*イオン様とアリエッタに超厳しくなりました
*レンとナルトがタルタロス襲撃後合流で、ptへの苛立ちをとりあえず抑えて旅してみた場合
*で、アリエッタ襲来の時に我慢の限界に達して激怒。
アリエッタ襲来で、ルークの身を本当に案じてるなら、普通はこの位の抗議はあっても良いかな、と思って書いてみました。・・・・そしたら、物凄いアリエッタとイオン様に厳しい展開になりました、と。
*イオン様とアリエッタがお好きな方にはお勧めできません。
*PTへの優しさは全くありません。
上記を踏まえたうえでご覧ください。
先を急ごうとした一行の前に魔物が降って来る。
「ライガ!」
「後ろからも誰か来ます」
今にも飛び掛らんと唸るライガに、杖を構えるティアが叫んだ。
表情を変えずに辺りを見回したジェイドが囁く。その視線の先に、ライガを従えたアリエッタが近づく姿が。
「妖獣のアリエッタだ。見つかったか・・・・」
「逃がしません・・・・っ」
「アリエッタ!見逃してください。貴方ならわかってくれますよね?戦争を起こしてはいけないって」
「イオン様の言う事・・・アリエッタは聞いてあげたい・・・です。でもその人たち、アリエッタの敵!」
警戒して構えるガイ。怒りも露に一行を睨みつけるアリエッタ。
イオンは必死にアリエッタに訴えるが、アリエッタは聞き入れずに殺意を露に立ち塞がる。
「・・・・つまり、妖獣のアリエッタは、神託の盾騎士団の幹部から反逆者に身を落して俺たちの敵に回るってことかってばよ?」
そこで、冷え切った声でナルトが呟く。
ライガの気配に当然気づいていたナルトとレンはルークを挟むように構えてアリエッタから素早く距離をとっていたのだが、アリエッタの台詞の可笑しさに思わず突っ込みを入れる。眉をきりきりと吊り上げたアリエッタがナルトに視線を合わせて殺意を更に高めた。
「・・・どういう、意味ですか!」
「ナルト?」
困惑した態のイオンもナルトを振り返るが、冷笑を浮かべたナルトはアリエッタに向かって言葉を続けた。
「だってそうだってば?
今イオン様は、アリエッタに向かって止めろ、と言ったはず。なのに、イオン様の言葉を跳ね除けてアリエッタはこっちに
殺意を向けている。・・・神託の盾騎士団はローレライ教団の下部組織だってば?つまり神託の盾騎士団所属の人間は、全員がローレライ教団の最高責任者である導師イオンの部下のはず・・にも関わらず、その導師イオンの命令を拒んだ・・・・それって命令違反の反逆行為だってば?」
「なに、言ってるです?・・・アリエッタは、ただお前達が殺したママの仇をとりにきたです!」
「何言ってんだ?俺たちがいつそんな事・・・」
ナルトの言葉に怪訝に眉を潜めながらアリエッタが反論する。その内容に困惑したルークが呟いた。
「アリエッタのママはお家を燃やされて、チーグルの森に住み着いたの。ママは子供達を・・アリエッタの弟と妹を守ろうとしただけなのに・・・」
「まさかライガの女王の事?でも彼女人間でしょう?」
怒りに震える口調で訴えるアリエッタの言葉に、ティアが疑問の声をあげた。
それに、動揺しながらも答えるイオン。
「彼女はホド戦争で両親を失って、魔物に育てられたんです。
魔物と会話できる能力を買われて神託の盾騎士団に入団しました。」
「じゃあ俺たちが殺したライガが・・・」
困惑に罪悪感が上乗せされた動揺しきった表情でアリエッタを振り返るルーク。その言葉にアリエッタの叫びが重なる。
「それがアリエッタのママ・・・!アリエッタは貴方達を許さないから!地の果てまで追いかけて・・・殺します!」
「ふぅん?だったら、自分も殺される覚悟くらいあるってばね?」
憎悪に塗れたアリエッタの言葉は、ナルトの冷徹な言葉に叩き伏せられた。
殺人予告をしたアリエッタを、一瞬で拘束したのだ。
「「ナルト?!」」
「ルーク様!いけません!」
思わず駆け出そうとしたルークを、傍に控えていたレンが抑える。
その傍らを通り過ぎて、イオンが慌ててアリエッタとナルトに近寄った。
「ナルト、あの、どうかアリエッタに乱暴なことは!」
おろおろとナルトに訴えるイオンに、胡乱な視線を返すナルト。ルークを抑えたレンも、怒りを込めた呆れた眼差しを向けた。
「それは、アリエッタの殺意を受け入れろ、という意味ですか、導師イオン。」
「おい、レン!」
「ルーク様、申し訳ありませんが、もう少しお下がりください。この問題を曖昧には出来ません。」
敵意すら篭った詰問口調で問いただすレンの肩を、後ろからルークが掴むが、イオンとアリエッタから視線を外さずにレンは答える。主に対する無礼は承知の上だが、数秒前にその主に対する殺害予告をした人間と、その人間を庇う者相手になら当然の対応でもあった。困惑しか浮かべずに成り行きを見守るだけの使用人の態度など論外である。・・・・王族を襲撃して誘拐した犯罪者と友好関係を築く時点で色々と見切りをつけた後でも、更に失望が深まった。
「ちょっと、イオン様になんて態度なの?!貴方達、本当に傲慢ね!」
「黙りなさい犯罪者。襲撃犯の誘拐犯如きが、口を挟まないでくれますか。」
そこで割り込むティア。視線も向けずにティアの抗議を斬り捨てるレンの口調は凍えきっていて、通常の人間ならば声音だけで萎縮してしまいそうなほどの激しい怒気が滲んでいた。
「ですが、たしかに貴方方の態度は、」
「黙れ無礼者。ルーク様のご温情で見逃されているからと増長するのも大概にしろ。軍人としての最低限の義務も失念しているような未熟者が口を開くな鬱陶しい。傍観者を気取りたいなら黙って空気に徹しろ無能が。」
眼鏡を押し上げながら、薄笑いでレンを諌めようとしたジェイドには、普段の口調をかなぐりすてたナルトの容赦ない毒舌が。余りの暴言の連続に表情どころか空気まで固まる。
「お、おいおい、ナルトもレンもどうしたんだよ?仲間割れなんて、」
「ガイ、貴方も黙っていてください。邪魔です」
辛うじて浮かべた苦笑で場を宥めようとでもしたのか口を挟んだガイはレンが斬り捨てる。どこまでルークを害する人間にのみ甘い対応をとり続けるのか、と考えると苛立ちが増す。
「・・はなす、です!お前達、絶対に許さないからぁ!」
抵抗する間もなく拘束された事に悔しげに顔をゆがめながらアリエッタが叫ぶ。だがナルトは冷笑を閃かせるだけだった。
「は、自分は殺す積りで来た癖に、返り討ちにされる可能性は考えて無かったってば?随分甘い考えだってばね。その程度の覚悟で敵討ち?笑わせんなよ。」
「確かに、アリエッタが母の仇を討ちたい気持ちも理解できなくはありませんが、わかってるんですか? ライガの女王の討伐は、導師イオンの決定ですよ?それに反抗する、ということは、貴方は導師に対する反逆者でしかありません。 どんな非常な命令であろうと、軍人であるならば従うのが義務です。」
「レン?!僕は、女王の討伐を望んだわけでは。」
ナルトに続いてレンも淡々と言う。だがその内容に、うろたえ切ったイオンが反論する。
「・・・・イオン様、何を仰ってるんです。貴方はチーグルとライガの問題に介入した時、教団の聖獣であるからとチーグル側に加担して、結果的にライガの女王の討伐を受け入れました。
ティアがライガの女王に敵意を向け、ジェイドが譜術で攻撃することを止めようともしなかったそうですね。それは消極的でも、ライガの女王の討伐に同意したという事ですよ。今更ご自分だけ責任から逃れるのはお止めください。」
「れ、レン。あんまりきつく責めるのは・・・」
レンの言葉の内容にはひそかに納得できる事もあって、イオンの弁護は出来ないルーク。それでも視線を彷徨わせるイオンの姿に憐憫は隠し切れず諌めようとする。だがレンもナルトも矛先を緩める積りはなかった。今まで散々ルークを害し続けた面々に我慢の限界はとっくに振り切れていたのである。しかも極め付けが、ルークに対する殺害予告までしたアリエッタを見逃せ、だ?調子に乗るのも大概にしろよ、というのが二人の総意であった。
「イオン様がそんなこと!・・っうぅ、」
「アリエッタ!・・・な、ナルト!お願いします!もう少し優しく・・・」
アリエッタがナルトに拘束された身体を必死によじりながら反論するが、ナルトの腕の力が更に強められるだけだった。軍人として相応に鍛えられたとはいえ、苦痛を堪えきれずに呻くアリエッタ。その姿に、更に怯えてうろたえるイオンが悲鳴混じりにナルトを呼ぶ。
「アリエッタ?アンタがどれだけ否定しようが、イオン様がライガの女王の討伐に同意したのは事実だってば?
で、ある以上、それはローレライ教団の決定と同義・・・・つまり、ライガの女王の討伐に不満を持って反抗してきたアリエッタはローレライ教団への反逆者でしかない・・・・先ほど、戦いを止めろ、というイオン様の言葉にも逆らったってばね?更に命令違反も追加。これがキムラスカの軍人ならば、その場で斬り捨てられても文句は言えないくらいの反逆行為だって本気で理解できてないのか?」
「な、なにいって」
ナルトの言葉に、怯えの滲んだ目で視線を彷徨わせるアリエッタ。
「なに、ではありませんよ。上司への服従は、軍人としての義務でしょう。どんな理不尽な命令だろうと、従わなければ罪に問われるのが軍人です。その位の事、現職の軍人ならば知っていて当然の常識でしょう。」
皮肉も込めてちらりと、ティアとジェイドを見ながら淡々とはき捨てるレン。
確かに軍人のそういった絶対的な上下関係については色々と思うところもあるが、事実は事実だ。命令違反、は最悪処刑されかねない重罪である。
「・・・・・・イオン様、お答えを。」
黙り込んだアリエッタの拘束を更に強めながらナルトが、蒼白な顔で立ち尽くすイオンに問い直す。
「ナルト、見逃してください。アリエッタは元々僕付きの導師守護役なんです。」
「・・・・それが、導師の結論ですか」
「お願いします」
充満する怒気と殺気に萎縮しそうになりながらも、イオンはナルトに懇願する。
淡々と確認するナルトに、イオンは言葉を重ねた。
「・・・成る程、それが、導師の、結論ですか。」
僅かに俯いて淡々と繰り返したナルト。
「つまり、ローレライ教団は、ルーク様への殺意を、・・・キムラスカの次期国王への殺意を認める、という事ですね。
大した宣戦布告だな!いいでしょう、そのお言葉、しかとキムラスカ国王に伝えさせていただく!」
次の瞬間怒りに燃える青い目で、イオンを睨み据えたナルトが言い放つ。
同時にレンがルークを抱えて飛び退った。
「レン?!おい、ナルトも落ち着けよ!!そんな」
「ルーク様、申し訳ございませんが、そのご命令には従えません。イオン様は、ルーク様を殺す、と言ったアリエッタを庇ったんですよ。 これは明確な敵対行為です。「敵」をルーク様に近づけるわけには参りません。」
慌てたルークが何とかレンとナルトを落ち着かせようと声をあげるが、レンは警戒を露に構えたまま言葉に耳を貸さない。ナルトも同様に、アリエッタの意識を奪うとその身体を抱えてルーク達の下へと移動する。
「ちょっと!貴方達、戦争を起こしたいの?いい加減にして!」
「我々は和平に行くと何度説明すれば理解できるんですかねぇ。こんな、愚かなことを」
「おい!ちょっと待てって。」
金切り声でティアが喚き、ジェイドが嫌味たらしく呟き、ガイが慌てて手を伸ばす。
「戦争を起こしたがっているのはダアトとマルクトだろう。・・ああ、くだらない戯言は聞く積りはないってば。アンタラが本気で理解できてないのはもうわかってるし・・・けど、今までのアンタらの行為は、1から10までルーク様を害する行為で、キムラスカへの敵対行為でしかないんだよ!!」
だがナルトは爛々と輝く瞳で殺気を向けながら三人にはき捨てる。
「説明が欲しいなら、貴方方の今までしてきたことを、マルクトの他の軍所属の方にでもお話して、どこら辺がどう間違った行為だったのかを聞いてみるといいんじゃないですか? まあ、それで相手の方もわからないならマルクトは全部が腐りきっている、ということですが・・・どうでも良いですね。」
口元だけを笑ませたレンが穏やかに告げた。
激烈な皮肉との落差が怖すぎる。ルークは恐怖に首を竦ませた。
「さーあ、せめてもの慈悲で、この場では殺さないで置いてやるってば?・・・・早く帰ってマルクトとダアトに伝えろよ。
自分たちがキムラスカの次期国王を殺しかけた所為で、キムラスカとの国交がどうなるかわかりませんってな!」
視線を向ける価値もないと言うように背を向けながらはき捨てたナルト。
インゴベルト陛下以下側近連中の預言中毒者共は兎も角、この経緯を報告した場合のシュザンヌの結論は一つだろう。今まで散々預言だなんだと、自分の息子に無体を強いられて堪忍袋の尾を切らしかけていたシュザンヌの怒りの凄まじさを想像して少しだけ背筋が冷やしたナルトが、恐怖を振り切るように業とらしくにこりと笑った。
「キムラスカに帰国した暁には、余さずアンタラの行為をほうこくしておいてやるってば?直ぐに答えは出るだろうから楽しみに待ってると良い」
「そ、それは!」
ナルトの台詞に、どう転んでもマルクトにもダアトにも良い結論を出してもらえるとは思えなかったイオンは卒倒寸前で視線を彷徨わせる。
レンも、シュザンヌが出すだろう結論を想像しつつ、自分たちが帰国してから取るべき対策を脳裏で組み立てながら四人に背を向ける。
「まちなさ、」
「では、ごきげんよう。・・・」
苛立たしげに引きとめようとしたジェイドに一瞥を残して後ろ手に譜術を解放した。
「・・・・・タービュランス!」
「きゃあぁ!」
「くっ」
「うわぁ」
「てぇ!」
一応識別は施されていたようで、痛みは無かったが目の前の地面に炸裂した中級譜術に視界をふさがれた面々が再び顔を上げた時には、もうルーク達の姿は影も形も無かった。
「そんな、そんな・・・」
悔しげに歯噛みするティアや苛立たしげに舌打ちするジェイド、今後の行動を決めかねて嘆息するガイを横目に、絶望に瞳をにごらせたイオンが、キムラスカの方向を見つめて繰り返す言葉だけが場に響いた。
****
・・・・普通に考えたら、アリエッタがどんな形であれ、イオンの言葉に逆らう事事態が問題だよな、と思って書いてみたんですよね。
アニスとかの職務怠慢が普通に受け入れられてて今更って感じではあるんですが、アリエッタがイオンに本当に忠誠誓って慕ってるっていうなら、先ずイオンの意向に逆らう自体が問題では、と。
確かに従いがたい理不尽な命令とかありますし、アリエッタの行動理由は家族の仇ですから憎悪自体は理解できるんですよ。でも、どんな経緯であれ、ライガの女王を討伐する事をイオンが受け入れた以上、イオンがどんな積りでも、それは教団の最高責任者の決定なわけで、ライガの女王の仇をうとうとするって事は、教団の最高責任者の決定に逆らうって事と同義だな、と。
つまり、アリエッタにとって、どれ程受け入れがたい事であっても、この場合の敵討ちは、教団への反逆に他ならないんじゃないかと思ったのですよ。
で、アリエッタの反逆云々は置いておくとしてもですね、イオンがアリエッタを逃がそうとするってことは、ルークを殺そうとしている危険人物を野放しにするって事で、イコールでダアトの最高責任者が己の部下がキムラスカの第三位王位継承者への害意を容認するってことで。
そう考えたら、普通はダアトからのキムラスカへの敵対行為って事で、宣戦布告もしくは国交断絶確定ものですよね、と。ましてルークの事が大事だと本気で思ってるなら、此処でガイが怒らない理由もわかんないな、と。
そんなわけで、ルークの護衛ですが、プライベートでは友人のナルトとレンが激怒しました、と。
そんな話でした。
『月虹』は『虹のふもとの物語」の捏造創世暦を前提に、アビス本編軸に介入してるのが『月色の御伽噺』(スレナル×碇レン)設定の木の葉メンバーだったら、な思いつきネタの小話です。
其々の設定は微妙に繋がってますが、話自体は独立してます。
*ナルトとレンがルークの護衛やってます。
*レンがこっそりナタリアに諫言してみた場合のお話。
*ナタリアに厳し目。(最後にルークと仲直りします)
*記憶喪失について色々書いていますが、申し訳ありません。医学的な正確さはあまりないです。一応一通り調べてみて、自分なりの解釈を簡単にまとめるとこんな感じかなーという雰囲気で書いたので、もしかすると物凄い間違いを犯してる可能性もあります。本当にすみません。あんまり厳しいご指摘は勘弁してください。
*ナタリアに厳し目なので、ナタリアが好きな人は読まないでくださいね。
苦情批判は受け付けられません。
以上を踏まえた上でご覧ください。
「ルーク、約束は思い出してくださいまして?」
今日も、ファブレ邸にナタリア王女の声が響いた。誘拐されてもどって来たルーク様が、記憶を全て失った、という話はバチカルの上流階級では有名だ。その事実を嘆いたルークの婚約者であるナタリア王女がほぼ日参してルークに過去を早く取り戻すように懇願しているということも。
・・・その行為に、周囲が抱く感想には賛否が分かれたが。
「・・・・まだだよ。そんなに言われても、思い出せないものは思い出せないんだよ。」
「まあ!そんな事を言わずに頑張ってくださいませ!
そして、早くあの約束を私にもう一度聞かせてくださいね」
「・・・努力はするさ」
きらきらと輝く瞳に期待を込めて見つめられて、ルークは罪悪感に視線を泳がせる。
確かに此処に今いるルークが、誘拐される前の「ルーク」とは別人である事実は、母とその側近他少数にしか明かされていない秘密である。預言に縋るキムラスカや、何かを企んでいるヴァンの存在ゆえに、本当に信頼できる人間にしか明かせない事実。
・・・・保護されたルークが「ルーク様」ではない事を、目の前の王女にも秘密にしなければならない事に、ルークの良心が疼く。彼女が「ルーク」との約束や交友の記憶を、とても大切な宝物のの様に話す姿を日常的に見せられるから尚更に。
「(けど、俺と「ルーク」の違いには気づかないんだなー。まあ、王族同士の婚約者ってそんなに頻繁には会えなかっただろうから、その所為かな)」
ナタリアがルークを「ルーク」だと思い込んでいる事は良いのだ。髪の色や瞳の色が違う事から直ぐに気づけと言いたいが、王族同士の婚約なら、そういうこともあるのだろう。だからこそ、数少ない交流の思い出が鮮やかに刻まれているのかも知れないし。
だが、このしつこい懇願には些かうんざりしていた。
「なあ、ナタリア。そんなに「約束」が大切か?」
「当然ではありませんの!
ルークが、あの時誓ってくれた約束は、私達の宝物です。早く取り戻して欲しいと思うのが当然でしょう?」
思わず疑問を投げたルークに、ナタリアは憤然とした顔で言い切った。
その迫力に、ナタリアにとってどれ程重要なものなのか、改めて理解できた。
同時に、ナタリアが「約束」を催促するのを諦めさせる事がどれだけ困難なのかも。
ルークはこっそり溜息を吐く。
「失礼いたします、ルーク様。ナタリア殿下の従者の方がお見えです。」
その時ドアの外から、声がかけられた。
「ああ、分かった。・・・ナタリア、迎えがきたぞ。」
「仕方ありませんわね。ルーク、また来ます。
その時までに、約束を思い出してくださいませね」
「・・・善処する。」
扉越しに返事をして、ナタリアを振り返るルーク。その言葉に不満そうにするが、次の公務の時間が迫っていると気づいたか大人しく帰り支度をするナタリア。帰り際に振り向いて付け加えられた言葉に、苦い思いを抱きながらも肯くルーク。そしてナタリアは、迎えの到着を知らせに来た少女に付き添われて出て行った。
「・・・俺は平気だから、そんな表情をするなよ。」
続きの間に控えていた護衛に、ルークが苦笑しながら言った。任務中の護衛らしく感情を読ませない静かな佇まいで控えた金髪の少年が、その実ナタリアの言動に酷く苛立っていたのに気づいたからだ。
「心配してくれてありがとう、ナルト。」
「・・・主の事を気遣うのは当然です。」
「けど、お前は友達として心配してくれたんだろ。」
「・・・当たり前、だってばよ。」
にっこり笑っていってやると、少しだけ頬を染めたナルトが視線を落として呟く。その言葉に破顔して、ルークが勢いよく立ち上がる。
「さて、お茶淹れなおすか。お前も飲むよな?」
「私は任務中で、」
「飲むよな?」
直ぐに任務用の無表情に戻ったナルトが淡々と言うが、言葉を途中で遮ってルークが繰り返す。母直伝の笑顔で無言の圧力をかけてみると、大きく溜息を吐いたナルトががっくりと肩をおとした。折角余計な視線のない私室での自由時間だ。数少ない友人とゆっくりしたかったルークは、そんなナルトを無視してお茶の準備をする。手を出そうとしたナルトを制して、茶器を手に取った。
「・・・お言葉に甘えさせていただきます」
「よしよし、最初から素直にそう言えよー。・・・・そういや、なんでレンが来訪者の知らせなんて持ってきてんだ? あいつ今休憩時間だろ。」
「・・たまたま行き会ったんじゃないかってば?」
そこで、ふと思った疑問を向けてみる。ルークを手伝いながら、あっさり答えるナルト。
少し間が空いた気がしたが、表情はいつものものだったので、そんなものかと納得して会話を続けた。
「まだ休憩時間余ってるよな?それって、仕事戻ろうとしてたってことじゃねぇのか。」
「どうせ、一人休むのが気が引けるとか思ったんじゃないかってば?」
「アイツ、そういうところ昔から変わんないな。
もうちっと自分を労わるようにさせた方が良いと思うけど。」
「言っても聞かないってばよ。(俺たちじゃな・・・あいつらの言う事は聞くのに)」
「・・・だよなぁ。」
ルークが苦笑して、仕事熱心なレンの気性を心配して見せれば、ナルトが不貞腐れたように呟いた。本人は無意識だろうが、その表情にははっきりと嫉妬が浮かんでいる。自分やナルトが幾ら言っても素直にいうことを聞いてくれないレンの無茶を、比較的速やかに止められる人間はルークが知る限り三人だけだ。その内二人に対して、ナルトが抱えている葛藤は傍から見ると微笑ましい限りでルークの口元が綻んだ。慌てて隠すが、ナルトは気づかず扉を睨んでいた。
「(はやく自覚して素直になればいいのになー。)ま、したらレンもすぐ戻ってくるんだよな。
とりあえず、お茶飲んで待つか。」
「・・頂きます。」
「はい、召し上がれー。あーあ、公務以外でこんな疲れるってのがなー」
有事の際には直ぐ動けるように気を張った状態ではあるが、比較的ゆったりとソファに座ったナルトがカップに口をつける。笑いながらルークは背伸びした。今日のノルマを午前中に片付け、午後からはナルトと手合わせでも、と思っていたところにナタリアの訪問を受けたお陰で、精神的な疲労で肩が凝ったのだ。
「・・・・お疲れ様」
「ありがとう。・・・早く被験者もどってこねぇかなー。・・・したらナタリア喜ぶよな・・・」
ナルトの労いに、へらりと気が抜けた笑いを返して心から呟くルーク。その呟きに、ナルトがこっそり眉を顰めた事には気づかなかった。
「・・・ナタリア様。ご無礼を承知でお願いがございます。」
ルークとナルトが小さなお茶会を開いている頃、ナタリア王女を案内していた黒髪の少女が、余人の見えない渡り廊下の途中で静かに言った。
「え?、えぇ、宜しいですわよ。私に可能な事ならば。」
今まで、ルークの新しい護衛として雇われたこの少女が、私的な発言をした事を見たことがなかったため少し驚いたが、直ぐに鷹揚に微笑んで肯いてやる。ナタリアは階級制度が殊更厳しいキムラスカでは珍しく、身分の上下に厳しい偏見は持たない。現に率先して孤児院等の慰問を行うなどの行動から知れるとおり気性が優しい少女である。多少思い込みが強く一点集中型に視野が狭まりがちな所が短所にもなり勝ちがだが、基本的には
善人なのだ。だから、たかが護衛の少女の突然の言葉を不快に思うことも無く穏やかに促した。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます。
・・・ナタリア様、どうか、ルーク様に、過去の記憶を取り戻させよとするのは、おやめください。」
「なんですって?」
だが、案内の少女・・・レンとかいったか。彼女の言葉に、たちまち柳眉を吊り上げた。
「・・・なぜ、貴方にそんな事を言われなければなりませんの。」
だが、直ぐに声を荒げる事は控える。レンの懇願は、ナタリアが許可したとは言え、不敬とも取れる内容だ。この場で捕縛を命じることも出来たが、ルークがレンを信頼している事を知っているナタリアは、苛立った内心を必死に宥めて、険しい表情で問い返す。
「ご不快に思われたなら申し訳ございません。処罰ならば如何様にも受けます。
ですが、どうか、ルーク様に過去を強要するのは止めていただきたいのです。
お願いします。」
「理由を、仰い。」
ナタリアにとっては宝石に勝る、大切な約束が、まるでルークを害する物の様な言い方だ。
宝物を無造作に傷つけられたような怒りを感じたが、レンの言葉が何処までも真摯なものだった事に気づいて、震える声音で命じる。
「・・・ナタリア様。ルーク様は、記憶を失われております。」
「ええ、知っています。ですから、早く思い出していただこうとしているのです。」
「ルーク様に外見的な傷は無く、いまは身体的にも健康におなりです。ただ、過去が思い出せない、という一点を除いて。」
「分かっていますわ!」
「記憶喪失、というのは一般的に脳の記憶を司る機能が損傷した場合に引き起こされ事が多くございます。或いは、自分の精神を護るために、何らかの衝撃的な事件などを忘れるための無意識の自己防衛の結果という場合もあります。どちらの場合でも、記憶を失う、という症状は、軽く考えて良いものでは在りません。」
「軽く考えているわけでは在りません!」
跪いたまま淡々と答えるレンの言葉に、いい加減苛立ちが抑えきれなくなって声が高くなるナタリア。
ただ自分は、ルークに、以前の彼に戻って欲しいだけだ。それの何がいけないのか?
「では、なぜ、ナタリア様はルーク様にお会いするたびに、過去を思い出させようとなさるのですか。」
「ルークだって、過去を早く思い出したほうが、」
「ナタリア様、貴方は例えば事故などで足を怪我した兵士などに、健康な時と同じように動けと要求なさいますか。」
「そんな事いたしません!怪我人に、健康な者と同じ事を求めるなど、」
「ナタリア様が、ルーク様になさっている事はそういうことです。
・・・記憶喪失、とは目に見えませんが、障害です。
日常生活に不自由が無くとも、体内、或いは精神に何らかの傷を負った状態のようなものなのです。 ・・・そんなルーク様に、記憶を思い出すように催促する事は、足を怪我した人間に健康な時のように走れといっているのと同じことです。」
「な、・・・」
ナタリアは愕然と目を見張る。ゆるゆると口元に掌を当てて、視線を彷徨わせた。
・・・自分のしたことは、そういうことだったのか?
