怪訝な表情で此方を睨む面子を眺めた。
「何故、ルーク様が、アンタ達と共に行かなきゃいけないってば。」
「何を言ってるの?私達は、」
「黙るってばよ。アンタには聞いていない。・・・いや別件で聞くべき事はあるってばね。
それよりも、そこのマルクト軍人。答えるってばよ。」
「な?!」
冷たく言い捨てたナルトに敵意が集まる。声は冷え切っているのに、少年らしい砕けた物言いでにっこり笑いかけてみせた。馬鹿にしているのかと、たちまち怒りを立ち上らせた表情でティアが言うが、一言で斬り捨ててジェイドに視線を合わせるナルト。おろおろとイオンが視線を泳がせて、ガイが困ったように苦笑している。・・何を当然の様に向こう側についているのか。ルークを宥めながら、レンが溜息を洩らす。
「ああ、確かに事情は説明していませんでしたか。我々は、マルクト皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下から和平の親書を預かり・・・」
「和平?・・・・まさかアンタが和平の使者、なんて言うつもりじゃないってばね?」
「そのとおりですが、何か?」
「何か、?・・・ふざけんな!!冗談も大概にしろ!!」
鋭くジェイドを睨み据えたナルトが口調を任務仕様に戻して怒鳴る。
それに押されて声が出せないティアとイオン。ガイも僅かに肩を揺らす。
ルークは驚愕した表情でナルトを見るが、恐怖はない。
何があっても、レンとナルトがルークを傷つけることはないと知っているからだ。
「それはどういう意味ですか。此方に仲介を依頼した導師もいらっしゃると言うのに、そのような、」
「仲介?ダアトの導師に?・・それは益々信じられないな。」
「な、貴方導師イオンになんて無礼な!」
「おいおい、ナルト、お前それはあんまりにも」
「(あ、そうか。そうだよな。)」
ワザとらしい不信の表情でジェイドに返したナルトに向かって、ティアとガイが騒ぐ。
ルークが、密かに肯く。確かにイオン本人は善人で和平への意思も本物だろうが、ちょっとダアトのTOPである自覚が足りない。
・・・・ティアとルークが、何故、此処に一緒に居るのか、全く考えていないのだろう。
ティアを己の部下として庇う事による諸々の弊害も。
「ガイ、お前はルーク様が誘拐された現場に居たと聞いたが、犯人を見ているな。」
「あ、ああ、それは見たが、」
「そこの女、・・・・そいつの特徴が聞いてきた誘拐犯と一致するんだが?」
「あ、そういえば、君、」
今更ティアを見返すガイ。
「・・・誘拐、とはどういう、」
「ちょっと、失礼なこと言わないで!私がルークを連れ出してしまったのは事故よ!」
「本気で言ってるのか?」
「ま、まあまあ、ナルト、先ずは事情を聞いてからでも、」
「ルーク様、貴方を誘拐した犯人は、この女ですね?」
「そう、だけど。」
疑問の声をあげたイオン。甲高い声で反論するティア。冷たく聞き返したナルトを宥めるような仕草をしてティアに笑いかけるガイ。その様を侮蔑の視線で見てから、ルークに確認を取るレン。ジェイドは無関心に佇むだけだ。躊躇いつつ肯くルーク。
「・・・・で、マルクト軍人。何か言う事は?」
「何、とは?」
「・・・・お前、その軍服は飾りか。」
傍観者に徹しようとしたのか無言だったジェイドにナルトが問う。それに本気で怪訝そうに返されて、眉を跳ね上げるナルト。
「本気で言ってるのか。軍人の本分を何だとおもっている。しかもお前は和平の使者だと名乗ったな。マルクトが和平を申し込む相手はキムラスカだろう。それともルーク様のご身分を知らぬゆえの言葉か?」
「ルーク・フォン・ファブレ様でしょう?
キムラスカ王室と姻戚関係にあるファブレ公爵のご子息。」
「ならば、何故、その女を捕らえない?!」
「何故私が、ティアとルークの事はキムラスカの事情でしょう。私には関係ない。」
「・・・・、ガイ、お前は?」
軍人が犯罪者を捕らえるのは義務だ。たとえ他国の人間だろうと、犯罪者であると発覚した時点で捕縛するのが当然である。被害者が王族ともなれば尚更被疑者確保は最優先事項になるはずではないのか。にも拘らず、軍服を着た人間が、それを関係ないと言い放ったのだ。ナルトもレンも、ジェイドに本気で失望した。これが、マルクト皇帝の懐刀。
次いで、ぼけっと立っているだけのガイにも聞いてみる。
「は?えと、だからティアに事情を---」
「だから、誘拐なんてしていないと言って」
「導師、何かお言葉を」
全く理解できていないガイの言葉を途中で遮ってイオンにも問いを向けるナルト。騒ぐだけのティアは無視する。
「えぇと、ティアにも何か事情があったのでしょうから、」
「よく、わかりました。」
気弱な笑みでティアを庇うイオン。その言葉を遮って、黙って会話を聞いていたレンが口を開いた。
これ以上、彼らの言葉を聞く価値など微塵もないということが、とてもよく理解できた。
「ルーク様、参りましょう。キムラスカからマルクトにルーク様の捜索を保護の依頼がされているはずですから、先ずは最寄の街で連絡を。 シュザンヌ様も心配なさっているでしょうから、早く帰らなければ」
「あ、ああ。そうだな。えと、レン?大丈夫、か?」
「まあ、お気遣いいただきありがとうございます。勿論です。では、最寄の街はセントビナーですね。そちらで鳩を借りましょう。 確か軍施設が在るはずですから、直ぐにグランコクマにも連絡をいれていただけるでしょう。」
任務中は決して表情を動かさないはずのレンが、満面の笑みでルークに話しかけた。ルークは反射的にレンに笑い返しながら、額に浮かんだ冷や汗を拭う。この笑い方は、不味い。助けを求めてナルトを見るが、直ぐに視線を逸らす。だって、ナルトも笑っているからだ。
「(目が、全く!笑ってねぇけどな!!)」
「みゅうぅぅぅ」
ルークの肩の上で、ミュウが怯えきって身を縮めている。
「待ちなさい!貴方達、勝手な行動はしないで!」
「おやおや、お坊ちゃまは約束も守れないんですか?」
「おいルーク、お前勝手に動くなよ。」
「ルーク?!あの」
タルタロスまで同行していた面々が侮蔑の軽蔑の疑問の焦燥の声をあげる。
だがレンは全く意に介さず、ルークを促して歩きだそうとした。ナルトは口元だけで笑んで四人の歩みを遮る。得たいの知れないナルトの迫力に押されたティアが踏み出しあぐね、悔し紛れに叫んだ。
「ルーク!・・・これだから傲慢な貴族は!」
「「黙れ!!」」
「きゃあぁぁ!!」
ティアの悲鳴が響く。騒いでいた面々が思わず口を閉じて振り返ると、勢い良く街道沿いの木に打ち付けられるティアの姿が。視線を戻すと笑顔を浮かべたまま掌を此方に向けているレンと、振り上げた足を下ろすナルトの姿が目に入る。
「・・・・おお、流石レン。詠唱破棄か。発動が前より早いな。ナルトの動きも見えなかったし。」
ポツリと落とされたルークの言葉で事態を悟る。つまり、ティアがルークに悪態を吐いた瞬間、レンが譜術を発動させ、ナルトが蹴り飛ばした、ということか。何が起きたのか、全く把握できなかったジェイドが悔しげにナルトを睨み。ガイが慌ててティアに駆け寄り、イオンが恐怖に身体を震わせた。
「な、なんてことするんだ?!二人とも、ティアは何もしてないだろう?!」
「あ、あのこれは酷すぎます!」
抗議の声をあげるイオンとガイ。
「何も、していない?・・・・ふざけるのも大概になさい!!ガイ!貴方はルーク様の従者のはずでしょう?!何故、その女の味方のように振舞うんです?!その女はルーク様を殺しかけた大罪人でしょう?!」
「な、なんの、こと」
レンがたまりかねたように叫ぶ。憤りの余り震える声で、ティアを示してガイを睨み据えた。ティアに向ける視線には憎悪すら篭っている。その言葉に、ガイに助け起こされたティアが抗議する。
「事実だってば?その女は、あろう事か譜歌を使用してファブレ公爵邸の家人を全て眠らせ、庭でダアトのヴァングランツ謡将と剣術の稽古中だったレーク様に刃を向け、その接触により起きた擬似超振動で、ルーク様の身柄をマルクトに飛ばした。・・・・紛う事なき犯罪者。
キムラスカ刑法に照らし合わせれば、どう減刑したところで一族郎党斬首決定の大逆人だってばね?アンタらはそれを庇う意味を、承知の上で先ほどの台詞を口にしたのか?」
「言いがかりはよして!」
尚も喚くティア。
「何処が言いがかりですか。貴方がしたことは、どれをとっても実刑確定の犯罪行為ばかりでしょう。
ファブレの警備兵及び使用人に対して譜歌を使用した事は、不特定多数にたいする傷害行為。ファブレのお屋敷に無許可で足を踏み入れたんですから不法侵入。 稽古中のルーク様とヴァンに向けてナイフを向けたときに「ヴァンデスデルカ覚悟!」と叫んだことから、ヴァングランツに対する殺人未遂。 更に、ヴァングランツを庇ったルーク様にナイフを向けた以上、ルーク様に対する殺人未遂。 で、極め付けが擬似超振動でルーク様の身柄を遠方に運び去る誘拐。・・・・何処が、言いがかりなのか、是非聞かせていただきたいですね?」
「だから!ヴァンを討たなければならない理由があったのよ!仕方ないでしょう?!ルークを連れ出してしまったのは、事故じゃない!誘拐なんて、」
「・・・・イオン様、これは、こう申しておりますが、まだ、庇われますか。」
「い、いいえ!ダアトは、ティア・グランツをキムラスカに譲渡いたします!申し訳ありませんでした!」
温度の無い瞳でイオンを見据えるレン。イオンは真っ青になって辛うじて声を絞り出した。改めてティアがした行為を列挙されると、それがどれ程不味いものか理解できてしまった。先ほど、ティアを擁護する発言をしてしまったことの重みも。
「ガイ。」
「いや!そう、だな。ティアのしたことは、流石に、」
「マルクト軍大佐殿。」
「確かに、ティアは犯罪者ですね。」
視線を流して其々に確認するレン。最後にティアを見据える。
ナルトの青い瞳と、レンの深紅の瞳が、等しく怒りと侮蔑を浮かべてティアに集中する。ナルトが一歩踏み出すと同時に、耐えかねたように声高に反論するティア。
「・・・・!ふざけないで!だから、傲慢な貴族は嫌なのよ!気に入らない事があると権力にモノを言わせるようなまねを、
っかは!」
吹き飛ばされたダメージを、自分で発動させた回復譜術で治し、レンとナルトを罵り、背後に庇われるルークを睨むティア。無言で目を眇めたナルトが、今度こそ容赦なくティアを殴り飛ばす。再び木に叩きつけられるティア。肋骨の数本くらいは折れたかもしれない。声も出せずに悶絶する姿を冷たく見下ろすナルト。ルークは、痛々しげに眉を顰めたが、ティアを庇いはしなかった。
道中散々、ティアに犯罪者の自覚を持てと言ったのに、尽く理不尽な反論をされ続けた為、今更だと溜息を吐く。どれだけ庇ったところで本人と親族の処刑は免れないのだ。無言で成り行きを眺めるに留めた。・・・ナルトとレンが怒っているのは、自分を心配してくれたからだと気づいて、少し嬉しかったとはルークだけの秘密である。
「(・・・本当はかなり嬉しいなんてぜってぇ言わねー)」
「みゅ?」
「何でもねぇよ。」
澄んだ瞳で見上げるミュウをぐりぐりと撫でて、レンの後ろから様子を窺うルーク。
基本的には気さくで誰にでも優しいルークだが、それを向ける相手は選ぶ。
イオンは微妙だが、残りの彼らはその対象から外されたのだ。ルークが気遣う理由はなかった。
「(イオンは、個人としてなら好きなんだけどなぁ。・・・でも導師なんだよな。)」
複雑な思いを持て余して溜息を吐いたルークの目の前で、レンがナルトに続いて加減なしの譜術を解放した。
声もあげられず直撃を受けたティアを見下ろして言い放つ。
「まだ、そんな事を言いますか。
だったら、ルーク様の護衛ではなく、ルーク様の友人として言わせて貰いましょうか?
・・・・貴方は、ルーク様を殺しかけたんですよ!ルーク様がご無事なのは、純然たる幸運に寄るものです!
貴方がファブレ侵入の際使用した譜歌で、眠らされたルーク様が倒れる時に地面に頭でも打っていたら?貴方が向けたナイフを交し損ねていたら? 擬似超振動の再構成が失敗していたら?これまでの道中、魔物に襲われて負けていたら!タルタロスの襲撃で、逃げ損ねていたなら?!
・・・・どれ一つとってもルーク様のお命を脅かす行為でしょう?!全て、貴方の行動の結果です!
貴方の所為で、大事な友人が死ぬかもしれなかったんですよ!怒りを感じるのは当然でしょう!!
