10のちいさな幸せ
空気が澄んだ、晴れた朝
・・セントビナーの早朝。レンのお散歩。見つけたフリングスが一緒に
「・・・目が覚めちゃった」
カーテンに光を遮られ薄暗い部屋で、レンがぽつりと呟く。セントビナーに滞在を始めて今日で丁度一週間。最初の二三日は駐屯軍の責任者であるマクガヴァン将軍や、元マルクト国軍元帥を務めていた老マクガヴァンを始めとした街の有力者達への挨拶に費やされた。4日目辺りからすこし余裕が出来て、なれない旅で溜まった疲労を癒すための休養に、とラクス達の好意で自由な時間を貰った。ただ休むにしても部屋に篭っていては気が滅入るだろうと、アスランは街の観光案内までしてくれたりした。このご時世に何を呑気な、と言われても仕方がないがつい本当に楽しい時間を満喫してしまった。
そうやって過ごし、そろそろ使節団の方々も準備も終えるかという時だ。本来ならばルークと共に使節団の派遣受け入れ等の話し合いやキムラスカへの報告など雑務に明け暮れるべきなのだろうが、何故かイオンまで一緒になってきちんと休めと命じられてしまった。
「一応報告書は書ききったし、ルーク様の分まで含めて準備は終わらせたし、挨拶とかの漏れは・・ない、よね?」
それでもこれだけは、といって最低限の仕事は終わらせた。何のためにカイトやガイがいるんだ、とルークは苦笑していたが。一通りの仕事を終えて、後は出発まで使者殿と何度か打ち合わせる位しかやることがなくなってしまったのだ。
元々レンもルークも突発的な事故で来てしまった予定外の客である。本来マルクト側も準備を完全に終えてから出発して、顔を合わせるのはキムラスカに入国した後の筈だったのだから、キムラスカ側の人間に現時点で使者の出発に関しての準備でやるべきことがあるわけがない。今いるのがキムラスカ国内であるならともかく、マルクトでやれることなど限られている。
「・・・・後は出発準備が完了するまで、休む位?・・ラクス様にもアスラン様にも申し訳ないけど・・」
見えないところで色々な雑事に忙殺されているだろう彼らのことは気になるが、こればかりは”見ないふり”が一番の気遣いだとわかっていた。だから表向きの、”休養”という名目を受け入れて体力を温存することに努めるべきなんだろう。勿論マルクトの方々との交流などに手を抜くつもりはないが、予定がない時間はできるだけリラックスしておくのが正しい過ごし方である。
「・・・ああああ!今思い出しても、私の馬鹿さ加減に本気で殺意が沸く・・・!!
あの場で不用意に口を開くってどういうこと?!」
リラックス、という言葉に連想して、気を緩めるあまり、三国の貴人が集う場面でうっかり零した己の言葉を思い出してもだえる。
「ありえない!本当に、ありえないから!!
・・・ルーク様、すみません!!キラ兄さんもシュザンヌ様も申し訳ございません!」
ルークもイオンも笑って許してくれる所かフォローまでしてくれた。ラクスもアスランも見なかった振りで気に病まずに済むように振舞ってくれているが、レンは今でもあの瞬間の自分を張り倒して穴に埋めてしまいたいと思っている。・・・下手すればキムラスカの貴族社会の教育精度が疑われる行為であった。レンにいろいろなことを教えてくれた二人にも、実年齢七歳であるにも関わらず非の打ち所のない王族としてたつルークにも申し訳なさ過ぎる。彼らの面子に傷をつけるなど許されてはならない失態である。
「今回は、皆様のお優しい心で見逃していただけたけど・・・・ううううう~~~、
・・・駄目だ、一人で考えてると思考がループしそう。」
同じ間違いを正式な場面でしなければ良いだけだから気にするな、といってくれたルークとイオン。その二人の前で何時までも引きずっていてはまた心配させてしまう。
「・・・気分転換に、散歩とかしちゃ駄目かな。」
カーテン越しに清らかな朝の光が満ちる外の様子を窺う。くれぐれも不寝番などするなとルークとカイトとイオンにまで口を揃えて念を押されてしまったので昨夜は早めにベッドに入ったのだ。今はカイトがルークについていることだし、と思ったら緊張が解けたのか久しぶりに熟睡してしまった。お陰でいつもより更に早い時間に目が覚めてしまったが、とても心身が楽だった。それに、この街はとても豊かな緑が溢れていて、それを近くで見てみたいと思ったのだ。自分の今の立場でふらふらと街中を歩くわけにはいかないが、
「・・フリングス侯爵に案内していただいた時は、・・・失敗しないように緊張してて周りを見てる余裕なかったんだよね、実は。 ・・・・・・・屋敷の庭を見せてもらうくらいなら失礼には当たらない、よね?」
思い立ったらどうしても外を歩いてみたくなったレン。てきぱきと着替えて、続き間に控えてくれているメイドさんに顔を洗う支度をお願いする。はっきり言ってこういう”お嬢様”扱いには未だに慣れきらないが、”公爵令嬢”として生きている以上必要なことだと自分に言い聞かせる。
「(・・・でもこれ、身分詐称、なんだよね・・・。
キラ兄さんには感謝してるけど、・・ちょっと無理があると思うよ。私に貴族のお嬢様なんて。)」
キ
ラと家族になれたこともハルマさまやカリダ様のような優しい両親が出来たことも嬉しいが、本来レンは只の庶民だ。しかも戸籍がないどころかこの世界の人間ですらないのである。それを思い返すたびに申し訳なさで身が縮む。だが、もう世間にはヤマト家の娘として認識されてしまった以上、最後までそう通すしかない。
「(嬉しいけど、・・・・無茶するなあ、キラ兄さんも。)」
それに、レンの過去を知っている唯一の人間であるキラと今更引き離されるのは、怖い。だから、罪悪感を抱きつつも殊更偽りを隠す努力は惜しまないレン。このこともあんまり考えすぎると、誰かにばれる、と思って思考を動かす。一応の嗜みとして表情を繕ったりすることも学んだが、ルーク達に言わせるとまだまだどころかわかり易すぎると酷評される。
「・・・・(やっぱり、私じゃ無理があるよね・・・)・・ううう、やめやめ!
早く散歩に出かけよう!折角セントビナーに来れたんだから!」
笑顔で身支度を手伝ってくれたメイドさんにお礼を言って部屋を出る。勿論ルークの隣部屋に控えているカイトへ挨拶も忘れない。ルークはまだ寝ているだろうから言付けを頼むためだ。
「じゃあ、少しお散歩してくるね?」
「はい!いってらっしゃいませ!」
いつも元気がいいなあ、と思いながら外に出る。メイドさんに聞いたら自由に見てまわる許可もくれた。屋敷の持ち主である将軍や、自分たちのいまの招待主ということになっているラクス様から便宜をなるべく図るようにいわれていたらしい。親切をありがたく受け取って綺麗な庭に降りる。
「・・・・やっぱり、此処の土地は豊かなんだなぁ。
植木もだけど、小さな草花一つ一つが生き生きしてるもん。」
うきうきと歩く。エンゲーブでも思ったが、マルクトの土地は本当に豊かだ。
「あ。あの花って去年バチカルで人気がでたものじゃないかな?へえ、こうやって群生するんだ。キムラスカの土地では自生しないから鉢植えで売ってたんだよね・・・可愛い。」
この屋敷の庭は基本的に自然の風景を残す感じで手入れがされているらしい。まるで何処かの野原や森を切り取って持ってきたような風景だ。あくまで庭であるから本物の野道よりも遥かに歩きやすく整えられているが。
「あれ、上にあるのって・・・メジロ?の巣かな・・・こっちの世界での呼び名は何だっけ。・・似てると思ってそっちの印象しか覚えてないんだよね。」
鳥の鳴き声に頭上を見上げると小鳥の巣がある。茂る葉の影で忙しなく雛が親鳥にえさを強請っているのが可愛い。
「わあ、泉まであるんだ。・・こういうところもバチカルと違うな~。あっちは土地が広く取れないから、どの家も庭の広さも屋敷の大きさも限られてるし。・・・いや十分すぎるくらい広いけどね。」
だがマルクトの住宅は、一般の平民の住居に至るまで個人の自由で広さを調節できるようだった。もちろん資産などの兼ね合いもあるだろうが、バチカルのように規制が必要になることは無さそうだ。お陰で公共施設に付随する広場なども開放感溢れるつくりで誰でも綺麗な場所を自由に利用できるらしい。こういうところもマルクトの豊かさの象徴だろう。
「(でもでも、これから皆で頑張っていけば、直ぐにキムラスカももっと皆が快適に過ごせる国になるはず!)」
早く預言を妄信している国政をなくして、身分が低い人達がバチカル最下層の譜業設備の隙間に追いやられるような事がないような政治をしたい。いやレンに出来るのはその手伝いていどだが。今もキラやルークが少しずつ公共施設を整備して教育機関を立て直して国民なら自由に利用できる体制を整えているが、やっぱりまだまだ手が届ききっていないのだ。一時的な施しでは意味がないため恒久的に施設を維持できるように体制を作るには時間がかかる。
「(・・・今はまだインゴベルト陛下たちの目を気にしなきゃいけないから尚更上手く進められないんだよね・・・)」
うう、と唸る。キラやルークの手伝いが出来るように、と勉強している所為か何を見ていても思考が偏る。あまり能力が高くない自覚があるから尚更だ。
「(・・・ルーク様ってつくづく凄いなぁ。私も大体同じくらいの年数同じ勉強してたはずなんだけど。・・・てか”過去”では中学二年まで普通に勉強してたんだから基礎学力の土台がある分もっと出来ても良いはずなんだけど・・・情けない・・・!!)」
がっくりと項垂れるレン。たった七年間で、言葉の読み書きから始めたルークが今ではキラと同等の能力を発揮して施政に関わっている事を思うと、何処までも己が情けなかった。何故かこの世界に来た時に身体が幼くなったため実年齢+α分の年月を生きているはずなのに・・・。
「も~~~~!とにかく頑張るぞ!!」
「~~~~~~っ、ぷ、」
再び沈みそうな気分を浮上させるために気合を入れてみる。と、、背後から小さく噴出す声が聞こえた。自分の中で思考を巡らせるのに夢中になりすぎて人の気配を気にすることを忘れていたのだと思い至って全身が硬直する。
「え、」
「ふ、ふふふふふ、~こほっ、ふふふふ」
ぎりぎりと音がしそうな位ぎこちなく首を巡らせると、そこにいたのは、
「ふふふ、・・お、おはようございます。レン殿。」
「・・・・おは、おはよう、ござい、ます。・・・・・フリングス侯爵・・・・////!」
なんとかいつもどおりの穏やかな笑顔で挨拶をくれるフリングス侯爵が、それでも隠しきれない笑いに肩を震わせている。慌てて姿勢を正しつつ挨拶を返す。慌てすぎて舌を噛んでしまった。ちょっと痛い。いやそれよりも。
「(なななななな・・・!何時から?!いえ、どこから聞かれてたの!!いえいえ、それより今の行動を少しでも見られてたなんて?!)
お、お早いんですね。きょ、今日は、ええと・・・とてもよい天気でっ!あ、あの、」
ぎこちなかろうとなんだろうと必死に笑顔を浮かべて普通の会話を!と意気込みすぎて再びどもる。だが気にしている余裕はない。
「ふふふ、すみません。失礼でしたね女性を見て笑うなど」
「い、いえいえいえ!すみません !こちらこそ勝手にお庭を歩いたりして!」
「ああ、それは気にしないでください。
ご自由に過ごしていただけるように家人には伝えておいたはずですし」
「は、はい。・・・私に着けてくださったメイドと警備の方には許可していただきましたが、」
真っ赤な頬で視線を彷徨わせるレンを可哀想に思ったのかフリングス侯爵がなんとか笑いを収めてくれる。だが、穴に埋まりたい心境再び。いや今はある意味自由時間。こういう場合の会話は確かに外交の一環でもあるが、礼を失しない程度にある程度の親しさを込めてにこなすことが正しい社交術というものだ。・・・しかしレンにとっては至難の技だ。どうやってこの場を逃げ出そうかという思いに支配されて足が下がりかける。
「(もういっそ、このまま走り去りたい・・!!)ええ、ありがとうございました。とても綺麗なお庭なので近くで見てみたくて、その、」
「ええ、じつは私も早くに目が覚めてしまいまして、折角だからと散策していたらレン殿のお姿を見かけたので少しお話でもさせていただこうかと思ったのですが。」
「・・・///!あ、あの!先程はお恥ずかしい所をお見せして、」
もう無作法だろうとなんだろうと正面きって謝ってしまえとまで思いつめたレンが頭を下げかける。だがそれをさり気無く制してフリングス侯爵が微笑んだ。
「おや、まさか。恥ずかしいなんてとんでもない。とても可愛らしい様子でしたのでつい見とれてしまったのですよ。 こちらこそ、もっと早くにお声をかけるべきでしたね。申し訳ありませんでした。」
「~~~~!///(なんでこんな恥ずかしい台詞をさらっと!)いえ、そのこちらこそ気づかずに失礼しました・・」
恥ずかしさが突き抜けて脱力するレン。もうどうにでもなれ、という心境で力なく微笑む。それを見て、本気に取っていないことを察したらしいフリングス侯爵が更に笑みを深めて重ねて言った。
「レン殿はご自分の魅力に気づいていらっしゃらないのですね。先程失礼ながら見せていただいた時のくるくると変わるご自由な表情はどれも生き生きとしていて此方まで嬉しくなるくらいでしたのに。なにか、良いものをごらんになったのでしょうか?」
「(~~~~なに?!貴族階級のひとってこういう台詞をぽんぽん口にするための技能でも標準装備でついてるの?!) あ、いえ、大したことではないのですが、」
「宜しければ、私にもその喜びを分けていただけませんか」
きらきらしている。レンにはまぶしすぎるフリングス侯爵の笑み。
「(うわあ、)ええと、その、マルクトは土地が豊かで羨ましいな、と」
「ありがとうございます。」
「そのためか、栽培されている種類から野草に至るまでとても元気が良くて、見ていて気持ちが良いですし、」
「はい。」
「あちらで見かけた花などは、バチカルで販売された時とても人気がでた品種なのですが、自生するところを見たのは初めてで、」
「そうなのですか?」
「ええ、花屋さんは注文分の品物を確保するために大変だったみたいですよ。私はその時はあまり興味がなかったのですが、自然に咲いているのを見てとても綺麗な花だと思って少し見とれてしまいました。やっぱり鉢植えよりも、こういう風に咲いている姿のほうが好きですね。後は木の上に小鳥の巣も見つけたんです。親鳥に我先にとえさを強請る雛が可愛くて。」
「ああ、私も見かけましたよ。親御さんは皆大変ですよね。」
「ふふ、そうですね。・・・それで、」
フリングス侯爵が余りにも嬉しそうに相槌をうってくれるので、ぎこちなかったレンの口調が滑らかになる。先程散策中に見かけた”良いもの”の事を夢中になって喋ってしまった。途中で笑い声まで漏れた。その様子に、ますますフリングス侯爵の表情も柔らかくなってゆく。
気がつけば、普段起床する時刻所かもう直ぐ朝食が用意される時間までつき合わせてしまった。
「すすすすみません!つい夢中になってしまって!
あの、何かご予定があったのでは、」
「いいえ、こちらこそ長い間お引止めして申し訳ありません。
レン殿のお話を聞いたからでしょうか、何気ない景色が一段と輝いて見えますね。
とても楽しくて時間を忘れてしまいました。」
「ええ、と。・・光栄です。・・私も、楽しかった、です。ありがとうございましたフリングス侯爵」
赤面再び。今日何度目だ。だがフリングス侯爵の台詞は何度聞いても慣れないと断言できる。なんだ、この恥ずかしい台詞のオンパレード。
「(天然?!天然なのね?!・・こんな台詞を言いながら全くの自然体って・・・)それでは、」
「ああ、そうだ。レン殿。」
「はい?」
そのまま連れ立って屋敷の入り口まで戻る二人。もう直ぐ朝食なのだから、身支度をして食堂に向かわねばならない。だが別れる直前、フリングス侯爵がレンを呼び止めた。
「あの、もし宜しければ、私の事は名前で呼んでくださいませんか。」
「え?あ、あの、ですが」
「これからキムラスカまでご一緒するわけですし、もっと親しくお話させていただきたいと思いまして。・・・駄目、ですか?」
心持自信なさ気な光を浮かべてこちらを真っ直ぐに見るフリングス侯爵にレンが視線を泳がせる。
「その、私如きが侯爵のお名前を呼ばせていただくわけには、」
「・・そう、ですか。」
「す、すみま、」
「では、こうしましょう」
肩まで落としたように見えた侯爵にあわてたレンが言葉を継ごうとすると、再び顔を上げた侯爵が続けた。
「せめて、余人の居ない・・そうですね、今日の様な場合とか、お部屋の中とか、キムラスカに向かう時に乗る馬車の中とかでしたら如何でしょうか?」
「ええええ?・・あの、」
「そうですね、そうすればレン殿も気になさる必要はないでしょう?・・・ルーク様やイオン様とはもう親しくなさっているようなので、私も仲間に入れていただけたら、とおもっていたのです。」
名案だ、とでもいうようにうきうきと話す。それを見ていてレンの肩の力が抜ける。
「(・・・その位なら、大丈夫、かな?)ええ、そうですね。ではお言葉に甘えさせていただきます。アスラン様」
「・・はい、ありがとうございます。では、またお話いたしましょうね。」
「はい。お付き合いくださってありがとうございました。ではまた後ほど、お会いしましょう。」
眩しい笑顔に見送られて部屋に戻る。扉を閉じた途端力が抜けて床に座り込んでしまった。
「~~~~////、うわーうわー、一生分の恥をかききった気がする!!もう、ホント、穴に埋まって一生表にでるのやめよーかな・・・」
茹蛸どころではない。限界まで血が上りきって湯気まで噴出しそうなレン。自分を落ち着かせるのに夢中で、窓から現場を目撃していた隣の部屋の住人達が繰り広げた修羅場には気づかなかった。
「・・・・放してくださいルーク様!!レン様がレン様がーーー!」
「いやいやいや、落ち着けカイト。気持ちは分かる、あ、いやいや・・・相手はマルクトの侯爵だ。しかもこれから和平を結びに来てくれる他国の使者だぞ!レンだって公爵家の娘なんだから、あの程度の事はこなすことも必要だって、」
「ルーク様だってカップ握りつぶしてたくせにーー!」
「ちょ、ちょっと動揺しただけだ!!いいから堪えろ!」
「レン様がマルクトにお嫁に行っちゃったらどうしてくれるんですか!!」
「縁起でもねぇこと言うな!!死んでも許すかそんなこと!!」
「じゃあ、やっぱり邪魔しに行きましょうよ!」
「・・・は!いや落ち着け俺!・・・待て待てカイト!
ありゃ只単に偶然行き合ったからおしゃべりしてみただけだろ!大した意味なんかねぇよ!」
「すごい説得力ないですルーク様!
・・冷や汗でてます!!気になってるでしょ?!ね、ね!?」
「うるせぇ!!いいからお前は動くなーー!!」
物凄いど修羅場だった。・・・・ご主人様至上のミュウが、怯えてルークから距離を置いてしまうほどに。
「みゅうぅぅ~~~~でも、僕もレンさんがどっか行っちゃうのはいやですの~~」
・・・既に朱に交わっていたらしい。怯えではなく、単に暴れる二人の被害から避けているだけか。
意外と冷静だったチーグルの子どもが呟いた。
「でもでも、レンさんが幸せなら、僕も嬉しいですの!」
「「それは俺も(僕も)同じだ(です)!!」」
セントビナー滞在一週間目の早朝の出来事だった。
*すみません。文中のアスランの敬称ですが、代々爵位を継ぐ家系の出の場合は名前に卿をつける、という決まりに従って呼ばせて見てたんですが、レンのセリフでその呼び方に違和感を感じて仕方がないので、無難に様付けに戻します。申し訳ありませんでした。
こんにちは暁です。影羽様大変お待たせいたしました。
影羽様に頂きましたリクエスト「PTメンバー断罪でオリイオ様とアリエッタに溺愛されるルーク」を書かせていただきました。場面設定はありませんでしたので、今回は崩落後のユリアシティで書かせていただきました。
お気に召していただけるかはわかりませんが、どうぞお納めくださいませ。
勿論イメージと違う、とか、もっと別の展開を期待してた、ということがございましたら、どうぞお申し付けください。
改めて書き直させていただきます。
何はともあれキリ番45000hitありがとうございました!!
*PT+アッシュ+若干キムラスカとマルクトきびし目。
レプリカイオン様は糾弾する側です。被験者イオン=イザナで表記されてます。
「------ですから、何度も言いますが、ルークは何もしていません。」
「イオン様ぁ!そんな奴庇う必要ないんですよぉ!!」
「そうです、導師イオン。悪い事をしたなら、きちんとわからせることも必要です!」
「なあ、ルーク、いい加減に素直に謝れよ。」
「導師イオン!罪は罪です!ルーク自身に償わせなければいけまんわ!」
「それよりも早く行きましょう。」
瘴気と呼ばれる害毒大気に包まれた薄暗い世界で、ローレライ教団の最高指導者である導師イオンは、これ以上ないくらいうんざりと疲れきった声で何十回も繰り返した言葉を再び告げた。途端沸き起こるのはキンキンと耳に痛い騒音の五重奏。すでにイオンの中で彼らの言葉は言葉ですらなかった。ただ、イオンの後ろで無理矢理使わされた超振動の負担によって、意識が朦朧としているルークに負担をかけるだけのものだった。
「(ああああ、もういい加減纏めて始末してしまいましょうか。
・・・お二人とも早く来てください。)・・ですから、」
ここは、アクゼリュスという名のマルクト帝国領にあった鉱山発掘によって生計を立てていた町の崩落によって落ちた先に存在していた地下の世界。外殻大地と呼ばれる現存する大多数の者達が生活する大地の下に隠された、オールドラント本来の大地がある場所だ。二千年前、聖女ユリアと呼ばれた女性が、瘴気に蝕まれる大地からの避難処置として人間達を保護するために造り上げた外殻大地に隠されて殆どの人間達は存在すら忘れてしまった本当の星の大地の上だった。
瘴気に蝕まれるアクゼリュスの救援にと送り込まれたキムラスカの親善大使ルーク・フォン・ファブレ率いる一行は、パーセージリングと呼ばれる外殻大地を支える音機関の消滅によって崩落したアクゼリュスと共に、この魔界に落ちてしまったのである。偶々付近に落ちてきたマルクト誇る最新鋭陸上装甲艦タルタロスに避難する事ができた一行は、なぜこんな事態になったのかを話し合った。結果、これは外殻大地崩落を企んだ神託の盾騎士団主席総長・ヴァン・グランツ謡将に唆されたルークが超振動と呼ばれる特殊能力によってリングを壊したためだと結論付けた。
・・・・リング崩壊を直接目撃した唯一の第三者であるイオンの言葉を無視して、である。
「(ルークを疑っているから彼の言葉を信じられないというだけなら、納得できなくても理解はしますが、ならば、僕の証言を無視するというのはどういう意味なんです!!)・・・ルークは自分の意思でリングを壊そうとしていたわけではなくてですね、」
「-----とことん屑だな!出来損ない!!」
疲れきったイオンを余所に、何とか魔界唯一の安全地帯であるユリアシティにたどり着く。そこでタルタロスを降りながら再びルークを非難する一行に、繰り返しかけたイオンの言葉を遮って、新たな人物が声を割り込ませた。
「お、おまえ・・・」
「くそ!俺がもっと早くヴァンの企みに気づいていれば、こんなことには!」
「・・・アッシュ。」
何やら自己完結しつつ煩悶する真紅の髪の青年・・・ルークの被験者である、神託の盾騎士団特務師団団長を務めるアッシュ・鮮血のアッシュという二つ名で呼ばれるヴァンの腹心六神将の一人だ。そのアッシュの業とらしい独白を耳にしたイオンはどんどん目が据わってくるのを自覚する。最早”慈愛に満ちた心優しい少年導師”の仮面など消失寸前である。
「(・・・・こいつもですか。と、いうより、こいつの所為ですか。)・・・貴方は此処で何をしているんです?ヴァンの子飼いの六神将が」
「イオン様!アッシュは敵ではありません!!」
「イオン様ぁ!!アッシュよりルークから早く離れてくださいよぉ!」
辛うじて浮かべた上辺のみの笑顔で淡々と問いかける。そのイオンの言葉に反応したのは、何故かアクゼリュス到着直前までこちらを本気で殺しにかかってきた敵であるアッシュに笑顔まで浮かべて信頼の視線を向けるティアだ。しかも他の四人も当然の様な表情でアッシュの存在を許容している。アッシュが参加していたタルタロス襲撃によって己の直属部隊であるマルクト帝国第三師団の部下達を皆殺しにされた筈のジェイド・カーティスや、自国の軍港を襲撃された筈のキムラスカ・ランバルディア王国の王女ナタリア。国境でアッシュがルークに直接斬りかかる場面を目撃し、カイツールでは人質までとってルークの身柄を要求してきたことを知っている筈のルークの護衛であるガイ・セシルも。あまつさえ、イオンを誘拐して危険な場所を連れまわしたと知っているはずの、導師守護役のアニスに至っては、イオンの方を諌めようとすらした。・・・敵に対して警戒するイオンが間違っているとでもいうように!
「・・・師匠、は?」
疲労困憊しつつも声を搾り出したルークに、アッシュはこれ以上ないくらいの侮蔑を含んだ視線を向けた。イオンがぎりぎりと音を立てそうなくらい音叉を握り締めて殺意を抑えていることに気づきもしない。
「は!裏切られてもまだ”師匠”か!!てめぇがヴァンの口車にのってほいほいと超振動を使った所為でこんなことになったってのに、反省もしやがらねぇとはな!!レプリカってのは脳まで劣化してやがんのか?!」
「・・・裏切った、のか。・・本当に?」
暗い声で呟くルーク。労わるように腕を支えるイオンと、肩にのってルークの頬を嘗めるミュウの存在だけを頼りに辛うじて保たせた意識が再び暗転しそうになっている。そんな様子を見て取ったイオンはますます表情を強張らせてルークの前に立った。アッシュに向ける視線には既に温度などない。これまでの同行者への関心など微塵も浮かべず、ルークを守ることだけを考える。
「(そろそろ、彼らが来てくれる筈。・・・早く、早く!)・・・黙りなさい、”鮮血のアッシュ”。
その”裏切り者”の腹心がどの面下げて此処に現れたんですか。」
「は!俺をヴァンなんかと一緒にするんじゃねぇよ!!」
「・・・・・ほう?では、貴方は何だというんです?アッシュ。
・・・死ぬのが怖くて自国を逃げ出した臆病者の王族が。」
いきり立つアッシュの言葉を、穏やかな声が遮った。その声の持ち主がアッシュに向けたのは、絶対零度というのすら生ぬるい、触れただけで凍傷を起こしそうなほどに冷え切った侮蔑の視線と言葉。一斉に視線が集中する先には二つの人影と、彼らを守るように構える数匹の獣の姿が。
「・・・イザナ様、アリエッタ!!お待ちしていました!!」
「・・・イザナ、アリエッタ?」
喜色満面でその人物に走り寄るイオン。その手に引かれるルークが呟きながら走ろうとして足を縺れさせる。それを見て慌ててアリエッタと呼ばれたローズピンクの髪の少女が傍らの獣・・彼女の兄妹であるライガに指示を出す。気づいたイオンが申し訳なさそうにルークを振り返る。イザナと呼ばれた少年がそのイオンの後頭部を優しく叩いて諌める。アリエッタが苦笑してルークの髪を梳く。ライガはルークが楽なようにを身を屈めて穏やかに喉を鳴らした。ミュウが主人の味方が増えたことに喜んで、天敵であるはずのライガの足元に下りると無防備にルークに擦り寄った。
その平和な光景を無粋に遮ったのは、無視される状況にあっさり切れたアッシュと同行者達だ。
「てめえら!俺を無視するんじゃねぇよ!
しかもお前、導師と同じ顔、ということはそいつと同じレプリカか?!」
「イオン様!危険です。彼らから離れてください!」
「最低ぇ~~!アンタ、六神将と繋がってたんだ?!そんなイオン様のレプリカまで、」
「ルーク!!早くこっちにこい!今なら間に合うから!!」
「やれやれ・・騙されたのではなく、最初から裏切っていた、ということですかね?」
「・・・・・ルークが、レプリカ?どういうことです?!」
喧々囂々と好き勝手に喚く。
イオンは煩そう眉を顰めて、ルークの耳を優しく塞ぐ。そろそろ本当に限界だろうルークを、このまま休ませようとライガの背中に安定させてミュウを寄り添わせた。不安げな瞳には安心させるように微笑んで、イザナとアリエッタに懇願の視線を向けた。イザナとアリエッタも同様に、ルークの頭を優しく一撫でしてその背に庇った。安心したように眼を閉じたルークが、ライガに守られて後ろに下がる。そしてアッシュ達に対峙するために前に進み出た二人を包むのは、これ以上ないほどに激しい怒気と威厳。
「ああ、五月蠅いですね。少しは己の頭で考えてから物を言ったらどうなんです?」
「静かにしろ、です。
ルークを傷つける事も、この方を侮辱することも、許しません、です」
「は!てめぇもどうせレプリカなんだろ?!被験者様に口答えすんじゃねぇよ!!
さっさとその屑をこっちに寄越しやがれ!!」
荒んだ口調でイザナに凄むアッシュ。その粗暴さに心底呆れた、というように肩を竦めたイザナが口を開く。
「本当に粗略な言動ですね。しかも単純で浅慮。
・・・これが10歳までは神童と呼ばれた誉れ高きファブレの御曹司の末路とは、ね?
キムラスカ王家の方々はさぞかし失望なさることでしょう。」
「・・・10歳まで、神童と呼ばれた?・・ファブレの御曹司?
・・・アッシュが?・・・では、では?!」
そのイザナの言葉に食いついたのは先程もレプリカというアッシュの発言に疑問を浮かべて戸惑っていたナタリアだ。途端ティアは痛ましそうに表情を歪め、残された同行者の内二人は疑問を浮かべ、ジェイドが納得する。イザナとアリエッタが冷え冷えと見守る先で、下らない三文芝居が展開された。イオンは只管ルークの安息確保にのみ意識を向けて同行者など視界外だ。ミュウも同様に、うとうとし始めたルークの眠りを妨げぬようにそっと身体をくっつけている。
「では、まさか?! 貴方が、ルーク、ですの?」
「・・・今の俺はアッシュだ。」
「ですが、貴方が七年前のルークであるのは本当なのですね?!ああ!」
戸惑いから歓喜の表情に変わるナタリアを複雑そうに見つめるアッシュ。ティアが眉を潜めつつも言葉を挟む。
「アッシュ、止めて頂戴。何もここで言うことは、」
「何?どういうこと?」
「アッシュ、が、ルーク?」
「・・・・」
「・・・・教えてやるよ、俺が何故そこの屑と同じ顔なのか。」
疑問を浮かべるアニスとガイに説明するためか、声を高めるアッシュが語り始める。一見ルークに配慮して止めようとしてみたティアも再び制止はしなかった。
「俺はなバチカル生まれの貴族なんだ。七年前にヴァンって悪党に誘拐されたんだよ。」
「・・まさか」
「そう、俺が元”ルーク・フォン・ファブレ”。
その屑は、ただの俺の劣化複写人間なんだよ!」
「な?!」
「・・ルーク。」
「ってことは、」
「・・・・ふぅ」
「ルーク!!」
驚くアニスとガイが、イオンに守られ、イザナとアリエッタに庇われるルークに視線を向ける。ティアは心痛を堪えるように視線を落とす。ジェイドは肩を竦めて小さく息を吐いた。ナタリアが表情を輝かせてアッシュに駆け寄った。勝ち誇るアッシュの表情。
「なに?!ってことはそいつ偽者なわけ?!しかも人間じゃないんだ?!