「ナタリア様、どうか、ルーク様に過去の記憶を強請るのはおやめください。お願いします。」
今まで、ルークに向けた言葉を思い返す。
自分は会うたびに、記憶を思い出せ、約束をもう一度言ってくれと、そういう言葉しか告げなかった。
・・・それは、そんなに酷い事だったのだろうか。
「・・・・・・レン。」
「は!」
「顔を、上げてください」
「・・・・失礼いたします」
静かにナタリアは跪いたままの少女を立たせる。彼女は確かルークと同じ年だと聞いた。つまり、ナタリアの一つ下である。
「レン、・・・私の、行為は、ルークを傷つけていましたのね。」
年下の少女に、諭されるまで全く気づかなかった己の行動に、顔から火が吹くかともう程の羞恥を感じた。だが、俯く事はせず、レンの深紅の瞳を真っ直ぐ見つめて確認するように呟く。
「・・・わかりました。もう二度と、約束を思い出せなどと、ルークに迫ったりいたしません。」
「ありがとうございます!」
ナタリアの言葉に、瞳を和らげたレンが、深く頭を下げる。その様子に、レンがどれ程ルークを心配していたのか悟る。己への情けなさに苦笑しか浮かばない。同時に、ずっと傷つけ続けたルークへの申し訳なさで身が縮んだ。
「ごめんなさい、もう一度、ルークのところに案内してくださる?・・・きちんと謝りたいのです。」
「はい!・・・あ、申し訳ございません、私の処罰は、」
「貴方は当たり前のことを言っただけです。これは私の落ち度です。
処罰する必要などありません。・・・案内をお願いします。」
歯切れ良くナタリアの命に礼を取ったレンが、一瞬置いて謝罪する。だが、ナタリアは首を振って否定した。
レンの言葉は、ルークを案じる余りのものだ。非はナタリアにある。彼女を罰する気などない。何食わぬ表情で案内を再び請うと、レンは表情を引き締めて姿勢を正す。その瞳に感謝が浮かんでいる事を見取って苦笑が深まった。
「ルークは、優秀な護衛を持っていますのね。」
「光栄です。・・・では、ナタリア様、失礼いたします。」
正直な感想を呟くと、レンが少し視線を迷わせた。褒められる事に慣れていないのか。謙虚な人柄なのだろう、素直な一面にレンが年下である事を認識する。
「今度、貴方ともお話してみたいですわ」
「・・こ、光栄です。」
「ふふ、ではお願いします」
「は!」
ただの護衛だった少女に興味が湧く。世辞でなく、機会を作ってルークに彼女を貸してもらおうと脳裏で算段をつける。不意打ちに弱いらしいレンの赤い頬を見て微笑ましく笑った。
ルークの私室を再訪したナタリアは、開口一番に謝罪の言葉を告げて頭を下げる。
対するルークは驚いてナタリアの肩にそっと触れた。
「ルーク、今まで、申し訳ありませんでした。」
「は、え?なん、どうしたんだよナタリア?」
「私、貴方を傷つけることばかりして、」
「えぇ!?・・・えと、俺は気にしてない、っつーか、ナタリアは何にも悪い事してねーだろ!謝るなってば」
「・・・・貴方も、こんなに優しかったのに、ずっと見ていなかったのですね。・・・ルーク。」
「や、やさ?!何だ突然本当に?!・・あ、おう?」
「これから、よろしくお願いします。」
「あ、うん。えと、よくわかんないけど・・・よろしく?」
「ありがとうございます。
・・・ごめんなさいね、何回もお邪魔して。今日は時間がないからもう帰りますが、また今度、ゆっくりお話してくださいますか?」
「ああ、それは、いいけど。」
「ふふ、では。失礼しますね。」
「ああ、気をつけて。」
「ありがとう」
微笑みあってルークとナタリアが別れた。
お互いに、初めて穏やかに向き合えたのだ。
安堵と喜びに胸が暖かくて、ルークもナタリアも、それからしばらくとても晴れやかな気分で日々を過ごせた。
「・・・・なんか知らないけど、嬉しい、かも。ナタリアがいつもより優しい感じがしたし」
「・・・・落ち着いて話をしてみると、ルークってなんだか可愛いらしい感じがしましたわね」
「「お姉ちゃん(弟)みたい」」
離れた場所で、同時に落とされた呟きが、互いの立ち位置を決定した、一日。
一方、続きの間で隣室に気を張り巡らせながら、帰ってきた相棒を問い詰めるナルト。対するレンは、いつも通りの柔らかな微笑で追求をかわす。
「お前、何言ったんだ。まさかまた無茶したんじゃねぇだろうな・・!」
「やだなー。大丈夫だったんだから怒らないでよ。」
「あ、の、な・・・!相手は王女だぞ!下手したら不敬罪で斬首ものだろうが!」
「ナタリア殿下は、そんなことしないと思って。」
「てめ!」
「・・・それに、知らないからって、「ルーク様」とルーク様を混合させたままは、三人にも良くないでしょ。」
「三人って」
「ルーク様とナタリア様と「ルーク様」・・アッシュのこと」
「・・・・」
「過去に拘らずに、ルーク様と向きあってくれたら、いつかアッシュが帰ってきたとしても、ちゃんとお互いを見れるんじゃないかと思って」
「で、王女殿下に諫言を?・・・お前、本気でなぁ!」
「ごめん」
「・・・・もう良い!」
「ごめん。・・・(同じ顔で、同じ体を持ってても、ルーク様とアッシュは違う人間なんだから、其々を見て欲しかったんだよ。 ・・・私は、怯えて逃げちゃったから)」
「なんか言ったか?」
「ううん。・・・では、碇レン、護衛任務に復帰します。」
「・・ご苦労」
表情を静かに消して敬礼をするレン。何か更に言いかけたが、諦めたように嘆息したナルトが肯いて敬礼を返す。嘘も誤魔化しも苦手なくせに、言わないと決めた事は絶対に口を割らないレンに、これ以上の追求は無意味だと知っているからだ。悔しさを抑えて、任務に集中した。ともかく何事も無く、ルークの気負っていた事が一つ解決したなら、今回はそれだけに満足しようと己を慰めた。
「(いつか絶対全部吐かせてやっからな!)」
渦巻きナルトの新しい決意が掲げられた日、でもあった。
『月虹』は『虹のふもとの物語」の捏造創世暦を前提に、アビス本編軸に介入してるのが『月色の御伽噺』(スレナル×碇レン)設定の木の葉メンバーだったら、な思いつきネタの小話です。
其々の設定は微妙に繋がってますが、話自体は独立してます。
『月虹』設定で、アスカとイタチがダアトに潜入した場合。
*アッシュに厳しいです
*キムラスカ上層部に辛らつです。
*シュザンヌ様捏造です。
*アスカとイタチが、アッシュを速やかに排除しようとした場合、です。
以上を踏まえてお読みください。苦情批判は受け付けておりません。
アッシュ・キムラスカ・ヴァンが好きな方は絶対に読まないでください。
「なあ、アレ、どう思うよ?」
「・・・・聞くな。」
ダアト、神託の盾騎士団の訓練施設にて、特大の溜息が二つ。
「次!」
「は!」
「踏み込みが浅い!」
「は!」
「・・・や、部下に訓練つける師団長ってだけの光景ではあるけどよ。」
「ああ。・・・・誰も、気づいてないの、だろうな。」
「・・・預言に縋る人間ってのは、思考回路が鈍化すんのか?」
「否定はせん。」
キムラスカからの留学、という形で神託の盾騎士団に一時的に所属する貴族の子弟というのは珍しくない。オールドラントにおいて預言は神聖不可侵のものとして崇められる対象だ。預言を生み出したユリア、預言を授ける教団も同様に。マルクトの現帝は預言から政治を切り離したとして国自体との交流は疎遠になったそうだが、個々人全てに預言を即捨てろという命が下されたわけでもなし、今でも預言を尊重する者がダアトに留学することはある。況して、預言を国王自ら崇拝しているキムラスカは言わずもがなだ。だから、アスカとイタチがダアトに留学したいと言えば、簡単な申請だけで許可された。とある目的を叶えるために奮闘する身として、障害は少ないに越した事はない。簡単すぎた事には些か拍子抜けしつつ、世界的な傭兵ギルド「リーフ」に所属するメンバーとして、ギルド長から依頼された、ある人物達に関する調査、可能なら接触を取る為の潜入である。先ずは施設の見学に託けて周囲を観察していたのだが
「・・・・甘ぇ!その位でへばるな屑が!・・・次!」
「は!」
あっさりと、その目的の人物が見つかったのである。だが、安堵よりも落胆と苛立ちが先立った。なぜなら
「んで、赤い髪晒してんだよ?!馬っ鹿じゃねぇの?!
しかも誰も指摘しねぇのか?!」
アスカが、目前の光景に声を潜めつつも苛立たしげに髪を掻き揚げる。隣のイタチと共に、目の前で部下に訓練をつける、真紅の髪の少年を据わった目で見据えて罵倒を吐き出した。
「赤い髪も碧の目も、キムラスカの王族特有の貴色だって知らねぇのかよダアトの人間は?!」
「・・・キムラスカやマルクトの貴族階級の人間も多数出入りしてるがな。」
「つまりは、この世界の人間は馬鹿ばっかりか!?」
アスカ達と同じように留学や巡礼の為にダアトには各国の人間が多数出入りしている。そして目の前の特務師団長は、普段から任務その他でダアト内どころか各国を動き回っているという。
「多少なりとも疑惑持った人間がいるなら、噂くらいあったはずだろうよ・・・!誰も気にしてねぇってか?!」
訓練を見学する客分の礼儀として、にこやかな表情を貼り付けつつも愚痴を吐き出す。痛んだこめかみに手を当てようとして寸前で止める。出来る事なら人気のない場所に行って盛大に罵りたい。
あれ程見事な赤毛などそうは居ない。キムラスカ国内ならば、赤毛を発見した場合、先祖がえりの可能性を含めて身元の調査は必須だ。近年の純潔王族の減少を食い止める為の、血族の発掘の為である。なのに、神託の盾騎士団の特務師団長の噂など欠片も聞いた事がない。血統を調査して、違った場合戸籍にはっきりと王族とは無関係と明記される事になっている。その対象が最下級の身分の者でも、赤毛の人間が居たという話題は直ぐに蔓延する。その位王族筋以外の赤髪は稀有な存在なのだ。
調査があったなら、その対象がダアトの幹部だったなら、噂の一つもあってしかるべきだ。なのに、何一つ話題に上った事がない。つまり、あれ程見事な赤毛を晒した人間を、誰一人見咎めなかったと、そういう事だ。
「「ルーク様」誘拐の時みたいに、ヴァンの証言鵜呑みにしたんじゃなぇだろうな・・・!」
唸りながら、それしか回答が存在しないだろう確信に項垂れる。真剣に、現職の最高権力者たちの無能ぶりが痛い。
何処の世界に、自国の王位継承者の誘拐などという国家を揺るがす事態に、他国の軍人に自由な捜索活動を事後承諾で許す国家があるというのだ。・・キムラスカは許したが。
しかも、誘拐された「ルーク様」を発見した神託の盾騎士団主席総長が言ったから、「ルーク様」の誘拐はマルクトの仕業説が公式見解に落ち着いたのだ。・・・本気で信じたなら信じたで、マルクトに宣戦布告しても良いくらいの大事だったというのに、大した争いも無くルークの身を護るという名目で軟禁を命じて事態は収束した。・・・ツッコミどころが多すぎて突っ込めない。とにかくキムラスカには物事を深く考察する能力のない馬鹿しか居ない事が良く分かった。
「・・・だが、これならこれで好都合ではあるな」
アスカの無意識のぼやきに深く同意を示しつつ、イタチがぽつりといった。
「あ?何がだよ。」
眉間に皺を寄せつつ、アスカ聞き返す。
「レンが、気にしていただろう」
「ああ、あの餓鬼な。まあ、あっちを連れ戻したら、上層部がどう出るか分かったもんじゃねぇからな。
・・・最悪身代わりか。口封じに処刑か。」
アスカの脳裏に、現在キムラスカのファブレ侯爵邸にて、「ルーク・フォン・ファブレ」の名を与えられている子どもの顔が過ぎる。目の前で訓練中の特務師団長を顎で示してイタチに思いつく中で特に有力な可能性を上げてみる。
今ファブレにいる嫡子がレプリカである事実は、シュザンヌ公爵夫人とその腹心にしかまだ明かしていない。・・・預言にべったりなキムラスカ上層部への、シュザンヌの不信と怒りが限界値を振り切ったがためだ。
シュザンヌも王族の一人だ。もし、本当に息子の死が国の繁栄の為に不可欠ならば、決意する覚悟くらいあったのだ。だが、その預言に詠まれた息子の死を叶えるために採った国王達の手管が余りに卑怯な為に激怒しているのである。
本当に、必要な犠牲だというのなら、何故理由を話さない。
ルークの保護の為、などというお題目を掲げて軟禁を命じ、成人したら自由を許すなどという甘言で希望を持たせる必要が何処にある。正直に言えばよかったのだ。ルークの死が、国の為に必要だから死んでくれ、と。
そしてくれたなら、シュザンヌ自身も息子の死を願った責任を共に取る覚悟をする事も出来たのに。
・・・・何もかもを秘密にして、安易に犠牲を生み出して、良い結果だけを得ようなどと甘えた人間が、己の夫と兄なのだ。前々から預言に縋っては他国の人間である大詠士などに内政に関わらせる事に苦い思いを抱いていたシュザンヌが愛想を尽かすのも当然の成り行きだった。
そして息子が誘拐された先から保護された後、記憶全てを失くした息子を護るためにギルドに依頼し、派遣されたのがレンとナルトであった。依頼の内容は、ルークの再教育及び護衛だ。この先何が起ころうともルークの命を守りぬける人間を、ということでギルド最強と謳われるナルトとレンが派遣された。
「・・・派遣初日に、レンから報告があったときは何事かと思ったが。」
「レプリカ、ねぇ。・・・・結局は構成が第七音素のみの人間だろ?
レンの今の体みたいな分身じゃなくて、普通に生きてるんだし。」
レンの本体は、未だにパッセージリングに接続した外殻大地保護障壁の譜業の動力源の中だ。今、外に存在する身体は、創世暦時代の技術で造り上げたコピーである。クローンとかいったか。対象物の情報を元に完璧に複製する技術で、主に臓器移植などの為に研究されていたらしいが。それで自分のコピーを作って本体から精神だけを移し変えたのだ。そんな離れ業が可能なのはレンだけだろうが。そう考えるとレンは後ろめたく感じているらしい、その「カミサマの器」としての能力に感謝するだけだ。レンが普通の人間なら、今の自由な交友などありえなかったのだから。
「だが、誰もがそうは考えん。
・・預言に縋っていない者でも、都合の良い影武者として利用する位は思いつきかねんだろう。
今のレプリカ技術で産まれた者は、死んだら遺体も残らんのだしな。
利用しようと思えば、これほど都合が良い存在もない」
「 あーあー、下層階級は須らく下賎なモノってか?」
「下種は何処にでもいる。そいつらの考える事など大して変わらん」
「レプリカ、なら尚更、ね。
現にマルクトで研究者達のレプリカへの認識は実験動物所か、ただの研究材料みたいなもんだったしな。」
「キムラスカでは技術自体は盛んではいが・・・ベルケンドの研究者も同様だ。」
基本無表情なイタチが眉間に皺を寄せた。余程報告書の内容が不快だったらしい。アスカも同意見の為咎めず話を進める。
「・・・で、結局何が好都合なんだ?」
脱線しつつあった本題を引っ張る。
「アレ、が被験者なのは間違いないだろうが」
「まあ、あんだけ似てりゃ、な。ヴァンがどっからかつれてきたって有名だし。」
興味深く訓練を眺める振りで、会話を続ける。アスカもイタチも表向きはキムラスカの貴族子息だが、本職は「リーフ」の構成員として鍛え抜かれた忍びだ。周囲から会話の内容や感情を悟られるようなへまはしない。特務師団長アッシュに接触するタイミングを測るため訓練を見学する演技を続ける。
「裏も取れてる。ヴァンを処刑するだけならば、王族の誘拐犯としてだけでも十分だ」
「だが、それだけじゃ俺達には足りねぇだろ。
ああいう手合いはそこそこ躍らせて利用するに限る。」
イタチの言に肯きつつアスカは冷徹に吐き捨てる。身内以外には殊更厳しいアスカの評価は辛らつだ。
「だから、そっちは今は放置する。
だが、「ルーク様」を抑えられたままには出来ない。本来なら連れ戻すべきだが。」
「・・・で、ファブレにいる方はどうすんだよ。そっちに何かあったら、レンが無茶するぜ?」
「だから、都合がいいんだ。・・・普通なら、レプリカなんぞとは考えん。」
「まあ、有名な技術ではねぇしな」
「レプリカを知らない者が、あれ程「ルーク様」に似ている、しかも年齢も近い人間を発見したなら
・・・・・ファブレ公爵の庶子、或いは血縁ではないかと疑うのが普通の反応だろう。」
「あ、・・・・・あぁ!」
イタチの言葉に、疑問が氷解して納得の声をあげるアスカ。そこまで言われたら、先ほどの「好都合」発言の理由も分かる。これからイタチがしようとしている事の内容も。
「そう、調査は必要だ。」
「けど、他国で軍幹部まで勤めた人間を王族に迎えるわけにはいかねぇな。」
「彼は、「王族とは無関係」が、キムラスカにとっての最善だ。」
淡々と言うイタチ。にやり、と笑ってアスカも返す。だが一つだけ懸念がある。
「・・・けど、シュザンヌ様はどうすんだ」
「シュザンヌ様は聡明な方だ。
まさか、この現状を知って尚、アレを堂々とファブレに戻せるとは考えんだろう。」
「・・・・知ってたけどよ。お前、気に入らない奴には容赦ねぇな。」
「アスカもだろう」
呆れたようにアスカが嘆息する。そんなに「ルーク」が嫌いだったのだろうか。・・・・何度か会話した程度の付き合いしかしていなかった筈だが。だがイタチに言い返されてアスカも苦笑う。確かに、アスカにとっても「ルーク」は大して気にかける対象ではない。
「レンが、「ルーク・フォン・ファブレ」を大事にしてるからな。」
「そういう事だ。・・・・訓練が終わったな。」
イタチから視線を逸らして呟く。結局はそういう事だ。他人よりも、己の大事な人間の心を優先させたいのが人間だ。任務に抵触しない範囲でなら、そう思う自分の感情を優先させる事に躊躇いはなかった。イタチも同じだ。
「・・・・それに、「ルーク様」がヴァンの手をとった理由と後の経緯も気にいらねぇし」
「それも、同意だ。」
呟いたアスカにイタチも肯く。「ルーク」が、国の命で受けさせられた超振動の実権が辛く、預言の為に殺されるのが怖かったという点は同情する。自分がその立場なら、何とかその扱いから逃げる方法を考えるかもしれない、だがその後のアッシュの言動が、アスカとイタチを苛立たせるのだ。
「自分が辛くて逃げるだけなら兎も角、レプリカを身代わりにしといて、何被害者面してんだよ。」
ヴァンが「ルーク」に囁いた甘言に肯くだけならよかったのだ。だが「ルーク」は、自分が逃げ出したかったその場所に、レプリカを戻した。「ルーク」の立場を、何も知らないレプリカに押し付けたのだ。にも関わらず、特務師団長になったアッシュは、日常的にレプリカへの怨嗟を吐き出して、過去の居場所を懐かしんでいるという。そんな甘えた人間に、王族戻られても見ざわりなだけだ。
だから、一歩踏み出す
「失礼、特務師団長殿。お話させていただいてもよろしいですか。
・・・・貴方の、ご家族のことで」
「な、なんのことだ」
無害そうな貴族子弟の笑顔で、アスカとイタチは笑った。簡単に動揺を表に出したアッシュに、そっと囁く。
「貴方の、その御髪と瞳なのですが、」
「----以上を持ちまして、ダアトに在籍される神託の盾騎士団特務師団長アッシュ殿は、キムラスカ・ランバルディアの血統とは無関係の者であるという報告を終えさせていただきます。在席の方々、ご意見はおありでしょうか?」
「異議なし」
「うむ。」
「大体、王族筋ともあろうものが、留学としての一時滞在なら兎も角、師団長まで勤めていては今更キムラスカに迎えることは出来ませんな。」
「同感だ。それを考えるなら、血筋ではなくてよかったかと」
「では、これにて、本日の会議を終了いたします。」
+++
とまあ、あっさりアッシュはキムラスカでの居場所をなくしました、な小話です。
この話ではアスカとイタチの策謀ですが、キムラスカが預言を崇拝してるなら、貴族階級の人間が日常的にダアトに出入りしててもおかしくないなーと思ってたんですよね。で、貴族階級の人間なら、アッシュをみたらファブレ公爵連想してもおかしくないな、と。したら、普通庶子とかかも、位の疑惑が生まれるのが自然かと。
その場合、王女に降嫁していただいた公爵が、浮気して余所の女性に子ども産ませてたなんて大醜聞ですよ。ファブレ取り潰されても文句言えないかと。結果、クリムゾンは全力で否定するしかなく、実際見に覚えも無く。他に赤毛の王族はほぼ皆無。・・・でアッシュは先祖がえりと判断出来るような人物も見当たらず、で無関係の他人認定、と。
・・・・という思いつきの小話でした。
ちょっと思いついたので書いてみましたな小話。
*小ネタで呟いていた『虹の麓の物語』に『月色の御伽噺』を混ぜたら?な思いつき小話です。
(つまり、アビス世界にスレナルと碇レンが居た場合、なお話)
*ルークの性格が少し冷め気味?な感じで身内とそれ以外の境界がはっきりしてて、それ以外には少し冷たいです。
*PTとイオン様にきびし目(すみません。イオン様は好きなはずなんですけど、なんか最近思いつくネタだと、どうしてもイオン様に物申したい箇所がちらほら出まして)
*特にティアに厳しいです(暴力表現もでます)
*オールドラントで傭兵やってる木の葉メンバー設定で、ナルトとレンがルークの迎えにいった場合。
(レンは『月色のお伽話』仕様です。つまり、普段は優しいですが、大事な人を傷つけられると勢い良くプッツンします。敵には微塵の容赦もありません。当然如くPTは敵カテゴリです)
上記の前提をご承知くださった上でご覧ください。苦情批判は受け付けられません。
「ガイ様、華麗にさんじょ、」
「「ルーク様!!」」
六神将中妖獣のアリエッタ率いる魔物に囲まれていたルーク達。手詰まりか、と眉を顰めた時タルタロス上部と傍の草陰から三つの影が飛び出した。上部から飛び降りて何やら叫んだ一人は、内二人の叫びに台詞を遮られて些か間の抜けた体だ。だが、とにかく味方である。特に草陰からの二人の内一人は素早くルークを庇う体制をとり、一人は一瞬で全ての魔物と神託の盾騎士団を倒してみせる。その手腕には慇懃無礼が標準装備のジェイドすら瞠目するしかない。それぞれが驚愕に固まる中で、ルークが表情を輝かせた。
「ナルト!レン!来てくれたのか!?」
「みゅ?誰ですの?」
「はい、遅参いたしました事お詫び申し上げます。
碇レン、渦巻きナルト、ルーク様をお迎えに上がりました。
膝もつかぬご無礼申し訳ございません。」
ルークを庇う体制を解かないまま、黒髪の少女が淡々と答える。
敵を警戒する為立ったまま首だけを巡らせたレンの表情が、微かに歪む。普段は温和で感情表現が素直だが、任務中は人形染みた無表情で完璧に己を律するレンが微かでも感情を洩らすほど、礼を失した挨拶を申し訳なく思っているらしい。だが、それは当たり前の事だ。戦闘中に動きを制限されるような姿勢をとれないのは仕方ない。理解しているルークは勢い良く首を振って、レンの謝罪を制する。その勢いに、肩の上のミュウが転がりそうになったのを、落ち着いた手つきでレンが受け止める。ミュウを受け取りながら、ルークが安堵に綻ぶ声をあげた。
「気にすんな!ありがとう、大変だったろ?」
「ありがとうございます。
いいえ、そのようなことは、・・ルーク様、もう少しお下がりください。」
ルークの言葉に瞳を和ませたレンが、再び前を向いて後退を促す。神託の盾騎士団の一般兵と魔物たちは一掃したが、幹部であるリグレットとアリエッタは辛うじて意識を保っている。殺さない程度に手加減した為気絶まではさせられなかったらしい。やっている事は暴徒と変わらないが実力はあるのだろう。だが、イオンは既にナルトが奪還して、間抜けにも立ち尽くしたもう一人の乱入者に押し付けてある。あとはリグレットらを拘束するだけだ。冷然とナルトが言った。
「さて、お前達、ルーク様に刃を向けて生きて帰れるとは思っていないな?」
仮にもダアトの幹部なのだからこの場で殺すのは不味い。だが、脅すくらいはしても罰は当たらないだろう。・・・ナルトとレンは、本気で怒っているのだ。この、忌々しい現状に!