貴方をこの場で殺さないのは、公の場で貴方の罪を裁くためだけです!理解したなら大人しくしてなさい!!」
レンは怒りに任せて言い切った。
しん、と辺りが静まり返る。
誰一人声を出せない。
ナルトすら呆然とレンを見るだけだ。
レンが握り締めた拳から血が滴る。
力を入れすぎて、掌を傷つけたらしい。
「レン。」
ルークが静かに声をかける。かけられたレンは、一つ大きく深呼吸して、ゆっくりと振り返りルークに深く頭を下げた。
「申し訳、ございません。差し出た真似をいたしました。お見苦しいところをお見せして、」
「謝るな。」
静かに謝罪するレンを、ルークは穏やかに遮った。まだ呆然としたままのナルトも傍に呼ぶ。慌てて駆け寄るナルトと、顔を上げないレンの手をとって握り締める。ナルトは苦笑してルークに掌を預ける。レンが慌てるが、強く力を入れて離さないルーク。掴んだ手を軽く引き寄せると、ルークは二人に視線を合わせた。
「迎えに来てくれて、ありがとう。嬉しかった。・・・一緒に、帰ろう」
そうして花が綻ぶように、穏やかで華やかな笑みを浮かべると、そっと囁いた。
ぽかんと口を開けて見返すレンと、ナルトを引いて歩き出す。
「ガイ。」
「あ、ああ、なんだルーク?」
振り向かないまま、ガイに声をかけるルーク。慌てて返事をするガイの口調にナルトが眉を顰めるが、ルークは気にせず指示をだす。
「ティアを捕まえておいてくれ。多分マルクトの軍から人を貸してもらえるだろうから。お前は、ティアと一緒に戻れ。」
「あ、ああわかった・・・」
「じゃあな」
ルークは動揺がぬけていないガイに、必要な命令だけを残してセントビナーを目指す。
いつも自分を親友だと笑うガイが、あんな風に呆然とするだけなのを見ても、今更落胆はしなかった。
今のルークには、両手に感じる温もりがあれば大丈夫だと、笑うことができるのだ。
だから足取り軽く街道を歩く。
レンがやっと状況を認識してうろたえるのが可笑しくて声をあげて笑う。
ナルトと顔を見合わせてくすくすと笑っていると、少しすねた表情で俯くレンが口元を綻ばせた。
「二人とも、迎えに来てくれてありがとう」
「どういたしまして、だってばよ」
「・・・どういたしまして」
改めて礼を言ったルークに、少しだけ顔を見合わせたレンとナルトが、其々言葉を返した。
護衛でなく、友人として。
「じゃ、帰るぞ!」
*拙宅で連載しているエヴァ×ナルト「月色の御伽噺」設定流用で、スレナルと碇レンが、ルークの護衛設定です。
*シュザンヌ様捏造。
*キムラスカ・ダアト・マルクトに物凄く厳しいです。PTは勿論イオン様にも厳しくなりました。
*ちなみに前編はほぼレンの独白に寄る経緯説明というかただの前振りなので読まなくても余り支障はありません。メインの糾弾は後編からです。
「(これで、後は、)」
「・・・もう、何がなんだか分かんないよ・・・!アクゼリュスが・・・!それにここって何なわけ!?」
「・・・ここは魔界。貴女たちの住む場所は外殻大地と呼ばれていて、ここはその・・・ある意味地下とも言える場所よ。外殻大地はこの魔界から伸びるセフィロトツリーという柱に支えられている空中大地なの」
「・・・全然、意味が分かんないんだけど」
「昔、外殻大地はこの魔界にあったの。
けれど二千年前、オールドラントを原因不明の障気が包んで大地が汚染され始めた。この時ユリアが七つの預言を詠んで滅亡から逃れ、繁栄するための道筋を発見したの。 それが地殻をセフィロトで浮上させるという計画だった・・・」
「それが、外殻大地の始まり・・・ですか。途方もない話ですね」
ぴくり、とルークが肩を震わせる。レンは素早くルークを下がらせて、話し込み始めた面々を睨む。ナルトが戻る前に彼らが目覚めてしまった事に舌打ちでもしたい気分だった。散々神経を逆撫でられて、そろそろ本気で始末するべきかとナルトと話し合っていた矢先の惨事である。シュザンヌ様からの指示がなければさっさと片付けておいたものを。
だがそんなレンにも、冷めすぎる程に冷めたルークの表情にも気づかずに勝手に盛り上がる彼らは話題を展開させていく。その後ろに庇われた導師イオンが顔を青くして辺りを見ているが、気にもしていない。
「(大した守護役ですこと。道中散々ルーク様を蔑ろにしてまで気遣いを要求したくせに)」
「ええ。この話を知っているのはローレライ教団の詠師職以上か魔界出身の者だけのはずですから」
「じゃあティアは魔界の・・・?」
「ええ・・・」
沈痛な表情でアニスに答えているティアを一瞥して、ああだから世間知らずなのかと吐き捨てる。ナルトと交代で護衛を務めながら集めた情報でユリアシティについてのものもあったので、ティアの告白は既知のものだ。それを知ったから、いざという時の案内役にするため同行を受け入れることにしたのだ。その程度の重さしかない事実を、ああも悲壮ぶって話している姿を見ていると失笑しか浮かばない。馬鹿馬鹿しい、悲劇のヒロインでも気取っているのだろうか。
「へぇ、道理で我侭で傲慢な態度を当たり前に貫き通した世間知らずだってばね。納得だってば」
そのレンの呟きに重なるように、新しい声が響く。
朗らかに言い放たれた毒の篭った台詞に、ティアが激昂する。
「なんですって?!」
「五月蠅いってばよ。似非軍人。邪魔だってばよ。
・・・・遅くなりまして申し訳ございませんルーク様。お部屋の準備が整いましてございます。 どうか、こちらへ。まずお体を休めなければ。
・・・此度の失態お詫びの仕様もございません。キムラスカに戻りましたら必ず償わせていただきます。ですからどうか、お帰りになるまでの間、ルーク様の御身を護ることをお許しいただけないでしょうか。」
艦内を見回りにいっていたナルトだ。丁度扉の前を陣取っていた面々を乱暴に押しのけると、恭しくルークの前に跪く。それにあわせてレンももう一度深く頭を下げた。どれだけ謝罪しても許される事ではないが、ここでルークを一人にすることの方が問題である。せめてシュザンヌの手の者が新たに派遣されるまでは傍を離れるわけに行かない。
「良いから顔を上げろ。お前らの責任じゃないだろ?!」
「そのような!」
「なら命令だ!レンもナルトも俺を護ってくれただろ。これは純粋な事故だ。お前達の所為じゃねぇよ」
「・・・・は!ありがとう、ございます!・・・では、まずお部屋のほうへご案内いたします。こちらへ」
「ありがとうございますルーク様。今度こそ、その御身を我が一命に代えましてもお守りする事をお誓い申し上げます。」
跪くナルトを見下ろして慌てたように必死な声で「命令」するルーク。その幼げな表情に、いけないと想いつつ苦笑が漏れた。その顔を隠すように更に深く頭を下げたナルトが礼を述べ、案内を申し出る。レンも、改めてルークへ謝辞を示してその後ろに就きなおす。だが、ほっとして歩き出そうとしたルークの動きを遮る者がいた。先ほどナルトに押しのけられたティアだ。冷徹に排除しようとしたナルトが一瞬ルークの前で血を見せる事を躊躇った隙に、聞き苦しい声で騒ぎ始めた。
「待ちなさい!」
「なんだってば?邪魔だから退くってばよ犯罪者。高が死刑囚がルーク様の歩みを遮ろうなんて、身の程を知るってば。ああ、三歩歩いて忘れる鶏以下の脳みそで理解できるわけないってばね。これは失礼。なら簡潔にいってやるってばよ。
・・・・邪魔だ、退け。」
「な、なんですってぇ!」
冷え切った声でつらつらと吐き捨てるナルト。確かに苛立ちしか感じない彼女に優しく話しかける義理はないが、あんまりといえばあんまりな内容に、流石のレンとルークも頬を引きつらせた。当然怒りに顔を赤くしたティアが更に声を高くする。レンは疲れきった溜息をはいたルークの前に出て、騒音から少しでも遠ざける。ルークの慈悲とシュザンヌの指示がなければ既に首を落とされて然るべき犯罪者が何を言うつもりか知らないが、扉を塞がれては前に進めない。眉を顰めるルーク達三人。まったく気づかないティア以下四人。いや、イオンだけは不安げに視線を泳がせているか。だが、邪魔なのは事実だ。
「扉を塞がれてはルーク様をご案内できません。退いてください。全員邪魔です。」
淡々とレンが言った。今まで一行の中でも温和で大人しいと思っていたレンが、まさかそんな言葉を発するとは思わなかったらしい。面食らった顔で注目されたが、更に怒りを募らせたティアが怒鳴る。
「貴方達、この情景をみて、何も思わないの?!」
「そーだよ!全員って事はイオン様も?アンタ馬鹿?!なんてこと言うのよ!
大体なんでこんな事になったわけぇ?」
「本当に、キムラスカの人間は礼儀を知らないようですねぇ。」
追従してアニスが喚き、嫌味たらしくジェイドが続けた。だがルークもナルトも表情を変えない。レンも同様だ。
こいつら相手に一々怒る労力すら無駄である。
「邪魔は邪魔だってば?大体、救援の最高責任者で在らせられるルーク様が正式に同行を拒否した導師に礼を払う必要が何処に? こんな事態になりはしたけど、まだキムラスカに帰還していない以上、責任者はルーク様。それとも、・・・・ダアトは導師自らキムラスカ国王名代のお命を危険に晒すお積りか。マルクト皇帝名代も導師と同意見だというなら、二国は揃ってキムラスカに喧嘩を売る積りかってば?」
「そんな積りは!」
業とらしくナルトが言うと、イオンが顔を青ざめさせて反論し、ジェイドが無言で眼鏡を押し上げる。
「貴方いい加減にして!ルークも、黙ってないで何とか、・・っが、は!」
矛先をルークに向けたティアを反射的に殴ってしまったレン。流石に我慢し切れなかったのだ。動いてしまってからはっとしてルークに謝罪する。後で纏めて裁くから、余計な制裁は加えるなとシュザンヌに言われていたのだ。それをルークも共に聞いていたはずである。後悔に顔を青くするレンだが、ルークはティアを一瞥するとレンを宥める事を優先した。流石にティアを庇う気にはならなかったのだ。
「も、申し訳ございません、ルーク様!出すぎた真似を、」
「えと、まあ、、俺のためだろ?気にすんなよ、」
「あ、アンタ何してんのよ!サイッテー!」
「アニス!」
「イオン様は黙っててください!だってこいつら、」
レンとルークを等しく睨みながらアニスが騒ぐ。先ほどのナルトの指摘に、アニスの態度がどれ程不味いものなのかおぼろげでも理解し始めたイオンが止めるが、それを遮って続けるアニス。ナルトが呆れたように眉を顰めるのにも気づかない。この態度で誰の守護役の積りなのか。
「そうよ!大体、アクゼリュスを崩落させた罪人は、ルークでしょう!」
そこで叫んだティアの発言に、空気が、凍った。
「貴方が兄さんに騙されてアクゼリュスのパッセージリングを壊した所為で、こんな事になったのよ?それを棚に上げて、こんな」
「な、なにそれ、サイテー!アンタ、なんてことしたのよ?!」
「・・・・それはそれは、大した親善大使様ですね?その癖、先ほどの態度ですか。キムラスカこそ、マルクトに喧嘩を売りたいと見える。」
「・・・俺は、悪くねぇ、よ。」
絶対零度の空気の発生源である金髪の少年をそろり、と窺いながら、ルークが端的に事実を言ってみる。
目の前の本職軍人三人が、これほどの殺気に、全く気づいた様子がない事にむしろ驚嘆する。殺気の矛先ではないルークやレンすら寒々しい想いをしているというのに。呆れるばかりの鈍感さである。まあ、今更かと諦める。
ルークの変化にも気づく素振りも見せないティア達は更に激昂して暴言を吐き続けている。言い逃れするつもりかと言われたが、実際に悪くないのに罪を被れとでもいうのだろうか。ヴァンは確かにルークに超振動を使わせてリングを破壊したかったみたいだが、レンとナルトがそんなことを許すわけがない。以前から怪しいと睨んでいたヴァンを一先ず生け捕りにしろとシュザンヌに命じられていたため、殺さない程度に手加減をして戦っていたところ、瘴気を吸って限界が早まっていたらしいリングが勝手に壊れ始めたのだ。それをみて、超振動を使うことに見切りをつけたヴァンが、せめてルークを此処でアクゼリュスと共に消滅させることだけは叶えようとして譜術でリングを壊したのだ。・・これはルークのついでにレンが護衛をしていたイオンも見ていたはずだが、一言の証言もせずにティア達に庇われ続けるというのはどういうことだろうか。
「大体お前の言うとおり、俺が壊したにしても、ヴァン師匠に「騙された」ってんなら、悪いのは、ヴァン師匠、だろ?」
「貴方兄さんの言う事を鵜呑みにした所為でアクゼリュスの一万人もの人たちが死んだのよ?!」
ヴァンに「騙された」と口にする瞬間視線を落としたルークの手を握る。冷え切った指先が一瞬強張って、縋るように力強く握り返された。ルークがヴァンを慕っていたのは此処に居る全員が良く知っていた事だ。ナルトとレンから見れば胡散臭い事この上ない態度だったため多少の警戒は促したが、七年間の付き合いのある剣術の師匠と、俄か護衛のレン達とどちらを信じるかと聞かれればヴァンに傾くのは当然だ。だから、ヴァンが何をしても対処できるようにレン達が護衛として目を光らせたのである。そのお陰で、超振動を利用する企みだけ
は阻止できたが、目の前で態度を豹変させたヴァンの姿に、ルークが傷つかない訳がない。それをこんな風に詰るなど、本当に他者の心情を省みる事の出来ない「傲慢」な態度に腸が煮えた。
「黙ってください。・・・貴方方全員、ヴァンに「騙された」のは同じでしょう。ルーク様を不当に貶めるのは止めていただきたい。」
レンが冷え冷えとした声で反論すると、ティアが目を吊り上げ、ジェイドが皮肉気に口角を上げる。
「何言ってるのよ、私は最初からヴァンを信用してなんか、」
「おやおや、私達も「騙された」とはとんだ言いがかり、」
「「外殻大地は存続させるって言ったじゃない」
「海へおとりの船を出港させて、我々は陸路でケセドニアへ行きましょう。」
「宜しいでしょう、どの道貴方を信じるほかにはありません。」
・・・ティアとジェイドが口にした事ですよね?」
「そうよ、だから何だと、」
「だから何?本気で言ってるんですか。「外殻大地を存続させるって言ったじゃない」?つまり、貴方は、ヴァンが外殻大地が存続出来なくなるような何かを計画していた事を知っていた。にも拘らず、「存続させる」と「言った」から、そのヴァンの言葉を「信じた」んですよね・・・・けど、ヴァンは実際にアクゼリュス崩落なんて計画を立てて実行したわけですが・・・誰が騙されてないんですか?」
「な、ん」
繋いだ手を引き寄せてルークを庇いながら、レンがティアを強く睨む。己の言葉がどう意味を持つのか、本気で気づいていなかったらしい彼女に業とらしく笑って見せた。口ごもって顔を俯け始めたティアの動揺が滑稽すぎる。後ろのイオンと隣のアニスが唖然とティアを見上げる。
「ジェイド?貴方もですよ。バチカルを出発する時、和平妨害を画策しているらしいモースの差し金で神託の盾騎士団の船が監視しているという報告に「おとりの船を出航させて」敵の目を欺くことにしましたよね。その時に、おとりを申し出たヴァンにたいして、「どの道貴方を信じるほかありません」って言ったのはどの口です?それとも、ジェイドはヴァンが信用できないと知った上で、「信じるほかない」なんて言ったわけですか。それはつまり、貴方は私達にヴァンを信用させるために誘導した共犯者だった、と判断しても宜しい、ということですね?」
「・・・・・」
無言で眼鏡を押し上げる。ジェイドが内心を気取らせないために表情を隠すための癖だ。そんな分かりやすい態度で、自分はこの場で誰より物事を見透かしている積りの上から目線を貫いた彼の態度には嘲笑しか浮かばない。
「百歩譲って俺に責任があるってんなら、教団の最高機密であるセフィロトに、部下の指示だけで安易に他国の人間である俺を招いた導師にも責任が発生するって理解しての発言だろうな、それは?」
ルークも流石に一歩的に詰られて苛立ったのか、道中少しずつナルトとレンに教えられてきた「常識」に当てはめて責任問題について言及してみる。内容に間違いがないかとレンの方に視線で問うたルークに肯いて見せると安堵したように前に立ち塞がる四人に視線を戻した。