最低ぇ~~!イオン様!危ないですよ、早くこっちに戻ってください!」
「ルークが、レプリカ・・・アッシュが、ルーク?」
更に五月蠅くアニスが喚いた。ガイは只管戸惑ってルークとアッシュを見比べる。
「・・・・で?気が済みましたか、鮮血のアッシュ。」
「くだらない、です」
ひと段落ついたと見たイザナが淡々と言った。続けてアリエッタも吐き捨てる。対するアッシュは激昂のあまり顔を真っ赤にしてがなる。
「てめぇ!!何聞いてやがった!俺は、」
「アッシュでしょう。ご自分で名乗ったはずです。「今の俺はアッシュだ」と。
数分前ですよ。もう忘れたんですか。」
「だからそれはヴァンの野郎が!!」
「・・・”ルーク”、キムラスカに生まれた赤い髪の男児に詠まれた預言通りに死にたくないなら、私が助けてやる、というヴァンの甘言にのってダアトに逃げたんですよね。」
「レプリカルークを、”ルーク”の身代わりにすれば、アッシュは生き延びられるっていう、総長の言葉に賛同して、ルークに”聖なる焔の光”を押し付けた、です。」
「[ND2000、ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。
其は赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。
彼はキムラスカ・ランバルディアを新たなる栄光へと導くだろう。]」
[ND2018、ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れて鉱山の町へ向かう。
そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって、街と共に消滅す。
しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。
結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、其れが未曾有の繁栄の第一歩となる。]」
「・・・これを信じたキムラスカが、”聖なる焔の光”を国のために殺すのだといわれた貴方はそれが嫌で逃げ出した。」
「”ローレライの力”と目される超振動の実験が辛かったアッシュは、もうキムラスカにいるのが、嫌だった、ですよね。」
「だから、ヴァンの言葉に、己の意思で従った。
・・・で?ヴァンがなんですか?まさか自分からヴァンの手を取っておいて、都合が悪くなったら全責任を押し付けて被害者面?とんだ恥知らずですね。」
「しかも、なんにも知らないルークが悪いって、言いに来て、どうするつもりだった、ですか。」
交互に続けられる言葉に口を開閉させるだけで反論のタイミングがつかめなかったアッシュが更に血を上らせる。周りで聞くだけの立場に身をおかざるを得なかった面々も表情を険しくイザナとアリエッタを睨む。ガイだけはその後ろに守られているルークに視線を向けるが、到底ルークを気遣っているとは言いがたい物だった為イオンが背中で遮った。
「うるせぇうるせぇ!!その屑がいなきゃ俺はキムラスカに、」
「一度捨てた物を拾いに行くつもりだったとでも?図々しい。」
「なら、なんでアクゼリュスにルークが着く前に、名乗らなかったですか。」
「なんでそこまでその偽者を庇うのです!ルー、アッシュは被害者ではありませんか?!」
ナタリアがアッシュに加勢しようと声を張り上げた。イザナが冷笑で答える。
「はは!被害者、ねぇ?偽者、ときましたか。
・・・貴方が言って良い台詞でしょうか。」
「どう意味です?!」
「ああ、これはどうせその内知れることですから、まあ良いか
・・・ねぇ、死産したナタリア王女の偽者、メリル・オークランド殿?」
きょとん、とした表情で戸惑うナタリア。
「・・・これも預言に詠まれたことだったようですが、本当のナタリア王女は生まれると同時にお亡くなりになりました。ですが当時乳母として王妃についていた者・・貴方の本当の祖母ですよ・・が身体の弱い王妃が精神まで弱らせかねないと考えて、己の孫を死んだ王女と摩り替えたのです。明確な反逆罪ではありますが、自分の孫は王女として生きるのだという預言に従ったためでもあったので、罪として断罪されるかどうかは知りませんけどね。
・・・なにせ国の繁栄のために、敵国とはいえ民間人しかいない街を一つ壊そうともくろんでいたキムラスカですから。」
「キムラスカは兎も角、貴方も偽者、です。ルークを偽者、というのなら、自分のことも偽者だと、自覚するべき、です」
ナタリアが段々と不安そうに口元をゆがめるのを見たティアとアッシュが庇う。
「・・・それが本当の話でも、ナタリアが赤子の時なら仕方がないのじゃないかしら。そんな風に言うのは間違ってるわ。」
「嘘つくんじゃねぇよ!そんな屑庇うために、出鱈目並べやがって!」
「本当ですよ。」
ルークの傍に寄り添っていたイオンが言い添えた。険しい視線が分散される。
「・・レプリカの分際で、何を根拠に、」
「「イオン様!」」
アニスとティアが、信じられない、という表情でイオンを見るが、視線を向けないまま穏やかに告げる。
「イザナ様の言ったことは本当です。」
「レプリカの言うことなんざ、信じられるか!!」
「・・・どうやらまだ誤解があるようですね。」
「誤解だと?」
怪訝に聞き返すアッシュに、イザナが微笑んだ。
「ええ、誤解です。
貴方方は僕をレプリカだと思っているようですか、それは勘違いです。」
「なんだと?」
「・・・・イザナ様が被験者イオンなんですよ」
イザナに続いて暴露したのは、今まで面々が被験者だと思い込んでいたイオンのほうだった。イオンの言葉を理解したアニスはたちまち顔色を失くす。自分が言った言葉が、イオンにも当てはまってしまうと気づいたからだ。必死にイオンに視線を合わせようとするが、イオンはアニスに一瞥もしなかった。
傍らでさすがに二の句が告げないアッシュが固まるのを見て可笑しげに笑ったイザナも続ける。
「その通り。貴方方が今までいたイオンは、僕が二年前に後任に指名した僕のレプリカです。」
「・・・な、てめぇら騙しやがったのか?!」
真っ赤な顔で怒鳴るアッシュ。
「おやおや、人聞きが悪いですね?
元々導師の後任は先任者の指名と教育によって資質を目覚めさせた者に任されます。イオンは僕のレプリカで、能力の資質は同じですし僕直々に教育も施しました。何一つ問題ない立派な後継者だと思いますけど?」
「は!劣化レプリカのどこが立派だと」
「・・・その劣化レプリカ、っていう偏見に満ちた差別発言を止めてくれませんか。聞き苦しくて耳が腐りそうです。」
「・・ですがレプリカが劣化するのは本当でしょう。」
そこで今まで興味なさ気に佇んで会話を聞き流していたジェイドが言葉を挟んだ。イザナはジェイドに視線を向けて笑い飛ばす。
「くだらない。それはどんな根拠に基づいた発言ですか?ジェイド・バルフォア。」
「知っていたんですね。」
「ええ、勿論です。僕は元導師だと言ったでしょう?
各国の著名な人間のデータくらい頭に入っています。で?質問に答えてくれますか。」
「・・・だったら判るでしょう。私は元々レプリカの研究を専門にしていました。その時に作ったレプリカのデータは廃棄しましたが忌々しいことに私の頭の中には残っている。・・・レプリカは、被験者よりも劣化します。造り上げたレプリカの能力をどう測定しても被験者を上回るものは存在しなかった。おまけにその身体は脆く、些細なきっかけで容易く乖離する脆弱なものです。そんなレプリカが劣化でなければなんと言えば良いと?」
「能力の測定、ねぇ?正確な比較もしていない癖に言い切れるその神経を疑います。仮にも元研究者がね。」
「そちらこそ何を根拠にそんな事を、」
流石に苛立った様子のジェイドに言い聞かせるように話し始めるイザナ。
「だって正確な比較なんて出来たはずはないでしょう。
貴方がレプリカの研究をしていたのは何年ですか?」
「・・・大体14~5年位、ですかね。フォミクリーの前身になる譜術を合わせて。」
「じゃあ、やっぱり正確な比較なんて無理でしょう。」
「ですから、何を根拠にそんな事を、」
「・・・貴方方研究者は、被験者にそんな幼い子どもを利用してたんですか?随分な外道ですね。」
「「「「「は?」」」」」
そろって呆然とする同行者とアッシュ。
「おや?正確な比較が可能だったというのなら、そういう事でしょう? 比較、というからには測定の時には比較対象を同一の条件下の元においた上で行うのが当然ですね?」
「その通りですね。」
「その同一条件下の測定が可能だったということは、被験者が余程幼くなくては無理でしょう。同じ条件、なのですから、レプリカと被験者が最低でも同じ年数を生きたうえで能力を測らなければ意味がありません。」
「「「「「あ。」」」」」
「レプリカは生誕時すでに被験者と同じ外見で生まれますが、実年齢は当然0歳です。例え刷り込みをしたところで与えられるのは知識だけ。 被験者が経験蓄積した上で身に着けた技能をそのまま継承できる訳ではないでしょう。」
「・・・例え、技術書や教科書を丸暗記したって、直ぐに実戦でその知識を使いこなせるかどうかとは別問題、です。」
「アッシュやジェイドだって、剣や槍の使い方を生後直後から今の様に使えたわけではないですね?勿論ティアやアニスやガイやナタリアだって同じです。」
「で?ジェイド、貴方が比較したという被験者とレプリカはどうだったんです?」
「・・・・・少なくとも、被験者よりも幼いレプリカしかいませんでした。」
「ですよね。つまり、今まで貴方方が言っていたレプリカ劣化説とやらが何の根拠もない差別発言であったと認めますね?」
イザナに続くアリエッタとイオンの言葉に唖然と固まる中、ジェイドはしぶしぶ答える。更に重ねて確認するイザナから悔しげに視線を逸らすしかない。その態度が答えであった。
「貴方方もわかりましたか?」
アッシュ達にも言うイザナ。アニスは未だ蒼白な顔で立ち尽くす。
ガイやティアは口を噤んで答えあぐねるが、ナタリアとアッシュが尚言い募った。
「実際そいつが屑だってのには変わりねぇだろうが!ヴァンに騙されて超振動使ったのは事実だしな!」
「そ、そうですわ!!その偽者がいた所為でアッシュが帰ってこられなかっただけでなく、”ルーク”の名で遣わされた親善大使がアクゼリュスを崩落させるなど、」
いい加減うんざりしてきたイザナが表情を取り繕うことも面倒そうに答える。
「しつこいですね。ナタリア姫、貴方も偽者の癖にルークを責めるのは止めなさい。見苦しいです。」
「・・ルークが、”ルーク”になったのは、ファブレにレプリカを返したヴァンの企みと、人違いに気づきもしなかったキムラスカの人間の所為、です。」
「レプリカルークが身代わりに死ぬかも知れない事を知りながら口を噤み続けたアッシュが文句を言うなどお門違いなんですよ。」
「大体、先程も言いましたが、アクゼリュス崩落はキムラスカの本意です。預言に詠まれた繁栄を得る為に、”聖なる焔の光”を”鉱山の街”に送り込んだのはキムラスカなのですから。」
「預言の内容を知っていた癖に、ルークがアクゼリュスに着く前に何も言わなかったアッシュが怒る理由がわかりません、です。」
「それに、僕は何回も言ったはずです。崩落はルークの責任ではありません、と」
「・・だ、だから、」
イザナ、アリエッタ、イオンが交代で答える。キムラスカの本意、で反論しようとしたナタリアも、お門違い、で喚こうとしたアッシュも、三人の放つ殺気に気圧され始めて満足に声が出せない。
「・・・だったら、誰の責任だというの?」
そこで無謀にも口を開いたのはティアだ。
「これも何度も言いました。崩落を実行したのはヴァンです、と。」
「そんな、!兄さんは!」
「だから、ヴァンに唆されて、その屑がやったんだと、」
イオンの言葉に反論したティアに触発されてアッシュが繰り返す。
「現場を見ても居ない人間が、何を根拠に言い切るんですか。アッシュもティアも、ルークに追いついたのは崩壊が始まってからでしょう。」
「しかも、ティア。貴方も良くアッシュの言葉を鵜呑みに出来ましたね。
そいつは鮮血のアッシュですよ。ヴァンの腹心。散々道中を妨害した僕達の敵」
「・・・アッシュが、総長が差し向けた刺客じゃない保証もない、です。」
「アッシュは、本物のルークなのですよ!!そんなわけ」
アッシュの事を庇うためにナタリアも参戦する。
「ナタリア姫、貴方もアッシュを庇う理由などないはずですが。
・・というより、本物のルークであるとかは兎も角、現在ダアトで師団長まで務める他国の軍人を何故そこまで信じるんですか。しかも、アッシュは、貴方の守るべき国であるキムラスカの軍港カイツールを襲撃して数多のキムラスカ国民を虐殺した人間ですよ。・・まさかもう忘れていたとか言いませんよね?」
「な、な、・・それは!」
忘れていたのだろう。イザナの言葉を理解したナタリアが顔を青ざめさせてアッシュを振り返った。アッシュも目を見開いて固まる。
「アッシュも、本当に貴方が元”ルーク・フォン・ファブレ”であっても、そこまで自国に被害を与えた人間が、今更どの面下げて名乗り出るつもりです?」
「・・タルタロス襲撃にも、アッシュは参加してた、です。」
「おや、つまりアッシュはマルクトにとっても敵ですね。
しかもジェイドは直属の部下を皆殺しにされた。 ・・・おやおや、そういえばジェイド、貴方もアッシュの事を当然の様に許してますが、何故ですか?」
「・・・・」
続けていったイザナとアリエッタから目をそらしたジェイドが無言で眼鏡を押し上げる。
今更思い出しましたなどと口には出せないが、全員が悟る。
・・こいつも今までアッシュの所業を忘れきっていたのだと。
「アニス、貴方もです。アッシュは僕を誘拐したり、タルタロスを強奪してキムラスカを走り回ったりと散々暴挙を繰り返していたわけですが、先程僕が彼を警戒したときに、僕のほうを咎めた理由を聞かせてくれますか。・・・まさか、守護役の貴方が導師である僕より、敵だった六神将の言葉を信じていた、なんてことはあるはずないですね?」
「そ、それ、は・・・」
うろたえて視線を泳がせるアニス。答えはない。
「で、ガイ。タルタロスでは譜術付の奇襲、国境でも頭上からの不意打ち、カイツールに至っては人質を取ってまでルークの身柄を渡せと脅迫してきたアッシュですけど、・・・ルークの護衛でありながら、アッシュに対する態度が随分と柔らかいですね。タルタロスの上ではルークに対して散々追い詰める言葉を言っていたくせに。」
「・・・・・」
無言。暗い目で足元を見るガイ。
「最後ですから、もう一度教えて差し上げます。
・・・アクゼリュスの崩落は、確かにルークの超振動が原因です。」
「だったら!!」
「「・・黙れ(です)」」
ドガ、と鈍い音を立てて崩れ落ちるアッシュ。
イオンの言葉にしつこく反論の糸口を見出そうとするアッシュを、とうとう実力行使で沈めたイザナとアリエッタの蹴りが決まったのだ。慌てて駆け寄るナタリアの回復譜術の効果が現れるのを待たずにイオンが続ける。
「ですが、ルークの意思は介在していませんでした。
超振動が発動したのは、ヴァンが、ルークにかけていた暗示の所為です。」
「「暗示?!」」
「に、兄さんが、そんなこと」
驚愕の声を揃えるガイとジェイドは気まずげな視線を泳がせる。流石にその事実を踏まえてルークに責任を問うことがどういうことかは理解したらしい。ティアがなおもヴァンを庇おうとするが、ここにきてティアに同情するものはいなかった。
「暗示をかけられてしまった人間が、自力で打ち破るのは至難のわざです。そもそも騙されていただけだとしても、一番悪いのはヴァンに決まっているでしょう。何処の世界に騙した人間よりも、騙された人間の方が悪いなどと判断する理屈が存在するんですか。」
「ティア、貴方が最初にファブレ襲撃などという犯罪史上に残るような大犯罪を犯したのは、ヴァンを疑っていたからでしょう。何を今更初耳ですみたいな顔で驚くんです。貴方がヴァンに対する疑いを、そこのジェイドにでも話しておけば防げた事態だとは考えかったんですか?」
「しかも、ルークを責めた理由は、”敵であったアッシュが言ったから”・・・馬鹿ばっかり、です」
とどめにアリエッタの溜息。あどけない表情を侮蔑に染め上げて落とされた言葉は、遅すぎる理解に及んだ男二人の精神を引き裂く。反論の余地は無くとも往生際悪く視線を泳がせる女性陣にも等しく侮蔑は向けられた。
「ま、一つ安心して良いですよ?」
「アクゼリュスの人たちは、無事、です。
アリエッタが、お友達に頼んで避難させました、です。」
「元々、僕とルークの役割は、ヴァンに対する囮だったんです。
・・・暗示の発動を防げなかったのは僕の失態ですが。」
一転して業とらしい朗らかさで言い放ったイザナ。アリエッタも笑って言った。最後のイオンが悔しげに零した言葉まで聞いた者達は目を白黒させている。
「ははは!ま、貴方方にとっては唯一の朗報ですから喜んだらどうですか?」
「・・・どういう意味です、か」
辛うじて問い返したジェイドに、三人がそっくりの表情で笑って言った。
「「「どうって、当然でしょう?」」」
「貴方方がルークに対して行った不敬や侮辱を、ありのままに両国に報告しただけです。」
「ティア・グランツがルークを誘拐したにも関わらず、守るべき民間人を無理矢理戦闘させたことや、王族のルークにたいする敬称なしの呼び捨て、道中繰り返された侮辱発言、とか」
「マルクトの大差殿が誘拐された被害者を連行して己の任務に無理矢理協力させるために行った脅迫、 軍人の癖に訓練を受けても居ない民間人に己のみを守らせた事とか」
「アッシュが参加したタルタロス襲撃に虐殺、国境での戦闘行為、キムラスカ軍港襲撃、導師誘拐に和平妨害、王族の殺人未遂」
「ナタリア殿下の、王命反逆、・・行くなという命令に逆らって、城を出たこと、です。親善大使への脅迫、・・総長からの言葉に悩んでいたルークに、連れて行かなきゃばらすっていった、こと、です。」
「ガイは、公私の分別なく道中通して主のルークの言葉を聞き流して他国の軍人であるジェイドを立ててたこととか、ルークの護衛の癖にルークを守ることを全くしなかったこととか。・・・貴方の出自、とか、ね?」
「アニスは、僕の護衛の癖に何回も傍を離れたり、不寝番もせずに誘拐を見逃したり、ルークに対する不敬もありますし、 後は・・・・(スパイ、の件ですよ)わかりますね?」
三人の言葉が続くたびに顔色を失くしていく面々。
アニスは、イオンが唇の動きだけで伝えた言葉に卒倒寸前で立ち尽くす。ガイは、出自、の言葉で己の素性・・ファブレに復讐するために名を偽っていたマルクトのガルディオスの嫡子であることを知られていると悟って身体を震わせた。犯罪者の自覚が無かったティアの反論はジェイドが辛うじて抑えるが、ジェイド自身の罪を列挙されて今更立場を認識したため背筋の冷や汗は止まらない。アッシュとナタリアはその場で呆然と寄り添うが、犯罪者の傷の嘗めあいにしか見えずにイザナたちの失笑をかった。
「ふふふ、ルークを散々傷つけてきたんです。
・・・これから、その罪の重さを思い知ると良い。」
「アリエッタも、ルークの敵に、容赦はしません、です」
「貴方方を両国がどう扱うのか、ゆっくり見せてもらいますね♪
僕も道中散々苦労させられたことですし」
顔面蒼白で固まるもの達に、少し溜飲を下げた三人が朗らかに言い放った。そしてくるりと踵を返すと、今までの殺気はなんだったんだと聞きたくなるくらい柔らかな笑みで、ライガに守られているルークに歩み寄る。
「さて、ではさっそく外殻大地に戻りましょうか」
「はい、です。やっと総長を処分できる、です。」
「では、キムラスカとマルクトは了承してくれたのですね?」
宣言したイザナにイオンが勇んで問いかける。答える二人も満面の笑みだ。
「ええ勿論。・・・ふふふ、抜かりはありませんよ。」
「これで大地降下作戦を成功させたら、ルークは自由になれる、です」
「やりましたね!イザナ様、アリエッタ!!
これで晴れて一緒に暮らすことができます!!」
更に笑顔を輝かせてルークの髪を梳く。ライガも嬉しげに喉を鳴らした。
「ええ、可愛い僕らのルークと、誰憚ることなく家族として暮らせるようになります。」
「新しいお家も、準備万端、です」
「では早速帰って作戦を終わらせましょう!!
僕ルークと一緒のベッドで寝たりしたいです!」
「安心してください、一部屋占領するくらい大きなベッドを買いました。全員で並んで寝たりもできますよ。」
「アリエッタも一緒です。シンクとディストも待ってる、です。」
「はい!楽しみです!」
年相応の顔で嬉しげに笑うイオンの頭を撫でながらイザナが言った。アリエッタも楽しそうに、今頃証拠を揃えて自分達を待っているはずの仲間の名を上げて笑う。そして三人が覗き込むのは、安心したように眠るルークの可愛らしい寝顔だ。
「「「癒されます(です)」」」
揃う溜息。ほんわりと空気が緩む。
「僕、ルークの平穏のためなら世界統一しても構いません。」
「アリエッタも手伝う、です」
「あ、良い考えですね。
キムラスカはどうしようもないですし、マルクトも頼れないことが今回のことで良くわかりましたから。」
「「「・・・やっちゃう(です)?」」」
にやり、と笑う。
「では、まずは予定通りの作戦を終わらせて、」
「両国には、今までの失態を突きつければ、OK、です。
抵抗しても、アリエッタ達に叶う軍などありません、です。」
「僕キムラスカなら一人でも潰せる気がしてます。
なんせルークを殺そうとしてた国ですから!」
「じゃあ、僕はマルクトいきましょうか。
ジェイドの態度は影で見ていて腸が煮える所か沸騰して蒸発するかと思ってましたから」
「シンクとディストとお友達がいれば、怖いものなし、です」
「いざ、参りましょう!!僕らの明るい未来の為に!」
「「「おーーーー!!」」」
物騒な会話が遠ざかっていく。
後に残されたのは、現実逃避しか出来ない元親善大使一行と神託の盾騎士団の特務師団長のみ。騒ぎに気づくが物騒な雰囲気に慄き隠れて様子を伺っていたユリアシティの住人が、去り行くイザナ達を恐る恐る見送る。
その後、無事外殻大地を降下させて指し当たっての世界崩壊は免れたオールドラント。
が、今までどおり、三国が無事に歴史を重ねることが出来たかどうかは
・・・貴方の心の中で。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
「おかえりなさいませ、ルーク様。」
フリングス侯爵との外出から帰ったルークを、与えられていた客室で出迎えたのはガイだった。まず会うのならカイトだと思っていたルークは少し驚く。ガイの何やら鬱屈した感情を察していたから尚更に。
「ああ、ただいま。・・せっかく来てくれてたのに部屋に閉じ込めておいて悪かったな。」
「いいえ、」
「・・なんか、あったのか?」
「何も、ありません。」
「だが、」
ガイが、ルークの迎えに寄越された理由は、恐らくシュザンヌが与えた最後の機会だ。ファブレの外の世界で、計画の本格始動前に決着をつけておけということだろう。ガイは、ヴァンと親しいのだ。真実を話せないならば、何れ遠ざける必要がある。その期限がぎりぎりにまで迫っていることも察していたが、母に余計な手間をかけさせるまで決断できなかった己の優柔不断さにはすこし呆れてしまう。
だから、ルークも心を決めねばならない。
「・・・お前、何かいいたい事があるんじゃないか?」
「・・・・・ルーク、様は、」
「お帰りなさいませ!マスター!!」
「お帰りですの!!」
逡巡しながら口を開いたガイの言葉を遮って部屋に飛び込んできた、青い影が、二つ。
「・・・・・カイト、ミュウ。」
「マスターがお帰りになるのをお待ちしてました!!・・あれ?何かありましたか?」
「どーしたんですのー?ご主人様もガイさんも元気ないですの?」
「・・いや、なんでもないよ。・・ルーク様、それでは失礼いたします」
低い声で名を呼ぶが、そんな様子には全く気づかない忠犬コンビが屈託のない様子で首を傾げた。ルークもガイも、お互いにタイミングを逃したことを知る。ガイは直ぐにいつもどおりの爽やかな笑みで挨拶して部屋を出た。残されたルークが脱力して傍らの椅子に座る。
「マスター?」
「ご主人様?」
「お前ら、なあ・・・・あ~~~もう良いよ。で?待機中になんかあったか?」
「いいえ、ただマスターに早く会いたかっただけです!」
「ですのー!」
「あーはいはい。大人しく待ってて偉かったな。・・ほら土産もあるぞ。」
「ありがとうございます!!」
「ありがとですの!!」
青年の姿の割りに感情の機微が幼いカイトと、まだまだ子どものミュウはやけに気が合うようだった。特に両方がルークを第一に考えているところとあけっぴろな好意の現し方が特に。その明るさがルークにとっては癒しであるのは事実であるが、細かい空気を読み解けるようになってくれればもっと言うことはなくなるのに、と思いつつ苦笑した。
(こいつら見てると、深刻にはなりきれねぇなぁ・・・ガイとは、また機会を選んで話すしか、ない、か・・・)
イオンは、与えられた客室で休んでいた。セントビナー滞在の理由の一つがイオンの回復のためであるのだから、ふらふら出歩く姿を見せるわけにもいかないという理由もあったが、常人よりも体力が不足しているのも本当なのだ。これまでは気力で頑張っていたが、ラクス達に保護されたことで気が緩んだらしく、微熱があった。カナードはアニスを追いかけてもらっているのでまたもや一人であるが不安はあまりなかった。
「---失礼いたします、導師イオン。
ルーク様とレン様がいらっしゃいましたが、お通しいたしますか。」
「ああ、ありがとう。二人に入ってもらってください。」
休んでいたベッドから身を起こして簡単に身支度を整える。そうするうちにメイドに案内されたルークとレンがやってきた。
「失礼いたします。導師イオン、お加減はいかがでしょうか?」
「失礼いたします。お休みのところをお邪魔いたしまして申し訳ございません。」
「いいえ、ありがとうございます。
・・・お二人とも、此処は一時的とはいえ僕の私室ですから、どうか普通に話しませんか。できればカイト殿達と話すような感じでお願いします。僕のこともどうかイオンと。」
ルークとレンが何くれとなく気にかけてくれるからだ。本当に一人きりならともかく、短い期間とはいえ、それなりに一緒に過ごした同年代の知人の存在はイオンにとって嬉しいものだった。未だ友人未満、ではあるので口調が固いがそれも追々親しさを深めていけば友人にもなれそうだと密かに浮かれていた。
「・・・そうですね。・・いえ、そうだな、ではイオン、私、いえ俺のこともルークで。」
イオンの表情を読んで、内心を悟ったらしいルークが、まず口調を崩して表情を気安いものに改める。それをみたレンも倣った。
「では私のことも、レン、でお願いします。イオンさん、でよろし・・いえ、良いです、か?」
ルークの口調はまだ多少敬語が残っているが、この程度は仕方ない。レンのほうは、素でもこの話し方なのだ。これからもっと親しく慣れたら自然に話せるようになるだろうし、と、イオンは満足げな笑顔で肯いた。
「はい、ではルークとレン、でいいですか?」
「「はい。」」
ルークとレンが肩の力を抜いて笑う。三人の間の緊張が緩む。
「ああ、昨日は俺たち、フリングス侯爵の案内で町の観光をしてたんですけど、」
「イオンさんは療養中ということでご一緒できなかったでしょう?