「ま、待ってください!どうか彼らに余り乱暴な事は・・・!」
ナルトの本気の殺気に、リグレットが表情を強張らせ、アリエッタが怯えて首を竦ませた。二人は本能で、目の前の金髪の少年には決して敵わない事を察知して死を覚悟する。
そこで、顔を青ざめさせながら、先ほどまで人質に使われていた筈の導師イオンが声をあげた。リグレットとアリエッタが僅かに緊張から解放される。安堵は出来ないが、導師を無視してまで殺される事はないと気づいたのだろう。緊張は解けないが、恐怖はなかった。
それを見たナルトは、導師に向けて冷めた視線を流すが無反応のまま目前に殺気を放ち続ける。レンも導師の声に一瞥もしない。ルークだけが複雑な視線をイオンに向けるが、レンの傍は離れなかった。
「貴方達、何なの?!行き成り、」
「まあ、助かったのは事実です。
魔弾のリグレット、妖獣のアリエッタにはタルタロスに入っていただきます。武器を捨ててください。」
空気を全く読まない声が二人分増え、更に緊張感が破砕された。これ以上は脅す意味もなし、とナルトが警戒だけをしたままルークの傍に下がる。キンキンと響く高音で叫んだ栗色の髪の女軍人が、ナルト達に詰問し、ジェイドが余裕ぶった態度でリグレットらをタルタロスに閉じ込める。
「しばらくは全ての昇降口が開かないはずです。・・・それで、貴方方は、」
眼鏡を押し上げつつ説明したジェイドが、ルークの傍の二人に視線を向けるがレンもナルトも無視してその場に跪く。
「改めまして、碇レン、ルーク様のお迎えに上がりました。
お待たせして申し訳ございません。」
「お久しぶりにございます。
シュザンヌ様よりルーク様の御身を護る役目を賜りました。渦巻きナルトにございます。」
恭しく頭を下げる二人。無視されたジェイドは僅かに面白く無さそうに眼鏡を押し上げ、ティアはあからさまに眉を吊り上げ、イオンは狼狽して視線を往復させ、乱入者最後の一人は呑気に苦笑した。
「いや、良く来てくれた。二人とも顔を上げろ。発言も許す。迎えご苦労だった。」
ルークは、今度こそ安心しきった声でレン達を労った。弾んだ声が外見年齢よりも幼くて、本当にはしゃいでいると分かる。肩の上の青い聖獣が、にこにこと笑う。主と慕うルークの喜びを感じているのだろう。その無邪気な一人と一匹に、レンとナルトは許可を得て立ちながら、内心で苦笑する。相変わらず可愛らしい依頼主に二人の苛立ちが僅かに治まる。とにかく無事にルークに再会できた事にはほっとした。
「あ、と、こいつはミュウって言って、えと、俺に仕えてくれることになって、」
「はじめまして、ミュウですのー!ナルトさんとレンさんですの?」
「はい、始めまして。碇レンと申します。」
「渦巻きナルト。よろしく、ミュウ?」
「よろしくですの!」
元気良く挨拶されて、優しく返すレンと、素っ気無く自己紹介するナルト。嬉しげに耳を揺らすミュウに、ルークが軽い笑い声を上げる。
その和やかな再会に水を差したのは、空気を全く読まない不本意な同行者達だ。たちまちレンの表情が温度を失くし、ナルトの眉が鋭く吊りあがった事にも気づかない。無邪気に見えて、気配には敏感なミュウが大人しく口を噤む。ルークは二人の変化にある程度耐性がある為苦笑に留める。やっと、これまでの疲れる旅路から解放されると言う確信に安堵の溜息を洩らしてレンの傍に心持身体を寄せた。
「おいおい、相変わらず硬いな二人とも。もっと気楽にしたらどうだ?それにしても探したぜ、ルーク。まさかこんな所に居るとはな」
「あ、ああ。えと、ガイも、良く来てくれた。」
先ほどタルタロス上部から降ってきたガイだ。レン達に爽やかに笑いかけると、ルークに向かって気軽な言葉を投げた。ナルト達の内心を敏感に察知して頬を引きつらせているルークに全く気づかずガイが笑う。その気安い態度に、冷え冷えとした視線を投げるナルト。
「ところでイオン様。アニスはどうしました」
「敵に奪われた親書を取り返そうとして、魔物に船窓から吹き飛ばされて・・・。ただ遺体が見つからないと話しているのを聞いたので、無事で居てくれると・・・・」
「それならセントビナーに向かいましょう。アニスとの合流先です」
「セントビナー?」
「此処から東南にある街ですよ」
横ではジェイドがイオンに話しかけ、当然の様に行き先を決める。怪訝な声をあげたルーク。イオンがにこやかにルークに答える。
「ああ、それは知ってるけど・・・(何で、守護役のアニスとの合流地点をジェイドが決めてんだ?良いのかそれ)」
「ご主人様?」
言葉を濁して、迷うように口を閉じたルークを不思議そうに見上げたイオン。ルークの肩の上で、首を傾げたミュウが転げ落ちそうになる。
「そちらさんの部下は?まだこの戦艦に残ってるんだろ?」
「生き残りがいるとは思えません。証人を残しては、ローレライ教団とマルクトの間で紛争になりますから。」
「・・・何人残ってたんだ?」
「今回の任務は極秘でしたから、常時の半数・・・百四十名程ですね」
「百人以上が殺されたって事か・・」
ガイの質問に、起伏のない声でジェイドが答えた。痛ましげに人数を聞いたルークに、ジェイドが答えガイも肩を落とす。
「行きましょう。私達が捕まったら、もっと沢山の人が戦争で亡くなるんだから・・・」
雰囲気に合わせるように冷静な声が促して歩き出そうとする一行。
「「お待ちください」」
それを、ルークの傍で控えていた二人が遮った。同時にレンがさり気無くルークを引き止める。不愉快そうに顔を顰めたジェイドらが振り返った。イオンも首を傾げている。
「なんです?我々は急がなければならないのですが。」
「貴方達早く行くわよ。」
「おいおいどうしたんだ、三人とも?」
「あの、ルーク?」
レンにルークを任せ、ナルトが一歩前に出る。
「なる、」
「申し訳ございませんルーク様、しばしご辛抱ください。」
手を伸ばしかけたルークを、レンがそっと制してナルトの背中越しに怪訝な表情で此方を睨む面子を眺めた。
「何故、ルーク様が、アンタ達と共に行かなきゃいけないってば。」
「何を言ってるの?私達は、」
「黙るってばよ。アンタには聞いていない。・・・いや別件で聞くべき事はあるってばね。
それよりも、そこのマルクト軍人。答えるってばよ。」
「な?!」
冷たく言い捨てたナルトに敵意が集まる。声は冷え切っているのに、少年らしい砕けた物言いでにっこり笑いかけてみせた。馬鹿にしているのかと、たちまち怒りを立ち上らせた表情でティアが言うが、一言で斬り捨ててジェイドに視線を合わせるナルト。おろおろとイオンが視線を泳がせて、ガイが困ったように苦笑している。・・何を当然の様に向こう側についているのか。ルークを宥めながら、レンが溜息を洩らす。
「ああ、確かに事情は説明していませんでしたか。我々は、マルクト皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下から和平の親書を預かり・・・」
「和平?・・・・まさかアンタが和平の使者、なんて言うつもりじゃないってばね?」
「そのとおりですが、何か?」
「何か、?・・・ふざけんな!!冗談も大概にしろ!!」
鋭くジェイドを睨み据えたナルトが口調を任務仕様に戻して怒鳴る。
それに押されて声が出せないティアとイオン。ガイも僅かに肩を揺らす。
ルークは驚愕した表情でナルトを見るが、恐怖はない。
何があっても、レンとナルトがルークを傷つけることはないと知っているからだ。
「それはどういう意味ですか。此方に仲介を依頼した導師もいらっしゃると言うのに、そのような、」
「仲介?ダアトの導師に?・・それは益々信じられないな。」
「な、貴方導師イオンになんて無礼な!」
「おいおい、ナルト、お前それはあんまりにも」
「(あ、そうか。そうだよな。)」
ワザとらしい不信の表情でジェイドに返したナルトに向かって、ティアとガイが騒ぐ。
ルークが、密かに肯く。確かにイオン本人は善人で和平への意思も本物だろうが、ちょっとダアトのTOPである自覚が足りない。
・・・・ティアとルークが、何故、此処に一緒に居るのか、全く考えていないのだろう。
ティアを己の部下として庇う事による諸々の弊害も。
「ガイ、お前はルーク様が誘拐された現場に居たと聞いたが、犯人を見ているな。」
「あ、ああ、それは見たが、」
「そこの女、・・・・そいつの特徴が聞いてきた誘拐犯と一致するんだが?」
「あ、そういえば、君、」
今更ティアを見返すガイ。
「・・・誘拐、とはどういう、」
「ちょっと、失礼なこと言わないで!私がルークを連れ出してしまったのは事故よ!」
「本気で言ってるのか?」
「ま、まあまあ、ナルト、先ずは事情を聞いてからでも、」
「ルーク様、貴方を誘拐した犯人は、この女ですね?」
「そう、だけど。」
疑問の声をあげたイオン。甲高い声で反論するティア。冷たく聞き返したナルトを宥めるような仕草をしてティアに笑いかけるガイ。その様を侮蔑の視線で見てから、ルークに確認を取るレン。ジェイドは無関心に佇むだけだ。躊躇いつつ肯くルーク。
「・・・・で、マルクト軍人。何か言う事は?」
「何、とは?」
「・・・・お前、その軍服は飾りか。」
傍観者に徹しようとしたのか無言だったジェイドにナルトが問う。それに本気で怪訝そうに返されて、眉を跳ね上げるナルト。
「本気で言ってるのか。軍人の本分を何だとおもっている。しかもお前は和平の使者だと名乗ったな。マルクトが和平を申し込む相手はキムラスカだろう。それともルーク様のご身分を知らぬゆえの言葉か?」
「ルーク・フォン・ファブレ様でしょう?
キムラスカ王室と姻戚関係にあるファブレ公爵のご子息。」
「ならば、何故、その女を捕らえない?!」
「何故私が、ティアとルークの事はキムラスカの事情でしょう。私には関係ない。」
「・・・・、ガイ、お前は?」
軍人が犯罪者を捕らえるのは義務だ。たとえ他国の人間だろうと、犯罪者であると発覚した時点で捕縛するのが当然である。被害者が王族ともなれば尚更被疑者確保は最優先事項になるはずではないのか。にも拘らず、軍服を着た人間が、それを関係ないと言い放ったのだ。ナルトもレンも、ジェイドに本気で失望した。これが、マルクト皇帝の懐刀。
次いで、ぼけっと立っているだけのガイにも聞いてみる。
「は?えと、だからティアに事情を---」
「だから、誘拐なんてしていないと言って」
「導師、何かお言葉を」
全く理解できていないガイの言葉を途中で遮ってイオンにも問いを向けるナルト。騒ぐだけのティアは無視する。
「えぇと、ティアにも何か事情があったのでしょうから、」
「よく、わかりました。」
気弱な笑みでティアを庇うイオン。その言葉を遮って、黙って会話を聞いていたレンが口を開いた。
これ以上、彼らの言葉を聞く価値など微塵もないということが、とてもよく理解できた。
「ルーク様、参りましょう。キムラスカからマルクトにルーク様の捜索を保護の依頼がされているはずですから、先ずは最寄の街で連絡を。 シュザンヌ様も心配なさっているでしょうから、早く帰らなければ」
「あ、ああ。そうだな。えと、レン?大丈夫、か?」
「まあ、お気遣いいただきありがとうございます。勿論です。では、最寄の街はセントビナーですね。そちらで鳩を借りましょう。 確か軍施設が在るはずですから、直ぐにグランコクマにも連絡をいれていただけるでしょう。」
任務中は決して表情を動かさないはずのレンが、満面の笑みでルークに話しかけた。ルークは反射的にレンに笑い返しながら、額に浮かんだ冷や汗を拭う。この笑い方は、不味い。助けを求めてナルトを見るが、直ぐに視線を逸らす。だって、ナルトも笑っているからだ。
「(目が、全く!笑ってねぇけどな!!)」
「みゅうぅぅぅ」
ルークの肩の上で、ミュウが怯えきって身を縮めている。
「待ちなさい!貴方達、勝手な行動はしないで!」
「おやおや、お坊ちゃまは約束も守れないんですか?」
「おいルーク、お前勝手に動くなよ。」
「ルーク?!あの」
タルタロスまで同行していた面々が侮蔑の軽蔑の疑問の焦燥の声をあげる。
だがレンは全く意に介さず、ルークを促して歩きだそうとした。ナルトは口元だけで笑んで四人の歩みを遮る。得たいの知れないナルトの迫力に押されたティアが踏み出しあぐね、悔し紛れに叫んだ。
「ルーク!・・・これだから傲慢な貴族は!」
「「黙れ!!」」
「きゃあぁぁ!!」
ティアの悲鳴が響く。騒いでいた面々が思わず口を閉じて振り返ると、勢い良く街道沿いの木に打ち付けられるティアの姿が。視線を戻すと笑顔を浮かべたまま掌を此方に向けているレンと、振り上げた足を下ろすナルトの姿が目に入る。
「・・・・おお、流石レン。詠唱破棄か。発動が前より早いな。ナルトの動きも見えなかったし。」
ポツリと落とされたルークの言葉で事態を悟る。つまり、ティアがルークに悪態を吐いた瞬間、レンが譜術を発動させ、ナルトが蹴り飛ばした、ということか。何が起きたのか、全く把握できなかったジェイドが悔しげにナルトを睨み。ガイが慌ててティアに駆け寄り、イオンが恐怖に身体を震わせた。
「な、なんてことするんだ?!二人とも、ティアは何もしてないだろう?!」
「あ、あのこれは酷すぎます!」
抗議の声をあげるイオンとガイ。
「何も、していない?・・・・ふざけるのも大概になさい!!ガイ!貴方はルーク様の従者のはずでしょう?!何故、その女の味方のように振舞うんです?!その女はルーク様を殺しかけた大罪人でしょう?!」
「な、なんの、こと」
レンがたまりかねたように叫ぶ。憤りの余り震える声で、ティアを示してガイを睨み据えた。ティアに向ける視線には憎悪すら篭っている。その言葉に、ガイに助け起こされたティアが抗議する。
「事実だってば?その女は、あろう事か譜歌を使用してファブレ公爵邸の家人を全て眠らせ、庭でダアトのヴァングランツ謡将と剣術の稽古中だったレーク様に刃を向け、その接触により起きた擬似超振動で、ルーク様の身柄をマルクトに飛ばした。・・・・紛う事なき犯罪者。
キムラスカ刑法に照らし合わせれば、どう減刑したところで一族郎党斬首決定の大逆人だってばね?アンタらはそれを庇う意味を、承知の上で先ほどの台詞を口にしたのか?」
「言いがかりはよして!」
尚も喚くティア。
「何処が言いがかりですか。貴方がしたことは、どれをとっても実刑確定の犯罪行為ばかりでしょう。
ファブレの警備兵及び使用人に対して譜歌を使用した事は、不特定多数にたいする傷害行為。ファブレのお屋敷に無許可で足を踏み入れたんですから不法侵入。 稽古中のルーク様とヴァンに向けてナイフを向けたときに「ヴァンデスデルカ覚悟!」と叫んだことから、ヴァングランツに対する殺人未遂。 更に、ヴァングランツを庇ったルーク様にナイフを向けた以上、ルーク様に対する殺人未遂。 で、極め付けが擬似超振動でルーク様の身柄を遠方に運び去る誘拐。・・・・何処が、言いがかりなのか、是非聞かせていただきたいですね?」
「だから!ヴァンを討たなければならない理由があったのよ!仕方ないでしょう?!ルークを連れ出してしまったのは、事故じゃない!誘拐なんて、」
「・・・・イオン様、これは、こう申しておりますが、まだ、庇われますか。」
「い、いいえ!ダアトは、ティア・グランツをキムラスカに譲渡いたします!申し訳ありませんでした!」
温度の無い瞳でイオンを見据えるレン。イオンは真っ青になって辛うじて声を絞り出した。改めてティアがした行為を列挙されると、それがどれ程不味いものか理解できてしまった。先ほど、ティアを擁護する発言をしてしまったことの重みも。
「ガイ。」
「いや!そう、だな。ティアのしたことは、流石に、」
「マルクト軍大佐殿。」
「確かに、ティアは犯罪者ですね。」
視線を流して其々に確認するレン。最後にティアを見据える。
ナルトの青い瞳と、レンの深紅の瞳が、等しく怒りと侮蔑を浮かべてティアに集中する。ナルトが一歩踏み出すと同時に、耐えかねたように声高に反論するティア。
「・・・・!ふざけないで!だから、傲慢な貴族は嫌なのよ!気に入らない事があると権力にモノを言わせるようなまねを、
っかは!」
吹き飛ばされたダメージを、自分で発動させた回復譜術で治し、レンとナルトを罵り、背後に庇われるルークを睨むティア。無言で目を眇めたナルトが、今度こそ容赦なくティアを殴り飛ばす。再び木に叩きつけられるティア。肋骨の数本くらいは折れたかもしれない。声も出せずに悶絶する姿を冷たく見下ろすナルト。ルークは、痛々しげに眉を顰めたが、ティアを庇いはしなかった。
道中散々、ティアに犯罪者の自覚を持てと言ったのに、尽く理不尽な反論をされ続けた為、今更だと溜息を吐く。どれだけ庇ったところで本人と親族の処刑は免れないのだ。無言で成り行きを眺めるに留めた。・・・ナルトとレンが怒っているのは、自分を心配してくれたからだと気づいて、少し嬉しかったとはルークだけの秘密である。
「(・・・本当はかなり嬉しいなんてぜってぇ言わねー)」
「みゅ?」
「何でもねぇよ。」
澄んだ瞳で見上げるミュウをぐりぐりと撫でて、レンの後ろから様子を窺うルーク。
基本的には気さくで誰にでも優しいルークだが、それを向ける相手は選ぶ。
イオンは微妙だが、残りの彼らはその対象から外されたのだ。ルークが気遣う理由はなかった。
「(イオンは、個人としてなら好きなんだけどなぁ。・・・でも導師なんだよな。)」
複雑な思いを持て余して溜息を吐いたルークの目の前で、レンがナルトに続いて加減なしの譜術を解放した。
声もあげられず直撃を受けたティアを見下ろして言い放つ。
「まだ、そんな事を言いますか。
だったら、ルーク様の護衛ではなく、ルーク様の友人として言わせて貰いましょうか?
・・・・貴方は、ルーク様を殺しかけたんですよ!ルーク様がご無事なのは、純然たる幸運に寄るものです!
貴方がファブレ侵入の際使用した譜歌で、眠らされたルーク様が倒れる時に地面に頭でも打っていたら?貴方が向けたナイフを交し損ねていたら? 擬似超振動の再構成が失敗していたら?これまでの道中、魔物に襲われて負けていたら!タルタロスの襲撃で、逃げ損ねていたなら?!
・・・・どれ一つとってもルーク様のお命を脅かす行為でしょう?!全て、貴方の行動の結果です!
貴方の所為で、大事な友人が死ぬかもしれなかったんですよ!怒りを感じるのは当然でしょう!!
貴方をこの場で殺さないのは、公の場で貴方の罪を裁くためだけです!理解したなら大人しくしてなさい!!」
レンは怒りに任せて言い切った。
しん、と辺りが静まり返る。
誰一人声を出せない。
ナルトすら呆然とレンを見るだけだ。
レンが握り締めた拳から血が滴る。
力を入れすぎて、掌を傷つけたらしい。
「レン。」
ルークが静かに声をかける。かけられたレンは、一つ大きく深呼吸して、ゆっくりと振り返りルークに深く頭を下げた。
「申し訳、ございません。差し出た真似をいたしました。お見苦しいところをお見せして、」
「謝るな。」
静かに謝罪するレンを、ルークは穏やかに遮った。まだ呆然としたままのナルトも傍に呼ぶ。慌てて駆け寄るナルトと、顔を上げないレンの手をとって握り締める。ナルトは苦笑してルークに掌を預ける。レンが慌てるが、強く力を入れて離さないルーク。掴んだ手を軽く引き寄せると、ルークは二人に視線を合わせた。
「迎えに来てくれて、ありがとう。嬉しかった。・・・一緒に、帰ろう」
そうして花が綻ぶように、穏やかで華やかな笑みを浮かべると、そっと囁いた。
ぽかんと口を開けて見返すレンと、ナルトを引いて歩き出す。
「ガイ。」
「あ、ああ、なんだルーク?」
振り向かないまま、ガイに声をかけるルーク。慌てて返事をするガイの口調にナルトが眉を顰めるが、ルークは気にせず指示をだす。
「ティアを捕まえておいてくれ。多分マルクトの軍から人を貸してもらえるだろうから。お前は、ティアと一緒に戻れ。」
「あ、ああわかった・・・」
「じゃあな」
ルークは動揺がぬけていないガイに、必要な命令だけを残してセントビナーを目指す。
いつも自分を親友だと笑うガイが、あんな風に呆然とするだけなのを見ても、今更落胆はしなかった。
今のルークには、両手に感じる温もりがあれば大丈夫だと、笑うことができるのだ。
だから足取り軽く街道を歩く。
レンがやっと状況を認識してうろたえるのが可笑しくて声をあげて笑う。
ナルトと顔を見合わせてくすくすと笑っていると、少しすねた表情で俯くレンが口元を綻ばせた。
「二人とも、迎えに来てくれてありがとう」
「どういたしまして、だってばよ」
「・・・どういたしまして」
改めて礼を言ったルークに、少しだけ顔を見合わせたレンとナルトが、其々言葉を返した。
護衛でなく、友人として。
「じゃ、帰るぞ!」
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
セントビナーから和平の使者一行が出発した。
マルクト・導師一行を修羅場に叩き込んだ最悪の事態を解決する目処が、取り合えずであってもついたためである。マルクト国内にて、既に絶対的な権力を誇るラクスクライン公爵も、流石に心身共に疲れ果て、一行を見送った直後に脱力の余り割り当てられた客室に駆け込むと倒れ伏したという。
「・・・・ジェイド・カーティス・・!ピオニー陛下・・・!
この埋め合わせは、一生かけてしていただきますからね・・!!!」
・・・温厚なラクスでも思わず呪いの言葉を吐き捨ててしまうほどに、大変だったらしい。
「ああ、それに、ルーク様ともレン様ともあまりお話できなかったですし・・・
・・・これから先ずやらなければならないのは、アクゼリュスの救援方法を確保して避難民の受け入れ態勢を整えて、ダアトへの援助の下準備をして、・・・・・・・つくづくアスランは役得ですわね。・・・私の傍にも、癒しが欲しいです。」
これからも、更に大変らしい。・・・お疲れ様です、ラクス様。
一方の和平の使者一行は、ほぼ予定通りの日程で進んでいた。
貴人が乗る為につくられた質の良い大型の馬車に、ルーク、イオン、レン、アスランの四人が同乗する。その馬車の横には騎乗したカイトとガイとアリエッタ、マルクトの護衛兵士が囲み、旅の荷物などを積んだ荷馬車、最後尾に罪人ティア・グランツを乗せた護送用の馬車がひっそりと続く。本来なら別の使節団を用意するべきなのだろうが、一刻も早く罪人を引き渡してしまいたいイオンと、面倒ごとは早く済ませてしまいたいルークの利害の一致によってマルクト側が説得されてしまったのだ。まあ、ラクスとしても楽といえば楽なので言葉に甘えて一緒に送り出す。もちろん正式な謝罪文その他の書簡をアスランに預けた上で、である。
魔獣使いと名高いアリエッタであるが、これから和平の仲介に赴く導師の護衛に堂々と魔物を連れ歩くことは出来ないため、他のもの同様普通の移動用小型恐竜に乗っていた。師団長を務めるだけあって、アリエッタは体術や譜術にも堪能だ。ライガがいなければ戦えないわけではないため特に不便はなかった。許される限りルークの傍に居たがるカイトも、従者としての心得その他は叩き込まれている。公式の場に順ずるこの旅路の中で、不用意にルークに気安い態度をとって甘えたりする愚は犯さない。あまり正式な教育をされていないガイも、カイトの態度を見よう見まねで実践し俄か護衛兼従者として付き従っていた。
出来る限り人員を抑えてはあるがやはり目立つ一団。妨害の危険を考えれば余り目立つのは得策ではないが、これから和平を結ぼうとしている事実を完全に隠すのも後々の為に良くない。ということで、使者として最低限の用意ではあるが国民に周知する意味も込め、あえて街正門から出発し中心の街道を使用して進む一行。今まではそれなりに建前を使っていた和平妨害も、これからはあからさまな手で来る可能性も考慮して護衛の兵士達にはより一層の警戒を命じられていた。
そして、出発から数日たった今日。最優先で守られるべき馬車の中の貴人達は、何故かある意味護衛たち以上の緊張の中にいた。
「・・・・あの、レン?」
「はい!」
緊張感を発生させている原因である少女にそっと呼びかけるイオン。レンは姿勢良く返事を返す。その表情が、これ以上ないくらい、強張っている。困惑したイオンがルークに視線で問うが、ルークは苦笑して首を振る。
「どうかしましたか?何だか、
・・お疲れのよう、です、が。(疲れている、・・のとは違う気もしますけど・・)」
「いえ、お気遣いありがとうございます。ですが全く問題ありません。大丈夫です。」
「宜しければ窓を開けましょうか?気分転換にはなるかと思いますが」
アスランもレンを心配して提案してみる。出発当初はもっと自然な様子だった。精精十日未満とはいえ同じ屋敷で過ごしたのが良かったらしく、僅かではあってもアスランに対する緊張も解れてきていたはずである。だが、唯一の若い女性が馬車という狭い空間に他国の男二人も一緒に乗った状態で一日を過ごし続けるのがストレスなのかも、と思ってせめてもの気分転換はどうかと思ったのだ。
(やはり二人乗りの馬車で、一日交代で顔ぶれを代えたりしたほうが良かったでしょうか。ああ、でもそれはそれで不味いですかね。 これから共に旅をするわけですし、こちらの真意を知っていただくためになるべく交流を持とうと思っていたのですが・・)
「いえ、すみません。何でもないんです。ありがとうございます、アスラン様」
少しでも歩み寄ろうと名前で呼び合う事に決めたため、レンもアスランの名前を自然に呼ぶ。浮かぶ笑みも可愛らしいが、口元が強張っている。困り果てたアスランとイオンが目を合わせた。同時に自分に向けられた二人の視線に、溜息をついたルークが苦笑しながらフォローする。
「・・・・レンは、この後渡るフーブラス川が怖いんですよ。・・・泳げないので」
「ルーク様!」
「「はあ・・?」」
さらっとばらされたレンの秘密に、アスランとイオンが間抜けな相槌を打った。たちまち頬を染めたレンがルークを睨むが、笑ったままのルークは取り合わない。
「なんでも、昔から水が苦手だとかで。
キラ・・レンの兄と一緒に遠出するときなども、なるべく水辺は避けて歩く徹底振りなんです。」
「・・・ルーク様!!」
ルークからレンに視線を移すと、真っ赤な顔を隠すように俯く少女が恥ずかしげにぼそぼそと答えた。
「・・・・昔、少し水に関するもので嫌なものを見てしまいまして。
・・それから、ちょっとだけ水が苦手になったんです・・」
(・・・エヴァのLCLは不可抗力で我慢してたけど・・やっぱり水は、嫌、だなぁ。・・・母さんと、・・・カヲル君が、沈ん、だのは、赤い、)
答えるうちに、瞼の裏に忘れてはならない光景が甦りそうになる。
同時に初号機とシンクロしていた手のひらに残る、あの時の、感触、も。
慌てて強く瞼を閉じて気持ちを切り替え、明るい笑みを浮かべて見せた。
余計なことを思い出して迷惑をかけてはならない。
「すみません、大丈夫ですよ。
苦手なだけで触るのも駄目だということではありませんし。
ご迷惑をお掛けしたりしませんので。」
だが、三人は気づいていた。レンの顔色がすうっと青ざめて、瞳が暗く翳った瞬間に。
多分余程心を傷つけるような事件に、水が関係しているのだと推察する。
一瞬だけ瞳を見合わせると、何事も無かったかのように会話を再開した。
「大丈夫ですよレン殿。
川を渡る時には、皆様はボートに乗って頂いて、兵士に引かせますから。」
「僕も泳ぎはあまり得意じゃないんですよ。
ダアトのような水に囲まれた土地に住んでいてお恥ずかしいのですが。」
(イザナ様は兵士顔負けの泳ぎっぷりでしたけど。カナードやアリエッタも。
・・・まあ、向き不向きですよね)
まずアスランが笑顔で説明する。実際導師イオンや王族であるルークや公爵令嬢であるレンに、水に足を浸して歩けなどというつもりはない。小型の組み立て式ボートを用意してある。それに乗って、兵士数人に牽引させて渡るつもりだった。続けてイオンも言った。ダアトは海に囲まれた土地なので神託の盾騎士団の団員は水泳も基本技能として必須となっているが、まさか導師に水泳の特訓などさせる訳がないので不自然な言葉ではなかった。多少の練習はしたのだろうが、元々身体が丈夫ではないイオンであるし無理強いするものもいなかっただろう。
「心配ないよ、フーブラス川は確かに流れが速いけど、深さは余りないから。・・そうですよねアスラン殿。」
「はい、特に歩きやすい場所を選んでありますので、万が一でも皆様を水に濡らすことなく渡りきることが可能です。」
「だってよ、ほらほら元気出せって。大体今から緊張してても仕方ないだろう?」
「・・・はい、ありがとうございます。」
顔を覗き込むルークに、やっと強張りが解けた笑みを浮かべる。イオンが安心して二人を眺めた。アスランも勿論安堵したように笑う。だが少しだけ、薄氷の瞳に浮かんだ光があった。直ぐに消えたため誰も、本人も気づかなかったが。
「(やっぱり、ルーク殿には自然と笑うんですね。)
ご存知かもしれませんが、マルクトの首都であるグランコクマは、街の至るところに水路が通っておりまして、そこで育ったものは大抵子どもの時分に水遊びをして育つんですよ。例えばボートを浮かべて競争したり泳いだりですね。ですから、そういう作業にはある意味年季が入っていますから、」
「へえ、それは頼もしい。」
「では、皆様玄人ばかりなのですね。」
「ふふ、」
おどける様に言ったアスランに、ルークとイオンが声をあげて笑う。レンもそっと微笑んだ。
その瞳がアスランを真っ直ぐ見て、緩やかに細めれる。礼儀正しく穏やかな人当たりではあるが、実は人見知りの気があるレンの無防備な笑顔が向く瞬間は珍しい。それを、数日の間に察したアスランにとって、今の微笑んだ彼女の表情は貴重なものだった。柄にも無く、この空気を保たせようと緊張するほどに。
「(なんででしょうね?)ですから、レン殿も心配なさることはありません。その道の達人が責任をもってご案内したしますから。」
「はい、頼りにさせていただきますね?」
楽しげに肯く少女の黒髪が肩を滑る。細い指が口元を押さえて小さな笑みを隠した。ラクスが見立てた淡い青色のワンピースの胸元に揺れるリボンが、少女の華奢な鎖骨を際立たせる。
そこまで観察してしまってから、慌てて顔を少女から逸らすアスラン。僅かにリズムを乱した鼓動を悟られないようにイオンのほうに視線をずらした。何気なく新しい話題を口にして会話を弾ませながら、レンの気配を無意識に追っているアスランを、ルークが笑みに隠した鋭い視線で観察していた。
「(へぇ、これは、これは。・・・・まあ、レンだしな。
・・・けど、・・・・キラに知られたら・・・不味い、よな?)」
ちらりと空に視線を彷徨わせるルーク。妹至上のキラが、レンに好意を持つ男の存在に対してどう考えるか。・・・ちょっと想像したくない。しかも今回の別離は突然の事故の末のもの。今までだって長く会わない時間を過ごしたことはあるが、それは前もって予定されていたものだけだ。そんな時だってレン本人には隠した上で、影でストレスを抱えて暴れていたのに、・・・今頃キラはどうしているんだろうか。
(キラは誰よりレンの実力を知っている。
心配はしてるだろうが、命の危険とかの方面での危機感はそれほどではない筈。
・・・問題は、突然レンの傍から引き離されたという事実のほうだ。キラは表面を取り繕うのが上手いからただのシスコンだとでも思う人間が多いが・・あれは、そんなもんじゃねぇ)
知らない人間がみればレンがキラに甘えているように見えるのだろうが、実際は反対だと知っているルークには笑い事ではない。レンから引き離されたキラの不安定さを想像するだけで冷や汗が流れる。
今のレンにとってキラが何より安心できる場所だと知っているが、それ以上にキラが己の存在を確定させるために、レンの存在は不可欠なのだ。・・レンが、傍に居ない時のキラは、時々とても不安げな顔をする。まるで自分が此処にいても良いのかと思っているかのように、足元が揺らいでいる。常と変わらない笑顔で飄々と佇むくせに、その瞳に痛みを堪えるかのような辛そうな光を浮かべる。何かをするたびに、自分の答を他人に確認したがる子供の様に視線が彷徨うのだ。
気づいていても、ルークでは駄目だった。
シュザンヌは気づいているかもしれないが、手出しする気は無さそうだった。
シンクやフローリアンやディストは気づいていない。カイトも多分知らないだろう。
・・・レンの肯定だけが、キラを安心させるのだ。
(レンも、多分気づいちゃ居ない。・・だけど、だから、か?)