「あ、アンタ・・・!イオン様に責任転嫁するつもり?!」
わなわなと怒りに震えるアニス。だが、その後ろのイオンは、ルークの言葉を理解したようだ。はくはくと声にならない言葉を吐こうとして震える両手で音叉を握り締めている。少し酷だったか、と目を泳がせるルークだが、事実は事実である。庇いようがない。
「それだけでは治まりません。導師イオン。貴方にとって部下であるはずの主席総長ヴァン・グランツの今回の不祥事ですが、」
「イオン様は悪くないでしょ!」
「黙れ職務怠慢守護者。本気で言ってるんですか。悪くない?冗談でしょう。確かに一番悪いのは、事件を起こしたヴァンですが、 例え「騙された」にしても、この場で誰より責任が重いのは導師に決まっているでしょう。」
「そんなわけ」
「ありますよ。・・・貴方達、導師がどんな立場か本気で分かってないんですね。導師って言うのは、ダアトの最高権力者で、同時に最高位の責任者でしょう。責任者っていうのは、有事の際に責任を取るために存在するんですよ。・・・で、ヴァンはまだダアトの主席総長ですね?」
「そう、です」
喚きたてるアニスに視線を向けず、レンは冷然とイオンを見つめて問いかける。
恐る恐る答えるイオンの様子に今更憐憫も感じない。この期に及んで自分だけを被害者に置くことなど許す積りはなかった。
「当然ですね、これまで散々主席総長直属の六神将が度重なる妨害行為を働き続けた事を知りながら、何故彼らの責任を追及して捕縛なり何がしかの対処を取らなかったのか、今更聞いて差し上げる気はありませんが、」
つらつらとイオンの職務怠慢の一端を上げ連ねるに従って顔を青ざめさせるイオンとアニス。だが、本当にあれ程の暴挙を繰り返した人間を神託の盾騎士団の所属のまま放置したのはイオンの怠慢以外の何者でもない。本当に彼らが敵だというのなら、さっさと破門にでもして斬り捨てておくべきだったのだ。今更理解しても後の祭りだが。
「今でも、ヴァンが主席総長として、導師イオンの部下である以上、その部下の不始末は、上司である導師の責任でもあります。 「騙された」なんて理由にはなりません。ヴァンはアクゼリュスまでダアトの主席総長として行動してたんですよ。その結果、起きたのがこの崩落、ならば、アクゼリュスを滅ぼしたのは、ダアトの総意だと判断するのが当然の成り行きですね。
・・その場合導師の真意など関係ありませんからね。「騙され」ようがなんだろうが、責任者として、きっちり責任を取っていただこうじゃありませんか。アクゼリュスまでの道中、本来なら一味の最高責任者であらせられたルーク様を蔑ろにしてまで導師を立てていた貴方方にも、勿論一緒に責任を取っていただきます。」
「そんな?!」
「当然です。あ、勿論貴方方がそうやって「キムラスカ国王名代」を言動全てで貶め続けた行為は、洩らさずキムラスカに報告済みですから。 ・・・帰国した暁には、どんな結論が出ているか、楽しみですね?」
俯いていた顔を勢い良く跳ね上げて反論しようとしたティアをばっさり斬り捨て、朗らかに笑いかけた。
脳裏には神々しい笑みを湛えたシュザンヌ様が、悠然と玉座に座る姿が浮かぶ。・・・多分これは現実に起こる(起こっている)情景だろう。傍らに冷や汗塗れのインゴベルト(元)陛下と、悄然としたファブレ公爵もいたが、下らない妄想だとかき消した。
現実に視線を戻すとレンの言葉を余さず理解したらしいイオンが動揺の余り汗を滲ませて視線を泳がせている。
「それは、理不尽よ?!なんで私達は何もしてないのに、責任を取らなきゃならないのよ!」
「そ、そーだよ!アクゼリュスを壊したのはそこのお坊ちゃんじゃん!イオン様やアタシ達は悪くない!騙されてたんだから仕方ないでしょ?!」
「そうです、私達に落ち度はなかった。グランツ謡将に従った貴方方の行為がなければ起きなかった事故だ。それを棚上げして此方にだけ非があるように仰るのは見苦しいですよ?」
もう滅茶苦茶である。これほど丁寧に、「何もしなかった」事こそが一番の問題点だと説明したのに、「何もしなかった」自分たちは悪くないと言い切る彼らの思考回路が本気で理解できない。
先ほどの動揺を何処にやったのか未だに己の潔白を確信しているティアも。先ほど「騙された」ルークが悪いと決め付けた口で、「騙された」自分たちは悪くないなどと言うアニスも。ティアとアニスの勢いに突破口を見つけた積りか、余裕ぶった態度を取り戻して、ルークを鋭く見据えてみせるジェイドも。
イオンは限界まで顔色を失くして居るが一言の謝罪もないし。
これ以上は何を言ったところで無駄だと見切りをつけるレンは諦めた溜息を吐いて口を閉じた。
せめて此処で彼らが黙ってくれていれば、ナルトが止まったかもしれないのに。無言で肩を落として成り行きに任せる事にする。
先ほどのティアの発言から一言も発さずに、無言で顔を俯けているナルトの背中を、ルークとレンが恐々と見つめる。
・・・これは、不味い。
デオ峠で、ルークに対し「出来損ない」などと吐き捨てた瞬間、ナルト十八番の螺旋丸でたっていた大岩ごと粉砕されたリグレットの惨事を思い返して血の気が下がるレンとルーク。峠の道ごと粉砕するわけにはいかないぶん手加減したため辛うじて避けていたが、それでも骨折数箇所では留まらない位の重症に追い込まれたリグレットの姿を、ティア達も見ていたはずだが・・・・三歩歩いて忘れたか。流石己に都合が良いことにしか発揮されない記憶力。此方が黙っているのを良いことに、口々にルークへの暴言を吐き続けるティア達。どんどんと温度が下がるナルトの殺気。
そっと、レンとルークが視線を合わせる。が、
「(どうにかならないか?)」
「(申し訳ございません。・・無理です。)」
一瞬で結論が出た。沈うつな表情を浮かべたまま視線を前に戻す。
騒ぎ続ける面子に向けてそっと黙祷すると、二人揃って素早く後退した。
本当なら艦内に避難してしまいたいが、変わらずに扉の前には五月蠅い犯罪者が陣取っている。その前に立っているのは、今現在最も危険人物と化したナルトだ。瘴気に汚染された魔界の外気に触れ続ける状況であっても、今は少しでもナルトから距離をとる事が先決である。再びナルトが顔を上げた瞬間が惨劇開始の合図だろう。固唾を呑んで身構えるレンとルーク。
「艦橋に戻ります。・・・ここにいると、馬鹿な発言に苛々させられる」
「サイッテー。イオン様、行きましょう。こんな奴放っておけば良いですよ!」
「少しは良いところもあると思ったのに、私が馬鹿だった。」
そして好き勝手にルークへの罵倒を尽くして満足したのか捨て台詞を残して踵を返そうとする三人。顔色が土気色にまでなって倒れる寸前のイオンの腕を引っ張って艦内に入ろうとする。先頭のジェイドが取っ手に手をかけようとした瞬間
カッ
「へぇ?面白い事いうってばね?」
甲高い音を立てて扉に突き立ったクナイが動きを遮った。投げたのは勿論ナルトだ。
口元に薄く笑いを湛えて、顔を俯けたまま呟く。忌々しげに振り返るジェイドの視界に入るよう、業とらしくクナイを弄んでいる。
「馬鹿な発言ねぇ、サイテー?良いところもあると思った?・・・ふぅん?
アンタらが言えた台詞かってば!ざけんな! 火遁、業火球!」
「きゃあ!」
「熱、ちょ!」
「くっ何を!」
前触れなく火遁を仕掛けるナルト。だが十分すぎる位手加減はされている。実戦経験皆無の17歳(実年齢7歳)の少年に護られなければ譜術の一つも唱えられない未熟者が三人だ。彼らが避ける余裕を残している辺り理性を蒸発させきったわけではないらしい。シュザンヌから受けた生け捕りの指示をきちんと覚えているのだろう。そもそもナルトが本気だったなら螺旋丸位ぶちかましている。あの技だったなら、幾ら手加減しようとタルタロスごと三人は木っ端微塵だ。
それに比べればましだな。多少の理性は残してるみたいですねー。よかったよかった、とレンとルークは肯きあった。
幾らなんでもイオンまで制裁は出来ないので、火遁が収束した一瞬の隙にさり気無く避難させる。最初に引っ張らなかったのは、多少のお仕置きは必要だよね、迷惑かけられたのは事実だし、とひっそり立腹していたからである。勿論レンとルーク両方の意見だ。
「さあ、覚悟は良いってばね?」
口調は表用の明るい少年のものながら、青く光る瞳は任務中の暗部のソレだ。
冷たい笑みを貼り付けて、鋭くナルトの利き手が翻る。
そして三人分の絶叫が、瘴気渦巻く魔界に響いた。
ええと、本当に物凄くお待たせいたしました!
666666番を踏んでくださったクリム様のリクエストで「ガイ以外の護衛でアクゼリュス崩落後」を書かせていただきました。
えと、物凄くお待たせした上に、本当に申し訳ないのですが、勝手にクロス設定にしてしまったのですが、宜しかったでしょうか・・・・?
本当にすみません。クリム様、もしごらん頂いた後、これはちょっと望んでいたのと違う、と思われましたら遠慮なく申告してくださいませ。本当にすみません!またお待たせするのも心苦しいのですが、もう一度きちんと書き直させていただきますので!申し訳ございませんでした!
*拙宅で連載しているエヴァ×ナルト「月色の御伽噺」設定流用で、スレナルと碇レンが、ルークの護衛設定です。
*シュザンヌ様捏造。
*キムラスカ・ダアト・マルクトに物凄く厳しいです。PTは勿論イオン様にも厳しくなりました。
*ちなみに前編はほぼレンの独白に寄る経緯説明というかただの前振りなので読まなくても余り支障はありません。メインの糾弾は後編からです。
「「ここ、何処(だってばよ)?!」」
満天の星空の下。白い花に囲まれたとある場所にて、二つの声が響いた
「・・・・まぁ、異常事態は異常事態として、まずすむ所探そうか。」
「おま、なんでそんな冷静なんだよ!?」
一瞬の驚愕から立ち直り、のんびりと呟いた黒髪の少女に、傍らに立ち尽くしていた金髪の少年が食って掛った。
「んん?や、慌てても仕方ないしねぇ。」
「あのなぁ!」
「けど、まあ、流石にちょっとびっくりはしたけど・・・ま、何とかなるって」
「簡単に何とかなって溜まるか!レン!お前本当に現状分かってんのか?!」
「落ち着こう?大丈夫だから。」
ヒートアップする少年を落ち着かせようと肩に手を置いてにっこり微笑んでみる。
レンが真っ直ぐ目を合わせると、少しだけ気まずくなったか咳払いして声を平静に戻す少年が唸った。
「・・・・お前、変なところで冷静だよな。」
「はは、ま・・(実は二回目だし、とは言えないなぁ)・・・・異世界トリップ、かぁ」
「くっそ、早く帰らねぇと!」
「う~ん。確かにナルトが居ないと、暗部受持ち任務が裁ききれなくて困ってるだろうねぇ。特にSランク系」
「だから、」
「でも、これは不可抗力でしょ。大丈夫だってば、来れたんだから帰れるよ。(本気でどうにもなんなきゃ、ディラックの海使ってみよう。多分イケると思うんだよね。) ・・・・ね?」
「~~~~~~!わかったよ!帰れた後の説教はお前も受けろよ!」
「わかってるって、ちゃんと説得もするから。」
軽く肯いてやると肩を落としきったナルトがぶつぶつと呟きながら歩き出す。とりあえず人里・・・できれば流通が盛んな場所が望ましい。賑やかな場所には影も出来やすい。忍びである自分たちにとって都合が良いのはそういった裏社会のほうだ。特に今現在、この世界では戸籍すらない状態で堂々と表側に属すのは難しいだろうし。
「う~ん、最初は単にどっか別の大陸にでも飛んじゃったかと思ったんだけどねぇ」
「まぁな。けど流石にあんな生き物が跋扈する地域はねぇだろ。」
ナルトとレンの視線の先には、草陰から飛び出した緑色の生き物が小さな身体で精一杯の威嚇をしている。丸い球根みたいな部分がちまちまと蠢き、上に大きく伸びた葉っぱのような(触手?かあれは)ものがばたばたとはためく。何処から見ても、雑草にしか見えないが・・・動物、らしい。攻撃してくるからには、敵なんだろうが、
「えっと、なんかこんな小さい生き物殺すのは、ちょっと・・・」
「相手する必要ねぇだろ。・・・しかも知ってる星座所か、なんだ空のアレ」
「薄く色ついてるねぇ・・・六色、かな。後一色で虹色だね~」」
呑気に上を見上げると、明らかに自分たちの住んでいた場所ではお目にかかれない景色が頭上一杯に広がっている。
「まあいい。とにかく先ずは情報収集と現状把握だな。
木の上伝っていこうぜ。大体の気配は地面に接する場所にしか感じられねぇし。」
「そうしよっか。ん~、とりあえず川沿いに下る?」
「だな。人間に会えたら・・・盗賊にでも追われて身包みなくした、設定でいくか。」
「それが一番無難かなぁ・・じゃ、いこうナルト。」
「レン、一応気をつけろよ。あんまり強い気配はねぇが、何があるかわかんねぇし。」
「うん、ありがとう。気をつけるよ。足手まといにはならないから。」
「・・(そういう意味じゃねぇよ!)・・ああ、いくぞ」
そんなちょっとしたイレギュラーが発生した日から一年後。
アクゼリュスが、崩落した。
視界に映るのは澱んだ瘴気と、どろりとした得体の知れない液体に沈む大地の欠片。辛うじて歩ける場所が点在しているが、タルタロスを発見できなかったらと思うと背筋が冷えた。まさか何時沈むか分からない不確かな足場の上にルークを置いて置けるわけがない。一先ずは気を休める環境にたどり着けた事に安堵する。後は、キムラスカに帰る方法だが、調べた限りではこの場所で唯一存在する街からなら帰るための道があるらしいが。
「(けどそのユリアシティとやらの正確な位置が分からないのは不味いな。・・・案内できそうな人間はいるけど・・)」
厳しい視線で辺りを見回して、視界の端に映った栗色の髪を見下ろして嘆息する。彼女とこれ以上会話するとそれだけで忍耐が限界を迎える確信がある。しかし背に腹は代えられない。
「(まあ、先ずルーク様に安全な所に腰を落ち着けて頂いてからナルトと相談しよう。)」
考えを纏めて背後に庇った朱金色の髪の青年・・キムラスカ王国から派遣された親善大使であるルークに視線を戻す。落下中はナルトとレンの術で護ったが、流石に衝撃には耐え切れず気を失っていたのだ。小さく呻くルークの傍らに膝をつく。
「ルーク様、ご気分は?何処かお怪我をされたという事は?歩けますか?今ナルトが艦内を見回っております。
お部屋をご用意するまでしばしご辛抱いただけますか。・・ルーク様?」
「・・あ、ああ。大丈夫、だ。レンは?」
「私も、ナルトも大した怪我はございません。それよりも、申し訳ございません!ルーク様の護衛を任されながら、このような、」
「何言ってんだ!お前らは悪くねぇよ!・・・悪い、のは、」
どこか虚ろな声ではあるが、しっかりとした口調で返事が返ってきた。一つだけ安堵して、改めて姿勢を正しルークの前に跪き深く頭を下げて謝罪する。本当なら土下座するべきだが、気を失っているとはいえ、後ろに並べた面子の存在を思うと、動作が制限されかねない姿勢は出来るだけ避けたい。
だが、真っ直ぐ此方を見つめたその鮮緑の瞳が、目覚めた瞬間に痛みを堪えるように揺れたのを見て、眼前が真っ赤にそまる。これ程の怒りを覚えたのは久しぶりだ。意識しなければ殺気を放ってしまいそうになるのを、一つ大きく深呼吸することで抑える。わざとルークの台詞の後半は聞かぬ振りで答える。もしもルークから口に出してくれるなら幾らでも聞くが、今此方から聞き出そうとするのは余りに無神経というものだ。
「ルーク様・・・そのようなわけには」
「レン、これは命令だ!後、その口調を止めろ。」
「それは、」
「レン!」
「・・・はっ、お慈悲を感謝いたします。・・・ありがとう、ごめんね」
「・・・ああ」
ルークはきっぱりと首を振ってレンの言葉を遮る。命令だと言いながら、不安そうな色を覗かせたルークの声に思わず顔を上げる。それだけで少し安心したように笑顔を見せたルークの表情を見上げて、レンも肩の力を抜いて口調を戻して見せた。肯きながら眉間に皺を寄せてそっぽを向くのはルークの照れた時の癖だ。口では何を言っても態度に感情が素直に表れるところが微笑ましい。
「(それにしても、やってくれる、ヴァン・グランツ・・・!