だから、代わりといっては何ですが、お土産を買ってきたんです。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
笑いながらレンは一緒に運んでもらった箱を示す。先程のメイドが持ってきて傍らのテーブルにおいていって貰ったものだ。二人の許可を得てからイオンは箱を開けてみた。
「この町は花を使った加工品が多くて、どれもとても綺麗だったから、是非イオンも見てみたいだろうと思って。」
「はい、私が選ばせて頂いたものなのですが。」
「これは、・・綺麗です、ね。とても良い香りもします。」
箱の中身は精緻な細工の銀の籠に盛られた飴菓子だった。透明や琥珀や薄紅の小さな立方体の中に、小さな花が閉じ込められている。其々の味と香りも違うらしく、添えられた説明書きのカードを読む。食べるのが勿体無いが、食べてみたらどんな味がするのかと想像するだけで楽しくなる一品だった。
「以前、レンが食べたことがあるらしくて、フリングス侯爵に聞いた店で買ってきたんです。」
「はい、兄が頂いた物だったのですが、綺麗なお菓子でとてもおいしかったので、是非と思いまして。」
「ありがとうございます!嬉しいです。他には何を見ましたか?」
三人で和気藹々と話す。二人の土産話を楽しみながら、一方で何とか今日は無事に過ごせそうだと安堵する。カナードは表向き正式な導師からの使いとしてダアトに知らせを持っていっていることになっている。同時に鳩で連絡しておいた守護役の増員を待っているのだとも説明されているはずだ。
(アリエッタならばもうダアトに戻っているだろうし・・カナードの腹心かトリトハイムが選んだメンバーならば問題はない。 こうなると、現時点でヴァンが拘束中なのは都合が良いですね)
「・・へぇ、では是非、次の機会には一緒にまわりましょう。僕も直接見てみたいです。」
「はい、じゃあイオンが回復したら一緒にでかけようか。約束ですよ?」
「ふふふふ」
楽しげに笑う二人に、イオンも癒される。イオンが寂しくないように、と出かける前にも言付けをくれたりメイドを通じて体調はどうなのかと心配する様子も聞いている。隠し事をしている身としては些か辛いところだが、二人の優しさはイオンにとって何よりの薬であった。本来年単位での準備が必要な使者の派遣であるから、このくらいの滞在期間を疑われることはない、と信じたいところである。
(幾らなんでもカナードが引き返す時間はないですけど、カイツールにいくまでにアニスを捕まえておいてくれれば親書は無事に確保できる。カイツール側から捜索しているラクス殿の部下もいるはずだし・・連絡が来次第追いかければ、親書の不在を隠しきれる、筈、・・・とにかくカナードか、ラクス殿の手配した方からの連絡が届けば・・)
内心の必死さをおくびにも出さずに談笑を楽しむ。今イオンに出来るのは、二人と共に準備を待っているという演技だけなのだから余計なことは考えずに交流だけに集中することにした。
(・・・・・・チーグルの森で話そうと思ってたことは・・今は置いておいたほうが良いでしょうしね)
ルーク・フォン・ファブレ、”聖なる焔の光”に、預言についての考えを聞いてみたかったのだ。これはイザナからの指示でなくイオンの独断だが、ルークがキムラスカの預言についてどう考えているのか確認してみようと思っていた。アッシュとルークの相似性・・・表情雰囲気があそこまで違うにも関わらず、どう見ても二人は全く同じ容姿であると判るほどの相似性に、被験者・レプリカであると確信したが、だったら尚更ルークに預言についてを聞いてみたかった。
(アッシュの事も、・・・多分気づいているみたいですけど、アッシュが何故ダアトにいるのか、はどうなんでしょうか。 知って、いるのか、いないのか・・・知ってても、どう考えるのか、を聞いておきたいところですけど・・・)
今、余計な話を持ちかけて、隠し事を察知される危険は犯せなかった。個人的な感想を言えば、ルークはとても優しい人物だ。ほぼ初対面のイオンや、魔物であるライガの命や安全を本気で守ろうとする位に、生きることに対して真摯に考えているようだった。だが、彼はとても優秀な王族でもある。もしも、キムラスカの繁栄を詠まれた預言に従うことを命じられて、あるいは彼自身が預言を信じていたら、その優しさを置いても国の決定に従う可能性もあった。国の為、であると判断したら己の命を惜しんで逃げるような真似をするとは思えない。
(唯々諾々と従うことはしないでしょうけど、自分で決めたら最後まで貫くでしょうね。たとえそれが己の死でも。)
これまでの彼の様子を見て、その頑固さと意思の強さも理解した。
その彼が、預言について何処まで知っているのか、是非確認しておきたかったのだ。
(けど、今は無理、か。バチカルに着くまでに聞く機会があればいいんですけど・・・)
「---失礼いたします、導師イオン、導師守護役の方がお見えです、お通しして宜しいでしょうか。
「ああ!到着してくれたんですね。はい、ではお願いします。」
そこで再びメイドが扉越しに伺いを立てる。一つ懸念事項が減った事をしったイオンが、にこやかに許可を出した。そこでルークとレンが目配せをした。退出の挨拶をしようと思っているのだろう。
「では、イオン、俺たちは、」
「いえ、ルーク、レンも、どうか新しい守護役に紹介したいのでいてくださいませんか。」
「そう、ですか?ではお言葉に甘えて」
「はい、ありがとうございます。」
二人を引き止めて扉に向き直ると同時に、小柄な少女が入室した。ローズピンクの髪のあどけない表情の少女。アリエッタだ。イオンがあからさまに安堵する。その様子に、アリエッタがイオンの心許せる味方なのだと悟ったらしいルークとレンが安心したようににっこりと笑っていた。
(ああ、本当にお二人に隠し事は気が引けますねぇ・・・)
「アリエッタ、ご苦労様です。」
二人が本当に自分を心配してくれていることを実感して尚更良心が痛むが、仕方がないと気を引き締めてアリエッタに声をかける。
「顔を上げてください。発言も許可します。
・・・ルーク、レン。ダアトから導師守護役として新しく派遣されたアリエッタ響手です。二年前に一度守護役を降りて師団長になっていたのですが、今度のことで改めて守護役に任じられることになりました。
アリエッタ、こちらのお二人が、キムラスカ・ランバルディア王国のルーク殿とレン殿です」
「ご紹介に預かりました、キムラスカ・ランバルディア王国国軍元帥クリムゾン・ヘアツォーク・ふぉん・ファブレが一子、ルーク・フォン・ファブレです。はじめまして」
「初めてお目にかかります。キムラスカ・ランバルディア王国ヤマト公爵ハルマ・ヤマトが第二子、レン・ヤマト、と申します。どうぞ、お見知りおきを」
イオンに紹介された二人はアリエッタに一礼する。
「お初にお目にかかり、ます。ローレライ教団神託の盾騎士団所属、アリエッタ響手、です。ご尊顔を拝謁できて光栄、です。」
僅かにぎこちないテンポであるが、礼儀正しい立ち居振る舞いで紹介された2人に名乗るアリエッタ。その濃いピンク色の瞳がルークとレンを認めて僅かに和む。その表情に既視感を覚えて二人は内心不思議に思う。が口には出さずにイオンが進めるまま再び腰を落ち着ける。アリエッタは許可を得てイオンの傍らに控える。急いで着てくれたアリエッタにはわるいが、此処で二人を追い出すのも気が引けたのだ。それを視線で伝えるとアリエッタも無言で肯いてくれた。それに甘えて再び三人で談笑する。その間時々イオンやルークから向けられた会話に控えめに答えつつ護衛の心得に忠実にしたがって無表情のまま静かに控えるアリエッタだが、心なしそわそわと二人の動きに反応しているのに気づく。不思議に思ってアリエッタに訊ねた。
「アリエッタ?どうかしましたか、先程からお二人が気になるようですが。」
「いえ、失礼、しました、です。」
ルークとレンも気づいていたらしい。優しく笑ってアリエッタに促してくれる。
「どうぞ、楽になさってください。此処は私的な場、ですから。ねぇイオン。」
「はい、ありがとうございます、ルーク。
・・アリエッタ?何かいいたい事があるのならどうぞいってみてください。」
それでも躊躇っていたアリエッタだが、再びイオンが呼ぶとたどたどしく話し始めた。
「あの、・・・イオン様、と、ルーク、様、レン、様、がママを、助けてくれたって、聞きました、です。
ありがとうございました、です。」
「「「ママ?」」」
「あの、アリエッタ?ママ、というのは、・・・もしかして、ライガクイーン、ですか?」
揃って疑問の声を上げた三人だが、はっとしたようにイオンが尋ねる。
「はい、です。アリエッタのママ、火事でお家が無くなってチーグルの森にいた、です。
でも、そのままじゃ人間に追われるかもしれないって、教えてくれた人がいた、って聞きました。
あと、ママとアリエッタの弟妹を守るために戦ってくれた人、いるって。」
「イオン?」
「ああ、すみません。彼女はホド戦争で両親を失って魔物に育てられたんです。
魔物と会話できる能力を買われて神託の盾騎士団に入隊しました。」
「はい、です。イオン、様には詳しく話してなかった、です、けどライガクイーンが、アリエッタのママ、です。」
「そうだったんですか。ではご無事に新しい住居に着いたんですね」
「はい、イオン様、新しいお家を教えてくれてありがとうございました、です。」
その会話を聞いて納得するルークとレン。二人も喜んでアリエッタに訊ねる。先程の既視感の理由も悟る。あのアリエッタの表情は、クイーンがレンを見つめたときにした表情とそっくりだ。
「成る程、そうかアリエッタの表情はクイーンに良く似てるな。
・・じゃあクイーンも卵も無事なんだな。」
「女王陛下のお体の具合はどうかしら?あの後体調を崩されたということは、」
「いいえ、元気、です。弟妹達も無事に生まれました、です。
ルークさまとレン様も、ママのこと心配してくれて、ありがとうございました、です。」
アリエッタも、純粋に母を心配してくれる二人に何時も以上の笑顔で答える。人見知りが激しく、仕事以外ではイザナやカナード達身内の人間には大抵顔を隠してしか言葉を交せないはずのアリエッタには珍しいことだ。それだけ二人の気持ちが嬉しかったのだろう。イオンも喜んで会話に加わった。
「ではレンがかけてくれた譜術が効いたのですね。
産後の身体であの距離を移動するのは確かに大変だから気になっていたのですよ。」
「はい、です。ママも、黒髪の少女が、使ってくれた術のお陰で元気になったっていってました、です。」
「よかった、教えてくれてありがとう、アリエッタ。」
「ああ、これで安心できるな。無事かどうか俺たちじゃ確認しようがないから気にはなってたんだ。ありがとな、アリエッタ。」
お礼を言いたかったのはアリエッタのほうなのに、反対にお礼の言葉を貰ったアリエッタが表情を輝かす。ルークとレンに本当に好意を抱いたらしく、その手に持っていたぬいぐるみをぎゅう、と抱きしめている。魔物に育てられたということで神託の盾騎士団では何かと差別的な扱いを受けたりしていた彼女にとって、二人の言葉は警戒心を溶かしきるのに十分な効果があったらしい。イオンにとっては時に怖い姉のようなアリエッタの、少女のような笑顔は珍しくも嬉しいものだから尚更浮かれてルーク達との会話を楽しんだ。いつの間にか夕食時になって、メイドから呼ばれるまで夢中になってしまった。
「---ああ、こんな時間まで失礼しました。
見舞いに来たのに却ってお疲れになったのでは、」
「すみません、イオンさん。気が利かなくて。今日はこれで失礼しますね。」
「いいえ、とても楽しく過ごせて嬉しかったです。また是非遊びに来てください。」
「・・アリエッタも、また、お話したい、です。」
慌てて暇を告げるルークとレン。イオンはルークの言葉に首を振ってにこやかに見送る。アリエッタもレンに笑いながら強請っている。二人が礼儀正しく一礼して扉をとざすまでイオンとアリエッタは満面の笑みで見送った。
「・・アリエッタもすみません。つい夢中になってしまいました。」
「いいえ、アリエッタも楽しかった、です。お二人とも、いい、ひとです。」
お互いに苦笑で謝りあって、報告と話し合いを始めた。
「ええ、本当に。できれば平和なときにお会いしたかったですね・・・で、早速、というには時間を置いてしまいましたが、貴方が来てくれたと言う事はカナードはもうアニスに追いつけた頃でしょうか。」
「はい、です。此処に来る途中、まずはカナードに、お友達を貸すように、イザナ様に、言われてました、です」
「ああ、流石ですね。では親書の確保はもう出来ているでしょう。あとは知らせを受け取って此処から出発すればなんとか」
「はい、一番飛ぶのが速いお友達にお願いしたので、大丈夫だと思います、です。」
昼間の焦燥が解消されていく。隠さなければならない事情はそのままだが、取りあえずの目処はついたのだ。
「で、アニスの処分はどうしますか?イザナ様は何と?」
「はい、アニスはイオンに任せる、と。どうします、か?」
「・・・・そうですか、・・・では、この件はラクス殿と相談して決めましょう。アニスのスパイ疑惑が確定したらどの道マルクトに引き渡す必要がありますからね。タルタロスの件で」
「わかりました。では、そう伝えます、です」
「それで貴方はこのまま、僕の守護役、でいいんですね?」
「はい、キムラスカに着くまでアリエッタが守護役を引き継ぐことになります。よろしくおねがいします、です。」
「よろしくお願いします。(イザナ様は・・・機嫌が悪いでしょうねぇ)」
「イオン、どうかしましたか?」
「いいえ、なんでもないですよ。では、もうラクス殿がお待ちでしょう、食堂に行きましょうか。」
「はい、・・では、イオン様。失礼します、です。」
表情を切り替えてきびきびと付き従うアリエッタに、イオンも導師としての表情を貼り付ける。昼間は忙しく走り回るラクスも夜には屋敷に戻ってルーク達に顔を見せているのだ。だから何か話があるのなら夕食後に訪ねるしかない。疲れているだろうところに申し訳ないが、少しでも朗報を持って言って話を先に進めよう。
(ラクス殿には悪いですが、・・これもジェイド・カーティスの同胞ということで諦めていただきましょう)
慈愛に満ち溢れる笑みの下で、意外と言うか当然というかひっそりと厳しいイオンの線引き。こういうところがカナードに、腹黒いと嘆かれる要因なのである。・・・やっぱり、イオンも権力者のひとりであるということだろう。
(まあ、アニスの件を含めても、・・・まだダアトのカードが優勢、ですね。ああ、早くモースを引き払いたいです。)
物騒な呟きを余所に、見た目だけは平穏なマルクト有数の観光地の夜は更ける。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
クライン家所有陸上装甲艦エターナルに保護されることになった一行は、今までの旅路が嘘のように順調にセントビナーに到着していた。この町で休養と準備を兼ねて数日滞在してからの出発になる。
ラクスのことは信用できるが、幾らなんでも戦艦でカイツールまで向かうことをルークの権限で許可はできない。
それはマルクト側も承知していたので快く同意してくれた。
が、此処で問題になるのは移動の方法だ。本来なら馬車に乗ってしまえばいいのだが、途中で如何しても徒歩が必要になる。・・・どこぞの失格軍人が壊しっぱなしで放置したローテルロー橋の修復が間に合わなかったのだ。
幾らマルクトの総力を挙げても、この短期間で直しきるのは不可能なため、フーブラス川を渡る前後に馬車を降りなければならない。かといって、川を渡った以降も、イオンとルーク達を徒歩で最後まで歩かせるわけにも行かない。そのため緊急に伝令を飛ばして向こう岸に移動の馬車を用意する時間が必要になったのだ。
加えて、ルークとレンは突然の事故で着の身着のまま飛ばされて旅の荷物など無いに等しいし、元々余り丈夫ではないイオンの回復も必要だ。
ということで、一行はセントビナーにて、一時の休日を過ごすことになったのである。
・・・表向きは。
キムラスカ側の人間にはそういう理由だと説明された。が、此処で再びマルクトとダアト側にとって最悪の事実が発覚したのだ。
「----どういうことです。ジェイド・カーティス。もう一度、仰い。
・・・陛下からお預かりした和平の親書を、どうなさったと?」
「・・・ですから、神託の盾騎士団から親書を守るために、」
おどろおどろしいラクスの詰問に、項垂れながらジェイドが答える。繰り返された尋問に根こそぎ反抗の気力を奪われたジェイドは素直に話はするのだが、その内容は、どれ一つとってもまともな政治感覚を持つ人間にとっては耳を疑いたい代物ばかりであった。
・・・導師イオンをお連れした経緯に始まり、タルタロスでの盗賊を追いかけたこと、エンゲーブでの盗難事件での騒動、チーグルとライガの抗争、誘拐された被害者であるルークとレンを連行した挙句に脅迫、そしてタルタロス襲撃中のジェイドが行った不敬に侮辱に戦闘強要に・・・その他諸々。
常々ジェイドの高慢さには眉を顰めて苦々しい思いを抱いていたラクスであるが、此処まで救いがたい愚か者であるなど考えもよらなかった。尋問に立ち会う書記官の手は震えっぱなしだ。勿論怒り故に、である。・・・之ほどの事実を踏まえた上で、キムラスカに対等の交渉しようなどと言い出せるはずもない。ダアトに対しても同様だ。ダアト側もマルクトに対する借りがある、が未だにマルクトが借りているモノのほうが大きい状態だ。
タルタロス襲撃は恐らく和平反対派の策略だろうが、マルクトには誘拐まがいに導師を連れ出した事実がある。人道的にどうであろうが、世界の象徴である導師の安全と、軍人達の命では、導師の安全に比重が傾いてしまうものなのだ。つまり、襲撃自体の真意がどうだろうと、名目が導師の保護であった以上マルクトに不利である事実は変わらず、加えて道中重ねられ続けたジェイドの不敬に侮辱がある。
・・・どう頑張っても精精不利になり過ぎないように駆け引きを駆使する位しか出来なくなった。それを、導師も承知している。だから、今判明した事態の収拾のため、ととある事実をマルクトに告げることができたのだ。
憎しみと怒りで人を殺せるなら、ジェイドもピオニーも既に数百回死んでいる。
(・・・・陛下、このような愚物に、何を期待していたのですか!!)
ラクスはわなわなと震えながら、必死に理性を保つ。ここで激昂しても事態は改善しないのだから、冷静にならなくてはならない。
「・・・・貴方は、選りにもよって、陛下からの親書という国家機密を、他国の、軍人に、預けた、と仰るのですね。」
「ですから、親書を襲撃から守るために、」
「お黙りなさい。・・国家機密でなく通常任務の報告書などであっても、軍務に関する資料を、他国の人間の目に触れさせるなど許される事ではありません。しかも、貴方が預かっていたのは今まで敵対していた国との和平を結ぶための親書です。
・・それを、ダアトの軍人であるアニス・タトリンに預けて、守るため、ですって?己の所属する組織の機密を、他組織の人間に渡しておいて、守る?どんな冗談ですの?
・・・軍人以前に、世間一般の常識を一から学びなおしなさい!!
貴方の行為は、届け物として預かった品物を、届け先ではない無関係の他人にその品物を渡してしまったのと同じことです。小さな子どものお使いではないのですよ!!仮にも成人して久しい大人の男が、その程度の事も理解出来なかったのですか!!」
「親書を襲撃犯から守るために、他に方法が、」
「・・・もしも、アニスタトリンが、貴方が警戒していた和平反対派に属する人間だったら?もしも、個人的にマルクトに何か怨恨でも抱えている人間だったら?・・・その程度の想像も出来ませんでしたか。」
「アニスは、導師守護役で、」
「導師の部下である神託の盾騎士団に襲撃されて、親書を守ろうと考えたのですわよね。・・・導師守護役だから、何ですか?まさか神託の盾騎士団は信用できずとも、守護役ならば信じられると?そもそも、何故そこでダアトの軍人なのです。貴方は直属の部隊を率いていたはずでしょう。親書の所在を一時的に隠したいというのなら、それこそ副官なりに預けて逃がす手もあったのです。・・・何故、アニス・タトリンに持たせる必要があったのか、」
「ですが、」
「・・・いい加減になさい。・・・もしも、アニス・タトリンが、和平反対派に通じている人間だったなら、親書をそのまま破棄してしまうだけで目的は叶うのですよ。 ・・・そして実際に、そのアニス・タトリンの行方が、知れない、と。・・・・・・・・ふ、ふふふ」
「行方は、一応わかっていると、」
「ふざけるのもいい加減になさい!!このような常識を疑うような軽薄な手紙のどこに信憑性があるというのです!!」
ぼそぼそと答えるジェイドを一喝する。そのラクスの手元には、セントビナーの軍部に預けられていたという、導師守護役からの手紙が握り締められている。駐屯軍のグレン・マクガヴァン将軍から渡されたそれを確認したラクスは、その場で卒倒したくなった。念のために、と導師にも読んでもらったがイオンも顔色を真っ青にして怒りの余り声が震えていた。カナードも同様である。
「親愛なるジェイド大佐へv
すっごく怖い思いをしたけどなんとか辿りつきました☆
例のものはちゃんと持ってま~す。誉めて誉めて♪
だけどこの辺りにも神託の盾騎士団が捜索してて、怖いので念のために先に第二地点へ向かうことにします。
アニスの大好きな(恥ずかしい~☆告っちゃったようv)ルークさまvはご無事ですか?
すごーく心配してます。早くルーク様vに逢いたいです☆
ついでにイオン様の事もよろしく。それではまた☆
アニスより。」
・・・何処の世界に、守るべき主より先に他国の人間の安否を気遣う守護役がいるのだろうか。そもそも主であるイオンを守ることよりも、他国の軍人であるジェイドの指示を優先して離脱した事も信じがたいが、その離脱理由である親書の扱いが軽すぎる。「ちゃんともってるから誉めて」ってなんだ。「怖いから先に行く」ってどういうことだ。やむを得ず主から離れなければならなかったとしても、先ず合流する努力もせずに一人だけ安全圏に逃れようなどと、守護役どころか軍人として失格以前の問題である。ダアトの人間の不始末で危険に巻き込まれたルークを気遣うのはまあ良いとしても、ならばレンの事も一緒に心配しろというのだ。さらには本来の最優先事項であるはずのイオンの安否をついで扱い。
それらが書かれた手紙の、とてもとても軍人が書いたなどとは信じたくない浮ついた文章。事態の重さを全く実感していない無防備な普通の便箋で無造作に預けられていた封筒。・・・・読み終えた瞬間にイオンとカナードが洩らした呪いの言葉に、ラクスも同調してしまった。この手紙が現時点で最悪の事実をラクスたちに知らせたものであることを思えば、呪いどころか手紙の差出人への殺意まで止まらなくなりそうだった。
マルクトからの親書を現在保持しているのがダアトの軍人であることも、その軍人の所在が確認できていないことも、どちらもルークとレンに知られてはならない。
ルークは何処をどうとっても非の打ち所ない完璧な公爵子息だった。王族としての嗜みや判断の力を兼ね備えている優秀な。ラクスが知る限りでも、ヤマト家の子息であるキラ・ヤマト准将と親しく交流を持ち、互いの連名で打ち出したという政策の優れた内容に高い評価が与えられていると聞く。実際にほんの少し言葉を交しただけでもその有能さがよくわかった。ルーク本人はラクス達やイオンに好意をもってくれているようだが、私情をキムラスカの王族としての立場よりも優先するような愚を冒すことはないだろう。
そしてレンの方もルークよりは僅かに未熟かもしれないが、公爵家の娘としての礼儀作法や立場の弁え方を良く理解して実践しようと努力しているのが見て取れた。ジェイド・カーティスに詰問しているときのように少し油断してしまう瞬間もあるようだが、あの程度の失態など失態のうちにも入らない。あれはある意味特別な事態であるためだろう。最初から最後までルークとイオンを立てて控えていた様子といい、公式の場で同じ事をするほどに未熟であるとも思えない。レンも個人としてラクスやアスラン、イオンへの純粋な好意が見て取れたがその感情を理由に、ルークが王族として下した判断に異を唱えることなどありえない。レン本人も聡明な少女だ。国の立場を考えてマルクトやダアトに情けをかけ過ぎることもないだろうし
・・・どう考えても今の事態を知られて尚、和平の申し出に良い答がもらえるとは思えなかった。
つまり、こんな事をキムラスカに知られたら全てが終わりだということだ。マルクトもダアトも必死に隠すしかない。
即アニス・タトリンの行方を捜索させる。
手紙にはカイツールにいると書かれているのでまずはそこを。
信じるには値しないから当然此処から移動可能な範囲全てを。
・・・時間がないというのに!!
そして、その指示を出している時、導師イオンから、アニスにあるとある疑惑が齎された。
・・彼女は、大詠士モースのスパイである可能性がある、と。
つまりタルタロスの情報を洩らした襲撃の共犯者ではないか、と。
いくら導師が誘拐された報復といっても、未だ乗艦した導師を保護する前にタルタロスを攻撃し始めるなど、本来ならばありえない。それは、もしや救出名目で導師を暗殺するつもりであったのでは、というわけだ。そう考えれば親書を預かりながら、勝手に先に進んでいるアニスノ行動にも納得できる。・・・もしや親書を改竄する可能性もあるのでは、と。
(・・・モースを処分する理由付け、でしょうね。暗殺は本当かもしれないけれど)
実際にイザナのレプリカを作って導師を挿げ替える計画はモースとヴァンの発案だ。彼らにとってレプリカなど代えのきく便利な道具である。今の導師であるイオンがおのれ等の目的をかなえる邪魔になると判断すればあっさり暗殺位してのけるだろう。だが、今はまだその判断を下していないはず。幾らなんでも実際に暗殺狙いでつけた監視役であるならば、既にイザナとカナードが処分しているだろう。
(教育にはスパルタですけど、イザナもカナードもイオンを可愛がっている。
命の危険まであるような囮役にはしないでしょう。
・・・モースの子飼いでスパイは本当。
モースが和平に反対している以上アニスも同じ立場でしょうけど、親書の改竄云々はこじつけですね。そこまでする可能性があったら、イオンがあそこまで落ちついてスパイ疑惑を話せたとも思えないし、・・・・それでもマルクトは協力するしかない)
最後まで撤退を渋り続けたリグレットの様子と途中離脱していたアッシュの行為を思い返せばそう考えるのも自然だというカナードの証言によってマルクト・ダアトの協力が決定された。導師誘拐の救出という理由を提供してしまったマルクトの不手際を見逃す代わりに、ダアトの内紛収拾の協力を、というわけだ。スパイかもしれないアニスの存在を黙っていた導師を責めることも出来ない。なにせ、そのスパイをつれてくることを選んだのは、当のジェイド・カーティスなのだから!!しかもアニス自身も、イオンよりジェイドの指示を優先したという事を
指摘されてしまえば反論の余地はない。最悪、マルクトがモースと結託して導師暗殺を企んだと言われても否定しきるれる材料が少ないのだ。いくらラクスでも逆らえるわけが無かった。
(シナリオはイザナ、かしら。ジェイドの強引な要請についてきたのもその為、ね。)
イザナたちに、ラクス個人が力を貸すことは構わない。しかし、モースを処分した後に混乱するだろうダアトの為に、クライン公爵が無条件で助力することはできない。お互いがそういう立場にいる。だが、モースの排除を実行したら何がしかの後ろ盾は必要だ。その為のイザナのシナリオ。・・・昔ほんの少し成長を促した年下の友人の立派な策謀に喜ぶべきか悔しがるべきかわからない。
「・・・どこまでも、厄介ごとを残してくれましたわね、ジェイド・カーティス。
・・・・この場で首を掻き切って差し上げたいのは山々ですが、貴方には利用価値があります。・・・死んだ気になって力を尽くしていただきますからね。覚悟なさい。」
最早ジェイドの自己判断能力になど期待する気は微塵もない。処刑してしまいたいのが本音だが、曲りなりにももと天才博士である。これから先起こるかもしれない事態に必要かもしれない為、とりあえず生かすことにしたのだ。勿論キムラスカの意向があれば従うが、差し当たってはアクゼリュスの救援に必要な譜業の開発にでも従事させるつもりのラクス。
冷たく言い捨てて牢を出る。
「・・・とにかく、アスランにルーク様とレン様の気を逸らしていただいている間に親書をとり戻さなければ。」
すさまじい気迫でエターナル内部を歩く。これから直属の部下を走りまわさなければならない。
「本当に、・・・・度し難い愚か者ばかりですこと・・・!!」
うんざりとこれからを思って溜息を吐いた。
どこまでも足を引っ張り続ける最悪の敵が、本来は身内の人間である事実をかみ締めて、女公爵の憂鬱は続行中だ。
「・・・アスランは、役得ですねぇ・・・」
うららかな陽光を浴びて、深い溜息をついた。
可愛らしい親愛と友愛で支えあっていた二人の少年少女を思い出す。傍から二人の会話を聞いているだけでほのぼのと出来た愛らしさ。同い年と聞いたが、ルークはあきらかにレンの事を妹のように扱って大事にしていたし、レンのほうもルークを守ろうと気を張りながらもまるで兄に甘える妹のように心の拠り所を見出していた。
・・その二人と一緒に過ごしているだろうアスランに、明確な嫉妬を覚えてラクスの溜息は深くなる。零れ落ちた独白は、これ以上ないくらいの羨望の響きをおびていた。
「私も、ルーク様とレン様と、一緒にすごして癒されたいですわね・・・」
「それにしてもここは「花の町」と呼ばれるだけはありますね。
道端を見渡すだけでも鮮やかな色が溢れて、とても美しい。」
折角滞在するのならと、アスランに誘われて観光中のルークが感嘆の声を上げた。
とにかくお二人には疑われること無く時間を稼げとラクスに命じられての苦肉の策だったのだが上手くいっているようだ。優雅な立ち居振る舞いや聡明な言動と、王族として非の打ち所のないルークも、矢張り17歳の若者だということだろう。本心から楽しそうにアスランの案内に応えを返してくれる。
「ありがとうございます。此処はマルクトでも有数の美しさを誇ると自負しておりますので。そういって頂けると嬉しいです。」
そしてルークとアスランの一歩後ろを、護衛の兵士に挟まれるようにして控えめについてくるレンにも話しかける。
「レン様はどの様な花がお好きでしょうか?
この町では花の栽培が盛んなのですが、生花は勿論、花を加工した装飾品や化粧品などもあるのですよ。宜しければ、専門の店が連なる通りにご案内いたしますが。」
「ありがとうございます。」
笑顔で返してくれるが、やはりどこまでも遠慮がちなままだ。
あの時の事を気にして緊張しているらしい。アスランもラクスも最初から気にしていないのだが、彼女は本気で反省しているらしく、二度と同じ事をしないように、と厳しすぎるほど自律している。あの失格軍人につめの垢でも煎じて飲ませてやりたい謙虚さだ。しかし、己の立場を弁えて決してルークに負担をかけてはならないと頑張る姿には感心するが、その緊張の度合いが些か痛々しく映った。そんな少女の強張った笑みをみていると、ラクスの指示など関係なく、何とかこの少女に心から笑って欲しい気持ちになるアスラン。
「他には、花やハーブを用いた菓子なども多いのですよ。
この町でしか作られていない種類もございます。」
「では材料となるハーブなどの店も多いのでは?」
「はい、専門店が連なったとおりが二つ先の角を曲がったところにあったはずです。ご覧になりますか?」
何とか少女の気に入りそうなものを、と色々な話題を振ってみる。それに答えたルークもどこか必死に会話を弾ませている。見るからにレンを大事にしているルークだから、落ち込んでいる少女の様子に気をもんでいるのだろう。こういう少年らしい優しさもアスランにはまぶしい限りである。マルクトという不慣れな土地で、決して緊張していないわけではないだろうに、王族としての立場を弁えた振る舞いを自然に行ったうえで、周囲への気遣いも忘れずに国王に告ぐ高い身分の者として下の者たちを守ろうとしている姿は尊敬すら覚えた。
ティア・グランツやジェイド・カーティスから受けた仕打ちを思えば、マルクトやダアトへ含むものがあっても仕方がないというのに、両国の人間を少数の人間の不始末を理由に一括りに拒絶することなく真摯に対応して広い視野で全体を理解しようとしている姿勢にも感心と感謝の念を覚えるアスラン。ルーク個人への好意の度合いが上昇している事を自覚する。他国の王族としてでなく、個人として出会えたなら年下の友人として良い関係が築けたのではとも思う。不遜な言い方だが、それだけ個人的に気に入っているのだ。
「レンは確か菓子作りが趣味だったな。
ハーブの専門店なら興味があるんじゃないか?」
「・・はい、では是非見てみたいのですが、よろしいでしょうか?
そういえば香りの良い花を使った飴菓子を以前見たことがあるのですが、あれもやはりこの町で作られたものでしょうか。 綺麗な白い花を閉じ込めた琥珀色の小さな立方体のお菓子で・・・」
レンも、気を使わせていることに気づいているのだろう。緊張したままではあるが、二人の言葉を無碍にはせず、何とか雰囲気を和ませようと努力している。少し不器用な性質なのだろう。社交界などではマイナスかもしれないが、アスランから見れば年若い少女の背伸びした様子が微笑ましく映った。誰かの優しさに甘えるのではなく、何とか周りの気持ちに答えようと努力する姿勢も好ましい。
「・・ええ、そうですね。そういう形状の菓子を見たことがあります。
あれは確かこの先にある店で、店主が自ら作っていると・・・・」
「本当ですか?もう一度食べてみたかったんです。
お店に寄らせていただいても宜しいでしょうか?」
「へえ、私も是非食べてみたいな。」
「では、こちらです。どうぞ、ルーク様、レン様」
先程よりも少しだけ安心したように笑ったレンがアスランを見上げる。
その嬉しそうな少女の声に、意外なほど安堵したアスランの声も常よりも柔らかく弾んだ。
付き合いの長いラクス位しか気づかない程度だが、アスランは確かに浮かれていた。
今現在、マルクトの失態をフォローするために忙殺されているだろうラクスに申し訳なく思いつつも、アスランはいつの間にかルークとレンの案内役を心から楽しんでいる自分に気づく。面映い気分だったが、悪くない。
(すみません、ラクス殿。
せめてきちんと誤魔化しきる役目は全うしますから)
裏事情はさておき、こちらは何処までも平穏な時間を楽しむ三人。町を彩る花々にも劣らぬほどに華やかな空気を振り撒きながら楽しいひと時を過ごしていた。
セントビナーの悲喜交々を余所に、カナードは全力でカイツールを目指していた。
勿論アニス・タトリンを捕獲して親書を取り戻すためだ。
こういうときにアリエッタのありがたみを痛感する。
イオンと共にエターナルに乗り込む際に、彼女のお友達を返してしまったことが悔やまれた。
一応イザナに知らせは飛ばしたが、アリエッタを向かわせてくれる余裕があるかはわからない。
「ってーか、このままじゃマルクトもダアトもやばいんじゃねぇか?
・・・キムラスカの弱みっつったって、アッシュなんて知らんとか言われたら終わりだしよ」
アッシュの存在がキムラスカへの切り札になり得るのは、キムラスカが血統を重視するからだ。現在生存する直系王族の数が少ない事を考えれば、アッシュを切り捨てることは出来ないだろうという判断の基、カードとして温存しているのである。
「・・・けど、あの”ルーク様”が、そんなリスクの高い存在を許容するかね。
必要なら、被験者だろうと切り捨てる覚悟位してるんじゃねぇか?