マルクトに飛ばされてからそろそろ一月が経つ。今まで最長でキラ達が会わなかった期間は三ヶ月。・・・・まだ、大丈夫だと、思うが・・・我慢が切れたキラが作り出すかもしれない恐ろしい情景がリアルに浮かび上がって表情が強張った。そんなルークに気づいたレンが声をかける。
視線を落として、別の意味で表情を顰めさせるルーク。先程までの緊張が消えている。瞳を翳らせた”何か”の傷も、取り合えずは隠されているらしい。・・・それを為したのが、目の前のマルクトの青年貴族である事実に、ルークは密かに呟いた。
「(タルタロスの時も、俺じゃ落ち着かせられなかったのに、・・・殆ど初対面のアスラン卿の言葉で此処まで緊張を解くなんて、)・・・・・俺じゃ無理だってのかよ」
「ルーク様?どうしたんですか?」
無防備に笑ってルークを見つめるレンを見返す。自分だけでは駄目だからキラの傍に早く戻したいと思ったのは事実だ。だが、今のレンを落ち着かせたのは自分でもキラでもない、他の人間だった。それが悔しいルークの視線が尖る。レンは、ルークの悔しさには気づかずにただ気分でも悪いのかというような表情で見上げてくる。
・・・悔しさは消えないが、今のところはこれで満足するべきなんだろう。多少親しくなっても、一行の中でレンが構えることなく素直な感情を見せる相手はルークとカイトにだけだ。だったら、今はこれで十分だと自分を納得させる。
昔ルークが幼いときに、酷い癇癪を起こして八つ当たりをしても、変わらない優しい笑顔で宥めてくれた少女を眺める。
ルークにとって数少ない味方であったキラに無条件で愛されているように見えたレンに嫉妬していた。シュザンヌの治療に必要な薬剤の調合とキラの助手を務める為に、ファブレを訪れたレンに詰まらない意地悪を繰り返した。それでもいつも笑っていた彼女に、どうせ内心では馬鹿にしているのだと疑心暗鬼になっていたルークが食って掛っても変わらずに優しかった。
その時己の不注意で負わせてしまったレンの傷を思った。自分の所為で流れた血に怯えて泣き喚いたルークが落ち着くまで、根気良くあやしてくれた少女の腕の温もりがルークの心に残したものを思った。
つまらない嫉妬で優しい少女を傷つけた時から七年たったのだ。
七年前に比べてルークも成長したはずだ。
幼いルークがまるで姉のようだと思ったレンの身長も追い抜いた。
17歳である被験者にだって負けないくらいに強くなったはずなのだ。
だから、今度は自分がレンを守るのだと決めていた。
「いいや、なんでもないよ。」
(まだキラみたいにレンを守り切れはしないけど、傍にいて安心してくれるなら、それで良い。 ・・・いつかこいつが誰かと一緒に生きると決めるまでは、俺達が守るんだ。)
身内にだけ見せる無防備な笑顔に、密かな優越と決意を抱いて、レンの髪を梳いて笑った。
マルクトからの使者の一行が、フーブラス川にたどり着くその頃、キラはカイツールに向かう船の上にいた。
ケセドニアからは定期便が出ているが、今回は事態が事態である為、使える伝手を駆使して無理矢理準備させた臨時便である。
「早く着かないかな~」
己のスピードで進めばよかった街道と違って船の速度にキラの能力は関係ない。ただ目的地に着くまで待つしかないため、キラは苛苛と甲板を歩き回って時間を潰していた。現在やらなければならない事は全部綺麗に片付けてしまったため、他に出来ることがないのだ。
ルークから来た連絡は、カイツールに勤務している幼馴染が機転を利かせてキラの進行予測地点に転送してくれた為手配その他はもう済んでいる。何やら気になる情報もあったが、それもアレックス(=アスラン)に調査を頼んだ。ルークからの連絡が来たということで、隠す必要がなくなった和平の使者についての情報も適度にばら撒く。せめてもの先触れ代わりだ。ケセドニアに届いていたシュザンヌからの手紙に返信して、国王以下側近連中に対する対応を暫定的に決める。ヴァンの取り扱いも同様に。ルーク達が連れてくるはずのティア・グランツの受け入れ態勢の指示書も送る。捜索が最優先とはいえ、本職の講師や研究所勤務の医師としてキラが裁可しなければならない書類が届いていたためついでに片付けて送り返す。さらにに道中吹っ飛ばした山賊や盗賊に関する報告書も出しておいた。
とにかく手当たり次第に仕事を片付けて苛立ちを紛らわそうとしていたキラ。・・しかし、ケセドニアに着いて出発準備が完了する頃には既に片付けれられる仕事がなくなってしまった。こういう時に有能すぎるキラの手腕が仇になる。この短時間でよく此処まで、というくらい大量の仕事を片付けてしまい、仕方なく手ぶらで船に乗るしかなかった。
もし現時点でなにか進展があっても船の上では身動きが取れないから、乗船してしまったキラにできるのは時間を潰すために苛苛と歩き回るくらいである。
最も、これまでキラに引きずられて瀕死状態でたどり着いた捜索隊の部下達はこれ幸いと船室で休んでいたが。
「ったく、あの程度のスピードについて来れないなんて、もうちょっと訓練メニュー見直そうかな?」
・・あの程度、というが、キラのスピードは桁外れのものだった。軍人でも本来一月かかる道程を、高笑いしながら半月で駆け抜けたのだ。その後ろに遅れず着いてこれただけで凄いことだが、キラは不満らしい。
「まあ、良いや。・・・それより、早くレンとルーク様に会いたいなあ。」
もう二言目どころか口を開けばこの台詞しか出ないキラ。
シュザンヌと話し合っていた時の余裕など、既に空どころか宇宙の彼方だ。
「あああああ、まだ着かないな~」
歩く。
「早く~~」
歩く歩く。
「ま~だかな~~~?」
歩く歩く歩く。
「は~や~く~~」
歩く歩く歩く歩く。
「あ~~~~~!!!レンーー!ルーク様ーー!待っててくださいねーー!!」
とうとう叫んだ。・・・・本気で色々限界らしい。
口調は変わらず、表情も笑顔のままだが、・・・その、瞳に浮かぶ光が、本気で怪しい代物になってきている。
後ろで作業中だった船員達は、そっと見ない振りをした。
今のキラに話しかけることがどういうことかを、不幸なことに知り尽くしていたので。
((((ルーク様、レン様、どうかご無事で!!・・・でないと、キラ様が本気で爆発します!!)))
戻って和平の使者一行。やっとたどり着いたフーブラス川である。
美しい川であるが、やはり流れが速く念のため調べるが馬車の通行は不可能であることを再確認する。仕方なく予定通りにボートを用意する兵士達。牽引するといってもそのままボートを引くだけでは流れに逆らう労力を保つのが大変なため、先ずは川にロープを渡してそれにボートを引っ掛けて進ませていくのだ。そんな準備を興味津々で見守るルーク達の後ろで、レンは只管深呼吸をしていた。
「(うううう~~なんか、昔より水が苦手になってる気がする。・・なんで、だろう?
水の音が、・・・耳の奥で響いて、・・・(水・・波の音?・・赤い、海の中で、・・・・母さん、が・・)・・)」
「レン殿?」
落ち着くために呼吸を整えているうちに、水の音に何かを思い出しかける。だがぼんやりと視線を彷徨わせるレンを心配してくれたらしいアスランの声に我に返った。慌てて表情を取り繕う。
「(駄目だ、本当に。しっかりしないと、ルーク様に気を使わせてばかりでいないで。
イオン様やフリングス侯爵にも呆れられてしまう)はい、もう出発でしょうか?」
にっこりと笑ってみる。これまでの交流で少しだけ仲良くなれたが、だからといって気を抜いて粗相があってはならない。既に一度失敗しているのだ。これ以上は本当に駄目だ。今の自分はキムラスカの公爵家の娘だ。
己の失態は、そのままキラやハルマ様やカリダ様の名誉にも関わる。自分なんかを保護してくれた優しい人たちに迷惑をかけるわけにはいかない。それに幼馴染だからといつも自分を気遣ってくれるルークを守るのが今のレンのするべきことの筈だ。反対に守られるなど、許されることではない。
「いいえ、あと少しお待ちくださいね。それよりも、ご気分はいかがでしょうか?」
「大丈夫ですよ。申し訳ございません、本当に平気ですから、お気になさらず。」
アスランの顔を見上げて答える。何時見ても穏やかに笑う人だなと思う。ラクス様もとても綺麗に笑う人だったけど、アスランも同じくらい綺麗な人だ。
そこで、身近な知り合いの顔を思い浮かべてみるレン。・・キラもだが、ルークやシュザンヌやカイト。シンクやフローリアンにディストと、身近な人たちを浮かべても、正しく眉目秀麗とか容姿端麗とかいう言葉がこれほど似合う人はいないと思うほどに美人ばかりだ。そして皆頭が良くて強くて格好良くて優しい。
「(貴族階級の人って、やっぱり空気からして違うなあ。シンクたちは貴族ではないけど、やっぱり格好良いし。
・・・・・なんだろう、類は友を呼ぶ?ってこいうこと?神様って不公平だなぁ。・・・昔も思ったけど、私一人浮いてるんじゃないかな。・・)フリングス侯爵は、」
「おや、もう名前では呼んでくださらないのですか?」
「・・ええと、馬車の中ではお言葉に甘えてしまいましたが、外で私などが呼ばせていただくわけには、」
「そんなことはありません。私がレン殿に呼んで欲しいのですよ。」
「そう、ですか?でも、」
「ええ、折角ですから、是非。」
笑顔だ。優しくて穏やかな。・・けど、なんだかキラキラしい空気の他に、凄い威圧を感じる気がする。チーグルの森で、口調を崩して欲しいと言った時のイオンに通じるような・・・でも強引ではなくて・・・ああ、そうか。
「ええと・・・アスラン、様?」
「はい」
「その、宜しいんでしょうか?」
「勿論です。ありがとうございますレン殿。」
アスランの瞳が明るく輝いた。表情は変わらないのに、それだけで雰囲気が段違いに柔らかくなる。レンが緊張していたのと同様に、アスランも緊張していたのだろうか。それを悟ると同時に、レンがアスランに対して比較的自然に会話できる理由に気づいた。
「(フリングス侯爵は、キラ兄さんに似てるん、だ。今の表情は・・私が、初めて兄様って呼んだ時の、兄さんに、似てた、な。、・・・じゃあ、侯爵も私と仲良くしたいと思ってくれてた、って思っていいの、かな?そっか、)・・ふふ」
「どうかしましたか?」
「いいえ、すみません。ありがとうございます、アスラン様」
レンは思わず笑っていた。マルクトの侯爵様なのだから、キムラスカに帰ったらもう会う機会などないだろうけど、短い間だけでも親しくしようと思ってくれている事実が嬉しかったのだ。その気持ちに対してお礼を言いたくなって言葉を続けたレンに、やっぱり優しく笑い返してくれたアスランが、準備が終わるまで手持ち無沙汰にならないようにだろう、色々な話をしてくれた。マルクトの街の特色や季節の花やピオニー陛下が趣味で飼っているブウサギの事など。快い声が紡ぐ言葉はとても耳に心地よくて、いつの間にか間近にある川の音も気にならなくなっていた。
だから、そのままアスランと会話に夢中になったレンは気づかなかった。背後のルークとイオンの視線に。
「あの、・・ルーク?
少しくらい良いじゃありませんか。あれはまだ恋愛感情というほどではないようですし。」
「ええ、わかっています導師イオン。
和平の使者殿と交流を持つのは良いことですとも。」
言葉の内容と視線に込められた感情とが全く合致していないルーク。
イオンが苦笑しつつ宥めるが、今にも割って入りたそうにそわそわとしている。
「・・・でも、心配なんですね。(本当にレンが大切なんですねぇ。ふふふふ)」
ガイは、苛立っていた。
セントビナーでほんの少しルークと二人だけになれた時間を除いて、全く自由な時間が取れなかったからだ。今までファブレ公爵家に仕えるといっても、ガイは所詮下男である。騎士や執事のような使用人でも上級職についているわけではなかったので、比較的気楽な立場だったのだ。だから時間を見つけてはルークの元へとついでの用事を(お茶を運ぶとか、ヴァンの来訪を知らせるとか)作ってご機嫌伺いに向かうこともできた。そういった時間が、マルクトに着いてから、全く取れなくなったことに失望と忌々しさを感じて、酷く苛立つ。
記憶喪失によって言葉の読み書きから勉強をやり直したルークだが、あっという間に元の学力に追いついて、今では以前よりも優秀だと評判らしい。だが矢張り根強く残るルークへの蔑視を気にしてか、普段も公爵家の子息としての礼儀作法に殊更気をつけている。誘拐される前の様に、不用意に人前で使用人であるガイと親しく口を聞いたりしなくなった。幾ら同年代の人間との付き合いが少ないからといっても、それを強要すれば咎められるのはガイの方だと理解したらしい。こういうところも、以前のルークに比べて変わった点の一つだ。
前のルークはガイに友愛的な好意を抱いていたようで、事あるごとに普通に接しろと命令してきた。”命令”の時点で普通とも対等とも程遠いことに気づきもしない傲慢な”お坊ちゃま”だったのだ。・・・それが、今の様に思慮深い公爵子息として成長したのは、ガイにとって、嬉しいのか寂しいのか、分からない。変わったからこそ、復讐心が揺れるほどに好意が育ったのも事実だが。
けれど、今のルークも本当に気まぐれの様に礼儀を取り払った口調で他愛ない会話に興じる時間もあったのだ。
・・・・赤子のルークと接してから、どうしてもルークは庇護対象、というより実年齢以上に子ども扱いしたくなるガイにとってはまるで弟分と過ごすような感じがしていた。その時間を、未来永劫捨てても本懐を遂げるかどうかを、帰国するまでに決めることを己に課した。
(これ以上決断を引き伸ばす訳にはいかない。・・・・だが、今日も無理だろうな、これじゃ)
ファブレに侵入した神託の盾騎士団の兵士との間に起きた擬似超振動でマルクトに飛ばされたルークを迎えに来たのは、ファブレの外なら、ルーク個人への感情を冷静に決めることができると思ったからだ。けれど、公務がない分余裕があるように見えるルークと、二人で話す時間が取れていないのだ。
基本的に気さくなガイだが、流石に他国の使者と兵士の前で、今のルークにタメ口は叩けない。その程度の分別はあった。所詮見よう見まねの礼儀作法なため、何故それが許されないのかは理解できていなかったが。だから一見過不足ない従者としての態度を保ちながら、何処かガイの行動はぎこちなかった。それを目の端で確認するたびに、ルークが軽い叱責の視線を向けることに気づいてからは尚更苛立ちが募っていた。
(・・・周りの反応をみると、カイトの態度が正しいんだろうが。・・・流石お貴族様ってね)
苛立ち紛れに嘲笑を浮かべる。ルーク個人へは好意を(認めがたくても)持っているが、彼がファブレの嫡子だと思うだけで同じくらいの憎しみが湧き上がる。それが嘲笑や侮蔑といった負の感情となって現れるのだ。
(大層な身分だな。
大勢の兵士に傅かれて、この程度の川を渡るのにわざわざボートまで用意されるとは。)
人好きのする笑顔の下で冷たい哂いを浮かべるガイ。彼は、何年もの間に培った積りの”爽やかな好青年”という仮面を過信していた。だから、従者としては完璧に振舞えるカイトでも、普段の直情的な言動を知っているため絶対に己の本心を悟られることはないと思っていたのだ。だから、遠慮なくルークを、傍にいるレンを侮蔑できた。・・・それを見抜いていたカイトが、穏やかな瞳に怒りを走らせた瞬間に、全く気づくことはなく。
(・・・あっちの、レン、だったか。ヤマト家のお嬢様、ね。
・・・姉上も生きていれば、あんな風に幸せそうに笑っていられたのに。)
突然現れてルークの傍付きの立場を”奪った”カイトへの対抗心と嫉妬も相まって増幅される苛立ち。どんどん過去の傷が甦って、いっそこの場で本懐を遂げてしまおうかとすら思う。
(・・・だが、ルークの行動を見極めてから決める、とペールと約束した。
・・ならば此処で剣を抜くわけにはいかない。)
自分が優位な立場にいるのだと考えているからこその、傲慢な観察者の視線でルーク達を眺める。
・・・その一部始終の心の動きをずっと感じ取っていて、そっと視線をふせたルークの表情には、気づかなかった。
「ルーク様ありがとうございます。」
「気にするな。苦手な物位、誰にだってあるだろ。」
レンはフーブラス川を渡った岸辺で、隣に立つルークにお礼を言う。
水上で、レンの気を紛らわせるために他愛ない会話を続けてくれたのだ。
「---すみません皆様も、ありがとうございました。」
「ああ、たすかった。礼を言う」
「いえ!勿体無いお言葉です!」
ボートを支えてくれていた兵士さんたちにもお礼をいう。続けてルークも言葉を添えた。対する兵士さんは顔を真っ赤にして慌てている。見たところまだ若い人なので、ルーク様のような身分の高い方と言葉を交わすのに慣れていないのだろう。失礼がないように、と表情におおがきして必死だ。・・・・あまり話しかけたりしないほうが、気を使わせなくてすむだろうかとも思ったが、黙って親切を受けたままでは気が咎めて仕方ないのでなるべく感謝などは伝えることにしているのだが。ルークやキラも普段は身分の上下に拘らず、そういう謝辞を惜しまない
こともあってファブレやヤマトの使用人などには見られない反応だ。だから兵士さんの慌てようにこっちも困惑してしまった。
「(・・・自己満足だから、気にしないで良いんだけど・・・)・・では、失礼しますね。」
取り合えず邪魔にならないように下がる。小型のボートのため一回につき二人ずつで、まずはルークとレンが渡ってきたのだ。レンは最後で、と言ったのだがマルクトの賓客を後回しには出来ないと言いきられて先に乗せてもらったのだ。
全員が渡りきってから、少し先に待機させているという馬車に乗り換えて再び出発する。といっても、今日はもう日が傾きかける時間に近づいているので区切りが良いということでそろそろ野営の準備をするかもしれないが。
「(そういえばルーク様、・・・ティア、のことなんですが。)」
「(ああ、)」
「(あの、・・・マルクトの皆様に無理を言ってつれてきましたけど・・・陛下は、どう処分すると思いますか?)」
「(・・・・ああ。)」
実は出発直前まで、今回の旅路でティアの護送も済ませるということを知らなかったレンが今一番気がかりな事をルークに聞いてみる。知ったのが直前だったので、セントビナーでは二人で話が出来なかったのだ。今は丁度良くアスランとイオンが離れている状態なので内緒話を済ませてしまおうと思ったのだ。
「(・・・・イオン様はとても気にしてらっしゃしゃいましたけど・・・あの、正直、無理言って連れ帰っても、インゴベルト陛下と大臣の皆様が、公平な裁可をしてくださるとは、・・思えないのですが。)」
「(・・・・・・・・・そうだな・・・・あれも、正直”見ない振り”扱いしても、構わなかったんだが・・・)」
社交用の完璧な笑顔を浮かべて、レンとお喋りに興じる振りをしながら、ルークは深い溜息をついた。
「(ジェイド・カーティスみたいにですか?)」
相槌を打ちながら、表情に疑問が表れたらしい。ルークが軽い口調で説明をしてくれる。
「(ああ、・・俺達の目的果たすには、取り合えずヴァンの計画を成功させる直前まで持ってかなきゃならねぇよな?)」
「(そうですね。・・勿論アクゼリュスの方々は救出しますけど・・・万が一街の消滅が起こらないとも限りませんから。)」
「(防ぐつもりだが、絶対の保証はねぇからな・・とにかく、表向きは俺達も預言に従って鉱山の街に出向く必要がある。 ・・・多分キムラスカの預言について位クライン公爵とフリングス侯爵は知っていると見て良い。当然導師イオンも知ってるな。)」
「(はい。クライン公爵の場合は、万が一知らないとしても・・・和平がこの使者の派遣だけで受け入れられたりしたら、どっちにしろ怪訝に思いますよね。)」
「(だろうな。かの公爵殿は、・・・ありゃ、キラと同じくらい曲者だ。あんまり敵にはしたくねぇ。
・・・でだな、その怪しい和平受け入れの証に、アクゼリュス救援の使者に立つのは、俺だな?)」
「(はい。)」
「(・・・一応の元々用意してた筋書きとしては、預言を妄信した陛下たちの行動に不信を覚えた使者・・つまり、俺が密かに親しい人間に相談・・これはキラや母上だな・・に相談して、突拍子もない和平の受け入れや、今まで王命で軟禁していた公爵子息を、突然そんな大役に任じた陛下たちに不信を覚えて、調べた結果、その理由を探りあてる。
・・・それは自国の繁栄を詠んだ預言の通りにする為に、”何も知らない”公爵子息を武器に利用して、敵国とはいえ、突然の災害に見舞われている街をひとつを滅ぼそうとしていたのだと。救援を待ち望んでいた無力な民を、助けるふりで虐殺しようとしたのだと。その理由が、自国の繁栄を叶えるための企みだったのだと暴く
・・・で、幾ら預言に詠まれたからといって、手を差し伸べれば助かったはずの命を斬り捨ててまで、おのれ等の栄華のみを望むような非人道的な国王には従えぬ、と蜂起して陛下たちには退場していただく、って感じなわけだが)」
「(はい。)」
「(・・・いくら振りだろうとなんだろうと、その怪しすぎる和平受け入れに、俺達は賛同しなけりゃならねぇよな?)」
「(はい・・・ああ、成る程、分かりました)」
「(そういうことだ、・・・・今のうちに売れるだけ恩を売っておくに越したことはねぇんだよ。
後々絶対にやるだろうキムラスカ側の失態も含めて、互いの負債を相殺するためにはな・・
・・・しないはずがねぇからな。)」
「(否定できないのが辛いところですよねぇ・・・あ、なら、ティアも一緒に見逃しておけば宜しかったのでは?)」
忌々しげに吐き捨てたルークに、苦笑を浮かべたレンが同意する。だが、そこで最初の疑問に戻る。レンを誤魔化しきったかと思って一瞬安堵したルークが僅かに視線を泳がせるが、すぐにレンに向き直って続けた。
「(・・・ジェイド・カーティスの件は、マルクト国内での出来事だからな、俺達が知らない振りするだけで片付けられるが、ティアが最初に事を起こしたのはキムラスカだ。ファブレの家人を始め目撃者が多すぎる。取り合えずは一度バチカルまでつれてった方が片付けやすいかとおもってな。
どうせ、陛下がモース辺りと相談して内々にすませんだろ・・・かといって、俺達が知らないところで放免されても不安だろ?だったら一緒に行けば、どうするのか直接確認もできるからな。・・・キムラスカの恥を二国に晒すことにもなるわけだが・・・それはそれでもう構わん。陛下たちを引きずり降ろすときの理由に加えてやるだけだ。)」
「(はい、わかりました。ありがとうございます、
・・・不勉強で申し訳ありませんでした、ルーク様。)」
更に疲れきったルークに、申し訳なくなって謝る。だがルークは気を取り直したのかいつもの通りの笑みでレンの髪をかき混ぜた。
「(大したことじゃねぇよ。普通は疑問に思って当然だからな。実際クライン公爵にも導師イオンにもすげぇ遠慮されたし) ・・・ああ、そろそろ全員が此方に着くか」
ルークの言葉に促されて川のほうを見る。確かにアスランとイオンが乗ったボートが、接岸しようとしている。後は残りの荷物と、ティアを護送する一団が着くのを待つだけか。
「(まあ、罪人護送の一団を待って出発を遅らせるわけはないから、)・ルーク様、行きましょう?」
アスランとイオンの方へと足を踏み出してルークを誘う。先に川を渡らせてくれたお礼を兼ねて二人を出迎えようと思ったのだ。ルークも居住まいを正してレンの横を歩き出した。その表情が普通どおりのものだったので、今一番気になっていた疑問が解消されたレンは気づかなかった。・・・ルークが、こっそりと呟いたティアを同行させている本当の理由に。
「ああ、そうだな。 ・・・(・・・ぶちきれてるかもしれないキラの怒りの矛先に丁度いいから、とは言えねぇよな))」
そっとルークは溜息をついた。レンと突然引き離されたキラのストレス具合を想像するだけで恐ろしいというのに、その原因を無罪放免で逃がしたなどと知られたら矛先が何処に向くか分からない。説明しなくても事情は察するだろうが、理性と感情は別物である。特にレンの関係する事柄でキラが普段どおりの判断能力を保てるか、と考えるとルークのほうが不安で胃に穴が開きそうだ。ならば後から護送させれば良いという意見も却下だ。・・・レンと再会すれば安定するだろうが、それだけでキラの怒りが治まるわけがない。怒りに任せてダアトやマルクトに圧力をかける・・程、短絡にはならないと信じているが、安全材料は多いに越したことはないのだ。
「(どうせ、真っ当に裁けば首を百回落としても足りん犯罪者だ。
・・・精精キラの暴挙を防ぐ安全弁代わりになりやがれ)」
レンには聞かせられない本音を小さく吐き捨てながら、そっと視線を後方に流す。カ出発準備するマルクト兵士達の邪魔にならぬよう控えながらルーク達に何かあれば前に出られる距離を保って控えているガイを見た。表情は、いつもと同じ笑みを口元にたたえている。けれど、その瞳が酷く冷たい光を宿して、ルークとレンを射抜こうかというほどに強い視線で此方を見ている。・・・これもいつもと同じ、憎しみと殺意の視線で。
「(言うのか、言わないのか。・・・信じるか、信じないか。
・・・決めなければならないのは、お前だけじゃないんだ、ガイ。)」
そっと目を伏せた。もしも、ガイを切り捨てると決めたとしても、直ぐに身柄そのものを引き離すわけではない。いや、斬り捨てると決めたのなら、今まで以上にガイをファブレに引き止めておく必要がある。
「(もしも、俺がガイを切り捨てると決めたなら・・・多分キラと母上は、ガイの出自を、マルクトへのカードとして使うお積りだろうな。それを今していないのは、俺の気持ちを汲んでくれているからだ。)」
それを使えば、ガイは今まで以上にファブレを、ルークを憎むのだろう。
「(だけど、ガイ。・・・お前の感情を否定はしないけど、
・・・俺の感情だってお前に否定される謂れはないんだと、お前も気づけ)」
きっと、自分だって家族や友人が殺されたら、仇を憎む。そいつを殺してやると考えるかもしれない。だから、ガイの憎しみを否定する気はないのだ。
けれど、ルークは、王族だ。本当ならば、私情など捨て去ってガイを利用する事を最初に提案するべき立場だったのだ。キムラスカのことを考えるならば。その結果受ける憎しみの覚悟など、つけて置いた積りだったのだけど。
「(・・・誰もが、俺を蔑視したファブレで、一番最初に俺を受け入れたのはお前なんだ、ガイ。
・・・カイトよりも、キラよりも、母上よりも。)」
たとえ、殺意を隠したままでも、ルークの世話をしてくれたガイの手は優しかった。
苛立たしそうに舌打ちしながらも、ルークを呼ぶ声は暖かだったのだ。
誰もが、”記憶喪失のルーク様”を忌々しげに見る中で、ガイは一人でルークの面倒を見てくれたのだ。
ルークにとっての最初の記憶。ルークを、”ルーク”にしたのはガイなのだ。
だからこそ、まだ、迷っている。
「(・・・・未練だ、な。もう選ぶと決めたはずだ。・・・・バチカルに着く前に、話を、しなければ。)」
それでも、ガイがあくまで復讐を諦め切れないというのなら、ルークはガイを捨てなければならない。
「(お前が復讐を果たしてしまえば、俺だけじゃない色んな人が傷つく。
お前だって、俺一人を殺すだけで満足なんかしないだろう?