失敗した、余計な手を打てないようにぎりぎりまで粘らせすぎたか。)」
ルークを不安にさせないように微笑んだまま、内心で己を罵る。例え純粋な事故であろうと、その身を護りきってこその護衛である。にも拘らず、ルークをこんな状況に陥らせておいて許されるわけがない。
だが己に対する罰は、キムラスカに・・いやシュザンヌの元へ戻ってからだ。ルークの優しい気持ちだけを受け取って礼の言葉を返した。そして気を取り直してこれからの予定を組み立てる。
先ずはルークを休ませなければ。罪人は逃げてしまった以上、今の最優先はルークの安全確保と休息である。このタルタロスが何処にあったかは知らないが、アクゼリュスと共に崩落に巻き込まれたというのなら、遥か頭上に見える穴から共に落ちたのだろう。中に残っていただろう乗組員が生きているとは思えない。迂闊に中にルークを入れて、凄惨な情景を見せるわけにはいかない。ナルトが戻ってくるのをじりじりと待つ。
「(ああ、もうシュザンヌ様に合わせる顔がない。こんな事になるなら有無を言わせず始末しておくべきだった!)」
身内には甘いといわれるが、任務で対峙した敵には容赦のないレンが辛らつに吐き捨てる。
この世界に来て日が浅い事など言い訳にならない。これ程の大失態など、元の世界ではしたことなかったのに。
思わず愚痴も混じる。情けないが、その位の弱音くらい吐かないと自分への怒りに暴れてしまいたくなる。
何とか精神を落ち着かせるため、現状を再確認してみることにした。
今回、マルクトとキムラスカというオールドラントを二分する国家間の和平締結のため、選ばれた親善大使であるルーク・フォン・ファブレ様の護衛として雇われたのが、ケセドニアで傭兵をしていたレンとナルトである。
レンとナルトは、本来この世界の住人ではない。別の世界で暮らして、木の葉という忍びの里に属していた人間である。それがなぜオールドラントに存在しているかというと、簡潔に言えば不幸な事故だ。
事故の原因となったのは、ナルトが新しく開発したがっていた口寄せの術の応用で、複数人を一度に遠方の場所へと転移させる時空間系の術である。元々既存の術も扱いが難しい類の術なので下手な人間に協力は頼めず、暗部任務でパートナーも勤めるレンが手伝っていたのだが、組み立てが甘かったのか、別の要因か。突然暴走した術によって目の前が真っ白になり、気がついたらこの世界に存在していたのである。
まあ、来てしまったものは仕方がないし、帰るためにも情報収集その他の準備は必要である。どう楽観しても直ぐに帰れるとは思えなかった為、とりあえず先立つものを得ようと適当な人里で知識を得つつたどり着いたケセドニアという流通都市で傭兵業をはじめたのだ。傭兵という職業が忍の本業にそこそこ似ていたという事もあるし、知った限りでは最も身元を誤魔化しやすく情報を集めやすかった為だ。何時までも戸籍を持たずに居ると後々厄介な事になるだろうと、仕事になれた頃非合法の手段を使って捏造しておいたが。
それでもまだまだ傭兵を始めて一年弱の、はっきり言って身元の怪しいレン達が、親善大使などという雲上人の護衛などという栄誉を賜ったかといえば、純粋な偶然と運の産物である。
ありていに言えば、ルークが軟禁されていた屋敷から不本意に外の世界に連れ出された不幸な事件の後、キムラスカに帰る途中に偶々街道で行き会った、というのが出会いである。その時の事を思い出して、苛立ちが増してしまったレン。折角落ち着くために経過を整理してみたのに逆効果だった。
「(けど、あれは、うん、ありえなかったよね。・・・・軍人って言葉の意味が違うのかと、本気で思ったもん)」
今でもありありと思い出せる。・・・・ちょっとした護衛任務の帰り道、街道を歩いていて行き会った5人組が魔物との戦闘を開始した瞬間展開された情景に感じた衝撃を。
「(正規の軍服来た2人が、なんで私服来た二人を前衛にして呑気に後ろに下がるのよ!?しかも私服来た人間の内一人はどう見ても仕立ての良い衣装纏った上流階級の人間でしょうよ?!キムラスカ王族の特徴失念してて気づかなくても、あんな一目で貴族だと分かる人に戦闘を任せて護られる軍人って、どんな役立たず?!)」
慌てて援護して、聞き出した事情に更に衝撃を受けたレンとナルト。
その場で同行を申し出てルークを護る事にしたのは当然の成り行きだった。
最初は警戒されたが、共に過ごす内に心を開いてくれたルークに詳しい経緯を聞いて、本気でこの世界の軍人に失望した。次いでダアトとマルクトにも。
「(あんの役に立たないくせに無意味に自信満々な死霊使いが和平の使者名乗ってるのもお笑いだけど、・・・公務放棄して外出し続ける導師ってのもどうなの、本当に。どんな事情抱えてても実質やってる事は職務放棄じゃないの?)」
「和平の使者」と名乗りながら、申し込み先の王族のお一人であるルーク様に、あろう事か脅迫なんぞをしやがったらしいジェイドカーティスへの苛立ちにこめかみが引きつった。
封印術とやらで本来の実力が発揮できない、などという理由で非戦闘員の少年に自分の身を護らせるという愚行が許されると本気で考えているらしい「マルクト皇帝の懐刀」・・・マルクトに失望するのに十分すぎる理由である。マルクトの死霊使いは槍術の名手だとも評判だった気がしたが、一度たりともそんな場面を目にしていない。戦闘が始まると当然のような顔で後衛に下がって、TPOも弁えず呑気に譜術の詠唱を始めるからだ。・・・本来後方援護に使うはずの譜術を唱えるための援護を要求するなんて恥知らずが軍人を名乗るな。その程度の戦闘能力しか持ち合わせていない役立たずはさっさと軍服を返上してしまえというのだ。
和平の仲介を引き受けたという導師も導師である。
確かに、勢力が二分して己の方針が受け入れられない導師のもどかしさは分からなくもないが、一勢力の最高権力者が黙って抜け出したままで良いわけがないだろう。本気で和平を望んでいて、仲介役を引き受けたいというのなら、最低限幹部達だけでもその意思を伝えて反対意見を抑える程度の事はするのが義務である。それを投げ出して、意見が通らないからと隠れて行動するなど、権力者としての自覚が欠けるにも程がある。しかもその導師には誘拐された疑いがあり、六神将呼ばれる教団幹部が態々迎えに来たというのに、自ら六神将を撃退して逃げてきたらしい。普通にありえない。たとえ六神将側にどんな思惑があろうと、表向きは誘拐された導師の保護である。誘拐が誤解だというのなら、先ずすべきは逃走ではなく説得或いは説明である。教団本部に直接連絡を入れて誤解を解けば良いだけだ。それさえすれば、六神将が堂々と暴挙を働く大義名分を失くせたのに。
「(それを導師自ら逃げ出すなんて、・・しかも撃退したのが「和平の仲介を依頼」したらしいマルクトの皇帝名代・・・マルクトとダアトで戦争開始するのが本来の姿じゃないかな・・この世界の常識なのかな、これが・・・わー早く木の葉帰りたい。本気で。)」
で、ティア・グランツである。
「(途中からとはいっても、道中の様子をきちんと日付入れて記録した資料付きで報告したのに ・・・シュザンヌ様がいなかったらキムラスカにも見切りつけるしかなかったなーはは、)」
最早思い返すのも苦痛な大犯罪者・・・・あろう事か、彼女はルークの家、つまりはキムラスカのファブレ公爵家を襲撃した末に嫡子を誘拐したという。ティア曰く「人には話せない事情」の為「仕方なく」してしまった事で、ルークを誘拐したのは「不本意な事故」だという。
そんな言い訳で犯罪が許されるならこの世界に刑法や軍人なんて必要ない。大体、ティアが事を起こしたのが一般人の家庭であっても捕らえられて実刑は確実な犯罪行為だ。
彼女は、実の兄であるヴァン・グランツを殺すために、ファブレ公爵家の警備を譜歌で眠らせて侵入して、ヴァンに斬りかかり、間に入ったルークを排除するためにナイフを向けて、その攻撃を防ぐために木刀でナイフを受けたルークとの接触で起きた擬似超振動によってマルクトに飛ばされたというのである。
どこからどうみてもティアが悪くないわけがない。どう贔屓目に見ても庇うのは不可能だ。
まあヴァンが実際にアクゼリュスで暴露していった悪事を踏まえて殺す必要があったと訴えれば、ヴァンへの殺人未遂は情状酌量が認められるかもしれないが、それ以外の行いは一から十まで不必要な犯罪行為だ。なんでヴァンを狙うために全くの第三者の家を狙う。もしも自分の家に招いた客人を殺すために不法侵入されたらどう感じるかという程度の想像も出来ないのだろうか。しかも譜歌を使って警備を眠らせるなどという不特定多数への傷害行為を働いておいて、その家の一人息子であるルークに「関係ない」などと言い放つなんて本気で頭がおかしいとしか思えない。さらにはルークと接触した原因は、ヴァンを庇ったルークにも切りかかったティアの所為だ。本当に「関係ない」と思っているのなら、ティアは無関係の人間に切りかかって殺そうとしたという事だ。・・・もしもルークが本当にティアの言う「傲慢な貴族」だったならその場で首を落とされて、キムラスカに帰還した直後一族郎党処刑されても文句の言い様がない。貴族としてでなくとも、刑法に通じている人間なら一般市民であっても即座に軍部に駆け込んで捕縛を依頼されて然るべき救いようがない大犯罪者だ。
ティアが生きてキムラスカにたどり着けたのは、偏にルークが記憶喪失を患った所為で基本的な生活の知識しか持ち合わせていなかった「世間知らず」で在ったためである。
「(それをああも悪意を持って見下すなんて、恩を仇で返すってこういうことだよね。
・・・あの位の反発程度で見逃すルーク様は、まあ、少し甘すぎるとは思うけど・・・)」
ティアへ取っていたという反抗的な態度は、ある意味当たり前の反応だ。何せ相手は七年間剣術の師匠を努めたヴァンに突然切りかかった初対面の犯罪者である。更には目覚めた最初にあるべき謝罪もなく、「迂闊だった」などと口走る人間にどんな好意を抱けというのか。まるで間に入ったルークが悪いかのような口ぶりだ。事情を聞いても「関係ない」「説明しても分からないとおもう」等と馬鹿にされて優しく接してやる義理が何処に存在したというのか。
「(・・考えれば考えるほど、ティアに対するルーク様の甘さって、典型的なストックホルム症候群って奴じゃないのかな・・・)」
実質的に七年分の記憶しかないという事は精神的には七歳くらいという事だろう。ならばティアのような強引な人間相手に意見を押し通されてしまえばそちらが正しいと思い込むのも無理はない。その七年間も屋敷に軟禁されていて初めてみた外が、他に人間の居ない他国の領土で不安も大きかったろうし・・・その様子を想像するだけで涙が禁じえないくらい痛々しいが。
「(せめて、途中からでも同行できて良かった。・・・本来ルーク様を護るはずの使用人は職務怠慢も甚だしいし!)」
ルークと共に前衛を任されていたもう一人の私服の人間の身元を問えば、なんとファブレに雇われている使用人だという。何の冗談だと本気で問い返したレンとナルトは悪くないだろう。・・・よもやまさか、何を置いても最優先で護るべき己の主を、他国の軍人の盾に使われて呑気に笑っていられる人間が、ファブレ公爵嫡子の御付なのだという。ファブレの質も知れたなーと遠くを見てしまったのは不可抗力だ。
「(しかも、他国の(一応)要人の前で、自分の主を呼び捨て?!他国の要人に対しても敬語なし敬称なし!
本当に、この世界には私達の知ってる常識人は存在しないの?!)」
更には、ティアの襲撃現場に居合わせたというガイが、そのティア相手に友好的に話しかける場面を見て、もう言葉も出なかった。
なんで捕まえないのか聞いたら帰った答が「ティアにも事情があったんだろうし」とはどういう事だ。己の主を殺されかけておいて、襲撃犯の事情を矍鑠してやる使用人。なら事実のみを通報して軍人に捕縛を依頼しようかと考えていると、ガイの言葉に導師も肯くし!
「(導師に擁護された人間を勝手に突き出したりしたら国際問題になるかもと思って見送るしかなかったんだよね・・・)」
ルークに念のため聞いてみたが、その時にはもうティアに多少の情が移っていたらしく、とりあえずバチカルには連れて行くというので、道中傍に寄らせない事とルークを戦闘から切り離す事だけに集中したのだ。少しずつ同行者の行為が非常識な問題行動だらけであることを説明しながらバチカルへの帰路を歩んだ。説明を進めるにつれてルークがショックを受けていたが無理はない。元々親しい人間と、親しくはないがそれなりに付き合いを経た旅の仲間である。だが、ルークの思い違いを放置するほうが問題だろうと想ったのだ。
その最中もなにやら「ルークを甘やかすな」とか「剣を持つものは戦うべきだ」とか喚いていたが、自分もナイフを装備しているくせに、攻撃に参加せず呑気に後衛に甘んじているような人間の指図を受ける義理はない。本職軍人が非戦闘員を護る事は義務だが、非戦闘員が軍人を護る必要など微塵も存在しないのだ。そんな「常識」を全く理解していない「世間知らず」の戯言である。一応軍人の義務含めて説明もしてみたが、全く理解していなかった。ティアにとってルークはあくまで自分の前に出て前衛を努めるべき戦闘要員であるらしい。
「(戦闘技術の持ち合わせがない人間が軍人になろうとするなんて、なんて迷惑な。その能力不足を非戦闘員のルーク様に責任転嫁して八つ当たりとか、軍人以前に人間としてみっともないと思わないのかなー)」
流石にこれ以上信じ難い存在に遭遇する事はないだろうと願っていたレンとナルトの期待むなしく更に不幸は重なった。
導師守護役のアニスだ。なんでもタルタロス襲撃の時、「マルクトの親書」を「護る」為に、導師からはなれて一人先行していたらしい。導師を護るのが本分のはずの守護役が、「マルクトの皇帝名代」の「命令を受けて」である。
「(カイツールで見つけたアニス見て、ある意味納得したけどね。・・・ダアトがどれだけ信用できないか。今更だけど。)」
軍人でありながら、国境を越えるために不可欠の旅券を無くしたけど無条件に通らせるよう要求するなんて。あれが軍人。軍人で、多分上級職のはずの守護役。・・・ありえない。しかも主である導師の安否そっちのけでルーク様に媚を売ろうとする「導師守護役」。そして全く気にしてない導師。
「(で、奇襲かけてきた六神将・・・しかもルーク様に聞いた限りじゃ二回目!どういうことなの!?