・・多分レプリカだって事くらい自覚してるっぽいしな」
その点はイオンと同意見であった。
ルークの言動を見るに、ヴァンが言い聞かせたという”マルクト誘拐説”なんて与太話を信じているとは思い難い。ヴァンのあの詰めの甘さで、あのルークを騙しきれている筈がない。と、言うことはヴァンの企みの一つ二つ調査済みだと考えるべきだろう。・・・アッシュは堂々と教団に存在している。裏など取らずとも、その容姿を確認するだけで事は済む。・・レプリカを知らないということもないだろう。ファブレの領地であるベルケンドにはレプリカの専門研究者だっていた筈だ。ならば、アッシュとルークの関係くらいもうわかっているだろうと思う。
・・・記憶喪失だったのはルークの方だ。
つまりルークがレプリカだと言う事位気づいているだろう。
「・・・したら普通に考えて、憎むのはルーク様のほうだと思うんだが
・・・なんでアッシュはああ迄こだわるんだ?」
ルークの事を考えていて浮かんだ疑問にカナードは首を傾げる。
アッシュは元々死の預言が怖くてヴァンの誘いに乗ったのだ。
身代わりを押し付けれらたレプリカが、被験者を憎むならともかく、何故アッシュが、ルークを憎むようになったのだろう。
「・・・そうだよな、・・・ヴァンが何か言い含めた、か?だが、・・・・」
詳しく調べたほうが良いかもしれない。
ヴァン自身は死の預言から逃れるためにレプリカを身代わりにしてアッシュを助ける、という甘言で連れてきたのだといっていた。だが、己がレプリカだと自覚していたルークが、アッシュをそのまま放っておいたとも思えない。今ダアトに籍を置かせているという事はアッシュ本人の身を守るために影武者にでもなるつもりなのかもしれないが、それならそれで連絡の一つも取って本人を安心させるための行動くらいしたのではないか?
ルークの気性はとても優しい少年らしいものであるとイオンも言っていた。身分を隠していて拒絶しにくかった
のかもしれないが、チーグルの森でイオンに付き合ったのはイオン自身の安否を気遣ったからであるとわかっていたのだ。それを利用して押し切った自分が言うのもなんだが、私人としてのルークは些かお人よしな性質らしいと苦笑していた。チーグルの愚行には本気で腹を立ててライガを守ることを一番考えていたようだとも言っていた。
そんなルークが、本気で被験者を放置していた筈はない。矢張り身代わりにされたことでわだかまりがあったとしても、完全に拒絶仕切るにはルークは優しすぎる。ルーク本人が対応せずとも誰か信用できる人間が手紙の一つも届ければいい話である。ならば、アッシュはルークの事を僅かなりとも知っているはずだ。で、ある以上ヴァンの「レプリカが居場所を奪った云々」説などを未だに信じているわけではないだろう。
だが、実際にアッシュは未だにヴァンの言うままにレプリカを怨んでいるように見えるのだ。
どう考えても、大人しく従っている振りでヴァンのスパイをしている様子もないし、ダアトの内情を探ろうとしているようにも見えない。一先ず預言からの保身のための隠れ蓑にダアトを利用しているにしては行動が派手すぎる。
・・・なんで、アッシュはあそこまでルークへの敵意を持つのだろう。
(ヴァンが、ルーク様からの接触を知った上で更に何がしか吹き込むほど奸智に長けていた・・はずはねぇな。あれは本気で気づいてねぇ)
今まで気にしていなかったが、実際にルークに相対した時のアッシュの様子は、おかしい。
「レプリカ、が嫌いらしいから、元々好意的ではなかったが、
・・・いくらなんでも、殺したがる理由などないはずだろう。」
浮かんだ疑問を心に書き留める。とにかく今は親書の確保が最優先だが、放置しておいたら不味い気がするのだ。
「・・・虫の知らせ、なんて信じてはないんだがな。・・・・急ぐ必要が、ある、か?」
更にスピードを上げる。とにかく一つでも目の前の問題を片付けて落ち着いてしまいたい。
「・・・頼むぜホント。さっさと終わらせて楽させてくれ。」
「綺麗な町、だな」
セントビナー駐屯軍を預かるグレン・マクガヴァン将軍が用意してくれた屋敷の窓から、通りを眺めていたガイが呟いた。お茶を淹れていたカイトが明るく答える。テーブルの上で一生懸命クッキーに噛り付いていたミュウもはしゃいで答えた。
「そうですね。とても綺麗です。矢張りマルクトの土地は豊かで羨ましいです。
・・キムラスカでは余り植物が育ちませんから。」
「綺麗ですのー!僕のいた森もですけど、此処の花も木も元気ですの!」
今、ルークとレンは、アスラン・フリングス侯爵の案内で町を観光中だ。数日間滞在する場所なら、どんなところか見ておくのも必要だろうし、準備が出来るまで屋敷に閉じこもるのも退屈だろうと気を使ってくれたのだ。ルークの迎えとして派遣されたカイトとガイが、主の傍を離れるなど許されないが、フリングス侯爵が自ら案内まで買ってでてくれた外出時に身内の護衛を張り付かせておくのもマルクトへ失礼だろうと待機を命じられてしまった。要するに、マルクトを信用しています、というパフォーマンスだ。まあ、共にレンもいるし、ルーク自身も
剣と譜術に堪能で、大抵の刺客なら撃退できる。本音を言えば離れたくなかったが、外交の駆け引きとして必要だと言い切られてしまえばカイトに拒否権はなかった。仕方がないので、従者であるガイとカイトに与えられた部屋で休憩中だ。
そこで、突然ガイが、何やら思い悩む様子で呟いたのだ。
「ああ、ファブレの庭は割と豊かなほうだが」
「ああ、ペールさんって凄いですね。
キムラスカの土地で、あんなに沢山の花を咲かせるなんて」
「そうだ、な」
「どーしたんですの?ガイさん、元気ないですの!」
どこかぼんやりとカイトに答えるガイを、ミュウが見上げる。食べていたクッキーを置いて、ちまちまとテーブルの上を歩み寄ったチーグルの温もりに、やっといま目が覚めたように瞬くガイが部屋を振り返った。
「・・・?何かありましたか?」
「いや、すまない。なんでもないよ。・・・・なあ、カイト」
カイトに一度首を振ったが、迷うそぶりで視線を泳がせたガイが、再びカイトに向き直る。
「・・君は、さ。譜業人形、なんだ、よな?」
「?はい。」
「そのマスターって、ルーク、様、だよな?」
「はい」
「君は、マスター、を、どう思う?」
ガイの質問に素直に肯定を返していたカイトが首を傾げた。
「どう、とは?マスターはマスターですよ?
僕の主で大事な人です。僕は、マスターに仕えられる事を誇りに思います」
その答えに、ガイは酷く傷ついたような光を浮かべた。カイトが何か問うより早く言葉を続ける。
「君は、そのマスターって、何を基準に選んだんだ?
ルーク、様に会う前は、ずっと寝ていたんだろう?」
「はい。僕のマスターになる人だけが、僕を目覚めさせることが出来るんです。
そして僕を、あの人は起こした。だから、ルーク様が、僕のマスターです。」
「つまり、そこに君の意思は無かったわけだ。」
歪んだ笑いでガイが言った。
「君を作った博士とやら、か?そんな設定をしたのは。
つまり君は、見ず知らずの人間でも、自分を起こした人間なら必ず仕えなければならなかったわけだ。・・・・嫌じゃないか?そんなの。」
ガイの言葉に、カイトは本当に不思議そうな表情で首を傾げる。ガイは、何か勘違いしていないか?
「?いえ、今の僕はマスターがちゃんと好きですよ?
起こしてくれたから、あの人に仕えることにはなりましたけど。
今、僕が、ルークさまが好きだと思って、マスターにずっと仕えたいと考えているのは、僕の意思です。」
「・・・それが、作られた感情じゃない証拠は?」
「・・?何故、ですか?」
「だって、普通嫌じゃないか?
君は元々目覚めたときに傍にいた人間に仕える事になっていたんだろう。だったら、今の君の感情だってマスターを裏切らせないための設定かもしれないじゃないか。・・・そう、考えたことはないのか?」
苛苛と髪を掻き揚げながらガイが吐き捨てた。
何に怒っているのか知らないが、流石のカイトもむっとする。
まるでカイトが、ルークの事を好きになることが間違いであるかのような言い方だ。
そんな事はあるはずないのに。
「だから、なんですか?
たとえ、好き、の切欠が博士の残した僕のプログラムであっても関係ないです。
僕は、ルークさまが好きです。大事だし、守りたいと思っています。
今そう考えている事実だけで、マスターに仕える理由なんてほかにいらないじゃないですか。」
堂々と胸を張って言い切った。
カイトにとって、それが真実だ。
だから、他の誰かが何を言っても関係ないのだ。
それをじっと暗い目で見返したガイは、乱暴な仕草で顔を背けると、足音を立てて外に出ようとする。カイトの視線が追いかけるのを知ってか、小さく言い残して部屋から去った。
「・・・・・それだけで、すむなら、・・誰も」
「・・・どうしたんでしょうね?」
「わからないですのー。ガイさん、落ち込んでるみたいでしたの!」
後には、揃って首を傾げるカイトとミュウが残された。
「まあ、良いか。・・それよりマスター早く帰ってこないかなあ。
レン様も気分転換できて元気になってくれてると良いけど。」
「ですのー!僕もご主人様とレンさんに早く会いたいですの!!」
「「ねーー?」」
「やっほ、アレックス!おひさ☆」
「・・・!なななん、おま、キラ!・・様、行き成り、何故このような、」
ケセドニアの裏路地にて、黒髪に碧色の瞳の青年に、フードを被って顔を隠したキラが朗らかに声をかけた。仕事帰りに疲れきった身体を引きずるように歩いていたアレックスは感じ取れなかった気配が唐突に現れたことに驚愕のあまりどもっている。そんな反応など気にも留めず、キラは話を続ける。
「あ、元気そうだねよかった良かった、
で、実は折り入って頼みがあるんだよね、急ぎの。もちろん聞いてくれるでしょ?」
「・・・あのな、」
アレックスは辺りを慎重に伺い、今度こそ余人の気配がない事を確認して、キラに顔を寄せると小声で叫ぶ。
「キラ!お前な、俺に用があるならいつも通りに連絡すればいいだろう!
誰が聞いてるかわからないのに、そんな無用心な」
「やだなあ、アレックスってば、僕が、そんなヘマをするとでも?・・・ねえ、アスラン。」
「だからこんなところで呼ぶなと!」
「平気だってば☆・・・で?聞いてくれるの?くれないの?」
「・・・・はぁっ、わかった、話は俺の家でいいな?」
「OK!いやあ、持つべきものは有能な幼馴染だよね!」
「あーはいはい・・・ったく」
諦めたように肩をおとしたアレックスことアスランがキラを従えて踵を返す。
朗らかな笑顔でばしばしと肩を叩くキラの笑顔を間近で見たアスランは、背筋を伝う悪寒に鳥肌を立てながら家路を急いだ。キラの表情は文句の付けようもないほどに、朗らかな笑顔だった。・・・その瞳に浮かぶ青白い炎のような光さえ見なければ。
(・・・・今度は彼女に何があったんだ。こんな切れた状態のキラを見たのは・・・・まだ俺がバチカルにいた頃、レン嬢に難癖つけて嫌がらせを繰り返してたシラギ家の当主と奥方を社会的に葬った時以来、かな。俺が知ってる範囲では。)
今のキラに逆らうほど無謀にはなれないアスランは、どんな無理難題を押し付けられるのかと胃を痛める。キラは大事な幼馴染だし、アスランと両親の恩人だが、その破天荒ぶりに振り回されるのは勘弁してほしかった。
幼い頃は何から何までアスランが面倒を見ていた甘えたな幼馴染の、何時の間にやら成長しきった腹黒さを思って更に胃痛が加速する。
アスランは元はキラ同様にキムラスカの貴族だったのだ。ザラ公爵家といえば、当主であるパトリック・ザラの辣腕ぶりもさることながら公爵夫人レノア・ザラが専門に研究する分野においての功績を讃えられ、王族には及ばずとも名門と謳われる由緒正しい大貴族の一員だった。その一人息子のアスランが、何故アレックスという名で、髪まで染めてケセドニアで傭兵稼業などをしているかといえば、早い話が一家揃って亡命したのである。
キムラスカは代々預言を重んじる。預言に従うことこそが世界を繁栄に導くという教団の教えに傾倒し、殊更預言を重用した政治を行ってきた。アスランも当時すでに将来有望な公爵子息として王宮に出入りを許されていたため、城の上層部がどれだけ預言を至上にあつかっていたか知っている。アスランもそれが当然として教育されていたから疑問に思うことも無かった。だが、それが一転する事件があったのだ。
預言は小さな事から大きなことまで多岐に渡る内容だが、一つ絶対のルールがある。人の死に関する内容は授けてはならない、ということだ。アスランも、予め死ぬ未来を知れば人心の安寧に悪影響を及ぼすという教団の言い分に納得していた。・・・実際に、母の死が預言に詠まれるまでは。
死の預言を与えることは確かに禁じられているが、全くそれを知ることができないわけではない。預言を詠むのは人間だ。そういう不吉な預言を知った預言士が経験豊富なものなら兎も角、腹芸の出来ない人間だった場合ある程度推し量ることもできるのだ。だから、アスランも母の預言を呼んだ預言士の様子から不穏な気配を感じ取って詳しく調べた。結果、レノアにその年大きな災いが降りかかり死ぬことになる、という預言を突き止めた。
当然アスランは動揺した。今まで預言に逆らうなど考えたことも無かった。預言はほぼ確定的な未来であると教えられてもきた。だが、母が死ぬとわかっていて何もせずにいることも出来なかった。だからその悩みをキラにだけ打ち明けたのだ。その時のキラの素早い裏工作のお陰でアスラン達は助かった。問題の死の預言に詠まれた災い・・・大規模な水害が起こって、数多の人々が亡くなる、という事故から辛くも逃れたザラ一家はそのまま死んだことにして偽名をつかってケセドニアに亡命することにした。その、災害を、預言によって知りながら、王室の連中が預言に逆らう事を恐れて、被災者を見捨てた事実を知ったためだ。
(預言に詠まれたなら、と事前に備えておけば失うことの無かった命を見捨てる、のが、あの国の正義だ)
キラが、何やら秘密裏の活動をしているということは察していたが、まさか預言から犠牲者を守る、などという大きな活動だとは思っていなかった。キムラスカ国王以下側近の者達に知られたら反逆者として国を追われる危険すらある。だがキラは、本気で預言に盲従する国のやり方に反乱したいらしい。実際にアスラン達と一緒に災害の犠牲になるはずだった被災地の人間を避難させて水害の事前事後の処置をしたのもキラだ。勿論国に怪しまれないように建前を駆使しての活動だったが。・・そのキラの熱意の根源がキラ自身の出生の秘密にあると知っている。
(キラはあの頃から確かに預言の絶対性に懐疑的だった。・・・ハルマ様とカリダ様のこともあった後だったし。)
アスランがそれをしった前年に、マルクトとの小競り合いの中でキラの行方が一時的にわからなくなったことがあった。半日もせずに戻ってきたキラが、交戦の混乱で国内に侵入した兵士を追ってはぐれたのだと言ってその兵を始末した報告もしていたから、その時は納得したのだ。何やらこっそりとディアッカに頼みごとしていたのは気になったが、アスランも戦後処理で忙しくて詳しく話を聞く暇が無かったのだ。キラ本人から、後で幼馴染として育った自分達にだけ秘密を打ち明けれらたのはしばらくたってからだった。
(ユーレン・ヒビキ公爵が本当の父親で、ハルマ様達は叔父だったとはな。)
研究者であったユーレンに危機感を感じたヴィア夫人が密かに妹であるカリダに預けていたのだという。ヤマト家本家の当主でありながら跡継ぎのいなかった夫妻は、キラを実子として引き取ったということだった。
(それを知った経緯は話さなかったが、・・・何かあったんだろうな。)
その時連れ帰ったのが、妹のレンだ。
当時の騒ぎも思い出して溜息が深くなる。なんでもヒビキ夫人が夫から隠すために里子に出していた娘をキラが偶々発見して連れ帰ったということで、口さがない連中が姦しく噂しまくっていた。幾らヒビキ公爵の子どもでも、どことも知れぬ下層階級育ちの娘などを由緒正しい公爵家に迎えるなど、ヤマトの格も落ちたものだとか。本当にヒビキ夫妻の子である証拠などないのだから、もしや、口に出せない事情の末の隠し子ではないかとか。他にも色々な噂が飛び交った。
だが、アスラン達幼馴染として交流のあった面々にとって、レンの出自は大した問題ではなかった。事実噂どおりに庶出の人間でも構わないと思っていた。・・キラが半日姿を消す前に見せていた翳った表情が、レンを連れ帰った時には綺麗に消えて以前以上に力強い光をとり戻していたからだ。いつも明るく笑ってアスラン達の中心であったキラの憂いを取り除いたのが、その子なのだと悟ったから、レンの存在を積極的に肯定すらした。あの生粋の”青き血潮”崇拝主義者であるイザークですら、何も言わなかった。キラに懐いているニコルや、キラを弟扱いしながら密かに尊敬しているディアッカは言わずもがなだ。勿論アスランも、キラを助けたのが他人である悔しさを感じながらも、キラの支えになる存在に安堵していたのだ。
(・・・そのレンに対するキラの執着の深さを知らない人間は、・・今のキムラスカには殆どいないだろうな。隠しているつもりでも、隠しきれていなかった。・・開き直ってからは尚更だ。)
考えながら、自室のテーブルにお茶を並べたアスランはキラに向き直る。この時期に突然現れたキラの用件がどんなものか戦々恐々しながら水をむけた。
「・・・・で?今度は何があった」
「うん、実はさ、ルーク様とレンが誘拐されて」
「は?!」
「で、その迎えに行く途中なんだけど、・・あ、二人は無事だって連絡が来たから安心していいよ。・・で、その連絡でルークさまから頼まれたことがあってさ。でも僕も早くルーク様とレンに会いたいんだよね。・・・ね、だからさ、アスランにお願いがあるんだ☆」
「・・・・・内容は?」
「うん、ありがとう!そういってくれると思ってたよ!
ルーク様から頼まれたのは二つなんだけど、一個はもう手配したから、もう一個の方なんだけどさ、・・・君、ちょっとダアトに行って来てくれない?」
「ダアトって、お前確かスパイもぐりこませてなったか?」
「ああ、うんそうなんだけど・・・ちょっと外側から調べてみたいんだ。中からじゃ見落としてる物が見えるかもしれないだろ?」
「まあ、多角的な視点で情報を洗うに越したことはないが・・・」
「そういうこと、出来るだけ急いでよろしくね!」
「はいはい、了解。・・・だが、前からお前が言っていたアクゼリュスからの通行可能な経路の手配はまだ良いのか? 一応調査は済んで目星もつけてあるぞ」
肩を竦めて了承する。キラがこういう頼みを持ってくる時は、何か重大な理由があるのだ。アスランは協力者といっても、頼まれた情報を探って渡すだけの実行部隊だからわからないことも多いが、不満はない。全てをしっても出来ることと出来ないことがある以上、適材適所で役割を振り分けるのは当然だ。余計なストレスを抱えて己の役目に支障をきたす位なら知らないままでも、完璧に任務を遂行することに集中できたほうが気が楽だった。・・計画の立案遂行者であるキラの負担が心配でもあるが、そちらも今は共犯者として互いに支えあえる
相手もいるようだし。
「流石アスラン、仕事が速いね、けど、そっちは余り早く手配始めるのも不味いんだよ。駆け引きにはさ、”知らない”事も必要だからね。」
「ま、確かにな」
元公爵子息として王宮で生きていたアスランには良くわかった。時には、既知の情報であっても、その事実を隠したほうが上手くいく事柄もあるのだ。例え相手が察していても、証拠が無ければ偽りも真実のままだ。あまり多用するのも問題だが、必要とあらば用いるべき戦術である。そしてキラがそういうのなら、まだ知っていてはならない秘密に関わるのだろう。だったら先ずは、今回の頼みごとから片付けるのべきだ。
「じゃ、早速準備して行くか。お前はこのまま船に乗るんだな?」
「よろしく☆うん、もうそろそろ準備できてるかな、
ちょっとアスターさんに無理言っちゃったけど」
「・・・そっちも手加減してやれよ?」
「ははは、大丈夫!前に貯めてた貸しを返してもらうだけだから!」
「あーはいはいはい、手抜かりのないことで」
「まね☆・・んじゃ、よろしく!」
そして来訪時同様風のように跡形も無く去っていく。目の前にいたというのに、その動きを追いきれなかったアスランが深く溜息を吐いた。
「・・・・お前も流石だよ、そのレン嬢が関わっている時の素早さは。・・・・血の雨が降らないと良いけどな。」
儚い希望を口にしながら準備を始める。常と同じ明るい笑みで朗らかに話しながら、隠しきれていなかった限界ぎりぎりのキラの糸が切れる前に無事迎えにいく二人に再会できることだけを祈っておいた。
「じゃないと、計画なんか根底から捨て去って原因を全消去とかやりかねないからな。
・・・つくづく、レン嬢は偉大だよ。・・・ルークさま、頑張ってくださいね。」
とりわけ、今の時点で一番の被害者になりかねない彼の幸福を重点的に。
キリ番43210hitでリクエストをくださいましたまめこ様ご所望の「連載設定の番外編で、キラ様によるキラ様のための妹君・レンの溺愛日記」のもう一つのネタ編です。
いえ、実はこっちが先に出来てたんですが、あんまり本編事情に深く関わりすぎてたんで、慌てて軽めの話を書き直して、その1のような内容になってたんですよね。しかも明らかに続編を匂わせる終わり方だったもので。
でも、どう考えてもこっちのほうが日記っぽいといえばそうなので、取り合えずupしてみました。
・・・勿論まめこ様の想像にそぐわないと仰るのなら書き直しは何回でもいたします!!どうぞ遠慮なくお申し付けくださいませ。
先日、僕に妹が出来ました。
「おはよう!レン。今日もよく眠れたかな?」
「おはようございます。はい、キラ、・・兄様も、よくお休みになれましたか?」
キムラスカ・ランバルディア王国のヤマト公爵家に、先日一人の少女が養女として迎え入れられた。
ヤマト家嫡子であるキラ・ヤマトが見出したというその少女は、なんでもヤマト公爵夫人の亡くなった義理の兄であるユーレン・ヒビキ公爵の隠された娘であるという。ヒビキ公爵夫人であるヴィア・ヒビキが、研究者である夫が行っている研究実験に娘を犠牲にするわけにはいかないからと存在を隠して里子に出していたらしい。ユーレン・ヒビキ公爵はキムラスカ誇る天才科学者と名高かったが、同時に研究に対する異常なほどの熱意も知られていた。キムラスカの譜業研究の発展に多大な功績を残したが、同時に裏で危険な研究実験を行っているのではという疑惑も囁かれていた人物であった。そのヒビキ公爵が十年前に、実験中の事故で私設研究所と共に爆死したという事も広く知られていた。ユーレンの助手を務めていたヴィアもその時共に亡くなった。
・・・そのヒビキ夫妻の残した娘を、伯父の残した研究資料を整理していたキラが発見したというのだ。
伯母のヴィアが残した手記に記されていた娘・・レンという名の少女を探し出したきらは、彼女をヤマトの養女にすると言い出した。突然のその宣言に、ヤマト家の家人・親類は当然反対した。何処の馬の骨とも知れぬ下賎な育ちの小娘を、由緒正しい公爵家の娘にするなど認められぬ、というわけだ。大体、ヒビキ夫妻の娘が本当に存在したとして、生存している確証もなく、その娘が本当に本人である証拠もないとキラに詰め寄った。が、ヤマト家当主であるハルマ・ヤマトは、少女を連れ帰ったキラと私室で数時間話し込んだ後、親類縁者に正式な命を下した。曰く、その少女は間違いなくユーレン・ヒビキとヴィア・ヒビキの残した娘であり、私にとっては姪に当たる。現在身よりもないようだし、我が家で保護することに何の支障があるのか。レン・ヒビキ嬢は、正式に養女としてヤマト家に迎え入れる。これは当主としての決定である。と。
そして、ヤマト家の養女として生きることになったレンは、今ヤマト公爵家で兄のキラと共に生活している。
最初は怯えた猫のように警戒交じりの遠慮がちな態度でキラに対しても距離を置いていたレンが、やっとキラを兄と呼んで僅かながら屈託のない表情を見せ始めた。その少女の様子を満面の笑みで眺めるキラ。周囲の者の未だに納得いかぬ気な視線など総無視でうきうきと妹をつれて食堂に向かう。
(それにしても鬱陶しいなあ。・・・いい加減全部片付けようかな)
が、気配のみでこちらを窺う者たちの中から正確に敵意を向ける人間を選別することは忘れない。レンを迎える当時、表向きの理由で取り合えず反論を封じ、裏工作を駆使してしつこく騒ぐ連中を黙らせたというのに未だに諦めていないらしい。分家の当主などは一応帰宅したが、以前から本家に潜らせていた分家の息がかかった家人などは残っている。代々本家に仕える者も、突然現れたレンの事を見下している人間も多い。身分を重視するキムラスカの悪習だ。貴族階級の人間にとって、下の身分のものは須らく見下す対象であると考える人間が多すぎる。例え事実レンがヒビキの令嬢であっても、何処で育てられたかしれない人間を敬う気などないということか。
(こいつらは直ぐに代わりを見繕って整理するとしても、親戚一同はどうしようかな。
今までは家の事とかあまり重視してなかったけど・・・目的を叶える為なら、実権を握っておくに超したことはないしな。 ・・あいつらの本音としては、公爵家の権威なんかより、いきなり現れた余所者に利権を奪われたくないってだけだろ、ばっかばかしい)
キラが本当はユーレン・ヒビキの息子であった事実を知っているのは、父であるハルマと母であるカリダ、後は幼馴染の数人だけである。つい先日までキラ自身もユーレンが己の実父であるなどと思いもよらなかった。
幼い頃何度かあったユーレンは、何時だってキラを人形でも見る様な無機質な視線で眺めて笑いかけられたこともなかったのだ。それも事情を知った今なら納得できる。事実研究成果を観察する対象としてしか見ていなかったということだろう。加えて何時も申し訳無さそうに目を伏せていたヴィアの方も、息子を研究に利用されながら止められなかった後悔の表情だったというわけだ。
(そっちも今更だから、もうどうでもいいけど。
亡くなったと時だって余り親しくない親戚が死んだ以上の実感も無かったし)
ハルマとカリダが、兄夫婦に余所余所しかった理由にも納得である。
両親がキラを愛してくれている事を疑ったことはなかった。真実を知った時、両親がキラを愛しているのが事実でも、キムラスカ貴族にとっては絶対の基準である預言に逆らってまで受け入れてくれるかはわからなくて怯えたのも本当だ。だが、今のキラは両親からの愛を知っている。
帰ったときに全てを話して二人がキラの死の預言を知って尚実子として育ててくれていたことを聞いたのだ。その時に、レンの言葉で此処に帰る事が出来たのだと話したキラの様子に、何か悟ったらしい。どう説得しようかと緊張していたキラが拍子抜けするほどあっさりとレンの保護を認めてくれた。
レンの設定に使用したヴィアが子どもを里子に云々のくだりは、キラがハルマとカリダに預けられた経緯である。実際に為されたことなら信憑性も増すだろうから丁度いいと利用することを提案したのはカリダだったのだ。ハルマも同意して親戚連中を黙らせてくれた。
(ヤマトは王宮での実権は余りないけど、領地の広さだけはあるからね。
辺境とはいえ、キムラスカ国内で数少ない食料の生産地の一つでもあるから重要性は高いし、作物の出荷による収入はそれなりだ。・・・その重要な領地の管理をおろそかにするわけにはいかないからって、幾つかの区域に分けて親戚連中に代理の統治を任せてたわけだけど。閑職に近いといっても王宮勤めの父さんだけでは目が届かないだろうって理由で。僕も本職は軍人と医師にして、面倒な領地管理は今までどおり代理人に任せるつもりだった。
・・・けど、もう一人本家に子どもがいるなら、態々親戚に管理を委任する必要も無くなる、と思ったってとこでしょ。したら代理人の特権で得られてた領地からの純利益をもらえなくなるのが嫌だ、と・・・、なら原因であるレンを排除してしまえって?)