・・・それだけは許してはいけないんだ。だから、)」
ルークだって、ガイの立場になる可能性がある。今までもこれからも。それは、どんな立場の人間でも同じことだ。大事な人を失う可能性は、何時だって誰にだってあるのだ。特に王族の一員ともなれば、あらゆる理由から生まれる憎しみや怒りや殺意の対象になりやすい。だから、ガイの感情は否定はできない。想像してしまえば、完全でなくても共感が可能だからだ。けれど、ガイの行為を受け入れるわけにはいかないのだ。
アスランとイオンとレンが、和やかに会話をしている声を聞きながら、強く拳を握り締めた。
そっと後方に流した視線が、ガイと合わさることは、なかった。
*すみません。文中のアスランの敬称ですが、代々爵位を継ぐ家系の出の場合は名前に卿をつける(一代の実の場合は性につけても良い)、という決まりに従ってレンに呼ばせてたんですが、書いてるうちに慣れないせいか違和感があって仕方がないので、無難に様付けに戻しました。
10のちいさな幸せ
空気が澄んだ、晴れた朝
・・セントビナーの早朝。レンのお散歩。見つけたフリングスが一緒に
「・・・目が覚めちゃった」
カーテンに光を遮られ薄暗い部屋で、レンがぽつりと呟く。セントビナーに滞在を始めて今日で丁度一週間。最初の二三日は駐屯軍の責任者であるマクガヴァン将軍や、元マルクト国軍元帥を務めていた老マクガヴァンを始めとした街の有力者達への挨拶に費やされた。4日目辺りからすこし余裕が出来て、なれない旅で溜まった疲労を癒すための休養に、とラクス達の好意で自由な時間を貰った。ただ休むにしても部屋に篭っていては気が滅入るだろうと、アスランは街の観光案内までしてくれたりした。このご時世に何を呑気な、と言われても仕方がないがつい本当に楽しい時間を満喫してしまった。
そうやって過ごし、そろそろ使節団の方々も準備も終えるかという時だ。本来ならばルークと共に使節団の派遣受け入れ等の話し合いやキムラスカへの報告など雑務に明け暮れるべきなのだろうが、何故かイオンまで一緒になってきちんと休めと命じられてしまった。
「一応報告書は書ききったし、ルーク様の分まで含めて準備は終わらせたし、挨拶とかの漏れは・・ない、よね?」
それでもこれだけは、といって最低限の仕事は終わらせた。何のためにカイトやガイがいるんだ、とルークは苦笑していたが。一通りの仕事を終えて、後は出発まで使者殿と何度か打ち合わせる位しかやることがなくなってしまったのだ。
元々レンもルークも突発的な事故で来てしまった予定外の客である。本来マルクト側も準備を完全に終えてから出発して、顔を合わせるのはキムラスカに入国した後の筈だったのだから、キムラスカ側の人間に現時点で使者の出発に関しての準備でやるべきことがあるわけがない。今いるのがキムラスカ国内であるならともかく、マルクトでやれることなど限られている。
「・・・・後は出発準備が完了するまで、休む位?・・ラクス様にもアスラン様にも申し訳ないけど・・」
見えないところで色々な雑事に忙殺されているだろう彼らのことは気になるが、こればかりは”見ないふり”が一番の気遣いだとわかっていた。だから表向きの、”休養”という名目を受け入れて体力を温存することに努めるべきなんだろう。勿論マルクトの方々との交流などに手を抜くつもりはないが、予定がない時間はできるだけリラックスしておくのが正しい過ごし方である。
「・・・ああああ!今思い出しても、私の馬鹿さ加減に本気で殺意が沸く・・・!!
あの場で不用意に口を開くってどういうこと?!」
リラックス、という言葉に連想して、気を緩めるあまり、三国の貴人が集う場面でうっかり零した己の言葉を思い出してもだえる。
「ありえない!本当に、ありえないから!!
・・・ルーク様、すみません!!キラ兄さんもシュザンヌ様も申し訳ございません!」
ルークもイオンも笑って許してくれる所かフォローまでしてくれた。ラクスもアスランも見なかった振りで気に病まずに済むように振舞ってくれているが、レンは今でもあの瞬間の自分を張り倒して穴に埋めてしまいたいと思っている。・・・下手すればキムラスカの貴族社会の教育精度が疑われる行為であった。レンにいろいろなことを教えてくれた二人にも、実年齢七歳であるにも関わらず非の打ち所のない王族としてたつルークにも申し訳なさ過ぎる。彼らの面子に傷をつけるなど許されてはならない失態である。
「今回は、皆様のお優しい心で見逃していただけたけど・・・・ううううう~~~、
・・・駄目だ、一人で考えてると思考がループしそう。」
同じ間違いを正式な場面でしなければ良いだけだから気にするな、といってくれたルークとイオン。その二人の前で何時までも引きずっていてはまた心配させてしまう。
「・・・気分転換に、散歩とかしちゃ駄目かな。」
カーテン越しに清らかな朝の光が満ちる外の様子を窺う。くれぐれも不寝番などするなとルークとカイトとイオンにまで口を揃えて念を押されてしまったので昨夜は早めにベッドに入ったのだ。今はカイトがルークについていることだし、と思ったら緊張が解けたのか久しぶりに熟睡してしまった。お陰でいつもより更に早い時間に目が覚めてしまったが、とても心身が楽だった。それに、この街はとても豊かな緑が溢れていて、それを近くで見てみたいと思ったのだ。自分の今の立場でふらふらと街中を歩くわけにはいかないが、
「・・フリングス侯爵に案内していただいた時は、・・・失敗しないように緊張してて周りを見てる余裕なかったんだよね、実は。 ・・・・・・・屋敷の庭を見せてもらうくらいなら失礼には当たらない、よね?」
思い立ったらどうしても外を歩いてみたくなったレン。てきぱきと着替えて、続き間に控えてくれているメイドさんに顔を洗う支度をお願いする。はっきり言ってこういう”お嬢様”扱いには未だに慣れきらないが、”公爵令嬢”として生きている以上必要なことだと自分に言い聞かせる。
「(・・・でもこれ、身分詐称、なんだよね・・・。
キラ兄さんには感謝してるけど、・・ちょっと無理があると思うよ。私に貴族のお嬢様なんて。)」
キ
ラと家族になれたこともハルマさまやカリダ様のような優しい両親が出来たことも嬉しいが、本来レンは只の庶民だ。しかも戸籍がないどころかこの世界の人間ですらないのである。それを思い返すたびに申し訳なさで身が縮む。だが、もう世間にはヤマト家の娘として認識されてしまった以上、最後までそう通すしかない。
「(嬉しいけど、・・・・無茶するなあ、キラ兄さんも。)」
それに、レンの過去を知っている唯一の人間であるキラと今更引き離されるのは、怖い。だから、罪悪感を抱きつつも殊更偽りを隠す努力は惜しまないレン。このこともあんまり考えすぎると、誰かにばれる、と思って思考を動かす。一応の嗜みとして表情を繕ったりすることも学んだが、ルーク達に言わせるとまだまだどころかわかり易すぎると酷評される。
「・・・・(やっぱり、私じゃ無理があるよね・・・)・・ううう、やめやめ!
早く散歩に出かけよう!折角セントビナーに来れたんだから!」
笑顔で身支度を手伝ってくれたメイドさんにお礼を言って部屋を出る。勿論ルークの隣部屋に控えているカイトへ挨拶も忘れない。ルークはまだ寝ているだろうから言付けを頼むためだ。
「じゃあ、少しお散歩してくるね?」
「はい!いってらっしゃいませ!」
いつも元気がいいなあ、と思いながら外に出る。メイドさんに聞いたら自由に見てまわる許可もくれた。屋敷の持ち主である将軍や、自分たちのいまの招待主ということになっているラクス様から便宜をなるべく図るようにいわれていたらしい。親切をありがたく受け取って綺麗な庭に降りる。
「・・・・やっぱり、此処の土地は豊かなんだなぁ。
植木もだけど、小さな草花一つ一つが生き生きしてるもん。」
うきうきと歩く。エンゲーブでも思ったが、マルクトの土地は本当に豊かだ。
「あ。あの花って去年バチカルで人気がでたものじゃないかな?へえ、こうやって群生するんだ。キムラスカの土地では自生しないから鉢植えで売ってたんだよね・・・可愛い。」
この屋敷の庭は基本的に自然の風景を残す感じで手入れがされているらしい。まるで何処かの野原や森を切り取って持ってきたような風景だ。あくまで庭であるから本物の野道よりも遥かに歩きやすく整えられているが。
「あれ、上にあるのって・・・メジロ?の巣かな・・・こっちの世界での呼び名は何だっけ。・・似てると思ってそっちの印象しか覚えてないんだよね。」
鳥の鳴き声に頭上を見上げると小鳥の巣がある。茂る葉の影で忙しなく雛が親鳥にえさを強請っているのが可愛い。
「わあ、泉まであるんだ。・・こういうところもバチカルと違うな~。あっちは土地が広く取れないから、どの家も庭の広さも屋敷の大きさも限られてるし。・・・いや十分すぎるくらい広いけどね。」
だがマルクトの住宅は、一般の平民の住居に至るまで個人の自由で広さを調節できるようだった。もちろん資産などの兼ね合いもあるだろうが、バチカルのように規制が必要になることは無さそうだ。お陰で公共施設に付随する広場なども開放感溢れるつくりで誰でも綺麗な場所を自由に利用できるらしい。こういうところもマルクトの豊かさの象徴だろう。
「(でもでも、これから皆で頑張っていけば、直ぐにキムラスカももっと皆が快適に過ごせる国になるはず!)」
早く預言を妄信している国政をなくして、身分が低い人達がバチカル最下層の譜業設備の隙間に追いやられるような事がないような政治をしたい。いやレンに出来るのはその手伝いていどだが。今もキラやルークが少しずつ公共施設を整備して教育機関を立て直して国民なら自由に利用できる体制を整えているが、やっぱりまだまだ手が届ききっていないのだ。一時的な施しでは意味がないため恒久的に施設を維持できるように体制を作るには時間がかかる。
「(・・・今はまだインゴベルト陛下たちの目を気にしなきゃいけないから尚更上手く進められないんだよね・・・)」
うう、と唸る。キラやルークの手伝いが出来るように、と勉強している所為か何を見ていても思考が偏る。あまり能力が高くない自覚があるから尚更だ。
「(・・・ルーク様ってつくづく凄いなぁ。私も大体同じくらいの年数同じ勉強してたはずなんだけど。・・・てか”過去”では中学二年まで普通に勉強してたんだから基礎学力の土台がある分もっと出来ても良いはずなんだけど・・・情けない・・・!!)」
がっくりと項垂れるレン。たった七年間で、言葉の読み書きから始めたルークが今ではキラと同等の能力を発揮して施政に関わっている事を思うと、何処までも己が情けなかった。何故かこの世界に来た時に身体が幼くなったため実年齢+α分の年月を生きているはずなのに・・・。
「も~~~~!とにかく頑張るぞ!!」
「~~~~~~っ、ぷ、」
再び沈みそうな気分を浮上させるために気合を入れてみる。と、、背後から小さく噴出す声が聞こえた。自分の中で思考を巡らせるのに夢中になりすぎて人の気配を気にすることを忘れていたのだと思い至って全身が硬直する。
「え、」
「ふ、ふふふふふ、~こほっ、ふふふふ」
ぎりぎりと音がしそうな位ぎこちなく首を巡らせると、そこにいたのは、
「ふふふ、・・お、おはようございます。レン殿。」
「・・・・おは、おはよう、ござい、ます。・・・・・フリングス侯爵・・・・////!」
なんとかいつもどおりの穏やかな笑顔で挨拶をくれるフリングス侯爵が、それでも隠しきれない笑いに肩を震わせている。慌てて姿勢を正しつつ挨拶を返す。慌てすぎて舌を噛んでしまった。ちょっと痛い。いやそれよりも。
「(なななななな・・・!何時から?!いえ、どこから聞かれてたの!!いえいえ、それより今の行動を少しでも見られてたなんて?!)
お、お早いんですね。きょ、今日は、ええと・・・とてもよい天気でっ!あ、あの、」
ぎこちなかろうとなんだろうと必死に笑顔を浮かべて普通の会話を!と意気込みすぎて再びどもる。だが気にしている余裕はない。
「ふふふ、すみません。失礼でしたね女性を見て笑うなど」
「い、いえいえいえ!すみません !こちらこそ勝手にお庭を歩いたりして!」
「ああ、それは気にしないでください。
ご自由に過ごしていただけるように家人には伝えておいたはずですし」
「は、はい。・・・私に着けてくださったメイドと警備の方には許可していただきましたが、」
真っ赤な頬で視線を彷徨わせるレンを可哀想に思ったのかフリングス侯爵がなんとか笑いを収めてくれる。だが、穴に埋まりたい心境再び。いや今はある意味自由時間。こういう場合の会話は確かに外交の一環でもあるが、礼を失しない程度にある程度の親しさを込めてにこなすことが正しい社交術というものだ。・・・しかしレンにとっては至難の技だ。どうやってこの場を逃げ出そうかという思いに支配されて足が下がりかける。
「(もういっそ、このまま走り去りたい・・!!)ええ、ありがとうございました。とても綺麗なお庭なので近くで見てみたくて、その、」
「ええ、じつは私も早くに目が覚めてしまいまして、折角だからと散策していたらレン殿のお姿を見かけたので少しお話でもさせていただこうかと思ったのですが。」
「・・・///!あ、あの!先程はお恥ずかしい所をお見せして、」
もう無作法だろうとなんだろうと正面きって謝ってしまえとまで思いつめたレンが頭を下げかける。だがそれをさり気無く制してフリングス侯爵が微笑んだ。
「おや、まさか。恥ずかしいなんてとんでもない。とても可愛らしい様子でしたのでつい見とれてしまったのですよ。 こちらこそ、もっと早くにお声をかけるべきでしたね。申し訳ありませんでした。」
「~~~~!///(なんでこんな恥ずかしい台詞をさらっと!)いえ、そのこちらこそ気づかずに失礼しました・・」
恥ずかしさが突き抜けて脱力するレン。もうどうにでもなれ、という心境で力なく微笑む。それを見て、本気に取っていないことを察したらしいフリングス侯爵が更に笑みを深めて重ねて言った。
「レン殿はご自分の魅力に気づいていらっしゃらないのですね。先程失礼ながら見せていただいた時のくるくると変わるご自由な表情はどれも生き生きとしていて此方まで嬉しくなるくらいでしたのに。なにか、良いものをごらんになったのでしょうか?」
「(~~~~なに?!貴族階級のひとってこういう台詞をぽんぽん口にするための技能でも標準装備でついてるの?!) あ、いえ、大したことではないのですが、」
「宜しければ、私にもその喜びを分けていただけませんか」
きらきらしている。レンにはまぶしすぎるフリングス侯爵の笑み。
「(うわあ、)ええと、その、マルクトは土地が豊かで羨ましいな、と」
「ありがとうございます。」
「そのためか、栽培されている種類から野草に至るまでとても元気が良くて、見ていて気持ちが良いですし、」
「はい。」
「あちらで見かけた花などは、バチカルで販売された時とても人気がでた品種なのですが、自生するところを見たのは初めてで、」
「そうなのですか?」
「ええ、花屋さんは注文分の品物を確保するために大変だったみたいですよ。私はその時はあまり興味がなかったのですが、自然に咲いているのを見てとても綺麗な花だと思って少し見とれてしまいました。やっぱり鉢植えよりも、こういう風に咲いている姿のほうが好きですね。後は木の上に小鳥の巣も見つけたんです。親鳥に我先にとえさを強請る雛が可愛くて。」
「ああ、私も見かけましたよ。親御さんは皆大変ですよね。」
「ふふ、そうですね。・・・それで、」
フリングス侯爵が余りにも嬉しそうに相槌をうってくれるので、ぎこちなかったレンの口調が滑らかになる。先程散策中に見かけた”良いもの”の事を夢中になって喋ってしまった。途中で笑い声まで漏れた。その様子に、ますますフリングス侯爵の表情も柔らかくなってゆく。
気がつけば、普段起床する時刻所かもう直ぐ朝食が用意される時間までつき合わせてしまった。
「すすすすみません!つい夢中になってしまって!
あの、何かご予定があったのでは、」
「いいえ、こちらこそ長い間お引止めして申し訳ありません。
レン殿のお話を聞いたからでしょうか、何気ない景色が一段と輝いて見えますね。
とても楽しくて時間を忘れてしまいました。」
「ええ、と。・・光栄です。・・私も、楽しかった、です。ありがとうございましたフリングス侯爵」
赤面再び。今日何度目だ。だがフリングス侯爵の台詞は何度聞いても慣れないと断言できる。なんだ、この恥ずかしい台詞のオンパレード。
「(天然?!天然なのね?!・・こんな台詞を言いながら全くの自然体って・・・)それでは、」
「ああ、そうだ。レン殿。」
「はい?」
そのまま連れ立って屋敷の入り口まで戻る二人。もう直ぐ朝食なのだから、身支度をして食堂に向かわねばならない。だが別れる直前、フリングス侯爵がレンを呼び止めた。
「あの、もし宜しければ、私の事は名前で呼んでくださいませんか。」
「え?あ、あの、ですが」
「これからキムラスカまでご一緒するわけですし、もっと親しくお話させていただきたいと思いまして。・・・駄目、ですか?」
心持自信なさ気な光を浮かべてこちらを真っ直ぐに見るフリングス侯爵にレンが視線を泳がせる。
「その、私如きが侯爵のお名前を呼ばせていただくわけには、」
「・・そう、ですか。」
「す、すみま、」
「では、こうしましょう」
肩まで落としたように見えた侯爵にあわてたレンが言葉を継ごうとすると、再び顔を上げた侯爵が続けた。
「せめて、余人の居ない・・そうですね、今日の様な場合とか、お部屋の中とか、キムラスカに向かう時に乗る馬車の中とかでしたら如何でしょうか?」
「ええええ?・・あの、」
「そうですね、そうすればレン殿も気になさる必要はないでしょう?・・・ルーク様やイオン様とはもう親しくなさっているようなので、私も仲間に入れていただけたら、とおもっていたのです。」
名案だ、とでもいうようにうきうきと話す。それを見ていてレンの肩の力が抜ける。
「(・・・その位なら、大丈夫、かな?)ええ、そうですね。ではお言葉に甘えさせていただきます。アスラン様」
「・・はい、ありがとうございます。では、またお話いたしましょうね。」
「はい。お付き合いくださってありがとうございました。ではまた後ほど、お会いしましょう。」
眩しい笑顔に見送られて部屋に戻る。扉を閉じた途端力が抜けて床に座り込んでしまった。
「~~~~////、うわーうわー、一生分の恥をかききった気がする!!もう、ホント、穴に埋まって一生表にでるのやめよーかな・・・」
茹蛸どころではない。限界まで血が上りきって湯気まで噴出しそうなレン。自分を落ち着かせるのに夢中で、窓から現場を目撃していた隣の部屋の住人達が繰り広げた修羅場には気づかなかった。
「・・・・放してくださいルーク様!!レン様がレン様がーーー!」
「いやいやいや、落ち着けカイト。気持ちは分かる、あ、いやいや・・・相手はマルクトの侯爵だ。しかもこれから和平を結びに来てくれる他国の使者だぞ!レンだって公爵家の娘なんだから、あの程度の事はこなすことも必要だって、」
「ルーク様だってカップ握りつぶしてたくせにーー!」
「ちょ、ちょっと動揺しただけだ!!いいから堪えろ!」
「レン様がマルクトにお嫁に行っちゃったらどうしてくれるんですか!!」
「縁起でもねぇこと言うな!!死んでも許すかそんなこと!!」
「じゃあ、やっぱり邪魔しに行きましょうよ!」
「・・・は!いや落ち着け俺!・・・待て待てカイト!
ありゃ只単に偶然行き合ったからおしゃべりしてみただけだろ!大した意味なんかねぇよ!」
「すごい説得力ないですルーク様!
・・冷や汗でてます!!気になってるでしょ?!ね、ね!?」
「うるせぇ!!いいからお前は動くなーー!!」
物凄いど修羅場だった。・・・・ご主人様至上のミュウが、怯えてルークから距離を置いてしまうほどに。
「みゅうぅぅ~~~~でも、僕もレンさんがどっか行っちゃうのはいやですの~~」
・・・既に朱に交わっていたらしい。怯えではなく、単に暴れる二人の被害から避けているだけか。
意外と冷静だったチーグルの子どもが呟いた。
「でもでも、レンさんが幸せなら、僕も嬉しいですの!」
「「それは俺も(僕も)同じだ(です)!!」」
セントビナー滞在一週間目の早朝の出来事だった。
*すみません。文中のアスランの敬称ですが、代々爵位を継ぐ家系の出の場合は名前に卿をつける、という決まりに従って呼ばせて見てたんですが、レンのセリフでその呼び方に違和感を感じて仕方がないので、無難に様付けに戻します。申し訳ありませんでした。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
「おかえりなさいませ、ルーク様。」
フリングス侯爵との外出から帰ったルークを、与えられていた客室で出迎えたのはガイだった。まず会うのならカイトだと思っていたルークは少し驚く。ガイの何やら鬱屈した感情を察していたから尚更に。
「ああ、ただいま。・・せっかく来てくれてたのに部屋に閉じ込めておいて悪かったな。」
「いいえ、」
「・・なんか、あったのか?」
「何も、ありません。」
「だが、」
ガイが、ルークの迎えに寄越された理由は、恐らくシュザンヌが与えた最後の機会だ。ファブレの外の世界で、計画の本格始動前に決着をつけておけということだろう。ガイは、ヴァンと親しいのだ。真実を話せないならば、何れ遠ざける必要がある。その期限がぎりぎりにまで迫っていることも察していたが、母に余計な手間をかけさせるまで決断できなかった己の優柔不断さにはすこし呆れてしまう。
だから、ルークも心を決めねばならない。
「・・・お前、何かいいたい事があるんじゃないか?」
「・・・・・ルーク、様は、」
「お帰りなさいませ!マスター!!」
「お帰りですの!!」
逡巡しながら口を開いたガイの言葉を遮って部屋に飛び込んできた、青い影が、二つ。
「・・・・・カイト、ミュウ。」
「マスターがお帰りになるのをお待ちしてました!!・・あれ?何かありましたか?」
「どーしたんですのー?ご主人様もガイさんも元気ないですの?」
「・・いや、なんでもないよ。・・ルーク様、それでは失礼いたします」
低い声で名を呼ぶが、そんな様子には全く気づかない忠犬コンビが屈託のない様子で首を傾げた。ルークもガイも、お互いにタイミングを逃したことを知る。ガイは直ぐにいつもどおりの爽やかな笑みで挨拶して部屋を出た。残されたルークが脱力して傍らの椅子に座る。
「マスター?」
「ご主人様?」
「お前ら、なあ・・・・あ~~~もう良いよ。で?待機中になんかあったか?」
「いいえ、ただマスターに早く会いたかっただけです!」
「ですのー!」
「あーはいはい。大人しく待ってて偉かったな。・・ほら土産もあるぞ。」
「ありがとうございます!!」
「ありがとですの!!」
青年の姿の割りに感情の機微が幼いカイトと、まだまだ子どものミュウはやけに気が合うようだった。特に両方がルークを第一に考えているところとあけっぴろな好意の現し方が特に。その明るさがルークにとっては癒しであるのは事実であるが、細かい空気を読み解けるようになってくれればもっと言うことはなくなるのに、と思いつつ苦笑した。
(こいつら見てると、深刻にはなりきれねぇなぁ・・・ガイとは、また機会を選んで話すしか、ない、か・・・)
イオンは、与えられた客室で休んでいた。セントビナー滞在の理由の一つがイオンの回復のためであるのだから、ふらふら出歩く姿を見せるわけにもいかないという理由もあったが、常人よりも体力が不足しているのも本当なのだ。これまでは気力で頑張っていたが、ラクス達に保護されたことで気が緩んだらしく、微熱があった。カナードはアニスを追いかけてもらっているのでまたもや一人であるが不安はあまりなかった。
「---失礼いたします、導師イオン。
ルーク様とレン様がいらっしゃいましたが、お通しいたしますか。」
「ああ、ありがとう。二人に入ってもらってください。」
休んでいたベッドから身を起こして簡単に身支度を整える。そうするうちにメイドに案内されたルークとレンがやってきた。
「失礼いたします。導師イオン、お加減はいかがでしょうか?」
「失礼いたします。お休みのところをお邪魔いたしまして申し訳ございません。」
「いいえ、ありがとうございます。
・・・お二人とも、此処は一時的とはいえ僕の私室ですから、どうか普通に話しませんか。できればカイト殿達と話すような感じでお願いします。僕のこともどうかイオンと。」
ルークとレンが何くれとなく気にかけてくれるからだ。本当に一人きりならともかく、短い期間とはいえ、それなりに一緒に過ごした同年代の知人の存在はイオンにとって嬉しいものだった。未だ友人未満、ではあるので口調が固いがそれも追々親しさを深めていけば友人にもなれそうだと密かに浮かれていた。
「・・・そうですね。・・いえ、そうだな、ではイオン、私、いえ俺のこともルークで。」
イオンの表情を読んで、内心を悟ったらしいルークが、まず口調を崩して表情を気安いものに改める。それをみたレンも倣った。
「では私のことも、レン、でお願いします。イオンさん、でよろし・・いえ、良いです、か?」
ルークの口調はまだ多少敬語が残っているが、この程度は仕方ない。レンのほうは、素でもこの話し方なのだ。これからもっと親しく慣れたら自然に話せるようになるだろうし、と、イオンは満足げな笑顔で肯いた。
「はい、ではルークとレン、でいいですか?」
「「はい。」」
ルークとレンが肩の力を抜いて笑う。三人の間の緊張が緩む。
「ああ、昨日は俺たち、フリングス侯爵の案内で町の観光をしてたんですけど、」
「イオンさんは療養中ということでご一緒できなかったでしょう?