その奇襲にまったく動こうともしない「和平の使者」も、主の危機に剣を抜きもしない使用人も、
その襲撃犯を捕らえようともせずルーク様への謝罪もない導師も、叱責の言葉だけで見逃す主席総長も!)」
最初から権力者の自覚がないとは思っていたが、導師の言動は、ちょっと頼りない、で片付けて良い範囲を超えている。職務怠慢はダアトの内部事情だから放置するとして、ルークに直接危害を加えた六神将を抑えることもせず、危害を加えられたルークへの謝罪もないなどと。部下の統制も出来ない人間が、他国の事情に口を出そうなんておこがましいにも程があるだろう。
カイツールというマルクト・キムラスカの国境で殺人未遂を犯した直属の部下を見逃す主席総長ヴァン・グランツも、実行犯の特務師団団長アッシュも、カイツール軍港で襲撃事件を起こしたアッシュと第三師団長アリエッタも!それほど両国に損害を与えた軍人の所属する団体の最高権力者が、和平の仲介。ここは笑うところだろうか。
しかも、ナルトが十八番の螺旋丸をぶちかまして魔物を一網打尽にしなければ、アリエッタの使役する魔物は明らかにルークを狙っていた。直接母の仇とも宣言していた。・・・それでもまだルークへの謝罪が一言もない導師。そんな導師に仲介を頼んだままのマルクト皇帝名代。
そんなありえない非常識の具現者たちとの苦痛に満ちた旅路で、ルークとの会話だけが心の癒しだった。
ルークの言動は確かに王族としては多少自覚が欠けているかとは思ったが、聞けば誘拐されて記憶を全てなくしてから七年しかたっていないという。零になってしまった記憶を取り戻すために、文字の読みか書きから生活に関する知識等を学びなおしたのだと。つまり学力だけを考えれば七歳児相当(最も貴族としての英才教育でもう少し水準は上だろうが)だということだ。ならば、貴族としての在り方などを学ぶのはこれからなのだろう。まだ公務に就いている訳でもないようだし、実務についてから追々身に着ければ良い事だ。実際に導師としての立場に立っていながら全く自覚を持たないイオンより、これからの成長に期待をもてる分遥かにマシである。
実際ルークの姿を見ていると、基本的な能力値は高いほうだと思う。
屋敷では嗜み程度の剣術しか習っていなかった彼が、レン達と出会った時には既に複数の敵を同時に捌いて同行者全員の動きに気を払う余裕すら見せていた。初めての実戦から数ヶ月でそこまで独学で(同行者の言動を見るに、まともな指導などしているわけがない)技術を磨く能力があるのなら、本格的に経験を積めばあっという間にマルクトの死霊使いなど追い越すだろう。思考が柔軟で応用力があるのが勝因だろうか。
何故か隠したがっていたが(後で聞いたら知らないことがあると、その度に同行者に馬鹿にされた為らしい。どこの苛めっ子だ一体。幼児位までだろうそんな嫌がらせが可愛い戯れで済まされるのは。)知識欲が旺盛で、興味を引かれた事についてはとことん知りたがるところがある。出来る限りは説明したがレンもナルトも
まだまだこの世界の知識には疎いため、教えるというよりも一緒に勉強するような形になることが多かった。それが親近感を生んだのか段々と素直に笑ってくれることも増えた。まるで、ナルトとふざけあいながら手合わせをする姿は兄弟のようで微笑ましい限りだ。
「(うん、ルーク様って、凄く幼いよね。素直で元気でちょっと反抗期って、まんま七歳くらいの男の子だなあ。木の葉丸君とかがそんな感じだし、アカデミーの初学年の子とか。)」
態度はぶっきら棒であるが、表情とか視線とかを見ていれば単に素直になれない反抗期の少年そのものである。一々目くじらを立てる方が大人気ない。いつでもルークから離れようとしないチーグルの子どもが無心に慕っているのを見ても、本当に優しい子どもなのだと思う。ミュウの扱いが乱暴なのは手加減の仕方を知らないだけだろう。小さな子どもが、綺麗な昆虫を捕まえようとして傷つけてしまうのと同じ事だ。幸いチーグルは丈夫な
種族だったので、後は少し力加減を覚えれば良いだけである。
「(まあ、見た目が少しかわいそうだったけど・・ミュウは全く気にしてないしなぁ・・・アレは本人達の自由にさせたほうが良いんでしょう。 嫌がってないなら、微笑ましいだけだし。)」
そんな苛立ち9割、唯一の癒し1割の大変な旅路だった。バチカルに到着した時は本気で安堵した。迎えに来ていたジョゼット・セシル将軍らがまともな軍人であった事も安心した理由のひとつである。これなら、ガイのような非常識人はただの迷惑な突然変異なのだと自分を納得させられる。
・・・まさかその場で「見直した」などとルークを見下すティアを咎めもしない導師がTOPのダアトや、自国の勝ち戦を話の種にしてキムラスカを見下す人間を皇帝名代にするマルクトよりはキムラスカの方がマシなんだろうと思うしかなかった。
「(内心を全く表に出さずに職務に望んでたバチカル港の軍人は偉いと思っちゃったよ・・・本来それが軍人のあるべき姿なんだよね。)」
ティアの発言に対する殺気がセシル将軍以下の警備の人たちから漏れたの感じた時は寧ろ安心したのだ。
やっとまともな軍人の存在を知ることが出来て。
本来ならば、そこで別れるはずだったのだが、バチカルに到着した後、是非にと屋敷に誘われたのだ。まさか王族のお屋敷に足を踏み入れるわけには、と固辞しようとしたら悲しげに見つめられて三秒で陥落した。
「(シュザンヌ夫人は優しい方だったし。本当に安心したよ。)」
そこで、ルークとシュザンヌの二人に、お礼を兼ねてと数日間の滞在を勧められたのだ。実際旅に同行してなんとなく弟みたいだな、と思ったルークともう少し話してみたいと思ったのは事実だったのでありがたくお話を頂いたのである。今になって、その判断を自賛する。そのまま帰っていたら、ここに居る事も出来なかった。
やっとバチカルについたと安心していたルークが突然登城を命じられ、シュザンヌ様のお誘いでお茶に同席させて頂きながら待っていた所に届いたのがルークの親善大使任命の報である。驚くなというほうが無理だ。レンもナルトも、道中のマルクト・ダアトの犯した数々の失態を詳しく報告しておいたのだ。俄かとは言え、護衛を努めた人間の義務だから当然だ。それを目にしたらしきシュザンヌ様が、優しい微笑で毒を吐きつつ労いの言葉を下さったのだから、実際に許されざるこういだったはずだろう。
なのに和平。しかも昨日の今日で。
誰であっても裏があると分かる。・・・・まともな常識と最低限の政治知識を持ち合わせていれば。
だがキムラスカ上層部は和平を受けるという。
長年の敵対国であるマルクトとキムラスカの和平である。
確かに渡りに船、という向きもある。重なる戦乱に両国は疲弊しているし、名目だけでも平和の保障が欲しいのだ。だから話に飛びついた、という考えも出来るが・・・・違うのだ。
その理由を、シュザンヌから聞いた時、本気でキムラスカ上層部を残らず暗殺したくなった。
実行しなかったのは、隣で無言のまま立ち上がろうとしたナルトを抑える為に余裕がなかったことと、シュザンヌの神々しいまでの笑みをみたからだ。あれは、・・・色んなものをお腹に抱えた人間が、何やら画策して実行しようとした時に浮かべる類の笑みだった。
「(三代目が時々浮かべる笑い方にそっくりだったよ、うん。ナルトが冷や汗かいて動きとめるって、どんだけ?)」
そこで直々に、ルークの護衛を依頼されたのである。
表側だけの事情から推し量っても、この和平がどれ程重要なのかわかる。同時にその困難さについても懸念された。互いにこの十数年間だけでも大規模から小規模まで死傷者を出す戦闘が繰り返された国家間なのだ。例えマルクトから申し出があったといっても、マルクト国民の末端まで同意しているとは言いがたいだろう。キムラスカ側は言わずもがなだ。そのため、キムラスカが和平受け入れに積極的であることを示し、少しでも民意を味方につけるため、高位継承者であるルークを親善大使に、第一級危険地帯であるアクゼリュスの救援を成功させることでその敵意を少しでも薄めるという目的の元計画された救援隊の派遣だった。
少なくとも、誠心誠意国政に臨んでいる臣民の思惑は、だが。
「(だけど、インゴベルト陛下と、・・モースの思惑は違うんだよね。・・・ファブレ公爵も)」
以前から預言に傾倒して、他国の権力者を事ある毎に重用するインゴベルトやクリムゾンに対し失望を重ねていたシュザンヌが、今回の怪しすぎる和平受け入れと親善大使の指名に堪忍袋の尾を完全に切らしたらしい。あからさまに過ぎるほど手薄なルークの護衛に不安を抱き、ナルトとレンに護衛を依頼したのだ。シュザンヌの本音としては私兵を一部隊つけても足りないと思っていたらしいが、流石に王命で編成された救援隊にねじ込むのは数人が限界だったのだ。そこで、僅かの期間でもルークと直接接する機会があり親交を深めていたレン達にお鉢が回ったという事だろう。同じように同行を申し出たガイが、笑顔のシュザンヌ様の口撃で再起不能にされたのも当然の結果だろう。寧ろその場で首を切られなかった慈悲に感謝するべきだ。
「(最も、あれは多分何か考えがあるんだろうけど。
・・・帰国する頃にはキムラスカの改革も終わってるだろうし。)」
例え病身であっても、王宮内で生を受け降嫁するまでその身を守り抜いた伝手が、容易く消え去るものではあるまい。貴族の奥方というものは、どんな社会の中であっても、見た目ほど美しいばかりの生活を享受できる身分ではないのだ。それはこの世界でも同じなのだろう。自信に満ちたシュザンヌの微笑みを見れば勝算がどの程度か推し量れる。
・・・何よりも、愛する子どもの為に力を尽くす母親ほど、強い生き物など存在しないのだ。
どんな手を使ってもルークの安全を確保して欲しい、といった時の必死な声を思い出す。
「(ルーク様は、良いなあ。あんな風に本気で想ってくれるお母さんがいて)」
詮無いことと想っても少しだけ羨ましかった。シュザンヌの優雅な仕草も威厳に満ちた物腰も損なわれる事はなかったが、それでも護衛を、と口にした時の声は、とても切実だった。美しく微笑みながら、その瞳は怖いくらいに真剣だった。だから、ナルトとレンは依頼をその場で受けたのだ。本当ならば、この世界の深い事情には立ち入る積りはなかった。確かにルークの事は一個人としてとても好ましく想っていたが、それでもそのまま別れてしまうのが正しいあり方だった。それでも、シュザンヌのあの目をみたら、断ろうとは思えなかったのだ。
そしてレンは、此処に居る。
3.マグカップは冷めている
ナルトは不思議に思っていることがある。
ナルトにとって初めての友人である年上の少女の事だ。
二年前の春、ひょんなことから知り合った彼女は、里の外れの古い屋敷に一人で住んでいる。詳しく聞いた事はないが、何やら血族との間に悶着があったらしくほぼ絶縁状態で下忍時代からそこで暮らしていたらしい。まあナルトもヒトの事は言えないが、其々言いにくい事情を抱えた人間など珍しくもない。特に此処は忍の里だ。任務私情関係なく秘密ごとなど沢山あるだろう。だから込み入った事情を根掘り葉掘り聞きだすつもりはなかった。必要になったらきっと自分から話してくれるだろう、と楽観していた事もある。あれ程里人を嫌悪していた自分が、その里人の一人である彼女を信用している事実に驚くが、不快ではない。
そこまで考えて、一人でくすりと笑う。
「ナルト?どうかした?」
その声に気づいたレンが振り返る。手には暖かいココアが入ったマグカップが二つ。ナルトが甘いものが好きだと知ったレンが、友人からの土産だがと誘ってくれたのだ。そんな他愛ない誘いの言葉が何より嬉しいのだとナルトはにこりと笑った。
「なんでもないってば!」
”表”用の子どもっぽい口調で返してみる。レンは、いつも彼女と話す時と違う言葉遣いに少しだけ目を見張って、直ぐに破顔した。面白そうに笑いながらナルトの顔を覗き込む。
「それが、”普段”の喋り方?可愛いね」
「そうかってばよ?」
「うん。変わった口調だけど、自分で考えたの?」
「あはは!内緒だってば」
「そっか。残念」
「へへ」
話しながら手際よく用意される菓子に目を輝かせるナルトに、微笑ましげな視線を向けるレン。動作も殊更幼げにしてみせると更に視線が和らいだ。どうやらレンは小さい子どもが好きらしい。以前見かけたアカデミー勤務中の彼女からそうだろうとは思ったが案の定だ。想像通りの反応にこっそり笑いをかみ殺す。
「ふふ。口調が変わると印象も変わるねー。うん可愛いよ?」
思わず、というように頭を撫でられる。そこまでされて、少しだけ面白くなくなってきたナルト。確かにレンが喜ぶかもと思ってやってみたが、ここまであからさまに嬉しそうにされると、いつもは可愛くないのかよ、と言いたくなる。無意識に口を尖らせてしまう。
「レン姉ちゃんも、こっちの方が好きかってば?」
”表”用の仮面を被ったまま、聞いてみる。言った瞬間、しまったと思ったが、答えは気になったのでレンを見上げて反応を待つ。
「ええ?」
ナルトの突然の質問に本気で驚いたらしいレンが、眼を丸くして此方を見ている。
レンが答えるまでの間を誤魔化すかのようにカップを口に近づける。言ってしまってから、我ながら何言ってんだと自分に突っ込む。まるで、”表”向けの自分に嫉妬してるみたいじゃないか。
「そんなことないよ?いつものナルト君も可愛いよ?」
「っぶ!」
だが返った答と、本気できょとんとした様子のレンの表情に、口に含んだココアを吹いてしまった。
「げっほ、ごほ!」
「ちょ、大丈夫?!やだ、火傷はしてない?あ、タオル!!」
慌ててナルトを水道に引っ張り、蛇口をひねるレン。両手を流水に当てさせ、舌を火傷しただろうと口の中に氷の欠片を放り込まれる。慌てながらも鮮やかな手つきに抵抗の糸口も見出せないナルト。タオルを求めて走り去るレンを制止しようにも咽こんでしまって言葉にならない。必死に喉を宥めながら、顔が赤くなるのが抑えられない。
「はい!タオル!どうしたの、まだ痛い?」
手にタオルを握り締めて戻ってきたレンから隠すように顔を伏せる。
「ごめんね、そんなにココア熱かったかな。ごめんね、」
だが誤解は解いておかねばならない。本気で落ち込むレンを放置しては何処までも後ろ向きに沈みこんでしまう。この二年の付き合いで彼女の性質をほぼ看破しているナルト。数秒前の己の動揺を無理矢理抑えて冷静に言葉をかけた。
「いや、ごめん。ちょっと咽ただけだ。気にするな。お前のせいじゃない」
「でも」
「気、に、す、る、な?」
語調を強めて念押しをする。レンが押されると弱いことも分かっている。こういう場合は無理を通して道理を引っ込ませるのが最善の対処法だ。身内に弱い彼女なら、多少の暴論も通しきってしまえば誤魔化しきれる。
「えと、うん?でもごめ、」
「悪かったな、せっかく淹れてくれたのに」
「や、気にしないで!火傷しなくてよかった」
「ああ、」
最後まで言わせず会話を続ける。そ知らぬ振りで席に戻って残りを飲み始める。レンも吊られるように向かいの椅子に落ち着く。後は他愛ない話題を振ってしまえば話題の摩り替え終了だ。直ぐに忘れるだろう。
「(にしても、いつもの俺も、か、可愛いってなんだよ?!)」
だがナルトの方はココアを吹くなどという失態の原因を忘れられない。表情には出さずに身悶える。我ながらこれほど可愛げとは程遠い子どももいないと思っていたのだが、レンは可愛いと思っていたということだろうか。
別段子ども扱いなどされた事はなく、いつでも彼女はナルトを対等の人間として接してくれる。それが嬉しくて、監視に目を付けられない範囲で足繁く通っていたのだが・・・・
「(なんか、さっきと違う意味で面白くねー)」
胸にうまれたもやもやとしたものを忘れたくて、視線を迷わせる。何か目新しいものはないのかと泳がせた視線に、一つ気になるものが映った。
そういえば、前々から不思議には思っていたのだが。
「なあ、レン」
「なに?」
「あれ、なんでいつも量が多いんだ?」
あれ、と指し示された場所に視線を向けたレンの表情が強張る。しまった、と思ったが口にした言葉は戻せない。撤回するべきか、と迷うナルト。だがレンの言葉の方が早かった。
「ああ、うん。・・・あれね、」
柔らかく細められるレンの眼差しの先には、二つのマグカップ。
先ほど淹れてくれたココアが注がれたままひっそりとシンクの片隅に置かれている。
思い返せば、彼女はいつもお茶や菓子を、二人分にはすこし多い量を用意していた。それも無意識に。いつも淹れ終わってから少しだけ戸惑うようにしてから、二つ新しくカップや皿を取り出してその中に多い分を入れる。そして、ナルトがお代わりを所望するとナルトの分は新しく淹れてくれるのに、自分の分は取り置いた方を持ってくるのだ。最初は単純に分量を間違えたのかと思ったが毎回となると気になる。機会があれば聞いてみようと思ったのだが、聞いてはいけない類の事だったか。
「あれは、うん。今は、・・帰ってこない、かぞく、の分かなぁ」
かぞく、と掠れる様な声で呟いた。その言葉を始めて口にしたかのようなあやふやな口調で、頼りない笑いかたで。それでも視線は酷く愛しげで、大切な宝物を見せる子どものような密やかな誇らしさを湛えていた。同時にとても切なげで、目を伏せたレンの口元が自嘲するような歪みを含んでいたのが気になった。
そして、彼女が二人分を多く用意する癖を見せ始めたのが、本当に最初からではないことも思い出した。その頃に、何かあったのだろうか。
「そうなのか。なら、早く帰ってくるといいな」
だがその全てには触れずに、ナルトは無邪気に笑って見せた。
此処は忍びの里なのだ。レンが家族と呼んだ誰かが帰ってこれない事情など、推測だけなら沢山できる。ならば本人が口にしない以上深入りすべきではない。ただ、レンが、その誰かの帰りを望んでいるのだという事だけは分かった。だから、それだけを口にした。
ナルトの言葉に一つ瞬いたレンが、次の瞬間浮かべた嬉しげな笑みを見て、その顔を見れたなら、それだけで十分だと思った。
視界の端に、湯気の消えて久しい冷たいマグカップが二つ、寂しげに置かれている。
管理:吟
御題配布サイト「age」(管理人吟さま) http://pick.xxxxxxxx.jp/からお借りした
「さるしばい家族の10題」 より、「3:マグカップは冷めている」
*本編前の過去編
*ナルトは出てきません。
*碇レンと二人の幼馴染(うちはイタチと惣流アスカ(♂))でスリーマンセル時代の日常風景
*シリアスほのぼの半々位
*三人とも自分の家に対して辛口です。
*時々木の葉にも辛辣です。
・・・・雨が、降っている。冷たい、雨が。
”過去”の世界で、幼少時お世話になった先生のお家。自慢気な子どもの声。
息子達には優しい奥さんの言葉。自分のいない場所で繰り返される忌々しげな繰言。
一度も振りかえらなかっった父の背中と真夏のホーム。
暗い帰り道、土手の影に見つけた自転車。
捨てられた自転車と、捨てられた自分。
その時も、雨が、降っていた。
一年中夏である日本では珍しく、酷く冷たい雨が。
「(雨、・・・あの時、拾いたかったのは、自転車、じゃなくて)」
夜の交番。暗い外に見えた傘の色を認識した時、自分は最初、何を考えたんだっけ。
「(今更、だなぁ。本当に、今、思い出すことでもないのに。)」
それでも、”あの時”呼ばれたことが嬉しかったのだ。本当に。
無人の改札と、無人の街の向こうに見たのが、怪獣映画さながらの、戦争風景だったとしても。
「(”父さん”と、父上は、違う人なのに、・・・似ているよ。本当に)」
例え、父が望んでいるのが、自分に移る母の面影だけでも構わなかったのだ。
「(少なくとも、今回忍になると決めたのは、自分の意思だもの。)」
・・・・本当に?