加えて、幾ら嫡子といっても軍に身を置いているキラに何かあった場合、そのままヤマトの領地は親戚連中のものなるはずだったのだ。むしろ幼いうちから軍部の開発班で能力を発揮するキラの事を嫉妬と羨望を込めて疎ましく思っていた従兄弟達は、積極的にそれを狙っていたのも知っている。いくら公爵家といっても所詮は文系学者ということで、身の程を知らない上昇志向のたかい伯父たちもハルマを軽蔑していた者が殆どであるし。・・・だったら己の才覚で上に上ってみろと言うのだ。他人に頼ることしか知らない寄生虫の分際で一々五月蠅いことこの上ない。
(レンがいれば、万が一僕が死んだりしても、婿をとってヤマトの後を継がせれば良いしね。・・警戒してるのはこっちの可能性が上かな)
妹として引き取った少女の事情は殆ど知っている。
・・・レン本人が”忘れてしまった”事も含めて。
(異世界ねぇ、あるんだなぁ、そんな事も)
考えながら横を歩く少女を見下ろす。・・・十歳の少女を。
(研究室から帰った直後、レンの身体が透けたりし始めたときは慌てたけど・・・)
「レン、君体調は大丈夫?」
「?はい、元気ですよ?キラさ、・兄様も余り無理しないでくださいね」
「ありがとう。僕は大丈夫だよ。それより今日の朝は何かな、そういや昨日ねーー」
見上げる少女の表情に何の苦痛も表れていない事を確認して安堵の息を吐く。朗らかにレンと会話しながら再び思考は戻る。
(・・・多分、レンの今の身体は、レプリカ、かな。
実際ヒビキ博士が作ったっていうクルーゼ大佐もレプリカだって言ってたし。フォミクリー開発者のバルフォア理論だと生体レプリカは不完全なまま頓挫したって聞いてたけど、・・ユーレン・ヒビキが天才だってのは認めるよ。)
崩れかけた廃墟で、自分を殺そうとしたマルクトの青年将校を思い出す。
彼は、ヒビキ博士が研究資金調達の為に作ったレプリカだといっていた。密かに募った出資者の望み・・老いた身体を若返らせる目的で生み出されたレプリカだと。どうやら、レプリカの身体に被験者の記憶を上書きすれば、被験者が若い身体で蘇ることができると考えていたらしい。
キラから見れば信じるほうの正気を疑う類の妄想だ。しかし、クルーゼは実際に被験者の予備の肉体として扱われていたらしい。幸いに、といっていいのかわからないが、ホド戦争で被験者が死んだため記憶の上書きはされずに済んだが、ヒビキの同士によって実験体として利用され続けたのだと。
・・・だから、元凶のヒビキと、息子のキラを憎んでいたのだと。
(まあ、そっちは今はいい。
先ずは、レンの事だ。・・・一応検査した限りじゃ完璧な健康体だけど・・)
ヒビキ博士の研究所にあったあれは、フォミクリーに良く似ていた。だが、ヒビキが作ったものではなく、創世暦時代の遺産を発掘研究していたらしい書類が残されていたことから推測して、レンの身体を作った譜業もその遺産の一つだろう。ガラス等が割れていた以外は新品同様に綺麗だったが、後で調べた限りで現存の技術では組み上げるどころか一度解体したら元に戻すのも不可能だろうということがわかっただけだった。
(・・・あの時みた”誰かの記憶”は、この子のもの、か。)
流石に屋敷に直帰するほど無謀ではなかったキラが、取り合えず眠り続けるレンを個人の研究室兼書庫として使っている家に連れ帰ったのだ。ベッドに寝かせた少女の様子を診ようと準備していると、突然レンの身体が透け始めた。出現時の様子から、レプリカの可能性も思考には置いていたから、まさか乖離するのかと焦ったキラがなんとか引きとめようとレンの手を握った瞬間、脳裏に流れ込んだのは誰かの記憶。キラではない人間の視点で再生される様々な光景。オールトランドには存在しない類の譜業兵器や知っている魔物とは全く違う
敵性体。どうやら記憶の持ち主は、その敵を倒す事を強要されていたらしい。そして怒涛の勢いで流れる経緯を最後まで見てしまったキラが気がつくと、レンの身体が安定した状態で目の前に横たわっていた。触診しても脈や体温は正常だし呼吸も穏やかだ。表情にも苦悶する様子も無く静かに眠っている。・・・ただし、出現した時には13~4位の少女に見えたのが、10歳位の身体に退行している以外は。
(本気で焦ったよね~。レンが起きたときに事情聞いたときも焦ったけど)
悩みながら見守るキラの前で目覚めた少女は、気絶する前が嘘のように穏やかだった。勿論初対面の人間と見知らぬ場所で目覚めた驚愕と警戒はあったが、それだけだったのだ。言葉を交して直ぐにわかった人見知りする性質ゆえか、怯えた様子が目立ったが、あれ程の焦燥は名残すらなかった。怪訝に思ったキラが幾つか質問してわかった事実。・・・レンは、一定期間の記憶を失っている。
だがとにかく、レンがこの世界では身よりも戸籍もないことを確認する。レンを介抱する合間に幼馴染の同僚に頼んでおいた工作が無駄にならないことにほっとして、本人にキラが身柄を保護する旨を伝えた時に少女が自棄になったように暴露した彼女の過去。
レンが、”シンジ”として生きてきた過去に始まり、人間ではない生き物に変化したことから、この世界とは違う世界から紛れ込んだ異物なのだということまで。まるで自分に関わるな、とでも言う様に、何もかもを暴露した。
(その内容が、僕の見た夢だか幻とぴったり同じだったから、信じられたわけだけど。)
それを聞いて、先程見た誰かの記憶は、この少女の物なのだと悟る。恐らくレプリカの身体が安定する為の調整中に接触したためレンの記憶粒子がキラのフォンスロットに流れ込んだのだ。そこまで理解したキラは、
(いや、あそこまで頭にきたのは久々だったよ)
本気で激怒した。
(大体僕が見た記憶でも本人が口にした事情でも、レン(シンジ)が両親の立てた計画の為に利用された事実は変わらないじゃないか。しかも素人の子どもを無理矢理戦場に放り出して命がけの戦いを強要しといて、その結果敗北したってそれは強要した周りの責任だろう。結果世界が滅んだって自業自得じゃないか。レン(シンジ)の責任なんかじゃない。しかも世界一つ分の命を混ぜ合わせて作る”神様の器”?とやらに溶け込んじゃったから人間ではなくなった、ってどんなとばっちりだよ。レン(シンジ)を生かそうとした綾波レイと渚カヲルには
感謝するけどさあ)
が、それをレン本人にはいえなかった。レンは、記憶の一部を失っている。本人は全てを語ったつもりのようだが、キラが読んだ”記憶”にはまだ続きがあったのだ。前半の内容が一致していた以上、その後の記憶も正しいのだろう。その記憶も、完全ではないから全て知っているとは言い難いが。
(惜しむらくは、この世界に落ちた後からの詳しい記憶が見れなったことかな。それがわかれば、この子が今目覚めた理由もわかる、と思うんだけど)
「・・・・・ま、いいか。」
「キラ、兄様?」
そこまで考えて思わず呟いたキラに、不思議そうな表情のレンが問いかける。
その純粋な深紅の瞳に浮かぶのは、ただキラを案じる光だけだ。
(まあ、元少年だったってのには驚いたけど・・・・どっちでも同じだよね!僕元々下の弟か妹が欲しかったし!今はどう見ても女の子なんだから、妹って事で!)
あっさり完結させる。
キラにとって、その辺りの事情は本気でどうでもいいらしい。
(わかんないものをあれこれ悩んでも時間の無駄だし、取り合えず手を付け易いトコからいこっかな)
「あ、ううん。なんでもない。それよりさ、今日僕ちょっと出かけるから。」
「・・、はい、わかりました。」
誤魔化すように殊更笑顔で告げたキラに、僅かに瞳の色を沈ませたレンが答えた。
キラが離れることを寂しがってくれているのだろう。
・・・なんだろうか、この可愛い生き物は。
キラは、レンがレンであるのなら、男の子だろうと女の子だろうと分け隔てなく愛せる確信を持つ。
「すぐ帰るよ。大した用事じゃないし。
(そう、ちょっと、小五月蠅い害虫どもを完璧に黙らせてくるだけだから)
そうだな・・・午後のお茶には間に合うように帰ってくるよ。
だから、お茶の用意をして待っててくれる?」
「・・はい!ではお気をつけていってらしてくださいね」
沈んだ表情を隠すようににっこりと笑うレンの満面の笑みに、キラは既にめろめろだ。
(うわー僕に心配かけないように無理して笑って見せるとか、本当に可愛すぎでしょう!!
「うん、ありがとう。
(レンの事をいらないとか抜かしやがった凡愚共に、ちょっと目に物見せてくるだけだから!!)
心配しないで、いってきます」
そして意気揚々と出かけるキラである。幼馴染の青年たちがその表情を見たら、お前は何処に殴りこみをかける気だと制止したくなるほど物騒な笑顔を浮かべて。
「さってと、先ずは北側領地の叔父上からかな。
ちょっとお灸を据えるつもりで工作してみたケセドニアの裏取引の件であんだけ痛い目見たくせに性懲りも無く密輸なんかに手を出そうとするなんて。・・・大体今の代理人だって、父さんが無理矢理つくった援助の理由付けじゃないか。幾ら広くったって父さんと母さんに管理しきれないわけがない。それで得ている利益だけで満足すればいいものを、更に財産を増やそうとしてなれない商売なんかに手を出すから躓くんだっての。無謀な投資で財産なくすってどんだけ無能なんだよ。欲目に駆られて無駄な挑戦するから・・親戚を見捨てられないからって仕事を作ったんだろうけど、おんぶに抱っこで甘えるのもいい加減にして自立してほしいよね。いらない、のはどっちなのか骨の髄まで思い知ってもらおうじゃないか。・・・僕の計画のためにも領地の管理権を回収しようと思ってたし、丁度いいからついでに全員につぶれてもらおっと。~~いっそがしくなるかな~♪」
で、とりあえず、可愛い妹が平和に暮らすために邪魔な障害物を纏めて消去してみることにしました。
これからも、この子を守るために頑張っていこうと思います
キリ番リクエスト43210hit、まめこ様、大変お待たせいたしました!
ええと、リクエストしていただきました「連載設定の番外編で、キラ様によるキラ様のための妹君・レンの溺愛日記」を、書かせていただきました!
本当に番外ですが、宜しければお納めくださいませ!勿論、もうちょっと違う感じが・・・とか、凄くイメージと違う・・・と、お思いでしたら、改めて書き直させていただきますので、お申し付けください!
まめこ様、本当にありがとうございました!これからも、よろしくお願いします!
「昔は可愛かったのに…」
ぽつり、とキラが呟いた。横で同じ光景を眺めていたルークが驚愕の余りカップを落としかける。
「うお!あっぶねぇ、これ母上のお気に入りだからな、
無事でよかった・・・じゃねぇよ!おま、キラ?!
何か変なもん食べたのか?それとも熱でもあんのかよ?!」
寸でのところでカップを守ったルークが、安堵の溜息を吐く。
・・そこで慌てて立ち上がり、キラの額に手を当ててうろたえた。
普段のキラを知るものならば、十人中十人が同じ行動をとると確信できる。
ルークも勿論その行動をとった。
「・・なに、どうしたのルーク?そんな慌てて、熱なんかないよ?」
「ない訳ないだろ?!・・・だってお前が、あれ見て、そんな事いいだすなんて?!」
ルークが、その勢いのまま、今まで二人で眺めていた光景を指差す。その先には、
「・・・・それで、こっちはこう編んで、・・そうそう上手上手。
すごいねフローリアン、私より綺麗にできてるよ。」
「えへへへへ~レンの教え方が上手いからだよ~。完成したら、貰ってね!」
「私にくれるの?・・ありがとう。」
「・・・・っできました!レン様!見てください!」
「カイト?あ、本当。とても上手ね。
もう、皆器用だなぁ、私が教える必要ないんじゃない?」
「そんな!レン様が教えてくださったから、出来たんですよ!」
「そぉだよ~、もぅ、レンのそれだって凄く上手じゃない」
「まあ、一応前も作った事あったしね。」
きゃらきゃらと笑う少女と少年と青年。
ここはファブレ家の奥に設えられた、シュザンヌ専用の庭である。此処に入れるのはシュザンヌが特別に許可した人間だけであるため、キラもルークも親しい友人同士の気安い態度で談笑していた。二人から少し離れた場所に野草を残した小さな丘状の花畑があり、その中で戯れる三人を見ながらお茶を飲んでいたのだ。
三人とはキラの妹であるレンと、一年前にヤマト家で保護する事になったフローリアンと、ルークをマスターと仰ぐカイト。仲間内で専ら癒し担当だと言われている。どうやら、フローリアンが誰かから聞きかじった花冠の作り方をレンに習っているらしい。それを真似し始めたカイトも張り切って作っている。普段色々色々ストレスの溜まる
生活をしているルークとキラにとって、何よりも癒される光景。
・・・それを見ながら、妹であるレンを溺愛するキラが、先程のような言葉を発するのを聞いて、誰が平静を保てようか?!
「キラ?!お前本当に具合悪いんじゃないか?!
お前がレンを見て、可愛くないなんてよっぽど錯乱してなきゃ、」
「失礼な!レンが可愛くないわけないだろ?!何言い出すのさ!」
そこでルークの言葉を遮ったキラが立ち上がって詰め寄ってきた。
「いや、お前が言ったんだろーが!
あいつら見て、「昔は可愛かったのに、」とか!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ああ!」
気圧されつつ反論したルークに、何やら数秒考え込んだキラが、手を叩いて再び椅子に座りなおした。そして優雅にお茶を飲む。
「いや、ああ!じゃ無くて!一人で納得してないで説明しろ説明を!」
「えええ~~~そんな、勿体無、・・・いやいや、面倒くさい。」
ちょっと待ってみたが続きがないキラに、今度はルークが詰め寄る。まあ、勘違いで凄まれて何事も無かったかのように振舞われたならルークの行動も当然だ。そんなルークを横目に見て、渋るキラ。途中何やら言いかけて、言葉を変えている。・・どっちにしてもルークに失礼な言い草ではあるが、キラの言葉の意味が気になっているルークはこめかみを引きつらせつつも聞き流して待つ。そんなルークに仕方無さそうにキラが話しはじめた。
「えぇと、さっきのは、レンが家に来たばっかりのこと思い出して。」
「レンが?へぇ、そういや昔の話は聞いたことねぇな。」
「まあ、色々事情があって話し難いこともあるしね。・・・で、その頃の話なんだけど、
「・・・あの、キラ、様。」
「レン?」
既に日付も変わった深夜の書庫に、控えめな少女の声が響いた。今まで仕事に集中していて時間を忘れていたキラが、驚いたように振り向く。そこには、先日キラが保護して妹としてヤマト家に迎え入れた少女が所在無げな表情で扉の隙間からキラを見ていた。
「・・どうかした?」
戸籍も何もない彼女を確実に保護するために、キラの実父の隠し子という事にして引き取った妹である。キラは気にならない、というか早く懐いてくれないかな、とまで思っているが、レンは未だにキラに遠慮して様付けで呼ぶ。まあ焦って怯えさせても、とおもって今は少しずつ歩み寄ろうとしている最中だ。
そのレンが、自らキラに声をかけるなど珍しい事である。仕事中癖になっていた眉間の皺を緩ませてうきうきと扉に歩み寄る。ずっと同じ姿勢で書類を裁いていたせいで固まった体が大きな音を立てる。凝った肩を解しながら、これが年という事かな、と未だ十代のキラが年寄りくさく黄昏ていると、再びおずおずとレンが話しはじめた。よく見ると扉の影に隠れた手に、何か持っているようだ。
「・・あの、キラ、様がお仕事中と伺いまして、
その、僭越だとは思ったの、です、が、その・・・」
視線を彷徨わせつつ、何か伝えようとするレン。
微かに頬が紅潮している必死な様子に、微笑ましさを感じてキラが待った。
「その、お茶と、夜食を、・・私が、作らせていただいたの、です、が。
・・宜しければ召し上がってくださいません、か?」
「夜食?・・君、が?」
「あ、あの!勿論、お口に合わなかったら、捨ててしまって構いませんし!
・・あの、いつも優しくしていただいている、お礼に、なれば、と」
一生懸命言い募る少女を見下ろすキラ。
緩みすぎる口元を押さえて視線を逸らす。
「・・・!あの、ご迷惑、でした、か?
・・・すみません、すぐに料理長さんに頼んで違うものを、」
「わー!待って待って、違う違う!」
そのキラの様子に勘違いしたレンが踵を返そうとするのを、慌てて引き止める。・・・嫌だなんてとんでもない!!
「違うって、・・・嬉しいよ!ありがとう!」
今にも捨ててしまいそうな勢いに急いでレンが持っていた籠を奪い取る。そして弾む足取りで部屋に少女を招きいれてテーブルにお茶を用意した。
「せっかくだから、君も一緒に食べよう。
・・・へぇ!凄いね、おいしそうだ。一人で作ったの?」
「あ、えと、はい。あ、勿論料理長さんに教えていただきながら、味見もちゃんとしましたし、不味くはないと、おもう、んですけど・・・」
キラに応えながら、再び自信が無さそうに語尾が弱まる。だが、実際お菓子の出来は大したものだった。この出来栄えならばパティシエの作ったものに劣らない。食べてみても甘さも風味もキラ好みで、どうやら料理長に教えてもらって何度も練習してから持ってきてくれたのが伺えた。中々仲良くなれないなあ、と密かに落ち込んでいたキラの気分が一気に浮上する。
「おいしいよ、本当に。・・・実は嫌われてるのか、とか思ってたから」
「えぇ!いえ、そのようなことは全く!!
あの、すみません、ただ、・・・申し訳なくて、」
慌てて顔を上げたレンが、再び俯く。
初めて会ったときに、勇ましくキラを助けてくれた少女が、本来は酷く人見知りをする性質らしいと知ったのは、再び目覚めた彼女に事情を聞いた後である。だから、すぐに打ち解けるのは無理かも、と思っていたので、本当に嫌われていると考えたわけではない。・・・あんまり怯えているのちょっと苛めて見たくなったキラの冗談である。だが本気にされて落ち込ませるのはかわいそうなので直ぐにフォローする。
俯いたレンの頭を優しく撫でながらキラが笑う。
「嘘だよ、まあ、早く仲良くなれたら、とは思ってたけど。焦らなくていいから。
大丈夫、君の事は、僕が守るよ。・・・僕は、君を絶対に傷つけないから。」
「-----っ!」
「って、ええ?!ご、ごめん?!なんか悪い事言った?!」
キラの言葉に、呆然と顔を上げたレンの瞳から、涙がこぼれた。
静かに落ちた滴は、室内灯の光を反射してまるで輝石のように輝いた。
一粒だけ落ちて、あとは続かなかったが、泣かせた、という事実に慌てるキラはごしごしとレンの頬を擦る。
(xxx姉さま、と同じ事を、言ってくれるんです、ね)
心に浮かんだ呟きは意識に上らなかったけど、キラの言葉は、レンの心の一部を優しく溶かした。
だから、その思いを伝えようと、そのキラの手を、そっと抑えて、ぎこちなく口を開いた。
「・・・ありがとう、ございます。・・・・・キラ、兄さま。」
花が綻ぶように柔らかく微笑んだレンが、顔を覗き込むキラを見上げて、つっかえながらも、キラをよんだ。
・・初めて、レンが、キラを、兄と呼んだのだ。
「・・・・てな事があって!
いやいや今思い出しても可愛かったよ、あの時のレンは!!まるで怯えてる猫とか見たいでさぁ!そのこが、控えめだけどこうふんわり笑いながら、「兄さま」って!!・・・・聞いてるの?!ルーク!!」
ばしばしとテーブルを叩きながら語るキラ。対するルークは半眼になっている。
(キラ・・・相変わらずだな・・・ちょっと落ち着けよ。)
「・・・いや、うん。確かにその話の中のレンは俺も可愛いと思うよ。
・・でも、なんでそれが昔は~になるんだよ?」
そして最初の疑問に戻る。
「だからさ、今の、あんな風に明るく笑ってるあの子も勿論可愛いけどさ!あの時の、控えめなレンの笑顔も可愛かったな~~~と思い出して。 なんていうか、儚げ?な感じで、まだ幼げなあの子が、一生懸命手作りのお菓子を差し入れながら、そんな風に笑いかける様子を思い浮かべてみなよ!!・・・・可愛いでしょう?!」
「・・・・・ああ、成る程。確かに。それは、かなり可愛いな。」
「だよね!うんうん、ルークならわかってくれると思ってたよ。」
「そりゃ、母上やカイトも同意見だと思うけど。・・・教えてみれば?喜ぶと思うぜ?」
「え、やだよ。勿体無い。」
同意したルークに嬉々と応えたキラだが、続いた言葉にはきっぱりと首を振る。
「は?なんで、俺には今はなしたじゃねーか」
「まあ、今は、ね。
・・・けど、やっぱ勿体無いよ。だから、内緒。ルークだけには特別だよ。」
今までの興奮振りが嘘のように兄貴分の表情でルークに笑う。妹馬鹿の癖に、と赤い頬を隠して悪態を吐くルークだが、こういうキラからの特別扱いが実は嬉しいなんて、きっとばればれなんだろう、と睨むように見返した。案の定微笑ましげにこちらを見る菫色と視線が合う。
「(くそ!)・・・お茶のお代わり!次はキラが入れる番だろ!」
「はいはい、リクエストは?」
「任せる!早くしろよ!」
「了解」
気恥ずかしさを誤魔化すために、乱暴にカップの中身を飲み干してキラに突き出す。友人同士のお茶会のルールどおり、順番に淹れているお茶を理由にキラを追い払った。何もかも見透かす瞳で笑うキラが立ち上がって東屋に引っ込む。そこに道具が用意されているのだ。
そこに向かうキラの、余裕に満ちた背中が気に入らなくて悔し紛れにルークが叫んだ。
「くっそ、あ~~~~もうこのシスコンめ!!
一生そうやってて婚期逃してしまえ!!」
突然の叫びに驚いたレンたちが注目する中で、キラの笑い声が響く。
それに食って掛るルーク。楽しそうなじゃれあいを眺めるレン。楽しげなフローリアンとカイト。
そんな日常
「あらあらあら、可愛らしい事・・・・まるで全員が兄妹みたいね。」
そして、それを入り口から見守るシュザンヌ夫人の口元には微笑ましげな笑みが。
「ではシュザンヌ様が母上ですね。」
応えるディストもゆったりと笑いながら眺める。
「・・・・・・ディスト、アンタもまるで母親みたいだよ、その表情」
後ろのシンクが呟いた。
「あら、勿論シンクも可愛い自慢の私の息子ですわよ?」
「勿論私も貴方を大事だと思ってますよ。安心なさい」
「・・・・・!勝手に言ってなよ!」
真っ赤な顔を誤魔化すようにじゃれあいに突進するシンク。見送る大人組みが、もう一度呟いた。
「「本当に、可愛い子ども達ですわね(ねぇ)」」
・・・・・・そんなある日の平和な風景だった。
[リライト] 様の兄妹に10の御題を使用させていただきました。 http://lonelylion.nobody.jp/
おい、あの男は誰なんだ!
お兄ちゃんは過保護過ぎます。
やっぱり可愛い…自分に似てなくて。
弟(兄)離れしろよ、お前
毎日一つ屋根の下
兄弟喧嘩は盛大に
勉強教えて
おそろい
でもやっぱり好き
で、いつかこのシリーズを書いてみようと思ってたり思ってなかったり・・・
いえ、あんまり嬉しいリクエストを頂いたので、つい。
なにはともあれ、ありがとうございました!
この作品は、エヴァ×アビス基本+seed(キラ・ラクス・クルーゼ・カナード他)、ぼかろ(カイト・ミク・メイコ)設定がクロスする混沌クロス作品です。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
そして左舷昇降口のルーク達。
途中開かなくなっている扉の代わりにと爆薬で壁を抜いての荒業で移動したため最短距離でこれたらしい。外を窺っていたジェイドが振り返る。
「どうやら間に合いましたね。現れたようです。」
ルークも見れば、リグレットが訝しげにタルタロスを見上げる姿が。確かにその後ろにイオンが立っている。どうやらアッシュはいないようだが、途中で別れたのだろうか。
「で、奴らが扉を開けると同時に不意打ち、で良いんだな?」
「はい、残念ながら詠唱は間に合いませんし、ラルゴにかけられた封印術で私の譜術では・・」
「レン、頼む」
「はい、・・・・・タービュランス!」
確認したルークに何事かいいかけるジェイド。だがルークはすぐにレンを振り返って指示する。肯いたレンが、扉を見つめ、開いた、と同時に中に入ろうとしていた兵士を吹き飛ばした。中途半端な表情で固まるジェイド。ティアも目を開いて止まる。二人には目もくれずにルークとレンは外に出る。素早くナイフを抜きながら、再び発動する譜術。
---此処は屋外だ。そして守るべき対象は後ろにいる。
導師も傷つけるわけにはいかないが、要はリグレットの周りだけ外せばいい、
飛び降りる一瞬の間にそこまで考えて、レンは譜術を解放した。
「----アイシクルレイン!!」
氷の矢が神託の盾騎士団に降り注ぐ。本来広範囲への攻撃術であるため、個体への精度が低い筈だが、レンの放った譜術は的確に兵士一人一人の攻撃を封じる。次々降り注ぐ氷の矢が神託の盾騎士団兵士の足元や武器を構える手元を凍らせて行動を制限する。それを満足げに見たルークが、こっそり唱えていた詠唱を完成させる。
「----エクスプロード」
轟音、熱波が周囲をなぎ払う。静かになったその場に立っているのは、ルーク達と、リグレットと導師イオンのみ。リグレットがつれていたはずの兵士は、残らず倒れ伏して随所に焼け焦げた痕が見える。唖然呆然と固まるもの達を尻目に、ルークが呑気な口調で慌てて自分を振り返ったレンを労う。
「おお、流石だなレン。」
「ありがとうございます!・・・いえ、そうではなく!」
「上出来上出来。久しぶりに間近で見たけど、もうキラでも敵わないかもな~」
「ご冗談を。・・・ってルークさま、な、何を、」
反射的にルークの言葉に返事を返しつつ、何事か問おうとするレンの言葉をわざと遮って朗らかに笑うルーク。レンに向ける瞳は優しいが、それが兵士たちを見回す瞬間は強い怒りを宿す。一瞬リグレットに向いた時には、憎憎しげな舌打ちまでしていた。その様子で一番譜術をぶつけたかったのが誰か知れる。が、後ろに押さえられているイオンの存在にしぶしぶ諦めたのだろう。・・・監禁される前に、レンを傷つけられた事への報復行為か。
次いでその目が呆然と突っ立っているジェイドに向くと、呆れた口調で言い放った。
「作戦はどうした?」
そこで僅かにぎこちないながら素早く槍を取り出してリグレットに突きつける。我に返って譜銃を構えようとしたリグレットよりも一瞬速く動きを制することに成功する。そこで何時もどおりの皮肉気な調子で告げる。
「・・・武器を捨てていただきましょうか」
「・・・っち、中々やるな、温室育ちのお貴族様が」
明らかな虚勢で吐き捨てるリグレットを無視してルークとレンがイオンに近づく。ティアは未だに固まったままだ。
「すごいですねぇ、お強いとは思っていましたが、これほどとは。」
「お褒めに預かり光栄です。それよりもご無事のようで安心しました。」
「ありがとうございます。
導師イオン、お体に大事はございませんか?ご気分が優れないということは・・・」
やっと行動の自由が許された開放感で、イオンが楽しげに笑って二人に話しかける。ルークが優雅に一礼して導師の賛辞を受け取り、次いで柔らかな笑みで言葉を返す。レンは素早く導師の様子を見回して怪我などしていないかを確認する。親しい知人同士の再会の雰囲気でほのぼのとした空気が流れた。
それを故意に見ない振りで、こちらはシリアスな空気を取り戻そうとするジェイドとリグレット。取りあえず作戦を完遂させようと思ったらしい。
「さあ、早く。もう抵抗する意味もないでしょう?」
「・・・さすが、ジェイド・カーティス。これはお前の作戦か。譜術を封じても侮れないな」
やりを突きつけられながら冷静そうに言うリグレット。八つ当たりを兼ねた嫌味だろうか。その台詞に微妙頬を引きつらせて視線を泳がせるが、すぐにいつもの薄笑いでジェイドが返した。
「・・・お褒めに預かり光栄ですね。さあ、武器を捨てなさい。ティア、譜歌を!」
後ろでルークとイオンが笑う。レンは再び周りを警戒しているが、眉が緩んでいる。
「ティア・・?ティア・グランツ、か。」
ティアの名に反応するリグレット。冷静沈着な女性の表情が僅かに崩れて、固まっている少女を見た。ティアも、ジェイドの指示を忘れてリグレットを凝視する。先程は気絶していたためリグレットが襲撃に参加していたことを知らなかったのだ。
「リグレット教官!」
「・・・お前は、」
視線を鋭くしたリグレットがいいかけた時、タルタロスの壁をぶち抜いて影が乱入した。
「てめぇ!リグレット、ッ・・・師団長!いい加減にしろ、・・てください!
人に面倒ごと押し付け・・・いや職務を放棄して!・・・導師に何をさせてやが、・・・るんですか!おま、・・貴方方は!・・・って、本当に何してるんですか」
苛立ちの余り素の口調に戻りかけているのを必死に取り繕うカナードである。どうやらどこの出口も開かないことを悟って無理矢理譜術で穴を開けて出てきたらしい。出た先で展開されていた状況に怪訝な表情を浮かべるカナード。その隙をリグレットが突いた。
「お前達、奴らを抑えろ!」
響き渡る指笛。途端空から魔物の群れが降ってくる。・・・神託の盾騎士団が移動に使っていたグリフィンだ。ルークとイオンに向かうグリフィンは、レンが譜術でなぎ払う。レンの肩に乗っていたミュウも必死に炎を吐いて応戦する。が、今まで槍を構えていたジェイドと、突っ立ったままだったティアが押しつぶされて地面に臥した。
そこで余裕の表情を取り戻したリグレットが言い放った。
「・・形勢逆転、か?」
取り押さえる事はかなわずとも、周りを十重二十重に囲まれているレンとルークを睨むリグレット。二人の余裕の表情は子どもの虚勢か、と判断して要求する。
「さあ、導師を返してもらおう。その数を倒すのは幾らなんでも無理だろう?」
「・・リグレット!・・師団長!導師に何を・・」
未だいい辛そうにリグレットに問いかけたカナードへ命じた。
「カナード、さっさとそいつらを拘束して導師をお連れしろ!」
「止めなさい!カナード!」
そこで鋭く命令したイオン。カナードは、戸惑った表情でリグレットとイオンを見比べる。
「(おいおいおい、その二人ってキムラスカの王族と公爵家の姫だぞ。まじで勘弁しろ。)・・・で、ですが、」
「(流石カナード、・・イザナ様の親友だけありますねぇ)・・カナード!」
状況を判断して演技し始めたカナードに感嘆の視線を送りながら呼びかけるイオン。ここの会話で、マルクトとダアトの優劣が決まる。・・・ちらり、とタルタロスが停止する草原の周囲に視線を走らせたイオンが、怒りの表情で言葉を続けた。しかし一瞬瞳が楽しげに煌いた。それを見逃さなかったルークが再び感心したように瞳を細めた。勿論ばれる様なへまはしない。
「貴方方は自分が何をしているかわかっているんですか?!
突然マルクトの艦を襲撃などと・・・!!」
「・・それは、ですが!!
(イオン・・お前ちょっと生き生きしすぎじゃねぇのか?ばれてもしらねぇぞ)」
そこで苛立たしげにリグレットが叫ぶ。
「ええい!カナード!何をしている!・・・そちらも何がおかしい!お仲間は動けず、お前達も囲まれてるんだぞ。」
押さえつけられながらリグレットを見上げるジェイドとティア。だが、睨まれた当のルークとレンは態度を変えない。カナードの一瞬の表情とイオンの視線で事の次第を悟って傍観していたが、リグレットに話を振られて面倒そうに答えた。
「期待通りの反応じゃなくてすまないな。だが・・・・」
ルークとレンが同時に上を見上げた。そこに振ってくる影が、二つ。
「ガイ様、華麗に参上。・・・ってね。」
「マスター!お待たせしました!」
金髪の男がジェイドを抑えていた魔物を切り裂く。瞬間音素に帰るグリフィン。
青い青年はリグレットを蹴り倒し、振り返りざま放った投げナイフでティアの上に乗っていたグリフィンを倒した。
そして二人の青年は、其々の表情でルークに笑いかけた。
ガイとカイトだ。
どうやら、ほぼ同時にタルタロスに追いつき、艦上部の窓から中を窺おうとして居たところにルーク達が出てきたのだろう。その気配に気づいていたルークとレンは、ただ必要な瞬間に彼らの攻撃の隙を作らせればよかったのである。
「ガイと、カイト、か。」
それぞれを見てルークが笑う。
ガイとカイトも取りあえず、ルークを守るように立ち、武器を構えた。
そんなルーク達を横目に、再び自由を取り戻したジェイドが、腹を押さえて蹲ったリグレットに槍を突きつけた。
「形勢、逆転ですね?・・・では先ずは魔物達と一緒に中へ入ってください。・・・そこの、貴方も、」
薄く笑いながらリグレットをタルタロスに押し込むジェイド。倒れている兵士達は放置するが、魔物達も全員が中に入ったことを確認して、先程壁をぶち破って出てきたカナードにも指示する。だがカナードはジェイドを無視してイオンの傍に歩み寄った。イオンも、カナードの方へと歩いてゆく。
怪訝に眉を顰めたジェイドが何事か言う前に、カナードが跪く。
「カナード。貴方は何をしているんです?」
「は!先ずは遅参いたしました事をお詫び申し上げます。
神託の盾騎士団特務師団副団長、カナード・パルス、導師をお迎えにあがりました!」
イオンの前にたどり着くや、出てきたときとは打って変わって完璧な礼儀作法で導師の前に跪いた。咄嗟に前に出ようとしていたレンも、その様子と先程のイオンとのやり取りで敵ではないのだと確信して見守るに留める。
「顔を上げて立ってください。発言も許可します。
・・・あ、ジェイド、カナードは大丈夫です。取りあえずその扉は閉めてください。」
そして槍を構えたままのジェイドに、リグレットたちを閉じ込めさせてからカナードに視線を戻す。
「迎えにきてくれてありがとう、カナード。
すみません手間をかけて・・・ですが、この惨状は一体何事か、説明してください。」
「は!私どもは、大詠士モースから命じられまして、その、マルクトに誘拐された導師を奪還しろ、と。」
立ち上がったカナードの言葉に、成り行きにおいていかれていたジェイドが眉を吊り上げた。苦々しく告げる。
「何を言うんです。私達は、導師イオンに協力を依頼して一緒に来ていただいているんです。勝手に連れ出してなど、」
「・・・貴殿が導師を誘拐した犯人か。」
ジェイドを鋭く睨むカナード。さり気無く立ち位置を変えて、イオンを庇っている。その隙のない動作に感心するルーク。ガイとカイトには取りあえず武器を納めさせて控えるように手振りで指示する。レンはイオンの守り手が現れた事に安堵する。ティアはただ口を開けたまま突っ立って周囲を見比べている。ミュウがころり、と転がってレンとルークの間に下がった。
「誘拐とは何のことです。私は、」
「貴殿はマルクトのジェイド・カーティス大佐、だったか。導師が教団を離れなければならない場合、大詠士か主席総長の承認、或いは詠士3人以上の承認が必要な事位ご存知だろう?そして守護役を最低でも10人はお付けするのが通例だ。・・・にも拘らず、大詠士も主席総長も不在の折に、詠士の誰一人知らないうちに、、最下級の守護役一人をつけたのみで導師を連れ出した行為が、誘拐でなくなんだと言うのだ。」
だがカナードはばっさりと斬り捨てる。
その言葉を聞いたルークとレンは唖然とする。確かに誘拐の疑いが、とは聞いていたから何か連絡の行き違いかでもあって混乱が起きたのかと思っていたが、ジェイドがそこまでの無理を通してイオンを連れ出していたなど。・・・まあ、イオンが気づいていないはずはないから、マルクトに貸しを作るためにジェイドに付き合ってやったというところだろうが・・・マルクト側は、大打撃ではないのか?