だから、代わりといっては何ですが、お土産を買ってきたんです。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
笑いながらレンは一緒に運んでもらった箱を示す。先程のメイドが持ってきて傍らのテーブルにおいていって貰ったものだ。二人の許可を得てからイオンは箱を開けてみた。
「この町は花を使った加工品が多くて、どれもとても綺麗だったから、是非イオンも見てみたいだろうと思って。」
「はい、私が選ばせて頂いたものなのですが。」
「これは、・・綺麗です、ね。とても良い香りもします。」
箱の中身は精緻な細工の銀の籠に盛られた飴菓子だった。透明や琥珀や薄紅の小さな立方体の中に、小さな花が閉じ込められている。其々の味と香りも違うらしく、添えられた説明書きのカードを読む。食べるのが勿体無いが、食べてみたらどんな味がするのかと想像するだけで楽しくなる一品だった。
「以前、レンが食べたことがあるらしくて、フリングス侯爵に聞いた店で買ってきたんです。」
「はい、兄が頂いた物だったのですが、綺麗なお菓子でとてもおいしかったので、是非と思いまして。」
「ありがとうございます!嬉しいです。他には何を見ましたか?」
三人で和気藹々と話す。二人の土産話を楽しみながら、一方で何とか今日は無事に過ごせそうだと安堵する。カナードは表向き正式な導師からの使いとしてダアトに知らせを持っていっていることになっている。同時に鳩で連絡しておいた守護役の増員を待っているのだとも説明されているはずだ。
(アリエッタならばもうダアトに戻っているだろうし・・カナードの腹心かトリトハイムが選んだメンバーならば問題はない。 こうなると、現時点でヴァンが拘束中なのは都合が良いですね)
「・・へぇ、では是非、次の機会には一緒にまわりましょう。僕も直接見てみたいです。」
「はい、じゃあイオンが回復したら一緒にでかけようか。約束ですよ?」
「ふふふふ」
楽しげに笑う二人に、イオンも癒される。イオンが寂しくないように、と出かける前にも言付けをくれたりメイドを通じて体調はどうなのかと心配する様子も聞いている。隠し事をしている身としては些か辛いところだが、二人の優しさはイオンにとって何よりの薬であった。本来年単位での準備が必要な使者の派遣であるから、このくらいの滞在期間を疑われることはない、と信じたいところである。
(幾らなんでもカナードが引き返す時間はないですけど、カイツールにいくまでにアニスを捕まえておいてくれれば親書は無事に確保できる。カイツール側から捜索しているラクス殿の部下もいるはずだし・・連絡が来次第追いかければ、親書の不在を隠しきれる、筈、・・・とにかくカナードか、ラクス殿の手配した方からの連絡が届けば・・)
内心の必死さをおくびにも出さずに談笑を楽しむ。今イオンに出来るのは、二人と共に準備を待っているという演技だけなのだから余計なことは考えずに交流だけに集中することにした。
(・・・・・・チーグルの森で話そうと思ってたことは・・今は置いておいたほうが良いでしょうしね)
ルーク・フォン・ファブレ、”聖なる焔の光”に、預言についての考えを聞いてみたかったのだ。これはイザナからの指示でなくイオンの独断だが、ルークがキムラスカの預言についてどう考えているのか確認してみようと思っていた。アッシュとルークの相似性・・・表情雰囲気があそこまで違うにも関わらず、どう見ても二人は全く同じ容姿であると判るほどの相似性に、被験者・レプリカであると確信したが、だったら尚更ルークに預言についてを聞いてみたかった。
(アッシュの事も、・・・多分気づいているみたいですけど、アッシュが何故ダアトにいるのか、はどうなんでしょうか。 知って、いるのか、いないのか・・・知ってても、どう考えるのか、を聞いておきたいところですけど・・・)
今、余計な話を持ちかけて、隠し事を察知される危険は犯せなかった。個人的な感想を言えば、ルークはとても優しい人物だ。ほぼ初対面のイオンや、魔物であるライガの命や安全を本気で守ろうとする位に、生きることに対して真摯に考えているようだった。だが、彼はとても優秀な王族でもある。もしも、キムラスカの繁栄を詠まれた預言に従うことを命じられて、あるいは彼自身が預言を信じていたら、その優しさを置いても国の決定に従う可能性もあった。国の為、であると判断したら己の命を惜しんで逃げるような真似をするとは思えない。
(唯々諾々と従うことはしないでしょうけど、自分で決めたら最後まで貫くでしょうね。たとえそれが己の死でも。)
これまでの彼の様子を見て、その頑固さと意思の強さも理解した。
その彼が、預言について何処まで知っているのか、是非確認しておきたかったのだ。
(けど、今は無理、か。バチカルに着くまでに聞く機会があればいいんですけど・・・)
「---失礼いたします、導師イオン、導師守護役の方がお見えです、お通しして宜しいでしょうか。
「ああ!到着してくれたんですね。はい、ではお願いします。」
そこで再びメイドが扉越しに伺いを立てる。一つ懸念事項が減った事をしったイオンが、にこやかに許可を出した。そこでルークとレンが目配せをした。退出の挨拶をしようと思っているのだろう。
「では、イオン、俺たちは、」
「いえ、ルーク、レンも、どうか新しい守護役に紹介したいのでいてくださいませんか。」
「そう、ですか?ではお言葉に甘えて」
「はい、ありがとうございます。」
二人を引き止めて扉に向き直ると同時に、小柄な少女が入室した。ローズピンクの髪のあどけない表情の少女。アリエッタだ。イオンがあからさまに安堵する。その様子に、アリエッタがイオンの心許せる味方なのだと悟ったらしいルークとレンが安心したようににっこりと笑っていた。
(ああ、本当にお二人に隠し事は気が引けますねぇ・・・)
「アリエッタ、ご苦労様です。」
二人が本当に自分を心配してくれていることを実感して尚更良心が痛むが、仕方がないと気を引き締めてアリエッタに声をかける。
「顔を上げてください。発言も許可します。
・・・ルーク、レン。ダアトから導師守護役として新しく派遣されたアリエッタ響手です。二年前に一度守護役を降りて師団長になっていたのですが、今度のことで改めて守護役に任じられることになりました。
アリエッタ、こちらのお二人が、キムラスカ・ランバルディア王国のルーク殿とレン殿です」
「ご紹介に預かりました、キムラスカ・ランバルディア王国国軍元帥クリムゾン・ヘアツォーク・ふぉん・ファブレが一子、ルーク・フォン・ファブレです。はじめまして」
「初めてお目にかかります。キムラスカ・ランバルディア王国ヤマト公爵ハルマ・ヤマトが第二子、レン・ヤマト、と申します。どうぞ、お見知りおきを」
イオンに紹介された二人はアリエッタに一礼する。
「お初にお目にかかり、ます。ローレライ教団神託の盾騎士団所属、アリエッタ響手、です。ご尊顔を拝謁できて光栄、です。」
僅かにぎこちないテンポであるが、礼儀正しい立ち居振る舞いで紹介された2人に名乗るアリエッタ。その濃いピンク色の瞳がルークとレンを認めて僅かに和む。その表情に既視感を覚えて二人は内心不思議に思う。が口には出さずにイオンが進めるまま再び腰を落ち着ける。アリエッタは許可を得てイオンの傍らに控える。急いで着てくれたアリエッタにはわるいが、此処で二人を追い出すのも気が引けたのだ。それを視線で伝えるとアリエッタも無言で肯いてくれた。それに甘えて再び三人で談笑する。その間時々イオンやルークから向けられた会話に控えめに答えつつ護衛の心得に忠実にしたがって無表情のまま静かに控えるアリエッタだが、心なしそわそわと二人の動きに反応しているのに気づく。不思議に思ってアリエッタに訊ねた。
「アリエッタ?どうかしましたか、先程からお二人が気になるようですが。」
「いえ、失礼、しました、です。」
ルークとレンも気づいていたらしい。優しく笑ってアリエッタに促してくれる。
「どうぞ、楽になさってください。此処は私的な場、ですから。ねぇイオン。」
「はい、ありがとうございます、ルーク。
・・アリエッタ?何かいいたい事があるのならどうぞいってみてください。」
それでも躊躇っていたアリエッタだが、再びイオンが呼ぶとたどたどしく話し始めた。
「あの、・・・イオン様、と、ルーク、様、レン、様、がママを、助けてくれたって、聞きました、です。
ありがとうございました、です。」
「「「ママ?」」」
「あの、アリエッタ?ママ、というのは、・・・もしかして、ライガクイーン、ですか?」
揃って疑問の声を上げた三人だが、はっとしたようにイオンが尋ねる。
「はい、です。アリエッタのママ、火事でお家が無くなってチーグルの森にいた、です。
でも、そのままじゃ人間に追われるかもしれないって、教えてくれた人がいた、って聞きました。
あと、ママとアリエッタの弟妹を守るために戦ってくれた人、いるって。」
「イオン?」
「ああ、すみません。彼女はホド戦争で両親を失って魔物に育てられたんです。
魔物と会話できる能力を買われて神託の盾騎士団に入隊しました。」
「はい、です。イオン、様には詳しく話してなかった、です、けどライガクイーンが、アリエッタのママ、です。」
「そうだったんですか。ではご無事に新しい住居に着いたんですね」
「はい、イオン様、新しいお家を教えてくれてありがとうございました、です。」
その会話を聞いて納得するルークとレン。二人も喜んでアリエッタに訊ねる。先程の既視感の理由も悟る。あのアリエッタの表情は、クイーンがレンを見つめたときにした表情とそっくりだ。
「成る程、そうかアリエッタの表情はクイーンに良く似てるな。
・・じゃあクイーンも卵も無事なんだな。」
「女王陛下のお体の具合はどうかしら?あの後体調を崩されたということは、」
「いいえ、元気、です。弟妹達も無事に生まれました、です。
ルークさまとレン様も、ママのこと心配してくれて、ありがとうございました、です。」
アリエッタも、純粋に母を心配してくれる二人に何時も以上の笑顔で答える。人見知りが激しく、仕事以外ではイザナやカナード達身内の人間には大抵顔を隠してしか言葉を交せないはずのアリエッタには珍しいことだ。それだけ二人の気持ちが嬉しかったのだろう。イオンも喜んで会話に加わった。
「ではレンがかけてくれた譜術が効いたのですね。
産後の身体であの距離を移動するのは確かに大変だから気になっていたのですよ。」
「はい、です。ママも、黒髪の少女が、使ってくれた術のお陰で元気になったっていってました、です。」
「よかった、教えてくれてありがとう、アリエッタ。」
「ああ、これで安心できるな。無事かどうか俺たちじゃ確認しようがないから気にはなってたんだ。ありがとな、アリエッタ。」
お礼を言いたかったのはアリエッタのほうなのに、反対にお礼の言葉を貰ったアリエッタが表情を輝かす。ルークとレンに本当に好意を抱いたらしく、その手に持っていたぬいぐるみをぎゅう、と抱きしめている。魔物に育てられたということで神託の盾騎士団では何かと差別的な扱いを受けたりしていた彼女にとって、二人の言葉は警戒心を溶かしきるのに十分な効果があったらしい。イオンにとっては時に怖い姉のようなアリエッタの、少女のような笑顔は珍しくも嬉しいものだから尚更浮かれてルーク達との会話を楽しんだ。いつの間にか夕食時になって、メイドから呼ばれるまで夢中になってしまった。
「---ああ、こんな時間まで失礼しました。
見舞いに来たのに却ってお疲れになったのでは、」
「すみません、イオンさん。気が利かなくて。今日はこれで失礼しますね。」
「いいえ、とても楽しく過ごせて嬉しかったです。また是非遊びに来てください。」
「・・アリエッタも、また、お話したい、です。」
慌てて暇を告げるルークとレン。イオンはルークの言葉に首を振ってにこやかに見送る。アリエッタもレンに笑いながら強請っている。二人が礼儀正しく一礼して扉をとざすまでイオンとアリエッタは満面の笑みで見送った。
「・・アリエッタもすみません。つい夢中になってしまいました。」
「いいえ、アリエッタも楽しかった、です。お二人とも、いい、ひとです。」
お互いに苦笑で謝りあって、報告と話し合いを始めた。
「ええ、本当に。できれば平和なときにお会いしたかったですね・・・で、早速、というには時間を置いてしまいましたが、貴方が来てくれたと言う事はカナードはもうアニスに追いつけた頃でしょうか。」
「はい、です。此処に来る途中、まずはカナードに、お友達を貸すように、イザナ様に、言われてました、です」
「ああ、流石ですね。では親書の確保はもう出来ているでしょう。あとは知らせを受け取って此処から出発すればなんとか」
「はい、一番飛ぶのが速いお友達にお願いしたので、大丈夫だと思います、です。」
昼間の焦燥が解消されていく。隠さなければならない事情はそのままだが、取りあえずの目処はついたのだ。
「で、アニスの処分はどうしますか?イザナ様は何と?」
「はい、アニスはイオンに任せる、と。どうします、か?」
「・・・・そうですか、・・・では、この件はラクス殿と相談して決めましょう。アニスのスパイ疑惑が確定したらどの道マルクトに引き渡す必要がありますからね。タルタロスの件で」
「わかりました。では、そう伝えます、です」
「それで貴方はこのまま、僕の守護役、でいいんですね?」
「はい、キムラスカに着くまでアリエッタが守護役を引き継ぐことになります。よろしくおねがいします、です。」
「よろしくお願いします。(イザナ様は・・・機嫌が悪いでしょうねぇ)」
「イオン、どうかしましたか?」
「いいえ、なんでもないですよ。では、もうラクス殿がお待ちでしょう、食堂に行きましょうか。」
「はい、・・では、イオン様。失礼します、です。」
表情を切り替えてきびきびと付き従うアリエッタに、イオンも導師としての表情を貼り付ける。昼間は忙しく走り回るラクスも夜には屋敷に戻ってルーク達に顔を見せているのだ。だから何か話があるのなら夕食後に訪ねるしかない。疲れているだろうところに申し訳ないが、少しでも朗報を持って言って話を先に進めよう。
(ラクス殿には悪いですが、・・これもジェイド・カーティスの同胞ということで諦めていただきましょう)
慈愛に満ち溢れる笑みの下で、意外と言うか当然というかひっそりと厳しいイオンの線引き。こういうところがカナードに、腹黒いと嘆かれる要因なのである。・・・やっぱり、イオンも権力者のひとりであるということだろう。
(まあ、アニスの件を含めても、・・・まだダアトのカードが優勢、ですね。ああ、早くモースを引き払いたいです。)
物騒な呟きを余所に、見た目だけは平穏なマルクト有数の観光地の夜は更ける。
・碇レンver
・今更ではありますが、時系列及び預言の在り方等諸々について、夥しい捏造が入ります。
特に創世歴時代の出来事や人物間の血縁関係や交友関係等は、公式設定とは全くの別物だと考えてください。
・本来お亡くなりになる方が生存してたり、マルクト・キムラスカ・ダアトへの批判・糾弾や、PTメンバーへの批判・糾弾・断罪表現が入ったりします
CP予定:
・・・キラ×ラクス(seed)
・・・カイト×ミク(ボカロ)
・・・クルーゼ(seed)×セシル(アビス)
・・・被験者イオン×アリエッタ(アビス)
・・・フリングス(アビス)×レン(碇レン)
です。上記設定がお好みにそぐわない、という方はお読みにならないようにお願いいたします。
クライン家所有陸上装甲艦エターナルに保護されることになった一行は、今までの旅路が嘘のように順調にセントビナーに到着していた。この町で休養と準備を兼ねて数日滞在してからの出発になる。
ラクスのことは信用できるが、幾らなんでも戦艦でカイツールまで向かうことをルークの権限で許可はできない。
それはマルクト側も承知していたので快く同意してくれた。
が、此処で問題になるのは移動の方法だ。本来なら馬車に乗ってしまえばいいのだが、途中で如何しても徒歩が必要になる。・・・どこぞの失格軍人が壊しっぱなしで放置したローテルロー橋の修復が間に合わなかったのだ。
幾らマルクトの総力を挙げても、この短期間で直しきるのは不可能なため、フーブラス川を渡る前後に馬車を降りなければならない。かといって、川を渡った以降も、イオンとルーク達を徒歩で最後まで歩かせるわけにも行かない。そのため緊急に伝令を飛ばして向こう岸に移動の馬車を用意する時間が必要になったのだ。
加えて、ルークとレンは突然の事故で着の身着のまま飛ばされて旅の荷物など無いに等しいし、元々余り丈夫ではないイオンの回復も必要だ。
ということで、一行はセントビナーにて、一時の休日を過ごすことになったのである。
・・・表向きは。
キムラスカ側の人間にはそういう理由だと説明された。が、此処で再びマルクトとダアト側にとって最悪の事実が発覚したのだ。
「----どういうことです。ジェイド・カーティス。もう一度、仰い。
・・・陛下からお預かりした和平の親書を、どうなさったと?」
「・・・ですから、神託の盾騎士団から親書を守るために、」
おどろおどろしいラクスの詰問に、項垂れながらジェイドが答える。繰り返された尋問に根こそぎ反抗の気力を奪われたジェイドは素直に話はするのだが、その内容は、どれ一つとってもまともな政治感覚を持つ人間にとっては耳を疑いたい代物ばかりであった。
・・・導師イオンをお連れした経緯に始まり、タルタロスでの盗賊を追いかけたこと、エンゲーブでの盗難事件での騒動、チーグルとライガの抗争、誘拐された被害者であるルークとレンを連行した挙句に脅迫、そしてタルタロス襲撃中のジェイドが行った不敬に侮辱に戦闘強要に・・・その他諸々。
常々ジェイドの高慢さには眉を顰めて苦々しい思いを抱いていたラクスであるが、此処まで救いがたい愚か者であるなど考えもよらなかった。尋問に立ち会う書記官の手は震えっぱなしだ。勿論怒り故に、である。・・・之ほどの事実を踏まえた上で、キムラスカに対等の交渉しようなどと言い出せるはずもない。ダアトに対しても同様だ。ダアト側もマルクトに対する借りがある、が未だにマルクトが借りているモノのほうが大きい状態だ。
タルタロス襲撃は恐らく和平反対派の策略だろうが、マルクトには誘拐まがいに導師を連れ出した事実がある。人道的にどうであろうが、世界の象徴である導師の安全と、軍人達の命では、導師の安全に比重が傾いてしまうものなのだ。つまり、襲撃自体の真意がどうだろうと、名目が導師の保護であった以上マルクトに不利である事実は変わらず、加えて道中重ねられ続けたジェイドの不敬に侮辱がある。
・・・どう頑張っても精精不利になり過ぎないように駆け引きを駆使する位しか出来なくなった。それを、導師も承知している。だから、今判明した事態の収拾のため、ととある事実をマルクトに告げることができたのだ。
憎しみと怒りで人を殺せるなら、ジェイドもピオニーも既に数百回死んでいる。
(・・・・陛下、このような愚物に、何を期待していたのですか!!)
ラクスはわなわなと震えながら、必死に理性を保つ。ここで激昂しても事態は改善しないのだから、冷静にならなくてはならない。
「・・・・貴方は、選りにもよって、陛下からの親書という国家機密を、他国の、軍人に、預けた、と仰るのですね。」
「ですから、親書を襲撃から守るために、」
「お黙りなさい。・・国家機密でなく通常任務の報告書などであっても、軍務に関する資料を、他国の人間の目に触れさせるなど許される事ではありません。しかも、貴方が預かっていたのは今まで敵対していた国との和平を結ぶための親書です。
・・それを、ダアトの軍人であるアニス・タトリンに預けて、守るため、ですって?己の所属する組織の機密を、他組織の人間に渡しておいて、守る?どんな冗談ですの?
・・・軍人以前に、世間一般の常識を一から学びなおしなさい!!
貴方の行為は、届け物として預かった品物を、届け先ではない無関係の他人にその品物を渡してしまったのと同じことです。小さな子どものお使いではないのですよ!!仮にも成人して久しい大人の男が、その程度の事も理解出来なかったのですか!!」
「親書を襲撃犯から守るために、他に方法が、」
「・・・もしも、アニスタトリンが、貴方が警戒していた和平反対派に属する人間だったら?もしも、個人的にマルクトに何か怨恨でも抱えている人間だったら?・・・その程度の想像も出来ませんでしたか。」
「アニスは、導師守護役で、」
「導師の部下である神託の盾騎士団に襲撃されて、親書を守ろうと考えたのですわよね。・・・導師守護役だから、何ですか?まさか神託の盾騎士団は信用できずとも、守護役ならば信じられると?そもそも、何故そこでダアトの軍人なのです。貴方は直属の部隊を率いていたはずでしょう。親書の所在を一時的に隠したいというのなら、それこそ副官なりに預けて逃がす手もあったのです。・・・何故、アニス・タトリンに持たせる必要があったのか、」
「ですが、」
「・・・いい加減になさい。・・・もしも、アニス・タトリンが、和平反対派に通じている人間だったなら、親書をそのまま破棄してしまうだけで目的は叶うのですよ。 ・・・そして実際に、そのアニス・タトリンの行方が、知れない、と。・・・・・・・・ふ、ふふふ」
「行方は、一応わかっていると、」
「ふざけるのもいい加減になさい!!このような常識を疑うような軽薄な手紙のどこに信憑性があるというのです!!」
ぼそぼそと答えるジェイドを一喝する。そのラクスの手元には、セントビナーの軍部に預けられていたという、導師守護役からの手紙が握り締められている。駐屯軍のグレン・マクガヴァン将軍から渡されたそれを確認したラクスは、その場で卒倒したくなった。念のために、と導師にも読んでもらったがイオンも顔色を真っ青にして怒りの余り声が震えていた。カナードも同様である。
「親愛なるジェイド大佐へv
すっごく怖い思いをしたけどなんとか辿りつきました☆
例のものはちゃんと持ってま~す。誉めて誉めて♪
だけどこの辺りにも神託の盾騎士団が捜索してて、怖いので念のために先に第二地点へ向かうことにします。
アニスの大好きな(恥ずかしい~☆告っちゃったようv)ルークさまvはご無事ですか?
すごーく心配してます。早くルーク様vに逢いたいです☆
ついでにイオン様の事もよろしく。それではまた☆
アニスより。」
・・・何処の世界に、守るべき主より先に他国の人間の安否を気遣う守護役がいるのだろうか。そもそも主であるイオンを守ることよりも、他国の軍人であるジェイドの指示を優先して離脱した事も信じがたいが、その離脱理由である親書の扱いが軽すぎる。「ちゃんともってるから誉めて」ってなんだ。「怖いから先に行く」ってどういうことだ。やむを得ず主から離れなければならなかったとしても、先ず合流する努力もせずに一人だけ安全圏に逃れようなどと、守護役どころか軍人として失格以前の問題である。ダアトの人間の不始末で危険に巻き込まれたルークを気遣うのはまあ良いとしても、ならばレンの事も一緒に心配しろというのだ。さらには本来の最優先事項であるはずのイオンの安否をついで扱い。
それらが書かれた手紙の、とてもとても軍人が書いたなどとは信じたくない浮ついた文章。事態の重さを全く実感していない無防備な普通の便箋で無造作に預けられていた封筒。・・・・読み終えた瞬間にイオンとカナードが洩らした呪いの言葉に、ラクスも同調してしまった。この手紙が現時点で最悪の事実をラクスたちに知らせたものであることを思えば、呪いどころか手紙の差出人への殺意まで止まらなくなりそうだった。
マルクトからの親書を現在保持しているのがダアトの軍人であることも、その軍人の所在が確認できていないことも、どちらもルークとレンに知られてはならない。
ルークは何処をどうとっても非の打ち所ない完璧な公爵子息だった。王族としての嗜みや判断の力を兼ね備えている優秀な。ラクスが知る限りでも、ヤマト家の子息であるキラ・ヤマト准将と親しく交流を持ち、互いの連名で打ち出したという政策の優れた内容に高い評価が与えられていると聞く。実際にほんの少し言葉を交しただけでもその有能さがよくわかった。ルーク本人はラクス達やイオンに好意をもってくれているようだが、私情をキムラスカの王族としての立場よりも優先するような愚を冒すことはないだろう。
そしてレンの方もルークよりは僅かに未熟かもしれないが、公爵家の娘としての礼儀作法や立場の弁え方を良く理解して実践しようと努力しているのが見て取れた。ジェイド・カーティスに詰問しているときのように少し油断してしまう瞬間もあるようだが、あの程度の失態など失態のうちにも入らない。あれはある意味特別な事態であるためだろう。最初から最後までルークとイオンを立てて控えていた様子といい、公式の場で同じ事をするほどに未熟であるとも思えない。レンも個人としてラクスやアスラン、イオンへの純粋な好意が見て取れたがその感情を理由に、ルークが王族として下した判断に異を唱えることなどありえない。レン本人も聡明な少女だ。国の立場を考えてマルクトやダアトに情けをかけ過ぎることもないだろうし
・・・どう考えても今の事態を知られて尚、和平の申し出に良い答がもらえるとは思えなかった。
つまり、こんな事をキムラスカに知られたら全てが終わりだということだ。マルクトもダアトも必死に隠すしかない。
即アニス・タトリンの行方を捜索させる。
手紙にはカイツールにいると書かれているのでまずはそこを。
信じるには値しないから当然此処から移動可能な範囲全てを。
・・・時間がないというのに!!
そして、その指示を出している時、導師イオンから、アニスにあるとある疑惑が齎された。
・・彼女は、大詠士モースのスパイである可能性がある、と。
つまりタルタロスの情報を洩らした襲撃の共犯者ではないか、と。
いくら導師が誘拐された報復といっても、未だ乗艦した導師を保護する前にタルタロスを攻撃し始めるなど、本来ならばありえない。それは、もしや救出名目で導師を暗殺するつもりであったのでは、というわけだ。そう考えれば親書を預かりながら、勝手に先に進んでいるアニスノ行動にも納得できる。・・・もしや親書を改竄する可能性もあるのでは、と。
(・・・モースを処分する理由付け、でしょうね。暗殺は本当かもしれないけれど)
実際にイザナのレプリカを作って導師を挿げ替える計画はモースとヴァンの発案だ。彼らにとってレプリカなど代えのきく便利な道具である。今の導師であるイオンがおのれ等の目的をかなえる邪魔になると判断すればあっさり暗殺位してのけるだろう。だが、今はまだその判断を下していないはず。幾らなんでも実際に暗殺狙いでつけた監視役であるならば、既にイザナとカナードが処分しているだろう。
(教育にはスパルタですけど、イザナもカナードもイオンを可愛がっている。
命の危険まであるような囮役にはしないでしょう。
・・・モースの子飼いでスパイは本当。
モースが和平に反対している以上アニスも同じ立場でしょうけど、親書の改竄云々はこじつけですね。そこまでする可能性があったら、イオンがあそこまで落ちついてスパイ疑惑を話せたとも思えないし、・・・・それでもマルクトは協力するしかない)
最後まで撤退を渋り続けたリグレットの様子と途中離脱していたアッシュの行為を思い返せばそう考えるのも自然だというカナードの証言によってマルクト・ダアトの協力が決定された。導師誘拐の救出という理由を提供してしまったマルクトの不手際を見逃す代わりに、ダアトの内紛収拾の協力を、というわけだ。スパイかもしれないアニスの存在を黙っていた導師を責めることも出来ない。なにせ、そのスパイをつれてくることを選んだのは、当のジェイド・カーティスなのだから!!しかもアニス自身も、イオンよりジェイドの指示を優先したという事を
指摘されてしまえば反論の余地はない。最悪、マルクトがモースと結託して導師暗殺を企んだと言われても否定しきるれる材料が少ないのだ。いくらラクスでも逆らえるわけが無かった。
(シナリオはイザナ、かしら。ジェイドの強引な要請についてきたのもその為、ね。)
イザナたちに、ラクス個人が力を貸すことは構わない。しかし、モースを処分した後に混乱するだろうダアトの為に、クライン公爵が無条件で助力することはできない。お互いがそういう立場にいる。だが、モースの排除を実行したら何がしかの後ろ盾は必要だ。その為のイザナのシナリオ。・・・昔ほんの少し成長を促した年下の友人の立派な策謀に喜ぶべきか悔しがるべきかわからない。
「・・・どこまでも、厄介ごとを残してくれましたわね、ジェイド・カーティス。
・・・・この場で首を掻き切って差し上げたいのは山々ですが、貴方には利用価値があります。・・・死んだ気になって力を尽くしていただきますからね。覚悟なさい。」
最早ジェイドの自己判断能力になど期待する気は微塵もない。処刑してしまいたいのが本音だが、曲りなりにももと天才博士である。これから先起こるかもしれない事態に必要かもしれない為、とりあえず生かすことにしたのだ。勿論キムラスカの意向があれば従うが、差し当たってはアクゼリュスの救援に必要な譜業の開発にでも従事させるつもりのラクス。
冷たく言い捨てて牢を出る。
「・・・とにかく、アスランにルーク様とレン様の気を逸らしていただいている間に親書をとり戻さなければ。」
すさまじい気迫でエターナル内部を歩く。これから直属の部下を走りまわさなければならない。
「本当に、・・・・度し難い愚か者ばかりですこと・・・!!」
うんざりとこれからを思って溜息を吐いた。
どこまでも足を引っ張り続ける最悪の敵が、本来は身内の人間である事実をかみ締めて、女公爵の憂鬱は続行中だ。
「・・・アスランは、役得ですねぇ・・・」
うららかな陽光を浴びて、深い溜息をついた。
可愛らしい親愛と友愛で支えあっていた二人の少年少女を思い出す。傍から二人の会話を聞いているだけでほのぼのと出来た愛らしさ。同い年と聞いたが、ルークはあきらかにレンの事を妹のように扱って大事にしていたし、レンのほうもルークを守ろうと気を張りながらもまるで兄に甘える妹のように心の拠り所を見出していた。
・・その二人と一緒に過ごしているだろうアスランに、明確な嫉妬を覚えてラクスの溜息は深くなる。零れ落ちた独白は、これ以上ないくらいの羨望の響きをおびていた。
「私も、ルーク様とレン様と、一緒にすごして癒されたいですわね・・・」
「それにしてもここは「花の町」と呼ばれるだけはありますね。
道端を見渡すだけでも鮮やかな色が溢れて、とても美しい。」
折角滞在するのならと、アスランに誘われて観光中のルークが感嘆の声を上げた。
とにかくお二人には疑われること無く時間を稼げとラクスに命じられての苦肉の策だったのだが上手くいっているようだ。優雅な立ち居振る舞いや聡明な言動と、王族として非の打ち所のないルークも、矢張り17歳の若者だということだろう。本心から楽しそうにアスランの案内に応えを返してくれる。
「ありがとうございます。此処はマルクトでも有数の美しさを誇ると自負しておりますので。そういって頂けると嬉しいです。」
そしてルークとアスランの一歩後ろを、護衛の兵士に挟まれるようにして控えめについてくるレンにも話しかける。
「レン様はどの様な花がお好きでしょうか?