「だー!くっそ、んでこんな場所で雨なんか降りやがるか!」
「騒いでも仕方がないだろう。どう頑張っても人里まで間に合わない距離なんだ。」
「わかってるっての!・・・こんな場所じゃ天気が読めてもどうしようもねぇな。・・・なあ、・・おい?」
「へ?」
「どうしたんだよ。いつも以上にボケてるぜ?」
サバイバル訓練を兼ねた比較的遠方へのお使い任務の帰り道、里への近道にと普通の旅人は使用しない森の中で降られた雨に足止めを余儀なくされたレンたちは、目に付いた大木の下で雨宿りをしていた。
下忍班の任務には基本的に教師が同行するのが規則だが、実戦経験をつむという名目で多少の放任が許可されることもある。特にレンもイタチもアスカもその実力は高く評価されている”注目株”だ。次回の中忍試験に向けての修行も兼ねて、近場の任務ならば時々三人だけで請けることが増えた。まあ、完全に三人だけというわけではなく気配を消した教師がきちんと監視に就いた上でだ。幾ら担当教師が上忍であっても、三人はある意味里の最高水準の教育を受けたサラブレッドである。何せ里が誇るうちはの嫡男と、血継ではなくとも旧家として歴史を重ねた家の出だ。上忍相手といえど、気配を察知するくらいは容易い。だから、今も監視中の教師の位置を把握した上で行動している。それに安心して気を抜くという愚を冒すこともないが、任務中の行為の許容範囲を図る目安に丁度良い、と言っていたのはアスカだったか。
今回もそんな任務の帰りだったのだ。若干早く目的地にたどり着いたお陰で早めに里に戻れると思っていた矢先の事だ。多少落胆しても仕方がない事だろう。どう見てもしばらく止みそうにない雨に苛立たしげに舌打ちしたアスカが横で同じように空を見ていたレンに話を振った。だが答がなかった事を怪訝に思ったアスカが、ぼんやりと黙ったままのレンの顔を覗き込む。そこでやっとアスカに話しかけられていたことを認識したレンが間抜けな相槌を洩らした。任務帰りの安心感から気を抜いて、埒もない事をぐるぐると考えていた為彼の言葉を聞き流してしまったようだ。済まさそうに苦笑してアスカを見上げるが、その様子を見たアスカとイタチは眉を顰めた。
「どうした、寒いか?」
「火でも起こすか。どうせこの分じゃ後2刻はやまねぇし。
ここなら問題ねぇだろ。」
「・・・あ、や!ごめん、ちょっと凄い雨だなって思っただけだから!」
無表情ながら穏やかな視線でレンを気遣うイタチと、既に乾いた枝を拾い始めたアスカを見て慌てるレン。幾ら帰路の途中で比較的安全といっても森の中で火など起こすのは躊躇われる。敵に追われるタイプの任務ではなかったが、人里はなれた森の中に潜んでいる状況で居場所を誇示する行動は誉められたものではない。
「平気だろう。この木の大きさなら根の影になって光は漏れにくい。
雨が降って暗いとはいえまだ午前中だ。多少ならば目立たん。」
「ここで風邪ひくのも馬鹿らしいだろ。俺も服湿らしたままは勘弁して欲しいしな」
「えと、・・・・・ごめん。ありがとう」
「べ、別にっ。俺が嫌なだけで、お前の為じゃねぇよ!」
「(素直だな。)」
「(素直じゃないなぁ。)」
逡巡して、此処は素直に二人に甘えるべきかとお礼を言うと、途端に顔を赤らめたアスカが動きを速めて言い捨てる。そのあからさまな照れ隠しを目撃したイタチが微笑ましげに瞳を細めて携帯燃料を取り出す。レンもくすくすと笑いながら焚き火の準備をてつだった。レンとイタチの言葉は正反対で心情は一致した内心の呟きに気づいたのか更に顔を赤くするアスカが何事か言い募ろうとする。が、何を言っても墓穴を掘るだけだと思ったのか結局舌打ちにとどめて火の傍に乱暴に座り込んだ。
「で、何考えてたんだよ?」
「あ、えと、・・や、大したことじゃ、」
「大したことがないなら言えるだろ。」
気を取り直したアスカがレンに問い直す。以前から、この幼馴染が雨を苦手とする事には気づいていたが任務帰りとはいえ、解散してない内に声を賭けるまでぼんやりするなどということは無かった。普段は本気で鈍臭い奴だが公私は分ける。公である任務中に気を抜く瞬間があったというだで十分心配の種である。口調を強めて問いかけるアスカ。案の定否定しようとするレンに、眉を吊り上げて凄む。押しに弱いレンは困ったように視線を泳がせるが、向かいに座ったイタチも気になるのか助け舟は出さない。
「・・・・ホント、大したことじゃないんだけど、」
「だが、気になる事があるのだろう。」
「いいから言えって!」
まだ迷う口ぶりのレンに、イタチとアスカが話を促す。幼馴染二人の心配を含んだ視線に負けたレンが情け無さそうに眉を下げてポツリと話しはじめた。
「・・・届け先の村で、市がたってたでしょ?」
「ああ?まぁ賑やかではあったな。」
「そこで、さ。小間物屋さんが集まってる一角で、
・・・お母さんに、新しい傘、を買ってもらってる子が、いた、の」
「まあ、この時期なら珍しくもねぇだろ。」
相槌を打つアスカに頷くレン。実際目にしたのはもう直ぐ梅雨に差し掛かるこの時期ならば、珍しくもない当たり前の光景だった。
小さな子どもが、新しい傘を買ってもらって、母親に満面の笑みでお礼をいっていた。・・それだけだ。
「そう、だね。」
「・・・で?」
「や、それだけなんだけど。」
怪訝そうに続きを促したアスカに気まずそうに応えるレン。イタチは黙って聞いている。
「はぁ?んな事で、お前があんな気ぃ散らすわけねぇだろ!いいから全部言えっての!」
「あ、と、・・・ふゎあ?!」
言いよどむレンの頭を隣のイタチが突然撫で始めた。遠慮のない力で、髪が絡まるのもお構い無しにぐりぐりと。
「・・・てめ、何してんだ突然!!」
「ちょ、イタチ?!どしたの!」
「レンの頭をなでているんだ。」
レンの要領を得ない話に早くも苛立ち始めていたアスカが、イタチの奇行に怒りの矛先を変えて怒鳴る。レンも目を白黒させて、イタチを見上げる。当のイタチはしれっと答えて、尚も掌を動かし続けた。更に声をあげるアスカの怒りなど全く気にした素振りも見せない。
「見りゃわかんだよ、んな事は!じゃなくて、何でそんな事してんのか聞いてんだ!」
「ふむ。」
「イタチ?」
そこで、また唐突に動きを止める。そして絡まってしまったレンの髪を丁寧に梳き始める。労わるように、ゆっくりと。その優しい仕草に安心したように、レンが肩の力を抜いた。ぎりぎりと睨みつけるアスカを横目に、イタチがぽつりを呟いた。
「・・寂しがってる子どもは、甘えさせてやるものなのだろう?」
「は、」
「え、」
何を当然の事を、とでも続きそうな口調でイタチが落とした爆弾発言に、レンとアスカが固まる。一瞬の間を置いて、顔を真っ赤に染め上げた二人。立ち上がってイタチの胸倉を掴みかからんばかりの剣幕のアスカと、慌てて身を乗り出したレンが反論する。
「だ、な、・・てっめ、何恥ずかしいこと言ってんだ!」
「子どもって、私のこと?!」
レンとアスカに同時に詰め寄られたイタチが、更に首をかしげて答える。何故反論されるのか分からない、と雰囲気が言っている。
「レンが言った事だろう。前に、子守任務で。」
「え、と。いや、言ったけども!」
「ありゃ、ちっさい餓鬼の話だろ!こいつは俺らと同じ年だぞ!確かにあの時の餓鬼のほうがしっかりしてたが!」
「ちょ、アスカも酷いから!あの子ってまだ5歳よ?!私もう9歳!」
「大して変わらん上に、お前が餓鬼なのは事実だろうが。」
「アスカも同い年でしょ?!」
「お前と一緒にすんな。このアスカ様が餓鬼なわけねぇだろ。」
「なにその自信?!」
イタチの発言に反論するアスカ。更にアスカの発言で五歳児よりも子どもだと断言されてレンが食ってかかるが鼻先であしらう。売り言葉に買い言葉で言い合いを始めた二人の様子を眺めながら続きを口にするイタチ。
「だが、寂しかったんだろう?お前は、その仲の良い親子を見て」
「・・・・!」
その、言葉に、レンが絶句する。
・・・図星、だったのだろう。イタチに言われて、初めて気づいたかのように唖然とするレンが段々と顔を俯ける。そのレンの表情で、イタチの言葉が核心であると悟るアスカ。複雑な表情で口を噤んでレンを見下ろした。
アスカ自身も、両親には思うところがあって、”仲の良い親子関係”などとはほぼ無縁だった。そこから考えれば、レンが何を考えてぼんやりしていたのか、推測できるきもした。勿論本当にあっているかは分からないが、瑣末事だと斬り捨てて良い内容ではないだろうと思う。だがレンは違ったようだ。段々と恥ずかしさが込み上げたのか顔を伏せたまま耳を赤く染めるレンが、漸う口を開いた。
「なんで、分かるの。」
「お前は、分かりやすい。むしろ何で気づかないと思うかの方がわからんが」
淡々と語るイタチを一瞬睨み上げてから、レンは深々と溜息を吐いた。
「ごめん。情けないね、この位で気を散らすなんて。」
本気で申し訳無さそうにイタチとアスカに謝罪するレンの表情に、黙っていたアスカが再び怒鳴る。
「お前は!そこで謝るんじゃねえよ!」
「だって、任務中に、」
「だが、俺もアスカも謝られることはされていない」
本気で怒っているアスカに言葉を重ねるレンを宥めるようにイタチが重ねて言った。諭すように続ける。
「謝ってくれるのなら、気を散らした事ではなく、悩みを素直に打ち明けなかった事のほうにしてもらいたいな。」
「お前が言ったんだろ!俺達は三人でスリーマンセルの仲間だろうが!協力できる事は協力しあって、支えあえる事は三人で支えあおうって言ったんだろ! そのお前が、勝手に一人でうじうじして自己完結してんじゃねー!気がかりがあるなら言えってんだよ!」
荒々しく言い切ったアスカと、重々しく頷いて同意を示すイタチに、視線を往復させてぽかんとするレン。その表情に驚愕が張り付いている事に気づいた二人がそれぞれ眉を顰めて、同時に動いた。
「って、いひゃいいひゃいいひゃい!」
そして両側から、レンのほっぺたを引っ張り始める。手加減はしているが、容赦なく、むに、っと。
途端悲鳴を上げるレンが必死に両手で抵抗するが巧みな力加減に中々外せない。とうとう涙目になったレンをみたイタチの合図で、舌打ちしつつも手を離すアスカ。赤みは残らない程度とはいえ忍として鍛えた少年二人の攻撃である。痛みの残る頬を擦って涙目で睨むレン。
「~~~~!酷くない?!手加減してよ!」
「してやったろうが」
「加減はしたぞ?」
同時に返った答えはにべもない。
「お前が下らないことをぐちぐち気にするからだろうが!どうせ内罰思考で袋小路に嵌るだけだろ! だったら素直に吐きやがれ。」
「一人で思い悩むより、何でもいいから口にして見れば良い。
誰かに話してしまえうだけで解決することは意外と多いぞ?」
アスカとイタチが其々に言った。轟然と腕を組んで見下ろすアスカの自信に満ちた表情と、淡々と話すイタチの穏やかな表情に先ほどとは違う意味で赤くなった頬を隠すレン。蚊の鳴くような声で、ぼそぼそと答えた。
「・・・・ありがとう。」
そのレンに、殊更大きな溜息を吐いてみせるアスカが乱暴に座りなおし、素っ気無く頷いたイタチが焚き火を掻き回す。
「ったく、だから馬鹿レンだっつーんだよ。今更な事言わせやがって」
「お前は一人ではない。俺達がいるだろう」
レンに視線を向けずに呟かれた言葉をかみ締めて、赤いままの顔を伏せて膝を抱えた。
焚き火だけではない暖かさに、いつの間にか雨音が気にならなくなっていた事に気づく。
まだ雨は苦手だけれど、先ほどまで頭を占めていた事は消えていた。
「(大丈夫。大丈夫。今度は、間違えない。きちんと考えて、選ぶ。・・選べる。)
ありがとう。」
雨が、そろそろ止み始める。
三人で、里に帰らなければ。
明日は、きっと良く晴れるだろう。
大丈夫だと、無邪気に信じたがっていた、子ども時代の初夏。
+++++++++++
お題配布サイト「age」(管理者吟様)
http://pick.xxxxxxxx.jp/ より
「さるしばい家族の10題」 1:傘が欲しい
*『物語前夜』(惣流アスカ)→(うちはイタチ)→で続いた三部目
*本編前の過去編
*レンと二人の幼馴染
*第一夜に少しだけリンクするレンの過去話
*レン以外のエヴァキャラが性別逆転して登場します。
「・・・・イタチ、が?」
最初、なんの冗談だと笑おうとした。呆然と見上げたレンを見下ろす青い瞳が縋るような色を浮かべていなかったら、笑って軽口を返せたはずだ。
「一族を皆殺しにして、里をぬけた。・・・お前は、何も知らなかったんだな?」
いつものアスカからはかけ離れた淡々とした口調は、全てを隠そうとして、反ってその内心を浮き彫りにしていた。
自分は、どんな、顔をしていたんだろう?