「そして、そこのお前、所属を名乗れ」
次いでカナードは突っ立っているティアに視線を向けた。何事か反論しかけていたジェイドは完全無視である。言葉の接ぎ穂を失ってカナードを睨むジェイドが苛苛と姿勢を揺らす。その横柄な言い方に眉を寄せるティアがしぶしぶ名乗る。
「神託の盾騎士団モース大詠士旗下情報部、第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります。」
「・・・成る程、お前がファブレ家ご子息とヤマト家ご令嬢を攫った恥知らずか。」
「な!!私は誘拐などしていません!!
二人を連れ出してしまったのは純粋な事故です!」
「黙れ!お二人を連れ去った擬似超振動の原因は、お前がファブレ公爵家に襲撃した所為だと聞いている。どこが事故だというんだ?!」
「襲撃って、私はヴァンを狙っただけよ!」
「襲撃ではないか。他家に不法に侵入してその家の人間に危害を加えようとする行為のどこが襲撃じゃないっていうんだ。お前のお陰でダアトはキムラスカから宣戦布告される可能性もあったというのに。」
「そんな!あれは個人の事情で仕方なく!」
「だから、貴様は・・・!」
「カナード」
そこでイオンが止める。そしてルークとレンの元に行こうとする。それに気づいたルークが、主の無事を喜んで何やら言い募る二人の青年を控えさせて、レンと共にイオンの傍へ歩み寄った。
「(ティアには言っても無駄です。
今は人手が足りなくて拘束したら身動きがとれませんから。
・・・・それに、気づいているでしょう?彼らに協力していただきましょう。
ルーク殿、あの罪人はキムラスカについたらその場で正式に引き渡すということでよろしいですか。)」
先程のイオン同様ルークも周囲の草むらの影に視線を走らせてからにこやかに応える。
「(勿論です。お気遣い痛み入ります。
どうかカナード殿も御気になさらず、既に導師には丁寧な謝罪の言葉を頂いておりますし。)」
「(は、畏まりました。
ルーク・フォン・ファブレ様の寛大なお心に感謝いたします。)」
そこで普通の声量に戻す。
「カナード、こちらがルーク・フォン・ファブレ殿とレン・ヤマト殿です。
僕も道中大変お世話になりました。ルーク殿、レン殿、こちらは神託の盾騎士団特務師団副団長を勤めるカナード・パルス響士です。」
イオンの言葉を受けてお互いに挨拶を交す。
「ああ、私はルーク・フォンファブレ、ファブレ公爵クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレが一子だ。
こちらこそ、導師イオンには親しくして頂きました。」
「私は、レン・ヤマト、ヤマト公爵ハルマ・ヤマトが第二子にございます。
こちらこそ導師イオンには大変親切にして頂きまして、感謝の言葉もございません」
「改めまして、私は神託の盾騎士団特務師団所属副団長を勤めておりますカナード・パルス響士であります。」
にこやかに自己紹介するルークとレンに、カナードも礼儀正しく敬礼で応える。そこでルークも己の従者二人を呼び寄せた。
「ガイ、カイト、こちらへ・・・導師イオン、パルス響士、
こちらは私の従者であるカイトと、ファブレ家で使用人をしているガイ・セシルです。
二人とも、こちらは導師イオンと神託の盾騎士団特務師団副団長を務めておられるカナード・パルス殿だ」
「ご尊顔を拝謁できて光栄です導師イオン。
主から紹介に預かりました、カイト、と申します。」
「初めてお目にかかります導師イオン。
ファブレ家で雇っていただいております、ガイ・セシルと申します。」
「はじめまして、お二人ともどうぞ楽になさってください。」
「初めてお目にかかります。カナード・パルス響士です。」
穏やかに挨拶を交す。取りあえず危機は去ったものとして、友好的な雰囲気が流れる。一時で良いから気を休めたかったルークとイオンは殊更良い笑顔で面々を眺める。レンも、カイトが追いついてくれたことでルークを守る手が増えたことに安堵する。カナードは内心を悟らせない真面目な表情でイオンの後ろに控える。ガイは何も気づかずただ爽やかに笑う。カイトが満面の笑みでマスターの傍に在れる事を喜んでいる。
ミュウがころり、と転がってルークの足に擦り寄った。
「ご主人様うれしそうですの!!」
「「「チーグルが喋った・・・・」」」
今まで緊迫した状況が続いていたから大人しくしていたが、やっと解放されたと思ったのか無邪気な笑顔でルークを見上げて転がるミュウ。何やら人懐こいチーグルだと見下ろしていた新参の三人が声を揃える。それに小さく笑いながらルークがミュウを拾い上げる。イオンとレンも微笑ましげにルークとミュウを眺めた。
「ああ、これは創世暦時代の遺産であるこのリングの効果らしくて、どうやら万能の通訳装置らしい。一応チーグル一族の宝だという事だが。」
「それはそれは」
「へぇ」
「・・創世暦時代の?」
感心したようなカナード、チーグルと主の戯れに笑うカイト、リングの説明に瞳を輝かせるガイ。それを見たルークが釘を刺す。
「・・ガイ、お前が音機関好きなのは知っているが、これは一応借り物だ。手を触れるなよ。」
「・・はい。畏まりました・・。」
すごく、残念そうだ。それでも使用人としての立場は弁えて大人しく返事をする。
そこで割りこむ声。苛立たしげに腕を組んだジェイドである。
傍らには眉を吊り上げたティアもこちらを睨んでいる。
「やれやれ、お友達同士の挨拶は済みましたか?ならば先を急ぎましょう。
戦争は待っていてくれませんよ。」
「そうよ、何を呑気に話し込んでいるのかしら。私たちは和平のために急がなければならないのよ」
諦めの境地に至ったルークたち三人とただ突然の敵意に戸惑うガイは無言で聞き流す。だが、此処で殺気だったのはカナードとカイトだ。
「・・・貴様ら、誰に向かってそのような口を聞く。高がマルクトの佐官と神託の盾騎士団の最下級兵士如きが、導師やキムラスカのお二方に向かって礼も取らず許しも得ずに直接話す等、許されることではない。・・・・この場で斬り捨ててくれる」
「随分な言い様ですね?・・・わが主を侮辱することは許しません。」
今にも目の前のなんちゃって軍人二人を斬り捨てんばかりの殺気をまとって剣を構えるカナード、ルークの前は動かないが物騒な気配は治めないカイト。一触即発の雰囲気に、萎縮したミュウが小さく丸まってルークの服にしがみ付く。レンは相談するようにルークを見た。イオンも深く溜息を吐く。一人ガイだけが状況に置いていかれている。
そこで無謀にも再び話し始めるジェイドとティア。・・・無謀というより馬鹿なのだろうか。
己の立場を理解しないのは今更だが、面と向かっての殺気にすら気づかないというのは本当に軍人としてどうなんだ。
「私はマルクト皇帝ピオニー陛下から和平の使者を任され----」
「-------そこまでです」
嫌味くさい笑みで言おうとしたジェイドの言葉を、新たな第三者の声が遮った。一斉に視線が集まる先には、桃色の髪を高く結い上げ凛々しい装束に身を包んだ美しい女性がマルクト兵士を従えて立っている。---ラクス・クライン公爵である。
エターナルでは近づけぬと判断して、隠密行動に切り替え周りを包囲させていたのだろう。先程からイオンとルークが気にしていた草むらから、一斉に姿を現すマルクト軍が静かにタルタロスを取り囲んでいる。無論遠方に姿を現し始めた。エターナルが照準を合わせているのも視認する。
何時もは穏やかな笑みを浮かべているはずのラクスが険しい視線でジェイドを睨んだ。
「ジェイド・カーティス。・・・これ以上マルクトの恥を晒すのは止めていただきましょう。」
「やれやれ、こんなところで何をしているんです?クライン公爵。」
ラクスに向き直って眼鏡を押し上げるジェイド。ラクスの後ろの兵士が殺気立つ。カナードとカイトはとりあえず攻撃は控えて事態を見守る。ルークとイオンとレンが視線を交して安堵の息を吐いた。ミュウも三人の表情に危険はないのだと悟って力を抜く。ガイは未だに目を白黒させる。ティアも同様に呆然と立っている。。
「あら、おわかりになりませんか。」
「わかりませんね。私たちは急いでいるのですよ。つまらない用事なら・・・」
ふ、と小さく息を吐いたラクスが、凛、と命じた。
「----捕らえなさい」
殺到するマルクト兵。あっという間に地面に押さえつけられるジェイドが険しい表情でラクスを見上げた。
「何の真似です!!私は陛下の名代を----」
「貴方は、もう名代ではありません」
そこで新たな声が加わる。青を基調とした礼服に身を包んだ銀髪の青年---アスラン・フリングスである。その姿を認めたジェイドがアスランの事も同様に睨み上げる。それを無視したラクスとアスランがルークたちの前に進み出る。警戒するカナードとカイトの険しい視線にも気分を害することなく、立ち止まるとそこで跪いて頭を下げた。
「御前をお騒がせして申し訳ございません。
私はマルクト帝国ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下より、公爵の位を戴いております、ラクス・クラインと申します。導師イオン、ルーク・フォン・ファブレ様、レン・ヤマト様には、わが国の者が大変なご迷惑をおかけいたしました。」
「失礼致しました。
私はマルクト帝国ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下より、侯爵の位を戴いております、アスラン・フリングスと申します。お三方には我が国の軍人が働きました無礼について心より謝罪いたします。 大変、申し訳ございませんでした。」
二人の謝罪を受けたイオンとルークがにこやかに答える。
「どうか、お顔を上げてください。」
「そうです、お二人のお気持ちは良くわかりましたから。」
その言葉には強く首をふったラクスとアスランが続けた。
「いいえ、今更何を、とお思いかも知れませんが、わが国がこの度申し込むつもりでありました和平への心に偽りはございません。お三方に無礼を働きました者には相応の処分を致します。ご命令とあらば、私の首を捧げる覚悟もございます。勿論導師イオンとルークさま、レン様の安全も保障いたします。ですから、どうか和平だけはお聞き届け頂きたく」
「加えて、この度、私アスラン・フリングスが、こちらのジェイド・カーティスに代わって新たに使者に任じられました。 派遣途中での交代など、礼を失した行為である事は承知ではありますが、どうかお許しいただきたくお願い申し上げます。」
マルクト帝国最有力公爵と侯爵が揃って頭を下げている。その誠意溢れる姿勢に、カナードとカイトの視線が和らいだ。危険はないと判断して静かにイオンとルークの後ろに控える。レンとミュウとガイも勿論後ろで礼をとった。
「・・・・どうぞ顔を上げてください。
お気持ちは良くわかりました、和平の仲介は引き続きお受けしましょう。」
「「ありがとうございます!!導師の寛大なお心に感謝いたします」」
柔らかく笑んだイオンが再度顔を上げるように言ってから、了承する。その応えにラクスとアスランが更に頭を下げた。次いでルークも応える。
「・・・承知いたしました。貴方方を信じましょう。
私共が貴国に許しなく足を踏み入れてしまったことは事実ですから、むしろ手間をおかけして申し訳ない。お詫びといってはなんですが、私も和平には協力させていただきます。 ・・ただ私は未だ爵位も戴いていない身です。ですから、使者の方々を陛下にお取次ぎする位しかして差し上げられませんが、その程度でよろしければ・・・」
レンも一歩後ろで控えながら、丁寧に答えた。
「こちらこそ、不可抗力とは言え、貴国をお騒がせ致しましたことお詫び申し上げます。私も多少の口添えしか出来ませんが、それでもよろしければお手伝いいたしましょう。」
「勿論でございます。ルーク・フォン・ファブレ様とレン・ヤマト様のお慈悲に感謝いたします。」
「ありがとうございます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
とりあえず身の安全は保障された、ということでラクスとアスランの言葉を受け入れる。元々使者の人柄しだいで和平に関しては積極的に対処しようと思っていたのだ。相手がジェイドでは問題外だが、ラクスとアスランを見る限り、かなり信用できる人物だと判断する。ならばここで相手にも好印象を持ってもらって、じっくりと見定める時間が欲しいルークとレンが、取次ぎを約束する。
予め連絡した上ならその位は可能なはずだ。・・・そろそろキラもこちらに近づいているはずだし、カイツールに知らせを届けておけば、段取りを付けておいてくれるだろう。
(後は母上にも伝えて置けば、陛下と父上が最悪の対応をすることは、・・・ない、よな?)
母のことは信頼できるが、その上を行く暗主である国王と公爵を意識せずにこき下ろすルーク。日々植えつけられる不信感に、不安も増大するが取りあえずは、マルクトだと考えて、ラクスとアスランに微笑みかける。
ルークとレンに向き直ったラクスとアスランも再び丁重に頭を下げる。
そこで、イオンが控えめに問いかける。
「それよりも我が教団の者が、マルクト軍の方々に為した事についてなのですが・・・」
「その件に関しましてはわが国といたしましても遺憾なのですが、
・・教団のトリトハイムどのから文書を受け取っております。
導師にご助力いただく身でありながら、負担をお掛けする教団の方々への誠意が足りず、不要な混乱を起こした事、お詫びの仕様もございせん。結果的に両国の軍が交戦する事態になってしまいましたが、神託の盾騎士団の皆様のお怒りはご尤もです。こちらの被害は、」
「カナード、タルタロスの被害はどの程度ですか」
「は、実は衝突の折にタルタロスの主砲に威嚇射撃され事もあり、死者が全くないわけではないのですが、なるべく投降するよう呼びかけましたので、割合としてマルクト側は三割、我が軍は二割程度、かと。もちろん重軽傷者を含めればもっと増えてしまいますが。」
「承知いたしました。・・もともとこちらの不手際に拠る誤解から生じたものですので、無事な将兵を解放していただけましたら、」
「・・では、タルタロスとの交戦については、」
「は!わが国への誤解を解いていただけましたら、それで、」
「わかりました。ありがとうございます。
・・・カナード、済みませんがマルクトの方々と共に中に戻って神託の盾騎士団を引かせてください。」
「了解いたしました。では、よろしいですか」
神託の盾騎士団の襲撃について確認するイオン。それにはラクスが答える。受け取っていた抗議文の中身と合わせてジェイドが重ね続けた不敬があるマルクトが強く出れるわけがない。細かい調整は後々の交渉しだいだが、取りあえずはお互い様という形でこの場では片をつける。それにイオンも同意してカナードに指示をだした。カナードの言葉に、アスランが答える。
「勿論です。ではそこの者と一緒に撤退と解放をしていただけますでしょうか。」
「お願いしますねカナード。」
「は!では導師をよろしくお願いします」
そしてカナードが一時はなれた。
一応この場ではこれで決着か、と思ったその時、
またもや無粋に割り込んだ人間が、二人。・・言わずと知れたジェイドとティアだ。
「やれやれ、貴方たちまで、そんなお坊ちゃんを甘やかすなど、何を考えているんです?
クライン公爵、あなたは仮にもわが国の議会の主席まで務めながら、そのような・・・」
「そうです!!カーティス大佐は和平の使者なのでしょう?!
なのに、こんな事するなんて、間違ってるわ!!」
その場の全員の頬が引きつった。ラクスやアスランは勿論、イオン、ルーク達からマルクト兵士までが一寸のズレも無く同じ事を思う。
(((((((こいつらは、今の話の何を聞いていたんだ?!)))))))
低い、低い声で、ラクスとアスランが起立の許しと御前を騒がせる詫びを入れる。ルーク達キムラスカ組みは同情の眼差しで応えて後ろに下がる。イオンは、いっそ自分も参加しようかというような殺気混じりの目でティアを睨みながら、言葉を添える。
「・・・すみません、その罪人も捕らえていただけますか。
できればキムラスカに護送するまでの人手もお借りしたいのですが。」
「ええ、勿論ですわ、導師。
・・・キムラスカより、お二方を連れ去った痴れ者の捕縛も依頼されていることですし。」
柔らかな声で答えるラクス。だが、その瞳には一片の慈悲も見当たらない。
命令に従った兵士が力任せにティアを縛り上げる様を、優雅な笑みで見守っている。
ルークとカイトがそんなラクスをみて冷や汗を流した。
((・・・母上(シュザンヌ様)属性か・・・・しかもレベルも既にMAX。
もしかしてキラ(様)に張れるんじゃないか(でしょうか)?))
ルークとカイトの知る中で最強の地位を保持し続ける二人と、同等かもしれない人物。・・・味方にはならなくても敵には絶対回したくない相手だ。しかも傍らのアスランも、見た目の温和な雰囲気に誤魔化されそうだが、確実にラクス属性。・・だって、なんだそのイイ笑顔。
「では、お言葉にあまえまして、失礼いたします。」
そして、麗しい笑みの般若が、二人。簀巻き状態の罪人の前に立った。
「・・・・・いい加減にして頂けるかしら、マルクトの恥さらしが。
誰の許しを得てそのような戯言をほざいているのです。」
「カーティス大佐・・・いえ、軍位はすでに剥奪さえれているはずですからジェイド・カーティスと呼びましょう。あなたこそなんのつもりですか。」
先ずは自国の膿から切り落とすことにしたらしい二人がジェイドに言った。
ティアはさらに猿轡まではめられている。
入軍半年程度の新兵の抵抗など抵抗にもなりはしない。元々軍人を生業にしていながら、木刀しかもっていなかったルークと、訪問用のドレスを纏った一見無力な令嬢であったレンに、戦う術をもっているなら後衛専門自分を守れと言い放ったティアがまともな抵抗など出来るはずもない。口を開くまもなくあっと言う間に完全拘束終了。その手際の良さに密かにイオンが拍手した。神託の盾騎士団の無法ぶりを身にしみて実感させられた後だけに、統率の取れたマルクト軍を若干羨ましそうに見る。
「何、といわれましても、私はピオニーから和平の使者を、」
「それは既に変更されている、と先程も言ったはずです。
貴方はもう名代ではない。」
「な、なぜですか!」
改めて告げられて、やっとアスランの言葉を理解したらしいジェイドが反問する。それに応えたのはラクスだ。
「まあ、当然ではありませんの。元々貴方が名代など任されるほうがおかしいのです。
・・まあ、この辺りの事情は後ほどゆっくり教えて差し上げます。・・・冥土の土産に。
それを別にしても、和平の使者という大任を任されながら、貴方が犯し続けた失態に大罪の数々。とてもではありませんが、庇いきれるものではないのですもの。・・・この場で首を切られることなく裁きを受けさせて差し上げる慈悲に感謝して欲しいくらいですわ。」
さり気無く恐ろしい発言を交えつつラクスが言った。
「私が、どんな失態を犯したと、」
「まず、第一に、・・・貴方方、途中で盗賊を追いかけてタルタロスを走り回らせていたそうですね。・・しかも、盗賊には逃げ切られ わが国の国交の要であるローテルロー橋を破壊されたとか・・・これについて、どの様な言い開きができまして?」
「・・目の前に現れた犯罪者を見逃せとでも?」
言い逃れようとするジェイド。深々と溜息を吐いたラクスとアスランが代わる代わる答えた。
「・・・陛下からの勅命を受けて行動中の軍人が、任されている役目から逸脱した行動を取るなど、それだけで軍法会議ものでしょう。 与えられた命令には忠実且つ迅速且つ確実に。・・・入軍した人間が一番最初に教えられる基本中の基本です。
・・で、いつから貴方の役目が盗賊の討伐に変わってたんです?」
「しかも、結局盗賊には逃げられて、マルクトの国交の要であるローテルロー橋を破壊されるなど!例え貴方が命令違反を犯していないとしても、之ほどの失態がありまして?どちらにしても任務失敗の責任をとって軍法会議ものではありませんか」
「それを報告もせずに勝手な行動をとった人間が、どの口で言い逃れなどするつもりです。大体、正式な国からの使者が予め決められていた筈の移動ルートを変更するなど、越権行為もいいところでしょう。異常があっても無くても義務付けられる定時連絡を怠ったばかりか、それ程の緊急事態の報告もしないとは・・・貴方は軍人として今まで何を学んできたのですか。」
「その命令違反の最中にも、タルタロスで平時の街道を走り回るなど・・・。
その付近にお住まいの方々が巻き込まれていたりしたら、どう責任を取るおつもりでしたの?タルタロスの走行に接触したりしたら、怪我程度では済みませんわ。」
「・・・・あ、そういえば私達が乗ってた辻馬車も危うく轢かれそうになりましたよね」
うっかり洩らしたレンの言葉に勢い良くマルクト貴族の二人が振り返った。それを見て口を押さえるレン。ラクスとアスランの連携のとれた口撃に、感心するあまり気が緩んでいたらしい。不用意に零した己の言葉に動揺して視線を泳がせる。気持ちはわかるルークとイオンが苦笑して宥めるように背中を叩くが、レンは既に涙目だ。
「失礼致しました! (すみません、ルーク様!)」
「失礼しました。お邪魔をして申し訳ございません、どうか、お気になさらず。」
にこやかにルークが誤魔化すが、ラクスもアスランも聞き逃せる話ではない。
「申し訳ございません、レン様、ルーク様。詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「あ、いえ、大した話ではないのですが・・」
「まあ、どうぞ、ご遠慮なさらずに。
お手間を取らせてしまって申し訳ないのですが、是非」
・・迫力に負けるレン。恐る恐る説明する。
「いえ、実は私どもが飛ばされたのが、タタル渓谷だったのですが、近くで偶然会った辻馬車に乗せていただく事になりまして。 その馬車でエンゲーブに向かう途中、すれ違った盗賊が乗った馬車を追いかけていたタルタロスが、辻馬車の間近を走り抜けたことがあったな、と。」
「・・・成る程、よくわかりました。ありがとうございます。
重ね重ね、この痴れ者が申し訳ございませんでした。」
「い、いえ、こちらこそ不躾にお話を遮ってしまって申し訳ございません!」
ジェイドを氷の視線で一瞥したアスランが安心させるように微笑んでレンに謝罪を重ねた。対するレンは本気でうろたえて深々と頭を下げる。
幾ら気が緩んでいても、公爵家の娘でしかないレンが、マルクト帝国の公爵と侯爵に名を連ねる二人の言葉を遮って良いわけがない。しかもこの場には導師イオンと、自国の王族であるルークがいるのだ。自分如きが許しなく言葉を発するなど不敬も良い所である。情けなさにどんどん落ち込むレン。ルークとイオンがフォローしようとする。
そんな三人の様子を見たアスランが、年若い少年少女の微笑ましい繋がりを見て取って、柔らかく笑う。そして本心から労わるように、レンの顔を見つめて言葉を続けた。
「どうか、お気になさらず。
レン様のお陰で、当時の事情が詳しく判明したわけですから、却って助かりました。」
ラクスも優しく微笑んでレンに視線を合わせる。
見たところ普段は礼儀も完璧に守っているであろう少女が、少し気を緩めて失敗してしまった程度のことに目くじらを立てるつもりなどない。それよりも、この程度のことを失態だと感じる少女の生真面目さに微笑ましい気持ちが先立った。ラクスは、まるで幼い妹を見守る姉のような気持ちで、おろおろと落ち込む少女を気遣う。とりあえず、少女がこれ以上気にしなくていいようにこの場から離すことにする。穏やかに微笑んで三人に向き直った。
「まあ、それよりも皆様をこのような罪人の尋問にたち合わせるなど、大変失礼いたしました。
もしよろしければ、あちらのエターナルにお部屋を用意してありますので、どうぞお体を休めてくださいませ。そのままセントビナーまでは、エターナルで送らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「勿論です。お気遣いありがとうございます。
では、失礼させていただきますね。(レン殿、大丈夫ですから)」
「ありがとうございます。クライン公爵、フリングス侯爵。
お言葉に甘えさせていただきます。(・・・レン、ほら)」
「ありがとうございます!本当に申し訳ございませんでした!!」
居た堪れなさに身を縮める少女を、その場の面々が優しく促す。再び深く頭を下げたレンと一緒に、兵士が用意してくれていた小型の馬車に乗り込んだ。エターナルまで少し距離があるからと、タルタロスの包囲後に準備させていたのだ。
穏やかに笑うイオンと、優雅に礼をとったルークが、項垂れる少女を連れて離れていく様子を見守る。その後ろには、騎乗した護衛の兵士と、カナード、ガイ、カイトが続く。主の傍を離れるわけにはいかないだろうと、タルタロス解放を手早く指示して戻ったカナードと共にカイト達も一緒にいくよう促したのだ。
彼らが走り去る様子を、穏やかに見守っていたラクスとアスランが、一転して威圧たっぷりの笑みを浮かべる。
「・・・さて、ジェイド・カーティス、此処まで説明されて尚、何か釈明はありますか。」
「まさか、未だに理解できない、なんてことはありませんね?」
見下ろすジェイドを押しつぶさんばかりの殺気。今は侯爵でも元少将であったアスランはともかく、所詮は貴族のお嬢様と見下していたラクスの威圧感に冷や汗が浮かぶジェイド。悔しげに視線を逸らして口を噤み続ける。
「本当に強情ですわね。悪い事をしたなら謝る、失敗したなら反省する。
・・その程度のことも出来ませんの?
まったく三歳の幼い子どもでも知っている常識でしてよ。」
「どこまで落ちぶれれば気が済むんでしょうね?
こんな恥知らずが元同僚であったなんて、・・・・」
呆れた口調で言うラクス。まるで小さな子どもに言い聞かせるような言葉に、ジェイドの自尊心がずたずたに引き裂かれる。ついでアスランが語尾を濁して落とした溜息に、更に塩を塗りこまれた気分だ。
そこで業とらしく手を叩いたラクスが告げた。
「あら、また気がつきませんでしたわ。
失礼、アスラン・フリングス侯爵、貴方は先にエターナルに戻っていただけるかしら。
導師イオンと、ルーク様、レン様のお三方に、新しい名代として正式に挨拶しませんと。
まあまあ、また失礼を重ねてしまうところでしたわね。」
その言葉に目を見開いたジェイドを無視してアスランが応えた。
「そうですね。私とした事が、かの方々に無礼を働いた罪人を捕らえた事で気を抜いて失念するところでした。先程のような略式の挨拶だけで了承を得ようなどと、厚かましい振る舞いなど許される事ではありませんから。」
「ええ、では此処は私に任せて急いでいただけますか。」
「は、ではお先に失礼いたしますクライン公爵。どうぞよろしくお願いいたします。」
「はい、では、おねがいします。」
にこやかにラクスが見送る。アスランもラクスに一礼すると、兵士が用意した馬に乗って駆け去ってゆく。それを見ているしかなかったジェイド。その呆けた表情をゆっくりと見下ろすラクスが、笑う。
「----さて、と。では、ジェイド・カーティス。お話の続きをいたしましょうか。 ですが、皆様の足を止めるわけにはいきませんから、先ずはエターナルに移動してからにいたしましょう。
エターナルの、牢で、お話を伺いますわ。・・・ゆっくりと。」
その笑みを、力なく見上げるジェイド。
・・・・既に彼女に抵抗する恐ろしさを痛感しつつある彼に、反抗の意思は、殆ど残ってはいなかった。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
少し戻って、一路タルタロスを目指す神託の盾騎士団の幹部連中は、空の上で激論を交していた。議題は勿論、タルタロス制圧の手段について、である。
「---ええい!まだるっこしい!相手は導師を誘拐した連中だろう!