この町では花の栽培が盛んなのですが、生花は勿論、花を加工した装飾品や化粧品などもあるのですよ。宜しければ、専門の店が連なる通りにご案内いたしますが。」
「ありがとうございます。」
笑顔で返してくれるが、やはりどこまでも遠慮がちなままだ。
あの時の事を気にして緊張しているらしい。アスランもラクスも最初から気にしていないのだが、彼女は本気で反省しているらしく、二度と同じ事をしないように、と厳しすぎるほど自律している。あの失格軍人につめの垢でも煎じて飲ませてやりたい謙虚さだ。しかし、己の立場を弁えて決してルークに負担をかけてはならないと頑張る姿には感心するが、その緊張の度合いが些か痛々しく映った。そんな少女の強張った笑みをみていると、ラクスの指示など関係なく、何とかこの少女に心から笑って欲しい気持ちになるアスラン。
「他には、花やハーブを用いた菓子なども多いのですよ。
この町でしか作られていない種類もございます。」
「では材料となるハーブなどの店も多いのでは?」
「はい、専門店が連なったとおりが二つ先の角を曲がったところにあったはずです。ご覧になりますか?」
何とか少女の気に入りそうなものを、と色々な話題を振ってみる。それに答えたルークもどこか必死に会話を弾ませている。見るからにレンを大事にしているルークだから、落ち込んでいる少女の様子に気をもんでいるのだろう。こういう少年らしい優しさもアスランにはまぶしい限りである。マルクトという不慣れな土地で、決して緊張していないわけではないだろうに、王族としての立場を弁えた振る舞いを自然に行ったうえで、周囲への気遣いも忘れずに国王に告ぐ高い身分の者として下の者たちを守ろうとしている姿は尊敬すら覚えた。
ティア・グランツやジェイド・カーティスから受けた仕打ちを思えば、マルクトやダアトへ含むものがあっても仕方がないというのに、両国の人間を少数の人間の不始末を理由に一括りに拒絶することなく真摯に対応して広い視野で全体を理解しようとしている姿勢にも感心と感謝の念を覚えるアスラン。ルーク個人への好意の度合いが上昇している事を自覚する。他国の王族としてでなく、個人として出会えたなら年下の友人として良い関係が築けたのではとも思う。不遜な言い方だが、それだけ個人的に気に入っているのだ。
「レンは確か菓子作りが趣味だったな。
ハーブの専門店なら興味があるんじゃないか?」
「・・はい、では是非見てみたいのですが、よろしいでしょうか?
そういえば香りの良い花を使った飴菓子を以前見たことがあるのですが、あれもやはりこの町で作られたものでしょうか。 綺麗な白い花を閉じ込めた琥珀色の小さな立方体のお菓子で・・・」
レンも、気を使わせていることに気づいているのだろう。緊張したままではあるが、二人の言葉を無碍にはせず、何とか雰囲気を和ませようと努力している。少し不器用な性質なのだろう。社交界などではマイナスかもしれないが、アスランから見れば年若い少女の背伸びした様子が微笑ましく映った。誰かの優しさに甘えるのではなく、何とか周りの気持ちに答えようと努力する姿勢も好ましい。
「・・ええ、そうですね。そういう形状の菓子を見たことがあります。
あれは確かこの先にある店で、店主が自ら作っていると・・・・」
「本当ですか?もう一度食べてみたかったんです。
お店に寄らせていただいても宜しいでしょうか?」
「へえ、私も是非食べてみたいな。」
「では、こちらです。どうぞ、ルーク様、レン様」
先程よりも少しだけ安心したように笑ったレンがアスランを見上げる。
その嬉しそうな少女の声に、意外なほど安堵したアスランの声も常よりも柔らかく弾んだ。
付き合いの長いラクス位しか気づかない程度だが、アスランは確かに浮かれていた。
今現在、マルクトの失態をフォローするために忙殺されているだろうラクスに申し訳なく思いつつも、アスランはいつの間にかルークとレンの案内役を心から楽しんでいる自分に気づく。面映い気分だったが、悪くない。
(すみません、ラクス殿。
せめてきちんと誤魔化しきる役目は全うしますから)
裏事情はさておき、こちらは何処までも平穏な時間を楽しむ三人。町を彩る花々にも劣らぬほどに華やかな空気を振り撒きながら楽しいひと時を過ごしていた。
セントビナーの悲喜交々を余所に、カナードは全力でカイツールを目指していた。
勿論アニス・タトリンを捕獲して親書を取り戻すためだ。
こういうときにアリエッタのありがたみを痛感する。
イオンと共にエターナルに乗り込む際に、彼女のお友達を返してしまったことが悔やまれた。
一応イザナに知らせは飛ばしたが、アリエッタを向かわせてくれる余裕があるかはわからない。
「ってーか、このままじゃマルクトもダアトもやばいんじゃねぇか?
・・・キムラスカの弱みっつったって、アッシュなんて知らんとか言われたら終わりだしよ」
アッシュの存在がキムラスカへの切り札になり得るのは、キムラスカが血統を重視するからだ。現在生存する直系王族の数が少ない事を考えれば、アッシュを切り捨てることは出来ないだろうという判断の基、カードとして温存しているのである。
「・・・けど、あの”ルーク様”が、そんなリスクの高い存在を許容するかね。
必要なら、被験者だろうと切り捨てる覚悟位してるんじゃねぇか?
・・多分レプリカだって事くらい自覚してるっぽいしな」
その点はイオンと同意見であった。
ルークの言動を見るに、ヴァンが言い聞かせたという”マルクト誘拐説”なんて与太話を信じているとは思い難い。ヴァンのあの詰めの甘さで、あのルークを騙しきれている筈がない。と、言うことはヴァンの企みの一つ二つ調査済みだと考えるべきだろう。・・・アッシュは堂々と教団に存在している。裏など取らずとも、その容姿を確認するだけで事は済む。・・レプリカを知らないということもないだろう。ファブレの領地であるベルケンドにはレプリカの専門研究者だっていた筈だ。ならば、アッシュとルークの関係くらいもうわかっているだろうと思う。
・・・記憶喪失だったのはルークの方だ。
つまりルークがレプリカだと言う事位気づいているだろう。
「・・・したら普通に考えて、憎むのはルーク様のほうだと思うんだが
・・・なんでアッシュはああ迄こだわるんだ?」
ルークの事を考えていて浮かんだ疑問にカナードは首を傾げる。
アッシュは元々死の預言が怖くてヴァンの誘いに乗ったのだ。
身代わりを押し付けれらたレプリカが、被験者を憎むならともかく、何故アッシュが、ルークを憎むようになったのだろう。
「・・・そうだよな、・・・ヴァンが何か言い含めた、か?だが、・・・・」
詳しく調べたほうが良いかもしれない。
ヴァン自身は死の預言から逃れるためにレプリカを身代わりにしてアッシュを助ける、という甘言で連れてきたのだといっていた。だが、己がレプリカだと自覚していたルークが、アッシュをそのまま放っておいたとも思えない。今ダアトに籍を置かせているという事はアッシュ本人の身を守るために影武者にでもなるつもりなのかもしれないが、それならそれで連絡の一つも取って本人を安心させるための行動くらいしたのではないか?
ルークの気性はとても優しい少年らしいものであるとイオンも言っていた。身分を隠していて拒絶しにくかった
のかもしれないが、チーグルの森でイオンに付き合ったのはイオン自身の安否を気遣ったからであるとわかっていたのだ。それを利用して押し切った自分が言うのもなんだが、私人としてのルークは些かお人よしな性質らしいと苦笑していた。チーグルの愚行には本気で腹を立ててライガを守ることを一番考えていたようだとも言っていた。
そんなルークが、本気で被験者を放置していた筈はない。矢張り身代わりにされたことでわだかまりがあったとしても、完全に拒絶仕切るにはルークは優しすぎる。ルーク本人が対応せずとも誰か信用できる人間が手紙の一つも届ければいい話である。ならば、アッシュはルークの事を僅かなりとも知っているはずだ。で、ある以上ヴァンの「レプリカが居場所を奪った云々」説などを未だに信じているわけではないだろう。
だが、実際にアッシュは未だにヴァンの言うままにレプリカを怨んでいるように見えるのだ。
どう考えても、大人しく従っている振りでヴァンのスパイをしている様子もないし、ダアトの内情を探ろうとしているようにも見えない。一先ず預言からの保身のための隠れ蓑にダアトを利用しているにしては行動が派手すぎる。
・・・なんで、アッシュはあそこまでルークへの敵意を持つのだろう。
(ヴァンが、ルーク様からの接触を知った上で更に何がしか吹き込むほど奸智に長けていた・・はずはねぇな。あれは本気で気づいてねぇ)
今まで気にしていなかったが、実際にルークに相対した時のアッシュの様子は、おかしい。
「レプリカ、が嫌いらしいから、元々好意的ではなかったが、
・・・いくらなんでも、殺したがる理由などないはずだろう。」
浮かんだ疑問を心に書き留める。とにかく今は親書の確保が最優先だが、放置しておいたら不味い気がするのだ。
「・・・虫の知らせ、なんて信じてはないんだがな。・・・・急ぐ必要が、ある、か?」
更にスピードを上げる。とにかく一つでも目の前の問題を片付けて落ち着いてしまいたい。
「・・・頼むぜホント。さっさと終わらせて楽させてくれ。」
「綺麗な町、だな」
セントビナー駐屯軍を預かるグレン・マクガヴァン将軍が用意してくれた屋敷の窓から、通りを眺めていたガイが呟いた。お茶を淹れていたカイトが明るく答える。テーブルの上で一生懸命クッキーに噛り付いていたミュウもはしゃいで答えた。
「そうですね。とても綺麗です。矢張りマルクトの土地は豊かで羨ましいです。
・・キムラスカでは余り植物が育ちませんから。」
「綺麗ですのー!僕のいた森もですけど、此処の花も木も元気ですの!」
今、ルークとレンは、アスラン・フリングス侯爵の案内で町を観光中だ。数日間滞在する場所なら、どんなところか見ておくのも必要だろうし、準備が出来るまで屋敷に閉じこもるのも退屈だろうと気を使ってくれたのだ。ルークの迎えとして派遣されたカイトとガイが、主の傍を離れるなど許されないが、フリングス侯爵が自ら案内まで買ってでてくれた外出時に身内の護衛を張り付かせておくのもマルクトへ失礼だろうと待機を命じられてしまった。要するに、マルクトを信用しています、というパフォーマンスだ。まあ、共にレンもいるし、ルーク自身も
剣と譜術に堪能で、大抵の刺客なら撃退できる。本音を言えば離れたくなかったが、外交の駆け引きとして必要だと言い切られてしまえばカイトに拒否権はなかった。仕方がないので、従者であるガイとカイトに与えられた部屋で休憩中だ。
そこで、突然ガイが、何やら思い悩む様子で呟いたのだ。
「ああ、ファブレの庭は割と豊かなほうだが」
「ああ、ペールさんって凄いですね。
キムラスカの土地で、あんなに沢山の花を咲かせるなんて」
「そうだ、な」
「どーしたんですの?ガイさん、元気ないですの!」
どこかぼんやりとカイトに答えるガイを、ミュウが見上げる。食べていたクッキーを置いて、ちまちまとテーブルの上を歩み寄ったチーグルの温もりに、やっといま目が覚めたように瞬くガイが部屋を振り返った。
「・・・?何かありましたか?」
「いや、すまない。なんでもないよ。・・・・なあ、カイト」
カイトに一度首を振ったが、迷うそぶりで視線を泳がせたガイが、再びカイトに向き直る。
「・・君は、さ。譜業人形、なんだ、よな?」
「?はい。」
「そのマスターって、ルーク、様、だよな?」
「はい」
「君は、マスター、を、どう思う?」
ガイの質問に素直に肯定を返していたカイトが首を傾げた。
「どう、とは?マスターはマスターですよ?
僕の主で大事な人です。僕は、マスターに仕えられる事を誇りに思います」
その答えに、ガイは酷く傷ついたような光を浮かべた。カイトが何か問うより早く言葉を続ける。
「君は、そのマスターって、何を基準に選んだんだ?
ルーク、様に会う前は、ずっと寝ていたんだろう?」
「はい。僕のマスターになる人だけが、僕を目覚めさせることが出来るんです。
そして僕を、あの人は起こした。だから、ルーク様が、僕のマスターです。」
「つまり、そこに君の意思は無かったわけだ。」
歪んだ笑いでガイが言った。
「君を作った博士とやら、か?そんな設定をしたのは。
つまり君は、見ず知らずの人間でも、自分を起こした人間なら必ず仕えなければならなかったわけだ。・・・・嫌じゃないか?そんなの。」
ガイの言葉に、カイトは本当に不思議そうな表情で首を傾げる。ガイは、何か勘違いしていないか?
「?いえ、今の僕はマスターがちゃんと好きですよ?
起こしてくれたから、あの人に仕えることにはなりましたけど。
今、僕が、ルークさまが好きだと思って、マスターにずっと仕えたいと考えているのは、僕の意思です。」
「・・・それが、作られた感情じゃない証拠は?」
「・・?何故、ですか?」
「だって、普通嫌じゃないか?
君は元々目覚めたときに傍にいた人間に仕える事になっていたんだろう。だったら、今の君の感情だってマスターを裏切らせないための設定かもしれないじゃないか。・・・そう、考えたことはないのか?」
苛苛と髪を掻き揚げながらガイが吐き捨てた。
何に怒っているのか知らないが、流石のカイトもむっとする。
まるでカイトが、ルークの事を好きになることが間違いであるかのような言い方だ。
そんな事はあるはずないのに。
「だから、なんですか?
たとえ、好き、の切欠が博士の残した僕のプログラムであっても関係ないです。
僕は、ルークさまが好きです。大事だし、守りたいと思っています。
今そう考えている事実だけで、マスターに仕える理由なんてほかにいらないじゃないですか。」
堂々と胸を張って言い切った。
カイトにとって、それが真実だ。
だから、他の誰かが何を言っても関係ないのだ。
それをじっと暗い目で見返したガイは、乱暴な仕草で顔を背けると、足音を立てて外に出ようとする。カイトの視線が追いかけるのを知ってか、小さく言い残して部屋から去った。
「・・・・・それだけで、すむなら、・・誰も」
「・・・どうしたんでしょうね?」
「わからないですのー。ガイさん、落ち込んでるみたいでしたの!」
後には、揃って首を傾げるカイトとミュウが残された。
「まあ、良いか。・・それよりマスター早く帰ってこないかなあ。
レン様も気分転換できて元気になってくれてると良いけど。」
「ですのー!僕もご主人様とレンさんに早く会いたいですの!!」
「「ねーー?」」
「やっほ、アレックス!おひさ☆」
「・・・!なななん、おま、キラ!・・様、行き成り、何故このような、」
ケセドニアの裏路地にて、黒髪に碧色の瞳の青年に、フードを被って顔を隠したキラが朗らかに声をかけた。仕事帰りに疲れきった身体を引きずるように歩いていたアレックスは感じ取れなかった気配が唐突に現れたことに驚愕のあまりどもっている。そんな反応など気にも留めず、キラは話を続ける。
「あ、元気そうだねよかった良かった、
で、実は折り入って頼みがあるんだよね、急ぎの。もちろん聞いてくれるでしょ?」
「・・・あのな、」
アレックスは辺りを慎重に伺い、今度こそ余人の気配がない事を確認して、キラに顔を寄せると小声で叫ぶ。
「キラ!お前な、俺に用があるならいつも通りに連絡すればいいだろう!
誰が聞いてるかわからないのに、そんな無用心な」
「やだなあ、アレックスってば、僕が、そんなヘマをするとでも?・・・ねえ、アスラン。」
「だからこんなところで呼ぶなと!」
「平気だってば☆・・・で?聞いてくれるの?くれないの?」
「・・・・はぁっ、わかった、話は俺の家でいいな?」
「OK!いやあ、持つべきものは有能な幼馴染だよね!」
「あーはいはい・・・ったく」
諦めたように肩をおとしたアレックスことアスランがキラを従えて踵を返す。
朗らかな笑顔でばしばしと肩を叩くキラの笑顔を間近で見たアスランは、背筋を伝う悪寒に鳥肌を立てながら家路を急いだ。キラの表情は文句の付けようもないほどに、朗らかな笑顔だった。・・・その瞳に浮かぶ青白い炎のような光さえ見なければ。
(・・・・今度は彼女に何があったんだ。こんな切れた状態のキラを見たのは・・・・まだ俺がバチカルにいた頃、レン嬢に難癖つけて嫌がらせを繰り返してたシラギ家の当主と奥方を社会的に葬った時以来、かな。俺が知ってる範囲では。)
今のキラに逆らうほど無謀にはなれないアスランは、どんな無理難題を押し付けられるのかと胃を痛める。キラは大事な幼馴染だし、アスランと両親の恩人だが、その破天荒ぶりに振り回されるのは勘弁してほしかった。
幼い頃は何から何までアスランが面倒を見ていた甘えたな幼馴染の、何時の間にやら成長しきった腹黒さを思って更に胃痛が加速する。
アスランは元はキラ同様にキムラスカの貴族だったのだ。ザラ公爵家といえば、当主であるパトリック・ザラの辣腕ぶりもさることながら公爵夫人レノア・ザラが専門に研究する分野においての功績を讃えられ、王族には及ばずとも名門と謳われる由緒正しい大貴族の一員だった。その一人息子のアスランが、何故アレックスという名で、髪まで染めてケセドニアで傭兵稼業などをしているかといえば、早い話が一家揃って亡命したのである。
キムラスカは代々預言を重んじる。預言に従うことこそが世界を繁栄に導くという教団の教えに傾倒し、殊更預言を重用した政治を行ってきた。アスランも当時すでに将来有望な公爵子息として王宮に出入りを許されていたため、城の上層部がどれだけ預言を至上にあつかっていたか知っている。アスランもそれが当然として教育されていたから疑問に思うことも無かった。だが、それが一転する事件があったのだ。
預言は小さな事から大きなことまで多岐に渡る内容だが、一つ絶対のルールがある。人の死に関する内容は授けてはならない、ということだ。アスランも、予め死ぬ未来を知れば人心の安寧に悪影響を及ぼすという教団の言い分に納得していた。・・・実際に、母の死が預言に詠まれるまでは。
死の預言を与えることは確かに禁じられているが、全くそれを知ることができないわけではない。預言を詠むのは人間だ。そういう不吉な預言を知った預言士が経験豊富なものなら兎も角、腹芸の出来ない人間だった場合ある程度推し量ることもできるのだ。だから、アスランも母の預言を呼んだ預言士の様子から不穏な気配を感じ取って詳しく調べた。結果、レノアにその年大きな災いが降りかかり死ぬことになる、という預言を突き止めた。
当然アスランは動揺した。今まで預言に逆らうなど考えたことも無かった。預言はほぼ確定的な未来であると教えられてもきた。だが、母が死ぬとわかっていて何もせずにいることも出来なかった。だからその悩みをキラにだけ打ち明けたのだ。その時のキラの素早い裏工作のお陰でアスラン達は助かった。問題の死の預言に詠まれた災い・・・大規模な水害が起こって、数多の人々が亡くなる、という事故から辛くも逃れたザラ一家はそのまま死んだことにして偽名をつかってケセドニアに亡命することにした。その、災害を、預言によって知りながら、王室の連中が預言に逆らう事を恐れて、被災者を見捨てた事実を知ったためだ。
(預言に詠まれたなら、と事前に備えておけば失うことの無かった命を見捨てる、のが、あの国の正義だ)
キラが、何やら秘密裏の活動をしているということは察していたが、まさか預言から犠牲者を守る、などという大きな活動だとは思っていなかった。キムラスカ国王以下側近の者達に知られたら反逆者として国を追われる危険すらある。だがキラは、本気で預言に盲従する国のやり方に反乱したいらしい。実際にアスラン達と一緒に災害の犠牲になるはずだった被災地の人間を避難させて水害の事前事後の処置をしたのもキラだ。勿論国に怪しまれないように建前を駆使しての活動だったが。・・そのキラの熱意の根源がキラ自身の出生の秘密にあると知っている。
(キラはあの頃から確かに預言の絶対性に懐疑的だった。・・・ハルマ様とカリダ様のこともあった後だったし。)
アスランがそれをしった前年に、マルクトとの小競り合いの中でキラの行方が一時的にわからなくなったことがあった。半日もせずに戻ってきたキラが、交戦の混乱で国内に侵入した兵士を追ってはぐれたのだと言ってその兵を始末した報告もしていたから、その時は納得したのだ。何やらこっそりとディアッカに頼みごとしていたのは気になったが、アスランも戦後処理で忙しくて詳しく話を聞く暇が無かったのだ。キラ本人から、後で幼馴染として育った自分達にだけ秘密を打ち明けれらたのはしばらくたってからだった。
(ユーレン・ヒビキ公爵が本当の父親で、ハルマ様達は叔父だったとはな。)
研究者であったユーレンに危機感を感じたヴィア夫人が密かに妹であるカリダに預けていたのだという。ヤマト家本家の当主でありながら跡継ぎのいなかった夫妻は、キラを実子として引き取ったということだった。
(それを知った経緯は話さなかったが、・・・何かあったんだろうな。)
その時連れ帰ったのが、妹のレンだ。
当時の騒ぎも思い出して溜息が深くなる。なんでもヒビキ夫人が夫から隠すために里子に出していた娘をキラが偶々発見して連れ帰ったということで、口さがない連中が姦しく噂しまくっていた。幾らヒビキ公爵の子どもでも、どことも知れぬ下層階級育ちの娘などを由緒正しい公爵家に迎えるなど、ヤマトの格も落ちたものだとか。本当にヒビキ夫妻の子である証拠などないのだから、もしや、口に出せない事情の末の隠し子ではないかとか。他にも色々な噂が飛び交った。
だが、アスラン達幼馴染として交流のあった面々にとって、レンの出自は大した問題ではなかった。事実噂どおりに庶出の人間でも構わないと思っていた。・・キラが半日姿を消す前に見せていた翳った表情が、レンを連れ帰った時には綺麗に消えて以前以上に力強い光をとり戻していたからだ。いつも明るく笑ってアスラン達の中心であったキラの憂いを取り除いたのが、その子なのだと悟ったから、レンの存在を積極的に肯定すらした。あの生粋の”青き血潮”崇拝主義者であるイザークですら、何も言わなかった。キラに懐いているニコルや、キラを弟扱いしながら密かに尊敬しているディアッカは言わずもがなだ。勿論アスランも、キラを助けたのが他人である悔しさを感じながらも、キラの支えになる存在に安堵していたのだ。
(・・・そのレンに対するキラの執着の深さを知らない人間は、・・今のキムラスカには殆どいないだろうな。隠しているつもりでも、隠しきれていなかった。・・開き直ってからは尚更だ。)
考えながら、自室のテーブルにお茶を並べたアスランはキラに向き直る。この時期に突然現れたキラの用件がどんなものか戦々恐々しながら水をむけた。
「・・・・で?今度は何があった」
「うん、実はさ、ルーク様とレンが誘拐されて」
「は?!」
「で、その迎えに行く途中なんだけど、・・あ、二人は無事だって連絡が来たから安心していいよ。・・で、その連絡でルークさまから頼まれたことがあってさ。でも僕も早くルーク様とレンに会いたいんだよね。・・・ね、だからさ、アスランにお願いがあるんだ☆」
「・・・・・内容は?」
「うん、ありがとう!そういってくれると思ってたよ!
ルーク様から頼まれたのは二つなんだけど、一個はもう手配したから、もう一個の方なんだけどさ、・・・君、ちょっとダアトに行って来てくれない?」
「ダアトって、お前確かスパイもぐりこませてなったか?」
「ああ、うんそうなんだけど・・・ちょっと外側から調べてみたいんだ。中からじゃ見落としてる物が見えるかもしれないだろ?」
「まあ、多角的な視点で情報を洗うに越したことはないが・・・」
「そういうこと、出来るだけ急いでよろしくね!」
「はいはい、了解。・・・だが、前からお前が言っていたアクゼリュスからの通行可能な経路の手配はまだ良いのか? 一応調査は済んで目星もつけてあるぞ」
肩を竦めて了承する。キラがこういう頼みを持ってくる時は、何か重大な理由があるのだ。アスランは協力者といっても、頼まれた情報を探って渡すだけの実行部隊だからわからないことも多いが、不満はない。全てをしっても出来ることと出来ないことがある以上、適材適所で役割を振り分けるのは当然だ。余計なストレスを抱えて己の役目に支障をきたす位なら知らないままでも、完璧に任務を遂行することに集中できたほうが気が楽だった。・・計画の立案遂行者であるキラの負担が心配でもあるが、そちらも今は共犯者として互いに支えあえる
相手もいるようだし。
「流石アスラン、仕事が速いね、けど、そっちは余り早く手配始めるのも不味いんだよ。駆け引きにはさ、”知らない”事も必要だからね。」
「ま、確かにな」
元公爵子息として王宮で生きていたアスランには良くわかった。時には、既知の情報であっても、その事実を隠したほうが上手くいく事柄もあるのだ。例え相手が察していても、証拠が無ければ偽りも真実のままだ。あまり多用するのも問題だが、必要とあらば用いるべき戦術である。そしてキラがそういうのなら、まだ知っていてはならない秘密に関わるのだろう。だったら先ずは、今回の頼みごとから片付けるのべきだ。
「じゃ、早速準備して行くか。お前はこのまま船に乗るんだな?」
「よろしく☆うん、もうそろそろ準備できてるかな、
ちょっとアスターさんに無理言っちゃったけど」
「・・・そっちも手加減してやれよ?」
「ははは、大丈夫!前に貯めてた貸しを返してもらうだけだから!」
「あーはいはいはい、手抜かりのないことで」
「まね☆・・んじゃ、よろしく!」
そして来訪時同様風のように跡形も無く去っていく。目の前にいたというのに、その動きを追いきれなかったアスランが深く溜息を吐いた。
「・・・・お前も流石だよ、そのレン嬢が関わっている時の素早さは。・・・・血の雨が降らないと良いけどな。」
儚い希望を口にしながら準備を始める。常と同じ明るい笑みで朗らかに話しながら、隠しきれていなかった限界ぎりぎりのキラの糸が切れる前に無事迎えにいく二人に再会できることだけを祈っておいた。
「じゃないと、計画なんか根底から捨て去って原因を全消去とかやりかねないからな。
・・・つくづく、レン嬢は偉大だよ。・・・ルークさま、頑張ってくださいね。」
とりわけ、今の時点で一番の被害者になりかねない彼の幸福を重点的に。
キリ番43210hitでリクエストをくださいましたまめこ様ご所望の「連載設定の番外編で、キラ様によるキラ様のための妹君・レンの溺愛日記」のもう一つのネタ編です。
いえ、実はこっちが先に出来てたんですが、あんまり本編事情に深く関わりすぎてたんで、慌てて軽めの話を書き直して、その1のような内容になってたんですよね。しかも明らかに続編を匂わせる終わり方だったもので。
でも、どう考えてもこっちのほうが日記っぽいといえばそうなので、取り合えずupしてみました。
・・・勿論まめこ様の想像にそぐわないと仰るのなら書き直しは何回でもいたします!!どうぞ遠慮なくお申し付けくださいませ。
先日、僕に妹が出来ました。
「おはよう!レン。今日もよく眠れたかな?」
「おはようございます。はい、キラ、・・兄様も、よくお休みになれましたか?」
キムラスカ・ランバルディア王国のヤマト公爵家に、先日一人の少女が養女として迎え入れられた。
ヤマト家嫡子であるキラ・ヤマトが見出したというその少女は、なんでもヤマト公爵夫人の亡くなった義理の兄であるユーレン・ヒビキ公爵の隠された娘であるという。ヒビキ公爵夫人であるヴィア・ヒビキが、研究者である夫が行っている研究実験に娘を犠牲にするわけにはいかないからと存在を隠して里子に出していたらしい。ユーレン・ヒビキ公爵はキムラスカ誇る天才科学者と名高かったが、同時に研究に対する異常なほどの熱意も知られていた。キムラスカの譜業研究の発展に多大な功績を残したが、同時に裏で危険な研究実験を行っているのではという疑惑も囁かれていた人物であった。そのヒビキ公爵が十年前に、実験中の事故で私設研究所と共に爆死したという事も広く知られていた。ユーレンの助手を務めていたヴィアもその時共に亡くなった。
・・・そのヒビキ夫妻の残した娘を、伯父の残した研究資料を整理していたキラが発見したというのだ。
伯母のヴィアが残した手記に記されていた娘・・レンという名の少女を探し出したきらは、彼女をヤマトの養女にすると言い出した。突然のその宣言に、ヤマト家の家人・親類は当然反対した。何処の馬の骨とも知れぬ下賎な育ちの小娘を、由緒正しい公爵家の娘にするなど認められぬ、というわけだ。大体、ヒビキ夫妻の娘が本当に存在したとして、生存している確証もなく、その娘が本当に本人である証拠もないとキラに詰め寄った。が、ヤマト家当主であるハルマ・ヤマトは、少女を連れ帰ったキラと私室で数時間話し込んだ後、親類縁者に正式な命を下した。曰く、その少女は間違いなくユーレン・ヒビキとヴィア・ヒビキの残した娘であり、私にとっては姪に当たる。現在身よりもないようだし、我が家で保護することに何の支障があるのか。レン・ヒビキ嬢は、正式に養女としてヤマト家に迎え入れる。これは当主としての決定である。と。
そして、ヤマト家の養女として生きることになったレンは、今ヤマト公爵家で兄のキラと共に生活している。
最初は怯えた猫のように警戒交じりの遠慮がちな態度でキラに対しても距離を置いていたレンが、やっとキラを兄と呼んで僅かながら屈託のない表情を見せ始めた。その少女の様子を満面の笑みで眺めるキラ。周囲の者の未だに納得いかぬ気な視線など総無視でうきうきと妹をつれて食堂に向かう。
(それにしても鬱陶しいなあ。・・・いい加減全部片付けようかな)
が、気配のみでこちらを窺う者たちの中から正確に敵意を向ける人間を選別することは忘れない。レンを迎える当時、表向きの理由で取り合えず反論を封じ、裏工作を駆使してしつこく騒ぐ連中を黙らせたというのに未だに諦めていないらしい。分家の当主などは一応帰宅したが、以前から本家に潜らせていた分家の息がかかった家人などは残っている。代々本家に仕える者も、突然現れたレンの事を見下している人間も多い。身分を重視するキムラスカの悪習だ。貴族階級の人間にとって、下の身分のものは須らく見下す対象であると考える人間が多すぎる。例え事実レンがヒビキの令嬢であっても、何処で育てられたかしれない人間を敬う気などないということか。
(こいつらは直ぐに代わりを見繕って整理するとしても、親戚一同はどうしようかな。
今までは家の事とかあまり重視してなかったけど・・・目的を叶える為なら、実権を握っておくに超したことはないしな。 ・・あいつらの本音としては、公爵家の権威なんかより、いきなり現れた余所者に利権を奪われたくないってだけだろ、ばっかばかしい)
キラが本当はユーレン・ヒビキの息子であった事実を知っているのは、父であるハルマと母であるカリダ、後は幼馴染の数人だけである。つい先日までキラ自身もユーレンが己の実父であるなどと思いもよらなかった。
幼い頃何度かあったユーレンは、何時だってキラを人形でも見る様な無機質な視線で眺めて笑いかけられたこともなかったのだ。それも事情を知った今なら納得できる。事実研究成果を観察する対象としてしか見ていなかったということだろう。加えて何時も申し訳無さそうに目を伏せていたヴィアの方も、息子を研究に利用されながら止められなかった後悔の表情だったというわけだ。
(そっちも今更だから、もうどうでもいいけど。
亡くなったと時だって余り親しくない親戚が死んだ以上の実感も無かったし)
ハルマとカリダが、兄夫婦に余所余所しかった理由にも納得である。
両親がキラを愛してくれている事を疑ったことはなかった。真実を知った時、両親がキラを愛しているのが事実でも、キムラスカ貴族にとっては絶対の基準である預言に逆らってまで受け入れてくれるかはわからなくて怯えたのも本当だ。だが、今のキラは両親からの愛を知っている。
帰ったときに全てを話して二人がキラの死の預言を知って尚実子として育ててくれていたことを聞いたのだ。その時に、レンの言葉で此処に帰る事が出来たのだと話したキラの様子に、何か悟ったらしい。どう説得しようかと緊張していたキラが拍子抜けするほどあっさりとレンの保護を認めてくれた。
レンの設定に使用したヴィアが子どもを里子に云々のくだりは、キラがハルマとカリダに預けられた経緯である。実際に為されたことなら信憑性も増すだろうから丁度いいと利用することを提案したのはカリダだったのだ。ハルマも同意して親戚連中を黙らせてくれた。
(ヤマトは王宮での実権は余りないけど、領地の広さだけはあるからね。
辺境とはいえ、キムラスカ国内で数少ない食料の生産地の一つでもあるから重要性は高いし、作物の出荷による収入はそれなりだ。・・・その重要な領地の管理をおろそかにするわけにはいかないからって、幾つかの区域に分けて親戚連中に代理の統治を任せてたわけだけど。閑職に近いといっても王宮勤めの父さんだけでは目が届かないだろうって理由で。僕も本職は軍人と医師にして、面倒な領地管理は今までどおり代理人に任せるつもりだった。
・・・けど、もう一人本家に子どもがいるなら、態々親戚に管理を委任する必要も無くなる、と思ったってとこでしょ。したら代理人の特権で得られてた領地からの純利益をもらえなくなるのが嫌だ、と・・・、なら原因であるレンを排除してしまえって?)