「しら、ない。」
「そうか。」
緩慢に持ち上げられたアスカの掌が、綺麗な朱金の髪を掻き揚げる。日の光に照らされてきらきらと輝く絹糸のような髪が、視界の端で踊る。
「多分、俺達も取調べに呼ばれる。」
「そう、だね」
最初に合わさったきり、逸らされたままのアスカの視線の先をレンも追う。自宅の縁側から見える木々の隙間に、鳥が何かを啄ばむのが見えた。指先が冷たくて、両手を合わせる。隣に座り込んで表情を動かさないアスカは、どうだろうと考えて、腕を持ち上げかける。
「・・・俺も、知らなかった。」
ポツリと落とされた声が、場違いなほどに明るかった。空っぽで、冷たい口調で、表情も動かないまま、声音だけが不自然にいつもどおりのアスカの声だった。首が下がって、長い髪が表情を隠す。タイミングを逃した掌を伸ばすことが出来ないまま、レンもいつもの声を保って相槌を打つ。
「そう。」
触れ損ねた掌を、自分は無理矢理にでも握り締めるべきだったのだと、思い返す。
少し前に知り合った小さな男の子が、暗い闇の中でも眩しい金糸を靡かせて目の前に降り立った時、自分はどんな表情を晒していたんだろう。
この子の前で、あまり情けない顔を見せたくは無かった。
どんな理不尽を押し付けられても、強い眼差しを翳らせる事無く前を見据え続けるこの子には、少しでも強い自分を見て欲しいのだ。
けれど。
「・・・私は、また、間違ったんだね。」
あどけない顔で眠るナルトが、布団に寝かしつけた時にいつの間にか握り締めたままの自分の手を見て眉尻を下げて哂った。
火影様に頼んだ修業の成果が実って、秘密裏に暗部に配属が決まったのだと嬉しそうに教えてくれた子ども。
ならお祝いに、とあり合せの材料で申し訳なかったけれど、できる限りのご馳走を作ったら満面の笑みで喜んでくれた。無邪気に笑ってくれるから、つられたレンも一緒にはしゃいでしまった。作った料理を食べて、お腹が一杯になったのか目を擦るのに気づいて送るべきかと迷っているうちに眠ってしまった。心配をかけてはいけないと式神に手紙を預けて布団に運んだナルトの手を布団に入れようとした時に、温もりに擦り寄るように腕を掴まれた。自分よりずっと小さいのに暗部になるだけあって力が強くて転がってしまった自分に抱きつくように寝返りを打つナルトを起こす気にもならずにそのまま横で添い寝する体制で、闇の中に置き去りにして逃げてしまった幼馴染を想った。
「ごめん、アスカ。」
イタチの起こした不祥事は、前代未聞の醜聞として口外禁止が言い渡されている。それでも隠しきれるような事件ではないからほぼ里中が知っている。レンとアスカが、イタチの幼馴染で仲の良い友人として交流を持っていた事も。だから、何か知っていたのではと疑われて取調べを受けるのは最初から分かっていた事だ。事件の内容が内容だから多少厳しい尋問を受けても仕方ない。アスカもそれは大して気にしていなかった。
イタチが、何を思って一族を滅ぼしたのか。本当にイタチがやったのか。
手を下したのがイタチであっても、イタチが考え抜いたのなら、それはイタチにとっては譲れない事だったんだろうとか。
考える事は、幾らでもあった。アスカにとってもレンにとっても、イタチとうちは一族ならば、イタチのほうが大切だった。だから、薄情な様でも、うちは滅亡の事実はどうでも良かったのだ。知りたかったのは、考えたかったのはイタチの事だけだった。イタチも、アスカとレンを少なからず想ってくれていたのだと、今でも信じている。お互いが、特別な位置にお互いを置いていた。・・・三人で交わした約束は、今でも守られたままだ。ならば、イタチの行為は、自分たちにとっては裏切りにはなりえない。イタチは確かに里を裏切ったのかもしれなくても、レンを、アスカを、裏切ったわけではない。たとえ立場が敵対者に変わったとしても、それは裏切りではないのだ。それを今でも、信じているのだ。
そう、信じている。
それは、今生で忍になると決めた時に己に課した誓いでもあった。
けれど。
目頭が熱くなって自由なままの掌で覆う。
アスカが何に怒っているのか、分かっていた。
レンに対して問うていたが、あれはアスカの思っていたことでもあったはずだ。
イタチは、いつか行ってしまう、と。
昔は、何も無くても互いの家を行き来していたのに。任務帰りに薬の補充ついでに泊まっていく事も珍しくなかったのに。その為の着替えや私物が置いてあった筈の客間は其々の私室同様だったのに。
「何時の間に、何にもなくなっちゃってたのかな・・・」
いつからか、掃除のたびに、衣服の虫干しの度に、触れる機会の少なくなった二人分の着替え。客間に置いてあった筈のイタチの物が減って、薬の補充に寄ってもまた次の任務や一族に関する実務があると帰ってしまう事が続いて。中忍と暗部なのだから仕方ないと想いつつ、任務の時間のずれから顔を合わせる事も無くなって。
まるで、関係を断ち切ろうとしているみたいだと、思った。
「最初は、恋人でも出来たから誤解を招きたくないんじゃないか、なんてアスカと笑ってたのに」
たまにしか会えなくても、昔みたいに優しい瞳で話しかけてくれるのが嬉しかった。
けど、別れる瞬間に、酷く暗い目をしていなかったか。
表情を変えることがないといっても、もっと柔らかな雰囲気だったはずじゃないのか。
・・気づくべきだったんじゃないか?あれはイタチの精一杯の信号ではなかったか。
問い詰めておくべきだったんじゃないか。否定されても肯定されても、自分から、もっと。
「ごめん」
「う、ん」
はっとして見下ろす。寝返りを打ったナルトの表情を確かめて、起きていないことを確認する。つい考えに没頭してしまったが、煩かっただろうか。だが、心音や呼吸音に耳を澄ませても乱れはない。熟睡している事を確認して、寝返りの拍子に緩んだ掌から自分の手を外して部屋を出た。
そっと廊下を戻りながら、空の掌を緩く握り締める。
無邪気に笑ってくれるナルトの温もりが暖めてくれたのは、手だけではなくて。
「・・・あんな風に言わせちゃうつもりはなかった、なんて、言い訳だよね。」
レンを詰りながら、傷ついた瞳で、アスカが訴えたかったのは。
「無理にでも、手を繋げば良かった、ね」
レンを感情のままに罵りながら、頑なに身体の両脇から動かなかったアスカの腕を、掴めばよかったのだ。
ナルトが、無邪気に笑って抱きついてくれた時に、泣きそうになってしまったのは。
眠った時に無意識にでも手を掴まれた時の温もりに、強張った体が安堵したのは。
「・・・触れておけば、よかった、ね。」
イタチの悩みにも。アスカの慟哭にも。
もっと、まっすぐぶつかるべきだったのだ。
「ごめん、ね。・・・・・逃げないって、決めたはず、なのに、なぁ」
約束は、守られたままだ。
けれど、なのに、それだけに縋った己の弱さが招いた”今”が、
ナルトが、触れてくれていた掌が、熱かった。
その熱が、身体の奥で凍ったものを溶かしてくれる様だった。
ゆるゆるとこみ上げるものを、抑える気にはならなかった。
「ごめん、ね」
約束は、自分の支えだった。それが無ければ、今まで生きる事を選べなかった。
支えだった。けれど、それに縋るしかしなかった己が、ただ、情けなくて悔しくて憎くて。
約束は、守られている。なのに、自分は。
眦が震える。目頭が熱くて、米神が傷んだ。
視界が歪んで、唇が戦慄いた。それでも声をあげる事だけは堪えた。
ナルトの温もりが溶かしてくれたものが、己の痛みを和らげる。
同時に、何処までも自分しか護れない弱さがさらけ出される。
声を、あげない事だけが、最後の意地だった。
涼やかな夜の風に誘われるように庭に降りる。
もう二度と、”彼ら”が踏む事のないだろう、”いつもの”出入り口を通って、ゆっくりと。
ナルトを起こさないように、声は出さずに。気配もなるべく殺して。
庭の隅。いつもイタチが家を訪ねるときに、レンの許可を待っていた場所に蹲って。
”彼ら”に伸ばす勇気のもてなかった情けない掌をきつくきつく握り締めて
空の掌を暖めてくれた熱の名残を逃さぬように、胸に抱いて
静かに、泣いた。
*『物語前夜』(惣流アスカ)→から続いてる二部目→(碇レン)に続きます。
*本編前の過去編
*レンと二人の幼馴染
*第一夜に少しだけリンクするレンの過去話
*レン以外のエヴァキャラが性別逆転して登場します
幼馴染二人へのイタチの想い
ふ、と目が覚める。
辺りは既に暗い。薬の調合法の書付を整理しているうちに寝入ってしまったようだ。少しだけ開かれた木戸の隙間から見える月の位置から計るに夜の11時くらいか。夕焼けに赤く染まった空の色をふと見上げた記憶から途切れている事を考えると、少なく見積もっても5・6時間は眠っていたらしい。ここ一週間で合算の睡眠時間が10時間弱だったと言う事を差し引いても寝すぎである。幾ら正式な戦忍ではないからといっても情けない位の己の体力の無さを実感して軽く落ち込む。
「あぁ、もう!!
だからひ弱だとか、軟弱だとか馬鹿にされるのかなぁ。はぁ。
・・・まぁいいか。一回寝ちゃったんだから、少し食事とかして頭切り替えようかな」
深い溜息を溢しながら少しだけ愚痴を言って気分を変えようと勢いよく立ち上がる。柔らかな月の光に気持ちよさ気に目を細めつつ手早く書類や筆記具を片付け、書庫を出るため戸に手をかけた。
その時、静かな夜の空気が幽かに揺れた。獣ではない。巧妙に隠されてはいるが、誰か人間の気配だ。この屋敷が建つ土地は里の外れで、数年前から疎遠となった親戚連中を含めても用がある者等片手に満たない場所だ。しかも時間が時間であるから、普段であるなら誰か他人の気配など感じる筈もない。けれど、少女はちらりとも視線を向けることなくそのまま書庫を後にする。誰が訪ねて来たにしろ、急を要するなら気配を消して忍んできたりせず正面から入って来ればいいことだ。ならばどうせまた分家の人間が嫌がらせを兼ねた監視でも寄こしたのだろうと無視を決め込む。例え大事な用事であっても、自ら出迎える気にはならず、お茶でもいれようと台所に向かう。
と、途中で足を止めて振り返る。空気に混じる血臭に気付いたからだ。
同時に訪問者が誰かを悟り顔を顰めて方向をかえる。恐らく仕事の帰りで自分のか敵のかは知らないが、少し離れても匂いが届く程度には血で汚れているのだろう。そのまま家に入ればいいものを、室内を汚すのを躊躇って律儀に外で待つ彼の姿を思い起こして溜息を吐く。
普段は冷徹と言われるほど他者の存在など視界に入っていないかのような態度で気ままに振舞っているというのに、身内にカウントした相手に対しては変な気遣いを発揮する。その癖時間など気にせず訪ねてくるからわけがわからない。本人にとっては明確な基準があって行動しているのだろうが、そういうちぐはぐさが周囲の言うところの近寄りがたさを演出しているのだろうか。最もレンにとってはアカデミー入学前から付き合いのある幼馴染と言える相手だ。同僚や里人が彼について何と言っているかは知っているが、彼女に言わせれば只単に周囲に合わせたりするのが面倒で、態とぞんざいに振舞っているようにしかみえない。感情の機微が分かり難い性質であることも手伝って無意味に威圧感を与えるのは事実だが、一度理解してしまえばそれ程付き合いにくい相手ではないと思う。
(確かにとっつきにくいけど、そんなに怖がる必要もないと思うんだけどなぁ?
まぁ、本人が気にしてないんだから別にいいけどね。
・・・まったく。何回言っても聞かないんだから。今更遠慮も何もないと思うけど。)
「おかえりなさい。・・汚れてても気にしないでいいから、早く入って。
その血は自分の?敵の?
自分のなら何処を怪我したのか正直に言いなさい。・・・・イタチ。」
言うと同時に、庭先に漆黒の影が降り立つ。
黒い髪を後ろで束ね感情を何処かに置き忘れたかのような鉄面皮。レンと同じ年の筈なのに、どこか老成した空気を纏った少年が、一目で任務帰りだと知れる姿で立っている。一見しただけでは何処も汚れていないように見えるが、更に強くなった血臭を感じて言葉が少しきつくなる。だがイタチは動じることなく静かな仕草で否定して縁側から室内に上がりこむ。
(動きに淀みはなし。
血の臭いはするけど、多量、ではない位。・・返り血、かな)
視線だけでざっと確認して、イタチに向き合う。
真っ直ぐ見据えるレンに視線を合わせたイタチは、口元を隠していた布を下げると少しだけ笑ったようだった。
縁側に上がりながらイタチは苦笑する。
怪我の有無を確認するように体を見渡す少女の視線に目を合わせて口を開いた。
「怪我はない。少し梃子摺って返り血を浴びてしまっただけだ。
・・・すまないな、今回の任務で薬を使い切ってしまったんだ。
同じものを用意してもらえるか?」
「了解。丁度新しいものも補充して整理し終わったところだから。
いつものと同じ量でいいの?
(・・珍しい。そんなに大変な任務だったのかな? 何時もより疲れてるみたいだし。)」
抑揚なく淡々と話すイタチの静かな表情に、レンは少しだけ心配を滲ませた声で返す。だがイタチが口にしないことを無理に聞き出すようなことはせず、レンはにっこりと笑いながらもう一度最初の言葉を繰り返した。
「それより、おかえりって言ったんだけど?・・・返事は、イタチ?」
「・・・ただいま、レン。」
妙に迫力のある笑顔のレンに、呟くように言葉を返すイタチ。変わらない表情の中で、硬質な赤みを帯びた漆黒が僅かに和む。彼が、小言を聞き流すでも無視するでもなく拝聴して大人しく従うなど、一族や同僚の人間がみたら目を疑って自失するだろう程珍しい光景である。実力や忍としての才能には恵まれたが、人間性には多大な問題が山積していると評されるうちはイタチが、そんな風に接する相手などわずか数人しか居ない。その内の一人であるレンに対しては、イタチも素直に振舞う。どう繕った所でお互い無駄な事を良く知っているからだ。
「はい、おかえりなさい。今日もお疲れ様。
じゃあ救急キットを貸してくれる?補充するから。その間、お風呂入って着替える?