纏めて始末してしまった方が手間がかからん!」
現導師がレプリカであると知っているが故に、普段敬意など払いもせずに慇懃無礼に振舞っているはずのリグレットが言い放った。他の団員に聞かれる可能性を考えての建前だろうが、それがまるで導師を傷つけたものへの怒りを燃やす忠臣に見えるようで兵士らが尊敬の視線を向ける。苦々しく表情を歪めて抑えにかかるカナードは既に繰り返され続ける論争に疲れきって口調が崩れてきている。
「リグレット師団長、導師が誘拐されたという証拠はありません。仮に誘拐されていても、タルタロスの兵を皆殺しはやりすぎです。」
「だが、それではマルクトに見縊られはしないか」
横からラルゴも口を挟む。そちらにも顔を向けてカナードが根気良く続けた。
「ラルゴ師団長も、お二人はそれ程マルクトとの戦争をお望みか。
例え導師が無事にお戻りになっても、その為に戦が起きることになったらさぞ悲しまれるだろう。」
「ぐだぐだうっせぇな、大人しく投降しねぇなら全員潰すだけだろうが!」
苛立たしげに吐き捨てたアッシュに、カナードが言い聞かせる。
「では、アッシュ師団長。投降した兵士はくれぐれも殺したりなさいませんようにお願い申し上げる。 ・・・・・これ以上各国との関係が拗れても、後々面倒が増えるだけですから。グランツ謡将がキムラスカに拘束されている以上、マルクトまで敵に回すのは得策ではありません。理解していただけますね?」
「「「・・・・・了解」」」
やっと、言質をとることに成功する。ヴァンが今現在キムラスカで罪人として囚われている以上、確かにマルクトと悶着を起こす余裕はない。そう考えるに至ったリグレットが苦々しげに承諾し、ラルゴも矛先を収める。
アッシュは舌打ちして眉間に皺を寄せるが、それ以上の反論はしなかった。かなりしぶしぶでも、一度言ったからには努力くらいはするだろう。プライドだけは高いから、簡単に前言を撤回することはない、と思いたい。
(取りあえず、全員殺したりしなきゃ、交渉は可能なはずだ。・・・イオンを誘拐紛いに連れ出したのは事実だからな)
目的地に着く前に疲れているカナード。後はもうイオンとイザナに任せようと思考を放棄する。移動の為にお友達を貸した後、捏造した任務で誤魔化してイザナに報告に戻ったアリエッタが羨ましい。
(イオン、イザナ。後はよろしく。俺は肉体労働専門だからな)
嘆息したカナードの眼下にタルタロスの影が見え始める。
一斉に降下する兵士。
戦場はすぐそこだった。
同時刻、草原を失踪する青い影が叫んだ。
「あ、あれがそうか!待っててくださいね、マスター!」
譜業人形としての能力を駆使して不眠不休で駆け抜けたカイトである。ある程度の距離に近づけばマスターの気配を感知することが可能な彼は、一路タタル渓谷を目指していたのを、急激に方向転換した。何故か途中でマスターの気配が大幅な移動を始めたからだ。物凄く嫌な予感がしてさらに走るスピードを上げる。結局キラに合流できなかった為預かった資料を持ったままだが仕方ない。ルーク達を保護した後、帰路につけば直ぐに会えるだろう。それよりも、マスターの気配を感じるのが、よりによってマルクトの戦艦の中から、といのはどういうことだろうと思いつつ遥かな距離を隔てて遠くに見える影に向かう。普通の人間なら、未だに点すら見えない距離だ。流石のカイトもあと数時間は必要だろうか。ともかく必死に駆け抜ける。
合流地点まで、後・・・
ここにも、魔物につかまって空を飛ぶ男が一人。
・・・ファブレの使用人、ガイ・セシルである。
本来一介の下男如きが、大事な公爵家嫡男の捜索などに加えられるはずがない。だが、ルークの悩みを知っていたシュザンヌが、密かにガイを向かわせたのだ。
・・・もしも、ルークを見つけ出し、共に帰国するまでの間にルークがガイに真実を話すと決意できたなら良し。矢張り信用しきれない、というならばすっぱりと斬り捨てるつもりで与えた最後の機会である。たった一人で向かわせたガイが、恐らくヴァンから提供されている情報や移動手段を利用することは、この場合に限り目をつぶることにしたシュザンヌ。そんな裏事情などしらないガイは、複雑な心境でルークの元に向かっていた。
(ルーク・・・・。)
最初は、ファブレ公爵によって滅ばされたガルディオス一族の復讐のために使用人として潜り込んだのだ。ホド戦争の際、ファブレ公爵率いるキムラスカ軍によって無惨に殺された姉や使用人たち。その無念を晴らすために、ガイを連れて逃げてくれたペールギュント・・ペールと名乗って庭師をしているガルディオスの騎士と共に機会を窺っていた。いつか、己の一族と同じようにファブレを滅ぼすことを誓って。ルークに近づいたのもその為だった。
姉を母を殺された自分と同じ思いを公爵に味合わせてやろう、と公爵子息の傍付きになった。昔のルークは良くも悪くも典型的な貴族の子息で、憎悪と殺意が消える日はなかった。日々何時果たしてやろうかと考える日々だった。
・・・それが変化したのは、ルークが一度誘拐されて戻ってからだ。
帰ってきたルークは”ルーク”ではなかった。小憎たらしい尊大さで日々ガイの憎悪を煽る公爵子息は、まるで生まれたての赤ん坊のようになっていた。言葉もわからず、歩くこともできず、なにも知らない。ただ感情のままに、笑い、泣き、怒って、ガイを振回す。身体は10歳の少年のものでありながら、癇癪をおこして手加減なしに暴れるルークを抑えるために全身にあざを作ったこともある。
けれどそんなルークへの感情は、その場では腹が立つことがあっても、それは憎しみとは別のものだったのだ。ガイは、ルークの面倒を見るうちに己の憎悪が少しずつ薄くなっていくことに気づいていた。必死に否定しようとしたが、ルークと向かい合う時に浮かぶのは、ただ彼の面倒を見るための思考ばかりで、復讐など思い出しもしなかった。認めたくなくても、きっとガイは、今のルークが好きなのだ。けれど、復讐を捨てる決意は出来なかった。
だからガイはルークを見ると複雑な気持ちになる。
カイトという名の人形が、ガイの変わりにルークの従者になってからは尚更に。
たった半年強の間面倒を見ただけなのに、未だにルークに刃を振り下ろしきれない自分がいる。ルークも、一線を引くような態度をとりながら、気まぐれのように普通に話すことを許したりすることもある。その真意はわからない。けれど悪意はない。もしかしたら好意かも知れない。その位曖昧な、関係。
(だけど、もう決着をつけなきゃな・・・)
それが、ルークの葛藤と同じであるとは知らないガイは、まっすぐルークの元へと向かっていた。
決断をしなければならない。・・お互いに。
そして、タルタロスの中。
ティアは苛立っていた。
ルークとレンが拘束されて連れて行かれたあと、ティアはイオンの傍に残った。流石に監禁は可愛そうかとも
思ったが、ルークの我侭には辟易していたのでいい薬かと思って放って置いた。まさか殺されたりはしないだろうから、後で大佐に相談すればいい。そう思って、取りあえず導師をお守りできれば、と考えたのだ。
まさかその後タルタロスが襲撃されるとは思っても見なかった。
突然戦場に放り出された恐怖。周りに充満する殺気と血の匂い。
それでも必死に戦っていたティアの前に再びルークとレンが現れた。どうやら親切な兵士が、監禁されたままでは危険だからと避難させる途中だったらしい。正直イオン様を守る戦力が一人でも多く欲しかったのだ。何しろ、先程遭遇した六神将黒獅子ラルゴを撃退する最中に、親書を隠すためにアニスが離脱してしまった。だから安心したのだ。
なのにルークからはまた不遜で傲慢な台詞が帰ってきた。こんな非常時になっても、我侭な振る舞いを続けるつもりなのだろうか。これだから甘やかされた貴族の子どもなんて、と思いつつ諭す。少し口調が荒くなってしまったが、その位は多めに見て欲しい。
・・・ティアは、自分が正しいと信じていた。だから堂々と言い放つ。
彼女にとっての”正しい知識”をルークに与えた。
戦場で死にたくないなら、自ら刃を持って戦うべきなのだと。
それが出来ないなら殺されても文句は言えない。
殺したくないなどと、甘えるのもいい加減にしろ、と。
そう説得したティアに、返ってきたのは、正しいことを教えてあげた感謝ではなく、馬鹿にするかのような侮蔑の視線。まだマシだと思っていたレンも、ルークを戦わせないなどと言い出し、それに導師イオンすら同意する始末。何故、ルークをここまで甘やかす人間が集まるのだと、怒りが募る。カーティス大佐はきちんとわかってくれるのに。
・・・・・どこまでも己の正当性を疑わないティアと、ルーク達の意見が相容れる日が来る可能性は今のところゼロに等しい。
折角親切なトニー二等兵のお陰で、ストレスの原因から解放されるかと思って意気揚々と通路を走っていたルークは、己の境遇に涙した。今日の自分の運勢は間違いなく大凶だと確信する日なんて、一生訪れなくても良かったのに。
・・・なぜ、ここでまたこいつらと再会するのだろうか。
取りあえず脱出を優先しようと、レンへの心配や、自分では彼女の支えにはなり切れない悔しさを押し込めて気持ちを無理矢理でも浮上させたはずなのに。
(ああ、俺は、確かに呪われている)
遥か遠くに視線を合わせるルークに、労わりを向けてくれるレンとイオンの存在だけが、心の癒しであった。
「よかった!ルーク、レンも。無事だったのね。」
「おや、トニ-二等兵、二人を避難させていたのですか。ご苦労様です。」
「は!」
ジェイドも取りあえず部下を労う。襲撃中の艦の中で部屋に閉じ込めておく危険性を考えれば、監禁を解いたのは正解だと思ったのだろう。そこまでは良い。普通の再会の挨拶だ。・・が、その後の話の流れがよろしくなかった。
「ああ、二人とも無事でよかった。それで、
イオンが安心したようにルークとレンに笑いかけた瞬間、ティアが堂々と言い放った。曰く
「ルーク!調度いいわ、今神託の盾騎士団にタルタロスが襲撃されているのよ。貴方もイオン様をお守りして頂戴」
「「「・・・・・」」」
「え?・・」
「ああ、そうですね。前衛が足りないところだったのですよ。調度いい。」
「「「・・・」」」
「た、大佐?」
トニー二等兵が戸惑っている。そりゃそうだ。監禁は、まあ普通の部屋だったし、他国の人間に軍事機密を見せるわけには行かないとかいわれれば二等兵如きに反論の余地はない。元々下級兵士は上司の命令に逆らう、という思考を持たないように教育されるものだ。だからトニー二等兵も、ルークとレンを部屋に閉じ込める事に関しては、命令だから、と完結させていたのだろう。だが、二人が王族と公爵令嬢だと知らされている彼が、戦闘に参加させる、という話を聞いて戸惑わないほうがおかしい。・・・目の前に、そのおかしな人間が二人も存在する現実があったりするが。
「あ~取りあえず。トニー二等兵、ここまでの案内感謝する。ありがとう」
「ありがとうございます。お陰で閉じ込められたままにされずに済みました。」
「ああ、貴方は持ち場に戻って良いですよ」
お礼をいって笑うルークとレンに、敬礼を返したトニー二等兵。横から、ジェイドも指示をだした。戸惑うトニー二等兵をこんな非常識軍団の中に残すのもかわいそうなのでルークが促してやる。
「私達の心配は要らない。ここには導師もいらっしゃるからな。」
「そう、です。貴方はどうぞいってください。」
ルークの意図を察したイオンも口を挟む。そこで、やっと安心したのかトニー二等兵が敬礼して去っていった。
「は!お気遣いありがとうございます。では、自分は任務に戻らせていただきます!」
その背中を見送ったルークとイオンが一瞬視線を交した。その中に互いの苦労を見て取って無言で労う二人。レンがそっと二人の肩を撫でてくれる温もりに癒しを見出して気合を入れなおす。静かにしろ、というルークの命令に従って道具袋の中で丸くなっていたミュウをレンの頭に乗せる。せめて癒しアイテムを少しでも増やしたかったルークの抵抗だ。小動物と可愛い妹のようなの幼馴染。大抵のことなら乗り切れる筈の最強アイテムの効果も薄まるような、手ごわい敵に立ち向かった。
「・・・で、お前達は、俺とレンを戦闘要員に数えているわけだが、それがどういうことかわかっていて口にしてるんだろうな?」
「何を言ってるの。ここは今戦場なのよ。
殺らなければ、殺られるだけ。いい加減覚悟を決めて頂戴。」
「そうですね、それに私達がこのまま先に進まなければ、戦争が起きて今度は子どもや老人のような戦えない人たちがたくさん死ぬことになるのです。」
「普通に暮らしてたって、盗賊や魔物に襲われて死ぬこともある。自分の命を守るために、皆武器を持ったり傭兵を雇ったりして 安全を確保する努力をしているの。戦える力があるのなら、子どもでも戦うことがあるわ。そうしなければ生きていけないから。」
口々にいう。
一見厳しい現実を子どもに教える大人のような態度。だが、ルークがいいたいことは全く理解していない。イオンとレンが諦念を込めて2人を眺めた。ルークは根気強く続けてみる。
「・・俺は王族、レンは公爵家の姫君だ。
それを前衛にして、軍人のお前らが後衛になることに、疑問を感じないのかと聞いてるんだ。」
「何度も言わせないで、私は譜術とナイフが専門だし、大佐だって本職は譜術士なのよ。我侭ばかり言わないで聞き分けて頂戴。」
「やれやれ、そんなに戦うのが怖いんですか?さすがお坊ちゃま。」
どこまでもルークを格下扱いする本職軍人が二人。内1人が自分の部下である事実に視界が歪むイオン。傍らのレンが背中に添えてくれた手のひらと、肩の上で必死に頬を撫でてくれるミュウがいなければ本当に泣いていた気がする。
「・・・すみません、私はルーク様を戦闘に出すつもりはありません。
勿論私も、ルーク様とイオン様のお二方しか守りません。
貴方方は、軍人でしょう?自分のみは、自分で守ってください。」
そこでレンが言い切った。積もり積もった彼らの勝手な言い分に、いい加減我慢の限界が来ていたのか、普段と比べて厳しい口調で告げる。まさか大人しいレンが反論するとは思ってなかったらしい2人が一瞬呆気に取られる。それを恥じるように視線を尖らせて、今度はレンに矛先を移す。
「貴方ね、ルークを甘やかすのはやめて頂戴。だからこんなに我侭なことばかり言うのよ?」
「やれやれ、お姫様は余程お坊ちゃまが大切なんですねぇ?
ですが、そういうお飯事はお家でやってくれませんか。」
反論しようとしたレンを制して、今度はイオンが言ってみる。
「いい加減になさい。ティア。ジェイドもですよ。
本来王族も貴族も守られて当然の立場です。戦いは貴方方軍人の仕事でしょう?
それなのに、レン殿は貴方達の負担を減らすために自衛だけで良いと言ってくれてるんですよ。感謝こそすれ、罵倒する権利などありません。むしろ職務をまっとうできない力不足を恥じなさい。」
しかし厳しい口調のイオンにも表情を変えない2人。
・・・・本気で面倒くさい。なんでここまで言ってもわからないんだろうか。
(なあ、レン。・・・今度こそ、こいつら始末して構わないんじゃないか?)
(あ~~~と、流石に、フォローはし辛いんですけど・・
・・カーティス大佐は、一応和平の使者ですし。始末は拙いんじゃないでしょうか・・)
(僕は構わないと思います。
何なら導師として証言します。むしろさせて下さい)
小声で囁くルークに、レンが制止をかけた。が、そこにイオンまで加わる。しかも積極的に非常識人の始末を推奨している。誘惑に負けそうになる。むしろ負けてしまいたいルーク。
そこで、更なる頭痛の種が降ってきた。
「アイシクルレイン!!」
「---!失礼いたします!!お二人とも、お下がりください!」
頭上から氷の矢が降り注ぐ。ティアが直撃を受けて気を失う。避けはしたがジェイドが余波を受けて顔を歪める。いち早く気づいたレンが、素早くルークとイオンを引っ張って攻撃をかわす。勿論二人に結界を張ることも忘れない。
「戦うのが怖いなら剣なんざ捨てちまいな!!」
次いで、罵声と共に人影が降ってきた。ティアとジェイドの状態を横目で確認しつつ、その人物にナイフを構えるレン。ティアが倒れているのは気になるが、取りあえずジェイドが横にいるので大丈夫だろうと前方に集中する。
そこで、ルークとレンが目を見開いた。
((なんで、ここに?!))
立ち塞がったのは、鮮血のような鮮やかな紅い髪の男。---六神将鮮血のアッシュ。ルークの被験者だ。
確か陛下とファブレ公爵の命令でダアトに籍を置かせておように命じられたとは聞いていたが、シュザンヌが秘密裏に連絡をとって、ルークが影武者を務めることとアッシュがダアトに残らなければならない理由は説明したと聞いていた。流石にキラ達の計画は話せなかったが、取りあえず預言から身を守るために立場を偽る事に関しては了解してる、と言っていたはずだが
・・・・アッシュの表情を改めて見つめたルークとレンは首を傾げた。
アッシュは、ぎらぎらと憎しみを込めた目でルークを睨んでいる。
先程の譜術にも確かな殺気が篭っていた。
元々アッシュはレプリカを蔑視していて、ルークのことも嫌っているとは聞いていた。仕方ないとはいえ、自分の振りをしているルークへ与えられている高い評価が気に入らないらしい、と。
しかし、何故こんなに憎しみを向けるのだろう。
(ルーク様、ええと、お心当たり、は?)
(いや、ない、と思うが。
・・・母上から、最低限の説明は受けているはずだが。)
(では、ええと、)
(レプリカ、が純粋に嫌いなんじゃねぇか?
いつもいつも俺への罵倒を繰り返して、自分の居場所にいるのが気にいらんとか言ってるらしいし。これはシンクからの情報だが。)
(それは、・・・八つ当たり、では?)
(だな、さすが自ら亡命しただけはある。恥を知らんらしい)
(あの・・・怒ってらっしゃいます、か?)
(はは、・・・・わからないか?)
ふ、と嘲笑を浮かべたルークが声を大きくして言い放った。
「これはこれは、高名な六神将の一人、鮮血のアッシュ殿。
随分物騒なご挨拶ですね?
こちらには導師もいらっしゃるというのに、行き成り攻撃譜術で奇襲、ですか。」
「うるせぇよ!気安く話しかけんじゃねぇ!
・・・導師をこちらに渡して貰おうか」
荒んだ口調で怒鳴りつけるアッシュ。レンとイオンが眉を顰める。
・・・柄が悪い。本当にルークの被験者なのだろうか?
「お断りします。」
ルークの前に進み出て静かに宣言したレンに剣を突きつけるアッシュ。
それを見たルークの気配が鋭さを増した。イオンも音叉を構える。ミュウがルークの肩に移動して大きく息を吸い込んだ。其々が攻撃に備える中、一応こちら陣営の軍人が空気のまま突っ立っているが、邪魔しなければ良いと放置する。
「は!女になんか守られやがって、これだから・・・
誘拐された導師を取り戻しに来ただけだ。さっさと寄越しやがれ!」
「信用できない相手に、導師を預けることは出来ない、と申しております。」
激昂するアッシュに答えるレン。
眉間の皺を深くするアッシュが苛立たしげに舌打ちする。
「ぐだぐだとうっせぇな!導師!こっちに来い!」
「・・アッシュ!!貴方たちは何を考えているんです!僕は誘拐などされていません!
すぐに攻撃をやめて引きなさい!」
導師にも怒鳴りつけるアッシュ。レンとルークの眉間に皺がよる。軍人でありながら、上司にむかって命令口調。ヴァンが傍に置いたまま、ということはイオンがレプリカだと知っているのだろうとは思うが、そこまで己の立場を理解しない言動を繰り返すとは。・・・よもやまさか、ヴァンに本気で協力している、のか?
(キラの計画を知らんのなら、完全な仲間ではないと思ってはいたが・・・今でもヴァンに従ってる、わけじゃねぇ、よな?)
(ええと、ヴァンについているのは、振り、だと、思ってたん、だけど・・・本気、なの?)
不安が増すのを抑えられないルークとレン。イオンも厳しい表情を崩さない。
「これは、導師としての命令です。今すぐ神託の盾騎士団を引かせなさい。
聞けぬというなら、貴方方を---」
「導師イオン!!」
ガゥン、と銃声が響いた。
最後通告、とばかりに宣言しようとしたイオンを遮るように発砲したのは、アッシュが先程飛び降りた階の一つ上に隠れていた女性。六神将の一人、第4師団長、魔弾のリグレットだ。その場にいる全員の視線が、発生源であるリグレットに集中する。次いで弾痕を確認したレンが眉を寄せた。・・・ティアの間近に小さな穴が穿たれている。あの距離で、この精度。次にルークかイオンを狙われたら両方は庇いきれないかもしれない。優先するのはルークだが・・アッシュに気をとられて接近を許した己の失態に顔を歪めた。
そこでリグレットが声を張り上げる。
「動かないで貰おうか!次は当てる。・・・アッシュ!導師を連れて行け!」
「ちっ、おせぇぞリグレット!・・・導師、来てもらおうか」
「お断りしま--- ガゥン! 「動くな。」
それでもイオンを庇おうとしたレンの頬を銃弾が掠めた。速い。あの距離で間近にアッシュがいる状況で二人纏めて倒すのは、無理、か。レンが何とか隙を見つけようとするが、難しい。緊張したままルークを庇い続けるレンの頬から血が流れる。
それを目にしたルークがリグレットを射殺さんばかりに睨む。イオンが眉間に皺を寄せて身じろいだ。ジェイドは無表情で状況を眺める。ティアは倒れたままだ。・・・手詰まり、か。
「お前達には牢に入っていてもらおう。アッシュ、導師を。
そいつらを捕らえろ!」
「やめなさい!!」
集まってきた神託の盾騎士団兵の気配は感じていたが、身動きが取れないまま囲まれる。
リグレットの銃口を警戒してルークの前を動けないレン。イオンが制止するが、聞くものは居ない。ルークも、アッシュを牽制しつつリグレットの銃撃を避けきるのは無理だと悟る。幾ら直前まで始末を検討していたとしても、気絶しているティアを見捨てるのは気が咎める。ジェイドと連携をとる事も考えたが、この至近距離で作戦会議は出来ない。ルークが仕方ないとばかりにレンを抑えて拘束を受け入れる。アッシュに引っ張られながら振り返ろうとするイオンには、心配いらない、と首を振るルーク。しぶしぶ歩き去るイオンを見送る。
ティアを担ぎ上げられて、一行は牢へと連行されるしかなかった。
「ラクス様!発見しました。タルタロスです。
どうやら神託の盾騎士団と交戦中のようですが、如何なさいますか。」
「・・・すでに戦闘が始まっているのですね?
・・・では、艦を隠せる距離を置いて待機。通信を試みて下さい。」
「は!」
艦橋に座ったラクスが難しい表情でモニターを睨む。此処は、クライン家の施設研究所で開発した陸上装甲艦エターナルの中である。とにかく先ずはジェイド・カーティスを確保して事態を少しでも穏便に片付けようと急いでいたのだが・・・
「神託の盾騎士団、ということは、導師誘拐の件でしょうね。
・・・使者の一行はいまどちらに?」
「は!使節団の方々に連絡がつきました。
すでにこちらに向かってくださっているそうです!一時間以内にはお着きになるかと」
「それは陛下のご命令ですか」
「は!カーティス大佐との一刻も早い交代を、と仰られまして、」
「わかりました。では、タルタロスにいらっしゃる筈の導師及びキムラスカのお二人の保護を最優先に」
「了解しました!失礼いたします!」
足早に去る兵士の後ろを見送って前方に視線を戻す。
(・・・神託の盾騎士団がぶつかる前に確保するつもりでしたが・・・イザナに笑われそうですね)
年下の友人の皮肉気な笑みを思い浮かべて、大きな溜息を落とす。
(まったく・・・)
マルクトで最も苦労人な女公爵の憂鬱は、まだまだ続いていた。
「う、う~~ん・・・・ここ、は?」
「目が覚めましたか」
小さく呻いたティアが瞼を開く。近くに座っていたレンが覗き込んだ。
「ここはタルタロスの牢の一つだ。
お前が気絶してる間に神託の盾騎士団に捕まって監禁中」
「そう、そうだったわ。ごめんなさい、足を引っ張って」
「それは構わねぇよ。今更だ。・・・で、どうするつもりだ」
起き上がりながら、直前の記憶を思い起こしたらしいティアが謝罪する。
それには肩を竦めて答えたルークが、反対の壁に背を預けたジェイドに話を振った。
「そうですねぇ。・・・ところで貴方方は戦力に数えて良いんですね?」
「(・・こいつは本当によ・・・)あーはいはいはい、
取りあえず外に出るまでは協力してやってもいい。」
「、お待ちく、」
変わらない薄笑いでルークとレンを見比べるジェイド。無駄な労力を使いたくないルークがお座なりな返事を返す。その答えに声を上げかけたレンの口を塞いでジェイドを見る。途端ティアが眉を吊り上げた。
「ルーク!貴方大佐にその態度は失礼よ!」
「うっせーなぁ。良いだろどうでも。協力はしてやるっつってんだからよ。」
(ルーク様!それは承服いたしかねます!)
口を押さえられて喋れないレンが視線で訴える。それには同じように視線で答えるルーク。此処まできたら後はどっちに転んでも同じことだ。再び論争を繰り返して体力を消費することはない。・・不満げな表情だが、いいたい事は伝わったらしいレンがしぶしぶと力を抜いた。それを確認して手を外するーく。
「・・・で、作戦は?」
「先ずは艦の動きを停めましょう。」
ルークに答えながら立ち上がったジェイドが近くの伝声管に顔を近づける。
「 死霊使いの名によって命じる。作戦名『躯狩り』始動せよ」
途端、タルタロスが大きな振動を立てて停まる。艦内の気配が慌しく乱れた。
静かに気配を探っていたレンがルークに肯く。それを確認したルークがジェイドに聞いた。
「で?」
「予め登録しておいた非常停止機構です。復旧には少々時間がかかる筈、この隙に逃げます。」
「凄い・・」
ティアが尊敬の眼差しでジェイドを見る。ジェイドの満更では無さそうに説明を続けた。
「これが働いている間は左舷昇降口しか開かなくなりますので、そこへ行きましょう。
どうやらどこかへ連れて行かれたらしいイオン様もそろそろ戻るでしょうし、待ち伏せが出来ますね。」
「じゃあ、行くか」
すたすたとルークが牢を出る。その後ろにレンが続いた。その後姿を一瞬呆然と見送ってから、慌てて追いかけるティア。ジェイドが最後に残る。
「おい?早く出ろよ。導師イオンを助けて逃げるんだろ。」
無表情で眼鏡を押し上げたジェイドが牢を出た。
今まであらゆる意味で注目しか浴びたことの無かったジェイドに、ルークのスルー攻撃が意外なダメージを与えたらしい。その背中に、僅かな哀愁が漂っていた、とはレンとルークだけの面白おかしい秘密であった。
一方連れ去られたイオンは、創世暦時代の遺産である、古い扉の前に連れてこられていた。
「で?ご希望通り封印は解きましたが?何のために必要なんです?この先にはパッセージリングしかないはずでしょう。」
「うるせぇよ。言われたとおりにやれば良いんだよ。おら、帰るぞ。」
(本当に柄が悪いですねぇ・・・被験者よりレプリカが劣化するって、眉唾なんじゃないですか?)
アッシュの背中を見ながら内心で呟くイオン。ダアトの機密であるパッセージリングへの通路を振り返る。リングの状態を確認するために定期的にダアトの人間が入ることはあるが、それはまた数年後だったはず。
(・・・本当に、何でこんな事を?わざわざ急いで僕を連れてくる必要が・・・)
ヴァンはまだキムラスカに拘束中だ。
何を企んでいても、今は実行できないと、思うが・・・
(イザナ様にはすぐ伝えておくべきですね。・・・アリエッタは戻っているでしょうか。)
アッシュが待機していたリグレットにイオンを押し付ける会話を聞きながら呟いた。
・・・嫌な、予感がするのだ。
カナードは苛立たしげに髪を掻き毟る。言い出した人間が捕虜の面倒を見ろ、と言われてマルクト兵士の管理を押し付けられていたのだ。タルタロスからの先制攻撃で血を上らせた兵士達に、皆殺しだけはするなと抑えて回り、何とか生存する捕虜を集めて艦内の統制を取る。途中瀕死の傷を負って倒れるラルゴを発見して更に慌てる部下に激を飛ばす。真っ先にイオンの元へ行くつもりだったカナードが、疲労困憊しつつひと段落つけた時にはイオンの姿がなくなっていた。近くに居た兵に聞けばアッシュとリグレットが、どこかに連れて行って艦内にはいないという。思わず壁を殴りつけたカナードが、怯える兵士に更に詰め寄ろうとした瞬間タルタロスが急に停止した。
天井を見上げると照明も消えている。伝声管で確認すれば艦橋も混乱していて事情を把握している人間が居ない。
「あ~~~~~っとに、ふざけんな!」
動力が動いていないため開かなくなった扉を、力任せに蹴り開ける。
「くっそ、なんで俺がこんな、」
艦の外に出るために走るカナード。
「あんの鬚、全部終わったら毟らせやがれ!」
取りあえず苦労する破目になった原因その1への悪態を突きながら出口へ向かう。
・・・ここにも苦労人が一人。
詰め寄られていた兵士も思わず同情するほど哀愁漂う背中だったらしい。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
ルークは、すでに己の不運を嘆こうという気持ちにもならなかった。
(間違いない。俺は呪われてる。)
そう確信するだけである。
ジェイドを加えたルークら一行は、連れ立って森の出口に向かう。その中にはミュウもいた。
途中チーグルの長に取りあえずの報告に立ち寄った時に、怯えつつもなんとか威厳を取り繕った長の命令で、償いのため季節が一巡りするまでの追放を命じられたのだ。ミュウ本人は、一生をルークへ捧げる決意をしているので二度と戻るつもりはないようだが、長の前では愁傷に振舞っていた。信頼を失っても、やはり彼らは仲間である。完全に嫌いになったわけではない。けれど、今までのように共に過ごせる自信もないミュウにとっては、これが今生の別れである。口には出さず、ただ深く頭を下げてルークと共にソイルの木の洞をでる。静かに頭を撫でるルークの指に一つ擦り寄って感謝に代えた。イオンとレンも、ミュウの気持ちを汲んで何も言わずにそんなルークらを見守る。
そして口数少なく森の出口に差し掛かったところで、ルークとレンが静かに構える。。
イオンも眉をしかめた。何も気づいていないのはティアだけだ。
あと数歩で開けた場所に出るという場所に小柄な少女が立っていた。昨夜あった導師守護役だ。イオンが声をかける。
「・・・アニス」
「も~イオン様!心配したんですよぉ!