加えて、幾ら嫡子といっても軍に身を置いているキラに何かあった場合、そのままヤマトの領地は親戚連中のものなるはずだったのだ。むしろ幼いうちから軍部の開発班で能力を発揮するキラの事を嫉妬と羨望を込めて疎ましく思っていた従兄弟達は、積極的にそれを狙っていたのも知っている。いくら公爵家といっても所詮は文系学者ということで、身の程を知らない上昇志向のたかい伯父たちもハルマを軽蔑していた者が殆どであるし。・・・だったら己の才覚で上に上ってみろと言うのだ。他人に頼ることしか知らない寄生虫の分際で一々五月蠅いことこの上ない。
(レンがいれば、万が一僕が死んだりしても、婿をとってヤマトの後を継がせれば良いしね。・・警戒してるのはこっちの可能性が上かな)
妹として引き取った少女の事情は殆ど知っている。
・・・レン本人が”忘れてしまった”事も含めて。
(異世界ねぇ、あるんだなぁ、そんな事も)
考えながら横を歩く少女を見下ろす。・・・十歳の少女を。
(研究室から帰った直後、レンの身体が透けたりし始めたときは慌てたけど・・・)
「レン、君体調は大丈夫?」
「?はい、元気ですよ?キラさ、・兄様も余り無理しないでくださいね」
「ありがとう。僕は大丈夫だよ。それより今日の朝は何かな、そういや昨日ねーー」
見上げる少女の表情に何の苦痛も表れていない事を確認して安堵の息を吐く。朗らかにレンと会話しながら再び思考は戻る。
(・・・多分、レンの今の身体は、レプリカ、かな。
実際ヒビキ博士が作ったっていうクルーゼ大佐もレプリカだって言ってたし。フォミクリー開発者のバルフォア理論だと生体レプリカは不完全なまま頓挫したって聞いてたけど、・・ユーレン・ヒビキが天才だってのは認めるよ。)
崩れかけた廃墟で、自分を殺そうとしたマルクトの青年将校を思い出す。
彼は、ヒビキ博士が研究資金調達の為に作ったレプリカだといっていた。密かに募った出資者の望み・・老いた身体を若返らせる目的で生み出されたレプリカだと。どうやら、レプリカの身体に被験者の記憶を上書きすれば、被験者が若い身体で蘇ることができると考えていたらしい。
キラから見れば信じるほうの正気を疑う類の妄想だ。しかし、クルーゼは実際に被験者の予備の肉体として扱われていたらしい。幸いに、といっていいのかわからないが、ホド戦争で被験者が死んだため記憶の上書きはされずに済んだが、ヒビキの同士によって実験体として利用され続けたのだと。
・・・だから、元凶のヒビキと、息子のキラを憎んでいたのだと。
(まあ、そっちは今はいい。
先ずは、レンの事だ。・・・一応検査した限りじゃ完璧な健康体だけど・・)
ヒビキ博士の研究所にあったあれは、フォミクリーに良く似ていた。だが、ヒビキが作ったものではなく、創世暦時代の遺産を発掘研究していたらしい書類が残されていたことから推測して、レンの身体を作った譜業もその遺産の一つだろう。ガラス等が割れていた以外は新品同様に綺麗だったが、後で調べた限りで現存の技術では組み上げるどころか一度解体したら元に戻すのも不可能だろうということがわかっただけだった。
(・・・あの時みた”誰かの記憶”は、この子のもの、か。)
流石に屋敷に直帰するほど無謀ではなかったキラが、取り合えず眠り続けるレンを個人の研究室兼書庫として使っている家に連れ帰ったのだ。ベッドに寝かせた少女の様子を診ようと準備していると、突然レンの身体が透け始めた。出現時の様子から、レプリカの可能性も思考には置いていたから、まさか乖離するのかと焦ったキラがなんとか引きとめようとレンの手を握った瞬間、脳裏に流れ込んだのは誰かの記憶。キラではない人間の視点で再生される様々な光景。オールトランドには存在しない類の譜業兵器や知っている魔物とは全く違う
敵性体。どうやら記憶の持ち主は、その敵を倒す事を強要されていたらしい。そして怒涛の勢いで流れる経緯を最後まで見てしまったキラが気がつくと、レンの身体が安定した状態で目の前に横たわっていた。触診しても脈や体温は正常だし呼吸も穏やかだ。表情にも苦悶する様子も無く静かに眠っている。・・・ただし、出現した時には13~4位の少女に見えたのが、10歳位の身体に退行している以外は。
(本気で焦ったよね~。レンが起きたときに事情聞いたときも焦ったけど)
悩みながら見守るキラの前で目覚めた少女は、気絶する前が嘘のように穏やかだった。勿論初対面の人間と見知らぬ場所で目覚めた驚愕と警戒はあったが、それだけだったのだ。言葉を交して直ぐにわかった人見知りする性質ゆえか、怯えた様子が目立ったが、あれ程の焦燥は名残すらなかった。怪訝に思ったキラが幾つか質問してわかった事実。・・・レンは、一定期間の記憶を失っている。
だがとにかく、レンがこの世界では身よりも戸籍もないことを確認する。レンを介抱する合間に幼馴染の同僚に頼んでおいた工作が無駄にならないことにほっとして、本人にキラが身柄を保護する旨を伝えた時に少女が自棄になったように暴露した彼女の過去。
レンが、”シンジ”として生きてきた過去に始まり、人間ではない生き物に変化したことから、この世界とは違う世界から紛れ込んだ異物なのだということまで。まるで自分に関わるな、とでも言う様に、何もかもを暴露した。
(その内容が、僕の見た夢だか幻とぴったり同じだったから、信じられたわけだけど。)
それを聞いて、先程見た誰かの記憶は、この少女の物なのだと悟る。恐らくレプリカの身体が安定する為の調整中に接触したためレンの記憶粒子がキラのフォンスロットに流れ込んだのだ。そこまで理解したキラは、
(いや、あそこまで頭にきたのは久々だったよ)
本気で激怒した。
(大体僕が見た記憶でも本人が口にした事情でも、レン(シンジ)が両親の立てた計画の為に利用された事実は変わらないじゃないか。しかも素人の子どもを無理矢理戦場に放り出して命がけの戦いを強要しといて、その結果敗北したってそれは強要した周りの責任だろう。結果世界が滅んだって自業自得じゃないか。レン(シンジ)の責任なんかじゃない。しかも世界一つ分の命を混ぜ合わせて作る”神様の器”?とやらに溶け込んじゃったから人間ではなくなった、ってどんなとばっちりだよ。レン(シンジ)を生かそうとした綾波レイと渚カヲルには
感謝するけどさあ)
が、それをレン本人にはいえなかった。レンは、記憶の一部を失っている。本人は全てを語ったつもりのようだが、キラが読んだ”記憶”にはまだ続きがあったのだ。前半の内容が一致していた以上、その後の記憶も正しいのだろう。その記憶も、完全ではないから全て知っているとは言い難いが。
(惜しむらくは、この世界に落ちた後からの詳しい記憶が見れなったことかな。それがわかれば、この子が今目覚めた理由もわかる、と思うんだけど)
「・・・・・ま、いいか。」
「キラ、兄様?」
そこまで考えて思わず呟いたキラに、不思議そうな表情のレンが問いかける。
その純粋な深紅の瞳に浮かぶのは、ただキラを案じる光だけだ。
(まあ、元少年だったってのには驚いたけど・・・・どっちでも同じだよね!僕元々下の弟か妹が欲しかったし!今はどう見ても女の子なんだから、妹って事で!)
あっさり完結させる。
キラにとって、その辺りの事情は本気でどうでもいいらしい。
(わかんないものをあれこれ悩んでも時間の無駄だし、取り合えず手を付け易いトコからいこっかな)
「あ、ううん。なんでもない。それよりさ、今日僕ちょっと出かけるから。」
「・・、はい、わかりました。」
誤魔化すように殊更笑顔で告げたキラに、僅かに瞳の色を沈ませたレンが答えた。
キラが離れることを寂しがってくれているのだろう。
・・・なんだろうか、この可愛い生き物は。
キラは、レンがレンであるのなら、男の子だろうと女の子だろうと分け隔てなく愛せる確信を持つ。
「すぐ帰るよ。大した用事じゃないし。
(そう、ちょっと、小五月蠅い害虫どもを完璧に黙らせてくるだけだから)
そうだな・・・午後のお茶には間に合うように帰ってくるよ。
だから、お茶の用意をして待っててくれる?」
「・・はい!ではお気をつけていってらしてくださいね」
沈んだ表情を隠すようににっこりと笑うレンの満面の笑みに、キラは既にめろめろだ。
(うわー僕に心配かけないように無理して笑って見せるとか、本当に可愛すぎでしょう!!
「うん、ありがとう。
(レンの事をいらないとか抜かしやがった凡愚共に、ちょっと目に物見せてくるだけだから!!)
心配しないで、いってきます」
そして意気揚々と出かけるキラである。幼馴染の青年たちがその表情を見たら、お前は何処に殴りこみをかける気だと制止したくなるほど物騒な笑顔を浮かべて。
「さってと、先ずは北側領地の叔父上からかな。
ちょっとお灸を据えるつもりで工作してみたケセドニアの裏取引の件であんだけ痛い目見たくせに性懲りも無く密輸なんかに手を出そうとするなんて。・・・大体今の代理人だって、父さんが無理矢理つくった援助の理由付けじゃないか。幾ら広くったって父さんと母さんに管理しきれないわけがない。それで得ている利益だけで満足すればいいものを、更に財産を増やそうとしてなれない商売なんかに手を出すから躓くんだっての。無謀な投資で財産なくすってどんだけ無能なんだよ。欲目に駆られて無駄な挑戦するから・・親戚を見捨てられないからって仕事を作ったんだろうけど、おんぶに抱っこで甘えるのもいい加減にして自立してほしいよね。いらない、のはどっちなのか骨の髄まで思い知ってもらおうじゃないか。・・・僕の計画のためにも領地の管理権を回収しようと思ってたし、丁度いいからついでに全員につぶれてもらおっと。~~いっそがしくなるかな~♪」
で、とりあえず、可愛い妹が平和に暮らすために邪魔な障害物を纏めて消去してみることにしました。
これからも、この子を守るために頑張っていこうと思います
キリ番リクエスト43210hit、まめこ様、大変お待たせいたしました!
ええと、リクエストしていただきました「連載設定の番外編で、キラ様によるキラ様のための妹君・レンの溺愛日記」を、書かせていただきました!
本当に番外ですが、宜しければお納めくださいませ!勿論、もうちょっと違う感じが・・・とか、凄くイメージと違う・・・と、お思いでしたら、改めて書き直させていただきますので、お申し付けください!
まめこ様、本当にありがとうございました!これからも、よろしくお願いします!
「昔は可愛かったのに…」
ぽつり、とキラが呟いた。横で同じ光景を眺めていたルークが驚愕の余りカップを落としかける。
「うお!あっぶねぇ、これ母上のお気に入りだからな、
無事でよかった・・・じゃねぇよ!おま、キラ?!
何か変なもん食べたのか?それとも熱でもあんのかよ?!」
寸でのところでカップを守ったルークが、安堵の溜息を吐く。
・・そこで慌てて立ち上がり、キラの額に手を当ててうろたえた。
普段のキラを知るものならば、十人中十人が同じ行動をとると確信できる。
ルークも勿論その行動をとった。
「・・なに、どうしたのルーク?そんな慌てて、熱なんかないよ?」
「ない訳ないだろ?!・・・だってお前が、あれ見て、そんな事いいだすなんて?!」
ルークが、その勢いのまま、今まで二人で眺めていた光景を指差す。その先には、
「・・・・それで、こっちはこう編んで、・・そうそう上手上手。
すごいねフローリアン、私より綺麗にできてるよ。」
「えへへへへ~レンの教え方が上手いからだよ~。完成したら、貰ってね!」
「私にくれるの?・・ありがとう。」
「・・・・っできました!レン様!見てください!」
「カイト?あ、本当。とても上手ね。
もう、皆器用だなぁ、私が教える必要ないんじゃない?」
「そんな!レン様が教えてくださったから、出来たんですよ!」
「そぉだよ~、もぅ、レンのそれだって凄く上手じゃない」
「まあ、一応前も作った事あったしね。」
きゃらきゃらと笑う少女と少年と青年。
ここはファブレ家の奥に設えられた、シュザンヌ専用の庭である。此処に入れるのはシュザンヌが特別に許可した人間だけであるため、キラもルークも親しい友人同士の気安い態度で談笑していた。二人から少し離れた場所に野草を残した小さな丘状の花畑があり、その中で戯れる三人を見ながらお茶を飲んでいたのだ。
三人とはキラの妹であるレンと、一年前にヤマト家で保護する事になったフローリアンと、ルークをマスターと仰ぐカイト。仲間内で専ら癒し担当だと言われている。どうやら、フローリアンが誰かから聞きかじった花冠の作り方をレンに習っているらしい。それを真似し始めたカイトも張り切って作っている。普段色々色々ストレスの溜まる
生活をしているルークとキラにとって、何よりも癒される光景。
・・・それを見ながら、妹であるレンを溺愛するキラが、先程のような言葉を発するのを聞いて、誰が平静を保てようか?!
「キラ?!お前本当に具合悪いんじゃないか?!
お前がレンを見て、可愛くないなんてよっぽど錯乱してなきゃ、」
「失礼な!レンが可愛くないわけないだろ?!何言い出すのさ!」
そこでルークの言葉を遮ったキラが立ち上がって詰め寄ってきた。
「いや、お前が言ったんだろーが!
あいつら見て、「昔は可愛かったのに、」とか!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ああ!」
気圧されつつ反論したルークに、何やら数秒考え込んだキラが、手を叩いて再び椅子に座りなおした。そして優雅にお茶を飲む。
「いや、ああ!じゃ無くて!一人で納得してないで説明しろ説明を!」
「えええ~~~そんな、勿体無、・・・いやいや、面倒くさい。」
ちょっと待ってみたが続きがないキラに、今度はルークが詰め寄る。まあ、勘違いで凄まれて何事も無かったかのように振舞われたならルークの行動も当然だ。そんなルークを横目に見て、渋るキラ。途中何やら言いかけて、言葉を変えている。・・どっちにしてもルークに失礼な言い草ではあるが、キラの言葉の意味が気になっているルークはこめかみを引きつらせつつも聞き流して待つ。そんなルークに仕方無さそうにキラが話しはじめた。
「えぇと、さっきのは、レンが家に来たばっかりのこと思い出して。」
「レンが?へぇ、そういや昔の話は聞いたことねぇな。」
「まあ、色々事情があって話し難いこともあるしね。・・・で、その頃の話なんだけど、
「・・・あの、キラ、様。」
「レン?」
既に日付も変わった深夜の書庫に、控えめな少女の声が響いた。今まで仕事に集中していて時間を忘れていたキラが、驚いたように振り向く。そこには、先日キラが保護して妹としてヤマト家に迎え入れた少女が所在無げな表情で扉の隙間からキラを見ていた。
「・・どうかした?」
戸籍も何もない彼女を確実に保護するために、キラの実父の隠し子という事にして引き取った妹である。キラは気にならない、というか早く懐いてくれないかな、とまで思っているが、レンは未だにキラに遠慮して様付けで呼ぶ。まあ焦って怯えさせても、とおもって今は少しずつ歩み寄ろうとしている最中だ。
そのレンが、自らキラに声をかけるなど珍しい事である。仕事中癖になっていた眉間の皺を緩ませてうきうきと扉に歩み寄る。ずっと同じ姿勢で書類を裁いていたせいで固まった体が大きな音を立てる。凝った肩を解しながら、これが年という事かな、と未だ十代のキラが年寄りくさく黄昏ていると、再びおずおずとレンが話しはじめた。よく見ると扉の影に隠れた手に、何か持っているようだ。
「・・あの、キラ、様がお仕事中と伺いまして、
その、僭越だとは思ったの、です、が、その・・・」
視線を彷徨わせつつ、何か伝えようとするレン。
微かに頬が紅潮している必死な様子に、微笑ましさを感じてキラが待った。
「その、お茶と、夜食を、・・私が、作らせていただいたの、です、が。
・・宜しければ召し上がってくださいません、か?」
「夜食?・・君、が?」
「あ、あの!勿論、お口に合わなかったら、捨ててしまって構いませんし!
・・あの、いつも優しくしていただいている、お礼に、なれば、と」
一生懸命言い募る少女を見下ろすキラ。
緩みすぎる口元を押さえて視線を逸らす。
「・・・!あの、ご迷惑、でした、か?
・・・すみません、すぐに料理長さんに頼んで違うものを、」
「わー!待って待って、違う違う!」
そのキラの様子に勘違いしたレンが踵を返そうとするのを、慌てて引き止める。・・・嫌だなんてとんでもない!!
「違うって、・・・嬉しいよ!ありがとう!」
今にも捨ててしまいそうな勢いに急いでレンが持っていた籠を奪い取る。そして弾む足取りで部屋に少女を招きいれてテーブルにお茶を用意した。
「せっかくだから、君も一緒に食べよう。
・・・へぇ!凄いね、おいしそうだ。一人で作ったの?」
「あ、えと、はい。あ、勿論料理長さんに教えていただきながら、味見もちゃんとしましたし、不味くはないと、おもう、んですけど・・・」
キラに応えながら、再び自信が無さそうに語尾が弱まる。だが、実際お菓子の出来は大したものだった。この出来栄えならばパティシエの作ったものに劣らない。食べてみても甘さも風味もキラ好みで、どうやら料理長に教えてもらって何度も練習してから持ってきてくれたのが伺えた。中々仲良くなれないなあ、と密かに落ち込んでいたキラの気分が一気に浮上する。
「おいしいよ、本当に。・・・実は嫌われてるのか、とか思ってたから」
「えぇ!いえ、そのようなことは全く!!
あの、すみません、ただ、・・・申し訳なくて、」
慌てて顔を上げたレンが、再び俯く。
初めて会ったときに、勇ましくキラを助けてくれた少女が、本来は酷く人見知りをする性質らしいと知ったのは、再び目覚めた彼女に事情を聞いた後である。だから、すぐに打ち解けるのは無理かも、と思っていたので、本当に嫌われていると考えたわけではない。・・・あんまり怯えているのちょっと苛めて見たくなったキラの冗談である。だが本気にされて落ち込ませるのはかわいそうなので直ぐにフォローする。
俯いたレンの頭を優しく撫でながらキラが笑う。
「嘘だよ、まあ、早く仲良くなれたら、とは思ってたけど。焦らなくていいから。
大丈夫、君の事は、僕が守るよ。・・・僕は、君を絶対に傷つけないから。」
「-----っ!」
「って、ええ?!ご、ごめん?!なんか悪い事言った?!」
キラの言葉に、呆然と顔を上げたレンの瞳から、涙がこぼれた。
静かに落ちた滴は、室内灯の光を反射してまるで輝石のように輝いた。
一粒だけ落ちて、あとは続かなかったが、泣かせた、という事実に慌てるキラはごしごしとレンの頬を擦る。
(xxx姉さま、と同じ事を、言ってくれるんです、ね)
心に浮かんだ呟きは意識に上らなかったけど、キラの言葉は、レンの心の一部を優しく溶かした。
だから、その思いを伝えようと、そのキラの手を、そっと抑えて、ぎこちなく口を開いた。
「・・・ありがとう、ございます。・・・・・キラ、兄さま。」
花が綻ぶように柔らかく微笑んだレンが、顔を覗き込むキラを見上げて、つっかえながらも、キラをよんだ。
・・初めて、レンが、キラを、兄と呼んだのだ。
「・・・・てな事があって!
いやいや今思い出しても可愛かったよ、あの時のレンは!!まるで怯えてる猫とか見たいでさぁ!そのこが、控えめだけどこうふんわり笑いながら、「兄さま」って!!・・・・聞いてるの?!ルーク!!」
ばしばしとテーブルを叩きながら語るキラ。対するルークは半眼になっている。
(キラ・・・相変わらずだな・・・ちょっと落ち着けよ。)
「・・・いや、うん。確かにその話の中のレンは俺も可愛いと思うよ。
・・でも、なんでそれが昔は~になるんだよ?」
そして最初の疑問に戻る。
「だからさ、今の、あんな風に明るく笑ってるあの子も勿論可愛いけどさ!あの時の、控えめなレンの笑顔も可愛かったな~~~と思い出して。 なんていうか、儚げ?な感じで、まだ幼げなあの子が、一生懸命手作りのお菓子を差し入れながら、そんな風に笑いかける様子を思い浮かべてみなよ!!・・・・可愛いでしょう?!」
「・・・・・ああ、成る程。確かに。それは、かなり可愛いな。」
「だよね!うんうん、ルークならわかってくれると思ってたよ。」
「そりゃ、母上やカイトも同意見だと思うけど。・・・教えてみれば?喜ぶと思うぜ?」
「え、やだよ。勿体無い。」
同意したルークに嬉々と応えたキラだが、続いた言葉にはきっぱりと首を振る。
「は?なんで、俺には今はなしたじゃねーか」
「まあ、今は、ね。
・・・けど、やっぱ勿体無いよ。だから、内緒。ルークだけには特別だよ。」
今までの興奮振りが嘘のように兄貴分の表情でルークに笑う。妹馬鹿の癖に、と赤い頬を隠して悪態を吐くルークだが、こういうキラからの特別扱いが実は嬉しいなんて、きっとばればれなんだろう、と睨むように見返した。案の定微笑ましげにこちらを見る菫色と視線が合う。
「(くそ!)・・・お茶のお代わり!次はキラが入れる番だろ!」
「はいはい、リクエストは?」
「任せる!早くしろよ!」
「了解」
気恥ずかしさを誤魔化すために、乱暴にカップの中身を飲み干してキラに突き出す。友人同士のお茶会のルールどおり、順番に淹れているお茶を理由にキラを追い払った。何もかも見透かす瞳で笑うキラが立ち上がって東屋に引っ込む。そこに道具が用意されているのだ。
そこに向かうキラの、余裕に満ちた背中が気に入らなくて悔し紛れにルークが叫んだ。
「くっそ、あ~~~~もうこのシスコンめ!!
一生そうやってて婚期逃してしまえ!!」
突然の叫びに驚いたレンたちが注目する中で、キラの笑い声が響く。
それに食って掛るルーク。楽しそうなじゃれあいを眺めるレン。楽しげなフローリアンとカイト。
そんな日常
「あらあらあら、可愛らしい事・・・・まるで全員が兄妹みたいね。」
そして、それを入り口から見守るシュザンヌ夫人の口元には微笑ましげな笑みが。
「ではシュザンヌ様が母上ですね。」
応えるディストもゆったりと笑いながら眺める。
「・・・・・・ディスト、アンタもまるで母親みたいだよ、その表情」
後ろのシンクが呟いた。
「あら、勿論シンクも可愛い自慢の私の息子ですわよ?」
「勿論私も貴方を大事だと思ってますよ。安心なさい」
「・・・・・!勝手に言ってなよ!」
真っ赤な顔を誤魔化すようにじゃれあいに突進するシンク。見送る大人組みが、もう一度呟いた。
「「本当に、可愛い子ども達ですわね(ねぇ)」」
・・・・・・そんなある日の平和な風景だった。
[リライト] 様の兄妹に10の御題を使用させていただきました。 http://lonelylion.nobody.jp/
おい、あの男は誰なんだ!
お兄ちゃんは過保護過ぎます。
やっぱり可愛い…自分に似てなくて。
弟(兄)離れしろよ、お前
毎日一つ屋根の下
兄弟喧嘩は盛大に
勉強教えて
おそろい
でもやっぱり好き
で、いつかこのシリーズを書いてみようと思ってたり思ってなかったり・・・
いえ、あんまり嬉しいリクエストを頂いたので、つい。
なにはともあれ、ありがとうございました!
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