帰るのが面倒ならそのまま泊まっても良いし。寝間はいつもの客間ね。
お腹空いてるならすぐ夜食も用意するけどどうする?」
「ああ、そうだな、」
「どしたの?何かおかしい事言った?」
矢継ぎ早に問いかけるレンに、イタチの口元も綻んだ。
滅多に表情を変えないイタチの苦笑が珍しかったらしいレンが、言葉を止めて見上げてくる
「いや?お前は変わらないな、と思っただけだ。」
「は?」
そのあどけない表情に気が抜けて、今更疲労が蓄積された体が重く感じた。
アカデミー時代から変わらない少し幼げなレンの笑顔を見ていると、気を張る方がばかばかしくなるのだ。
そしてその笑みに、初対面の時怯えたように目を逸らした少女が、修行中の傷を放置して情けなくも発熱した事に気づいた時の怒りの表情を思い出す。自分のほうが怪我をした様な顔で怒りながらイタチの傷を治療して、ぶつぶつと小言を言ってイタチを無理矢理救護室に引っ張り込んだ。手際よく寝かしつける優しい掌に気を抜いて半日寝込んだイタチが目覚めた時に、傍で覗き込んでいた紅味を帯びた漆黒の瞳に驚いた。気がついたイタチに体温計を押し付けて熱を測り、平熱になっていた事を確認した時に浮かべられた満面の笑みが、ただイタチの回復に対する安堵だけだったことに、どれ程衝撃を受けたのか、レンは知らないのだ。
・・・レンがイタチに向ける視線に、”うちはの嫡子”も”うちはの天才児”も映らない事が、どれ程イタチに安らぎを与えたのか全く気づかず、変わらない笑顔で笑う。
本当に、こんな風に手放しがたい存在を作るつもりなど無かったのに。
レンの気遣いをありがたく受け取りながら、自嘲を隠して返事を返すイタチ。
「気にするな。・・では、お言葉に甘えよう。食事は要らない。ありがとう。」
「うん?あ、じゃあお風呂温めてくるね。
着替えは客間の箪笥に入ってるから。」
「ああ」
ぱたぱたと駆けて行く背中を見送って、客間に向かうイタチ。アカデミー時代は無かったが、下忍として任務に就く様になってから終了が遅くなった時など自宅に戻るのが面倒でそのまま互いの家に泊まりあうのが日常だった。だからうちはの家にも惣流の家にも着替えやその他の私物が置いてある。だが矢張り家人の要るうちはよりも、一人暮らしをしているレンや本宅ではなく離れやに自室を持つアスカの所に泊まるほうが圧倒的に多かった。
「・・・しかし、そろそろ不味いだろうか」
勝手知ったる、とばかりに殆どイタチの自室扱いになっている客間に入りながらぽつりと呟く。
特に己の血族に思うところがあり自宅すら敵地に近い感覚を持ってしまうイタチにとって、本当に気を抜けるのはレンの家とアスカの部屋だけなのだ。だからレンの好意に甘えて今でも頻繁に通ってしまっているが、幾ら幼馴染でも相手は女だ。自分にその気が無くても周囲はそう考えない。実際、アスカが最近レンの家に泊まるのを回避するようになったのは、それを意識し始めたからだろう。ならば、自分も遠慮するべきだったか、と思い立ったのだ。同時にこんな風に何気なく他人の恋路を心配して見せる自分に気づいて可笑しく思った。父や母に、今の内心を吐露したならば、きっと正気を疑って医師でも呼ばれかねないと思うほど、普段周囲に見せている自分とはかけ離れている事がとても可笑しかった。そんな己が、嫌いではないことが、何よりも可笑しいと、表情に出さずにイタチは笑った。
こうやって無表情を保つイタチに、もっと顔の筋肉を動かせと詰め寄ってきたもう一人の幼馴染の強気な笑顔を思い浮かべる。始めて会った時に忌々しげに睨んできた少年が、レンに仄かな想いを抱いている事を知っている。そんな他人の機微を気にする自分の変化に気づくたびに新鮮に思う。そんな”人間らしい”感情が備わっていたなんて、己を含めて両親すら考えもしなかったのに。
気づかせたのは二人の幼馴染で、下忍班の班員で、今では掛替えのない友人だなどと、最初は想像もしていなかったのだ。アカデミー時代、事ある毎に煩く関わろうとするアスカを忌避していた。スリーマンセルを組んでからも、多少は交流は持ったがそれでもあくまでただの班員でしかなかったのに。変わったのは、いつだろうと考える。
切欠は思い出せない。けれど、イタチを睨むアスカの視線が、酷く真っ直ぐだったから。アスカが負かそうとするのが、”うちはの嫡男”ではなく、アスカと対等の実力を持った”気に入らない同級生”でしかなかったから。
・・・アスカに見据えられるのが、嫌いではない自分に気づいた、その時が多分変化の瞬間だったのだ。
最近のイタチの楽しみが、アスカの一喜一憂する姿を見る事だなんて本人は知らないに違いない。素直になれずにからかいが過ぎてレンを怒らせるては後で肩を落とすアスカの姿は見ていて微笑ましいものだった。ついそんなアスカをまじまじと眺めては、八つ当たり気味に突っかかるアスカを宥めるのが実は楽しいのだなんて、
考えもしていないだろう。アスカとイタチがそうやって小さな諍いを起こすのを見て、喧嘩をするなとレンが怒る姿に、感じているのが二人と一緒に居る自分への安堵だなどと。
「不思議なものだ。」
「なにが?」
「っ、・・レン、か。」
突然背後から問いかけられて、本当に珍しいことにイタチが声を詰まらせた。
振り返る時には元の無表情に戻っていたが、当然気づいていたレンが目を丸くして見上げていた。その手にはタオルが抱えられている。
「ほんとにどうしたの。そんなに疲れた?」
「あ、ああ、そうだな。
・・・・いや、なんでもない。悪いな、では風呂を借りる。」
「ふぅん?じゃあ、お風呂入ったらそのまま寝てていいからね。救急キットは朝ごはんと一緒に置いておくから。
あ、朝早いの?」
「午前中は非番だ。」
「そ、なら私が仕事行く時間に合わせても良いよね。
起こさないからゆっくり寝てけば?」
どこか歯切れの悪いイタチの口調に、心配が不安に切り替わったらしいレンが、何気ない口調ながら休息を勧めてくる。余程疲れているのだと判断したらしい。イタチは少しだけ逡巡したが誤解をそのままに好意だけをありがたく頂戴する事にした。
「・・・そうするか。」
「うん、おやすみイタチ。」
「ああ、おやすみ。レン」
大人しく返事を返したイタチに一先ず安堵した様子でレンが調合室に向かう。これから頼んだ薬の用意をするのだろう。先ほどまで考えていた事の結論を先延ばしにする。・・・直ぐに結論を出せない事が、既に答だな、と笑いながらイタチは浴室に向かう。きっと、明日共に任務に就くことになっているアスカには不機嫌に睨まれて、詰め所で少しの小競り合いになるのだろう。それが後でレンの耳に入って二人揃って人前で騒がないようにとお小言を貰って、そのまま一緒に夕飯でも食べて。アスカが翌日の弁当でも強請って、了承したレンがまた三人で修行でもしようと言い出して、他愛ない話に興じて夜を明かす。
そんな心地の良い平穏に、もう少し浸かっていたいと思ってしまった。
この里で、うちはの嫡男として産まれた意味を思えば、きっとこれは許されない甘えなのだと、自覚しながら。
・・・・あの時の、自分の答を、今でも後悔できないことは、間違いだろうか、と考える。
明るすぎる月の光が照らし出す、里の闇の残骸を見下ろした。
立ち込める血臭。水滴の滴る音は全てが”里で最も尊い”と自称していた妄執の塊だろう。
深い夜の中で、それはただ黒い水にしか見えずに哂う。
倒れ付す影達に心を動かすほどの愛着をもてない事が、己の冷徹さを浮き彫りにする。
死に絶えた血族たちに、嫌悪しか抱けない事にも、何も思えないのだ。
なんて、薄情な。
けれど。
かたり、と背後で小さな気配が動く。
少しだけ口角を歪めて月光が作った影を見やる。
振り返った自分は、どれ程に冷酷な表情を浮かべられただろうか。
「愚かなる弟よ、----」
こんな茶番に、知らぬ内に巻き込んでしまうだろう、二つの特別を想った。
自分の人間としての心を、あの二人だけが、光に照らしてくれた。
この記憶だけがあれば、この身が泥濘に沈んでしまっても、”イタチ”という魂だけは残るだろう。
「十分だ。」
一度だけ、里を振り返り、そのまま闇に紛れる。
弟が、この命を奪いに来るのは、あと何年後だろうと考えて。
残されたのは、涼やかな夜の風だけ。
闇の中の惨劇を知らず、里の夜は更ける。
「・・・・イタチ?」
かさり、とゆれた気がした木立にレンは怪訝な声をかける。
けれど、そこには何の気配もなく、多分風が木の葉を揺らしたんだろうと室内に戻る。
何でイタチだと思ったのか疑問に思いつつ、連動してそろそろイタチに渡した救急キットの中身がなくなる頃だと思いついたから、その所為かと頷いた。思い出したなら今のうちに新しい物を用意しておこうかなと考えながら障子を閉めた。
何も変わらない、いつもと同じ夜だった。
少し月が明るくて、任務に出たアスカは大丈夫かと、思考に過ぎらせて普通に眠った。
何も、知らなかった。
変わらない明日が来ることを、疑ってもいなかったのだ。
そんな、夜だった。
*『物語前夜』一部目 →(うちはイタチ)→(碇レン)に続きます
*本編前の過去編
*レンと二人の幼馴染
*第一夜に少しだけリンクするレンの過去話
*レン以外のエヴァキャラが性別逆転して登場します
「・・・・・お前は、知ってたのか。」
無言で歩いていたアスカが、ポツリと呟いた。
自分には似つかわしくない、抑揚のない声音で。まるでイタチの口調が移ったようだと考えて、酷く胸が軋んだ。隣で揺れた気配に、レンも同じ事を考えたのだと知れる。直接レンの表情を確かめる事はせず、視線は遠く薄く曇った夜空に投げてレンに訊ねる。だが、レンの応えを待たずに言葉を続けた。
「知って、いたんだな。・・・・イタチが、行ってしまうこと」
沈む感情のままに目線を足元に落としていたレンが、ゆるりと瞬いてアスカに顔を向けた。
その口元に、いつでも湛えられていた優しい微笑みはなかった。ただ笑おうとして失敗した様に微かに歪んだ唇が、吐息の様に言葉を吐いた。
「そう、かな。・・・・そうかも。そうだね。
・・・・多分、イタチはいつか、一人で行っちゃうんじゃないかと、思ってたよ。」
確信のもてないあやふやな口調で呟いて、そこで初めて気づいたようにレンが更に言葉を続けた。音にしてしまってから、納得するように肯いて、唇がゆっくりと笑みを象る。先程よりもマシだったが、それでもいつもの表情には程遠い、寂しさと痛みを誤魔化すような苦い笑みだった。
「きっと、誰にも何にも言わずに、一人だけで全部決めて、
・・・・手が届かないトコまで、行っちゃうんじゃないかと、思ってた。」
言いながら、手のひらを空に翳すレンが、虚空を緩く握り締める。
「・・・私じゃ、・・私達じゃ、届かないところに、・・・いつか、行っちゃうんじゃないかと、」
力なく落とされた拳が、白い軌跡になって、アスカの視界に焼きつく。月も星も見えない暗い闇の中で、レンの腕の白さだけが鮮やかだった。黒髪に隠された目元が、見えない事だけが救いだった。
いつでも優しくアスカを、イタチを、見守っていた深紅の瞳が濡れていたら、決定的な何かが壊れてしまう気がした。だから、暗い色調のなかで、唯一外気に晒されていた腕の白さだけを目で追って、いつの間にか止まっていた歩みを再開させた。
「きっと、ずっと、そう思ってた。」
静かな空気を揺らす事を恐れるように、微かな声で呟いたレンが、アスカを振り返る。視界の端にそれを見ながら一歩先に歩き、レンを追い越す。闇に溶けるような漆黒の髪を見下ろして、上がりそうになった手のひらを握り締めた。きつくきつく、短く整えられた爪が、白い手のひらに赤い筋を刻むほどに、強く。
乱暴にその髪をかき回して、明るく笑って見せる事は出来そうになかった。
いつだって自分たちがそうしてきたように。
落ち込んだレンに他愛ないからかいを投げては沈んだ空気を払うのは自分の役割だったのに。悔しくて血がにじむほどに握り締めた手のひらを、そっと包んで開かせてくれたのは、レンの役割だったのに。言葉少なに確信を突くことで、もやもやと胸を巣食う苛立ちやもどかしさを晴らしてくれるのは、ずっと、イタチの、
「・・・・役目じゃなかったのかよ。バカヤロー」
口の中で吐き捨てる。
様々な感情が激しくうねっては胸の奥を焼いた。呼吸が阻害されるような感覚。震える息を死に物狂いで宥めて、声を平静に保つ。堰を切ってしまえば、只管に全てを傷つけてしまいそうだった。
・・レンを、酷く壊れてしまうまで、傷つけてしまいそうだった。
そこまで、レンに甘える事を、己に許す積りはなかった。けれど。
「お前は、それを受け入れるのか。」
微かに震えた語尾が、アスカの葛藤を示す。レンには気づかれただろう。けど、一度言葉にすれば止まらなかった。これ以上は駄目だと囁く自分をねじ伏せて、拳を振り上げるように語気を強めた。
「どうして、そうやって、イタチを許すんだ。お前は、悔しくねぇのかよ!」
青い瞳をぎらぎらと光らせて、獣のように獰猛に吼える。保とうとした平静さは、言葉の途中で決壊して荒れ狂う感情を吐き出す。自制しようとする理性はもう働かなかった。痛みを堪えるようなレンの表情を、きっと誰より正確に見分けながら、アスカは続けた。最後の一線だけは越えない事だけを己に課して、それでも全てを堪えることは出来なかった。
「アイツは、イタチは、・・・里を、・・・俺達を、捨てたんだぞ!!」
その瞬間、辛うじて浮かべられていた苦笑すら、消えた。
深い深い紅の瞳が、凍りついたように固まる。
守ると決めていた少女を、自分たちを守ってくれていた少女を、己の言葉が傷つけた。その自覚が更に激情を生んで、循環する負の感情が頭の中をぐちゃぐゃにかき回す。どうしようもなくて、ただ自分の為だけに、怒りを吐き出す。
「お前は、そうやって、何でも許すつもりかよ!?
イタチは、俺達を、捨てたんだぞ。わかってるのかよ?!
・・・・俺達は、イタチに、捨てられたんだ!!」
本当は、そうじゃないと分かっていた。
イタチにとって、今の優先順位が自分たちじゃなかっただけで、本当に切り捨てられたわけではないと、分かっていたのだ。ただ、何一つ告げずに一人で行ってしまったイタチへの悔しさと寂しさを、どうにか誤魔化したかっただけだ。分かっていたのに。
「・・・・何でもかんでも笑って受け入れて。そんなの優しさでも何でもねぇよ。
お前のそれは、只の惰性だ。どうでもいいから、何されても受け入れられるんだよ!
・・・・・そんなの、拒絶とどう違うってんだ!」
叫んだ瞬間、鋭く息を飲んだレンが、強く両手を握り締めた。
凍ったままの瞳が軋んで、唇が戦慄いた。そのまま、泣いてしまえ、と思った。
白い頬から色味が抜けて、青くすら見える顔色を見て、そのまま泣いてくれれば、理由が出来るのに、と思った。泣かないならば、怒りでも良かった。激情に任せて酷い事を言ったアスカに、レンが怒ってくれれば良いと思った。そうしてくれるなら、泣くレンを慰めるために、怒るレンを宥めるために、その華奢な身体を、抱きしめる事が出来るのに。何時からか、気安く触れる事が出来なくなった彼女に、躊躇うことなく触れることが、許されるのではないかと、思ったのに。
「・・・そう、そう、っか。そうだね。・・・・ごめんね、アスカ。」
レンは、笑った。
穏やかに、美しく。花が綻ぶように、鮮やかに、優しく。
「そうだ、ね。ごめん、ね」
ふんわりと、静かに。
闇に、溶ける様に、姿を眩ませた。
里で唯一、イタチと並び立つと称されたアスカにすら追いきれぬ滑らかな動きで。
一人残されたアスカは、震える手のひらで顔を覆った。
最後にレンが残した優しい微笑を消してしまいたくて強く瞼を閉じる。
「-------っ!」
いつもいつも、傷ついたアスカを、疲れた心を持て余すイタチを、優しく受け入れて癒してくれた時のままの、レンの笑顔。その笑顔が、これほどにアスカを痛めつけるものだなんて、知らなかった。
知りたく、なかったのに。
もう、戻れないのだと、知った、夜。
全部、自分の弱さの所為だったけれど。
お久しぶりです。暁です。
はっきりとした前触れもなく突然の更新停滞をいたしまして、大変、申し訳ございませんでした!!!
本当にすみません!ええと、すみません、一応生きてはいますごめんなさい。
もう、本当に今さらな話で申し訳ないのですが、まだまだ以前のように更新はできません。私生活の多忙というか余裕の無さもありますが、なんというか、お話がうまくまとまりません。連載続きとか、頂いておきながらお待たせし続けているリクエストの消化とか、やらなければならないのは分かっているんですが、すみませんまだ無理です。ごめんなさい!成るべく努力はします。でもすみませんお約束はできません。
本当に申し訳ございません!!!!
ええと、それでですね、この度、あまり表ざたには出来ないなー、という中途半端すぎる小ネタとか没ネタとかcp濃いめ小話とか他ジャンルの思いつきネタとか小話とか、という雑然とした諸々を投下する別館を作成いたしました。・・・本気で思いつきをメモするためだけの雑記です。こちらに一緒にするとぐしゃぐしゃになりすぎるかな、と思って分けてみただけなのであんまり別館という意識は低いんですが、一応別のブログなので。
地味にここのページからリンク貼ってあります。
生存報告代わりみたいな感じですが、よろしければ暇つぶしにでもどうぞご利用ください。
本当に皆様方にはご迷惑おかけいたします。申し訳ございません。
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書きたい物を書ける時に好きに書き散らしてます。文頭には注意書きをつける積りですので、好きじゃない、と思われた方はこのHPを存在ごとお忘れになってください。(批判とかは本当勘弁してください。図太い割には打たれ弱いので素で泣きます)
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