勝手にどっかいっちゃ駄目じゃないですかぁ!」
「・・・そうですね。すみません。」
優しく返したイオンの内心を、ルークとレンだけが正確に聞き取った。
・・・・このアニスという少女の厚顔無恥さにも呆れて物がいえない。
どこの世界に主から目を離す護衛がいるのだ。勝手に動くなとはどういう意味だろうか。
守護役の仕事をまともにこなしていれば死んでも出るはずのない台詞である。
((ダアトって・・・))
ルークとレンの呟きが重なる。
イオンの言動が、今まで知っていた教団関係者からは想像も出来ないほど有能な権力者のそれであったので、さぞ心労も激しかろうと同情してしまった。静かに肩を叩いたルークと労わるように背中を撫でたレンにイオンから力ない視線で感謝が返る。この短い道中で数少ない同士としての絆が深まる三人。・・主に非常識な同行者への愚痴によって成り立った友情である。友人関係はともかく、理由がすごく嬉しくない。
「(それはともかく、ルーク様、如何なさいますか)」
「(・・・・良い。取りあえずジェイド・カーティスの言い分を聞いてから決める。
・・・良い期待は微塵もできねぇだろうが。)」
そこでジェイドがにこやかにアニスに声をかける。
「ご苦労様でした、アニス。それでタルタロスは?」
「ちゃんと森の前に来てますよぅ。
大佐が大急ぎでって言うから特急で頑張っちゃいましたv」
そこでイオン・アニス・ジェイドを除いた三人と一匹に槍が突きつけられる。ジェイドの部下であるマルクト国軍第三師団の兵士である。微動だにせずジェイドを見つめるルーク。レンはいつでもルークを守れるように隠し持ったナイフを確認する。ティアは驚いて硬直している。
「で、どういうことでしょうか」
「そこにいる三人を捕らえなさい。
正体不明の第七音素を放出していたのは、彼らです。」
「ジェイド!」
厳しい面持ちで叱責するイオン。ジェイドは余裕の笑みでルークらを見ながら答えた。
「ご安心ください。何も殺そうという訳ではありませんから。
・・・三人が暴れなければ。」
尚ジェイドに何事か続けようとしたイオンを視線で止めるルーク。こちらも冷静に言う。
「・・・・仕方がありませんね。では、どうぞご随意に?」
ルークは笑みすら浮かべて両手を挙げる。レンもルークに従って構えを解いた。
万が一ここで攻撃されてもルーク一人を守りきる自信はある。
先程のように守る対象が複数ではなく後ろからの奇襲でもない。
今の彼らは最初から警戒対象だ。レンが遅れをとることはありえない。
其れをルークも知っている。
・・・レンが、キムラスカ最強と謳われるキラ・ヤマト准将に、唯一勝ち越せる実力の持ち主であることを。いくらキムラスカでも畏怖と共に囁かれるジェイド・カーティスであろうと、レンの敵ではなかった。
何も知らないジェイドは余裕の態度で言い放った。
「いい子ですね---連行せよ。」
そしてルークは心底から疲れていた。理由は言うまでもない。
ジェイド・カーティス・・・・違えば良いと切望していた思いを裏切って、やはり和平の使者であった彼の言葉に、である。
「・・・・で?何を仰りたいのでしょうか?」
取りあえず連行された取調室で、ルークらを拘束した理由の述べていたジェイドに言った。不法入国が問題だというならさっさと手続きを取ればいい。差し当たっては事情を聴取して国境沿いの軍部に拘束。キムラスカに問いあわせて司法取引すれば良い話である。態々大佐が自ら聴取に当たる必要はない。ならば、他に目的があるのだ。・・・半ば予測しながら聞いてみる。
「・・・・貴方方のお名前をお聞きしたい。」
「おや、ご存知でしょう?私はルース。彼女はレインです。」
「・・・・偽名でなく、本当のお名前をお聞かせ願いたいのですよ」
口元を吊り上げて見下ろすジェイド。
・・・・想定外というわけではないので驚かなかった。
ルークは軟禁されていても、王族の一人として肖像画の数枚くらい出回っている。レンもキラ・ヤマトの補佐官として政治の場に出たこともある。養女であるため、王宮には余り出入りさせてもらえていないようだが、軍部では絶大な人気を誇るのだ。敵国ならば尚更に、国の要人の資料くらいあるだろう。ジェイドは性格行動はともかく頭脳はそれなりである。キラやディストや最近才能を発揮し始めたフローリアンが身近にいるルークから見れば天才などと持て囃す気はないが、記憶力等が優れていることまで否定する気はない。一度でも目を通した資料にルークやレンの絵姿でも混じっていたなら、顔かたちだけで判別するだろうと思っていた。
「ま、気づいてるようだが・・・・私の名は、ルーク・フォン・ファブレ。
キムラスカ国軍元帥クリムゾン・ヘァツォーク・フォン・ファブレが一子だ。」
「私の名はレン・ヤマトと申します。
キムラスカ王国ハルマ・ヤマト公爵が第二子にございます。どうぞ、お見知りおきを」
尊大に告げるルークと、優雅に一礼するレン。軍艦の粗末な取調室がまるで王宮の貴賓室かのような雰囲気に支配される。流石に傍若無人なティアも些か気圧されている。ジェイドも僅かな感嘆を視線に載せる。イオンは変わらない笑みで、二人を見守る。気を取り直したように口を開きかけたジェイドの後ろで、アニスの瞳が不穏に輝く。
「・・・キムラスカ王室と姻戚関係にある、あのファブレ公爵のご子息と、かの有名なキラ・ヤマト准将の妹姫というわけですか。」
「公爵・・・・v素敵・・・・v」
硬い空気を物ともせずに身体をくねらせたアニスが呟いた。その瞬間頬が引きつったイオンの罵倒が声なく響く。勿論気づいたのはルークとレンのみである。ティアもジェイドもルークらに視線を合わせて話を進めようとする。
ある意味見上げた図太さだ。・・・なぜ、あのイオンの空気に気づかないのかがわからない。既に隠そうともしていないのに。
「それで、何故わがマルクト帝国に?」
「ああ、それはそこの、」
言いながら、何故か横に座っているティアを指し示す。
導師イオンや公爵令嬢であるレンが立っているというのに、無位無官の一平卒が椅子に座っている現状になんら疑問を覚えることもないらしい。ルークも今更指摘せず、怪訝そうな表情のティアを無視して続けた。
「ティアとやらが、我が屋敷に襲撃をかけてきてな。
客人である神託の盾騎士団のヴァン・グランツ謡将に切りかかり、間に入った私とレン・ヤマト嬢と接触した際におきた擬似超振動によってこのマルクトまで飛ばされた、というわけだ。」
その瞬間、イオンの目が大きく開く。一瞬で顔色が白くなり、ティアを憎しみを込めてにらみつけた。
そして、ルークらが偽名を名乗るならと直接話をするのを後回しにした自分を呪う。森で出会ったときにさっさと切り出しておくべきだった。・・まさか、そこまで救いのないことを仕出かしているとは考えが及ばなかったのだ。
そんな己の上司の様子になど気づきもせず、ティアがここで口を挟んだ。
「そうです、これは純然たる事故であり、マルクトへの敵対行為ではありません。」
唖然、とするイオン。何事かいいかけた唇が中途半端に固まる。
・・・・ティアは、何を言っているのだ。
「成る程、国境を越えたのは事故、ですか。
まあ、そうでしょうね。貴方方に敵意は感じられません。」
ついで考えなしの言葉を放ったのはジェイド・カーティスだ。
イオンの視線が彼に移る。この男も、何を口にしている?
「(だろーよ・・・)・・・それだけか?カーティス大佐」
「?何を仰りたいのかわかりかねますが、とにかく貴方方が本意でなく国境を越えてしまったことは理解しました。 そうですね・・・・よろしければ協力していただきたいことがあるのですが」
イオンの驚愕に心からの同情を捧げるルークとレン。二人にとってティアの自覚の無さは今更であるし、ジェイドの行動を見ていてまともな対応など期待する気もなかったので、そんなところだろうと納得するだけだ。後はジェイドが犯した失態の数々を持ち帰り後々の外交カードとして利用しようと待ち構える。キラの力作である録音譜業のスイッチを入れて証拠確保の準備もばっちりだ。何かの事件に巻き込まれる事があったら犯人特定などの材料を残すために使うと良いといって先日貰ったものだ。これほど早く使える日がくるとは思わなかったが。
「・・・」
「我々は、マルクト皇帝ピオニー9世陛下の命を受けてキムラスカに向かっています」
「・・・」
「まさか、宣戦布告・・?」
「・・・」
「違いますよぅvルーク様v戦争を止めるために私達が動いているんです」
「アニス、不用意に喋ってはいけませんね、」
「「「・・・・」」」
無言で勝手な会話を傍聴するルーク達。目の前では導師守護役とマルクト軍人と教団最下級兵士が口々に言い合う。怒りを突き抜けて脱力しているイオンにも、流石にフォローの仕様がないレンにも、冷め切った眼差しのルークにも気づかない。
そこでジェイドが再びルークを見下ろす。・・・こいつは首がいらないのだろうか。
「これから貴方方を解放します。
軍事機密に関わる場所以外は、全て立ち入りを許可します。
まず私達を知ってください。その上で信じられると思えたら力を貸して欲しいのです。
戦争を起こさせないために。」
「「・・・」」
「協力、ねぇ?先に事情を説明する気はない、と」
「説明して尚、ご協力いただけない場合は、貴方方を監禁しなければなりません。」
「ほう?」
「「・・・」」
「ことは国家機密です。
ですからその前に決心を促しているのですよ。どうかよろしくお願いします。」
「ルーク様v私ルーク様と一緒に旅がしたいですv」
「「・・・・・・・・」」
絶望的なイオンの視線に気づかないアニスもルークに向かってはにかんで見せた。レンがミュウを撫でながら遠くに視線を飛ばす。返事をしないルークに、仕方無さそうに肩を竦めたジェイドが世界情勢を話し始める。再び勝手な論争が飛び交い、ジェイドの視線がルークに戻る。
「・・・・そんなわけで、私どもには貴方の力が、
・・いえ、貴方の地位が必要なのです。」
「地位、ね。・・・人に物を頼むときの礼儀もしらない、か。」
「ルーク!!
そういう態度はやめたほうがいいわ、貴方も戦争が起きるのは嫌でしょう?」
独白のように呟いたルークにティアが反応する。冷静に間違いを諭すように言うが、ティアの言葉は的外れだ。それがわからないのはジェイドとアニスだけである。イオンの視線は既に氷点下をぶっちぎり、これ以上下がりようがない。レンの笑みがどんどん形だけになる。ミュウすらルークへの態度のおかしさに気づいて訝しげに見ている。
そんなティアの言葉を聞き流し、ルークの言葉に従って跪いてみせるジェイド。
・・・・王族でなくとも、敵国の人間だろうとも、貴族階級の人間相手だと判明した瞬間に取るべき対応だとは全く考えてもいないのだろう。仕方なく頭を下げてやった、という雰囲気を隠しもしない。慇懃無礼を素で体現するジェイド・カーティス。何故、そこで女軍人二人がジェイドを尊敬できるのかがわからない。
「・・・どうかお力をお貸しください、ルーク様」
「・・・・成る程、それが、貴殿の答か」
「ルーク。」
静かに言ったルークを、促すようにティアが呼んだ。
アニスもジェイドもルークの返事を待っている。
だがレンとイオンには、ルークの答がわかっている。共に溜息を落とす。
「・・・・・断る。」
「ルーク!貴方何を考えているの?!」
「ルーク様?!アニスちゃんショックですぅ~~考え直してくださいぃv」
「やれやれ・・・これだから温室育ちのお坊ちゃまは・・・仕方ありませんねぇ」
途端に騒ぐ女軍人二人。馬鹿にしたような笑みで立ち上がったジェイドがルークを見下ろして言った。次いで扉の前の衛兵に命じる。
「衛兵!この二人を拘束しなさ 「ジェイド」・・なんですかイオン様?」
言葉を遮ったイオンに向くジェイドの視線はやはり軽侮の光が宿っている。何故邪魔をするのかと思っているのだろう。・・・限界だった。
「申し訳ありませんが、今回の仲介のお話は、白紙に戻していただきます。これ以上お付き合いできません」
「「イオン様?!」」
「・・・やれやれ、貴方もですか?イオン様、このお坊ちゃまを気に入っているからといって、こんな我侭にまで付き合うとは・・」
所詮は子供か、とでも続くのだろう。ジェイドの声にはかけらの敬意も篭っていない。イオンの言葉の意味を、何一つ理解できていない愚劣さを露呈している女軍人二人に劣らずのジェイドの救いの無さ。いくらマルクトに貸しを作るためといっても、こいつを選んだのは失敗だったと心底後悔するイオン。
「なぜ、ルーク殿が断ったのか、本当に理解できていないのですね。
そんな貴方をキムラスカに連れて行ったりしたらダアトの威信も暴落します。」
「どういう意味です。」
直接的な嫌味には反応できるようだ。ただし己に向けた物のみで。だがイオンはルークに視線を向けてジェイドを無視した。ジェイドの気配が尖るが気に留める価値もない。
「ルーク殿、レン殿、我が教団の者が大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
一組織の長としてお詫びの仕様もござません。
どうぞ、そこの罪人・ティア・グランツはご自由に処分なさってください。
ダアトは感知いたしません。
勿論関係者各位の処分もキムラスカの意向に従いましょう。」
深々と頭を下げるイオン。ルークとレンも真摯に返した。
「いや、頭を上げていただけるか導師。
わが国としても、罪人を引き渡して貰えるならば貴国へ悪いようにはしないと約束しよう。
こちらこそ、今までの無礼な振る舞いはお詫び申し上げる。大変失礼した。」
「申し訳ございませんでした。
正体を隠すためとはいえ、導師の前で重ねた非礼について、重々お詫び申し上げます。」
ティアの犯した罪を利用しようと思っていたルークだが、ここまで導師に言わせておいて受け入れないわけにはいかない。イオン個人には好意を抱いていることもあって、あっさりと諦める。罪人引渡しで今回の事件に関しては手を打つことを約束した。
被害者本人であり第三位王位継承者の宣言である。幾ら大臣らが煩く言っても、何とか穏便に処分できるだろう。・・元々教団との軋轢を恐れる人間が殆どだ。真っ当な政治感覚を持っている一部の者へは、教団に対する貸しになるといって言いくるめよう。今後の方針までざっと決めて謝罪を返す。ルークとレンも、導師に対して偽名を名乗るなど礼儀に反する行いをしたのだから、と改めて頭を下げた。
「やれやれ、イオン様。
貴方はそんなにキムラスカに肩入れしたいのですか?」
「も~~イオン様ぁ!アタシ達はピオニー陛下の依頼をうけてるんですよぉ!」
「導師イオン!ルークなんかに頭を下げる必要はありません!!」
ひくり、と頬が引きつる三人。
ここまで物事を理解しない軍人が生息している事実に涙が出そうだ。
「まあ、イオン様には少し考えていただくとして、衛兵!ルークとレンを連れて行きなさい!!」
わからないことは見ないことにしたらしい。強引にルークとレンを拘束させるジェイド。イオンが止めようとするのを、ルークが視線で制した。声には出さず意図を伝える。了解したイオンが気配を収めた。イオンの答えも同じだからだ。
(いくらイザナ様の師匠がいらっしゃる国でも、これを庇うことは出来ませんね。
・・・ラクス殿の手腕に期待しましょうか。)
尊敬するマルクト帝国女公爵には申し訳ないが、イオンとしてもジェイドの犯した罪の数々を見逃す気はなかった。それよりも今最優先で考えるべきなのは、ダアトの人間がしでかした事の余波をどうやって穏便に収束させるかである。特にキムラスカへの借りは大きい。インゴベルト陛下とその側近はどうとでも出来るが、ダアトにも名をとどろかすキラ・ヤマト准将が本格的に動き始めたら厄介なことになる。
(以前お会いした時にはまだ身を潜めておくお積りのようでしたが、もう動き始めてもいい頃だ。)
導師になった後、公式行事のためキムラスカを訪問した際、警備の指揮を執っていた若い准将を思い出す。
彼の名はダアトでも有名だ。主に戦場での武勲に拠るが、一部ではヤマトの領地における政治手腕も評価されている。彼が王宮では余り重用されずにいるのは預言に重きを置かない所為だということで、詠士には余り良い印象を持つものがいないようだが、イオンはむしろ感嘆していた。あのキムラスカで、強く己の信念を掲げ続けるキラの行動は尊敬に値する。その有能さは折り紙付だ。己の被験者であり、兄でもあるイザナであっても勝てるかどうかわからない相手。勿論イザナが劣っているというわけではない。だが、キラを侮ればたちまち足元を掬われるだろう。
(・・・そして、ルーク殿も同じだ。
今はまだ成長途中のようですが、数年後はわからない)
先程の態度といい、冷静な判断能力といいルークの言動は既に支配者のそれである。
きっと今のやり取りだって本気の数割も出していない。
イオンでは相手にならないかもしれない。
(・・・アッシュなど比べ物になりませんね。
イザナ様が言っていたのはこのことですか)
イザナやカナードはイオンの師匠でもある。だが彼らの教育はスパルタで、基本的に知識は己の意思で得るものだという持論を実行している。質問には答えてくれるが聞かれないことは余り口に出さない。
流石に導師としての仕事で必要な情報を秘匿することはないが、知りたいことがあるならまず自力で調べろ、というのが基本方針だ。それは彼らが今遂行中の活動でも同じ事で、共有が不可欠な情報以外は自分の力で得なければならない。別に試されているわけではなく実戦修行ということだ。今の導師はイオンなのだから、その位は出来るようになれ、ということである。
そのイザナ達が、珍しくキムラスカのファブレ家子息の話題を振ったことがあった。
ヴァンが剣の師を務めていてとても慕われているという内容だったか。
その後アッシュに会って、あからさまなキムラスカの王族の特徴を持つ彼にまさか、と思っていたのだが・・ルークにあって疑惑が確信にかわった。
ルークとアッシュはどちらかがレプリカだ。あれ程の相似はレプリカ以外考えられない。そして作ったのはヴァン。
普通ならばアッシュがレプリカだと考えるべきだろうが、・・・レプリカはルークだろう。ファブレ家の子息が七年前に記憶喪失になったという話は有名だ。原因まではキムラスカの総力を挙げて隠し通したので知らなかったが、恐らくその時入れ替えられたのだ。
(・・・・とにかくイザナ様に連絡しなければ。)
「イオン様!どうなさいました?」
「イオン様~~?」
何時の間にやらジェイドが居ない。多分ルークらを監禁する場所を指示しにでもいったのだろう。
目の前の軍人二人をみて、疲労が限界に達するイオン。
(・・・・・あれ程はっきり罪人だと言ったのに、本気で理解していないとは・・・・)
ルークとレンを拘束したくせに、ティアを放置するとはどういう了見だろうか。
全てを投げ出して一人タルタロスから飛び降りてやろうか、とまで思うイオン。
とにかくこの世間一般の常識を全く解していない人間達から離れられるなら、その位してもいい気がしてくる。
(カナード・・イザナ様・・アリエッタ・・・・誰でも良いです。
迎えに来てください・・・・この人たちの相手は、僕の手には余ります・・・)
「・・・・ルーク様、お怪我は?」
一応は王族と公爵令嬢ということで、監禁場所は普通の部屋だった。窓はないが調度も一通り揃っている。
普通に休む程度なら支障なく過ごせる。・・流石のジェイドもルークとレンを牢に入れるつもりは無かったらしい。
ルークと引き離されることも危惧したが、一緒の部屋に通されて安堵するレン。それ程乱暴に連れてこられたわけではないが、念の為ルークに怪我の有無を確認する。返すルークの表情が僅かに顰められる。まさか怪我をしていたのかと身を乗り出そうとしたのを視線で止めたルークが、憮然とした表情でレンの顔を見下ろす。
「ないよ、俺よりお前だろ。・・森で負った怪我を全部治しきってねぇな?」
「いいえ、大丈夫です。」
「嘘だな。・・・・左の二の腕と右ふくらはぎを見せろ。」
内心で狼狽するが、表情は変えずに即答する。なのにあっさりルークが返した。的確に傷が残る場所を言い当てられて視線が泳ぐ。
「ええと、かすり傷なので、動くのに支障がない箇所は取りあえず後でいいか、と思いまして、ただの打撲ですし、すぐ治るかと、・・その、」
「・・・・・レン?」
ルークが、ふと微笑む。・・・彼が本気で怒り出すときに浮かべる凄みを帯びた笑顔で。
「お・ま・え・は!いい加減にしろよ!いつもいつも他人の事にばっかりかまけやがって!!
ちったぁ自分のことを優先しろと何度言わせる!!」
「はい!」
怒鳴られて身を縮める。ルークの怒りは心配の裏返しだ。
怒り自体への恐怖はないが、申し訳なくなる。守りたい相手に反対に気遣われるなど、情けないにも程がある。本当に守りたいなら、精神的な負担も含めて守るべきなのだ。ジェイドが傍にいる状況に警戒するため、間に合わせの処置で済ませたのだが、そういう行為は悟られたら意味がない。
そこまで考えてレンの心が竦みあがった。
優しいルークが、レンを気遣って戦闘から離そうとするかもしれない、という恐怖で、だ。
・・・・レンにとって、戦って誰かを守ることは己の存在意義に等しい。
----エヴァに乗らないなら、貴方はここで必要のない人間なのよ。
脳裏に浮かんだのは、”過去”の世界で、初めて父から呼び出された場所で突きつけられた自分の役割。特別な資質が必要な兵器に乗せる為だけに呼んだのだと、冷たく言い放たれた父の言葉。母の命日にしか顔を見ることも叶わなかった父に会えると思っていた自分を一顧だにせず、高みから下された命令。
迫り来る敵を倒さないと世界が滅ぶと言われた。
それが出来るのは貴方だけだと言われた。
だから、貴方をここに呼んだのだと、言われた。
それが出来ないなら、父が自分を呼ぶことは無かったのだと、言ったのだ。
レンは理解していなかったが、その言葉は「敵を倒して、世界を守るのなら、お前を必要としてやる」という脅迫でしかなかった。理解はしていなかったが、感じてはいたのだ。
だから、父の部下であったミサトが、躊躇う自分に言った言葉は、”碇シンジ”の、心に消えない傷となって刻み付けられた。そして、”碇シンジ”が人間ではないものに変化して生まれた”レン”の心にも刻まれたままだった。
----やっぱり”いらない子ども”でしかなかった自分を、誰かに必要としてもらうためには、戦って敵を倒さなければならないのだ、と。
それは殆ど本能的な恐怖。
なんとかルークの心配をなくさなければ、と慌てて口を開きかける。
それを見たルークが眉を顰めた。
「・・・おい?レン、お前大丈夫か。顔色が悪いぞ。」
「いえ、そんな事は・・・」
「そんな青い顔で何言ってやがる!とにかくそこのベッドで休め。今医者でも寄越して、」
「いえ!本当に何でもないですから!!」
扉の前にいるはずの見張りに声をかけようとするルークの腕に縋りつく。その必死さにますますルークが表情を曇らせる。
「お前、どうしたんだ?ちょっと落ち着け。・・・何が、怖い?」
「な、なにも、ありません。大丈夫、です。ですから、」
真っ直ぐ瞳を覗き込まれて狼狽する。
ルークは他人の本質を見抜く。隠されたものを見つけるのが上手い。
無闇にそれを指摘したりしない分別もある。
真実を指摘することが、時に誰かの心を傷つけると知っているからだ。
けれど、今は決して見逃してくれないだろう。
それはルークがレンを大事に思ってくれているからだとわかっている。
だけど、駄目だ。知られたら、ルークに嫌われるかもしれない。
ルークが知れば、シュザンヌやカイトやシンクやディストや、新しくできた優しい友人達が知ってしまう。
彼らに、嫌われてしまうかも、しれない。そう思うとますます恐怖に苛まれて身動きが取れない。
「レン、こっちをみろ。」
穏やかなルークの声が怖い。
・・・レンの心にのこった、醜い傷痕を、見抜かれてしまう。
(キラ、兄さん!)
この世界で唯一、レンの過去を知っているキラを呼ぶ。
ドガァン、と響き渡る轟音。部屋全体が揺れる。咄嗟に傍の家具に掴まってやり過ごす。
揺れが収まってから二人同時に天井を見上げた。
---これはこの艦の主砲が発射された音ではないのか?
ルークが即座に身を翻す。見張りの慌てた会話を聞いているようだ。レンも動揺を無理矢理治めて外を窺う。殺気だった複数の気配が近づく。広く散らばった気配が入り乱れて読み辛い。これは、----敵襲か。
「ルーク様!こちらに、」
「失礼いたします!マルクト国軍第三師団所属トニー二等兵であります!
神託の盾騎士団が武装してこちらに向かっています。
戦闘になるかもしれませんので、どうか御二方には避難して頂きたくお迎えにあがりました!」
いいかけたレンの言葉に被さるように、乱暴に開けられた扉からマルクト兵士の一人が叫ぶ。
「神託の盾騎士団?攻撃されているのか?」
「いえ、先程の砲撃はタルタロスのものです。威嚇の為に発射されたものかと、」
「こちらから攻撃したのか?!」
事態を確認するルークに、トニー二等兵がおろおろと答える。その返答に二人同時に顔を顰めた。
(ただ遭遇しただけで先制攻撃は拙い。神託の盾騎士団が動いているなら多分名目は導師の保護、或いは救出か。 ・・・真意が別でも先ずは意図を確認するべきだろーが。攻撃などしてしまったら、相手にも此方を攻撃する口実を与えてやったことになる)
(・・・・これで、神託の盾騎士団がこの艦を占領しても取りあえず言い訳は成り立ってしまう、騒動に乗じて何をされても、 不利なのはマルクトだ。・・先制攻撃がなかったら、武装して国境を侵した神託の盾騎士団を追求する隙もあったと思うけど・・・)
((何を考えている、ジェイド・カーティス!))
ルークと視線が合う。同じ事を考えているのだと知れる。
だがとにかく脱出はありがたい。どちらに転んでも、ここに残るメリットはもう無い。トニー二等兵に向き直ってルークが確認する。
「では、ありがたく退避させていただこう。貴殿について行けばよろしいか」
「は!こちらへ」
振り返ったルークがレンを安心させるように笑う。
「レン、行くぞ」
伸ばされた手を反射的にとる。手のひらから伝わる優しいぬくもりに、レンの心を凍らせていた恐怖が消える。
「・・・ありがとう、ございます」
うつむいたまま言ったレンの言葉に答えるように、強く手を握り締めたルークが歩き出す。
その優しさに甘える罪悪感を抱きながら、レンも続いた。
・・・いつかは話す日が来るかもしれないけれど、もう少しこのままでいたかった。
(キラ兄さん・・・・・・・XXア姉さま・・・・)
無意識に、今の家族の名前を呟く。
キラと、もう一人、心に浮かんだ誰かの残像には気づけない。
それでも、縋るように思い浮かべた人たちの姿が、レンの心を宥めてくれた。
(・・・もう少しだけ、皆と一緒に、)
強く目を閉じて、思考を切り替える。まずは、ルークを無事に脱出させなければ。
「・・・落ち着いた、か。」
「?すみませんルーク様、今何か・・」
「いや、行くか。早く帰ろうぜ。」
「はい!」
ぽつり、と呟くルークの言葉を聞き逃す。訊ねたレンのあどけない表情に、苦笑したルークがいつもと同じようにレンの頭をかき混ぜながら言った。それに今度こそ安心して元気良く返事を返す。二人で、マルクトの軍服を追ってタルタロスの通路を走る。
ルークの悔しげな表情には気づけなかった。
--その頃のマルクト王宮
「陛下!!」
ひとまず緊急に交代を決定した新しい和平の使者を送り出して、僅かに安堵していたマルクト王宮の謁見の間に、珍しく慌てた様子のラクスが駆け込んだ。駆け込むといっても動作は相変わらず洗練された優雅なものだったが、その表情が強張っている。その姿に、また何か問題が起きたのかと一同に緊張が走る。
「陛下、ジェイド・カーティスに、導師イオンへの和平の仲介を依頼するように指示を出された、というのは本当ですか。」
「あ、ああ。導師が動いてくだされば、多少なりともキムラスカの心象がよくなるかと思ってそう命じたが」
「・・その依頼の仕方について、なにか指示を与えましたか?」
「いや、ジェイドに一任していたが・・・なにか、やったの、か?」
先日の恐怖再び。
ラクスの迫力にしり込みする重鎮一同。聞きたくないが、聞かねばならない。
「・・・今、ローレライ教団詠士トリトハイムから、抗議文が届きました。
・・・要約しますと、ジェイド・カーティスは、あろう事か導師イオンへの依頼の際、正式な手順も踏まずにマルクト皇帝の名代としての立場を振りかざして謁見をねじ込んだ挙句・・・仲介の依頼を半ば無理矢理受け入れさせて、守護役一人を付けたのみで導師イオンを、連れ出した、と・・・!!これは誘拐されたに等しい、マルクトはダアトに何か含むところがあるのか、と・・・!!」
「「「「「「・・・・・!!!!!」」」」」
声にならない悲鳴。顔色が一瞬で青ざめる。
しかも、ラクスの言葉は終わりではなかった。
「さらに、エンゲーブから緊急の連絡が届きました。
・・・なんでも、カーティス大佐が乗艦しているタルタロスが、漆黒の翼という盗賊を追うために街道を走りまわっていたと。その盗賊が逃走手段として、ローテルロー橋を爆破したと。」
「「「「「・・・・・・!!!????」」」」
重鎮一同が凍りつく。
そんな重要な報告は来ていない!輸出入含む国交の要であるローテルロー橋が、破壊された?!しかも原因はタルタロスで盗賊を追ったからだと?なぜ勅命で動いているはずの軍人が寄り道などしている?!盗賊を放っておけないならば付近の軍部に連絡して対処を任せればいいだけだろう。タルタロスなどで街道を走ったなどと、その追走劇に巻き込まれた者がいたとしたら、被害者にどう詫びればいいというのだ。
しかもローテルロー橋は決められていた筈の移動経路の一つだ。もし通行が不可になったというなら、真っ先に報告をして指示を仰ぐ必要があったはずだ。皇帝名代の移動経路を、勝手に変更などしていいわけがないのだから。しかし連絡は、なかった。つまり、勝手に経路を変更している、ということか。
・・そこで、ジェイドから、出発してから今日まで、ただの一度も報告が無い現状に思い至ってピオニーは呻いた。
もしかしなくとも、定時報告も、入ってなかった、か。本気でジェイドに名代などを任せた己の愚かさに舌を噛み切りたくなったピオニー。
ラクスの報告は続く。
「さらに、」
「「「「「・・・・(まだあるのか!!!!!?????)」」」」」
「先日、キムラスカから、誘拐されたファブレ公爵家ご子息と、ヤマト公爵家ご令嬢の保護依頼が届いておりましたわね。」
「あ、ああ」
「・・その誘拐とは、擬似超振動によるものだったという報告も」
「・・ああ」
段々と声が低くなるラクス。ピオニーの顔色もどんどん悪くなっていく。
「・・・・その擬似超振動の収束先がタタル渓谷付近であるという報告、も」
「・・・・ああ、だから全軍、特にあの一帯には直ぐに公爵子息殿と令嬢を保護するように勅命、を」
「・・・・・・エンゲーブからの報告、で。・・・・・・・・年のころは16,7位の、育ちの良さそうな少年と少女、が、タルタロスの兵士に、槍を突きつけられて、連行されている姿をみた、という報告、が、ございましたわ・・・!!!」
「・・・・・・・・本当、か。」
「・・・・・・・・・・・ええ、事実、です。」
呻くように問い返すピオニーにラクスが答える。
「そう、か・・・・はは、はははははは、」
「ほ、ほほほほほほ・・・・・・」
乾いた笑いが響く。臣下一同の口からも引きつった笑いが漏れた。
・・・笑うしかない状況とは、こういうときに使うのだなぁ、と実感する。全く、嬉しくない。
「陛下?」
「なんだ?」
にっこり、と微笑むラクス。答えるピオニーも満面の笑みだ。何かが突き抜けてしまったらしい。
「よろしいですわね?」
「ああ、任せた」
「任されました。では、失礼いたします」
主語無く会話する二人。周りも同意するように深く肯く。
颯爽と立ち去るラクスの背中に揃って深く頭を下げる。・・・もう彼女に任せるしかない。
「・・・・・・・勘弁しろよジェイド。」
最後に呻いたピオニーの独白だけが、謁見の間に響いた。
さらにその頃のキラ・ヤマト率いる捜索隊一行
ドッカーン、と景気のいい爆音を響かせて、キムラスカの某所が吹っ飛んだ。進路に立ち塞がっていた魔物たちを一掃する為に放たれたキラの譜術だ。キラは自ら隊の先頭にたって、次々と邪魔者をなぎ払っている。予め街道には一時的な通行規制を敷いているので一般人が巻き込まれる心配はない。しかしそのテンションの高さに、隊員一同は顔を引きつらせている。それでも止めないのは、彼らも捜索対象である二人を心配しているからだ。
「キラ、様~~少し、スピードを、出しすぎ、じゃ」
が、限界というものはある。隊の後方に脱落寸前の者がいるのをみたキラの副官が恐る恐る進言してみた。・・・・言わなきゃよかった、と心から悔いる。後からするから後悔とはよく言ったものである。
「・・・何か言ったかな。ルーク様と、僕の、可愛い妹、が、待っているんだよ?
あれからもう何日たったと思う?ルーク様とレンが、見知らぬ土地で心細い思いをしているかもしれないっていうのに、何?スピードを落とせ、って言ったのかな?」
辛うじて残る理性でルークの名を先に出しているが、キラの心配がどちらに傾いているか察するのは容易い。「僕の妹」の下りで放たれた譜術が街道の一部を抉った。辛うじて加減されていた筈の譜術が桁外れの威力で魔物を消し去る。脱落しそうになっていた隊員が顔を青ざめさせて必死に持ち直している。・・・ここで遅れたら後々キラの怒りに触れるかもしれないと思って発揮された火事場のなんとやらだ。
「いえ!なんでもありません!!
さあ、急ぎましょう!ルーク様とレン様がお待ちです!!」
「ふふふふふ、そうだよね!・・じゃあ、もうちょっと本気出してみようか!」
「「「「「・・・・・!!!!!」」」」」
輝く笑顔で言い放ったキラの言葉に、一同が声のない絶叫を放った。そんな彼らを尻目に、ぐんぐんスピードを上げるキラ。馬の方も既に瀕死だ。しかし足を止めたときの恐怖を思えば、死んだと思って力を振り絞ったほうがましである。
こうして、捜索隊一行は必死の形相で今日もキムラスカの街道を駆け抜けた。
・・・・合掌。
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